White Album 2/Script/2321

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1			そして…
2	小春	Koharu	「………」	"........."
3	春希	Haruki	「………」	"........."
4			日射しが徐々に明るく、 空気が徐々にぬるみ、 冬の気配を感じさせなくなった、三月中旬。
5	小春	Koharu	「いよいよ、ですね」
6	春希	Haruki	「短かったなぁ」
7	小春	Koharu	「…まぁ、どうしてもそうなっちゃいますよね」
8			青泉大学第二次募集試験当日。
9			受験を決めてから三週間… あり得ない短期間での試験準備を経て、 こうして俺たちは、青泉大の正門前に立つ。
10			俺たちと同じ方向に進む、同じ雰囲気の受験生たちは、 本試験の時に比べたら、その十分の一にも満たないだろう。
11			けれど競争率の方は、ほぼその逆の十倍という、 超がついてもおかしくないくらいの狭き門。 …日本語的には嫌だけど。
12	春希	Haruki	「まぁ、何はともあれ全力を尽くせ。 俺はまぁ、祈ることくらいしかできないけど」
13	小春	Koharu	「何言ってるんですか。 わたしが今日、自信を持ってここに立てるのは、 全部先輩のおかげですよ」
14	春希	Haruki	「…なら、よかった」
15			自分にできることはやりきったって自負はある。
16			けれどそれは、あくまでも限られた時間の中でのこと。 前提条件を覆せるほどの成果を出したかと聞かれれば、 そもそも前提からしておかしいと開き直るしかなかった。
17	春希	Haruki	「受験票持ったか？ 筆記具は予備も含めて揃ってるか？ そろそろ携帯の電源も切っておいた方が…」
18	小春	Koharu	「わたし相手にそんなこと言っても無駄ですよ。先輩」
19	春希	Haruki	「それは…そうだけど」
20			なにしろ俺と同様、 そういうところにはとことん抜かりないから、 心配のしようがない。
21			…だから、心配しなくていいということが、 余計に不安を煽るという矛盾した精神状態に陥ってしまう。
22	小春	Koharu	「それじゃわたし、 そろそろ中に入りますね」
23	春希	Haruki	「ああ…」
24			そんな俺の心配をよそに、 軽く、けれど強い足取りで、 小春は堂々と青泉大の正門をくぐる。
25	春希	Haruki	「…頑張れよ！」
26			俺がその背中にかけた声の震えように比べれば、 本当に堂々と、しかもリラックスしてた。
27	小春	Koharu	「っ…あの、先輩っ」
28			その小春が、門をくぐってすぐのところで 規則正しく回れ右をして、もう一度俺に向き直る。
29	小春	Koharu	「今まで… 本当にありがとうございましたっ！」
30			と、周囲に響くような大きな声で、 深々と、俺に頭を下げた。
31	小春	Koharu	「わたし、わたし… ずっと忘れませんから！ 先輩がわたしにくれたもの全部！」
32	春希	Haruki	「小春…」
33	小春	Koharu	「…忘れませんっ」
34			それは、なんだか… これから試験に赴くってだけにしては大仰な、 あまりに肩に力の入った感謝の言葉だった。
35	春希	Haruki	「…大げさだって。 大体、まだまだ頑張ることなんて山ほどある。 ここでほっとしてる場合じゃないだろ」
36	小春	Koharu	「…はい」
37			だから俺は、そんなかしこまった言葉には素直に頷けない。 ただ今は、目の前のことを見ることしかしない。
38	春希	Haruki	「帰りも迎えに来るから。 試験が終わったら電話くれよな」
39	小春	Koharu	「……わかりました」
40	春希	Haruki	「じゃ、な」
41	小春	Koharu	「………」	"........."
42			なんとなく、ずっと真剣に俺を見つめる小春に 居心地の悪さを感じ、そそくさと背中を向け、 早足で歩き出す。
43			リラックスしてる割に、 そこまで悲壮感を漂わせるのはなんでなんだろうって、 そんな微妙な疑問を頭の中から追いやりながら。
44			………	.........
45	小春	Koharu	「…先輩」
46	小春	Koharu	「…さよなら」
47			………	.........
48			……	......
49			…	...
50	小春	Koharu	「あ、お母さん？　わたし。 …うん、今終わったところ」	"Ah, Mom? It's me. ...Yeah, I'm all done right now."
51	小春	Koharu	「手応えは…うん、やれることはやった。 わたしとしては、後悔はないよ」	"My response... Yeah, I did what I could. I don't have any regrets."
52	小春	Koharu	「…今まで本当にごめんね、色々と無理言って。 受験料とか、ちゃんと返すから。 大丈夫、バイト代余ってるし」	"...I'm really sorry for everything up until now, I said some awful things. My examination fees are all paid back. Don't worry, I have some earnings left."
53	小春	Koharu	「そうはいかないよ…けじめだもん。 もし落ちても、家には頼るつもりはないから」	"That's no good... not at all. Even if that fails, I have no intention of relying on the family."
