// Resources for SEEN5001.TXT
// #character '智代'
#character 'Tomoyo'
// #character '朋也'
#character 'Tomoya'
// #character '男子生徒'
#character 'Male student'
// <0000> アフター2日目
<0000> After - Day 2
// <0001> 翌朝。
<0001> 翌朝。
// <0002> 医師による検査は、こんな程度でいいのだろうか?と不安に思うほどあっさりしたものだった。
<0002> 医師による検査は、こんな程度でいいのだろうか?と不安に思うほどあっさりしたものだった。
// <0003> 漫画から得た知識だと、記憶喪失はもっとおおげさなものに思っていた。
<0003> 漫画から得た知識だと、記憶喪失はもっとおおげさなものに思っていた。
// <0004> 簡単な質問と、脳波の検査のようなものだけで終わってしまった。
<0004> 簡単な質問と、脳波の検査のようなものだけで終わってしまった。
// <0005> 次はいつ来ればいいか訊ねると、それは坂上さんに任せてあります、との答えだった。
<0005> 次はいつ来ればいいか訊ねると、それは坂上さんに任せてあります、との答えだった。
// <0006> 結局、正午を待たずして、おれは退院の準備を整えて智代を待つことに。
<0006> 結局、正午を待たずして、おれは退院の準備を整えて智代を待つことに。
// <0007> この辺りで一番大きな病院だけのことはあり、ロビーは午前の診察時間が終わりかけているのに、まだ人で賑わっていた。
<0007> この辺りで一番大きな病院だけのことはあり、ロビーは午前の診察時間が終わりかけているのに、まだ人で賑わっていた。
// <0008> 賑わう、というのは少しおかしな言い方かもしれない。
<0008> 賑わう、というのは少しおかしな言い方かもしれない。
// <0009> ここにいる人たちは皆、何らかの病気を抱えているわけだから。
<0009> ここにいる人たちは皆、何らかの病気を抱えているわけだから。
// <0010> 来たくて来ているわけではないだろう。
<0010> 来たくて来ているわけではないだろう。
// <0011> 見舞い客にしても、それは同じだ。
<0011> 見舞い客にしても、それは同じだ。
// <0012> だからだろうか。
<0012> だからだろうか。
// <0013> よく晴れた日だというのに、この場所はどこか暗い。
<0013> よく晴れた日だというのに、この場所はどこか暗い。
// <0014> そう見えるのは、おれ自身の心が晴れないからかもしれない。
<0014> そう見えるのは、おれ自身の心が晴れないからかもしれない。
// <0015> 心配。\p不安。\p焦り。
<0015> 心配。\p不安。\p焦り。
// <0016> おれは、これから知らない人に連れて行かれる。
<0016> おれは、これから知らない人に連れて行かれる。
// <0017> 昨日の数時間だけではあったが、智代がどんな人かはよくわかった。
<0017> 昨日の数時間だけではあったが、智代がどんな人かはよくわかった。
// <0018> おれのことをとても大事に思ってくれている。
<0018> おれのことをとても大事に思ってくれている。
// <0019> 自覚はないが、おれの恋人だという少女は、おれの心強い味方に違いない。
<0019> 自覚はないが、おれの恋人だという少女は、おれの心強い味方に違いない。
// <0020> だが…それでも。
<0020> だが…それでも。
// <0021> この先もそうであるという根拠が、おれにはない。
<0021> この先もそうであるという根拠が、おれにはない。
// <0022> 根拠とはつまり、思い出だ。
<0022> 根拠とはつまり、思い出だ。
// <0023> 智代とおれとのつながりを示すものは、何もなかった。
<0023> 智代とおれとのつながりを示すものは、何もなかった。
// <0024> あるのは、智代の言葉だけ。
<0024> あるのは、智代の言葉だけ。
// <0025> ならば、せめて…
<0025> ならば、せめて…
// <0026> 千の言葉で、おれの空っぽの頭を埋めてほしい。
<0026> 千の言葉で、おれの空っぽの頭を埋めてほしい。
// <0027> \{智代}「待たせたな」
<0027> \{Tomoyo}「待たせたな」
// <0028> 取りとめもないことを考えていたせいで、智代の接近にさっぱり気づかなかった。
<0028> 取りとめもないことを考えていたせいで、智代の接近にさっぱり気づかなかった。
// <0029> \{智代}「どうした。ぼうっとしているな」
<0029> \{Tomoyo}「どうした。ぼうっとしているな」
// <0030> \{智代}「家に帰れるのが、嬉しいんだな。わかるぞ、私も一緒だからな」
<0030> \{Tomoyo}「家に帰れるのが、嬉しいんだな。わかるぞ、私も一緒だからな」
// <0031> \{智代}「私たちの家に戻れば、きっと朋也の記憶も戻る」
<0031> \{Tomoyo}「私たちの家に戻れば、きっと朋也の記憶も戻る」
// <0032> \{智代}「そのためならば、私は何でもする。誓ってもいい」
<0032> \{Tomoyo}「そのためならば、私は何でもする。誓ってもいい」
// <0033> \{朋也}「わざわざそんなことを誓わなくても、智代はそうしてくれるんだろ」
<0033> \{Tomoya}「わざわざそんなことを誓わなくても、智代はそうしてくれるんだろ」
// <0034> 今は目の前に、彼女がいることが嬉しかった。ただ、嬉しいと思った。
<0034> 今は目の前に、彼女がいることが嬉しかった。ただ、嬉しいと思った。
// <0035> \{智代}「いこう。荷物はそれだけか」
<0035> \{Tomoyo}「いこう。荷物はそれだけか」
// <0036> \{朋也}「ああ」
<0036> \{Tomoya}「ああ」
// <0037> 初めての場所。
<0037> 初めての場所。
// <0038> だが、帰るべき場所。
<0038> だが、帰るべき場所。
// <0039> 不安も焦りも、智代と一緒ならば乗り越えられると信じたかった。
<0039> 不安も焦りも、智代と一緒ならば乗り越えられると信じたかった。
// <0040> 空っぽのおれの頭を、今埋めてくれるのは智代だけだ。
<0040> 空っぽのおれの頭を、今埋めてくれるのは智代だけだ。
// <0041> 顔も知らない母、というのは、このような女性だったのだろうか。
<0041> 顔も知らない母、というのは、このような女性だったのだろうか。
// <0042> 智代に連れられ、電車に揺られて一駅。
<0042> 智代に連れられ、電車に揺られて一駅。
// <0043> そこから、しばらく歩く。
<0043> そこから、しばらく歩く。
// <0044> ふたりで坂道を登る。
<0044> ふたりで坂道を登る。
// <0045> 途中、学校の前を通った。
<0045> 途中、学校の前を通った。
// <0046> 先を行こうとしたおれは、すぐに智代が隣にいないことに気づく。
<0046> 先を行こうとしたおれは、すぐに智代が隣にいないことに気づく。
// <0047> 智代は、校門の前で立ち止まっていた。
<0047> 智代は、校門の前で立ち止まっていた。
// <0048> \{朋也}「どうしたんだ」
<0048> \{Tomoya}「どうしたんだ」
// <0049> おれは、もう少ししたら推薦でここを受けるはずだったのだ。
<0049> おれは、もう少ししたら推薦でここを受けるはずだったのだ。
// <0050> \{智代}「ここは朋也と私が通った学校だ。私たちが出会った場所なんだ」
<0050> \{Tomoyo}「ここは朋也と私が通った学校だ。私たちが出会った場所なんだ」
// <0051> 知らない間に卒業までしていた学校。
<0051> 知らない間に卒業までしていた学校。
// <0052> 智代にそう言われても、おれにとってはほとんど知らない場所だった。
<0052> 智代にそう言われても、おれにとってはほとんど知らない場所だった。
// <0053> 校門から続く坂道には、何本もの樹が植えられていた。
<0053> 校門から続く坂道には、何本もの樹が植えられていた。
// <0054> 葉ばかりなので、はっきりとはわからないが、桜だろうか。
<0054> 葉ばかりなので、はっきりとはわからないが、桜だろうか。
// <0055> \{智代}「朋也」
<0055> \{Tomoyo}「朋也」
// <0056> おれの正面を向き、智代が口を開く。
<0056> おれの正面を向き、智代が口を開く。
// <0057> \{智代}「私は、おまえに記憶を取り戻してもらいたい」
<0057> \{Tomoyo}「私は、おまえに記憶を取り戻してもらいたい」
// <0058> 昨日から、何度も聞いた台詞。
<0058> 昨日から、何度も聞いた台詞。
// <0059> \{智代}「おまえが混乱するのもわかるつもりだ」
<0059> \{Tomoyo}「おまえが混乱するのもわかるつもりだ」
// <0060> \{智代}「いきなり知らない人間が、おまえの恋人だと言うんだからな」
<0060> \{Tomoyo}「いきなり知らない人間が、おまえの恋人だと言うんだからな」
// <0061> \{智代}「それでも、私は言い続ける。おまえに思い出してもらいたいと」
<0061> \{Tomoyo}「それでも、私は言い続ける。おまえに思い出してもらいたいと」
// <0062> \{智代}「この場所で得たものを、私のために、そしておまえのために思い出してもらいたい」
<0062> \{Tomoyo}「この場所で得たものを、私のために、そしておまえのために思い出してもらいたい」
// <0063> 智代は少し空を見上げるように、言った。
<0063> 智代は少し空を見上げるように、言った。
// <0064> おれは頷くことしかできず、彼女を見ていた。
<0064> おれは頷くことしかできず、彼女を見ていた。
// <0065> \{智代}「すまない、待たせたな」
<0065> \{Tomoyo}「すまない、待たせたな」
// <0066> \{智代}「家に帰ろう。まずは、それからだな」
<0066> \{Tomoyo}「家に帰ろう。まずは、それからだな」
// <0067> 智代は歩き出す。
<0067> 智代は歩き出す。
// <0068> 彼女が見ていたのは、空ではなくて、あの樹だったのだろうか。
<0068> 彼女が見ていたのは、空ではなくて、あの樹だったのだろうか。
// <0069> おれが、そう思い至ったのは、少し後のことだった。
<0069> おれが、そう思い至ったのは、少し後のことだった。
// <0070> 着いた先は古いアパートだった。
<0070> 着いた先は古いアパートだった。
// <0071> さて、建てられて何十年だろうか、という外観だ。
<0071> さて、建てられて何十年だろうか、という外観だ。
// <0072> \{智代}「どうだ」
<0072> \{Tomoyo}「どうだ」
// <0073> その言葉におれは黙って首を振る。
