White Album 2/Script/3111

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1	春希	Haruki	「ですから、現在は直接の取材はお断りしておりまして… ええ、申し訳ありません。本人の強い希望で」
2	春希	Haruki	「はい、はい、メールでの回答なら大丈夫です。 お手数お掛けしますが、よろしくお願いします」
3	春希	Haruki	「わかりました。１４日までには必ず。 それでは、失礼いたします」
4	春希	Haruki	「ふぅ…」
5			携帯を切ると、液晶画面に １：１５という時刻が表示された。
6			いつも付き合いのある雑誌社からだったけど、 担当が替わったらしく、色々と話が通らず、 つい長電話になってしまった。
7			…しかしまぁ、そんな面倒くさい深夜の長電話でも、 怒る気になれないのは、 相手の職種によるところが大きいのかも…
8	春希	Haruki	「…ごめん、起こしちゃったか」
9			けれど、そんなふうに我慢できるのは、 相手の仕事の大変さを理解できている人間だけで、 逆にその職種を嫌ってる奴にとっては…
10	かずさ	Kazusa	「ううん、起きたくて起きただけ」
11			と、背後のベッドがもぞもぞする気配に振り向くと、 俺のほうをじっと見つめている長い黒髪の女性。
12			…なんて、今さら気取ってもしょうがない。 要するにかずさが眠そうな瞳をこちらに向けていた。
13	春希	Haruki	「でも、うるさかったろ。 やっぱり仕事部屋、別にした方が…」
14	かずさ	Kazusa	「駄目、絶対に許さない」
15	春希	Haruki	「普通は逆だろ…」
16	かずさ	Kazusa	「春希のキータッチが、メールの着信音が、 電話のビジネスライクな声が、あたしの子守唄だから」
17	春希	Haruki	「訳わからん…」
18	かずさ	Kazusa	「春希は黙ってこの部屋で仕事してればいいんだよ。 …んしょ、と」
19	春希	Haruki	「っ…重いぞ」
20	かずさ	Kazusa	「背もたれができてちょうどいいだろ。 お前、座ってる時の姿勢悪いぞ？」
21			ベッドからのそのそと這い出して、 何故か俺と背中合わせにぺたんと床に座り込む。
22			俺の背中にかずさの重みがのしかかる。 完全に力を抜いて、俺に身体を預けてきてる。
23			…いや、理由はわかってるけど。 こいつ、ただくっつきたいだけなんだって。
24			俺が仕事をしてる時でも、気づくと膝の上で寝てたり、 肩に頭乗せて寝てたり、こうして背中合わせで寝てたり、 人の体を枕か何かと勘違いしてやがる。
25			本当に、なんと言うか… ここまでスキンシップ中毒とは思っていなかった。
26	春希	Haruki	「そういえば、今の電話だけどさ… 今度のプラハ公演のことで取材申し込みが…」
27	かずさ	Kazusa	「あ～、そういうのはお前が勝手に答えといて」
28	春希	Haruki	「…またかよ」
29			そこまでして、俺を枕扱いしたいからなのか、 かずさは、俺が仕事を家に持ち込むことを許してくれた。
30			けれど、家に仕事部屋を作ることには猛反対し、 結局、こうして二人の寝室に俺の仕事を持ち込ませた。
31	かずさ	Kazusa	「だってあたしが適当に答えたって、 お前いっつも全部直すじゃないか。 最初からあたしが答えるだけ無駄だよ」
32	春希	Haruki	「今正解を言ったよな？ お前が適当に答えるから悪いんだろうが」
33			かずさは、わかってるから。 どうせ俺が一日のほとんどを仕事に費やすって。
34			何しろ、肝心の担当アーティストが、 ピアノ以外なんにもやんない奴だし。
35			それこそ下着を穿くのだって、 下手すりゃマネージャーにやらせようとするくらい。 …いや、脱がす方なら普通にやるんだけど。
