White Album 2/Script/1010 030

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• Harujin

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Line #	JP	EN	JP	EN
1	雪菜	Setsuna	「やってるやってる…」
2	春希	Haruki	「ああ…」
3	雪菜	Setsuna	「それじゃ、いっせ～ので飛び込むよ？ 春希くん」
4	春希	Haruki	「いっせ～の！」
5	雪菜	Setsuna	「ああっ！　わたしが言うつもりだったのに！」
6	雪菜＆春希	Setsuna ＆ Haruki	「卒業、おめでと～！」
7	かずさ	Kazusa	「………後でちゃんと片付けろよ、これ」
8			俺たちの祝福の証である クラッカーのテープを頭に載せたまま、 冬馬は感激のあまり感情をうまく表せないようだった。
9	雪菜	Setsuna	「よかったねかずさ！ 冬休み前に卒業決まって！」
10	春希	Haruki	「進路は決まってないけどな！」
11	かずさ	Kazusa	「…追試が通っただけだ」
12	雪菜	Setsuna	「だってこれで成績のほうはクリアだよ？\k\n
13	雪菜	Setsuna	あとは出席日数だけだもん、もう決まりだよ」
14	春希	Haruki	「学園側もこんなのをあと一年 飼っておきたくないだろうしなぁ」
15	かずさ	Kazusa	「…北原、お前ちょっと表に出ろ」
16			二学期終業式。
17			大学入試や就職試験や、人生を左右するイベントが この後に控える三年生にとっては、 今日が卒業の実質的な最終判定日。
18			そんな、人生の節目となるべきこの日に、冬馬かずさは、 とうとう期末試験全科目の合格点を取りつけた。
19			…ちなみに俺たちは一週間前には余裕で取りつけてた。
20			その後の５科目９回におよぶ追試の歴史も、 今となってはいい思い出だ。
21			…今日も眠い。
22	雪菜	Setsuna	「ね、これで心置きなく冬休みに入ったことだし、 今からみんなでカラオケに…」
23	かずさ＆春希	Kazusa ＆ Haruki	「行かない」
24			この間も一人だけで十分楽しんでいた雪菜は、 カラオケに関してだけはその人格を認められない。
25	かずさ	Kazusa	「やっと思う存分弾けるようになったんだ。 久しぶりに１日１０時間の日常に戻ろうと思ってる」
26	春希	Haruki	「あ…」
27			相変わらず、お喋りを続けながらも、 冬馬の指先が一時でも止まることはない。
28	雪菜	Setsuna	「ピアノ…またやるんだ」
29	かずさ	Kazusa	「あたしの取り得って言ったら、 これくらいしか思いつかないし」
30	春希	Haruki	「確かになぁ…」
31	かずさ	Kazusa	「ちょっとこっち来て背中向けろ。 思い切り蹴飛ばしてやるから」
32			その指さばきは、以前と変わらず軽快だけど、 なんだかその口調までもが、 指先の軽さに引っ張られているように見えた。
33			言葉も表情も、 ほんのちょっと前向きになってきてる。
34	かずさ	Kazusa	「コンクール、出ようと思ってる。 …２年ぶりに」
35	春希	Haruki	「え…」
36			…訂正。 『ほんのちょっと』はいらない。
37	雪菜	Setsuna	「…ほんと？ それって凄いよかずさ！」
38	かずさ	Kazusa	「出るだけなら誰でもできる。 …って訳じゃないけど、 少なくともあたしは推薦取れるから」
39	雪菜	Setsuna	「それでも凄いよ… 絶対に応援行くからね！ ね！　春希くん？」
40	春希	Haruki	「あ、ああ」
41			その変化は、俺にとって、とても喜ばしいことだった。
42			春に出会ったとき、思いっきりやさぐれてた同級生を、 『いつか変えてやる』って誓ったあの日…
43			その時イメージした冬馬の姿そのものだったから。
44	春希	Haruki	「凄いな、冬馬。 絶対見に行くからな」
45	かずさ	Kazusa	「…会場で寝るなよ？ ちゃんと見張ってるからな」
46			ただ…
47			今、この瞬間にそんな前向きな彼女を見るのは、 なんだか微妙に負けたような気がしないでもないけど。
48	雪菜	Setsuna	「ね、ね。もし優勝なんかしたら、 音大の推薦とかも取れるんじゃないかな？」
49	かずさ	Kazusa	「今すぐ優勝なんてとても無理…ていうか、 そもそも、そんな理由で推薦なんか取れないって」
50	春希	Haruki	「いやいや、冬馬曜子の力さえあれば」
51	雪菜	Setsuna	「そっか…かずさのお母さん、 きっと、どこの音大にだって顔利くよね？」
52	春希	Haruki	「たとえ顔が利かなくたって、 冬馬家の財力をもってすれば…」
53	かずさ	Kazusa	「…お前らウチの家庭事情をネタにしすぎだ。 そこまで堂々と陰口叩かれると怒る気もなくす」
54	春希	Haruki	「本人目の前にして陰口なんか言うか。 これはただのやっかみだ」
55	かずさ	Kazusa	「岡山の名家のボンボンのくせに」
56	雪菜	Setsuna	「え、なにそれ？ わたし聞いたことないよそんなの！\k\n
57	雪菜	Setsuna	春希くんまたわたしを仲間外れにしたぁ！」
58	春希	Haruki	「え？　いや、それは…冬馬！」
59	かずさ	Kazusa	「わかりやすい因果応報の実例だろ？」
60			………	.........
61	かずさ	Kazusa	「ま、確かに母さんの力をちょっと借りたけど、 今度のコンクールは本当にただの腕試しだから」
62	雪菜	Setsuna	「そうなんだぁ…」
63			一瞬のうちにむくれた雪菜を、 数分かけてなだめてるうちも。
64			冬馬は、指先を止めないまま、 俺たちを見てくすくす笑ってた。
65			…笑ってた。
66	かずさ	Kazusa	「ここ２年、どの先生にも付かずに、 ずっと自己流でやってたし… そんなのが勝てるほど甘くない」
67	雪菜	Setsuna	「で、でも、かずさなら」
68	かずさ	Kazusa	「あたしの腕はあたしが一番よく知ってる。 今なら本選に残れば奇跡ってレベル。 ま…それでも音楽科の奴らには負けないけど」
69	雪菜	Setsuna	「あ、あはは…」
70	かずさ	Kazusa	「とにかく今はさ… 思い出したいんだ」
71	春希	Haruki	「全盛期の力を？」
72	かずさ	Kazusa	「ううん… こんなあたしでも、きっと昔は、 ピアノが大好きだったんじゃないかなってことを」
73	雪菜	Setsuna	「昔は…？」
74	かずさ	Kazusa	「どうもさ… 母さんに反抗してるうちに、忘れちゃったみたいでさ」
75			そんな自嘲気味に呟く言葉さえ…
76	かずさ	Kazusa	「自分が昔、どんな気持ちで ピアノの前に立ってたんだろうって」
77			今の冬馬は、懐かしさを滲ませることができる。
78	かずさ	Kazusa	「な～んで毎日１０時間以上もピアノの前に座って、 文句一つ言わなかったんだろうなって」
79			苦笑が、苦くない。 俺の知ってる冬馬らしくない。
80	かずさ	Kazusa	「…馬鹿みたいだと思うか？」
81	春希	Haruki	「いや…いい傾向だと思う」
82			でも、それってつまり、 今まで俺に見せていた冬馬の方こそが、 偽物だったってことで。
83	春希	Haruki	「だってさ、冬馬、いつの間にか 『母さん』になってんだもんな」
84	かずさ	Kazusa	「あ…」
85			自分の母親を『あの人』って呼んでいたあの冬馬は、 俺に本当の姿を見せてなかったってことで。
86	かずさ	Kazusa	「そういえば…そうだな」
87			だから本物の冬馬は、こんなにも素直で、 こんなにも簡単に笑顔を浮かべることのできる…
88	かずさ	Kazusa	「はは…あんなに嫌ってたはずなのにな。 なんだか、どうでもよくなってきてるのかな」
89			俺の知らない冬馬だったんだ。
90	春希	Haruki	「いい傾向だ。 親と仲良くしてて悪いことなんか一つもないぞ」
91	かずさ	Kazusa	「北原に言われたくないな。 今年一年、一週間に３回以上、 母親と顔を合わせたことがないくせに」
92	春希	Haruki	「お、お前それは…」
93	雪菜	Setsuna	「ちょっと…どういうこと？ 『あんなに嫌ってた』とか、 『顔を合わせたことがない』とか…」
94	春希	Haruki	「あ～もうっ、まったくこいつは…」
95	雪菜	Setsuna	「きゃっ？」
96			またしても固まりかける雪菜を引き寄せて、 いい匂いのする髪を、手でくしゃくしゃに乱す。
97			もちろん雪菜は、少しだけ嫌々をするけれど、 俺の手を払いのけるようなことは絶対にしない。
98	春希	Haruki	「なぁ冬馬、雪菜がまた拗ねる前に、 あの話、してもいいか？」
99			だから俺は、いつの間にか雪菜の肩を抱き、 ゆっくりと頭を撫でていく。
100	かずさ	Kazusa	「仕方ないだろうな。 しないと泣くから、雪菜は」
101			そんな仕草でさえも、 冬馬はやっぱり、苦笑いとともに受け入れてくれて。
102	春希	Haruki	「したらしたでまた泣くと思うけどな… 雪菜、お母さんとすごく仲いいし。 俺たちの境遇、ショックだと思うぞ？」
103	雪菜	Setsuna	「ふ、二人とも、馬鹿にしないでよ！ わたしのこと、思い込みの激しい痛いコみたいに言って」
104	春希	Haruki	「…少しはその要素あると思うけど」
105	かずさ	Kazusa	「ああ、全くの同感だ」
106			だから、大丈夫だ。 皆、いい方向に向かってる。
107			三人の輪の中で、冬馬はまた笑うようになってくれた。 以前よりも明るく笑ってくれるようになってくれた。
108			三人の輪の中で、俺と雪菜は、 自然に絆を深めていくことができるようになった。
109			だから大丈夫。 何も心配することなんかないんだ。
110			俺さえ吹っ切れば、 みんな笑って、この時間が続いていくんだ。
111			………	.........