<0073> その言葉におれは黙って首を振る。
// <0074> 見覚えがないか、という意味なのだろう。
<0074> 見覚えがないか、という意味なのだろう。
// <0075> 智代も期待はしていなかったのか、特に気落ちする様子も見せない。
<0075> 智代も期待はしていなかったのか、特に気落ちする様子も見せない。
// <0076> \{朋也}「中は…だいじょうぶだろうな?」
<0076> \{Tomoya}「中は…だいじょうぶだろうな?」
// <0077> おれがこまめに掃除をしていたとは、到底思えなかった。
<0077> おれがこまめに掃除をしていたとは、到底思えなかった。
// <0078> \{智代}「心配ない。綺麗なままだ」
<0078> \{Tomoyo}「心配ない。綺麗なままだ」
// <0079> \{智代}「私が日ごろから掃除をしているからな」
<0079> \{Tomoyo}「私が日ごろから掃除をしているからな」
// <0080> \{智代}「おまえはちっとも片づけをしないから、私が代わりにほとんどやっていたんだ」
<0080> \{Tomoyo}「おまえはちっとも片づけをしないから、私が代わりにほとんどやっていたんだ」
// <0081> \{智代}「本当におまえは仕方のないやつだな」
<0081> \{Tomoyo}「本当におまえは仕方のないやつだな」
// <0082> \{智代}「ともかく中に入ろう。話はそれからだ」
<0082> \{Tomoyo}「ともかく中に入ろう。話はそれからだ」
// <0083> \{智代}「一休みしたら、ご飯にしよう」
<0083> \{Tomoyo}「一休みしたら、ご飯にしよう」
// <0084> 智代が鍵をポケットから取り出すと、ドアノブに差し込む。
<0084> 智代が鍵をポケットから取り出すと、ドアノブに差し込む。
// <0085> 少し鈍い音を立てて、ドアが開く。
<0085> 少し鈍い音を立てて、ドアが開く。
// <0086> おれは智代の後ろから、覗き込むようにして部屋の中を見た。
<0086> おれは智代の後ろから、覗き込むようにして部屋の中を見た。
// <0087> 整然としていた。
<0087> 整然としていた。
// <0088> 狭い部屋だった。入らずとも、ほぼすべてが見渡せるくらいの。
<0088> 狭い部屋だった。入らずとも、ほぼすべてが見渡せるくらいの。
// <0089> いくつかの家具。部屋の真ん中にはテーブルがひとつ。
<0089> いくつかの家具。部屋の真ん中にはテーブルがひとつ。
// <0090> 男のひとり暮らしと聞くともっと汚いイメージがあったのだが、なかなかやるじゃないか、おれ。
<0090> 男のひとり暮らしと聞くともっと汚いイメージがあったのだが、なかなかやるじゃないか、おれ。
// <0091> …と思ったが、先ほどの智代の言葉を思い出す。
<0091> …と思ったが、先ほどの智代の言葉を思い出す。
// <0092> ああ…智代が全部やってくれていたのか。
<0092> ああ…智代が全部やってくれていたのか。
// <0093> そうだろうな。
<0093> そうだろうな。
// <0094> 玄関で靴を脱ぎ、部屋にあがる。
<0094> 玄関で靴を脱ぎ、部屋にあがる。
// <0095> \{朋也}「おじゃまします」
<0095> \{Tomoya}「おじゃまします」
// <0096> \{智代}「何を言っているんだ。ここはおまえの部屋だぞ?」
<0096> \{Tomoyo}「何を言っているんだ。ここはおまえの部屋だぞ?」
// <0097> \{朋也}「わかってはいるんだけど…その実感がないからな」
<0097> \{Tomoya}「わかってはいるんだけど…その実感がないからな」
// <0098> 初めて訪れる友達の家、みたいな感じだ。
<0098> 初めて訪れる友達の家、みたいな感じだ。
// <0099> 知っていないのに、知っている。
<0099> 知っていないのに、知っている。
// <0100> 知っているのに、知らない。
<0100> 知っているのに、知らない。
// <0101> \{智代}「それでも、ここはおまえの家なんだ。だから、その言葉は違うと思う」
<0101> \{Tomoyo}「それでも、ここはおまえの家なんだ。だから、その言葉は違うと思う」
// <0102> \{朋也}「ただいま」
<0102> \{Tomoya}「ただいま」
// <0103> おれの言葉に、先に部屋に入っていた智代は大きく頷く。
<0103> おれの言葉に、先に部屋に入っていた智代は大きく頷く。
// <0104> \{智代}「おかえり、朋也」
<0104> \{Tomoyo}「おかえり、朋也」
// <0105> その言葉を聞いても、ここが自分の部屋だという実感は湧かない。
<0105> その言葉を聞いても、ここが自分の部屋だという実感は湧かない。
// <0106> おれにとっての家は、あの家であり、家族と言えば(仲は良くないが)親父だけだから。
<0106> おれにとっての家は、あの家であり、家族と言えば(仲は良くないが)親父だけだから。
// <0107> もしも、今ここに居るのがおれひとりだけならば、すぐにでも、自分の本来の家に向かっていたことだろう。
<0107> もしも、今ここに居るのがおれひとりだけならば、すぐにでも、自分の本来の家に向かっていたことだろう。
// <0108> それをしないのは、隣に智代がいるからだ。
<0108> それをしないのは、隣に智代がいるからだ。
// <0109> 少なくとも彼女がいる限り、おれはひとりじゃない。
<0109> 少なくとも彼女がいる限り、おれはひとりじゃない。
// <0110> 座布団を敷き、丸テーブルに肘をつく。
<0110> 座布団を敷き、丸テーブルに肘をつく。
// <0111> 智代が鞄から、システム手帳を取り出して何か書き付けている。
<0111> 智代が鞄から、システム手帳を取り出して何か書き付けている。
// <0112> \{朋也}「なにをしてるんだ?」
<0112> \{Tomoya}「なにをしてるんだ?」
// <0113> \{智代}「今日は…朋也の退院記念日だ」
<0113> \{Tomoyo}「今日は…朋也の退院記念日だ」
// <0114> そう言えば、昨日もそんなことを言っていたな。
<0114> そう言えば、昨日もそんなことを言っていたな。
// <0115> \{智代}「私と朋也の大切な日を、たくさん作っていこう」
<0115> \{Tomoyo}「私と朋也の大切な日を、たくさん作っていこう」
// <0116> \{朋也}「…そうだな」
<0116> \{Tomoya}「…そうだな」
// <0117> 智代は日付を赤く丸で囲むと、手帳を閉じた。
<0117> 智代は日付を赤く丸で囲むと、手帳を閉じた。
// <0118> それから、智代が台所で昼食の用意を始める。
<0118> それから、智代が台所で昼食の用意を始める。
// <0119> \{智代}「まだ大丈夫…だろう」
<0119> \{Tomoyo}「まだ大丈夫…だろう」
// <0120> 冷蔵庫を開けて、そんなことを呟いている。
<0120> 冷蔵庫を開けて、そんなことを呟いている。
// <0121> …少し、不安だ。
<0121> …少し、不安だ。
// <0122> 退院した直後に、食あたりなんてことにならないだろうな。
<0122> 退院した直後に、食あたりなんてことにならないだろうな。
// <0123> エプロンをした智代の後ろ姿を見つめる。
<0123> エプロンをした智代の後ろ姿を見つめる。
// <0124> 顔は見えないが、なにやら嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。
<0124> 顔は見えないが、なにやら嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。
// <0125> \{朋也}「なんか楽しそうだな」
<0125> \{Tomoya}「なんか楽しそうだな」
// <0126> \{智代}「わかるか」
<0126> \{Tomoyo}「わかるか」
// <0127> 体を揺らしながら、鼻歌を歌っていれば、子供でもわかると思う。
<0127> 体を揺らしながら、鼻歌を歌っていれば、子供でもわかると思う。
// <0128> \{智代}「もう少し待っていてくれ。腕によりをかけているところだ」
<0128> \{Tomoyo}「もう少し待っていてくれ。腕によりをかけているところだ」
// <0129> \{智代}「わかっていると思うが。えっちなことは禁止だからな」
<0129> \{Tomoyo}「わかっていると思うが。えっちなことは禁止だからな」
// <0130> \{朋也}「えっ、えっち!?」
<0130> \{Tomoya}「えっ、えっち!?」
// <0131> 不意打ちの単語に、声がひっくり返る。
<0131> 不意打ちの単語に、声がひっくり返る。
// <0132> \{智代}「そうだ。私が料理をしていると、朋也はすぐに後ろから抱きしめてくるからな」
<0132> \{Tomoyo}「そうだ。私が料理をしていると、朋也はすぐに後ろから抱きしめてくるからな」
// <0133> \{智代}「今日はおまえの退院祝いなんだ。我慢してくれ」
<0133> \{Tomoyo}「今日はおまえの退院祝いなんだ。我慢してくれ」
// <0134> 我慢も何も…
<0134> 我慢も何も…
// <0135> いきなりそんな刺激的なことを言われても、困ってしまう。
<0135> いきなりそんな刺激的なことを言われても、困ってしまう。
// <0136> おれの中では、自分は純朴な中学生なんだ。
<0136> おれの中では、自分は純朴な中学生なんだ。
// <0137> 色々と、まずい…
<0137> 色々と、まずい…
// <0138> \{智代}「どうした、朋也」
<0138> \{Tomoyo}「どうした、朋也」
// <0139> \{朋也}「べ、別に、どうもしないぞ」
<0139> \{Tomoya}「べ、別に、どうもしないぞ」
// <0140> 智代の後姿から目を逸らし、おれは部屋を一通り見渡す。
<0140> 智代の後姿から目を逸らし、おれは部屋を一通り見渡す。
// <0141> こざっぱりとしている。
<0141> こざっぱりとしている。
// <0142> 智代は、よく掃除に来てくれたのだろうか。
<0142> 智代は、よく掃除に来てくれたのだろうか。
// <0143> \{朋也}「おれはここに住んでいたのか?」
<0143> \{Tomoya}「おれはここに住んでいたのか?」
// <0144> \{智代}「そうだ。卒業してから、すぐに引っ越した」
<0144> \{Tomoyo}「そうだ。卒業してから、すぐに引っ越した」
// <0145> 背を向けたまま、智代が話す。
<0145> 背を向けたまま、智代が話す。
// <0146> \{朋也}「それは…親父と関係があるのか」
<0146> \{Tomoya}「それは…親父と関係があるのか」
// <0147> \{智代}「………」
<0147> \{Tomoyo}「………」
// <0148> \{智代}「…そうだな。無関係ではないだろうな」
<0148> \{Tomoyo}「…そうだな。無関係ではないだろうな」