36	かずさ	Kazusa	「別にいいだろ… ピアノだけ弾いてればいいって言ったのはお前だ。 …あたしはお前の望む通りの女やってるだけだ」
37	春希	Haruki	「まぁ、それでいいんだけどな」
38	かずさ	Kazusa	「っ…本当にお前は。 どこまであたしを甘やかせば気が済むんだ」
39	春希	Haruki	「嫌か？」
40	かずさ	Kazusa	「答えのわかってる質問をするな。 あたしが世界一の甘党だってこと、 世界一知ってるくせに」
41			あれからも、かずさはずっとピアノを続けてる。
42			そして俺は、冬馬かずさのマネジメントという、 株式会社冬馬曜子オフィスの生命線とも言える仕事に、 いつの間にか就かされていた。
43			それ以来、株式会社冬馬曜子オフィス欧州支部は、 一人の所属アーティストと一人のマネージャーという、 日本人のみの最小構成で稼動してる。
44			ちなみに昨年、その唯一の所属アーティストは、 冬馬かずさという“芸名”を、 “新しい本名”に合わせようとした。
45			けれど、ビジネス戦略上“冬馬”という名字を重んじる 欧州担当マネージャーに却下され、 しばらくは愚痴が絶えなかったっけ。
46	春希	Haruki	「寝るならベッドに戻れ。 来月にコンサート控えてるんだからな。 今風邪引いたら許さないぞ」
47	かずさ	Kazusa	「お前がベッドの中で仕事すればいいだけじゃないか。 何もかも人のせいにするな」
48	春希	Haruki	「そしたらお前、悪戯するだろ。 仕事になんないだろ」
49	かずさ	Kazusa	「当たり前だ。 お前と一緒のベッドにいて、 あたしが我慢できる訳ないだろ」
50	春希	Haruki	「ああもう訳わからん…」
51			と、まぁ、それはともかく…
52			忙しい二人が少しでも一緒にいられる方法として、 この『何もかも公私混同する』というスタイルは、 俺たちの中にしっかり根付いてる。
53			今、俺たちが一緒にいない時間は、 かずさがピアノを弾いてる一日十時間。
54			…かずさにとって、それくらいが我慢の限度らしかった。
55	春希	Haruki	「あれ、お母さ…社長からだ」
56	かずさ	Kazusa	「…元気でやってるかな」
57			けれど俺も、そんなかずさを引き離そうなんて、 一度たりとも思えなかった。
58			それは、お互いを想う気持ちももちろんあったけど、 やっぱりまだ、一人にさせられない事情もあった。 そして、一人になれない事情も、また…
59	春希	Haruki	「ああ、元気いっぱいみたいだぞ。 先月北海道に講演に行ってきたんだってさ。 …ウニとイクラとカニとホタテの話ばかりだけど」
60	かずさ	Kazusa	「病院のベッドに帰れって伝えて。 …本当に元気ならウィーンに来やがれって」
61			あれから二年。
62			かずさはピアノを続けている。 俺は新しい仕事に打ち込んでいる。
63			…俺たちは、頑張って生きている。
64			それでもたまに、 目が覚めた時、 かずさが泣きながらうなされている時がある。
65			そして俺が目覚めた時、 かずさが心配そうに俺を見つめている時がある。
66			俺たちは、お互いそのことを何も話したりしない。 ただ、相手の涙を指で拭いたり、舌先で舐め取ったり、 そうやって、見えない傷を舐めて癒しあう。
67			だからやっぱり、 かずさは俺の側を離れない。 俺は、かずさを側に置き続ける。
68			そう…あれから二年。
69			俺たちはまだ、あの国のことを口に出せずにいる。
70			長く過ごした場所ほど。 思い出深かった出来事ほど。 近しかった人ほど…
71			そんな、強く思っていることこそ 固く口を閉ざし、大きく目を背け、必死に耳を塞ぎ、 日々を、過ごしてる。
72			ひとときも忘れることができないほどに…
73			………	.........