54	小春	Koharu	「…あ～、今はやめよう、その話。 帰ってから、じっくり話し合おうよ」	"...Ah, don't say that. When I return, let's talk about everything."
55	小春	Koharu	「うん、今からすぐ帰るよ。 ………寄るところも、約束もないから」	"Yup, soon I'll return. .........I won't promise when exactly though."
56	小春	Koharu	「え？　本当？　なんでもリクエストしていいの？ それじゃね、え～と…」	"Eh? Really? I can request whatever I want? Well then, see you..."
57	小春	Koharu	「………え？」	".........Eh?"
58	雪菜	Setsuna	「あ…」	"Ah..."
59	小春	Koharu	「………」	"........."
60			………	.........
61	雪菜	Setsuna	「よかった… わたしのこと、知ってくれてたんだね」	"I'm glad... So you know me from before?"
62	小春	Koharu	「ま、前に一度、見たことありますから」	"I, I've seen you once before."
63	雪菜	Setsuna	「ああ、付属祭のライブの動画？ 恥ずかしいなぁ…あんな下手くそな歌なのに、 いつまでも残っちゃってて」	"Ah, you saw the live video? I'm a bit embarrassed... It was a really bad song, I wonder how long it'll stay around."
64	小春	Koharu	「………っ」	"........."
65	雪菜	Setsuna	「そんなに緊張しなくてもいいよ。 …って、見知らぬ相手にいきなり声掛けられたら 警戒するのも当然かな？」	"You don't have to be so nervous. ...Although I suppose it's only natural to be surprised if someone you don't know calls out to you."
66	小春	Koharu	「み、見知らぬだなんて… 知ってます小木曽先輩のことは！ …本当に、よく知ってるんです」	"Y, you aren't really unknown to me... I know you, Ogiso-senpai! ...I'm really glad I know you."
67	雪菜	Setsuna	「でも会うのは初めてだよね？ はじめまして、小木曽孝宏の姉の雪菜です。 弟がいつもお世話になってます」	"But this is the first time we've met up, haven't we? It's nice to meet you, I'm Takahiro Ogiso's older sister Setsuna. My younger brother is always helping out."
68	小春	Koharu	「っ…す、杉浦小春です。 え、ええと、あの…」	"...I, I'm Koharu Sugira. Eh, err, well..."
69	雪菜	Setsuna	「本当にごめんね。こんな厚かましいこと…」	"I'm really sorry. That was rude of me..."
70	小春	Koharu	「そ、そんなことはないです… けど、どうしてわたしのこと…？」	"I- it's okay... It's just, why me?"
71	雪菜	Setsuna	「孝宏がね、今日あなたの試験日だって。 それで、やっとあなたと話す時間が取れるかなって」	"Takahiro said that today's your exam day. And because of that, I finally got the time to talk to you."
72	小春	Koharu	「い、色々と意味がわかりません」	"I, I don't really get what you mean."
73	雪菜	Setsuna	「ごめんね、 もう少し日が経ってからにすればよかったかな？ でも、どうしても待てなくて」	"I'm sorry, perhaps I should've waited a few days? But I couldn't wait any longer."
74	小春	Koharu	「そ、そっちじゃなくて…」	"I, I'm not worried about that..."
75	雪菜	Setsuna	「ん？」	"Mm?"
76	小春	Koharu	「小木曽先輩は…その… わたしのこと、どこまで…」	"Ogiso Senpai... how... how much do you know..."
77	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
78	小春	Koharu	「わたしのしてしまったこと、 どこまで…」	"How much do you know about what I've done..."
79	雪菜	Setsuna	「孝宏に、相談されたことがあるの。 クラスで、とても悲しい思いをしてる女の子のことを」	"Takahiro discussed with me. What happened in the class is a really sad thing to go through."
80	小春	Koharu	「え…？」	"Eh...?"
81	雪菜	Setsuna	「そしたら、とても他人とは思えなくなっちゃって。 一度、どうしても話したいって思うようになった」	"And I wasn't really thinking about other people. I wanted to talk to you once, no matter what."
82	小春	Koharu	「それって…どういう…？」	"By that... what do you mean...?"
83	雪菜	Setsuna	「昔話、してもいいかな？ 付属の時よりももっと前の、 わたしが中学生の頃の、古い古い話」	"Is it okay if I tell an old story? Even longer ago than when I lived with my parents. An old, old story of when I was in middle school."
84	小春	Koharu	「中学…？」	"Middle school...?"
85	雪菜	Setsuna	「わたしね… 中三の時、告られたことあるんだ」	"I... recieved a lot of confessions in middle school."
86	小春	Koharu	「そりゃ、あるでしょうね」	"Well, of course you would."
87	雪菜	Setsuna	「…杉浦さんはあるの？」	"...How about you, Sugiura-san?"
88	小春	Koharu	「………ノーコメントです」	".........No comment."
89			………	.........
90	雪菜	Setsuna	「結局、卒業するまで仲直りできなくて… わたしが付属に進学したの、消去法だったんだ。 …みんなが行かないところ、そこしかなくて」	"In the end, I couldn't make up with them until I graduated... It was a process of elimination when I left for college. ...I had no other choice then to go where nobody else was."
