White Album 2/Script/2406
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Speaker | Text | Comment | |||
---|---|---|---|---|---|
Line # | JP | EN | JP | EN | |
1 | 武也 | Takeya | 「和泉ってのは、瀬能の母方の名字らしい」 | ||
2 | 春希 | Haruki | 「瀬能…」 | ||
3 | 武也 | Takeya | 「ああ、お前にはそっちのが馴染みがないんだっけ。 つまり瀬能ってのは、和泉が付属時代に名乗ってた 名字だってこと」 | ||
4 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
5 | 武也 | Takeya | 「付属の卒業と同じ時期に親が離婚して、 今は母方の実家で暮らしてるって話だ」 | ||
6 | 春希 | Haruki | 「実家って…有川?」 | ||
7 | 武也 | Takeya | 「そっか、それは聞いてたか。 …付属時代、演劇部に所属してた後輩からの情報。 ま、昔ちょっとあったコでさ」 | ||
8 | 武也の言っている意味が、 俺にはまだ、よくわかってない。 | ||||
9 | 武也 | Takeya | 「でな、ここからが本題なんだけど… あの女な、付属時代から、お前のこと知ってたんだ」 | ||
10 | 千晶のことを、武也がさも知っている人間のように、 思い出しながら喋ってる現実が理解できない。 | ||||
11 | 武也 | Takeya | 「お前だけじゃない。雪菜ちゃんも、冬馬も。 …お前と雪菜ちゃんの関係も、ある程度」 | ||
12 | 春希 | Haruki | 「なんで…」 | ||
13 | 武也 | Takeya | 「三年前、俺が喋ったからだよ。 向こうがお前のことしつこく聞いてきたから」 | ||
14 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
15 | 武也 | Takeya | 「あの女、なんて言うか、えっと… 学園祭の時から、お前らのファンだった」 | ||
16 | 春希 | Haruki | 「意味がわからない…」 | ||
17 | それに… | ||||
18 | 武也が女の子のこと『あの女』と呼ぶのを、 俺は今まで聞いたことがあっただろうか? | ||||
19 | 武也 | Takeya | 「なんて言うか、ちょっと説明しづらいんだ。 それにしても迂闊だった… まさかあいつが峰城大に入ってるなんて」 | ||
20 | 嫌っている…というよりも、 苦手にしているというか、恐れているような。 | ||||
21 | 武也 | Takeya | 「成績はいつも低空飛行で、 授業もサボってばっかだったし、 推薦なんか取れるわけがないって安心してた」 | ||
22 | そんな、武也が女性に対して見せたことのない態度が、 ますます俺の感情をざわつかせる。 | ||||
23 | 千晶… | ||||
24 | お前、一体何者なんだよ? | ||||
25 | 武也 | Takeya | 「で…大学に入ってからの活動拠点は主にここらしい」 | ||
26 | 武也に連れてこられたのは、 校舎から国道一本隔てられたグラウンドのさらに奥。 部室棟すら通りすぎた端の端… | ||||
27 | そこに建っていた、少し古めの小さなホール。 | ||||
28 | 春希 | Haruki | 「劇団…ウァトス?」 | ||
29 | 武也 | Takeya | 「ウチの演劇系サークルの中でも、 1、2を争う人気を持つ実力派劇団。 ………らしい。俺も良く知らないけど」 | ||
30 | ドアの前に掲げられた、 本日の利用者を表示するプレートには、 そんな耳慣れないサークルの名前が書かれていた。 | ||||
31 | 武也 | Takeya | 「メンバー数は他と比べて圧倒的に少ないけど、 演出兼座長と、脚本兼主演女優のコンビが有名…らしい」 | ||
32 | 春希 | Haruki | 「脚本兼主演女優…」 | ||
33 | 昨日、そんな肩書きを聞いた。 | ||||
34 | あのDVDの1トラック目。 絶賛の嵐の中幕を閉じた、 三年前の舞台の中で。 | ||||
35 | 武也 | Takeya | 「稽古中みたいだな。 どうする春希? 覗いてみるか?」 | ||
36 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
37 | ここまでは、あくまでも受動的に、 ただ、武也に連れられるままに足を進めてた。 | ||||
38 | 自分の考えが介入しなかったからこそ、 こうして真相の近くまで無警戒で踏み込めた。 | ||||
39 | 武也 | Takeya | 「ここまで案内はしたけど、 この先まで確かめるかどうかはお前が決めろ」 | ||
40 | 春希 | Haruki | 「た、武也、お前。 ここまでお膳立てしといて…」 | ||
41 | けれど、ここから先… | ||||
42 | いかにもな『パンドラの箱』っぽい雰囲気だけ作られて、 後は蓋を開くだけなんて言われて、 軽々しく開けるような警戒心のなさは、俺にはない。 | ||||
43 | 武也 | Takeya | 「俺にもどうしたらいいかわかんないんだよ。 まさかお前とあの女が繋がってるなんて…」 | ||
44 | 春希 | Haruki | 「さっきからあの女あの女って… 一体、千晶が何だってんだよ? お前、あいつと何かあったのか?」 | ||
45 | 武也 | Takeya | 「あるわけないだろ。 ただその、あいつ、 俺にとって理解できない存在なんだよ…」 | ||
46 | 春希 | Haruki | 「言ってる意味全然わかんねえよ!」 | ||
47 | 武也 | Takeya | 「だから自分で確かめろって言ってる!」 | ||
