Clannad:SEEN6800/3

From Baka-Tsuki
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Text

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<5639> *
// 土曜の朝。
<5640> *
// 俺は、ひとり古河家の前に立っていた。
<5641> *
// 自分の娘を男に取られるというのは、どれほどショックなことだろうか。
<5642> *
// 俺にはよくわからない。
<5643> *
// けど、例えば、今、別の誰かが渚を奪っていくというなら、俺は失意の底に叩き落とされるだろう。
<5644> *
// それと似た苦しみをあのふたりが味わうというのであれば…
<5645> *
// いや、それでも俺は渚が欲しい。
<5646> *
// ただひとつ自負できるのは、世界で一番、俺が渚を必要としているということだ。
<5647> *
// そして、渚もそう思ってくれてると信じている。
<5648> *
// だから、誰が邪魔しようとも、無意味なんだと思う。
<5649> *
// ここからは男らしくいこう。
<5650> *
// 俺は足を踏み出した。
<5651> \{早苗} *
// \{早苗}「いらっしゃいませ」
<5652> *
// 店番は、早苗さんだった。
<5653> \{早苗} *
// \{早苗}「あら、\m{B}さん」
<5654> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「ちっす」
<5655> \{早苗} *
// \{早苗}「早かったですね」
<5656> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「ええ…渚と一緒に家を出ましたから」
<5657> *
// 俺は事前に、話があるので伺いますと連絡を入れておいた。
<5658> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「オッサンは?」
<5659> \{早苗} *
// \{早苗}「目を離した隙に、どこかに遊びに行ってしまいました」
<5660> \{早苗} *
// \{早苗}「ごめんなさいね」
<5661> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「いえ…」
<5662> \{早苗} *
// \{早苗}「大事な話があるんでしょう?」
<5663> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「わかりますか」
<5664> \{早苗} *
// \{早苗}「はい。電話口で話してる時から、声がすごく緊張してましたよ」
<5665> *
// 早苗さんのことだ。内容の見当もついているのだろう。
<5666> \{早苗} *
// \{早苗}「お父さんの件は…大変でしたね」
<5667> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「いえ…俺は大丈夫っす。なんてことないですよ」
<5668> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「ただ、やっぱり渚が…」
<5669> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「こんな俺でもいいのかって…」
<5670> \{早苗} *
// \{早苗}「そんなことは誰も気にしません。渚もわたしも秋生さんも」
<5671> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「でも世間が気にするんです」
<5672> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「現に俺は、それで就職口を失っちまいました」
<5673> \{早苗} *
// \{早苗}「それは…残念なことでした」
<5674> \{早苗} *
// \{早苗}「でも、方法はたくさんあるはずです」
<5675> \{早苗} *
// \{早苗}「道は一本ではないですから」
<5676> \{早苗} *
// \{早苗}「あの子だって…どんな道でも、\m{B}さんと一緒に歩んでくれるはずです」
<5677> \{早苗} *
// \{早苗}「どこまでも」
<5678> \{早苗} *
// \{早苗}「そうですよね?」
<5679> *
// やっぱり見透かされていたのだ。
<5680> *
// 本当に、この人には頭が上がらない。
<5681> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「ええ。そう言ってくれてます」
<5682> \{早苗} *
// \{早苗}「それは間違いなく本心です。信じてあげてください」
<5683> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「はい、ありがとうございます」
<5684> \{秋生} *
// \{秋生}「くそ…あのガキども…」
<5685> *
// バットを肩に抱えて、オッサンが現れた。
<5686> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「ちっす」
<5687> \{秋生} *
// \{秋生}「なんだ、てめぇ。どうして居るんだ」
<5688> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「ちゃんと電話しただろ、今日は顔を出すって」
<5689> \{秋生} *
// \{秋生}「んな細かいこと、いちいち覚えてられるかよっ」
<5690> *
// 相変わらず乱暴な口振りだった。
<5691> \{秋生} *
// \{秋生}「で、なんだ。パンでも買いにきたのか」
<5692> \{秋生} *
// \{秋生}「悪ぃがいくら娘の彼氏だからって、割安にはしねぇぜ」
