White Album 2/Script/3210

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	Speaker		Text		Comment
Line #	JP	EN	JP	EN
1			………	.........
2	武也	Takeya	「この前より…入ってないんじゃないか？」
3	依緒	Io	「まだ開演の３０分以上前だから。 もうしばらくしたら満席になるでしょ」
4	武也	Takeya	「そうなのか？ でもこの前はもっとこう、なんて言うか…」
5	依緒	Io	「人の数ってよりは、静けさじゃない？ 前よりも落ち着いた感じの客が多いかな」
6	武也	Takeya	「つまりそれって… 冬馬かずさっていう流行に飛びついた客が減って、 純粋なクラシックファンが残ったってことか？」
7	依緒	Io	「あと、変なマスコミとかさ。 前は明らかにコンサートに興味なさそうなの沢山いたし」
8	武也	Takeya	「じゃあ今回は、ようやく落ち着いて 冬馬のピアノが聴けるってことか。 この前はそれどころじゃなかったからなぁ」
9	依緒	Io	「どうせ落ち着いて聴いたって、 あたしたちには細かい違いはわからないって。 それに…」
10	武也	Takeya	「それに？」
11	依緒	Io	「それどころじゃないのは今回も同じ」
12	武也	Takeya	「………春希、来てるかな」
13	依緒	Io	「………雪菜もね」
14	武也	Takeya	「そっちもまだ連絡取れてないのかよ？」
15	依緒	Io	「一度だけ取れたけどさ… 二月いっぱいは会うことも話すこともできないって、 その一点張りで」
16	武也	Takeya	「なんてこった。 春希とまるっきり同じこと言ってる…」
17	依緒	Io	「何が起こってるのよあの二人… 一体どうなってんの」
18	武也	Takeya	「考えたくないけどさ…やっぱり…」
19	依緒	Io	「け、けど、 今はもう、同級生の冬馬さんじゃないんだよ？ あたしたちが気軽に会えるような…」
20	？？？	???	「あの、すいません… そちら、Ｗの３２番ですよね？」
21	武也	Takeya	「ええ、そのはずですけど… あれ？　もしかして俺たちの座席間違ってるかな？」
22	依緒	Io	「ちょっとぉ… あんたがここだって言ったから、 確かめもせずに座っちゃったじゃない」
23	？？？	???	「…飯塚武也さんと、水沢依緒さんですか？」
24	武也	Takeya	「…お姉さん誰？」
25	美代子	Miyoko	「よろしければ、楽屋までご一緒願えませんか？ …冬馬かずさが是非お会いしたいとのことで」
26	依緒	Io	「………え？」
27	曜子	Youko	「ギリギリどころか３０分遅刻して会場入りしたくせに、 いきなりプロデューサーに向かって言う台詞がそれ？」
28	かずさ	Kazusa	「何とでも言え。 とにかく今日は一人で客席に座らせるわけにはいかない。 もちろん舞台袖も駄目だ」
29	曜子	Youko	「そんなに自信がないわけ？ もしかして、最後の方の曲が練習できてないとか？」
30	かずさ	Kazusa	「どうしても聴きたいならボーイフレンドと一緒にいろ。 ちゃんと二人分の席を用意するから」
31	曜子	Youko	「…いつの間にそんな理解のある娘に育ったのかしら。 昔はわたしの男だったら誰彼構わず嫌ってたのに」
32	かずさ	Kazusa	「二人目辺りまでは嫌ってなかった…じゃなくて！ あたしのピアノを聴きたいなら付き添いを呼べってこと」
33	曜子	Youko	「…あ～」
34	かずさ	Kazusa	「男としての魅力とかあたしとの相性とかどうでもいい。 ただ、医者として腕がいい奴限定で」
35	曜子	Youko	「…二時間くらいなら大丈夫よ」
36	かずさ	Kazusa	「なんてな。 そう言うだろうと思って、もう高柳先生を呼んである。 二人で仲良く二階席で見てろ。出口近くのな」
37	曜子	Youko	「………生意気な娘ね」
38	かずさ	Kazusa	「仕方がないんだ。 だって今日のコンサートは、 あんたの寿命を縮めてしまうかもしれないから」
39	曜子	Youko	「なに。そんなに自信ないの？ わたしが貧血起こして倒れちゃいそうな 酷い演奏をするつもり？」
40	かずさ	Kazusa	「逆だよ。 血圧上がりすぎて倒れるか、 娘に抜かれたショックで老け込むか、どっちかだと思う」
41	曜子	Youko	「………随分と自信あるのね？」
42	かずさ	Kazusa	「そうだな………うん、あるよ」
43	曜子	Youko	「かずさ…」
44	かずさ	Kazusa	「悪いな、母さん。 今日をもって、ピアニストの冬馬と言えば、 曜子じゃなくてかずさになるんだ…」
45	曜子	Youko	「そんな最高の演奏が聴けるって言うのなら、 その場でくたばっても後悔しないけどな」
46	かずさ	Kazusa	「あたしが困るんだ。だから自重してもらう。 だってあんたには…」
47	美代子	Miyoko	「あの、かずささん… お連れしましたけど」
48	かずさ	Kazusa	「ありがと美代子さん！　中に入ってもらって。 …というわけで続きは後で。 悪いけど母さん、少し外してくれないか」
49	曜子	Youko	「誰か呼んだの？　ここに」
50	かずさ	Kazusa	「ああ…」
51	かずさ	Kazusa	「友達をね」
52			………	.........
53	春希	Haruki	「うあ…っ」
54	雪菜	Setsuna	「だ、大丈夫？」
55	春希	Haruki	「大丈夫大丈夫… 何しろ、今さらだから」
56			ヘタクソな音を奏でるギターの弦が、 しばらくサボってた指先に、容赦ない報いを浴びせる。
57			剥けた皮が乾く前にまた剥けて 神経剥き出しになるのって、 想像を絶する痛さだって、久々に思い出した…
58	雪菜	Setsuna	「絆創膏、貼る？」
59	春希	Haruki	「いや、やめとく。 感覚が微妙に狂うから」
60	雪菜	Setsuna	「なら、一呼吸置こうか。 落ち着いて、もう一度最初から」
61	春希	Haruki	「…わかった」
62			けれど雪菜も、心配する以上には俺を甘やかさない。 何しろそんな状況じゃないって知ってるから。
63			五年前は、２４時間の練習時間があった。
64			けれど今回は、かずさが譜面を書き上げたのが 会場入り間際の１４時３０分。
65			そこから２２時まではたったの７時間半。 つまり、突貫作業だったはずの前回と比べて 練習時間が更に三分の一ってことになる。
66	雪菜	Setsuna	「準備、いい？」
67	春希	Haruki	「もうちょっと…」
68			なのに、いくらオマケとは言え、 売り物のＣＤに収録する曲を弾く。
69	春希	Haruki	「あれ？　こうかな… いや、もっと速く…」
70	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
71			プロならともかく、 素人に毛すら生えているか怪しい俺にとっては、 まさしく羞恥プレイに等しい拷問だった。
72	春希	Haruki	「ったく、駄目だ駄目だ。 悪い、もう少しだけ待って…」
73	雪菜	Setsuna	「落ち着こうよ。 …それと、集中しよ？」
74	春希	Haruki	「してるよ。けど…」
75	雪菜	Setsuna	「わかるけどね…そろそろ開演の時間だし」
76	春希	Haruki	「っ…」
77			俺がさり気なく時計を目にしたのを、 雪菜は見逃してはいなかった。
78			６時、５９分… 開演まで、あと１分。
79	雪菜	Setsuna	「気持ちはわかるけど、 今は忘れるくらい集中しないと 弾けるようにならないよ？」
80	春希	Haruki	「ったく、時間ないってのにギターパート難しい！」
81			雪菜の言うことがいちいち図星過ぎたので、 俺はふてくされるように弦をかき鳴らす。
82	雪菜	Setsuna	「かずさは詞に文句言ってたよ？ 全然リズミカルじゃないって。 まるで数式だって」
83	春希	Haruki	「馬鹿言うな。 …数式はもっと機能的で美しいんだぞ」
84	雪菜	Setsuna	「あ、あはは…」
85			もうすぐ７時…
86	雪菜	Setsuna	「それじゃ…三人で演奏しよう。 かずさに、エールを送ろう？」
87	春希	Haruki	「うん」
88			今は、信じるしかない。
89			出て行く時の、あいつの自信満々な表情を。 『伝説を作ってくる』と言い切った、あいつのホラを。
90	雪菜	Setsuna	「わたしは、リズミカルじゃない歌詞を 頑張って歌い上げるから」
91	春希	Haruki	「じゃあ俺は、しちめんどくさいギターを」
92			そしてかずさは、伝説の名演を…
93			今、７時ちょうど。 開演時間。
94			頑張れ、かずさ…
95			………	.........
96	朋	Tomo	「はぁっ、はぁっ、はぁ…っ」
97	朋	Tomo	「どうして今日に限って撮影が押すかなぁっ！」
98			………	.........
99	警備員	Guard	「ああ、すいません、今は駄目です。 入退場は曲の合間だけです」
100	朋	Tomo	「あぁ、そっかぁ…っ、 はぁ、はぁ………はぁぁぁぁ～っ、 い、今、何曲目？」
101	警備員	Guard	「二曲目ですね。 もうすぐ終わるはずなので、すぐに入れますよ」
102	朋	Tomo	「はぁ、はぁぁ…っ、そ、そう… なんとか間に合った…」
103	警備員	Guard	「あ、終わりましたね。 それじゃ、どうぞ…」
104	朋	Tomo	「きゃっ」
105	警備員	Guard	「うわぁ…」
106	朋	Tomo	「なにこれ… 実は完全に乗り遅れた？」
107			……	......
108	依緒	Io	「………」	"........."
109	武也	Takeya	「おい、依緒」
110	依緒	Io	「………ぇ？」
111	武也	Takeya	「なんだよ上の空で？ まさか腰でも抜かしたか？」
112	依緒	Io	「…もしかして、武也も？」
113	武也	Takeya	「………あれって、この前と同じ冬馬なんだよな？」
114	依緒	Io	「どうしよ…鳥肌立ってる。 なんか息もつかせぬって感じなんだもん」
115	武也	Takeya	「スタンディングオベーションって、 本当にやる奴いたんだなぁ…」
116	依緒	Io	「あたしたちが素人だからかな？ なんか凄そうな曲に乗せられちゃってるだけなのかな？」
117	武也	Takeya	「だとしても、それも立派な才能だ。 …わかりやすく凄いよ、今日の冬馬は」
118	依緒	Io	「ねぇ、武也…」
119	武也	Takeya	「なんだよ」
120	依緒	Io	「あたしたち… さっきまで、彼女と話してたんだよね？」
121	武也	Takeya	「話したどころか…」
122	かずさ	Kazusa	『部長、水沢… 来てくれてありがとう』
123	かずさ	Kazusa	『こんなあたしとまた会ってくれて、 本当に、ありがとう…』
124	武也	Takeya	「友達じゃねえか」
125			………	.........
126	春希	Haruki	「っし！ やっとノーミスクリア！」
127	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
128			１４回目にしてやっとだけど… 表現力とかそういうの全然意識してないけど…
129			しかも、指先の痛みと痺れが、 そろそろ気持ちいい段階にまで突入してるけど。
130	春希	Haruki	「お待たせ雪菜。 今度こそ歌と合わせられそうだ。 早速やってみようか」
131	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
132	春希	Haruki	「…雪菜？」
133	雪菜	Setsuna	「え…あ、ごめん、聞いてなかった」
134	春希	Haruki	「…今、何曲目かなって」
135	雪菜	Setsuna	「えっと、８時半過ぎだから、 多分、そろそろ最後の………あ」
136	春希	Haruki	「…集中しようぜ？」
137	雪菜	Setsuna	「う…」
138			雪菜がさり気なく時計を気にしていたのを、 今度は俺の方が見逃してなかった。
139	春希	Haruki	「なんだよ、やっぱり雪菜も心配なんじゃないか。 あいつ、最後の方全然練習してなかったからなぁ」
140			六時間前、かずさは曲を仕上げると、 コンサートの練習もそこそこに… というか一度も弾かずにここを出て行った。
141			それどころか、昨日から一度も練習をせずに、 ひたすら作曲に没頭してた。
142			それは、俺たちの準備不足とはレベルの違う、 明らかに力の入れどころを間違えてる暴挙のはずで。
143	雪菜	Setsuna	「ううん… コンサートが成功するのは確信してる。 だって、かずさだもん」
144	春希	Haruki	「それじゃ…」
145	雪菜	Setsuna	「考えてたのは、 今日のことじゃなくて、明日のこと。 明後日のこと。来週のこと」
146	春希	Haruki	「来週…って」
147	雪菜	Setsuna	「かずさ、ずっと日本にいるよね？ コンサートが終わっても、収録が終わっても、 わたしたちの側にいるよね？」
148	春希	Haruki	「あ…」
149			でも、雪菜が考えていたのは、 そんな準備不足で寝不足のかずさよりも、 全てが終わった後のかずさのこと。
150			あれだけ想いをぶつけ合っても、 あれだけ心を重ねても…
151			雪菜は、俺たちは、 まだ最後の最後まで、 かずさの、自分たちへの信頼を信じきれない。
152			かずさが、最後の一言だけは言わなかったから。
153			コンサートが終わったら、 収録が終わったら、どうするのか。
154			曜子さんと、俺たちと、日本と… これから、どう向き合っていくのか。
155	雪菜	Setsuna	「大丈夫だよね？ 大丈夫だよね？　春希くん。 わたしたち、これからもずっと三人で…」
156			『今は、そんなこと心配するより歌おうぜ？』
157	春希	Haruki	「………」	"........."
158			今、俺が言わなくちゃならない言葉を知ってたけど、 その言葉は、口からするりと滑り出てくれなかった。
159			今の状況こそが完全な綱渡りなのに、 渡りきったその先の方が不安が大きくて…
160			だから、このギリギリの状況から 抜け出したくないという、矛盾した感情を抱えてる。
161	雪菜	Setsuna	「春希、くん」
162			だって、誰もがわかってる。
163			コンサートが終わり、収録が終わり、 祭りが、終わったら…
164			熱く燃えさかっていた気持ちが昇華され、 一つになっていた三人の心は、必然的に三つに戻る。
165			そして、ふたたび集まるときには、 また同じ一つになれるって保証はない。
166			いや… 多分、全く元通りにはなれない。
167			三人の心の塊は、 確かに一つにまとまっているかもしれないけれど、 今みたいに完全に丸く戻ることはないだろう。
168			大きな塊と小さな塊がくっついたような形になるか、 三つの小さな塊が集まったような形になるか、 今はまだ、わからないけれど。
169			けれどもし、大きな塊があったとしたら…
170			もう一つの小さな塊は、 そのまま一つの塊として、 寄り添ってくれるんだろうか…？
171			その現実に、耐えようとしてくれるんだろうか…？
172	雪菜	Setsuna	「あ…」
173			口が『歌おうぜ』って言わないなら、 指先で言葉を紡ぐしかない。
174			不安を押し殺し、集中し、 二人で、磨き上げる。
175			かずさと並んでも遜色のない…は無理にしても、 あの、五年前のお祭りを思わせる、 熱さと楽しさと…いとおしさを伝えるために。
176			………	.........