// <0149> \{智代}「おまえは、親父さんを嫌っていた…憎んでいた、と言ってもいい」
<0149> \{Tomoyo}「おまえは、親父さんを嫌っていた…憎んでいた、と言ってもいい」
// <0150> \{朋也}「憎んでいた?」
<0150> \{Tomoya}「憎んでいた?」
// <0151> \{智代}「うん…」
<0151> \{Tomoyo}「うん…」
// <0152> 確かに親父との仲はよくなかった。
<0152> 確かに親父との仲はよくなかった。
// <0153> 酒を呑み、ろくに働きもしない親父を好きにはなれない。
<0153> 酒を呑み、ろくに働きもしない親父を好きにはなれない。
// <0154> ただ金は家に入れていたし、顔さえ合わさなければ、おれにとっては空気みたいなものだった。
<0154> ただ金は家に入れていたし、顔さえ合わさなければ、おれにとっては空気みたいなものだった。
// <0155> 憎む、というほどではなかったはずだ。
<0155> 憎む、というほどではなかったはずだ。
// <0156> \{朋也}「どうしておれはそんな風になったんだ?」
<0156> \{Tomoya}「どうしておれはそんな風になったんだ?」
// <0157> \{智代}「それは…」
<0157> \{Tomoyo}「それは…」
// <0158> \{智代}「いずれわかる」
<0158> \{Tomoyo}「いずれわかる」
// <0159> \{智代}「朋也。昼ご飯がもうすぐできる。ご飯は静かに待つものだぞ」
<0159> \{Tomoyo}「朋也。昼ご飯がもうすぐできる。ご飯は静かに待つものだぞ」
// <0160> 諭すように、そう言った。
<0160> 諭すように、そう言った。
// <0161> この話はおしまい、ということか。
<0161> この話はおしまい、ということか。
// <0162> 智代がいずれわかる、と言うんだから、それまで待とう。
<0162> 智代がいずれわかる、と言うんだから、それまで待とう。
// <0163> どうせ思い出すなら、明るい話題の方が自分としても嬉しい。
<0163> どうせ思い出すなら、明るい話題の方が自分としても嬉しい。
// <0164> …それにしても静かだ。
<0164> …それにしても静かだ。
// <0165> 智代が口ずさむ歌と、炒めものをしているフライパンの油の音しかしない。
<0165> 智代が口ずさむ歌と、炒めものをしているフライパンの油の音しかしない。
// <0166> 時計の針の音まで聞こえてきそうだ。
<0166> 時計の針の音まで聞こえてきそうだ。
// <0167> すでに正午をまわり、間もなく1時になろうとしている。
<0167> すでに正午をまわり、間もなく1時になろうとしている。
// <0168> 車も通らないのだろうか。よほど閑静な住宅街だ。
<0168> 車も通らないのだろうか。よほど閑静な住宅街だ。
// <0169> \{朋也}「静かだな」
<0169> \{Tomoya}「静かだな」
// <0170> 思ったことを口にする。
<0170> 思ったことを口にする。
// <0171> \{智代}「退屈なのか。すまない、もう少しだ」
<0171> \{Tomoyo}「退屈なのか。すまない、もう少しだ」
// <0172> \{智代}「テレビでも見ていたらどうだ」
<0172> \{Tomoyo}「テレビでも見ていたらどうだ」
// <0173> 言われて、テーブルの上にあるリモコンを手にする。
<0173> 言われて、テーブルの上にあるリモコンを手にする。
// <0174> 電源を入れると、お昼の長寿番組がちょうどエンディングを迎えていた。
<0174> 電源を入れると、お昼の長寿番組がちょうどエンディングを迎えていた。
// <0175> …まだやっているんだな。
<0175> …まだやっているんだな。
// <0176> おれの記憶にあるのはその司会者だけで、あとのタレントは見知らぬ顔ばかりだった。
<0176> おれの記憶にあるのはその司会者だけで、あとのタレントは見知らぬ顔ばかりだった。
// <0177> 画面がCMに切り換わる。
<0177> 画面がCMに切り換わる。
// <0178> 聞いたことのない、使い道もわからない電化製品の広告が流れた。
<0178> 聞いたことのない、使い道もわからない電化製品の広告が流れた。
// <0179> 居心地の悪さを覚え、おれはテレビを消した。
<0179> 居心地の悪さを覚え、おれはテレビを消した。
// <0180> \{智代}「待たせたな」
<0180> \{Tomoyo}「待たせたな」
// <0181> 智代が皿を運んできたのは、それからしばらくしてからだった。
<0181> 智代が皿を運んできたのは、それからしばらくしてからだった。
// <0182> \{朋也}「おなかが空いた」
<0182> \{Tomoya}「おなかが空いた」
// <0183> それは本心だ。
<0183> それは本心だ。
// <0184> 昨晩も今朝も病院食しか食べていないのだから、腹も減る。
<0184> 昨晩も今朝も病院食しか食べていないのだから、腹も減る。
// <0185> 智代の作ってくれたご飯はうまかった。
<0185> 智代の作ってくれたご飯はうまかった。
// <0186> メニューはシンプルなものだ。
<0186> メニューはシンプルなものだ。
// <0187> グリーンピースの緑が鮮やかなチャーハンに、サラダ、そしておれだけには豚肉の炒めたものもついてきた。
<0187> グリーンピースの緑が鮮やかなチャーハンに、サラダ、そしておれだけには豚肉の炒めたものもついてきた。
// <0188> \{智代}「朋也は病み上がりなんだからな。たくさん食べてほしい」
<0188> \{Tomoyo}「朋也は病み上がりなんだからな。たくさん食べてほしい」
// <0189> なにより、おれが昼飯をうまいと思えた理由は、会話だった。
<0189> なにより、おれが昼飯をうまいと思えた理由は、会話だった。
// <0190> 長年、おれと親父の二人だけの食卓に会話はなかった。
<0190> 長年、おれと親父の二人だけの食卓に会話はなかった。
// <0191> おれと親父は同じ卓を囲みながら、別々に食事をしていた。
<0191> おれと親父は同じ卓を囲みながら、別々に食事をしていた。
// <0192> しかし、智代は違う。
<0192> しかし、智代は違う。
// <0193> おれの記憶に気遣い、まずは今の世界情勢から教えてくれた。
<0193> おれの記憶に気遣い、まずは今の世界情勢から教えてくれた。
// <0194> アメリカの大統領は一人しか代わっていなかったが、日本の首相は五人くらい代わっていた。
<0194> アメリカの大統領は一人しか代わっていなかったが、日本の首相は五人くらい代わっていた。
// <0195> ほとんど一方的に智代が話し、おれはたまに質問をはさむ程度だった。
<0195> ほとんど一方的に智代が話し、おれはたまに質問をはさむ程度だった。
// <0196> それでも、箸を動かしながら話をするという行為が、ひどく嬉しかった。
<0196> それでも、箸を動かしながら話をするという行為が、ひどく嬉しかった。
// <0197> 世界と日本の現在を語り終えたあたりで、食事は終わってしまった。
<0197> 世界と日本の現在を語り終えたあたりで、食事は終わってしまった。
// <0198> 正直、あまり興味のある話題ではなかったのだが、動く智代の口を眺めているだけで時間は楽しく過ぎていった。
<0198> 正直、あまり興味のある話題ではなかったのだが、動く智代の口を眺めているだけで時間は楽しく過ぎていった。
// <0199> 食べ終わるのが、もったいないと思うのはいつ以来だろう?
<0199> 食べ終わるのが、もったいないと思うのはいつ以来だろう?
// <0200> 思い出そうにも、その記憶ははるか彼方にしかなかった。
<0200> 思い出そうにも、その記憶ははるか彼方にしかなかった。
// <0201> \{朋也}「智代、これからどうするんだ」
<0201> \{Tomoya}「智代、これからどうするんだ」
// <0202> 洗い物をしている智代に声をかける。
<0202> 洗い物をしている智代に声をかける。
// <0203> 世界と日本の現状はある程度わかったが、おれの置かれた状況はまだよく理解できない。
<0203> 世界と日本の現状はある程度わかったが、おれの置かれた状況はまだよく理解できない。
// <0204> \{朋也}「それに、智代はいいのか?」
<0204> \{Tomoya}「それに、智代はいいのか?」
// <0205> \{智代}「ん? なにがだ?」
<0205> \{Tomoyo}「ん? なにがだ?」
// <0206> \{朋也}「おまえにはおまえの生活があるだろ? おればかりに関わっているわけにもいかないだろう」
<0206> \{Tomoya}「おまえにはおまえの生活があるだろ? おればかりに関わっているわけにもいかないだろう」
// <0207> \{智代}「何を言っているんだ」
<0207> \{Tomoyo}「何を言っているんだ」
// <0208> 大きな声を出す。
<0208> 大きな声を出す。
// <0209> \{智代}「さっきも言っただろう。おまえの記憶が戻ることが、私のすべてだ」
<0209> \{Tomoyo}「さっきも言っただろう。おまえの記憶が戻ることが、私のすべてだ」
// <0210> \{智代}「それをさしおいて、他に何をすることがある」
<0210> \{Tomoyo}「それをさしおいて、他に何をすることがある」
// <0211> \{智代}「確かに、今私は少し休みをもらっているが、それをおまえが気に病むことはない」
<0211> \{Tomoyo}「確かに、今私は少し休みをもらっているが、それをおまえが気に病むことはない」
// <0212> \{朋也}「ああ、わかったよ」
<0212> \{Tomoya}「ああ、わかったよ」
// <0213> そして、改めてこれからの予定を訊いた。
<0213> そして、改めてこれからの予定を訊いた。
// <0214> \{智代}「学校に行こうと思っている」
<0214> \{Tomoyo}「学校に行こうと思っている」
// <0215> \{朋也}「学校?」
<0215> \{Tomoya}「学校?」
// <0216> \{智代}「そうだ。おまえの通っていた学校だ」
<0216> \{Tomoyo}「そうだ。おまえの通っていた学校だ」
// <0217> おれの記憶にない時間。その大半を過ごした学校。
<0217> おれの記憶にない時間。その大半を過ごした学校。
// <0218> ここに向かう途中で通った場所。
<0218> ここに向かう途中で通った場所。
// <0219> そして…
<0219> そして…
// <0220> \{智代}「私とおまえが出会った場所だ。まずは、そこに行こう」
<0220> \{Tomoyo}「私とおまえが出会った場所だ。まずは、そこに行こう」
// <0221> ふたりの思い出の場所。
<0221> ふたりの思い出の場所。
// <0222> そして、逆に思う。
<0222> そして、逆に思う。
// <0223> そこで思い出せなければ、果たして他で思い出すことなどできるのだろうか?