74	アナウンサー	Announcer	「それでは続いてお天気のコーナーです。 柳原さ～ん」
75	朋	Tomo	「はい、こんばんは、柳原朋です。 今夜のお天気、いつものように、 東亜テレビ本社ビル屋上から中継でお伝えしま～す！」
76	アナウンサー	Announcer	「柳原さん、そちらすごい風みたいですね」
77	朋	Tomo	「そうなんですよ～。見てくださいこの温度計。 ただ今、６時４０分現在で２度を指しています」
78	朋	Tomo	「今夜の関東地方なんですが、 西からの低気圧の影響で厳しい寒さが予想されます」
79	新人編集部員	Rookie Editor	「っ！？」
80	松岡	Matsuoka	「なんだこの記事？ 『柳原アナ、ドラフト一位ルーキーと熱愛発覚か？』 …タイトルも中身も最低だな」
81	新人編集部員	Rookie Editor	「あ、やっぱそう思います？ ちょっと低俗になっちゃったな～って言うか」
82	松岡	Matsuoka	「そういうこと言ってんじゃないんだよ！ 全然掘り下げてねえのが問題なんだよ！」
83	新人編集部員	Rookie Editor	「そ、そうっすか？」
84	松岡	Matsuoka	「現場写真の一枚もなし。コメントも事務所公式だけ。 …裏付け取材とかどんくらいしたんだよ？ 夜討ち朝駆けって言葉知ってる？」
85	松岡	Matsuoka	「低俗なネタなら低俗な記事に徹しろ。 格調高いネタをお行儀良く書きたいなら、 一度でもスクープをモノにしてからにしろ」
86	新人編集部員	Rookie Editor	「でも取材中に考えちゃったんすよねぇ… こういう記事、グラフに合わないんじゃないかな～って」
87	松岡	Matsuoka	「合わないなら隣の編集部にでもねじ込みゃいいだろ！ お前、グラフの部員ってより前に開桜社の社員だろ！」
88	新人編集部員	Rookie Editor	「けど俺、新人ですし、そんなコネないっすよ」
89	松岡	Matsuoka	「なら上使えよ！ 俺だって木崎さんだって浜田デスクだって！ …別に鈴木さんだって構わない」
90	鈴木	Suzuki	[F16「を～い、わたしゃあんたより格下かい」]
91	松岡	Matsuoka	「そんなサラリーマン根性で編集が勤まると思ってる？ お前、この業界ナメてんじゃね？」
92	木崎	Kizaki	[F16「お前は余裕で勤まるとか思ってたよなぁ昔…」]
93	松岡	Matsuoka	「外野は黙っててください！ 俺、何か間違ったこと言ってます？」
94	木崎	Kizaki	「いや…まぁ、確かに正論だけどさ」
95	鈴木	Suzuki	「なんか感慨深いよね。 あの松っちゃんがここまで言うようになったかってね～」
96	松岡	Matsuoka	「俺にだって責任ってものがあるんですよ。 自分だけじゃなく、後進も育てなくちゃならないって。 俺たちが…会社を支えて行かなくちゃならないんだって」
97	木崎	Kizaki	「松岡…」
98	浜田	Hamada	「よくぞ言った松岡。 お前の言う通りだ」
99	松岡	Matsuoka	「ですよね！　デスク！」
100	浜田	Hamada	「けどそもそもお前に任せたネタだろそれ！ 自分がやりたくないからって丸投げしやがったな！？」
101	松岡	Matsuoka	「だからそれも教育の一環で～！」
102	鈴木	Suzuki	「ほんっと成長したね～。 仕事の振り方なんかもう完璧」
103	孝宏	Takahiro	「お、お待たせ～！」
104	女子大生	Female University Student	「待ったよ本当に！ ガタガタ震えながらさぁ！」
105	孝宏	Takahiro	「ごめんごめん。 研究室の後片付けが長引いちゃってさ」
106	女子大生	Female University Student	「ほら手なんかこんなに冷えちゃって！ もう感覚なくなってきたよ」
107	孝宏	Takahiro	「あ、本当だ…」
108	女子大生	Female University Student	「うん…」
109	孝宏	Takahiro	「………」	"........."
110	女子大生	Female University Student	「………」	"........."