177			……	......
178			…	...
179	かずさ	Kazusa	「美代子さん。 今のうちにタクシー呼んでおいて。 コンサート終わったらこのまま移動するから」
180	美代子	Miyoko	「お疲れ様です。 いよいよ最後の曲ですね」
181	かずさ	Kazusa	「…と言ってもこれからが長いんだけどね。 第四楽章まで一気だし」
182	美代子	Miyoko	「ここまでは完璧でしたよ。 こんなに観客の反応が凄いのは、 社長でも年に一、二度あるかないかです」
183	かずさ	Kazusa	「…ありがと」
184	美代子	Miyoko	「でも、こんなに好評だと問題はアンコールですね…」
185	かずさ	Kazusa	「もし呼ばれたら謝っておいてね？ 今日はとてもそんなことしてる時間は…」
186	曜子	Youko	「取らぬ狸のなんとやら…よね。 まだ最後の曲で大コケする可能性も残されてるし～」
187	かずさ	Kazusa	「…とっくに病院に連れ戻されたかと思ったけど、 思ったよりしぶといな、母さん」
188	曜子	Youko	「美代ちゃん、悪いけどノリ君の相手してて。 廊下に待たせてるから」
189	美代子	Miyoko	「あ、はい… それでは失礼します。 休憩時間終わったらまた呼びに来ますね！」
190	曜子	Youko	「…ふぅ」
191	かずさ	Kazusa	「どうだ？ 今のところ、母さんが貧血起こして倒れるような 演奏はしてないつもりだけど？」
192	曜子	Youko	「わたしを超えたとも、まだまだ思ってないけどね。 まぁ、その意気込みだけでも買っておきますか」
193	かずさ	Kazusa	「言ってろ。 本当なら共演して叩き潰してやりたいところだけど、 あんたの名誉と健康のために自重しとく」
194	曜子	Youko	「かずさ…」
195	かずさ	Kazusa	「けど覚えておけよ。 あと二、三年のうちに…」
196	曜子	Youko	「あなた…やっぱりウィーンへ帰りたい？」
197	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
198	曜子	Youko	「本気で、わたしを超えたい？ もっと高いところを目指したい？」
199	かずさ	Kazusa	「………ああ、上り詰めたいね」
200	曜子	Youko	「レベルの高い観客に揉まれて、 レベルの高い共演者に恵まれて、 ずっと世界で戦っていたい？」
201	かずさ	Kazusa	「だから言ったろ？　もっと上手くなりたいんだ。 …ピアノくらいは、自分の願いを叶えたいんだ」
202	曜子	Youko	「そう…」
203	かずさ	Kazusa	「ああ、そうだ。 良かったな。 これで冬馬曜子オフィスはしばらくは安泰だ」
204	曜子	Youko	「それじゃあ…選択の余地はないわね」
205	かずさ	Kazusa	「うん… 母さん、あたしは…」
206			………	.........
207			……	......
208			…	...
209	女性スタッフ	Female Staff	「冬馬さん入りました～！」
210	ディレクター	Director	「よ～し、それじゃ収録始めるぞ！ 準備できてるか？」
211	男性スタッフ	Male Staff	「とっくにできてますって」
212	女性スタッフ	Female Staff	「こっちもＯＫです。 いつでもいけます」
213	ディレクター	Director	「泣いても笑っても、あと二時間だ！ 締め切り迫ってるから、 いつもみたいにズルズル徹夜とかないからな！」
214	女性スタッフ	Female Staff	「そっちの方がキツいかも…」
215	男性スタッフ	Male Staff	「それじゃ、揃ったらテスト…って、うわぁ」
216	女性スタッフ	Female Staff	「あ～、あれですか。 会場からそのままタクシーに乗ってきたらしいですよ？ 着替えてる時間も惜しいからって」
217	ディレクター	Director	「…なんて言って、 実は彼に見せつけるためじゃないの？」
218	雪菜	Setsuna	「うわぁ…」
219	かずさ	Kazusa	「どうだこれ？ 実は結構重いんだけどさ」
220	春希	Haruki	「………」	"........."
221			感嘆の声は雪菜に先を越され、俺はただ、 無言で目の前のドレスを見つめているだけだった。
222			コンサート用の黒いドレスに包まれた、 どこからどう見ても美人ピアニスト冬馬かずさを。
223	雪菜	Setsuna	「綺麗…」
224	かずさ	Kazusa	「似合ってるか？　春希」
225	春希	Haruki	「………」	"........."
226			あの時とはデザインも露出度も違うけど、 でも、あの時と同じ、黒…
227			そして、あの時とはかずさの態度は違うけど、 でも、あの時と同じ、俺の反応…
228	かずさ	Kazusa	「…今さらながら後悔したか？」
229	春希	Haruki	「な…何、を」
230	かずさ	Kazusa	「こんないい女を袖にしたことを、さ？」
231	春希	Haruki	「っ！？ ばっ、な、ちょっと…おい」
232			こっちが頑張ってすっとぼけてるのに、 わざわざ補足しないで欲しかった…
233	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
234			雪菜ですら、笑っていいのか俯いていいのかわからず、 微妙な反応を返すしかない。
235			そんな、自虐ともネタともわからないかずさの呟きに、 一瞬だけ、ブースの中の空気が凍りつく。
236	かずさ	Kazusa	「さて、それじゃ早速リハーサル行ってみようか？ お前たち、ちゃんと弾けるようになってるんだろうな？」
237			けれどかずさは、そんな空気を読んでか読まずか、 ますます明るい表情と口調で俺たちを引っ張ろうとする。
238			まるで、手馴れたいつもの仕事を さっさと片づけようとするみたいに。
239			その仕事が、俺たちにとって本当はどういうもので、 これが終わった時、俺たちがどうなるのかも まるで考えていないみたいに。
240	春希	Haruki	「そ、それでかずさ… その、コンサートの方は…」
241			…今まで自分がどれだけ大変な仕事をしてきたのかも、 まるで気にしてないみたいに。
242	かずさ	Kazusa	「あ～、聞くな聞くな。 そのことに関しては、今は何も話したくない」
243	雪菜	Setsuna	「え…」
244	春希	Haruki	「お、お前…」
245	かずさ	Kazusa	「何しろ、どれだけ控えめに事実だけを話しても、 痛い自慢話にしか聞こえないだろうからな」
246	雪菜	Setsuna	「え………」
247	かずさ	Kazusa	「お前たちにも聞かせてやりたかったな。 あの鳴りやまない拍手、アンコールを求める声援！ ………まぁ、それ無視して帰ってきたんだけど」
248	春希	Haruki	「そ、それじゃあ…」
249	かずさ	Kazusa	「ああ、成功も成功、大成功。 …日本の観客も悪くないなぁ」
250	雪菜	Setsuna	「っ…や、やったねかずさ！ 良かった…本当に、すっごいよぉ！」
251	かずさ	Kazusa	「なんだよ雪菜、涙目になって。 そんなにあたしを信用してなかったのか？」
252	雪菜	Setsuna	「かずさが紛らわしい言い方するからだよぅ！」
253	春希	Haruki	「は、はは…っ」
254			かずさが、半泣きの雪菜をからかう隙に、 俺は素早く二人から顔を背け、自分の表情を隠す。
255			…俺までからかわれるのは嫌だったから。
256			………	.........
257			……	......
258			…	...
259	春希	Haruki	「………」	"........."
260	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
261	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
262	ディレクター	Director	「うん、いいんじゃない？ じゃお待ちかねの本番行ってみようか」
263	春希	Haruki	「っ…」
264	かずさ	Kazusa	「ふぅ」
265	雪菜	Setsuna	「や…ったぁぁ～っ！」
266			ダメ出しを食らいまくってたギター。 何も悪くないのに何度も付き合わされていたピアノ。 諸事情関係なしに気持ちよく歌い続けてたボーカル。
267			リハーサルでＯＫが出た瞬間、 そんな三人の反応はやっぱり全員違ってた。
268	雪菜	Setsuna	「間に合うよ春希くん！ わたしたちの歌、ちゃんと収録されるよ！」
269	かずさ	Kazusa	「ま、それがいいことか悪いことかは これから評価されるんだけどな」
270	春希	Haruki	「言い出しっぺにそういうこと言われたくない…」
271	ディレクター	Director	「それじゃどうする？ １０分くらいなら休憩入れてもいいけど？」
272	雪菜	Setsuna	「…このまま録っちゃっていいよね？」
273	かずさ	Kazusa	「雪菜がすぐに歌えるならその方がいいだろうな。 時間ないし」
274	春希	Haruki	「俺もそれが希望… 指が壊れる前に終わって欲しい」
275	雪菜	Setsuna	「それじゃ山口さん、 すぐに始めちゃってください！」
276	ディレクター	Director	「あいよ～。 じゃあ準備するから１分だけ待ってて～」
277			時計は２３時１５分…
278			三人の音合わせが始まってから１時間。 そして、締め切りのデッドラインまで４５分。
279			当日の朝にやっと弾けるようになっていた 学園祭の時と比べても、 ありえないくらいギリギリの戦いだった…
280	雪菜	Setsuna	「いよいよだね…」
281	春希	Haruki	「ああ…」
282			そんなギリギリの戦いを生き抜いた 二つの会社の二人の社員は、 同時に感無量のため息をついた。
283			ここまで漕ぎつけたという安堵と満足と、 まだ終わっていないという気合と不安と。
284			そして、少なからぬ寂寥感。
285	かずさ	Kazusa	「これで、何もかも終わりだ…」
286	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
287	春希	Haruki	「………」	"........."
288			…なんて、二人が避け続けていた 『いよいよ』に続く言葉を、 残りの一人は、いともあっさりと口にした。
289	かずさ	Kazusa	「最後に…一言いいかな？」
290	雪菜	Setsuna	「かずさ…」
291			雪菜が、そんなかずさを咎めるように見つめる。
292			やたらと『終わり』という言葉を連発するかずさを。
293	かずさ	Kazusa	「この一週間、馬鹿みたいに楽しかった。 …その前の一月は、地獄だったけど」
294	春希	Haruki	「っ…」
295	雪菜	Setsuna	「そんな…」
296	かずさ	Kazusa	「あたしが今ここにいられるのは、 全部、雪菜のおかげだ」
297			二人きりだった一か月…
298	かずさ	Kazusa	「雪菜が側にいてくれたから、 あたしは、もとの世界に戻ってこれた」
299			かずさは、俺の手の中で 気づかないうちにゆっくり朽ち果てていった。
300	かずさ	Kazusa	「何もかも投げ出したあたしを立ち直らせてくれた。 もう一度、ピアノと向き合わせてくれた」
301			そのことに気づいたときはもう、 俺にも曜子さんにも、そしてかずさ自身にも、 その壊死を止められはしなかった。
302	かずさ	Kazusa	「一度は失敗したコンサートを立て直すことができた。 日本の観客に本物のあたしを見せることができた」
303			もう、雪菜しかいなかった。
304			かずさを愛してくれて、 かずさに愛されていて。
305	かずさ	Kazusa	「生きていく力をくれた。 一生かかっても返せないくらい大きなものを…」
306			そして、かずさを護りながら壊してくれるひとは。
307	雪菜	Setsuna	「違うよ… それは春希くんが」
308	春希	Haruki	「いいんだ雪菜」
309	雪菜	Setsuna	「だって、かずさを救って欲しいって願ったのは…」
310	かずさ	Kazusa	「それでも、春希に感謝なんかしない」
311	雪菜	Setsuna	「っ…」
312	かずさ	Kazusa	「だってあたしは… こいつさえいなければ、 あんな辛い思いをしなくて済んだ」
313	春希	Haruki	「…ごめん」
314			笑いながらでもなく、 涙ながらでもなく。
315	かずさ	Kazusa	「だから、絶対にありがとうなんて言わない。 逆恨みして、理不尽に憎んで、一方的に嫌う。 二度と許してなんかやるもんか」
316	雪菜	Setsuna	「そんな…」
317			ほんの少しだけ怒ったようなかずさの口調は、 その言葉と態度が心からのものであることを 俺に伝えてくる。
318	かずさ	Kazusa	「でもいいんだ。 もう、いいんだ」
319			かずさは、終わらせるつもりなんだ。 今度こそ、離れるつもりなんだ。
320	かずさ	Kazusa	「今日、いい演奏ができた。 日本の皆も、認めてくれた」
321			自分を見捨てた俺を。 自分を愛さなかった俺を。
322	かずさ	Kazusa	「あたしには… やっぱり、ピアノが必要なんだってわかった」
323			自分を、甘やかすことしかできなかった俺を。
324	かずさ	Kazusa	「だから、いいんだよ、雪菜。 あたしはもう、過去に思い残すことはない」
325			もう、過去でしかない俺を…
326	かずさ	Kazusa	「日本にも…思い残すことはない」
327	雪菜	Setsuna	「え…」
328	かずさ	Kazusa	「コンサートは成功した… 日本にこだわる理由は、ほとんどなくなった。 後はこの曲を収録したら、本当に何もかも終わりだ」
329	雪菜	Setsuna	「待って…待ってよ」
330			けれど雪菜は、そんな悟ったようなかずさの一言一言に、 どんどん表情をこわばらせていく。
331	雪菜	Setsuna	「終わりだなんて…そんなこと言わないでよ。 わたしたち、まだ何も…」
332	春希	Haruki	「雪菜…」
333			ここまで俺たちをぐいぐい引っ張ってきた雪菜が、 ここに来て一番ビビってる。 二の足を踏んでいる。
334	かずさ	Kazusa	「もう、あと３０分だよ。 あたしたちが三人だけでいられる時間は…」
335	雪菜	Setsuna	「そんなに急がなくても…」
336	かずさ	Kazusa	「急ぐ必要あるだろ。 今日中に収録しないといけないんだぞ？」
337	雪菜	Setsuna	「で、でも…でもっ！」
338			溢れ出る感情を必死で抑えてる。
339	かずさ	Kazusa	「それじゃ…行こうか。 二人とも、いいかな…？」
340	雪菜	Setsuna	「できてないよ！ 全然何も準備できてない！」
341	かずさ	Kazusa	「雪菜…」
342			いや…もう抑え切れていなかった。
343			祭りの終焉が近づいていることを、 肌で感じ取っているから。
344	雪菜	Setsuna	「覚えてない…何も覚えてない。 春希くんの作ってくれた詞も、 かずさの作ってくれた曲も…」
345	かずさ	Kazusa	「雪菜」
346	雪菜	Setsuna	「っ…」
347			だから、必死で祭りを続けようとする。 …端から見れば滑稽なほど、声が上滑りしていく。
348			もう、無駄だってわかってるのに…
349	かずさ	Kazusa	「最後なんだ… ちゃんと、聞いてくれ」
350	雪菜	Setsuna	「やだ…」
351	かずさ	Kazusa	「あたしはもう、 日本に思い残すことはない」
352	雪菜	Setsuna	「やだぁ…」
353	かずさ	Kazusa	「特別な思い入れもない。 こだわる理由なんかない」
354	雪菜	Setsuna	「やめて…やめてよ…っ」
355	かずさ	Kazusa	「だから、この国を憎む理由はなくなった」
356	雪菜	Setsuna	「やめてってばぁ！」
357	春希	Haruki	「え…？」
358			その瞬間… 俺は、見つけてしまった。
359			俯いた顔の奥に光る、 かずさの………悪戯っぽい笑みを。
360	かずさ	Kazusa	「………つまり、この国にいない理由もなくなった。 これからも、よろしくな」
361	雪菜	Setsuna	「………え？」
362			そして、やっと雪菜もそのことに気づいた。
363			けれどもう、その時はとっくに騙された後で…
364	かずさ	Kazusa	「あたしは…日本に残るよ」
365	かずさ	Kazusa	「これからも、母さんの側に… お前たちの隣に、いさせてくれ」
366			………	.........
