Editing White Album 2/Script/6104 (section)

== Text ==
{{WA2ScriptTable}}

{{WA2ScriptLine
|1|雪菜|Setsuna
|「……できた、よね？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|2|春希|Haruki
|「……ああ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|3|雪菜|Setsuna
|「できた！<br>できたよ春希くん！」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|4|春希|Haruki
|「あ…」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|5|雪菜|Setsuna
|「ほら、言ったとおりじゃない！<br>わたしたちはやればできるんだよ！」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|6|春希|Haruki
|「は、はは……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|7||
|時は、午前６時。<br>そろそろ外も少しずつ白みかけてくる頃。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|8||
|そんな、新聞配達員のバイク音以外は聞こえることのない<br>早朝に、雪菜の、まるで一曲ノーミスで弾ききったような<br>歓声が響く。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|9||
|……いや、引っ越しの片づけが終わっただけなんだけどな。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|10|雪菜|Setsuna
|「これで後は業者さんにお任せだね～」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|11|春希|Haruki
|「あと３時間後には来るけどな、もう」
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|}}

{{WA2ScriptLine
|12||
|けれどまぁ、確かにこれは快挙だ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|13||
|もう引っ越し当日まで一度も休みがない月曜の時点で、<br>『もう絶対無理だ』と二人してため息をついてた。
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|}}

{{WA2ScriptLine
|14||
|なのに水曜にはトラブルで帰れず、<br>木曜には鍋パーティの来襲を受け、<br>二日分の作業が停滞した。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|15||
|……まぁ、そんなこんなの結果が、<br>今のこの時間ということなのかもしれないけど。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|16|雪菜|Setsuna
|「どうする？　業者さん来るまで寝る？<br>朝ごはん食べる？　お風呂入る？<br>それとも、わ・た・し？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|17|春希|Haruki
|「……………………雪菜」
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|}}

{{WA2ScriptLine
|18|雪菜|Setsuna
|「あ～、ごめんなさい。<br>今の発言、聞かなかったことにして～。<br>なんかテンションがおかしい～」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|19|春希|Haruki
|「はは……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|20||
|とはいえ、思わず最後のを選んでしまいそうになった俺も、<br>雪菜と同様、今は明らかにテンションがおかしい。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|21|雪菜|Setsuna
|「でも、今寝ちゃったらまずいよねぇ……<br>絶対９時なんかに起きられないよ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|22|春希|Haruki
|「だな……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|23||
|そもそも今だって、こうして喋っていないと、<br>まぶたと正気を保てない。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|24||
|ここにきて、今日だけでなく、<br>この一週間の疲れが一気に噴き出してきた感じだ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|25||
|このままじゃ、せっかく新居に移って週末を過ごそうにも、<br>多分、荷物を解くこともなく二人して倒れてるんだろうな。<br>……月曜の朝まで。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|26||
|となると、実際に荷物を片付けられるのは、<br>年が明けての三が日という最悪の状況になりかねない。<br>いや、多分もうそれは確定してるんだろうな……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|27|雪菜|Setsuna
|「本当にどうする……？<br>今はごはん食べるのも、お風呂入るのも危険だよ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|28|春希|Haruki
|「……なぁ、雪菜」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|29|雪菜|Setsuna
|「ん～……？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|30|春希|Haruki
|「それじゃあさ、今から散歩行かないか？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|31|雪菜|Setsuna
|「行く～」
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|}}

{{WA2ScriptLine
|32|春希|Haruki
|「いや待て即答するな。<br>もう少しためらったり考えたりしろ。<br>俺、結構変な提案してる自信あるんだぞ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|33||
|さっきも言った通り、<br>二人とももう、体力の限界に来ている。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|34|雪菜|Setsuna
|「ううん、大丈夫……<br>春希くんが言い出さなかったら、<br>わたし、同じこと言ってたと思うから」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|35|春希|Haruki
|「そっか……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|36|雪菜|Setsuna
|「うん、そう」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|37||
|それでも雪菜は、<br>俺の、その酔狂な提案に、<br>まるで躊躇することなく賛成した。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|38||
|…………
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|39|雪菜|Setsuna
|「さむっ！」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|40|春希|Haruki
|「だいたい今くらいが一番寒い時間帯だからな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|41||
|まさに夜明け前の一瞬。<br>雲一つない空の下を、凍えるような冷気が支配していた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|42||
|南末次の街は、うっすらと白み、<br>一日の始まりを告げるかのように浮かび上がってきていた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|43|雪菜|Setsuna
