// Resources for SEEN1811.TXT
// #character '朋也'
#character 'Tomoya'
// #character '鷹文'
#character 'Takafumi'
// #character '智代'
#character 'Tomoyo'
// #character '女性'
#character 'Woman'
// #character '管理人'
#character 'Manager'
// #character '有子'
#character 'Yuuko'
// <0000> 8月11日(水)
<0000> August 11th (Wed)
// <0001> 早朝。
<0001> 早朝。
// <0002> 仕事に出かける時間よりも早く、駅に集まっていた。
<0002> 仕事に出かける時間よりも早く、駅に集まっていた。
// <0003> それぞれ大きめの鞄を持っていた。数日分の着替えなどが入っている。
<0003> それぞれ大きめの鞄を持っていた。数日分の着替えなどが入っている。
// <0004> \{朋也}「忘れ物ないな」
<0004> \{Tomoya}「忘れ物ないな」
// <0005> \{鷹文}「うん」
<0005> \{Takafumi}「うん」
// <0006> \{智代}「大丈夫だ」
<0006> \{Tomoyo}「大丈夫だ」
// <0007> ふたりとも制服姿だった。できるだけ品行よく見せるための努力だ。
<0007> ふたりとも制服姿だった。できるだけ品行よく見せるための努力だ。
// <0008> \{智代}「それより、旅費のほうが心配なのだが…」
<0008> \{Tomoyo}「それより、旅費のほうが心配なのだが…」
// <0009> \{朋也}「…まあ、寸志もらったからな」
<0009> \{Tomoya}「…まあ、寸志もらったからな」
// <0010> 駅でチケットを買うと、結構な金額になった。
<0010> 駅でチケットを買うと、結構な金額になった。
// <0011> 親方から手渡しでもらった寸志があったので、三人分の往復と宿代ぐらいは何とかなるだろう。
<0011> 親方から手渡しでもらった寸志があったので、三人分の往復と宿代ぐらいは何とかなるだろう。
// <0012> 日々の生活も考えていかなくてはいけない。
<0012> 日々の生活も考えていかなくてはいけない。
// <0013> \{朋也}「時間、大丈夫か?」
<0013> \{Tomoya}「時間、大丈夫か?」
// <0014> \{鷹文}「あと20分くらいあるよ」
<0014> \{Takafumi}「あと20分くらいあるよ」
// <0015> 車窓を流れる風景は、それなりに楽しかった。
<0015> 車窓を流れる風景は、それなりに楽しかった。
// <0016> ときどきやってくる車内販売にも風情がある。
<0016> ときどきやってくる車内販売にも風情がある。
// <0017> \{鷹文}「でも、こういうのもいいよね」
<0017> \{Takafumi}「でも、こういうのもいいよね」
// <0018> \{鷹文}「ともと河南子も連れてきてあげたかったねぇ」
<0018> \{Takafumi}「ともと河南子も連れてきてあげたかったねぇ」
// <0019> 下半身がこわばりだした頃、ようやく駅に着いた。
<0019> 下半身がこわばりだした頃、ようやく駅に着いた。
// <0020> 鷹文が、自分で作ってきたメモを確認する。
<0020> 鷹文が、自分で作ってきたメモを確認する。
// <0021> \{鷹文}「ここからバスだよ」
<0021> \{Takafumi}「ここからバスだよ」
// <0022> まだまだ時間がかかりそうだ。
<0022> まだまだ時間がかかりそうだ。
// <0023> バスは街道を抜け、山道へと入った。
<0023> バスは街道を抜け、山道へと入った。
// <0024> 民家が少しずつ消えていき、田畑と山林が広がっていく。
<0024> 民家が少しずつ消えていき、田畑と山林が広がっていく。
// <0025> そして、目的地のバス停に到着した。
<0025> そして、目的地のバス停に到着した。
// <0026> 降りがけ、バスの運転手に聞いたところ、時々人の出入りがあるらしかった。
<0026> 降りがけ、バスの運転手に聞いたところ、時々人の出入りがあるらしかった。
// <0027> 道は一本だから迷うことはないが、遠いよと同情してくれた。
<0027> 道は一本だから迷うことはないが、遠いよと同情してくれた。
// <0028> \{朋也}「けっこう歩くみたいだな」
<0028> \{Tomoya}「けっこう歩くみたいだな」
// <0029> \{鷹文}「まだまだだよ」
<0029> \{Takafumi}「まだまだだよ」
// <0030> \{智代}「先に昼を済ませたほうがよさそうだな」
<0030> \{Tomoyo}「先に昼を済ませたほうがよさそうだな」
// <0031> とはいえ、店は小さな雑貨屋しか見えない。
<0031> とはいえ、店は小さな雑貨屋しか見えない。
// <0032> そこでパンを買い求め、近くのベンチに座り昼飯を済ませる。
<0032> そこでパンを買い求め、近くのベンチに座り昼飯を済ませる。
// <0033> 徒歩で山道に入る。
<0033> 徒歩で山道に入る。
// <0034> 静かだ。
<0034> 静かだ。
// <0035> 道は緩く登りになっている。
<0035> 道は緩く登りになっている。
// <0036> 体力を使わぬよう黙々と歩いていく。
<0036> 体力を使わぬよう黙々と歩いていく。
// <0037> \{鷹文}「ついてきてる?」
<0037> \{Takafumi}「ついてきてる?」
// <0038> 先頭を行く鷹文が俺と智代を振り返る。
<0038> 先頭を行く鷹文が俺と智代を振り返る。
// <0039> \{智代}「馬鹿にするな」
<0039> \{Tomoyo}「馬鹿にするな」
// <0040> 智代が答えて、先を促す。
<0040> 智代が答えて、先を促す。
// <0041> なんとも頼もしい姉弟だった。
<0041> なんとも頼もしい姉弟だった。
// <0042> 一時間以上は歩いただろうか。
<0042> 一時間以上は歩いただろうか。
// <0043> \{鷹文}「ついたようだよ」
<0043> \{Takafumi}「ついたようだよ」
// <0044> 鷹文がそう教えてくれた。
<0044> 鷹文がそう教えてくれた。
// <0045> 山道が途切れ、目の前に見えたのは、どこかで見たような風景だった。
<0045> 山道が途切れ、目の前に見えたのは、どこかで見たような風景だった。
// <0046> イメージにあるような田舎の家が点在し、広がる畑では青々と野菜が生っている。
