Editing White Album 2/Script/6003 (section)

== Text ==
{{WA2ScriptTable}}

{{WA2ScriptLine
|1|春希|Haruki
|「かずさ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|2|かずさ|Kazusa
|「ん、すぅ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|3|春希|Haruki
|「おい、かずさ……いい加減に起きろよ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|4|かずさ|Kazusa
|「ん、ん～……？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|5||
|高層ホテルのどでかい窓から差し込む光は、<br>すでに部屋中に溢れていた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|6||
|そんな、隅々まで明るい部屋の中、<br>未だにベッドの中で目を覚まさない眠り姫。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|7||
|……まぁ、どこの国へ行っても<br>変わらない光景ではあるけど。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|8|かずさ|Kazusa
|「ふあぁぁぁ～……今、何時ぃ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|9|春希|Haruki
|「そろそろ１１時」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|10||
|まぁ、今さら驚きも嘆きもしない。<br>ピアノを弾かないかずさなんて、いつもこんなもんだ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|11|かずさ|Kazusa
|「なんでそんな中途半端な時間に起こすんだよ……<br>昼飯まで寝かせといてくれよ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|12|春希|Haruki
|「俺はもう腹減ったの。<br>すぐ昼飯食いたいの」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|13||
|何しろこっちは起きてからもう５時間くらい経ってる。<br>いい加減、ずっとこいつの寝顔見てるのも……<br>いや、飽きないけど、空腹に耐えられないのも本当で。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|14|かずさ|Kazusa
|「じゃ、ルームサービスでも頼めばいいじゃん～」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|15|春希|Haruki
|「いいや起きろ。<br>そろそろ出かけるぞ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|16|かずさ|Kazusa
|「どこに～」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|17|春希|Haruki
|「どこへともなく」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|18|かずさ|Kazusa
|「詩人かお前は」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|19|春希|Haruki
|「久しぶりの日本、満喫するんだろ？<br>……昨夜、曜子さんと約束したじゃないか」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|20|かずさ|Kazusa
|「…………」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|21||
|まぁ、あれを約束と言うのかといえば微妙だけど、<br>それでもかずさはあの時、嫌だとは言わなかった。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|22||
|……まぁ、わかったとも言わなかったんだけど。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|23|春希|Haruki
|「ラウンジで飯食って、どこ行くか相談しよう？<br>さ、とりあえず着替えて……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|24|かずさ|Kazusa
|「行かない。<br>ずっと寝てる」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|25|春希|Haruki
|「……本っ当に何もすることないんだぞ？<br>奇跡的に、今年はもう仕事納めちゃったんだぞ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|26|かずさ|Kazusa
|「外出なんて疲れるだけだ。<br>ずっと春希の……咥えてた方がいいよ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|27|春希|Haruki
|「っ……それは出かけるよりも疲れる」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|28|かずさ|Kazusa
|「とにかくあたしは行かないったら行かない。<br>だから春希、お前もここにいろ。<br>一緒にくっだらないサスペンスの再放送見よう？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|29|春希|Haruki
|「くだらないってわかってるなら見るなよ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|30||
|ここまで子供みたいに駄々をこねてみせても、<br>かずさは決して『お前ひとりで行ってくればいいんだ』<br>とは言わない。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|31|かずさ|Kazusa
|「だって、あたしには行きたい場所も、<br>会える人も、いない」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|32|曜子|Youko
|『友達に会ってきたりとか、どう？』
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|33||
|曜子さんが最後に漏らしたあの言葉は、<br>意図的だったのか、わざとだったのか、<br>それとも意地悪だったのか。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|34||
|……まぁ、まず間違いなくわかってて言ってたんだよな。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|35|春希|Haruki
|「でもさ、でも……お前はもう」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|36||
|許されてる、はずなんだ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|37||
|半年前のウィーンで。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|38||
|思いもしなかった来客が。<br>ありえない再会が。<br>奇跡の仲直りが。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|39|かずさ|Kazusa
|「だからって、さ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|40|春希|Haruki
|「会いたくないのか？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|41|かずさ|Kazusa
|「会いたいよ！<br>けど、自分から会いには行けないよ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|42|春希|Haruki
|「かずさ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|43|かずさ|Kazusa
|「いくら彼女が許してくれても、<br>あたしが自分を許せない」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|44|かずさ|Kazusa
