White Album 2/Script/2313
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Speaker | Text | Comment | |||
---|---|---|---|---|---|
Line # | JP | EN | JP | EN | |
1 | 小春 | Koharu | 「っ…終わった…」 | ||
2 | 早百合 | Sayuri | 「………」 | "........."
| |
3 | 亜子 | Ako | 「………」 | "........."
| |
4 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
5 | 孝宏 | Takahiro | 「おい、待てよ杉浦!」 | ||
6 | 小春 | Koharu | 「え…?」 | ||
7 | 孝宏 | Takahiro | 「授業終わったら一瞬で消えるんだもんなぁ…」 | ||
8 | 小春 | Koharu | 「小木曽…」 | ||
9 | 孝宏 | Takahiro | 「まだ最後のホームルーム残ってるだろ。 そりゃ、もう出席は取らないけど」 | ||
10 | 小春 | Koharu | 「わたしに話しかけない方がいいよ? 小木曽までマズいことになるかもしれない」 | ||
11 | 孝宏 | Takahiro | 「ま、いいや。話は変わるけど、 杉浦さ、ウチの姉ちゃんのこと知ってるよな? ほら、前に学園祭ライブのDVD見たじゃん」 | ||
12 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
13 | 孝宏 | Takahiro | 「? 覚えてない? ほら、姉ちゃんがボーカルで、 あの冬馬かずさがキーボードで…」 | ||
14 | 小春 | Koharu | 「それが…どうかしたの?」 | ||
15 | 孝宏 | Takahiro | 「なぁ、日曜日空いてるか?」 | ||
16 | 小春 | Koharu | 「バイト」 | ||
17 | 孝宏 | Takahiro | 「実は次の月曜が姉ちゃんの誕生日でさ」 | ||
18 | 小春 | Koharu | 「さっきから一つも話が繋がってないんだけど…」 | ||
19 | 孝宏 | Takahiro | 「日曜にウチの姉ちゃんの誕生日パーティやるんだけど、 よかったら来ないか? ほら繋がった」 | ||
20 | 小春 | Koharu | 「………なんで?」 | ||
21 | 孝宏 | Takahiro | 「姉ちゃんの大学の友達とかも色々来るんだよ。 だからそんな構えずに気軽にさ」 | ||
22 | 小春 | Koharu | 「…その大学の友達が呼べって言ったの? わたしを、小木曽先輩の目の前に」 | ||
23 | 孝宏 | Takahiro | 「? 何言ってんだ杉浦?」 | ||
24 | 小春 | Koharu | 「あんたこそ何言ってんのよ…」 | ||
25 | 孝宏 | Takahiro | 「だから、パーティ来ないかって。 ただそれしか言ってるつもりはないけど?」 | ||
26 | 小春 | Koharu | 「じゃあ、どうしてわたしなの?」 | ||
27 | 孝宏 | Takahiro | 「委員長繋がりで色々とお世話になってるから。 …じゃ、駄目か?」 | ||
28 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
29 | 孝宏 | Takahiro | 「杉浦?」 | ||
30 | 小春 | Koharu | 「ごめん、小木曽。 妙に勘繰っちゃってた。 わたし、最近ちょっと性格悪くって…」 | ||
31 | 孝宏 | Takahiro | 「大した姉じゃないけど、料理はそこそこ上手いし、 冬馬かずさの話なんかもしてくれるかも」 | ||
32 | 小春 | Koharu | 「上手いんだ、料理…」 | ||
33 | 孝宏 | Takahiro | 「それに杉浦、[R峰城大^うえ]受かってるだろ? みんな先輩たちだから、 色々とためになる話も聞けるかもしれないぞ?」 | ||
34 | 小春 | Koharu | 「そう、だね」 | ||
35 | 孝宏 | Takahiro | 「だろ! だから日曜日、夕方の5時から…」 | ||
36 | 小春 | Koharu | 「ごめん、本当にバイトなんだ」 | ||
37 | 孝宏 | Takahiro | 「………そう、か」 | ||
38 | 小春 | Koharu | 「お姉さんによろしく伝えといて。 『おめでとうございます』って」 | ||
39 | 孝宏 | Takahiro | 「ん、わかった」 | ||
40 | 小春 | Koharu | 「さよなら。 また来週」 | ||
41 | 孝宏 | Takahiro | 「ああ、またな」 | ||
42 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
43 | 孝宏 | Takahiro | 「なんだ?」 | ||
44 | 小春 | Koharu | 「学校の中で挨拶したの、 なんか久しぶりだなぁって」 | ||
45 | 孝宏 | Takahiro | 「っ…」 | ||
46 | ……… | .........
| |||
47 | 小春 | Koharu | 「そっか…誕生日だったんだ」 | ||
48 | ……… | .........
| |||
49 | 孝宏 | Takahiro | 「ふぅ…」 | ||
50 | 早百合 | Sayuri | 「そういうことだったんだ…」 | ||
51 | 孝宏 | Takahiro | 「っ!?」 | ||
52 | 早百合 | Sayuri | 「なんか陰でコソコソやってるから、 一体何が目的なのかと思ってたら…」 | ||
53 | 孝宏 | Takahiro | 「な、な、なんだよ… 俺は至ってやましいところなんか…」 | ||
54 | 亜子 | Ako | 「わたしたちと彼女、 仲直りさせようとしてたんだね?」 | ||
55 | 孝宏 | Takahiro | 「………」 | "........."
| |
56 | 早百合 | Sayuri | 「でなきゃ、あたしたちまで呼んだりしないよね。 お姉さんの誕生日パーティなんかにさ」 | ||
57 | 孝宏 | Takahiro | 「いや、それは… お前らだって前に、 ウチの姉ちゃんに会ってみたいって…」 | ||
58 | 亜子 | Ako | 「そりゃ一度は見てみたいよ… 小木曽君のお姉さん、付属の伝説みたいに言われてるし」 | ||
59 | 孝宏 | Takahiro | 「まぁどう見ても普通の女子大生だけどな」 | ||
60 | 早百合 | Sayuri | 「けど、そのことをエサに、 あたしたちを騙そうとするなんて、フェアじゃないよ」 | ||
61 | 孝宏 | Takahiro | 「…フェアじゃないのはお前らの方だろ」 | ||
62 | 早百合 | Sayuri | 「………」 | "........."
| |
63 | 亜子 | Ako | 「小木曽君…」 | ||
64 | 孝宏 | Takahiro | 「本当にこの状態がお前らの望んだものなのか? 杉浦、学校中の嫌われ者に仕立て上げて、 絶交したまま卒業しちまうのがさ…」 | ||
65 | 早百合 | Sayuri | 「ああ、そうだね。 見事にハマってくれたよ…」 | ||
66 | 亜子 | Ako | 「早百合!」 | ||
67 | 孝宏 | Takahiro | 「本当はビビってんだろ? 自分らが仕掛けたこととは言え、 こうまで噂に尾ヒレがついて広まってったこと…」 | ||
68 | 早百合 | Sayuri | 「っ…」 | ||
69 | 孝宏 | Takahiro | 「…俺だって想像もしてなかった。 こういう雰囲気とは無縁の、 のんびりした坊ちゃん学校だと思ってたのに」 | ||
70 | 亜子 | Ako | 「う、ん。 正直、わたしもこんなことになるなんて…」 | ||
71 | 孝宏 | Takahiro | 「けど、仕掛けたのは間違いなくお前たちなんだぞ? 昨日まで親友だった相手をここまで傷つけたのは…」 | ||
72 | 亜子 | Ako | 「どうしよう… ねぇ早百合、わたしたちさぁ…」 | ||
73 | 早百合 | Sayuri | 「…だったら、美穂子はどうなるの?」 | ||
74 | 孝宏 | Takahiro | 「え…」 | ||
75 | 早百合 | Sayuri | 「昨日まで親友だった相手に思いっきり裏切られて、 未だに立ち直ってないあのコはどうなるのよ?」 | ||
76 | 孝宏 | Takahiro | 「け、けど… 矢田の言い分だけ聞いて決めつけてもさぁ…」 | ||
77 | 早百合 | Sayuri | 「だから、わたしたちは本人に確かめたんだ。 なのにあいつったら!」 | ||
78 | 亜子 | Ako | 「否定、してくれなかったもんね…」 | ||
79 | 早百合 | Sayuri | 「それだけじゃないよ! あいつ、これだけ言われてるのに、まだ…」 | ||
80 | 早百合 | Sayuri | 「まだ美穂子を裏切り続けてるんだよ! あれから何度もその大学生と会ってるんだよ!」 | ||
81 | 小春 | Koharu | 「ごめんなさい先輩! お待たせしましたっ!」 | ||
82 | 春希 | Haruki | 「うわっ!?」 | ||
83 | 待ち合わせ時間の30秒前に 駅の改札を駆け抜けてきた小春は、 そのままスピードを緩めず俺の胸にぶつかってきた。 | ||||
84 | 小春 | Koharu | 「はぁ、はぁ、はぁぁ…焦ったぁ~、 仕度に手間取ってたら、乗ろうと思ってた電車 目の前で出てっちゃったんですよ…」 | ||
85 | 春希 | Haruki | 「俺も焦ったよ…たった今」 | ||
86 | いつもの軽い小春を想定してた俺は、 そのいつも以上の元気な速度と、 いつも以上の質量の相乗効果に、三歩吹き飛ばされた。 | ||||
87 | 小春 | Koharu | 「でも、仕度に時間をかけた分、今回は完璧ですよ。 ほら、着替えが三組にパジャマにブラシにドライヤー。 洗顔フォーム、爪切り、耳かき、携帯の充電器…」 | ||
88 | 春希 | Haruki | 「お前旅慣れてないだろ」 | ||
89 | なんという重装備のお泊まりセット… そりゃ運動エネルギーも増大するに決まってる。 | ||||
90 | 小春 | Koharu | 「…まずはコインロッカー探しませんか? さすがにこのままお買い物は辛いんですけど」 | ||
91 | 春希 | Haruki | 「いいよ、俺が持つから。 ほんの1、2時間で300円はもったいない」 | ||
92 | 小春 | Koharu | 「わ、片手で軽々と…力強い~」 | ||
93 | 春希 | Haruki | 「一応、男ですから」 | ||
94 | …一瞬で右の手のひらに食い込むような痛みが走るほど、 あまりにも重いけどな。 | ||||
95 | 小春 | Koharu | 「じゃ、もう片方の手はわたしにくださいね。 …行きましょうか先輩」 | ||
96 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
97 | そして残りの左腕を小春の両腕に掴まれて、 その搭載量オーバーの荷物は、 なんと1、2時間も俺の右手を痛めつける。 | ||||
98 | ……… | .........
| |||
99 | 長かった試験もようやく終わり、 明日からは、それ以上に長い春休みの始まり。 | ||||
100 | そして、付属の春休みは三月までお預けでも、 明日からは、祭日を含め世間は三連休。 | ||||
101 | だから小春は、今回はしっかり私服に着替え、 お泊まりセットも持参の上、 知り合いに見つかりにくい御宿で俺と待ち合わせた。 | ||||
102 | …親に『友達とスキー旅行に行ってくる』と、 またしても嘘を重ねて。 | ||||
103 | 春希 | Haruki | 「さて…じゃあまずは食材の買い出しから」 | ||
104 | 小春 | Koharu | 「わたし、今度こそ料理にも挑戦してみますね。 [F16…実力の差を思い知るだけかもしれませんが」] | ||
105 | 春希 | Haruki | 「いや、俺の料理なんて素人丸出しの、 食えりゃいいレベルの代物だぞ?」 | ||
106 | 小春 | Koharu | 「あ、いえ、先輩と比べてるわけじゃ… 聞こえてました?」 | ||
107 | …そんなに自信がないんだろうか? | ||||
108 | 春希 | Haruki | 「後は…映画のソフトでも借りてくか? 俺の部屋、ゲーム機とかないし…」 | ||
109 | 小春 | Koharu | 「あ~、そういうのはいいです。 二人きりでいられる時間は、 ずっと先輩と向き合ってたいから」 | ||
110 | 春希 | Haruki | 「………飽きるぞ?」 | ||
111 | 両手が塞がってるせいで、 今噴き出たはずの額の汗も拭けない… | ||||
112 | 小春 | Koharu | 「そうでもないですよ。 昼間はずっとバイトだし」 | ||
113 | 春希 | Haruki | 「…まぁな」 | ||
114 | 男の部屋に泊まりに来てまで、 昼間は働きに出るところなんかが 小春というか、なんというか… | ||||
115 | 小春 | Koharu | 「出勤時間、ずらさないといけませんね。 帰りは一緒に出れるけど…」 | ||
116 | 春希 | Haruki | 「……まぁな」 | ||
117 | …もちろん俺も半強制的にシフト入れさせられたけど。 | ||||
118 | 小春 | Koharu | 「なんかお泊まりって言うより、 同棲みたいですよね、こういうの」 | ||
119 | 春希 | Haruki | 「え、ええと…それはともかく、忙しないよな… 本当にそんな週末でいいのか?」 | ||
120 | 小春 | Koharu | 「いいんです、夜は二人きりですから。 …一人じゃ、ないですから」 | ||
121 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
122 | その言葉を発した瞬間… | ||||
123 | そこに込められた二通りの意味が、 小春が絡めてくる腕の必死さから伝わってきた。 | ||||
124 | ……… | .........
