// Resources for SEEN5005.TXT
// #character '朋也'
#character 'Tomoya'
// #character '智代'
#character 'Tomoyo'
// <0000> アフター6日目
<0000> After - Day 6
// <0001> 智代の料理の腕は、かなりのものだと思う。
<0001> 智代の料理の腕は、かなりのものだと思う。
// <0002> 比較対象がおれか親父か、近所の定食屋しかないから、あまり舌に自信はないが。
<0002> 比較対象がおれか親父か、近所の定食屋しかないから、あまり舌に自信はないが。
// <0003> たぶん、一般的に見ても上手い方だろう。
<0003> たぶん、一般的に見ても上手い方だろう。
// <0004> 今、食卓に並んでいる料理は乏しい食材の中でうまくやりくりしている。
<0004> 今、食卓に並んでいる料理は乏しい食材の中でうまくやりくりしている。
// <0005> \{朋也}「この味噌汁はうまいな」
<0005> \{Tomoya}「この味噌汁はうまいな」
// <0006> 最後にずずっと音を立てて、一切れのわかめと一緒に味噌汁を飲み干した。
<0006> 最後にずずっと音を立てて、一切れのわかめと一緒に味噌汁を飲み干した。
// <0007> \{智代}「味噌汁は静かに飲むものだぞ」
<0007> \{Tomoyo}「味噌汁は静かに飲むものだぞ」
// <0008> 注意しながらも、智代は嬉しそうに微笑む。
<0008> 注意しながらも、智代は嬉しそうに微笑む。
// <0009> \{朋也}「こういうのをおふくろの味って言うのかな」
<0009> \{Tomoya}「こういうのをおふくろの味って言うのかな」
// <0010> 腹の底に染み渡るような暖かさがある。
<0010> 腹の底に染み渡るような暖かさがある。
// <0011> \{朋也}「まあ、おれは母親を知らないけどな」
<0011> \{Tomoya}「まあ、おれは母親を知らないけどな」
// <0012> \{智代}「朋也…」
<0012> \{Tomoyo}「朋也…」
// <0013> おれの場合、食事とは栄養をとる手段に過ぎなかった。
<0013> おれの場合、食事とは栄養をとる手段に過ぎなかった。
// <0014> だが、今は違う。
<0014> だが、今は違う。
// <0015> 智代の作る食事を食べる、それ自体がとても楽しい。
<0015> 智代の作る食事を食べる、それ自体がとても楽しい。
// <0016> もちろん、智代とふたりだから、というのもある。
<0016> もちろん、智代とふたりだから、というのもある。
// <0017> 嬉しそうにする智代を見て、おれは彼女を愛しいと思った。
<0017> 嬉しそうにする智代を見て、おれは彼女を愛しいと思った。
// <0018> それは、味噌汁をうまいと思うのと同じ位、自然にわき上がる感情だった。
<0018> それは、味噌汁をうまいと思うのと同じ位、自然にわき上がる感情だった。
// <0019> \{朋也}「キスがしたい」
<0019> \{Tomoya}「キスがしたい」
// <0020> 男女がふたりきり、同じ屋根の下に暮らしてきて、もう五日。
<0020> 男女がふたりきり、同じ屋根の下に暮らしてきて、もう五日。
// <0021> 初日に智代からキスをしてきただけで、後は何もない。
<0021> 初日に智代からキスをしてきただけで、後は何もない。
// <0022> 風呂に入る時や、眠る時は未だにどきどきしているが、智代はそれに気づいていないようだ。
<0022> 風呂に入る時や、眠る時は未だにどきどきしているが、智代はそれに気づいていないようだ。
// <0023> \{智代}「だ、だめだ…」
<0023> \{Tomoyo}「だ、だめだ…」
// <0024> \{智代}「ほら、今ご飯を食べたばかりじゃないか。まだ時間も早い」
<0024> \{Tomoyo}「ほら、今ご飯を食べたばかりじゃないか。まだ時間も早い」
// <0025> \{朋也}「…おれは記憶喪失だ」
<0025> \{Tomoya}「…おれは記憶喪失だ」
// <0026> その言葉に、智代が黙る。
<0026> その言葉に、智代が黙る。
// <0027> \{朋也}「中学生の時のおれは、誰か女の子と付き合ったりしたことはない」
<0027> \{Tomoya}「中学生の時のおれは、誰か女の子と付き合ったりしたことはない」
// <0028> \{朋也}「誰か好きな子がいた、ということもなかった」