48 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
49 | なんだってんだ… | ||||
50 | 昨夜、武也からの留守電を受けてから、 意味不明なことばかりだ。 | ||||
51 | 武也は千晶のことを知っているという。 | ||||
52 | それも付属時代から… つまり六年間、俺たちは同じ学校に通っていたという。 | ||||
53 | そして当の千晶は、かつては瀬能という名字で、 全国大会にも出るような演劇部の部長を務めてて、 三年前の学園祭で演じた四姉妹は強烈で… | ||||
54 | やっぱり、何が何だかわからない。 一体俺は、何を決断したら… | ||||
55 | 男性劇団員1 | Male Troupe Member 1 | 「やってられるか!」 | ||
56 | 武也 | Takeya | 「うおっ!?」 | ||
57 | 春希 | Haruki | 「あ…っ」 | ||
58 | そんな迷いの扉は、 突然、内側から開いた。 | ||||
59 | 男性劇団員1 | Male Troupe Member 1 | 「やめる、今度こそやめる! 代役は好きに決めてくれ!」 | ||
60 | ホールの扉を勢いよく開けた青年は、 その勢いのまま怒りの言葉を吐き出した。 | ||||
61 | 上原 | Uehara | 「待て待て、まぁ待てって。 ちょ~っと頭冷やして落ち着こ、な?」 | ||
62 | 男性劇団員1 | Male Troupe Member 1 | 「これが落ち着いていられるか! 何もあそこまで言うことないでしょう。 あれが仲間に対する態度ですか!?」 | ||
63 | 上原 | Uehara | 「だから冷静になれって… 姫が妥協しない性分だってのはわかってるだろ?」 | ||
64 | 男性劇団員1 | Male Troupe Member 1 | 「座長! あんたにも責任あるんですよ! あの女をあそこまで増長させたのは…」 | ||
65 | 上原 | Uehara | 「…仕方ないだろ。 ウァトスは姫あっての劇団なんだから」 | ||
66 | 男性劇団員1 | Male Troupe Member 1 | 「あんたがもう少ししっかりしてくれれば…」 | ||
67 | 上原 | Uehara | 「俺一人で何ができる? …ついでに、彼女以外の全員で何ができる?」 | ||
68 | 男性劇団員1 | Male Troupe Member 1 | 「………」 | "........."
| |
69 | 上原 | Uehara | 「…今日は帰っていい。 夜、連絡するから」 | ||
70 | 男性劇団員1 | Male Troupe Member 1 | 「っ!」 | ||
71 | 武也 | Takeya | 「あ…」 | ||
72 | 目の前で繰り広げられていた修羅場は、 どうやらほんの十数秒で収束したらしかった。 | ||||
73 | 上原 | Uehara | 「…やれやれ。 まずいところ見られちゃったかな? …入団希望者?」 | ||
74 | 武也 | Takeya | 「あ、いえ、今日はただの見学で…今のは?」 | ||
75 | 上原 | Uehara | 「いや、団員同士でやり合っちゃってね。 ま、それだけお互い真剣に取り組んでるって訳。 …気にしないで、よくあることだから」 | ||
76 | 武也 | Takeya | 「は、はぁ…」 | ||
77 | けれど俺は、走り去る男を目で追うこともなく、 残った男と武也との会話に耳を傾けるでもなく。 | ||||
78 | 上原 | Uehara | 「見学ってことは… やっぱり彼女目当て? 瀬之内晶」 | ||
79 | 武也 | Takeya | 「せのうち…あきら?」 | ||
80 | 上原 | Uehara | 「あれ? 違うの? てっきりウチの看板女優見に来たのかと」 | ||
81 | 武也 | Takeya | 「せのう・ちあき・ら…?」 | ||
82 | 上原 | Uehara | 「ま、いいや、見学大歓迎。 今日はまだホン読みだから、退屈かもしれないけど。 中、入るかい?」 | ||
83 | 武也 | Takeya | 「あ、いや…ここでいいです。 お構いなく」 | ||
84 | ただ、開いた扉の影から、 ホールの中の様子を感じ取ることに 五感の全てを集中させていた。 | ||||
85 | 上原 | Uehara | 「よ~し、じゃ続き行こうか。 …吉田の代わりどうする? 俺がやろうか?」 | ||
86 | 千晶 | Chiaki | 「いらない。 あの程度の演技ならいない方がマシ」 | ||
87 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
88 | そこに飛ぶ、内容も声質も鋭い声は、 意識を集中するまでもなく、あいつのものだとわかった。 | ||||
89 | 上原 | Uehara | 「ホン読みの段階でそこまで求めなくても…」 | ||
90 | 千晶 | Chiaki | 「駄目。あいつ“彼”を全然わかってない。 読み込んでこなかったの丸わかり。 …今度の舞台もあたし一人でやる」 | ||
91 | 上原 | Uehara | 「姫…」 | ||
92 | いつも俺の傍らで聞こえる声よりも、 あのDVDから流れてきた三年前の声に近かったけど。 | ||||
93 | 千晶 | Chiaki | 「“彼”はね、本質的にはもの凄くナイーブなの。 けどその部分は普段の言動からは出てこない。 ふっと息を抜いた瞬間だけで表現するしかないわけ」 | ||
94 | でも間違いない。 | ||||
95 | 舞台の上に仁王立ちで、 他のメンバーを威圧する存在感を放っているのは… | ||||
96 | いつも眠そうで、顔にだらけた笑顔を貼り付けてて、 俺を優しく包み込んでくれてた…あいつだった。 | ||||
