White Album 2/Script/2403

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1	留守電アナウンス	Answering Machine	「５件のメッセージがあります。 １件目、１２月２６日、午前１０時２３分です」	"You have 5 new messages. First message. December 26th, 10:23 a.m."
2	武也	Takeya	「…本当に出かけてんのかよ？」	"...Are you really not in?"
3	武也	Takeya	「おい春希、昨日の件だけどな、 帰ってきたらちゃんと話しようぜ？ …これ聞いたらすぐに連絡してくれ」	"Hey Haruki, about what we talked about yesterday, let's talk more when you get back? ...Call me the instant you hear this."
4	武也	Takeya	「携帯とこっち、両方に入れとくから、 シカトすんじゃねえぞ？　じゃあな」	"I left a message here and on your cellphone. Don't you ignore me, alright? See ya."
5	留守電アナウンス	Answering Machine	「２件目、１月１日、午前０時２５分です」	"Second message. January 1st, 00:25 a.m."
6	武也	Takeya	「春希…スキーって年越しかよ？ だったらせめて携帯の方繋がるようにしとけよ。 俺が今死んでも通夜にも出ないつもりかよ？」	"Haruki...does your skiing trip last till even after the new year? If that's the case, then at least make sure people can reach you through your cell. At this rate, do you plan on not attending my wake even if I were to drop dead right now?"
7	武也	Takeya	「とにかく、連絡待ってる。 それじゃな」	"Anyway, I'll wait for your call. See ya."
8	武也	Takeya	「…あと、今年もよろしくな」	"...Oh, and let's be good to each other this year too."
9	留守電アナウンス	Answering Machine	「３件目、１月１日、午後１１時５４分です」	"Third message. January 1st, 11:54 p.m."
10	武也	Takeya	「実家…な訳ないよな、お前が。 入院…とかしてないよな？ 留置…いや何でもない」	"You...didn't go back to your old house, did ya? You're not in the hospital, right...? Or taken into custod...no, forget I said that."
11	武也	Takeya	「居留守………じゃないことを祈ってる。 早く戻ってこい、春希」	"...I hope you're not just pretending to be out. Hurry up and come back, Haruki."
12	春希	Haruki	「………悪い」	"....Sorry."
13			固定電話の方は、全部武也からだった。	All of the messages on my home phone were from Takeya.
14			まぁ、こっちの番号を知ってる奴が もともと一握りしかいないからだけど。	Well, only a handful of people know the number to this phone to begin with.
15	携帯留守電アナウンス	Cellphone Voicemail	「留守番電話サービスをご利用いただき ありがとうございます。 ただ今、２８件のメッセージをお預かりしています」	"Thank you for using voicemail services. You currently have 28 new messages."
16	携帯留守電アナウンス	Cellphone Voicemail	「１件目、１２月２５日、午後０時３８分です」	"First message. December 25th, 12:38 p.m."
17	武也	Takeya	「お～い、俺だ、武也。 電話切ってるってことは、まだ雪菜ちゃんと一緒かぁ？」	"Heyyy~, it's me, Takeya. Since your cellphone's off, I take it you're still with Setsuna-chan?"
18	武也	Takeya	「昨夜はちゃんとホテルにチェックインしたんだろうな？ …使ってなかったら泣くぞ？」	"You guys *did* check into the hotel last night, right? ...If not, I'm going to cry."
19	武也	Takeya	「まぁいいや。落ち着いたら詳しく報告のこと。 コールバック頼むな」	"Well, whatever. Give me a detailed report once everything's settled down. I'll be waiting for your call back."
20	武也	Takeya	「やっとだな、おめでとう。 ………って、言わせてくれよ？」	"You finally did it, congratulations. ...Let me say that to you, alright?"
21	春希	Haruki	「………」	"........."