|「う～、寒いよ～、春希くん」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|44|春希|Haruki
|「わかってるって」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|45||
|雪菜が、当然のように俺の手を握る。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|46||
|ちょっとだけ（自称）低血圧気味の彼女の手は、<br>俺のより若干冷たく感じたけれど。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|47||
|それでも、この散歩が終わった頃には、<br>俺の手と同じくらいの温度にはなるだろう。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|48||
|今日……<br>俺たちは、この、大学時代から住み慣れた部屋を離れ、<br>五駅ほど離れた、２ＬＤＫのマンションへと移り住む。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|49||
|そして多分、引っ越した後は、<br>そんなに頻繁に、この南末次を訪れることも……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|50||
|この風景を目にすることも、<br>なくなっていく。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|51||
|だから、刻んでおこう。<br>いつでも、すぐにでも思い出せるように。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|52||
|…………
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|53|雪菜|Setsuna
|「あ～、やっと目が冴えてきた～」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|54||
|川面に、上ったばかりの朝日が反射して、<br>まばゆい光を俺たちのまぶたの奥に運ぶ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|55||
|徹夜の疲れに歩きの疲れが重なって、<br>ほんの少しだけ、体が元気を取り戻す。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|56|雪菜|Setsuna
|「なんだか懐かしいなぁ、この辺り」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|57|春希|Haruki
|「……歩き始めたばかりだぞ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|58||
|俺たちのマンションから、たったの徒歩１０分。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|59||
|しかも雪菜にとって、付属、大学の７年間、<br>毎日のように通ったはずの道。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|60|雪菜|Setsuna
|「だって通勤に使わないもん。<br>南末次とは反対側だし」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|61|春希|Haruki
|「ま、そんなもんか」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|62||
|こんなに近くにあったって、<br>近づこうとしなければ、見ようとしなければ、<br>目にすることはないし、心に留めることもない。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|63||
|だから、自分から見ること、触れることが必要……<br>いや、何に対してそう思ったのかは置いといて。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|64|雪菜|Setsuna
|「付属の頃、何度か一緒に歩いたよね、この道」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|65|春希|Haruki
|「うん」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|66||
|と言っても、三年生の、<br>卒業まであと半年を切ってからという、<br>かなり短い期間のことだったけれど。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|67||
|それでも俺たちは、その短い半年間の間に、<br>何度もこの道で肩を並べた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|68||
|最初はぎこちなく距離を置き、<br>すぐに肩が触れるほど近づいて、<br>やがて今みたいに手をつなぎ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|69||
|……そして卒業と共に、俺はこの道から逃げ出した。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|70||
|すぐ隣の、同じ大学に通っていたにも関わらず。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|71|雪菜|Setsuna
|「引っ越したら、ここも、<br>今よりも懐かしく感じるようになるのかな……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|72|春希|Haruki
|「そんな大げさな……<br>新居からだって電車で１５分くらいだし、<br>タクシーでも５０００円かからないし」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|73|雪菜|Setsuna
|「も～、なにその身も蓋もない言い草。<br>春希くんにはセンチメンタルってものがないよね～」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|74|春希|Haruki
|「そんなこと言ったってさ、<br>絶対に実家から足が遠のくことなんてないだろ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|75|雪菜|Setsuna
|「わかんないよそんなこと～」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|76|春希|Haruki
|「だって雪菜、実家大好きじゃん。<br>今だって、月に２、３回は帰省して晩飯食べてるし」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|77|雪菜|Setsuna
|「そんなふうに言われると、<br>なんかわたし親離れできてないみたいじゃない」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|78|春希|Haruki
|「別にする必要もないだろ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|79|雪菜|Setsuna
|「ま、それもそうなんだけどね」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|80||
|そんなふうに、どうでもいいっぽい会話を交わしつつ、<br>俺は、この川沿いの風景を、<br>ゆっくりと思い出の底に沈めていく。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|81||
|川面にキラキラと反射する朝陽。<br>歩くたびにさくさくと音が立つ霜柱。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|82||
|雪菜とのたくさんの思い出と、<br>それ以外の、ほんの少しの思い出を……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|83|春希|Haruki
|「……そういえばさ、雪菜」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|84|雪菜|Setsuna
|「ん？　なあに？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|85|春希|Haruki
|「センチメンタルってのは形容詞だから、<br>『センチメンタルがない』って使い方は間違ってるぞ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|86|雪菜|Setsuna
|「も～！　この揚げ足取り委員長は～！」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|87||
|………
|.........
