// Resources for SEEN5000.TXT
// #character '朋也'
#character 'Tomoya'
// #character '少女'
#character 'Young lady'
// #character '智代'
#character 'Tomoyo'
// #character '医師'
#character 'Doctor'
// <0000> アフター1日目
<0000> After - Day 1
// <0001> 羽音のような低い音で、『おれ』は目が覚めた。
<0001> 羽音のような低い音で、『おれ』は目が覚めた。
// <0002> 最初に目に映ったのは、白い天井。
<0002> 最初に目に映ったのは、白い天井。
// <0003> その明るさが、目に痛い。
<0003> その明るさが、目に痛い。
// <0004> どうやら、おれは横になっているみたいだ。
<0004> どうやら、おれは横になっているみたいだ。
// <0005> この耳障りな音はどこからするんだろう?
<0005> この耳障りな音はどこからするんだろう?
// <0006> それを探ろうと、首を左に向けてみた。
<0006> それを探ろうと、首を左に向けてみた。
// <0007> 頭の上に置かれている機械よりも先に、枕元に置かれた椅子で目をつむっている少女に気づく。
<0007> 頭の上に置かれている機械よりも先に、枕元に置かれた椅子で目をつむっている少女に気づく。
// <0008> 流れるような長い髪がきれいだった。
<0008> 流れるような長い髪がきれいだった。
// <0009> すっ、と鼻の通った顔立ち。
<0009> すっ、と鼻の通った顔立ち。
// <0010> なぜか悲しんでいるように見えた。
<0010> なぜか悲しんでいるように見えた。
// <0011> 今は薄く閉じているまぶた。
<0011> 今は薄く閉じているまぶた。
// <0012> その端から、今にも涙が溢れてくるように思えて恐かった。
<0012> その端から、今にも涙が溢れてくるように思えて恐かった。
// <0013> 今は眠っているようだ。
<0013> 今は眠っているようだ。
// <0014> 少し年上だろうか。知らない顔だった。
<0014> 少し年上だろうか。知らない顔だった。
// <0015> 白い天井、白い部屋、白いベッド。
<0015> 白い天井、白い部屋、白いベッド。
// <0016> おれは自分にかけられている布団から、右腕を出す。
<0016> おれは自分にかけられている布団から、右腕を出す。
// <0017> 白い寝巻きを着せられている。
<0017> 白い寝巻きを着せられている。
// <0018> おれは病院にいるらしい。
<0018> おれは病院にいるらしい。
// <0019> でも、少女は看護婦ではないようだ。
<0019> でも、少女は看護婦ではないようだ。
// <0020> 私服を着ている。
<0020> 私服を着ている。
// <0021> なぜ親父ではなくて、この少女が付き添っているのだろう。
<0021> なぜ親父ではなくて、この少女が付き添っているのだろう。
// <0022> どうして自分が病院でベッドに寝ているのか。
<0022> どうして自分が病院でベッドに寝ているのか。
// <0023> さっぱり思い出せない。
<0023> さっぱり思い出せない。
// <0024> 少なくとも、昨日まではいつもと変わらない秋の一日だったはずなのに。
<0024> 少なくとも、昨日まではいつもと変わらない秋の一日だったはずなのに。
// <0025> \{朋也}「なあ」
<0025> \{Tomoya}「なあ」
// <0026> 声を出すこと自体がかなり久しぶりのようだ。喉を使うだけで、体力を消耗する。
<0026> 声を出すこと自体がかなり久しぶりのようだ。喉を使うだけで、体力を消耗する。
// <0027> 少女が、その細い体を震わせた。
<0027> 少女が、その細い体を震わせた。
// <0028> \{朋也}「起きてくれないか」
<0028> \{Tomoya}「起きてくれないか」
// <0029> 閉じていた目を開き、少女がおれの顔を見た。
<0029> 閉じていた目を開き、少女がおれの顔を見た。
// <0030> \{少女}「朋也っ」
<0030> \{Young lady}「朋也っ」
// <0031> そうだ。おれの名前は…
<0031> そうだ。おれの名前は…
// <0032> \{朋也}「とも…」
<0032> \{Tomoya}「とも…」
// <0033> 少女の顔が、ぱっと明るくなったように思った。
<0033> 少女の顔が、ぱっと明るくなったように思った。
// <0034> \{朋也}「…や。ともや、朋也」
<0034> \{Tomoya}「…や。ともや、朋也」
// <0035> …岡崎朋也。
<0035> …岡崎朋也。
// <0036> 確かめるように、おれは自分の名前を口にした。
