White Album 2/Script/1006
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Speaker | Text | Comment | |||
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Line # | JP | EN | JP | EN | |
1 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
2 | 春希 | Haruki | 「と、いうわけで、\n今日から軽音楽同好会に加わることになった…」 | ||
3 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
4 | 春希 | Haruki | 「…冬馬かずさ。\nみんなよろしく」 | ||
5 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
6 | 小木曽一人の盛大な拍手とともに、\n軽音楽同好会新入部員の『他者紹介』は終わった。 | ||||
7 | 昨夜はあんなに喋ったって言うのに、\nすぐに機嫌が悪くなったり、ちょっと悪くなったり、\nすごく悪くなったりと、ころころ変わる奴だ。 | ||||
8 | 春希 | Haruki | 「で、こっちが飯塚武也。\n一応ここの会長兼ギター」 | ||
9 | 武也 | Takeya | 「本当に連れてきやがった…」 | ||
10 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
11 | 武也 | Takeya | 「よ、よろしく…」 | ||
12 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
13 | 武也 | Takeya | 「は、はは、は…」 | ||
14 | 春希 | Haruki | 「…あ~」 | ||
15 | そういえばこいつ、\n冬馬口説いて蹴りを食らったことがあるんだっけ。 | ||||
16 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
17 | 武也 | Takeya | 「春希ぃ…」 | ||
18 | 春希 | Haruki | 「で、こっちが…\nま、よく知ってると思うけど、小木曽雪菜。\nボーカル担当で…」 | ||
19 | 個人的な理由で、武也の件をフォローしないまま、\n滞りなく議題を進めていく。 | ||||
20 | 雪菜 | Setsuna | 「よろしくね冬馬さん。\nあと、わたしのことは雪菜でいいよ」 | ||
21 | かずさ | Kazusa | 「あたしのことはかずさで良くないから」 | ||
22 | 雪菜 | Setsuna | 「…え~と」 | ||
23 | 春希 | Haruki | 「…あ~」 | ||
24 | この場で冬馬が初めて発した言葉は、\n超友好的に接してくる小木曽に対しての、\nあからさまな防波堤だった。 | ||||
25 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、あは…\nとにかく、学園祭に向けて頑張ろ、ね?」 | ||
26 | かずさ | Kazusa | 「わかってる…」 | ||
27 | 昨夜、小木曽から電話がかかってきたのは、\nいわゆる25時…午前1時に差し掛かった頃だった。 | ||||
28 | なんでも、今の今まで父親と論戦を続けていたらしく、\nいつもの鈴を鳴らしたような声はなりを潜め、\n妙に息遣いの色っぽいハスキーボイスとなっていた。 | ||||
29 | でも、声の調子そのものは、思いっきり弾んでいて… | ||||
30 | つまりそれが、小木曽の同好会復帰と、\n冬馬の同好会参加が決まった瞬間だった。 | ||||
31 | よっぽど嬉しかったのか、\n小木曽はその後も俺と2時間も電話でお喋りし… | ||||
32 | 『今から冬馬さんのところに電話するね』と、\n午前3時になって言い出して、俺の説教を呼び込んだ。 | ||||
33 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、ところで北原くん。\n北原くんも、わたしのことは…」 | ||
34 | 春希 | Haruki | 「小木曽どうした小木曽?」 | ||
35 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
36 | 『雪菜でいいよ』 | ||||
37 | 実は、昨夜の電話の中でも、\n何度か、この悪魔の囁きを聞いた記憶がある。 | ||||
38 | けどまだ今の俺には、\nこの、小木曽の真名を呼んでしまった直後の自分を\n制御できる自信がないから。 | ||||
39 | 武也 | Takeya | 「あ、ところで雪菜ちゃ…」 | ||
40 | 春希 | Haruki | 「武也ぁぁぁぁぁぁっ!」 | ||
41 | かずさ | Kazusa | 「…っ」 | ||
42 | 武也 | Takeya | 「うわあああああっ!?」 | ||
43 | ほら、制御できないし。 | ||||
44 | ……… | .........
| |||
45 | 春希 | Haruki | 「さ、さてと…\nそれじゃミーティング始めます」 | ||
46 | 何故だか部長が戦意喪失してしまったので、\n僭越ながら俺がこの場を仕切ることになった。 | ||||
47 | なお、肝心の部長はいつもの自信と軽薄さを失い、\n教室の隅で椅子に腰掛けてガタガタと震えている。 | ||||
48 | 冬馬の蹴飛ばした椅子、凄い音がしたもんなぁ。 | ||||
49 | 春希 | Haruki | 「ええと、それじゃどうしようかな?\nとりあえずメンバーも集まったことだし…」 | ||
50 | かずさ | Kazusa | 「…集まった?」 | ||
51 | 春希 | Haruki | 「あ、いや…」 | ||
52 | かずさ | Kazusa | 「あんた、昨日のあたしの話何も聞いてなかったの?\nどの面下げてそんな世迷い言を口に出せるわけ?」 | ||
53 | 春希 | Haruki | 「い、いや、聞いてた聞いてた。\nそうそう、ベースとドラムだよな」 | ||
54 | 俺は狼狽しつつも、冬馬に遮られなければ言うはずだった\n『一通り合わせてみようか』を口にしていないで\n本当に良かった、と胸をなで下ろしていた。 | ||||
55 | かずさ | Kazusa | 「確かに四人いれば普通バンドは組めるけど、\nそれが専任ボーカルとギター二人とキーボードとなれば\n全然話は別」 | ||
56 | 春希 | Haruki | 「だ、だから…それはおいおい…」 | ||
57 | かずさ | Kazusa | 「大体、何の曲をやるかも決まってないのに、\nメンバー揃ったとか、なんて短絡的な…」 | ||
58 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、わたしやりたい曲あるんだけど…」 | ||
59 | 春希 | Haruki | 「小木曽…?」 | ||
60 | そんな俺の約束された窮地を見かねてか、\n小木曽がおずおずと手を上げた。 | ||||
61 | 雪菜 | Setsuna | 「…って、今言っちゃっていいのかな?\n大事な話の途中だったみたいだけど」 | ||
62 | 春希 | Haruki | 「全然! 冬馬の言うとおり、\n何をやるか決めないと何も進まないから。\nな、そうだろ冬馬?」 | ||
63 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
64 | 春希 | Haruki | 「…うん、大丈夫、大丈夫だから。\nで、なんて曲?」 | ||
65 | うん、大丈夫だ。\n後で俺が叱られておけば… | ||||
66 | 雪菜 | Setsuna | 「わかんないかなぁ? 二人とも」 | ||
67 | 春希 | Haruki | 「俺たちが?\n小木曽の歌いたい曲を?」 | ||
68 | かずさ | Kazusa | 「…あ」 | ||
69 | 雪菜 | Setsuna | 「じゃあヒントね。\n第3ヒントくらいまでに正解してくれなくちゃ、\k\n | ||
70 | 雪菜 | Setsuna | わたし泣くよ?」 | ||
71 | 春希 | Haruki | 「え? いや、ちょっと待って!\nそんな重要な曲って…」 | ||
72 | 雪菜 | Setsuna | 「まずは第1ヒント。\nわたしたちの…」 | ||
73 | かずさ | Kazusa | 「『WHITE ALBUM』…」 | ||
74 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
75 | 雪菜 | Setsuna | 「………出逢いの曲と言えば何でしょう?\k\n | ||
76 | 雪菜 | Setsuna | 冬馬さん正解」 | ||
77 | かずさ | Kazusa | 「…常識問題だし」 | ||
78 | 雪菜 | Setsuna | 「えへ…」 | ||
79 | 春希 | Haruki | 「………早押し弱いんだよ俺」 | ||
80 | その言葉が負け惜しみだってことは、\n自分が一番良く知っていたけれど。 | ||||
81 | いや、本気で悔しかったんだけど。 | ||||
82 | でも、あのときのことを、\n冬馬まで、こんなに鮮明に覚えているなんて、\nやっぱり意表を突かれたことだけは確かだった。 | ||||
83 | いや、本気で嬉しかったんだけど、ね。 | ||||
84 | 武也 | Takeya | 「俺の存在を認識してるか? 春希~」 | ||
85 | かずさ | Kazusa | [F14「『WHITE ALBUM』…」] | ||
86 | 武也 | Takeya | 「また随分と懐かしい曲だな…\nあれ何年前だ?」 | ||
87 | 春希 | Haruki | 「懐かしいとか言うな。\n不朽の名曲だぞ」 | ||
88 | かずさ | Kazusa | [F14「やっぱりドラムとベースがネック…」] | ||
89 | 雪菜 | Setsuna | 「また、この歌の季節が来るよね。\n…学園祭の頃だと、ちょっと早いけど」 | ||
90 | 武也 | Takeya | 「ま、白い雪が街に優しく積もるのは、\n早くて来月以降だろうけどな」 | ||
91 | 春希 | Haruki | 「お前だって知ってんじゃん」 | ||
92 | かずさ | Kazusa | [F14「間奏にサックスも入るし…」] | ||
93 | 武也 | Takeya | 「当たり前だ。\n懐かしいとは言ったが知らないとは言ってない。\n…けど俺、どっちかと言えば緒方理奈派だな」 | ||
94 | 春希 | Haruki | 「あ、ミーハーだ」 | ||
95 | 雪菜 | Setsuna | 「メジャー指向だよねぇ」 | ||
96 | かずさ | Kazusa | [F14「どうやって形にする?\n][F14何を捨てて、何を取る?」] | ||
97 | 武也 | Takeya | 「実力があるアーティストを評価してるの。それだけ。\n何だよお前、緒方理奈嫌いなのかよ?」 | ||
98 | 春希 | Haruki | 「んな訳ないじゃん」 | ||
99 | 雪菜 | Setsuna | 「この間の最新アルバムも買ったよ。\nしかも初回限定版」 | ||
100 | かずさ | Kazusa | [F14「4人…ボーカルにギターにギターにキーボード。\n][F14偏ってるなぁ。\n][F14せめて誰か1人をドラムに…」] | ||
101 | 春希 | Haruki | 「お、いいなぁ。\n俺、初回逃して未だに手に入れてないんだよな」 | ||
102 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、じゃあ貸してあげる。\n明日持ってくればいいかな?」 | ||
103 | 春希 | Haruki | 「マジ? 悪い。\nじゃさ、俺もお返しに何か…」 | ||
104 | 武也 | Takeya | 「…何でそんなに仲いいんだお前ら?\nミス峰城大付と堅物委員長のくせに」 | ||
105 | かずさ | Kazusa | [F14「………」] | ||
106 | 雪菜 | Setsuna | 「その言い方やめて欲しいなぁ。\n今になって、色々と人生損しちゃったって\n思い知らされてるし」 | ||
107 | 春希 | Haruki | 「やっぱ後悔してるのか?\nミス峰城大付になっちまったこと」 | ||
108 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、そうだね。\n危うく堅物委員長さんと知り合わないまま\n卒業しちゃうところだったから…」 | ||
109 | 春希 | Haruki | 「え…?」 | ||
110 | 武也 | Takeya | 「………なぁ春希。\n俺は今、夢を見てるってことにしていいか?\nそれも相当にタチの良くない悪夢を」 | ||
111 | かずさ | Kazusa | 「…ねぇ、ちょっと黙っててくれる?」 | ||
112 | 春希 | Haruki | 「聞いてたのか冬馬!?」 | ||
113 | かずさ | Kazusa | 「え? 何を?」 | ||
114 | 春希 | Haruki | 「…冬馬に全然関係のない、\n箸にも棒にもかからない雑談をだ」 | ||
115 | 雪菜 | Setsuna | 「………ぷっ」 | ||
116 | 今の俺の状況を[R小木曽^とうじしゃ]に笑われるのは、\n甚だ遺憾だと思うんだ。 | ||||
117 | 春希 | Haruki | 「無駄話ばかりで悪かった。\nさ、議事を進めようか!」 | ||
118 | かずさ | Kazusa | 「………部長」 | ||
119 | 春希 | Haruki | 「なんだ冬馬?\n一発逆転起死回生の凄い手でも思いつい………部長?」 | ||
120 | 俺たちの雑談にも加わらず、キレもせず、\nひたすら何か考え事をしていた冬馬が\n最初に問いかけたのは… | ||||
121 | 武也 | Takeya | 「…俺?」 | ||
122 | かずさ | Kazusa | 「あんた、打ち込みできる?」 | ||
123 | 意外な相手への、\n意外な質問だった。 | ||||
124 | 武也 | Takeya | 「え? あ、ええと、それって…」 | ||
125 | かずさ | Kazusa | 「シンセ使えるかって意味」 | ||
126 | 武也 | Takeya | 「ああ、いや、意味はわかるけど…」 | ||
127 | かずさ | Kazusa | 「なら質問に答えろ」 | ||
128 | 武也 | Takeya | 「ひっ…」 | ||
129 | 春希 | Haruki | 「だから冬馬…\nあまりドスを利かせるなと…」 | ||
130 | ただでさえ、その綺麗な顔で凄まれると、\n男としては必要以上に萎縮してしまうのは\n何度も経験済みだし。 | ||||
131 | かずさ | Kazusa | 「時間がないの。\nだからさっさと答え…てくださいませんか?」 | ||
132 | だからってその取って付けたような丁寧語は\nものすごくやっつけ感が漂うんだけど… | ||||
133 | 武也 | Takeya | 「そりゃまぁ、ある程度は。\nけど打ち込みなら…」 | ||
134 | 春希 | Haruki | 「冬馬、それだったら俺が…」 | ||
135 | かずさ | Kazusa | 「OK部長。今後は練習に参加しなくていいから。\nむしろ学校来なくていいから。\nあたしの指示通り、ひたすら一人でコツコツ打ち込め」 | ||
136 | 武也 | Takeya | 「え?」 | ||
137 | 春希 | Haruki | 「え?」 | ||
138 | 雪菜 | Setsuna | 「?」 | ||
139 | 意外な相手への意外な質問は、\n恐るべき指令となって、\n軽音楽同好会の創設者を吹き飛ばした。 | ||||
140 | かずさ | Kazusa | 「必要な機材とかは後で家の方に送るから。\nもう帰っていいわよ。今日はご苦労様」 | ||
141 | 春希 | Haruki | 「って、おい!\nちょっと待て!」 | ||
142 | しかも、ついさっき参入した、最新参メンバーによって。\n…まぁ、鳴り物入りではあったけど。 | ||||
143 | かずさ | Kazusa | 「今のメンバー構成なら、\n誰かがやらなくちゃならない事なの。\n絶対的にパートが足りないのよ」 | ||
144 | 春希 | Haruki | 「シンセ使うのはいいよ。\nメンバー足りないんだから仕方ない。\nけど、それなら俺が…」 | ||
145 | かずさ | Kazusa | 「北原はまず人並みに弾けるようになれ。\n話はそれからだ」 | ||
146 | 春希 | Haruki | 「ああっ!?」 | ||
147 | 雪菜 | Setsuna | 「と、冬馬さん…」 | ||
148 | こいつの鳴らす音は\nいつもあんなに優しくフォローしてくれたのに、\nこいつの喋る声はどうしてこんなに容赦がないんだろう… | ||||
149 | かずさ | Kazusa | 「とにかくまずはドラム。\n少なくとも1曲目は今週中に欲しい。できる?\nま、できなくてもやってもらうんだけど」 | ||
150 | 春希 | Haruki | 「だ、だから冬馬…\n打ち込みなら俺がやるってば。\n…前から俺の担当だったんだし」 | ||
151 | というか、楽器演奏以外のパートは全部俺だったというか。 | ||||
152 | 皆の練習時間が合わないことも多くて、\n練習用に全パート分作ったから、ギターの練習以上に\n時間を取られてたような気もするけど。 | ||||
153 | 春希 | Haruki | 「だからさ、武也をギターに残して、\n俺が打ち込みに回った方がいいんじゃないか?」 | ||
154 | かずさ | Kazusa | 「あたしは別にそれでも異存はないけど…」 | ||
155 | 春希 | Haruki | 「な? その方が絶対に適材適所だって。\nなるべく成功率を上げた方が…」 | ||
156 | かずさ | Kazusa | 「ただ、今の事実を、\n北原が小木曽にちゃんと説明できるなら、だけど」 | ||
157 | 春希 | Haruki | 「え…?」 | ||
158 | 雪菜 | Setsuna | 「? どういうこと?\n北原くんと飯塚くんの受け持ちが代わると、\n何がどうなるの?」 | ||
159 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ、それは…」 | ||
160 | かずさ | Kazusa | 「さあ、話してみたら?\n学園祭当日、あんたが小木曽の隣にいないってこと…」 | ||
161 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
162 | 武也 | Takeya | 「は…春希?」 | ||
163 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くん?」 | ||
164 | …詰んだ。 | ||||
165 | 武也 | Takeya | 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ~!」 | ||
166 | さらば飯塚武也。\n君のことは忘れない。 | ||||
167 | ……… | .........
| |||
168 | かずさ | Kazusa | 「さて、学園祭当日まであと二週間。\n二人とも、泣いても笑ってもいいけど、\n投げ出したら殴るから」 | ||
169 | 春希 | Haruki | 「お、おう…」 | ||
170 | 雪菜 | Setsuna | 「…凄いね。\n北原くんが冬馬さんのことあれだけ欲しがったの、\nこうしてみるとよくわかる…」 | ||
171 | 春希 | Haruki | 「お…おう…」 | ||
172 | いきなり仕切ることまでは予想してなかったけどな… | ||||
173 | かずさ | Kazusa | 「残りの曲はおいおい考えていくとして、\nまずは1曲目だけでも今週中に仕上げておかないと」 | ||
174 | 春希 | Haruki | 「そうだな…」 | ||
175 | 俺が『おいおい考えていく』使ったら、\nあんなに怒ったくせに… | ||||
176 | かずさ | Kazusa | 「それじゃ、時間がないからとりあえず合わせるか。\n…小木曽」 | ||
177 | 雪菜 | Setsuna | 「うんっ。\nあと、わたしのことは雪菜でいいよ」 | ||
178 | 俺が『とりあえず合わせる』なんて言ったら、\n絶対に呆れた目で睨むくせに… | ||||
179 | かずさ | Kazusa | 「キーは原曲のまんまで行けるんだよね?\n発声練習する?」 | ||
180 | 雪菜 | Setsuna | 「ごめん、合唱部とか入ったことないから\nやり方わかんないんだ。\nいつも歌いながら声出してくから」 | ||
181 | かずさ | Kazusa | 「ま、仕方ないか。\nじゃ、ぶっつけで行くから…いい? 小木曽」 | ||
182 | 雪菜 | Setsuna | 「…はぁい」 | ||
183 | 春希 | Haruki | 「あ、ちょっと待ってくれ。\nまだ俺の準備が…」 | ||
184 | いつの間にか準備万端な二人に置いてかれないよう、\n俺も慌ててケースからギターを取り出し… | ||||
185 | かずさ | Kazusa | 「…何言ってるんだ北原?\nなぜあたしたちがお前を待つ必要がある?」 | ||
186 | 春希 | Haruki | 「え…?」 | ||
187 | たところで、冬馬から浴びせられた言葉は、\nなかなかに慈悲浅き響きを含んでいた。 | ||||
188 | 春希 | Haruki | 「だって、合わせるんじゃ?」 | ||
189 | かずさ | Kazusa | 「小木曽のボーカルと、あたしのピアノをね」 | ||
190 | 春希 | Haruki | 「…俺のギターは?」 | ||
191 | かずさ | Kazusa | 「今のレベルなら邪魔」 | ||
192 | 春希 | Haruki | 「うっ…」 | ||
193 | 雪菜 | Setsuna | 「と、冬馬さん…」 | ||
194 | かずさ | Kazusa | 「今日のところは小木曽の力を見たい。\n他の面倒見てる暇ないから」 | ||
195 | 他…\n面倒…\n暇… | ||||
196 | 春希 | Haruki | 「じゃ、じゃあ、俺は?」 | ||
197 | あの、二つの音楽室と屋上で重ねたセッションは…\n俺たちの、初めての出逢いの日は… | ||||
198 | かずさ | Kazusa | 「第一で自主練してきたら?\n隣も借りてるんでしょ?」 | ||
199 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
200 | 雪菜 | Setsuna | 「き、北原くん…」 | ||
201 | かずさ | Kazusa | 「なに? 文句があるって?」 | ||
202 | 春希 | Haruki | 「いや、その…」 | ||
203 | 加入一日目で部長を排除し、\nさらに残る古参メンバーまでも練習から除外し。 | ||||
204 | あんなに参加を嫌がったのは、\nこの恐るべき専制君主ぶりを隠すためだったのか… | ||||
205 | かずさ | Kazusa | 「不満があるならさ、文句を言わせない実力と、\n現実的なビジョンを示せば良かったのに。\nそしたら喜んで従ったよ? 『部長代理』」 | ||
206 | 春希 | Haruki | 「っ!」 | ||
207 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、北原くんっ!」 | ||
208 | かずさ | Kazusa | 「始めるよ、小木曽」 | ||
209 | 雪菜 | Setsuna | 「で、でも…」 | ||
210 | かずさ | Kazusa | 「…始める。いいね?」 | ||
211 | 雪菜 | Setsuna | 「………は~い」 | ||
212 | 春希 | Haruki | 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ~!」 | ||
213 | 春希 | Haruki | 「はぁ、はぁ、はぁ…\nう、うう…ううう…」 | ||
214 | さらば北原春希。\n俺のことは忘れない… | ||||
215 | ……… | .........