<0046> イメージにあるような田舎の家が点在し、広がる畑では青々と野菜が生っている。
// <0047> ちらほらと見える農作業を行う人々と、高台にはひときわ大きな家屋があり、そこの周囲にも人影が見えた。
<0047> ちらほらと見える農作業を行う人々と、高台にはひときわ大きな家屋があり、そこの周囲にも人影が見えた。
// <0048> \{智代}「…のどかなところだな」
<0048> \{Tomoyo}「…のどかなところだな」
// <0049> \{鷹文}「肩すかしなほどにね」
<0049> \{Takafumi}「肩すかしなほどにね」
// <0050> \{鷹文}「誰だよ、邪宗教の匂いがするとか言ってたのは」
<0050> \{Takafumi}「誰だよ、邪宗教の匂いがするとか言ってたのは」
// <0051> おまえの彼女だ。
<0051> おまえの彼女だ。
// <0052> \{鷹文}「どうするの?」
<0052> \{Takafumi}「どうするの?」
// <0053> \{朋也}「とりあえず誰でもいいから、ともの母親について聞いてみよう」
<0053> \{Tomoya}「とりあえず誰でもいいから、ともの母親について聞いてみよう」
// <0054> \{鷹文}「オーケー」
<0054> \{Takafumi}「オーケー」
// <0055> 鷹文を先頭に、人のいる方へと足を進めた。
<0055> 鷹文を先頭に、人のいる方へと足を進めた。
// <0056> 畑では、時折農作業に勤しむ人が見えた。
<0056> 畑では、時折農作業に勤しむ人が見えた。
// <0057> 何も聞けなかった。
<0057> 何も聞けなかった。
// <0058> 声をかけると誰もかれも、びっくりしたように逃げてしまうか、押し黙ってしまうかのどちらかなのだ。
<0058> 声をかけると誰もかれも、びっくりしたように逃げてしまうか、押し黙ってしまうかのどちらかなのだ。
// <0059> \{朋也}「なんなんだ?」
<0059> \{Tomoya}「なんなんだ?」
// <0060> \{智代}「作業の邪魔をしてしまったみたいだな。どこう」
<0060> \{Tomoyo}「作業の邪魔をしてしまったみたいだな。どこう」
// <0061> 畑から遠ざかると、それまでと同じように農作業に戻る住人の姿が確認できた。
<0061> 畑から遠ざかると、それまでと同じように農作業に戻る住人の姿が確認できた。
// <0062> \{鷹文}「…どうするのさ」
<0062> \{Takafumi}「…どうするのさ」
// <0063> \{朋也}「どうするもなにも、誰かに聞きつづけるしかないだろ。なにもわからないんだから」
<0063> \{Tomoya}「どうするもなにも、誰かに聞きつづけるしかないだろ。なにもわからないんだから」
// <0064> 遠くから蝉の泣き声が響く。
<0064> 遠くから蝉の泣き声が響く。
// <0065> 日向に出れば日差しは夏を思わせたが、山より吹き降ろす風が涼しく心地よい。
<0065> 日向に出れば日差しは夏を思わせたが、山より吹き降ろす風が涼しく心地よい。
// <0066> あぜ道は舗装されてなく、ただの土が顔を覗かせていた。
<0066> あぜ道は舗装されてなく、ただの土が顔を覗かせていた。
// <0067> ひときわ大きな家屋に辿り着くと、庭へ続く門の側にひとりの男性がいた。
<0067> ひときわ大きな家屋に辿り着くと、庭へ続く門の側にひとりの男性がいた。
// <0068> \{朋也}「あの、すみません」
<0068> \{Tomoya}「あの、すみません」
// <0069> 返事はなかった。
<0069> 返事はなかった。
// <0070> \{朋也}「ちょっと訊ねたいことがあるんだけど」
<0070> \{Tomoya}「ちょっと訊ねたいことがあるんだけど」
// <0071> だが、男はそのまま黙りこんでしまう。
<0071> だが、男はそのまま黙りこんでしまう。
// <0072> そのかわり、奥にあった建物を指差してから、畑の方向へ走り去っていった。
<0072> そのかわり、奥にあった建物を指差してから、畑の方向へ走り去っていった。
// <0073> \{朋也}「また逃げられた…」
<0073> \{Tomoya}「また逃げられた…」
// <0074> \{鷹文}「あの建物にいけってことじゃない?」
<0074> \{Takafumi}「あの建物にいけってことじゃない?」
// <0075> \{智代}「うん、いこう」
<0075> \{Tomoyo}「うん、いこう」
// <0076> 木造の建物は、ひんやりとしていた。
<0076> 木造の建物は、ひんやりとしていた。
// <0077> 丁寧に磨かれた床は、木目にワックスが塗られ、差し込む日の光を反射している。
<0077> 丁寧に磨かれた床は、木目にワックスが塗られ、差し込む日の光を反射している。
// <0078> 外見とは違い、手入れが行き届いていた。
<0078> 外見とは違い、手入れが行き届いていた。
// <0079> \{朋也}「すみません」
<0079> \{Tomoya}「すみません」
// <0080> 返事はない。
<0080> 返事はない。
// <0081> \{朋也}「ごめんくださーい」
<0081> \{Tomoya}「ごめんくださーい」
// <0082> \{女性}「…はいはい、聞こえてるわよ」
<0082> \{Woman}「…はいはい、聞こえてるわよ」
// <0083> 気だるそうに出てきたのは、ひとりの女性だった。
<0083> 気だるそうに出てきたのは、ひとりの女性だった。
// <0084> \{女性}「いらっしゃい、何か用?」
<0084> \{Woman}「いらっしゃい、何か用?」
// <0085> ようやくまともに話ができそうな人物に出会えてほっとする。
<0085> ようやくまともに話ができそうな人物に出会えてほっとする。
// <0086> \{朋也}「ちょっと人を探してるんだけど」
<0086> \{Tomoya}「ちょっと人を探してるんだけど」
// <0087> \{女性}「ひと? 誰を?」
<0087> \{Woman}「ひと? 誰を?」
// <0088> \{朋也}「三島っていう人」
<0088> \{Tomoya}「三島っていう人」
// <0089> \{女性}「三島さん、三島さん…ああ、有子さんね」
<0089> \{Woman}「三島さん、三島さん…ああ、有子さんね」
// <0090> \{朋也}「ここにいるのか?」
<0090> \{Tomoya}「ここにいるのか?」
// <0091> \{女性}「いるわよ」
<0091> \{Woman}「いるわよ」
// <0092> 彼女は面白くもなさそうに言った。
<0092> 彼女は面白くもなさそうに言った。
// <0093> \{女性}「あんたたち、有子さんの知り合いとか?」