<0036> 確かめるように、おれは自分の名前を口にした。
// <0037> 一瞬明るくなった少女の表情は、再び曇ってしまった。
<0037> 一瞬明るくなった少女の表情は、再び曇ってしまった。
// <0038> \{少女}「私の名前が…わかるか?」
<0038> \{Young lady}「私の名前が…わかるか?」
// <0039> わからない。
<0039> わからない。
// <0040> 近所にもクラスメイトにもいない。
<0040> 近所にもクラスメイトにもいない。
// <0041> 記憶を手繰ろうとするが、頭の中がもやがかってうまくいかない…。
<0041> 記憶を手繰ろうとするが、頭の中がもやがかってうまくいかない…。
// <0042> おれは首を横に振る。
<0042> おれは首を横に振る。
// <0043> \{少女}「…そうか」
<0043> \{Young lady}「…そうか」
// <0044> それから、一拍の間があった。
<0044> それから、一拍の間があった。
// <0045> \{少女}「私の名前は坂上智代、だ」
<0045> \{Young lady}「私の名前は坂上智代、だ」
// <0046> \{朋也}「さかがみ…ともよ」
<0046> \{Tomoya}「さかがみ…ともよ」
// <0047> 言われたとおりに、繰り返す。
<0047> 言われたとおりに、繰り返す。
// <0048> やはり、知らない名前だ。
<0048> やはり、知らない名前だ。
// <0049> けど、今の自分の置かれている立場を知るためには、とりあえず彼女に訊くしかない。
<0049> けど、今の自分の置かれている立場を知るためには、とりあえず彼女に訊くしかない。
// <0050> \{朋也}「坂上さん」
<0050> \{Tomoya}「坂上さん」
// <0051> \{智代}「智代でいい」
<0051> \{Tomoyo}「智代でいい」
// <0052> 自分より年上らしい人を呼び捨てにするのもどうかと思ったが、本人がそう言うのだから、そうすることにする。
<0052> 自分より年上らしい人を呼び捨てにするのもどうかと思ったが、本人がそう言うのだから、そうすることにする。
// <0053> \{朋也}「おれはどうしてここにいるんだ? ここは病院なのか」
<0053> \{Tomoya}「おれはどうしてここにいるんだ? ここは病院なのか」
// <0054> \{智代}「そうだな…確かに病院だ」
<0054> \{Tomoyo}「そうだな…確かに病院だ」
// <0055> \{智代}「朋也がここにいるのは、倒れたからだ」
<0055> \{Tomoyo}「朋也がここにいるのは、倒れたからだ」
// <0056> \{朋也}「倒れた?」
<0056> \{Tomoya}「倒れた?」
// <0057> 言われるような自覚症状はない。
<0057> 言われるような自覚症状はない。
// <0058> 多少、頭がぼんやりする気はするが、それは寝起きだからだろう。
<0058> 多少、頭がぼんやりする気はするが、それは寝起きだからだろう。
// <0059> \{智代}「ああ、すまない」
<0059> \{Tomoyo}「ああ、すまない」
// <0060> \{智代}「私はこれから医者を呼びにいってくる」
<0060> \{Tomoyo}「私はこれから医者を呼びにいってくる」
// <0061> ナースコールがあるはずだが、智代は立ち上がると背中をおれに向けた。
<0061> ナースコールがあるはずだが、智代は立ち上がると背中をおれに向けた。
// <0062> \{智代}「すぐに戻るから、待っていてくれ」
<0062> \{Tomoyo}「すぐに戻るから、待っていてくれ」
// <0063> \{朋也}「ちょっと待った」
<0063> \{Tomoya}「ちょっと待った」
// <0064> \{朋也}「ひとつ訊きたいんだが…智代はどうして、ここに居るんだ?」
<0064> \{Tomoya}「ひとつ訊きたいんだが…智代はどうして、ここに居るんだ?」
// <0065> その言葉に、智代は振り返らずに答える。
<0065> その言葉に、智代は振り返らずに答える。
// <0066> \{智代}「私の名は、坂上智代。おまえの名は、岡崎朋也」
<0066> \{Tomoyo}「私の名は、坂上智代。おまえの名は、岡崎朋也」
// <0067> \{智代}「私たちは…\p
<0067> \{Tomoyo}「私たちは…\p
// <0068> 恋人だ」
<0068> 恋人だ」
// <0069> その後、慌しくやってきた医師が、おれの容態を尋ねる。
<0069> その後、慌しくやってきた医師が、おれの容態を尋ねる。
// <0070> 智代は少し離れたところで、こちらを見ていた。
<0070> 智代は少し離れたところで、こちらを見ていた。
// <0071> さっきの言葉が気になっている。
<0071> さっきの言葉が気になっている。
// <0072> 恋人とはどういう意味だ?
<0072> 恋人とはどういう意味だ?