| |||
216 | 春希 | Haruki | 「…練習しよっと」 | ||
217 | ……… | .........
| |||
218 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
219 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
220 | 午後八時。 | ||||
221 | 見回りの警備員にいい加減怒られ、\n校舎を追い出された時には、\n晩秋の夜はとっくに更けまくっていた。 | ||||
222 | 春希 | Haruki | 「…あのさ」 | ||
223 | かずさ | Kazusa | 「…なに?」 | ||
224 | 徒歩通学の小木曽と駅前で別れ、\n同じ上り電車で帰路につく冬馬と俺は、\nおよそ一駅間失っていた会話を、やっと復活させた。 | ||||
225 | 春希 | Haruki | 「どうかな、小木曽の歌?\n俺的には相当いい線行ってると思うんだけど」 | ||
226 | かずさ | Kazusa | 「…そうね。\n確かに素人だけど、上手い部類に入る。\nというか、普通の人間はあの声だけで騙される」 | ||
227 | というか、三人でいるときも、\nほとんど小木曽が会話を振っていたから、\n実際には、数時間ぶりの会話になるのかも。 | ||||
228 | 春希 | Haruki | 「だよな! 俺の見込んだ通りだ。\nさすがヒトカラの女王!」 | ||
229 | かずさ | Kazusa | 「…それって領民は一人もいないんじゃ?」 | ||
230 | 小木曽としては、\n冬馬に排除された俺と、\n俺を弾いた冬馬に気を使ったんだろうけど。 | ||||
231 | 春希 | Haruki | 「ま、まぁ、それはともかく。\nこれでボーカルの方は目処がついたかな?」 | ||
232 | かずさ | Kazusa | 「そっちは最初からアテにしてた。\nむしろ問題なのはそれ以外」 | ||
233 | でも、そんな些細なことを気にする俺じゃない。\n俺たちが学園祭のステージで輝くためには、\n避けては通れない道だから。 | ||||
234 | 春希 | Haruki | 「まずはベース?\nまぁ、俺も明日からもう一度当たってみるけど」 | ||
235 | かずさ | Kazusa | 「へぇ?\nたった一日で、\n人の心配ができるレベルにまで上達したんだ?」 | ||
236 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
237 | かずさ | Kazusa | 「あ…」 | ||
238 | …いや、だから全然気にしてないんだって。 | ||||
239 | かずさ | Kazusa | 「え…ええと、北原。\nそれでその、だな…」 | ||
240 | 春希 | Haruki | 「…なに?」 | ||
241 | そこまで一瞬で後悔するくらいなら\n嫌味を言わなければいいのにと思わなくもないけど。 | ||||
242 | まぁ、そこが冬馬の冬馬たる所以というか、\n俺が全然気に入ってなくないアンバランスな性格というか。 | ||||
243 | かずさ | Kazusa | 「お前、家で練習できる?」 | ||
244 | 春希 | Haruki | 「マンションだから、学校みたいな風にはいかないけど、\nまぁ、ヘッドフォンでなら」 | ||
245 | かずさ | Kazusa | 「そっか…」 | ||
246 | 春希 | Haruki | 「やっぱ、家でも自主練しないと駄目か?」 | ||
247 | かずさ | Kazusa | 「当たり前だ。\nお前の場合、今から毎日24時間練習しても、\n間に合うかどうかってレベルなのに…」 | ||
248 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
249 | で、この後悔が学習に繋がらないところも、\n俺は別に気にするけど嫌いじゃない。\n気にするけど。 | ||||
250 | かずさ | Kazusa | 「少なくとも、\n今日練習したところのおさらいを一通りやること。\nノーミスで通して弾けたら寝ていいから」 | ||
251 | 春希 | Haruki | 「わかった、わかったよ。\n晩飯食って、勉強した後…」 | ||
252 | かずさ | Kazusa | 「勉強!?」 | ||
253 | 春希 | Haruki | 「え? いや、だって…\n学園祭が終わったらすぐに期末…」 | ||
254 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
255 | 春希 | Haruki | 「学生の本分は…」 | ||
256 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
257 | 春希 | Haruki | 「わかった、わかったよ!\nちっくしょ~、いつも準備してない奴は気楽でいいなぁ」 | ||
258 | 昨日までとは、\n完全に温度差が逆転してるような気がする。 | ||||
259 | 何と言うか、\n冬馬の音楽に対するこだわりは半端じゃないと言うか、\nお前にはそれしかないのかと言うか… | ||||
260 | かずさ | Kazusa | 「大体、北原だったら\nとっくに[R峰城大^うえ]への推薦取ってるでしょ?\nなんで今さら勉強なんかする訳?」 | ||
261 | 春希 | Haruki | 「テストの時って一月前から勉強するものだろ?\n定期だろうが実力だろうが模試だろうが」 | ||
262 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
263 | まぁ、などという誓いを立てると、\n俺みたいに一年中勉強する羽目に陥るわけだけど。 | ||||
264 | 春希 | Haruki | 「わかってる。俺が悪かったよ。\nそこまで軽蔑した目で見なくてもいいだろ」 | ||
265 | かずさ | Kazusa | 「軽蔑なんか…してないけどさ」 | ||
266 | 春希 | Haruki | 「ああ約束する。\nもう学園祭まではギターのことしか考えない。\nその代わり、信じさせてもらうからな」 | ||
267 | かずさ | Kazusa | 「何を?」 | ||
268 | 春希 | Haruki | 「冬馬が、後は絶対に何とかしてくれるって」 | ||
269 | かずさ | Kazusa | 「え…」 | ||
270 | 春希 | Haruki | 「俺は、\n自分のパートだけに全力を尽くせばいいんだって」 | ||
271 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
272 | 我ながら情けない宣言だとは思うけど… | ||||
273 | 今日入ったばかりの冬馬におんぶにだっこは\nみっともないけれど… | ||||
274 | 春希 | Haruki | 「本当に、頼むな」 | ||
275 | かずさ | Kazusa | 「………任せておけば?」 | ||
276 | 春希 | Haruki | 「ああ…」 | ||
277 | でもやっぱり、\nその他人事な態度が、とてつもなく頼もしい。 | ||||
278 | あの夏休みの日、初めて冬馬の奏でる音を聴いた時…\n俺は、こいつに頼ることを覚えた。 | ||||
279 | 今日やっと、あの時の主従関係を取り戻した。\nだからもう、心配することはやめよう。 | ||||
280 | …端から聞いてると、\nとてつもなく情けない宣言のように聞こえるのは、\n多分、気のせいでも何でもないんだろうけど。 | ||||
281 | 車内アナウンス | Train Announcement | 「岩津町、岩津町です。\nお降りの方はドアにお気をつけください」 | ||
282 | かずさ | Kazusa | 「じゃ…」 | ||
283 | 春希 | Haruki | 「ああ」 | ||
284 | 学園から三つ目の駅。\n冬馬の家の、最寄り駅。 | ||||
285 | 何の未練もない足取りでさっさとホームに下りた冬馬は、\nけれど振り向くと、もう一度正面から俺を見つめる。 | ||||
286 | かずさ | Kazusa | 「あのさ…」 | ||
287 | 春希 | Haruki | 「なに?」 | ||
288 | かずさ | Kazusa | 「本当は北原も、\n早めに合わせておく方がいいんだけど、な」 | ||
289 | で、やっぱり口にするのはそういうことで。 | ||||
290 | こういう心配の仕方が、\n本当にこいつを仲間に引き入れておいて\n良かったって実感する一瞬だったり。 | ||||
291 | 春希 | Haruki | 「けど、まずは小木曽が最優先だろ?\nボーカルさえきっちりしてれば、\nギターがどうなってようとあんま気にされないしな」 | ||
292 | かずさ | Kazusa | 「…ま、ぶっちゃけそうなんだけど」 | ||
293 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「ドアが閉まります。\nご注意ください」 | ||
294 | 春希 | Haruki | 「だから今日のことは本当に気にしてないって。\nま、なるべく早めに俺の方も見てくれると助かるけど」 | ||
295 | かずさ | Kazusa | 「…努力、するよ」 | ||
296 | 春希 | Haruki | 「それじゃ、また明日」 | ||
297 | かずさ | Kazusa | 「ん…」 | ||
298 | ……… | .........
| |||
299 | 春希 | Haruki | 「うあっ…」 | ||
300 | 春希 | Haruki | 「くっそ~…\nせっかくもう少しでノーミスだったのに」 | ||
301 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
302 | 春希 | Haruki | 「…今度こそ」 | ||
303 | かずさ | Kazusa | 「じゃ、5分休憩」 | ||
304 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、お疲れさま~」 | ||
305 | かずさ | Kazusa | 「お疲れなのはそっちだから。\n喉、大丈夫?」 | ||
306 | 雪菜 | Setsuna | 「ああ、心配しないで。\n三時間歌いっぱなし程度ならいつもやってるから」 | ||
307 | かずさ | Kazusa | 「………少しは休憩入れろ」 | ||
308 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、はちみつレモン作ってきたんだけど飲む?」 | ||
309 | かずさ | Kazusa | 「あたしは喉使ってないから」 | ||
310 | 雪菜 | Setsuna | 「ちゃんと三人分あるんだけどな」 | ||
311 | 雪菜 | Setsuna | 「ふぅ~、気持ちいい風」 | ||
312 | かずさ | Kazusa | 「…寒い」 | ||
313 | 雪菜 | Setsuna | 「…あ、北原くんのギターだ。\n頑張れっ」 | ||
314 | かずさ | Kazusa | 「ヘタクソ」 | ||
315 | 雪菜 | Setsuna | 「ふふっ」 | ||
316 | かずさ | Kazusa | 「だから寒い」 | ||
317 | 雪菜 | Setsuna | 「もうちょっとだけ。\n休憩時間の間くらい、いいでしょ?」 | ||
318 | かずさ | Kazusa | 「…勝手にすれば?」 | ||
319 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、勝手にさせていただきます」 | ||
320 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
321 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
322 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
323 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、冬馬さん」 | ||
324 | かずさ | Kazusa | 「なに?」 | ||
325 | 雪菜 | Setsuna | 「そろそろ北原くんもこっちに呼べばいいんじゃない?」 | ||
326 | かずさ | Kazusa | 「全然。\nまだまだ」 | ||
327 | 雪菜 | Setsuna | 「でもさぁ、\nだいぶミスもなくなってきたみたいに聞こえるけど?」 | ||
328 | かずさ | Kazusa | 「ミスはしなくなったけど、テンポが合ってない。\n難しいところになると急に遅くなってたりするし」 | ||
329 | 雪菜 | Setsuna | 「だけど、もう時間ないんだよね?\nそろそろみんなで合わせないと、\n本番に間に合わないんじゃ?」 | ||
330 | かずさ | Kazusa | 「ちゃんとあたしの計画通りに進んでる。\nみんなで合わせるのは週末くらい」 | ||
331 | 雪菜 | Setsuna | 「もう大丈夫だと思うんだけどなぁ…」 | ||
332 | かずさ | Kazusa | 「小木曽は北原を過大評価し過ぎてる。\nあいつはそんなにデキる奴じゃ…」 | ||
333 | 雪菜 | Setsuna | 「過大評価って、\nし過ぎるものでしょ?」 | ||
334 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
335 | 雪菜 | Setsuna | 「あと、わたしのことは雪菜でいいよ」 | ||
336 | かずさ | Kazusa | 「…小木曽もあんまり北原に毒されない方がいい。\n妙な揚げ足ばかり取るような腐った性格になる」 | ||
337 | 雪菜 | Setsuna | 「…ねぇ冬馬さん?\nあなたも実は結構我慢してるんじゃない?」 | ||
338 | かずさ | Kazusa | 「そんなことない。\n大体なんであたしが…」 | ||
339 | 雪菜 | Setsuna | 「合ってるよ?\n北原くんのギターと」 | ||
340 | かずさ | Kazusa | 「………あ」 | ||
341 | 春希 | Haruki | 「よし、今度こそ…」 | ||
342 | 春希 | Haruki | 「うわああっ!?」 | ||
343 | ……… | .........
| |||
344 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
345 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
346 | 今日も、午後八時。\n練習が始まって、もう三日。 | ||||
347 | 見回りの警備員に、『また冬馬さんの娘さんか』と\n顔をしかめられるくらいには、\n冬馬家の威光を最大限に利用した三日間。 | ||||
348 | かずさ | Kazusa | 「はぁ…」 | ||
349 | 春希 | Haruki | 「疲れてる?」 | ||
350 | かずさ | Kazusa | 「全然」 | ||
351 | 春希 | Haruki | 「俺はちょっと…」 | ||
352 | かずさ | Kazusa | 「そういうことは先に言え。\n…あたしもちょっとだけ」 | ||
353 | 春希 | Haruki | 「なんでそんなことでまで意地を張る?」 | ||
354 | いつものように、真っ暗な道を三人で歩き、\n駅で一人減って電車に乗り込んだ俺たちは、\nいつもよりちょっと元気のない会話を交わした。 | ||||
355 | 春希 | Haruki | 「ふああ…」 | ||
356 | かずさ | Kazusa | 「ちゃんと寝てる?」 | ||
357 | 春希 | Haruki | 「いつものことだから。\n…四時間くらい」 | ||
358 | 勉強と色々な頼まれごとをほっぽり出して、\nその分の空き時間を全てギターの練習に費やしてる。 | ||||
359 | 昨夜、俺が床の上で目覚めたとき、\nギターがベッドの上で毛布にくるまれてたっけ。 | ||||
360 | かずさ | Kazusa | 「なんだ、ちゃんと寝てるな」 | ||
361 | 春希 | Haruki | 「って、どんだけ起きてんだよ冬馬…」 | ||
362 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
363 | 春希 | Haruki | 「…おい?」 | ||
364 | かずさ | Kazusa | 「ん? ああ、なに?」 | ||
365 | 3秒で気を失いかけるって、\n本当にどんだけ起きてんだ? | ||||
366 | 春希 | Haruki | 「俺は練習があるからわかるけど、\nお前、帰ったら何してんだ?」 | ||
367 | かずさ | Kazusa | 「だって、学園祭が終わったらすぐに期末…」 | ||
368 | 春希 | Haruki | 「冗談だよな?」 | ||
369 | かずさ | Kazusa | 「わかりやすいだろ?」 | ||
370 | そういう冗談を俺に言ってくれること自体は\n結構嬉しいんだけど、時と場合をわきまえて欲しい。 | ||||
371 | 春希 | Haruki | 「…なんか無理してる?」 | ||
372 | かずさ | Kazusa | 「別にいい。\n説明したところで北原がなんとかできるわけでもないし」 | ||
373 | 春希 | Haruki | 「もしかして、\n俺って知らないところでそんなに冬馬に負担かけてる?」 | ||
374 | かずさ | Kazusa | 「良心の呵責に押し潰される時間があるなら練習しろ。\nちゃんと1日10時間弾いてるか?」 | ||
375 | 否定してくれない…\n俺ってそんなに冬馬に負担かけてるんだ… | ||||
376 | 春希 | Haruki | 「前にも言ってたけど、\nやっぱ毎日10時間って必要なのか?」 | ||
377 | かずさ | Kazusa | 「3歳の頃から、クリスマスも、正月も、誕生日も、\n友達と遊ぶ約束をしてても…」 | ||
378 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
379 | かずさ | Kazusa | 「それに普通、\nコンクールの三月前くらいから準備始めるし。\nそうなったら1日16時間くらい」 | ||
380 | 春希 | Haruki | 「しゅ、修学旅行は?」 | ||
381 | かずさ | Kazusa | 「ほんと細かい揚げ足取りばかりだな北原は。\n…3年に一度くらいはそういう日もある」 | ||
382 | 春希 | Haruki | 「よかったぁぁぁぁ!」 | ||
383 | 千日に1日くらいはそういう日がないと、\nいくらなんでも辛すぎるだろうしな。 | ||||
384 | …千日のうち999日くらいがああいう日ってのは、\nどうなんだろうというのは考えたくもないけど。 | ||||
385 | かずさ | Kazusa | 「ほんと、今は天国。\n一日中弾かなくてもいい日がこんなにあるなんて」 | ||
386 | 春希 | Haruki | 「…やっぱ、やめたのか?」 | ||
387 | かずさ | Kazusa | 「見切られた」 | ||
388 | 春希 | Haruki | 「え?」 | ||
389 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
390 | 春希 | Haruki | 「冬馬…?」 | ||
391 | かずさ | Kazusa | 「で、ちゃんと弾けるようになった?\n最後までミスもなく、リズムも完璧で、\n相手に合わせる余裕を持てるようになったのか?」 | ||
392 | それは、明らかに今までの会話を後悔した上での、\nあからさまな話題のすり替えだったけれど。 | ||||
393 | 春希 | Haruki | 「自分ではだいぶイけてるんじゃないかと思ってるけど、\n合わせられるかどうかは、合わせてみないと何とも」 | ||
394 | かずさ | Kazusa | 「そ、か」 | ||
395 | その転調に合わせられるくらいには、\n俺の人生、練習は重ねてきたつもりだ。 | ||||
396 | かずさ | Kazusa | 「もう、合わせても大丈夫、か」 | ||
397 | 春希 | Haruki | 「聞き違えるなよ。\n合わせてみないと何とも、だ」 | ||
398 | かずさ | Kazusa | 「なら…合わせるか」 | ||
399 | 春希 | Haruki | 「そりゃ、願ってもないな。\nじゃ、明日の放課後は…」 | ||
400 | かずさ | Kazusa | 「明日は小木曽の仕上げ。\n北原に構ってる暇なんか相変わらず全然」 | ||
401 | 春希 | Haruki | 「…てことは結局、\n週末までおあずけってことかよ?」 | ||
402 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
403 | 惜しい。\nせっかく冬馬に認められそうだったのに。 | ||||
404 | ま、例えそれがこいつの逃げだったとしても… | ||||
405 | 結局、ちょっとだけ前進しそうだった俺のステージは、\n最終的には『時間切れ』という無難な結論になった。 | ||||
406 | 車内アナウンス | Train Announcement | 「岩津町、岩津町です。\nお降りの方はドアにお気をつけください」 | ||
407 | かずさ | Kazusa | 「じゃ…」 | ||
408 | 春希 | Haruki | 「ああ」 | ||
409 | いつもの駅。\nそしていつもの足取り。 | ||||
410 | かずさ | Kazusa | 「あのさ…」 | ||
411 | 春希 | Haruki | 「ん?」 | ||
412 | そして、いつも通りの、\n電車とホームに分かたれてからの会話。 | ||||
413 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
414 | 春希 | Haruki | 「冬馬?」 | ||
415 | …が、今日は、何だか。 | ||||
416 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
417 | 春希 | Haruki | 「おい…?」 | ||
418 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「ドアが閉まります。\nご注意ください」 | ||
419 | かずさ | Kazusa | 「っ!」 | ||
420 | 春希 | Haruki | 「え? あ…っ!?」 | ||
421 | ……… | .........