<0028> \{Tomoya}「誰か好きな子がいた、ということもなかった」
// <0029> \{朋也}「だから目が覚めた時、智代が恋人だと突然言われても。ぴんとこなかったんだ」
<0029> \{Tomoya}「だから目が覚めた時、智代が恋人だと突然言われても。ぴんとこなかったんだ」
// <0030> \{朋也}「好きとか、愛という気持ちなんてわからないまま、智代とふたりで暮らし始めたんだ」
<0030> \{Tomoya}「好きとか、愛という気持ちなんてわからないまま、智代とふたりで暮らし始めたんだ」
// <0031> \{朋也}「そりゃ男だから、女の子とふたりでいれば、胸がどきどきしたり、興奮したりはする」
<0031> \{Tomoya}「そりゃ男だから、女の子とふたりでいれば、胸がどきどきしたり、興奮したりはする」
// <0032> \{朋也}「智代は可愛いしな」
<0032> \{Tomoya}「智代は可愛いしな」
// <0033> \{智代}「………」
<0033> \{Tomoyo}「………」
// <0034> \{朋也}「でも、それは多分、性欲なんだ。相手が智代じゃなくても、おれはそう思うだろう」
<0034> \{Tomoya}「でも、それは多分、性欲なんだ。相手が智代じゃなくても、おれはそう思うだろう」
// <0035> \{朋也}「だけど今は違った。今感じたのは、智代とキスをしたいっていう気持ちだ」
<0035> \{Tomoya}「だけど今は違った。今感じたのは、智代とキスをしたいっていう気持ちだ」
// <0036> \{朋也}「だから、キスしたいんだけど」
<0036> \{Tomoya}「だから、キスしたいんだけど」
// <0037> \{朋也}「…駄目かな」
<0037> \{Tomoya}「…駄目かな」
// <0038> \{智代}「…朋也は卑怯だ」
<0038> \{Tomoyo}「…朋也は卑怯だ」
// <0039> \{智代}「そんなことを言われて断れるわけがない…」
<0039> \{Tomoyo}「そんなことを言われて断れるわけがない…」
// <0040> そう言うと、智代が近づく。
<0040> そう言うと、智代が近づく。
// <0041> \{智代}「この前のは、挨拶みたいなものだ」
<0041> \{Tomoyo}「この前のは、挨拶みたいなものだ」
// <0042> 初日のやつのことだろう。
<0042> 初日のやつのことだろう。
// <0043> \{智代}「でも…今度は違う」
<0043> \{Tomoyo}「でも…今度は違う」
// <0044> そう言う智代の顔がすごく大人びて見えた。
<0044> そう言う智代の顔がすごく大人びて見えた。
// <0045> \{智代}「だから…歯についているわかめはないほうがいいな」
<0045> \{Tomoyo}「だから…歯についているわかめはないほうがいいな」
// <0046> くすっと笑う。
<0046> くすっと笑う。
// <0047> おれは慌てて舌で前歯をなぞり、邪魔なわかめを飲み込んだ。
<0047> おれは慌てて舌で前歯をなぞり、邪魔なわかめを飲み込んだ。
// <0048> \{朋也}「取れたか?」
<0048> \{Tomoya}「取れたか?」
// <0049> \{智代}「ああ」
<0049> \{Tomoyo}「ああ」
// <0050> 智代が目を閉じる。
<0050> 智代が目を閉じる。
// <0051> 赤い唇が、おれの目の前にある。
<0051> 赤い唇が、おれの目の前にある。
// <0052> この前は智代からだった。
<0052> この前は智代からだった。
// <0053> だが、今度はおれからだ。
<0053> だが、今度はおれからだ。
// <0054> 今、感じている気持ち。
<0054> 今、感じている気持ち。
// <0055> 智代とキスしたい。
<0055> 智代とキスしたい。
// <0056> これは、おれの知らないおれも確かに感じた気持ちだ。
<0056> これは、おれの知らないおれも確かに感じた気持ちだ。
// <0057> 少しだけ…繋がった気がした。
<0057> 少しだけ…繋がった気がした。
// <0058> おれがおれであったことを、この気持ちが証明してくれる。
<0058> おれがおれであったことを、この気持ちが証明してくれる。
// <0059> 高鳴る胸を抑えつつ、おれは手を智代に伸ばす。
<0059> 高鳴る胸を抑えつつ、おれは手を智代に伸ばす。
// <0060> 智代の肩に両手を置いた。
<0060> 智代の肩に両手を置いた。
// <0061> おれも目を閉じた。