91	小春	Koharu	「………」	"........."
92	雪菜	Setsuna	「で、付属に入って、 今までとは人との付き合い方を変えた。 あんまり友達とベタベタしないで、少し距離を置いた」
93	小春	Koharu	「…っ」
94	雪菜	Setsuna	「みんなとの距離が近ければ近いほど、 ちょっとしたことで、徹底的に仲間外れになる。 …だったら最初から、近づかなければいい」
95	小春	Koharu	「～っ！」
96	雪菜	Setsuna	「…あなたがそんな悔しそうな顔しなくても」
97	小春	Koharu	「だって、誤解じゃないですか… それ、単なる逆恨みじゃないですか」
98	雪菜	Setsuna	「杉浦さんの場合も、そうだったんだよね？ 昨日まで友達だった人に、あることないこと言われて…」
99	小春	Koharu	「わたしは違いますっ！　誤解じゃありません。 本当に裏切ったから罰を受けただけです」
100	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
101	小春	Koharu	「…友達は、正しいことをしただけです。 小木曽先輩のときとは、状況が違います」
102	雪菜	Setsuna	「そう、かな？」
103	小春	Koharu	「小木曽先輩は悪くないです… だから、悔しいんです。 その時の辛さ、今のわたしにはわかっちゃうから」
104	雪菜	Setsuna	「ふふっ… 本当に、聞いた通りの人なんだね」
105	小春	Koharu	「そう、ですか？」
106	雪菜	Setsuna	「初めて会った相手の、しかも昔話にまで、 自分のことのように…ううん、自分のことそっちのけで、 本気で庇おうとする」
107	小春	Koharu	「でも、何もできません。 結局、役に立ちません。 そんなの、意味ないですよ…」
108	雪菜	Setsuna	「絶対に自分のことは正当化しない。 何があっても人のせいにしない」
109	小春	Koharu	「本当に自分の責任だからそう言ってるだけです。 行動が伴わない自分が悪いんです」
110	雪菜	Setsuna	[F16「…ほんと、そっくりだよ」]
111	小春	Koharu	「え？」
112	雪菜	Setsuna	「…でね、ここからは最近の話になるんだけど」
113	小春	Koharu	「は、はい…」
114	雪菜	Setsuna	「先週…同窓会だったんだ。 中学の」
115	小春	Koharu	「…行ったんですか？」
116	雪菜	Setsuna	「うん、行った。 今でも一人だけ仲良くしてくれてた子がいてね。 その子も出席するって言うから」
117	小春	Koharu	「………」	"........."
118	雪菜	Setsuna	「服はちょっと地味めにして、早めに家を出て、 ちょっと道に迷いながらも無事会場にたどり着いた。 …結構大きめな、おしゃれなイタリアンのお店でね」
119	小春	Koharu	「………」	"........."
120	雪菜	Setsuna	「でも、いざお店に入ろうとしたら、 急に足がすくんじゃってね…」
121	小春	Koharu	「っ…」
122	雪菜	Setsuna	「何度も入り口の前でうろうろしたり、 周囲をぶらぶら歩き回ったり、 少し遠くから入っていく人たちを眺めてたり」
123	小春	Koharu	「…入れなかったんですか？」
124	雪菜	Setsuna	「うん。自分一人じゃどうしようもなくて。 結局、３０分くらいで諦めて、 駅の方に戻っていった」
125	小春	Koharu	「そう、ですか…」
126	雪菜	Setsuna	「そしたら、いきなり後ろから肩を叩かれて」
127	小春	Koharu	「あ、もしかして、 一人だけずっと仲の良かった友達！」
128	雪菜	Setsuna	「ところがね… 仲良しグループのリーダーだったコ。 わたしが告白された男の子のこと、好きだった女の子」
129	小春	Koharu	「そんな…」
130	雪菜	Setsuna	「彼女はね、お店の窓からわたしのこと見つけて、 急いでわたしのところまで追いかけてきたの」
131	小春	Koharu	「その人、まだ小木曽先輩のこと…」
132	雪菜	Setsuna	「………そこからはね、 拍子抜けするほど、懐かしくて賑やかな同窓会だった」
133	小春	Koharu	「………ぇ？」
134	雪菜	Setsuna	「仲良し五人組、全員集まってた。 みんな昔のこと、ほとんど覚えてて、 次から次へとわたしに話しかけてきて」
135	小春	Koharu	「…みなさん、なんて言ってたんです？ 小木曽先輩との仲違いのこと」
136	雪菜	Setsuna	「あ～、そんなこともあったねぇ…って」
137	小春	Koharu	「そんな…っ」
138	雪菜	Setsuna	「いじめた方はすぐに忘れるけど、 いじめられた方はずっと覚えてるって、 よく言われるけどね…」
139	雪菜	Setsuna	「…やっぱり、その通りだった。 例の友達の子を除いて、 みんなそのことだけは結構忘れてるの」
140	小春	Koharu	「…怒ったり、しませんでした？」
141	雪菜	Setsuna	「わたしも最初『何それ？』って思ったよ。 もう六年以上も、ずっと心から離れることはなかったのに。 …わたしの人生変えといて何言ってるのこのコたちって」
142	小春	Koharu	「…そう、言わなかったんですか？」
143	雪菜	Setsuna	「言えないよ…」
144	小春	Koharu	「どうしてです？ 悔しくなかったんですか？」
145	雪菜	Setsuna	「悔しかったけど、 それ以上に楽しくて、嬉しくて、懐かしくて… やっぱり、みんな大好きだったから」
146	小春	Koharu	「………」	"........."