| |||
125 | 小春 | Koharu | 「…先輩、本気で大丈夫ですか?」 | ||
126 | 春希 | Haruki | 「両肩とも半分抜けてるような感覚が…」 | ||
127 | 右手に小春の大荷物。左手に三日分の食材。 …もはや小春がとりつく腕もない。 | ||||
128 | まぁ、小春自身も結構重い買い物袋を抱えてるせいで、 そもそも今の二人にカップルらしい行為は無理だった。 | ||||
129 | 春希 | Haruki | 「ごめん。 あと、ここにもちょっと寄ってく」 | ||
130 | 小春 | Koharu | 「あ、はい。何買います? わたしがレジ行ってきますよ」 | ||
131 | 春希 | Haruki | 「え、いや、でも…」 | ||
132 | 小春 | Koharu | 「先輩、両手塞がってるじゃないですか。 それにそんな大荷物でお店の中に入ると、 周りのお客さんの迷惑です」 | ||
133 | 春希 | Haruki | 「け、けど…」 | ||
134 | 小春 | Koharu | 「どれです? こっちの棚?」 | ||
135 | 春希 | Haruki | 「いや…そっちのセール品の棚の上から…」 | ||
136 | 小春 | Koharu | 「…先輩、もしかして風邪気味?」 | ||
137 | 春希 | Haruki | 「違うんだ、実は…」 | ||
138 | 小春 | Koharu | 「なんで今まで言ってくれなかったんですか? もしかして、わたしが泊まりたいって言ったから…?」 | ||
139 | 春希 | Haruki | 「だから、そうじゃなくて…」 | ||
140 | 小春 | Koharu | 「そんなふうに、わたしのために無理して欲しくないです。 体調が悪いなら正直に言って欲しかった…」 | ||
141 | 春希 | Haruki | 「一番上じゃなくて…」 | ||
142 | 小春 | Koharu | 「そりゃ、来るなって言われれば辛いけど、悲しいけど… でも、先輩の体の方が大事なのは当然だし」 | ||
143 | 春希 | Haruki | 「二段目の…」 | ||
144 | 小春 | Koharu | 「あ、でもやっぱりわたし来た方がいいじゃないですか。 ちょうど今ならつきっきりで看病できるし。 先輩! どうして隠してたんですか!」 | ||
145 | 春希 | Haruki | 「だから一番上の段の風邪薬じゃなくて、 二段目に並んでる特価品だって言ってるだろ!」 | ||
146 | 小春 | Koharu | 「わたしにうつすのを心配してたんですか? どうしていつもそんなに気を使って…二段目? | ||
147 | 小春 | Koharu | ………………………え?」 | ||
148 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
149 | 食料品売り場のすぐ隣に併設された薬局の。 | ||||
150 | セール品の棚の上から二段目に陳列されていた、 1ダースの箱が3個まとめられた特価品。 | ||||
151 | 小春 | Koharu | 「こ…これっ!? こ、こ、コ………先輩ぃっ」 | ||
152 | 春希 | Haruki | 「だから俺が買うって言ったんだよ!」 | ||
153 | 別に、こんな微笑ましいエピソードなんかいらないのに。 | ||||
154 | ……… | .........
| |||
155 | 小春 | Koharu | 「先輩、最低…」 | ||
156 | 春希 | Haruki | 「人がいいって言ってるのに、 余計なお節介をしたがる小春が悪い」 | ||
157 | 小春 | Koharu | 「わたしの性格知ってるくせに… 本当はわたしが驚くのわかってて買わせたんですね? …悪趣味」 | ||
158 | そこまで文句を言いつつ、 しかも思いっきり顔を真っ赤にしつつも、 小春はわざわざスタンプカードまで作ってもらってた… | ||||
159 | 春希 | Haruki | 「悪かったって思ってる」 | ||
160 | 小春 | Koharu | 「だいたい、最初から何買うか言ってくれれば、 もう少し心の準備ってものがですね…」 | ||
161 | 春希 | Haruki | 「いや、本当に悪かったのは、この前の俺の方でさ」 | ||
162 | 小春 | Koharu | 「え…」 | ||
163 | 春希 | Haruki | 「準備不足で、その… そういう対策打たないまま、小春のこと」 | ||
164 | 小春 | Koharu | 「先輩…」 | ||
165 | 何もつけずに入れていたことに気づいたのは、 恥ずかしながら、全てが終わった後だった。 | ||||
166 | 春希 | Haruki | 「大学進学を控えた女の子に、 あまりにも軽率だったというか、何というか…」 | ||
167 | もともと、手持ちなんかあるわけなかったので、 気づいていたからどうだってのはあるけど… | ||||
168 | 春希 | Haruki | 「だからまぁ、さっきの件は最低な行為じゃない。 最低から二番目に酷い程度の行為ということで」 | ||
169 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
170 | 春希 | Haruki | 「…そんなところで手を打ってはくれないだろうか?」 | ||
171 | 小春 | Koharu | 「先輩」 | ||
172 | 春希 | Haruki | 「は、はい!」 | ||
173 | 小春 | Koharu | 「…ちょっと適当にぶらついててください。 わたし、これから長考に入りますから」 | ||
174 | 春希 | Haruki | 「…何のことだ?」 | ||
175 | 小春 | Koharu | 「余計な詮索はなしに願います。 じゃ、終わったら電話しますから」 | ||
176 | 春希 | Haruki | 「お、おい小春………ああ」 | ||
177 | と、コンドームの件をうやむやにしたまま 駆け出す小春の行き先を見て、 確かに余計な詮索は不要との結論に達した。 | ||||
178 | なぜなら、そこにはワゴンが大量に並び、 派手な装飾とともに『バレンタインデー』の文字が 踊っていたから。 | ||||
179 | ……… | .........
| |||
180 | 春希 | Haruki | 「…あ」 | ||
181 | 地下の食料品街を抜け、 ショッピングモールを歩き、 少しでも休める場所を探して… | ||||
182 | この建物の中に、その店があることを思い出した。 | ||||
183 | 店員 | Clerk | 「いらっしゃいませ…あ、 いつもありがとうございます!」 | ||
184 | 春希 | Haruki | 「…覚えてたんですか?」 | ||
185 | 店員 | Clerk | 「ええ。一度お買いあげいただいたお客様のお顔は 絶対に忘れませんから」 | ||
186 | 春希 | Haruki | 「そりゃ、どうも…」 | ||
187 | これは厳密に言えば嘘だ。 でも、ま、さすがに三年以上の有効期限を求めるのは酷か。 | ||||
188 | 店員 | Clerk | 「本日は何をお探しですか? また何時間でもお付き合いしますよ?」 | ||
189 | 春希 | Haruki | 「い、いや、ええと、その…」 | ||
190 | 店員 | Clerk | 「…では、ごゆっくりお選びください。 何かありましたらいつでも声をかけてくださいね?」 | ||
191 | 春希 | Haruki | 「…ありがとうございます」 | ||
192 | 前回とは迷いの意味が違うことを、 敏感に感じ取ったのか… | ||||
193 | 店員さんは、クリスマスの時みたいに、 ぴったりと張りついたりせずに、 適度な距離を保ってくれた。 | ||||
194 | ……… | .........
| |||
195 | 前に来た時は、2時間迷った。 | ||||
196 | 『何を贈れば喜んでくれるか』だけでなく、 『何を贈れば当たり障りがないか』って… | ||||
197 | “彼女”との距離が遠ざかるのが怖くて、 けれど近寄りすぎることに罪悪感があって… | ||||
198 | どっちかに決めないとって、一人堂々巡りしてた。 | ||||
199 | そして今、二人の距離は、あの時よりも遙かに遠ざかり、 もう、支えきれないくらいの重い罪悪感に支配され、 それでもやってきてしまった、彼女の誕生日。 | ||||
200 | 何を贈ろうかって考えて、 そう考えてしまったことに戸惑う。 | ||||
201 | だって、その記念すべき日に、 俺は、彼女と会わないことを決めたんだから… | ||||
202 | 小春 | Koharu | 「先輩…?」 | ||
203 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
204 | だから、そのとき俺は… | ||||
205 | 悪戯を見つかった子供のような顔をしてたんだと思う。 | ||||
206 | ……… | .........
| |||
207 | 小春 | Koharu | 「さっき選んでたの… 小木曽先輩の誕生日プレゼントですよね?」 | ||
208 | 春希 | Haruki | 「小春…?」 | ||
209 | けれど、そんな中途半端な自分の気持ちより、 小春の呟いたその一言が、それ以上に俺を動揺させる。 | ||||
210 | 小春 | Koharu | 「どうして何も買わずに出てきちゃったんですか? 別に、時間ならいくらでもあるのに」 | ||
211 | 春希 | Haruki | 「なんで、それを…?」 | ||
212 | 小春 | Koharu | 「わたしのところにもお誘い来ましたから。 『姉ちゃんの誕生日パーティ』」 | ||
213 | 春希 | Haruki | 「孝宏君…?」 | ||
214 | 小春 | Koharu | 「最初はね、全部バレてるのかと思いました。 のこのこ行ってみたら、また袋叩きにされるのかなって」 | ||
215 | 春希 | Haruki | 「そんな… 孝宏君はそんな奴じゃないって…」 | ||
216 | …また? | ||||
217 | 小春 | Koharu | 「そうなんですよね。 ただ、わたしを元気づけようとしてくれたみたいです。 ………まいったなぁ」 | ||
218 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
219 | 俺にもその気持ちがわかる… | ||||
220 | きっと、孝宏君の優しさが、 小春には堪えたんだろうな… | ||||
221 | だって、小木曽家の人たちの優しさは、 道に背いた人間にとっては辛すぎる。 | ||||
222 | 小春 | Koharu | 「小木曽先輩の誕生日だから… なのに、わたしのせいで祝えないから、 せめてプレゼントだけでもって思ったんですよね?」 | ||
223 | 春希 | Haruki | 「思ってないよ」 | ||
224 | 小春 | Koharu | 「プレゼント… | ||
225 | 小春 | Koharu | 贈りましょうよ?」 | ||
226 | 春希 | Haruki | 「いいよ、別に。 毎年贈ってた訳じゃないんだし」 | ||
227 | 小春 | Koharu | 「パーティ断ったんだから、 そのくらいは“あり”じゃないですか…」 | ||
228 | 春希 | Haruki | 「………いいのかよ、小春は」 | ||
229 | 小春 | Koharu | 「いいんです… 今は、わかるから」 | ||
230 | 春希 | Haruki | 「何が…?」 | ||
231 | 小春 | Koharu | 「人には、いくつもの… 別々の人に対しての、それぞれの誠実があるって」 | ||
232 | 春希 | Haruki | 「それ…って」 | ||
233 | 小春 | Koharu | 「それを八方美人と取ってしまうことは簡単だけど。 …そう単純に考えてたのが去年までのわたしだけど」 | ||
234 | 何に対しても恥じることのない、 心から胸を張って正義を主張できる、 眩しかった少女は… | ||||
235 | 小春 | Koharu | 「別に、今だって正しいって思ってるわけじゃないけれど。 でも、わかるようになっちゃいました」 | ||
236 | 春希 | Haruki | 「小春…」 | ||
237 | 俺の、せいで… 艶やかな女の影が差すようになってしまった。 | ||||
238 | 小春 | Koharu | 「今週末… 先輩は、小木曽先輩のところに行かずに わたしの側にいてくれるって言ってくれた」 | ||
239 | それはきっと、彼女に対しての、俺の罪。 | ||||
240 | 小春 | Koharu | 「それだけで、十分です」 | ||
241 | 中でも一番重い罪状は、 本人にその変化を受け入れさせてしまったこと… | ||||
242 | 小春 | Koharu | 「わたしが勝手に好きになったのに、 そのせいで勝手に傷ついただけなのに、 それでも先輩は、わたしのために過ちを犯してくれた」 | ||
243 | 春希 | Haruki | 「そんな悲しいこと…言うなよ」 | ||
244 | 小春 | Koharu | 「先輩、優しいから… わたしのこと、放っておけなかっただけですよね?」 | ||
245 | 春希 | Haruki | 「違う…俺はっ」 | ||
246 | 小春 | Koharu | 「わかりますよそのくらい。 だって、好きって言ってもらったことないもん」 | ||
247 | 春希 | Haruki | 「………ぇ?」 | ||
248 | 気づきも、しなかった。 | ||||
249 | 小春 | Koharu | 「でも、それが当然ですよね」 | ||
250 | 俺たちの周りには、いつもその単語が溢れてたのに。 | ||||
251 | 小春 | Koharu | 「ずっと小うるさくつきまとってた相手に、 急に好きだとか言われても、 普通、簡単に受け止められないですよね?」 | ||
252 | それが、俺の口からは一度も出たことがないなんて。 | ||||
253 | 小春 | Koharu | 「ましてや先輩には、ずっと想ってきたひとがいて、 その人と、ちょっとすれ違ってしまった瞬間だった…」 | ||
254 | …小春からしか、出たことがないなんて。 | ||||
255 | 小春 | Koharu | 「そんなに簡単に、好きって言える方がおかしいんです。 …そんないい加減な人、わたし好きにならないです」 | ||
256 | 春希 | Haruki | 「小春…っ」 | ||
257 | 小春 | Koharu | 「軽々しく好きって言わないのが先輩の誠実。 それでも、わたしが優しくして欲しい時に しっかり抱きしめてくれるのも先輩の誠実」 | ||
258 | 春希 | Haruki | 「違う、そんなの…」 | ||
259 | 小春 | Koharu | 「今は、わかるんですよ… 人には、いくつもの… 一人の人に対しててでも、別々の誠実があるって」 | ||
260 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
261 | “俺の”都合のいい逃げでしかない。 | ||||
262 | そんな最低のダブルスタンダードに振り回されてる小春が、 口に出していいことじゃないのに… | ||||
263 | 小春 | Koharu | 「ね、先輩。 今からあの店に戻りましょう? 小木曽先輩へのプレゼント、選びに行きましょう?」 | ||
264 | 春希 | Haruki | 「なら小春も… 小春へのプレゼントも受け取って…」 | ||
265 | 小春 | Koharu | 「駄目ですよ、先輩」 | ||
266 | 春希 | Haruki | 「何で…」 | ||
267 | 小春 | Koharu | 「だって、そんなことされたら… わたし、前言撤回しちゃいそうになるじゃないですか」 | ||
268 | ……… | .........