22			それは、最後に武也と連絡を取った日よりも 一日前の、携帯へのメッセージ。
23			今聞くと、 これがたった十日ほど前のことというのが、 信じ難くもあり、無常でもある。
24	携帯留守電アナウンス	Cellphone Voicemail	「２件目、１２月２５日、午後１０時２０分です」
25	小春	Koharu	「先輩、杉浦です。 今、バイト終わって帰宅中」
26	小春	Koharu	「昨日、今日と大変でした。 最初から人少ないってわかってるのに、 次から次へと突発で休んじゃうし」
27	小春	Koharu	「今さら風邪ひいたとか下手な嘘つかなくても、 前から来れないって言ってくれた方が、 こっちも対策の立てようがあるのに…」
28	小春	Koharu	「みんなの前でだけいい顔しようなんて… それで余計にみんなに迷惑かけてるのが わかってないんですよ」
29	小春	Koharu	「…あ、先輩のこと言ってるんじゃないですよ？ 先輩は止むに止まれぬ『約束』があった訳ですし」
30	小春	Koharu	「…色々とまだ言いたいことあるけど、 今日のところはここまでにしておきます。 もう疲れました～」
31	小春	Koharu	「バイトに復帰したら、またそういう話… っていうか愚痴ですけど、聞いてください」
32	小春	Koharu	「…あと、そっちの話も聞かせてください。 一応、ほんの少しだけ心配してますから」
33	小春	Koharu	「それじゃ、おやすみなさい」
34	小春	Koharu	「あと、一日遅れというか、遅れてないというか… メリー・クリスマス」
35	春希	Haruki	「………メリー・クリスマス」
36			一日遅れどころか、こっちは十日遅れだけど。
37	留守電アナウンス	Answering Machine	「３件目、１２月２５日、午後１１時４５分です」
38	依緒	Io	「あたし、依緒」
39	依緒	Io	「………」	"........."
40	依緒	Io	「今、やっと雪菜と連絡取れた」
41	依緒	Io	「…何があったの？」
42	依緒	Io	「雪菜、何もなかったって、 笑ってたけどさ、泣いてなかったけどさ…」
43	依緒	Io	「どう聞いても本心は正反対だよあれ。 どうなってんの春希？　どうなってんのよ…」
44	依緒	Io	「…集まれないかな？ もしかして雪菜と顔合わせ辛いなら三人でもいい」
45	依緒	Io	「連絡待ってるから。 これ聞いたらすぐに電話して。 ２４時間いつでもいい」
46	依緒	Io	「春希… あんたは今、大丈夫なの？」
47			ここから、周辺の状況が劇的に動き始める。
48			それから朝まで、依緒と武也からのコールが 一時間おきくらいに数件続いてる。
49			自分たちが仕掛人だからってだけじゃない。 純粋に親友たちを心配してる切羽詰まった口調。
50			あいつらの焦燥感が伝わってくる。
51	春希	Haruki	「今は…大丈夫だよ」
52			俺の逃避のせいで、 二人には余計な心配を長続きさせてしまった。
53			そんな事にすら気が回ってなかったんだな、俺。
54	携帯留守電アナウンス	Cellphone Voicemail	「１４件目、１２月２８日、午後１時３２分です」
55	麻理	Mari	「あ、え～と…風岡です」
56	麻理	Mari	「最近、バイトの方顔出してないけど、 その、元気でやってる？」
57	麻理	Mari	「年末進行終わったからって、暇な訳じゃないんだ。 みんなお前の手を借りたがってる。 時間があれば手伝いに来てくれないかな？」
58	麻理	Mari	「あ、けど、来ても私いないけど。 今日から取材で北米なんだ。で、今成田」
59	麻理	Mari	「ニューヨークとかロスとか色々回って、 帰りがけにグァムで友達と合流してそこからバカンス。 こっちに帰ってくるのは来年の５日くらい」
60	麻理	Mari	「…あ、友達って男じゃないぞ？ 北原も会ったよな？　ほら、雨宮佐和子。 毎年恒例のまるっきり男っ気のない女の二人旅で…」
61	麻理	Mari	「………いや、そんなこと北原に言っても仕方ないな。 済まなかった、今のは忘れてくれ」
62	麻理	Mari	「そういう訳なんで、何か問題があったら携帯に… あ、国際通話になっちゃうから、料金着払いでいい」
63	麻理	Mari	「あ、と…それから、 別に仕事のことじゃなくても電話してきていいから。 …何かプライベートで問題あったんじゃない？」
64	麻理	Mari	「今まで留守電なんてなかったよな？ どんな時間でもワンコールで出てたから、 実は結構心配してる」
65	麻理	Mari	「何度も言うようだけど、 自分の中で溜め込んで自滅しないように。 それじゃ、行ってきます。良いお年を」
66	春希	Haruki	「…いつもいつも、ご心配かけます」
67			これが、麻理さんの三回目の留守電の内容。
68			そしてこれらが、俺が現実逃避をしていた間の、 俺の周囲の人たちの反応。
69			杉浦は年明けの繁忙期にも 愚痴なのかこちらを気づかっているのかよくわからない、 いつもの少し怒ったような電話を何度か掛けてきた。
70			麻理さんも、 更にグァムから一度着信があって少しビビった。 もし俺が出たらそのまま長電話する気だったんだろうか。
71			そこまで心配してくれる価値なんかないんだけどな、 こんな俺に…
72			ありがとう、ございます…
73			………	.........