147	雪菜	Setsuna	「二次会はカラオケ… 誘ってくる男の子たちは全員スルーして５人だけで」
148	雪菜	Setsuna	「わたしがいきなり５曲連続で入れちゃったら、 みんな遠慮なく大ブーイングで… って、遠慮ないのはわたしの方だね」
149	雪菜	Setsuna	「でも、みんなわたしがカラオケ大好きなの知ってるから、 手拍子やマラカスで盛り上げてくれたり、 歌を聴きもせずに思い出話で盛り上がってたり…」
150	雪菜	Setsuna	「…ほら、これがその時の写真。 みんなと携帯番号交換した。 今度、夏休みにでも旅行行こうって話になった」
151	小春	Koharu	「…楽しそう、小木曽先輩」
152	雪菜	Setsuna	「本当に楽しかった。 なんか色んなことが吹っ飛んでいった。 …またわたしの人生、変わった気がした」
153	小春	Koharu	「そうですか…そうなんですか」
154	雪菜	Setsuna	「ここまで…六年かかった。本当に長かった。 …その間、仲直りしようと頑張ったかって聞かれると、 ちょっと弱いけどね」
155	小春	Koharu	「でもよかった… 本当に、よかったです」
156	雪菜	Setsuna	「…あなたなら、 そうやって本気で喜んでくれるって思ってた」
157	小春	Koharu	「あ…ごめんなさい。 わたし、勝手に自分のことみたいに…」
158	雪菜	Setsuna	「ううん。 自分のことだと思って欲しくて話したの」
159	小春	Koharu	「あ…」
160	雪菜	Setsuna	「あなたにも希望を持ってもらいたかった。 …あなたの今の辛さ、 わたしには、わかってしまうから」
161	小春	Koharu	「小木曽先輩…」
162	雪菜	Setsuna	「なんて、ただの押しつけかもしれないけど… 自分がうまく行ったからって、 あなたがうまく行く保証なんかないのにね」
163	小春	Koharu	「そんなことないです… たくさんの勇気、もらいました」
164	雪菜	Setsuna	「ありがとう。 そう言ってもらえると、嬉しいな」
165	小春	Koharu	「本当に、本当に… 聞いた通りの、優しい人ですね、あなたって」
166	雪菜	Setsuna	「あ、なんだ。わたしのことも聞いてたの？ やだな、どんなこと言われてたんだろ？」
167	小春	Koharu	「わたし、今までなんてことしてたんだろう。 自分の身勝手さが、余計みじめに感じてくる…」
168	雪菜	Setsuna	「杉浦さん…？」
169	小春	Koharu	「もう、返さないと… ううん、一度も手に入れられたことなんかないけど、 でも、もう二度とあんなことしないって、誓わないと」
170	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
171	小春	Koharu	「あ、あのっ、小木曽先輩… わたし実は…っ」
172	雪菜	Setsuna	「杉浦小春さん」
173	小春	Koharu	「っ…は、はい…？」
174	雪菜	Setsuna	「あなたも、諦めないでね？ 友達との仲直り」
175	小春	Koharu	「は、はい… あ、でも今はそのことじゃなくて…」
176	雪菜	Setsuna	「そこまで頑張って… 何もかも敵に回してあなたが手に入れたものは、 それだけの価値があるんだって信じていいと思うよ」
177	小春	Koharu	「………え？」
178	雪菜	Setsuna	「あと、そうやって自分ばかり責めないで。 ほんと、春希くんに聞いた通り。 …そんなところまで、彼そっくりなんだから」
179	小春	Koharu	「っ！？ あ、あ………ああ…っ」
180	雪菜	Setsuna	「だからわたし、あなたのこと好きになれそうだよ。 頑張ってね、小春さん…て呼んでいいかな？」
181	小春	Koharu	「ごめんなさいっ！ ごめんなさいぃぃっ！」
182			………	.........
183			『お願い』
184			『孝宏に聞いたんだけど、 今日、杉浦さんの入試の日だよね？』
185			『募集人員が少ないから競争率が高いんだって？ 色々と厳しいかもしれないけれど、 合格することを祈ってます』
186			『それで、実はお願いがあるんだけど…』
187			『試験が終わった後の一時間だけ、 彼女を貸してくれませんか？』
188			『もちろん、これはわたしの勝手なワガママです。 もう関係ないはずのわたしがこんなこと言うなんて、 お門違いも甚だしいってわかってます』
189			『それでも、一度だけ話をしたい。 彼女の悩みを聞いてあげたい。 彼女のこと、知りたい』
190			『絶対に、春希くんには迷惑をかけません。 これで最後にします』
191			『連絡、待ってます』
192	春希	Haruki	「………」	"........."