97 | 上原 | Uehara | 「またややこしい性格設定を… もうちょっと単純な解釈じゃ駄目なのか?」 | ||
98 | 千晶 | Chiaki | 「そんなことしたら“彼”じゃなくなる。 このホン書いてきた意味がなくなる」 | ||
99 | 上原 | Uehara | 「はぁ…」 | ||
100 | 千晶 | Chiaki | 「あいつは駄目。あんなの“彼”じゃない。 本物の“彼”はもっと可愛いんだってば!」 | ||
101 | 上原 | Uehara | 「あ~、姫の“彼”談義はまた後でな。 とりあえず今どうするかを考えよう」 | ||
102 | 千晶 | Chiaki | 「だから、あたしのパートだけ読むってば」 | ||
103 | 上原 | Uehara | 「仕方ないか。 主人公の件も、明日以降話し合うってことで。 よ~し、再開」 | ||
104 | わからない。 考えても何も結論が出てこない。 | ||||
105 | 千晶 | Chiaki | 「じゃあ、14ページの最初から」 | ||
106 | 頭の中で作られた、抜け出せない思考の迷宮が、 俺の心をじわじわと追い込んでいく。 | ||||
107 | そして… | ||||
108 | 春希 | Haruki | 「っ!?」 | ||
109 | 心臓を握り潰されるような歌声が、 ホールから、響いてきた。 | ||||
110 | 千晶 | Chiaki | 「あなたは…」 | ||
111 | 千晶 | Chiaki | 「もしかして…ギターの人?」 | ||
112 | アカペラで朗々と歌い上げる女の子。 | ||||
113 | 何かの音に気づいたようにふと振り返り、 そこに人の姿を見つけて問いかける。 | ||||
114 | 『ギターの人?』と… | ||||
115 | 千晶 | Chiaki | 「そっか、あなたたちが弾いてたんだ… 『WHITE ALBUM』」 | ||
116 | 千晶 | Chiaki | 「古い歌だけど…でも、とても好きな歌。 …あなたも、そうなのかな?」 | ||
117 | 千晶 | Chiaki | 「はじめまして、ギターさん。 わたしはね…」 | ||
118 | ディテールは、少し違う。 | ||||
119 | 彼女と俺は、この時点で初対面じゃなかった。 彼女は、俺のことを知っていた。 | ||||
120 | だから彼女は、俺のことを『ギターさん』じゃなくて、 『実行委員さんのお手伝いさん』と呼んでいた。 | ||||
121 | けれど、でも、しかし… | ||||
122 | これは紛れもなく、 俺の、かけがえのない古い傷痕。 | ||||
123 | …あいつにねだられるまま寝物語で話して聞かせた、 雪菜と俺の、本当の出逢い、だった。 | ||||
124 | ……… | .........
| |||
125 | 千晶 | Chiaki | 「じゃ、あたし鍵返してくるから。 先帰っていいよ」 | ||
126 | 上原 | Uehara | 「本当に返して来いよ? 去年みたいに朝まで一人稽古とかするなよ?」 | ||
127 | 千晶 | Chiaki | 「大丈夫。まだホン完成してないし。 ちゃんと部室で寝る」 | ||
128 | 上原 | Uehara | 「それをちゃんとと言うのか…」 | ||
129 | 千晶 | Chiaki | 「じゃね、座長」 | ||
130 | 上原 | Uehara | 「あ、それとさ…吉田のことだけど」 | ||
131 | 千晶 | Chiaki | 「どうでもいいよ。あんな使えないの」 | ||
132 | 上原 | Uehara | 「そう言わないでくれ… このままじゃ男の団員いなくなっちまう」 | ||
133 | 千晶 | Chiaki | 「座長が顔で選ぶからでしょ。 もうちょっと骨のある奴連れてきてよ」 | ||
134 | 上原 | Uehara | 「…検討しとく。 とにかくもう一度だけチャンスやってくれ」 | ||
135 | 千晶 | Chiaki | 「めんどくさいなぁ… ま、明日考えるわ。お疲れ」 | ||
136 | 上原 | Uehara | 「ああ…お疲れさん」 | ||
137 | ……… | .........
| |||
138 | 千晶 | Chiaki | 「~♪」 | ||
139 | 千晶 | Chiaki | 「………あ」 | ||
140 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
141 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
142 | あり得ない時間に、あり得ない場所で俺を見つけ、 千晶は、一瞬言葉を失い、 素の表情でその場に立ち尽くした。 | ||||
143 | まだ俺が見たことのない和泉千晶が、そこにいた。 | ||||
144 | 春希 | Haruki | 「千晶…」 | ||
145 | 千晶 | Chiaki | 「っ…」 | ||
146 | あり得ない時間に、あり得ない場所で俺の声を聞き、 千晶は、一瞬びくっと身体を震わせた。 | ||||
147 | 俺が今まで見ていたこいつの顔は、 全体の何パーセントくらいを占めるんだろうか? | ||||
148 | 千晶 | Chiaki | 「や…」 | ||
149 | 色を失っていた千晶の顔に、 少しずつ朱が戻っていく。 | ||||
150 | 表情が消えていた千晶の顔に、 少しずつ喜と哀が浮かび上がっていく。 | ||||
151 | 俺の知らない舞台女優が、 俺の知ってる和泉千晶をかたどっていく瞬間だった。 | ||||
152 | 千晶 | Chiaki | 「やだもう…っ!」 | ||
153 | 春希 | Haruki | 「っ!?」 | ||
154 | 千晶は、俺たちの間に隔てられた数メートルの距離を 一瞬で詰め、有無を言わせず俺の胸に飛び込んだ。 | ||||
155 | よく知っている柔らかな身体と、汗の匂いが、 一瞬で俺の情欲を刺激する。 | ||||