<5693> \{秋生} *
// \{秋生}「あえて、倍額だっ!」
<5694> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「定価で売れよっ!」
<5695> \{秋生} *
// \{秋生}「てめぇ、何様のつもりだよ」
<5696> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「少なくともパンを買うときは客だろっ」
<5697> \{秋生} *
// \{秋生}「ちっ…なら、早苗のパンを買え。あれなら定価で売ってやる」
<5698> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「後ろに早苗さん、居るんだけど」
<5699> \{秋生} *
// \{秋生}「え?」
<5700> \{早苗} *
// \{早苗}「わたしのパンは…」
<5701> \{早苗} *
// \{早苗}「定価だったんですねーーーーーーっ!!」
<5702> *
// 泣きながら、走り去っていった。
<5703> \{秋生} *
// \{秋生}「待てっ、定価で合ってんじゃねぇのかっ!?」
<5704> \{秋生} *
// \{秋生}「ちっ…あいつ混乱してやがる…仕方がねぇっ」
<5705> *
// オッサンが早苗さんのパンを頬張る。そして…
<5706> \{秋生} *
// \{秋生}「明日からはおまえのパンはひとつ一万円だぁぁーーーーーーっ!」
<5707> *
// 同じように走っていった。
<5708> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}(この店、先長くないなぁ…)
<5709> *
// それをアホのようにぽかんと見届ける俺。
<5710> *
// つーか、俺は大事な話をしにきたんじゃなかったのか。
<5711> *
// 後を追う。
<5712> \{秋生} *
// \{秋生}「ちっ…追いつけなかったぜ…」
<5713> *
// オッサンが立ち尽くしていた。
<5714> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「なぁ、オッサン」
<5715> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「俺、大事な話があるんだよ。落ち着いて聞いてくれないか」
<5716> \{秋生} *
// \{秋生}「ほぅ、俺に話か。聞いてほしいか」
<5717> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「ああ、聞いてほしい」
<5718> *
// 俺は精一杯の真剣さで、オッサンの目を見た。
<5719> *
// 今まででもそうだった。
<5720> *
// 普段はのらりくらりとしていても、こちらの真剣さが伝われば、この人はちゃんと話を聞いてくれる。
<5721> \{秋生} *
// \{秋生}「なるほど、いい目だ」
<5722> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「ああ、今回はマジなんだ」
<5723> \{秋生} *
// \{秋生}「よし、だったら…」
<5724> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「なんだ」
<5725> \{秋生} *
// \{秋生}「真剣勝負だ」
<5726> *
// 俺が馬鹿だった…。
<5727> *
// この人に真剣な時などない。それがよくわかった。
<5728> \{秋生} *
// \{秋生}「へっ…久々に腕が鳴るぜ…」
<5729> *
// 公園で、俺とオッサンは距離を置いて向かい合っていた。
<5730> *
// オッサンの手には軟球。そして俺の手には金属バット。
<5731> *
// 以前に対戦したときとは逆だ。
<5732> \{秋生} *
// \{秋生}「ふん、この界隈じゃ、パンを焼く野茂と呼ばれた男だぜ」
<5733> \{秋生} *
// \{秋生}「時速160キロのストレートを受けてみよっ!」
<5734> *
// プロに行け。
<5735> \{秋生} *
// \{秋生}「まぁ、ホームランまでは要求しねぇ」
<5736> \{秋生} *
// \{秋生}「ヒット性の当たりだったらいい。ボテボテのゴロやトップフライでなければ、てめぇの勝ちにしてやるよ」
<5737> *
// なめられたものだった。
<5738> *
// いくらオッサンが並はずれた運動神経を持っているとしても、前に飛ばすぐらいはできるだろう。
<5739> *
// 要は、当たりさえすればいいのだ。
<5740> \{秋生} *
// \{秋生}「そうしたら、話を聞いてやるよ」
<5741> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「聞くだけじゃねぇ、無条件で了承しろっ」
<5742> \{秋生} *
// \{秋生}「あん?」
<5743> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「話を聞くだけなんて、誰にでもできるだろ。そんなの勝つ気も起こらねぇ」
<5744> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「俺の言うことに黙って頷け、いいなっ!」
<5745> \{秋生} *
// \{秋生}「はんっ、なら、俺が勝ったら、おまえの言うことには聞く耳持たねぇからな」
<5746> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「ああ、いいぜ」
<5747> \{秋生} *
// \{秋生}「おもしれぇ…」
<5748> \{秋生} *
// \{秋生}「勝負だ、小僧!」
<5749> *
// オッサンが振りかぶり…
<5750> *
// 投球。
<5751> *
// すぱーんっ!
<5752> *
// 空振り。
<5753> *
// すぱーんっ!