<0223> そこで思い出せなければ、果たして他で思い出すことなどできるのだろうか?
// <0224> \{智代}「着替えるから、少し待っていてくれ」
<0224> \{Tomoyo}「着替えるから、少し待っていてくれ」
// <0225> \{朋也}「着替え?」
<0225> \{Tomoya}「着替え?」
// <0226> \{智代}「学校に私服で行くのも変だからな。制服に着替える」
<0226> \{Tomoyo}「学校に私服で行くのも変だからな。制服に着替える」
// <0227> 言うなり、智代が上着を脱いだ。
<0227> 言うなり、智代が上着を脱いだ。
// <0228> 目に飛び込んできたのは、白いブラジャーだ。
<0228> 目に飛び込んできたのは、白いブラジャーだ。
// <0229> \{朋也}「なっ、い、いきなり」
<0229> \{Tomoya}「なっ、い、いきなり」
// <0230> \{智代}「なんだ?」
<0230> \{Tomoyo}「なんだ?」
// <0231> \{朋也}「いきなり、こんなところで着替えるのかっ」
<0231> \{Tomoya}「いきなり、こんなところで着替えるのかっ」
// <0232> 慌てるおれに向かって、意地悪な笑みを向ける。
<0232> 慌てるおれに向かって、意地悪な笑みを向ける。
// <0233> \{智代}「ふふ、こういう朋也はかわいいな」
<0233> \{Tomoyo}「ふふ、こういう朋也はかわいいな」
// <0234> \{朋也}「かわいいっ?」
<0234> \{Tomoya}「かわいいっ?」
// <0235> \{智代}「ああ、朋也はすけべだったからな」
<0235> \{Tomoyo}「ああ、朋也はすけべだったからな」
// <0236> \{智代}「私の着替え姿など見せようものなら、色々と大変だった」
<0236> \{Tomoyo}「私の着替え姿など見せようものなら、色々と大変だった」
// <0237> \{智代}「うん、こういう反応は面白いな」
<0237> \{Tomoyo}「うん、こういう反応は面白いな」
// <0238> おれの体が保たない。
<0238> おれの体が保たない。
// <0239> \{朋也}「やめてくれ」
<0239> \{Tomoya}「やめてくれ」
// <0240> \{智代}「朋也は私のことが嫌いか?」
<0240> \{Tomoyo}「朋也は私のことが嫌いか?」
// <0241> \{智代}「その…私の体には魅力がないか?」
<0241> \{Tomoyo}「その…私の体には魅力がないか?」
// <0242> \{朋也}「いや、あると言えば、とてもある。ありすぎるくらいだ」
<0242> \{Tomoya}「いや、あると言えば、とてもある。ありすぎるくらいだ」
// <0243> \{朋也}「だけど、その、なんていうか…慣れてないんだ、うん」
<0243> \{Tomoya}「だけど、その、なんていうか…慣れてないんだ、うん」
// <0244> 白い下着が目にまぶしい。しどろもどろで答える。
<0244> 白い下着が目にまぶしい。しどろもどろで答える。
// <0245> \{智代}「冗談だ。仕方ない、台所で着替えることにしよう」
<0245> \{Tomoyo}「冗談だ。仕方ない、台所で着替えることにしよう」
// <0246> \{朋也}「そうしてくれると助かる」
<0246> \{Tomoya}「そうしてくれると助かる」
// <0247> すると、智代はすっとおれの方に近づく。
<0247> すると、智代はすっとおれの方に近づく。
// <0248> 下着姿のままで、だ。
<0248> 下着姿のままで、だ。
// <0249> 胸のふくらみに目がいく。
<0249> 胸のふくらみに目がいく。
// <0250> 素敵だった。
<0250> 素敵だった。
// <0251> つばを飲み込もうとするが、のどは渇いていた。
<0251> つばを飲み込もうとするが、のどは渇いていた。
// <0252> そして、唐突に…唇に、やわらかい感触。
<0252> そして、唐突に…唇に、やわらかい感触。
// <0253> 触れて、すぐに離れた。
<0253> 触れて、すぐに離れた。
// <0254> 甘い、女の子の匂いがした。
<0254> 甘い、女の子の匂いがした。
// <0255> それが軽いキスだと気づくのに、少し時間がかかった。
<0255> それが軽いキスだと気づくのに、少し時間がかかった。
// <0256> \{朋也}「なっ」
<0256> \{Tomoya}「なっ」
// <0257> \{智代}「どうだった。ファーストキスの味は」
<0257> \{Tomoyo}「どうだった。ファーストキスの味は」
// <0258> 絶句するおれに、智代は微笑みかける。
<0258> 絶句するおれに、智代は微笑みかける。
// <0259> そのまま返事を待たずに、台所に行ってしまった。
<0259> そのまま返事を待たずに、台所に行ってしまった。
// <0260> 迷いのない智代の行動。
<0260> 迷いのない智代の行動。
// <0261> このような行為は、おれたちの間では日常だったのだろうか。
<0261> このような行為は、おれたちの間では日常だったのだろうか。
// <0262> …不思議だ。
<0262> …不思議だ。
// <0263> 愛とか恋なんて、まだ自分には縁遠いものだと思っていたから。
<0263> 愛とか恋なんて、まだ自分には縁遠いものだと思っていたから。
// <0264> 智代が一緒にいるといっても…いまだに、よくわからない。
<0264> 智代が一緒にいるといっても…いまだに、よくわからない。
// <0265> 着替えを終えた智代が戻ってきた。
<0265> 着替えを終えた智代が戻ってきた。
// <0266> 先ほどの格好をもう少し見ていたかった気もするが、その制服姿も十分よかった。
<0266> 先ほどの格好をもう少し見ていたかった気もするが、その制服姿も十分よかった。
// <0267> もちろん初めて見る。それでも、彼女に一番しっくりときているように思った。
<0267> もちろん初めて見る。それでも、彼女に一番しっくりときているように思った。
// <0268> \{朋也}「似合っているな」
<0268> \{Tomoya}「似合っているな」
// <0269> 感想を口にする。
<0269> 感想を口にする。
// <0270> \{智代}「そうか…」
<0270> \{Tomoyo}「そうか…」
// <0271> \{智代}「…うん、誉め言葉と受け取っておこう」
<0271> \{Tomoyo}「…うん、誉め言葉と受け取っておこう」
// <0272> なぜか微妙な顔を見せる。
<0272> なぜか微妙な顔を見せる。
// <0273> 素直に誉めたつもりだったのに。
<0273> 素直に誉めたつもりだったのに。
// <0274> ふたりで並んで学校に向かう。
<0274> ふたりで並んで学校に向かう。
// <0275> \{朋也}「おれは学生服じゃなくていいのかな」
<0275> \{Tomoya}「おれは学生服じゃなくていいのかな」
// <0276> \{智代}「もう、さすがに似合わないだろう。かなり変だぞ」
<0276> \{Tomoyo}「もう、さすがに似合わないだろう。かなり変だぞ」
// <0277> ちょっとショックだった。
<0277> ちょっとショックだった。
// <0278> 部屋にいる時に感じた通り、この辺りはあまり車も通らない静かなところのようだ。
<0278> 部屋にいる時に感じた通り、この辺りはあまり車も通らない静かなところのようだ。
// <0279> 昼過ぎだからか、歩いているのは主婦と小さな子供くらいだった。
<0279> 昼過ぎだからか、歩いているのは主婦と小さな子供くらいだった。
// <0280> \{朋也}「制服だと目立たないか?」
<0280> \{Tomoya}「制服だと目立たないか?」
// <0281> \{智代}「ふふ。私は学校をさぼっている不良に見えるかな」
<0281> \{Tomoyo}「ふふ。私は学校をさぼっている不良に見えるかな」
// <0282> \{朋也}「じゃあ、おれは智代を連れまわしている不良か」
<0282> \{Tomoya}「じゃあ、おれは智代を連れまわしている不良か」
// <0283> \{智代}「そうかもしれないな」
<0283> \{Tomoyo}「そうかもしれないな」
// <0284> 少し、神妙な顔をする。
<0284> 少し、神妙な顔をする。
// <0285> \{智代}「これから学校に行くわけだが、朋也のことを覚えている先生ももちろんいる」
<0285> \{Tomoyo}「これから学校に行くわけだが、朋也のことを覚えている先生ももちろんいる」
// <0286> \{智代}「幸村先生は、もう退任されてしまったが」
<0286> \{Tomoyo}「幸村先生は、もう退任されてしまったが」
// <0287> その名前に聞き覚えはないが、わざわざ智代が名前を出すのだから、おれに関係のある教師なのだろう。
<0287> その名前に聞き覚えはないが、わざわざ智代が名前を出すのだから、おれに関係のある教師なのだろう。
// <0288> \{智代}「正直に言うと、おまえは有名人だった」
<0288> \{Tomoyo}「正直に言うと、おまえは有名人だった」
// <0289> \{朋也}「そりゃ、照れるな」
<0289> \{Tomoya}「そりゃ、照れるな」