// <0073> おれよりも年上の、見知らぬ少女。
<0073> おれよりも年上の、見知らぬ少女。
// <0074> これまで一度も触れ合ったことはない。
<0074> これまで一度も触れ合ったことはない。
// <0075> それなのに、おれたちは恋人だという。
<0075> それなのに、おれたちは恋人だという。
// <0076> この場の誰よりも、おれのことを心配そうに見つめている。
<0076> この場の誰よりも、おれのことを心配そうに見つめている。
// <0077> 嘘をついているとも、思えない。
<0077> 嘘をついているとも、思えない。
// <0078> 医者は具合はどうだ、と訊いている。
<0078> 医者は具合はどうだ、と訊いている。
// <0079> 元気だ、としか答えようがない。
<0079> 元気だ、としか答えようがない。
// <0080> 今すぐにも起き出して、家に帰りたいくらいだ。
<0080> 今すぐにも起き出して、家に帰りたいくらいだ。
// <0081> バスケの練習をしないと。
<0081> バスケの練習をしないと。
// <0082> 一日体を動かさなければ、取り戻すのに三日かかる。
<0082> 一日体を動かさなければ、取り戻すのに三日かかる。
// <0083> もうすぐ推薦のための試験がある。
<0083> もうすぐ推薦のための試験がある。
// <0084> 体はなんともないようだから、早く練習を再開したい。
<0084> 体はなんともないようだから、早く練習を再開したい。
// <0085> おれの気持ちを知ってか知らずか…。
<0085> おれの気持ちを知ってか知らずか…。
// <0086> 目の前の医者は話を続けている。
<0086> 目の前の医者は話を続けている。
// <0087> 質問の内容はわけがわからない。
<0087> 質問の内容はわけがわからない。
// <0088> 今はいつか、今日は何曜日か、私の顔は知っているか、などなど。
<0088> 今はいつか、今日は何曜日か、私の顔は知っているか、などなど。
// <0089> どうして、そんな質問をするんだ?
<0089> どうして、そんな質問をするんだ?
// <0090> その医者は初めて見る顔だし、今日が何日かなんて、わざわざ答える必要もないくらい馬鹿らしい質問だ。
<0090> その医者は初めて見る顔だし、今日が何日かなんて、わざわざ答える必要もないくらい馬鹿らしい質問だ。
// <0091> \{朋也}「おれは一体、どうしてここにいるんですか」
<0091> \{Tomoya}「おれは一体、どうしてここにいるんですか」
// <0092> 早く終わらせたかった。
<0092> 早く終わらせたかった。
// <0093> その言葉に医者は困った顔をして、後ろにいる智代に言った。
<0093> その言葉に医者は困った顔をして、後ろにいる智代に言った。
// <0094> \{医師}「坂上さん、あなたの方から説明してもらえますか。多分、そのほうがいいでしょう」
<0094> \{Doctor}「坂上さん、あなたの方から説明してもらえますか。多分、そのほうがいいでしょう」
// <0095> 智代が歩み寄り、ベッドの脇に立つ。
<0095> 智代が歩み寄り、ベッドの脇に立つ。
// <0096> \{智代}「朋也」
<0096> \{Tomoyo}「朋也」
// <0097> おれの瞳を見つめる。
<0097> おれの瞳を見つめる。
// <0098> \{智代}「おまえは…記憶喪失なんだ」
<0098> \{Tomoyo}「おまえは…記憶喪失なんだ」
// <0099> 記憶喪失。
<0099> 記憶喪失。
// <0100> …なんて非現実的な響きだ。
<0100> …なんて非現実的な響きだ。
// <0101> ここにいるメンバーは役者で、病院だと思っている場所は舞台で、おれは担がれているんじゃないか。
<0101> ここにいるメンバーは役者で、病院だと思っている場所は舞台で、おれは担がれているんじゃないか。
// <0102> 智代は自分の鞄から、何かを取り出すとおれのほうに差し出した。
<0102> 智代は自分の鞄から、何かを取り出すとおれのほうに差し出した。
// <0103> それは鏡だった。
<0103> それは鏡だった。
// <0104> 女の子が身だしなみを整えるために使う、ピンクの少しファンシーな手鏡だ。
<0104> 女の子が身だしなみを整えるために使う、ピンクの少しファンシーな手鏡だ。
// <0105> それ自体は珍しいものでもない。
<0105> それ自体は珍しいものでもない。
// <0106> おれにとって見覚えがないのは、そこに映っている姿のほうだ。
<0106> おれにとって見覚えがないのは、そこに映っている姿のほうだ。
// <0107> …こいつは誰だ?
<0107> …こいつは誰だ?