|}}

{{WA2ScriptLine
|88||
|川沿いから、さらに５分ほど歩いたところで、<br>末次町の駅前に辿り着く。<br>これでだいたい、駅一つ分歩いたことになる。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|89||
|年末で、しかも早朝の小さな駅の周りは、<br>人気もなく、ひっそりと静まり返り、<br>数年前と同じ感想を俺にもたらす。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|90|雪菜|Setsuna
|「相変わらず、全然変わらないねここは」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|91|春希|Haruki
|「まぁな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|92||
|どうやら、昔と同じ感想を抱いたのは<br>俺だけじゃなかったらしい。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|93|雪菜|Setsuna
|「店長さん、まだいるかな？<br>パートのおばさんたちは変わっちゃっただろうなぁ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|94||
|雪菜が、この駅前のスーパーで働いていたのは、<br>卒業まであと半年を切るまでの二年間。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|95||
|俺と、あの川沿いの道を一緒に歩くことを選んだ雪菜が、<br>代わりに手放したものが、この職場だった。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|96|雪菜|Setsuna
|「春希くんはさ、わたしがここでバイトしてたこと、<br>ずっと前から知ってたんだよね？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|97|春希|Haruki
|「まぁな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|98||
|この場所で、<br>三つ編み眼鏡の雪菜に声をかける一年くらい前から、<br>俺は彼女の、この秘密のアルバイトのことを知っていた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|99||
|まぁ……<br>『自分についてしまった間違ったイメージを守るため』<br>という馬鹿馬鹿しい理由までは知らなかったけれど。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|100|雪菜|Setsuna
|「……ずっと前から、わたしのこと、<br>見ててくれたんだよね」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|101|春希|Haruki
|「いや、その頃はそれほどでもなかったけど」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|102|雪菜|Setsuna
|「……そういうこと面と向かって言っちゃうのが<br>春希くんだよね。<br>ほんっと、身も蓋もないなぁ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|103||
|雪菜は少しだけ拗ねたふうに、<br>ほんの少し早足で俺を置いていく。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|104|春希|Haruki
|「だって２年の頃の雪菜って、評判の学園アイドルじゃん。<br>俺と接点ができるなんて夢にも思わないって」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|105||
|そう、２年の頃の雪菜は、完全無欠の学園アイドルだった。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|106||
|あまりに評判が高くて、余計な騒動に巻き込まれ、<br>その年のミス峰城大付属の辞退騒動にまで<br>発展しかけるほどに。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|107||
|なお、何で俺がそういう裏事情を<br>知っているかっていうと……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|108||
|いや、この件についてだけは、<br>墓まで持っていかなくちゃならないだろうな。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|109||
|何しろ、今さら話したところで<br>『どうしてその時言ってくれなかったの！』とか、<br>理不尽に怒られるに決まってる。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|110||
|それに、まぁ、<br>今さら雪菜と犯人の現在の友人関係に波風立ててもなぁ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|111||
|……感謝しろよ、柳原。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|112|雪菜|Setsuna
|「そういう春希くんを好きになっちゃったわたしって、<br>ほんっと、馬鹿だよね。<br>しなくてもいい余計な苦労しちゃってさ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|113|春希|Haruki
|「それは、まぁ……<br>自分の趣味の悪さを呪ってくれ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|114|雪菜|Setsuna
|「しかも、そんな趣味の悪い女の子が<br>同じ学年に二人もいるなんて、ねぇ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|115|春希|Haruki
|「……おい」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|116||
|こうして昔の記憶を辿っていけば、<br>必ずそこには、雪菜とのものだけじゃない思い出だって、<br>色々と潜んでる。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|117|雪菜|Setsuna
|「今から考えても、あの頃の春希くんがモテるのって<br>納得いかないよね～。<br>それも、わたしはともかく、あんな凄い美人に」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|118|春希|Haruki
|「そういう見え透いた自虐はやめろ。<br>心の底じゃ自分だって負けてないって思ってるくせに」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|119||
|でも、今の俺たちには、<br>その記憶を口にしようが秘密にしようが、<br>どっちでも構わないって空気がある。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|120||
|そんなことでお互いに猜疑心を持ったり、<br>揺れたりする時期は、もう過ぎた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|121|雪菜|Setsuna
|「そりゃ、ま、腐っても元・ミス峰城大付属だし～」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|122|春希|Haruki