156 | 千晶 | Chiaki | 「しばらく会わないって決めてたのになぁ… その方がお互いのためだって思ってたのになぁ」 | ||
157 | 吐息混じりに吐き出す声は、 感極まってて、色っぽくて。 | ||||
158 | 『いつもの千晶と違うけど、間違いなく千晶』 というギリギリの領域を、いとも簡単に紡ぎ出していた。 | ||||
159 | 春希 | Haruki | 「ち、千晶、おい…」 | ||
160 | …さっきまでの一時間さえなければ、 ただの『いつもと違う千晶』だったのに。 | ||||
161 | 千晶 | Chiaki | 「時間置いて、春希に元に戻ってもらって、 そっからが勝負だって、そう思ってたんだけどなぁ」 | ||
162 | 『今までどうして連絡よこさなかったんだよ!』 | ||||
163 | 『やっぱお前、ただ俺に同情してただけだったのか? それとも、からかってたのか?』 | ||||
164 | 千晶 | Chiaki | 「どうして見つけちゃったかなぁ。 なんで、追っかけて来てくれちゃうかなぁ」 | ||
165 | そんな、想定される俺の言葉を、 完璧なアドリブで見事に封じ込める。 | ||||
166 | 千晶 | Chiaki | 「あたし、あたしさぁ… こんなことされたら、ますます溺れちゃうじゃん…っ。 そういうの、違うキャラなんだけどなぁ」 | ||
167 | 春希 | Haruki | 「あ…あ…」 | ||
168 | なんて、穿った見方をするのが辛い。 | ||||
169 | こんなふうにぶつけられたら。 こんなふうに、爆発を我慢してるような言い方されたら。 | ||||
170 | もしかしたら、今まで俺の見たもの全てが幻で、 実は、一芝居打っていたのはこいつじゃなくて… | ||||
171 | 千晶 | Chiaki | 「春希…ただいま。 あたし、あんたの…」 | ||
172 | 武也 | Takeya | 「…よう、瀬能」 | ||
173 | 千晶 | Chiaki | 「………っ」 | ||
174 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
175 | なんて、一瞬だけ芽生えた淡い期待は、 その瞬間の、千晶の小さな舌打ちで全てが無に帰した。 | ||||
176 | 武也 | Takeya | 「って、今は和泉なんだっけ? お前、クラス会くらい顔出せよ。 こんな近くにいるんならさ」 | ||
177 | 千晶 | Chiaki | 「………久しぶり、飯塚君」 | ||
178 | 俺の胸に染み込む吐息と同時に吐き出された言葉は、 その息の温かさとは裏腹に、温度が感じられなかった。 | ||||
179 | 武也 | Takeya | 「去年一度すれ違っただろ? 春希のマンションの前で」 | ||
180 | 千晶 | Chiaki | 「気づかれてないと思ってたんだけどな~。 あたしの顔なんかすっかり忘れてるって」 | ||
181 | 武也 | Takeya | 「生憎だけど、俺は美人の顔は一生忘れないから」 | ||
182 | 千晶 | Chiaki | 「………そりゃ、どうも。 随分と無駄なスキルだこと」 | ||
183 | 千晶は、相変わらず俺の胸に顔を埋めている。 | ||||
184 | 傍目には、久々に会った恋人に抱きついて、 半泣きで駄々をこねてる、 甘えん坊の彼女にしか見えないのに。 | ||||
185 | なのに… | ||||
186 | 武也 | Takeya | 「春希…やっぱ再確認したわ」 | ||
187 | 春希 | Haruki | 「え…?」 | ||
188 | 武也 | Takeya | 「こいつは…瀬能千晶は… 俺たち普通の人間には、 なに考えてるかさっぱり理解できない宇宙人だ」 | ||
189 | 武也の言葉がするりと納得できるくらい、 今、腕の中にいる、俺のよき理解者だったはずの女が まるで理解できない。 | ||||
190 | 千晶 | Chiaki | 「あのさ飯塚君…」 | ||
191 | 武也 | Takeya | 「こいつの言うこと何も信じるなよ春希! 一から十まで全部演技だ! …しかも天才的な」 | ||
192 | 千晶 | Chiaki | 「さっきから好き勝手言っちゃってくれてるけど、 一つだけ訂正して欲しいんだよね」 | ||
193 | 武也 | Takeya | 「何だよ?」 | ||
194 | 千晶 | Chiaki | 「あたし、ここでは瀬之内晶って言うんだ。 瀬能千晶でも和泉千晶でもないの。覚えといて」 | ||
195 | ……… | .........
| |||
196 | 俺をホールの中に招き入れた千晶は、 真っ暗なその場所に、たった一つの明かりを灯した。 | ||||
197 | 舞台上を照らす、スポットライトを。 | ||||
198 | 板張りの舞台を踏みしめる音が、 俺たち以外、誰もいない空間に拡がっていく。 | ||||
199 | そして彼女が立ち止まったのは、 ただ一箇所だけ明るく照らされた、舞台の中央。 | ||||
200 | 千晶 | Chiaki | 「とうとう見てしまいましたね。私の本当の姿… あれほど開けないでと、何度もお願いしたのに」 | ||
201 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
202 | 千晶 | Chiaki | 「…『夕鶴』。 中学のとき、これで市の最優秀賞取ったんだ」 | ||
203 | 舞台から俺を見下ろすその姿は、 もう、俺の知っている和泉千晶じゃなかった。 | ||||
204 | 千晶 | Chiaki | 「初めまして、北原春希君。 あたしは劇団ウァトスの瀬之内晶。 …和泉千晶役、とでも言えばいいかな?」 | ||
205 | あの日助けた鶴が、 人間の女の姿を解いてしまったように。 | ||||
206 | ……… | .........