// <0108> 我ながら馬鹿げた疑問だ。
<0108> 我ながら馬鹿げた疑問だ。
// <0109> 自分の目の前に鏡があれば、そこに映っているのは他の誰でもない。
<0109> 自分の目の前に鏡があれば、そこに映っているのは他の誰でもない。
// <0110> おれだ。
<0110> おれだ。
// <0111> 自慢じゃないが、視力には自信はある。目を細めて、その姿を見つめる。
<0111> 自慢じゃないが、視力には自信はある。目を細めて、その姿を見つめる。
// <0112> …確かに。
<0112> …確かに。
// <0113> おれだ。
<0113> おれだ。
// <0114> だが…
<0114> だが…
// <0115> 昨日までのおれはこんなに老けていなかったはずだ。
<0115> 昨日までのおれはこんなに老けていなかったはずだ。
// <0116> 老けている、というと少し違うかもしれない。
<0116> 老けている、というと少し違うかもしれない。
// <0117> 青年、と呼んでいい年頃だろう。
<0117> 青年、と呼んでいい年頃だろう。
// <0118> だが…昨日のおれは、中学生だった。
<0118> だが…昨日のおれは、中学生だった。
// <0119> もう少しで高校の推薦入試があって、そのためにバスケの練習を繰り返していた。
<0119> もう少しで高校の推薦入試があって、そのためにバスケの練習を繰り返していた。
// <0120> しかし、この『おれ』は二十歳くらいに見える。
<0120> しかし、この『おれ』は二十歳くらいに見える。
// <0121> 智代と同い年か少し上くらいだろう。
<0121> 智代と同い年か少し上くらいだろう。
// <0122> 年下、なんてことはない。
<0122> 年下、なんてことはない。
// <0123> ずきり。
<0123> ずきり。
// <0124> 頭が痛んだ。
<0124> 頭が痛んだ。
// <0125> \{智代}「大丈夫かっ」
<0125> \{Tomoyo}「大丈夫かっ」
// <0126> 顔をしかめたおれを心配する声がする。
<0126> 顔をしかめたおれを心配する声がする。
// <0127> \{朋也}「あ…ああ」
<0127> \{Tomoya}「あ…ああ」
// <0128> \{朋也}「なあ、智代…」
<0128> \{Tomoya}「なあ、智代…」
// <0129> \{朋也}「これは…誰だ?」
<0129> \{Tomoya}「これは…誰だ?」
// <0130> 答えがわかっていながら、訊かずにはいられない。
<0130> 答えがわかっていながら、訊かずにはいられない。
// <0131> \{智代}「そこに映っているのは、朋也だ」
<0131> \{Tomoyo}「そこに映っているのは、朋也だ」
// <0132> \{智代}「岡崎朋也…私の大切な人だ」
<0132> \{Tomoyo}「岡崎朋也…私の大切な人だ」
// <0133> そして、智代が現状を説明する。
<0133> そして、智代が現状を説明する。
// <0134> おれが三年生の時、編入してきた一学年下の智代と知り合った。
<0134> おれが三年生の時、編入してきた一学年下の智代と知り合った。
// <0135> そして恋人同士になったのだ、と。
<0135> そして恋人同士になったのだ、と。
// <0136> \{智代}「それは、色々とあったぞ。波乱万丈な物語だ」
<0136> \{Tomoyo}「それは、色々とあったぞ。波乱万丈な物語だ」
// <0137> 初めて、智代が少し笑った。
<0137> 初めて、智代が少し笑った。
// <0138> 可愛い、と思った。
<0138> 可愛い、と思った。
// <0139> もし彼女の言うことが本当ならば、おれたちは幸せであったに違いない。
<0139> もし彼女の言うことが本当ならば、おれたちは幸せであったに違いない。
// <0140> そう確信できるような微笑みだ。
<0140> そう確信できるような微笑みだ。
// <0141> おれは学校を卒業してから、ひとり暮らしを始めた。
<0141> おれは学校を卒業してから、ひとり暮らしを始めた。
// <0142> 智代は家族があったが、それでもおれと一緒に過ごすために多くの時間を割いてくれた。
<0142> 智代は家族があったが、それでもおれと一緒に過ごすために多くの時間を割いてくれた。
// <0143> \{智代}「ここでも色々とあったぞ。私たちはいつでも波乱万丈だ」
<0143> \{Tomoyo}「ここでも色々とあったぞ。私たちはいつでも波乱万丈だ」
// <0144> また笑ってから、表情を曇らす。
<0144> また笑ってから、表情を曇らす。
// <0145> \{智代}「だが…おまえは…」
<0145> \{Tomoyo}「だが…おまえは…」
// <0146> ある日、事故に遭った後遺症で倒れてしまったのだ、と。
<0146> ある日、事故に遭った後遺症で倒れてしまったのだ、と。
// <0147> 智代はそう言った。
<0147> 智代はそう言った。
// <0148> そして目覚めれば…記憶喪失。
<0148> そして目覚めれば…記憶喪失。
// <0149> 正確に言えば、学校入学前の記憶はある。
<0149> 正確に言えば、学校入学前の記憶はある。
// <0150> 目覚めた当初はいくぶんぼんやりとしていたが、だんだんとはっきりしてきた。
<0150> 目覚めた当初はいくぶんぼんやりとしていたが、だんだんとはっきりしてきた。
// <0151> おれの記憶の中にある『昨日』。
<0151> おれの記憶の中にある『昨日』。
// <0152> 季節は秋だった。
<0152> 季節は秋だった。
// <0153> おれは中学三年生で、バスケに打ち込んでいた。
<0153> おれは中学三年生で、バスケに打ち込んでいた。
