Clannad:SEEN6800/1
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<3743> * // 週に一度の古河家訪問。その行きがけ。 <3744> \{渚} * // \{渚}「あの、\m{B}くん、相談があります」 <3745> * // タッパーを抱えた渚がそう口を開いていた。 <3746> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あん?」 <3747> \{渚} * // \{渚}「お父さんのことです」 <3748> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「オッサンがどうした。また早苗さんにセクハラして困らせてるのか?」 <3749> \{渚} * // \{渚}「違います」 <3750> \{渚} * // \{渚}「ええと…その…」 <3751> \{渚} * // \{渚}「お父さんが昔に一緒に演劇をやっていた人たちが、小さな劇団を作って、旗揚げ公演をするらしいんです」 <3752> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「へぇ…そりゃなんつーか、よかったな」 <3753> \{渚} * // \{渚}「はい…」 <3754> * // 渚としては心中穏やかではないだろう。 <3755> * // 自分が夢を諦めさせていなければ、オッサンはその一員で居られたのにと思っているはずだ。 <3756> \{渚} * // \{渚}「その公演の招待状がお父さんにも来てるんです」 <3757> \{渚} * // \{渚}「お父さん、行きたいはずです」 <3758> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「だろうな。昔の仲間の公演なんだし」 <3759> \{渚} * // \{渚}「でも、仕事があるから行かないって言ってるんです」 <3760> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「仕事って、そんな半日ぐらい、何を今更」 <3761> \{渚} * // \{渚}「いえ、半日じゃないんです。だって、公演場所は九州ですから」 <3762> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ぐあ…遠いな…」 <3763> \{渚} * // \{渚}「高速バスで行っても、二日がかりになります」 <3764> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「でも、二日ぐらい店を空けてもいいんじゃねぇの?」 <3765> \{渚} * // \{渚}「お父さん、よくお店を抜け出して遊びにいきますけど、それでも毎朝のパンはちゃんと焼いていました」 <3766> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そうか…じゃ、二日休業するしかねぇな」 <3767> \{渚} * // \{渚}「お父さん、それを怠りたくないから、行かないって言ってるんだと思うんです」 <3768> \{渚} * // \{渚}「ずっと、休みなく続けてきたパン屋なので…」 <3769> * // それだけの理由じゃなく、意地もあるんじゃないだろうか。 <3770> * // 渚の前では、そんなものにはまったく興味がない振りをしているとか。 <3771> * // なんとなくそんな気がする。 <3772> \{渚} * // \{渚}「でも、わたしはどうしても、行ってきてほしいんです」 <3773> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ、わかるよ」 <3774> \{渚} * // \{渚}「ですので…\m{B}くん」 <3775> \{渚} * // \{渚}「代わりに、焼いてくれませんか」 <3776> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「………」 <3777> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おまえが?」 <3778> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くんですっ」 <3779> \{渚} * // \{渚}「今、ちゃんと\m{B}くんって言いました」 <3780> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「オッサンの代わりなんて無理だって」 <3781> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、ウチで働いていました」 <3782> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「パンは焼いたことねぇっての」 <3783> \{渚} * // \{渚}「お母さんも手伝ってくれます」 <3784> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(ふっ…) <3785> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(それは心強いのだろうか…) <3786> * // 思わず遠い目をしてしまう。 <3787> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「それに、俺だって仕事がある」 <3788> \{渚} * // \{渚}「次の土日です。土曜は、仕事ないから暇だって\m{B}くん言ってました」 <3789> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「まぁな…」 <3790> \{渚} * // \{渚}「わたしは学校なので、早朝と午後からしか手伝えないです」 <3791> \{渚} * // \{渚}「本当はわたしが焼けたらいいんですけど…力仕事なので、たくさんは無理なんです」 <3792> \{渚} * // \{渚}「ですので、\m{B}くんにお願いしたいんです」 <3793> \{渚} * // \{渚}「ダメでしょうか…」 <3794> * // ダメじゃなくて無理 <3795> * // 仕方がない… <3796> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ダメじゃなくて、無理だっての」 <3797> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「それにオッサンだって、俺なんかに任せてくれないよ」 <3798> \{渚} * // \{渚}「わたしからもお願いしますので」 <3799> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「お願いしても無駄に決まってるよ」 <3800> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あの人、あれで結構職人気質だからな」 <3801> * // それに今回の件だけは、意地を張り通すに違いなかった。 <3802> \{渚} * // \{渚}「そうかもしれないですけど…」 <3803> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「それに、劇団のほうも、今回っきりってわけじゃないだろ? 旗揚げってぐらいだから、これからなんだよ」 <3804> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「この先に、近くにも来るよ」 <3805> \{渚} * // \{渚}「そうですね。そうかもしれないです」 <3806> * // きっと渚が割って入ってくるほど、オッサンも相手と自然な関係を保ちづらくなるだろう。 <3807> * // ここは、渚を引かせるほうがいいと思った。 <3808> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「オッサンだって、返事ぐらいは書くだろうし、そこまで俺たちが心配しなくてもいいって」 <3809> \{渚} * // \{渚}「はい…」 <3810> * // 小さく頷き、それっきりその話題は持ち出してこなかった。 <3811> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「仕方がない…」 <3812> \{渚} * // \{渚}「お願いできますかっ」 <3813> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ…おまえの気持ちもわかるしな」 <3814> \{渚} * // \{渚}「ありがとうございます」 <3815> * // 大柄な男が、公園の鉄棒にもたれて、タバコをふかしていた。 <3816> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あれ、オッサンじゃん」 <3817> \{渚} * // \{渚}「はい、お父さんです」 <3818> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「また、さぼってやがる」 <3819> * // 俺たちは公園に寄り道をすることになる。 <3820> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「オッサンっ」 <3821> \{秋生} * // \{秋生}「おう」 <3822> \{秋生} * // \{秋生}「なんだ、てめぇらか」 <3823> \{渚} * // \{渚}「お父さん、ただいまです」 <3824> \{秋生} * // \{秋生}「ああ、おかえり」 <3825> \{渚} * // \{渚}「お父さん、これ、見てください」 <3826> \{渚} * // \{渚}「わたしが作ってきました。煮染めです。お父さん、食べてくれますか」 <3827> \{秋生} * // \{秋生}「ああ、一気食いしてやるさ」 <3828> \{渚} * // \{渚}「そんな食べ方したらダメです。味わって食べてほしいです」 <3829> \{秋生} * // \{秋生}「ああ、任せておけ」 <3830> \{渚} * // \{渚}「それとですね、とてもいいお話があります」 <3831> \{秋生} * // \{秋生}「ほぅ、なんだ。おまえが家に戻ってくるのか。そりゃ朗報だ」 <3832> \{渚} * // \{渚}「戻らないですっ、\m{B}くんと一緒に居たいですっ」 <3833> \{秋生} * // \{秋生}「ちっ、わかってるよ、わざわざ口に出して一緒に居たいなんて言うな。こいつがにやにやしてるだろっ」 <3834> * // 渚が俺の顔を見る。 <3835> \{渚} * // \{渚}「別に、にやにやしてないです」 <3836> \{秋生} * // \{秋生}「今、サッと真顔に戻りやがった。こいつ、むっつりスケベだ」 <3837> \{渚} * // \{渚}「むっつりってなんですか。わからないです」 <3838> \{秋生} * // \{秋生}「むちゃくちゃスケベなのに、普段は押し隠してる奴のことだよ」 <3839> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、そんなんじゃないです」 <3840> \{渚} * // \{渚}「我慢させてしまったりして…わたしのほうが申し訳なく思っています」 <3841> * // …そんなこと、親の前で言うな。 <3842> * // いつものように本題に入るには、時間がかかりそうだった。 <3843> * // 古河パンの店先に視線を移すと、ちょうど早苗さんが出てきて、俺たちを見つけたところだった。 <3844> * // 俺に笑いかけてから、近づいてくる。 <3845> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ちっす」 <3846> \{早苗} * // \{早苗}「こんにちは、\m{B}さん」 <3847> \{渚} * // \{渚}「あ、お母さんです。ただいまです」 <3848> \{早苗} * // \{早苗}「おかえりなさい」 <3849> \{早苗} * // \{早苗}「秋生さんっ」 <3850> * // 渚に笑顔で挨拶してから、オッサンを可愛く睨みつけた。 <3851> \{秋生} * // \{秋生}「よぅ、早苗」 <3852> \{早苗} * // \{早苗}「秋生さん、ダメですよ」 <3853> \{早苗} * // \{早苗}「いつだって秋生さんは、すぐ居なくなってしまうんですから」 <3854> * // やっぱりさぼっていたのだ。 <3855> \{秋生} * // \{秋生}「あ、ああ…」 <3856> \{秋生} * // \{秋生}「客も来なくて退屈だったんだ、わりぃな」 <3857> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(言い訳になってねぇよ…) <3858> \{早苗} * // \{早苗}「退屈だったんですか…なら、仕方がないですね」 <3859> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(なってる!?) <3860> \{秋生} * // \{秋生}「ああ、今度からは退屈しねぇように遊ぶもの持って、店番してるよ」 <3861> \{早苗} * // \{早苗}「お願いしますね」 <3862> * // ああ、俺はこんな子供みたいな人の代わりに、休み返上でパンを焼かなければいけないのか…。 <3863> \{渚} * // \{渚}「というわけで、\m{B}くんがお父さんの代わりに土曜と日曜は、パンを焼いてくれます」 <3864> \{秋生} * // \{秋生}「お、ラッキー。じゃ、俺は昼までゆっくり寝てるな」 <3865> \{渚} * // \{渚}「違いますっ、演劇、見に行ってきてくださいっ」 <3866> \{秋生} * // \{秋生}「演劇ぃ?」 <3867> \{渚} * // \{渚}「そうです。お友達が、旗揚げ公演するから来てくださいっ、て招待状届いてました」 <3868> \{秋生} * // \{秋生}「ちっ…んなこと、誰から聞いたんだよっ」 <3869> \{早苗} * // \{早苗}「わたしですっ」 <3870> * // 早苗さんは実に正直者だった。 <3871> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「行ってきてくれよ。パンはぜんぶ俺が焼くからさ」 <3872> \{秋生} * // \{秋生}「てめぇなっ…簡単に素人に任せられるような仕事じゃねぇんだよっ!!」 <3873> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あんたさっき、お、ラッキー、とか言ってたじゃないか」 <3874> \{秋生} * // \{秋生}「…うっせぇ、さっきのは冗談だっ」 <3875> * // やっぱりだ…。 <3876> * // 渚の前では、演劇のことにできるだけ触れないようにしている。 <3877> \{渚} * // \{渚}「お父さん、お願いです、行ってきてくださいっ」 <3878> \{早苗} * // \{早苗}「秋生さん、意地を張らないで行ってきてください」 <3879> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そうだよ、行ってこいよ」 <3880> \{秋生} * // \{秋生}「てめぇは、黙れ」 <3881> * // …なんで、俺だけ。 <3882> \{渚} * // \{渚}「お父さん、自然に振る舞ってほしいです」 <3883> \{渚} * // \{渚}「このことだけは、気を使ってます」 <3884> \{渚} * // \{渚}「…わたしに対して」 <3885> \{秋生} * // \{秋生}「………」 <3886> \{早苗} * // \{早苗}「あの、わたし、お茶入れてきますね」 <3887> * // 早苗さんが席を立つ。 <3888> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あ、俺、トイレ借りるっすね」 <3889> * // 俺もタイミングを合わせて、その場を立ち去ることにする。 <3890> * // が…結局、渚の説得も実らず、オッサンは首を縦に振ることはなかった。 <3891> * // 帰り道、渚はずっと怒っていた。 <3892> \{渚} * // \{渚}「まだ\m{B}くんには任せられないって、\m{B}くんにすごく失礼なこと言われましたっ」 <3893> \{渚} * // \{渚}「お父さん、意固地ですっ」 <3894> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いやまぁ、俺のことをかばってくれるのはありがたいけどさ…そう興奮するなよ…」 <3895> \{渚} * // \{渚}「もう少しで説得できそうだったんですっ、惜しかったんですっ」 <3896> \{渚} * // \{渚}「なんだかすごく悔しいですっ」 <3897> \{渚} * // \{渚}「ぷん、ぷんっ」 <3898> * // 渚がこんなに怒るなんて、珍しいこともあるもんだ。 <3899> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「怒ってるおまえって面白いな」 <3900> \{渚} * // \{渚}「え? なにがおもしろいですか」 <3901> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「顔」 <3902> \{渚} * // \{渚}「え? そんなにヘンでしたか…」 <3903> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あと、今時、ぷんぷんって口に出して怒る奴がいるんだなぁーと」 <3904> \{渚} * // \{渚}「恥ずかしいですっ」 <3905> * // いや、またその顔になってるし…。 <3906> * // 渚の知らない一面が見られたようで、得した気がした一日だった。 <3907> * // 同棲編 <3908> * // そして、6月が終わり… <3909> * // そうして慌ただしい時間が過ぎた。 <3910> * // 同棲編 <3911> * // そして、6月も終わり… <3912> * // 仕事も順調に進んでいた6月。 <3913> * // 同棲編 <3914> * // そして、6月も終わり… <3915> * // 5月が過ぎ、6月が終わり… <3916> * // 梅雨も明ける頃。 <3917> \{渚} * // \{渚}「あの、\m{B}くん」 <3918> * // 夕食の席で。 <3919> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あん?」 <3920> \{渚} * // \{渚}「お話がありますっ」 <3921> * // いつになく力が入っていた。 <3922> * // 言いにくいことに違いなかった。 <3923> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「どうした、水着が欲しいのか?」 <3924> \{渚} * // \{渚}「いえ、違いますっ」 <3925> \{渚} * // \{渚}「あ、いえ…\p欲しくないわけではないです…」 <3926> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「よし、明日は休みだし、買いにいくかっ」 <3927> \{渚} * // \{渚}「ああ、そんな…本当に水着なんて買ってしまっていいんでしょうか…」 <3928> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺も見てみたいしな。どうせスクール水着しか持ってなかったんだろ?」 <3929> \{渚} * // \{渚}「はい…でも、スクール水着でも、ぜんぜん構わないです」 <3930> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺が構うっての」 <3931> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「やっぱ彼女には可愛くいてもらいたいしな」 <3932> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「男たちの視線を釘付けにする渚。ああ…なんて優越感」 <3933> \{渚} * // \{渚}「そんな、わたしの水着姿なんて、誰も見ないと思いますっ」 <3934> \{渚} * // \{渚}「そんなにスタイル…よくないですので…」 <3935> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「可愛いけりゃなんでもOK」 <3936> \{渚} * // \{渚}「可愛くも…」 <3937> * // ない、と否定しかけたところで、俺は渚を睨みつける。 <3938> * // 卑下するな、という言いつけをそうして思い出させてやった。 <3939> \{渚} * // \{渚}「ああ…そうですよね…わたし、可愛いですから、きっとなんでもOKですっ」 <3940> \{渚} * // \{渚}「って、こんなこと言ってたら、わたしヘンな子ですっ」 <3941> * // 最高に愉快だ。 <3942> \{渚} * // \{渚}「もう、\m{B}くん、わたしで遊んでる気がしますっ」 <3943> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「まぁ、そうふくれるなって。明日はショッピングでハッスルしようぜ」 <3944> \{渚} * // \{渚}「はいっ」 <3945> \{渚} * // \{渚}「って、違いますっ」 <3946> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「え? 買い物、行きたくねぇの?」 <3947> \{渚} * // \{渚}「ああ、それはとてもうれしいのですが、明日はダメです」 <3948> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「どうして?」 <3949> \{渚} * // \{渚}「あの、\m{B}くん」 <3950> \{渚} * // \{渚}「お話がありますっ」 <3951> * // 振り出しに戻っていた。 <3952> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「どうしたんだよ、改まって」 <3953> \{渚} * // \{渚}「はい…あのですね…」 <3954> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「嫌だ」 <3955> \{渚} * // \{渚}「え? 話、まだしてないです」 <3956> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おまえのことだ。きっと、俺の気が進まないようなことを提案しようとしてる」 <3957> \{渚} * // \{渚}「それは、そうかもしれないです…」 <3958> \{渚} * // \{渚}「でも、もうふたりで暮らし始めて、2ヶ月です」 <3959> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ」 <3960> \{渚} * // \{渚}「週に一度、わたしの家には来てもらっていますが…」 <3961> \{渚} * // \{渚}「でも…」 <3962> \{渚} * // \{渚}「まだ、\m{B}くんの家には行っていないです…」 <3963> * // やっぱり…。 <3964> * // なんてことだ。 <3965> * // 天国から、地獄の底へ叩き落とされた気分だった。 <3966> * // あんなにも楽しい気分でいたのに…。 <3967> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、卒業してから…お父さんに何度会いましたか」 <3968> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「知るか」 <3969> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くんっ」 <3970> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、わたしにはちゃんと正直に話さないとダメです」 <3971> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「………」 <3972> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「一度、荷物を取りに行って…それっきりだよ…」 <3973> \{渚} * // \{渚}「そうですか…」 <3974> \{渚} * // \{渚}「では、明日、会いに行きましょう」 <3975> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「嫌だ」 <3976> \{渚} * // \{渚}「どうしてですか」 <3977> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺は…」 <3978> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「一生懸命、働いてるんだ…」 <3979> \{渚} * // \{渚}「はい、わかってます」 <3980> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「休みの日ぐらい…おまえとふたりで過ごしたい」 <3981> \{渚} * // \{渚}「次の休みは、\m{B}くんとふたりで過ごします。約束します」 <3982> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「嫌だ。明日もだ」 <3983> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん…」 <3984> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おまえは…わかってくれてたんじゃないのか」 <3985> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あの人と俺の距離をさ…」 <3986> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「絶対に埋まらない距離をさ」 <3987> \{渚} * // \{渚}「はい…」 <3988> \{渚} * // \{渚}「でも、\m{B}くんも、社会人になって、たくさん辛いことありました」 <3989> \{渚} * // \{渚}「ぜんぶ乗り越えて、がんばってきました」 <3990> \{渚} * // \{渚}「今なら、もっと前向きに、会いにいけるんじゃないかって、そう思います」 <3991> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「………」 <3992> * // そうだろうか…。 <3993> * // 俺は…強くなったのだろうか。 <3994> * // あの日、あの場所から逃げ出してきた俺が。 <3995> * // ただ、それをもう見ないようにと、目を背けてきただけじゃないのか…。 <3996> * // それ以外のことだったら、なんだって頑張る。 <3997> * // おまえのために、渚。 <3998> * // だから…。 <3999> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん」 <4000> \{渚} * // \{渚}「わたしが居ます。ずっとそばに居ます」 <4001> \{渚} * // \{渚}「ふたりだったら、なんだってがんばれるはずです」 <4002> \{渚} * // \{渚}「違いますか」 <4003> * // 違う <4004> * // ………。 <4005> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「違う」 <4006> \{渚} * // \{渚}「え…違いますか」 <4007> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺は、おまえを笑わせたり、幸せにしたりすることは、なんだって頑張る」 <4008> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「けど、親父とのことを頑張っても、無意味だ…」 <4009> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺が嫌な気分になるだけだ…」 <4010> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「違うか? そうだろ?」 <4011> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「もう、俺は自立して…親も必要としない」 <4012> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「頑張っていくのは、ふたりのことだけで十分だし、精一杯だ」 <4013> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、頑固です」 <4014> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おまえもだろ…」 <4015> * // お互いが引かず、意見を主張し合うなんて、初めてのことかもしれなかった。 <4016> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おまえは、家族で仲がいいから、簡単なことに思えるんだよ」 <4017> \{渚} * // \{渚}「そうでしょうか…」 <4018> \{渚} * // \{渚}「ただ、わたしは、今の\m{B}くんなら、もっと前向きになれると思っただけです」 <4019> \{渚} * // \{渚}「見当違いでしたでしょうか」 <4020> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おまえ…結構言うんだな」 <4021> * // 見当違いとか、期待はずれとか、そういう言葉は男の自尊心をひどく傷つける。 <4022> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「見当違いだよ」 <4023> * // それでも、俺は引かなかった。 <4024> \{渚} * // \{渚}「………」 <4025> * // しばらくお互い、無言になる。 <4026> * // 夕飯を食べ終えて、片づけをしている間も、言葉はなかった。 <4027> * // 宿題をしているのだろうか、渚は机に向かっていた。 <4028> * // 俺はテレビの音を小さくして、その背中を見つめていた。 <4029> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(怒ってるのかな…) <4030> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(だとしたら、珍しいこともあるもんだ…) <4031> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「先にシャワー浴びてくるな」 <4032> * // それだけを言って、俺は立ち上がった。 <4033> * // シャワーを浴び終え、部屋に戻ってきても、渚は机に向かっていた。 <4034> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「お先」 <4035> \{渚} * // \{渚}「はい」 <4036> * // 返事だけはしたが、ずっとノートに向かったままだった。 <4037> \{渚} * // \{渚}「………」 <4038> * // 10時を回っても、渚はその場から動く気配がない。 <4039> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おい、渚、もう10時回ってるんだぞ。先にシャワー浴びておけよ」 <4040> \{渚} * // \{渚}「………」 <4041> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「それとも、なんだ? 今日は浴びないのか?」 <4042> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「汗かいただろ?」 <4043> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「抱きつかれた時に、汗くさくてもいいのか?」 <4044> \{渚} * // \{渚}「………」 <4045> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いいのかよ…」 <4046> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(意地張って、俺が眠るまで、そうしてる気かよ…) <4047> \{渚} * // \{渚}「………」 <4048> * // どうすればいいんだろう。 <4049> * // 謝ればいいのだろうか。 <4050> * // でも、俺は自分が正しいと思う主張を押し通しただけだ。 <4051> * // それを謝るなんておかしい。 <4052> * // でも、こっちを向いてほしい。 <4053> * // いつものように、話がしたい。 <4054> * // ………。 <4055> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「なぁ、渚…」 <4056> * // もうどうしていいのかわからなくなって、弱々しく名前を呼んだと同時… <4057> \{渚} * // \{渚}「できましたっ」 <4058> * // 渚がノートを高々と掲げていた。 <4059> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「え…?」 <4060> \{渚} * // \{渚}「宿題全部、片づきました」 <4061> * // 膝を擦らせてこちらを向くと、そう俺に言った。 <4062> \{渚} * // \{渚}「これで明日は一日中、\m{B}くんとお出かけできます」 <4063> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「お出かけって…」 <4064> \{渚} * // \{渚}「ショッピングです」 <4065> \{渚} * // \{渚}「行くんじゃなかったんですか」 <4066> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あ、ああ…そんなこと言ってたな、俺…」 <4067> * // 思わず涙が出るほどに安堵する。 <4068> * // 無視されてたんじゃなく、ただ、集中していただけなんだ。 <4069> \{渚} * // \{渚}「買ってもらえなくてもいいですので、水着売り場とかゆっくり見たいです」 <4070> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いや、買う。絶対買ってやる。何着でも買ってやる」 <4071> \{渚} * // \{渚}「そんな、何着もいらないですし、無理して買うことないです」 <4072> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「じゃあ、気に入ったのをひとつ」 <4073> \{渚} * // \{渚}「はい…気に入ったのがあれば、おねだりしてしまうかもしれません」 <4074> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「よし、それ買う、絶対に買う」 <4075> \{渚} * // \{渚}「はい、その時はお願いします」 <4076> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「………」 <4077> * // そう言われると…違うとは言えなかった。 <4078> * // なんだって、ふたりで頑張りたかった。 <4079> * // ずっと、頑張ってきたんだから…。 <4080> * // でも…本当に… <4081> * // 強くなっていけるのだろうか…ふたりなら。 <4082> * // こんなにも…\pどうしようもないことでも…。 <4083> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「じゃあさ…」 <4084> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ずっと、手を繋いでいてくれるか」 <4085> \{渚} * // \{渚}「はい」 <4086> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「離したら…俺はもう、逃げるからな」 <4087> \{渚} * // \{渚}「はい、帰ってくるまで、絶対に離さないです」 <4088> * // 翌朝。 <4089> * // ふたりは、\m{A}、という表札の前に立っていた。 <4090> * // 卒業してから、ずっと訪れていなかった場所。 <4091> * // そして…渚に至っては、本当に初めてだった。 <4092> \{渚} * // \{渚}「緊張します…」 <4093> * // 渚からしてみると、同棲している彼氏の親に初めて会う、それ以外の何でもない状況だ。 <4094> * // ああ…あの人が、普通の親だったらよかったのに。 <4095> * // そうすれば渚も、俺がオッサンや早苗さんと仲がいいように…新しい家族が増えたような、楽しい気分になれただろう。 <4096> * // そうなれない親で、申し訳なかった。 <4097> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おまえ、汗かいてる」 <4098> \{渚} * // \{渚}「あ、はい…」 <4099> * // 繋いだ手をあげる。 <4100> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「乾かそうか」 <4101> \{渚} * // \{渚}「いえ、いいです」 <4102> \{渚} * // \{渚}「その…\m{B}くんさえ、気持ち悪くなければ…」 <4103> \{渚} * // \{渚}「ああ、いえ…気持ち悪くても離さないですっ」 <4104> * // ぎゅっ、と握った手に力を入れた。 <4105> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「………」 <4106> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あのさ…\p悪いな」 <4107> \{渚} * // \{渚}「え?」 <4108> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「彼氏の親に会うってだけでも、プレッシャーなのにさ…」 <4109> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺も、問題抱えてて…」 <4110> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「それも、見てないといけなくてさ…」 <4111> \{渚} * // \{渚}「いえ、ぜんぜん平気です」 <4112> \{渚} * // \{渚}「ああ、いえ…\m{B}くんのお父さんに会うのは緊張します」 <4113> \{渚} * // \{渚}「こんな子で、気に入ってもらえるかなって…」 <4114> \{渚} * // \{渚}「ですが、\m{B}くんの問題は、わたしも一緒になって努力できることが、とてもうれしいです」 <4115> \{渚} * // \{渚}「ああ、いえ…うれしいと言っては失礼でした」 <4116> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いや、いいよ」 <4117> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「その気分、わかるし」 <4118> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おまえと出会ってからは、ずっと俺、そんな気持ちでいたからな」 <4119> \{渚} * // \{渚}「そうですか…なら、よかったです」 <4120> \{渚} * // \{渚}「では、行きましょう、\m{B}くん」 <4121> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ」 <4122> * // 親父は、居間で何も体にかけずに寝入っていた。 <4123> \{渚} * // \{渚}「いつも、こんなところで寝てらっしゃるんでしょうか」 <4124> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ」 <4125> \{渚} * // \{渚}「風邪、引いてしまいます」 <4126> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「慣れてるんだよ、この人は」 <4127> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おい、親父」 <4128> * // 俺はその肩を揺すった。 <4129> \{親父} * // \{親父}「ん…」 <4130> * // 喉が鳴った。続いて目が開いた。 <4131> \{親父} * // \{親父}「あぁ…」 <4132> \{親父} * // \{親父}「\m{B}くんじゃないか…」 <4133> * // 体を起こし、膝を立てて座った。 <4134> \{渚} * // \{渚}「あの、はじめましてっ」 <4135> * // その親父に向かって、渚が深々と頭を下げていた。 <4136> \{親父} * // \{親父}「え…」 <4137> * // 俺以外の誰かがこの家にいる。それは、かつてない状況だった。 <4138> * // でも親父は一瞬驚いた後、すぐ落ち着きを取り戻してみせた。 <4139> \{親父} * // \{親父}「\m{B}くんの…お友達かい」 <4140> \{渚} * // \{渚}「はい…わたし、古河渚と言います」 <4141> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くんとは、高校で、同じ学年で…親しくしてもらってました」 <4142> \{親父} * // \{親父}「ああ…\p今は?」 <4143> \{渚} * // \{渚}「今は…ええと…その…」 <4144> * // 俺は繋いでいた手を親父の目の前に突きつけた。 <4145> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「付き合ってる」 <4146> \{親父} * // \{親父}「ほぅ…\p\m{B}くんも、ついに…」 <4147> \{親父} * // \{親父}「それは、よかったよかった」 <4148> * // なんて、嫌みな笑みなのだろう…。 <4149> \{渚} * // \{渚}「今は、ふたりで暮らしてます」 <4150> \{親父} * // \{親父}「どこにだい?」 <4151> \{渚} * // \{渚}「近くのアパートです。今度、案内します」 <4152> * // やめてくれ。 <4153> \{親父} * // \{親父}「アパート…狭いんじゃないのかい?」 <4154> \{渚} * // \{渚}「狭いかもしれないですが、広くなんてなくていいです」 <4155> \{渚} * // \{渚}「今の広さで十分です」 <4156> \{親父} * // \{親父}「最初のうちは、家賃もきついだろ」 <4157> * // …あんたに何がわかるって言うんだ。 <4158> \{親父} * // \{親父}「この家は借家だけどね…遠慮なく使ったらいい。部屋なら余っている」 <4159> \{渚} * // \{渚}「いえ…贅沢すぎます」 <4160> \{渚} * // \{渚}「わたしたち、自分たちの力だけでがんばろうって、家を出たんです」 <4161> \{渚} * // \{渚}「ですから…ありがたいお話ですけど、甘えられないです」 <4162> \{親父} * // \{親父}「そうかい…」 <4163> \{親父} * // \{親父}「いつでもいい。辛くなったら、言っておいで」 <4164> \{渚} * // \{渚}「ありがとうございます」 <4165> * // 渚が俺の顔を見た。 <4166> * // …とてもいい人です。 <4167> * // その目がそう言っていた。 <4168> * // だから、次言おうとしたことが予想できた。 <4169> \{渚} * // \{渚}「あの…お父さん」 <4170> * // 渚が親父をそう呼んだ。 <4171> \{親父} * // \{親父}「うん?」 <4172> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くんを…ずっと連れ出したままで、ごめんなさいです」 <4173> \{親父} * // \{親父}「いや…」 <4174> \{渚} * // \{渚}「辛いのは、お父さんのほうかもしれないです」 <4175> \{渚} * // \{渚}「ですから…」 <4176> * // 言うな… <4177> * // …いつでも\m{B}くんを連れてきます。 <4178> * // それは言わないでくれ。 <4179> * // 俺はぎゅっ、と渚の手を強く握りしめていた。 <4180> \{渚} * // \{渚}「………」 <4181> * // 渚は口を開いたまま…\p止まっていた。 <4182> \{渚} * // \{渚}「ああ…その…」 <4183> \{渚} * // \{渚}「本当…ごめんなさいです」 <4184> * // …思いは通じた。 <4185> \{親父} * // \{親父}「いや…そんな謝ってもらわなくとも…」 <4186> \{親父} * // \{親父}「こうして会いにきてもらえただけでも、うれしいから」 <4187> \{渚} * // \{渚}「はい」 <4188> \{親父} * // \{親父}「うん、本当…」 <4189> \{親父} * // \{親父}「いつでも来たらいい」 <4190> \{渚} * // \{渚}「はい、ありがとうございます」 <4191> * // そこからは、当たり障りのない話題が続く。 <4192> * // 裏の空き地もなくなって、この辺りも少しずつ変わっていってるとか、そんな内容だった。 <4193> * // 渚は根気よく相づちを打ち、俺は隣で聞いているだけだった。 <4194> \{親父} * // \{親父}「\m{B}くん?」 <4195> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「え…?」 <4196> * // いきなり話を振られていた。 <4197> \{親父} * // \{親父}「\m{B}くんは…毎日、この子の手料理を食べているんだってね」 <4198> * // そう言い直した。 <4199> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あ、ああ…」 <4200> \{親父} * // \{親父}「うらやましい。私はいつも店屋物だから」 <4201> \{渚} * // \{渚}「あの…もうすぐお昼ですから、作りましょうか」 <4202> \{渚} * // \{渚}「ね」 <4203> * // これぐらいいいですよね、と俺にも目配せした。 <4204> * // 親父と食卓を囲むなんて、ぞっとした。 <4205> * // そもそも何年ぶりになるだろう。 <4206> * // でも、これを耐えれば、しばらく顔を合わせずに済む。 <4207> * // それはさっき、渚が態度で約束してくれていた。 <4208> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ…」 <4209> * // だから、我慢しようと思った。 <4210> * // 冷蔵庫を開く渚。 <4211> \{渚} * // \{渚}「何もないです」 <4212> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「やっぱ買ってこないと駄目か」 <4213> \{渚} * // \{渚}「はい」 <4214> \{渚} * // \{渚}「一緒に来てくれますか」 <4215> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「もちろん」 <4216> * // 親父をひとり残し、俺たちはスーパーへ買い物に出た。 <4217> * // 戻ってきた時には、すでに一時を回っていた。 <4218> \{渚} * // \{渚}「遅くなってしまいました。急いで作りますので」 <4219> \{親父} * // \{親父}「いいよ、気長に待ってるから」 <4220> * // 親父の前を駆け抜け、台所に戻る。 <4221> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くんも、手伝ってくれますか」 <4222> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ、手伝うけどさ…」 <4223> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「このままでやるの?」 <4224> * // 俺は何時間も繋いだままでいる、手を持ち上げてみせた。 <4225> \{渚} * // \{渚}「はい」 <4226> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺の左手で押さえつけて、おまえの右手の包丁でさばく」 <4227> \{渚} * // \{渚}「うまくやりましょう」 <4228> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「絶対、怪我するよっ!」 <4229> \{渚} * // \{渚}「そうでしょうか」 <4230> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「もう、いい。俺の負け。離すから、ぞんぶんさばいてくれ」 <4231> \{渚} * // \{渚}「離さないです」 <4232> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「逃げないから」 <4233> \{渚} * // \{渚}「そんなの関係ないです」 <4234> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「離してくれないと、俺の左手が危険だ」 <4235> \{渚} * // \{渚}「そうですか…だったら、仕方がないです」 <4236> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「その代わり、腰持っててやるから」 <4237> \{渚} * // \{渚}「そんなとこ持たれたら、わたしが怪我しますっ」 <4238> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「うそ、うそ。すぐ後ろで見守っててやるから」 <4239> \{渚} * // \{渚}「だったら、安心です」 <4240> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「じゃ、離すぞ」 <4241> \{渚} * // \{渚}「はい」 <4242> * // ずっと指を曲げていたためか、開くだけで痛みが走るほどだった。 <4243> * // ようやく手のひらが外気に触れる。 <4244> * // ふたりぶんの汗が冷たくなっていく。 <4245> \{渚} * // \{渚}「それでは、始めます」 <4246> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おう、頑張れ」 <4247> * // 食卓の椅子に座ってぼーっと渚の後ろ姿を見ていたら、遠くから話し声が聞こえてきた。 <4248> * // テレビでもつけたのだろうか。 <4249> * // さらに聞き耳を立てる。 <4250> * // 親父の声が混じっていた。 <4251> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(客か…?) <4252> * // 覗いてみる。ちょうど俺と向かい合う格好で、見知らぬ男が立っていた。 <4253> \{男} * // \{男}「こんにちは」 <4254> * // そいつが俺に頭を下げた。 <4255> \{親父} * // \{親父}「ん…\m{B}くん」 <4256> * // 床に座り込んだままの親父も、俺を振り返った。 <4257> \{親父} * // \{親父}「こちら、四條さん」 <4258> \{親父} * // \{親父}「私の、仕事仲間だよ」 <4259> * // 仕事仲間…。 <4260> * // 昔のだろうか、新しい人だろうか。 <4261> * // 昔の仕事仲間なら、信用できた。 <4262> * // 俺の知る限り、悪い人はいなかったはずだ。 <4263> * // 活気あった時代の武勇伝を語り合うだけの呑み仲間だった。 <4264> * // けど、新しい仕事仲間だというなら、絶対に信用できない。 <4265> * // 今の親父に、相手を善人か悪人かなんて、判断できるはずがないからだ。 <4266> * // うまく儲け話を持ちかけられれば、疑いもせず乗ってしまうに違いなかった。 <4267> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「仕事って、なんのだよ」 <4268> \{親父} * // \{親父}「古物商だよ」 <4269> * // 聞いたことがなかった。 <4270> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「帰れ」 <4271> * // 俺は低い声で、言い放っていた。 <4272> \{男} * // \{男}「え…?」 <4273> \{親父} * // \{親父}「\m{B}くん、この人はね、いい人なんだよ」 <4274> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「帰れって言ってんだよ」 <4275> * // 親父の言葉なんて無視して、繰り返した。 <4276> \{男} * // \{男}「あ、ああ…」 <4277> \{男} * // \{男}「\m{A}さん、また、今度来るよ」 <4278> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「二度とくんなっ」 <4279> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「次俺が見たら、叩き出してやるからなっ」 <4280> \{親父} * // \{親父}「………」 <4281> * // 親父は呆然と男の背を見送っていた。 <4282> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「なぁ…」 <4283> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「昔の仕事仲間に、相談したか」 <4284> \{親父} * // \{親父}「うん…」 <4285> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「本当かっ」 <4286> \{親父} * // \{親父}「いや…まだだった…」 <4287> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「………」 <4288> * // 怒りのあまり、言葉が出ない…。 <4289> \{親父} * // \{親父}「でもね…そろそろ運が向いてくるんじゃないかってね…」 <4290> \{親父} * // \{親父}「ずっと、いいことなかったからね…」 <4291> \{親父} * // \{親父}「今度こそ、本当に…」 <4292> * // その肩をひっ掴む。 <4293> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そんな大事なこと、勘なんかで決めるな、馬鹿っ!」 <4294> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あんたのどうしようもない運や勘なんかでっ…」 <4295> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あんたは、俺のことをどう思ってるか知らないけどなっ…」 <4296> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺だって、そんな自覚なんてさらさらねぇけどなっ…」 <4297> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「でもなっ…」 <4298> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺はあんたの家族なんだよっ!」 <4299> \{親父} * // \{親父}「………」 <4300> * // しばらく、止まったままでいた。 <4301> * // 顎に手を当てた。 <4302> * // そして、無精ひげを撫でた。 <4303> \{親父} * // \{親父}「\m{B}くん…」 <4304> \{親父} * // \{親父}「今日はほら…」 <4305> \{親父} * // \{親父}「女の子も来てくれてることだし…」 <4306> * // なんだ…? <4307> * // それが今の、言い訳か? <4308> * // 家族だと言われて、肯定できない言い訳か? <4309> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「………」 <4310> * // なんでもいい。殴りつけたい。 <4311> * // 壁でも、窓ガラスでもいい。 <4312> * // 殴りつける <4313> * // 堪える <4314> * // 腕を振るった。 <4315> * // ガシャン、と大きな音がした。 <4316> * // その後のことはよく覚えていない。 <4317> * // 手の甲が熱かった。 <4318> * // 渚に抱きしめられていた。 <4319> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、ダメですっ…」 <4320> \{渚} * // \{渚}「手、切っちゃってますっ…」 <4321> \{渚} * // \{渚}「病院行かないとダメですっ…」 <4322> * // 場面が変わった。 <4323> * // 見慣れない廊下。 <4324> * // ああ… <4325> * // 俺はあの忌まわしい場所から、抜け出せたのか…。 <4326> * // それだけで、ほっとした。 <4327> * // 隣に渚がいた。 <4328> * // いつだっていた。 <4329> * // 手をあげてみると、白い包帯が巻かれていた。 <4330> * // 下半身を見下ろす。 <4331> * // ズボンには、血が固まってこびりついていた。 <4332> * // それを見つめている俺に渚が、洗わないと、と言った気がした。 <4333> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、お風呂、入れますか」 <4334> \{渚} * // \{渚}「手、つけないで、体だけ洗いますか」 <4335> \{渚} * // \{渚}「難しいようなら、手伝います」 <4336> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いや…体、温めたら、まずいだろ」 <4337> \{渚} * // \{渚}「では、足だけでも洗いましょう」 <4338> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そうだな」 <4339> * // 家に戻ってきてからは、ずっと冷静な振りをしていたけど… <4340> * // 本当は、渚に泣きつきたい気分だった。 <4341> * // 渚は親父のこと嫌ってなかったのに… <4342> * // ご飯の用意までしてくれてたのに… <4343> * // すべて、俺のせいで台無しにして… <4344> * // それでも、隣に居てくれる渚に、泣きつきたかった。 <4345> * // こんなにも俺は後悔しているんだと知ってほしかった。 <4346> * // そして…もう、いいから、と慰めてほしかった。 <4347> * // でも… <4348> * // それは、甘えているだけだった。 <4349> * // 渚に背を向けるようにして、暗闇の中で寝返りをうつ。 <4350> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(ああ、結局は…こうして逃げ続けていくんだ…俺は…) <4351> * // ひとりで痛みに耐えながら…俺は眠れない夜を過ごした。 <4352> * // 俺は目を閉じてみる。 <4353> * // 息を落ち着ける。 <4354> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(渚…) <4355> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(…渚…\p渚…) <4356> * // その名を心の中で、連呼した。 <4357> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(もう少しで落ち着けるからな…渚…) <4358> * // 震えていた手… <4359> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「………」 <4360> * // それが温かな別の手に、包まれていた。 <4361> \{渚} * // \{渚}「どうしましたか、\m{B}くん」 <4362> * // ああ…本当に… <4363> * // 一瞬で、気持ちが落ち着いてしまう。 <4364> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、大きな声出してました」 <4365> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いや…\pなんでもない」 <4366> \{渚} * // \{渚}「では、\m{B}くん。手伝ってほしいです」 <4367> \{渚} * // \{渚}「ちょっと、大変なところに差しかかりますので」 <4368> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ…」 <4369> * // 状況を悟って、この場から連れ出してくれた渚に感謝した。 <4370> * // その後、俺と親父は一言も会話を交わさずに過ごした。 <4371> * // ただ、渚と世間話をした。 <4372> * // 何年ぶりかに囲む、食卓だったけど… <4373> * // そこは家族の食卓じゃなかった。 <4374> * // ただ、顔見知りが集まっただけの… <4375> * // それも、あまり親交が深くない人たちの、ちょっと気まずいような… <4376> * // …そんな食卓だった。 <4377> * // 帰り。 <4378> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、今日はがんばりました」 <4379> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「なんもしてねぇけど…」 <4380> \{渚} * // \{渚}「いえ、会いに来ました」 <4381> \{渚} * // \{渚}「そして、最後まで居ました」 <4382> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「まぁな…ずっと逃げてたからな…俺…」 <4383> \{渚} * // \{渚}「わたしは、こんなのでもいいと思います」 <4384> \{渚} * // \{渚}「疎遠にさえ、ならなければ」 <4385> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「家族でさえ、なくてもか…?」 <4386> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おまえ、昔に言ったじゃないか…離れていても、どこかで通じ合っていればいいって…」 <4387> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「どこも通じていない」 <4388> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「心のどこも…通じ合っていないんだよ」 <4389> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「それでもいいのか」 <4390> \{渚} * // \{渚}「いえ、その最後のつながりが…疎遠にならないこと、だと思います」 <4391> * // 繋がっているのか…\p今も。 <4392> \{渚} * // \{渚}「男の子なんて、家を出てしまうと、正月ぐらいしか帰ってこなくなるものだと、近所の人も言っていました」 <4393> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「………」 <4394> * // もし、本当に一年に一度や二度でいいと言うなら… <4395> * // だったら、耐えられそうな気がした。 <4396> * // そしてそれが、少しでも前向きな姿勢にとってもえるなら、救われる思いだ。 <4397> * // ずっと…いつだって、逃げていた俺だったから。 <4398> * // 渚には、そんな姿、見られたくなかった。 <4399> * // でも、結局は…その渚が隣に居てくれるから、だけど…。 <4400> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「渚…」 <4401> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺はときどき恐くなるんだよ」 <4402> \{渚} * // \{渚}「何がでしょうか」 <4403> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「生きる意味を考えるとさ」 <4404> \{渚} * // \{渚}「生きる意味、ですか」 <4405> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ…」 <4406> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺は、渚に出会うことができた」 <4407> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そして…渚と一緒に居ることができた」 <4408> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺はさ…おまえと一緒にいて、おまえを幸せにできれば、幸せなんだ」 <4409> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「どれだけ仕事がキツくても、汗だくになって働き続ける」 <4410> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そして、家に帰ってきたら、おまえがいる」 <4411> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そんな毎日が、俺の唯一の幸せなんだ」 <4412> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「だから、それが俺の生きる意味なんだと思う」 <4413> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「でもそれは、ただツイていただけなんじゃないか、って思う」 <4414> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「もし、渚と出会ってなかったら俺は今、どうしてただろう…」 <4415> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「どんな目標を持って、生きてただろう」 <4416> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あんな家庭で…あんな親しかいなくて…」 <4417> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「卒業したら、友達もいなくなって…」 <4418> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「一緒に頑張れる奴も…」 <4419> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「こいつのために、頑張ろうなんて奴もいなくて…」 <4420> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「何を糧に暮らしてただろう…」 <4421> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「今の俺からしたら、渚と一緒に暮らす以外に、生きる意味なんて持てなかったと思う」 <4422> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「だから、恐いんだよ…」 <4423> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「出会いは仕組まれた運命とか言うけどさ…」 <4424> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺、そんなもの信じないから」 <4425> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「結局は運なんだと思う」 <4426> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「今の俺は渚と出会えて幸運だった」 <4427> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そう考えると、普遍的な生きる意味なんてない気がする」 <4428> \{渚} * // \{渚}「………」 <4429> \{渚} * // \{渚}「その時は…別の誰かが、\m{B}くんのそばに居たと思います」 <4430> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そうだろうか…」 <4431> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺はひとりだったと思う」 <4432> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おまえだから、一緒に居たいと思ったんだ」 <4433> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「別におまえの前だからって、いいように言ってるんじゃない」 <4434> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あの時の俺は、そうだったんだ」 <4435> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「歳を取ったら、また考え方が変わったのかもしれないけど…」 <4436> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「それでもたぶん、渚と出会ってなかったら、今はひとりだったと思う」 <4437> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「それで…\p親父のことで悩んで…」 <4438> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「支えもなく、途方に暮れていたんじゃないかな…」 <4439> * // そして、生きる意味もないと悟った俺は、どうなっていただろうか。 <4440> * // 恐怖の根元はそこにある。 <4441> * // 生きる、というあまりに漠然とした質量の存在が、小さな俺という存在を飲み込んでいく気がした。 <4442> * // それは、圧倒的で…抗いようもない。 <4443> * // ひとり叫んでも、無駄なのだ。 <4444> * // 大きな意志には届きようもない。 <4445> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「なぁ、渚、そっちに行っていいか…」 <4446> \{渚} * // \{渚}「あ、はい…どうぞ」 <4447> * // 俺は自分の布団から抜けだし、渚の隣に潜り込んだ。 <4448> * // 渚の体温で温かかった。 <4449> * // しばらく触れもせず、暗闇の中で、互いの顔を見つめ合った。 <4450> * // それから、結局、俺は渚を抱きしめた。 <4451> * // その小さな背中に両腕を回して、引き寄せた。 <4452> * // 胸と胸が合わさる。温かい。 <4453> * // 額と額も当てる。鼻も触れさせ合う。 <4454> * // 渚のいい匂いがした。 <4455> * // 俺の支えはこんなにも小さかったけど、抱きしめているだけで子供のように安心できた。 <4456> * // そう、俺はそんな存在に出会えた。 <4457> * // 運が良かった。 <4458> * // それは、事実だ。 <4459> * // 受け止めて、そのことはもう深く考えないようにしよう。 <4460> * // そして、後はただ、その存在を守り続ける。 <4461> * // そのことだけを考えて生きていこう。 <4462> * // そう思った。 <4463> * // 7月も半ばを過ぎると、蒸し暑い日が多く続くようになった。 <4464> * // 夕方になると、西日も強くなり、部屋の温度は急上昇する。 <4465> * // このままでは夕飯の支度をする渚が、暑さで辛い思いをすることになると思って、休みの日に扇風機を探しにゴミ捨て場へと出かけた。 <4466> * // 本格的な夏が来る前に買い換える人が多いのだろう、そう苦労もせず、完動品を見つけだすことができた。 <4467> * // 風力を替えるのも、首を振らせるのも、すべて手動だったけど、どこだって手を伸ばせば届くような部屋だから、それだけの機能で十分だった。 <4468> * // 部屋の片隅に設置する。 <4469> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「これだけで、部屋が急に狭くなった気がするな…」 <4470> \{渚} * // \{渚}「でも、夏が来たって気がします。なんだか風流です」 <4471> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「それは言えるな」 <4472> * // スイッチを入れて、回してみる。 <4473> \{渚} * // \{渚}「すごく涼しいです」 <4474> * // 渚が顔を近づけて、前髪をはためかせる。 <4475> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「でも、やっぱ、クーラーも欲しいよな」 <4476> \{渚} * // \{渚}「いえ、扇風機だけで十分です」 <4477> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「これからどんどん暑くなるんだぞ?」 <4478> \{渚} * // \{渚}「大丈夫です。実家にいるときも、そんなに冷房は使ってませんでしたので」 <4479> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「でも、この部屋…西日が強いからな」 <4480> \{渚} * // \{渚}「大丈夫です。我慢できます」 <4481> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「本当か?」 <4482> \{渚} * // \{渚}「はい。本当です」 <4483> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ま、暑かったら、パンツ一枚になってればいいか」 <4484> \{渚} * // \{渚}「ならないですっ」 <4485> \{渚} * // \{渚}「ちゃんと服着て、エプロン付けて、夕ご飯作ります」 <4486> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「強風で扇風機回してな」 <4487> \{渚} * // \{渚}「強風では回さないですけど、回させていただきます」 <4488> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「電気代、けちんなよ」 <4489> \{渚} * // \{渚}「はい」 <4490> * // そして、本格的な夏の到来。 <4491> * // 滝のような汗を流しながら、働いた。 <4492> * // その日は、仕事も早く片づいていた。 <4493> \{親方} * // \{親方}「\m{A}くんと、芳野くん」 <4494> * // 着替え終えたところで、親方から声をかけられた。 <4495> \{親方} * // \{親方}「ちょっと話があるんだけど、いいかな」 <4496> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あ、はい。なんでしょうか」 <4497> * // 芳野さんは、黙って頷くだけだった。 <4498> \{親方} * // \{親方}「ま、かけてよ」 <4499> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「はい」 <4500> * // 三人、向かい合わせに座る。 <4501> \{親方} * // \{親方}「ええとね、\m{A}くん」 <4502> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「はい」 <4503> * // 親方は俺のほうを見て、話し始める。 <4504> \{親方} * // \{親方}「わたしのね、古い同僚の人間なんだがね、今は元請の会社で部長をやってるんだ」 <4505> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「はぁ」 <4506> \{親方} * // \{親方}「そいつがね、現場を監督できる人間を探してるんだよ」 <4507> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「はぁ」 <4508> \{親方} * // \{親方}「勿論、\m{A}くんが今すぐに現場監督になれるわけじゃないけど、見習いという形でね」 <4509> \{親方} * // \{親方}「待遇は正社員だから今より給料も上がるし、保障もあるから」 <4510> * // 親方はこれくらい、と計算機を叩いて見せてくれた。 <4511> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「はあ、すごいっすね」 <4512> * // 俺の給料の1.5倍近くあった。 <4513> \{親方} * // \{親方}「そりゃここより遙かに大きい会社だしね」 <4514> \{親方} * // \{親方}「どうだろう。いってみる気はないかい」 <4515> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「え…?\p 俺っすか?」 <4516> \{芳野} * // \{芳野}「だから、おまえに話してるんだろ」 <4517> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「でも、芳野さんは…?」 <4518> \{芳野} * // \{芳野}「俺は駄目だ」 <4519> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そんな、これってものすごくいい話じゃないっすか」 <4520> \{芳野} * // \{芳野}「そうだな」 <4521> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「なら、芳野さんが行くべきですよ。現場監督を欲しいって話じゃないですか」 <4522> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「芳野さんだったら、どこでも監督できるくらい実力もあるし」 <4523> \{芳野} * // \{芳野}「いや、ここはおまえが行くべきだ」 <4524> * // 芳野さんは譲らなかった。 <4525> * // いつもの怒鳴り声ではなく、穏やかな声で。 <4526> \{芳野} * // \{芳野}「俺はこの会社を大きくしていきたいと思ってる」 <4527> \{芳野} * // \{芳野}「それに親方には恩義があるしな」 <4528> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「でも、何で俺なんすか」 <4529> \{芳野} * // \{芳野}「勘違いするなよ。おまえを俺の代わりにってわけじゃない」 <4530> \{芳野} * // \{芳野}「\m{A}は俺なんかと違って物覚えは早いし、計数にも強い。現場だけの人間じゃないんだ」 <4531> \{芳野} * // \{芳野}「おまえは一生下請けの現場で終わるようなタマじゃない」 <4532> \{芳野} * // \{芳野}「拾ってきたときはどうなるかと思ったが、おまえは俺の期待に応えてくれた」 <4533> \{芳野} * // \{芳野}「それどころか、俺や親方の期待や思いなんか越えて成長した」 <4534> \{芳野} * // \{芳野}「元請に行けば、現場の規模も大きくなる。給料も増えるし、生活も楽になる」 <4535> \{芳野} * // \{芳野}「やれることが増えるんだ」 <4536> \{芳野} * // \{芳野}「おまえにはまだまだ可能性がある。それをここだけで潰したくない」 <4537> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「でも、俺は芳野さんと、親方と一緒に働きたいって…」 <4538> \{親方} * // \{親方}「それは違うよ、\m{A}くん。そう言ってくれるのは有り難いけどね」 <4539> * // 親方は照れたのか、鼻をかきながら言った。 <4540> \{親方} * // \{親方}「僕も最初は芳野に勧めたんだ。どうかってね」 <4541> \{親方} * // \{親方}「そしたら『\m{A}に行かしてやってくれ』って言ったのが、芳野なんだよ」 <4542> \{親方} * // \{親方}「最初は驚いたけど、話を聞いたら僕もそう思った」 <4543> * // それだけ言って、親方は芳野さんを見た。 <4544> \{芳野} * // \{芳野}「俺は人付き合いは下手だし、技術以外には取り柄なんかない」 <4545> \{芳野} * // \{芳野}「職人にはなれるかもしれないが、監督は難しいと思う」 <4546> \{芳野} * // \{芳野}「だからおまえになってほしいって思ってる」 <4547> \{芳野} * // \{芳野}「行って、勉強して、監督になってこい」 <4548> \{芳野} * // \{芳野}「俺は、\m{A}の下で仕事ができる日を待ってる」 <4549> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そ、そんな…」 <4550> * // 俺は照れたように、顔を伏せた。 <4551> * // どんな顔をしていいかわからなかったのだ。 <4552> * // 褒められたことが…認められたことが、純粋に嬉しかった。 <4553> * // 俺がそんな人間に成長してたなんて… <4554> * // あんなに、人間付き合いを拒絶し続けてた学生時代の俺から… <4555> * // こんなにも、変わっていけるんだ、人は。 <4556> * // それはあいつのおかげでもあった。 <4557> * // 俺は大好きな人の顔を思い浮かべていた。 <4558> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(すげぇ、セミの声…) <4559> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(ま、これだけ木があるんだから、当たり前か…) <4560> * // 何人もの生徒が、俺の姿を訝しげに見ていった。 <4561> * // 薄汚れた作業着姿で、下校していく生徒をじろじろと見ているのだから、当然だった。 <4562> * // それでも、今の俺は嬉しさが先走って、そんなことはどうでもよくなっていた。 <4563> * // だから、渚の姿が見えた直後、周りの目も気にせず、駆けだしていた。 <4564> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「渚っ」 <4565> \{渚} * // \{渚}「あ…\m{B}くん、どうしましたか」 <4566> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「聞いてくれ、とてもいい話なんだ」 <4567> \{渚} * // \{渚}「ちょっと待ってください、ここまだ、学校の中です」 <4568> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いいじゃないか、そんなこと、どうでも」 <4569> \{渚} * // \{渚}「落ち着いてください、\m{B}くん。わたしはどこにも行かないです」 <4570> \{渚} * // \{渚}「ずっと、\m{B}くんのそばにいます」 <4571> * // 笑顔で、俺の逸った気持ちを抑えた。 <4572> * // それでも渚の歩くペースに合わせるのはもどかしい。 <4573> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「これ以上我慢してたら、鼻血が出そうだぞ」 <4574> \{渚} * // \{渚}「出ないです」 <4575> * // ようやく、校門を出た。 <4576> \{渚} * // \{渚}「はい、学校を出ました。聞かせてください」 <4577> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「うーん、そうだな…」 <4578> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ただで聞かせてやるのはもったいないなぁ」 <4579> * // 待たされた代わりに、焦らしてやる。 <4580> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、お父さんと同じこと言ってます」 <4581> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「げ…マジか」 <4582> \{渚} * // \{渚}「お父さん、いつもそうやって、遊びます」 <4583> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「今すぐ聞け、聞いてくれ」 <4584> \{渚} * // \{渚}「はい、教えてください」 <4585> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「つーのも、なんか填められた気がして嫌だな…」 <4586> \{渚} * // \{渚}「やっぱりお父さん、そっくりです」 <4587> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「聞け、この野郎」 <4588> \{渚} * // \{渚}「今の言い方も、お父さんそっくりです」 <4589> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ぐあーっ、どうしろって言うんだよっ!」 <4590> \{渚} * // \{渚}「ますます似てきました」 <4591> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「帰る」 <4592> \{渚} * // \{渚}「はい、帰りましょう」 <4593> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ついてくるなっ」 <4594> \{渚} * // \{渚}「帰る家は、同じです」 <4595> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そっか…そうだったな」 <4596> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「くそっ」 <4597> \{渚} * // \{渚}「お話しながら帰りましょう」 <4598> * // 渚が横に並ぶ。 <4599> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ちっ、わかったよ。話してやる」 <4600> * // 俺は観念する。 <4601> \{渚} * // \{渚}「はい、聞きたいです」 <4602> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「仕事場の親方から、とってもいい話をいただいたんだ」 <4603> \{渚} * // \{渚}「どんなですか」 <4604> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「昔の同僚が建設会社の部長さんをやってるらしいんだ」 <4605> \{渚} * // \{渚}「はい」 <4606> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「それでゆくゆく現場の監督できる人間を探してるらしい」 <4607> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「社員雇用でな」 <4608> \{渚} * // \{渚}「え…」 <4609> \{渚} * // \{渚}「もしかして、それに\m{B}くん…」 <4610> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ。推薦してくれるって」 <4611> \{渚} * // \{渚}「本当ですか。とても素敵なお話です」 <4612> \{渚} * // \{渚}「うれしいです」 <4613> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「俺だって、嬉しいよ」 <4614> \{渚} * // \{渚}「よかったです、\m{B}くん」 <4615> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ、良かった」 <4616> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「こんなに早くさ、そんなチャンスが来るとは思わなかった」 <4617> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、がんばってましたから」 <4618> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いや、まだまだだけどさ…」 <4619> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「それでも、こんないいこともあるんだな…」 <4620> \{渚} * // \{渚}「本当によかったです」 <4621> * // 自分のことのように喜んでくれる渚。 <4622> * // その姿を見られただけでも、よかったと思う。 <4623> \{渚} * // \{渚}「今日の晩ご飯は、ちょっと豪勢にしてしまいます。いいですかっ」 <4624> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「決まってからのほうがいいと思うけど…ま、ちょっとだけなら、いいかな」 <4625> \{渚} * // \{渚}「では、ちょっとだけ奮発して、買い物してしまいます」 <4626> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ。後、祝杯もあげよう」 <4627> \{渚} * // \{渚}「ジュースでいいですかっ」 <4628> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おまえな…俺は、社会人だぞ?」 <4629> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、いくつでしたか」 <4630> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「18だけど…」 <4631> \{渚} * // \{渚}「未成年です」 <4632> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「未成年でも、もう学生じゃないんだ、目をつぶれよ」 <4633> \{渚} * // \{渚}「ダメです」 <4634> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ぐあぁーっ」 <4635> \{渚} * // \{渚}「叫んでもダメです」 <4636> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「かんぱーいっ」 <4637> * // ちんっ。 <4638> * // グラスを合わせる音が六畳半の部屋に響く。 <4639> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くんも、これで満足です」 <4640> * // グラスに注がれているものは、アルコール分0.2%のシャンパン。 <4641> \{渚} * // \{渚}「これだったら、未成年でも飲めます」 <4642> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「50本飲んで、意地でも酔ってやる…」 <4643> \{渚} * // \{渚}「お腹いっぱいになって、ご飯が食べられなくなります」 <4644> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「頑張るよ」 <4645> \{渚} * // \{渚}「そんなことがんばっちゃダメです」 <4646> \{渚} * // \{渚}「せっかくの料理がもったいないです」 <4647> * // ちゃぶ台に目を移す。 <4648> * // そこにはたっぷりの千切りキャベツが添えられた大きなトンカツ。 <4649> \{渚} * // \{渚}「スーパーでは最高級のお肉ですので、とても柔らかいと思います」 <4650> * // それを見ると思い出す。 <4651> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そういや、おまえん家に初めていったときも、トンカツだったよな」 <4652> \{渚} * // \{渚}「あ…そういえばそうです」 <4653> \{渚} * // \{渚}「お肉も、おんなじかもしれないです」 <4654> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「キャベツの千切りも同じぐらいの山だったよ」 <4655> \{渚} * // \{渚}「たくさん付け合わせたほうが、おいしいですから」 <4656> \{渚} * // \{渚}「こうやって、一緒にソースかけて」 <4657> * // やることまで全部、同じ。 <4658> * // 見ていて、微笑ましかった。 <4659> * // あの頃より、ずっと大変な生活になっているのに、あの頃より、ずっと安らいでいる。 <4660> * // あの日は、違和感さえ覚えていたはずだ、俺は。 <4661> * // こんな心休まる穏やかな日常に。 <4662> * // でも、今は、こんな日常があるからこそ、前に進んでいける。 <4663> * // 後片づけをふたりで終えると、渚はひとり、机に向かう。 <4664> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「宿題か?」 <4665> \{渚} * // \{渚}「はい、二科目も出てしまいました」 <4666> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そっか…」 <4667> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「手伝おうか?」 <4668> \{渚} * // \{渚}「ズルはダメです」 <4669> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そっか…ズルか」 <4670> \{渚} * // \{渚}「はい。ひとりでやらないとダメです」 <4671> * // 今日は寝るまで、ふたりで喜びを分かち合っていたいと思ったのだが、そうもいかないようだった。 <4672> * // 勉強する渚の後ろで、音量を小さくしてテレビを見ていた。 <4673> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(面白くない…) <4674> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(ああ…このままテレビを見て、今日という喜びに満ちた日が終わってしまうのだろうか…) <4675> * // 渚を振り返る。 <4676> * // 脇目も振らず宿題をしていた。 <4677> * // 後ろから抱きつく <4678> * // 大人しくテレビを見ている <4679> * // 別にこの喜びが逃げるわけでもなし。 <4680> * // また宿題のない日に、分かち合えば済む話だった。 <4681> * // それに俺は、渚が一生懸命に頑張っている姿を見るのが好きだった。 <4682> * // だから、見守るように…ずっと見ていた。 <4683> * // 机に向かっていた渚の真後ろに座り、その背中に抱きついた。 <4684> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、どうしましたか」 <4685> * // 振り返る渚。まつげの数まで数えられるような距離。 <4686> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いや、抱きつきたくなっただけ。邪魔か?」 <4687> \{渚} * // \{渚}「いえ、ぜんぜん邪魔ではないです」 <4688> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「このままでも、宿題できるか?」 <4689> \{渚} * // \{渚}「はい…そのままだったら、ぜんぜん構わないです」 <4690> \{渚} * // \{渚}「安心できて、逆にはかどるかもしれません」 <4691> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「暑くないか?」 <4692> \{渚} * // \{渚}「大丈夫です。扇風機も回ってます」 <4693> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そっか…じゃ、こうしてる」 <4694> \{渚} * // \{渚}「はい」 <4695> * // 机の上に広げられたノートに目を落とす。 <4696> * // 目の動きで、字を追っているのがわかる。 <4697> * // たまにぱちくり、と瞬きをした。 <4698> * // 頭を悩ませているのか、唇に力を入れている。 <4699> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(…可愛い) <4700> * // もっと強く抱きしめてみる <4701> * // 邪魔になるだろうから、このままでいる <4702> * // 俺は思わず、抱きしめる腕に力を込めていた。 <4703> \{渚} * // \{渚}「あ…」 <4704> * // 唇の結びが解け、小さな声が漏れた。 <4705> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あ、悪い…」 <4706> \{渚} * // \{渚}「いえ…ちょっと驚いてしまっただけで…」 <4707> \{渚} * // \{渚}「その…強くしてもらっても、ぜんぜん構わないです」 <4708> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「マジで?」 <4709> \{渚} * // \{渚}「はい…」 <4710> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「じゃ、そうしたくなったら、そうするな」 <4711> \{渚} * // \{渚}「はい」 <4712> * // 再び、ノートに目を戻す。 <4713> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(でも、渚って、本当にいい匂いするなぁ…) <4714> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(風呂上がりでもないのに…) <4715> * // 首筋に鼻を当てて、その匂いに包まれる。 <4716> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(髪の匂いかな…) <4717> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(体のほうはどうなんだろう…) <4718> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(女の子は、汗をかいても、いい匂いがするのか…?) <4719> * // 調べてみる <4720> * // さすがにそれは失礼だ <4721> * // 上着の襟を引っ張って、胸元に鼻面を突っ込んでみる。 <4722> \{渚} * // \{渚}「わぁっ」 <4723> * // 渚が声をあげて、飛び退いていた。 <4724> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「気にしないで、勉強しててくれ」 <4725> \{渚} * // \{渚}「今のはちょっと…」 <4726> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「さすがに邪魔だったか…」 <4727> \{渚} * // \{渚}「いえ、そういうわけではないですけど…」 <4728> \{渚} * // \{渚}「ちょっとびっくりしてしまいました…」 <4729> \{渚} * // \{渚}「でも、その…」 <4730> \{渚} * // \{渚}「こんな明るいところで、あんまり見てほしくないです…」 <4731> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「何を?」 <4732> \{渚} * // \{渚}「えっ…」 <4733> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「何も見ようなんてしてないけど」 <4734> \{渚} * // \{渚}「ああ…わたしの勘違いでした…」 <4735> * // なぜか顔を真っ赤にしている。 <4736> \{渚} * // \{渚}「では、勉強に戻ります」 <4737> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ」 <4738> * // 再び、机に向かう。 <4739> * // 俺も、先ほどと同じように寄り添う。 <4740> * // 今度は驚かずに、じっとしていてくれるだろう。 <4741> * // 襟を引っ張って、隙間を空けた。 <4742> \{渚} * // \{渚}「………」 <4743> * // 顔を突っ込む。 <4744> \{渚} * // \{渚}「あの…\m{B}…くん…」 <4745> * // 鎖骨の辺りに鼻を当てて、息を吸った。 <4746> * // くんくん… <4747> \{渚} * // \{渚}「わぁっ」 <4748> * // また、飛び退かれた。 <4749> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ありゃ?」 <4750> \{渚} * // \{渚}「今、\m{B}くん、何してましたかっ」 <4751> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「え? なにって…」 <4752> * // そういえばさっき、あんまり見てほしくない、とか言っていたが…。 <4753> * // ああ、そうか。 <4754> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「おまえ、胸を見られてるもんだと思ったんだな」 <4755> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「違うよ」 <4756> \{渚} * // \{渚}「本当でしょうか…」 <4757> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ。体の匂い嗅いでただけだから、安心しろ」 <4758> \{渚} * // \{渚}「え…」 <4759> \{渚} * // \{渚}「そっちのほうが、嫌ですっ」 <4760> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「え? そうなの?」 <4761> \{渚} * // \{渚}「お風呂入ってない女の子の体の匂いなんて嗅いだらダメですっ」 <4762> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そりゃ、悪い…」 <4763> \{渚} * // \{渚}「\m{B}くん、ヘンだと思いますっ」 <4764> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いや、好きな女の子の匂いを嗅ぎたくなるのは、自然だと思うけどな…」 <4765> \{渚} * // \{渚}「だって、期待に添える匂いじゃないかもしれないです」 <4766> \{渚} * // \{渚}「って、絶対わたし、ヘンなこと言ってますっ」 <4767> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そうか?」 <4768> \{渚} * // \{渚}「はい…ですので、もう、匂い嗅いだらダメです」 <4769> \{渚} * // \{渚}「お風呂入るまでは、匂い嗅ぐの禁止令です」 <4770> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「そりゃ残念…」 <4771> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「なんか、女の子の未知の領域を開拓している気がして、面白かったのに」 <4772> \{渚} * // \{渚}「開拓したらダメですっ」 <4773> * // そんなことしたら、怒られるかもしれない…。 <4774> * // このままでいよう。 <4775> \{渚} * // \{渚}「………」 <4776> * // 勉強に集中する渚の横顔をじっと見つめる。 <4777> * // それにしても、可愛い。 <4778> * // 自分の彼女をこんなに可愛く思うなんて、ヘンだろうか。 <4779> * // 普通は一緒に長くいると、相手の嫌なところとか見えてきて、素直に可愛いなんて思えなくなるのかもしれないけど… <4780> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(でも、こいつ…嫌なところなんて、見つからないからな…) <4781> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(こんなに長く一緒に居るのに…) <4782> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(今も、昔と同じ、ずっと大好きなまんまだ…) <4783> * // それは、素直に口に出してだって、言える。 <4784> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「渚、大好きだ」 <4785> * // ぎゅっと強く抱きしめて、ぐりぐりと顔を首筋に押しつけた。 <4786> * // 邪魔になるだろうから、このままじっとしていよう。 <4787> \{渚} * // \{渚}「………」 <4788> * // 勉強に集中する渚の横顔をじっと見つめる。 <4789> * // それにしても、可愛い。 <4790> * // 自分の彼女をこんなに可愛く思うなんて、ヘンだろうか。 <4791> * // 普通は一緒に長くいると、相手の嫌なところとか見えてきて、素直に可愛いなんて思えなくなるのかもしれないけど… <4792> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(でも、こいつ…嫌なところなんて、見つからないからな…) <4793> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(こんなに長く一緒に居るのに…) <4794> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(今も、昔と同じ、ずっと大好きなまんまだ…) <4795> * // それは、素直に口に出してだって、言える。 <4796> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「渚、大好きだ」 <4797> * // 言って、ぎゅっと強く抱きしめてしまっていた。 <4798> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(…しまった) <4799> \{渚} * // \{渚}「あの…」 <4800> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ…さすがに、今のは邪魔だったよな…」 <4801> \{渚} * // \{渚}「あ、はい…」 <4802> \{渚} * // \{渚}「勉強に集中できなくなりました…」 <4803> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「悪い…」 <4804> * // 抱いたままじっとしているなんて、そんな自制、そもそも利かないのだ。 <4805> * // 勉強に集中してもらおうと、手を離す。 <4806> \{渚} * // \{渚}「ああ…ですが、今、やめてもらっても、勉強に集中できないと思います…」 <4807> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「え? じゃ、どうすりゃいいの?」 <4808> \{渚} * // \{渚}「ちょっと、休憩しますので…」 <4809> \{渚} * // \{渚}「その間は、抱いていてほしいです…」 <4810> * // ぎゅっ。 <4811> * // 俺は考えるよりも早く、思いきり渚の体を後ろから抱きしめていた。 <4812> \{渚} * // \{渚}「ちょっと…待ってください…」 <4813> * // 力を緩めると、腕の中で渚が体勢を変える。抱きやすいように体をこちらに向けてくれた。 <4814> * // もう一度、力を込める。 <4815> * // 上体が合わさって、ぴったりと抱きしめられた。 <4816> * // けど、座ったままの格好だったので、下半身の位置に無理があって、苦しい。 <4817> * // そのまま、渚の体を床に押し倒す。 <4818> * // 渚も足を伸ばして、素直に俺の下になった。 <4819> * // 背中で俺の腕が下敷きになっていたので、ずらして、首を抱くことにする。 <4820> * // そうすることで、首から足まで、ぴったりとふたりの体が合わさった。 <4821> * // しつこいぐらいに渚の首筋に顔を擦らせ、そして抱く腕にぎゅっと力を込めた。 <4822> * // 渚もそれに応えるかのように、俺の背中に回した腕に力を入れてくれる。 <4823> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(ああ…絶対に勉強の邪魔してる…) <4824> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(でも、今日は…一生懸命働き続けて…それが認められた日なんだから…) <4825> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(だから、いいよな…) <4826> * // 合わさっている部分が、ふたりの熱気で蒸れてくる。 <4827> * // それでも離さず、抱き合い続けた。 <4828> \{渚} * // \{渚}「ただいまです」 <4829> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ちっす」 <4830> * // 真夏日の午後、またふたりで古河家の敷居を跨いでいた。 <4831> \{秋生} * // \{秋生}「おぅ、おかえり。暑かったろ」 <4832> \{渚} * // \{渚}「はい、とても暑かったです」 <4833> \{秋生} * // \{秋生}「あんまり長いこと陽の下にいたら駄目だぞ」 <4834> \{渚} * // \{渚}「わかってます」 <4835> \{秋生} * // \{秋生}「店ん中も、冷房がねぇから暑いのなんのって」 <4836> \{秋生} * // \{秋生}「中入ってクーラーつけて、休めよ」 <4837> \{渚} * // \{渚}「いえ、暑いのには慣れてますから、ぜんぜん平気です」 <4838> \{秋生} * // \{秋生}「ああ…そうか、アパートにもクーラーなんてないのか」 <4839> \{秋生} * // \{秋生}「おい、早苗!」 <4840> * // 思い出したように、オッサンは家の奥に呼びかけた。 <4841> \{秋生} * // \{秋生}「渚が帰ってきたから、冷たいもの入れてやってくれ!」 <4842> * // …俺は。 <4843> \{渚} * // \{渚}「ですが、扇風機があります。\m{B}くんが、見つけてきてくれました」 <4844> \{秋生} * // \{秋生}「んなもんあっても部屋が暑かったら、生ぬるい風しかこねぇだろ」 <4845> \{渚} * // \{渚}「結構涼しいです」 <4846> \{秋生} * // \{秋生}「まぁ、やせ我慢するな。暑かったら、いつでも涼みに戻ってこい」 <4847> \{渚} * // \{渚}「いえ、\m{B}くん仕事でもっと暑い思いをしているのに、ひとり涼みになんて来れないです」 <4848> \{渚} * // \{渚}「家で帰りを待っててたいです」 <4849> \{秋生} * // \{秋生}「ちっ…親心を汲んでくれねぇ娘だな」 <4850> \{早苗} * // \{早苗}「秋生さんは、寂しいだけなんですよ」 <4851> * // 早苗さんが、お盆を持って下りてきた。 <4852> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ちっす」 <4853> \{早苗} * // \{早苗}「\m{B}さん、こんにちは」 <4854> * // 夏服姿が目に眩しい。 <4855> \{早苗} * // \{早苗}「みなさん、アイスコーヒーでよかったですか」 <4856> \{秋生} * // \{秋生}「ああ、今日も魅力的だぜ、早苗」 <4857> \{早苗} * // \{早苗}「ありがとうございますっ」 <4858> * // ぜんぜん会話が噛み合っていない。 <4859> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いただきます」 <4860> * // ちゃんと俺の分もあった。 <4861> * // 4人がストローの刺さった冷えたグラスを手に、話を続ける。 <4862> * // 店の中で、家族揃って団欒というのもこの家だから、為せる技な気がする。 <4863> * // 今、客が入ってきて、この様相を目の当たりにしたとしても驚きもせずに、パンを買い求めることだろう。 <4864> \{渚} * // \{渚}「やっぱり、お父さん、寂しいですか」 <4865> \{秋生} * // \{秋生}「そりゃあな…ずっと、19年間、一緒に暮らしてきたんだからな…」 <4866> \{秋生} * // \{秋生}「夏がくれば思い出すよ…一緒に山や海に行ったりしたこと…」 <4867> \{渚} * // \{渚}「そういわれると、困ってしまいます」 <4868> \{早苗} * // \{早苗}「大丈夫ですよ、渚。今から言う秋生さんのわがままに頷けば、我慢してもらえます」 <4869> \{渚} * // \{渚}「え…なんでしょうか」 <4870> \{秋生} * // \{秋生}「ふん…そう簡単に言えるかよ。というわけで、クイズだ」 <4871> \{秋生} * // \{秋生}「俺が考えたこの夏のイベントとは、さぁどれだ?」 <4872> \{秋生} * // \{秋生}「1、海でバーベキュー」 <4873> \{秋生} * // \{秋生}「2、海でバッタンキュー」 <4874> \{秋生} * // \{秋生}「3、海でバーバラ藤岡」 <4875> \{秋生} * // \{秋生}「さあ、どれだ」 <4876> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(最後の誰だ…) <4877> \{渚} * // \{渚}「全部、字が似てて、悩みます」 <4878> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「最後のぜんぜん違っただろっ!」 <4879> \{秋生} * // \{秋生}「バーまで一緒だったじゃねぇかよっ」 <4880> \{秋生} * // \{秋生}「てめぇはひとりでバーバラ藤岡してろ」 <4881> \{早苗} * // \{早苗}「楽しかったら、呼んでくださいね」 <4882> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(ああ、イッツ・アホアホ・ワールド…) <4883> \{秋生} * // \{秋生}「渚、さぁ、答えはどれだ」 <4884> \{渚} * // \{渚}「はい、1番の海でバーベキューです」 <4885> \{秋生} * // \{秋生}「ブーッ。正解は2番の海でバッタンキューでした」 <4886> \{早苗} * // \{早苗}「秋生さんは、ひとりでバッタンキューしててください」 <4887> \{早苗} * // \{早苗}「渚、わたしたちはバーベキューしましょうね」 <4888> \{秋生} * // \{秋生}「けっ、そうだよ、正解だよ」 <4889> \{渚} * // \{渚}「本当ですかっ。それはとても楽しみですっ」 <4890> \{秋生} * // \{秋生}「よぅし、決定だな」 <4891> \{早苗} * // \{早苗}「お盆休みにと、思っているんですが、\m{B}さん、休みとれそうですか?」 <4892> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「たぶん、大丈夫だと思います」 <4893> \{秋生} * // \{秋生}「てめぇはシャカリキ働いてろ」 <4894> \{渚} * // \{渚}「ダメですっ、\m{B}くんが行かなかったら、わたしも行かないです」 <4895> \{秋生} * // \{秋生}「ちっ…荷物持ちとして連れてってやるか」 <4896> \{渚} * // \{渚}「それもダメですっ、\m{B}くん、毎日仕事でとても疲れてるんです」 <4897> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いいよ、別に。荷物持ちでも」 <4898> \{秋生} * // \{秋生}「よっしゃぁーっ! 自分でいいって言ったぞ、こいつ!」 <4899> \{渚} * // \{渚}「言ってもダメですっ、わたしが許さないですっ」 <4900> * // 俺の代わりに自分の父親と戦ってくれている。頼もしい彼女だった。 <4901> \{早苗} * // \{早苗}「わたしは秋生さんの力自慢なところ、見てみたいですよっ」 <4902> \{秋生} * // \{秋生}「任せろ、全部持ってやらぁ」 <4903> * // 早苗さんの一言で、簡単に話は片づいた。 <4904> \{秋生} * // \{秋生}「くそぅ…どうして、俺が荷物持ちに…」 <4905> * // 渚と早苗さんは、いつものようにふたりで台所でお喋りをしながら夕飯の支度。 <4906> * // 俺は店の手伝いだった。 <4907> \{秋生} * // \{秋生}「てめぇが現れてから、俺のポジションが三枚目になっているのは気のせいか?」 <4908> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「それまでは二枚目だったのか…」 <4909> \{秋生} * // \{秋生}「当然だ。俺様は一家の大黒柱なんだぞ」 <4910> \{秋生} * // \{秋生}「正直おまえに話すのはどうかと思うが、渚の奴だってな…」 <4911> \{秋生} * // \{秋生}「お父さんに惚れてしまいそうです…でも、それはイケナイことです…」 <4912> \{秋生} * // \{秋生}「ああ、渚はヘンな子ですっ!…ってな、思春期を送ってたんだぜ…」 <4913> * // …絶対ウソだ。 <4914> \{秋生} * // \{秋生}「そして、おまえが現れて…」 <4915> \{秋生} * // \{秋生}「今でも、お父さんが一番好きですが、あのヘナチンで我慢します…って言って、おまえに乗り換えたんだ」 <4916> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「渚がヘナチンなんて言うかっ!」 <4917> \{秋生} * // \{秋生}「言うんだよ、この、ヘナチンがっ!」 <4918> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ヘナチンじゃねぇよっ!」 <4919> \{秋生} * // \{秋生}「渚が言ってるんだから、ヘナチンなんだよっ!」 <4920> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ヘナチンなんて言わねぇっての!」 <4921> \{秋生} * // \{秋生}「この、ヘナチョコチ○コ、略してヘナチンがっ!!」 <4922> \{声} * // \{声}「おふたりさーん、お店でヘンな言葉叫ばないでくださいねーっ」 <4923> * // 遠くから早苗さんの声。 <4924> \{秋生} * // \{秋生}「む…ごほんっ」 <4925> \{秋生} * // \{秋生}「ヘナチン…」 <4926> * // 囁くように言ってきた。 <4927> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「違うっての!」 <4928> \{秋生} * // \{秋生}「じゃあ、なんだ、男としての汚名は返上できたってわけか?」 <4929> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「う…」 <4930> * // 言葉に詰まる。 <4931> \{秋生} * // \{秋生}「今頃、早苗の奴と話してるはずさ。わたしの彼、ヘナチンなの、ってさ」 <4932> * // キャラが違う。 <4933> \{秋生} * // \{秋生}「てめぇ、平和な一家に嫌な問題を持ち込むんじゃねぇよ」 <4934> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「前にも言ったじゃないか…渚のこと、大事に思ってるってよ…」 <4935> \{秋生} * // \{秋生}「てめぇがそう言って、何年経ったよ!?」 <4936> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いや、二ヶ月ぐらいだけど」 <4937> \{秋生} * // \{秋生}「それでも、長ぇよ…」 <4938> \{秋生} * // \{秋生}「つーか、おまえ、その間、どうしてんの?」 <4939> * // …とても嫌なことを訊く人だった。 <4940> \{秋生} * // \{秋生}「よし、エロ本持って帰れ」 <4941> * // ああ…今なら、その言葉も魅惑的に感じられてしまう…。 <4942> \{秋生} * // \{秋生}「それか、早苗の下着のほうがいいか」 <4943> * // ずるッガシャーーーーンッ!\shake{3} <4944> * // 思いきり後頭部を、入り口のドアにぶつけてしまう。 <4945> \{秋生} * // \{秋生}「てめぇ、店を破壊する気かよっ!」 <4946> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あんたが、とんでもないこと言うからだろっ!」 <4947> \{秋生} * // \{秋生}「ちっ、静かにしろ…また、早苗のやつに叱られるだろ」 <4948> \{秋生} * // \{秋生}「………」 <4949> \{秋生} * // \{秋生}「で…」 <4950> \{秋生} * // \{秋生}「どっちがいいんだよ」 <4951> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(…俺に選べと!?) <4952> * // オッサンの秘蔵エロ本 <4953> * // 早苗さんの下着 <4954> * // いらない <4955> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「エ…\pエロ本…」 <4956> \{秋生} * // \{秋生}「お、ついにもらう気になったか。後でバレないように包んで渡すなっ」 <4957> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ…」 <4958> * // これぐらいなら、可愛いもんだろう…。 <4959> * // …駄目だ。人として、それを選んではいけない気がする…。 <4960> * // でも、今、それを口に出せば、手に入れることができる…。 <4961> * // つーか、欲しいのか、俺は!? <4962> * // 渚のだって、家にあるじゃん! <4963> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ぐあああああーーーっ!」 <4964> \{秋生} * // \{秋生}「そんなに悩むなよ、おい…」 <4965> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いや、もう、なんにもいらない…」 <4966> \{秋生} * // \{秋生}「え? いいのか?」 <4967> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ…」 <4968> * // 忘れよう…なかったことにしよう…。 <4969> * // すごく惜しい気がするが…。 <4970> \{秋生} * // \{秋生}「そっか…ま、いいけど」 <4971> \{秋生} * // \{秋生}「早苗の下着を選んだりしてたら、一生渚との仲を裂くところだったけどな」 <4972> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(危ねぇーーーーーーーッ!) <4973> * // この人なら、本気でそれだけのことで、仲を裂きそうだった。 <4974> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「いらない」 <4975> \{秋生} * // \{秋生}「てめぇ、今のラインナップじゃ、気に入らねぇってか」 <4976> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「あんたと一緒にしないでくれって意味だよ」 <4977> \{秋生} * // \{秋生}「そうか…俺は男だ。つまり、てめぇは女だってんだな?」 <4978> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「どう見ても、男だろ…」 <4979> \{秋生} * // \{秋生}「はっ、エロ本の一冊も隠れて読めないで、何が男だっ」 <4980> \{秋生} * // \{秋生}「てめぇは女だっ、この根性ナシがよっ」 <4981> * // ああ…エロ本を持って帰らないだけで、ここまで言われる俺…。 <4982> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「わかったよ…」 <4983> * // あまりに癪だったので、そう答えていた。 <4984> \{秋生} * // \{秋生}「お、持って帰るってか」 <4985> \{\m{B}} * // \{\m{B}}「ああ」 <4986> \{\m{B}} * // \{\m{B}}(ま、興味がないと言ったら、嘘になるしな…) <4987> \{秋生} * // \{秋生}「よし、後でバレないように包んで渡すな」