| |||
207 | 千晶 | Chiaki | 「寒いでしょ? ここ。 今どき冷暖房もないから、 夏は汗だくだし、冬は凍えそうになるんだよね」 | ||
208 | そう話す千晶の息は白い。 | ||||
209 | 千晶 | Chiaki | 「それに小さいから人があまり入らなくて、 定期公演のときはいつも外にまで人が溢れてる」 | ||
210 | 狭いとは言え、開けた空間の中は、 冷たく張り詰めた空気が敷き詰められていて、 容赦なく俺の皮膚に突き刺さる。 | ||||
211 | 千晶 | Chiaki | 「それでもやっぱり、思い入れは強いかな。 だって、ここはあたしのホームグラウンドだから」 | ||
212 | そんな空気の中で、千晶が、笑ってる。 | ||||
213 | 千晶 | Chiaki | 「そういえば、付属時代のホームグラウンドは、 体育館の舞台だったなぁ」 | ||
214 | 間違いなく、今の俺の心境を知ってるくせに、 いつもみたいに、気楽な笑顔を見せる。 | ||||
215 | 千晶 | Chiaki | 「春希と、小木曽さんと、冬馬さんと… あんたたちの、思い出のステージと同じ場所だね」 | ||
216 | 春希 | Haruki | 「な…」 | ||
217 | 千晶 | Chiaki | 「可愛かったよ春希? あの時の、あんたのギター」 | ||
218 | 春希 | Haruki | 「千晶…っ」 | ||
219 | 千晶 | Chiaki | 「…怒った?」 | ||
220 | こいつは、何もかも、知っている。 | ||||
221 | 千晶 | Chiaki | 「するっとフェードアウトするつもりだったんだけどね。 そしたら、春希もあたしも、 …小木曽さんも幸せになれたのに」 | ||
222 | 俺が話したこと。俺が話さなかったこと。 俺が、話せなかったこと。 | ||||
223 | 千晶 | Chiaki | 「それを飯塚君が余計なことしちゃって… ま、水沢さんが裏で糸引いてるのかもしれないけど」 | ||
224 | 春希 | Haruki | 「お前は…お前は…っ」 | ||
225 | 千晶 | Chiaki | 「『初めまして』は訂正するね…お久しぶり北原君。 あたしのこと覚えてる? ほら、G組の瀬能千晶。 …なんて、気づくわけないよね?」 | ||
226 | 春希 | Haruki | 「あ、あ…っ、 あぁぁぁぁぁっ!」 | ||
227 | そんな、同窓会での気軽な挨拶みたいに… | ||||
228 | 和泉千晶にして、瀬能千晶にして、瀬之内晶は、 邪気のない笑顔で、にっこりと笑った。 | ||||
229 | ……… | .........
| |||
230 | 千晶 | Chiaki | 「元気出せ、春希…ねっ?」 | ||
231 | 舞台の上に膝をついてしまった俺を、 千晶が、『和泉千晶の演技』で励ます。 | ||||
232 | 千晶 | Chiaki | 「騙したあたしを責めるのはともかく、 気づかなかった自分を責めても仕方ないよ?」 | ||
233 | 寒気がするほどの空々しい状況なのに、 やっぱり千晶の言葉と態度と息遣いは、 いつも通り、優しく俺を包み込む。 | ||||
234 | 千晶 | Chiaki | 「何しろ、あたしと春希はさぁ、 付属時代には、まるで接点がなかったんだから」 | ||
235 | こいつの演技が凄いのか、 制御不能なまでに俺が刷り込まれてしまったのか、 それとも、それ以外に理由でもあるのか… | ||||
236 | 千晶 | Chiaki | 「電車通学の春希と、自転車通学のあたし。 学校行事を仕切る春希と、ことごとくサボるあたし。 授業中に頑張る春希と、放課後にしか出てこないあたし」 | ||
237 | それでも、三年間同じ校舎に通っていた。 絶対にどこかですれ違ってたはずなのに。 | ||||
238 | 千晶 | Chiaki | 「常にトップ10の委員長と、常にワースト10の劣等生。 帰宅部兼軽音楽同好会の補欠と、演劇部のワンマン部長」 | ||
239 | なのに俺は、こいつのこと 『いつも冬馬と順位を争ってるおなじみの瀬能さん』 としか認識してなかった。 | ||||
240 | 千晶 | Chiaki | 「趣味も、成績も、何もかも違う二人だったから… だから、あたしたちが触れ合う機会なんて、 あるわけがなかったの」 | ||
241 | 気づかない俺が間抜けだとしても、 隠し通した千晶が巧妙だとしても… | ||||
242 | 春希 | Haruki | 「だからって、どうして隠す必要があるんだよ…」 | ||
243 | 千晶 | Chiaki | 「ついさっき、自分の目で確かめたんでしょ?」 | ||
244 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
245 | 悪びれない。 謝りもしない。 | ||||
246 | 俺から目を、そらしもしない。 | ||||
247 | 千晶 | Chiaki | 「春希がね… 文学部に転部してきてくれたから。 あたしの元に、来てくれたから…」 | ||
248 | 千晶 | Chiaki | 「三年前に立てたまま、ずっと眠らせてた、 一つのプロットが動き出しちゃったわけ」 | ||
249 | 『…見かけない顔だね?』 | ||||
250 | 『転部? なに? じゃああんた、ここでは一年生?』 | ||||
251 | 『そっか…それじゃ、歓迎会やらないとね。 ううん遠慮しないの。今日から仲間でしょ?』 | ||||
252 | 『…というわけだからビール買ってきて。新入り』 | ||||
253 | 専門課程になって最初の教室で 隣同士になったとき… | ||||
254 | すでに千晶は、俺のことを知っていた。 | ||||
255 | それはもう、 自分の書いた芝居のプロットに名を連ねるくらい、 すっかりお馴染みの存在だった。 | ||||
256 | だから千晶は、その後もずっと、 俺を、芝居の中のキャラクターとして扱っていた。 | ||||
257 | 千晶 | Chiaki | 「春希… あたしね、三年前から、あんたの大ファンなんだ。 あんたと、小木曽雪菜と、冬馬かずさのユニットの…」 | ||
258 | 春希 | Haruki | 「あんなの… お前の舞台に比べたら…」 | ||
259 | ただの、素人の、急ごしらえの… | ||||
260 | カラオケの達人と、天才ピアニストと、 勉強しか能がない素人ギタリストの、 腕も性格も、何もかもちぐはぐなセッション。 | ||||
261 | 千晶 | Chiaki | 「でも、すごく盛り上がってた。 あたしたちの芝居よりも、遙かに人も入ってた」 | ||
262 | 春希 | Haruki | 「あれは…雪菜がいたから」 | ||