| |||
422 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
423 | 春希 | Haruki | 「…おい」 | ||
424 | 今日は、何だか… | ||||
425 | 俺の降りる駅が、違う。 | ||||
426 | 電車のドアが閉じられる瞬間、\n冬馬の手が、俺のネクタイに伸びて。 | ||||
427 | そして、引きずり降ろされた。 | ||||
428 | 春希 | Haruki | 「どういうつもりだよ…冬馬?」 | ||
429 | だってここは、学園から三つ目の駅。\n冬馬の家の、最寄り駅。 | ||||
430 | それって、つまり… | ||||
431 | かずさ | Kazusa | 「今から…あたしの家に来い」 | ||
432 | 春希 | Haruki | 「え…?」 | ||
433 | そういう、あり得ない仮定しか、\n想像できなかったけど… | ||||
434 | どうやら、あり得なくなかったらしい。 | ||||
435 | ……… | .........
| |||
436 | 春希 | Haruki | 「と、冬馬…ちょと、おい」 | ||
437 | かずさ | Kazusa | 「早く…来なよ」 | ||
438 | 春希 | Haruki | 「いや、こんな…こんなことって」 | ||
439 | かずさ | Kazusa | 「どうしたの?\n今になって怖気づいた?」 | ||
440 | 春希 | Haruki | 「怖気づくわそりゃあああ!」 | ||
441 | 現在、午後九時。 | ||||
442 | 場所はあろうことか、冬馬家の敷居の内側。 | ||||
443 | けど、それはさほど問題ではなくて。\n…いや、普通ならとんでもない問題なんだけど。 | ||||
444 | 春希 | Haruki | 「ありえねえだろこれ!」 | ||
445 | かずさ | Kazusa | 「そう言われると思った。\nだから本当は誰も呼びたくなかったんだけどな」 | ||
446 | 冬馬家は、まず門をくぐる段階で、\n岡山のボンボンの末裔をビビらせたにも関わらず、\nそんな外観の豪華さは単なる序章に過ぎなかった。 | ||||
447 | 玄関を入ると、冗談みたいにデカいリビングや、\n窓の外に見える手入れされた広い庭にビビる暇もなく、\nいきなり階段を『下り』させられた。 | ||||
448 | 冬馬がその地下室の電源をつけると、\n二十畳くらいの広めの白い部屋があり、\nそこにはピアノを始め、沢山の楽器が転がっていた。 | ||||
449 | けれど何よりも俺の目を点にしたのは、\n部屋の天井からぶら下がっている高そうなマイクと、\n部屋の奥にある、ガラスで仕切られた狭い部屋。 | ||||
450 | 春希 | Haruki | 「こ…ここは?」 | ||
451 | かずさ | Kazusa | 「あたしの練習部屋だけど」 | ||
452 | 春希 | Haruki | 「それはごく一部の使い道だろ!\nなんで一般家庭にこんなものがあるんだ!?」 | ||
453 | ガラス越しの隣室は、学校の放送室にあるものより、\nもう少し豪華な機材で埋め尽くされていて、\nそれらがここの用途を如実に物語っていた。 | ||||
454 | というか、武也たちがたまに使ってた、\n近場のレンタルスタジオよりも遥かに上だ… | ||||
455 | かずさ | Kazusa | 「元々は、とある世界的に有名なアーティストの\n自宅兼スタジオだったのを、\nウチの母親が設備ごと買い取って」 | ||
456 | 春希 | Haruki | 「…アーティストって?」 | ||
457 | かずさ | Kazusa | 「だから『とある』」 | ||
458 | 春希 | Haruki | 「本当は正体知ってるよなそうなんだよな?」 | ||
459 | 『世界的に有名』と言ってる時点で… | ||||
460 | というか、冬馬の母親も立派に\n『世界的に有名なアーティスト』だけど。 | ||||
461 | かずさ | Kazusa | 「しばらく、ピアノ以外使ってなかったから、\n昨日まで業者呼んでメンテナンスしてもらってた。\nま、なんとかまだ使えるみたい」 | ||
462 | 春希 | Haruki | 「学生の分際で…」 | ||
463 | かずさ | Kazusa | 「悔しかったら親に放っておかれてみろ」 | ||
464 | 春希 | Haruki | 「さり気なくそういうことをネタにするな、重いわ」 | ||
465 | かずさ | Kazusa | 「なら軽々と突っ込むな」 | ||
466 | 春希 | Haruki | 「そういうこと言うと謝るぞ? 謝っちゃうぞ?\nものすごく気まずい雰囲気にしちまうぞ?」 | ||
467 | かずさ | Kazusa | 「………練習するぞ練習。\n北原の望みどおり、思う存分合わせてやる」 | ||
468 | 春希 | Haruki | 「よろしくお願いします!\n…冬馬先生」 | ||
469 | かずさ | Kazusa | 「ふん」 | ||
470 | どこまで踏み込んで、どこで引くかとか、\nまだまだかなりの綱渡りだけど。 | ||||
471 | そもそも、今までと同じように、\n実は今でも踏み込むだけ踏み込んでて、\nただ向こうの許容範囲が広がっただけかもしれないけど。 | ||||
472 | それでも、冬馬と俺の会話は、\n春の頃から俺がずっと求めてたように、\n少しずつ、歯車が噛み合ってきているって、思う。 | ||||
473 | ……… | .........
| |||
474 | かずさ | Kazusa | 「ほら外した」 | ||
475 | 春希 | Haruki | 「わ、わかってる」 | ||
476 | かずさ | Kazusa | 「あ~あ、今度は\nずれてくずれてく」 | ||
477 | 春希 | Haruki | 「そ、そっちが段々速くなってるんじゃ…」 | ||
478 | かずさ | Kazusa | 「なら次からはメトロノーム使おうか?」 | ||
479 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
480 | ずっと俺の方を見て、\nずっと俺のミスをあげつらい、\nそれでも自分はミス一つせず… | ||||
481 | かずさ | Kazusa | 「いい? 今まではこっちが合わせてあげてたけど、\n今度ばかりはそういう訳にいかないからね?」 | ||
482 | 春希 | Haruki | 「お、おう…」 | ||
483 | 痛感する…\n今の俺は『譜面通り』の冬馬の演奏には、\nついていけないって。 | ||||
484 | かずさ | Kazusa | 「ボーカルはともかく、\nシンセはリズム変えたりしないから、\n自分からついてくこと覚えないと」 | ||
485 | 春希 | Haruki | 「う、うん…」 | ||
486 | 今まで、どんだけ俺に合わせてくれてたんだ?\nどんだけ理不尽な苦労を強いられてきたんだ? | ||||
487 | かずさ | Kazusa | 「あ~あ、全然駄目。\n前から思ってたけど、才能ないね北原」 | ||
488 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
489 | そんなふうに、楽しそうにこき下ろされたら、俺は… | ||||
490 | かずさ | Kazusa | 「…もしかして、怒った?」 | ||
491 | 俺は… | ||||
492 | 春希 | Haruki | 「もう一度最初からお願いします!」 | ||
493 | かずさ | Kazusa | 「はいはい、何度でも」 | ||
494 | 必死で食い下がるに決まってるじゃないか。 | ||||
495 | かずさ | Kazusa | 「こらこら、今度は速い~」 | ||
496 | だって、心地良いから。 | ||||
497 | 冬馬が、俺のミスを一生懸命探すのが。 | ||||
498 | 冬馬が、俺の拙い指の動きを笑うのが。 | ||||
499 | 冬馬が、俺を貶すために、\nいつもは貧しい語彙を、今だけ総動員するのが。 | ||||
500 | …冬馬が、俺だけを見てるのが。\nずっと俺に、笑顔を向けてるのが。 | ||||
501 | かずさ | Kazusa | 「はい残念でした」 | ||
502 | 春希 | Haruki | 「もう一度最初から!\nくっそ~、いっつも同じとこで引っかかる」 | ||
503 | かずさ | Kazusa | 「一度ハマっちゃうと、\nなかなか抜け出せなくなるよね。\nま、今日のところは…」 | ||
504 | 春希 | Haruki | 「絶対に一度は通す!\n今までだって努力で何とかしてきたんだ」 | ||
505 | かずさ | Kazusa | 「あ、でもさ、そろそろ終電…」 | ||
506 | 春希 | Haruki | 「え? なに?\nごめん、聞いてなかった」 | ||
507 | かずさ | Kazusa | 「………別に、大した話じゃない」 | ||
508 | 春希 | Haruki | 「? そうか?」 | ||
509 | かずさ | Kazusa | 「じゃ…リクエスト通り、\nもう一度最初から」 | ||
510 | ……… | .........
| |||
511 | 春希 | Haruki | 「ん…んぅ?」 | ||
512 | 目が覚めると、\nそこは明かりが煌々と灯る白い部屋。 | ||||
513 | さっきまで弾いていたはずのギターは、\n今や俺の腕の中で抱き枕と化している。 | ||||
514 | 春希 | Haruki | 「やべ…寝ちまった」 | ||
515 | 体に掛かっていた毛布を取り払うと、\nそもそも『目が覚めた』という表現自体が、\nマズいことであると気づくくらいには頭が回ってきた。 | ||||
516 | 春希 | Haruki | 「ふあぁぁぁ~。\nそろそろ帰らないと…冬馬?」 | ||
517 | 床で寝たせいでガチガチに固まった背中をほぐし、\nギターをケースに入れつつ、やっと辺りを見回す。 | ||||
518 | ピアノの前にはすでに人はいない。\nそもそも部屋の中に、俺以外誰もいない。 | ||||
519 | 春希 | Haruki | 「まいったなぁ…」 | ||
520 | 中途半端に寝たせいでだるい体を無理やり起こし、\n地下室の扉を開く。 | ||||
521 | もしかしたら、終電が行ってしまった後かもしれず。\nだとしたら、深夜のタクシー代は、学生にとっては\n痛恨以外の何物でもなく。 | ||||
522 | 春希 | Haruki | 「…しかも時計壊れてるし」 | ||
523 | まるっきり見当違いの方向に向いた針に悪態をつきつつ、\n俺は数時間ぶりに地上の空気を吸い… | ||||
524 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
525 | 春希 | Haruki | 「あ」 | ||
526 | そして、\nどう考えても見てはいけないものに遭遇してしまった。 | ||||
527 | かずさ | Kazusa | 「…っっっ!\n北原ぁっ!」 | ||
528 | 春希 | Haruki | 「いや待て冬馬!\n俺は今、色々と問題を抱えてることに気づいたんだが、\n一つ一つ質問していいか?」 | ||
529 | かずさ | Kazusa | 「人にモノを尋ねる前に向こうを向け!」 | ||
530 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ…\nそれと俺、起きたばかりで混乱してたんだ。\nその辺の事情を汲み取って欲しい」 | ||
531 | かずさ | Kazusa | 「そんなこと知るか!」 | ||
532 | 春希 | Haruki | 「…ふぅ」 | ||
533 | 恐る恐る振り返ると、眼福…ではなく\n衝撃的な光景は扉の向こうに隠れてくれたらしい。 | ||||
534 | かずさ | Kazusa | 「全くなんなんだ…\n自分の家で風呂に入っただけで何でこんな目に…」 | ||
535 | あ、衣擦れの音が… | ||||
536 | 春希 | Haruki | 「え、ええと…まず最初の質問だけど…今何時だ?」 | ||
537 | などと、色々と湧き出しそうになる煩悩は、\nこの際置いておく。 | ||||
538 | かずさ | Kazusa | 「自分の腕時計でも見てろ」 | ||
539 | 春希 | Haruki | 「いやそれがさ、狂ってんだよ。\nなんか7時50分とか指してるし」 | ||
540 | かずさ | Kazusa | 「狂ってるのは時計じゃなくてお前だというオチだな」 | ||
541 | 春希 | Haruki | 「…マジで?」 | ||
542 | これで二つ目の疑問…\n『どうして外が明るいんだ?』も同時に解けてしまった。 | ||||
543 | かずさ | Kazusa | 「あたしはそろそろ学校へ行く。\n今出てちょうどギリギリだし」 | ||
544 | 春希 | Haruki | 「え? 嘘! 俺着替えてないよ!?\n風呂も入ってないし、顔すら洗ってない!」 | ||
545 | かずさ | Kazusa | 「知るかそんなこと」 | ||
546 | 春希 | Haruki | 「そんなことって…どうすんだよ?\n無断外泊とか深夜徘徊とかクラブ通いとか、\n根も葉もない噂で推薦取り消されたら…」 | ||
547 | かずさ | Kazusa | 「男がそんなみみっちい心配するな。\nだいたい、無断外泊は事実のくせに」 | ||
548 | 春希 | Haruki | 「そ、それは…そうなんだけど…な」 | ||
549 | そう、事実だ。 | ||||
550 | 無断外泊したことも。\nそれが、初めて訪れた\n一人暮らしの女のコの家だということも。 | ||||
551 | そう…冬馬かずさの家だということも。 | ||||
552 | このことを武也が知ったら賞賛してくれるだろうけど、\nその後、何もなかったと聞いて口汚く罵るだろうな。 | ||||
553 | かずさ | Kazusa | 「そんなに困るんなら、\n一度家に帰って風呂に入って着替えて来ればいい」 | ||
554 | 春希 | Haruki | 「いや遅刻はマズイだろ。\n俺、入学以来一度も…」 | ||
555 | かずさ | Kazusa | 「ああ言えばこう言う…\nあたしはもう知らん。勝手にしろ」 | ||
556 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
557 | もう一度リビングのドアが開くと、\n毎日俺が目にしてる、いつもの冬馬が出来上がっていた。 | ||||
558 | しかし、いつもと全く同じ外見でも、\nその制服に包まれた内部をつぶさにイメージできる\n今の状態では… | ||||
559 | かずさ | Kazusa | 「どうして目をそらす?」 | ||
560 | 春希 | Haruki | 「い、いや、ちょっと…」 | ||
561 | 正視できない… | ||||
562 | かずさ | Kazusa | 「じゃ、あたしは先に出る。\nこれ、鍵渡しておくから、\n学校に着いたら返して」 | ||
563 | 春希 | Haruki | 「あ、待て、置いてくな。\n俺、駅までの道覚えてない」 | ||
564 | かずさ | Kazusa | 「なら早く仕度しろ。\nそろそろ走らないと間に合わない」 | ||
565 | 春希 | Haruki | 「わ、わかった。\nすぐ荷物持ってくる」 | ||
566 | またしても冬馬の\n『本当はいい奴』に救われた。 | ||||
567 | 『終電が出る前に起こしてくれればいいのに』と\n一言言いたくもあったけど、ま、やめとこう。 | ||||
568 | 春希 | Haruki | 「あ、それから最後に」 | ||
569 | かずさ | Kazusa | 「なに?」 | ||
570 | 春希 | Haruki | 「その…悪かった。\nお前のあられもない姿を見てしまって」 | ||
571 | かずさ | Kazusa | 「っ!\n忘れた頃に思い出させるな!」 | ||
572 | ……… | .........
| |||
573 | 春希 | Haruki | 「ふあぁぁ…」 | ||
574 | 雪菜 | Setsuna | 「なんか眠そうだね?」 | ||
575 | 春希 | Haruki | 「昨夜、練習してて気づいたら朝だった…」 | ||
576 | 雪菜 | Setsuna | 「うわぁ…」 | ||
577 | 昼休み… | ||||
578 | 眠い目をこすりつつ、顔を洗おうと席を立つと、\n教室のドアのところで小木曽が笑顔で手を振りつつ、\nごく自然に俺たちを待っていた。 | ||||
579 | 慌てて振り向くと、俺の隣席は見事なまでにもぬけの殻。\nこういうときの奴の危機察知能力は本当に恐れ入る。 | ||||
580 | 春希 | Haruki | 「風呂も入れなかった…\nだからあんま近寄らない方が」 | ||
581 | 別に小木曽と昼飯を食べるのが嫌な訳じゃない。\nというか、そこはかとなく嬉しい。 | ||||
582 | んだけど… | ||||
583 | 雪菜 | Setsuna | 「ほんどだ、髪ぼさぼさ」 | ||
584 | 春希 | Haruki | 「いや、だからな…」 | ||
585 | 俺の前髪をさわさわと撫でる小木曽に、\n言い様のない威圧感を感じる。 | ||||
586 | …正確には、小木曽本人ではなく、\n周囲の男子生徒たちからだけど。 | ||||
587 | 雪菜 | Setsuna | 「うんうん、頑張ってるんだね北原くん。\nじゃ、ごほうびにこのクリームコロッケをあげよう」 | ||
588 | 春希 | Haruki | 「人の話は最後まで聞こうな…」 | ||
589 | 俺の皿に小木曽の弁当箱からおかずが移された瞬間、\n周囲の空気が皿に…更に重くなった… | ||||
590 | 今までの小木曽とは違いすぎるあけすけな態度に、\n周囲がついていけてない。 | ||||
591 | …俺も含め | ||||
592 | 雪菜 | Setsuna | 「そうそう、そういえば噂になってるらしいよ?\n軽音楽同好会のこと」 | ||
593 | 春希 | Haruki | 「噂になってるのは小木曽だけで、\nしかも学園祭についてだけじゃないから」 | ||
594 | 雪菜 | Setsuna | 「どういう意味?」 | ||
595 | 春希 | Haruki | 「最近の小木曽、変わったってこと。\n色んな意味で」 | ||
596 | 雪菜 | Setsuna | 「だね。\n今はすごく楽。やりたいようにやってるし」 | ||
597 | そう、最近の小木曽は無防備だ。 | ||||
598 | 今まで周囲との間に張っていた\n誰にでも友好的な『壁』を取っ払い、\n特定の相手に対し、あからさまな贔屓をするようになった。 | ||||
599 | 春希 | Haruki | 「そのせいで、ミス峰城大付的には、\nここにきて予断を許さない展開と言われてるけどな」 | ||
600 | それは、とりもなおさず、\n学園好感度ランキング一位の看板を\n下ろしてしまったということでもあり。 | ||||
601 | だけど問題なのは、\nその自然体な小木曽がまたえらく魅力的なことで。\nこれがミスコン委員会のオッズを難しいものにしている。 | ||||
602 | 雪菜 | Setsuna | 「三連覇危うし?\k\n | ||
603 | 雪菜 | Setsuna | …それもまたよし、かな。\nわたし、普通の女の子に戻りま~す、ってね」 | ||
604 | 春希 | Haruki | 「…来週のステージって引退コンサートだったのか?」 | ||
605 | 雪菜 | Setsuna | 「ふふ…」 | ||
606 | 皆はあらぬ勘違いをしてる。\n『あの小木曽雪菜にとうとう彼氏ができた』と。 | ||||
607 | けれどそれは、冤罪もいいところだ。\n何しろ小木曽は、俺にも冬馬にも\n全く同じような態度を取ってる。 | ||||
608 | つまり、俺に対しての反応は、\n純粋な友情に起因するもので、\n別に異性を意識したものなんかじゃない。 | ||||
609 | 春希 | Haruki | 「さてと…ごちそうさま。\n教室戻って寝てくるか」 | ||
610 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、リンゴ食べるよね?\k\n | ||
611 | 雪菜 | Setsuna | はい、ど~ぞ」 | ||
612 | 春希 | Haruki | 「いや、だからさぁ…」 | ||
613 | …冬馬と俺にしかわからないことだけど、な。 | ||||
614 | ……… | .........