<0093> \{Woman}「あんたたち、有子さんの知り合いとか?」
// <0094> \{朋也}「ああ。会わせてもらえますか」
<0094> \{Tomoya}「ああ。会わせてもらえますか」
// <0095> \{女性}「私の一存じゃ無理よ。本人に聞いてくるから、ちょっと待っててもらえる?」
<0095> \{Woman}「私の一存じゃ無理よ。本人に聞いてくるから、ちょっと待っててもらえる?」
// <0096> 女性は奥へと消えていった。
<0096> 女性は奥へと消えていった。
// <0097> やがて、許可が出たのか、女性が奥から手招きしてくれた。
<0097> やがて、許可が出たのか、女性が奥から手招きしてくれた。
// <0098> 薄暗い廊下をあるくと、きし、きし、と音を立てた。
<0098> 薄暗い廊下をあるくと、きし、きし、と音を立てた。
// <0099> \{朋也}「…この建物、なんなんだ?」
<0099> \{Tomoya}「…この建物、なんなんだ?」
// <0100> \{女性}「元々は病院なんだけどね」
<0100> \{Woman}「元々は病院なんだけどね」
// <0101> \{朋也}「じゃ、今は?」
<0101> \{Tomoya}「じゃ、今は?」
// <0102> \{女性}「うーん、病院みたいなもの」
<0102> \{Woman}「うーん、病院みたいなもの」
// <0103> 女性は口を濁した。
<0103> 女性は口を濁した。
// <0104> \{女性}「ここの村ね、あんまり普通の人、来ないから」
<0104> \{Woman}「ここの村ね、あんまり普通の人、来ないから」
// <0105> \{女性}「初めは祖父が、この病院を作ったの」
<0105> \{Woman}「初めは祖父が、この病院を作ったの」
// <0106> \{女性}「戦前くらいかな、このあたりの山々には全く病院がなくてね」
<0106> \{Woman}「戦前くらいかな、このあたりの山々には全く病院がなくてね」
// <0107> 女性はかいつまんで、この村のことを話してくれた。
<0107> 女性はかいつまんで、この村のことを話してくれた。
// <0108> この村に住んでいる人々は、町や都会に適応できなかったりした人らしい。
<0108> この村に住んでいる人々は、町や都会に適応できなかったりした人らしい。
// <0109> どこか心を痛め、傷ついている人たちを最初は治療の一環として入院してもらった。
<0109> どこか心を痛め、傷ついている人たちを最初は治療の一環として入院してもらった。
// <0110> だが、女性の祖父が引退し、病院がなくなった。
<0110> だが、女性の祖父が引退し、病院がなくなった。
// <0111> \{女性}「だから、私がその跡をついで管理人になったわけ」
<0111> \{Woman}「だから、私がその跡をついで管理人になったわけ」
// <0112> \{朋也}「じゃ、医者なのか?」
<0112> \{Tomoya}「じゃ、医者なのか?」
// <0113> \{女性}「医者じゃないわ、管理人よ」
<0113> \{Woman}「医者じゃないわ、管理人よ」
// <0114> 階段を登ると、古めかしい引き戸が連なり、一番奥だけが閉まっていた。
<0114> 階段を登ると、古めかしい引き戸が連なり、一番奥だけが閉まっていた。
// <0115> その戸を軽くノックする女性。
<0115> その戸を軽くノックする女性。
// <0116> \{管理人}「有子さん、起きてる?」
<0116> \{Manager}「有子さん、起きてる?」
// <0117> ややあって、小さく、はい、と聞こえた。
<0117> ややあって、小さく、はい、と聞こえた。
// <0118> 前に聞いた声だった。
<0118> 前に聞いた声だった。
// <0119> 部屋に入ると、母親はベッドに寝かされていた。
<0119> 部屋に入ると、母親はベッドに寝かされていた。
// <0120> その向こうには、大きく切り取られた窓があった。
<0120> その向こうには、大きく切り取られた窓があった。
// <0121> 谷合の坂道が見え、左側に覆い被さるような山があった。
<0121> 谷合の坂道が見え、左側に覆い被さるような山があった。
// <0122> \{管理人}「お客さんよ。お知り合いの方」
<0122> \{Manager}「お客さんよ。お知り合いの方」
// <0123> \{管理人}「じゃ、私は仕事に戻るから、何かあったら呼んでね」
<0123> \{Manager}「じゃ、私は仕事に戻るから、何かあったら呼んでね」
// <0124> 備え付けのパイプ椅子を勧められ、俺たちは座った。
<0124> 備え付けのパイプ椅子を勧められ、俺たちは座った。
// <0125> \{有子}「…どうして、ここが?」
<0125> \{Yuuko}「…どうして、ここが?」
// <0126> \{朋也}「いろいろ調べてね」
<0126> \{Tomoya}「いろいろ調べてね」
// <0127> \{朋也}「これとか」
<0127> \{Tomoya}「これとか」
// <0128> 俺は手紙を差し出した。何度となく読んだそれは、封筒の角や便せんが擦り切れていた。
<0128> 俺は手紙を差し出した。何度となく読んだそれは、封筒の角や便せんが擦り切れていた。
// <0129> \{朋也}「あとは、窓の向こうの景色とかね」
<0129> \{Tomoya}「あとは、窓の向こうの景色とかね」
// <0130> \{朋也}「あの山だろ? 春には桜が見えるって」
<0130> \{Tomoya}「あの山だろ? 春には桜が見えるって」
// <0131> \{有子}「そう…ですね」
<0131> \{Yuuko}「そう…ですね」
// <0132> 指差した山のふもとには若干色の違う木々が見えた。
<0132> 指差した山のふもとには若干色の違う木々が見えた。
// <0133> はっきりとはわからないが、一斉に咲く桜を思い浮かべることが出来た。
<0133> はっきりとはわからないが、一斉に咲く桜を思い浮かべることが出来た。
// <0134> \{有子}「手紙は…消印ですか?」
<0134> \{Yuuko}「手紙は…消印ですか?」
// <0135> \{朋也}「それもあるけど、決め手のひとつになったのはこっち」
<0135> \{Tomoya}「それもあるけど、決め手のひとつになったのはこっち」
// <0136> 俺は便せんを見せる。
<0136> 俺は便せんを見せる。
// <0137> \{朋也}「これ、珍しい和紙なんだってな」
<0137> \{Tomoya}「これ、珍しい和紙なんだってな」
// <0138> 母親は不思議そうに見てから、小さく頷いた。
<0138> 母親は不思議そうに見てから、小さく頷いた。