|「好きだったんだ。<br>本当に、憧れてたんだ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|45||
|そんなのわかってる。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|46||
|だって、俺なんか、愛してた。<br>なのに、あんな……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|47|かずさ|Kazusa
|「お前はどうなんだよ、春希。<br>会いに、行けるのかよ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|48|春希|Haruki
|「そりゃ、まぁ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|49||
|かずさには救われて欲しい。<br>けれど、俺は救われるわけにはいかない。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|50||
|本当、三年前からずっと成長しないな。<br>俺も、かずさも。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|51||
|…………
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|52|かずさ|Kazusa
|「だから、出かけないって言っただろ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|53|春希|Haruki
|「ただの散歩だよ。<br>それならいいだろ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|54||
|結局、ぐずるかずさを連れ出すのに、<br>さらに３０分かかり……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|55||
|簡単に昼食を済ませ、ホテルを出たころには、<br>冬の弱々しい日差しは、もう真南を過ぎていた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|56|かずさ|Kazusa
|「誰かに会ったらどうすんだよ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|57|春希|Haruki
|「お前、ここをどこだと思ってる？<br>一千万都市だぞ？　花の都大東京だぞ？<br>そんな偶然が起こるとでも思ってるのか？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|58|かずさ|Kazusa
|「で、でも、ほら……<br>前に来日した時は、結構顔がバレててさぁ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|59|春希|Haruki
|「大丈夫、もう冬馬かずさブームなんかとっくに去った。<br>日本人の飽きっぽさを舐めんなよ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|60|かずさ|Kazusa
|「いやそれマネージャー的にはＯＫなのかよ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|61|春希|Haruki
|「それに対策も考えてある。<br>とにかく、少しくらい付き合ってくれよ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|62|かずさ|Kazusa
|「い～や～だ～」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|63||
|すっかり目が覚めて、空腹も満たしたかずさは、<br>それでもまだ動くのを嫌がり、俺の袖を掴んだまま<br>ずるずる引きずられている。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|64||
|それでも俺は、なかば強引に、<br>かずさを外に、日本の中へと連れ出していく。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|65||
|だって……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|66|春希|Haruki
|「ほら着いたぞ、まずは最初の観光スポットだ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|67|かずさ|Kazusa
|「はぁ？　ここって……まだホテルの目の前じゃないか」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|68|春希|Haruki
|「なぁ、かずさ……お前、この景色に見覚えないか？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|69|かずさ|Kazusa
|「景色ったって……ただの、御宿の駅前の……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|70|春希|Haruki
|「……まだあったんだなぁ、この電話ボックス」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|71|かずさ|Kazusa
|「え？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|72|春希|Haruki
|「取材の記者から逃げ出してさ、<br>その時に、財布とか携帯とか全部落っことして」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|73|かずさ|Kazusa
|「……あっ！？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|74|かずさ|Kazusa
|『ほんとになぁ…<br>たった一つ、この番号だけ覚えてるなんて、<br>あたしって、なんなんだろ』
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|75|春希|Haruki
|「拾った百円玉で、お前、このボックスから<br>俺の携帯にかけてきてさ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|76|かずさ|Kazusa
|「わ～、わ～、わ～！<br>帰る！　やっぱり帰る～！」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|77|春希|Haruki
|「それも、なんか捨て犬みたいに死にそうな声でさ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|78|かずさ|Kazusa
|「お、お前だって死にそうな声だった！」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|79|春希|Haruki
|「当たり前だ。<br>お前が死にそうな声出してたんだから」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|80|かずさ|Kazusa
|「っ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|81|春希|Haruki
|「慌てて掛けつけてみたら、<br>お前はびしょ濡れで、ガタガタ震えてて、<br>なんだよ、やっぱ捨て犬だったじゃん、って」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|82|かずさ|Kazusa
|「捨てた飼い主が何言ってやがる！」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|83|春希|Haruki
|「だから開き直るなよお前……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|84|かずさ|Kazusa
|「お互い様だろ馬鹿野郎……<br>今さら歯の浮くようなこと言うな馬鹿野郎」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|85|春希|Haruki
|「そりゃ、いつまで経っても、<br>こんな陳腐な口説き文句に引っかかる馬鹿がいるからだ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|86|かずさ|Kazusa
|「お前だからだ馬鹿野郎……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|87||
|そう、俺は、なかば強引に、<br>かずさを外に、日本の中へと連れ出していく。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|88||