367	曜子	Youko	「………今、なんて言ったの？」
368	かずさ	Kazusa	「なんだよ、もう耳が遠くなっちゃったのか？ どのみちピアニストとしても長くないな」
369	曜子	Youko	「ええ、どうやらもうろくしてしまったみたいね。 予想してたのと全然違う言葉を聞いた気がして…」
370	かずさ	Kazusa	「日本に残る。 これからも母さんの側にいる」
371	曜子	Youko	「っ………今…なんて言ったの？」
372	かずさ	Kazusa	「嫌、か？」
373	曜子	Youko	「…そういう聞き方こそ嫌。 わたしが、嫌がるなんて思うの？」
374	かずさ	Kazusa	「…悪い。 本当に、ちょっと自信がなかったんだ。 最近のあたし、母さんにとっていい子じゃなかったから」
375	曜子	Youko	「でも、でも…かずさ。 あなた今、高いところを目指すって。 ずっと、世界のレベルで戦うって…」
376	かずさ	Kazusa	「ああ、世界と戦うよ………冬馬曜子と」
377	曜子	Youko	「何、を…」
378	かずさ	Kazusa	「ずっと冬馬曜子の側にいる。 …あの嫌味なライバルに、参ったって言わせるまで」
379	曜子	Youko	「っ…」
380	かずさ	Kazusa	「それがあたしの、上を目指す一番の力になる。 ここに残ることこそが自分にとって一番なんだ」
381	曜子	Youko	「で、でも… わたしは、もうあなたと戦うことはできない。 それどころか、あなたを導くことすら、もう…」
382	かずさ	Kazusa	「あんた一人が負けを認めても、 皆が認めるまで、あたしは認めない」
383	曜子	Youko	「かずさ…」
384	かずさ	Kazusa	「世間の人間が、あんたのことを 『ピアニスト冬馬かずさの母親』 と呼ぶようになるまで、あたしはここで戦い続ける」
385	かずさ	Kazusa	「徹底的に、あんたの晩節を汚してやる。 日本中の、世界中の全員の記憶から、 あんたの名前を消してやる」
386	かずさ	Kazusa	「…そして、あたしが皆にとっての冬馬曜子になる。 世界一を目指したあんたの夢を…受け継ぐよ」
387	曜子	Youko	「ぁ…っ」
388	美代子	Miyoko	「開演５分前です… あの、そろそろ」
389	かずさ	Kazusa	「うん…わかった。 それじゃあ、行って来る」
390	曜子	Youko	「か、かずさ…」
391	かずさ	Kazusa	「なぁ、母さん…」
392	曜子	Youko	「え…」
393	かずさ	Kazusa	「あたしは、記憶の中にある全盛期の冬馬曜子と、 これからもずっと戦っていく。 それはきっと、辛く長い戦いになると思う」
394	かずさ	Kazusa	「だから…これからも、あたしの側にいて。 あたしの、支えになって欲しい…」
395	曜子	Youko	「っ…」
396	かずさ	Kazusa	「あたしの目指す場所じゃなくていい。 ただ、あたしの帰る場所でいてくれればいい」
397	曜子	Youko	「ぁぁ、ぁ…」
398	かずさ	Kazusa	「愛してる、母さん… あたしを産んでくれて、ありがとう」
399	曜子	Youko	「っ！ あ、あ…ああああぁぁぁぁぁぁっ！」
400	美代子	Miyoko	「しゃ、社長…っ」
401	曜子	Youko	「うあああああああっ！ ふあぁぁぁ…あぁぁぁぁぁぁ～っ！」
402	かずさ	Kazusa	「あ…」
403	高柳	Takayanagi	「や…」
404	かずさ	Kazusa	「先生、悪い… 母さんを興奮させちゃったかもしれない」
405	高柳	Takayanagi	「その時のために僕がいるんだよ。 さぁ、いよいよ最後だ。 頑張ってきなさい」
406	かずさ	Kazusa	「ありがとう… 後を頼みます」
407	曜子	Youko	「おぉぉぉぉ…うあぁぁぁぁぁっ、 あ、ああ…ああぁぁぁぁぁ～っ」
408			………	.........
409			……	......
410			…	...
411	雪菜	Setsuna	「っ…」
412	かずさ	Kazusa	「あ…」
413	春希	Haruki	「せ、雪菜…」
414			雪菜の目に涙が溢れ、 そして、ちっとも溜まろうとせず、 ぼろぼろ零れていく。
415	雪菜	Setsuna	「ぁぁ、ぁ…」
416	かずさ	Kazusa	「お、おい…今は」
417			その、あっという間に床に落ちる涙が、 俺にどうしようもなく過去の風景を思い起こさせる。
418	雪菜	Setsuna	「あ、あ…ああああぁぁぁぁぁぁっ！」
419			だって、雪菜を何度も泣かせてきた俺たちだけど、 こんな嬉し恥ずかし泣きをさせてしまったのは、 あの時の、一度きり。
420			三人で泊まった温泉旅行の夜… 永遠の友情を誓った、あの時の…
421	かずさ	Kazusa	「や、やめろ、今はやめてくれ雪菜… お前ボーカルなんだぞ！？」
422	雪菜	Setsuna	「うあああああああっ！ ふあぁぁぁ…あぁぁぁぁぁぁ～っ！」
423			あの時の誓いは、すぐに破られてしまったけれど…
424			けれど、こうして五年の月日を経た今になって、 ふたたび蘇ろうとしていて…
425	春希	Haruki	「あ～あ… 俺知～らないっと」
426	かずさ	Kazusa	「は、春希ぃ」
427			けれど、そんな嬉し恥ずかしい瞬間にも、 俺は泣けなくて…
428			そしてかずさだって、それどころの騒ぎじゃなかった。
429	雪菜	Setsuna	「あ、あ～っ、 うあぁぁぁ…あ、あ、あああああ～っ」
430			…涙は、全て雪菜に持っていかれたから。
431	かずさ	Kazusa	「なんなんだよ、おい… 今日はこんなんばっかじゃないか…」
432	春希	Haruki	「お前、まだ学習してなかったのな。 雪菜をからかったら、どういう報いを受けるかってさ」
433			だって今、泣いてもいいのは、 その資格があるのは、ただ一人…
434	かずさ	Kazusa	「なんとかしろよ春希…お前の彼女だろ？」
435	春希	Haruki	「お前の、生涯の親友だろ…」
436	かずさ	Kazusa	「………うん」
437			一番頑張って、一番心を押し殺して。
438			そして、一番強い思いで俺たちを導いてくれた、 一番強い心を持っていた女の子しかいない。
439	雪菜	Setsuna	「ひぅぅぅぅ…ひぁぁぁぁぁぁっ、 う、うう…うああぁぁぁぁぁ～っ」
440	かずさ	Kazusa	「ごめんなさい！　３０分休憩！ なんとか泣きやませて絶対に今日中に録るから！」
441			だから、嬉しい報いを受けるのは、 俺たちにとっては当然のことで…
442			かずさは、全てを受け止めるかのように、 泣きじゃくる雪菜を、強くその胸に包み込む。
443			………	.........
444	依緒	Io	「ね！　もう一軒行こうよ、もう一軒！」
445	武也	Takeya	「まだかよ… もう二軒回っただろ」
446	依緒	Io	「あたしまだまだ飲み足りなくてさぁ。 だって、ほら、こ～んなに寒いじゃん」
447	武也	Takeya	「それは今日が今年の最低気温を更新してるからだ。 さっさと帰ってあったかくして寝ろ」
448	依緒	Io	「なに、いつもと立場逆じゃん？ 武也、あんたあたしと一緒にいるのが嫌なの？」
449	武也	Takeya	「俺が十年も苦行を続けるような修行僧と思うか？\k\n
450	武也	Takeya	って～！？　痛いって、おい」
451	依緒	Io	「な～に愚痴ばっか言ってんのよ？ 武也、あんたさっきから変だよ」
452	武也	Takeya	「変なのはお前の方だろ… 完全に冬馬の熱に浮かされやがって」
453	依緒	Io	「凄かったね！ 感動したね！」
454	武也	Takeya	「まぁ、それは否定のしようがない」
455	依緒	Io	「友達に戻れて、良かったね。 日本に戻ってきてくれて、良かったね」
456	武也	Takeya	「ああ」
457	依緒	Io	「雪菜と春希のこと… 祝福してくれて、よかったね…っ」
458	武也	Takeya	「依緒…」
459	依緒	Io	「うん、うん… 何もかも… これでやっと、本当に幸せになれるよね、みんな」
460	武也	Takeya	「みんな…か」
461	依緒	Io	「みんな、だよ」
462	武也	Takeya	「そっか…」
463	依緒	Io	「ね…みんなでスキーにでも行かない？ 冬馬さんが『みんなのうちの一人』になった記念にさ」
464	武也	Takeya	「もう三月だぞ… 行くなら、急がないとな」
465	依緒	Io	「だから今から急いで相談するんだよ。 そうだ、なら二人で静かに話せるところがいいよね？ こっちにあたしの知ってるいいお店があるんだけど…」
466	武也	Takeya	「まだそんなこと言ってんのかよ。 そろそろ終電なくなるぞ」
467	依緒	Io	「…それがぁ？」
468	武也	Takeya	「帰れなくなったらホテル誘うぞ。 お前、今酔ってるから多分楽勝だぞ」
469	依緒	Io	「…あはははっ、 いちいち確認するところがチキンだね～」
470	武也	Takeya	「………」	"........."
471	依緒	Io	「ほんっとにそんな言い方で女の子ついてくんの？ 武也、お前、実は言うほど百戦錬磨って訳でも ないんじゃないの？」
472	武也	Takeya	「…よくわかったな」
473	依緒	Io	「え？」
474	武也	Takeya	「俺が、ホラ吹きだって… 依緒の前では強がってるだけだって…」
475	依緒	Io	「武也？」
476	武也	Takeya	「依緒だけは、特別だって…」
477	依緒	Io	「あ、え…」
478	武也	Takeya	「そうだよ… 俺、昔からお前に嘘ついてたんだ。 さも経験豊富であるかのように振舞ってたんだ」
479	依緒	Io	「た、武也…」
480	武也	Takeya	「ただ、お前の気を引きたかったから。 お前に振り向いて欲しかったから…」
481	依緒	Io	「………」	"........."
482	武也	Takeya	「けどもう、そうやって飾る必要もないよな？ いい方向にも、悪い方向にも」
483	依緒	Io	「お前…」
484	武也	Takeya	「依緒、だけだ… だから俺、今日はお前のこと…」
485	依緒	Io	「………………」
486	武也	Takeya	「依緒…」
487	依緒	Io	「…こら」
488	武也	Takeya	「…なに？」
489	依緒	Io	「あたし相手に、作んな」
490	武也	Takeya	「作るに決まってるだろ。 だって素だといけそうじゃん、今のお前」
491	依緒	Io	「だからビビったんだろ？ うまく行きそうになったもんだから、 急に妥協するのがもったいなくなったんだろ？」
492	武也	Takeya	「あはは…さすがに長い付き合いだな。 俺のこと知りすぎてやがる」
493	依緒	Io	「笑うな、馬鹿」
494	武也	Takeya	「お前こそ熱に浮かされんな。 仲間の幸せに感化されてんじゃねえよ」
495	依緒	Io	「なんだよ、それ…」
496	武也	Takeya	「とにかく俺はね、 そういう、後で気の迷いだったとか思われそうな 状況はヤなの」
497	依緒	Io	「誰でも残さず美味しくいただくお前らしくないなぁ…」
498	武也	Takeya	「お前とのことだから、俺らしくないの」
499	依緒	Io	「っ…」
500	武也	Takeya	「帰んぞ。 まだ終電に間に合う」
501	依緒	Io	「………」	"........."
502	武也	Takeya	「………」	"........."
503	依緒	Io	「なぁ、武也…」
504	武也	Takeya	「なんだよ」
505	依緒	Io	「そんなこと言ってたら、 あたしたち、いつまで経ってもこのままだよ？」
506	武也	Takeya	「だったらそれで仕方ねえだろ… つまり、お前にその気がないってことなんだから」
507	依緒	Io	「あるよ、あるけど… でもあたしたち、そんな簡単じゃないじゃん！」
508	武也	Takeya	「馬鹿みたいに歴史だけは積み重なっちまったからなぁ」
509	依緒	Io	「あたしはさ、熱に浮かされないと… 周りの幸せに感化されないと…」
510	武也	Takeya	「………」	"........."
511	依緒	Io	「色々と、しがらみ忘れないと… もう一度、お前に頑張ってもらわないと…」
512	武也	Takeya	「お…」
513	依緒	Io	「っ…な、なに？」
514	武也	Takeya	「寒いわけだよ…」
515	依緒	Io	「………ぁ」
516			………	.........
517	春希	Haruki	「あれ、まだ出てなかったのか？」
518	かずさ	Kazusa	「…ま、な」
519			ブースの中にいつの間にか積み上がっていた生活用品を 全部荷造りして宅配便に出し終わった時には、 時計はそろそろ１時に差し掛かっていた。
520	春希	Haruki	「なら、そろそろ行こう。 ナイツの人たちはまだ朝まで頑張ってくれるけど、 俺たちはもうお役ご免だ」
521	かずさ	Kazusa	「うん…」
522			午前０時ギリギリ… ほとんど締め切り時間ジャストに終わった俺たちの収録。
523			それから一時間…
524			俺と雪菜が後片づけに忙殺されている間も、 かずさはいつも通り、我関せずと手伝いもせず、 胸に染み入るような、穏やかなピアノを弾き続けていた。
525	春希	Haruki	「雪菜はもう、外で待ってる。 ホテルまで三人で一緒に帰ろう」
526			そして、俺たちが全ての帰り支度を整えて、 もう、ここには何も用はなくなってしまった今も…
527	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
528			かずさは、俺の問いかけを聞こえないふりで、 ゆっくりと、でも途切れずに指を動かす。
529	春希	Haruki	「かずさ…」
530	かずさ	Kazusa	「いいよ」
531	春希	Haruki	「いいって、何が…？」
532	かずさ	Kazusa	「一人で帰れる。 お前は、雪菜と二人で帰れよ」
533	春希	Haruki	「………」	"........."
534	かずさ	Kazusa	「あたしはもう少し… もう少しだけ、こうしてる」
535			ナイツのスタッフの人たちは、 今は出来たての音源を編集する作業のために、 下の階のスタジオに移動して朝まで奮戦中だった。
536			だからかずさがいつまでもここでピアノを弾いてても、 多分、何の問題もないのは確かだけれど…
537	かずさ	Kazusa	「もう少しだけだ… 気が済んだら、ちゃんと帰るよ」
538			もしかして…
539			何度も『これで終わり』と言っておきながら、 今、一番名残惜しい感情を持て余してるのは…
540	春希	Haruki	「………」	"........."