|「大学時代はエントリーすらしなかったけどな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|123|雪菜|Setsuna
|「その気になってれば、<br>いつだって優勝狙えたんじゃないかな～」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|124|春希|Haruki
|「それ、柳原にも同じこと言えるのか？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|125||
|だって俺たちは、<br>普通の夫婦が結ばれるまでに遭遇するであろう数の、<br>さらにその数倍くらいの試練を切り抜けてきた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|126||
|だから、壊れるとか別れるとか、<br>そんな、どれだけ後悔するかわかりきっている決断を<br>今さらするはずがない。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|127||
|………
|.........
|}}

{{WA2ScriptLine
|128|雪菜|Setsuna
|「うん、ここも全然変わってない」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|129||
|峰城大学や、付属の正門あたりを歩き、<br>学生時代の思い出を（ちょっと不穏なものも含め）<br>語りつつ……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|130||
|この、小さな公園に足を踏み入れた頃には、<br>ようやく陽差しの温かさを感じられるくらいになってきた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|131||
|住宅街の中にあるせいか、元々のしょぼさのせいか、<br>今の時間にこの場にいるのは俺たち二人だけ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|132||
|けれど雪菜にとっては、そして俺にとっては、<br>そりゃもう忘れることなんかできない、<br>深い思い出の眠る場所。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|133|雪菜|Setsuna
|「本当のわたしが春希くんにバレちゃった場所、だね」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|134|春希|Haruki
|「いやだから一年前からバレてたから。<br>……カラオケマニアってことを除けば」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|135||
|……今でも雪菜に時々連れていかれる<br>南末次のカラオケ屋とともに。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|136|雪菜|Setsuna
|「ほら、このブランコ！<br>一緒に乗ったよね～、あの時」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|137|春希|Haruki
|「もう乗らない方がいいぞ。<br>お尻がハマって出られなくなるかもしれないし」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|138|雪菜|Setsuna
|「も～！　そんなに体型変わってないよ！」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|139||
|この場所で雪菜は、<br>庶民である自分の正体を惜しげもなく晒し、<br>俺に、軽い苦笑と、大きな親近感を与えてくれた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|140|雪菜|Setsuna
|「あの日から、わたしは軽音楽同好会に入って、<br>それまでとは違う日常が始まったんだよね」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|141|春希|Haruki
|「どこかのゴリ押し委員長のせいでな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|142|雪菜|Setsuna
|「……それまでとは違う人生が、始まったんだよね」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|143|春希|Haruki
|「……うん」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|144|雪菜|Setsuna
|「ね、北原くん」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|145|春希|Haruki
|「え……？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|146||
|突然、雪菜の口からとても自然に出てきた、<br>とても懐かしい呼び方は……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|147|雪菜|Setsuna
|「これにて、小木曽雪菜の秘密は、<br>一つもなくなってしまいました。<br>……あなたに、全部知られてしまったから」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|148|春希|Haruki
|「…………」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|149||
|俺の全身をかあっと顔を熱くさせるほどに、<br>気恥ずかしい熱風を運んできた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|150|雪菜|Setsuna
|「覚えてる、かな？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|151|春希|Haruki
|「雪菜、お前……<br>今、その台詞は恥ずかしくないか？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|152|雪菜|Setsuna
|「うん！　とっても！<br>あの時のわたしって、今から思い返すと<br>結構ぶりっ子入ってるよね～！」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|153|春希|Haruki
|「あはは……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|154||
|そうさ、忘れるもんか。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|155||
|庶民であることを知って親近感を抱いたはずの相手が、<br>実はやっぱりスーパーアイドルだって思い知らされた<br>魔法の言葉だ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|156||
|あの時からずっと、小木曽雪菜という女の子は、<br>俺にとって、友達で、アイドルで、<br>そして魅力的な女性で……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|157||
|憧れて、結ばれたと思い込んで、裏切って、逃げて、<br>すれ違って、近づこうとして、またすれ違って、<br>愛して、迷って、愛して、揺れて、そして愛して……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|158||
|そんな、長い長い歴史は、<br>あの言葉から始まったんだから。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|159||
|………
|.........