112	雪菜	Setsuna	「おはよ、春希くん」
113	春希	Haruki	「ああ、おはよう」
114	雪菜	Setsuna	「相変わらず早いね？ まだ約束より１５分も前だよ」
115	春希	Haruki	「いや俺、集合時間の３０分前には現地にいないと なんだか落ち着かなくて…」
116	雪菜	Setsuna	「あはは… 春希くんらしいと言えば、とってもらしいけど…」
117	春希	Haruki	「けど？」
118	雪菜	Setsuna	「でもなぁ… たまには春希くんのこと、 わくわくしながら待ってたいって気持ちもあるけどね」
119	春希	Haruki	「………」	"........."
120	雪菜	Setsuna	「ま、女の子の理不尽なワガママだから、 流してくれていいよ」
121	春希	Haruki	「ごめん…気の利いた受け答えできなくて」
122			そもそも、いつもの性格を隠れ蓑にしてるだけで、 真相は一睡もできなかったという見苦しいものだったり。
123	雪菜	Setsuna	「だからぁ、流して欲しいんだってば。 そうやって重く受け止められると期待しちゃうよ？」
124	春希	Haruki	「重ね重ね…」
125			１２月２４日…
126			雪菜が強引に推し進めた計画が、 とうとう発動する、その日。
127			…というか温泉旅行。
128			つきあい始めて１月目の、しかもクリスマスに、温泉。
129			レストランでもバーでも部屋で二人きりでもなく、温泉。
130			…でも泊まり。 しかも男一人に女二人。
131			こんな、俺にとって常識外れの企画が まかり通るなんて、周囲は何をやってたんだ何を。
132			誰か止める奴はいなかったのか？ 例えば、俺とか。
133	春希	Haruki	「なぁ、雪菜」
134	雪菜	Setsuna	「ん？　なに？」
135	春希	Haruki	「もう一度確認するけど、 本当に、お父さんいいって言ったのか？ 俺も一緒に行くのに」
136	雪菜	Setsuna	「え…」
137	春希	Haruki	「俺、今回は説明に行かなくて良かったのか？ 前に冬馬の家に泊まったときみたいに」
138	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
139	春希	Haruki	「何故黙る？」
140	雪菜	Setsuna	「かずさ遅いね」
141	春希	Haruki	「何故話をそらす？」
142			いや、それどころか、 あからさまに目をそらしたり。
143			なんというか、以前から疑念はあったけど、 だんだんと確信に変わりつつある。
144	春希	Haruki	「なぁ、改めて聞くけどさ… 雪菜、もしかして…」
145	雪菜	Setsuna	「………かずさだ」
146	春希	Haruki	「そうやって誤魔化さない」
147			雪菜は今回、 緊急家族会議にて、あろうことか偽証した。
148	雪菜	Setsuna	「本当にかずさなんだってば…」
149	春希	Haruki	「誰も改札から出てきてないって。 それに、次の電車は５分後だ」
150			しかも、そのことを俺にまで隠そうとした。
151	雪菜	Setsuna	「ううん、そうじゃなくて、 春希くんの後ろ…」
152	春希	Haruki	「そっちはロータリー…」
153	かずさ	Kazusa	「お待たせ」
154	春希	Haruki	「………」	"........."
155			雪菜の言い訳を封じ込めようと、 誰もいないはずの後ろを振り返り…
156	かずさ	Kazusa	「じゃ、荷物積んで早速出るか。\k\n
157	かずさ	Kazusa	…って、トランクってどうやって開けるんだ？」
158	春希	Haruki	「………ちょっと待て、なんだこれは！？」
159			そして、一瞬のうちにうやむやになってしまった。
160	雪菜	Setsuna	「うわぁ…すっごい！ これ外車だよね？」
161			というか、この青と白の丸いエンブレムは… アルファベット三文字のロゴは…
162			つまり、自動車。 しかも、高級外車。 要するに、１台○百万。
163	かずさ	Kazusa	「ウチのガレージに２台あったから１台借りてきた。 一応、今日のためにメンテ出しといたから動くよ」
164			そして、左側にある運転席から顔を覗かせるのは、 その車の向きから、どう考えてもロータリーを 逆行してきたとしか思えない…
165	春希	Haruki	「誰が運転すんだよこんなの！？」
166	かずさ	Kazusa	「あたしに決まってるだろ。 大体、ここまで誰が運んできたと思ってるんだ？」
167	春希	Haruki	「免許は！？」
168	かずさ	Kazusa	「夏休みに取ってたから。 ほら、あの頃はやることなかったし」
169	春希	Haruki	「念のため聞くが、取ってから運転とかは…」
170	かずさ	Kazusa	「してるわけないだろ。 二学期はずっとお前らに振り回されて、 ドライブなんてとてもじゃないけど…」
171	雪菜	Setsuna	「あれ、かずさ？ 右の前のとこ、なんかへこんでるよ？」
172	春希	Haruki	「………」	"........."
173			さっきまでの揉め事が可愛く思えるくらい… というか間違いなくこれに比べれば可愛すぎる。
174	かずさ	Kazusa	「ほら、早く行こ。 なぁ北原、トランク開けてくれないか？」
175	春希	Haruki	「わかった、行こうか冬馬。 …お前の家のガレージへ」
176	かずさ	Kazusa	「そんなに心配しなくても平気だ。 別に壊れてもいいから」
177	春希	Haruki	「人が壊れたらどう責任取るつもりだ！？」
178	かずさ	Kazusa	「大丈夫だって。安全運転するから」
179	春希	Haruki	「気をつけただけで安全に運転する奴は、 普通に運転できる奴だ…」
180	雪菜	Setsuna	「ね、春希くんも早く乗りなよ。 道が混む前に東京出ちゃおうよ」
181	春希	Haruki	「雪菜ぁ…」
182			いつの間にか、助手席側から、 雪菜がひょっこりと顔を出す。
183			ついに恐れていた事態… 賛成２、反対１の多数決が成立してしまった。
184	春希	Haruki	「な、雪菜、降りよう。 やっぱり電車で行こう？」
185	雪菜	Setsuna	「車のほうがいいよ。 荷物持たなくていいし、 ずっとお喋りもできるし」
186			議論に夢中で、裏工作を怠っていた俺のミスだ。 ここは反対票を取りまとめるべきだった。
187			冬馬が雪菜をまんまと車内に引き入れた時点で、 俺の負けは決まっていたのかもしれない。
188	春希	Haruki	「けど俺は、雪菜のご両親に責任が… もし事故にでも遭って、雪菜が怪我でもしたら…」
189	かずさ	Kazusa	「確かに、キズモノにしたら責任取るのは北原だけど」
190	雪菜	Setsuna	「え…っ」
191	春希	Haruki	「お前は黙ってろ！ ああもう、勘弁してくれ… 二人とも、コトの重大さを全然わかってない」
192	雪菜	Setsuna	「大丈夫だよ。かずさが何でもできるってことは、 わたしたちが一番よくわかってるじゃない」
193	春希	Haruki	「雪菜…」
194			その思い込みは、 一月前までは俺の専売特許だった。
195	かずさ	Kazusa	「あたしがお前たちを 危険な目に遭わせるわけないだろ？ 信じろよ？」
196	春希	Haruki	「冬馬…」
197			決して納得した訳じゃないけれど、 今さらこの決定を覆せないことだけは理解した俺は、 あまりにも渋々と、後部座席に乗り込む。
198	春希	Haruki	「って、しかもマニュアル車…」
199			左ハンドル、マニュアル、そして一台○百万…
200			車を持ち出してきただけでも頭痛いのに、 なんだこの悪夢の三重苦は。
201			助けてヘレンケラー…
202	雪菜	Setsuna	「ね、かずさ、オーディオのスイッチどこかな？ わたし一応ＣＤとか持ってきたんだけど…」
203	かずさ	Kazusa	「…これかな？」
204			楽しいはずの旅行に、暗雲がたちこめて…
205	ラジオの天気予報	Radio Weather Forecast	「続いて北関東地方、日中から雲が多く、 夜には山間部を中心に雪となるでしょう。 では各地のお天気です…」
206	春希	Haruki	「………」	"........."