193			このメールが届いたのは、 小春を送り出してすぐのことだった。
194			すぐに俺は、小春の試験会場とタイムテーブル、 そして待ち合わせ場所を返送し、 小春の帰りを待つ権利を、雪菜に譲った。
195			小春は、驚くだろう。 その場を提供した俺を恨むかもしれない。
196			そして真実を知ったとき… 自分のせいだと、嘆くのかもしれない。 また、抱え込もうとするかもしれない。
197			俺と雪菜が、二月最後のあの雪の日…
198			小春の卒業式の前日の夜に、 もう、別れの言葉を交わしていたことを…
199	雪菜	Setsuna	「あ…」
200	春希	Haruki	「ん？」
201	雪菜	Setsuna	「雪…」
202	春希	Haruki	「本当だ…」
203			予報の時点から、時間の問題だった。 外のあまりの寒さも、いかにもだった。
204			だから俺は、運命的なものを感じていたんだ。 『また雪か』って。
205	雪菜	Setsuna	「そっか…」
206	春希	Haruki	「うん」
207	雪菜	Setsuna	「そっかぁぁ…」
208	春希	Haruki	「………」	"........."
209			雪菜を裏切るとき、 天が、俺の醜い行いを覆い隠すために降らせてくれる慈悲。
210			…俺にだけ優しく、 一文字をもらっているはずの雪菜にとって残酷な、 舞い降りる白い結晶。
211	雪菜	Setsuna	「孝宏がそのコの話をしたとき、 武也くんは俯いて、依緒は泣きそうになってた」
212	春希	Haruki	「そう…」
213	雪菜	Setsuna	「二人とも、わたしと同じで、 自分と重ね合わせてるのかなって思ったんだけど…」
214	春希	Haruki	「知ってたんだよ… そのコから友達を奪った大学生ってのが、 この俺だってこと」
215	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
216			言ってしまった。 とうとう、言ってしまった。
217			杉浦小春という少女が好きだと言うことを。
218			雪菜とメールで会話していたときも、 プレゼントを交換していたときも…
219			ずっと俺の傍らに、 その少女が寄り添っていたことを。
220	春希	Haruki	「全部、俺が引き起こしたことなんだ。 彼女…小春は、俺を庇おうとして巻き込まれたんだ」
221	雪菜	Setsuna	「責任、感じてるの？」
222	春希	Haruki	「感じずにはいられないよ… 俺さえしっかりしてたら。 俺が、彼女の友達を傷つけたりしなかったら…」
223	雪菜	Setsuna	「あなたと出逢わなかった未来を そのコが望むと思うなら、 春希くんは、責任感じてもいいのかもね」
224	春希	Haruki	「それは…」
225	雪菜	Setsuna	「そのコは、後悔してた？ 春希くんと出逢わなければよかったって嘆いてた？」
226	春希	Haruki	「………」	"........."
227			逆だ。 面と向かって、はっきり『そんなの嫌』って言われた。
228	雪菜	Setsuna	「…やっぱりね。 だから、春希くんは責任なんか感じる必要ない。 ただ、自分が一番好きな女の子を守ろうとすればいい」
229	春希	Haruki	「っ…」
230	雪菜	Setsuna	「あ…気づいちゃったかな？ わたしが嫌味言ってるって」
231			それは嫌味なんて生易しいものじゃなくて、 自分と俺の両方を追い込む、容赦ない追及だった。
232	雪菜	Setsuna	「でも、わたしがこんなこと言うのおこがましいよね？ クリスマスの時、わたしがあなたに何をしたか…」
233	春希	Haruki	「雪菜は悪くない！ だから責任感じる必要なんか何もない！」
234	雪菜	Setsuna	「…つまり、今春希くんが一番好きな女の子は、 何の責任も良心も罪悪感も関係なく… 純粋に春希くんが一番想ってる女の子なんだよね」
235	春希	Haruki	「………っ」
236			そして、その厳しい追及の手を、 雪菜は緩める気なんか全然ないみたいだった。
237	雪菜	Setsuna	「じゃあ、春希くんがこれからどうすべきか、 わたしに聞かなくてもわかるんじゃない？ こんなところで、わたしに構ってる暇なんか…」
238	春希	Haruki	「雪菜ぁ…っ」
239			まるで、自分の身体に剣を突き刺して、 俺を抱きしめるような、そんな言葉だった…
240	雪菜	Setsuna	「わたしのこと、酷いって思う？」
241	春希	Haruki	「思わない… 思わない、けどっ」
242	雪菜	Setsuna	「けど、春希くんだって酷いんだよ？ …その、彼女に対して」
243	春希	Haruki	「え…」
244	雪菜	Setsuna	「どうしてずっと見守るだけだったの？ 初めからいつものお節介で何とかしてあげれば、 彼女は辛い目に遭わなかったのかもしれないのに」
245	春希	Haruki	「それ、は…」
246			当事者が出張って、 余計に混乱に拍車を掛けるのを恐れたから。
247			俺の方も色々あって、 彼女の学校の方にまで手が回らなかったから。
248			小春が、いいって言ったから…
249	雪菜	Setsuna	「責任なんか感じなくていい。 ただ、好きな女の子なら必死に守ってあげてよ。 そのコのこと、救ってあげてよ…」
250	春希	Haruki	「………」	"........."