// <0290> \{智代}「いい意味じゃない」
<0290> \{Tomoyo}「いい意味じゃない」
// <0291> \{智代}「授業はさぼる、遅刻はする。試験は赤点ばかり。喧嘩は…しなかったが」
<0291> \{Tomoyo}「授業はさぼる、遅刻はする。試験は赤点ばかり。喧嘩は…しなかったが」
// <0292> \{朋也}「そりゃそうだろう。おれはスポーツ推薦で入学したんだ」
<0292> \{Tomoya}「そりゃそうだろう。おれはスポーツ推薦で入学したんだ」
// <0293> \{朋也}「毎日、しっかり授業を受けてテストで百点ばかり取っていました、なんて言われたほうがよっぽどおかしいと思うぞ」
<0293> \{Tomoya}「毎日、しっかり授業を受けてテストで百点ばかり取っていました、なんて言われたほうがよっぽどおかしいと思うぞ」
// <0294> \{智代}「そうだな。正しい意見だと思う」
<0294> \{Tomoyo}「そうだな。正しい意見だと思う」
// <0295> 自分で言っておいてなんだが、あっさり肯定されると少し悲しい。
<0295> 自分で言っておいてなんだが、あっさり肯定されると少し悲しい。
// <0296> \{朋也}「おれはバスケで活躍してたんだろう?」
<0296> \{Tomoya}「おれはバスケで活躍してたんだろう?」
// <0297> \{朋也}「だったら、多少行いが悪くても問題ないはずだ」
<0297> \{Tomoya}「だったら、多少行いが悪くても問題ないはずだ」
// <0298> その言葉に智代は答えず、歩くペースを少し速めた。
<0298> その言葉に智代は答えず、歩くペースを少し速めた。
// <0299> 緩やかな上り坂だった。
<0299> 緩やかな上り坂だった。
// <0300> おれと智代は無言のまま、その坂を登る。
<0300> おれと智代は無言のまま、その坂を登る。
// <0301> \{智代}「着いたぞ」
<0301> \{Tomoyo}「着いたぞ」
// <0302> 午前中にも見たばかりだったが、改めて見つめる。
<0302> 午前中にも見たばかりだったが、改めて見つめる。
// <0303> おれが通っていた学校。
<0303> おれが通っていた学校。
// <0304> 見覚えはない。
<0304> 見覚えはない。
// <0305> この門を、おれは毎日くぐっていたのだろうか。
<0305> この門を、おれは毎日くぐっていたのだろうか。
// <0306> どんな友達がいたんだろう。
<0306> どんな友達がいたんだろう。
// <0307> おれは楽しい学校生活を送ったのか。
<0307> おれは楽しい学校生活を送ったのか。
// <0308> 記憶にある中学時代は、そうだったと言える。
<0308> 記憶にある中学時代は、そうだったと言える。
// <0309> だから、ここでもそうだったはずだ。
<0309> だから、ここでもそうだったはずだ。
// <0310> \{智代}「さあ、入ろう。今はまだ授業時間中だ。それほど目立つこともない」
<0310> \{Tomoyo}「さあ、入ろう。今はまだ授業時間中だ。それほど目立つこともない」
// <0311> \{朋也}「断ったりしなくていいのか?」
<0311> \{Tomoya}「断ったりしなくていいのか?」
// <0312> \{智代}「構わない。私のすることなら、多少大目に見てくれる」
<0312> \{Tomoyo}「構わない。私のすることなら、多少大目に見てくれる」
// <0313> \{朋也}「信用あるんだな」
<0313> \{Tomoya}「信用あるんだな」
// <0314> \{智代}「うん、そうだな。それなりにはな」
<0314> \{Tomoyo}「うん、そうだな。それなりにはな」
// <0315> 智代に続いて、校門を抜ける。
<0315> 智代に続いて、校門を抜ける。
// <0316> おそらくほとんどの学校がそうであるように、多くの樹が植えられていた。
<0316> おそらくほとんどの学校がそうであるように、多くの樹が植えられていた。
// <0317> \{智代}「おまえはよく、これぐらいの時間でも登校していたんだぞ」
<0317> \{Tomoyo}「おまえはよく、これぐらいの時間でも登校していたんだぞ」
// <0318> \{朋也}「そりゃ遅刻じゃないか」
<0318> \{Tomoya}「そりゃ遅刻じゃないか」
// <0319> \{智代}「一般にはそう言うな」
<0319> \{Tomoyo}「一般にはそう言うな」
// <0320> \{朋也}「じゃあ、やっぱり不良だな」
<0320> \{Tomoya}「じゃあ、やっぱり不良だな」
// <0321> \{智代}「もちろん知り合ってからは、私が許さなかったがな」
<0321> \{Tomoyo}「もちろん知り合ってからは、私が許さなかったがな」
// <0322> \{朋也}「なんか、おれ、尻に敷かれてたみたいだな」
<0322> \{Tomoya}「なんか、おれ、尻に敷かれてたみたいだな」
// <0323> \{智代}「そ…そんなことはない。私は朋也に惚れていたんだから」
<0323> \{Tomoyo}「そ…そんなことはない。私は朋也に惚れていたんだから」
// <0324> \{智代}「むしろ、おまえがよく私をいじめていた」
<0324> \{Tomoyo}「むしろ、おまえがよく私をいじめていた」
// <0325> \{智代}「こんなにも可憐な少女にいたずらをしては喜んでいたんだ」
<0325> \{Tomoyo}「こんなにも可憐な少女にいたずらをしては喜んでいたんだ」
// <0326> 聞いているこっちの方が恥ずかしくなってくる。
<0326> 聞いているこっちの方が恥ずかしくなってくる。
// <0327> 記憶がない以上、どちらが正しいのかわからない。
<0327> 記憶がない以上、どちらが正しいのかわからない。
// <0328> おれは自分の立場の弱さに改めて気づいてしまった。
<0328> おれは自分の立場の弱さに改めて気づいてしまった。
// <0329> 校舎に入り、廊下を歩く。
<0329> 校舎に入り、廊下を歩く。
// <0330> 自分が私服だからか、すごく緊張してしまう。
<0330> 自分が私服だからか、すごく緊張してしまう。
// <0331> ひどく、場違いな気がした。
<0331> ひどく、場違いな気がした。
// <0332> 自分はここに居てもいいのか、不意に恐くなる。
<0332> 自分はここに居てもいいのか、不意に恐くなる。
// <0333> その気持ちは、単にこの学校という場に留まらず、もっと広い世界へ拡がっていくような気がする。
<0333> その気持ちは、単にこの学校という場に留まらず、もっと広い世界へ拡がっていくような気がする。
// <0334> 今、おれのそばには智代がいる。
<0334> 今、おれのそばには智代がいる。
// <0335> 智代しかいない。
<0335> 智代しかいない。
// <0336> 中学校に行っても、もう知っているやつは残っていない。
<0336> 中学校に行っても、もう知っているやつは残っていない。
// <0337> どこで何をしているか、調べるのは一苦労だろう。
<0337> どこで何をしているか、調べるのは一苦労だろう。
// <0338> この学校では、おれを知っているやつはいるかも知れないが、おれはそいつのことを知らない。
<0338> この学校では、おれを知っているやつはいるかも知れないが、おれはそいつのことを知らない。
// <0339> おれのことをよく知っていて、おれもそいつのことをよく知っている。
<0339> おれのことをよく知っていて、おれもそいつのことをよく知っている。
// <0340> そんな人間は…親父しかいない。
<0340> そんな人間は…親父しかいない。
// <0341> 会いたい、などと思ってしまう。
<0341> 会いたい、などと思ってしまう。
// <0342> 会っても、ろくに話すことなどないのに。
<0342> 会っても、ろくに話すことなどないのに。
// <0343> \{智代}「朋也、こっちだ」
<0343> \{Tomoyo}「朋也、こっちだ」
// <0344> 角を曲がろうとする智代に促される。
<0344> 角を曲がろうとする智代に促される。
// <0345> 右も左も分からないまま、おれは智代についていくしかない。
<0345> 右も左も分からないまま、おれは智代についていくしかない。
// <0346> \{朋也}「どこに行くんだ?」
<0346> \{Tomoya}「どこに行くんだ?」
// <0347> \{智代}「決まっているだろう。まずは、私たちが出会った場所だ」
<0347> \{Tomoyo}「決まっているだろう。まずは、私たちが出会った場所だ」
// <0348> \{智代}「私が二年生だったときの教室だ」
<0348> \{Tomoyo}「私が二年生だったときの教室だ」
// <0349> \{朋也}「今は授業中じゃないのか」
<0349> \{Tomoya}「今は授業中じゃないのか」
// <0350> \{智代}「大丈夫だ。正確には、教室の前の廊下だからな」
<0350> \{Tomoyo}「大丈夫だ。正確には、教室の前の廊下だからな」
// <0351> おれは思考を切り替える。
<0351> おれは思考を切り替える。
// <0352> おれと智代はどんな風にして知り合ったのだろう?
<0352> おれと智代はどんな風にして知り合ったのだろう?