| |||
615 | かずさ | Kazusa | 「5分休け…ふあぁぁぁ…」 | ||
616 | 雪菜 | Setsuna | 「…なんか眠そうだね?」 | ||
617 | かずさ | Kazusa | 「…ちょっとね」 | ||
618 | 雪菜 | Setsuna | 「コーヒー買ってこようか?」 | ||
619 | かずさ | Kazusa | 「悪い…」 | ||
620 | 雪菜 | Setsuna | 「わかった。ホットのブラックでいいかな?」 | ||
621 | かずさ | Kazusa | 「カフェオレ。\n一番量の多いやつで」 | ||
622 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
623 | かずさ | Kazusa | 「なに?」 | ||
624 | 雪菜 | Setsuna | 「ブラックのイメージだったから」 | ||
625 | かずさ | Kazusa | 「苦いの全然駄目なんだ…」 | ||
626 | 雪菜 | Setsuna | 「…はちみつレモンにする?」 | ||
627 | かずさ | Kazusa | 「酸っぱいのも全然…」 | ||
628 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
629 | かずさ | Kazusa | 「なに?」 | ||
630 | 雪菜 | Setsuna | 「…ぷっ」 | ||
631 | かずさ | Kazusa | 「な、なに?\nそんなに…変?」 | ||
632 | ……… | .........
| |||
633 | かずさ | Kazusa | 「(ず…)\nはぁぁぁぁ…」 | ||
634 | 雪菜 | Setsuna | 「そういえば北原くんも眠そうだったなぁ。\n二人とも頑張るね」 | ||
635 | かずさ | Kazusa | 「………隠したな。\nま、言える訳ないか」 | ||
636 | 雪菜 | Setsuna | 「え?」 | ||
637 | かずさ | Kazusa | 「弾けるようになるまで寝なくていいって、\n言ってあるから」 | ||
638 | 雪菜 | Setsuna | 「ほんと、北原くんには厳しいなぁ。\n麗しき師弟愛?」 | ||
639 | かずさ | Kazusa | 「…楽器を下手くそに弾く奴が我慢できないだけ。\nみんな綺麗な音を出したがってるのに」 | ||
640 | 雪菜 | Setsuna | 「毎日毎日、そんなに厳しくするから、\n北原くん、今日はもう帰っちゃったよ?」 | ||
641 | かずさ | Kazusa | 「勝手にすればいい。\n弾けるようになれば文句は言わないから」 | ||
642 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、冬馬さん。\nこんな調子でわたしたち、\nいつになったら全員で演奏できるのかな?」 | ||
643 | かずさ | Kazusa | 「………明日」 | ||
644 | 雪菜 | Setsuna | 「え、ホント?\nなんだ、もうすぐなんだ!\nそっかぁ…楽しみだなぁ」 | ||
645 | かずさ | Kazusa | 「期待してていいぞ…きっと驚くから」 | ||
646 | 雪菜 | Setsuna | 「…けなしてる割には信頼してるんだね?」 | ||
647 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「ドアが閉まります。\nご注意ください」 | ||
648 | ……… | .........
| |||
649 | 春希 | Haruki | 「お帰り」 | ||
650 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
651 | 岩津町駅、20時15分。\n冬馬は、昨日と全く同じ時間の電車から降りてきた。 | ||||
652 | まぁ、行きの電車の中で約束した通りだから、\n意外でもなんでもないんだけど。 | ||||
653 | 春希 | Haruki | 「今日こそは準備万端だ。\n風呂にも入ったし、制服の着替えも持ってきた」 | ||
654 | かずさ | Kazusa | 「また泊まる気満々だな」 | ||
655 | 今日は、授業が終わったらすぐに帰宅して、\n着替え、入浴、仮眠、自主練と、昨日できなかったことを、\n2時間で全てこなしてここに戻ってきた。 | ||||
656 | 昨夜のことで痛感したから。\nやっぱり『師匠』の教えは偉大だと… | ||||
657 | 春希 | Haruki | 「今日は終電までに帰るって。\nこいつらは万が一のときのための備え。\nこれくらい普通だろ?」 | ||
658 | かずさ | Kazusa | 「…あんたが言うと説得力があるのがタチが悪い」 | ||
659 | 件の師匠も、あからさまに嫌な顔したけれど、\nどうせいつもそんな顔なので全然気にならない。 | ||||
660 | というか絶対想定してたし。 | ||||
661 | 春希 | Haruki | 「今日こそは大丈夫!\nノーミスで通したらすぐに帰る」 | ||
662 | かずさ | Kazusa | 「だといいけどね」 | ||
663 | 冬馬は、もうどうにでもなれという表情を浮かべて、\nいつものように颯爽と俺を置いて歩き出す。 | ||||
664 | だから俺は、その艶やかな長い黒髪を見失わないよう、\n小走りで彼女の後を追う。 | ||||
665 | 春希 | Haruki | 「あ、それと帰り道にコンビニあったっけ?」 | ||
666 | かずさ | Kazusa | 「夕食、食べてこなかったのか?」 | ||
667 | 春希 | Haruki | 「いや、トラベルセット買ってかないと」 | ||
668 | かずさ | Kazusa | 「…本当に帰る気あるのか?」 | ||
669 | 今日も、彼女の指先から零れるはずの、\n綺麗な音たちを楽しみにしつつ。 | ||||
670 | ……… | .........
| |||
671 | 春希 | Haruki | 「おあよ~………冬馬」 | ||
672 | かずさ | Kazusa | 「…たった二日で随分と馴染んでるな」 | ||
673 | 春希 | Haruki | 「二日続けて床で寝たから体の痛いこと」 | ||
674 | かずさ | Kazusa | 「帰れよ」 | ||
675 | 現在、7時15分。\n念のためにと用意しておいた目覚まし時計が役に立った。 | ||||
676 | それでも、睡眠2時間はさすがにきつい。\n結局、朝の5時近くまでずっと練習してた。\n地下室というのは時間の感覚がなくなるから怖い。 | ||||
677 | 春希 | Haruki | 「今から風呂?\n悪い、顔洗ったらすぐ出てくから」 | ||
678 | かずさ | Kazusa | 「今日こそはのぞくなよ」 | ||
679 | 春希 | Haruki | 「昨日だって覗こうと思って覗いた訳じゃない。\n幸福な偶然だったんだよ」 | ||
680 | かずさ | Kazusa | 「そうか、それは気の毒だったな。\n…今からのお前がな」 | ||
681 | 春希 | Haruki | 「冗談だって冗談。\n…あ~、気持ちい~」 | ||
682 | かずさ | Kazusa | 「だからくつろぐなと」 | ||
683 | 顔にかかる冷たい水が、\nだらけきった全身を引き締めていく。 | ||||
684 | 今日は金曜日。\nあと一日乗り切れば週末。\n朝から晩まで、思う存分練習ができる。 | ||||
685 | …体力が保てばだけど。 | ||||
686 | 春希 | Haruki | 「ふぅ、目が覚めた…\nあ、そうだ冬馬。\n俺、朝飯作ろうか?」 | ||
687 | かずさ | Kazusa | 「朝なんかいつも食べないけど?」 | ||
688 | 春希 | Haruki | 「だから授業中寝てばっかりなんだよ。\n朝はしっかり摂らないと体起きないぞ?」 | ||
689 | かずさ | Kazusa | 「今週は人のこと言えないだろ北原も」 | ||
690 | 春希 | Haruki | 「まぁそれはいいとして、\n昨日のお詫びにってことで、どうだ?」 | ||
691 | かずさ | Kazusa | 「…できるものならやってみれば?\n冷蔵庫の中のものは勝手に使っていいから」 | ||
692 | 春希 | Haruki | 「馬鹿にするなよ?\nトーストと目玉焼きならお手の物だ」 | ||
693 | それしかできないとも言う。\nなんて平均的な男子学生。 | ||||
694 | かずさ | Kazusa | 「ふぅん…そう。\nじゃ、頑張って」 | ||
695 | 春希 | Haruki | 「あれは絶対信用してないって顔だな…見てろよ」 | ||
696 | 俺だって、家に押しかけて、何度もしつこく教えを請うて、\n朝まで寝かせず、しかも自分だけ先に寝ておいて、\nさらに着替えを覗くだけじゃないってことを見せてやる。 | ||||
697 | ………どこの最低野郎だ。 | ||||
698 | 春希 | Haruki | 「…うあ」 | ||
699 | 冷蔵庫、何もないし。 | ||||
700 | ……… | .........
| |||
701 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
702 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
703 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
704 | 5分ほどの喧騒の後、\n静寂に包まれる第二音楽室。 | ||||
705 | 小木曽は呆然と俺を見つめ、\n冬馬は大きく息を吐きながら天井を見上げ。 | ||||
706 | そして俺は、期待と不安と…\nちょっぴりの自信を持って、冬馬を見つめる。 | ||||
707 | 雪菜 | Setsuna | 「………できた、よね?」 | ||
708 | かずさ | Kazusa | 「………ん。\nできたね」 | ||
709 | 春希 | Haruki | 「っ!」 | ||
710 | その、待ち望んだ冬馬の『OK』と共に、\n俺の喜びは爆発し… | ||||
711 | 雪菜 | Setsuna | 「できた!\nできたよ北原くん!」 | ||
712 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
713 | …ようとしたところで、隣の爆風により鎮火された。 | ||||
714 | 雪菜 | Setsuna | 「ほら冬馬さん、わたしの言ったとおりじゃない!\n北原くんはやればできるんだよ!」 | ||
715 | 春希 | Haruki | 「は、はは…」 | ||
716 | これがまた、俺の予想を遥かに越えた勢いで、\nこんなに心から喜んでくれることが本当に嬉しくて。\n…というか、どれだけ信用がなかったんだ俺。 | ||||
717 | 雪菜 | Setsuna | 「たった一人でずっと頑張って、\nちゃんと期待した通りの結果を出したんだね、凄いよ」 | ||
718 | 春希 | Haruki | 「あ、いや、それは、実は…」 | ||
719 | かずさ | Kazusa | 「本当だな。\n北原を少し侮ってたみたいだ」 | ||
720 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
721 | どうやって言い訳しようか、\nそれもどっちに言い訳しようか逡巡した隙に、\n冬馬があっさり流してくれてしまった。 | ||||
722 | 庇ってくれた、のか? | ||||
723 | かずさ | Kazusa | 「これでやっと1曲目…\nまだまだ先は長いけど、\nとりあえず今日はここまで」 | ||
724 | 雪菜 | Setsuna | 「え? もう?」 | ||
725 | 時計を見ても、まだ5時をちょっと過ぎたところ。\n日に日に短くなっていく昼が、\nそれでも夕方のまま留まっている時間。 | ||||
726 | 今週に入ってから『だけ』は、\nこんなに早く軽音楽同好会が解散したことはないのに、\n実質的部長は、あっさり練習を打ち切った。 | ||||
727 | かずさ | Kazusa | 「その代わり、明日の朝10時集合。\nシンセの方とも合わせる必要があるし、\n次の曲もそろそろ決めないといけないし」 | ||
728 | 雪菜 | Setsuna | 「集合はいいけど…どこに?\n土曜なのにここ使っていいの?」 | ||
729 | かずさ | Kazusa | 「練習場所なら大丈夫。\n集合場所は岩津町駅北口で。\n北原、部長にも声かけておいて」 | ||
730 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
731 | そうか…\nとうとう小木曽にも『スタジオ冬馬』お目見えか。 | ||||
732 | かずさ | Kazusa | 「この土日が第一の勝負どころだから、\n今週末は泊まり込みで合宿ね」 | ||
733 | 雪菜 | Setsuna | 「合宿? うわ本当!?\n凄い、泊まれるんだそこ!」 | ||
734 | 春希 | Haruki | 「そんなに嬉しいんだ…」 | ||
735 | そして…\nとうとう小木曽にも『ホテル冬馬』営業開始か。 | ||||
736 | 雪菜 | Setsuna | 「だって、やっぱりみんなで徹夜しないと、\n学園祭って雰囲気にならないんだもん。\nそう思わない?」 | ||
737 | 春希 | Haruki | 「ま、まぁ、そりゃそう…かな?」 | ||
738 | 雪菜 | Setsuna | 「中学のときなんか、\n学園祭前でも泊まり禁止だったから、\n先生が見回りに来ると電気消してみんな隠れてさ」 | ||
739 | 春希 | Haruki | 「は、はは…」 | ||
740 | 中学の頃から、そうやって許可も取らず\n夜通し学校に残る奴らを見つけては、\n強制的に帰宅させる立場にいたけどな、俺は。 | ||||
741 | 雪菜 | Setsuna | 「ここに来てからは、\nなかなかそういうこともできなくなっちゃったけどね。\k\n | ||
742 | 雪菜 | Setsuna | …主に自分のせいだけど」 | ||
743 | 春希 | Haruki | 「小木曽…」 | ||
744 | そういう、泥臭い肉体労働とかには、みんなが逆に\n参加させないよう気を使ってたんだろうな。 | ||||
745 | …ということは、今年の小木曽は、\n今までの二年分の抑圧も含め、\nどれだけはっちゃける気なんだろうか。 | ||||
746 | かずさ | Kazusa | 「…と、いう訳なんで、北原。\nお前には今から大事な使命がある」 | ||
747 | 春希 | Haruki | 「俺?」 | ||
748 | かずさ | Kazusa | 「そう。練習を早めに切り上げたのもそのためだ。\nさ、行くぞ」 | ||
749 | 春希 | Haruki | 「どこに?」 | ||
750 | ……… | .........
| |||
751 | 春希 | Haruki | 「ですから携帯は常時電源ONにして、\nいつでも連絡が取れるようにしておきます。\nこれは雪菜さんだけでなく、他の2人も同様です」 | ||
752 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「それでも誰も出なかったら?」 | ||
753 | 春希 | Haruki | 「ここに念書を用意しています。\nもし3人の誰もが5コール以内に出なかった場合は、\n今後、雪菜さんの門限を午後6時にすると約束します」 | ||
754 | 孝宏 | Takahiro | 「6時って…窒息するよ普通」 | ||
755 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「…娘のことはともかく、\n先方の親御さんは何とおっしゃっているのかな?」 | ||
756 | 春希 | Haruki | 「…そこなんですが、正直に話します。\n冬馬さんの家族は、海外に住んでいるため、\n冬馬家には現在保護者はいません」 | ||
757 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「む…」 | ||
758 | 春希 | Haruki | 「週に二度ほどヘルパーさんが\n掃除をしてくれているそうですが、\n夜は実質、冬馬さん以外に誰もいません」 | ||
759 | 孝宏 | Takahiro | 「一人暮らし!\nいいなぁ、俺も早く家出たいよ」 | ||
760 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「何言ってるの。\n女の子がたった一人で勉強して生活して…\n孝宏が考えるほど気楽なものじゃないわよ」 | ||
761 | 春希 | Haruki | 「…このことを話すと、反対されるかとも思いました。\nそれでも、ちゃんと許可をいただく以上、\n包み隠さず全てを明かそうと皆で決めました」 | ||
762 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「…なるほど」 | ||
763 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「お父さん、いいじゃありませんか。\nこうしてお友達が雪菜のために一生懸命…」 | ||
764 | 春希 | Haruki | 「お母さん、\n一生懸命かどうかはこの際問題じゃないんです。\n外泊を許可できる環境かどうか、そこに尽きるんです」 | ||
765 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「彼の言う通りだ。\nそこを履き違えてはいけない」 | ||
766 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「はい…」 | ||
767 | 春希 | Haruki | 「寝室もいくつかありますし、当然男女別です。\nとはいえ、後は僕を信用していただくしかありませんが」 | ||
768 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「北原くん、と言ったかな?\n君は何と言うか、随分と大人びた考え方をするんだな」 | ||
769 | 孝宏 | Takahiro | 「ほんと。\nとても姉ちゃんと同級生とは思えない」 | ||
770 | 春希 | Haruki | 「すいません、生意気で」 | ||
771 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「いや、悪いとは言ってない。\nむしろとてもしっかりした子だと感心しているんだ」 | ||
772 | 春希 | Haruki | 「僕も母と二人暮らしなので、\n自然にそういう風になってしまったのかもしれません」 | ||
773 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「まぁ、そうなの?\nお父様は?」 | ||
774 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「よさないかおい」 | ||
775 | 春希 | Haruki | 「いえ、いいんです。\n…小学六年生の頃に離婚しまして」 | ||
776 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「そうだったの…」 | ||
777 | 春希 | Haruki | 「それでも、養育費は毎月払ってもらっているので\n生活には困っていません。大学にも進学できるし、\nそのことは今でも父に感謝しています」 | ||
778 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「………」 | "........."
| |
779 | 春希 | Haruki | 「ただ、家にいる男は僕一人なので、\nどうしても虚勢を張る癖がついてしまって。\n…昔から、あまり子供らしくないって言われます」 | ||
780 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「本当にまぁ、大変だったのねぇ。\nウチは雪菜も孝宏も甘やかしてしまったものだから、\n二人してワガママ放題で」 | ||
781 | 孝宏 | Takahiro | 「うわ、こっち来たよ…」 | ||
782 | 春希 | Haruki | 「いや、そんな…」 | ||
783 | ……… | .........
| |||
784 | 最初に正論であることを強調しておきながら、\n最後は人情話で誤魔化しつつ押し切る。\nこれぞ北原式論破術。 | ||||
785 | これでなんとか明日の合宿も、\nめでたく開催の運びとなるであろう手応えは得た。\n後は詰めを誤らなければ大丈夫だろう。 | ||||
786 | それはともかく、\n一言言ってもいいかな? | ||||
787 | ……… | .........
| |||
788 | はめられたっ! | ||||
789 | 雪菜 | Setsuna | 「ねぇ冬馬さん…」 | ||
790 | かずさ | Kazusa | 「ん?」 | ||
791 | 雪菜 | Setsuna | 「本当にいいのかな?\n北原くんをウチの家族会議に出席させちゃって…」 | ||
792 | かずさ | Kazusa | 「小木曽が自分で説得しようとすると、\n夜中までかかる上に喉への負担が大きいから」 | ||
793 | 雪菜 | Setsuna | 「そ…それはそうだけど。\k\n | ||
794 | 雪菜 | Setsuna | あと、わたしのことは雪菜でいいんだけど」 | ||
795 | かずさ | Kazusa | 「セコい詭弁に関してだけは、\nあたしたちは、北原の足下にも及ばない。\n…安心して任せればいい」 | ||
796 | 雪菜 | Setsuna | 「し…信頼してるんだね」 | ||
797 | かずさ | Kazusa | 「たまには役に立ってもらわないと。\nあたしをここまでこき使う以上はね」 | ||
798 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
799 | かずさ | Kazusa | 「…なに?\n何か言いたいことでもあるの?」 | ||
800 | 雪菜 | Setsuna | 「スティックシュガー3本は入れすぎじゃないかなぁ…」 | ||
801 | ……… | .........