74	千晶	Chiaki	「これからも、ずっと一緒にいてね？」
75	千晶	Chiaki	「今日のわたしは、ずっと夢を見続けてたい」
76	千晶	Chiaki	「スポットライトを浴びて、大歓声を受けて、 大好きな歌を、心から楽しく歌って」
77	千晶	Chiaki	「そして、そして… 大好きな人と…」
78	上原	Uehara	「姫が戻ったって！？」
79	男性劇団員１	Male Troupe Member 1	「…戻ったと思ったら、 いきなりお籠もりになられました。ほら」
80	上原	Uehara	「お、おお…そうか。 で、進捗は？　どのくらい出来てるって？」
81	男性劇団員１	Male Troupe Member 1	「そんなの座長が自分で確認してくださいよ」
82	上原	Uehara	「ふざけたこと言うなよ… ホン書いてるときの姫に声掛けたら殺される…」
83	男性劇団員１	Male Troupe Member 1	「なら何で俺にそれをやらせようとするんです？」
84	上原	Uehara	「兵はともかく指揮官が死んだら問題あるだろ？」
85	男性劇団員１	Male Troupe Member 1	「………」	"........."
86	上原	Uehara	「…あ～、ええと、まぁいいや。 今はとにかく状況に進展があった事を 素直に喜ぼうではないか諸君」
87	男性劇団員１	Male Troupe Member 1	「間に合いますかねぇ。 初日まであと二月切ったってのに」
88	上原	Uehara	「大丈夫…なんじゃない？ 今回は随分と濃密な役作りが出来てたみたいだし。 …相手役が可哀想になるくらいに」
89	男性劇団員１	Male Troupe Member 1	「毎回毎回振り回されっぱなしなのに、 よく彼女を信じ続けられますね、座長も」
90	上原	Uehara	「信じるしかないだろ… 舞台には嘘はつかないよ、あいつは」
91	男性劇団員１	Male Troupe Member 1	「代わりと言っちゃなんですが、 それ以外は嘘ばっかりですけどね」
92	千晶	Chiaki	「ふふ…あはは… あはははははははっ」
93	上原	Uehara	「………」	"........."
94	男性劇団員１	Male Troupe Member 1	「…確かに、もの凄くノってますね」
95	上原	Uehara	「ああなったときの姫は、 誰にも手が付けらんないからなぁ…」
96	千晶	Chiaki	「どうせ、あいつと二人で回ったんだろ？」
97	千晶	Chiaki	「後夜祭で、踊ったんだろ？」
98	千晶	Chiaki	「お別れのキス、したんだろ？」
99	千晶	Chiaki	「………」	"........."
100	千晶	Chiaki	「…にしても」
101	千晶	Chiaki	「愛され過ぎじゃね？ 春希く～ん」
102	千晶	Chiaki	「妬っけるなぁ、もう。 あたしってものがいながらぁ、このこの～」
103			………	.........