|}}

{{WA2ScriptLine
|160|春希|Haruki
|「さてと、それじゃ戻ろうか？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|161||
|そんな、学生カップルみたいな気恥ずかしい会話に<br>二人して照れていたら、<br>いつの間にか時計は８時を指していた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|162||
|色んな場所を巡り、何かを思い出すたびに語り合い、<br>そこの地面を踏みしめて、思い出を噛み締めて……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|163||
|そんなふうに、ゆっくり、ゆっくり巡っていたから。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|164|雪菜|Setsuna
|「ね、小木曽の家に寄って朝ごはん食べてかない？<br>ここからならすぐだよ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|165|春希|Haruki
|「連絡もなしに突然押しかけるのは悪いだろ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|166|雪菜|Setsuna
|「どうせ今の時間なら、<br>お母さんもう起きてお弁当作ってるよ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|167|春希|Haruki
|「お義母さん、どこか出かけるのか？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|168|雪菜|Setsuna
|「うん、ウチの引っ越しの手伝い。<br>間違いなく家族総出でマンションに押し掛けてくるから」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|169|春希|Haruki
|「あ、あはは……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|170||
|そういえば……<br>『当日は業者呼んであるから俺たちだけで大丈夫ですよ』<br>という遠慮も、思いっきり説教食らったんだっけ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|171||
|たぶん今、あの家を訪れると、<br>絶対に５人じゃ食べきれないだろって量のおにぎりと、<br>卵焼きとソーセージが俺たちを迎えてくれるんだろう。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|172|春希|Haruki
|「ま、そういうところだよな、小木曽家って」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|173|雪菜|Setsuna
|「それが家族ってものだよ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|174|春希|Haruki
|「家族の、一つの形、だけどな。<br>全部の家族がそうって訳じゃない」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|175|雪菜|Setsuna
|「そういう家族は、嫌？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|176|春希|Haruki
|「……昔は、ちょっと嫌だったかもな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|177||
|俺の口から、ついつい率直な感想がこぼれ出る。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|178||
|あまりに率直すぎて、<br>面と向かってこんなことを言えば、<br>彼らは多分、また俺に対して怒るだろう。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|179||
|けれど別に、後悔も訂正もしない。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|180||
|だって多分、彼らは俺に怒り、<br>さんざん説教をした後、許してくれるって……<br>今の俺には、そう信じられるから。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|181|雪菜|Setsuna
|「春希くんって、他人にはあんなにお節介なのに、<br>自分がお節介されるの嫌がるもんね」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|182|春希|Haruki
|「……歪なんだよ。<br>俺って、間違った人間なんだ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|183|雪菜|Setsuna
|「春希くん……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|184||
|そして雪菜は、その、<br>自分の家族を否定されたとも取れる俺の言葉を、<br>反発とも共感とも違う、素直な態度で受け止める。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|185||
|俺が歪なことも、<br>そのせいで何度も過ちを犯したことも受け止めて、<br>それでも、そんな俺と自然体で向き合っている。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|186|春希|Haruki
|「だから、こんな間違った俺が家族を持つなんて、<br>間違ったことなんじゃないかって、ずっと迷ってた」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|187|雪菜|Setsuna
|「過去形だね、それ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|188|春希|Haruki
|「まぁ、な」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|189|雪菜|Setsuna
|「じゃあ、今は？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|190||
|そう、今は……？
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|191||
|まだ、俺は歪なままなのかな？<br>それとも、正しい大人になったのかな？
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|192||
|今の俺に、家族という『組織』を幸せにできるのかな？
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|193||
|マネジメントとか、育成とか、そういうのじゃなく、<br>一緒に笑って、一緒に泣いて、<br>一緒に成長していけるのかな……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|194|春希|Haruki