<0061> おれも目を閉じた。
// <0062> \{智代}「朋也……」
<0062> \{Tomoyo}「朋也……」
// <0063> おれの名をささやく唇に、おれは自分の唇を押しつけた。
<0063> おれの名をささやく唇に、おれは自分の唇を押しつけた。
// <0064> やり方なんてわからない。
<0064> やり方なんてわからない。
// <0065> 多分、正解なんてない。
<0065> 多分、正解なんてない。
// <0066> \{智代}「ん…」
<0066> \{Tomoyo}「ん…」
// <0067> 自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
<0067> 自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
// <0068> 全身が、ひどく敏感になっているようだ。
<0068> 全身が、ひどく敏感になっているようだ。
// <0069> 唇の感触。
<0069> 唇の感触。
// <0070> 柔らかく、あたたかい。
<0070> 柔らかく、あたたかい。
// <0071> まだ、押しつける。
<0071> まだ、押しつける。
// <0072> 息が続く限り。
<0072> 息が続く限り。
// <0073> 『このまま時間が止まってしまえばいいのに』
<0073> 『このまま時間が止まってしまえばいいのに』
// <0074> 唇をふさいでいるのだから、聞こえるはずはない。
<0074> 唇をふさいでいるのだから、聞こえるはずはない。
// <0075> それなのに、智代がそう呟いた気がした。
<0075> それなのに、智代がそう呟いた気がした。
// <0076> だが、時間は止まらない。
<0076> だが、時間は止まらない。
// <0077> どちらからともなく、体を離す。
<0077> どちらからともなく、体を離す。
// <0078> 目を開けた。
<0078> 目を開けた。
// <0079> 目の前には智代がいる。
<0079> 目の前には智代がいる。
// <0080> その脇には食卓があって、まだお椀や皿が残っていた。
<0080> その脇には食卓があって、まだお椀や皿が残っていた。
// <0081> いつもと変わらないおれの部屋だ。
<0081> いつもと変わらないおれの部屋だ。
// <0082> まだ昼前なのに、部屋に差し込む日差しが、とてもまぶしく感じた。
<0082> まだ昼前なのに、部屋に差し込む日差しが、とてもまぶしく感じた。
// <0083> つぅーっ、と…
<0083> つぅーっ、と…
// <0084> つばが名残惜しそうに糸を引いた。
<0084> つばが名残惜しそうに糸を引いた。
// <0085> \{朋也}「智代…」
<0085> \{Tomoya}「智代…」
// <0086> \{智代}「なんだ、朋也」
<0086> \{Tomoyo}「なんだ、朋也」
// <0087> 智代がおれを見つめる。
<0087> 智代がおれを見つめる。
// <0088> 次の一言を待っているようだった。
<0088> 次の一言を待っているようだった。
// <0089> \{朋也}「ありがとう」
<0089> \{Tomoya}「ありがとう」
// <0090> 智代には感謝している。
<0090> 智代には感謝している。
// <0091> その気持ちを伝えたかった。
<0091> その気持ちを伝えたかった。
// <0092> \{朋也}「智代がいなかったら、おれは今頃どうなっていたかわからない」
<0092> \{Tomoya}「智代がいなかったら、おれは今頃どうなっていたかわからない」
// <0093> \{朋也}「いくら感謝しても、足りないくらいだ」
<0093> \{Tomoya}「いくら感謝しても、足りないくらいだ」
// <0094> \{朋也}「おれの記憶が戻るのがいつになるかわからないが…」
<0094> \{Tomoya}「おれの記憶が戻るのがいつになるかわからないが…」
// <0095> \{朋也}「これからも、よろしく頼む」
<0095> \{Tomoya}「これからも、よろしく頼む」
// <0096> \{智代}「………」
<0096> \{Tomoyo}「………」
// <0097> \{朋也}「…智代?」
<0097> \{Tomoya}「…智代?」
// <0098> 智代が、おれから視線を逸らした。
<0098> 智代が、おれから視線を逸らした。
// <0099> \{智代}「…それだけ、か」
<0099> \{Tomoyo}「…それだけ、か」