// <0353> どれほどロマンチックなものだったのだろうか。
<0353> どれほどロマンチックなものだったのだろうか。
// <0354> その疑問をぶつけてみる。
<0354> その疑問をぶつけてみる。
// <0355> \{智代}「…まあ、待て。まずはその場所に行こう」
<0355> \{Tomoyo}「…まあ、待て。まずはその場所に行こう」
// <0356> 着いた先は、これまで歩いてきた廊下と変わりない場所だった。
<0356> 着いた先は、これまで歩いてきた廊下と変わりない場所だった。
// <0357> 『2-B』と書かれたプレートが掲げられている。
<0357> 『2-B』と書かれたプレートが掲げられている。
// <0358> \{朋也}「ここか?」
<0358> \{Tomoya}「ここか?」
// <0359> \{智代}「そうだ。ここが私と朋也が初めて会った場所だ」
<0359> \{Tomoyo}「そうだ。ここが私と朋也が初めて会った場所だ」
// <0360> 期待を込めるようにして、智代が見つめる。
<0360> 期待を込めるようにして、智代が見つめる。
// <0361> しかし特に思い出せるようなことはない。
<0361> しかし特に思い出せるようなことはない。
// <0362> じっ、と目や耳を凝らしてみるが、教室の中からかすかに教師の声が聞こえてくるだけだ。
<0362> じっ、と目や耳を凝らしてみるが、教室の中からかすかに教師の声が聞こえてくるだけだ。
// <0363> おれは首を横に振る。
<0363> おれは首を横に振る。
// <0364> 智代は表情を変えず、言葉を続けた。
<0364> 智代は表情を変えず、言葉を続けた。
// <0365> \{智代}「春原、という奴がいたんだ」
<0365> \{Tomoyo}「春原、という奴がいたんだ」
// <0366> \{朋也}「すのはら?」
<0366> \{Tomoya}「すのはら?」
// <0367> \{智代}「そうだ。確か名前は、陽平だったと思う」
<0367> \{Tomoyo}「そうだ。確か名前は、陽平だったと思う」
// <0368> \{朋也}「すのはらようへい」
<0368> \{Tomoya}「すのはらようへい」
// <0369> \{智代}「おまえの…そうだな、親友だった奴だ」
<0369> \{Tomoyo}「おまえの…そうだな、親友だった奴だ」
// <0370> …おれの親友。
<0370> …おれの親友。
// <0371> やはり、知らない名前だ。心にひっかかるものはない。
<0371> やはり、知らない名前だ。心にひっかかるものはない。
// <0372> だが、なんとなく…
<0372> だが、なんとなく…
// <0373> \{朋也}「馬鹿っぽい名前だ」
<0373> \{Tomoya}「馬鹿っぽい名前だ」
// <0374> \{智代}「そうだ、馬鹿だった」
<0374> \{Tomoyo}「そうだ、馬鹿だった」
// <0375> 智代もあっさり認める。
<0375> 智代もあっさり認める。
// <0376> \{智代}「おまえたちはいいコンビだったぞ」
<0376> \{Tomoyo}「おまえたちはいいコンビだったぞ」
// <0377> 誉められても、あまり嬉しくなかった。
<0377> 誉められても、あまり嬉しくなかった。
// <0378> \{智代}「…後から思えば、あいつこそが私たちのキューピッドだったんだ」
<0378> \{Tomoyo}「…後から思えば、あいつこそが私たちのキューピッドだったんだ」
// <0379> \{智代}「私は春原に感謝しているんだぞ」
<0379> \{Tomoyo}「私は春原に感謝しているんだぞ」
// <0380> おれの中で春原の株が上がった。
<0380> おれの中で春原の株が上がった。
// <0381> \{智代}「私たちの出会いは、あまり友好的なものじゃなかったな」
<0381> \{Tomoyo}「私たちの出会いは、あまり友好的なものじゃなかったな」
// <0382> \{智代}「昼休み、おまえと春原が私の前に現われて、勝負を挑んできたんだ」
<0382> \{Tomoyo}「昼休み、おまえと春原が私の前に現われて、勝負を挑んできたんだ」
// <0383> \{智代}「正確に言えば、春原が挑んできて、おまえは付き添いだった」
<0383> \{Tomoyo}「正確に言えば、春原が挑んできて、おまえは付き添いだった」
// <0384> 頭の中を整理してみる。
<0384> 頭の中を整理してみる。
// <0385> 春原というのは男だろう。
<0385> 春原というのは男だろう。
// <0386> 智代は女だ。
<0386> 智代は女だ。
// <0387> なのに勝負するのか。
<0387> なのに勝負するのか。
// <0388> 普通、春原というやつが勝つだろう。
<0388> 普通、春原というやつが勝つだろう。
// <0389> 見た限り、智代は細い。体つきは華奢だ。
<0389> 見た限り、智代は細い。体つきは華奢だ。
// <0390> とても喧嘩が強いようには見えない。
<0390> とても喧嘩が強いようには見えない。
// <0391> \{智代}「勝負、というのは少し違うかもしれない」
<0391> \{Tomoyo}「勝負、というのは少し違うかもしれない」
// <0392> \{智代}「春原は確かめに来たんだ」
<0392> \{Tomoyo}「春原は確かめに来たんだ」
// <0393> \{朋也}「確かめる?」
<0393> \{Tomoya}「確かめる?」
// <0394> \{智代}「うん。あいつは、私が本当に女なのか確かめようとしたんだ」
<0394> \{Tomoyo}「うん。あいつは、私が本当に女なのか確かめようとしたんだ」
// <0395> \{朋也}「なんだそりゃ」
<0395> \{Tomoya}「なんだそりゃ」
// <0396> 春原の思考がますます理解できない。
<0396> 春原の思考がますます理解できない。
// <0397> それについて行ったおれも、おれだ。
<0397> それについて行ったおれも、おれだ。
// <0398> \{智代}「そうだろう。まったく失礼なやつだ」
<0398> \{Tomoyo}「そうだろう。まったく失礼なやつだ」
// <0399> 智代は怒りを思い出したらしい。
<0399> 智代は怒りを思い出したらしい。
// <0400> \{智代}「そのために、けんかを売ってきたんだ」
<0400> \{Tomoyo}「そのために、けんかを売ってきたんだ」
// <0401> \{智代}「私を力でねじ伏せようとしたんだ」
<0401> \{Tomoyo}「私を力でねじ伏せようとしたんだ」
// <0402> \{朋也}「ひどいことをするな。春原ってやつは」
<0402> \{Tomoya}「ひどいことをするな。春原ってやつは」
// <0403> \{智代}「まったくだ。こんな可憐な少女をつかまえて、女かどうか確かめさせろなどとは」
<0403> \{Tomoyo}「まったくだ。こんな可憐な少女をつかまえて、女かどうか確かめさせろなどとは」
// <0404> \{智代}「もちろん、返り討ちにしてやった」
<0404> \{Tomoyo}「もちろん、返り討ちにしてやった」
// <0405> \{朋也}「えっ? 勝ったのか?」
<0405> \{Tomoya}「えっ? 勝ったのか?」
// <0406> \{智代}「当然だ。私があんなやつに負けるわけがない」
<0406> \{Tomoyo}「当然だ。私があんなやつに負けるわけがない」
// <0407> \{朋也}「春原ってのは、よっぽどへたれなんだな」
<0407> \{Tomoya}「春原ってのは、よっぽどへたれなんだな」
// <0408> \{智代}「それは違いない」
<0408> \{Tomoyo}「それは違いない」
// <0409> \{智代}「あいつは懲りずに、次の日もまたやって来たんだ」
<0409> \{Tomoyo}「あいつは懲りずに、次の日もまたやって来たんだ」
// <0410> \{智代}「おまえも一緒にな」
<0410> \{Tomoyo}「おまえも一緒にな」
// <0411> \{朋也}「気になるんだが…まさか、おれも智代にけんかを売ったりしていないよな」
<0411> \{Tomoya}「気になるんだが…まさか、おれも智代にけんかを売ったりしていないよな」
// <0412> \{智代}「それは心配ない。おまえは…そうだな、興味があるみたいだった」
<0412> \{Tomoyo}「それは心配ない。おまえは…そうだな、興味があるみたいだった」
// <0413> \{朋也}「興味?」
<0413> \{Tomoya}「興味?」
// <0414> \{智代}「そうだ。春原がどんな目に遭わされるのかが楽しみでしょうがない、といった感じだったな」
<0414> \{Tomoyo}「そうだ。春原がどんな目に遭わされるのかが楽しみでしょうがない、といった感じだったな」
// <0415> \{朋也}「おれと春原は本当に親友だったのか」
<0415> \{Tomoya}「おれと春原は本当に親友だったのか」
// <0416> \{智代}「多分、そうなんだろうな。おまえたちの関係は複雑だった」
<0416> \{Tomoyo}「多分、そうなんだろうな。おまえたちの関係は複雑だった」
// <0417> …なんか嫌だ。
<0417> …なんか嫌だ。
// <0418> \{智代}「何回挑戦してこようが、春原は私の敵ではなかった」
<0418> \{Tomoyo}「何回挑戦してこようが、春原は私の敵ではなかった」
// <0419> 智代が嬉しそうに、その頃の話をしている。
<0419> 智代が嬉しそうに、その頃の話をしている。
// <0420> 彼女の中ではその出来事は、まるでつい昨日あったことのようだ。
<0420> 彼女の中ではその出来事は、まるでつい昨日あったことのようだ。
// <0421> それだけ、大切な思い出なんだろう。
<0421> それだけ、大切な思い出なんだろう。
// <0422> おれの中に、その記憶がないことが、悔しく思う。
<0422> おれの中に、その記憶がないことが、悔しく思う。
// <0423> \{朋也}「しかし、智代がけんかするなんて、全然見えないな」
<0423> \{Tomoya}「しかし、智代がけんかするなんて、全然見えないな」
// <0424> \{朋也}「なにか武道でもやっているのか」
<0424> \{Tomoya}「なにか武道でもやっているのか」
// <0425> おれの言葉に、智代は少し悲しそうな顔をして口をつぐんでしまった。
<0425> おれの言葉に、智代は少し悲しそうな顔をして口をつぐんでしまった。
// <0426> なにか…まずいことを言ってしまったのだろうか。
<0426> なにか…まずいことを言ってしまったのだろうか。
// <0427> \{智代}「朋也、私は女らしく見えるだろうか…」
<0427> \{Tomoyo}「朋也、私は女らしく見えるだろうか…」
// <0428> \{朋也}「もちろんだ。智代はその…すごく綺麗だと思う」
<0428> \{Tomoya}「もちろんだ。智代はその…すごく綺麗だと思う」
// <0429> \{智代}「そうか。それは見た目だけのことか? それとも、内面も女らしいだろうか」
<0429> \{Tomoyo}「そうか。それは見た目だけのことか? それとも、内面も女らしいだろうか」