111	孝宏	Takahiro	「…まだ感覚戻らない？」
112	女子大生	Female University Student	「…行こっか」
113			………	.........
114	女子大生	Female University Student	「いよいよ卒業だね」
115	孝宏	Takahiro	「うん…」
116	女子大生	Female University Student	「あっという間の四年間だったね…」
117	孝宏	Takahiro	「色々あったけどな。 ほんっと、色々」
118	女子大生	Female University Student	「うん…」
119	孝宏	Takahiro	「………」	"........."
120	女子大生	Female University Student	「あ、あのさ、それでさ… 今日、これからどこ行く？」
121	孝宏	Takahiro	「あ…」
122	女子大生	Female University Student	「外でごはん食べてく？ それとも、時間かかっちゃうけど作ろうか？」
123	孝宏	Takahiro	「………」	"........."
124	女子大生	Female University Student	「ね、どうせだったら部屋でのんびりしない？ ワインでも買ってってさ。 今日、泊まってけるんだよね？」
125	孝宏	Takahiro	「あ、あ～…それは…」
126	女子大生	Female University Student	「よし、決まり！ それじゃ駅前のスーパーに寄ってって…」
127	孝宏	Takahiro	「ごめん！ 今日はどうしても家に帰らなくちゃならないんだ！」
128	女子大生	Female University Student	「え、え、え～っ！？」
129	孝宏	Takahiro	「本当に申し訳ありません！ こんな遅くまで待たせておいて」
130	女子大生	Female University Student	「なんで？　なんでぇ？ 卒業旅行の行き先決めるって約束だったじゃない～」
131	孝宏	Takahiro	「明日！ 明日絶対に埋め合わせするから！」
132	女子大生	Female University Student	「そんなに大事な用なの？ わたしよりも？　二人でいることよりも？」
133	孝宏	Takahiro	「今日だけは駄目なんだ。 家族の…大事な日だから」
134	女子大生	Female University Student	「あ…」
135	孝宏	Takahiro	「…ごめん」
136	曜子	Youko	「ねぇ美代ちゃん、 北海道名物で思いつくもの片っ端から挙げてみて」
137	美代子	Miyoko	「ええっと…ウニとイクラと…」
138	高柳	Takayanagi	「今度は『北海道に行ってきました』かい。 いい加減、娘にまで見栄を張るのはやめたらどうだい？」
139	美代子	Miyoko	「そうですよぉ。 ちゃんと治療に専念してるって正直に言った方が かずささんたちも安心するでしょうに」
140	曜子	Youko	「他人事のように言わないの、美代ちゃん。 もしわたしの身に何かあったら、それから先は、 あなたがわたしの文体に似せて書くんだからね？」
141	美代子	Miyoko	「社長ぉ…」
142	高柳	Takayanagi	「君が死んだら残念ながら三年も秘密にできないよ。 何しろ大抵の国の新聞に載るからね」
143	曜子	Youko	「ふん…」
144	美代子	Miyoko	「だから社長、 これからも先生の言うことをよく聞いて、 長生きできるように頑張って…」
145	曜子	Youko	「あ…それでノリ君、来月、本当に空けられるのね？」
146	高柳	Takayanagi	「ああ…君がどうしても行くというならついていくよ。 向こうの病院にも話をつけた。 何かあったらいつでも入院できるようにしてある」
147	美代子	Miyoko	「…人が長生きしてと言ってる側から、 どうしてそんな無茶をしようとするんですかぁ」
148	高柳	Takayanagi	「万全の準備は整えているけど、 僕も美代ちゃんの意見に賛成だ。 …本当に行くのかい？　ウィーン」
149	曜子	Youko	「…これが最後のチャンスかもしれないしね」
150	高柳	Takayanagi	「どうして今なんだい？ もうちょっと暖かくなってからの方がいいんだけどね」
151	美代子	Miyoko	「もしかして、先週届いた手紙が関係してるんですか？」
152	曜子	Youko	「………」	"........."