541	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
542	春希	Haruki	「なんとか、間に合ったな」
543	かずさ	Kazusa	「ギリギリもギリギリだった。 スタッフに迷惑かけまくりだ」
544			パイプ椅子を開くと、逆に腰掛けて、 背もたれに頬杖をつく。
545	春希	Haruki	「うまく行ったな」
546	かずさ	Kazusa	「ボーカルとピアノはな。 ギターは正直、あれに金払わせるなんて 考えたくないレベルだった」
547	春希	Haruki	「大丈夫だよ… どうせみんな、ピアノとボーカルしか聴かない」
548	かずさ	Kazusa	「たった一つのノイズが 楽曲そのものを台無しにしてしまうってのは、 よくあることなんだけどな」
549	春希	Haruki	「いちいちもう…」
550	かずさ	Kazusa	「ふん」
551			俺の存在なんかないもののように、 ピアノを弾き続けるかずさ。
552			かずさに無視されていることを無視して、 そのピアノを聴き続ける俺。
553			それはまるで、五年前の… あの、祭りの後の第二音楽室。
554	春希	Haruki	「………っ」
555	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
556			けれど今の俺は、 あの時と同じような脱力感と満足感を、 あの時にはなかった緊張感で覆う。
557			だって… あの時みたいに、 居眠りしてしまうわけにはいかない。
558			今は、寒空に雪菜を待たせているから。
559			いや、それ以上に…
560	かずさ	Kazusa	『あたしが、先だった… 先だったんだ』
561	春希	Haruki	「………っ」
562			あの時、俺のこの後の記憶は、 雪菜との初めてのキスにまで飛んでいった。
563			でも、かずさの持っている、 俺が眠っている間の記憶は…
564			今、再現させることは許されないもので…
565	春希	Haruki	「え…」
566			そんなふうに心をざわつかせながらも、 この場を立つことができず、 いつまでも堂々巡りしている俺を…
567	かずさ	Kazusa	「行けよ」
568	春希	Haruki	「どこへ…？」
569	かずさ	Kazusa	「雪菜のところへ… 雪菜と、二人で歩く未来へ進めよ」
570			かずさはもう、許しはしなかった。
571			………	.........
572	かずさ	Kazusa	「去年のクリスマス… あたしと再会する前のお前たちにさ…戻れよ」
573	春希	Haruki	「けど今は、雪菜も望んでるんだ。 俺たちが、三人で進んでいく未来を」
574	かずさ	Kazusa	「そんなの、雪菜の望みの全てじゃない。 春希の望みの、全てじゃないだろ」
575	春希	Haruki	「もう、お前のいない世界なんて、 俺たちには考えられない」
576	かずさ	Kazusa	「ついてくよ、約束したろ？ あたしは、お前たちからもう離れていかない」
577	春希	Haruki	「なら…」
578	かずさ	Kazusa	「けれど… お前はもう、雪菜とあたしを 同じに扱うことはできない」
579	春希	Haruki	「………」	"........."
580			かずさも、わかっていた。 俺の中でついていた決着を。
581			それを、二人のどちらにも はっきり伝えられずにいる、 情けない俺の心の弱さを。
582	かずさ	Kazusa	「だから、二人で行くんだ。 今だけは、三人で行ったらいけないんだ…」
583			何もかも気づいて、そして傷ついて… 最後に、俺の背中を押した。
584			それは、とてもかずさらしくない、 まるで強い女の子みたいな行動で…
585	春希	Haruki	「…帰るよ」
586	かずさ	Kazusa	「っ…ああ」
587			だから俺は、とても俺らしくなく、 強い男の子を演じる。
588	春希	Haruki	「さよなら」
589	かずさ	Kazusa	「………っ」
590			かずさを… ずっと好きだった女の子を捨てることができる、 強くて、そして酷い男の子を…
591	かずさ	Kazusa	「………………春希っ！」
592	春希	Haruki	「っ…」
593			それでも… その時、ドアを閉じる手は、やっぱり止まってしまった。
594	かずさ	Kazusa	「覚えておけ… あたしはお前を愛してる。 今でも、これからもずっと愛してる」
595	春希	Haruki	「っ…かずさぁ」
596			かずさが、最後の最後でほころびを見せてしまったように、 俺も、最後の最後で馬脚を現してしまった。
597	かずさ	Kazusa	「お前以外の奴を男として見ない。 今までも、ずっとこれからも」
598	春希	Haruki	「何を…お前、何を…っ」
599			かずさが、こっちを見ずに、 けれどその瞳を隠せず、鍵盤を濡らしてしまうように。
600			俺は、情けなくも振り返り、 上ずった声と、くしゃくしゃの顔を かずさへと向けてしまう。
601	かずさ	Kazusa	「でももし、あたしが新しい恋を見つけて、 新しい女としての幸せを手にしたら…」
602	春希	Haruki	「～っ！」
603	かずさ	Kazusa	「…なんだよお前？ 今、ものすごく嫌な顔しただろ？」
604	春希	Haruki	「っ…こ、これ、は…」
605	かずさ	Kazusa	「あたしが他の男に奪われるのがそんなに嫌なんだ？ …ホント、ワガママな奴」
606	春希	Haruki	「ち、違…違っ… これは、これはぁ…っ」
607	かずさ	Kazusa	「…なんてな、嘘。そんなの多分無理だよ。 一生、この気持ちを抱えたまま生きていく。 きっともう、恋なんかできない」
608	春希	Haruki	「あ、あ…」
609	かずさ	Kazusa	「でもそれでいいんだ。 それでいいんだよ…春希」
610	春希	Haruki	「あぁぁぁ…っ」
611	かずさ	Kazusa	「お前は、酷い男だ。 あたしにとって唯一で、そして最低の男だ」
612	春希	Haruki	「かずさ…かずさっ」
613	かずさ	Kazusa	「だから… 雪菜と、幸せに…な」
614	春希	Haruki	「～～～っ、 う、うん…」
615	かずさ	Kazusa	「さようなら…あたしの愛した春希」
616			俺は、強い男だ。 そして、酷い男になれる男だ。
617			かずさを捨てることが…できる男なんだ。
618	かずさ	Kazusa	「そして、これからもよろしくな… あたしの大好きな春希」
619			………	.........
620			……	......
621			…	...
622	春希	Haruki	「あ…」
623			外への扉を開けた瞬間…
624			予想通りの冷たい風とともに、 予想外の白い粉粒が室内に舞い込んできた。
625	春希	Haruki	「雪…」
626			ずっとスタジオに篭もっていて気づかなかった。 深夜の街に舞い落ちる粉雪…
627			そして、その白く煙った視界の先には…
628	春希	Haruki	「雪菜…」
629			全身に雪の粒をまぶしながら、 それでもなお、両手を広げ、上を見上げ、 空からの贈り物を受け止めている女の子。
630	雪菜	Setsuna	「ふた～り、会えなくても、 平気だなんて～♪」
631			空に、返礼の歌を返すことも忘れない、 律儀で陽気な女の子。
632	雪菜	Setsuna	「強がり言うけど～、 ため息混じりね～♪」
633			俺の姿を視界の隅に収めながら、 けれど今は、その鼻歌に集中する。
634	雪菜	Setsuna	「過ぎてきた季節に～、 置いてきた宝物～♪」
635			俺たちの分岐点に、いつも降っていた雪…
636			雪菜にとって、楽しいことばかりじゃない。 どちらかというと、辛いことの方が多かったはずの雪。
637	雪菜	Setsuna	「大切なピースの、 欠けた、パズルだね～♪」
638			なのに、今日も楽しげに…
639	春希	Haruki	「帰ろう…」
640	雪菜	Setsuna	「白い雪が街に～、 優しく積もるように～♪」
641			自らの幸せを信じて、 人の幸せを信じて、口ずさむ。
642	春希	Haruki	「帰ろう、雪菜」
643	雪菜	Setsuna	「アルバムの空白を～、 全部、埋めてしまおう～♪」
644			遠く離れていても、心が通じ合うと信じる歌を…
645			俺の存在に気づきながらも、 途中で途切れさせることなく、 ワンコーラスを歌いきる。
646	雪菜	Setsuna	「………ふぅ。 雪が降るとどうしても歌いたくなっちゃうんだよね、 ＷＨＩＴＥ　ＡＬＢＵＭ」
647	春希	Haruki	「いつから…」
648	雪菜	Setsuna	「そうだねぇ…２０分くらい前からかな？ もしかしたら積もるかもね～」
649			２０分待たせたことを気にするそぶりもなく、 ただ、笑顔に雪を受け止めて、 自らの白い息も舞う空を眺める。
650	雪菜	Setsuna	「かずさは？ まだ着替えてるの？」
651	春希	Haruki	「かずさは…来ない。 一人で帰るって」
652	雪菜	Setsuna	「どうして？ ホテルはすぐそこだよ？」
653	春希	Haruki	「もうちょっと弾いてくって。 余韻を楽しんでいくって…」
654	雪菜	Setsuna	「む～、しょうがないなぁ。 人のこと騙すわ、いつまでも待たせるわ」
655			だって、雪菜は信じてるから。
656			２０分、待った甲斐があるんだって。 今からも、全員揃うんだって。
657	春希	Haruki	「だから…帰ろう」
658	雪菜	Setsuna	「…待ってようよ、かずさのこと」
659	春希	Haruki	「………」	"........."
660			今夜は…ずっと三人一緒なんだって…
661	雪菜	Setsuna	「どうせ終電終わっちゃったんだし、 みんなでタクシー拾って帰ろうよ。 それでいいよね？」
662	春希	Haruki	「駄目、だ」
663	雪菜	Setsuna	「え…」
664	春希	Haruki	「今日だけは、もうかずさには会わないでおこう？ 今日だけは、もう三人に戻るのはやめよう？」
665	雪菜	Setsuna	「どうして…どうしてなの？」
666			少なくとも今夜だけは、 もう、離れ離れになることはないんだって…
667	春希	Haruki	「かずさに会うなら、明日にしよう？」
668	雪菜	Setsuna	「これからも、 ずっと三人でいようって誓ったその日に、 どうして、そんなこと言うの…？」
669			不安と悲しみに彩られた雪菜の瞳が、 俺の胸に、重くのしかかる。
670			だって俺は、この曇ってしまった瞳を、 もう一度さっきみたいに 明るく照らし直さなくちゃならないから。
671			しかも…
672	春希	Haruki	「だって雪菜は………今から俺の部屋に来るんだ」
673	雪菜	Setsuna	「………春希、くん？」
674	春希	Haruki	「いや…来てください。 今日は、帰らないでください。 ………朝まで、俺と一緒にいてください」
675	雪菜	Setsuna	「っ！？」
676			俺だけの言葉で。 俺だけの、想いで。
677	雪菜	Setsuna	「な、なに、を…」
678	春希	Haruki	「………」	"........."
679			雪菜の顔が、複雑に歪む。
680			作り笑顔と、驚きと、不安と…
681			そして多分…拭いようのない不信と、 隠しきれない嬉しさと。
682	雪菜	Setsuna	「だって、わたしたちはかずさと… かずさと、ずっと三人で… たった今、そう約束したばかりで…」
683	春希	Haruki	「好きだよ、かずさのこと」
684	雪菜	Setsuna	「っ…」
685			そして、そんな数々の表情の中に、 安堵と悔恨の色が同時にさぁっと広がっていく。
686	春希	Haruki	「初めて会ったときから… 雪菜と知り合う前から、ずっと好きだった。 そして、これからもずっと好きでいる」
687	雪菜	Setsuna	「な、なら…余計に、さぁ…っ」
688			なんて、わかりやすくて… そして、捕まえるのがとても難しい心の動き。
689	春希	Haruki	「俺、かずさのことが好きだ。 そして俺、雪菜を愛してる」
690	雪菜	Setsuna	「え…」
691			だったら…無理やり行くしかない。
692	春希	Haruki	「誰よりも、世界で一番愛してる。 俺が“愛してる”って言える人は、 もうこの先、雪菜しかいない」
693	雪菜	Setsuna	「は…春希、くん？」
694	春希	Haruki	「だから俺とつきあってください………一生涯」
695			………	.........