// <0430> おれの世話を見て、掃除や料理もしてくれた。
<0430> おれの世話を見て、掃除や料理もしてくれた。
// <0431> これはいわゆる『女らしい』と言えるだろう。
<0431> これはいわゆる『女らしい』と言えるだろう。
// <0432> \{朋也}「当然だろう」
<0432> \{Tomoya}「当然だろう」
// <0433> おれの返事に、智代はほっとした顔を見せた。
<0433> おれの返事に、智代はほっとした顔を見せた。
// <0434> \{智代}「そうか…記憶のない朋也から見ても、私は女らしく見えるか」
<0434> \{Tomoyo}「そうか…記憶のない朋也から見ても、私は女らしく見えるか」
// <0435> \{智代}「だとしたら、それは朋也のおかげだな」
<0435> \{Tomoyo}「だとしたら、それは朋也のおかげだな」
// <0436> \{智代}「朋也と過ごしてきた日々のおかげだ」
<0436> \{Tomoyo}「朋也と過ごしてきた日々のおかげだ」
// <0437> \{朋也}「どうして、そんなことを気にするんだ」
<0437> \{Tomoya}「どうして、そんなことを気にするんだ」
// <0438> 智代が黙り込んだ、その時、チャイムが鳴った。
<0438> 智代が黙り込んだ、その時、チャイムが鳴った。
// <0439> 智代が顔を上げる。
<0439> 智代が顔を上げる。
// <0440> 授業が終わったのだ。
<0440> 授業が終わったのだ。
// <0441> おれたちは教室の前にいる。すぐにでも生徒が出てくるだろう。
<0441> おれたちは教室の前にいる。すぐにでも生徒が出てくるだろう。
// <0442> \{朋也}「どうする?」
<0442> \{Tomoya}「どうする?」
// <0443> \{智代}「朋也が嫌ならば場所を変えようか」
<0443> \{Tomoyo}「朋也が嫌ならば場所を変えようか」
// <0444> そんなことを訊かれても困る。よくわからない、が正直なところだ。
<0444> そんなことを訊かれても困る。よくわからない、が正直なところだ。
// <0445> 答えるよりも前に教室の扉が開き、何人かの生徒が出てきた。
<0445> 答えるよりも前に教室の扉が開き、何人かの生徒が出てきた。
// <0446> 女子生徒がおれの姿を見て、不思議そうな顔をしながら通り過ぎていった。
<0446> 女子生徒がおれの姿を見て、不思議そうな顔をしながら通り過ぎていった。
// <0447> 私服なのだから、無理もないだろう。
<0447> 私服なのだから、無理もないだろう。
// <0448> 中には露骨に避けて歩いていく奴もいた。
<0448> 中には露骨に避けて歩いていく奴もいた。
// <0449> \{男子生徒}「あれ、坂上先輩じゃないっすか」
<0449> \{Male student}「あれ、坂上先輩じゃないっすか」
// <0450> 智代の知り合いらしい、男子が声をかけてくる。
<0450> 智代の知り合いらしい、男子が声をかけてくる。
// <0451> \{男子生徒}「いつも大変ですね」
<0451> \{Male student}「いつも大変ですね」
// <0452> その言葉を聞いた智代が、おれの方をちらりと見る。
<0452> その言葉を聞いた智代が、おれの方をちらりと見る。
// <0453> \{男子生徒}「ああ、すいません。それじゃあ」
<0453> \{Male student}「ああ、すいません。それじゃあ」
// <0454> おれに向かって頭を下げると、そいつはその場を立ち去った。
<0454> おれに向かって頭を下げると、そいつはその場を立ち去った。
// <0455> \{朋也}「知り合いか?」
<0455> \{Tomoya}「知り合いか?」
// <0456> \{智代}「まあ、そんなところだ」
<0456> \{Tomoyo}「まあ、そんなところだ」
// <0457> \{智代}「うん。そうだな…やはり、場所を変えよう」
<0457> \{Tomoyo}「うん。そうだな…やはり、場所を変えよう」
// <0458> 智代が連れて行ったのは、校門前だった。
<0458> 智代が連れて行ったのは、校門前だった。
// <0459> そこからは見下ろすように、坂が続いていた。
<0459> そこからは見下ろすように、坂が続いていた。
// <0460> \{智代}「桜並木があるだろう」
<0460> \{Tomoyo}「桜並木があるだろう」
// <0461> 見上げれば、確かにそれは桜の葉だった。
<0461> 見上げれば、確かにそれは桜の葉だった。
// <0462> 花が咲いていなければ、見ることもなかなかないだろう。
<0462> 花が咲いていなければ、見ることもなかなかないだろう。
// <0463> その葉ばかりの桜の木を智代は見ていた。
<0463> その葉ばかりの桜の木を智代は見ていた。
// <0464> \{智代}「以前は坂の下までずっと続いてたんだ」
<0464> \{Tomoyo}「以前は坂の下までずっと続いてたんだ」
// <0465> \{智代}「だが、町の開発が進むに連れて段々と切られてしまった」
<0465> \{Tomoyo}「だが、町の開発が進むに連れて段々と切られてしまった」
// <0466> この辺りを通ったことはあまりないから、以前がどうだったかは思い出せない。
<0466> この辺りを通ったことはあまりないから、以前がどうだったかは思い出せない。
// <0467> 桜が咲いていれば、入学式はさぞかし見ものだっただろう。
<0467> 桜が咲いていれば、入学式はさぞかし見ものだっただろう。
// <0468> そのくらいのことしか思い浮かばない。
<0468> そのくらいのことしか思い浮かばない。
// <0469> 智代には何か特別な思い入れがあるのだろうか。
<0469> 智代には何か特別な思い入れがあるのだろうか。
// <0470> おれの返事は期待していなかったのか、智代は話題を変える。
<0470> おれの返事は期待していなかったのか、智代は話題を変える。
// <0471> \{智代}「朋也の第一印象は最悪に近かった」
<0471> \{Tomoyo}「朋也の第一印象は最悪に近かった」
// <0472> \{朋也}「さっきの話だと、そうだろうな」
<0472> \{Tomoya}「さっきの話だと、そうだろうな」
// <0473> \{朋也}「春原ってやつに付き合って、変なちょっかいを出しにきたみたいだから」
<0473> \{Tomoya}「春原ってやつに付き合って、変なちょっかいを出しにきたみたいだから」
// <0474> \{智代}「うん、そうだな。そのとおりだ」
<0474> \{Tomoyo}「うん、そうだな。そのとおりだ」
// <0475> そう言って、笑みを浮かべた。
<0475> そう言って、笑みを浮かべた。
// <0476> \{智代}「それからも、春原は懲りなかったんだ」
<0476> \{Tomoyo}「それからも、春原は懲りなかったんだ」
// <0477> \{智代}「私に勝てないとわかると、失礼なことに私が男なんじゃないかと言い出す始末だ」
<0477> \{Tomoyo}「私に勝てないとわかると、失礼なことに私が男なんじゃないかと言い出す始末だ」
// <0478> \{朋也}「最悪だな。そいつは」
<0478> \{Tomoya}「最悪だな。そいつは」
// <0479> \{智代}「うん。髭剃りを貸せだとか、一緒にトイレに行こうだとか」
<0479> \{Tomoyo}「うん。髭剃りを貸せだとか、一緒にトイレに行こうだとか」
// <0480> \{智代}「挙句の果てには、おっぱいを貸せ、だ」
<0480> \{Tomoyo}「挙句の果てには、おっぱいを貸せ、だ」
// <0481> \{智代}「女の子に向かっておっぱいを貸せ、というのはどういうことなんだ」
<0481> \{Tomoyo}「女の子に向かっておっぱいを貸せ、というのはどういうことなんだ」
// <0482> \{智代}「私のおっぱいは取り外し可能だから、実は男だと言うんだ」
<0482> \{Tomoyo}「私のおっぱいは取り外し可能だから、実は男だと言うんだ」
// <0483> どうでもいいが、智代の口から『おっぱい』という言葉が連発されると、聞いているこちらが恥ずかしくなる。
<0483> どうでもいいが、智代の口から『おっぱい』という言葉が連発されると、聞いているこちらが恥ずかしくなる。
// <0484> 誰か通りかからないか、心配だ。
<0484> 誰か通りかからないか、心配だ。
// <0485> \{智代}「あいつの頭はどうかしている」
<0485> \{Tomoyo}「あいつの頭はどうかしている」
// <0486> おれもそう思う。
<0486> おれもそう思う。
// <0487> 会った覚えのない春原とは、一体どんな奴なんだ。
<0487> 会った覚えのない春原とは、一体どんな奴なんだ。
// <0488> おれは本当にそいつの親友だったんだろうか。
<0488> おれは本当にそいつの親友だったんだろうか。
// <0489> \{智代}「…まあ、それでだ」
<0489> \{Tomoyo}「…まあ、それでだ」
// <0490> 智代がようやく少し落ち着く。
<0490> 智代がようやく少し落ち着く。
// <0491> \{智代}「一緒についてくる朋也も、最初は変な奴だと思っていた」
<0491> \{Tomoyo}「一緒についてくる朋也も、最初は変な奴だと思っていた」
// <0492> \{智代}「だけどな。同時にうらやましくも思ったんだ」
<0492> \{Tomoyo}「だけどな。同時にうらやましくも思ったんだ」
// <0493> \{朋也}「うらやましい?」
<0493> \{Tomoya}「うらやましい?」
// <0494> \{智代}「うん、そうだ。少しおまえたちがうらやましかった」
<0494> \{Tomoyo}「うん、そうだ。少しおまえたちがうらやましかった」
// <0495> \{智代}「とても、楽しそうだった」
<0495> \{Tomoyo}「とても、楽しそうだった」
// <0496> そりゃあ、女の子相手におっぱいおっぱい言える奴は楽しいだろう。
<0496> そりゃあ、女の子相手におっぱいおっぱい言える奴は楽しいだろう。
// <0497> …おれもそう見えたのか。
<0497> …おれもそう見えたのか。
// <0498> \{智代}「私は二年生の春に編入してきたんだ」
<0498> \{Tomoyo}「私は二年生の春に編入してきたんだ」
// <0499> \{智代}「正直、この学校の雰囲気は好きではなかった」
<0499> \{Tomoyo}「正直、この学校の雰囲気は好きではなかった」
// <0500> \{智代}「勉強やスポーツに力を入れるのは立派なことだが、なんと言うか…」
<0500> \{Tomoyo}「勉強やスポーツに力を入れるのは立派なことだが、なんと言うか…」
// <0501> \{智代}「生徒たちに余裕がないように思えたんだ」
<0501> \{Tomoyo}「生徒たちに余裕がないように思えたんだ」
// <0502> \{智代}「私自身、目標のためには自分を抑えなければならないところがあった」
<0502> \{Tomoyo}「私自身、目標のためには自分を抑えなければならないところがあった」