263 | 千晶 | Chiaki | 「みんなもそう言ってたな… 『小木曽雪菜がボーカルだから』って…」 | ||
264 | 千晶 | Chiaki | 「で、終わったらさ、今度は口々にこう言うの。 『冬馬かずさの演奏が凄すぎたから』ってね」 | ||
265 | それは、認める。 | ||||
266 | あのステージは、雪菜とかずさの個人的資質だけで、 全ての観客を惹きつけていた。 | ||||
267 | そこに俺の存在は関係ないんだって… | ||||
268 | 千晶 | Chiaki | 「けど本当は、それだけじゃなかった。 あのときの演奏には、確かに『何か』があった」 | ||
269 | そんな、あの場にいた本人が抱いている感覚すら、 目の前の“追っかけ”は、否定する。 | ||||
270 | 千晶 | Chiaki | 「あんたたちの歌を聴いてる間、 何だか凄く切ない気分になって、 いても立ってもいられなくなった…」 | ||
271 | 春希 | Haruki | 「自分の舞台が終わった直後だったから、 感傷的になってたんだろ…」 | ||
272 | 千晶 | Chiaki | 「それはないな。 あたし、自分の感情コントロールには自信あるよ。 …春希、身を以て体験したでしょ?」 | ||
273 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
274 | 俺と話してる間、俺とキスしてる間、 俺と抱き合ってる間、俺と暮らしてる間… | ||||
275 | こいつは常に、自分の気持ちを自由自在に操って、 完璧に俺の感情をケアするように動いてた。 | ||||
276 | 俺に、その作為を完全に気づかせずに。 | ||||
277 | 千晶 | Chiaki | 「だから、必死で舞台の三人を追いかけた。 指先よりも、目や表情の動きとかちょっとした仕草とか、 そっちの『パフォーマンス』の方」 | ||
278 | 春希 | Haruki | 「なんでそんな…」 | ||
279 | 千晶 | Chiaki | 「気づいてみると面白いんだこれが…」 | ||
280 | 春希 | Haruki | 「何がそんなに面白い…」 | ||
281 | 千晶 | Chiaki | 「あんたたち、観客そっちのけで、 三人でイチャイチャしてるだけなんだもんなぁ」 | ||
282 | 春希 | Haruki | 「なんだよ、それ…」 | ||
283 | 千晶 | Chiaki | 「小木曽さんも冬馬さんも、 あんたの気を引きたくて一生懸命だった。 たった一人のために弾いて、歌って、ぶつかり合ってた」 | ||
284 | 春希 | Haruki | 「何…言ってんだ」 | ||
285 | 千晶 | Chiaki | 「あんたたちの三角関係、 歌や演奏からだだ漏れだったよ?」 | ||
286 | 春希 | Haruki | 「嘘、だ… そんなの、そんなこと…」 | ||
287 | 千晶 | Chiaki | 「嘘って言えるの? あの日から卒業までの間に、 あんたたちに何があったのかな?」 | ||
288 | 春希 | Haruki | 「っ!?」 | ||
289 | 千晶 | Chiaki | 「三年経って、やっと裏付けが取れた。 あの空気は、実は春希が作り上げてたんだって」 | ||
290 | なんで喋ったんだ、俺。 どうしてこんな軽々と… | ||||
291 | 千晶 | Chiaki | 「あのステージがあそこまでみんなを惹きつけたのは、 演奏はたどたどしくても、三人をまとめる… そして二人を引っかき回すあんたの力だったんだって」 | ||
292 | 二度と思い出すまいって誓ったあの日のことを。 | ||||
293 | 千晶 | Chiaki | 「それで、俄然春希に興味が湧いてきた。 あんたたち三人が、とても面白い『素材』に見えてきた」 | ||
294 | 千晶 | Chiaki | 「タイトルは決めてるんだ… もちろん『届かない恋』」 | ||
295 | 千晶 | Chiaki | 「小木曽雪菜に歌わせた… 春希が冬馬かずさを想って作った歌」 | ||
296 | 春希 | Haruki | 「っ!?」 | ||
297 | 千晶 | Chiaki | 「春希って、自覚ないんだろうけど時々残酷だよね。 小木曽さん、どういう気持ちで この詞を口ずさんだのかな?」 | ||
298 | どこまでも…どこまででも… | ||||
299 | 和泉千晶という本名を持った、 瀬之内晶という舞台女優は、 俺の内部へと潜り込んでいた。 | ||||
300 | 千晶 | Chiaki | 「とりたてて何か大きい事件が起こるわけでもない、 心理描写ばかりの地味なお話。 観客の反応は良くないかもしれないけど…」 | ||
301 | 自らの身体と引き替えに、 物語の設定を、微に入り細に渡って積み上げていった。 | ||||
302 | 千晶 | Chiaki | 「でも、どうしても作ってみたかったんだよね。 あの日からの熱狂的ないちファンとしては、ね?」 | ||
303 | 春希 | Haruki | 「だから…俺に近づいたのか? そんな馬鹿げたことのために…俺と寝たのか?」 | ||
304 | 千晶 | Chiaki | 「全然『馬鹿げたこと』じゃないんだなぁ… あたしにしてみれば、まるっきり逆」 | ||
305 | 春希 | Haruki | 「お前…っ」 | ||
306 | 千晶 | Chiaki | 「春希にとって、女と寝るのが 『馬鹿げたこと』じゃないのと一緒だよ」 | ||
307 | ああ… | ||||
308 | つまり千晶にとって、 俺と寝たのは『馬鹿げたこと』なんだって… | ||||
309 | そんな、俺にとって『馬鹿げたこと』じゃない事実を、 またも平気な顔で、こいつはさらりと流す。 | ||||
310 | 千晶 | Chiaki | 「今のあたしの中には、 小木曽雪菜も、冬馬かずさも出来上がってる。 …あんたのおかげだよ、春希」 | ||
311 | 千晶 | Chiaki | 「あんたは三人の本当の物語を聞かせてくれた。 二人のヒロインの演技指導をしてくれた。 …そして、あたしに『女』まで教えてくれた」 | ||
312 | 千晶 | Chiaki | 「最高の[R演出家^おとこ]だった。 頑張って口説いた甲斐があったよ」 | ||
313 | 千晶 | Chiaki | 「だってさぁ… あんたを落とすの、ほんっと大変だったんだよ?」 | ||
314 | 千晶 | Chiaki | 「可愛い『女の子』じゃ、小木曽雪菜に勝てない。 カッコいい『女』じゃ、冬馬かずさに勝てない」 | ||
315 | 千晶 | Chiaki | 「ならあたしはどうすればいいって考えて、 導き出した結論が、あの『千晶ちゃん』」 | ||