696	雪菜	Setsuna	「あ、あは、あはは…」
697	春希	Haruki	「おかしい…かな」
698			俺の、生まれて初めてのプロポーズは…
699			不本意ながらも、相手に乾いた笑いで返されてしまった。
700	雪菜	Setsuna	「そんな訳なんかない！ ないんだけど…っ」
701	春希	Haruki	「じゃあ…返事、くれるかな？」
702	雪菜	Setsuna	「なんで…？ どうしてよりによって、こんな日に言うのかなぁ…」
703	春希	Haruki	「それは…」
704			決まってる… あの、学園祭の夜をやり直すためだ。
705	雪菜	Setsuna	「かずさが戻ってきてくれたんだよ…？ わたしたちのところに、 日本に戻ってきてくれたんだよ？」
706			雪菜からの告白を、 戸惑いながら受け入れる俺じゃなく。
707			かずさへの未練を、 なにも知らずに振り切ろうとする俺じゃなく。
708	雪菜	Setsuna	「なのになんで、そんな日に、 かずさを一番傷つけるようなこと、言うのかなぁ…」
709	春希	Haruki	「いつか傷つけるなら、早い方がいい。 それでも友達でいてくれるって、信じてるから」
710	雪菜	Setsuna	「っ…」
711			ただ雪菜を、雪菜のことだけを求める俺を、 やり直さなくちゃいけないと思ったから。
712	春希	Haruki	「かずさは…俺の背中を押してくれた。 俺とも、永遠の友情を誓ってくれた」
713	雪菜	Setsuna	「言ったの？ かずさにそんなこと言っちゃったの！？」
714	春希	Haruki	「言ったよ！ だって俺が愛してるの雪菜だけだもん！」
715			女として愛せないこと。 ずっと友達として側にいること。
716			それは、二つを組み合わせると、 とても残酷な化学反応を起こす薬品だってわかってた。
717	雪菜	Setsuna	「どうしてもう少し待ってくれなかったの？ かずさとわたし、もっとゆっくり話し合う時間、 取ってくれなかったの…？」
718			そして、長い間空気に触れさせておけば、 もしかしたら毒性は薄れ、 ゆっくりと自然界に消えていったかもしれなかった。
719	雪菜	Setsuna	「時間さえかければ… かずさが、笑って許してくれる日が来たら、 わたし、必ず…」
720	春希	Haruki	「嫌だ… 俺、今すぐ雪菜が欲しいんだ… 雪菜の答えが、欲しいんだよ！」
721	雪菜	Setsuna	「…っ」
722			けれど…
723			ただ一人、そんな気長に待てない奴が、 ここにいた。
724	春希	Haruki	「自信が、ないんだ… 雪菜が今の俺を受け入れてくれるって自信が、全然」
725	雪菜	Setsuna	「春希くん…」
726	春希	Haruki	「だって俺、雪菜に酷いことばかりした。 かずさにふらついて、かずさとの解決を丸投げして、 それどころか、そのことずっと隠してて…」
727			雪菜が必死で頑張ってくれたから、 俺たちは、三人の永遠の友情を誓うことができた。
728			だけど…二人の永遠の愛は、まだ誓えていないから。
729	春希	Haruki	「俺には、雪菜しかいないのに、 なのに、その雪菜を傷つけてばかりで…」
730	雪菜	Setsuna	「やめて…」
731	春希	Haruki	「だから、雪菜に捨てられるのが… ものすごく、怖いんだ」
732	雪菜	Setsuna	「やめて！ やめてやめて…っ」
733	春希	Haruki	「嫌だ…」
734	雪菜	Setsuna	「今日は、今日までは、 絶対にあなたのことを考えないって決めてたのに」
735	春希	Haruki	「今日って、いつ？ 昨日の間違いじゃないのか…？」
736			今は、２月２９日の、２５時半。
737	雪菜	Setsuna	「今日までは、 醜いわたし、見せないって誓ってたのに」
738			…３月１日の、１時半。
739			かずさの日本公演は全て終わり、 もしかしたら、冬も終わるかもしれない日。
740	春希	Haruki	「返事を…聞かせて」
741	雪菜	Setsuna	「嫌…」
742	春希	Haruki	「答えて…」
743	雪菜	Setsuna	「何も、考えられない」
744	春希	Haruki	「それでも考えて… 俺を、見殺しにしないで」
745	雪菜	Setsuna	「するわけないよぉ… どうして、わかってくれないのよぉ」
746	春希	Haruki	「俺を…罵って。 怒って。責めて。叩いて」
747	雪菜	Setsuna	「春希くん…春希くんっ」
748	春希	Haruki	「そして最後には………俺を許して」
749	雪菜	Setsuna	「甘ったれないで………よ！」
750	春希	Haruki	「………ごめん」
751			その時、雪菜の手のひらに込められた怒りは、 五年間で初めて味わうほどの激しさだった。
752	雪菜	Setsuna	「ずっとずっと、かずさばかり見てて、 わたしを騙し続けてて…」
753			だから俺は、嬉しさに全身を震わせる。
754	雪菜	Setsuna	「なのに…今日一日で全部許せって言うの！？ わたしにこれ以上、救いを求めようとするの！？」
755			雪菜が…こっちを本気で向いてくれたから。
756	雪菜	Setsuna	「そんな都合のいいこと言わないでよ！」
757	春希	Haruki	「ごめんな…」
758			身体は完全に背中を向けながらも、 その強い心を思い切り俺にぶつけてくれたから。
759	雪菜	Setsuna	「こんな…こんな醜いわたしに…っ、 そんな重いもの、背負わせないでよっ！」
760	春希	Haruki	「醜いのは、俺の方だろ」
761	雪菜	Setsuna	「違うよ… 春希くんは、何もわかってない」
762			雪の冷たさを引き裂くように、 左の頬だけが熱く灼けていた。
763	雪菜	Setsuna	「全然、わかってないんだよ…」
764			雪菜は、俺から十歩ほど離れ、 降りしきる雪の中に姿を隠す。
765			だけど、俺はその背中を追わない。 追いついて、抱きしめたりしない。
766			だって今の俺は、 ただ、雪菜の審判を待つだけの…
767	春希	Haruki	「え…」
768			そのメールは、空気や時間を読まない 無粋な仕事関係や友人関係のものとは違った。
769			何より、着信音が他の誰とも違ったから。
770	春希	Haruki	「雪菜…？」
771			けれど、その着信音でメールを送れる相手は、 今、俺のすぐ目の前にいるはずで…
772	春希	Haruki	「………な」
773			そして、画面に出てきた文章は、 今、彼女が打てるはずのない…
774			『Ｒｅ：久しぶり』
775			『そっか、かずさ、許してくれなかったんだ。 ごめんね、いい加減なこと言ってけしかけちゃって』
776			『それに、かずさが怪我をしたなんて… 一体、何があったの？』
777			『…なんて、聞いても仕方ないよね。 そんなことより、怪我の状態を心配するのが先だよね』
778			『うん…春希くんの判断は正しいと思う。 かずさ、色々と不安定になってると思うんだ。 だから、今は一緒にいるべきだよ』
779			『大丈夫。わたし、何も心配してない。 ちゃんとかずさと話して、安心させてあげて』
780			『またメール待ってる。 わたしは返信できないけど、ずっと待ってるから』
781			『おやすみなさい。また明日』
782	春希	Haruki	「せ、雪菜…？」
783			過去からの、返信だった…
784	雪菜	Setsuna	「返事しないって言ったのはわたし。 春希くんを突き放したのは、わたし自身だったのに」
785			これは、かずさを連れ戻した日の… かずさが、両手に包帯を巻いた日の…
786			自分の気持ちを確かめるためだけに出したメールへの、 存在しないはずの、返信…
787	雪菜	Setsuna	「なのに、何度も折れそうになった。 何度も、あなたの気持ちを確かめそうになった」
788	春希	Haruki	「え…」
789	雪菜	Setsuna	「何度も、送信ボタンを押そうとしたんだよ…」
790	春希	Haruki	「あ…」
791			戸惑う俺をよそに、 同じメール着信音が、次々と鳴り響く。
792			『Ｒｅ：おやすみ』
793			『かずさ、回復してきたんだね。 よかった、本当によかったよ』
794			『心の方は、まだ色々あるみたいだけど、 体が元気になってきたら、 きっとそのうちよくなってくるよ』
795			『別に、わたしは急いでないから、 かずさの回復を待って、ゆっくり話をすればいいと思う』
796			『辛くなんかない。 こうして春希くんが毎日メールをくれるだけで、 わたしは満たされてるから』
797			『また、明日。 メール、待ってます』
798			『追伸』
799			『雑誌のこと、おめでとう。 チャンス、掴めるといいね』
800			『別に、気にしてないから』
801			『だって、わたしに黙ってたのって、 守秘義務だったからなんだよね？』
802			『隠してた訳じゃ…ないんだよね？』
803	春希	Haruki	「………っ」
804			これは、二度目のメールへの返信。
805	雪菜	Setsuna	「でも、送信できなかった…」
806			かずさが、少し落ち着いたって。 けれど、対話にはもう少し時間がかかるって。
807	雪菜	Setsuna	「わたしから連絡しないって約束したから 意地を張ったって訳じゃないんだよ」
808			そして、俺の新しい仕事のことを初めて告白した、 １月最後の日のメールへの…ちょっとした愚痴。
809	雪菜	Setsuna	「あんな約束、破ったって何も怖くない。 それよりも、あなたに嫌われることが… 頼りにされなくなることの方が怖いから」
810	雪菜	Setsuna	「でも、だからこそ… 返事が、送れなくなってしまったんだよ」
811	春希	Haruki	「なんで…」
812	雪菜	Setsuna	「自分の書いた文章が、怖かったから…」
813	春希	Haruki	「え…」
814	雪菜	Setsuna	「どんどん、怖くなっていったから」
815			『Ｒｅ：練習再開』
816			『昨日、メールくれなかったね』
817			『一昨日も、メールくれなかったよね。 最近、ちょっと間が開いてたよね』
818			『…ごめんなさい。 せっかく春希くんが明るい話題をしてくれたのに、 こっちが暗い話題から始めちゃって』
819			『かずさが練習を始めてくれたって、 色々といい方向に向かってるって』
820			『そんな嬉しい報告をしてくれてるのに、 何言ってるんだろ、わたし』
821			『わかってるんだよ… 今はかずさが一番大事なんだって』
822			『今だけなんだって、信じてるんだよ』
823			『ただそれが、わたしの誕生日と重なっちゃっただけで、 単なる不運な偶然だって、そんなことわかってるんだよ』
824			『…ああ、駄目。 今日は何を書いても嫌な言い方になっちゃう』
825			『送らないから好き勝手に書けるんだけど、 だからって、こんな醜い言葉…自分が嫌になる』
826			『ごめんなさい。自分勝手なことばかりで。 それじゃ、また』
827			『…次は、もっと早めにメールくれると嬉しいかな』
828	雪菜	Setsuna	「黒い、でしょ？」
829	春希	Haruki	「………」	"........."
830			曜子さんの事情を知ってしまった後の、 雪菜のことをまるで気遣えなかった日の、俺のメールは…
831			こんなにも、雪菜を傷つけてた。 こんなにも…不安に陥れていたんだ。
832	雪菜	Setsuna	「書き終わったあと、 あまりの醜さに消してしまおうと思った」
833	春希	Haruki	「雪菜…」
834	雪菜	Setsuna	「黒くて、汚くて、醜くて… 本当に自分が書いたのかがわからなくなるくらい、 暗い言葉に溢れてるんだもん」
835			メールは、あと残り一通…
836			かずさとの誤解が重なって、なんだか疲れてしまって、 ただ、雪菜に甘えるような、 負の感情をぶつけるような、まとまりのないメッセージ。
837			きっとそれは、 雪菜にとっては、どうしたらいいかわからない…
838			『Ｒｅ：自己嫌悪中』
839			『どうして…？』
840			『どうして今になって、 そんな悲しいこと思い出させるのかな』
841			『わたしが春希くんを想うことのできる、 一日のウチのたった数分間なのに。 最近は、それすら毎日じゃないのに』
842			『今の春希くんは、もう、あの頃とは違うんだよね？ わたしだけを…愛してくれてるんだよね？』
843			『信じていいのって聞きたいのはわたしの方だよ』
844			『プレゼントなんかいらない… わたしの欲しいものに、お金なんかいらない。 お金なんかじゃ、買えない…』
845			『声が聞きたい。顔が見たい。 抱きしめて欲しい、キスして欲しい』
846			『いつもみたいに、わたしのこと 体ごと愛して欲しいんだよ』
847			『…なんて、自分から突き放しておいてこれだもんね。 弱いね、本当に』
848			『ごめんね、春希くん。 わたし…そろそろ駄目かもしれない』
849	春希	Haruki	「………っ」
850	雪菜	Setsuna	「こんなものを見せたら、あなたが離れてしまう。 気持ちが、一気にかずさに向かってしまう」
851			雪菜は、俺の全てのメールに返事を書いていた。
852			励まし、同意、応援、 問い詰め、否定、嫉妬…
853	雪菜	Setsuna	「あなたに頼られるわたしじゃなくなってしまう…」
854			明るい理性と暗い感情を、 決して俺に見せることのない夢想の中に、 こんなにも詰め込んでいた。
855	雪菜	Setsuna	「本当、酷いよね… ついこの間までこんなメール書いてたのに、 なにが『ずっと三人で』なんだろうね…」
856	雪菜	Setsuna	『どうすれば、かずさのためになるか… 二人で、本気で、考えてみよう？』
857	雪菜	Setsuna	「やっぱり、あなたは酷いよ… わたし、せっかく忘れてたのに。 かずさと仲直りできたっていう美談に浸ってたのに」
858			あの時、俺を優しく強く包み込んでくれた雪菜は、 心の中に、こんな暗くて熱い熾火を灯したままだった。
859	雪菜	Setsuna	「結局わたし、心の中ではかずさを憎んでたんだね。 ずっと、嘘まみれだったんだね」
860	春希	Haruki	「本当に…そう思ってるの？」
861	雪菜	Setsuna	「…わかんない。 わたしがあの時、誰のことを一番想ってたのか、 今になってみても全然わかんない」
862			その火は、かずさと一緒に過ごしてた数日間も 消えることなく、雪菜の胸の奥をちりちりと焦がしてた。
863	雪菜	Setsuna	「わたし、かずさのことを愛してる。 春希くんのことを愛してる。 …もちろん自分だって、とっても愛してる」
864			そして、そんな暗い気持ちと、 雪菜の本質である“いい子”がぶつかり合って…
865	雪菜	Setsuna	「みんな、みんな愛してるんだよ… なのに、どうして苦しんでるんだろう。 どこからこんな嫌な気持ちが出てきてしまうんだろう」
866			雪菜自身にも、その勝敗が見えていなかった。
867	雪菜	Setsuna	「ねぇ、春希くん…」
868	春希	Haruki	「なに？」
869	雪菜	Setsuna	「春希くんはさっき、 わたしと一緒にいたいって言ったよね？ けれど、こんなわたしを知ってしまっても…」
870	春希	Haruki	「ずっと一緒にいてください」
871	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
872			だけど俺には…
873			言っちゃ悪いけど、 雪菜のそんな苦悩なんか、 まるで響いてこなかった。
874	雪菜	Setsuna	「どうしてそんなにすぐ決断しちゃうかなぁ… 慎重派の春希くんにあるまじき無鉄砲さだよ」
875	春希	Haruki	「結婚してください」
876	雪菜	Setsuna	「っ…」
877			だって、的外れにも程がある。
878	雪菜	Setsuna	「わたし、かずさをまだ憎んでるかもしれないんだよ？」
879	春希	Haruki	「うん」
880	雪菜	Setsuna	「もしかしたら、これは復讐なのかもしれないよ？」
881	春希	Haruki	「復讐って…どんな？」
882	雪菜	Setsuna	「こうして、あなたのことを奪い取って、 でも、かずさが逃げ出すのも許さずに、 一生、地獄を見せるつもりなのかも…」
883	春希	Haruki	「………」	"........."