<5754> *
// 空振り。
<5755> *
// すぱーんっ!
<5756> *
// 空振り。
<5757> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「くあ…」
<5758> *
// …完敗だった。
<5759> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}(マジ、かすりもしねぇ…)
<5760> \{秋生} *
// \{秋生}「てめぇ、肩でも痛めてるのか」
<5761> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「あん?」
<5762> \{秋生} *
// \{秋生}「そんな右肩を庇うようなスイングじゃ、当たるわけねぇだろ、馬鹿」
<5763> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「怪我なんかしてねぇよ」
<5764> \{秋生} *
// \{秋生}「そうだな。そんなものを言い訳にされても困るからな」
<5765> \{秋生} *
// \{秋生}「まぁ、またやりたくなったら、いつでも言ってこい」
<5766> \{秋生} *
// \{秋生}「うわーはっはっはっは!」
<5767> *
// 豪快に笑いながら、去っていった。
<5768> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}(なるほどな…)
<5769> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}(バットを振ることすら、ままならないのか、俺は…)
<5770> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}(つーか…)
<5771> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「アホか、俺は…」
<5772> *
// こんなことで、大事な機会を逸するなんて。
<5773> *
// 急いで、オッサンの後を追う。
<5774> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「おい、オッサン、あれは冗談だ」
<5775> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「話を聞いてくれよ」
<5776> \{秋生} *
// \{秋生}「あん?」
<5777> \{秋生} *
// \{秋生}「男に二言はねぇはずだろ。俺はおまえをそんな風に育てた覚えはないぞ」
<5778> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「確かに育てられた覚えはないが、あんな勝負で話を聞いてもらえないなんて馬鹿げてる」
<5779> \{秋生} *
// \{秋生}「あんな勝負だとぉ?」
<5780> \{秋生} *
// \{秋生}「おまえな、勝負という名目で戦った以上、内容なんて関係ねぇ」
<5781> \{秋生} *
// \{秋生}「水道管ゲームで戦おうが、それは真剣勝負。男の勝負だ。違うか」
<5782> *
// 無理だ…。この人を説得なんてできるはずがない。
<5783> *
// あんな約束をした俺が馬鹿だったのだ…。
<5784> \{秋生} *
// \{秋生}「まぁ、かするぐらいには練習してから、来い」
<5785> \{秋生} *
// \{秋生}「小学生よりは楽しませてくれよな」
<5786> \{早苗} *
// \{早苗}「今日は帰りますか」
<5787> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「はい」
<5788> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「………」
<5789> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「俺、アホっす」
<5790> \{早苗} *
// \{早苗}「はい?」
<5791> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「あの人、遊んでるだけなんですよ」
<5792> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「小学生相手によほど飽きていたのか、俺を代わりにして遊んでるだけなんです」
<5793> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「そんなことに付き合っちまって、大事な話できなくなったなんて、どう渚に言えばいいんですか…」
<5794> \{早苗} *
// \{早苗}「打っちゃえばいいんですよ」
<5795> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「………」
<5796> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「俺、渚にしか言ってなかったですけど…肩が不自由なんです」
<5797> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「だから、簡単なことじゃないんす」
<5798> \{早苗} *
// \{早苗}「バットが振れないですか」
<5799> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「いえ、振れます。そこまでは不自由ではないです」
<5800> \{早苗} *
// \{早苗}「なら、努力をすれば届くかもしれませんよ」
<5801> \{早苗} *
// \{早苗}「渚のためを思って、頑張ってみてはどうでしょうか」
<5802> \{早苗} *
// \{早苗}「それでもダメな時は、わたしに相談してください」
<5803> *
// 言って、にっこりと笑う。
<5804> *
// 早苗さんの言うとおりだった。
<5805> *
// 努力すれば、いつかは届く。
<5806> *
// どんな不格好でも。
<5807> *
// 俺はそれを身をもって知ってきたはずだ。
<5808> *
// それが、どんなことであっても。
<5809> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「早苗さん」
<5810> \{早苗} *
// \{早苗}「はい」
<5811> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「俺は本当に、早苗さんには頭が上がらないっすよ」
<5812> \{早苗} *
// \{早苗}「はい?  わたしは思ったことを言ってるだけですよ」
<5813> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「だからですよ」
<5814> *
// 翌日。
<5815> *
// また俺はこの場所に立っていた。
<5816> \{秋生} *
// \{秋生}「ふん、懲りずにこの小僧はよっ…」
<5817> *
// リベンジ。
<5818> \{早苗} *
// \{早苗}「おふたりとも、頑張ってくださいねー」
<5819> *
// 今日は早苗さんまで、応援にきている。
<5820> *
// 平和なパン屋だった。
<5821> \{秋生} *
// \{秋生}「落差1メートルを誇るフォークを受けてみよっ!」
<5822> *
// プロに行け。
<5823> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「こいっ」
<5824> *
// すぱーんっ!