| |||
269 | …… | ......
| |||
270 | … | ...
| |||
271 | 春希 | Haruki | 「小春」 | ||
272 | 小春 | Koharu | 「どうぞ、お先に」 | ||
273 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
274 | 南末次に着いてから、 小春はずっと、俺から数メートル離れてついてきた。 | ||||
275 | その行為に、どれほどの効果があるのか、 そしてどれだけの意味があるのか、 どちらも推し量ることはできない。 | ||||
276 | でも小春は、どれだけ自分に影が差しても、 いつも通り強情で、自分の意思だけは曲げたりしない。 | ||||
277 | 小春 | Koharu | 「…ただいま」 | ||
278 | 春希 | Haruki | 「…おかえり」 | ||
279 | 小春 | Koharu | 「ただいま、帰りました。 一週間ぶりに、先輩の部屋に。 …先輩の、ところに」 | ||
280 | もしかしたら、 この宣言をしたかっただけかもしれないけど。 | ||||
281 | 春希 | Haruki | 「おかえり…小春」 | ||
282 | 小春 | Koharu | 「っ…ん、んぅ… せ、せんぱぁ…ぃぅっ…ん、んぅ…」 | ||
283 | だから、ひとたび世界から扉一枚隔てれば、 もうそこからは、小春の感情は止まらない。 | ||||
284 | 小春 | Koharu | 「せ、先輩、先輩…っ、 わ、わたし、わたしぃっ…」 | ||
285 | 春希 | Haruki | 「ごめんな、小春… 何もあげられなくて」 | ||
286 | 唇を重ね、胸に顔を埋め、 あっという間にしゃくり上げる。 | ||||
287 | 小春 | Koharu | 「先輩、気にすることない… だって、わたしはその代わりに、 今夜から日曜までの先輩をもらうんだから」 | ||
288 | 春希 | Haruki | 「うん… 今から三日間、俺は小春のものだ」 | ||
289 | 小春 | Koharu | 「わたしには帰るところがある… わたしは恋をしてる… だから、負けないんです…っ」 | ||
290 | 春希 | Haruki | 「ん…」 | ||
291 | 小春 | Koharu | 「先輩…ぃ、ん…は、ぁぁ… はぁ、は、ぁぁ…んんっ…」 | ||
292 | 重い荷物で痺れた両手に必死に力を込めて、 お互いを、強く、強く抱きしめる。 | ||||
293 | 俺たちの、三日間の同棲生活は、 まだ始まったばかりだったのに… | ||||
294 | まるで今生の別れのように、 二人とも、最初から激しくお互いを求め合った。 | ||||
295 | ……… | .........
| |||
296 | 小春 | Koharu | 「ご注文繰り返させていただきます。 なすのグラタン1つ、地中海風リゾット一つ、 ドリンクセット1つ、以上でよろしいですか?」 | ||
297 | 小春 | Koharu | 「ではごゆっくりどうぞ。 ………ありがとうございました! 少々お待ちください」 | ||
298 | 小春 | Koharu | 「お会計ご一緒でよろしいですか? …2580円になります」 | ||
299 | 小春 | Koharu | 「5000円お預かりします。 …まず先に2000円お返しします。 こちら残り420円…はい、ありがとうございました~」 | ||
300 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
301 | 佐藤 | Satou | 「…北原さん。 彼女に見とれてないで仕事してください」 | ||
302 | 春希 | Haruki | 「…ペペロンチーノ上がったぞ。 あと代名詞だと誰のことを指してるのかわからん。 いずれ店長になろうという者、その辺りはしっかりしろ」 | ||
303 | 佐藤 | Satou | 「屁理屈勝負に持ち込まないでください。 俺が北原さんに勝てるわけないっしょ?」 | ||
304 | 小春の奴… | ||||
305 | 仕事中は、ベッドの上とは全然違うな。 | ||||
306 | まぁ、当たり前な部分は当たり前として、 それ以外のところでも、あの弱々しかった面影が、 グッディーズの制服に着替えた瞬間に消え去った。 | ||||
307 | 小春にとってこの店は、 今となっては数少なくなってしまった、 強い自分のままでいられるところなのかもしれない。 | ||||
308 | 佐藤 | Satou | 「それはそうとですね… 店長、どうやら本部に戻るらしいです。 もう立ち仕事は無理らしくて」 | ||
309 | 春希 | Haruki | 「そうなんだ。 大変だなぁ、そりゃ…」 | ||
310 | 佐藤 | Satou | 「ええ、大変なんですよ…代理が取れそうなんです。 さっきの『いずれ店長に』って話、 実は四月からに決まりました」 | ||
311 | 春希 | Haruki | 「え、ええと… おめでとうと言っていいのか、 ご愁傷様と言っていいのか…」 | ||
312 | 佐藤 | Satou | 「…どちらもお気遣いありがとうございます。 正社員にはなりたかったんすよ、正社員には…」 | ||
313 | さっきの『大変だなぁ』は、 リタイヤした店長に言ったつもりだったけど、 今さら訂正もできそうになかった… | ||||
314 | 春希 | Haruki | 「ま、まぁ、もともと正社員なんて どの店にも一人か二人しかいないからな。 …ところで残業手当付くのか?」 | ||
315 | 佐藤 | Satou | 「ええ、ま… ある程度は覚悟できてたことです。 …まずは組合探そうかと思ってます」 | ||
316 | 春希 | Haruki | 「ま、まぁ…頑張ってくれ。 前店長の轍は踏まないようにな」 | ||
317 | 佐藤 | Satou | 「でも、そう決まっちゃったら、 急に店自体の今後が心配になっちゃって。 特にスタッフ確保」 | ||
318 | 春希 | Haruki | 「…言っておくが俺はもう就職活動が」 | ||
319 | 佐藤 | Satou | 「わかってます。北原さんとまでは言いません。 ただ、杉浦さんを手放さないようにして欲しいだけで」 | ||
320 | 春希 | Haruki | 「………それを俺に言われても困るんだけど」 | ||
321 | 佐藤 | Satou | 「彼女、ホールスタッフの能力は当然なんすけど、 あの真面目さが、他のホールのコたちに いい影響与えてくれるんですよね」 | ||
322 | 春希 | Haruki | 「何の訂正もしないまま 『それはさておき』するなよ…」 | ||
323 | 佐藤 | Satou | 「中川さんがああいう人望あるけど放任なコなんで、 その下で彼女がサブっぽい役割してくれると、 ウチの店もいい感じで回るかな、なんて…」 | ||
324 | 春希 | Haruki | 「まぁ、生まれながらの委員長だから、 上手いこと補い合ってるかもな」 | ||
325 | 佐藤 | Satou | 「北原さんがしっかり育ててくれたおかげで、 うまくミニ北原さんみたいになってくれたっすよねぇ。 働き的にも、思想的にも、サイズ的にも、それから…」 | ||
326 | 春希 | Haruki | 「後半に行くにしたがって、 どんどん各方面に失礼になってきてるぞ」 | ||
327 | 佐藤 | Satou | 「とにかくよろしくお願いしますよ。 彼女、北原さんが口説きさえすれば、 ここに残ってくれると思うんで」 | ||
328 | 春希 | Haruki | 「人の話を聞けよ」 | ||
329 | 中川 | Nakagawa | 「ね~ね~小春っち」 | ||
330 | 小春 | Koharu | 「その呼び方やめてくださいってあれほど… だいたい今は仕事中ですよ?」 | ||
331 | 中川 | Nakagawa | 「ちゃんと暇作ってから話してるからいいじゃん。 北原さんやっと戻ってきたね」 | ||
332 | 小春 | Koharu | 「大学が春休みに入ったそうですから。 …羨ましいですね、春休みが一月以上もあるなんて」 | ||
333 | 中川 | Nakagawa | 「よかったね小春っち。 これから毎日らぶらぶじゃん?」 | ||
334 | 小春 | Koharu | 「どうしてそういう論理展開になるのかはさておき、 わたしはまだ学校ありますから。 卒業式までまだ二週間は授業です」 | ||
335 | 中川 | Nakagawa | 「あいた~。 じゃあ、週末だけらぶらぶだね。 更衣室でイチャイチャなんかしちゃったりして」 | ||
336 | 小春 | Koharu | 「…勤務先を男漁りの場みたいに言わないでください。 不謹慎です」 | ||
337 | 中川 | Nakagawa | 「じゃあ、卒業したららぶらぶだね? ついでに春から同じキャンパスでらぶらぶ…」 | ||
338 | 小春 | Koharu | 「いい加減、らぶらぶから離れてください。 そんな明るく楽しい恋愛なんか全然してませんから」 | ||
339 | 中川 | Nakagawa | 「…なんか余裕であしらうね? 前はもっと切羽詰まってて、 北原さん絡むとギラギラしてたのに」 | ||
340 | 小春 | Koharu | 「………いい加減、チーフの的外れな詮索に対して、 真面目に否定するのに飽きただけです」 | ||
341 | 中川 | Nakagawa | 「もしかして、うまく行っちゃった? 本命彼女としての余裕?」 | ||
342 | 小春 | Koharu | 「違います。 責任持って完全否定します」 | ||
343 | 中川 | Nakagawa | 「………」 | "........."
| |
344 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
345 | 中川 | Nakagawa | 「あ、キスマークめっけ」 | ||
346 | 小春 | Koharu | 「昨日、蚊が出たんですよ。この真冬に」 | ||
347 | 中川 | Nakagawa | 「…それ、いくらなんでも思いっきり嘘でしょ?」 | ||
348 | 小春 | Koharu | 「キスマークってのも嘘ですよね?」 | ||
349 | 中川 | Nakagawa | 「ちぇっ、ガード固いなぁ。小春っち~」 | ||
350 | 小春 | Koharu | 「ガードもなにも、 わたしにそういう事情はありません。 悪しからず」 | ||
351 | 中川 | Nakagawa | 「む~」 | ||
352 | ……… | .........