251			そんなふうに、自分のこと棚に上げても仕方ない。
252			だって、雪菜からして自分のこと棚に上げてる。 そのことを十分わかってて俺を責めてる。
253	雪菜	Setsuna	「春希くん、わたしの昔のこと、知ってるでしょ？ 今の彼女の気持ち、わたしがどう感じてるか わかってるんでしょ？」
254	春希	Haruki	「………うん」
255			中学時代…
256			たったひとつの望まぬ告白から生まれた、 強かったはずの絆に生じた亀裂と、その崩壊。
257	雪菜	Setsuna	「あのとき、もし側に春希くんがいてくれたなら、 わたしは絶対にあなたにすがりついてた。 …二度と、その手を離すことはなかったかもしれない」
258			小春と同じ針のムシロを味わったことのある雪菜は、 今の小春が報われないことに納得してない。 彼女が何もかも失うことが我慢できない。
259	雪菜	Setsuna	「なら、今のわたしが求めてるものもわかるでしょう？ …中学時代のわたしを、助けてあげてよ」
260	春希	Haruki	「雪菜…」
261			………それこそ、 自分が失うものと秤に掛けてでも。
262	雪菜	Setsuna	「ねぇ、春希くん」
263	春希	Haruki	「…うん」
264	雪菜	Setsuna	「今…あなたが一番守ってあげたいのは、誰？」
265	春希	Haruki	「それは…それは… 俺のせいで、一度潰れてしまったのに、 またまっすぐ、一生懸命に伸びてきた………」
266	雪菜	Setsuna	「うん…」
267	春希	Haruki	「杉浦小春って、後輩の女の子、だよ」
268	雪菜	Setsuna	「うん………」
269	春希	Haruki	「もう潰させない。 もう、辛い目になんか遭わせない。 …俺が、なんとかしてみせる」
270	雪菜	Setsuna	「やっと、言えたね」
271	春希	Haruki	「～っ」
272			その瞬間… テーブルの上に、しずくがぽたりと落ちた。
273	雪菜	Setsuna	「色々、意地悪なこと言ってごめんね？ …ちょっとだけ、嫉妬も混じってたの、否定しないよ」
274	春希	Haruki	「っ…ぅ、ぅ」
275			けれどそれは、言葉の刃を刺された方じゃなく、 突き立てた方のまぶたからこぼれ落ちたものだった。
276	雪菜	Setsuna	「彼女を、守ってあげてね？ 昔のわたし、救ってあげてね？」
277	春希	Haruki	「ごめん…ごめん…っ」
278	雪菜	Setsuna	「あなたは、治せる人を治してあげてね。 わたしの傷はもう…あなたには専門外だから」
279	春希	Haruki	「雪菜…雪菜…ぁ」
280	雪菜	Setsuna	「そう…あなただけには、 もう癒すことができないんだから」
281			………	.........
282	小春	Koharu	「………っ」
283	雪菜	Setsuna	「もう、二週間経つから… もう、こうして思い出みたいに話せるけどね」
284	小春	Koharu	「二月の最後の…雪の夜…？」
285	小春	Koharu	『…先輩？ なんか目が赤いですよ？』
286	春希	Haruki	『昨夜、寝てないから…』
287	小春	Koharu	「あ…っ！」
288	雪菜	Setsuna	「二人で相談して、 小春さんの試験が終わるまで話さないって決めたんだ。 …変に責任感じられて、試験に影響しても困るから」
289	小春	Koharu	「あ、あ…そんな…」
290	雪菜	Setsuna	「本当は、会うのも悪いと思ってたんだけどね。 …絶対に、辛い思いさせちゃうから」
291	小春	Koharu	「わたし、そんなつもりじゃ！ 受験が終わったら、家庭教師が終わったら…」
292	雪菜	Setsuna	「春希くんが選んだんだよ。 あなたのことが一番好きだって」
293	小春	Koharu	「違うっ、違います！ わたしがいつまでも先輩を手放さなかったから！ あなたに、返そうとしなかったから…っ」
294	雪菜	Setsuna	「だからあなたは、彼の隣にいられる。 わたしは、いられない」
295	小春	Koharu	「………っ」
296	雪菜	Setsuna	「やっぱり、ごめんね。 ここまで責任感じるなんて…思ってたけど」
297	小春	Koharu	「だけど…だけどぉ…」
298	雪菜	Setsuna	「それでも、どうしても会いたかった。 会って、お話をしたかった」
299	小春	Koharu	「小木曽先輩…どうして」
300	雪菜	Setsuna	「一つは、嬉しいことがあったから。 …一番喜んでくれそうな人に、話したかったから」
301	小春	Koharu	「それって…」
302	雪菜	Setsuna	「うん、仲直りのこと。 …実はね、家族にすら話してない最新情報なんだよ？」
303	小春	Koharu	「それを…わたしに？」
304	雪菜	Setsuna	「二番目は、あなたに元気になってもらいたかったから。 春希くんとは関係なく、孝宏の………尊敬する人だから」
305	小春	Koharu	「小木曽が…」
306	雪菜	Setsuna	「本人、すごく言葉を選んでたけどね。 あんな理不尽なことされるコじゃないって、 自分の力不足が悔しかったって、嘆いてた」
307	小春	Koharu	「………されるコですよ、わたし。 あんなに力になってくれた小木曽まで裏切ったんだから」
308	雪菜	Setsuna	「本人はそんなふうに思ってないから安心して。 …だって、わたしも思ってないもの」
309	小春	Koharu	「だからって…」
310	雪菜	Setsuna	「似たもの[R姉弟^きょうだい]なんだ、わたしたち。 同じようにのんびり屋で、同じようにうっかり者で、 …だから、同じような相手に憧れるの」
311	小春	Koharu	「………」	"........."