207	雪菜	Setsuna	「良かった～。 雪、見れそうだね」
208			暗雲が…
209			北関東山間部って… 初ドライブで雪…？
210			四重苦！？
211	かずさ	Kazusa	「それじゃ出るぞ。 みんな一応シートベルト締めて」
212	春希	Haruki	「冬馬… まずは俺の言う通りの場所に行ってくれ」
213	かずさ	Kazusa	「家に戻れってのはナシな」
214	春希	Haruki	「まずは本屋で地図を買う。 次にカー用品店で寒冷地対応グッズを買い漁る。 チェーンに不凍液にブースターケーブル…あるか？」
215			なら、俺のすべきことは 命がけで、運転席と助手席の二人を守ること。
216	かずさ	Kazusa	「それ全部用意してないってよくわかったな」
217	雪菜	Setsuna	「さすが、転ばぬ先の春希くん、だね」
218	春希	Haruki	「はぁ…」
219			たかが国内の移動に、 ここまで命がけにならなくちゃならないことに、 釈然としないものを感じないでもないけれど。
220	かずさ	Kazusa	「それじゃ、出ぱ…」
221	春希	Haruki	「………」	"........."
222	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
223	かずさ	Kazusa	「半クラッチって、難しいな」
224	春希	Haruki	「いや、サイドブレーキ…」
225	かずさ	Kazusa	「あ～、そうだったそうだった。 左右逆だからついつい忘れるんだよな」
226	春希	Haruki	「すまん、行き先変更。 まず薬局に頼む」
227	雪菜	Setsuna	「春希くん、もしかして乗り物酔いするの？」
228	春希	Haruki	「いや…胃薬を」
229			既にキリキリ痛んでるし。
230			………	.........
231			と、いうわけで…
232	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
233	雪菜	Setsuna	「かずさ、大丈夫？」
234	かずさ	Kazusa	「話しかけないでくれ… ちょっとでも気を抜いたらヤバい」
235	雪菜	Setsuna	「ご、ごめん」
236	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
237	春希	Haruki	「あ、冬馬。 そこの信号左に…」
238	かずさ	Kazusa	「話しかけるなって言ってるだろ！」
239	春希	Haruki	「…どうしろと」
240			俺たちの旅は…
241	雪菜	Setsuna	「あ、高速の入り口あったよ！」
242	かずさ	Kazusa	「よ、よし………えっと、今のうちに左車線…」
243	春希	Haruki	「駄目だ。入るな。 今の状態で高速なんか絶対無理」
244	かずさ	Kazusa	「わ、わかった」
245	雪菜	Setsuna	「でもさ、運転慣れてない人には、 実は高速道路の方が走りやすいんだって、お父さんが」
246	かずさ	Kazusa	「そ、そうなのか…？」
247	春希	Haruki	「今のままじゃ、きっと合流ができないって。 もう少し慣れるまで下道で行こう」
248	かずさ	Kazusa	「も、もう少し…？」
249	雪菜	Setsuna	「でもさ、今は国道沿いだからいいけど、 次のインター、ちょっと外れちゃうみたいだよ？」
250	かずさ	Kazusa	「え…」
251	春希	Haruki	「どれ、地図貸して。 …あ、本当だ、どうしたもんかな」
252	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
253	雪菜	Setsuna	「なんとかなるよ。 ずっと左車線の端っこを走ってればさ」
254	かずさ	Kazusa	「…っ」
255	春希	Haruki	「ん～…そうだな。 これも経験だ。冬馬、やっぱり高速に…」
256	かずさ	Kazusa	「今入り口過ぎたところだよ！」
257			様々な紆余曲折を経て…
258	かずさ	Kazusa	「～♪」
259	雪菜	Setsuna	「…やっぱりかずさって、 何でもできちゃうんだね」
260	かずさ	Kazusa	「慣れちゃえばこっちのもの。 車も楽器も、根っこのところは同じ“道具”だしね」
261	春希	Haruki	「だからって気を抜くなよ。 ちょっとした油断が命取りなんだ」
262	かずさ	Kazusa	「朝から晩まで心配と説教ばっかりだな北原は。 運転できないくせに口だけは偉そうなんだから」
263	春希	Haruki	「事故ってのは、 自分で慣れたと思ったときが一番起きやすいんだよ。 宿についてエンジン切った後なら何とでも言え」
264	かずさ	Kazusa	「もう車線変更も追い越しも思いのままだって」
265	雪菜	Setsuna	「うわぁ…速い！」
266	春希	Haruki	「…って、メーター１○０キロ超えてるぞおい！」
267			ついでに、意図しない寄り道を挟みつつ… って、さっきと言ってること同じだけど。
268	春希	Haruki	「ええと、ええと…」
269	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
270	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
271	春希	Haruki	「…どこだろ、ここ」
272	雪菜	Setsuna	「春希くん…」
273	かずさ	Kazusa	「道に迷うとは… ナビゲーターにあるまじき致命的ミスだな北原」
274	春希	Haruki	「だからさっきから謝ってるだろ！」
275	かずさ	Kazusa	「一度も謝ってもらってないような…」
276	春希	Haruki	「今はそんなことよりも、正しい道に戻ることこそが 俺にできる一番の謝罪だと思ってだなぁ…」
277	かずさ	Kazusa	「相変わらず言い逃れだけは天下一品だな」
278	雪菜	Setsuna	「ね、やっぱりさっきの分岐のところ、 右だったんじゃないかなぁ？」
279	春希	Haruki	「ああっ！　日が暮れてきたっ！？」
280			いよいよ、終わりを迎えようとしていた。
281			…いや、まだ行きの途中でしかないんだけど。
282	春希	Haruki	「間違いない…今度こそビンゴだ」
283	雪菜	Setsuna	「さっき、白雅温泉駅あったもんね。 ここからはパンフレットの地図通りに行けば… あ～、よかったぁ！」
284	かずさ	Kazusa	「後は一本道か。 これでもう北原に惑わされずに済む」
285	春希	Haruki	「相変わらず人の揚げ足取りだけは天下一品だな」
286	かずさ	Kazusa	「相手に合わせて対応を変えてるだけだ」
287			…なんて、ギスギスした会話を続けながらも、 俺も冬馬も、そして雪菜も、ほっとした空気に包まれてた。
288			…何しろ一時間前の惨状は酷かったからなぁ。 段々、皆の口数も減っていくし。
289	春希	Haruki	「天気のトラブルがなかったのが大きかったよな。 なんとか最後までもってくれたし」
290	雪菜	Setsuna	「…？」
291	かずさ	Kazusa	「せっかくチェーンとか色々買い込んだのにな。 ちょっと勿体なかったか」
292	雪菜	Setsuna	「あ…」
293			カーショップでは、店員さんの薦めるままに、 最後にはランタンまで買い込んで、 会計が三人分の往復電車賃を超えてたりしたけど。
294	春希	Haruki	「備えあれば憂いなし。 俺もたまにはいいこと言うだろ？」
295	かずさ	Kazusa	「お前の発言なのかそれ… ホント、いつも口ばっかり偉そうに…」
296	雪菜	Setsuna	「ねぇ、みんな見て！」
297	春希	Haruki	「え？」
298	かずさ	Kazusa	「あ…」
299			と、雪菜が指差した前方には…
300			いきなり、フロントガラスに大量に舞い落ちる、 大きめの粒。
301			一瞬で、車の外の世界を、 黒から白に染め上げる。
302	雪菜	Setsuna	「降ってきたよ…」
303	かずさ	Kazusa	「なんとまぁ、最後の最後で」
304	春希	Haruki	「………」	"........."