884	雪菜	Setsuna	「わたし、もしかしたら、そんな最低な…」
885	春希	Haruki	「俺には、雪菜の本当の気持ちはわからないけどさ…」
886	雪菜	Setsuna	「え…？」
887	春希	Haruki	「でも、かずさはさ… 雪菜の本当の気持ち、わかってたんだと思う」
888	雪菜	Setsuna	「かずさ…が？」
889	春希	Haruki	「だってあいつ、ものすごい臆病だろ？ 人の悪意に敏感で、善意だって信じられなくて、 誰にも懐かない野良犬みたいな奴だろ…？」
890	春希	Haruki	「そんなあいつが、雪菜とずっと一緒にいるって… 俺と雪菜と、ずっと三人でいるって言ったんだ」
891	雪菜	Setsuna	「っ…」
892	春希	Haruki	「俺には、雪菜の本当の気持ちはわからない」
893			雪菜の自己分析よりも、 俺のひいき目な雪菜評よりも…
894	春希	Haruki	「けれど、かずさの本能なら信じられるよ…」
895			もっと、はっきりした結果がここにある。
896			暗い気持ちに苛まれていた雪菜の苦悩は、 最後まで、かずさに伝わっていなかった…
897			それって、つまり、 雪菜の本気の愛が、かずさに伝わったから…
898	雪菜	Setsuna	「春希、くん…」
899			かずさの臆病な心は… 揺れているはずの雪菜の心に、 とても安心して包まれていた。
900			かずさが本気で好きになれるひとだから… 俺は、心の底から信じることができる。
901	春希	Haruki	「だから、一緒にいて… 俺と、ずっと一緒に…」
902	雪菜	Setsuna	「春希…くん」
903			雪菜はもう、背中を向けてない。
904			心も身体も、ただまっすぐに俺を見据え、 美しくも醜い、純真で黒い感情を表に出したまま、 俺の顔をじっと見つめてる。
905	春希	Haruki	「返事をして。 俺の部屋に、来て。 ………俺を、抱きしめて」
906	雪菜	Setsuna	「春希くんっ」
907			その複雑で、一言で言い表せない雪菜こそが、 俺が求めた、最後の帰る場所。
908			俺のせいでこうなって… だからこそ、俺を包み込むのに特化された、 俺だけのための、女性。
909	春希	Haruki	「雪菜…」
910	雪菜	Setsuna	「っ…」
911			俺が、一歩ずつ距離を詰めていくにつれ、 雪菜との距離が一歩ずつ縮まっていく。
912			雪菜は、その場所を動かない。 ただ、俯いて地面を見据えたまま。 大好きな雪も見上げることなく。
913	春希	Haruki	「もう一度…俺のものに、もどってください。 俺の、帰るべき場所に」
914	雪菜	Setsuna	「………っ」
915			俺が目の前に立っても、 まだその表情を見せず、俺の顔を見ようとしない。
916	春希	Haruki	「今度こそ…二度と離さない。 俺が死ぬまで窮屈な思いさせるけど、ごめんな」
917	雪菜	Setsuna	「～～～っ！」
918			足が、一歩を踏み出しかけて、 そして必死でその場に留まる。
919			身体が細かく震え、拳は握り込まれ… 全身で葛藤を表現してる。
920	春希	Haruki	「雪菜…っ！？」
921			と、握り込まれていた右の拳を必死に引き剥がし…
922			もう一度、俺の頬を、思い切り張った。
923	雪菜	Setsuna	「あと５分でいい…」
924	春希	Haruki	「え…」
925			左の拳は引き剥がすことが出来なかったのか…
926			そのまま持ち上げ、俺の胸を何度も叩く。
927	雪菜	Setsuna	「これから５分間にわたしが言うことだけは、 永遠に、忘れて」
928			そうやって、手が動くようになったことで、 ゆっくりと、硬直してた全身もほぐれていく。
929	雪菜	Setsuna	「かずさに嫉妬して、 春希くんを疑って、 自分を嫌いになって…」
930			凍っていた足が、一歩を踏み出し、 身体が、俺に触れる。
931	雪菜	Setsuna	「やり場のない怒りを、 一番愛してる人に向けてしまう、 嫌な女をやらせて」	"My bottled-up anger, I will point it towards the person I love more than anyone else. Let me be a hateful woman."	一番愛してる人 literally means "the person I love the most"
932	春希	Haruki	「雪菜…」
933	雪菜	Setsuna	「５分だから… ５分、だけだから…」
934			雪菜の額が、こつんと俺の胸に当たる。
935	雪菜	Setsuna	「その代わり、約束の時間が過ぎたら」
936			額と、両の拳と…
937			三つの衝撃は、今はもう俺の胸だけに集中して、 まるで、駄々をこねているかのような、 可愛い仕草に変わってしまっている。
938	雪菜	Setsuna	「あなたの部屋に、帰ったら…」
939	春希	Haruki	「あ…っ」
940	雪菜	Setsuna	「わたしはもう、 何もかも『わかってる』女になるから」
941	春希	Haruki	「雪菜…っ」
942			言葉も…
943			それは、可愛い女の、 ＯＫの返事としか聞こえなくなっていて…
944	雪菜	Setsuna	「あなたの『帰るべき場所』になってるから…」
945			いや、違う…
946			世界一、愛している女が、 俺を受け入れてくれた瞬間の、 世界一の祝福の言葉、だった。
947	春希	Haruki	「あ、ありが…っ」
948	雪菜	Setsuna	「ごめんね、春希くん…」
949			俺の感謝の言葉を遮るように、 雪菜の両手が、俺の首に巻きつく。
950			世界一の祝福に相応しい、抱擁の形に。
951	雪菜	Setsuna	「こんな面倒な手順を踏まないと、 あなたに応えることもできない、 ややこしい女の子で…」
952	春希	Haruki	「ややこしくしたの、俺だから…」
953	雪菜	Setsuna	「そうだね、そうだよね… あなたと出会いさえしなければわたし、 こんな、へんてこりんな女の子になっていないよねぇ」
954	春希	Haruki	「ごめん…」
955	雪菜	Setsuna	「一つの幸せを手に入れるために、こんなに苦労して… なのに、嬉しくてしょうがない愚かな女の子になんか、 なって…いないよねぇ…っ」
956	春希	Haruki	「ごめん、雪菜…っ」
957	雪菜	Setsuna	「酷いよ、酷いよ…っ！ わたし、ずっとずっとギリギリだったんだよ！ 今にも折れてしまいそうだったんだよ！」
958			雪菜の怨嗟の叫が始まるとともに、 俺を抱きしめる腕に、強い力が込められていく。
959	雪菜	Setsuna	「あなたに甘えたかった！　護ってもらいたかった！ でも、そうしたらみんな壊れてしまいそうだった」
960	春希	Haruki	「うん…」
961			雪菜の言葉と想いに熱が篭もるとともに、 その力は、どんどん強まっていく。
962	雪菜	Setsuna	「手に届くものを掴んだら、 本当に大切なものを手放してしまいそうだった。 だから、だから…すごく我慢したんだよ！」
963			…俺が、抱き返しているせいで。
964	雪菜	Setsuna	「わたしが一番頑張ったんだよ！ とっても辛い思いをしたんだよ！ だからいいよね？　幸せになってもいいよねぇっ！？」	"I was the one that persisted the most! These feelings were excruciating! So it is OK, right? It is OK to be happy now, right?"
965	春希	Haruki	「俺と、幸せになろう…？ 絶対、幸せにしてみせるからさ」
966	雪菜	Setsuna	「春希くん、春希くん…春希くんっ！」
967	春希	Haruki	「雪菜…ごめん、雪菜…っ」
968	雪菜	Setsuna	「あと…あと何分！？」
969	春希	Haruki	「３分…５０秒」
970	雪菜	Setsuna	「細かいよっ！ だから、だからあなたはぁぁっ！」
971	春希	Haruki	「ごめんな…」
972	雪菜	Setsuna	「もう…もう大嫌いっ！ あなたなんか、あなたなんか… 嫌い嫌い嫌いっ………愛してるっ！！！」
973			………	.........
974			……	......
975			…	...
976	雪菜	Setsuna	「ん、ん、んぅ…ちゅ…ぷ」
977	春希	Haruki	「はぁ、あぁぁ…んむ、ぁ」
978	雪菜	Setsuna	「はぁ、あ、ふぅ…ん、ちゅ…ふぁ、ぁ… 春希くん…」
979	春希	Haruki	「ん、んむ…は、ぁ、ぁぁ…雪菜」
980	雪菜	Setsuna	「力、抜いて…」
981	春希	Haruki	「あ、んっ…」
982			雪菜の両手が、俺のシャツの中に入り込み、 胸を滑って、肩を伝い、腕まで流れていく。
983			その動きに合わせて、全てボタンの外されたシャツが、 ばさりと床へと落ちていく。
984			これで、コートと上着に続いて三枚目…
985	雪菜	Setsuna	「ん、んぅ…はぁ、あ、ん、んぅ…」
986	春希	Haruki	「っ…あ、あぁ…く…っ」
987			さっきまで泣きじゃくっていた面影は、 もう、目の赤さくらいにしか見出すことはできない。
988			雪菜は、本当に５分で俺への複雑な感情を断ち切り、 そして、身体いっぱいの慈愛で俺を包み込んでくれた。
989	雪菜	Setsuna	「すぅぅ…んっ、ん、んむ…あ、はぁ… ちゅぅぅ…あ、はぁぁ…あんっ」
990			俺の唇から自らの唇を離すと、 今度は、剥き出しになった俺の胸に顔を埋め、 深く息を吸い込みながら、そこにキスの雨を降らせる。
991	春希	Haruki	「せ、雪菜… それくらい、俺…」
992	雪菜	Setsuna	「ん…今日は… わたしに、やらせてよ」
993	春希	Haruki	「で、でも…っ、 う、あ、あ…」
994			そうして、身体を少し沈めたのは、 多分、俺のベルトを外すため。
995			あまり手慣れていない動きで、 ズボンがゆっくりと緩められていく。
996	雪菜	Setsuna	「だって、だってわたし… 何もかも『わかってる』女になるんだよ…？」
997	春希	Haruki	「雪菜…っ」
998			俺の胸の先端に舌を這わせながら、 雪菜が上目遣いでそんないじらしいことを呟く。
999	雪菜	Setsuna	「あ…春希くん… ひっかかって…」
1000	春希	Haruki	「ごめ…」
1001			それだけで俺は、 雪菜が俺のズボンを下ろす邪魔をしてしまった。
1002	雪菜	Setsuna	「はい…おしま……んんっ？」
1003	春希	Haruki	「ん、んむ…あ、あぁ…んぅう」
1004			ズボンが床に落ち、雪菜が顔を上げた瞬間、 俺は、待ちこがれたように雪菜の唇をふたたび貪る。
1005	雪菜	Setsuna	「はっ、あ、あ…んむぅ…あ、んむ… は、はるきく…や、ぁ、ぁぁぁ…はぁ…ぁ」
1006	春希	Haruki	「ん、んくっ…ちゅぷ…あ、んむ…ぅぅ」
1007			舌を差し入れ、雪菜の口の中の唾液をすくい取り、 自分の喉に必死に流し込み、その甘露を味わう。
1008			全身に鳥肌が立つような快感が襲い、 締め付けから解かれた下半身は、 ますます無軌道に膨張していく。
1009	雪菜	Setsuna	「は、あ、ぁぁ…こ、こぉら… 慌てないで、ね？」
1010	春希	Haruki	「んぅっ…あ、あぁ…」
1011			俺の手が、順番とばかりに雪菜のセーターにかかったとき、 その手首をゆっくりと掴み、雪菜が引き剥がす。
1012	雪菜	Setsuna	「わたしが…する。 自分で、全部脱ぐから」
1013	春希	Haruki	「で、もっ… 俺、さっきから、何も」
1014	雪菜	Setsuna	「慌てないで…わたし、逃げないから。 もう、これから一生、いつでもいいんだから」
1015	春希	Haruki	「あ…っ」
1016	雪菜	Setsuna	「だから、ゆっくり、ね？ ゆっくり、ひとつになっていこうよ？」
1017	春希	Haruki	「せつ、な…」
1018			俺の手を掴んでいた両手がゆっくりと離れると、 今度は、自分のセーターの裾を掴み、 ゆっくりと持ち上げる。
1019	雪菜	Setsuna	「ふぅっ…」
1020			するとそこには、薄手のシャツに覆われただけの、 ボディラインがしっかりとわかる雪菜の身体。
1021	春希	Haruki	「はぁ…っ」
1022			それだけで興奮してきてしまった俺を挑発するかのように、 雪菜はその、自分の体温で温められたセーターを、 俺の目の前に、ふわりと落とす。
1023			続いて指先は自らの胸の前へと動き、 今度は、シャツのボタンを一つずつ外していく。
1024			上から下に… そして、両方の袖のボタンも。
1025	雪菜	Setsuna	「ん、と」
1026	春希	Haruki	「っ…」
1027			雪菜が、左右にシャツを開いた瞬間、 今までと違う色が…
1028			俺が待ち望んでいた雪菜の肌の色が、 視界いっぱいに拡がっていく。
1029	雪菜	Setsuna	「なんか、やっぱり恥ずかしいね。 …今までは、全部春希くん任せだったから」
1030	春希	Haruki	「う、あ…」
1031			今度はスカートに手をかけ、 ファスナーを下ろしていく。
1032	雪菜	Setsuna	「それとも、感じるから、かな。 …春希くんが、さっきからずっと わたしの身体見てるのを」
1033	春希	Haruki	「だって……… 綺麗、だから」
1034	雪菜	Setsuna	「…ありがと。 そう言ってくれるから、わたし隠さない。 …しっかり、目に焼きつけてね」
1035	春希	Haruki	「あ、あぁ…っ」
1036			とうとうスカートまで床に落ちた。
1037			雪菜を隠すのは、後はブラとショーツとストッキング… もう、下着と呼ばれるものだけになってしまった。
1038	雪菜	Setsuna	「不思議だね…」
1039	春希	Haruki	「何が…？」
1040	雪菜	Setsuna	「今まで、何度も見られてるのに。 何度も、抱いてもらってるのに…」
1041			両手が、背中に回される。
1042			つまりそれは、とうとう…
1043	雪菜	Setsuna	「なんだか、すごくドキドキしてきた。 …まるで、初めてを捧げようとしてるみたい」
1044	春希	Haruki	「っ…俺も」
1045			とうとう、ブラが外され、 雪菜の柔らかな乳房と、その先端のしこった乳首が、 俺の目の前で控えめに揺れる。
1046			手を伸ばせば届く距離にありながら、雪菜の唱えた 『ゆっくり』という呪文に封じ込められてしまった俺は、 ただ息を荒くして、その光景を眺めるだけ。
1047	雪菜	Setsuna	「あの時も、一緒にいてくれたのは春希くんだったよね」
1048			けれどもちろん、まだまだ終わらない。
1049			雪菜は、胸を隠すことに両手を使わず、 その親指をストッキングの内側に入り込ませる。
1050			そのまま、ゆっくり両手を膝まで下ろすと、 ナイロンに包まれていた両脚が、素肌の白に輝く。
1051	雪菜	Setsuna	「でもあの時は、お互い気持ちが昂ぶりすぎてて、 何が何だかわからなかったもんね…」
1052	春希	Haruki	「雪菜…」
1053			そこから、右膝を曲げ、足先をお尻のところまで持ち上げ、 今度は上にめくり上げるようにして、 まずは右足だけを脱がせる。
1054	雪菜	Setsuna	「やりなおそうね… しっかり、覚えておこうね。 今日のこと、ずっと忘れないでおこうね？」
1055			続いて、左足…
1056	雪菜	Setsuna	「本当の、初めて。 わたしたちの…始まりの始まり」
1057	春希	Haruki	「っ…う、うん」
1058			ストッキングが、とうとう両脚からするりと抜けて、 手のひらに収まるくらいの塊に縮まり、 これも俺の目の前に落ちる。
1059			とうとう、あと一枚…
1060	雪菜	Setsuna	「覚えておこうね………春希くん」
1061	春希	Haruki	「～っ」
1062			その、最後の一枚という切羽詰まった興奮と…
1063			雪菜の言葉から流れ込む、 優しく、そして結局激しい気持ちが、 俺をますますいたたまれなくさせる。
1064	雪菜	Setsuna	「………お待たせ」
1065	春希	Haruki	「せ、雪菜…雪菜ぁ」
1066			状況は、こんなに穏やかなのに… それがまるで嵐の前の静けさに感じられる。
1067			きっと行為は静かに流れていくだろうけど、 その心の奥底にたぎるものは、 もう、今にも飛び出しそうになっていて…
1068	雪菜	Setsuna	「春希くん…」
1069			雪菜が、ベッド倒れ込む。
1070			ゆっくりと全身を横たえ、 リラックスしたように力を抜き、そして…
1071	雪菜	Setsuna	「………来て」
1072	春希	Haruki	「っ…」
1073			そして、俺を迎え入れるように、 両手を差し出した。
1074			………	.........