104	依緒	Io	「風呂場も洗面所もピカピカだな。 ホコリ一つ落ちてない」
105	武也	Takeya	「な、春希、無修正ＡＶとかあるか？ 上映会やろうぜ上映会」
106	春希	Haruki	「年が明けても相変わらずだなお前らは」
107			十日ぶりに通信インフラを復旧させたところ、 その日のうちに、いつもの二人が押しかけてきた。
108			で、俺の不義理を責め、ぶつくさと文句を言う二人の その手には、酒と食材で重そうなスーパーの袋が ぶら下がっていた。
109	依緒	Io	「ファ○リー○まで使ってる… なんでこんな徹底的に清潔になってんだ？」
110	春希	Haruki	「さっき大掃除したばかりなんだよ」
111			だから俺は、今日一日で掃除と洗濯だけじゃなく、 炊事初めにまで手を広げざるを得なくなった。
112			…ここ数日の怠惰な生活のせいで、 さすがに全身が悲鳴を上げそうになってる。
113	依緒	Io	「大掃除？　今日？ なんで年末までにやっておかなかったの？ 春希、毎年そういう行事欠かさないじゃん」
114	武也	Takeya	「こいつ、年末年始はゼミのスキー合宿でさ、 しかも直前まで知らされてなかったんだと」
115	依緒	Io	「そうなの？　春希」
116	春希	Haruki	「あ、ああ…」
117			武也の何気ないフォローが、ちくんと胸を刺す。
118			嘘はやめようって… そう決心したから二人を部屋に招いたのに。
119			なのに俺は、部屋からあいつの痕跡を徹底的に消したり、 今こうして流されるまま言い訳に終始してしまったりと、 結局、覚悟なんか何もできてない状態のままで。
120	武也	Takeya	「お！　怪しいＤＶＤ発見！ 一枚だけＲメディアってところがまた…」
121	春希	Haruki	「あ、それは…」
122	武也	Takeya	「あ…」
123			『２００×年学園祭　二日目ステージイベント』
124	春希	Haruki	「それは、ええと… この前、バイト関係で久しぶりに 付属に行く機会があって、そのときに…」
125	武也	Takeya	「………」	"........."
126	春希	Haruki	「…見るか？」
127			そんな状態なのに、 武也がまた微妙なアイテムを見つけやがるものだから、 俺の言動もますます微妙になっていく。
128	武也	Takeya	「春希は見たのか？」
129	春希	Haruki	「あ、ああ」
130	武也	Takeya	「そっか…」
131			そう言ったきり武也はメディアを手に黙り込む。
132			このメンバーで見ることを躊躇してるのか、 俺がそれを容認した事に戸惑ってるのか。
133	春希	Haruki	「…よし、煮えたぞ。 テーブル片づけてくれ」
134	武也	Takeya	「お、おお。 待ってました。 んじゃ、ビール開けようぜ」
135			結局、盤面に光を当ててみたりと、 無意味な行為を繰り返した後、 こっそりと棚に戻してしまった。
136			そんなふうに… 久々に俺の部屋にやってきた気のおけない友人は、 まだ、いつもの調子を取り戻せてはいなかった。
137	武也	Takeya	「お～い、依緒～。 そろそろ始めるぞ～」
138	依緒	Io	「だからその呼び方は………あれ？」
139	武也	Takeya	「どした～？ 女物のブラでも出てきたか？」
140	春希	Haruki	「男物のブラってどんなんだよ」
141	武也	Takeya	「…引っかかんねぇな」
142	春希	Haruki	「何のことだ」
143			当たり前だ。 なんのための大掃除だと思ってる。
144			…なんて計算する俺に少しの嫌悪感。
145			俺もやっぱり、 まだこいつらとの距離感を掴み切れてない。
146	依緒	Io	「…何でもない。 ほら武也、こっちにもビール」
147	武也	Takeya	「おお、それじゃみんな準備いいか～？ それじゃとりあえず、 あけましておめでとうございます」
148	依緒	Io	「おめでと。 今年もよろしくな、春希」
149	春希	Haruki	「ああ…」
150	武也	Takeya	「昨年は格別なご高配を賜り誠に有難うございました。 本年も何卒御指導、御鞭撻を賜りますよう、 心からお願い申し上げ新年の御挨拶に代えさせて…」
151	依緒	Io	「…って、何だその春希の真似みたいなくどい挨拶は？」
152	春希	Haruki	「やっぱお前ら帰れ」
153			そんな、いつもと微妙に違うような、 けれど微妙にいつも通りのような空気が漂う中…
154			喉に流し込んだ冷たいビールは、 いつもより少しだけ苦み走っていた。
155			………	.........