305			『雪を見に行こうよ！』
306			雪菜のその一言から始まった、 俺たちの、小さな冒険。
307			野を越え、山を越え、道に迷い、 何度も何度も行ったり戻ったりを繰り返し。
308			予定到着時刻を大幅に過ぎ、 辺りはすっかり暗くなってしまい。
309	雪菜	Setsuna	「真っ白…」
310	かずさ	Kazusa	「積もりそうだな…今夜」
311	春希	Haruki	「ああ…」
312			でも、そんな時間になってしまったからこそ、 今の瞬間に巡り会えた。
313	雪菜	Setsuna	「綺麗…だね」
314			だから俺たちは、そんな重なり合った偶然に、 誰にでもなく、そして誰にでも感謝して…
315	かずさ	Kazusa	「あれ…？」
316	春希	Haruki	「…え？」
317	雪菜	Setsuna	「きゃっ？」
318	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
319	春希	Haruki	「………」	"........."
320	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
321			え～と…？
322	雪菜	Setsuna	「うわぁ…」
323	かずさ	Kazusa	「あちゃ…」
324	春希	Haruki	「なんてこった…」
325			雪菜は空を見上げ… そして俺と冬馬は、車を見つめ。
326			そして皆が、色んな意味での感嘆のため息をついた。
327	春希	Haruki	「なんだよ… いつの間にか積もってるじゃん」
328			俺たちが走ってた道は、いつの間にか、 土の上に雪が舗装されており、 左右も雪の壁で覆われていた。
329			で、冬馬の運転する車は、 その白い舗装路に足を取られ、 白い壁に、左のドアがめりこんでいる。
330	かずさ	Kazusa	「さっきまで全然だったのにな」
331			空から舞い落ちる雪に見とれてるうちに、 一般的な『山道』に入り込み、以前から 解けていなかった雪の洗礼を浴びてしまった。
332	雪菜	Setsuna	「雪だ…一面雪だよ。 やっと、辿り着いたね」
333	春希	Haruki	「いや、ゴールはほんの少し先…」
334			降雪の迷彩と、積雪のトラップが、 見事なまでに俺たちをハメてくれやがった。
335	かずさ	Kazusa	「あはっ、あは…あははははっ 北原、お前の言う通りだなぁ… ちょっとした油断が命取りだ」
336	春希	Haruki	「ウインチ！　ロードサービス！ いや俺宿までひとっ走り行って…」
337	雪菜	Setsuna	「えいっ」
338	春希	Haruki	「うわっ！？」
339			そんな、自分までも油断していたことに うろたえる俺に、天からの罰がくだる。
340	雪菜	Setsuna	「冷たい冷たい！ 雪合戦できるよ、雪だるまも作れるよ！」
341			…雪菜という、庭駆け回る犬の手によって。
342	かずさ	Kazusa	「あはははは、やられた。見事にしてやられた。 まだまだだな、あたしも」
343	春希	Haruki	「雪菜、まだだ、まだはしゃぐな！ 今は車を掘り出さないと。 あと冬馬、笑ってないで手伝え！」
344	雪菜	Setsuna	「ちょっとだけ、ちょっとだけ… ね、雪だるま作ってから」
345	かずさ	Kazusa	「あ～、凄い勢いで降ってきた。 このままみんなで車ごと埋もれても面白いな。 ふふ、あはは…」
346	春希	Haruki	「…あのなぁ」
347			駄目だ… 二人して、スイッチが入ってしまった。
348			ちょっとした非現実な日に、 非現実なイベントが重なって。
349			朝から晩まで、何度もミスを繰り返してるうちに、 なんだか、苦境に立たされた自分たちが面白くて、 ついつい笑ったり、はしゃいだりしてしまう。
350	春希	Haruki	「まったく…なぁ」
351			そんな特別な一日も、 それはそれで、何だか面白いかもしれない。
352			俺がそんな風に思わされるくらい、 目の前の二人は、楽しそうで、嬉しそうで…
353			そして、俺を嬉しくさせてくれた。
354	雪菜	Setsuna	「白い雪が街に～♪」
355	春希	Haruki	「山奥だから」
356			………	.........
357	雪菜	Setsuna	「それじゃ… メリークリスマス！」
358	かずさ	Kazusa	「メ、メリー、クリスマス」
359	春希	Haruki	「メリー…クリスマス…」
360			ウーロン茶２つとオレンジジュース（もちろん無果汁）で、 俺たちは健全な乾杯をする。
361			…山奥の温泉地に男１人女２人の学生が 泊まりで来てるってこと自体が健全かどうかというのは この際置いておかざるを得ない。
362	雪菜	Setsuna	「うわぁ、美味しそう…\k\n
363	雪菜	Setsuna	お刺身と天ぷらとお鍋で祝うクリスマスってのも、 たまにはいいよね？」
364	かずさ	Kazusa	「クリスマスプディングと茶碗蒸しって 少し似てるよな…材料が」
365	春希	Haruki	「チキンもあるしな…鍋の中に団子状で」
366			結局、あの後旅館の人と連絡が取れ、 俺たちはすぐに救助された。
367	雪菜	Setsuna	「それにしても、すごいね窓の外… ホワイトクリスマスだね」
368	かずさ	Kazusa	「ま、ね」
369	春希	Haruki	「わざわざそういうところを選んだ訳だしな」
370			向こうの人は『あ～、よくあるんですよこの道』と 慣れたもので、乗ってきた４ＷＤで俺たちの車を牽引して、 あっという間に引っ張り出してくれた。
371	雪菜	Setsuna	「そういえばね、露天風呂も凄かったんだよ！ 屋根がないからお風呂の中にまで雪が降ってきて」
372	かずさ	Kazusa	「寒くて寒くて… 上がった瞬間に凍え死にそうだった」
373	雪菜	Setsuna	「確かに寒かったけど、すっごく気持ちよかったよ。 春希くんも入ってくればよかったのに」
374	春希	Haruki	「そんな気力がありませんでした…」
375			で、旅館についた途端、 俺は日中の疲れに一気に襲いかかられて、 食事が始まるまで畳の上に倒れこんでいた。
376	かずさ	Kazusa	「それだけ消耗してる割には あまり役に立たなかったけどな」
377	春希	Haruki	「お前ら元気だな…」
378			ずっと運転してた冬馬と、ずっとはしゃいでた雪菜は、 着いたらすぐに館内探索と土産探しと風呂と卓球と、 一通りの『温泉宿と言えば』を満喫してきたというのに。
379	かずさ	Kazusa	「鍛え方が違うからな。 特にここ二月は寝る暇もなかったし」
380	春希	Haruki	「１１月は俺のせいだったけど、 １２月は自業自得だろ…」
381			というか、 俺も全く同じ目に遭っていたような気もするけど。
382	雪菜	Setsuna	「ほんと、今年を思い返してみても、 いろいろと大変だったよね。さ、飲も飲も」
383	かずさ	Kazusa	「忘年会のノリになってるぞ雪菜」
384	春希	Haruki	「この状況は明らかに忘年会だろ。 これをクリスマスパーティなんて言ったら 欧米人に怒られる」
385			場所選択の時点で 何かが間違っているとは思ったけど…
386	雪菜	Setsuna	「クリスマスでも忘年会でもなんでもいいよ。 一緒にいたい人たちと、一緒にいられるんだから」
387	かずさ	Kazusa	「はいはい、雪菜姫。 あなたのお望みのままに」
388			それにしても、こうして今、 湯上りの濡れ髪も色っぽい浴衣の美少女二人と 差し向かいで鍋をつついてる自分を冷静に省みると…
389	春希	Haruki	「…ま、いっか。 メリークリスマス」
390			正直、今すぐ死んでもいいかもしれない。
391			場所と状況のせいで、 出てくる語彙がかなりおっさんくさいのが嫌だけど、 今の俺の立場の素晴らしさは、もはや犯罪の領域だ。
392			………	.........