// <0139> \{有子}「そうですね…ここの特産品だそうですから」
<0139> \{Yuuko}「そうですね…ここの特産品だそうですから」
// <0140> \{有子}「管理人さんが筆を使うなら、と持ってきてくださったんです…」
<0140> \{Yuuko}「管理人さんが筆を使うなら、と持ってきてくださったんです…」
// <0141> \{有子}「ともは…来ていませんでしょうか?」
<0141> \{Yuuko}「ともは…来ていませんでしょうか?」
// <0142> \{朋也}「ああ、家で留守番してるよ。こいつの彼女に任せてる」
<0142> \{Tomoya}「ああ、家で留守番してるよ。こいつの彼女に任せてる」
// <0143> \{鷹文}「ともとすごく仲がいいんだ」
<0143> \{Takafumi}「ともとすごく仲がいいんだ」
// <0144> \{有子}「そうですか…よかった」
<0144> \{Yuuko}「そうですか…よかった」
// <0145> \{朋也}「何で、よかったんだ?」
<0145> \{Tomoya}「何で、よかったんだ?」
// <0146> ふと、俺は疑問に思った。
<0146> ふと、俺は疑問に思った。
// <0147> ともに会いたくないわけはない。それなら写真すらいらないはずだ。
<0147> ともに会いたくないわけはない。それなら写真すらいらないはずだ。
// <0148> \{有子}「今更もう会えません」
<0148> \{Yuuko}「今更もう会えません」
// <0149> \{智代}「それは…あなたが今もとものことを愛してるからだ」
<0149> \{Tomoyo}「それは…あなたが今もとものことを愛してるからだ」
// <0150> 智代が床を見つめたままつぶやく。
<0150> 智代が床を見つめたままつぶやく。
// <0151> \{智代}「だから、会えなくてほっとしてるんだ…」
<0151> \{Tomoyo}「だから、会えなくてほっとしてるんだ…」
// <0152> \{智代}「それは矛盾したような感情だ」
<0152> \{Tomoyo}「それは矛盾したような感情だ」
// <0153> \{智代}「でも、今ならわかるんだ、そんな心情も…そうさせる何かが起こりえることも」
<0153> \{Tomoyo}「でも、今ならわかるんだ、そんな心情も…そうさせる何かが起こりえることも」
// <0154> 智代がゆっくり顔を上げる。
<0154> 智代がゆっくり顔を上げる。
// <0155> \{智代}「だから、聞かせてほしい…」
<0155> \{Tomoyo}「だから、聞かせてほしい…」
// <0156> \{智代}「そのために私たちはここに来たんだ」
<0156> \{Tomoyo}「そのために私たちはここに来たんだ」
// <0157> \{智代}「あなたをそこまで追い込んだもの…」
<0157> \{Tomoyo}「あなたをそこまで追い込んだもの…」
// <0158> \{智代}「それはなんなんだ」
<0158> \{Tomoyo}「それはなんなんだ」
// <0159> 相手の目を真正面から見据えて、言った。
<0159> 相手の目を真正面から見据えて、言った。
// <0160> 母親はしばらく表情も変えず止まっていた。
<0160> 母親はしばらく表情も変えず止まっていた。
// <0161> 智代も、瞬きもせず、その口が開くのを待った。その真剣な表情はどれだけ時間が過ぎようと崩れることはなかった。
<0161> 智代も、瞬きもせず、その口が開くのを待った。その真剣な表情はどれだけ時間が過ぎようと崩れることはなかった。
// <0162> 智代の真摯な思いが伝わったのだろう。
<0162> 智代の真摯な思いが伝わったのだろう。
// <0163> 智代の真摯な思いが伝わったのだろう。
<0163> 智代の真摯な思いが伝わったのだろう。
// <0164> \{有子}「わかりました。お話しましょう」
<0164> \{Yuuko}「わかりました。お話しましょう」
// <0165> 静かに口は開かれた。
<0165> 静かに口は開かれた。
// <0166> 語られるは、彼女の半生。
<0166> 語られるは、彼女の半生。
// <0167> 身よりのない彼女は、ずっとひとりで夜の仕事をしていた。
<0167> 身よりのない彼女は、ずっとひとりで夜の仕事をしていた。
// <0168> 智代の父親との出会い。
<0168> 智代の父親との出会い。
// <0169> 初めて知る愛という情念。
<0169> 初めて知る愛という情念。
// <0170> そして絶望。
<0170> そして絶望。
// <0171> その中で、生まれてきた小さな命。
<0171> その中で、生まれてきた小さな命。
// <0172> それを希望に生き始めた新しい日々。
<0172> それを希望に生き始めた新しい日々。
// <0173> だが生活はひっ迫し、娘を守るためには夜の仕事を続けるしかなかった。
<0173> だが生活はひっ迫し、娘を守るためには夜の仕事を続けるしかなかった。
// <0174> そのことで他の母子との摩擦が起きる。
<0174> そのことで他の母子との摩擦が起きる。
// <0175> 自分の仕事が知れ渡ってしまうと、ともと子供を遊ばせてくれる親はいなくなっていた。
<0175> 自分の仕事が知れ渡ってしまうと、ともと子供を遊ばせてくれる親はいなくなっていた。
// <0176> 園内でも、ひとりきりで遊ぶとも。
<0176> 園内でも、ひとりきりで遊ぶとも。
// <0177> その姿を見たら、自分が嫌になった。
<0177> その姿を見たら、自分が嫌になった。
// <0178> 自分を呪った。
<0178> 自分を呪った。
// <0179> それでも、生きるためには働くしかなかった。
<0179> それでも、生きるためには働くしかなかった。
// <0180> 精神もぼろぼろになり、やがて過労で倒れた。
<0180> 精神もぼろぼろになり、やがて過労で倒れた。
// <0181> 運び込まれた小さな病院は、彼女に大きな病院を紹介した。
<0181> 運び込まれた小さな病院は、彼女に大きな病院を紹介した。
// <0182> そこで知らされるのは、過労とはまったく関係のない病名。
<0182> そこで知らされるのは、過労とはまったく関係のない病名。
// <0183> ドラマでよく聞くような病名。
<0183> ドラマでよく聞くような病名。
// <0184> 身よりのない彼女はその後、さらに辛辣な現実を告げられる。
<0184> 身よりのない彼女はその後、さらに辛辣な現実を告げられる。
// <0185> すでに手遅れだということを。
<0185> すでに手遅れだということを。
// <0186> 錯乱。
<0186> 錯乱。