| |||
353 | 小春 | Koharu | 「も~、中川さんってば疑り深いんだから~」 | ||
354 | 春希 | Haruki | 「その割にはうまくあしらってたな」 | ||
355 | 『話しながらだと絶対に手を切る』と断言されたので、 仕方なく、俺が材料切りで、小春が鍋管理。 | ||||
356 | それとヒアリングの結果、小春には 実はそれほど料理の経験がないことが判明したため、 ここは無難に[R俺の得意料理^カレー]でお茶を濁すことにした。 | ||||
357 | 小春 | Koharu | 「色々な突っ込みを想定して、 あらかじめ答えを用意してるんです。 ちゃんとメモに取って、暗記して…」 | ||
358 | 春希 | Haruki | 「そこまでするのもどうかと思うけど…」 | ||
359 | 小春 | Koharu | 「わたし、突発的な嘘は苦手なんですよ。 先輩の境地にはなかなか至らないです。 | ||
360 | 小春 | Koharu | …あ、沸騰してきましたよ」 | ||
361 | 春希 | Haruki | 「…至るな。それは間違った成長だ」 | ||
362 | 小春 | Koharu | 「よし、と… これでしばらくは煮込むだけですね」 | ||
363 | 春希 | Haruki | 「アクをすくうことを忘れるな。 ずっと鍋見張ってろ。 俺はサラダを作る」 | ||
364 | 小春 | Koharu | 「は、はい…お任せください」 | ||
365 | 今まで、スポーツ、勉強、アルバイトと、 様々な場面で使えるところを見せつけてきた小春だけど、 ここに至ってやっと人並み以下のスキルを見つけた。 | ||||
366 | …まぁ、単に経験不足でしかないんだろうけど。 彼女が本気を出したら、きっと俺なんか 一週間で追い抜かれるだろう。 | ||||
367 | 春希 | Haruki | 「バイト、楽しいか?」 | ||
368 | 小春 | Koharu | 「はい、だいぶ馴染んできました」 | ||
369 | 春希 | Haruki | 「…みたいだな」 | ||
370 | こうして、俺のところに泊まりに来た時も、 シフトだけは外さなかったところからも、 小春の積極的な姿勢が見て取れた。 | ||||
371 | 小春 | Koharu | 「最初は旅行の資金作りが目的だったんですけど、 今は手段と目的が入れ替わってる気がします」 | ||
372 | 春希 | Haruki | 「そっか…」 | ||
373 | その責任感の強さも、 多分に理由としてはあるんだろうけど、 仕事中も、それだけじゃない空気を醸し出してる。 | ||||
374 | 何より、こうして仕事が終わったすぐ後は、 最近では珍しくなってしまった自然な笑顔が増えている。 | ||||
375 | 小春 | Koharu | [F16「…だってもう、目的の方はなくなっちゃったし」] | ||
376 | 春希 | Haruki | 「え?」 | ||
377 | 小春 | Koharu | 「なんでも、ありませんよ~だ」 | ||
378 | 油断するとすぐに作り笑顔っぽくなってしまうのが 困りものだけど。 | ||||
379 | 小春 | Koharu | 「中川さんは性格に難ありだけど 可愛がってくれるし、頼りになるし、 他の人たちともだいぶ気軽に話せるようになったし」 | ||
380 | 春希 | Haruki | 「うん、うん」 | ||
381 | 小春 | Koharu | 「…ただちょっと言いたいこともあるんですよね。 わたしよりキャリアが長い人ばかりなのに、 なんか向上心がないというか、腰掛け的というか」 | ||
382 | 春希 | Haruki | 「…そういう指摘はほどほどにしとけよ。 ほとんどのコたちが単なる小遣い稼ぎなんだよ」 | ||
383 | 小春 | Koharu | 「わたしだってそうですよ?」 | ||
384 | 春希 | Haruki | 「誰もが自分と同じと思わない方がいい」 | ||
385 | それは俺が一年ほど前にぶつかった壁だ。 | ||||
386 | 春希 | Haruki | 「全部自分の思い通りにしようとしても、 無駄な軋轢を生むだけだ。 ある程度は時間かけないと」 | ||
387 | 何しろ、そのアメとムチのバランスを取るのに、 俺でも半年くらいかかったし。 | ||||
388 | …それでも粛正だの弾圧だの言われたし。 | ||||
389 | 小春 | Koharu | 「でもなぁ… 三か月、休日働いてるだけで、 こんなに色々と見えてきちゃうのはなぁ…」 | ||
390 | 春希 | Haruki | 「小春は身長の割に目線が高いからな…」 | ||
391 | 小春 | Koharu | 「そうやってすぐ身長で落とすのやめてください。 ちゃんとクラスの整列でも前に3人います」 | ||
392 | 春希 | Haruki | 「いいじゃないか。頭撫でやすい」 | ||
393 | 小春 | Koharu | 「実践も伴わずに懐柔できると思わないでください」 | ||
394 | 春希 | Haruki | 「悪かった、ほら」 | ||
395 | 小春 | Koharu | 「………濡れた手で頭触らないように」 | ||
396 | でも良かった… 昨日に比べると、だいぶ小春のテンションが戻ってる。 | ||||
397 | 最近、週末に顔を合わせるたび、 情緒が乱れ気味になってるのが見えてしまうだけに、 こういう場所が残っているのは心強かった。 | ||||
398 | 今日なんか、意識して俺とほとんど話さなかったのに… | ||||
399 | 言葉だけじゃなく、心から、 グッディーズでは楽しく過ごせていることが実感できる。 | ||||
400 | 小春 | Koharu | 「不満がない訳じゃないけど、本当に楽しいんです。 | ||
401 | 小春 | Koharu | …だからこそ、自分が嫌になることもあるけど」 | ||
402 | 春希 | Haruki | 「だから皆にあまり厳しいこと言うなって…」 | ||
403 | 小春 | Koharu | 「違います。 そういうのじゃないんです」 | ||
404 | 春希 | Haruki | 「じゃあ、何を…」 | ||
405 | 小春 | Koharu | 「そんな、楽しくて好きな仲間たちにも、 平気で嘘をつく自分が、です」 | ||
406 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
407 | 小春 | Koharu | 「たとえばですね… こうして今、先輩の部屋に泊まってるくせに、 みんなには『何もない』って、しれっと言うんですよ?」 | ||
408 | 春希 | Haruki | 「それは… そんなの、俺だって」 | ||
409 | 小春 | Koharu | 「でも…そうやって堂々と嘘をつくようになってから、 逆にみんな信じてくれるようになってきたと思います」 | ||
410 | そういえば、確かに… | ||||
411 | 俺と小春の関係は半ば公認みたいに囁かれてるけど、 最近はなんだかネタ化してきてるような気もする。 | ||||
412 | 小春 | Koharu | 「嘘をつくときは堂々としてるのって重要みたいですね。 わたし、本質的には嘘つきなのかもしれません」 | ||
413 | それもこれも、二人とも無理に否定せず、 『はいはい、それより仕事しようね』と シラを切り通してきた成果なのかもしれない。 | ||||
414 | 小春 | Koharu | 「………先輩と、同じで」 | ||
415 | 春希 | Haruki | 「………ごめん」 | ||
416 | 小春の言う通り、 今の小春は嘘つきだ。 | ||||
417 | 小春 | Koharu | 「いえ…わたしこそごめんなさい。 何もそこで先輩を引き合いに出すことないのに」 | ||
418 | 誰にでも… | ||||
419 | 親友にも、信頼できる仲間にも、 好きだと言ってはばからない相手にも、 平気で嘘をつく。 | ||||
420 | 春希 | Haruki | 「そっちを謝ったんじゃないよ」 | ||
421 | 小春 | Koharu | 「先輩…?」 | ||
422 | 春希 | Haruki | 「俺のせいで、嘘つきになってしまったこと…」 | ||
423 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
424 | 俺が彼女の近くに存在しなかったら、 全て、つく必要のなかった嘘をつく。 | ||||
425 | そうやって小春は、 どんどん嘘が上手くなっていったんだから。 | ||||
426 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
427 | いつの間にか、まな板を包丁が叩く音が消えている。 | ||||
428 | 鍋の湯は、冷たい野菜を飲み込んで、 もう一度沸騰するまでにしばらく時間がかかりそう。 | ||||
429 | キッチンに、束の間の静寂が訪れてた。 | ||||
430 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
431 | そういえば… | ||||
432 | 俺が嘘つきになったのは、 かずさのせいだったっけ。 | ||||
433 | あいつへの気持ちが抑えきれなくなって。 けどあいつは、ほんの少し近づいたり、 思いっきり遠ざかったりと、俺を揺さぶってばかりで。 | ||||
434 | 諦めようとするたびに、自然消滅を狙うたびに、 あいつが空気読まずにわざと離れていこうとするから… | ||||
435 | つきあい始めたばかりの大好きだった彼女に、 雪菜に、あり得ない嘘を重ねていったんだっけ… | ||||
436 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
437 | つまり俺って… 確かに嘘は上手くなったかもしれないけど、 人間としてまるっきり成長してないんだな。 | ||||
438 | 小春 | Koharu | 「先輩… 今、なにを考えてますか?」 | ||
439 | 春希 | Haruki | 「…小春のこと」 | ||
440 | 小春 | Koharu | 「言ったそばから…嘘つき」 | ||
441 | 春希 | Haruki | 「ごめんな…」 | ||
442 | 小春 | Koharu | 「んぅぅ…あ、んむ…」 | ||
443 | 小春がこっちを向いて、 思いっきりつま先立ちしていたことに気づいてた。 | ||||
444 | だって、俺の肩に置かれた手に、 小春の身体の重みくらいの力が込もっていたから。 | ||||
445 | 春希 | Haruki | 「ん、ん…」 | ||
446 | 小春 | Koharu | 「はむ…ん、んちゅ…ぷ、あ、ぁぁ…」 | ||
447 | だから俺は、ごく自然に横を向き、 目の前にあった小春のおでこから、 ほんの少しだけかがんでみせた。 | ||||
448 | 唇の高さを、合わせるために。 | ||||
449 | 小春 | Koharu | 「ん、んぅ…ぷ、はぁ… そして、わたしも嘘つき」 | ||
450 | 春希 | Haruki | 「小春…」 | ||
451 | 小春 | Koharu | 「今、先輩とこんなことしてるのに… みんなには『何もない』って、しれっと言うんですよ?」 | ||
452 | 春希 | Haruki | 「うん…」 | ||
453 | 小春 | Koharu | 「嘘つき同士… せめて今だけは、自分を責めるの、やめにしません?」 | ||
454 | 春希 | Haruki | 「小春が、それを望むなら」 | ||
455 | 小春 | Koharu | 「わたしが今望んでるのは、 とりあえず、続きです…」 | ||
456 | 春希 | Haruki | 「料理中にこういうことするのって、 なんというか、お約束が過ぎるな」 | ||
457 | 小春 | Koharu | 「大丈夫、ちゃんと耳だけは鍋に向けておきますから。 …だから、吹いてくるまでは続けてください」 | ||
458 | 春希 | Haruki | 「ああ…」 | ||
459 | 小春 | Koharu | 「先輩………っ」 | ||
460 | ……… | .........
| |||
461 | 小春 | Koharu | 「はぁっ、はぁっ、はぁぁ…あ、あ…」 | ||
462 | 小春 | Koharu | 「せ、先輩… ああ、も、もう…」 | ||
463 | 小春 | Koharu | 「あぁ、あ、あ、あ…っ、 い、いぁ…あ…来て、来て…ぇ…っ」 | ||
464 | 小春 | Koharu | 「あ、あ、あ、あ、あ… あああああぁぁぁぁぁぁっ! あ~っ、あああああああ~…っ」 | ||
465 | ……… | .........
| |||
466 | 小春 | Koharu | 「は、あ、あ…ぁぁ…ぁ… 先輩、せんぱ…ん…は、ぁぁ…んむ…ぅ、ぅ…」 | ||
467 | …… | ......
| |||
468 | … | ...
| |||
469 | 『ありがとう』 | ||||
470 | 『今日、春希くんからのプレゼント届きました』 | ||||
471 | 『とても素敵なイヤリング、ありがとう。 大事にします』 | ||||
472 | 『この間のクリスマスプレゼントもお返しできてないのに、 贈ってもらってばかりで本当にごめんなさい』 | ||||
473 | 『わたしが悪いのに。 あのとき、あんなことしてしまったのに』 | ||||
474 | 『それでも、こうしてまだ気にかけてくれて、 涙が出るほど嬉しかったです』 | ||||
475 | 『…ごめんね。 感謝のメールで一方的にこんな泣き言聞かされても、 困っちゃうよね、春希くんも』 | ||||
476 | 『パーティの方は気にしないでください。 元々、お母さんが勝手に言い出したことだし、 それに依緒や武也くんも来てくれるから』 | ||||
477 | 『かえって、春希くんがバイトで忙しいのに、 こっちだけ賑やかに楽しく過ごしてるのが 申し訳ないくらいです』 | ||||
478 | 『今年はケーキと… あと、ローストビーフに挑戦するつもりです。 初挑戦だから、うまくできるかわからないけど』 | ||||
479 | 『春希くんもバイト頑張ってください。 無理して体壊したりしないでね。まだ寒いんだし』 | ||||
480 | 『それじゃ、おやすみなさい』 | ||||
481 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
482 | わたしが悪いのに、か。 あんなこと、してしまったのに、か… | ||||
483 | 違うんだよ雪菜… | ||||
484 | 俺が悪いから、 こんなこと、してしまったから… | ||||
485 | だから、雪菜に贈り物をしてしまうんだ。 | ||||
486 | 春希 | Haruki | 「………っ」 | ||
487 | 俺も、同じなんだよ。 いや、俺の方がよっぽど最低なんだよ… | ||||
488 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
489 | 小春 | Koharu | 「お先に…いただきました」 | ||
490 | そんなふうに、携帯を開いたまま、 ベッドの上で膝を抱えてる俺を… | ||||
491 | 小春がどんな表情で見つめていたのか、 浴室から漏れた明かりだけだけじゃ、わからなかった。 | ||||
492 | ……… | .........