<5825> *
// 空振り。
<5826> *
// すぱーんっ!
<5827> *
// 空振り。
<5828> *
// すぱーんっ!
<5829> *
// 空振り。
<5830> *
// またリベンジ。
<5831> \{秋生} *
// \{秋生}「なんで、こんな雨の日に戦わなきゃならねぇんだよっ!」
<5832> \{秋生} *
// \{秋生}「高校球児か、俺たちはっ」
<5833> \{早苗} *
// \{早苗}「すぐお風呂入れるように沸かしてありますからねー」
<5834> *
// 傘をさした早苗さんも公園の入り口に立っていた。
<5835> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「真剣勝負に状況なんて関係ないだろ?」
<5836> \{秋生} *
// \{秋生}「む…確かになっ」
<5837> \{秋生} *
// \{秋生}「しかし、もう俺はこりごりだ」
<5838> \{秋生} *
// \{秋生}「だから、これで最後だ」
<5839> \{秋生} *
// \{秋生}「もう再戦は受けつけねぇからな」
<5840> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「………」
<5841> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「…ああ」
<5842> \{秋生} *
// \{秋生}「ちっ、七つに分身する魔球を受けてみよっ!」
<5843> *
// 雑技団に行け。
<5844> \{秋生} *
// \{秋生}「うおりゃっ!」
<5845> *
// すぱーんっ!
<5846> *
// 空振り。
<5847> *
// すぱーんっ!
<5848> *
// 空振り。
<5849> *
// すぱーんっ!
<5850> *
// …空振り。
<5851> \{秋生} *
// \{秋生}「どうだ、わかったかよ…」
<5852> *
// ………。
<5853> *
// 諦めるのか…?\p  こんなところで?
<5854> *
// いや…
<5855> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「頼むっ、もう一球だけだっ!」
<5856> *
// 俺はそう叫びながら、オッサンに駆け寄っていた。
<5857> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「もう、一球だけ、勝負してくれ!」
<5858> \{秋生} *
// \{秋生}「ちっ、なんなんだ、こいつは」
<5859> \{秋生} *
// \{秋生}「何を必死になってんだよ」
<5860> \{秋生} *
// \{秋生}「勝てねぇよ、てめぇには」
<5861> \{秋生} *
// \{秋生}「それぐらい力の差があんだよ、てめぇと俺様には」
<5862> \{秋生} *
// \{秋生}「いい加減悟りやがれっ…」
<5863> *
// 吐き捨てて店に戻っていく。
<5864> *
// 俺は呆然と雨の中、立ちつくしていた。
<5865> *
// その俺に、すっと、傘が差し出される。
<5866> *
// 早苗さんだった。
<5867> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「………」
<5868> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「早苗さん」
<5869> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「知ってんじゃないすか、あの人」
<5870> \{早苗} *
// \{早苗}「はい?」
<5871> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「なんか今、教鞭垂れられてた気がしたんです」
<5872> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「おまえはまだまだ子供だって…」
<5873> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「誰かを守るなんて、おこがましい話だって…」
<5874> \{早苗} *
// \{早苗}「考えすぎですよ。秋生さんはいつだってあの調子です」
<5875> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「そうっすかね…」
<5876> \{早苗} *
// \{早苗}「さ、戻りましょう」
<5877> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「いえ、俺は残ります」
<5878> \{早苗} *
// \{早苗}「はい?」
<5879> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「力に差があるんだったら、後は熱意ぐらいしか残らないっすから」
<5880> \{早苗} *
// \{早苗}「そうですねっ」
<5881> *
// 早苗さんは、俺の言葉ににっこりと笑う。
<5882> \{早苗} *
// \{早苗}「今回だけは止めません」
<5883> \{早苗} *
// \{早苗}「とても大事なことですからね」
<5884> \{早苗} *
// \{早苗}「風邪引いても頑張ってください」
<5885> \{早苗} *