// <0187> 自分ひとりの面倒も見ることができなくなった彼女は、ともを父親に託すことを思いつく。
<0187> 自分ひとりの面倒も見ることができなくなった彼女は、ともを父親に託すことを思いつく。
// <0188> そして、ひとりになった彼女は自分の居場所を求めた。
<0188> そして、ひとりになった彼女は自分の居場所を求めた。
// <0189> 辿り着いた場所がここだった。
<0189> 辿り着いた場所がここだった。
// <0190> \{有子}「ここには、何もありません」
<0190> \{Yuuko}「ここには、何もありません」
// <0191> \{有子}「あるのは、ひっそりとしたその日の暮らしだけ」
<0191> \{Yuuko}「あるのは、ひっそりとしたその日の暮らしだけ」
// <0192> \{有子}「ここなら、余生を過ごせると思いました」
<0192> \{Yuuko}「ここなら、余生を過ごせると思いました」
// <0193> \{有子}「だから私は、この場所で暮らすことにしました」
<0193> \{Yuuko}「だから私は、この場所で暮らすことにしました」
// <0194> 俺たちは、入れられたお茶を飲んでいた。
<0194> 俺たちは、入れられたお茶を飲んでいた。
// <0195> 誰もが押し黙り、今告げられた事実を飲み下していた。
<0195> 誰もが押し黙り、今告げられた事実を飲み下していた。
// <0196> すでに母親と管理人の姿はない。
<0196> すでに母親と管理人の姿はない。
// <0197> まだ作業があるからと言って、退室していた。
<0197> まだ作業があるからと言って、退室していた。
// <0198> その時の母親の表情は、本当に何気ないものだった。
<0198> その時の母親の表情は、本当に何気ないものだった。
// <0199> \{智代}「私は浅はかだった…」
<0199> \{Tomoyo}「私は浅はかだった…」
// <0200> \{智代}「一方的に、母親が悪いと決めてかかっていたんだ…」
<0200> \{Tomoyo}「一方的に、母親が悪いと決めてかかっていたんだ…」
// <0201> \{朋也}「知らなかったんだから仕方ないだろ」
<0201> \{Tomoya}「知らなかったんだから仕方ないだろ」
// <0202> \{智代}「でも、もう知ってしまった…」
<0202> \{Tomoyo}「でも、もう知ってしまった…」
// <0203> \{智代}「想像してみろ…」
<0203> \{Tomoyo}「想像してみろ…」
// <0204> \{智代}「それがどれだけの恐怖かを…」
<0204> \{Tomoyo}「それがどれだけの恐怖かを…」
// <0205> 自分の手を見ていた。それは細かく震えていた。
<0205> 自分の手を見ていた。それは細かく震えていた。
// <0206> \{朋也}「やめとけ」
<0206> \{Tomoya}「やめとけ」
// <0207> その手を押さえつけるように握る。
<0207> その手を押さえつけるように握る。
// <0208> \{智代}「朋也…」
<0208> \{Tomoyo}「朋也…」
// <0209> \{智代}「震えが止まらないんだ…」
<0209> \{Tomoyo}「震えが止まらないんだ…」
// <0210> \{智代}「どうしようもないんだ…」
<0210> \{Tomoyo}「どうしようもないんだ…」
// <0211> \{朋也}「大丈夫だ」
<0211> \{Tomoya}「大丈夫だ」
// <0212> そのまま抱きしめてやる。
<0212> そのまま抱きしめてやる。
// <0213> もたれかかるようにして智代は崩れた。
<0213> もたれかかるようにして智代は崩れた。
// <0214> 鷹文が気を利かせて、無言のまま立ち上がり、退室した。
<0214> 鷹文が気を利かせて、無言のまま立ち上がり、退室した。
// <0215> 智代がようやく体を起こす。
<0215> 智代がようやく体を起こす。
// <0216> そして、ゆっくりと俺を見た。泣いてはいなかった。
<0216> そして、ゆっくりと俺を見た。泣いてはいなかった。
// <0217> ただこの一瞬で、憔悴しきっていた。
<0217> ただこの一瞬で、憔悴しきっていた。
// <0218> \{智代}「これからどうすればいいんだろう…」
<0218> \{Tomoyo}「これからどうすればいいんだろう…」
// <0219> そう呟いた。
<0219> そう呟いた。
// <0220> \{朋也}「あの人はもうすぐなくなる…」
<0220> \{Tomoya}「あの人はもうすぐなくなる…」
// <0221> \{朋也}「そして、ともは本当の意味で母親を失うんだ…」
<0221> \{Tomoya}「そして、ともは本当の意味で母親を失うんだ…」
// <0222> \{朋也}「それを考えれば、わかるだろ…?」
<0222> \{Tomoya}「それを考えれば、わかるだろ…?」
// <0223> \{智代}「え…」
<0223> \{Tomoyo}「え…」
// <0224> 困惑した顔。
<0224> 困惑した顔。
// <0225> \{智代}「………」
<0225> \{Tomoyo}「………」
// <0226> 俺が黙っていると、目を瞑って真剣に考え始める。
<0226> 俺が黙っていると、目を瞑って真剣に考え始める。
// <0227> \{朋也}「…わからないのか?」
<0227> \{Tomoya}「…わからないのか?」
// <0228> \{智代}「待ってくれ…」
<0228> \{Tomoyo}「待ってくれ…」
// <0229> \{智代}「………」
<0229> \{Tomoyo}「………」
// <0230> \{朋也}「ふたりは…どうすべきなんだ?」
<0230> \{Tomoya}「ふたりは…どうすべきなんだ?」
// <0231> そこまで言ってやる。
<0231> そこまで言ってやる。
// <0232> \{智代}「ふたりは…」
<0232> \{Tomoyo}「ふたりは…」
// <0233> \{智代}「一緒に暮らすべき…なのか?」
<0233> \{Tomoyo}「一緒に暮らすべき…なのか?」
// <0234> \{朋也}「ああ、そうだ」
<0234> \{Tomoya}「ああ、そうだ」
// <0235> \{智代}「そうか…そうだな…」
<0235> \{Tomoyo}「そうか…そうだな…」
// <0236> \{朋也}「当然だろ」
<0236> \{Tomoya}「当然だろ」
// <0237> \{智代}「うん…当然だった」
<0237> \{Tomoyo}「うん…当然だった」
// <0238> \{朋也}「よし、じゃあ、いくぞ」
<0238> \{Tomoya}「よし、じゃあ、いくぞ」
// <0239> \{智代}「え、どこに?」