| |||
802 | 雪菜 | Setsuna | 「す…すっごいね…」 | ||
803 | 春希 | Haruki | 「そ、そうだなぁ…でっけ~」 | ||
804 | 武也 | Takeya | 「どこのお嬢様だよ…って、お嬢様だったっけ」 | ||
805 | 冬馬家に辿り着いた軽音楽同好会一行が発した感想は、\nほぼ俺が予想した通りの内容だった。 | ||||
806 | むしろ問題はそちらではなく、既に経験済みのくせに、\n皆と言動を同じくしなければならない、\n俺のわざとらしい態度の方だったりして。 | ||||
807 | かずさ | Kazusa | 「どうぞ。\nとりあえず、楽器以外はここに置いといていいから」 | ||
808 | 雪菜 | Setsuna | 「お邪魔しま~す」 | ||
809 | 春希 | Haruki | 「お邪魔します。\nあ、靴こっちの下駄箱な」 | ||
810 | 武也 | Takeya | 「中もまた広いな…すっげ~」 | ||
811 | しかもこの後、\n今以上に大げさに驚かなくちゃならないんだよな。\n俺、演技下手なのに。 | ||||
812 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
813 | 雪菜 | Setsuna | 「うわぁ…」 | ||
814 | かずさ | Kazusa | 「今は少し寒いけど、エアコン効くまでの辛抱だから」 | ||
815 | さてと… | ||||
816 | 武也 | Takeya | 「なんだよなんなんだよこれ!\nなんで普通の家にこんなものがあるんだ!?」 | ||
817 | 春希 | Haruki | 「驚きだな本当に。\nあ、そこコードあるから気をつけろよ」 | ||
818 | 雪菜 | Setsuna | 「すっごい…\nこれ、冬馬さんのピアノ部屋?」 | ||
819 | かずさ | Kazusa | 「前の住人が作ったのをそのまま使ってるだけ」 | ||
820 | 武也 | Takeya | 「てことは、前の住人ってスタジオミュージシャン?\nにしてもブルジョワな…」 | ||
821 | かずさ | Kazusa | 「みたいだけど、詳しくは知らない。\nさ、セッティング始めて」 | ||
822 | 春希 | Haruki | 「わかった。\nほら、武也も手伝え」 | ||
823 | 武也 | Takeya | 「あ、ああ…にしてもなぁ…」 | ||
824 | まだ衝撃が抜けきらない武也と、\n目をきらきら輝かせ辺りを見回す小木曽を尻目に、\n俺は慣れた手つきで機材のスイッチを入れ… | ||||
825 | 春希 | Haruki | 「…とと。\nこれはどこに差せばいいんだ?」 | ||
826 | おっと、慣れてたらまずいんだっけ。 | ||||
827 | 現在、午前10時30分。 | ||||
828 | 自分的には予定調和ながらも、\n冬馬家の豪華さに衝撃を受けるところから、\n俺たちの合宿は幕を開けた。 | ||||
829 | ……… | .........
| |||
830 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
831 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
832 | 春希 | Haruki | 「…ふぅ」 | ||
833 | 武也 | Takeya | 「…マジかよ」 | ||
834 | まだエアコンの効ききらない部屋の中、\nそれでも一曲弾ききったらもう汗が出てきた。 | ||||
835 | それだけ全身全霊を傾けて\n集中してたってことでもあるけど。 | ||||
836 | 雪菜 | Setsuna | 「やったね、完璧♪」 | ||
837 | 昨日、呆然と俺を見てた小木曽は、\n今日はにっこりと微笑みかけてくれて。 | ||||
838 | かずさ | Kazusa | 「ドラムは問題ないかな。\nベースの方を少し手直しすれば…」 | ||
839 | 冬馬は、もはや当然のように、\n武也の作った打ち込みデータの方だけに\n注意を向けていた。 | ||||
840 | 武也 | Takeya | 「凄ぇ…ちゃんと『WHITE ALBUM』じゃん…」 | ||
841 | で、武也は、失礼なくらいに茫然自失だった。\n…本当に失礼な奴だ。 | ||||
842 | 武也 | Takeya | 「春希…お前いつの間に?\nというかまともに弾けたんだなぁ!」 | ||
843 | 春希 | Haruki | 「今は機嫌がいいから罵詈雑言も見逃してやろう。\nだが次はないぞ」 | ||
844 | 武也 | Takeya | 「今までどれだけ真面目にやってなかったかが\nよくわかる上達ぶりだな。いや見直した」 | ||
845 | 春希 | Haruki | 「せめて直前に言った言葉くらいは聞いといてくれ」 | ||
846 | かずさ | Kazusa | 「うん、打ち込みの方も良くできてる。OK。\n後はあたしの方で細かくチューニングするから。\nありがとう部長」 | ||
847 | 武也 | Takeya | 「え………?」 | ||
848 | かずさ | Kazusa | 「さて、それじゃ次の曲考えないとね…」 | ||
849 | 雪菜 | Setsuna | 「うわ、早速新しい課題なんだ」 | ||
850 | 武也 | Takeya | 「お、おい、春希?\n今、あのコ、俺に感謝したぞ…?」 | ||
851 | かずさ | Kazusa | 「持ち時間を考えると、\nレパートリー1曲じゃ全然足りないし。\nあと2曲、最低でも1曲は」 | ||
852 | 雪菜 | Setsuna | 「残り一週間だもんね。\n今までのペースだと、あと1曲がいいところかな?」 | ||
853 | 春希 | Haruki | 「感謝くらいするだろ。\n良くできてたよ本当。悪かったな武也、本当に」 | ||
854 | 武也 | Takeya | 「いや、お前の感謝はどうでもいいんだけどさ」 | ||
855 | 春希 | Haruki | 「武也…俺たち親友だよな?」 | ||
856 | かずさ | Kazusa | 「多分、他のバンドは3曲用意してると思う。\n…けど仕方ないか。こっちは実質二週間だし」 | ||
857 | 雪菜 | Setsuna | 「曲を増やしすぎて、\n1つ1つがおろそかになっても本末転倒だしね」 | ||
858 | 武也 | Takeya | 「だけどあのコだぞ? 冬馬かずさ。\n学園での噂聞いてると、とても今の言葉が信じられん」 | ||
859 | 春希 | Haruki | 「評判とか噂とか、そんなのが何だってんだよ。\n冬馬ってさ、根は優しい奴なんだよ本当に。\nくそ、皆にわかってもらえないの悔しいなぁ」 | ||
860 | かずさ | Kazusa | 「こそこそと陰で人を誉めるな。\nちゃんと聞こえてるぞ?」 | ||
861 | 春希 | Haruki | 「げっ、聞いてたのか!?\nごめん、気を悪くしたよな? 謝る」 | ||
862 | かずさ | Kazusa | 「まったく、油断も隙もない…」 | ||
863 | 武也 | Takeya | 「…お前らなんなんだ?」 | ||
864 | 雪菜 | Setsuna | 「…ふふっ」 | ||
865 | ……… | .........
| |||
866 | かずさ | Kazusa | 「というわけで2曲目なんだけど、\nリクエストある?」 | ||
867 | 武也 | Takeya | 「だから部長は…」 | ||
868 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
869 | 武也 | Takeya | 「ひいっ!?\nわ、悪い! 話の腰を折った。\nそっちで思うように進めてくれ」 | ||
870 | 春希 | Haruki | 「無様だな…」 | ||
871 | 武也 | Takeya | 「罵られて悦ぶ[RドM^おまえ]よりはマシだと思うんだ」 | ||
872 | かずさ | Kazusa | 「そうだな、うん、部長の意見を聞こうか。\n何かある?」 | ||
873 | 武也 | Takeya | 「え…いいのか?」 | ||
874 | かずさ | Kazusa | 「いいも何も、\nもともとこの同好会は部長のものだろ?」 | ||
875 | 今では誰がそんなこと覚えてるだろうか… | ||||
876 | ステージから引きずり降ろしてしまった\n罪滅ぼしのつもりだろうか。\n今日の冬馬は、微妙に武也に優しいな。 | ||||
877 | 武也 | Takeya | 「そっか…\nなら、雪菜ちゃんの声だと…」 | ||
878 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
879 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
880 | 武也 | Takeya | 「お、小木曽ちゃんの声だと…」 | ||
881 | あくまで『微妙』なところが物悲しいけど。 | ||||
882 | 武也 | Takeya | 「…やっぱ緒方理奈聴いてみたいよな。\n1曲目が森川由綺と来れば、なぁ?」 | ||
883 | 春希 | Haruki | 「武也…\nお前の選択はいつも無難でミーハーでメジャー指向で」 | ||
884 | 武也 | Takeya | 「駄目か?」 | ||
885 | 春希 | Haruki | 「………そして素晴らしいな」 | ||
886 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、大賛成!\nデビュー曲からずっと歌えるし。\k\n | ||
887 | 雪菜 | Setsuna | …最近の英語バージョンのはちょっと無理だけど」 | ||
888 | かずさ | Kazusa | 「緒方理奈…かぁ」 | ||
889 | 春希 | Haruki | 「駄目か?」 | ||
890 | かずさ | Kazusa | 「…実はあたしも緒方理奈派」 | ||
891 | 武也 | Takeya | 「へ~、そうなんだ。\nやっぱ俺たち気が合…」 | ||
892 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
893 | 武也 | Takeya | 「春希ぃ…」 | ||
894 | 春希 | Haruki | 「わかった、わかったから部長。\nお前はよくやった。後は隅っこで休んでろ」 | ||
895 | 武也 | Takeya | 「俺、生まれてこの方、\nこんな端役な扱い受けたことない…」 | ||
896 | ……… | .........
| |||
897 | かずさ | Kazusa | 「じゃあ、理奈の曲ってのは決定ね。\n…で、どれをカバーする?」 | ||
898 | 春希 | Haruki | 「この前出たアルバムから選ぶか?\n一応、小木曽に返すつもりで持ってきてるけど…」 | ||
899 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、ごめんなさい。\nまた個人的な意見、いいかな?」 | ||
900 | かずさ | Kazusa | 「ボーカルのモチベーションは最優先」 | ||
901 | 春希 | Haruki | 「異議なし」 | ||
902 | 武也 | Takeya | 「…三人きりだとホントに仲いいなこいつら」 | ||
903 | 雪菜 | Setsuna | 「じゃあ、あのね、第一ヒント。\n1曲目が『WHITE ALBUM』だから…」 | ||
904 | 春希 | Haruki | 「あ、『SOUND OF DESTINY』!」 | ||
905 | かずさ | Kazusa | 「え…」 | ||
906 | 雪菜 | Setsuna | 「同じ年に発売した…北原くん正解!\k\n | ||
907 | 雪菜 | Setsuna | やだな~、どうしてそんな簡単にわかっちゃうんだろ?」 | ||
908 | ―――SOUND OF DESTINY | ||||
909 | 『WHITE ALBUM』と同じ年に発売され、\nかの曲を抑え、音楽祭最優秀賞を受賞した、\n緒方理奈の代表曲。 | ||||
910 | 彼女がスターダムを一気に駆け上がる、\nきっかけとなった曲であり、現在に至るまで、\nベスト版、ライブ版等、何度もアルバムに収録されている。 | ||||
911 | 緒方理奈のようにキャリアのあるアーティストだと、\nファン層も多岐に渡り、それぞれの年代ごとに、\n微妙に評価が違ったりすることが多い。 | ||||
912 | それでもこの歌は、\n初期の若手アイドル時代の歌にも関わらず、\nほぼ全ての世代の支持を集めている。 | ||||
913 | かずさ | Kazusa | 「『SOUND OF DESTINY』って…え?」 | ||
914 | 武也 | Takeya | 「あれ、確か…」 | ||
915 | 春希 | Haruki | 「いいじゃん。うん。\nみんな絶対聴いたことある曲だし、ノリもいいし」 | ||
916 | 雪菜 | Setsuna | 「本当? よかった。\nあの曲ならどのバージョンのアレンジでも歌えるんだ」 | ||
917 | 春希 | Haruki | 「冬馬は? 武也は?\nなんか問題あるか?」 | ||
918 | かずさ | Kazusa | 「………北原は問題ないの?」 | ||
919 | 武也 | Takeya | 「………後悔しないか?」 | ||
920 | しかし…\n何故か冬馬と武也の反応は、\n俺たちほどの盛り上がりを見せていない。 | ||||
921 | 春希 | Haruki | 「俺が? なんで?\nカッコいい曲じゃん、あれ」 | ||
922 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
923 | というか、妙に戸惑ってるような…? | ||||
924 | 武也 | Takeya | 「いや、確かにカッコいいよ?\nけどそれは…」 | ||
925 | かずさ | Kazusa | 「………ぷっ」 | ||
926 | 春希 | Haruki | 「…冬馬?」 | ||
927 | かずさ | Kazusa | 「っ、く、くく…っ、\nほ、本当に…本当にいいんだな、北原?」 | ||
928 | …そして、今度はツボに入ったような? | ||||
929 | 雪菜 | Setsuna | 「え? え?\nな、なにか変かな?」 | ||
930 | かずさ | Kazusa | 「くく…変じゃない、全然変じゃ…\nうん、ボーカル的には…はは…っ、く…くくっ」 | ||
931 | 春希 | Haruki | 「なんだよ気味が悪いな…\nとにかく、じゃあいいんだな?\n『SOUND OF DESTINY』で決定な?」 | ||
932 | 武也 | Takeya | 「い、いや待て春希、あれは…」 | ||
933 | かずさ | Kazusa | 「うん決定、決まり。\nやめたって言ってももう聞かないからな。\nあはは…ふふ…あはははは…っ」 | ||
934 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ…」 | ||
935 | 雪菜 | Setsuna | 「…冬馬さん?」 | ||
936 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
937 | その、いつもの冬馬からはあり得ない反応の意味を… | ||||
938 | 俺は、その5分後に知ることになる。 | ||||
939 | ……… | .........
| |||
940 | 雪菜 | Setsuna | 「うわぁ…カッコいいね~」 | ||
941 | 春希 | Haruki | 「………忘れてた」 | ||
942 | かずさ | Kazusa | 「く…くく…あはは…」 | ||
943 | マジで完璧に忘れてた…\nこの曲が、どうして『カッコいい』のかを。 | ||||
944 | 武也 | Takeya | 「本当にやる気かよ春希?\n…このギター」 | ||
945 | この曲…\n最後の最後に超絶ギターが入るんだった。 | ||||
946 | かずさ | Kazusa | 「あはははは…はは…く、苦し…」 | ||
947 | 春希 | Haruki | 「いつまでもツボってんじゃね~よ!」 | ||
948 | かずさ | Kazusa | 「頑張れ北原。あんたならできる。\nあは、あははは…」 | ||
949 | そんな俺の涙目は、さらに冬馬の嗜虐心を\nいたく刺激したらしく、もうその笑いは止まりそうにない。 | ||||
950 | 雪菜 | Setsuna | 「ひょっとして、難しいの?」 | ||
951 | 武也 | Takeya | 「難しいというか…無理?」 | ||
952 | 部屋のモニターに映し出されているのは、\n数年前に発売された、緒方理奈の武道館ライブDVD。 | ||||
953 | アンコールの1曲目で流れた\n『SOUND OF DESTINY』に、\n会場中が熱狂してるのはまぁいいとして。 | ||||
954 | ボーカル部分が終わった直後から、カメラは理奈から離れ、\nバックバンドのギタリストの指先をきっちりと捉えている。 | ||||
955 | 春希 | Haruki | 「………これを俺が?」 | ||
956 | ギターの独壇場…\nというか、締めは全部ギターが持っていく構成なんだ。 | ||||
957 | 武也 | Takeya | 「少なくとも俺には不可能。\nこんなに指動かないって」 | ||
958 | 雪菜 | Setsuna | 「でもこれ弾けると絵になるよね。\nすごいなぁ…これいいなぁ…」 | ||
959 | 春希 | Haruki | 「そりゃ、俺だって弾けたらどんなにいいか…」 | ||
960 | しかし世の中には分相応という言葉がある。 | ||||
961 | 今年からギターを始めた、\n素人に毛の生えた程度の人間がこれに挑むなんて、\nどこのイカロスさんだよ… | ||||
962 | こんな難曲、挑戦する前から\n脂汗で蝋の羽が溶けてしまいそうだ。 | ||||
963 | 雪菜 | Setsuna | 「やって欲しいなぁ…」 | ||
964 | 春希 | Haruki | 「小木曽…?」 | ||
965 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、やろうよ!\nわたし、これ弾いてる北原くん見てみたい」 | ||
966 | 春希 | Haruki | 「い、いや、待てよ…」 | ||
967 | などと俺が萎縮するのとまるで対照的に、\n小木曽の中で、何かが盛り上がってしまったらしい。 | ||||
968 | 雪菜 | Setsuna | 「少しくらい失敗したっていいじゃない。\nどうせお祭りなんだし、みんな笑って見逃してくれるよ」 | ||
969 | 春希 | Haruki | 「そうだよ、見逃す前に笑われるんだよ」 | ||
970 | 雪菜 | Setsuna | 「笑われたっていいよ。\k\n | ||
971 | 雪菜 | Setsuna | わたしも一緒に笑い者になるから、ね?」 | ||
972 | 春希 | Haruki | 「いや、誰を笑うかは観客の自由だし」 | ||
973 | 雪菜 | Setsuna | 「駄目。もう決めたから。\n冬馬さんだってもう変更できないって言ったし。\nみんなでこの曲やるんだよ。決定」 | ||
974 | 春希 | Haruki | 「お、小木曽…」 | ||
975 | こんなワガママで意地っ張りな小木曽を見たら、\n学園の連中は腰を抜かすんじゃないだろうか。 | ||||
976 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
977 | …何しろ、目の前にこうして実例がいるし。 | ||||
978 | 春希 | Haruki | 「と、冬馬…\n何とか言ってくれ」 | ||
979 | もうこうなると、俺では話にならない。 | ||||
980 | だから、音楽に対して一番詳しくて、\n厳しくて、妥協を知らない奴に、\n現実をきちんと認識させてもらうしか… | ||||
981 | かずさ | Kazusa | 「ね、小木曽」 | ||
982 | 雪菜 | Setsuna | 「いいよね冬馬さん?\n北原くんならできるよ絶対!」 | ||
983 | あれだけ俺のことをあざ笑っていた冬馬だけど…\nいや、だからこそ、口ではああ言ってたが、\n最終的には認めるはずがない。 | ||||
984 | 失敗することがわかってる音楽なんて、\n許すはずが… | ||||
985 | かずさ | Kazusa | 「うん、大丈夫。\nできるよ、北原なら」 | ||
986 | 春希 | Haruki | 「はぁぁぁぁ!?」 | ||
987 | 武也 | Takeya | 「な…?」 | ||
988 | 雪菜 | Setsuna | 「だよね!\n冬馬さんならそう言ってくれると思ってた」 | ||
989 | さっきまで笑ってたカラスがもう笑顔… | ||||
990 | 春希 | Haruki | 「ま、待て冬馬! お前、プライドはどこへ行った?\nいつもの、音楽に対して妥協を許さないスタンスは…」 | ||
991 | かずさ | Kazusa | 「もちろん妥協なんかしない。\n絶対に弾けるようになってもらう」 | ||
992 | 春希 | Haruki | 「無理だってそんなの!\n俺の腕を一番よく知ってるお前ならわかるだろ?」 | ||
993 | かずさ | Kazusa | 「この曲に決めたとき言ったよね?\n『あんたならできる』って」 | ||
994 | 春希 | Haruki | 「あれは…ネタだろ?」 | ||
995 | かずさ | Kazusa | 「あたしは冗談が嫌いだ。\nあたしの性格を一番よく知ってるお前ならわかるだろ?」 | ||
996 | 春希 | Haruki | 「な…」 | ||
997 | 冬馬がこんな面白い冗談を言うなんて… | ||||
998 | 今、この状況でさえなければ\n腹を抱えて笑い転げてたはずなのに、なんてこった… | ||||
999 | かずさ | Kazusa | 「というわけで、早速始めよう。\nまずは個人練習から。小木曽?」 | ||
1000 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、頑張ろうみんな。\n本番まであと一週間しかないんだから」 | ||
1001 | 春希 | Haruki | 「い、いや、だって…あれぇ?」 | ||
1002 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
1003 | そう、本番まであと一週間。 | ||||
1004 | やっとのことで1曲目をマスターした俺たちは、\nそれだけで世界を手に入れてしまったと錯覚し、\n正常な判断力を失ってしまったに違いない。 | ||||
1005 | …いや無理だって絶対。 | ||||
1006 | ……… | .........