|だって俺たちは、あの時みたいに<br>退廃的に二人で堕ちていくことはしないんだ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|89||
|どれだけ叩かれても、辛くても<br>外と触れ合って生きていくって……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|90||
|傷ついて、傷つけられて、<br>これからも生きていくって、決めたんだから。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|91||
|…………
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|92|春希|Haruki
|「ほら、鏡はこっちだぞ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|93|かずさ|Kazusa
|「なるほどね、これが“対策”か……<br>センスもやり方も、昔と全然変わってないな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|94|春希|Haruki
|「わざわざ似たようなのを選んだんだよ、全部」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|95|春希|Haruki
|「どうかな……東野和美さん？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|96||
|コームの髪飾りと伊達眼鏡。<br>それにマフラーと帽子。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|97||
|そして偽名。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|98||
|それが三年前、俺がかずさに与えたもの。<br>そしてここが、その中でも偽名以外を与えた場所。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|99||
|ホテルから歩いてすぐの、御宿のショッピングモール。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|100||
|少しばかり店の配置やレイアウトが変わっていたけれど、<br>あの時買い物をした店たちは、全部残っていた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|101|かずさ|Kazusa
|「しっかし、今さら見返してみても、<br>全然眼鏡似合わないな、あたし」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|102|春希|Haruki
|「え～、そうか？<br>髪形も含めて、凄く似合ってると思うけどな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|103|かずさ|Kazusa
|「そりゃ、旦那のひいき目って奴だ。<br>とてもじゃないが真に受けられないね」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|104|春希|Haruki
|「そりゃ、どうも」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|105||
|かずさは、俺のセンスや審美眼を散々に貶しておきながら、<br>その誤認識を、実は心地良く受け止めているみたいだった。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|106||
|見るからに上機嫌で、<br>俺が買ったアクセサリを全部つけたまま、<br>モールの中を、俺より先に歩き始める。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|107|かずさ|Kazusa
|「な、春希、そろそろ甘いもの食べに行かないか？<br>ここの地下、確かラスカルがあるんだよ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|108|春希|Haruki
|「せっかく日本に帰ってきたんだから、<br>ぜんざいとかどうかな？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|109|かずさ|Kazusa
|「よし、それは二軒目な。<br>じゃ、早速行こう？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|110|春希|Haruki
|「いや待て、別にはしごしなくてもいいだろ。<br>プリンなら帰国してからでも食べられるし」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|111|かずさ|Kazusa
|「……お前、ラスカルのなめらかプリンを舐めてるだろ。<br>あの舌触りは、ヨーロッパでもなかなかないんだぞ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|112|春希|Haruki
|「それが本当かどうかはさておき、寒いだろ。<br>今はなんかあったかいもん食おうぜ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|113|かずさ|Kazusa
|「だから二軒目に連れてってやるって言ってるだろ。<br>ワガママな奴だな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|114|春希|Haruki
|「その台詞はそっくりそのまま返すとして、<br>だったら、プリンはお土産で持ち帰ればいいだろ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|115|かずさ|Kazusa
|「駄目だ。今食べたいんだ。絶対に譲れない。<br>店で３つ食べて、１２個包んでもらうんだ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|116|春希|Haruki
|「……お前、晩飯食えなくなるぞ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|117|かずさ|Kazusa
|「デザートと食事は別腹だろう。<br>何言ってるんだお前」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|118|春希|Haruki
|「……もういい、わかった。<br>好きにしろ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|119|かずさ|Kazusa
|「あ、そうだ、ぜんざいであったまったところで、<br>アイスクリームを食べるとこれがまた……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|120|春希|Haruki
|「なんでいちいち俺を冷やそうとすんだよ！？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|121||
|本当に、見るからに上機嫌で……<br>てか調子に乗りすぎだろ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|122||
|…………
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|123|かずさ|Kazusa
|「ん～、やっと調子が出てきた。<br>さ、こっちだ春希」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|124|春希|Haruki
|「うぷ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|125||
|ショッピングモールを出て、<br>ぶらぶらと御宿の街を歩き回る頃には、<br>俺たちのイニシアチブは完全に逆転していた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|126|かずさ|Kazusa
|「なんだよ、情けないな。<br>あの程度食べたくらいで食あたりか？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|127|春希|Haruki
|「あたったのは主に一種類の成分にだけでな……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|128||
|というか今、糖尿の検査したら絶対にヤバい。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|129||
|けど、かずさの方は同じものどころか、<br>多分、俺の倍の量の砂糖を摂取してるはずだった。<br>一体どんな消化器官してんだよ……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|130|春希|Haruki