156	武也	Takeya	「ふぅぅぅぅ～、食った食った」
157	依緒	Io	「…あたしもう何も入らない」
158	春希	Haruki	「そんな親の敵みたいにがっつかなくても」
159			締めの雑炊が終わる頃には、 鍋の中は見事なまでに空っぽになっていた。
160	武也	Takeya	「だってよ、三が日おせちと雑煮ばっかだぜ？ いい加減にして欲しいっての」
161			鍋の中にも餅入れてやれば良かったか？
162	依緒	Io	「まだ黒豆が余りまくってるんだよねぇ。 しばらく家でご飯食べたくない」
163			持ってきてくれれば一人でありがたく食べたのに…
164	武也	Takeya	「あ～、しばらく動きたくねえ。 春希、俺今日泊まってくからな」
165	春希	Haruki	「わかってるって。 …お茶淹れるけどどうする？」
166	依緒	Io	「あ、いただくわ」
167	武也	Takeya	「俺も、ちょい薄めで頼むわ」
168	春希	Haruki	「はいよ」
169			………	.........
170	春希	Haruki	「…（ずず）」
171	武也	Takeya	「…（ずず）」
172	依緒	Io	「…（ずず）」
173	春希	Haruki	「…ふぅ」
174	武也	Takeya	「あ～、やっと…」
175	依緒	Io	「あのさ春希。 あんた雪菜とどうなったの？」
176	武也	Takeya	「人心地つく間もなしかよ！？」
177	春希	Haruki	「………」	"........."
178			突然の依緒の切り込みに驚く武也とは対照的に、 俺の方はなんとなく覚悟してた。
179	依緒	Io	「クリスマス以来、 会うどころか連絡も取ってないみたいだし、 誰がどう考えても何かあったとしか思えない」
180			だって依緒の奴、飯食ってる間も、酒飲んでる間も、 何か言いたげに俺の顔をちらちら盗み見してた。
181	武也	Takeya	「何もこんな満腹の時に切り出さなくても…」
182	依緒	Io	「お腹いっぱいだからこそよ。 幸せな気分だし、頭回らないしで、 ほんの少しでも和やかに話せるから」
183	武也	Takeya	「…どんだけギスギスするつもりだったんだよ」
184	依緒	Io	「ね、春希。 あんたたち、本当に駄目になっちゃったの？」
185	春希	Haruki	「依緒…」
186			そうやって、性急に事を運ぼうとしてるように見える 依緒だって、ここに来てから二時間も言い出せなかった。
187			誰もが、最初から俺の部屋に集まった意味をわかってた。 けれど誰もが触れるのをためらってた。
188			二人は、自分たちがしたことの結果が、 親友たちをかえって傷つけてしまったと知るのを恐れ。
189			そして一人は、 きっと二人が想像している以上に酷い理由で。
190	依緒	Io	「…あたしたちにだけは、話せるよね？」
191			こいつらは知らないんだろうな…
192			俺がもう、別の誰かに話してしまったことなんて。
193			別の誰かに、すがってしまったことなんて。
194			………	.........
195	春希	Haruki	「結局、俺は忘れてなかった。 なのに忘れたって言った」
196	武也	Takeya	「………」	"........."
197	春希	Haruki	「俺が嘘をついた。 雪菜がそれに気づいた」
198	依緒	Io	「………」	"........."