1075	春希	Haruki	「雪菜…あ、あ、あ…はぁぁ、んんぅ…ん、ぷ…」
1076	雪菜	Setsuna	「はぁ、ぁ…あんっ、ん、ぷ…ぷぁ…ぁ、ぁぁ…」
1077			激しく雪菜にのしかかり、 全身を押さえ込み、唇を奥まで貪る。
1078			折れんばかりに抱きしめ、両脚を深く絡め、 お腹まで密着させて、一気に重なり合う。
1079	雪菜	Setsuna	「ん、んちゅ…ぷ…あ、はぁ、はぁぁ… だから…慌てないで…」
1080	春希	Haruki	「ん、あ…あぁぁ…」
1081			…なのに、雪菜が全て吸収してしまう。
1082	雪菜	Setsuna	「ゆっくりと、わたしのなかに、入って、きて… ん、んむぅ…ちゅぷ…は、はぁ、あ、んっ」
1083			深くまで差し込んだ舌は、 雪菜の口腔全体で包み込まれ、 温かい唾液をふんだんに受け渡してもらった。
1084			強く抱きしめた腕は、 さらにその上から、 小さくて細いはずの雪菜の腕に、包み込まれた。
1085			絡めた足も、合わせたお腹も、 全身の力を抜いた雪菜と混ざりあい、 ただ、温かく、優しい感触へと変わる。
1086			そうやって、どこを愛撫しても、 雪菜が優しく包み込んでくれる。
1087	春希	Haruki	「ん、ちゅぷ…は、はぁ、ぁぁぁ…んむ…んっ」
1088			胸を激しく揉みしだき、先端に歯を立てて、 手と唇で強く愛撫を繰り返す。
1089	雪菜	Setsuna	「んっ…ふぅ、は、あ、ぁぁ… は、春希くん…春希、くん…」
1090			それでも雪菜は、俺の頭を抱え込み、 自分の胸に俺をしっかりと導いてくれる。
1091			雪菜の胸から溢れるミルクのような甘い匂いが、 いつしか俺の力を削ぎ落としていく。
1092	雪菜	Setsuna	「ふぅっ、ん、んぅ…あ、あんっ… ふふ…だからぁ、慌てないでってば… なんでも…していいんだから」
1093	春希	Haruki	「あ、あ、あっ… ん、んむ…れろ…ちゅぷぅ…ん、んぅ…」
1094			雪菜の身体の上でどれだけ暴れても、 何もかも許され、そして認められてしまう。
1095	雪菜	Setsuna	「はぁぁぁぁ～っ、あ、あ、んっ… や、もう…春希くん… わたしの…春希、くんっ」
1096			雪菜が求めるときは、いつも激しかった。 俺が求めるときは、いつも雪菜をしゃぶり尽くしてた。
1097			こんな包み込まれるようなセックスは、 生まれて初めてだった。
1098	春希	Haruki	「ん、んぅ…は、はぁ、あ、んっ…く、ぅぁ」
1099	雪菜	Setsuna	「ふぅぅ…んっ、んく…はぁ、あんっ、 ああ、いい…すごく、気持ちいい、よ」
1100	春希	Haruki	「っ…」
1101			それは、口には出せなかったけど、 間違いなく俺の台詞で。
1102	雪菜	Setsuna	「ん、んんっ…あ、はぁ、ぁぁぁ… あ、んっ、ん、く…はぁぁ、あんっ、ん、んぅ…」
1103			胸を揉みながら、唇は肩口、首筋、脇腹、お腹へと、 次から次へと雪菜の全身を這い回る。
1104			雪菜は、俺の知ってる弱点に触れるたびに、 びくっ、びくっと反応を返すけれど、 それでも俺を抱きしめる腕を離さない。
1105	雪菜	Setsuna	「はぁぁっ、あ、んぅっ… は、春希くん…そこ…あんっ、や、はぁ、あぁぁ…んっ」
1106			頬に触れ、頭を撫で、顔に近づくと口づけて、 決して受け身にならず、俺を愛する行為を途切れさせない。
1107			それは強くなく、痛くなく、激しくなく… ただ優しく、柔らかく、甘い愛撫なのに、 そのたびに全身を尋常じゃない快感が這い回る。
1108	春希	Haruki	「はぁぁ…あ、あ～っ、 あっ、あぁぁ…ぅんっ、ん、く…ぁ」
1109			指先から、舌先から、爪先から、 雪菜の、愛情と思いやりと慈しみが流れ込んでくるから。
1110	雪菜	Setsuna	「はぁぁ、あ、んぅ…ちゅ…はぁ、あ、んぅ… はぁっ、は、ぁぁぁ…い、いあぁぁ…ゃぁぁ…」
1111			穏やかなのに、激しく興奮する。
1112			お互い積み重ねた経験がなくなってしまったかのように…
1113			いや、俺だけ初めての時に戻ってしまったかのように、 年上の女性に導かれていくようなセックス…
1114			癖になってしまいそうなくらい、気持ちいい。
1115	春希	Haruki	「雪菜…」
1116	雪菜	Setsuna	「んっ…んぅ…っ」
1117			唇を求めると、にこっと笑ってから、 軽くすぼめた唇を突き出して受けとめてくれる。
1118			そうやって、始まりはそんなに可愛らしいのに、 けれど、奥に入り込むとこれがまた深淵で…
1119	春希	Haruki	「せ、雪菜…あ、あぁ…んぅぅぅっ…」
1120	雪菜	Setsuna	「んぅぅぅ…ちゅ、あ、んむ…む、んぅぅ… はぁ、あ、あむ…ちゅぅぅ…ん、あ、あは…」
1121			雪菜の喉の奥に俺の舌が吸い込まれていくようで。 けれど本当は全然そんな力なんかなくて、 だからそれは単なる錯覚に過ぎないってわかってて…
1122	雪菜	Setsuna	「ん、ぷあ、ぁ…はぁ、ん、ちゅぷ…んぷぁ…ぁ… 春希く…れろ…ん、んむぅぅ…あ、はぁ、ぁぁぁ」
1123			なのに、俺の高まり方は尋常じゃなくて…
1124	春希	Haruki	「あ、あああ、あ…っ く、ぅ…」
1125			だから必死で雪菜のことも昇らせようと、 彼女の中心に指をあてがい、一気に貫く。
1126	雪菜	Setsuna	「ああぁぁぁぁ…っ、 あ、くっ…い、あ、は、春希…くっ… 春希くん…はぁ、あ、んぅぅ…っ」
1127	春希	Haruki	「う、あ…雪菜っ」
1128			そうやって、雪菜の言いつけを無視して、 激しく、痛く責め立ててみても…
1129	雪菜	Setsuna	「は、あ、あ…はぁ、あ、んぅっ… う、うん…そこ…あ、あんっ…ん、く…っ」
1130	春希	Haruki	「ふぁ…あ、あぁぁ…っ」
1131			一瞬震わせた腕を、俺の頭に回し…
1132			さぁっと紅潮した頬を、 俺の頬に合わせ、きゅっと抱きしめてくれる。
1133	雪菜	Setsuna	「はぁ、はぁ、はぁぁ…っ、 あ、おく…んぅんっ、ん…はぁ、ぁ… そ、そこ…いい、よ…はぁぁんっ、あ、ぁぁ…」
1134			強すぎず、弱すぎず。 拒絶は出来るけど、求めなくても応えてくれる。
1135			そんな絶妙の力加減と、心加減に、 もう、俺はどうしようもなくなって…
1136	春希	Haruki	「せ、雪菜、雪菜… お、俺、俺…っ」
1137	雪菜	Setsuna	「…しようか？」
1138	春希	Haruki	「い、いいよ、もう…っ」
1139			雪菜が俺のその部分に触れただけで、 身体をのけ反らせてしまいそうな快感が襲う。
1140			今、手や口ででもされてしまったら、 一瞬のうちに決着が付いてしまいそうだった。
1141	春希	Haruki	「そんなことよりも…すぐ、入りたい。 雪菜のなか………入りたい」
1142	雪菜	Setsuna	「ん………いいよ。 わたしの方も、春希くんに準備してもらったから」
1143			雪菜が、ゆっくりと足を開き、 俺を自分の中心へと導いていく。
1144			そこは確かに、 さっき俺が弄ったときから準備はできていて…
1145	雪菜	Setsuna	「来て…春希くん」
1146	春希	Haruki	「雪菜…あ、あ…あぁぁ…っ」
1147			だから俺は、まるで我慢の効かない年下の彼氏そのままに、 彼女の中心めがけて、ただまっすぐ腰を突き出していく。
1148	雪菜	Setsuna	「あ、あ…っ、春希くん… あのね、あのね…っ」
1149	春希	Haruki	「う、うぁ、あぁぁ…っ」
1150	雪菜	Setsuna	「今日は…なかで、いいんだよ？ これから…もうずっと、いいんだよ…？」
1151	春希	Haruki	「っ！？ あ、あ、あ、あ、あ… あああああああああああ～っ！」
1152	雪菜	Setsuna	「っ…あ、ああ…」
1153	春希	Haruki	「あ、あ………っ」
1154			それはまるで、 初体験の時の失敗談みたいな、 他人事だったなら笑える話で…
1155			でも、俺のときは、 初めての時だってありはしなかったのに、こんな…
1156	春希	Haruki	「ご、ごめ…ごめんっ」
1157			入れただけで、果ててしまった。
1158			しかも、思い切り雪菜の胎内の奥深くに…
1159	雪菜	Setsuna	「はぁ、あ、あぁ… ど、どうして、謝るのか、な？」
1160	春希	Haruki	「だって、その… 俺、もう…」
1161	雪菜	Setsuna	「ふふ… 春希くんが、お腹のなかで膨らんでる」
1162	春希	Haruki	「っ…」
1163	雪菜	Setsuna	「わたしの一番奥で、いきなり拡がって、 何度も何度も、なかに流れ込んできたよ」
1164	春希	Haruki	「ごめん…っ、 本当、なんてこと」
1165	雪菜	Setsuna	「だからぁ… 何を、謝ってるのかなぁ…？」
1166	春希	Haruki	「すぐ抜くから… えっと、雪菜はお風呂に…」
1167	雪菜	Setsuna	「あ～、 わたしが言ったこと、もう忘れてる…」
1168	春希	Haruki	「え…あっ」
1169			さっきまで、力を抜いていた雪菜が、 全身にきゅっと力を込めて、俺を拘束する。
1170			…主に、腰の辺りを。
1171	雪菜	Setsuna	「っ…は、はぁ… いいって…いったんだよ、わたし？」
1172	春希	Haruki	「っ…言うなよ」
1173			その言葉こそが、 俺を一気に射精に導いてしまったキーワードなのに。
1174	雪菜	Setsuna	「こ、このままで、いいんだよ？ …何度だって、いいんだってばぁ…っ」
1175	春希	Haruki	「でも、もう俺…」
1176	雪菜	Setsuna	「んっ…んぅ…っ、 もう俺………なに？」
1177	春希	Haruki	「え…？」
1178	雪菜	Setsuna	「こんなに、すごいままで… 何が、もう、なのか、なぁ…っ、 はぁ、あ、んぅんっ…ん、く…っ」
1179	春希	Haruki	「あ…」
1180	雪菜	Setsuna	「わ、わたし…っ、 さっきから、じんじんきちゃってるんだよ…？」
1181	春希	Haruki	「雪菜…」
1182			確かに、一瞬で果ててしまったのに…
1183			けれどそれは、尽き果てた訳じゃなく。 それどころか、萎える気配すらなくて。
1184	雪菜	Setsuna	「ね、春希くん… このまま、続けて…っ」
1185	春希	Haruki	「あ、あ、あ…っ」
1186	雪菜	Setsuna	「っ…ん、んぅっ、 ああああっ、あんっ、んっ、んく…は、ぁぁ…っ」
1187			ふたたび動き出してみると、 雪菜のなかに埋もれていた俺のものが、 内壁に当たってゴリゴリとこすれる。
1188			…出す前と、何も変わってない。 大きさも、固さも。
1189	雪菜	Setsuna	「ふぁぁっ、あっ、んっ、ん、く…ふぁぁ…あ、んっ」
1190	春希	Haruki	「あああ…うぁっ、く…あ、はぁ、はぁぁ…」
1191			………そして、限界値も、さほど。
1192	雪菜	Setsuna	「は、るきくんっ、ん、あ、あ… ね、今日は…ずっと、わたしのなかに、ね？」
1193	春希	Haruki	「…その代わり、 このままじゃ、何度出すかわかんないけど」
1194	雪菜	Setsuna	「ふ、ふふ… わたしも、何度いっちゃうか、わかんない、よ… あ、あ、あ…はぁ、あ、あんっ」
1195			雪菜の仕草や行為は、 相変わらず優しく、柔らかく、甘いままだったけど。
1196			それでも、俺を包み込む身体も内奥も、 びく、びくと収縮を始めてて、 俺と同様、快感はいつも以上なんだってわかった。
1197	春希	Haruki	「もう少し、強くしていい？」
1198	雪菜	Setsuna	「いいけど、優しめに、ね？ あっ…あぁ、んっ、は、あああんっ」
1199			なら、萎えることなんかない。 落ち込むことも、自信を失うこともない。
1200			何しろ、俺はこの女性と、 これから一生つきあっていくんだ。
1201	春希	Haruki	「あ、はぁ…ああ、あっ、あ…んぅっ」
1202	雪菜	Setsuna	「や、はぁっ、あっ、あっ… ああ、んぅんっ、ひゃぅんっ、ん、あ、あぁぁ…んっ」
1203			至らないところは、二人で直していけばいい。 一緒に上達していけばいい。
1204			仕事だって、生活だって、セックスだって、 それは同じこと、なんだから…
1205	春希	Haruki	「雪菜…あ、あぁ… んぅ…む、ちゅぷ…は、ぁ…」
1206	雪菜	Setsuna	「んむむ…あ、んむっ、ちゅ、ぷぁ…は、ぁ… あむっ、んっ、んっ…はぁ、ぁ、ぁ…っ」
1207			唇を重ね、両手を繋ぎ、腕を絡め、胸を合わせ、 お腹をこすりつけ、太股を挟み、脚を押さえ込み。
1208			全身を重ね合わせ、 雪菜と、愛を交わし合う。
1209	春希	Haruki	「ん、んぷ…は、んむ、ん、んっ…」
1210	雪菜	Setsuna	「はむっ、んっ、んぷっ…ちゅぷぅぅ…あ、あむっ… ん、んぅぅぅぅ～っ！」
1211			出していいんだから… 何度出しても構わないんだから…
1212			朝までずっと、 雪菜に溺れていれば、いいんだから…
1213	春希	Haruki	「ちゅぷ…ん、あ、あむっ………っ！？ ん、んぅっ、ん、ん、ん…んんんんん～っ！？」
1214	雪菜	Setsuna	「っ！？ ん、ん…んぅぅぅっ、 ぷぁっ、あっ、あっ………ああああ…ぁ？」
1215	春希	Haruki	「………は、あ、あ」
1216	雪菜	Setsuna	「あ…あぁぁ…っ」
1217			だからって…
1218			二度目の限界までもが、 こんなに早く来なくてもいいのに。
1219			………	.........
1220			……	......
1221	雪菜	Setsuna	「ああぁぁっ、あっ、あ～っ！ は、はぁ、はぁぁ…あ、んっ… ちょっと、ちょっと………疲れ、た」
1222	春希	Haruki	「俺も…」
1223			…	...