| |||
1007 | 春希 | Haruki | 「本当にもう帰るのか?」 | ||
1008 | 武也 | Takeya | 「もうここで俺のできることないからな。\n曲さえ決まったら、作業はウチでできるし」 | ||
1009 | 春希 | Haruki | 「帰るにしても、\nせめてみんなで夕飯食ってからにすればいいのに」 | ||
1010 | 武也 | Takeya | 「ここで俺ができることはないって言っただろ?\nつまり、ここじゃ作業できないから早く帰るんだよ」 | ||
1011 | 春希 | Haruki | 「武也…?」 | ||
1012 | 冬馬に邪険にされて泣きながら帰るにしては、\n武也の表情は妙にすっきりしてた。 | ||||
1013 | 武也 | Takeya | 「別に重役に邪険にされて、\n泣きながら帰る訳じゃないからな?」 | ||
1014 | 春希 | Haruki | 「やっぱお前親友なのかもな」 | ||
1015 | ここまで思ったことが通じてしまうようでは… | ||||
1016 | 武也 | Takeya | 「楽しみだな、学祭。\nどんなステージになるのか想像もつかねえ」 | ||
1017 | 春希 | Haruki | 「俺が一番想像できないよ…」 | ||
1018 | 武也 | Takeya | 「なんか、なんとなくだけどさ、\n結構いい感じになるじゃないかって思えてきた」 | ||
1019 | 春希 | Haruki | 「お前の思考回路も想像できないよ…」 | ||
1020 | あれから何度かソロ部分を弾いてみたけれど、\n未だに3秒の壁が破れないってのに… | ||||
1021 | 武也 | Takeya | 「ま、これから色々と大変だろうけど、\nきっと、今まで経験したこともない苦労があると思うけど、\nま、くじけず頑張れ」 | ||
1022 | 春希 | Haruki | 「わかってる。\n俺にとっては、学園生活最初で最後の馬鹿だ。\n一生懸命楽しむさ」 | ||
1023 | 委員長の霍乱と言われようが、\n帰宅部の冷や水と言われようが、\n楽しむことだけは絶対に忘れたくない。 | ||||
1024 | 入学してから今までの二年半、\nずっと、嫌味なくらいに清く正しく生きてきたんだ。 | ||||
1025 | たった一度、お祭りの日に羽目を外したくらいで、\n誰にも文句なんか言わせるものか。 | ||||
1026 | 武也 | Takeya | 「確かに、最初で最後の天国だろうな。\n…お前の人生において」 | ||
1027 | 春希 | Haruki | 「そこまで言うことないんじゃないか?\n俺の人生この先下るだけかよ?」 | ||
1028 | 武也 | Takeya | 「だってそうだろ…\nどっちもあり得ねえくらい脈ありじゃんか。\nあり得ねえよ…」 | ||
1029 | 春希 | Haruki | 「…聞かせるつもりがないなら、\n意味ありげに独り言つぶやくなよ」 | ||
1030 | 武也 | Takeya | 「じゃあな」 | ||
1031 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ…\nまた月曜日」 | ||
1032 | 放っておくといつまでも続きそうな小突きあいを\n切り上げたのは、武也の方だった。 | ||||
1033 | 最後に、やっぱりこいつらしくない\n『もうお前に教えることは何もない』的な\n優しい笑みを俺に向ける。 | ||||
1034 | ふと、その表情が何かを思い出したようなふうに動き。 | ||||
1035 | 武也 | Takeya | 「そういえばさ、\nお前、あれどうすんだ?\n俺、まだ預かってるけど?」 | ||
1036 | 春希 | Haruki | 「…いいよ、もう」 | ||
1037 | 俺でさえ、もう忘れかけていたことを口にしやがった。 | ||||
1038 | 武也 | Takeya | 「まだもう少しだけ時間残ってるじゃん。\nなんなら今からでも…」 | ||
1039 | 春希 | Haruki | 「もう一週間切ってるんだぞ?\nもし完成したとしても、いつ練習するんだよ?」 | ||
1040 | 武也 | Takeya | 「………そうか。\n悪かったな、約束守れなくて」 | ||
1041 | 春希 | Haruki | 「お前と口約束しかしてない時点で俺の負けだから」 | ||
1042 | 武也 | Takeya | 「…ありがとよ。\n最後に俺の罪悪感をこんなに軽くしてくれて!\n…今度こそ、じゃあな」 | ||
1043 | 春希 | Haruki | 「ああ…\n今度こそ、また月曜、な」 | ||
1044 | ……… | .........
| |||
1045 | 雪菜 | Setsuna | 「傷ついて~、傷つけられて♪」 | ||
1046 | 雪菜 | Setsuna | 「ええと、トラベルセット…」 | ||
1047 | 雪菜 | Setsuna | 「あ~、あったあっ…」 | ||
1048 | 雪菜 | Setsuna | 「あれ?」 | ||
1049 | 雪菜 | Setsuna | 「…青?」 | ||
1050 | 春希 | Haruki | 「うあ…」 | ||
1051 | そして午前1時。 | ||||
1052 | あれからかなりの上達を見せた俺は、\n…今は5秒の壁に果敢に挑んでいる。 | ||||
1053 | かずさ | Kazusa | 「貸して」 | ||
1054 | 春希 | Haruki | 「指がつった…」 | ||
1055 | かずさ | Kazusa | 「今日はもうこれくらいにしたら?\n小木曽が上がってきたら、次、風呂に入ってきなよ」 | ||
1056 | 春希 | Haruki | 「俺はいいよ。\n小木曽の後も、冬馬の前も、\nどっちもまずいだろ…」 | ||
1057 | かずさ | Kazusa | 「入る前に洗ってお湯張り直せばいいのに」 | ||
1058 | 春希 | Haruki | 「そういう問題じゃないだろ。\nあと、地球温暖化を考慮しろこのブルジョアめ」 | ||
1059 | 気を使ってくれてるつもりなのかもしれないけど、\nどうにも冬馬の俺に対するスタンスってのは、\n男に対するものとは思いにくい。 | ||||
1060 | ま、平気で泊めてくれた時点で\n察するべきなのかもしれないけど、\nちょっとだけ男のプライドが傷つくというか… | ||||
1061 | それとも、そんなつまらないもののために\n今のアドバンテージを捨てるのは\n馬鹿のすることだというか。 | ||||
1062 | かずさ | Kazusa | 「…指の動きはこんな感じ。\nもう一回やってみせようか?」 | ||
1063 | 春希 | Haruki | 「だから俺のプライドを30秒でズタズタにするなよ…」 | ||
1064 | 人がノミで一生懸命壁を削ってるときに、\n空飛んで超えていきやがって。 | ||||
1065 | かずさ | Kazusa | 「ギターだってもう2年はいじってるし、\nこれくらい弾けても別におかしくないって」 | ||
1066 | 春希 | Haruki | 「…何でもできるんだな、冬馬は」 | ||
1067 | 憧れと共に、ちょっとした妬ましさも湧き上がる。 | ||||
1068 | かずさ | Kazusa | 「北原は勉強できるじゃない。\nあたし、自慢じゃないけど卒業危ないよ?」 | ||
1069 | 春希 | Haruki | 「でも、カッコいいことは全部冬馬のが上だ」 | ||
1070 | かずさ | Kazusa | 「何がカッコいいかなんて人によるんじゃない?」 | ||
1071 | 春希 | Haruki | 「そうだよ。何がカッコいいかは俺によるんだよ。\nで、俺によると、ピアノとか、ギターとか、冬馬とか」 | ||
1072 | かずさ | Kazusa | 「………お前、今」 | ||
1073 | 春希 | Haruki | 「…ちょっと返してくれ」 | ||
1074 | かずさ | Kazusa | 「あ、ああ…」 | ||
1075 | 何だか変な具合に気まずくなってきたので、\nもう一度冬馬からギターを取り返す。 | ||||
1076 | 春希 | Haruki | 「…言ったこと、少しばかり後悔してるけど、\n残念ながら間違ったことは言ってない」 | ||
1077 | …けどそこで、余計なフォローを入れるのが、\n俺のカッコ悪さを象徴してる気がする。 | ||||
1078 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
1079 | 春希 | Haruki | 「っ…やっぱ無理だ」 | ||
1080 | 演奏で誤魔化そうにも、\n今の俺は5秒しかもたないんだった。 | ||||
1081 | 疲れと眠気のせいなのか、\nいつもより悔しくて、みっともなくて、そして… | ||||
1082 | かずさ | Kazusa | 「大丈夫だ。\nできるよ、北原なら」 | ||
1083 | 春希 | Haruki | 「と…冬馬?」 | ||
1084 | かずさ | Kazusa | 「あたしが弾けるようにしてやる。\n…お前の言う、カッコいい男にしてやるから」 | ||
1085 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
1086 | なんだか、心地良いくらい照れくさくて恥ずかしくて。 | ||||
1087 | かずさ | Kazusa | 「その代わり、\nもう、学園祭が終わるまで寝られるなんて考えるな」 | ||
1088 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ」 | ||
1089 | かずさ | Kazusa | 「来週からも毎日ここに来い。\n場合によっては授業サボれ。できるか?」 | ||
1090 | 春希 | Haruki | 「………ああ!」 | ||
1091 | ヤバいくらいに、全身にやる気がみなぎってきて。 | ||||
1092 | 今ならなんでもできるんじゃないかって、\nそんな錯覚が、錯覚だってわからなくなるくらい、\n自分の中に不思議な勇気が湧き出てくる。 | ||||
1093 | 雪菜 | Setsuna | 「傷ついて、傷つけられて…」 | ||
1094 | ……… | .........
| |||
1095 | 春希 | Haruki | 「…うあ」 | ||
1096 | 雪菜 | Setsuna | 「ふぅ…」 | ||
1097 | かずさ | Kazusa | 「じゃ、お昼にしようか」 | ||
1098 | 合宿二日目。 | ||||
1099 | 眠い目をこすりながら集まった小木曽と俺を前にして、\n冬馬はさらっと『じゃあ、合わせてみようか』と言った。 | ||||
1100 | 昨夜の段階でも余裕で壊滅中だった俺は、\nちょっとばかり目眩がしたけど、師の命令には逆らえず、\n1曲目よりもかなり早い段階で全体練習が始まった。 | ||||
1101 | そして結果はもちろん… | ||||
1102 | かずさ | Kazusa | 「うん、形になってきた」 | ||
1103 | 春希 | Haruki | 「どこがだよ!?」 | ||
1104 | なんか合格点ついてるし。 | ||||
1105 | 春希 | Haruki | 「ボロボロだったじゃん。特に俺。というか俺だけ。\nそりゃ、小木曽と冬馬だけ見れば完璧だったけど」 | ||
1106 | 雪菜 | Setsuna | 「え~、そうかな?\nみんなちゃんと合ってたと思うけどな」 | ||
1107 | 春希 | Haruki | 「本当凄いよ小木曽は…\nバックが乱れててもビクともしないんだもんな」 | ||
1108 | 天性のリズム感なのか、\n冬馬のピアノしか聞いてないのか。 | ||||
1109 | 雪菜 | Setsuna | 「違うよ、北原くん乱れてなんかなかったよ。\n本当に歌いやすかったんだって」 | ||
1110 | 春希 | Haruki | 「いいよ慰めは。\n自分の演奏は自分が一番良くわかってるから…」 | ||
1111 | かずさ | Kazusa | 「自分の演奏を一番理解してるって?\n…それはまた思い上がりもいいところだな」 | ||
1112 | 春希 | Haruki | 「ぐあ…」 | ||
1113 | 勝手には落ち込ませてもくれない我が師匠… | ||||
1114 | かずさ | Kazusa | 「確かにソロ部分は酷い。\n間違いだらけだしリズムバラバラだし、\n大体、途中で諦めて弾くのやめるし、最低」 | ||
1115 | 春希 | Haruki | 「ぐあぁ…」 | ||
1116 | …自分の手で地獄に突き落とさないと\n気が済まないんだろうか? | ||||
1117 | かずさ | Kazusa | 「けど、ボーカルが入るとこに関しては十分合格点。\nきっちり弾けてるし、小木曽の邪魔はしてない」 | ||
1118 | 春希 | Haruki | 「そうだったっけ?」 | ||
1119 | 雪菜 | Setsuna | 「そうだったっけじゃないよ。\nほとんど完璧だったってば」 | ||
1120 | 春希 | Haruki | 「…覚えがない」 | ||
1121 | ソロ部分のことばかり気になっていて、\nそれ以外の演奏なんか気にも留めてなかった。 | ||||
1122 | 練習だってほとんどしてなかった。\nだってそっちは心配する必要もないって判断… | ||||
1123 | 春希 | Haruki | 「あれ?」 | ||
1124 | 雪菜 | Setsuna | 「上手くなってるんだよ北原くん。\n簡単なパートならすぐ弾けるようになってるんだよ」 | ||
1125 | 春希 | Haruki | 「俺…」 | ||
1126 | そういえば、なんか指が勝手に動く。 | ||||
1127 | コードを頭の中でいちいち指の形に変換しなくても、\nいつの間にか習慣で押さえてる。 | ||||
1128 | かずさ | Kazusa | 「だから言っただろ?\n毎日10時間弾けって」 | ||
1129 | 春希 | Haruki | 「冬馬…」 | ||
1130 | また、冬馬の手のひらで踊らされてた。 | ||||
1131 | 今まで課されてたハードな個人練習の狙いは、\n『学園祭の曲を弾けるようになること』じゃなくて、\n『ギターが弾けるようになること』だったという訳か。 | ||||
1132 | かずさ | Kazusa | 「さて、買い出しに行ってくる。\nみんな、どの弁当がいい?」 | ||
1133 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、なら駅前のスーパー行こうよ。\n簡単なものしかできないけど、お昼はわたしが…」 | ||
1134 | かずさ | Kazusa | 「料理なんかしてる暇があったら練習しろ。\n小木曽の方こそ、今日はあまり声出てないぞ」 | ||
1135 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…」 | ||
1136 | やっぱり冬馬には敵わない。\n彼女の言うことに間違いはない。\n俺は、ただついていくだけでいい。 | ||||
1137 | ただ… | ||||
1138 | かずさ | Kazusa | 「冗談じゃない、そんな馬鹿な真似ができるか。\n今さら何言ってんだお前は?」 | ||
1139 | あまりにもそうやって格の違いを見せつけられると、\nこっちだって少しは意地悪…じゃなかった。 | ||||
1140 | 春希 | Haruki | 「別に今さらじゃない。\n昨夜思いついたことなんだよ」 | ||
1141 | 世間にも、その凄さをわかってもらおうという、\n純粋な悪戯心…じゃなかった。 | ||||
1142 | かずさ | Kazusa | 「思いっきり今さらじゃないか…」 | ||
1143 | ともかく、そんな色々と思惑の絡んだ『とある提案』を、\n予想通り、冬馬はあっさりと却下した。 | ||||
1144 | 春希 | Haruki | 「だって考えてもみろよ。\n小木曽はボーカルだし、俺もソロが入る。\nけど、冬馬にだけは何の見せ場もないだろ?」 | ||
1145 | 雪菜 | Setsuna | 「そういえば…そうかも」 | ||
1146 | かずさ | Kazusa | 「だからって、そんなふざけた真似ができるか。\nそんなのただの大道芸だ」 | ||
1147 | 春希 | Haruki | 「大道芸のどこが悪い?\n冬馬、お前まさか、俺たちのステージが\n芸術とか言うつもりじゃないだろうな?」 | ||
1148 | かずさ | Kazusa | 「いや、そこまで卑屈にならなくても…」 | ||
1149 | 春希 | Haruki | 「何度も言ってるだろ?\n俺は、冬馬の凄さを見過ごされるのが嫌なんだよ」 | ||
1150 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くん…」 | ||
1151 | 一年の時から将来を嘱望された音楽科のエリートで、\n今だって才能溢れるアーティストで、\nついでに、もの凄い………で。 | ||||
1152 | かずさ | Kazusa | 「あたしにとって、そんなことはどうでもいい。\n大体、今回の件だってお前がどうしてもって言うから\n仕方なく参加しただけで…」 | ||
1153 | それなのに、今では悲しいほど周囲から忘れ去られてる、\n普通科の、卒業も危うい劣等生。 | ||||
1154 | 春希 | Haruki | 「だったら今度も俺が『どうしても』って言うから、\n仕方なく目立ってくれ」 | ||
1155 | それは自分から望んだことだって胸を張ってるけど、\nそんなのは、別のことで意地を張ってしまったときの\n虚しい副産物にしか過ぎないってわかってしまった。 | ||||
1156 | かずさ | Kazusa | 「北原…お前なぁ」 | ||
1157 | そんな『本当の冬馬かずさ』を、\n俺と小木曽だけが知っているなんてのは納得できない。 | ||||
1158 | 春希 | Haruki | 「それとも何か?\n今からじゃ間に合わないか?\nいくら冬馬でも、こればっかりは無茶なのか?」 | ||
1159 | かずさ | Kazusa | 「だからあたしはそういう挑発には乗らないって…」 | ||
1160 | 春希 | Haruki | 「無理か…?」 | ||
1161 | 冬馬のことをよく知らない多くの同級生たち。\n悪い部分だけをよく知ってる音楽科の同級生たち。\n親の七光だけだと思っている一部の教師たち。 | ||||
1162 | 鼻をあかしてやりたい。\n悔しがらせてやりたい。\n自分たちの目が節穴だったと思い知らせてやりたい。 | ||||
1163 | かずさ | Kazusa | 「………余裕に決まってるだろ」 | ||
1164 | 春希 | Haruki | 「だよな!\n冬馬なら絶対そう言ってくれるって思ってた」 | ||
1165 | そう、皆に知ってもらいたい。\n冬馬が、実はこんな奴なんだって。 | ||||
1166 | かずさ | Kazusa | 「あ、いや、待て。\nだから、できるってこととやるってことは…」 | ||
1167 | 人の言うことを聞こうとしないのは、\n本当は、人の頼みを断り切れない、\nどうしようもないお人好しだからなんだって。 | ||||
1168 | 春希 | Haruki | 「じゃあ、午後からは新しい構成で行ってみようか。\n最初から合わせられるか冬馬?」 | ||
1169 | かずさ | Kazusa | 「多分大丈夫だけど…\k\n | ||
1170 | かずさ | Kazusa | あ、だから違う。今のは別にやるって言った訳じゃ…」 | ||
1171 | 春希 | Haruki | 「大丈夫大丈夫。\nうまく行かなかったら俺がフォローするからさ。\nまずは気楽に行ってみようぜ?」 | ||
1172 | かずさ | Kazusa | 「へぇ、いい度胸だな北原。\nお前が音楽のことであたしに偉そうな口叩くとは」 | ||
1173 | もちろん、全て俺のために。 | ||||
1174 | 冬馬がそれを望んでなかろうが関係なく、\n俺のエゴを満たすだけのために。 | ||||
1175 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1176 | ……… | .........