|「……どうかな？<br>やっぱ、わかんないな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|195||
|なんて自問自答したところで、<br>やっぱりまだ、自信にも確信にも辿り着かない。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|196|春希|Haruki
|「雪菜だけじゃなくて、もっと家族を増やしても、<br>みんなで幸せに、楽しく暮らしていけるかなんて<br>やってみなくちゃわからない」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|197|雪菜|Setsuna
|「……春希くん」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|198||
|雪菜が、穏やかな微笑みをたたえて俺を見つめる。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|199||
|……こんなひねくれものの、精一杯迂遠な宣言を、<br>しっかり拾い上げてくれている。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|200|春希|Haruki
|「うん、やってみなくちゃわからない。<br>だから、やってみる……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|201|雪菜|Setsuna
|「うん……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|202||
|そうだ、やってみよう。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|203||
|新しく選んだ部屋は、２ＬＤＫ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|204||
|俺と雪菜以外にも、<br>もう一人分くらいは家族が暮らせる余裕がある。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|205|春希|Haruki
|「俺、子供が欲しい……<br>雪菜と、俺の、二人の」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|206|雪菜|Setsuna
|「うん」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|207||
|雪菜は、即答した。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|208||
|俺がずっと迷っていたことなんかお構いなく。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|209|春希|Haruki
|「うまく育てられるかわからないけど、<br>それでも、育ててみたい」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|210||
|雪菜のお父さんみたいになれるかわからない。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|211||
|もしかしたら、<br>俺の父親みたいになってしまうかもしれない。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|212|雪菜|Setsuna
|「大丈夫だよ、春希くんなら」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|213|春希|Haruki
|「俺も……そう願ってる」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|214||
|でも、雪菜が助けてくれるなら……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|215||
|そしたら俺も、雪菜に、小木曽の家に引きずられて、<br>いつかなんとかなるんじゃないかって思う。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|216|雪菜|Setsuna
|「うん、うん……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|217||
|雪菜が、俺の体に腕を回し、しっかりと抱きしめる。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|218|雪菜|Setsuna
|「楽しみだなぁ。<br>春希くんみたいな、男の子がいいな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|219|春希|Haruki
|「俺の分身なんてウザいだけだぞ？<br>雪菜みたいな女の子がいいよ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|220|雪菜|Setsuna
|「わたしの分身なんてワガママで我が強いだけだよ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|221|春希|Haruki
|「なら……どっちでも、いいか」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|222|雪菜|Setsuna
|「うん……どっちでも、いいね」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|223||
|朝っぱらの、誰もいない公園で、<br>ちょっと恥ずかしい夫婦の儀式が執り行われている。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|224||
|すごくありきたりで、とても自然で、<br>けれど外でやるなよっていう約束を交わしている。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|225|雪菜|Setsuna
|「ま、それはともかくとしてね……？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|226|春希|Haruki
|「ん？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|227||
|と、雪菜が精一杯背を伸ばし、<br>俺の耳元に唇を寄せる。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|228|雪菜|Setsuna
|「実はね……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|229||
|そして、吐息とともに、<br>思いっきりタイムリーなニュースを告げる。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|230|春希|Haruki
|「……え？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|231||
|陽性だったから。<br>病院に行ったら。<br>その通りだったって。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|232||
|昨日、わかったって……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|233|雪菜|Setsuna