// <0154> その道ではそこそこ有名で、推薦入学のための試験を間もなく控えていた。
<0154> その道ではそこそこ有名で、推薦入学のための試験を間もなく控えていた。
// <0155> それが今日は、もうその受けるはずだった学校を卒業しているという。
<0155> それが今日は、もうその受けるはずだった学校を卒業しているという。
// <0156> びっくりだ。
<0156> びっくりだ。
// <0157> \{朋也}「なんか笑い話みたいだな」
<0157> \{Tomoya}「なんか笑い話みたいだな」
// <0158> 正直、あまり実感がない。
<0158> 正直、あまり実感がない。
// <0159> 事故に遭ったというが、自覚症状はまったくない。
<0159> 事故に遭ったというが、自覚症状はまったくない。
// <0160> 今にも、全部嘘でした、と言われるような気がする。一時期流行った『どっきりテレビ』というやつだ。
<0160> 今にも、全部嘘でした、と言われるような気がする。一時期流行った『どっきりテレビ』というやつだ。
// <0161> だが、智代の様子を見ていれば、それがないことも理解できる。
<0161> だが、智代の様子を見ていれば、それがないことも理解できる。
// <0162> 恋人かどうかはわからないが、少なくとも信用のできる人物であることはわかる。
<0162> 恋人かどうかはわからないが、少なくとも信用のできる人物であることはわかる。
// <0163> その彼女が言うのだ。間違いはないだろう。
<0163> その彼女が言うのだ。間違いはないだろう。
// <0164> 坂上智代は、信頼できるひとだ。
<0164> 坂上智代は、信頼できるひとだ。
// <0165> おれの味方、だ。
<0165> おれの味方、だ。
// <0166> \{智代}「私にとっては笑い話じゃない」
<0166> \{Tomoyo}「私にとっては笑い話じゃない」
// <0167> \{智代}「だが、朋也があまり深刻にならないでくれると、私もどこか安心してしまうな」
<0167> \{Tomoyo}「だが、朋也があまり深刻にならないでくれると、私もどこか安心してしまうな」
// <0168> \{智代}「本当に、おまえは不思議なやつだ」
<0168> \{Tomoyo}「本当に、おまえは不思議なやつだ」
// <0169> だから、そのひとが笑ってくれるのは嬉しい。
<0169> だから、そのひとが笑ってくれるのは嬉しい。
// <0170> 悲観的になることはないんじゃないだろうか。
<0170> 悲観的になることはないんじゃないだろうか。
// <0171> 根拠もなく思った。多分、なんとかなるだろう、と。
<0171> 根拠もなく思った。多分、なんとかなるだろう、と。
// <0172> \{朋也}「で、おれはこれからどうなるんだ?」
<0172> \{Tomoya}「で、おれはこれからどうなるんだ?」
// <0173> 記憶喪失になるような倒れかただ。精密検査やら、何やらでしばらくは入院することになるのだろう。
<0173> 記憶喪失になるような倒れかただ。精密検査やら、何やらでしばらくは入院することになるのだろう。
// <0174> おれの言葉を聞いた智代と医師が顔を見合わせた。
<0174> おれの言葉を聞いた智代と医師が顔を見合わせた。
// <0175> 口を開いたのは、医師の方だった。
<0175> 口を開いたのは、医師の方だった。
// <0176> \{医師}「一通りの検査はしますが、明日にも退院してもらうことになるでしょう」
<0176> \{Doctor}「一通りの検査はしますが、明日にも退院してもらうことになるでしょう」
// <0177> 意外だった。てっきり、もっと長くかかるものだと思ったのに。
<0177> 意外だった。てっきり、もっと長くかかるものだと思ったのに。
// <0178> \{智代}「よかったな、朋也。明日には帰れるぞ、おまえの家に」
<0178> \{Tomoyo}「よかったな、朋也。明日には帰れるぞ、おまえの家に」
// <0179> \{朋也}「おれの家…?」
<0179> \{Tomoya}「おれの家…?」
// <0180> そうだ。おれはひとり暮らしをしているんだった。
<0180> そうだ。おれはひとり暮らしをしているんだった。
// <0181> 智代もよく遊びにきていたという家。
<0181> 智代もよく遊びにきていたという家。
// <0182> 実感がわかない。
<0182> 実感がわかない。
// <0183> 改めて、目の前の少女を見つめる。
<0183> 改めて、目の前の少女を見つめる。
// <0184> 美人、だ。
<0184> 美人、だ。
// <0185> きりっとした、芯の通った魅力がある。
<0185> きりっとした、芯の通った魅力がある。
// <0186> 周りがどう言おうと、おれの中では自分は現在、中学三年生だ。
<0186> 周りがどう言おうと、おれの中では自分は現在、中学三年生だ。
// <0187> なんというか…
<0187> なんというか…
// <0188> …本当に?
<0188> …本当に?
// <0189> こんなきれいな人と…
<0189> こんなきれいな人と…
// <0190> 部屋でふたりきりになっていたのか。
<0190> 部屋でふたりきりになっていたのか。
// <0191> だったら…
<0191> だったら…
// <0192> あれや、これや、と…してもらっていたのだろうか。
<0192> あれや、これや、と…してもらっていたのだろうか。
// <0193> 掃除、洗濯、それに料理を、おれのために。
<0193> 掃除、洗濯、それに料理を、おれのために。
// <0194> いや、それだけじゃない。
<0194> いや、それだけじゃない。
// <0195> 少なくともおれの中には知識としてしかない、あんなことや、こんなことまで?