<0239> \{Tomoyo}「え、どこに?」
// <0240> \{智代}「帰るのか?」
<0240> \{Tomoyo}「帰るのか?」
// <0241> \{朋也}「母親の説得だよ」
<0241> \{Tomoya}「母親の説得だよ」
// <0242> \{智代}「ああ、そうだな…それが先だな」
<0242> \{Tomoyo}「ああ、そうだな…それが先だな」
// <0243> \{智代}「よし、いこう」
<0243> \{Tomoyo}「よし、いこう」
// <0244> 出口に向かうその目には、何も映っていないように見えた。
<0244> 出口に向かうその目には、何も映っていないように見えた。
// <0245> \{朋也}「おまえさ…」
<0245> \{Tomoya}「おまえさ…」
// <0246> その肩を掴む。
<0246> その肩を掴む。
// <0247> \{智代}「え、どうした」
<0247> \{Tomoyo}「え、どうした」
// <0248> \{朋也}「おまえ、大丈夫か?」
<0248> \{Tomoya}「おまえ、大丈夫か?」
// <0249> \{智代}「私が…どうかしたのか?」
<0249> \{Tomoyo}「私が…どうかしたのか?」
// <0250> ふぅ…と俺はため息をつく。
<0250> ふぅ…と俺はため息をつく。
// <0251> 今の智代は自分の心で動いていない。
<0251> 今の智代は自分の心で動いていない。
// <0252> 俺に言われるがままにしているだけだ。
<0252> 俺に言われるがままにしているだけだ。
// <0253> あるいは、言葉だけで理解して、感情で理解していない。
<0253> あるいは、言葉だけで理解して、感情で理解していない。
// <0254> …いつか心が追いついてくれるだろうか。
<0254> …いつか心が追いついてくれるだろうか。
// <0255> それを願って、部屋を後にした。
<0255> それを願って、部屋を後にした。
// <0256> ふたりは畑にいた。
<0256> ふたりは畑にいた。
// <0257> 俺たちが寄っていくと、母親の前に管理人が立ちはだかった。
<0257> 俺たちが寄っていくと、母親の前に管理人が立ちはだかった。
// <0258> けど、母親は構わない、と手で制して、ゆっくり前に歩み出た。
<0258> けど、母親は構わない、と手で制して、ゆっくり前に歩み出た。
// <0259> 冷ややかな表情のまま、無言でこちらの言葉を待つ。
<0259> 冷ややかな表情のまま、無言でこちらの言葉を待つ。
// <0260> 俺を口を開いた。
<0260> 俺を口を開いた。
// <0261> \{朋也}「あんたは今もとものことを愛してる」
<0261> \{Tomoya}「あんたは今もとものことを愛してる」
// <0262> \{朋也}「だったら、一緒に暮らせばいいじゃないか」
<0262> \{Tomoya}「だったら、一緒に暮らせばいいじゃないか」
// <0263> \{朋也}「呼んでやればいいじゃないか、ここに」
<0263> \{Tomoya}「呼んでやればいいじゃないか、ここに」
// <0264> \{有子}「あなたはここのことをなにも知らない」
<0264> \{Yuuko}「あなたはここのことをなにも知らない」
// <0265> \{有子}「ここは、子供の住む場所ではありません」
<0265> \{Yuuko}「ここは、子供の住む場所ではありません」
// <0266> \{有子}「ここには何もない」
<0266> \{Yuuko}「ここには何もない」
// <0267> \{有子}「ここに暮らすみんなも、何かがない。失ってるんです。失い続けてるんです」
<0267> \{Yuuko}「ここに暮らすみんなも、何かがない。失ってるんです。失い続けてるんです」
// <0268> \{有子}「そういう人が暮らす場所なんです」
<0268> \{Yuuko}「そういう人が暮らす場所なんです」
// <0269> 俺は思い出す。話もしてくれなかった住人たちのことを。
<0269> 俺は思い出す。話もしてくれなかった住人たちのことを。
// <0270> \{有子}「ここは旅の終点なんです」
<0270> \{Yuuko}「ここは旅の終点なんです」
// <0271> 旅の、終点。
<0271> 旅の、終点。
// <0272> \{有子}「この先にはなにもない」
<0272> \{Yuuko}「この先にはなにもない」
// <0273> \{有子}「未来も希望もすべてがあるあの子をここに連れてくるわけにはいきません」
<0273> \{Yuuko}「未来も希望もすべてがあるあの子をここに連れてくるわけにはいきません」
// <0274> ………。
<0274> ………。
// <0275> 話は終わったのだろうか…。
<0275> 話は終わったのだろうか…。
// <0276> なら言い返さなければ…。
<0276> なら言い返さなければ…。
// <0277> じゃあ、あんたがここから出ていけばいい。
<0277> じゃあ、あんたがここから出ていけばいい。
// <0278> そんな文句を思いつくが、それはあまりに軽々しかった。
<0278> そんな文句を思いつくが、それはあまりに軽々しかった。
// <0279> 彼女の半生を知った今…
<0279> 彼女の半生を知った今…
// <0280> その旅の終点へと辿り着いた彼女に、また過酷の中へ出向けと…
<0280> その旅の終点へと辿り着いた彼女に、また過酷の中へ出向けと…
// <0281> 言えるのだろうか、俺は。
<0281> 言えるのだろうか、俺は。
// <0282> \{有子}「それに…」
<0282> \{Yuuko}「それに…」
// <0283> \{有子}「今、他人になっておけば、あの子は、私の死を知らずに済む」
<0283> \{Yuuko}「今、他人になっておけば、あの子は、私の死を知らずに済む」
// <0284> なんだよ、それ…。
<0284> なんだよ、それ…。
// <0285> 違う気がする。
<0285> 違う気がする。
// <0286> でも、もう俺の中からは言葉が出てこない。
<0286> でも、もう俺の中からは言葉が出てこない。
// <0287> 俺は隣を見る。
<0287> 俺は隣を見る。
// <0288> 同じように立ちつくす智代と目が合う。
<0288> 同じように立ちつくす智代と目が合う。
// <0289> \{智代}「………」
<0289> \{Tomoyo}「………」
// <0290> 智代は無言のまま顔を伏せた。
<0290> 智代は無言のまま顔を伏せた。
// <0291> \{管理人}「ようは…」
<0291> \{Manager}「ようは…」
// <0292> \{管理人}「ふたりにとって、これが、一番よかった」