// <0503> \{智代}「だから…楽しそうなおまえたちがうらやましかった」
<0503> \{Tomoyo}「だから…楽しそうなおまえたちがうらやましかった」
// <0504> そう言うと、智代はふたたび葉ばかりの桜を見上げた。
<0504> そう言うと、智代はふたたび葉ばかりの桜を見上げた。
// <0505> しばらく静かにそうしている。
<0505> しばらく静かにそうしている。
// <0506> \{智代}「大切な思い出があるんだ」
<0506> \{Tomoyo}「大切な思い出があるんだ」
// <0507> ぼそり、と付け加えた。
<0507> ぼそり、と付け加えた。
// <0508> \{智代}「これは私と家族にとって、大切な桜なんだ」
<0508> \{Tomoyo}「これは私と家族にとって、大切な桜なんだ」
// <0509> \{智代}「それを守るために、私は戦った」
<0509> \{Tomoyo}「それを守るために、私は戦った」
// <0510> \{智代}「そして、朋也。おまえもそれに協力してくれた」
<0510> \{Tomoyo}「そして、朋也。おまえもそれに協力してくれた」
// <0511> \{智代}「春になると、見事に咲くんだ」
<0511> \{Tomoyo}「春になると、見事に咲くんだ」
// <0512> \{智代}「また、おまえと一緒に見たいな」
<0512> \{Tomoyo}「また、おまえと一緒に見たいな」
// <0513> その言葉は、まるで独り言のようだった。
<0513> その言葉は、まるで独り言のようだった。
// <0514> おれも想像してみる。
<0514> おれも想像してみる。
// <0515> 今は咲いていない桜が咲いている様を。
<0515> 今は咲いていない桜が咲いている様を。
// <0516> 智代とふたりで見るそれは、きっと綺麗なことだろう。
<0516> 智代とふたりで見るそれは、きっと綺麗なことだろう。
// <0517> 夕飯を終え、ぽっかりと時間が空いてしまう。
<0517> 夕飯を終え、ぽっかりと時間が空いてしまう。
// <0518> 正直、智代とふたりでどうしたらいいかわからないのだ。
<0518> 正直、智代とふたりでどうしたらいいかわからないのだ。
// <0519> 智代と、というよりも女の子とふたりで、と言うほうが正しい。
<0519> 智代と、というよりも女の子とふたりで、と言うほうが正しい。
// <0520> …どきどき、する。
<0520> …どきどき、する。
// <0521> 男と女が夜にふたりきりでいれば、なにをするか知らないわけじゃない。
<0521> 男と女が夜にふたりきりでいれば、なにをするか知らないわけじゃない。
// <0522> ましてやおれと智代は恋人同士だというのだ。
<0522> ましてやおれと智代は恋人同士だというのだ。
// <0523> 遠慮する間柄ではないんだと思う…たぶん。
<0523> 遠慮する間柄ではないんだと思う…たぶん。
// <0524> だから、智代が風呂に入っている間は少しほっとしていた。
<0524> だから、智代が風呂に入っている間は少しほっとしていた。
// <0525> そして同時に、上がってきた後のことを考えると、さらにどきどきした。
<0525> そして同時に、上がってきた後のことを考えると、さらにどきどきした。
// <0526> 湯上りの智代は、ほのかにいい匂いがした。
<0526> 湯上りの智代は、ほのかにいい匂いがした。
// <0527> 石けんの香りだろうか。
<0527> 石けんの香りだろうか。
// <0528> 自分の心臓の音が、外まで聞こえそうだ。
<0528> 自分の心臓の音が、外まで聞こえそうだ。
// <0529> \{智代}「今日は泊まっていくからな」
<0529> \{Tomoyo}「今日は泊まっていくからな」
// <0530> 何気ないように智代が口にする。
<0530> 何気ないように智代が口にする。
// <0531> \{朋也}「えっ」
<0531> \{Tomoya}「えっ」
// <0532> \{智代}「退院したばかりの人間をいきなり、ひとりきりにもできないだろう」
<0532> \{Tomoyo}「退院したばかりの人間をいきなり、ひとりきりにもできないだろう」
// <0533> \{智代}「心配はいらない。家族も承知していることだ」
<0533> \{Tomoyo}「心配はいらない。家族も承知していることだ」
// <0534> 昼間のキスの感触が唇によみがえる。
<0534> 昼間のキスの感触が唇によみがえる。
// <0535> やわらかい、智代。
<0535> やわらかい、智代。
// <0536> \{智代}「朋也」
<0536> \{Tomoyo}「朋也」
// <0537> \{朋也}「あ、ああ…なんだ」
<0537> \{Tomoya}「あ、ああ…なんだ」
// <0538> \{智代}「おまえも風呂に入ったらどうだ?」
<0538> \{Tomoyo}「おまえも風呂に入ったらどうだ?」
// <0539> \{智代}「いい湯だったぞ」
<0539> \{Tomoyo}「いい湯だったぞ」
// <0540> その言葉に救われるようにして、おれは風呂に逃げ込んだ。
<0540> その言葉に救われるようにして、おれは風呂に逃げ込んだ。
// <0541> 少し熱すぎると思った湯が、体に染み渡るのを感じる。
<0541> 少し熱すぎると思った湯が、体に染み渡るのを感じる。
// <0542> \{朋也}「はぁ…」
<0542> \{Tomoya}「はぁ…」
// <0543> ため息が出る。
<0543> ため息が出る。
// <0544> 首を動かすと、ごきっと鳴る。
<0544> 首を動かすと、ごきっと鳴る。
// <0545> 自覚しているよりずっと、疲れているらしい。
<0545> 自覚しているよりずっと、疲れているらしい。
// <0546> 今日一日で色々とあった。あり過ぎた。
<0546> 今日一日で色々とあった。あり過ぎた。
// <0547> \{朋也}(疲れてるのも当然か…)
<0547> \{Tomoya}(疲れてるのも当然か…)
// <0548> 体を湯船に沈める。
<0548> 体を湯船に沈める。
// <0549> これからどうなるのだろう…。
<0549> これからどうなるのだろう…。
// <0550> 不安が先立つ。
<0550> 不安が先立つ。
// <0551> 果たしておれは記憶を取り戻すことができるのだろうか?
<0551> 果たしておれは記憶を取り戻すことができるのだろうか?
// <0552> いや、それよりもなによりも…
<0552> いや、それよりもなによりも…
// <0553> このすぐ後、智代とふたりきりで過ごす夜をどうすればいいんだ?
<0553> このすぐ後、智代とふたりきりで過ごす夜をどうすればいいんだ?
// <0554> 風呂の湯を両手ですくい、顔を洗う。
<0554> 風呂の湯を両手ですくい、顔を洗う。
// <0555> かすかに石けんの香りがした。
<0555> かすかに石けんの香りがした。
// <0556> …ああ、そうか。
<0556> …ああ、そうか。
// <0557> さっきまで智代が入っていたんだ。
<0557> さっきまで智代が入っていたんだ。
// <0558> 風呂に服を着たまま入るわけはない。
<0558> 風呂に服を着たまま入るわけはない。
// <0559> 今のおれと同じく、裸だろう。
<0559> 今のおれと同じく、裸だろう。
// <0560> その事実に思い至る。
<0560> その事実に思い至る。
// <0561> 見たことのない彼女のその姿はあまり上手く想像できなかった。
<0561> 見たことのない彼女のその姿はあまり上手く想像できなかった。
// <0562> 以前のおれは、その姿を知っていたんだろうか?
<0562> 以前のおれは、その姿を知っていたんだろうか?
// <0563> …知っていたんだろうな。
<0563> …知っていたんだろうな。
// <0564> 恋人同士だったというからには。
<0564> 恋人同士だったというからには。
// <0565> 昼のように、智代が気軽にキスをしてきたからには。
<0565> 昼のように、智代が気軽にキスをしてきたからには。
// <0566> \{朋也}「はぁ…」
<0566> \{Tomoya}「はぁ…」
// <0567> また、ため息をついた。
<0567> また、ため息をついた。
// <0568> 落ち着かないまま、風呂を出る。
<0568> 落ち着かないまま、風呂を出る。
// <0569> 結局、余計に疲れがたまったような気がする。
<0569> 結局、余計に疲れがたまったような気がする。
// <0570> 胸を高ぶらせながら居間に戻る。
<0570> 胸を高ぶらせながら居間に戻る。
// <0571> しかし、すでに部屋は真っ暗だった。
<0571> しかし、すでに部屋は真っ暗だった。
// <0572> 目を凝らすと二組の布団が敷かれていて、うちのひとつはふくらんでいる。
<0572> 目を凝らすと二組の布団が敷かれていて、うちのひとつはふくらんでいる。
// <0573> \{朋也}「智代」
<0573> \{Tomoya}「智代」
// <0574> 小声でよびかける。
<0574> 小声でよびかける。
// <0575> 返事はない。ただ静かな寝息が聞こえてくる。
<0575> 返事はない。ただ静かな寝息が聞こえてくる。
// <0576> それもそうだろう。
<0576> それもそうだろう。
// <0577> 智代だって疲れているんだ。
<0577> 智代だって疲れているんだ。
// <0578> おれのことを心配してくれている。
<0578> おれのことを心配してくれている。
// <0579> 昨日はおれが目を覚ますまで、ずっと寄り添っていてくれたのだろう。
<0579> 昨日はおれが目を覚ますまで、ずっと寄り添っていてくれたのだろう。
// <0580> 今日だって、朝から病院に迎えに来てくれたんだ。
<0580> 今日だって、朝から病院に迎えに来てくれたんだ。
// <0581> 緊張していた自分が馬鹿らしくなって、電気を消した後、おれも大人しく布団に横になる。
<0581> 緊張していた自分が馬鹿らしくなって、電気を消した後、おれも大人しく布団に横になる。
// <0582> 智代の背中が、すぐそばにあった。
<0582> 智代の背中が、すぐそばにあった。
// <0583> 今、おれが頼りにできる唯一のひと。
<0583> 今、おれが頼りにできる唯一のひと。
// <0584> 昼は気丈に振舞っているようだった。
<0584> 昼は気丈に振舞っているようだった。
// <0585> おれの記憶を取り戻そうと、頑張ってくれている。
<0585> おれの記憶を取り戻そうと、頑張ってくれている。
// <0586> 力強く思えた。
<0586> 力強く思えた。
// <0587> …だけど。
<0587> …だけど。
// <0588> 今、隣からかすかに聞こえてくる吐息は、なぜか泣き声を押し殺しているように思えた。
<0588> 今、隣からかすかに聞こえてくる吐息は、なぜか泣き声を押し殺しているように思えた。
// <0589> そんなことを思いながら、おれも眠りに落ちていった。
<0589> そんなことを思いながら、おれも眠りに落ちていった。