<0195> 少なくともおれの中には知識としてしかない、あんなことや、こんなことまで?
// <0196> していたのだろうか…。
<0196> していたのだろうか…。
// <0197> \{智代}「どうしたんだ? 朋也」
<0197> \{Tomoyo}「どうしたんだ? 朋也」
// <0198> おれの名前を呼ぶその口を見ていたら、急に恥ずかしくなってしまった。
<0198> おれの名前を呼ぶその口を見ていたら、急に恥ずかしくなってしまった。
// <0199> \{朋也}「い、いや…何でもない」
<0199> \{Tomoya}「い、いや…何でもない」
// <0200> \{朋也}「おれはアパートでも借りていたのか?」
<0200> \{Tomoya}「おれはアパートでも借りていたのか?」
// <0201> \{智代}「ああ、そうだ。学校のそばにあるアパートだ。決して広くはないが、素敵なところだ」
<0201> \{Tomoyo}「ああ、そうだ。学校のそばにあるアパートだ。決して広くはないが、素敵なところだ」
// <0202> \{智代}「もっとも、朋也と一緒ならばどこだって構わないし、そこが一番だ」
<0202> \{Tomoyo}「もっとも、朋也と一緒ならばどこだって構わないし、そこが一番だ」
// <0203> \{智代}「その家に帰れば、きっと朋也も思い出すことができると思うんだ」
<0203> \{Tomoyo}「その家に帰れば、きっと朋也も思い出すことができると思うんだ」
// <0204> \{智代}「私たちが過ごした日々を」
<0204> \{Tomoyo}「私たちが過ごした日々を」
// <0205> \{智代}「思い出してほしい。もう一度、私たちが恋人同士として過ごすためにな」
<0205> \{Tomoyo}「思い出してほしい。もう一度、私たちが恋人同士として過ごすためにな」
// <0206> \{智代}「朋也。私はそのためなら何でもする」
<0206> \{Tomoyo}「朋也。私はそのためなら何でもする」
// <0207> \{智代}「だから…」
<0207> \{Tomoyo}「だから…」
// <0208> \{智代}「一緒に頑張ろう」
<0208> \{Tomoyo}「一緒に頑張ろう」
// <0209> そう言って、智代がおれの手を握る。
<0209> そう言って、智代がおれの手を握る。
// <0210> あたたかい、てのひらだった。
<0210> あたたかい、てのひらだった。
// <0211> ああ、そうだ。
<0211> ああ、そうだ。
// <0212> 失った、という実感すらおれにはないが…
<0212> 失った、という実感すらおれにはないが…
// <0213> ふたりには思い出と呼べるものがあるはずなんだ。
<0213> ふたりには思い出と呼べるものがあるはずなんだ。
// <0214> 一緒に暮らしていたということは、それだけの日々を重ねてきたということだ。
<0214> 一緒に暮らしていたということは、それだけの日々を重ねてきたということだ。
// <0215> \{朋也}「思い出したい」
<0215> \{Tomoya}「思い出したい」
// <0216> 記憶喪失と言われたら、まず真っ先にそう思ってもよさそうなものなのに。
<0216> 記憶喪失と言われたら、まず真っ先にそう思ってもよさそうなものなのに。
// <0217> 坂上智代という少女と、出会い、恋人になり、そして共に過ごしてきた日々。
<0217> 坂上智代という少女と、出会い、恋人になり、そして共に過ごしてきた日々。
// <0218> おれは、目の前にいる彼女のために、思い出したいと思った。
<0218> おれは、目の前にいる彼女のために、思い出したいと思った。
// <0219> おれは智代の手を、ぎゅっと握り返した。
<0219> おれは智代の手を、ぎゅっと握り返した。
// <0220> \{朋也}「そうだな。頑張ってみるよ」
<0220> \{Tomoya}「そうだな。頑張ってみるよ」
// <0221> \{智代}「うん、頼んだぞ」
<0221> \{Tomoyo}「うん、頼んだぞ」
// <0222> \{医師}「そろそろ、いいですか」
<0222> \{Doctor}「そろそろ、いいですか」
// <0223> 苦笑を浮かべながら、脇で見られていた。
<0223> 苦笑を浮かべながら、脇で見られていた。
// <0224> 慌てて、手を離す。
<0224> 慌てて、手を離す。
// <0225> \{医師}「岡崎さん。今日はそろそろ休んでください。明日の朝、検査をしますので」
<0225> \{Doctor}「岡崎さん。今日はそろそろ休んでください。明日の朝、検査をしますので」
// <0226> \{医師}「それでは坂上さん。よろしくお願いします」
<0226> \{Doctor}「それでは坂上さん。よろしくお願いします」
// <0227> そう言い残すと、医師は病室を後にした。
<0227> そう言い残すと、医師は病室を後にした。
// <0228> おれと智代が、ふたり残された。
<0228> おれと智代が、ふたり残された。
// <0229> \{朋也}「カーテンを開けてくれないか」
<0229> \{Tomoya}「カーテンを開けてくれないか」