// <0100> \{朋也}「えっ?」
<0100> \{Tomoya}「えっ?」
// <0101> \{智代}「いや…なんでもないんだ」
<0101> \{Tomoyo}「いや…なんでもないんだ」
// <0102> \{智代}「朋也、私はおまえのためなら何でもする」
<0102> \{Tomoyo}「朋也、私はおまえのためなら何でもする」
// <0103> \{智代}「最初にそう言ったとおりだ」
<0103> \{Tomoyo}「最初にそう言ったとおりだ」
// <0104> \{智代}「さて、洗い物をしないといけないな」
<0104> \{Tomoyo}「さて、洗い物をしないといけないな」
// <0105> そして、逃げるように台所へと行ってしまった。
<0105> そして、逃げるように台所へと行ってしまった。
// <0106> おれはその後姿をじっと見ていた。
<0106> おれはその後姿をじっと見ていた。
// <0107> 水の音がやけに大きく聞こえる。
<0107> 水の音がやけに大きく聞こえる。
// <0108> \{朋也}「…智代」
<0108> \{Tomoya}「…智代」
// <0109> おれはなにかまずいことを言ったのだろうか。
<0109> おれはなにかまずいことを言ったのだろうか。
// <0110> …勝手にキスをして、怒っているのだろうか。
<0110> …勝手にキスをして、怒っているのだろうか。
// <0111> \{朋也}「悪かった」
<0111> \{Tomoya}「悪かった」
// <0112> \{智代}「…何を謝っているんだ」
<0112> \{Tomoyo}「…何を謝っているんだ」
// <0113> \{智代}「朋也は何も悪いことなんてしてないだろう…」
<0113> \{Tomoyo}「朋也は何も悪いことなんてしてないだろう…」
// <0114> 後ろを向いたまま、智代が答える。
<0114> 後ろを向いたまま、智代が答える。
// <0115> \{朋也}「…智代が悲しそうにしたから」
<0115> \{Tomoya}「…智代が悲しそうにしたから」
// <0116> \{朋也}「…本当は嫌だったんじゃないのか」
<0116> \{Tomoya}「…本当は嫌だったんじゃないのか」
// <0117> \{智代}「気にするな…」
<0117> \{Tomoyo}「気にするな…」
// <0118> \{智代}「朋也は何も悪くない…」
<0118> \{Tomoyo}「朋也は何も悪くない…」
// <0119> さっきのキスの時に高まった気持ちが、しぼんでいくのがわかった。
<0119> さっきのキスの時に高まった気持ちが、しぼんでいくのがわかった。
// <0120> 部屋の温度さえ下がったような気がした。
<0120> 部屋の温度さえ下がったような気がした。
// <0121> \{智代}「朋也っ」
<0121> \{Tomoyo}「朋也っ」
// <0122> 智代がこちらを振り向く。
<0122> 智代がこちらを振り向く。
// <0123> 笑っていた。
<0123> 笑っていた。
// <0124> \{智代}「朋也のキスはまだまだだぞ」
<0124> \{Tomoyo}「朋也のキスはまだまだだぞ」
// <0125> \{朋也}「な、なんかまずかったか」
<0125> \{Tomoya}「な、なんかまずかったか」
// <0126> 自分の中では、初めてのことだから、あまり自信はない。
<0126> 自分の中では、初めてのことだから、あまり自信はない。
// <0127> …もしかして、上手くなかったから怒っていたのか。
<0127> …もしかして、上手くなかったから怒っていたのか。
// <0128> \{智代}「舌も使わなくては」
<0128> \{Tomoyo}「舌も使わなくては」
// <0129> \{朋也}「舌?」
<0129> \{Tomoya}「舌?」
// <0130> \{智代}「うん、そうだ。ディープキスと言うんだ」
<0130> \{Tomoyo}「うん、そうだ。ディープキスと言うんだ」
// <0131> 言葉だけは聞いたことがある。
<0131> 言葉だけは聞いたことがある。
// <0132> \{智代}「それが本当の男と女のキスだ」
<0132> \{Tomoyo}「それが本当の男と女のキスだ」
// <0133> そう言って、智代は微笑んだ。
<0133> そう言って、智代は微笑んだ。
// <0134> \{智代}「…それは次にキスするときにとっておこう」
<0134> \{Tomoyo}「…それは次にキスするときにとっておこう」