// \{早苗}「倒れるまで」
<5886> *
// 傘が下げられ、俺は再び雨に打たれる。
<5887> *
// そんな俺を笑顔のまま、早苗さんは見つめていた。
<5888> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「早苗さん」
<5889> \{早苗} *
// \{早苗}「はい」
<5890> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「俺、早苗さんのことも好きっすよ」
<5891> \{早苗} *
// \{早苗}「はいっ」
<5892> *
// オッサンの投球を頭に描きながら、俺は素振りを続けた。
<5893> *
// 二度とすることはないだろう、野球。
<5894> *
// 今だけのために。
<5895> *
// たった一球だけのために。
<5896> *
// 雨煙の向こう、人が立っていた。
<5897> \{秋生} *
// \{秋生}「すんげぇ雨だな、おい」
<5898> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「ああ」
<5899> \{秋生} *
// \{秋生}「ボール、見えるか」
<5900> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「きっと、縫い目まで見えるよ」
<5901> \{秋生} *
// \{秋生}「上等だ。最後の一球だ、いいな」
<5902> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「ああ」
<5903> *
// 俺はバットを構える。
<5904> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}(こんなに、真剣に野球なんてやったことなかったな…)
<5905> *
// 体育の授業でさえも。
<5906> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}(卒業してからそれをやってるなんて、笑える)
<5907> *
// 赤い傘が見えた。早苗さんも、見てくれている。
<5908> *
// オッサンが投球モーションに入る。
<5909> *
// 雨が目に染みて、よく見えない。
<5910> *
// …振りかぶった。
<5911> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}(いち…)
<5912> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}(にの…)
<5913> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「さんっ!」
<5914> *
// 音はしなかった。
<5915> *
// ただ、手応えだけがあった。
<5916> *
// …どうなったんだろう。
<5917> *
// 視界の端で赤い傘が揺れていた。
<5918> \{早苗} *
// \{早苗}「ホーーームラン!」
<5919> *
// 早苗さんが告げていた。
<5920> *
// 俺はバットを投げ捨てて、駆けていた。
<5921> *
// オッサンの正面。
<5922> *
// 地面に滑り込むようにして、土下座して…
<5923> *
// そして、額を泥に擦りつけ、叫んでいた。
<5924> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「渚を俺にくださいっ!」
<5925> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「………」
<5926> *
// 雨の音だけが聞こえる。
<5927> *
// 体の温度が下がっていく。
<5928> *
// それでも、胸の鼓動だけは速くて…
<5929> *
// いつまでも、息が落ち着かなかった。
<5930> \{秋生} *
// \{秋生}「………」
<5931> \{秋生} *
// \{秋生}「かっ…」
<5932> \{秋生} *
// \{秋生}「…俺に似てるぜ、こいつ」
<5933> \{早苗} *
// \{早苗}「わたしはずっと前から気づいてましたよ。そっくりです」
<5934> *
// オッサンと早苗さんの話し声が聞こえてくる。
<5935> \{秋生} *
// \{秋生}「大人になりたくて、はやってたんだ」
<5936> \{早苗} *
// \{早苗}「そうですね」
<5937> \{秋生} *
// \{秋生}「まだまだガキのくせによ」
<5938> \{早苗} *
// \{早苗}「だからこそ、ですよ」
<5939> \{秋生} *
// \{秋生}「ああ、そうだな」
<5940> *
// ………。
<5941> *
// ……。
<5942> *
// …答えは一向に出なかった。
<5943> \{秋生} *
// \{秋生}「おまえ、泥で洗顔パックでもしてるのか」
<5944> \{秋生} *
// \{秋生}「いい加減、顔、上げたらどうなんだ」
<5945> \{早苗} *
// \{早苗}「もう、いいんですよ、\m{B}さん」
<5946> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「え…?」
<5947> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「その…答えは…」
<5948> \{秋生} *