| |||
1177 | 雪菜 | Setsuna | 「はい、冬馬さん、カフェオレ」 | ||
1178 | かずさ | Kazusa | 「…ありがと」 | ||
1179 | 雪菜 | Setsuna | 「一応、砂糖は3杯入れておいたけど…」 | ||
1180 | かずさ | Kazusa | 「(ずず)…苦い」 | ||
1181 | 雪菜 | Setsuna | 「………はいシロップ。\n随分たくさん常備してあるんだね」 | ||
1182 | かずさ | Kazusa | 「え、ええと…北原は?」 | ||
1183 | 雪菜 | Setsuna | 「ちょっと外の空気吸ってくるって」 | ||
1184 | かずさ | Kazusa | 「そ…」 | ||
1185 | 雪菜 | Setsuna | 「(ずず)………」 | ||
1186 | かずさ | Kazusa | 「(ずず)………ふぅ」 | ||
1187 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、冬馬さん」 | ||
1188 | かずさ | Kazusa | 「ん?」 | ||
1189 | 雪菜 | Setsuna | 「さっき言ってたけど、\k\n | ||
1190 | 雪菜 | Setsuna | 今日のわたしって、調子悪いのかな?」 | ||
1191 | かずさ | Kazusa | 「うん、悪いな」 | ||
1192 | 雪菜 | Setsuna | 「…本当に、音楽に関しては思いっきり率直なんだね」 | ||
1193 | かずさ | Kazusa | 「いつも通り外しはしないけど、声が出てない。\n伸びも悪いし、いいとこが全部削がれてる」 | ||
1194 | 雪菜 | Setsuna | 「自分じゃそんなふうに感じないんだけど…」 | ||
1195 | かずさ | Kazusa | 「何かノってないように感じる。\k\n | ||
1196 | かずさ | Kazusa | よそ事考えてない?」 | ||
1197 | 雪菜 | Setsuna | 「え…」 | ||
1198 | かずさ | Kazusa | 「ま、合宿も二日目だし、疲れてるのかも。\nだからそんなに心配してないけど」 | ||
1199 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1200 | かずさ | Kazusa | 「大体、小木曽なんて全然手が掛からない方だし。\n…あっちに比べれば」 | ||
1201 | 雪菜 | Setsuna | 「あっち…か」 | ||
1202 | かずさ | Kazusa | 「少しは上手くなったとは言え、元が元だから。\nまだまだ本番まで気が抜けない」 | ||
1203 | 雪菜 | Setsuna | 「そっか…」 | ||
1204 | かずさ | Kazusa | 「その上、調子に乗って人にまで難題押しつけるし。\nホントになに考えてんだか…」 | ||
1205 | 雪菜 | Setsuna | 「だから、あっちにばかり手を掛けちゃうんだ。\n毎日、毎晩」 | ||
1206 | かずさ | Kazusa | 「余計なこと考えてる暇があったらまず自分のことを\k\n | ||
1207 | かずさ | Kazusa | …何だって?」 | ||
1208 | 雪菜 | Setsuna | 「合宿、昨日が初めてじゃないよね?」 | ||
1209 | かずさ | Kazusa | 「小木曽…?」 | ||
1210 | 雪菜 | Setsuna | 「一昨日も、もしかしたらその前の日も、\n開催されてたんじゃないかな? 違う?」 | ||
1211 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
1212 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんが急に上達したのって、\n優秀な先生が付きっきりで教えたからだよね?」 | ||
1213 | かずさ | Kazusa | 「…騙してないぞ別に」 | ||
1214 | 雪菜 | Setsuna | 「あからさまに騙してはいないけど、\nあからさまに話してもいないよね?\n…隠したよね?」 | ||
1215 | かずさ | Kazusa | 「それは…どうでもいいことだから」 | ||
1216 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、そうだね、どうでもいいことだよね。\nわたしみたいな部外者に話す内容じゃないよね」 | ||
1217 | かずさ | Kazusa | 「部外者なんて、そんなふうに言うなよ…\n北原が聞いたらなんて思うか」 | ||
1218 | 雪菜 | Setsuna | 「だったらさ…\n部外者じゃないわたしに練習のこと隠して、\nわたしが知ったらなんて思うかって考えた?」 | ||
1219 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
1220 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、本当はわかってる。\n冬馬さん、わたしに気を使ったんだよね?\nわたしがショック受けるって思ったんだよね?」 | ||
1221 | かずさ | Kazusa | 「…やっぱりショックだった?」 | ||
1222 | 雪菜 | Setsuna | 「やだなぁもう…!\nわたし、そんなに思い込み激しくないよぉ」 | ||
1223 | かずさ | Kazusa | 「え、え?」 | ||
1224 | 雪菜 | Setsuna | 「一言言ってくれれば全然気にしなかったのに、\nそうやって隠すからカチンって来ちゃうんだよ?」 | ||
1225 | かずさ | Kazusa | 「そ、そう?」 | ||
1226 | 雪菜 | Setsuna | 「冬馬さん、北原くんのこと練習不足って心配してたし、\nそれなのに昼間はわたしの面倒見なくちゃならないし、\nそうしたら、残る時間は夜しかないに決まってる」 | ||
1227 | かずさ | Kazusa | 「それは…そうなんだけど」 | ||
1228 | 雪菜 | Setsuna | 「だから半分はわたしのせい。\n冬馬さんが寝る時間も削って北原くんの練習に\nつきあうこと、本当は感謝しなくちゃならないのに」 | ||
1229 | かずさ | Kazusa | 「いや、そんなことは…\nあたしが勝手にやってることだし」 | ||
1230 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、ありがとう。そしてごめんなさい。\n…わたし、そうやって一生懸命みんなのこと考えてくれる\n冬馬さんに、なんだか酷いこと言っちゃった…」 | ||
1231 | かずさ | Kazusa | 「小木曽…あのさ」 | ||
1232 | 雪菜 | Setsuna | 「ごめんね、わたしから言い出した話だけど、\nこれでおしまいにさせて。\k\n | ||
1233 | 雪菜 | Setsuna | で、午後からも頑張ろう?」 | ||
1234 | かずさ | Kazusa | 「あたしは全然気にしてないけど…」 | ||
1235 | 雪菜 | Setsuna | 「良かった…本当にごめんなさい。\k\n | ||
1236 | 雪菜 | Setsuna | あと、わたしのことは雪菜でいいからね」 | ||
1237 | かずさ | Kazusa | 「あ、ああ…」 | ||
1238 | 雪菜 | Setsuna | 「はぁ…わたしって本当に馬鹿だなぁ。\nどうしてこんな余計なこと言っちゃったんだろ」 | ||
1239 | かずさ | Kazusa | 「いや、別にそんな…」 | ||
1240 | 雪菜 | Setsuna | 「冬馬さんにこんなこと言ってどうするのよ。\n…そういうのわかってたはずなのに」 | ||
1241 | かずさ | Kazusa | 「そういうのって?」 | ||
1242 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、聞いてた?\nごめんなさい、聞き流して」 | ||
1243 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
1244 | 雪菜 | Setsuna | 「はぁぁぁぁ…もう、わたしの馬鹿」 | ||
1245 | かずさ | Kazusa | 「そうやって地味にショック受けるって、\nわかってたから隠したのに…」 | ||
1246 | ……… | .........
| |||
1247 | 春希 | Haruki | 「寒くない?」 | ||
1248 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、別に」 | ||
1249 | 春希 | Haruki | 「そう?」 | ||
1250 | 午後6時30分。 | ||||
1251 | 11月中旬の夜は、\nジャケットだけでは防ぎきれない寒さを\n肌に突き刺してくる。 | ||||
1252 | 春希 | Haruki | 「疲れてる?」 | ||
1253 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、別に」 | ||
1254 | 春希 | Haruki | 「…そう?」 | ||
1255 | 午後からの練習は、思ったよりも軽めだった。 | ||||
1256 | 個人練習と全体練習をそれぞれ1回ずつ。\n間に休憩も多めに挟み、しかも夕方で解散。 | ||||
1257 | 冬馬が5時に解散を宣言してしまったので、\nあとは皆でファミレスで夕食会。 | ||||
1258 | …その時の俺以外のノリの悪さからして、\nどうやら皆の疲れを考慮しての切り上げだったようだ。 | ||||
1259 | 春希 | Haruki | 「荷物、持とうか?」 | ||
1260 | 雪菜 | Setsuna | 「いいよ別に」 | ||
1261 | 春希 | Haruki | 「……そう?」 | ||
1262 | そう、小木曽は午後からずっとこんな感じで\nなんだか妙にノリが悪かった。 | ||||
1263 | 確かに、練習は真面目にやってたし、\n聞かれたことには普通に答えてた。 | ||||
1264 | けど、何と言うか、\n俺ごときが言える立場じゃないけど、\nいつもより歌う声が小さかったというか… | ||||
1265 | 春希 | Haruki | 「…本当に疲れてない?\nそれか、体調が悪いとか?」 | ||
1266 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなことないよ、別に」 | ||
1267 | 春希 | Haruki | 「………そう」 | ||
1268 | 何より、語尾の全てに『別に』を付けてくる。\nこれだと、なんだか冬馬っぽい。 | ||||
1269 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1270 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1271 | だから、会話が続かない。 | ||||
1272 | いつもの小木曽なら、こっちが気を使う暇もないくらい、\n次から次へと話しかけてきてくれて、正直、女の子と\n話すことに慣れてない俺には有難いことこの上ない。 | ||||
1273 | けど今は、冬馬もかくやと思えるほどの、\n素っ気ない反応の応酬で、どうしていいのかわからない。 | ||||
1274 | …確かに昨日まで、\nいや、今日の午前中までは普通だったのに。 | ||||
1275 | 春希 | Haruki | 「なぁ、小木曽。\nちょっと聞きたいことが」 | ||
1276 | で、結局俺は、\nいつものように、自分が理解できるよう、\nきちんと話をすることにする。 | ||||
1277 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんってさ」 | ||
1278 | 春希 | Haruki | 「え?」 | ||
1279 | と、そんな俺の心を先読みしたのか、\n小木曽が急に振り返り、じいっと俺の顔を見つめてくる。 | ||||
1280 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんって、さぁ…」 | ||
1281 | 春希 | Haruki | 「な、なに…?」 | ||
1282 | 俺の目の前に立ち、じっと瞳を見つめ、\nなんだか誤解してしまいそうな表情で… | ||||
1283 | 雪菜 | Setsuna | 「…大してかっこよくないよね」 | ||
1284 | 春希 | Haruki | 「………はい?」 | ||
1285 | やっぱり誤解だと思い知らせてくれる発言をした。 | ||||
1286 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、よく見ると本当に大したことない。\n普通。そこそこ。十人並み。悪くないけど良くもない」 | ||
1287 | 春希 | Haruki | 「い、い、い、いや…\nそんなのは俺が一番よくわかってるけどさぁ…」 | ||
1288 | でも、相手によっては、たとえ事実であろうと、\nとてつもなく傷つく言葉であるということを\n理解して言ってるんだろうか? | ||||
1289 | 雪菜 | Setsuna | 「誰にでも面倒見がいいことも美点ではあるけれど、\nちょっと見方を変えると、\k\n | ||
1290 | 雪菜 | Setsuna | 八方美人とも取られかねないよね?」 | ||
1291 | 春希 | Haruki | 「う、え…?」 | ||
1292 | 雪菜 | Setsuna | 「いつでも真面目で一生懸命なのもポイント高いけど、\n人によっては堅すぎてついていけないってのもわかるよ」 | ||
1293 | 春希 | Haruki | 「ご、ごめん…」 | ||
1294 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、別にわたしの個人的感想だから、\k\n | ||
1295 | 雪菜 | Setsuna | 北原くんが謝る必要はないと思うよ?」 | ||
1296 | 春希 | Haruki | 「それは…どうも」 | ||
1297 | いや、これは…わかってやってる。 | ||||
1298 | 間違いなく、俺を傷つけようとしてやってる。\nそして、彼女の狙い通り、思い切り戦果を上げている。 | ||||
1299 | 雪菜 | Setsuna | 「あ~あ、な~んだかなぁ。\n急に色々とわかってきちゃった」 | ||
1300 | …そう、小木曽は今、俺にケンカ売ってる。 | ||||
1301 | ついさっきまで、\n一緒に合宿を頑張ってきた仲間のはずなのに、\n二人きりになった途端、敵意をむき出しにしてる。 | ||||
1302 | ついさっきまで、\nお菓子や飲み物を差し入れてくれたのに、\n今は、白手袋を差し入れてくれる。 | ||||
1303 | 雪菜 | Setsuna | 「そうだよね、そんなものだよね。\nだから…そこまで気にする必要、ないよね」 | ||
1304 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
1305 | そして、呆然と立ちすくむ俺を置いて、\n駅への道を小走りに駆け出す。 | ||||
1306 | 春希 | Haruki | 「お、おい、小木曽…」 | ||
1307 | だから俺は…\nやっぱり、どうしていいかわからない。 | ||||
1308 | わからないから、追い越すことも、止めることも、\nそして責めることもできず、ただ同じ速度で、\n小木曽の後を追いかけるだけ。 | ||||
1309 | 雪菜 | Setsuna | 「じゃあね北原くん。\nまた明日」 | ||
1310 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
1311 | けれど、小木曽は心得たもので、\nそんな俺の曖昧な反応を、きっちり拒絶する。 | ||||
1312 | 雪菜 | Setsuna | 「大丈夫。\n明日になったら、またいつも通りのわたしだから」 | ||
1313 | 俺の、訳がわからないが故の曖昧な反応を、\nきっちり“悪”だと糾弾する。 | ||||
1314 | 雪菜 | Setsuna | 「だから気にしないで…\n今日言ったこと、忘れてくれると嬉しいな」 | ||
1315 | だって…\n言葉とは裏腹な、\nさっきより妙に赤い目が、語ってるから。 | ||||
1316 | 雪菜 | Setsuna | 「学園祭、頑張ろうね。\n絶対、成功させようね?」 | ||
1317 | 春希 | Haruki | 「小木曽…」 | ||
1318 | 声も、語ってるから。\nその言葉の意味じゃなくて、その音で。 | ||||
1319 | 雪菜 | Setsuna | 「それじゃ、おやすみなさい…」 | ||
1320 | 春希 | Haruki | 「待てって」 | ||
1321 | 雪菜 | Setsuna | 「…なに?」 | ||
1322 | 春希 | Haruki | 「その…送ってく」 | ||
1323 | だったら俺は、介入するしかない。 | ||||
1324 | 雪菜 | Setsuna | 「いいよ。\n北原くん、電車、反対方向だし」 | ||
1325 | 春希 | Haruki | 「でも、もう結構暗いし。\n小木曽の家の近く、人通り少ないし」 | ||
1326 | いつも通りの、お節介で、鬱陶しい俺を、\n全力で再現するしかない。 | ||||
1327 | 雪菜 | Setsuna | 「このくらいの時間なら、いつも一人で帰ってるし。\n………練習で遅くなった時だって」 | ||
1328 | 春希 | Haruki | 「いや、やっぱり送るって。\nというか、送らせてくれ」 | ||
1329 | だって小木曽には、これで通用していたはずだから。 | ||||
1330 | 冬馬とは違って、その近い距離感を、\n心地良く感じてくれていたはずだから。 | ||||
1331 | 雪菜 | Setsuna | 「駄目。\nそんなことされたら、言えなくなっちゃうじゃない」 | ||
1332 | 春希 | Haruki | 「何を?」 | ||
1333 | 雪菜 | Setsuna | 「『北原くんは、女の子が暗い夜道を一人心細く帰るのに、\n送ってもくれない最低な男の子』だって…」 | ||
1334 | 春希 | Haruki | 「っ…?」 | ||
1335 | 雪菜 | Setsuna | 「さよなら…っ」 | ||
1336 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
1337 | 何もわからない…\nわからないからこそ、訳がわからない。 | ||||
1338 | いつもなら通用していた駆け引きが通用しない。 | ||||
1339 | いつもなら、\nポジティブな方向に外された小木曽の反応が、\nまったく逆方向にすれ違っていく。 | ||||
1340 | 少しはわかってきたと思ってた小木曽の心が、\n俺の貧弱な人生経験からすり抜けていく。 | ||||
1341 | ただ一つ言えることは、\n今日、俺が小木曽を傷つけてしまったってこと。 | ||||
1342 | そして、その心当たりも解決方法も、\n今の俺はまるっきり持ち合わせていないって、こと。 | ||||
1343 | ……… | .........
| |||
1344 | ……… | .........
| |||
1345 | 春希 | Haruki | 「…10回」 | ||
1346 | ……… | .........
| |||
1347 | 春希 | Haruki | 「…風呂かな?」 | ||
1348 | ……… | .........
| |||
1349 | 春希 | Haruki | 「もう遅いし、これ以上は迷惑か…」 | ||
1350 | ……… | .........