393	雪菜	Setsuna	「えっと、今日はみなさん、 お忙しいところお集まりいただき、 本当にありがとうございました」
394			…で、そんな楽しい時間なんてのは、 あっという間に過ぎ去るというのは定説で。
395			テーブルに並べられたご馳走は既に底をつき、 忘年会で言うところの『一本締め』の時間になった。
396	雪菜	Setsuna	「今日はクリスマスパーティと、忘年会と、 ちょっと早めの卒業旅行と…ええと…」
397	雪菜	Setsuna	「あ、そうだ。 峰城大付軽音楽同好会の同窓会ということで」
398	かずさ	Kazusa	「同窓会って…まだ解散もしてないのに？」
399			すまん…武也。 俺だけは、お前のこと忘れない。
400			…もちろんここで指摘するような野暮な真似もしない。 お前ならわかってくれるよな？
401	雪菜	Setsuna	「じゃあ、第０回軽音楽同好会同窓会…これでどう？」
402			だって、今日の幹事はこんなに嬉しそうで。
403	雪菜	Setsuna	「第０回だからね？ 第１回も、第２回も、何回でもあるんだからね？」
404	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
405	春希	Haruki	「………」	"........."
406	雪菜	Setsuna	「だから、来年のこの日も、みんなで集まりたい。 雪を見て、お風呂に入って、夜通しお喋りして…」
407			その笑顔を少しでも曇らせることなんて、俺には…
408	かずさ	Kazusa	「…約束はできないよ、雪菜」
409	雪菜	Setsuna	「え…」
410	春希	Haruki	「………」	"........."
411			俺には、できる訳がなかったのに。
412			それでも、冬馬のその呟きを、 遮ることもできる訳がなかった。
413	かずさ	Kazusa	「先のことなんてどうなるかわからない。 あたしはお前たちと進路だって違う。 来年の今日のことなんて…約束できないよ」
414	雪菜	Setsuna	「で、でも…いくら忙しくなっても、 せめて年に一度くらいは…」
415	かずさ	Kazusa	「でもさ、あたしに男ができたら？」
416	春希	Haruki	「え…？」
417	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
418			…間違えた。
419			ここで先に絶句するのは、雪菜の方だったはずなのに。
420	かずさ	Kazusa	「で、四六時中、そいつのことしか考えられなくなって、 昔の友達づきあいなんか煩わしくなって…」
421	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
422	春希	Haruki	「やめろって… 何も今そんな話しなくても。 …クリスマスだろ？」
423			今こうやって、冬馬を諌めたのだって、 雪菜のことを思ってのはずだったのに。
424	かずさ	Kazusa	「クリスマスだからこそだろ？ 普通、恋人と過ごすものだろ？」
425	春希	Haruki	「そんなのは日本だけだ。 本場じゃ家族と過ごしたり、お祈りする日だろ」
426			自分がそんな話を聞きたくないから… じゃないはずだったのになぁ。
427	かずさ	Kazusa	「雪菜だってさ、 来年は北原と二人きりで過ごしたくなるかもしれない。 もしそうなったら、今日の約束が逆に足枷になるかも…」
428	雪菜	Setsuna	「三人でいるときは、ずっと三人のままだよ…」
429	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
430	春希	Haruki	「雪菜…」
431	雪菜	Setsuna	「二人でも、一人でもないよ。 必ず三人だよ」
432			さっきまでの、和気あいあいとした暖かい雰囲気は、 雪の降る露天風呂から上がったときのように、 じわりと凍りつく。
433	雪菜	Setsuna	「三人でいるときは、春希くんは大事な友達だよ。 三人でいるときは、かずさはかけがえのない友達だよ」
434	春希	Haruki	「………」	"........."
435	雪菜	Setsuna	「…そういうことじゃ、だめかな？」
436			今の雪菜は、確かに、そういうことしてる。
437			俺たちが三人でいるとき、 一生懸命、俺の恋人のそぶりを見せずにいる。
438			最初のうちこそ、抑えが利かないこともあったけど、 期末が始まった辺りから、線引きするようになった。
439			俺たちの決めた三秒ルールを遵守するだけじゃなく、 最近の雪菜は、三秒ルールに抵触する行為すら慎む。
440	かずさ	Kazusa	「…あたしや北原にまで、 毎年ずっと、そんなままごと続けろって言うのか？」
441	春希	Haruki	「冬馬、よせ…っ」
442			それでも挑発をやめない冬馬は、 今まさに、超えてはいけない境界を 壊してしまいそうだった。
443	かずさ	Kazusa	「それってさ…勝手で、身勝手で、手前勝手で、 相手のこと…恋人のことすら何も考えてない、 信じられない自己中じゃないか…」
444			その先に何があるのかわからない。 何もないかもしれない。 でも、思わず覗き込んでしまいたくなる深淵。
445			冬馬の、心の奥底。
446	雪菜	Setsuna	「確かに、わたしの身勝手だけど。 わたし一人が思い描いてる、夢だけど」
447			そんな黒い気持ちをぶつけられても、 雪菜は、冬馬を正面から強い瞳で見つめる。
448	雪菜	Setsuna	「でも仕方ないよ… だってわたしたち、 三人であのステージに立ったんだよ…？」
449	春希	Haruki	「あ…」
450			それは、俺の想いと、まったくブレることのない、 まるで俺の口から出たそのままの言葉。
451	雪菜	Setsuna	「三人で、一晩中歌って、弾いて、作ってたんだよ。 三人で、ドキドキしながら幕が開くのを待ってたんだよ。 三人で…あの歓声を浴びちゃったんだよ？」
452			…というか、ほとんど同じ意味の言霊を、 今の雪菜と同じように、冬馬にぶつけたことがある。
453	雪菜	Setsuna	「あの日のこと、何度だって語り尽くしたい。 何年経っても、懐かしく思い出したい。 できれば………もう一度、二人の演奏で歌いたい」
454	春希	Haruki	「………」	"........."
455			ああ、そうだ…思い出した。
456			雪菜とつきあうって… 冬馬に告げた日、だった。
457	雪菜	Setsuna	「………ごめん。 改めて自分の言ってること聞いてみても、 やっぱり、自己中だね」
458			雪菜は、俺と同じだ。
459			自分以外の二人に対して、どちらにも遠慮なく、 どちらにも好きという気持ちをぶつける。
460			だからこそ、時々わからなくなる。
461			雪菜は、あの夜… どうして俺に、決断を迫ったんだろうって。
462	かずさ	Kazusa	「…そこまで言うならさ、 証明してみせて」
463			そんな雪菜の視線と思いを受けて、 冬馬も、しばらく無言で、雪菜を強く見つめ返す。
464	雪菜	Setsuna	「な…なに、を？」
465			ゆっくりと、自分の背後に手を伸ばし。
466			そしてふたたび、 その手をテーブルの上に置いたとき。
467	かずさ	Kazusa	「永遠の友情を」
468			その親指は、すでに瓶の蓋に引っかかっていた。
469	雪菜	Setsuna	「それって、どうすれ…
470	雪菜	Setsuna	きゃあっ！？」
471	春希	Haruki	「うわっ！？」
472			甲高い爆発音が部屋中に響き渡り。
473	かずさ	Kazusa	「雪菜がずっと三人でいたいって言うなら、 今日はとことんまで付き合ってもらう」
474	雪菜	Setsuna	「え？」
475			炭酸の弾ける音が、 今度は控えめに、部屋の中に充たされていく。
476	かずさ	Kazusa	「朝まで飲み明かす。 絶対に寝かしてなんかやんない」
477			瓶のラベルには、『Ｃｈａｍｐａｇｎｅ』の文字と、 その下に、どこかで見たようなブランド名。
478	雪菜	Setsuna	「え？　え？」
479			で、その下に、更に『Ｖｉｎｔａｇｅ』なる文字と、 四桁の、多分生産年を表す数字。
480			もしかしてあれは、 銀座の高級バーとかでえらく有名な…
481	かずさ	Kazusa	「じゃ、もう一度メリークリスマス！ あははははっ、やだな雪菜、マジになってるし！」
482	雪菜	Setsuna	「えええええっ！？」
483			………	.........