|「ちょっとそうかもって思ってたんだよね。<br>だとしたら、ものすごく嬉しいタイミングだったから、<br>どうしても確かめておきたくて……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|234||
|昼間に会社を抜け出して、<br>ちゃんと、確かめてきたんだって。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|235|春希|Haruki
|「……俺の思考、読んでた？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|236|雪菜|Setsuna
|「あなたこそ、<br>わたしの頭の中を覗いて、<br>先に宣言してくれたんじゃないの？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|237|春希|Haruki
|「は、はは……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|238|雪菜|Setsuna
|「ふふっ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|239||
|雪菜を、ぎゅっと抱き返す。<br>もちろん、お腹をなるべく圧迫しないように。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|240|春希|Haruki
|「ははは……あははははっ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|241||
|ずっと迷ってたのに。<br>やっと決心したのに。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|242||
|なのに、あっという間に叶えられたことが、<br>滑稽で、馬鹿馬鹿しくて、おかしくて……<br>って、それ全部同じ意味だけど。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|243|雪菜|Setsuna
|「あのね、春希くん……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|244||
|そして、どうしてかわからないけれど、<br>こんなに嬉しくて……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|245|雪菜|Setsuna
|「あと少ししたら、もう『春希くん』って呼べないから。<br>あなたのこと、『お父さん』って呼ぶようになるから」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|246||
|だって、この世の中に、俺の家族が、また増える。<br>だって、新しい部屋に、新しい住人が、招かれる。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|247|雪菜|Setsuna
|「だから、今のうちに一生懸命呼んでおくね？<br>春希くん、春希くん、春希くん……おめでとう。<br>それと、ありがとう」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|248|春希|Haruki
|「雪菜、雪菜……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|249||
|例[W10]の[W10]、[W10]ち[W10]ょ[W10]っ[W10]と[W10]恥[W10]ず[W10]か[W10]し[W10]い[W10]儀[W10]式[W10]は[W10]、[W10]ま[W10]だ[W10]続[W10]く[W10]。[W180]<br>そ[W10]れ[W10]ど[W10]こ[W10]ろ[W10]か[W10]、[W10]余[W10]計[W10]に[W10]み[W10]っ[W10]と[W10]も[W10]な[W10]い[W10]状[W10]況[W10]に[W10]な[W10]っ[W10]て[W10]い[W10]る[W10]。[W10]
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|250||
|け[W10]れ[W10]ど[W10]も[W10]う[W10]、[W10]俺[W10]に[W10]は[W10]そ[W10]ん[W10]な[W10]こ[W10]と[W10]を[W10]気[W10]に[W10]す[W10]る[W10]<br>羞[W10]恥[W10]心[W10]は[W10]存[W10]在[W10]し[W10]な[W10]い[W10]。[W10]
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|251||
|だ[W10]か[W10]ら[W10]今[W10]は[W10]、[W10]た[W10]だ[W10]愛[W10]お[W10]し[W10]い[W10]こ[W10]の[W10]ひ[W10]と[W10]を[W10]、[W10]抱[W10]き[W10]し[W10]め[W10]る[W10]。[W10]
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|252|春希|Haruki
|「[W30]雪[W30]菜[W15]…[W15]…[W15]っ[W15]」[W15]
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|253||
|も[W10]う[W10]し[W10]ば[W10]ら[W10]く[W10]し[W10]た[W10]ら[W10]<br>『[W10]お[W10]母[W10]さ[W10]ん[W10]』[W10]っ[W10]て[W10]呼[W10]ぶ[W10]よ[W10]う[W10]に[W10]な[W10]る[W10]女[W10]性[W10]を[W10]…[W10]…[W10]
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|254||
|…………
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|255|雪菜の母|Setsuna's Mother
|「ほら雪菜、もう車出すわよ～？<br>下りてきなさい」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|256|雪菜|Setsuna
|「は～い！<br>ちょっと待ってて～！」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|257||
|そして、正午。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|258||
|結局、家族総出で荷物を積み終わり、<br>引っ越しのトラックはすでに出発し。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|259||
|あとは、住人が出て行くだけの時間になった。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|260|雪菜|Setsuna
|「なんにも、なくなっちゃったね」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|261|春希|Haruki
|「ああ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|262||