153	美代子	Miyoko	「あの手紙が届いてからですよね？ そんなこと言い出したの…」
154	曜子	Youko	「美代ちゃん」
155	美代子	Miyoko	「は、はい…」
156	曜子	Youko	「母親ってのはね、 いつまでも子供への責任を負うべきものなのよ」
157	美代子	Miyoko	「え…？」
158	曜子	Youko	「子供の側にいる必要があると思ったら、 何を置いてでも側にいるべきものなのよ」
159	高柳	Takayanagi	「曜子ちゃん…」
160	曜子	Youko	「それが母親の既得権ってやつ。 こればっかりは、誰にも譲るつもりはないからね？」
161	武也	Takeya	「今日…朋、来るんだって？」
162	依緒	Io	「うん。 何時になっても必ず行くから 絶対に勝手に始めるなって」
163	武也	Takeya	「相変わらずワガママで勝手な奴… テレビじゃ全然そんな風に見せないくせに」
164	依緒	Io	「ま、いいじゃん。待っててやろうよ。 ここしばらく全然会ってなかったし」
165	武也	Takeya	「…そう考えると、この集まりも寂しくなったよなぁ。 昔は五人もいたのに」
166	依緒	Io	「最近じゃ、いっつもあたしと武也の二人きりだもんな」
167	武也	Takeya	「これじゃデートだな、まるで」
168	依緒	Io	「…何言ってんだよ。 そんなこと言ったら、彼女が悲しむだろ」
169	武也	Takeya	「二人きりとか言い出したのそっちだろ」
170	依緒	Io	「け、けど…いいのかよ？」
171	武也	Takeya	「何が？」
172	依緒	Io	「彼女いるのにさ… こうして別の女と毎月のように会っててさ…」
173	武也	Takeya	「いいに決まってんだろ」
174	依緒	Io	「けどさ、向こうからしてみたら…」
175	武也	Takeya	「そこで怒る女なんかこっちから願い下げだ」
176	依緒	Io	「え…」
177	武也	Takeya	「ただの友達のままでも、赤の他人に成り下がっても、 お前以上に大事な“親友”なんてこの世にいやしない」
178	依緒	Io	「っ…武也」
179	武也	Takeya	「なに怒ってんだよ」
180	依緒	Io	「あ…あたしを春希の代わりにするな。 あたしは、あたしは…」
181	武也	Takeya	「冗談だよ。聞き流せ」
182	依緒	Io	「…っ」
183	武也	Takeya	「さてと、それじゃ朋と合流するまでどうする？ とりあえず茶でも飲んで時間潰すか？」
184	依緒	Io	「………」	"........."
185	武也	Takeya	「…そんな女みたいなめんどくさい反応すんなよ」
186	依緒	Io	「…なぁ」
187	武也	Takeya	「ん？」
188	依緒	Io	「お前さ、お前、本当に…」
189	武也	Takeya	「………」	"........."
190	依緒	Io	「その、今の彼女とはさ、本気でさ…」
191	武也	Takeya	「…よそうぜ、今日だけは」
192	依緒	Io	「………そう、だな」
193	武也	Takeya	「ああ、だって今日は」
194	依緒	Io	「雪菜のためだけの日、だもんな」
195			………	.........
196	春希	Haruki	「…あれ？」
197	かずさ	Kazusa	「どうした？」
198	春希	Haruki	「何だろ、このリンク…」
199			長い長い近況報告という名の自慢や愚痴の後、 そのＵＲＬは唐突に貼られていた。
200	かずさ	Kazusa	「フィッシングサイトかな？ それともウィルス…」
201	春希	Haruki	「どんだけ信用ないんだよお前ら親子…」
202			よく見たら、そのＵＲＬは、 最後の拡張子が圧縮ファイル形式になっていた。
203			つまりそれは、どこかのサーバに置かれているファイルを ダウンロードするためのリンクってことで…
204			リンクをクリックして、 ファイルをパソコンに保存する。
205			数十メガのファイルが ディスクのアクセスランプとともに流れ込んでいく。
206	春希	Haruki	「え…」
207	かずさ	Kazusa	「なに？」
208			リンクの下… 無駄に数行開いたそのさらに下に、 曜子さんのメッセージは続いてた。
209			けれど、その内容は…
210			『もう二年にもなるし、 そろそろかと思ってね』
211			上で散々おちゃらけていた文面とは対照的の、 あの人らしくない、内容は…
212			『小木曽雪菜さんの、こと。 あの後の、彼女のこと』
213	かずさ	Kazusa	「雪菜…っ？」
214	春希	Haruki	「………」	"........."