199	春希	Haruki	「ただ、それだけのことだよ」
200	武也	Takeya	「お前らなぁ…っ」
201			武也は呆れたようにそれだけ吐き捨てると、 二の句が継げずに黙り込む。
202			依緒の方は、俺が話し出してからは口をつぐみ、 相槌も反論も叱咤も武也に任せきりだった。
203			ことほど左様に、俺と雪菜の１２月２４日は 二人にとって想像の斜め下を行ってるらしかった。
204			俺がまだ、かずさのことを引きずっていることも、 雪菜がまだ、かずさと俺のことを引きずっていることも。
205	春希	Haruki	「悪かったな… せっかくチャンスもらったのに生かせなかった。 お前らのお節介、無駄にしちまった」
206			俺はずっと、 雪菜に糾弾されなくちゃならないって思ってた。
207			俺たちが、全校生徒憧れの学園のアイドルと、 全校生徒に煙たがられる委員長に戻るためには、 一度は通らなくちゃならない道だと思ってた。
208			…その瞬間、 何もかもが音を立てて崩れ落ちるってことを、 まるでわかっていなかったから。
209	武也	Takeya	「で、謝ったのか？」
210	春希	Haruki	「謝って済む問題じゃないだろ」
211			わかってたのは、雪菜の方だけだったんだ…
212	武也	Takeya	「済ませろよ！ 何度も何度も電話して謝り倒せよ！ 土下座してでも許してもらえよ！」
213	春希	Haruki	「そんなことしたら、 余計に雪菜を苦しませる…」
214			だから雪菜は、今まで意地でも俺の非を認めなかった。 俺のためだけじゃなく、自分のためでもあったから。
215			ずっと『頑張るのをやめたい』って、思ってたんだから。
216	武也	Takeya	「だとしてもいつか償えるだろ。 今苦しめてる分、何倍にしてでも返せるだろ！」
217	春希	Haruki	「…ごめん」
218			それは、普段のこいつの行いを考えれば、 とても重みのないペラペラな言葉のはずだった。
219			なのに、今の表情と声から滲み出る感情は、 間違いなく自分が当事者のときよりも本気だった。
220	武也	Takeya	「本当に、もう駄目なのか？」
221	春希	Haruki	「わからない…わからないよ」
222			本当に、何もわからない。
223			どうすれば元に戻れるのかわからない。 三年前の俺たちどころか、クリスマス前の俺たちにすら。
224	武也	Takeya	「お前の気持ちの問題だろ。 お前が駄目だって言ったら、 本当に駄目になっちまうんだぞ？」
225			それに、たとえ雪菜がそれを許してくれたとしても、 今の俺は、戻っていいのかすらもわからない。
226	春希	Haruki	「だから俺は…」
227	依緒	Io	「…雪菜から逃げて、 別の女と暮らしてたっての？」
228	春希	Haruki	「え…」
229	武也	Takeya	「依緒…？」
230	依緒	Io	「洗面所のトラベルセットさぁ… この前来たときにもあったんだよねぇ」
231	春希	Haruki	「トラベルセット…」
232	依緒	Io	「今見たらさ、歯磨き粉が半分以上減ってた。 前は新品同様だったんだよ？」
233	春希	Haruki	「………」	"........."
234	武也	Takeya	「お、お前… なに女みたいな真似…」
235			それが、これ見よがしな『二本目の歯ブラシ』なら、 俺はきっと、昼間のうちに片づけてたに違いない。
236			その証拠に、あいつが忘れてったハンカチも、 化粧品も、ゴムに至るまで全部綺麗にベッドの下だ。
237			トラベルセットは… そうだ、依緒か武也のものだと勘違いしてた。 だって、冬休みより前からあったから…
238			あいつだって前に泊まってったけど、 あの時は不測の事態だったから、 泊まり用の道具なんか用意してた訳が…
239	春希	Haruki	「あ…」
240			もしかしてあの時のことも、あいつにとっては 不測の事態でもなんでもなかったのか…？
241	依緒	Io	「もう一度聞くよ、春希」
242			けど、だからどうしたって言うんだ？ 何をひるむ必要がある？
243	依緒	Io	「雪菜とうまく行かなかったから、 部屋に別の彼女連れ込んでたの？」
244			最初から、包み隠さず話すはずだった。 秘密、持たないはずだった。
245			順序がちょっと早まっただけだ。 俺が言おうとしたことを、先に勘付かれただけだ。