// <0230> それまでは気にしなかったが、少し外を見たいと思った。
<0230> それまでは気にしなかったが、少し外を見たいと思った。
// <0231> 昨日の次は、今日が来ると当たり前のように思っていた。
<0231> 昨日の次は、今日が来ると当たり前のように思っていた。
// <0232> だが、世の中必ずしもそうではないらしい。
<0232> だが、世の中必ずしもそうではないらしい。
// <0233> 外の景色は、果たしてどうなんだろう。
<0233> 外の景色は、果たしてどうなんだろう。
// <0234> もしかして、まったく見知らぬ風景が広がっているのだろうか。
<0234> もしかして、まったく見知らぬ風景が広がっているのだろうか。
// <0235> そんなことを、ふと思った。
<0235> そんなことを、ふと思った。
// <0236> \{智代}「ふふ」
<0236> \{Tomoyo}「ふふ」
// <0237> 何がおかしいのか、智代が含むように笑う。
<0237> 何がおかしいのか、智代が含むように笑う。
// <0238> \{智代}「私に甘えたいんだな。おまえはあまり病人らしくないからな、なんでも言ってくれ」
<0238> \{Tomoyo}「私に甘えたいんだな。おまえはあまり病人らしくないからな、なんでも言ってくれ」
// <0239> 智代が嬉しそうにしながら、窓のカーテンを引いた。
<0239> 智代が嬉しそうにしながら、窓のカーテンを引いた。
// <0240> 眩しい光が射した。
<0240> 眩しい光が射した。
// <0241> そこで、おれははじめてベッドから起き上がる。
<0241> そこで、おれははじめてベッドから起き上がる。
// <0242> \{朋也}「じゃあ、窓も開けてくれ」
<0242> \{Tomoya}「じゃあ、窓も開けてくれ」
// <0243> おれの頼みに、智代は嬉しそうに応じた。
<0243> おれの頼みに、智代は嬉しそうに応じた。
// <0244> 窓が開かれる。そこから吹く風が頬を撫でた。
<0244> 窓が開かれる。そこから吹く風が頬を撫でた。
// <0245> 気持ちのよい風だった。
<0245> 気持ちのよい風だった。
// <0246> 日差しを受け、病院の庭に植えられている木々の緑がきらきらと輝いていた。
<0246> 日差しを受け、病院の庭に植えられている木々の緑がきらきらと輝いていた。
// <0247> 離れたところからは、子供の声が聞こえてきた。
<0247> 離れたところからは、子供の声が聞こえてきた。
// <0248> おれは町を眺める。
<0248> おれは町を眺める。
// <0249> ここはどうやら、隣町にある病院のようだ。
<0249> ここはどうやら、隣町にある病院のようだ。
// <0250> 知らない場所ではない。
<0250> 知らない場所ではない。
// <0251> 目を細めると遠くに見知った場所を見つける。
<0251> 目を細めると遠くに見知った場所を見つける。
// <0252> \{朋也}「ああ、学校だ」
<0252> \{Tomoya}「ああ、学校だ」
// <0253> おれが通っていた中学校だった。
<0253> おれが通っていた中学校だった。
// <0254> あそこは、昨日までのおれの居る場所だったはずだ。
<0254> あそこは、昨日までのおれの居る場所だったはずだ。
// <0255> \{智代}「なに? 朋也、もしかして記憶が…」
<0255> \{Tomoyo}「なに? 朋也、もしかして記憶が…」
// <0256> 智代が一瞬、驚きの表情を浮かべるが、すぐに自分の間違いに気づいたようだ。
<0256> 智代が一瞬、驚きの表情を浮かべるが、すぐに自分の間違いに気づいたようだ。
// <0257> \{智代}「………」
<0257> \{Tomoyo}「………」
// <0258> \{朋也}「なあ、今日は何日なんだ?」
<0258> \{Tomoya}「なあ、今日は何日なんだ?」
// <0259> それは沈んだ顔をしてしまった智代の気を紛らわすための質問でもあったし、単純に疑問に思ったからでもある。
<0259> それは沈んだ顔をしてしまった智代の気を紛らわすための質問でもあったし、単純に疑問に思ったからでもある。
// <0260> \{智代}「ん、ああ。九月だ」
<0260> \{Tomoyo}「ん、ああ。九月だ」
// <0261> それから、智代は日付を口にする。
<0261> それから、智代は日付を口にする。
// <0262> 偶然だろうが、記憶に残る最後の時期とほぼ一致した。
<0262> 偶然だろうが、記憶に残る最後の時期とほぼ一致した。
// <0263> \{朋也}「ここは隣町の病院なんだよな」
<0263> \{Tomoya}「ここは隣町の病院なんだよな」
// <0264> \{智代}「ああ、そうだ。私たちの町には大きな病院がないからな」
<0264> \{Tomoyo}「ああ、そうだ。私たちの町には大きな病院がないからな」
// <0265> \{朋也}「おれは、大病院に運ばれなきゃいけないほど重症なのか」
<0265> \{Tomoya}「おれは、大病院に運ばれなきゃいけないほど重症なのか」