215			あれから、二年…
216			あの国のこととともに、 ずっと、封印し続けていたその名前。
217			誰もを傷つけた、 俺たちまでも傷つけたあの日… それとは比較にならないくらいに傷つけた、彼女。
218			結局、剥がしきれずに、 今でも俺の一部として残っている、彼女。
219			口から漏れない分、心の中に溜まり込み、 今でも鮮明に、二年前の姿形を思い起こせる、彼女。
220			ダウンロードが、終わった。
221			なのに、ファイルを解凍の操作をしようとする手が、 じぶんでもよくわからない予感に震える。
222			『あなたたちにとって、 いずれは受け止めなければならないことだから』
223			『覚悟して、確かめなさい』
224			曜子さんの、一つ一つの言葉の重さが、 俺とかずさを、ざわつかせるから。
225	春希	Haruki	「開く、ぞ」
226	かずさ	Kazusa	「う…ん」
227			震える右手で、そのファイルにカーソルを合わせ、 ダブルクリックする。
228			肩に置かれた、 俺と同じように震えているかずさの手を、 左手で握りしめながら。
229			解凍後のファイルの拡張子を見てもわかるように、 それは動画だった。
230			そして、その画面の中には…
231	朋	Tomo	「ちょっと～雪菜～、 そんなしかめっ面してないで、 こっち向いてにっこり笑ってよ～」
232	雪菜	Setsuna	「無理言わないでよ… だってこれ、絶対に失敗するわけにいかないんだよ？」
233	依緒	Io	「いいじゃんどれだけミスしたって。 何度でも撮り直せばいいんだからさ」
234	雪菜	Setsuna	「そういう問題じゃないの。 今日だけは、最高の演奏と歌を…」
235	武也	Takeya	「こんな緊張する雪菜ちゃん久しぶりだな。 あれだ、学園祭のリハーサルの時の…」
236	雪菜	Setsuna	「武也くんそれ言っちゃ駄目！」
237	孝宏	Takahiro	「え～、なにそれ？ 聞かせて聞かせて」
238	朋	Tomo	「あ、それわたしも聞きたいな。 雪菜ってばいつもは舞台度胸ありすぎなんだもん」
239	依緒	Io	「そいや、あの頃の朋って、 雪菜のことメチャメチャ嫌ってたんだよね？」
240	朋	Tomo	「なっ…」
241	武也	Takeya	「そうそう。 何かと言えば『打倒、小木曽雪菜！』ってさ。 そのためなら誰を陥れても構わないみたいな」
242	孝宏	Takahiro	「え～、なにそれ？ 聞かせて聞かせて」
243	朋	Tomo	「…孝宏君、 君は面白そうな話ならなんでもいいのね」
244	雪菜	Setsuna	「ちょっとちょっとみんな！ そろそろ静かにして」
245	依緒	Io	「お、準備ＯＫ？」
246	孝宏	Takahiro	「待ってました～」
247	朋	Tomo	「ちょっと待ってね。調整するから。 ………よし、それじゃ行ってみようか」
248	依緒	Io	「頑張れ、雪菜… 特訓の成果、存分に見せてやれ」
249	武也	Takeya	「ついでに… 今の自分のことも、存分にな」
250	雪菜	Setsuna	「うん、ありがと。 それじゃ…」
251	雪菜	Setsuna	「ＰＯＷＤＥＲ　ＳＮＯＷ」
252	雪菜	Setsuna	「元[W12]気[W12]で[W12]す[W12]か[W12]？[W200] わ[W12]た[W12]し[W12]は、[W12]今[W12]で[W12]も[W12]歌っ[W12]て[W12]ま[W12]す」

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