| |||
493 | 小春 | Koharu | 「あ…」 | ||
494 | 春希 | Haruki | 「…何?」 | ||
495 | 小春 | Koharu | 「傷…また増えちゃってる」 | ||
496 | 春希 | Haruki | 「ああ…」 | ||
497 | 暗がりの中… 小春の指が、俺の背中を撫でる。 | ||||
498 | さっきまで、同じところに鋭い爪を立てていた、その指で。 | ||||
499 | 小春 | Koharu | 「ごめんなさい… わたし、今日も」 | ||
500 | 春希 | Haruki | 「大丈夫こんなの。 全然深くないし」 | ||
501 | 小春 | Koharu | 「ん…れろ…ちゅ…」 | ||
502 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
503 | 小春 | Koharu | 「あ…余計に染みちゃいました? ごめんなさい、わたし…」 | ||
504 | 春希 | Haruki | 「いや、痛いんじゃないから。 ただ、くすぐったかっただけで…」 | ||
505 | それは多分、消毒のつもりだったんだろう… | ||||
506 | 今度は、その傷口を唇で塞ぎ、 傷口にそって舌先でゆっくり舐め上げる。 | ||||
507 | 春希 | Haruki | 「いいよ、続けて。 ありがとうな、小春」 | ||
508 | 小春 | Koharu | 「は、はい。 ちゅ…ん、んぷ…」 | ||
509 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
510 | …さっきまで、肩に歯形を付けていた、その口で。 | ||||
511 | 小春 | Koharu | 「れろ…ん、んむ…はぁ、ぁ… 先輩の、血の味がします」 | ||
512 | 春希 | Haruki | 「だから大丈夫だって。 小春の爪、全然長くないし」 | ||
513 | 小春 | Koharu | 「痛かったわけじゃないんです。 ただ、その…今までなったことのない感覚で… 首筋がちりちりして、背筋がぞわぞわして…思わず」 | ||
514 | 春希 | Haruki | 「そっか…」 | ||
515 | それってもしかして… | ||||
516 | 小春 | Koharu | 「なんだろ… わたし、どうしちゃったんだろ… なんだか、ちょっとだけ怖いです」 | ||
517 | 春希 | Haruki | 「気にすること…全然ないと思うぞ」 | ||
518 | それどころか、多分、 男にとっては嬉しいことだから。 | ||||
519 | 小春 | Koharu | 「ね、先輩… 次にするときは、わたしの手を縛ってくれませんか?」 | ||
520 | 春希 | Haruki | 「冗談じゃない。 そんな酷い真似ができるか」 | ||
521 | 趣味の世界じゃないんだから… そんなことを自覚なしに言う小春の方が怖い。 | ||||
522 | 小春 | Koharu | 「でも… 爪から悪い菌が入って破傷風になっちゃったら…」 | ||
523 | 春希 | Haruki | 「心配性にも程があるだろ。 する前にちゃんと手を洗えば済む話だ。 …あと、小春の手が触れる俺の体も」 | ||
524 | 小春 | Koharu | 「つまり…これからは、する前に お風呂一緒に入った方がいいってことでしょうか?」 | ||
525 | 春希 | Haruki | 「…別々に入っても何も変わらないだろ」 | ||
526 | 小春 | Koharu | 「一緒に入っても…何も変わりませんよね?」 | ||
527 | 春希 | Haruki | 「………もう寝ろ。 明日も早番なんだから」 | ||
528 | 小春 | Koharu | 「はい…おやすみなさい」 | ||
529 | 昨夜、小春の言ってた 『わたし、馬鹿になっちゃったかも』っていうのが、 なんだか現実味を感じさせる反応だった。 | ||||
530 | ただ、その思考が出てくる根拠がいじらし過ぎて、 怒ったように突っぱねることしかできない俺の ボキャブラリーの貧しさが、少し悔しかった。 | ||||
531 | そう、なんだか悔しかった。 | ||||
532 | 本当なら、嬉しいだけのはずの反応に、 愛しいだけのはずの言葉に、 敏感に反応してあげられない、自分の… | ||||
533 | 小春 | Koharu | 「………もう寝ちゃいました?」 | ||
534 | 春希 | Haruki | 「そんなわけないだろ。 まだ10秒も経ってないんだ」 | ||
535 | 小春 | Koharu | 「ごめんなさい… ね、先輩」 | ||
536 | 春希 | Haruki | 「なに?」 | ||
537 | 小春 | Koharu | 「さっきのメール………小木曽先輩からですよね?」 | ||
538 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
539 | 本当に、悔しかったんだ。 ここで言葉に詰まってしまう意気地なしな俺が。 | ||||
540 | 小春 | Koharu | 「プレゼント、届いたんですか? 小木曽先輩、喜んでました?」 | ||
541 | フォローまでしてもらってるのに、 それでもろくに答えられない卑怯な俺が。 | ||||
542 | 小春 | Koharu | 「別に、気にする必要ないです。 わたしに小木曽先輩のこと隠しても、 意味ないじゃないですか」 | ||
543 | 何かを言う前に、 先に小春に許されてしまう最低な俺が。 | ||||
544 | 小春 | Koharu | 「わたしも一緒にいたんですよ? プレゼント選びのとき。 なのに今さらそのことを気にしてどうするんですか?」 | ||
545 | 前に進むことも、後ろに退くこともできず、 結局、小春に背中を押されてしまう最悪な俺が。 | ||||
546 | 小春 | Koharu | 「それにわたし、春希先輩が小木曽先輩のこと どう思ってるか知ってて、 こうなるのを望んだんですよ?」 | ||
547 | 小春が口に出して望んだものはそうだったけど、 その言葉を信じていいなんて、誰も言ってない。 | ||||
548 | 俺は、何もわかってない。 | ||||
549 | 小春の本当の気持ちも、 小春が本当に望んでいることも。 | ||||
550 | 小春 | Koharu | 「気にするなら、小木曽先輩のことを気にしてください。 わたしの理不尽なワガママのせいで、 しばらく春希先輩に会えない彼女のことを」 | ||
551 | 春希 | Haruki | 「もう寝ろよ… 今の小春、変なこと喋りすぎだ」 | ||
552 | だから俺は、最低の上に、さらに最悪を上塗りする。 | ||||
553 | 小春 | Koharu | 「…本当に、変ですよね。 わたし、さっきから酷いこと喋りすぎですよね」 | ||
554 | 春希 | Haruki | 「変だけど酷くない。 …もう、いいんだよ」 | ||
555 | 今、同じベッドの中にいる相手さえ 安心させてあげられない。 | ||||
556 | 彼女が自分の言葉に傷ついていくのを止められない。 | ||||
557 | 小春 | Koharu | 「先輩は今、わたしに恩返ししてくれてるだけなんです」 | ||
558 | 春希 | Haruki | 「違うよ」 | ||
559 | 小春 | Koharu | 「先輩の逃げ場になってあげようって頑張ったけど、 結局空回りして、全部裏目に出たわたしを憐れんで、 今度は先輩が逃げ場になってくれてるだけなんです」 | ||
560 | 春希 | Haruki | 「違うって言ってるだろ…」 | ||
561 | 小春 | Koharu | 「だから、今だけでいいんです…」 | ||
562 | 春希 | Haruki | 「小春…」 | ||
563 | 小春 | Koharu | 「わたしがまた強くなれたら、全てが解決したら… 小木曽先輩のところに帰ってもいいんです」 | ||
564 | 春希 | Haruki | 「小春…っ」 | ||
565 | 小春 | Koharu | 「っ…」 | ||
566 | 背中から聞こえてくる涙声に耐えきれず、 胸で、封じ込める。 | ||||
567 | 卑怯で、意気地なしな俺ができる、 それが唯一の慰め。 | ||||
568 | 春希 | Haruki | 「もう、いいんだって… 今は、何も考えなくて眠ればさ」 | ||
569 | 小春 | Koharu | 「なら…こうしてずっと抱きしめてください。 背中、向けないで」 | ||
570 | 春希 | Haruki | 「………ごめん。 夜が明けるまで、小春の顔、ずっと見てるから」 | ||
571 | 小春 | Koharu | 「あと…腕枕してください。 そしたらわたし、今夜は泣かずに済むと思うから」 | ||
572 | 春希 | Haruki | 「わかった…おやすみ」 | ||
573 | 小春 | Koharu | 「おやすみ、なさい」 | ||
574 | 左の腕に小春の頭を乗せ、 右の手で、洗ったばかりの、少し湿った髪をまた撫でる。 | ||||
575 | そして暗がりの中、 じっと目を凝らして、 その愛らしい顔を見つめ続ける。 | ||||
576 | 小春の目から涙が消えて、 規則的な寝息を立てるまで。 | ||||
577 | いや… 約束通り、夜が明けるまで。 | ||||
578 | ……… | .........
| |||
579 | 春希 | Haruki | 「っ!?」 | ||
580 | 佐藤 | Satou | 「大丈夫っすか?」 | ||
581 | 春希 | Haruki | 「い、いや、悪かった。 作り直すから」 | ||
582 | 周囲に飛び散った食材を片づけて、 ついでに残っていた方も全てゴミ箱行き。 | ||||
583 | フライパンを水洗いした後、熱して乾かすと、 もう一度うっすらと油を引く。 | ||||
584 | 冷蔵庫から新しいパックを取り出し、 封を切って投入…と。 | ||||
585 | グッディーズのキッチンでは、 今日もこうして単調な一日が過ぎて… | ||||
586 | 佐藤 | Satou | 「全部右手でやるの、辛くないっすか?」 | ||
587 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
588 | 左手が使えないという点を除いては。 | ||||
589 | あの程度で動かなくなるなんて、 本当に筋力ないな、俺。 もしかしたら、腕相撲で小春に負けるかも。 | ||||
590 | 佐藤 | Satou | 「しばらく休憩してきていいっすよ。 今のうちならなんとか持ちこたえますから」 | ||
591 | 春希 | Haruki | 「いや、そういうわけにも…」 | ||
592 | 佐藤 | Satou | 「人並みにしか使えない北原さんなら、 遠慮なく休んでもらっても大して痛くないっす。 …人並みにしか使えない時点で痛すぎるので」 | ||
593 | 春希 | Haruki | 「…悪い。 10分だけ」 | ||
594 | ただの筋肉痛なのか、 それとも血の巡りが回復しないだけなのか。 | ||||
595 | 見栄張って本当に朝まで腕枕とかやるんじゃなかったとか、 色々と考えたり後悔したりすることはあるけれど。 | ||||
596 | でも、あのときはそうするしかなかった。 …何より、俺がそうしたかった。 | ||||
597 | 春希 | Haruki | 「ふぅ…」 | ||
598 | ゆっくりと目を閉じて、 ずっと目を閉じることのなかった昨夜の俺を思い起こす。 | ||||
599 | ……… | .........
| |||
600 | 俺の腕に頭を乗せて目を閉じてから、 小春が穏やかな寝息を立てるまでに何時間かかったのか、 あの永遠に続く暗がりの中では、よくわからなかった。 | ||||
601 | 寝言か吐息かわからない小さな声や、 しゃくり上げるような嗚咽や、 鼻をすすり上げる音や。 | ||||
602 | そんな、ほんのわずかな音の変化に翻弄され、 公約通り、夜明けまでずっと小春を見つめてた。 | ||||
603 | …正確には、小春がはっきりと目を覚まし、 おはようのキスをねだるまで。 | ||||
604 | そう… 昨夜は、片時も小春の側を離れることはなかった。 | ||||
605 | 『Re:ありがとう』 | ||||
606 | 『とりあえずちゃんと届いたみたいで良かった。 …と言うかいつもと同様に安物だから』 | ||||
607 | 『ちょっとだけ早いけど… 誕生日おめでとう』 | ||||
608 | 『そして、一年に一度の記念日なのに、 顔を見せることができなくて、本当にごめん』 | ||||
609 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
610 | 自分への嫌悪で、 胸に嫌な味がこみ上げてくる。 | ||||
611 | 小春に許されているはずなのに、 小春の目を逃れてしまう俺。 | ||||
612 | 明日までは小春のものなのに、 こうして、文字で雪菜と繋がってしまう俺。 | ||||
613 | どっちにとっても酷いことしてるってわかってて、 けれどキーを打つ指が、罪悪感で止まらない。 | ||||
614 | 『ローストビーフか…なんかレベル上がったな。 あれって上手に作るの結構難しいんだろ?』 | ||||
615 | 『そういえば、初めて食べた雪菜の料理って、 ハンバーグだったっけ』 | ||||
616 | 『実は、当然のように緊張してたから、 味の方は全然覚えてないんだけど、 ただ、ご飯をお代わりしたことだけは覚えてる』 | ||||
617 | 『…なんて、急にこんな昔話ってのもなんか変だよな。 何が言いたいんだか、自分でもよくわからないな』 | ||||
618 | 『とりあえず、ローストビーフの成功を祈ってる。 それじゃ』 | ||||
619 | 春希 | Haruki | 「………ぁ」 | ||
620 | 送信ボタンを押した瞬間、 目の前の景色が凶悪なまでに歪む。 | ||||
621 | 体調が悪い訳じゃない。 左腕以外はどこも健康そのものだ。 | ||||
622 | ただ、その… 公約通り、夜明けまでずっと小春を見つめてたから。 | ||||
623 | 春希 | Haruki | 「ふあぁぁぁぁ…」 | ||
624 | ちょっと、寝不足なだけで。 | ||||
625 | ……… | .........
| |||
626 | …… | ......
| |||
627 | … | ...