316 | 千晶 | Chiaki | 「春希は小木曽雪菜という『女』のことを避けてたから、 いずれ『女じゃない女』に安らぎを感じるだろうって」 | ||
317 | 千晶 | Chiaki | 「普段は女を感じさせず、 肝心なときにだけ女として求めに応じる… 難しい『役』だったけど…どうかな、感想は?」 | ||
318 | 春希 | Haruki | 「は…はは…」 | ||
319 | 言葉もない。 ただ、乾いた笑いしか出てこない。 | ||||
320 | いや、そんな笑い声だって、 無理やり、喉の奥から絞り出して、 やっと、すぐ近くの人に聞こえるかもという程度。 | ||||
321 | 千晶 | Chiaki | 「演技だって気づかれないコツはね… ほんの少しでも、本当のことを混ぜておくこと」 | ||
322 | あるときは友達以上恋人未満のゼミ仲間。 あるときは気のおけない謎の親友 | ||||
323 | 千晶 | Chiaki | 「たとえば、親の話…」 | ||
324 | そしてまたあるときは、 全てを優しく受け止めてくれる、 恋人かもしれない女。 | ||||
325 | 千晶 | Chiaki | 「春希と同じように、 両親が離婚して、母方に引き取られたとか… お互いにちょっとネガティブな共通点なんかいい感じ」 | ||
326 | しかしてその実体は… | ||||
327 | 北陸地方の伝承を調べるのと同じ感覚で 男に近づき、その言葉や想いを吸い上げる、 研究熱心で、向上心の強い女優。 | ||||
328 | 千晶 | Chiaki | 「ここに、絶対にボロの出ない真実があったから、 春希はあたしの嘘を見抜けなくなった」 | ||
329 | からかわれてる可能性はあるって思ってた。 | ||||
330 | けれど、それでも俺のこと心配してとか、 構ってやろうって気持ちが少しはあるって思ってた。 | ||||
331 | まさか全部お芝居だなんて…誰が思うよ? 自分が、純粋な研究対象でしかなかったなんて… | ||||
332 | 千晶 | Chiaki | 「あたしの演技…完璧だったでしょ? 春希、ずぶずぶに溺れてくれたもんねぇ?」 | ||
333 | 春希 | Haruki | 「ははは…あははは… あははははははあああああああああああっ!」 | ||
334 | 凄い音がした。 それだけ、信じられないことをした。 | ||||
335 | 俺の正面にしゃがみ込み、 俺の顔を覗き込んだ千晶を、 力任せに、舞台の床に突き倒した。 | ||||
336 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ…うあぁ…っ」 | ||
337 | そのまま、千晶の上にのしかかり、 動きと、そして口を塞いでしまおうとした。 | ||||
338 | 男のすることじゃないってわかってた。 でも、心も体も、何もかも俺を止めてくれなかった。 | ||||
339 | 千晶 | Chiaki | 「腹いせに、めちゃくちゃに犯す? …今のあたし、少し汗くさいけど我慢してね?」 | ||
340 | 背中と頭を激しく床にぶつけたはずなのに… 千晶は平然と、押し倒された自分を受け入れる。 | ||||
341 | 春希 | Haruki | 「う、く、ぁ…っ」 | ||
342 | 怒りにまかせて引き倒したはずなのに、 千晶は俺のこと恐れるどころか、 相変わらず薄く笑って、まっすぐに見つめてくる。 | ||||
343 | 千晶 | Chiaki | 「ただ、一つだけお願いがあるんだけど…」 | ||
344 | 和泉千晶に見えるけど、 こいつは、和泉千晶じゃない。 | ||||
345 | 千晶 | Chiaki | 「昔見た映画でさ… 『女優だから顔だけはぶたないで』 みたいな台詞があってね」 | ||
346 | 舞台の上では、どんなアクシデントがあっても動じない。 | ||||
347 | 千晶 | Chiaki | 「映画そのものはほとんど印象に残ってないんだけど、 主演女優のその台詞だけ、妙に共感したというか」 | ||
348 | 痛みも、呼吸困難も、脳震盪も… リアルの感覚を全て遮断して、ひたすら演技を続ける。 | ||||
349 | 千晶 | Chiaki | 「で…何が言いたいかというとね…」 | ||
350 | 千晶 | Chiaki | 「子供産めない身体にされても仕方ないけど、 顔にだけは、傷つけないでね?」 | ||
351 | 春希 | Haruki | 「うあああああああああっ!」 | ||
352 | そんな、役者馬鹿… 瀬之内晶。 | ||||
353 | 春希 | Haruki | 「あ、あ、あ… う、ううぁ…千晶、うあぁぁぁ…っ」 | ||
354 | 千晶 | Chiaki | 「あ~あ… だから知らない方が良かったのに」 | ||
355 | けれど、役者どころか劇団員ですらない俺にとって、 それはやっぱり『馬鹿げたこと』でしかなくて。 | ||||
356 | 春希 | Haruki | 「あ、あぁぁ…ぃっ…ぅ、ぅぁ…ぁ…っ」 | ||
357 | 千晶の顔に、しずくがぽたぽたと落ちる。 | ||||
358 | 千晶 | Chiaki | 「春希の泣き顔…何度見ても、可愛い。 身体中で慰めてあげたいって気にさせる」 | ||
359 | それが俺の涙だってことはわかってるけど、 でも、認めるわけにはいかない。 | ||||
360 | 春希 | Haruki | 「何で…なんで…お前、俺のこと…」 | ||
361 | 千晶 | Chiaki | 「うん、愛してるよ、春希。 だから泣かないで… ううん、もっと泣き顔を見せて。あたしに」 | ||
362 | 春希 | Haruki | 「ぅぁ…ぁぁぁ…っ、 千晶、お前、お前は…っ」 | ||
363 | 千晶 | Chiaki | 「あぁ…愛しい。 あんたの呪いの言葉が、 あたしの引き出しをまた満たしてくれる」 | ||
364 | 春希 | Haruki | 「ふざけ…るなっ! どこまで俺を弄べば…っ」 | ||
365 | 千晶 | Chiaki | 「ううん、真剣。 あたし、春希のこと愛してる。 あたしほどあんたをわかってる人間は他にいないよ?」 | ||
366 | 春希 | Haruki | 「あ…ああ…あああぁぁぁぁぁっ! うぁぁ…あああああ…あ~っ!」 | ||
367 | 千晶 | Chiaki | 「春希の涙、美味しい…っ、 ん、んぅ…ちゅぷ…は、ぁぁん…っ」 | ||
368 | 何もかもが、崩れ落ちる。 | ||||
369 | 全てを捨てた俺が、唯一すがっていたひとが、 今、俺を抱きしめ、顔にキスの雨を降らせている。 | ||||
370 | けどそれは、演技… | ||||
371 | 舞台の上でだけ誰よりも本気で、 そして舞台を下りたら、何もかも忘れ去る、 モンスター・アクトレスの、大熱演だった。 |
Script Chart