246	武也	Takeya	「い、依緒。 何も今そんな話しなくてもいいじゃんか。 別にそう言うことは大して珍しくも…」
247	依緒	Io	「自分の非常識を春希に当てはめるな。 こいつはあんたとはモノが違うのよ？」
248	武也	Takeya	「あぅ」
249			いや…
250			もしも話が、雪菜との事だけで終わってたなら、 こんな、数年来の友人にまで不興を買うような事実、 本当に俺は喋ってたんだろうか？
251	依緒	Io	「別の彼女に…慰めてもらってたの？」
252			これって、つまり…
253			俺の卑怯を、神様が許してくれなかったって、 要するに、そう言うことだったんじゃないか…？
254	依緒	Io	「雪菜が一人で泣いてたとき、 あんたはそのコと抱きあってたの？」
255	春希	Haruki	「ああ…」
256	春希	Haruki	「っ…」
257	依緒	Io	「あ、あんたは…あんたはぁっ！」
258	武也	Takeya	「馬鹿！ お前、どうしてシラを切らないんだよ！？」
259			二人の友から、 まったく逆の意味で叱られた。
260	依緒	Io	「また三年前と同じことして！ 何回間違えれば気が済むのよあんたは！」
261	春希	Haruki	「…悪い」
262	依緒	Io	「悪いで済むか！ わかってんの？ あんたの浮気は、全然浮気じゃないんだよ！？」
263			依緒の言葉は、ほぼ予想通りだったのに、 それでも突き刺さってきた。
264			自分の覚悟のなさを、またしても思い知らされる。
265	依緒	Io	「行きずりだって遊びだって気まぐれだって、 春希絶対に引きずるじゃない！ なのに、なんで…っ」
266	春希	Haruki	「違…」
267			行きずりだったことなんかない。 遊びでなんて抱けない。 気まぐれで相手を好きになったりしない。
268	依緒	Io	「また戻れなくなっちゃうんだよ？ 雪菜が許してくれても、自分が許せなくて、 余計に雪菜を傷つけるんだよ？」
269			でも、口から出かけたその言葉は虚しく空を切り、 そして自分の馬鹿さ加減に気づかされる。
270			だからこそ駄目なんだって… 依緒はずっとそう言ってたんだから。
271	依緒	Io	「昔の失敗、何も活かしてないじゃん。 何やってるの…本当に、何やってんのよあんたはぁ」
272			依緒の目に、悔し涙が浮かんでる。
273			俺のこと本気で責めて、無茶苦茶怒って、 けれど全然呆れず、これっぽっちも見捨てる気なんかない。
274			[R一部^たけや]を除いて、友達と認めた相手には、 限りないお節介を焼く、俺の類友。
275	春希	Haruki	「なぁ、依緒」
276	依緒	Io	「っ…なによぉ」
277			だからこそ…
278	春希	Haruki	「雪菜のこと…よろしく頼むな。 俺を見捨ててでも、彼女の味方でいてくれよな」
279			だからこそ、大切なひとを任せられる。
280	依緒	Io	「なんでそんな… なんでそんなふうに諦めちゃうのよ！ あんた雪菜のこと…雪菜のことさぁ…っ」
281	春希	Haruki	「当たり前のこと今さら聞くなよ…」
282	依緒	Io	「っ…」
283			何のために三年間もつかず離れずでいたと思ってる。
284			俺の中に、雪菜を求める気持ちが… 最低のご都合主義な感情が燻ってたからに決まってる。
285	依緒	Io	「…携帯貸して」
286	春希	Haruki	「どうして？」
287	依緒	Io	「決まってるでしょ。 ここに泊まってた彼女に連絡取るのよ」
288	春希	Haruki	「駄目だ。彼女は関係ない。 それだけは絶対に譲らない」
289			それは、他人にとっては、 厚かましいにも程がある介入だったかもしれないけれど、 俺にしてみれば普通に想定の範囲内だった。
290			俺だって、武也の調停の時には何度か使った手だ。
291	依緒	Io	「今さらなにカッコつけてんのよ。 あんたが雪菜裏切ってふらついちゃったせいで こんな面倒なことになってるってのに」
292	春希	Haruki	「俺が全部悪いのは今さらだけど、 それでも彼女を巻き込む訳にはいかない」
293			けれど今は、その依緒のお節介をはっきり拒絶する。
294	依緒	Io	「…そんなに彼女のことが大事？」
295	春希	Haruki	「………当たり前のこと今さら聞くなよ」
296	依緒	Io	「っ！」
297	春希	Haruki	「………」	"........."