| |||
628 | ??? | ??? | 「先輩?」 | ||
629 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
630 | ??? | ??? | 「風邪、ひきますよ?」 | ||
631 | 春希 | Haruki | 「ん…?」 | ||
632 | 小春 | Koharu | 「寝るならベッド行きましょうよ。 それか、せめて毛布くらいは」 | ||
633 | 春希 | Haruki | 「あ、れ…?」 | ||
634 | 最初に自分の五感に飛び込んできたのは、 耳をくすぐる、鈴の鳴るような声。 | ||||
635 | 続いて、一日煮込んだおかげで スパイスの飛んでしまったカレーの匂い。 | ||||
636 | それから、人工的な光に目を突き刺され、 次第にはっきりした視界に映り込んでくる… | ||||
637 | 春希 | Haruki | 「小春…?」 | ||
638 | 小春 | Koharu | 「おはようございます、先輩」 | ||
639 | 春希 | Haruki | 「寝ちゃってたのか、俺… 今、何時?」 | ||
640 | 小春 | Koharu | 「0時ちょっと前ですね… 船を漕ぎ出してからは、ほんの10分ほどです」 | ||
641 | 春希 | Haruki | 「ああ…」 | ||
642 | 酷い眠気に襲われながらも、 ちゃんと、閉店までキッチンで頑張ってたんだっけ。 | ||||
643 | その後、後片づけして、 小春を駅まで送ってくふりして一緒に部屋に帰り、 昨日の残り物で簡単に夕食をとって… | ||||
644 | …そこから先の記憶がない。 | ||||
645 | 春希 | Haruki | 「ごめん… せっかく二人きりになれた途端に」 | ||
646 | 小春 | Koharu | 「謝る必要ないです。 二人っきりには変わりないですから」 | ||
647 | 春希 | Haruki | 「でも、小春の相手をしてあげられなくて… あ、いや、別に身も蓋もない理由じゃなくて」 | ||
648 | 小春 | Koharu | 「…そうやって、変な言い訳を付けた方が、 かえって身も蓋もない理由に聞こえます」 | ||
649 | 春希 | Haruki | 「………悪い」 | ||
650 | 昨夜、ずっと起きていたせいだけじゃない。 | ||||
651 | 長丁場の試験で精神力を消耗したから。 | ||||
652 | たった三日間とは言え、女の子と一緒に暮らすという ありえない現実に直面したから。 | ||||
653 | それと…身も蓋もない理由も相まって。 | ||||
654 | そんな、あまりにも普段と違う日常が、 いつもの俺からは考えられないほどの 疲労をもたらしたんだと思う。 | ||||
655 | 小春 | Koharu | 「もう眠っていいんですよ? 先輩の寝顔見てるだけで満足ですし」 | ||
656 | 春希 | Haruki | 「いや、いつもはこんな時間に寝たりしないし」 | ||
657 | 小春 | Koharu | 「それに…わたしと一緒にいることで リラックスしてくれてるって、 好意的に解釈することにします」 | ||
658 | 春希 | Haruki | 「…本当は緊張しまくりで疲れたんだけどな」 | ||
659 | 小春 | Koharu | 「じゃあ…わたしと一緒にいることで ドキドキしすぎたせいだって、 別の意味で好意的に解釈することにします」 | ||
660 | 春希 | Haruki | 「それは好意的でも何でもなく事実だけど」 | ||
661 | 小春 | Koharu | 「ほら、ベッドにどうぞ? 今日は、わたしが先輩のことずっと見てますから。 …なんなら、腕枕しましょうか?」 | ||
662 | 春希 | Haruki | 「いや、あれはやめとけ。 俺の心からの忠告だ」 | ||
663 | なにしろ、半日間腕の痺れが抜けなかった。 | ||||
664 | 小春 | Koharu | 「…してもらった方としては、 一度はやっとけって忠告したくなりますけどね」 | ||
665 | 春希 | Haruki | 「また今度な、今度」 | ||
666 | …それでも、こんな言い方でもう一度ねだられたら、 断り切れる自信はないけどな。 | ||||
667 | それくらい、照れくさくて、魅力的で… そして、大切なスキンシップだと思ったから。 | ||||
668 | 小春 | Koharu | 「いらっしゃい、先輩…」 | ||
669 | 春希 | Haruki | 「俺のベッドだ…」 | ||
670 | 照れ隠しでぶっきらぼうに答えながらも、 ベッドの上で迎える小春の腰を抱きしめる姿は、 なかなかサマにならないものがあると思う。 | ||||
671 | そのまま、小春の下半身にしがみつくと、 太股に顔を埋め、その温かくて柔らかい枕を堪能する。 | ||||
672 | 小春 | Koharu | 「ゆっくりお休みなさい… とはいえ明日もバイトだから8時には起こしますけどね」 | ||
673 | 春希 | Haruki | 「…俺が寝たら、ちゃんと小春も寝るんだぞ? あと、泣きそうになったら遠慮なく叩き起こせ」 | ||
674 | 小春 | Koharu | 「………大丈夫ですよ。 わたし、もう大丈夫なんです」 | ||
675 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
676 | なんて、強い決意を示すかのように、 小春は、その言葉を涙声には乗せなかった。 | ||||
677 | 小春 | Koharu | 「先輩が、ずっとわたしを見ていてくれたから。 …わたしだけを、見ていてくれたから」 | ||
678 | 春希 | Haruki | 「そうやって、勝手に自分で決めつけて、 無理やり抑え込まないようにな」 | ||
679 | その時のぶっきらぼうな物言いは、 ただ照れてただけじゃなかった。 | ||||
680 | 小春 | Koharu | 「…肝に銘じておきます」 | ||
681 | 三日間、小春のものであり続けると約束しておきながら、 一日に数分間だけその誓いを反故にしてしまう俺の、 ほんの少しの後ろめたさが含まれていた。 | ||||
682 | 春希 | Haruki | 「じゃあ、おやすみ」 | ||
683 | 小春 | Koharu | 「おやすみなさい…」 | ||
684 | 小春の膝を借りたまま、 重い眠気に押し潰されるように目を閉じ、 薄れゆく意識の中で、明日の計画を頭に描く。 | ||||
685 | …風呂にも入らず寝てしまうからには、 明日は最低でも七時に起きてシャワーを浴びないと。 | ||||
686 | それから、一緒に朝食を作り、一緒に食べて、 ほんの少しだけのんびりと二人の時間を過ごし。 | ||||
687 | そして、出かける仕度をして、 一緒に部屋を出て、バイト先へと向かう。 | ||||
688 | その時、俺の手には、 腕が抜けそうなほど重い小春の鞄が握られてるだろう。 | ||||
689 | ………だって今、この部屋にある小春の荷物が、 全て詰め込まれているに違いないんだから。 | ||||
690 | 小春 | Koharu | 「先輩…」 | ||
691 | 春希 | Haruki | 「んぅ…?」 | ||
692 | 『しなくて…いいんですか?』 | ||||
693 | 小春 | Koharu | 「この三日間、お世話になりました。 わたし、本当に幸せでした」 | ||
694 | 俺の想像の中の小春と、 今、俺の頭を撫でてくれてる小春と、 どっちが本当のことを言ったのか、わからない。 | ||||
695 | 『しなくても…いいのか?』 | ||||
696 | 春希 | Haruki | 「また…来てもいいんだからな?」 | ||
697 | 小春 | Koharu | 「ありがとう…ございます」 | ||
698 | ただ… 少なくとも俺の方は、 どっちも本当のことを言ったつもりだった。 | ||||
699 | 片方の言葉しか外に出ない以上、 そんなのに意味はないんだけどな。 | ||||
700 | ……… | .........
| |||
701 | …… | ......
| |||
702 | … | ...
| |||
703 | 雪菜 | Setsuna | 「飲み物行き渡った? 依緒はビールで、武也くんはワインで… 孝宏。あなたはウーロン茶にしときなさい」 | ||
704 | 孝宏 | Takahiro | 「最初の一杯くらいいいじゃん。 そのくらい夜までには醒めてるって」 | ||
705 | 雪菜 | Setsuna | 「来週が入試なのに… あ、みんな食器は揃ってる? お箸がいい人は言ってね。わたし持って…」 | ||
706 | 依緒 | Io | 「いいから、いいから雪菜。 あんたはいい加減ここに座ってじっとしてなさい。 …いつまで経っても始まらないでしょ」 | ||
707 | 雪菜 | Setsuna | 「でもこんな真ん中のお誕生日席…」 | ||
708 | 孝宏 | Takahiro | 「だって誕生日だし」 | ||
709 | 依緒 | Io | 「ホント、主賓にこうまでちょこまか動かれたら こっちだって落ち着いて祝えないでしょうが」 | ||
710 | 雪菜 | Setsuna | 「う、うん…」 | ||
711 | 武也 | Takeya | 「うお、このローストビーフ最高! どうやったらこんなジューシーに仕上がるんだ?」 | ||
712 | 依緒 | Io | 「ほら、雪菜がそうだからつけ上がる奴が… 乾杯前からがっつくなあんたは!」 | ||
713 | 武也 | Takeya | 「凄ぇぞこれ。雪菜ちゃんますます腕上げたな。 ホント美人で家庭的で…やっぱ人類の性別って 二つだけじゃないよな? なぁ依緒?」 | ||
714 | 依緒 | Io | 「言ってる意味が全然わからないけど、 全然説明しなくてもいいからね…」 | ||
715 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
716 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「こういう見栄えのいいご馳走ばっかり覚えて… 家庭を持ってから本当に大切なのは、煮物とかお浸しとか、 毎日食べても飽きないお総菜だってのにねぇ」 | ||
717 | 孝宏 | Takahiro | 「いやそんな料理を誕生パーティで持ち出されても。 というか母さん向こう行ってなよ」 | ||
718 | 武也 | Takeya | 「ホント、何をどう間違っても、 いい奥さんの道だけは保証されてるもんなぁ。 [F16なのにあの野郎は…」] | ||
719 | 依緒 | Io | [F16「武也!」] | ||
720 | 武也 | Takeya | 「っ…さ、さぁてと。 そんじゃそろそろ始めようぜ? ………小木曽家的には『ハッピーバースディ』歌うの?」 | ||
721 | 孝宏 | Takahiro | 「えっと…俺が付属に入学するまではやってたけど、 さすがに恥ずかしくなって今はやめてる」 | ||
722 | 依緒 | Io | 「…てことは雪菜に至っては大学に入るまで?」 | ||
723 | 武也 | Takeya | 「どこの昭和ホームドラマだよ」 | ||
724 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
725 | 依緒 | Io | 「ま、いいや。 それじゃシンプルに乾杯で行こっか………雪菜?」 | ||
726 | 雪菜 | Setsuna | 「………え?」 | ||
727 | 依緒 | Io | 「…始めるよ?」 | ||
728 | 雪菜 | Setsuna | 「あっ…ああ、ごめんなさい」 | ||
729 | 孝宏 | Takahiro | 「姉ちゃん… 北原さんずっとバイトなんだろ? こんな真っ昼間に連絡なんかしてこないって」 | ||
730 | 雪菜 | Setsuna | 「っ…ち、違うわよ。 別にお姉ちゃん、そういうつもりで… ただその、時計がずれてないかなって…」 | ||
731 | 孝宏 | Takahiro | 「今どきの携帯は時間ずれないし」 | ||
732 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
733 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
734 | 雪菜 | Setsuna | 「…じゃあ、始めよっか」 | ||
735 | ……… | .........
| |||
736 | 女性店員1 | Female Clerk 1 | 「お先に失礼しま~す」 | ||
737 | 佐藤 | Satou | 「お疲れさま~っす」 | ||
738 | 本田 | Honda | 「お疲れ」 | ||
739 | 春希 | Haruki | 「お疲れさま。 ああ、あと…ありがとう飯山さん」 | ||
740 | 女性店員1 | Female Clerk 1 | 「どういたしまして。 北原さんにはお世話になってますから。 それじゃ」 | ||
741 | 佐藤 | Satou | 「………」 | "........."
| |
742 | 本田 | Honda | 「………」 | "........."
| |
743 | キッチンで働いてると時間の感覚が鈍くなり、 夜が来たことを知るのは、 大抵、早番のコたちが上がっていくときだったりする。 | ||||
744 | 久しぶりに口を聞いたついでに窓の外に目をやると、 いつの間にか外から自然の光は消え去っていた。 | ||||
745 | 佐藤 | Satou | 「………」 | "........."
| |
746 | 本田 | Honda | 「………」 | "........."