<0292> \{Manager}「ふたりにとって、これが、一番よかった」
// <0293> \{管理人}「そういうこと」
<0293> \{Manager}「そういうこと」
// <0294> そう管理人がまとめて、ふたりは作業に戻っていった。
<0294> そう管理人がまとめて、ふたりは作業に戻っていった。
// <0295> 一際セミの鳴き声が大きくなり、耳を塞ぎたくなった。
<0295> 一際セミの鳴き声が大きくなり、耳を塞ぎたくなった。
// <0296> \{管理人}「納得できた?」
<0296> \{Manager}「納得できた?」
// <0297> \{朋也}「いや」
<0297> \{Tomoya}「いや」
// <0298> 俺は首を振った。
<0298> 俺は首を振った。
// <0299> 納得はしない。
<0299> 納得はしない。
// <0300> \{管理人}「そうなの」
<0300> \{Manager}「そうなの」
// <0301> 別にどっちでも構わない、というような返事。
<0301> 別にどっちでも構わない、というような返事。
// <0302> こういう事態にも慣れているのかもしれない。
<0302> こういう事態にも慣れているのかもしれない。
// <0303> 管理人は、俺たちの茶碗にお茶を注いでくれた。
<0303> 管理人は、俺たちの茶碗にお茶を注いでくれた。
// <0304> \{朋也}(悪い人じゃないんだろうな)
<0304> \{Tomoya}(悪い人じゃないんだろうな)
// <0305> そう考えながら、横顔をじっと見ていた。
<0305> そう考えながら、横顔をじっと見ていた。
// <0306> \{管理人}「ところで、あんたたち、どうやって帰るの?」
<0306> \{Manager}「ところで、あんたたち、どうやって帰るの?」
// <0307> その顔がこちらを向く。
<0307> その顔がこちらを向く。
// <0308> \{朋也}「行きはバスで来たけど」
<0308> \{Tomoya}「行きはバスで来たけど」
// <0309> \{管理人}「もう、最終便には間に合わないわよ」
<0309> \{Manager}「もう、最終便には間に合わないわよ」
// <0310> 時計を見ると、午後五時を回ったところだ。
<0310> 時計を見ると、午後五時を回ったところだ。
// <0311> \{朋也}「早いな」
<0311> \{Tomoya}「早いな」
// <0312> \{鷹文}「五時半までだったね」
<0312> \{Takafumi}「五時半までだったね」
// <0313> \{管理人}「あら、よく知ってるのね」
<0313> \{Manager}「あら、よく知ってるのね」
// <0314> \{管理人}「間に合わないかも知れないけど、タクシーでも呼ぶ?」
<0314> \{Manager}「間に合わないかも知れないけど、タクシーでも呼ぶ?」
// <0315> これくらい、と言われた金額は、少々高いものだったが、払えないことはない。
<0315> これくらい、と言われた金額は、少々高いものだったが、払えないことはない。
// <0316> しかし、このまま帰ってしまってもいいのだろうか。
<0316> しかし、このまま帰ってしまってもいいのだろうか。
// <0317> 納得してしまっていいのだろうか。
<0317> 納得してしまっていいのだろうか。
// <0318> ともを手放した理由を知るという目的は果たした。
<0318> ともを手放した理由を知るという目的は果たした。
// <0319> でも、納得はしていない。
<0319> でも、納得はしていない。
// <0320> だから、まだここを去るわけにはいかない。
<0320> だから、まだここを去るわけにはいかない。
// <0321> \{朋也}「あの…俺たちの寝床、なんとかならないかな」
<0321> \{Tomoya}「あの…俺たちの寝床、なんとかならないかな」
// <0322> \{管理人}「まぁ、使ってない部屋はあるし、布団も用意できるけど」
<0322> \{Manager}「まぁ、使ってない部屋はあるし、布団も用意できるけど」
// <0323> \{朋也}「いいのか?」
<0323> \{Tomoya}「いいのか?」
// <0324> \{管理人}「じゃあ、特別ね。一応は有子さんの身内だし」
<0324> \{Manager}「じゃあ、特別ね。一応は有子さんの身内だし」
// <0325> よかった。こんなぶしつけに押しかけた俺たちに寝床まで用意してもらえるなんて普通は考えられない。
<0325> よかった。こんなぶしつけに押しかけた俺たちに寝床まで用意してもらえるなんて普通は考えられない。
// <0326> 申し訳ない、と頭を下げておく。
<0326> 申し訳ない、と頭を下げておく。
// <0327> \{管理人}「帰れないんじゃ仕方ないでしょ」
<0327> \{Manager}「帰れないんじゃ仕方ないでしょ」
// <0328> 管理人が立ち上がる。
<0328> 管理人が立ち上がる。
// <0329> \{管理人}「じゃあ、夕飯の準備してくるわ」
<0329> \{Manager}「じゃあ、夕飯の準備してくるわ」
// <0330> \{朋也}「手伝ってもいいかな」
<0330> \{Tomoya}「手伝ってもいいかな」
// <0331> \{管理人}「どうぞ」
<0331> \{Manager}「どうぞ」
// <0332> \{鷹文}「僕も」
<0332> \{Takafumi}「僕も」
// <0333> 俺は智代を見る。しばらくぼぅっとしていたが、目が合うと、思い出したように立ち上がった。
<0333> 俺は智代を見る。しばらくぼぅっとしていたが、目が合うと、思い出したように立ち上がった。
// <0334> そして管理人の後に続く。
<0334> そして管理人の後に続く。
// <0335> \{朋也}「何を手伝ったらいい?」
<0335> \{Tomoya}「何を手伝ったらいい?」
// <0336> 広めの台所では所狭しと、村人が食事を作っていた。
<0336> 広めの台所では所狭しと、村人が食事を作っていた。
// <0337> \{管理人}「じゃ、そっちの野菜切ってくれる?」
<0337> \{Manager}「じゃ、そっちの野菜切ってくれる?」
// <0338> \{管理人}「それ、サラダにするから」
<0338> \{Manager}「それ、サラダにするから」
// <0339> \{管理人}「切り方とか盛りつけは任せるから、好きにしていいわよ」
<0339> \{Manager}「切り方とか盛りつけは任せるから、好きにしていいわよ」
// <0340> 籠に積まれたトマトとキュウリを示しながら、管理人は別の作業に取りかかっていた。
<0340> 籠に積まれたトマトとキュウリを示しながら、管理人は別の作業に取りかかっていた。