298			依緒の手が閃くのに合わせ、 今度は左の頬を差し出した。
299			だって、俺の中にもう一つの気持ちが芽生えてるから。
300			あいつを求める気持ち。 あいつを大切に想う気持ち。
301			そんな、最低の最低の最低な、新たな感情が…
302	依緒	Io	「あんた…あんたね…あんたねぇ…っ」
303	武也	Takeya	「もうやめろよ、依緒」
304			ずっと依緒の激情のままにさせていた武也が、 しゃくり上げる彼女の方を抱くように手をかける。
305	武也	Takeya	「春希も雪菜ちゃんもさ、 しばらく距離を置いた方がいいんだって」
306	依緒	Io	「うるさいなぁ、離せってば」
307			それでも依緒は収まりがつかないようで、 いやいやをするように武也の手をはねのける。
308	武也	Takeya	「全部春希にひっ被せるなよ。 強引に二人を元に戻そうとした俺たちにも責任あるだろ」
309	依緒	Io	「でも春希逃げてる。 現実から逃げてるだけだよ。 全然、らしくないよ」
310	武也	Takeya	「春希だって辛い思いしてんだ。 少しはわかってやれ」
311			けれど今日ばかりは武也も負けてない。
312			依緒の両肩を掴み、強引に正面を向かせると、 噛んで含めるように、こいつにしては言葉を選ぶ。
313	依緒	Io	「そんなの許せない。 雪菜が可哀想じゃん。 絶対に許せないよ…っ」
314	武也	Takeya	「依緒…」
315			依緒は、武也の手を拒絶しながらも、 同じ相手を、甘えるような瞳で見上げている。
316			それは、いつもの依緒なら、 絶対に、今目の前にいる相手にだけは見せない表情で。
317	依緒	Io	「武也ぁ… あたし、あたしさ…」
318			ずっと、糾弾されているだけの俺でさえ、 そんな彼女の泣き顔は魅力的に映ってた。
319			だから武也は、そんな、いつもと違って弱々しい依緒を、 ぎゅっと引き寄せて…
320	依緒	Io	「あ…」
321	武也	Takeya	「………逃げて何が悪い」
322	依緒	Io	「え…」
323	春希	Haruki	「…武也？」
324			けれど、その後の言葉や態度は、 俺が予想も期待もしていない類のものだった。
325	武也	Takeya	「拒絶したのは雪菜ちゃんの方なんだぞ？ どうして春希の方が一方的に悪いんだ？」
326	春希	Haruki	「おい、待て…」
327	依緒	Io	「な、なによ…？ 武也、あんた一体、何言って…」
328	武也	Takeya	「何年経ったらこいつの罪は消えるんだ？ 恋愛犯罪の時効は何年ですかぁ？」
329	依緒	Io	「っ…」
330			まるでキスでもしそうな距離で、 けれどその口から紡がれるのは、 否定と、皮肉と、卑屈の濁流。
331	武也	Takeya	「好きな女に拒絶されたとき、 自分の心が保てないとき、 他の女に逃げるのの何が悪いんだ？」
332	依緒	Io	「な…何、言ってんのよ、あんたはぁ…っ」
333	春希	Haruki	「やめろ武也！ 俺が悪いんだから」
334			なんで武也の口からそんな言葉が 次から次へと溢れ出てくるのか、 俺には気づいてしまった。
335			けど、依緒にはどうなんだろう…
336	武也	Takeya	「どうして相手がもう一度振り向いてくれるまで 律儀に待ち続けなくちゃならないんだよ？ そもそも、振り向いてくれる保証なんかあるのか？」
337	依緒	Io	「なんで… なんで武也がそんなこと言うのよ！？」
338	武也	Takeya	「一生わかんねえだろうなぁ。 気のないふりで男振り回してばっかのお前にはな」
339			………	.........
340			……	......
341			…	...
342	春希	Haruki	「………」	"........."
343	武也	Takeya	「………」	"........."
344	春希	Haruki	「この馬鹿」
345	武也	Takeya	「うるせぇなぁ」
346	春希	Haruki	「大チャンスだったじゃないかよ。 あれ、キスくらいなら行けてたぞ？」
347	武也	Takeya	「お前の目の前でかよ… そんなことしたら一生ネタにされ続けるだろ」
348	春希	Haruki	「何年片想い続けるつもりだよ？ 一緒になって俺を責めればよかったのに」
349	武也	Takeya	「仕方ないだろ。 おまえのしたことが犯罪だって言うんなら、 俺、死刑になっちまう」
350	春希	Haruki	「だからお前は本命にだけ振られ続けるんだよ。 この外弁慶」
351	武也	Takeya	「なぁ、春希」
352	春希	Haruki	「ん？」
353	武也	Takeya	「あいつが雪菜ちゃんの味方でい続けてくれるなら、 俺は心おきなくお前をかばえるな」
354	春希	Haruki	「………この馬鹿」
355			なんて、俺たちは、 女の子が誰も見ていないにも関わらず、 背中合わせで情けなカッコいい言葉を交わしていた。
356			…二人して赤く染まった頬を押さえながら。

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