| |
747 | と、まぁ、それはともかく… | ||||
748 | 春希 | Haruki | 「…お前らに睨まれるようなことしてたっけ、俺?」 | ||
749 | 暖房が効き、しかも火を扱っているはずの キッチンの空気がやけに冷たい。 | ||||
750 | 佐藤 | Satou | 「飯山さんからもチョコもらってたんすね…」 | ||
751 | 本田 | Honda | 「北原さんこれで三つめですよね… くっそ~、とうとう抜かれた」 | ||
752 | 佐藤 | Satou | 「本田君はまだいいっすよ。 俺、まだ中川さんのチョ○ベ○ー一粒…」 | ||
753 | 春希 | Haruki | 「…あれはいくらなんでも彼女のネタだろう」 | ||
754 | 確かに俺はケースごともらったけど、 でもやっぱり○ョコ○ビーだった。 | ||||
755 | 春希 | Haruki | 「きっとお前たちの分は当日に取ってあるんだって。 だってほら、俺は明日来ないし」 | ||
756 | 佐藤 | Satou | 「飯山さん、明日はシフト外れてるんすよ… 彼女も来ないんです」 | ||
757 | 春希 | Haruki | 「………あ~、ねぇ?」 | ||
758 | 2月13日。 | ||||
759 | 明日の、にわかに浮き足立つイベントを前に、 店内はちょっとだけ前夜祭の雰囲気を醸し出していた。 | ||||
760 | それは、チョコレートを中心に添えた ちょっとした特別デザートメニューのせいもあったし、 それ以外のプライベートな部分でも… | ||||
761 | 佐藤 | Satou | 「中川さんは質は違えど全員にくれてますけど、 水原さんが今日渡したのは二人。 飯山さんに至っては北原さんオンリー…」 | ||
762 | 春希 | Haruki | 「…何全員の動向チェックしてんだよ」 | ||
763 | 佐藤 | Satou | 「悪いっすか? 店長代理なんすから、 スタッフの動向に目を配るのは当然でしょう? ………ええ負け惜しみですとも。悪いっすか!?」 | ||
764 | 春希 | Haruki | 「お前、そもそも春から正店長なんだから、 バイトの女の子に軽々と手を出す訳には…」 | ||
765 | 佐藤 | Satou | 「そういえば、杉浦さんもくれません」 | ||
766 | 本田 | Honda | 「もちろん俺も」 | ||
767 | 春希 | Haruki | 「安心しろ。俺ももらってないよ。 そういうのやんなそうじゃん? 彼女」 | ||
768 | …買ってるところは見てたけどな。 | ||||
769 | 中川 | Nakagawa | 「で、小春っち。 どうして北原さんに渡さないの?」 | ||
770 | 小春 | Koharu | 「誰にも渡してないのに どうして名指しで聞くんですか?」 | ||
771 | 中川 | Nakagawa | 「だって~、 他の男に渡したって、それは明らかに義理じゃん」 | ||
772 | 小春 | Koharu | 「わたし、バレンタインとか興味ないんです。 クラスメイトにも渡したことないし」 | ||
773 | 中川 | Nakagawa | 「もったいないな~、 小春っち、委員長のくせに可愛いのに~」 | ||
774 | 小春 | Koharu | 「誉めてくれるのは嬉しいですが、 何の根拠もなく委員長という職務を貶めるのは 金輪際やめてください」 | ||
775 | 中川 | Nakagawa | 「彼、亜矢ちゃんからで四個目だよ? あと渡してないの小春っちだけだよ?」 | ||
776 | 小春 | Koharu | 「だからそれが何なんです? わたしには関係ないでしょう?」 | ||
777 | 中川 | Nakagawa | 「…本命としての自信?」 | ||
778 | 小春 | Koharu | 「そこまでバレンタインに興味あるなら、 皆さんにもっといいチョコをあげたらどうですか? チーフ」 | ||
779 | 中川 | Nakagawa | 「や~今月金欠で。 もし手元にちゃんとしたチョコがあったら、 晩ご飯にありがたくいただきますってくらいでさ~」 | ||
780 | 小春 | Koharu | 「なら働いて美味しいご飯を食べましょう。 そろそろ夜のお客さんで混み出す頃ですよ?」 | ||
781 | 中川 | Nakagawa | 「…それしかないかなぁ」 | ||
782 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
783 | 小春 | Koharu | 「クラスメイト“には”渡さないですけどね」 | ||
784 | 武也 | Takeya | 「ところで孝宏… お前、彼女連れてくるって話はどうなったんだよ?」 | ||
785 | 孝宏 | Takahiro | 「彼女じゃないって! クラスの女の子2,3人呼ぶかもって言っただけでしょ」 | ||
786 | 武也 | Takeya | 「どっちでもいいってそんなこと… 俺、そのネタもあったから来たんだぜ今日?」 | ||
787 | 孝宏 | Takahiro | 「い、いや~、声はかけたんだけどね… バイトで忙しいとかその他諸々とかで全滅」 | ||
788 | 武也 | Takeya | 「お前なぁ… 俺が教えたこと何一つ身についてね~な」 | ||
789 | 孝宏 | Takahiro | 「そりゃ、すぐに飯塚さんみたいにはいかないよ。 キャリアが違うってキャリアが…」 | ||
790 | 武也 | Takeya | 「経験なんて後からついてくるもんだろ普通。 言っとくけど俺の初めての相手は○一の時の担任の…」 | ||
791 | 孝宏 | Takahiro | 「マジ? マジ! マジ!? ちょ、聞かせてその話詳しく!」 | ||
792 | 依緒 | Io | 「…ね、あの二人会わせないようにした方がよくない? 孝宏君の将来が心配になってくるんだけど」 | ||
793 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
794 | 依緒 | Io | 「…雪菜」 | ||
795 | 雪菜 | Setsuna | 「え? あ、ごめん。 ちょっと聞いてなかった」 | ||
796 | 依緒 | Io | 「そんなに気になるなら、 あいつの空いてる日にずらせばよかったのに。 …って言ったんだよ」 | ||
797 | 雪菜 | Setsuna | 「別にそういう訳じゃ… ううん、そういう訳かもしれないけど、 それも怖くてできなかった」 | ||
798 | 依緒 | Io | 「怖い? なにが?」 | ||
799 | 雪菜 | Setsuna | 「彼の来れない理由が、 『今日は忙しいから』だけじゃないって わかってしまうのが…」 | ||
800 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
801 | 雪菜 | Setsuna | 「それに、がっかりしながらもほっとしてる自分も 確かにいるんだよ」 | ||
802 | 依緒 | Io | 「結論出すの、怖い?」 | ||
803 | 雪菜 | Setsuna | 「彼の手を振り払った人間としては、ね」 | ||
804 | 依緒 | Io | 「…頑張れよぉ。 過ぎちゃったことはもうどうしようもないじゃん。 これからどう折り合いを付けてくかでしょ?」 | ||
805 | 雪菜 | Setsuna | 「そうなんだけど。 本当に、そうなんだけどね…」 | ||
806 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
807 | 雪菜 | Setsuna | 「だから、ちょっとだけ… ほんのちょっとだけ頑張ろうかなって」 | ||
808 | 孝宏 | Takahiro | 「飯塚さん、あんたすげぇよ。 改めて尊敬するわ。 …真似できそうにもないけど」 | ||
809 | 武也 | Takeya | 「…今となってはいい思い出だよ。 相手を縛ったり絞ったりすることが愚の骨頂だと 教えられた、エポックメイキング的な出来事だった」 | ||
810 | 孝宏 | Takahiro | 「うん、やっぱ女の子たち連れてこなくてよかった。 そのうち何人喰われるかわかったもんじゃない」 | ||
811 | 武也 | Takeya | 「ちょちょちょっ!? お前、今なに聞いてたんだよ!」 | ||
812 | 孝宏 | Takahiro | 「20人目くらいまでは 真面目に聞いてたんだけどさぁ…」 | ||
813 | 武也 | Takeya | 「俺の生き様とかポリシーの話とかもしただろ! 俺、知り合いの彼女は口説きもしないから! 雪菜ちゃんがいい例だろ?」 | ||
814 | 孝宏 | Takahiro | 「俺だって別に彼女って訳じゃないんだよ… ただ、ちょっと仲違いしてる奴らがいてさ」 | ||
815 | 武也 | Takeya | 「…まさか仲直りさせようとしたのか? 女同士の喧嘩なんていう、世にも恐ろしい代物を?」 | ||
816 | 孝宏 | Takahiro | 「一応、今は押しつけの委員長だからね。 そのくらいクラスの雰囲気悪くなっちゃってさぁ」 | ||
817 | 武也 | Takeya | 「今週末入試だってのに余裕だな、ある意味」 | ||
818 | 孝宏 | Takahiro | 「そうだ、せっかくだから相談に乗ってもらえないかな? 来年から同じキャンパスに通う大事な後輩なんだし」 | ||
819 | 武也 | Takeya | 「俺は別にいいけど、役に立たないぞ多分。 その方面に関しては消防士になれないことは知ってる。 …なぜなら放火犯としての自覚があるからだ」 | ||
820 | 孝宏 | Takahiro | 「じゃあ、女性陣の方がいいかな? …水沢さんと姉ちゃんもちょっと聞いてくれよ」 | ||
821 | 依緒 | Io | 「ん?」 | ||
822 | 雪菜 | Setsuna | 「どうしたの孝宏?」 | ||
823 | 孝宏 | Takahiro | 「ちょっと今、困ってることがあるんだけどさ。 …クラスメートの女の子のことで」 | ||
824 | ……… | .........
| |||
825 | 小春 | Koharu | 「う~ん…」 | ||
826 | 春希 | Haruki | 「やっぱ俺も手伝うって」 | ||
827 | 小春 | Koharu | 「いえ結構です! 先輩に迷惑をかけるわけにはいきませんから」 | ||
828 | 春希 | Haruki | 「…いや、それ手遅れだから。 そろそろ探し始めて一時間以上になるし」 | ||
829 | 小春 | Koharu | 「うく…すいません。 大事なものなので」 | ||
830 | 春希 | Haruki | 「店の連中に言っとけばいいだろ。 見つけたら取っといてくれって」 | ||
831 | 小春 | Koharu | 「でも…お客様が拾ってしまったら…」 | ||
832 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
833 | などというやり取りはこれで5回目になる。 | ||||
834 | 小春 | Koharu | 「やっぱりホールの方かなぁ。 もう一回戻ってみようか…」 | ||
835 | 春希 | Haruki | 「もう向こうも3回は探しただろ」 | ||
836 | 遅番も終わり、掃除も終わり、 『お疲れさまでした』の空気が漂い始めた終業後。 | ||||
837 | 着替えようとした小春が突然ポーチをまさぐり、 『落とし物した』と騒ぎ出したとき、 そこにはもう、俺たち以外には佐藤しかいなかった。 | ||||
838 | 小春 | Koharu | 「先輩、先帰っていいですよ。 鍵は明日の登校前に返しておきますから」 | ||
839 | 春希 | Haruki | 「できるかそんなこと。 小春を信用してないとかそういう意味じゃなくても」 | ||
840 | 小春 | Koharu | 「…ですよね、ごめんなさい」 | ||
841 | 春希 | Haruki | 「謝ってる暇があったら早く見つけるか諦めるかしろ。 俺的にはどっちでも構わないから」 | ||
842 | 小春 | Koharu | 「はぁい…」 | ||
843 | 佐藤から鍵を借り、店内に戻ると、 ホールからキッチン、更衣室、スタッフルーム、 トイレその他に至るまで、徹底して探し回った。 | ||||
844 | 何しろ元から俺を凌ぐほどの几帳面な奴だから、 人が入り込める隙間は全て漏らさずカバーしてた。 | ||||
845 | …一度、男子トイレを探そうとしたので、 そこに落とす可能性を問うた時は 顔を真っ赤にして回れ右したけれど。 | ||||
846 | それにしても、そこまで大事なものなのか? 一時間見つからなくても、諦めずに粘り強く探す、その… | ||||
847 | 春希 | Haruki | 「…そういえば、結局何を探してるんだっけ?」 | ||
848 | 小春 | Koharu | 「………さっきから言ってるじゃないですか。 あれですよ、ほら」 | ||
849 | 春希 | Haruki | 「自分にしか通用しない指示代名詞を人に使うのは、 物覚えが悪くなった証拠だと思うけど…」 | ||
850 | 小春 | Koharu | 「ええと、このくらいの大きさで… いつも身につけてる…」 | ||
851 | 春希 | Haruki | 「…ブローチ?」 | ||
852 | 小春が広げた親指と人差し指の間は3センチほどだった。 | ||||
853 | 小春 | Koharu | 「それです! …それにしておきます」 | ||
854 | 春希 | Haruki | 「そんなもの、いつも身につけてたっけ?」 | ||
855 | …それにしておきます? | ||||
856 | 小春 | Koharu | 「見えないところにつけてたんですよ。 女の子ってそういうところにこだわるんです」 | ||
857 | 春希 | Haruki | 「そう、か…?」 | ||
858 | 今週末は、見えないところなんかないくらい、 めくって、脱がせて、開いたはずだけど… | ||||
859 | 小春 | Koharu | 「ソファーの下かなぁ…? 暗くてよく見えない…」 | ||
860 | 春希 | Haruki | 「………あまり這いつくばったりするなよ。 制服のままで」 | ||
861 | 小春 | Koharu | 「今日でクリーニング出すから、 汚すならこっちの方がいいんですよ」 | ||
862 | 俺が問題にしてるのは汚れることじゃなくて、 スカートの短さの差なんだけどな。 | ||||
863 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
864 | 床に這いつくばり、頭隠して尻隠さずで、 しかも探し物に夢中でゆらゆらと揺れる、 その『隠してない辺り』が、なんというか… | ||||
865 | 小春 | Koharu | 「…先輩?」 | ||
866 | 春希 | Haruki | 「っ!? べ、別にそういう意図じゃ!」 | ||
867 | 小春 | Koharu | 「今、何時かわかります?」 | ||
868 | 春希 | Haruki | 「………ちょっと待ってろ」 | ||
869 | 突っ込まれなくて良かった… | ||||
870 | って、そもそもさっきも言ったように、 何度もめくって、脱がせて、開いたはずなのに、 何をうろたえる必要があるんだろうな、俺… | ||||
871 | 春希 | Haruki | 「ええと…0時10分…今11分になった」 | ||
872 | 小春 | Koharu | 「…日付、変わっちゃいましたね」 | ||
873 | 春希 | Haruki | 「だな。 小春、そろそろ終電…」 | ||
874 | 小春 | Koharu | 「なら………見つけました」 | ||
875 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
876 | …なら? | ||||
877 | 小春 | Koharu | 「ほら、やっと見つけましたよ先輩! よかったぁ…一生懸命探した甲斐がありました」 | ||
878 | ソファーの下から顔を出した小春は満面の笑みとともに、 ようやく見つけた探し物を、俺の前に差し出した。 | ||||
879 | 春希 | Haruki | 「………小春?」 | ||
880 | けどそれは、 小春が『それにしておきます』と言ったはずの ブローチなんかじゃなくて… | ||||
881 | 小春 | Koharu | 「はい先輩。 …受け取ってください」 | ||
882 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
883 | リボンで結ばれた、小さな… けどブローチよりは大きな箱。 | ||||
884 | その包装紙のロゴには見覚えがある。 確か、御宿で一緒に買い物をしたときの、 地下の食品街に出ていたワゴンに同じものが… | ||||