// \{秋生}「おまえ、自分で言ったことも忘れたのか」
<5949> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「え?」
<5950> \{秋生} *
// \{秋生}「勝負に勝ったら、自分の言うことに黙って頷けって言ったじゃねぇか」
<5951> \{秋生} *
// \{秋生}「それを聞いた直後に俺は頷いてんだよ、馬鹿っ」
<5952> \{秋生} *
// \{秋生}「だがな…」
<5953> \{秋生} *
// \{秋生}「渚が辛い思いをするようなことがあれば、すぐさま連れて帰るぞ」
<5954> \{早苗} *
// \{早苗}「良かったですね、\m{B}さん」
<5955> \{早苗} *
// \{早苗}「さあ、立ち上がってください」
<5956> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「はい」
<5957> \{早苗} *
// \{早苗}「\m{B}さん」
<5958> \{早苗} *
// \{早苗}「渚はわたしたちの夢です」
<5959> \{早苗} *
// \{早苗}「そして、今日からは、\m{B}さんもわたしたちの夢です」
<5960> \{早苗} *
// \{早苗}「ふたりの幸せがわたしたちの夢なんです」
<5961> \{早苗} *
// \{早苗}「だから幸せになってくださいね、あの子と一緒に」
<5962> \{秋生} *
// \{秋生}「てめぇだけ不幸になれ、このやろ」
<5963> \{早苗} *
// \{早苗}「秋生さんっ」
<5964> \{秋生} *
// \{秋生}「冗談だ、馬鹿っ」
<5965> \{秋生} *
// \{秋生}「おまえも、幸せになれ」
<5966> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「ああ…」
<5967> \{\m{B}} *
// \{\m{B}}「幸せになる。あいつと」
<5968> \{秋生} *
// \{秋生}「おぅ、噂をすればだな。お姫様のお着きだ」
<5969> *
// 振り返ると、もうひとつ赤色の傘が、近づいてくるところだった。
<5970> *
// 話したいことがたくさんある。
<5971> *
// 俺は泥を飛ばして、駆け寄っていった。
<5972> *
// こうして、俺と渚は婚約した。
<5973> *
// 籍を入れるのは、渚が卒業してからにする。
<5974> *
// 後、半年後のことだ。
<5975> *
// いろんなことがあった、夏が終わった。
<5976> *
// 一度、どん底に突き落とされた俺は、もう一度這い上がれた。
<5977> *
// 渚が居てくれたからだ。
<5978> *
// 渚が辛そうな顔で帰ってきた日は、渚の手を握って眠った。
<5979> *
// 俺の精神が疲れきってしまった日は、渚の胸に顔を押し当てて眠った。
<5980> *
// そうして、ふたりでひとつのように、日々を暮らした。
<5981> *
// もう何も恐れるものはなかった。
<5982> *
// 俺には渚さえ居てくれればよかった。
<5983> *
// ずっと、強く生きていける。
<5984> *
// 何度転ぼうが、這い上がっていける。
<5985> *
// そして俺の人生は、ただ渚とふたりで幸せになる。それだけが目標だった。
<5986> *
// こんなにも簡単に答えが出た。
<5987> *
// ずっと、邁進していこう。
<5988> *
// 二学期が始まって、渚も学校に通い始めた。
<5989> *
// 相変わらず友達はできないようだったけど、家では俺と話をして笑い合えた。
<5990> *
// 渚の制服が冬服になって、秋が来たことを実感する。
<5991> *
// その秋もあっという間に過ぎた。
<5992> *
// 肌寒くなってきたと思ったら、もう冬だった。
<5993> *
// そして…
<5994> *
// 一年で、一番待ち遠しい日がやってきた。
<5995> *
// クリスマスと渚の誕生日。
<5996> *
// 今年はふたりきりで過ごした。
<5997> *
// デパートで、ペアの腕時計を買った。
<5998> *
// 渚は嬉しさのあまりか、俺の手を握って、大きく振って歩いた。
<5999> *
// まるで付き合って間もない高校生のカップルのように。
<6000> *
// そして、寂れた通りにあるおもちゃ屋の前を通ったとき。
<6001> *
// それを見つけた。
<6002> *
// すすけたウィンドウの向こうに、ぼってりと鎮座していた。
<6003> *
// だんご大家族のぬいぐるみ。
<6004> *
// 去年に買ったものと色違いだった。
<6005> \{渚} *
// \{渚}「あの、\m{B}くん」
<6006> \{渚} *
// \{渚}「家にある、だんご、ずっとひとりで寂しそうでしたから…一緒にしてあげたいです」
<6007> *
// 渚はそう言って、握っていた手に力を込めた。
<6008> *
// そうして、部屋の隅には、ふたつめのだんごが並ぶことに。
<6009> *
// 渚は腕時計を買ったことをすでに忘れているんじゃないだろうか。
<6010> *
// そのふたつのだんごを交互に抱いて、ずっと嬉しそうにしていた。
<6011> *
// 俺が呆れるぐらい。
<6012> *
// でも、それが俺が知っている渚だった。

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