|「な、なぁ、そろそろホテルに戻らないか？<br>一緒にくっだらない年末特番のバラエティ見ようぜ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|131|かずさ|Kazusa
|「くだらないってわかってるもの見てどうすんだよ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|132||
|と、かずさは、腹を押さえてる俺の注進を意に介さず、<br>どんどん、過酷なコンクリートの階段を上っていく。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|133|春希|Haruki
|「だ、だから、ちょっと、待っ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|134|かずさ|Kazusa
|「ほら、もう少しだ。<br>頑張れ春希」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|135|春希|Haruki
|「もう少しって何が……あ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|136||
|そして、登りきったところで<br>その先の建物を見上げると……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|137|かずさ|Kazusa
|「相変わらず、でかくて、お高くとまってて、<br>伝統のカケラも感じられないホールだな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|138|春希|Haruki
|「そっか……そういえばこっちの方だったな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|139||
|そこは、御宿芸術文化ホール。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|140|かずさ|Kazusa
|「へぇ？　この場所知ってたのか春希？<br>お前は一度も来たことないと思ってたけどな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|141|春希|Haruki
|「うぐ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|142||
|そう、冬馬かずさの、初めての日本公演の……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|143||
|そして、そのすぐ一月後に行われた追加公演の会場。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|144|かずさ|Kazusa
|「二回もここで弾いたのに、<br>お前は一度たりとも聴きに来なかったな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|145|春希|Haruki
|「それは、その……<br>ごめん、悪かった」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|146||
|チケットは二公演とも即座に完売し、<br>特に追加公演の方は未だに伝説級の扱いを受けている。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|147||
|そんな貴重なコンサートに、<br>俺は結局、一度も足を運ぶことができなくて。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|148|かずさ|Kazusa
|「いいよ、もう」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|149|春希|Haruki
|「いや、けど」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|150|かずさ|Kazusa
|「だってさ……<br>お前があの時、コンサートに来なかったから、<br>今のあたしたちがあるんだし」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|151|春希|Haruki
|「……うん、そうだな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|152||
|“もしもあの時ああしていれば”なんて、<br>分かれた枝の先の未来にいない俺たちには、<br>論ずる意味はない。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|153||
|だって今、俺はかずさと共にいて。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|154||
|そして、一度は捨てた日本の地に、<br>もう一度、戻ってくることができた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|155||
|もう、これ以上の結果も、<br>これ以外の結果もいらない。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|156|かずさ|Kazusa
|「ちなみにさ、<br>ここって母さんもコンサート開いたことあるんだぞ？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|157|春希|Haruki
|「ああ、知ってる」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|158||
|チケットだってもらってた。<br>結局、その時も行かなかったけどな……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|159|かずさ|Kazusa
|「ま、あたしのコンサートの時ほど、<br>話題にはならなかったけどな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|160|春希|Haruki
|「その評価に関しては、<br>今度、親子水入らずで裁定を下すってことで」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|161||
|…………
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|162||
|時計は、そろそろ夜の１０時を指そうとしていた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|163|かずさ|Kazusa
|「…………」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|164||
|今日一日、本当によく歩き回った。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|165||
|一度も電車やバスに乗らず、<br>ただ御宿の街を、ただ記憶を頼りにさまよい、<br>懐かしがり、はしゃぎ、そして笑いあった。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|166|春希|Haruki
|「…………」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|167||
|けれど、最後のこの場所で。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|168||
|ホテルへと帰る道から一本だけ外れた、<br>駅前の、タクシー乗り場の近くで。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|169||
|俺たちの足は自然に止まり、<br>やがて、口数も少なくなった。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|170|かずさ|Kazusa
|「……なぁ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|171|春希|Haruki
|「ん？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|172|かずさ|Kazusa
|「なに、考えてる？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|173|春希|Haruki
|「別に……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|174|かずさ|Kazusa
|「嘘つけ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|175|春希|Haruki