312	雪菜	Setsuna	「なんてね。 本当は、三番目の理由… 単なる好奇心ってのがほとんどなんだけど」
313	小春	Koharu	「好奇心…？」
314	雪菜	Setsuna	「どんなコかなぁって、思ったの。 春希くんそっくりの、お節介で生真面目で… そして、とても素敵な女の子って」
315	小春	Koharu	「………」	"........."
316	雪菜	Setsuna	「それだけ。 …長いこと付き合わせて悪かったね」
317	小春	Koharu	「わたし、そんなんじゃ…」
318	雪菜	Setsuna	「春希くんと、待ち合わせなんだよね？」
319	小春	Koharu	「いえ、それは…」
320	雪菜	Setsuna	「彼、御宿の駅前で待ってるって。 ここからなら、３０分くらいかな？」
321	小春	Koharu	「わたし、先輩のところには…」
322	雪菜	Setsuna	「ええと…７時くらいにそちらに着きます。 わたしが責任持って送り出します」
323	小春	Koharu	「お、小木曽先輩…っ」
324	雪菜	Setsuna	「ほら、送信しちゃった。 これであなたが春希くんのところに行かないと、 全部わたしのせいってことになるね？」
325	小春	Koharu	「そんな…」
326	雪菜	Setsuna	「ありがとう、小春さん。 けれど、もう帰る時間だよ。 …もちろん、春希くんのところにね」
327	小春	Koharu	「………」	"........."
328	小春	Koharu	「寒…」
329	小春	Koharu	「………」	"........."
330	小春	Koharu	「どうしよう、わたし…」
331	小春	Koharu	「………」	"........."
332	小春	Koharu	「やっぱり、もう一度話そう。 こんなの…だってこんなの、酷いよ」
333	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
334	雪菜	Setsuna	「危なかったなぁ。 思わず、途中でやっちゃうところだった」
335	雪菜	Setsuna	「でも、もういいよね…」
336	雪菜	Setsuna	「ノルマ、果たしたよね」
337	雪菜	Setsuna	「姉として。 そして、元カノとして…」
338	雪菜	Setsuna	「二週間も我慢したんだから… もう、いいんだよね？」
339	雪菜	Setsuna	「………っ」
340	春希	Haruki	「じゃあ… 俺、もう行くから」
341	雪菜	Setsuna	「うん…」
342			俺がしゃくり上げて、喋れない時間の間も、 雪菜は優しく、俺を見つめていてくれた。
343			こんなに情けない… こんなに残酷な俺を、 その、慈悲深い瞳で許してくれてしまった。
344	店員	Clerk	「ちょうどいただきます。 ありがとうございました」
345			だから俺は、尻尾を巻いて逃げ出すしかなかった。
346			本当の意味で、俺を責めてはくれなかった雪菜…
347			その最後の姿は、これからもずっと、 俺の脳裏に残り続けるってわかってしまったから。
348	春希	Haruki	「っ…」
349			外に出た瞬間、思った以上の雪と寒さに、 思わず白いため息を漏らす。
350			席のすぐ横の窓から見えていたはずの雪は、 直接体に浴びると、想像以上の勢いで、 俺の周囲を覆っていく。
351			一歩を踏み出すと、 こういう日に特有の、きゅっと甲高い音が 俺の靴から鳴らされる。
352			いつの間にか、道を白く染めていたその雪は、 俺の足に潰されて何度も断末魔の響きを上げる。
353			けど、この降り方じゃ、 きっとすぐにその白い生命を取り戻すに違いない。
354			つまり、ここでもやっぱり、 俺のできることなんか、何もないって…
355	春希	Haruki	「…？」
356			ずっと、下ばかり見ていたせいで気づかなかった。
357	春希	Haruki	「あ…」
358			今、俺のいる場所が、 俺たちの座っていた窓際の席のすぐ側だったなんて。
359	春希	Haruki	「っ…」
360			雪菜が、笑顔で手を振っていた。
361			その姿が、その姿こそが… 俺を必死で救ってくれようとする、その優しさが…
362			やっぱり、これからもずっと… 俺の、深い記憶の溝に刻まれていくんだと思う。
363			いつまでも、いつまでも…
364	小春	Koharu	「………っ」
365			………	.........