484	かずさ	Kazusa	「ほ～ら雪菜。 もう一杯行ってみよっか？」
485	雪菜	Setsuna	「う…うぅぅぅぅ…っ。弄ばれた… かずさに、恥ずかしい目に遭わされちゃったよぅ」
486	かずさ	Kazusa	「あははは…雪菜、本当に可愛いな。 あたしが男だったら絶対北原なんかに渡さないのに」
487	春希	Haruki	「俺に振るな」
488	雪菜	Setsuna	「かずさみたいな酷い男に騙されたりしないもん！ んく、んく…はぁぁ…っ」
489			…などと嘆きつつも、熱い息を吐き、 かずさに身をすり寄せる雪菜。
490			からかわれた恥ずかしさのあまり、 冬馬に注がれるまま、 シャンペンを立て続けに三杯あおり…
491			その頃になって、どうやら自分の飲んでいるものが、 いつも家族とのクリスマスパーティに出てくる、 ２００円の炭酸飲料でないことに気づいたらしかった。
492	かずさ	Kazusa	「酷い男、か…そうだよな。雪菜の趣味じゃないよな。 今の男はあたしを正反対にしたような奴だし。 …幸せにしろよ、北原」
493	春希	Haruki	「ぶっ！？」
494			酔ってるのは雪菜だけだと油断してたら…
495	雪菜	Setsuna	「もう、今はそういう色っぽい話はしないの！ あのね、わたしたちが三人でいるときは～」
496	かずさ	Kazusa	「はいはい、いつでも三人だったな。 忘れてないって雪菜。よしよし」
497	雪菜	Setsuna	「そ～そ～、ずっと三人なのぉ。 春希くんがいて、かずさがいて、 そして…わらひがぁ…あはははは～」
498	かずさ	Kazusa	「ちょっと、おい、雪菜…か、からみつくなって… お、おい、北原…」
499	春希	Haruki	「助けないぞ俺は。 飲ませたのは冬馬なんだからな。 自分で蒔いた種は自分で刈り取りましょう」
500			というか、目の前で、浴衣一枚で絡みあう 二つの身体が凄まじく色っぽくて。
501			こんな素晴らしい景観を壊してたまるかと、 俺は自然保護の観点からも強く誓うのだった。
502	雪菜	Setsuna	「んぅぅぅぅ～… かずさ、髪さらさら。 お風呂で見たけど、肌も真っ白だったしぃ」
503	かずさ	Kazusa	「雪菜の方が白かったと思う… それに、背中なんかつるつるでさ」
504	雪菜	Setsuna	「んふふふ…ありがとぉ。 はぁ…いい匂いする～」
505	かずさ	Kazusa	「あ、ちょっと………雪菜？」
506	雪菜	Setsuna	「ん…んぅぅ…」
507	かずさ	Kazusa	「…あ～あ」
508	春希	Haruki	「お疲れ。 もう一杯行くか？」
509	かずさ	Kazusa	「飲まなきゃやってられるか」
510	春希	Haruki	「わかりやすい因果応報の実例だな」
511			自分にもたれかかったままぐったりした雪菜を そのまま膝の上に受け止めて、冬馬がグラスをぐっと煽る。
512			で、俺は我関せずといったそぶりでそっぽを向く。
513			…向いてはいるけど、視線だけは 胸元から覗くふくらみとか、裾から覗くふくらはぎとか、 色々と凄いモノへと突き刺さる。
514			…来て、よかった。 欲を言えば、ちょっとだけ一人きりになりたい。今すぐ。
515	かずさ	Kazusa	「しかし… そういう北原は結構平気なんだな」
516	春希	Haruki	「だって…美味いぞこれ」
517	かずさ	Kazusa	「それって理由になるのか？」
518	春希	Haruki	「昔さ、一度だけ武也たちと集まって、 １本３９０円の安ワイン飲みまくったことあるけど、 あの時は三杯目から吐き気がしてた」
519			主題がコスプレＡＶ鑑賞会だったことは勿論伏せておく。
520	かずさ	Kazusa	「ま、北原も少しは胃が肥えてるってことかな？」
521	春希	Haruki	「その言い方、メタボリックで嫌だ」
522	かずさ	Kazusa	「多分、一瓶で数万円する。 母さんのフランス土産だ」
523	春希	Haruki	「相変わらずブルジョワだな…」
524	かずさ	Kazusa	「普段飲んでるのは安物のポートワインだよ。 これがまた冗談みたいに甘くていいんだ」
525	春希	Haruki	「いや飲むなよ普段から酒」
526	かずさ	Kazusa	「だ～ってあたし不良だもん。 少しはそれらしいことやんないと、 世間に示しがつかないじゃん？」
527	春希	Haruki	「世間に示しがつかないのは、 今どき不良なんていう レトロなレッテル貼られてた事実の方だ」
528			ヤンキーやコギャルでさえ死語の領域に入ってるのに、 今どき正面から大人に反抗するなんて…
529	かずさ	Kazusa	「そうなんだよ… あたしって、この二年間。 ずっと古くさい馬鹿やってたんだ」
530	春希	Haruki	「きっと大人になって昔話をしたら、 恥ずかしくて死にそうになるぞ？」
531			その時は、俺の口から周りに言いふらしてやりたい。 …赤面して怒り狂う大人の冬馬も見てみたいしな。
532	かずさ	Kazusa	「なのに今のあたしは何やってんだろ？ 委員長に学園のアイドルみたいな健全な奴らとつるんで、 真面目に学園祭やって、勉強して、一緒に遊んで…」
533	春希	Haruki	「………」	"........."
534	かずさ	Kazusa	「こんなふうに、ふざけて酒飲むだけのことが、 なんだかとんでもない大イベントみたいに錯覚して…」
535	春希	Haruki	「…進化したな」
536	かずさ	Kazusa	「これって進化なのかな？」
537	春希	Haruki	「少なくとも、ちょっとだけ今風になった」
538	かずさ	Kazusa	「イマ風…ね」
539	春希	Haruki	「プロとか芸術とか関係なく、目立つために音楽やったり、 孤高を気取るとか、そういうカッコ悪い真似やめたり」
540	かずさ	Kazusa	「…優等生なんて、もっと古くさくてカッコ悪い真似を ずっとやってる北原に、そんなこと言われてもな」
541	春希	Haruki	「だから俺も、ちょっとだけ羽目を外した。 校則破ったり、目立つために音楽やったり、 …女の子たちと三人だけで旅行に行ったり」
542	かずさ	Kazusa	「…最後のなんか超イマ風だな。 北原のくせによくやった」
543	春希	Haruki	「山奥の温泉旅館だけどな」
544	かずさ	Kazusa	「…雪、やまないな」
545	春希	Haruki	「そうだな」
546	かずさ	Kazusa	「真っ白だな」
547			『明日、出発できるのかな？』
548	春希	Haruki	「…そうだな」
549			今までならここで、 そんな野暮なことを問いかけてただろうな。
550			けど、今の俺は 少しばかりはロマンチックって奴を理解できて、 野暮ってものがどういうことかわかるようになってきた。
551	かずさ	Kazusa	「…何だよ？」
552	春希	Haruki	「別に…」
553			だから、冬馬をじっと見つめてること、気づかれても、 いちいち視線を外したりしない。
554	かずさ	Kazusa	「…そか」
555			そしたら…ほら、冬馬の方から視線を外す。 俺の勝ちだ。
556	春希	Haruki	「………」	"........."
557	かずさ	Kazusa	「っ…」
558			冬馬の横顔に、ちょっとだけ朱が差す。
559			だから余計に、その横顔から視線が外せなくなってしまう。
560	春希	Haruki	「綺麗だな」
561	かずさ	Kazusa	「う、うん…真っ白だ」
562	春希	Haruki	「だな…白くて、つるつるだったっけ？」
563	かずさ	Kazusa	「そ、それは…雪菜だ」
564	春希	Haruki	「そか…」
565	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
566	雪菜	Setsuna	「ん…んぅ…」
567			………	.........