1224	雪菜	Setsuna	「ふふっ…」
1225	春希	Haruki	「なんだよ」
1226	雪菜	Setsuna	「空が…明るくなってる」
1227	春希	Haruki	「本当だ… 雪、まだ降ってるかな」
1228	雪菜	Setsuna	「凄いね…わたしたち。 もう何時間繋がってるんだろう」
1229	春希	Haruki	「いいじゃん… だって俺たち」
1230	雪菜	Setsuna	「………うん。 全然、問題ないね」
1231			繋がっていた時間よりも、 俺が果てた回数の方が、 多分、すごいことになってる。
1232	雪菜	Setsuna	「ねぇ… 次、終わったら、お風呂入ろうか」
1233	春希	Haruki	「いいなそれ… ついでにベッドシーツも替えたい」
1234	雪菜	Setsuna	「凄すぎるよ…今日の春希くん」
1235	春希	Haruki	「ごめん… 本当、我慢効かなくて」
1236			だからと言っても、 初体験の若い学生だって、 普通、こんな数の射精なんかしない。
1237			穏やかな… あくまでも、優しく、激しくない 俺たちの繋がりだったのに。
1238			穏やかなのに、熱かった。 優しいのに、興奮した。 激しくないのに、愛おしくてたまらなかった。
1239	雪菜	Setsuna	「その… やっぱり、わたしのせいなのかな？」
1240	春希	Haruki	「どうして…？」
1241	雪菜	Setsuna	「しばらく会わないでおこうって… かずさのことで、距離を置いたから…」
1242	春希	Haruki	「…確かに、それもあるかもしれないけど」
1243			何しろ、この数日間の苦行は 筆舌に尽くしがたいものがあった。
1244			だって、雪菜のいなくなった俺の隣には…
1245	雪菜	Setsuna	「けど…？」
1246	春希	Haruki	「…やっぱり、雪菜のおかげかな」
1247	雪菜	Setsuna	「何よぉ、それ…」
1248	春希	Haruki	「だって、今の俺、 心から幸せだから。 もう、何も憂うことなんかないから」
1249	雪菜	Setsuna	「え…」
1250	春希	Haruki	「雪菜が、俺を幸せにしてくれたから」
1251	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
1252	春希	Haruki	「明日からも、頑張れるから。 もう、俺は俺一人のものじゃないって…」
1253	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
1254	春希	Haruki	「雪菜…？」
1255	雪菜	Setsuna	「…ありがとう、春希くん」
1256	春希	Haruki	「あ、ああ…っ」
1257			一瞬、雪菜がふと違う表情を見せたのが気になったけど…
1258	雪菜	Setsuna	「ん…んぅ…ちゅ、んむ…」
1259	春希	Haruki	「んぷ…あ、あむ…は、はぁぁ、ぁ…っ」
1260			雪菜から求めてきたキスで、 思考は中断され…
1261	雪菜	Setsuna	「んむ…は、あ、あむ…んんっ！ ぷぁっ、はぁっ、あっ、あっ、ああっ」
1262			そして、行為が再開される。
1263	春希	Haruki	「はぁ、ぁ、ああ…っ、 あっ、あっ…あ、くぅっ」
1264	雪菜	Setsuna	「や、あ、あ…あああんっ、 は、春希く…ふぁぁぁぁっ、あっ、んぅっ」
1265			今日だけで、十回以上 雪菜のなかに射精した。
1266	春希	Haruki	「は、あぁぁぁぁ…っ、 い、んっ、ん、う、はぁ、は、ぁ…っ」
1267			そのたびに雪菜は、 俺が『お腹で膨らんでる』って、 笑いながら言ってた。
1268	雪菜	Setsuna	「あぁぁんっ、んっ、んぅ…ふぁぁんっ、 あ、ああ、あああ…はぁんっ、ああ、いいいっ」
1269			それは多分、雪菜にとっては何気ない、 からかい的な言葉だったんだろうけど。
1270	春希	Haruki	「雪菜…ん…っ」
1271	雪菜	Setsuna	「んんぅ…ん～っ、 んむ…ちゅぷ…ぷぁ、は、はぁ…ぁぁぁっ」
1272			それでも俺は、ちょっとした暗喩として、 その言葉を深く受け止めておきたかった。
1273	春希	Haruki	「は、あ、あ…あ、あ…っ」
1274	雪菜	Setsuna	「はぁ、はぁ、はぁ…っ、 は、春希、くん…」
1275			だって俺たちは…
1276			もう、何度でも。 いつでも、いつまでも…
1277	春希	Haruki	「雪菜…俺、 今度こそ、もう…」
1278	雪菜	Setsuna	「来て…ね？ わたしのなか、春希くんで、いっぱいに…っ、 あ、あ、あ…あああああっ！」
1279			新しい命を求めてもいい… いや、求めてる二人になったんだから。
1280	春希	Haruki	「はぁぁっ、あっ、あっ、あ…っ、 あああ…あああああっ」
1281	雪菜	Setsuna	「ぅんっ、んっ、んっ、やぁぁぁっ、あ～っ！ いいっ、いいっ、も、もう…こんな…はぁん…っ」
1282			最後の最後の最後だから、 ほんの少しだけ、激しく…
1283	春希	Haruki	「雪菜、雪菜…っ、 はぁ、あ、あ、あ…愛して…っ」
1284	雪菜	Setsuna	「うんっ、うんっ、うんっ… 今度こそ、今度こそ…あなたはわたしの… ずっと、ずっと、わたしの…ぉ」
1285			けれど、たっぷりの愛情を込めて…
1286	雪菜	Setsuna	「は、春希、くんっ、 わたし…あ、ああ…わたしも、もう…」
1287			俺の、雪菜のなかに…
1288	春希	Haruki	「あ、あ、あ、あ、あ…ああ、あああっ」
1289	雪菜	Setsuna	「もう、もう…ああああっ、あ～っ！ んっ、んっ、んっ…んぅぅんっ、ん～っ！」
1290	春希	Haruki	「はぁぁぁ…あ、あ………あああああああっ！」
1291	雪菜	Setsuna	「んんぅぅぅっ！？ ああっ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁ～っ！ いぅぁぁぁあああああ～っ！」
1292			もう、数え切れないくらい出したのに…
1293			それでもまだ、煮えたぎるように熱い精を、 雪菜の胎内に、注ぎ込む。
1294	雪菜	Setsuna	「あああぁぁぁぁ…あっ、あっ… ひんっ、ん、く…はぁ、ぁぁぁ…っ」
1295	春希	Haruki	「はぁ、は、ぁぁ…っ」
1296			何度も、何度も… 雪菜の身体中を満たしてるんじゃないかってくらい、 大量に。
1297	雪菜	Setsuna	「あっ…あぁ、あ、んっ… はぁ、はぁぁ…あ、あ、あ…っ」
1298			雪菜は、最後の俺の射精を受け止めて、 疲れか快感からか、ぼうっと天井を見上げてる。
1299	春希	Haruki	「はぁ、あ、あ…っ」
1300			激しい息を吐く口元には、 俺とのキスや、自らの喘ぎで零れ出した唾液が、 ねっとりと絡みついている。
1301	雪菜	Setsuna	「は、春希…くっ…んっ、 んむ…む…むぅぅ…」
1302			だから俺は、雪菜の胎内に流し込む代わりに、 雪菜の口中から液を奪おうと、 その開け放たれた唇を激しく吸い上げる。
1303	雪菜	Setsuna	「ん、んむ…むぅぅんっ… ん、んく、んぅ…ぅ、あぁぁ…あっ」
1304	春希	Haruki	「ん、ん、ん…んぷぁ、ぁ…っ」
1305	雪菜	Setsuna	「ちゅぅぅぅ…ん、んんっ、 あ、んむ…む、んくっ、んっ、んっ…」
1306			…けれど雪菜も負けないとばかりに、 必死で俺の唇を吸い上げ、 互いの混ざり合った唾液を奪い返してくる。
1307			そんな、水音に満ちた争奪戦が、 そろそろ白みかけてきた部屋に、 しばらく響き渡っていた。
1308			………	.........
1309			……	......
1310			…	...
1311	雪菜	Setsuna	「雪…まだ降ってるね。 そろそろ積もってるんじゃないかな」
1312	春希	Haruki	「そ、か」
1313			朝と言うにはまだ早い、 けれど、夜と言うには明るすぎる時間。
1314	雪菜	Setsuna	「すれ違う、毎日が～…っ、けほっ、けほっ、 う～、さすがに今は歌えないなぁ」
1315	春希	Haruki	「…それ以前に近所迷惑だろ、 こんな朝っぱらから」
1316			昨日の昼間から、ずっと練習して、収録して…
1317			そして今さっきまで、ずっと喘いでて、 まだ歌おうっていう根性は凄いんだけど…
1318	雪菜	Setsuna	「だって、勝手に歌が口から出てきちゃうんだもん。 心から幸せって、言えるんだもん」
1319	春希	Haruki	「そう、か…」
1320	雪菜	Setsuna	「春希くんの… そして、かずさのおかげでね」
1321	春希	Haruki	「………うん」
1322			俺が幸せを感じてるのと同じくらい、 雪菜も幸せを感じてくれているのなら…
1323	春希	Haruki	「ありがとう、雪菜…」
1324			もしそうなら俺は、 もう、本当に何も望むものは…
1325			ない、はずで。
1326	雪菜	Setsuna	「まだ早いよ… わたしがあなたを幸せにする戦いはこれからだよ…」
1327	春希	Haruki	「なんだよ、その 『小木曽雪菜先生の次回作にご期待ください』は」
1328	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
1329	春希	Haruki	「雪菜…？」
1330			あれだけ誓い合ったのに。 あんなに抱き合ったのに。
1331			…いや、抱き合いすぎたせいかもしれないけど、 雪菜は時々、俺をぼうっとした表情で見つめる。
1332	雪菜	Setsuna	「ねぇ、春希くん…」
1333	春希	Haruki	「…なんだよ？」
1334			その、ぼうっとした表情のまま。 いや、瞳の色だけを強く戻して、雪菜は…
1335	雪菜	Setsuna	「婚約者特権… 早速、使わせてもらってもいいかな？」
1336	春希	Haruki	「え…？」
1337			雪菜は、なんだか可愛いおねだりをした。
1338	雪菜	Setsuna	「ね、いいでしょ？ その、一応、あなたの方から申し込まれたんだし… 春希くん、春希様、北原編集長！」
1339	春希	Haruki	「その肩書きになるにはあと何十年かかるやら…」
1340	雪菜	Setsuna	「わたしの新連載の企画、 話だけでも聞いていただけないでしょうか？」
1341	春希	Haruki	「…まだ続いてたのかそれ」
1342			そういえば誕生日プレゼントまだ渡せてなかったな、とか。
1343			それどころか、ストラスブールで買った指輪は、 一体どこにしまってあるんだろう、とか…
1344	雪菜	Setsuna	「春希くぅん…」
1345	春希	Haruki	「わかったよ… どうせ今日は俺、 雪菜の言うこと何でも聞くつもりだったし…」
1346	雪菜	Setsuna	「ありがと…ありがと春希くんっ」
1347	春希	Haruki	「ったく…」
1348			裸のままじゃれついてくる雪菜を、 そんなふうに軽口を叩きながら、 腕を伸ばして抱きしめた。
1349			俺は、まだわかっていなかった。
1350			小木曽雪菜という女性の…本当の、強さを。
1351			………	.........
1352	春希	Haruki	「………」	"........."
1353	雪菜	Setsuna	「何でも…言うこと聞くって言ってくれたよね？」
1354	春希	Haruki	「………………っ！ 雪菜、お前最初から俺を騙すつもりで！？」
1355	雪菜	Setsuna	「うん、最初からだよ。 あなたに申し込まれたら、絶対に騙そうって…」
1356	春希	Haruki	「っ！？」
1357	雪菜	Setsuna	「…なんて言っちゃうと、バレちゃうね。 あなたからのプロポーズ、ずっと心待ちにしてたって」
1358	春希	Haruki	「なんで、なんで… なんでそんなどうでもいいこと…っ」
1359	雪菜	Setsuna	「どうでもよくなんかない！」
1360	春希	Haruki	「な…」
1361	雪菜	Setsuna	「だってその人は、わたしが幸せにしたいと願ってる、 わたしの周りの、大切な人になったんだもん…っ」
1362	春希	Haruki	「雪菜…お前…お前って…っ」
1363	雪菜	Setsuna	「あなたの………お母さん」
1364			………	.........
1365			社会人になってからも、 年に一、二度しか会ったことのない…
1366			相互不干渉が、もはや伝統芸能のように確立された、 俺の、母親に会いに行く…
1367			俺のプロポーズを受け入れた時から。 幸せ一杯の表情で、俺に抱かれているはずの時から。
1368			そんな、辛い将来を見据えた戦いを… 俺の一番の暗部と戦う決心をしていたって。
1369	雪菜	Setsuna	「お願い、春希くん！」
1370	春希	Haruki	「………」	"........."
1371	雪菜	Setsuna	「わたし、本当に、本当にワガママなの！ 誰もが幸せでないと嫌なの！ 誰もがわたしたちを祝福してくれないと、嫌なの…」
1372	春希	Haruki	「雪菜、ぁ…」
1373	雪菜	Setsuna	「あなたのお母さんは生きてる… 病気でもない。居場所だってわかってる。 北原春希の母親って肩書きを捨ててないんだよ？」
1374	春希	Haruki	「でも、でも…俺」
1375	雪菜	Setsuna	「かずさだって…できたんだよ？」
1376	春希	Haruki	「っ…」
1377			今まで、ずっと言わなかった。
1378			俺が頑ななまでにこの話題を避けてたから、 空気を読んでくれてるって、思ってた。
1379	雪菜	Setsuna	「お願い、お願いだから… まずは頑張ってみようよ…」
1380			けれど、そうじゃなかった。
1381	雪菜	Setsuna	「一生懸命頑張って、それでも駄目なときは、 わたし、春希くんの母親にもなってみせるから」
1382	春希	Haruki	「～～～っ！」
1383			雪菜は、ずっと待ってたんだ。 自分が、この問題の当事者になるその日まで。
1384	雪菜	Setsuna	「今日くらいはそんなこと言わないでって、思った？」
1385	春希	Haruki	「雪菜…」
1386	雪菜	Setsuna	「でも、嫌… わたし、今すぐあなたの答えが欲しい。 …今すぐ、あなたが欲しいから」
1387	春希	Haruki	「………」	"........."
1388			かずさ…ごめんな。
1389			俺、お前のこと本当に好きだった。 このコを好きになる前から、好きだったんだよ。
1390			でも、ごめんな…
1391			俺、本当にこのコを選んで良かったって、 心の底から、思えてしまったんだよ…
1392	春希	Haruki	「なぁ、雪菜…」
1393	雪菜	Setsuna	「ん…？」
1394			『もう、俺は俺一人のものじゃない…』
1395			数時間前、雪菜に誓ったその言葉を…
1396			今は、あの時とは比べものにならないほど 重い意味で使う。
1397			婚約のしるしの指輪なんて、もういらない。 そんな軽々しいもの、贈る意味がない。
1398			だから…
1399	春希	Haruki	「俺の命を捧げます。 …自由に使ってください」

Script Chart

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