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Introductory Chapter | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
1001 | 1008 | 1009 | 1010 | 1011 | 1012 | 1013 |
1002 | 1008_020 | 1009_020 | 1010_020 | 1011_020 | 1012_020 | |
1003 | 1008_030 | 1009_030 | 1010_030 | 1011_030 | 1012_030 | |
1004 | 1008_040 | 1010_040 | 1012_030_2 | |||
1005 | 1008_050 | 1010_050 | ||||
1006 | 1010_060 | |||||
1006_2 | 1010_070 | |||||
1007 |
Closing Chapter | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | ||||||
2001 | 2011 | 2020 | 2027 | 2301 | 2309 | 2316 | 2401 | 2408 | 2501 | 2510 |
2002 | 2012 | 2021 | 2028 | 2302 | 2310 | 2317 | 2402 | 2409 | 2502 | 2511 |
2003 | 2013 | 2022 | 2029 | 2303 | 2311 | 2318 | 2403 | 2410 | 2503 | 2512 |
2004 | 2014 | 2023 | 2030 | 2304 | 2312 | 2319 | 2404 | 2411 | 2504 | 2513 |
2005 | 2015 | 2024 | 2031 | 2305 | 2313 | 2320 | 2405 | 2412 | 2505 | 2514 |
2006 | 2016 | 2025 | 2032 | 2306 | 2314 | 2321 | 2406 | 2413 | 2506 | 2515 |
2007 | 2017 | 2026 | 2033 | 2307 | 2315 | 2322 | 2407 | 2507 | 2516 | |
2008 | 2018 | 2308 | 2508 | 2517 | ||||||
2009 | 2019 | 2509 | ||||||||
2010 | ||||||||||
Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | |||||||
2031_2 | 2312_2 | 2401_2 | 2504_2 | 2511_2 | ||||||
2031_3 | 2313_2 | 2402_2 | 2507_2 | 2513_2 | ||||||
2031_4 | 2313_3 | 2402_3 |
Coda | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Kazusa (True) | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | ||||||
3001 | 3008 | 3014_2 | 3020 | 3101 | 3107 | 3201 | 3207 | 3901 | 3907 |
3002 | 3009 | 3014_3 | 3021 | 3102 | 3108 | 3202 | 3208 | 3902 | 3908 |
3003 | 3010 | 3015 | 3022 | 3103 | 3109 | 3203 | 3209 | 3903 | 3909 |
3004 | 3011 | 3016 | 3023 | 3104 | 3110 | 3204 | 3210 | 3904 | |
3005 | 3012 | 3017 | 3024 | 3105 | 3111 | 3205 | 3211 | 3905 | |
3006 | 3013 | 3018 | 3106 | 3206 | 3906 | ||||
3007 | 3014 | 3019 | |||||||
Common | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | |||||||
3001_2 | 3210_2 | 3901_2 | 3906_2 | ||||||
3015_2 | 3902_2 | 3907_2 | |||||||
3902_3 | 3907_3 | ||||||||
3904_2 |
Mini After Story and Extra Episode | |||
---|---|---|---|
The Path Back to Happiness | The Path Forward to Happiness | Dear Mortal Enemy | |
6001 | 6101 | 4000 | 4005 |
6002 | 6102 | 4001 | 4006 |
6003 | 6103 | 4002 | 4007 |
6004 | 6104 | 4003 | 4008 |
6005 | 4004 | 4009 |
Novels | |||||
---|---|---|---|---|---|
The Snow Melts, And Until The Snow Falls | The Idol Who Forgot How to Sing | Twinkle Snow ~Reverie~ | After the Festival ~Setsuna's Thirty Minutes~ | His God, Her Savior | |
5000 | 5100 | 5200 | 5205 | 5300 | 5400 |
5001 | 5101 | 5201 | 5206 | 5301 | 5401 |
5002 | 5102 | 5202 | 5207 | 5302 | |
5003 | 5103 | 5203 | 5208 | 5303 | |
5004 | 5104 | 5204 | 5209 |
Short Stories | |||
---|---|---|---|
Princess Setsuna's Distress and Her Minister's Sinister Plan | Koharu Climate After the Passing of the Typhoon | This isn't the Season for White Album | Todokanai Koi, Todoita |
7000 | 7100 | 7200 | 7300 |