366			……	......
367			…	...
368	小春	Koharu	「先輩」
369	春希	Haruki	「あ…」
370			駅前の大時計が、ちょうど７時を指したとき…
371			俺の待ち望んだ少女が、 俺の目の前に立つ。
372	小春	Koharu	「先輩…」
373	春希	Haruki	「試験、どうだった？」
374	小春	Koharu	「………先輩」
375			けれど、その愛しの後輩は、 『先輩』以外の言葉を忘れてしまったかのように、 俺の前に立ち尽くしたままだった。
376	春希	Haruki	「…とにかく、お疲れ。 さ、家に帰ろう。 晩飯、一応用意してるから」
377	小春	Koharu	「今からわたし、先輩のこと、ぶちます」
378	春希	Haruki	「…うん、頼む」
379	小春	Koharu	「だから、わたしを、ぶってください」
380	春希	Haruki	「………それは断る」
381			小春がそんなこと言い出す理由は、 もちろん、全部わかってる。
382	小春	Koharu	「酷いじゃないですか… 最低じゃないですか、わたしたち」
383	春希	Haruki	「そうだよ。 俺たちは、最低だ」
384			…雪菜は、本当に何もかも許してしまったんだ。
385	小春	Koharu	「あんなにも素敵な人を、あんなにも優しい人を…っ、 わたし、最悪の女だ…やっぱり、とんでもないビッチだ」
386	春希	Haruki	「だとしても… 俺にとっては世界一大切な女の子だ」
387	小春	Koharu	「なに考えてるんですか… 本当に、なにを考えてるんですか、先輩はぁ…っ」
388	春希	Haruki	「小春のこと… 小春の力になれること、必死で考えてる」
389	小春	Koharu	「そんなの、後悔します。 絶対、絶対に後悔しますってば」
390	春希	Haruki	「するに決まってるだろ」
391	小春	Koharu	「っ…」
392	春希	Haruki	「雪菜でも、小春でも… どっちを選んでも、後悔する」
393	小春	Koharu	「だったら…だったらぁ」
394	春希	Haruki	「だったら俺は、ほんの少しでも後悔の少ない方を… 今の俺が、一番好きな女の子を選ぶしかないだろ」
395	小春	Koharu	「～っ！」
396			小春は、ぶたなかった。 でも、俺の胸に深く響く衝撃が襲った。
397			俺は、胸にぶつかった頭をぎゅっと抱きしめて、 その、色んな感情のぶつかり合いで震えるしかない身体を、 強く、引き寄せる。
398	春希	Haruki	「俺は、助けられるひとしか助けられない。 雪菜はもう、俺が助けられる女の子じゃない」
399	小春	Koharu	「なんで…なんでぇ…」
400	春希	Haruki	「とか、そんな理屈がどうとか言うのは照れ隠しで… ただ、好きな女の子の力になりたかった。 それだけなんだ」
401	小春	Koharu	「ひっ…ぅ、ぅぅ…っ」
402	春希	Haruki	「あ…」
403			そういえば… やっと言えてる、俺。
404	小春	Koharu	『だって、好きって言ってもらったことないもん』
405	小春	Koharu	あのときに、小春に無意識に糾弾された、 あの、ずっと言えなかった言葉を…
406	小春	Koharu	あまりにも当然のように、 あまりにもさり気なく、 せっかく言葉にしたのに、気づかれないくらいに…
407	春希	Haruki	「小春…あのさ。 俺、小春のこと…」
408	小春	Koharu	「大事にします… 大事にしますから、先輩のこと…っ」
409	春希	Haruki	「お、おい… ちょっと待てよ」
410			それ、まさに今俺が言おうとしてた… 間違いなく、俺が言わなくちゃならない…
411	小春	Koharu	「好きです、大好きです… もう、離しませんっ」
412	春希	Haruki	「だからそれも…」
413			けれど、そんな男の理屈… 直球の小春に通用するはずもなく…
414	小春	Koharu	「先輩…春希先輩…っ、 ぅ、ぃぅ…ぅぇぇぇ…っ」
415			俺の抱きしめる腕の力が、 小春が背中に回してきた腕の力に負けそうになる。
416			だから俺も負けじと、 息が詰まるくらいに、小春のこと抱きしめる。
417	春希	Haruki	「………そうだな、小春。 これからも、よろしく頼む」
418	小春	Koharu	「はいっ… 任せて…任せてくださいっ」
419			きっと俺は、いつまでもこの少女には勝てないんだろうな。
420			いつまでも、いつまでも…

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