885 | 小春 | Koharu | 「これで14日一番乗りですよね? わたし」 | ||
886 | 春希 | Haruki | 「っ! ま、まさか…お前っ!?」 | ||
887 | ブローチなんて、最初からつけてなかった。 いや、落とし物すら存在していなかった。 | ||||
888 | 小春 | Koharu | 「どうしてもバレンタイン当日に渡したかったんです。 | ||
889 | 小春 | Koharu | …一応、初めて渡す本命チョコなわけですし」 | ||
890 | それはただ、 一緒にいる時間が少しでも14日にかかるための、 方便という名の大嘘。 | ||||
891 | 春希 | Haruki | 「あのなぁ…」 | ||
892 | あまりにせこくて、 あまりに意味が小さくて、 そして、あまりに可愛い策略。 | ||||
893 | 小春 | Koharu | 「受け取って…くれますよね?」 | ||
894 | だから俺は、どういう顔をしていいかわからないまま、 小春の差し出すそのチョコレートの小箱を受け取り… | ||||
895 | 春希 | Haruki | 「………こら」 | ||
896 | 小春 | Koharu | 「いたっ」 | ||
897 | あまりにいじらしい悪戯っこの頭を、 箱の角で軽くぶつ。 | ||||
898 | けれど、それだけでは飽きたらずに… | ||||
899 | 小春 | Koharu | 「っ…あ」 | ||
900 | そのまま、俺の肩の高さにある頭を、 箱を持った右手で抱え込み、胸に押し当てる。 | ||||
901 | 春希 | Haruki | 「小春…」 | ||
902 | 小春 | Koharu | 「春希先輩…痛いです。 だからってやめる必要全然ないですけど」 | ||
903 | 俺の胸に顔を埋めて、 小春がほう、とため息をつく。 | ||||
904 | 両腕はいつの間にか背中に回され、 その小さなふくらみすらちゃんと感じるくらい、 身体を密着させていた。 | ||||
905 | 春希 | Haruki | 「本当に…嘘が上手くなりやがって」 | ||
906 | 小春 | Koharu | 「嘘、上手かったですか? 先輩、完全に騙されちゃいましたか?」 | ||
907 | 春希 | Haruki | 「まぁ、正直おかしいとは思ってたよ」 | ||
908 | 終電逃してまで探してる物が何なのか、 さっぱり要領を得なかったり、 何度も同じところを繰り返し探したり… | ||||
909 | 本当の目的までは辿り着かなかったけど、 嘘をついてることだけは気づいてた。 | ||||
910 | 小春 | Koharu | 「なら、先輩も共犯ですね。 気づいてて、こんな遅い時間まで わたしと二人きりでお店に残ってたんだから」 | ||
911 | 春希 | Haruki | 「小春のせいでな…」 | ||
912 | 小春 | Koharu | 「ごめんなさい」 | ||
913 | そして俺は、 嘘を看過するのが上手くなってしまった。 | ||||
914 | 自分にも、他人にも甘くなった。 間違った流れを、断ち切ることができなくなった。 | ||||
915 | 一度裏切ったひとを、 二度、三度と続けて傷つける最低の人間に成り下がった。 | ||||
916 | 春希 | Haruki | 「小春が嘘つきになったの、俺のせいじゃないか。 どうして謝る必要があるんだよ」 | ||
917 | 小春 | Koharu | 「ごめんなさい…」 | ||
918 | それでも小春は、謝るのをやめなかった。 | ||||
919 | そして、潤んだ目で俺を見上げ、 ねだるように唇を半開きにすることも、やめなかった。 | ||||
920 | 小春 | Koharu | 「ん…あむ…」 | ||
921 | 春希 | Haruki | 「小春…っ」 | ||
922 | 小春 | Koharu | 「ん、ん、ん… あむ、むぅ…ん、んく…は、ちゅぷ…あん」 | ||
923 | そんな目をされたら… | ||||
924 | 俺は、四度目の裏切りを食い止めることなんかできない。 | ||||
925 | 小春 | Koharu | 「はぁぁ…んむっ、ん、ちゅ…んぷ、あ、はぁ、はぁぁ… せ、先輩、せんぱぁい…春希、せんぱい…っ」 | ||
926 | 春希 | Haruki | 「小春…ん、ん…あ、あぁ…」 | ||
927 | 小春 | Koharu | 「ちゅぅぅ…うぷ…あ、あむっ…あ、ん… はぁ、はぁ…あはは、あは…は…」 | ||
928 | 唇を離すと、切ない表情で小春が微笑む。 | ||||
929 | その口元は二人の唾液にまみれ、 更衣室の灯りに照らされ、いやらしく光る。 | ||||
930 | 小春 | Koharu | 「ね、先輩…」 | ||
931 | 春希 | Haruki | 「ん…?」 | ||
932 | 小春 | Koharu | 「それ…本命チョコなんですよ?」 | ||
933 | 春希 | Haruki | 「うん…ありがとう」 | ||
934 | 小春 | Koharu | 「『そういうつもり』で、渡したんですよ?」 | ||
935 | 春希 | Haruki | 「小春…」 | ||
936 | 小春 | Koharu | 「先輩は…どういうつもりで受け取りましたか?」 | ||
937 | 春希 | Haruki | 「俺も………俺、は…」 | ||
938 | 昨日、一緒に寝ていながら、しなかった反動が、 互いに出てきてるような、またしても間違った流れ。 | ||||
939 | 自然に、ごく自然に… 本気で素のままに『俺も小春が欲しい』って、 まるで以心伝心な答えを告げるところだった。 | ||||
940 | 春希 | Haruki | 「でも小春… その、ごめん、俺、 今ここで、そういうの想定してなかったから…」 | ||
941 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
942 | 春希 | Haruki | 「この前買ったやつ、全部部屋に置いてき………え」 | ||
943 | 小春 | Koharu | 「ごめんなさい… 一つ、拝借して来ちゃいました」 | ||
944 | 小春の濡れた唇を、白くて薄いフィルムが隠す。 | ||||
945 | 彼女の二本の指に挟まれたそれは、 確かに俺が、この前買った三ダースのうちの一枚だった。 | ||||
946 | 春希 | Haruki | 「お前…」 | ||
947 | つまり小春にとって、どうやらこれは 昨夜のうちからできていた流れのようであり… | ||||
948 | 小春 | Koharu | 「嘘と泥棒と誘惑… 本当に、どうしようもないですよね、わたし」 | ||
949 | 春希 | Haruki | 「全部、子供っぽ過ぎるのがあれだけどな」 | ||
950 | 小春 | Koharu | 「それにわざと引っかかってくれる先輩が、 大好きです…」 | ||
951 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
952 | だって、こんなにひたむきにされて、 どうやってはねのけろって言うんだよ… | ||||
953 | 昨夜、『しなかった』ことが。 今日、こうして小春の強い意志に繋がったんだろうか? | ||||
954 | 本当に、ただそれだけの理由なんだろうか? | ||||
955 | 小春 | Koharu | 「わたし…つけてあげます。 下、脱がせますね」 | ||
956 | 春希 | Haruki | 「それくらい、俺が」 | ||
957 | 小春 | Koharu | 「じゃ、ベルトだけ外してください」 | ||
958 | 春希 | Haruki | 「わかった…」 | ||
959 | 言われるままベルトを外し、 そのままズボンのボタンも外す。 | ||||
960 | 小春 | Koharu | 「…っ、しょ、と。 右足、上げてください」 | ||
961 | 小春は、もちろん全然慣れてない手つきで、 けれど徐々に俺の膝までずり下げると、 子供を着替えさせるような真似までする。 | ||||
962 | 大の男に、しかも年上の大学生に向かって、 素でこういうことするのもどうかと… | ||||
963 | って、一番どうかと思うのは、 それらを全て好きにさせてしまっている、 あまりに受け身な男の情けなさの方で。 | ||||
964 | それから… | ||||
965 | 力の入らない小春を着替えさせ、 タクシーを呼んで家まで送り。 | ||||
966 | やっとのことでマンションに辿り着いたときには、 もう2時を過ぎていて… | ||||
967 | 春希 | Haruki | 「あ…っ」 | ||
968 | 辿り着いたとき、一番最初に目に入ったのは、 部屋の入り口の前にぽつんと置いてある紙袋。 | ||||
969 | 一人分に切ったケーキと、 お店のじゃない空き箱に入った、 けれどお店のものと比べても遜色ないチョコレートと… | ||||
970 | うまく焼けたに違いない、ローストビーフ。 | ||||
971 | 『出かけてるみたいだったので』 | ||||
972 | 『お料理だけ置いていきます。 冬だから大丈夫だとは思うけど、 変な匂いがしたら捨てちゃってください』 | ||||
973 | 『それじゃ』 | ||||
974 | 『>ローストビーフ、一応成功したみたい。 >パサついてないし、我ながらいい出来かも』 | ||||
975 | 『>それでね…実はね… >十人前くらい、作っちゃったんだ』 | ||||
976 | 『>だってローストビーフって、 大きな塊でやるほうが絶対にうまく行くんだもん。 >けどちょっと、限度を超えちゃったかなぁって感じで』 | ||||
977 | 『>だから、その… >ちょっとだけ、もらってくれませんか?』 | ||||
978 | 『>バイト終わるの何時? >駄目じゃなかったら、パーティが終わった後、 0時くらいにそっち行ってもいいかな?』 | ||||
979 | 『>駄目だったらメールください。 >それじゃ』 | ||||
980 | 春希 | Haruki | 「………なんだ、これ?」 | ||
981 | その、引用符付きの、 前のメールから転載されたような、 けれど雪菜のものに間違いない文章を… | ||||
982 | 俺は、受け取った覚えなんかなかった。 |
Script Chart
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Introductory Chapter | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
1001 | 1008 | 1009 | 1010 | 1011 | 1012 | 1013 |
1002 | 1008_020 | 1009_020 | 1010_020 | 1011_020 | 1012_020 | |
1003 | 1008_030 | 1009_030 | 1010_030 | 1011_030 | 1012_030 | |
1004 | 1008_040 | 1010_040 | 1012_030_2 | |||
1005 | 1008_050 | 1010_050 | ||||
1006 | 1010_060 | |||||
1006_2 | 1010_070 | |||||
1007 |
Closing Chapter | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | ||||||
2001 | 2011 | 2020 | 2027 | 2301 | 2309 | 2316 | 2401 | 2408 | 2501 | 2510 |
2002 | 2012 | 2021 | 2028 | 2302 | 2310 | 2317 | 2402 | 2409 | 2502 | 2511 |
2003 | 2013 | 2022 | 2029 | 2303 | 2311 | 2318 | 2403 | 2410 | 2503 | 2512 |
2004 | 2014 | 2023 | 2030 | 2304 | 2312 | 2319 | 2404 | 2411 | 2504 | 2513 |
2005 | 2015 | 2024 | 2031 | 2305 | 2313 | 2320 | 2405 | 2412 | 2505 | 2514 |
2006 | 2016 | 2025 | 2032 | 2306 | 2314 | 2321 | 2406 | 2413 | 2506 | 2515 |
2007 | 2017 | 2026 | 2033 | 2307 | 2315 | 2322 | 2407 | 2507 | 2516 | |
2008 | 2018 | 2308 | 2508 | 2517 | ||||||
2009 | 2019 | 2509 | ||||||||
2010 | ||||||||||
Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | |||||||
2031_2 | 2312_2 | 2401_2 | 2504_2 | 2511_2 | ||||||
2031_3 | 2313_2 | 2402_2 | 2507_2 | 2513_2 | ||||||
2031_4 | 2313_3 | 2402_3 |
Coda | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Kazusa (True) | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | ||||||
3001 | 3008 | 3014_2 | 3020 | 3101 | 3107 | 3201 | 3207 | 3901 | 3907 |
3002 | 3009 | 3014_3 | 3021 | 3102 | 3108 | 3202 | 3208 | 3902 | 3908 |
3003 | 3010 | 3015 | 3022 | 3103 | 3109 | 3203 | 3209 | 3903 | 3909 |
3004 | 3011 | 3016 | 3023 | 3104 | 3110 | 3204 | 3210 | 3904 | |
3005 | 3012 | 3017 | 3024 | 3105 | 3111 | 3205 | 3211 | 3905 | |
3006 | 3013 | 3018 | 3106 | 3206 | 3906 | ||||
3007 | 3014 | 3019 | |||||||
Common | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | |||||||
3001_2 | 3210_2 | 3901_2 | 3906_2 | ||||||
3015_2 | 3902_2 | 3907_2 | |||||||
3902_3 | 3907_3 | ||||||||
3904_2 |
Mini After Story and Extra Episode | |||
---|---|---|---|
The Path Back to Happiness | The Path Forward to Happiness | Dear Mortal Enemy | |
6001 | 6101 | 4000 | 4005 |
6002 | 6102 | 4001 | 4006 |
6003 | 6103 | 4002 | 4007 |
6004 | 6104 | 4003 | 4008 |
6005 | 4004 | 4009 |
Novels | |||||
---|---|---|---|---|---|
The Snow Melts, And Until The Snow Falls | The Idol Who Forgot How to Sing | Twinkle Snow ~Reverie~ | After the Festival ~Setsuna's Thirty Minutes~ | His God, Her Savior | |
5000 | 5100 | 5200 | 5205 | 5300 | 5400 |
5001 | 5101 | 5201 | 5206 | 5301 | 5401 |
5002 | 5102 | 5202 | 5207 | 5302 | |
5003 | 5103 | 5203 | 5208 | 5303 | |
5004 | 5104 | 5204 | 5209 |
Short Stories | |||
---|---|---|---|
Princess Setsuna's Distress and Her Minister's Sinister Plan | Koharu Climate After the Passing of the Typhoon | This isn't the Season for White Album | Todokanai Koi, Todoita |
7000 | 7100 | 7200 | 7300 |