568	春希	Haruki	「ふぅ…」
569			一時間、酒を抜くためにぼうっとして。
570			雪菜が冬馬の膝の上で安らかな寝息を立て、 冬馬も壁にもたれ、うつらうつらしているのを、 しばらく堪能してから、静かに部屋を出た。
571			もちろん、二人に毛布をかけるのを忘れずに。
572			深夜も深夜の露天風呂は、 もともとの宿泊客の少なさもあいまって、 いつまでも俺の貸し切り状態だった。
573			…経営大丈夫なのかな、この旅館。 こんなにいい風呂があるってのに。
574	春希	Haruki	「あ～…」
575			感嘆の声が、誰もいない湯船から、 白い粒の舞う夜空へと吸い込まれていく。
576			夜になって降り出した雪は、 未だにその勢いが衰えないまま、 湯船に落ちては、少しずつ熱い湯を冷ましてくれる。
577			しばらく、その空から舞い落ちる白い雪を眺め、 ゆっくりと目を閉じて、全身の力を抜く。
578			………	.........
579			そうやって、自分を暗闇に追い込むと、 瞼に浮かんでくるものは、つい最近に見た、 一番目に焼き付いている光景だったり。
580	春希	Haruki	「…鎮まれ」
581			数年来の親友のように、身体を寄せ合って、 俺の前で無防備なまま、うたた寝する二人。
582			その場に居合わせたことを神様に感謝しつつ （クリスマスだから神にお祈りするのは当然だ）、 ずっと見つめて、見飽きなくて、やっと得た結論。
583			雪菜が、会うたびに、触れ合うたびに、 俺に新しい可愛らしさを突き刺してくるように…
584			今の冬馬も…今までより、ずっと綺麗になってる。
585	春希	Haruki	「～っ！」
586			俺が、甘かった。
587			最初に会ったときから、その性格とか態度に関係なく、 あの、儚い細工物のような綺麗な容姿は、 ずっと変わらないって思ってた。
588			あれは冬馬の人となりに拠らない、 ただ偶然完成してしまった奇跡だって、そう思ってた。
589			けど違ってた…
590			笑ったり、からかったり、ため息をついたり、 よくわからない表情で俺を見つめてくる冬馬は。
591			よくわからない表情で、俺から目をそらす冬馬は…
592			今までの俺の審美眼を馬鹿にするように、 自分の新しい美しさを、これみよがしに俺に見せつける。
593			その傍らで眠る雪菜は、凄く綺麗で、 俺だけが知ってる可愛さもあいまって、 ずっと抱きしめていたいくらい愛しく感じてるのに。
594			なのに、目の前にいる、俺の友達に。 俺の彼女の友達に。
595			そんな心からの憧憬を感じてしまう。
596	春希	Haruki	「っ…」
597			俺って………
598			冷静に判断しなくても、最低だ。
599			追い立てられるように、湯船から立ち上がる。
600			ここで湯に浸かったままだと、 自分の醜さがどんどん流れ出してしまいそうだから。
601			今はとにかく部屋に戻って、頭から布団を被って、 夢も見る暇もないくらい深く寝てしまおう。
602			もちろん、二人の部屋とはふすま一枚隔てられた、 隣の部屋の、隅っこで。
603	春希	Haruki	「…？」
604			こんな時間に、 俺以外にも風呂に入ろうなんて物好きが…
605	？？？	???	「ちょ、ちょっと待て… 本気か？　正気なのか雪菜？ 酔ってるよな？　そうなんだよな！？」
606	？？？	???	「ふふふっ…酔ってるかもね？ あ、もしかしたら、寝ぼけてもいるかも」
607	春希	Haruki	「………え？」
608			脱衣場の方から、誰か… いや、誰かたちが近づいてくる。
609			ほんのりと白い湯気に少しだけ隠れてた人影が、 …こちらに向かって、ゆっくりと形を為してくる。
610	？？？	???	「や、やめろ…押すな。 こっちは来たら駄目だって ま、まだあいつ…っ」
611	？？？	???	「あ、いたいた。 春希く～ん」
612	春希	Haruki	「う、うわああああああっ！？」
613	春希	Haruki	「あ、熱ぅ！　熱っつぅ！？」
614			一度湯船から上がった体は、 思った以上に降りしきる雪に冷やされていたらしく、 再び飛び込んだ湯船の熱いこと…
615			とか、そういう些細な問題を云々するのは、 今の状況に頭がついていかなかったせいで。
616	春希	Haruki	「み、見るな！ 見ないで…」
617	かずさ	Kazusa	「それはこっちの台詞だ！」
618	雪菜	Setsuna	「こっちから押しかけたのに、 それはないよかずさ…」
619			今、俺の目の前に、二枚のバスタオルが… いや違った。
620			さっき、白いふくらはぎだけで興奮してたのに、 今はまぶしい太股まで思いっきり…じゃなくて。
621	春希	Haruki	「な、なんで、どうして…」
622			というか、バスタオル一枚だと、 身体のラインが見えすぎて困る。
623	雪菜	Setsuna	「ここって中は繋がってるんだよね。 さっき入った時に気づいてたんだ」
624	春希	Haruki	「犯行手口を聞いてるんじゃなくて、 動機を尋ねてるんだ俺は！」
625	かずさ	Kazusa	「あたしが聞きたいよそれ…」
626	雪菜	Setsuna	「そんなの、さっきみんなで約束したじゃない。 わたしたちが三人でいるときは」
627			『いつでも三人』
628	春希	Haruki	「いや、それって…この場合もなのか！？」
629			………	.........
630	雪菜	Setsuna	「う～ん、やっぱり大きなお風呂は気持ちいいね」
631			雪菜の吐息混じりの声と、 お湯を掬い上げる音が響く。
632			…俺のすぐ後ろで。
633	春希	Haruki	「見損なったぞ冬馬… お前がついていながら何てザマだ」
634	かずさ	Kazusa	「北原の彼女だろ！ お前がしつけろよ」
635	春希	Haruki	「お前だって親友だろうが… どうして止めなかった？」
636			雪菜が動くと、その時の波が俺にぶつかるくらい、 俺たちはほとんどゼロ距離で湯船に浸かっている。
637	かずさ	Kazusa	「止めたよ！　嫌がったよ！　けど…」
638	雪菜	Setsuna	「あ～もう、二人とも喧嘩しないの。 こんなに気持ちいいんだから、 もっとおおらかな心で、ね？」
639	春希	Haruki	「なんで平気なんだよ雪菜…？」
640			て言うか、雪菜の肩が俺に時々触れるし。 しかも冬馬の言ったとおり、本気でつるつるだし…
641	雪菜	Setsuna	「だって春希くんならじろじろ見たりしないだろうなって。 きっと一生懸命後ろ向いてくれてるだろうなって、 わかってたから」
642			嫌なところを見透かされてるなぁ。
643	かずさ	Kazusa	「さっき雪菜をからかったろ？ …ずっと根に持ってたみたいなんだ」
644	春希	Haruki	「そりゃ、お前は仕返しされても仕方ないよ？ でも俺は？　どっちにもやられっぱなしじゃないか！」
645	かずさ	Kazusa	「女二人と混浴してるんだぞ…贅沢言うなよ」
646	春希	Haruki	「贅沢にも限度ってものがあるだろ…」
647			とにかく今は、あまりにもお約束過ぎるから、 鼻血だけは決して出すまいと必死に鼻を押さえる。
648	雪菜	Setsuna	「別にいいじゃない。旅の恥は掻き捨てでしょ？ 今は恥ずかしくても、いずれ楽しい思い出になるよ」
649	春希	Haruki	「…思い出すたびに冬馬に殴られそうな気もするけど」
650	かずさ	Kazusa	「偶然だな北原。 あたしも今、まったく同じ光景が目に浮かんだ。 グーで思い切り行ってたよ」
651	雪菜	Setsuna	「こんなにいいお湯と、こんなにいい景色だよ？ もっと楽しもうよ」
652	春希	Haruki	「真っ暗だけどな」
653	かずさ	Kazusa	「雪しか見えないけどな」
654	雪菜	Setsuna	「どれだけ見ても、飽きないよね…」
655			俺たちの揶揄などものともせず、 雪菜が楽しそうに、雪の降りる空を見上げる。
656			今日、初めて雪を見たんじゃないかってくらい、 何度でも驚き、はしゃぎ、そして噛みしめる。
657	雪菜	Setsuna	「あ～あ、ほんと最高。 もう帰りたくないなぁ」
658	春希	Haruki	「雪菜…」
659	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
660			空を見上げる雪菜の頭が、 俺の肩に載せられる。
661			濡れた髪に、シャンプーの香り。 ちょっとだけ我慢した甘えを感じられる、心地良い重さ。
662	雪菜	Setsuna	「…なんだか眠くなってきた。 もし寝ちゃったら、部屋まで運んでね」
663	春希	Haruki	「お…俺が？」
664			湯船の中で、ちゃんとマナー通り タオルを取ってる雪菜を？
665	雪菜	Setsuna	「大丈夫だよ。 その時は事故なんだから、見られても平気だって」
666	春希	Haruki	「え、え…」
667	かずさ	Kazusa	「ホント、雪菜にはかなわない」
668	雪菜	Setsuna	「さっき散々わたしを泣かせておいて、 よく言うよかずさは」
669	かずさ	Kazusa	「こっちがやっとの思いで一矢報いたら、 こんな強烈な仕返ししてくるくせに」
670			なんて言いながら…
671			冬馬のほうも、今はきっと、 たおやかに全身の力を抜いて、 雪が降りしきる空をぼうっと眺めてるはずだ。
672	かずさ	Kazusa	「あたしみたいな小物はさ、 雪菜には、一生勝てそうにないよ」
673			だって… その黒くて長い髪が、俺の肩をくすぐる。
674	かずさ	Kazusa	「ホント、勝てない…」
675			そして…
676	春希	Haruki	「冬馬…」
677	かずさ	Kazusa	「なんだよ？」
678	春希	Haruki	「いや…」
679			背中が、触れてるんだけど。 絶対に、わかってるはずなんだけど。
680			測ったように、雪菜が俺に触れた後… なんてのは、考えすぎかもしれないけど。
681	雪菜	Setsuna	「ずっと、こうしてたいね」
682	かずさ	Kazusa	「………ああ」
683	春希	Haruki	「………」	"........."