|「…………」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|176||
|俺たちの顔に浮かぶのは、苦い笑み。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|177||
|本当に笑っているのかも疑わしいくらい、<br>歪んで、苦しげで、そして遠くを見るような表情。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|178|かずさ|Kazusa
|「馬鹿みたいだったな……あたしたち」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|179|春希|Haruki
|「いや違うね。<br>馬鹿そのものだった。<br>超間抜けだった」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|180||
|来るつもり、なかったのに。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|181||
|懐かしすぎて、痛すぎて。<br>ここだけは、避けるつもりだったのに。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|182|かずさ|Kazusa
|「……ふっ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|183|春希|Haruki
|「なんだよ、急に」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|184|かずさ|Kazusa
|「だって、だってさぁ……っ、<br>今思い出してもさぁ、あはは、あは……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|185|春希|Haruki
|「笑うなよ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|186|かずさ|Kazusa
|「お前、あの時もそんなこと言ってたなぁ。<br>それも、泣きそうな声でさぁ……あははっ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|187|春希|Haruki
|「お前は、笑いながら泣いてたっけ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|188|かずさ|Kazusa
|「あはははは……言うなっ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|189|春希|Haruki
|「あはは……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|190||
|そう、ここは俺たちがたくさん泣いた場所。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|191||
|たくさん、初めてを経験した、場所。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|192||
|初めて、本気で喧嘩をした場所。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|193||
|初めて、俺が想いをぶつけてしまった場所。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|194||
|初めて、かずさが想いを漏らしてしまった場所。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|195||
|そして……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|196|かずさ|Kazusa
|「なぁ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|197|春希|Haruki
|「ん？」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|198|かずさ|Kazusa
|「なぁってば」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|199|春希|Haruki
|「だから、なん……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|200||
|ふと振り向くと、<br>ずっと俺と同じ方向を……車道の方を見ていたかずさが、<br>いつの間にか、俺をじっと見つめてた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|201||
|いや、見つめてた、だけじゃなく……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|202|かずさ|Kazusa
|「ん」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|203|春希|Haruki
|「お前、な」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|204||
|求めてた。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|205|かずさ|Kazusa
|「今は、あの時より、もっと慣れてるだろ？<br>……あたしで」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|206|かずさ|Kazusa
|『なんでそんなに慣れてんだよっ！』
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|207||
|ここは、二人が初めて、唇を触れ合わせた……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|208||
|いや、本当は二回目だったって、後から聞いたっけ。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|209||
|あの時の俺たちは、間違いだらけだったけれど……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|210||
|それでも、俺たちの関係は、あの時から始まった。<br>あの時から、お互いの気持ちを、共有した。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|211|かずさ|Kazusa
|「だからさ……もっかい、ここでさ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|212|春希|Haruki
|「見てるぞ、みんな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|213|かずさ|Kazusa
|「あの時だって見てた。<br>でもお前は、した」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|214|春希|Haruki
|「若かったからな」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|215|かずさ|Kazusa
|「今でも十分若いって。<br>だからさ、春希」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|216|春希|Haruki
|「子供みたいなワガママ言うな。<br>いい年してみっともない」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|217|かずさ|Kazusa
|「なんだよ、あたしだってまだ……んんっ！？<br>ん、んぅ……ん、ぁ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|218|春希|Haruki
|「ん、ん……かずさ……っ」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|219|かずさ|Kazusa
|「は、はる……んぅんっ、ん、ちゅ……」
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|220||
|そして……
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|221||
|俺とかずさは、<br>道行く人を、道行く車を<br>視界の隅に捉えておきながら。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|222||
|それでも、彼らが目を背けるほどの、<br>熱いキスを、交わした。
|
|}}

{{WA2ScriptLine
|223||
|初めて共犯関係を築いた、この場所で。
|
|}}

{{WA2ScriptTableEnd}}