| |||
1351 | 春希 | Haruki | 「そろそろやめとこう。\n…あと10コール鳴らして出なかったら」 | ||
1352 | 雪菜 | Setsuna | 「しつこいなぁ!」 | ||
1353 | 春希 | Haruki | 「うわっ!?\nや、夜分遅くすいません!」 | ||
1354 | 予想通りの言葉と態度と、予想外のタイミングに、\n思わず声と口調が上ずってしまう。 | ||||
1355 | 春希 | Haruki | 「えっと、北原と申しますが、\n雪菜さんはご在宅で…」 | ||
1356 | 雪菜 | Setsuna | 「携帯なんだから北原くんだってわかってるよ。\n携帯にかけたんだからわたしだってわかるでしょ?」 | ||
1357 | 春希 | Haruki | 「…今、家にいる?\nそれだけはわからない」 | ||
1358 | 雪菜 | Setsuna | 「ほんっとに言い訳ばっかり…\n態度もかっこ悪いな」 | ||
1359 | 春希 | Haruki | 「わかってる。\n俺は、人に嫌われる性格してるってさ」 | ||
1360 | 雪菜 | Setsuna | 「…そんなこと、あるわけないけど」 | ||
1361 | 春希 | Haruki | 「ちょっとだけ時間取れないかな?\nさっきのこと、謝りたい」 | ||
1362 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんが謝ることなんて何もない。\nわたしが酷いこと言っただけだから」 | ||
1363 | 春希 | Haruki | 「いいや俺が悪い。\n頼むから謝らせて」 | ||
1364 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなの別にいいのに。\nわたし、さっき言ったよね?\n明日になれば、ちゃんといつも通りのわたしだよ?」 | ||
1365 | 春希 | Haruki | 「今日がまだ1時間残ってる」 | ||
1366 | 雪菜 | Setsuna | 「え…」 | ||
1367 | 春希 | Haruki | 「たとえ1時間でも、\nモヤモヤした気持ちでいるのは嫌だから」 | ||
1368 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1369 | 午後11時ちょっと過ぎ。 | ||||
1370 | 電話口の小木曽の声が、\nインターバルを取ってくれた。 | ||||
1371 | 春希 | Haruki | 「ごめん、小木曽」 | ||
1372 | これは、彼女が俺に与えてくれた\n最後のチャンスだと信じて、\n受話器を握る手に力を込める。 | ||||
1373 | 春希 | Haruki | 「先週の水曜と木曜、冬馬の家に泊まった」 | ||
1374 | 自分に都合のいいことも悪いことも包み隠さず、\n正直に、誠実に、愚直に、地道に。 | ||||
1375 | 春希 | Haruki | 「朝まで冬馬に練習つきあってもらってた。\n…冬馬の家から登校した」 | ||
1376 | …結局、俺がいつもやってること。 | ||||
1377 | 春希 | Haruki | 「そのこと黙ってた。\nわざと小木曽に秘密にしてた。\n…ごめんな」 | ||
1378 | 小木曽が相手だったからこそ舞い上がってしまい、\n結果、今までできていなかったこと。 | ||||
1379 | 雪菜 | Setsuna | 「どうして、そのことだって…」 | ||
1380 | 春希 | Haruki | 「さっき、小木曽のこと冬馬に相談した。\nそしたらバレてるって…」 | ||
1381 | だから、自戒の意味も込めて、\n言わなくてもいいかもしれないことまで全部話す。 | ||||
1382 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなこと冬馬さんに聞いたんだ?\n…かっこ悪い」 | ||
1383 | 春希 | Haruki | 「理由、心当たりはあったけど、\n確認もせずに決めつけて、もし違ってたら、\n小木曽にも冬馬にも悪いと思って」 | ||
1384 | 雪菜 | Setsuna | 「ほんと北原くんって、\n安心、安全、安定な男の人だね…」 | ||
1385 | 春希 | Haruki | 「なんかな…\n気がついたらそうなってた」 | ||
1386 | 今までよりも、\nさらに人に嫌われる態度かもしれないけど、\n要するに俺の本質がそうなんだから仕方ない。 | ||||
1387 | 雪菜 | Setsuna | 「それじゃ、冬馬さんから聞いたよね?\nかっこ悪いわたしのこと…」 | ||
1388 | 春希 | Haruki | 「いや、冬馬はなにも言ってなかったけど」 | ||
1389 | 雪菜 | Setsuna | 「嫌味言って、ふてくされて、練習に身が入らなくて、\n場の雰囲気、一人で悪くしちゃって」 | ||
1390 | 春希 | Haruki | 「だから言ってないって…」 | ||
1391 | 雪菜 | Setsuna | 「そっか…\n冬馬さん、わたしのこと庇ってくれたんだ。\nなんだかわたし、さらにかっこ悪いなぁ」 | ||
1392 | 春希 | Haruki | 「小木曽…」 | ||
1393 | 雪菜 | Setsuna | 「はぁぁぁぁ…もう、やだ。\nやっぱり話すんじゃなかった。\nわたしのイメージどんどん悪くなってく…」 | ||
1394 | 春希 | Haruki | 「でもさ…\n俺、小木曽のかっこ悪いところが好きなんだけどな」 | ||
1395 | 雪菜 | Setsuna | 「~~~っ!」 | ||
1396 | 春希 | Haruki | 「…なんか今、変な音が」 | ||
1397 | 雪菜 | Setsuna | 「か、か…かっこ悪いって…どこがよ!」 | ||
1398 | 春希 | Haruki | 「えっと、例えばさ…\n自分が作り上げた嘘のイメージにハマって、\nにっちもさっちもいかなくなるところとか」 | ||
1399 | 雪菜 | Setsuna | 「好きって…どこがよ…」 | ||
1400 | 春希 | Haruki | 「人には言えない恥ずかしい趣味を持ってるところとか、\n俺なんかの馬鹿につきあってくれる頭の悪さとか」 | ||
1401 | 雪菜 | Setsuna | 「変なとこばっかり…」 | ||
1402 | 春希 | Haruki | 「だからそう言ってるじゃんか。\nなんというか、シンパシーを感じるっていうか」 | ||
1403 | そうだ… | ||||
1404 | 最初から俺は、学園一の高嶺の花にして、\nミス峰城大付の大本命と呼ばれる彼女に対して、\n失礼な印象ばかりを抱いてた。 | ||||
1405 | 雪菜 | Setsuna | 「それはね…\n中学時代の、なんにも飾らなかった頃のわたしだよ」 | ||
1406 | 春希 | Haruki | 「そっか…」 | ||
1407 | 雪菜 | Setsuna | 「今と違って、すっごく相手に近づいて、ベタベタして、\n…とってもかっこ悪かったの」 | ||
1408 | 妙な親近感を持ってしまったり、\n理由も知らずに同情的になってしまったり、\n深く考えずに弱みに付け込んだり。 | ||||
1409 | 雪菜 | Setsuna | 「友達たくさんいて、みんなで遊びに行ったり、\n昨夜みたいに家に集まってお泊り会やったり…」 | ||
1410 | 春希 | Haruki | 「そっか…」 | ||
1411 | 雪菜 | Setsuna | 「すっごく楽しかった。今でも仲いいコいるよ。\nたまに電話で話すんだけど、すぐに昔に戻っちゃう。\n…付属の友達で、そんなふうに話せるコいないのに」 | ||
1412 | 今となっては、その理由もよくわかる。\nなぜなら肝心の本人が、本当にちっともお高くないから。 | ||||
1413 | 雪菜 | Setsuna | 「どうして今のわたしになっちゃったんだろうなぁ…」 | ||
1414 | それどころか、\n『よく知りもしない誰か』の憧れの対象となった自分を、\n心のどこかで後悔してたから。 | ||||
1415 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、本当はわかってる。自業自得だって。\nそれも、馬鹿みたいにくだらない見栄だって」 | ||
1416 | 春希 | Haruki | 「小木曽…」 | ||
1417 | 自分が綺麗になっていくことに\n心がついていけなかった。 | ||||
1418 | 雪菜 | Setsuna | 「でもね…\nつい最近までは、そんなに気にならなかったよ?\n今の自分だって、そんなに嫌いじゃなかったよ?」 | ||
1419 | そんな、贅沢だからこそ深刻で、\n深刻だからこそ滑稽な悩みを抱くようになったのは… | ||||
1420 | 雪菜 | Setsuna | 「…北原くんが悪いんだよ」 | ||
1421 | 春希 | Haruki | 「………俺ぇ!?」 | ||
1422 | いや、そのきっかけはどうかと思う。 | ||||
1423 | 雪菜 | Setsuna | 「あなたがわたしにどんどん近づいてくるから…\n新しい友達を連れてきてしまうから…\n楽しそうな目標を見つけてきてしまうから…」 | ||
1424 | 春希 | Haruki | 「お、おい、小木曽…」 | ||
1425 | 雪菜 | Setsuna | 「だからわたし、\n昔の、友達とベタベタしてた頃を思い出しちゃって、\nこうしてるのが一番楽しいなんて、気づいちゃって…」 | ||
1426 | 春希 | Haruki | 「だから、ちょっと落ち着けって」 | ||
1427 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなふうにしておいて…\n『仲間外れがこんなにも怖い』ってことまで\n思い出させるなんて酷いよ…」 | ||
1428 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
1429 | 雪菜 | Setsuna | 「みんなとの距離が近ければ近いほど、\nちょっとしたことで、徹底的に仲間外れになるんだよ…\n北原くん、そういうの知ってるかな?」 | ||
1430 | 春希 | Haruki | 「いや…えっと…」 | ||
1431 | 雪菜 | Setsuna | 「ああ、やだなもう…\nリアルに思い出してきちゃった。\nだから昔のこと話すの嫌だったのに」 | ||
1432 | 春希 | Haruki | 「楽しい…だけじゃなかったんだ」 | ||
1433 | 雪菜 | Setsuna | 「だったら人との付き合い方を変えたりしないよ。\nわたしだってそこまで馬鹿じゃない」 | ||
1434 | 春希 | Haruki | 「そっか…」 | ||
1435 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしね…\n中三の時、告られたことあるんだ」 | ||
1436 | 春希 | Haruki | 「そりゃあるだろ」 | ||
1437 | 雪菜 | Setsuna | 「え? 北原くんあるの!?」 | ||
1438 | 春希 | Haruki | 「いや、そういう一般的な話じゃなくて…」 | ||
1439 | 雪菜 | Setsuna | 「………あるの?」 | ||
1440 | 春希 | Haruki | 「ないに決まってるだろ。\nそんなわかりきったことわざわざ言わせないでくれ」 | ||
1441 | 雪菜 | Setsuna | 「そっか…\nそなんだ…」 | ||
1442 | 春希 | Haruki | 「とにかく今は俺の話じゃないから…」 | ||
1443 | ……… | .........
| |||
1444 | 小木曽の話は、そこからも何度か脱線を重ね、\nときどき要領を得ないエピソードを差し挟みつつ、\nそれでもなんとかシリアスに進行した。 | ||||
1445 | 中学三年の時の、仲良し五人組の思い出。 | ||||
1446 | バスケ部のエース君からの告白。 | ||||
1447 | けれど彼は、仲良し五人組のリーダー格のコが、\n一年の頃からずっと片想いしていた男の子で。 | ||||
1448 | そこから始まる、単純で陰湿な『仲良し三人組』の友情と、\nこの事態を憂いつつ、どうしたらいいかわからない一人と、\nそして、独りぼっちの小木曽雪菜。 | ||||
1449 | 小木曽がエース君を振ったことすら、\n『仲良し三人組』にとっては許されざる出来事で、\nもう二度と修復の機会は訪れはしなかった。 | ||||
1450 | 彼女の『たまに電話で話す今でも仲いいコ』は、\nその時、中立の立場を貫いた、たった一人だけ。 | ||||
1451 | 雪菜 | Setsuna | 「…人には知られたくない衝撃の過去ってやつ?」 | ||
1452 | 春希 | Haruki | 「小木曽の場合、それを自分で言っちゃうから…」 | ||
1453 | 雪菜 | Setsuna | 「あの時は本気でキツかったんだよ…\nこれも人との付き合い方を変えた理由の一つなんだから」 | ||
1454 | 春希 | Haruki | 「まぁ…そりゃ」 | ||
1455 | 目の前で自分以外の机を固めて楽しそうに弁当を食べたり、\n自分が教室に入ってくるとあからさまに黙りこくったり、\nプリントをわざと自分を飛ばして後ろに回したり。 | ||||
1456 | 小木曽から一つ一つのエピソードを聞くたびに、\n少しずつ胃に重いモノが溜まってくるようだった。\nしかもそれが先週自分の家に泊まってた親友とかもう… | ||||
1457 | 雪菜 | Setsuna | 「なのに、どうしてわたし、元に戻っちゃったんだろ?\n…北原くんのせいだよ?」 | ||
1458 | 春希 | Haruki | 「…やっぱり俺のせいなの?」 | ||
1459 | 光栄と言えばこの上なく光栄なんだけど、\nそれでいいのか小木曽と問い質したくもなる。 | ||||
1460 | 雪菜 | Setsuna | 「ああもう、何言ってんだろわたし。\nごめん、ごめんね。本当に、ごめんなさい」 | ||
1461 | 春希 | Haruki | 「いや、だから小木曽が謝ることなんて…」 | ||
1462 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんも、冬馬さんも大好きなのに…\n二人が仲良くすることだって、嬉しいはずなのに…」 | ||
1463 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
1464 | 雪菜 | Setsuna | 「でも、そこにわたしがいないことが、なんだか…\nなんだか、なんだか、ね」 | ||
1465 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1466 | 自分以外の二人だけで練習してたり、\n自分だけお泊まりに呼ばれなかったり、\nしかもそのことを自分にだけ秘密にされたり。 | ||||
1467 | こっちがどう思ってそうしたかに関係なく、\n小木曽が受けた感覚は、たった今俺が味わったものを\n数倍苦くしたものかもしれなくて。 | ||||
1468 | ………大好き? | ||||
1469 | ああ、冬馬が。 | ||||
1470 | 雪菜 | Setsuna | 「お祭りの後も、ずっと騒いでいたい。三人でいたい。\nお祭り前の日常に戻るのは、もう嫌。\nだけど、仲間外れは、もっと嫌、なの」 | ||
1471 | 春希 | Haruki | 「小木曽…」 | ||
1472 | 雪菜 | Setsuna | 「…今、何時?」 | ||
1473 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ………0時10分」 | ||
1474 | 雪菜 | Setsuna | 「そっか、もうそんなになるんだ。\nそれじゃあ…日付が変わったから、\nもういつも通りのわたしだね」 | ||
1475 | 春希 | Haruki | 「え?」 | ||
1476 | 雪菜 | Setsuna | 「昨日は本当にごめんね。\n北原くんのこと『格好良くない』なんて、\n心にもないこと言っちゃって」 | ||
1477 | 春希 | Haruki | 「…やっぱり小木曽って少し感覚おかしいぞ」 | ||
1478 | 雪菜 | Setsuna | 「それじゃ、おやすみ。\n…また明日」 | ||
1479 | 春希 | Haruki | 「え? あ…」 | ||
1480 | 雪菜 | Setsuna | 「…ばいばい」 | ||
1481 | 春希 | Haruki | 「ちょっと待ってくれ小木曽!」 | ||
1482 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1483 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1484 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1485 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1486 | 雪菜 | Setsuna | 「…何よ?\n用があるなら早く言ってよ」 | ||
1487 | 春希 | Haruki | 「あ、切ってなかったんだ?」 | ||
1488 | 雪菜 | Setsuna | 「っ!\n切る! もう絶対切る!」 | ||
1489 | 春希 | Haruki | 「あ~っ、違う違う!\n音がしなくなったからてっきり…聞いてくれ小木曽!」 | ||
1490 | 雪菜 | Setsuna | 「知らない!\nぶち切る!\nついでに着信拒否する!」 | ||
1491 | 春希 | Haruki | 「俺は絶対に小木曽から離れていったりしない!」 | ||
1492 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1493 | 春希 | Haruki | 「…って、言いたかった、んだけど…」 | ||
1494 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1495 | 春希 | Haruki | 「…切っちゃったか」 | ||
1496 | 雪菜 | Setsuna | 「っ!?\n切ってない!\n全然繋がったままだよ!」 | ||
1497 | 春希 | Haruki | 「え? あ、そうなんだ…」 | ||
1498 | 雪菜 | Setsuna | 「なに? 今のどういう意味?\nもうちょっと具体的に説明してよ!」 | ||
1499 | 春希 | Haruki | 「え? あ、えっと…あの…えぇ?」 | ||
1500 | 雪菜 | Setsuna | 「グダグダしないで!\nさっきの勢いはどうしたの!?」 | ||
1501 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「ちょっと雪菜、いつまで電話してるのよ?\n早くお風呂入っちゃいなさい!」 | ||
1502 | 雪菜 | Setsuna | 「うるさいな~!\n今ものすごく大事な話なんだからちょっと黙っててよ!」 | ||
1503 | 春希 | Haruki | 「お、小木曽…?」 | ||
1504 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、ご、ごめんね。\nお母さんがうるさくって」 | ||
1505 | 春希 | Haruki | 「いや、お母さんはさほど…」 | ||
1506 | 雪菜 | Setsuna | 「それで?」 | ||
1507 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
1508 | 雪菜 | Setsuna | 「さっきの、どういう意味?\n…説明してくれるまで、切っちゃ駄目だよ?」 | ||
1509 | 春希 | Haruki | 「あ、いや、だから、その…」 | ||
1510 | 雪菜 | Setsuna | 「だからぁ、そうやって…」 | ||
1511 | 春希 | Haruki | 「俺は誓って絶交なんかしない。\nされるまで、離れていくことはないから」 | ||
1512 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…」 | ||
1513 | 春希 | Haruki | 「俺がそういう人間だって小木曽も知ってるだろ?\n誰にでも介入して、呆れられて、\n余計なお世話ばかりで、ウザがられて…」 | ||
1514 | 雪菜 | Setsuna | 「そんな一般的な話が聞きたい訳じゃないんだけどなぁ」 | ||
1515 | 春希 | Haruki | 「小木曽に呆れられて、ウザがられて、絶交されるまで、\nずっと友達でいるって意味」 | ||
1516 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1517 | 春希 | Haruki | 「…まだ具体性に欠けるかな?」 | ||
1518 | 雪菜 | Setsuna | 「約束だよ?\n…約束だよ」 | ||
1519 | 春希 | Haruki | 「…約束するから」 | ||
1520 | 雪菜 | Setsuna | 「ん…うん…」 | ||
1521 | 春希 | Haruki | 「説明、これでいいかな?」 | ||
1522 | 雪菜 | Setsuna | 「ん…」 | ||
1523 | 春希 | Haruki | 「じゃ、おやすみ」 | ||
1524 | 雪菜 | Setsuna | 「うん………っ!?\nちょ、ちょっと待って!\nあと一つだけ!」 | ||
1525 | 春希 | Haruki | 「小木曽…?」 | ||
1526 | 雪菜 | Setsuna | 「そ、それで、その…」 | ||
1527 | 春希 | Haruki | 「うん」 | ||
1528 | 雪菜 | Setsuna | 「なんていうか、その…」 | ||
1529 | 春希 | Haruki | 「うん?」 | ||
1530 | 雪菜 | Setsuna | 「…なんにも、なかったんだよね?」 | ||
1531 | 春希 | Haruki | 「? なんにもって?」 | ||
1532 | 雪菜 | Setsuna | 「だ、だから、えっと…」 | ||
1533 | 春希 | Haruki | 「???」 | ||
1534 | 雪菜 | Setsuna | 「水曜日…はともかく、\n木曜日なんて、連泊だし、その…」 | ||
1535 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1536 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1537 | 春希 | Haruki | 「………あっ!?」 | ||
1538 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、あったの?」 | ||
1539 | 春希 | Haruki | 「ちょっ、ちょっと待て!\n小木曽、それは妄想たくましすぎるって!\n恥ずかしいなぁおい!」 | ||
1540 | 雪菜 | Setsuna | 「そ、そんなにあり得ないことかなぁ?\nだって、二晩も一緒に…」 | ||
1541 | 春希 | Haruki | 「そんなの無理だって。\n俺はともかく冬馬が…」 | ||
1542 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんはともかく?」 | ||
1543 | 春希 | Haruki | 「あ、いや…」 | ||
1544 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1545 | 春希 | Haruki | 「俺だって男ですから、妄想くらいは」 | ||
1546 | 雪菜 | Setsuna | 「冬馬さん、美人だもんね」 | ||
1547 | 春希 | Haruki | 「ああ、そりゃもう言うまでもな…」 | ||
1548 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1549 | 春希 | Haruki | 「事実だけ言う。\n何もあるわけがないし、実際ありませんでした」 | ||
1550 | 雪菜 | Setsuna | 「………ふふっ」 | ||
1551 | 春希 | Haruki | 「その見下したような笑いはやめてくれ…」 | ||
1552 | 雪菜 | Setsuna | 「…それこそ被害妄想だよ北原くん」 | ||
1553 | なんだか全身がごっそり疲れ果ててるのに、\nまるで眠れそうにないくらい目が覚めまくってしまった。 | ||||
1554 | 寝ておかないと、明日に響くのになぁ…\nいや、この調子だと、明日も眠くなれるかどうか。 | ||||
1555 | 春希 | Haruki | 「じゃあ、今度こそおやす…」 | ||
1556 | 雪菜 | Setsuna | 「待って!\nもう一つだけ!」 | ||
1557 | 春希 | Haruki | 「な…なに?」 | ||
1558 | ついさっき『あと一つだけ』と\n約束したんじゃなかったっけ? | ||||
1559 | 雪菜 | Setsuna | 「そ、それで、その…」 | ||
1560 | 春希 | Haruki | 「小木曽ぉ…」 | ||
1561 | つい今しがたとまったく同じ展開に、\nそろそろ泣き言の一つでもと思った瞬間… | ||||
1562 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしのことは、雪菜がいいからね」 | ||
1563 | 春希 | Haruki | 「いや、だからそれは………?」 | ||
1564 | その、結構聞き流し慣れてしまった言葉が、\n助詞を一つだけ変えて、パワーアップして襲いかかる。 | ||||
1565 | 『雪菜“が”いいからね』 | ||||
1566 | 雪菜 | Setsuna | 「中学のときはみんなそう呼んでた。\n男子だって女子だって。\n仲のいいクラスだったんだよ………夏休みまではね」 | ||
1567 | 春希 | Haruki | 「そ、そうか、それは良かっ…たのか悪かったのか」 | ||
1568 | 雪菜 | Setsuna | 「雪菜がいいな」 | ||
1569 | 春希 | Haruki | 「そ、そう…」 | ||
1570 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1571 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1572 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1573 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1574 | 雪菜 | Setsuna | 「切ってないよ?」 | ||
1575 | 春希 | Haruki | 「切っていいのに」 | ||
1576 | 雪菜 | Setsuna | 「雪菜でなきゃやだな」 | ||
1577 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1578 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1579 | 春希 | Haruki | 「………雪菜」 | ||
1580 | 春希 | Haruki | 「そこで切るかそこで!?」 | ||
1581 | ……… | .........
| |||
1582 | かずさ | Kazusa | 「あふ…」 | ||
1583 | かずさ | Kazusa | 「ええと…\n『孤独なふりをしてるの?\n なぜだろう 気になっていた』」 | ||
1584 | かずさ | Kazusa | 「…ぷっ」 | ||
1585 | かずさ | Kazusa | 「これをあいつが考えたって?\nなんて言うか、なぁ?\nあはっ、あはは…」 | ||
1586 | かずさ | Kazusa | 「けど…」 | ||
1587 | かずさ | Kazusa | 「間に合うかな?」 | ||
1588 | かずさ | Kazusa | 「………いや」 | ||
1589 | かずさ | Kazusa | 「間に合わせてみせる」 |