// <0341> 智代は手早くトマトを八分にし、キュウリを塩もみした後、乱切りにした。
<0341> 智代は手早くトマトを八分にし、キュウリを塩もみした後、乱切りにした。
// <0342> \{管理人}「あら、男っぽい口調のわりに、器用なのね。そういうこと疎いのかと思ってた」
<0342> \{Manager}「あら、男っぽい口調のわりに、器用なのね。そういうこと疎いのかと思ってた」
// <0343> 管理人は素直な驚きを口にしていた。
<0343> 管理人は素直な驚きを口にしていた。
// <0344> 俺も見様見真似で包丁を扱う。
<0344> 俺も見様見真似で包丁を扱う。
// <0345> 病院で見るようなカートに大鍋などを乗せて、一部屋ずつ回る。
<0345> 病院で見るようなカートに大鍋などを乗せて、一部屋ずつ回る。
// <0346> \{朋也}「…あのさ、こういうとこだとみんなで食べたりとかしないのか?」
<0346> \{Tomoya}「…あのさ、こういうとこだとみんなで食べたりとかしないのか?」
// <0347> \{管理人}「たまにはあるけど、あんまりしないわね」
<0347> \{Manager}「たまにはあるけど、あんまりしないわね」
// <0348> \{管理人}「一緒に暮らしてるけど、やっぱり人の目が気になったり、もめたりするから」
<0348> \{Manager}「一緒に暮らしてるけど、やっぱり人の目が気になったり、もめたりするから」
// <0349> \{管理人}「食事とか自由な時間はひとりにしているのよ」
<0349> \{Manager}「食事とか自由な時間はひとりにしているのよ」
// <0350> \{管理人}「だから、あんたたちも自分の部屋でご飯食べてね」
<0350> \{Manager}「だから、あんたたちも自分の部屋でご飯食べてね」
// <0351> 案内された部屋は、思いの外綺麗に掃除がされていた。
<0351> 案内された部屋は、思いの外綺麗に掃除がされていた。
// <0352> \{鷹文}「いただきます」
<0352> \{Takafumi}「いただきます」
// <0353> テーブルが床に置かれ、四人が囲んでいた。
<0353> テーブルが床に置かれ、四人が囲んでいた。
// <0354> なぜか、私も仲間に入れてねと、管理人が一緒になっている。
<0354> なぜか、私も仲間に入れてねと、管理人が一緒になっている。
// <0355> メニューは焼き茄子、湯がいたトウモロコシ、トマトとキュウリのサラダ、オクラの和え物。
<0355> メニューは焼き茄子、湯がいたトウモロコシ、トマトとキュウリのサラダ、オクラの和え物。
// <0356> 見事なまでに野菜だけだった。
<0356> 見事なまでに野菜だけだった。
// <0357> \{朋也}「健康のためとかか?」
<0357> \{Tomoya}「健康のためとかか?」
// <0358> \{管理人}「何が?」
<0358> \{Manager}「何が?」
// <0359> \{朋也}「野菜しかないからさ」
<0359> \{Tomoya}「野菜しかないからさ」
// <0360> \{管理人}「ああ、それね。畑でとれた野菜だからよ」
<0360> \{Manager}「ああ、それね。畑でとれた野菜だからよ」
// <0361> \{管理人}「ここは自給自足だからね」
<0361> \{Manager}「ここは自給自足だからね」
// <0362> \{管理人}「売ってもいるけど、みんな自分のために畑仕事をしてるのよ」
<0362> \{Manager}「売ってもいるけど、みんな自分のために畑仕事をしてるのよ」
// <0363> \{朋也}「…そうなのか」
<0363> \{Tomoya}「…そうなのか」
// <0364> 相づちともつかないような頷きだけで、一口食べた。
<0364> 相づちともつかないような頷きだけで、一口食べた。
// <0365> \{朋也}「…うまい」
<0365> \{Tomoya}「…うまい」
// <0366> \{管理人}「でしょ? これも自分のためだからね」
<0366> \{Manager}「でしょ? これも自分のためだからね」
// <0367> 洗いざらしのシーツを人数分渡され、さらに布団が運び込まれた。
<0367> 洗いざらしのシーツを人数分渡され、さらに布団が運び込まれた。
// <0368> \{管理人}「一部屋しかないんだけど、別にいいわよね?」
<0368> \{Manager}「一部屋しかないんだけど、別にいいわよね?」
// <0369> \{朋也}「ああ」
<0369> \{Tomoya}「ああ」
// <0370> \{管理人}「あなたは大丈夫?」
<0370> \{Manager}「あなたは大丈夫?」
// <0371> ぼぅっとしたまま立つ智代に訊いた。
<0371> ぼぅっとしたまま立つ智代に訊いた。
// <0372> \{智代}「ん?」
<0372> \{Tomoyo}「ん?」
// <0373> \{智代}「ああ…うん。大丈夫だ。世話になる」
<0373> \{Tomoyo}「ああ…うん。大丈夫だ。世話になる」
// <0374> \{管理人}「ごめんね、ここしかないのよ。ちゃんと寝られる部屋って」
<0374> \{Manager}「ごめんね、ここしかないのよ。ちゃんと寝られる部屋って」
// <0375> 寝床の準備は簡単だった。
<0375> 寝床の準備は簡単だった。
// <0376> 床に布団を敷き、シーツの端を折り込んで終わり。
<0376> 床に布団を敷き、シーツの端を折り込んで終わり。
// <0377> 広さはそれなりにあるので、床でも充分寝られそうだった。
<0377> 広さはそれなりにあるので、床でも充分寝られそうだった。
// <0378> 窓のそばでは管理人が持ってきてくれた蚊取り線香が焚かれていた。
<0378> 窓のそばでは管理人が持ってきてくれた蚊取り線香が焚かれていた。
// <0379> \{鷹文}「じゃ、おやすみ」
<0379> \{Takafumi}「じゃ、おやすみ」
// <0380> 消灯すると、部屋は真っ暗になる。
<0380> 消灯すると、部屋は真っ暗になる。
// <0381> すぐ鷹文の寝息が聞こえてきた。
<0381> すぐ鷹文の寝息が聞こえてきた。
// <0382> 智代のほうからはまだ聞こえてこない。
<0382> 智代のほうからはまだ聞こえてこない。
// <0383> 手を伸ばして、その体を探した。
<0383> 手を伸ばして、その体を探した。
// <0384> 触れたのは背中だった。
<0384> 触れたのは背中だった。
// <0385> 後ろからそっと抱きしめる。
<0385> 後ろからそっと抱きしめる。
// <0386> 眠るまでずっとそうしていた。
<0386> 眠るまでずっとそうしていた。