|さっきまでは、段ボールが山積みだった。<br>一週間前までは、生活臭で溢れてた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|263||
|けれど今は、何もない空っぽの空間が広がっている、<br>元・俺たちの部屋。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|264||
|ここから離れて下に降りて、<br>車に乗って新居に向かえば、<br>多分、もう二度と戻ることのない場所。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|265||
|七年間、ずっといたのに、<br>もう、二度とみることのない場所。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|266|雪菜|Setsuna
|「それじゃ、行こうか？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|267|春希|Haruki
|「うん……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|268||
|今さらノスタルジーに浸るってのもカッコ悪いけど、<br>ここにも、本当に色々な……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|269||
|雪菜とだけ、でもない。<br>俺一人だけ、でもない。<br>そんな、色々な時間が流れた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|270|春希|Haruki
|「行こう」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|271||
|最後に、何もない部屋をもう一度目に焼きつけると、<br>ゆっくりと扉を閉じた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|272||
|あとは扉に鍵をかけ、<br>この鍵を不動産屋に返したら、もう……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|273|隣の住人|
|「あ、北原さん。<br>ちょっとすいません」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|274|雪菜|Setsuna
|「はい？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|275|隣の住人|
|「これ、お宅宛てだったんですけど、<br>住所間違っててウチに届いて……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|276|雪菜|Setsuna
|「あぁ、すいません」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|277|春希|Haruki
|「どうもわざわざ……ありがとうございます」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|278||
|なんて、そんなお別れの最後の最後に、<br>とても親切で、けれどちょっとだけ無粋な横槍が入った。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|279||
|俺は、ちょっとばかり苦笑を浮かべ、<br>そして今度こそ、この思い出の地を後に……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|280|雪菜|Setsuna
|「……春希くん」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|281|春希|Haruki
|「なに？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|282||
|と、振り向いたその先にあったのは、<br>雪菜が俺の目の前に掲げた……ポストカード。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|283||
|ヨーロッパらしい古くさ……伝統的な街並みの写真が、<br>差出人の素性を、一瞬で伝えてくる。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|284|雪菜|Setsuna
|「……ウィーン公演、大成功だって！<br>年明けには戻ってくるみたい」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|285|春希|Haruki
|「今さらポストカードとか……<br>メールでいいのに」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|286|雪菜|Setsuna
|「え～、かずさらしいじゃない。<br>ちょっとアナログで」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|287|春希|Haruki
|「全然らしくないだろ。<br>よくもまぁ、あのモノグサが<br>絵葉書なんて送ってきたもんだ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|288|雪菜|Setsuna
|「あはは……意地悪だよ春希くん」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|289||
|いや、意地が悪いのはあっちだろ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|290||
|俺たちの部屋の番号なんて知ってるはずなのに、<br>わざわざ隣の部屋の番号に送ってくるなんて。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|291||
|俺の、この場所での最後の日に、<br>あの、思い出の部屋に送ってくるなんて……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|292|春希|Haruki
|「……じゃあ、今度こそ行くぞ。<br>今日中に食事だけでもできるようにしとかないと」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|293|雪菜|Setsuna
|「え～、外に食べに行こうよ。<br>お母さんたちだって、今日くらいは許してくれるよ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|294|春希|Haruki
|「そうか、雪菜が疲れてるなら仕方ないな。<br>じゃ、俺が腕によりをかけてみんなにご馳走を……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|295|雪菜|Setsuna
|「ちょっと！　家族の前で恥かかせないでよ！<br>もう、春希くんの意地悪～！」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|296||
|そんなわけで、俺たち二人は。<br>もうすぐ三人になる、二人とちょっとは……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|297||
|明日から、新しい場所で、新しい歴史を刻む。
|
|}}

{{WA2ScriptTableEnd}}