684			雪は、少しだけ弱くなってきてたみたいだった。
685			………	.........
686			……	......
687			…	...
688	春希	Haruki	「どうしたんだ？ 疲れたか？」
689			インターを降りたところで、 冬馬は車を路肩に止めた。
690	かずさ	Kazusa	「…一緒にいてやれよ」
691	雪菜	Setsuna	「ん…んぅ…」
692			ルームミラーで後部座席を見やりながら、 冬馬が俺につぶやく。
693			後部座席では、雪菜の頭が斜めに傾いて、 今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
694	春希	Haruki	「あと一時間もしないうちに着くだろ？ このままでいいよ」
695	かずさ	Kazusa	「遠慮するなって。もうナビはいらない。 ここからの道はわかるよ」
696			雪菜は、さっきまで必死に起きて、 みんなに頑張って話し掛けていた。
697			それでも、都内に入った辺りで安心したのか、 とうとう限界を超えたらしかった。
698	春希	Haruki	「やめとく。 そしたら俺も一緒に寝ちまいそうだ」
699	かずさ	Kazusa	「別に、雪菜と一緒に寝てたっていいぞ。 着いたらちゃんと起こしてやる」
700			けれど、雪菜が眠ってしまったのは、 明らかに俺たちのせいだった。
701	春希	Haruki	「目が覚めたら天国に着いてましたじゃ 洒落にならないし」
702	かずさ	Kazusa	「…まだあたしの腕を信用してないのか？ もう、バックも切り返しも駐車場入れも…」
703	春希	Haruki	「腕は信用してるけど、 疲れてないってのは信用してない」
704	かずさ	Kazusa	「大丈夫だって。運転中に寝やしない」
705	春希	Haruki	「それでも、確率はゼロじゃない。 でも、もう一人が起きてたら、 さらにゼロに近づくだろ？」
706			だって、俺たちは…
707			最後の最後まで、頑張ってはしゃぎ続けることが できなかったから。
708	かずさ	Kazusa	「…勝手にしろ」
709	春希	Haruki	「ああ、そうする」
710	かずさ	Kazusa	「その代わり、ずっと[R助手席^そこ]にいるなら約束しろ」
711	春希	Haruki	「何を？」
712	かずさ	Kazusa	「絶対に寝ないって。 …間違えそうになるから」
713	春希	Haruki	「…やっぱ道あやふやなんじゃないか。 大丈夫。着くまで必ず起きてる」
714	かずさ	Kazusa	「…ホントに頼むな」
715			朝飯を食って、旅館を出て。
716			途中のドライブインで昼飯を食って、 さあ、後は家に帰るだけとなった辺りから。
717			俺と冬馬の口数が、めっきり減っていったから。
718	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
719	春希	Haruki	「………」	"........."
720	雪菜	Setsuna	「ん…」
721			結局のところ…
722			楽しすぎたのがいけなかった。 嬉しすぎたのがいけなかった。
723			祭りの後が、きつ過ぎた。 学園祭のときよりも、遥かに重苦しかった。
724			…いや、そうじゃない。
725			俺たちには、学園祭の後の記憶があったから。
726			全てが終わって、 たくさんのことに決着がついたあの日と重なって、 言葉を失っていったのかもしれない。
727	かずさ	Kazusa	「な、北原」
728	春希	Haruki	「ん？」
729			そんなふうに、寂しい物思いに耽っていると、 信号で止まった冬馬がやっと声を発する。
730			いや、本当はさっきから何度も口を開きかけてた。
731			だけど何度も逡巡し、そのたびに頭を振って、 ため息をついて、少しだけ運転に集中して、 そしてまた逡巡してた。
732	かずさ	Kazusa	「色々と…ありがとうな」
733	春希	Haruki	「死亡フラグを立てるな」
734			逡巡の理由は、それだけで理解した。
735			俺に感謝なんて、死ぬほど慣れないことを やろうとしてたせいだった。
736	かずさ	Kazusa	「たまには普通に感謝されろ。このあまのじゃく」
737	春希	Haruki	「感謝されるようなことなんか何もしてない」
738			『お前に言われたくないわ！』と口ごたえして、 言い合いに発展する元気は、今の俺たちにはなかった。
739	かずさ	Kazusa	「お前があたしを引きずり込まなかったら、 こんなことにはならなかった」
740	春希	Haruki	「…なんだか言い方が恨みがましく聞こえるぞ」
741	かずさ	Kazusa	「…そうかな？　ごめん、もう少し言い方改めるな」
742			それでも冬馬は、俺への感謝なんていう、 きっと、相当に屈辱で、精一杯頑張る必要のある行為を 必死で続けるつもりらしかった。
743	かずさ	Kazusa	「お前と雪菜が、あたしの前に現れなかったら… あたしは毎日、ゆっくり寝て、好きなことやって、 自由気ままな暮らしを続けていられたのに」
744	春希	Haruki	「…わざとだろお前」
745			そんな彼女の原動力が何なのかわからないけど、 少なくとも、その努力が実を結んでいるとは 到底思えない恨みがましさの香りがした。
746	かずさ	Kazusa	「い、いや…上手くまとまらないんだ。 言いたいことはわかってるんだけど、 口が拒否してるって言うか」
747	春希	Haruki	「はぁ、もういい。 お前に感謝されるなんて気持ち悪い」
748	かずさ	Kazusa	「酷いなお前」
749			そのくせ、俺の言葉に本気で傷ついているように 見えるのが、相当にタチ悪い。
750	春希	Haruki	「それにさ 感謝なんて、本当はして欲しくない」
751	かずさ	Kazusa	「北原…」
752			だから俺は、やっぱり冬馬の感謝の言葉を否定する。
753	春希	Haruki	「俺が好きでやってることで、全部俺のためで」
754			そんな言葉は、自覚してる努力の対価として受け取りたい。
755	春希	Haruki	「冬馬のためとか考えたこと、一度だってないし」
756	かずさ	Kazusa	「あたしはそういうの雪菜に却下されたぞ。 お前もちゃんと感謝されろよ。不公平だろ」
757	春希	Haruki	「やなこった。 死んでもお断りだ」
758			自分が頑張ってるなんて考えもしなかった行為を、 今さらありがとうって言われたって、なんか悔しいだけだ。
759	かずさ	Kazusa	「お前…他の奴のお節介もそうなのか？ あれ全部嬉々としてやってるのか？」
760	春希	Haruki	「雪菜と冬馬に対してだけだ」
761	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
762			だから、他の奴らに感謝されたなら…
763			精一杯勿体ぶって、 噛んで含めるように反省を促して、 当然のように受け止めてみせる。
764			それはつまり…そいつらは特別じゃないからで。
765	かずさ	Kazusa	「その言葉… 忘れない、よ」
766			特別な奴が、最後に何か呟くと、 車はゆっくりと進み出した。
767			………	.........
768			……	......
769			…	...

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