// <0266> 智代は一瞬、言葉を詰まらせる。
<0266> 智代は一瞬、言葉を詰まらせる。
// <0267> \{智代}「記憶喪失だからな。風邪とはわけが違うだろう」
<0267> \{Tomoyo}「記憶喪失だからな。風邪とはわけが違うだろう」
// <0268> \{智代}「この病院なら以前から…」
<0268> \{Tomoyo}「この病院なら以前から…」
// <0269> \{智代}「いや、なんでもない」
<0269> \{Tomoyo}「いや、なんでもない」
// <0270> 何を言いかけたのか、訊き直そうとする前に智代が口を開く。
<0270> 何を言いかけたのか、訊き直そうとする前に智代が口を開く。
// <0271> \{智代}「いずれ、私たちの町にも大きな病院ができるといいな」
<0271> \{Tomoyo}「いずれ、私たちの町にも大きな病院ができるといいな」
// <0272> \{智代}「そうすれば、何かあったときにもう少し楽になる」
<0272> \{Tomoyo}「そうすれば、何かあったときにもう少し楽になる」
// <0273> \{智代}「ああ、もちろん、私は朋也のためなら、どこへでも行くぞ」
<0273> \{Tomoyo}「ああ、もちろん、私は朋也のためなら、どこへでも行くぞ」
// <0274> \{智代}「隣町だろうが、海外だろうがな」
<0274> \{Tomoyo}「隣町だろうが、海外だろうがな」
// <0275> \{智代}「おまえのためならば、私はどんな苦労をもいとわない」
<0275> \{Tomoyo}「おまえのためならば、私はどんな苦労をもいとわない」
// <0276> \{智代}「それは間違いない。信用してほしい」
<0276> \{Tomoyo}「それは間違いない。信用してほしい」
// <0277> \{朋也}「智代は…本当におれのことが好きなんだな」
<0277> \{Tomoya}「智代は…本当におれのことが好きなんだな」
// <0278> 聞いているこちらが恥ずかしくなってくる。
<0278> 聞いているこちらが恥ずかしくなってくる。
// <0279> \{智代}「何を言うんだ、当たり前だろう」
<0279> \{Tomoyo}「何を言うんだ、当たり前だろう」
// <0280> はっきりと、言い切る智代。
<0280> はっきりと、言い切る智代。
// <0281> \{朋也}「おれも…智代のことが好きだったのか?」
<0281> \{Tomoya}「おれも…智代のことが好きだったのか?」
// <0282> \{智代}「ああ…そうだ」
<0282> \{Tomoyo}「ああ…そうだ」
// <0283> \{智代}「おまえは…私のことを愛してくれた」
<0283> \{Tomoyo}「おまえは…私のことを愛してくれた」
// <0284> 一瞬のためらいがあったように感じたのは、おれの錯覚だろうか。
<0284> 一瞬のためらいがあったように感じたのは、おれの錯覚だろうか。
// <0285> 智代はそんなおれの疑問に気づく様子もない。
<0285> 智代はそんなおれの疑問に気づく様子もない。
// <0286> \{智代}「そもそも。おまえの方からだぞ。好きだと言ってきたのは。学校でいきなり私にキスを…」
<0286> \{Tomoyo}「そもそも。おまえの方からだぞ。好きだと言ってきたのは。学校でいきなり私にキスを…」
// <0287> \{朋也}「おれが、そんなことをしたのか」
<0287> \{Tomoya}「おれが、そんなことをしたのか」
// <0288> \{智代}「そうだ…」
<0288> \{Tomoyo}「そうだ…」
// <0289> 不意に口をつぐむ。
<0289> 不意に口をつぐむ。
// <0290> 静寂が訪れる。
<0290> 静寂が訪れる。
// <0291> いつの間にか、外は暗くなり始めていた。
<0291> いつの間にか、外は暗くなり始めていた。
// <0292> さっきまでは聞こえていた子供たちの声も、もう聞こえない。
<0292> さっきまでは聞こえていた子供たちの声も、もう聞こえない。
// <0293> 帰るべき家に、帰っていったのだろう。
<0293> 帰るべき家に、帰っていったのだろう。
// <0294> 動いた気配がしたかと思うと、智代が窓を閉めていた。
<0294> 動いた気配がしたかと思うと、智代が窓を閉めていた。
// <0295> \{智代}「あまり風に当たると、体にさわる」
<0295> \{Tomoyo}「あまり風に当たると、体にさわる」
// <0296> \{智代}「そろそろ休んだ方がいい」
<0296> \{Tomoyo}「そろそろ休んだ方がいい」
// <0297> \{智代}「私も家に帰って、おまえが戻ってきた時のために準備をする」
<0297> \{Tomoyo}「私も家に帰って、おまえが戻ってきた時のために準備をする」
// <0298> \{智代}「とりあえず、明日はごちそうを作る。退院祝いだ」
<0298> \{Tomoyo}「とりあえず、明日はごちそうを作る。退院祝いだ」
// <0299> \{朋也}「退院って言っても、入院はたった一日じゃないか」
<0299> \{Tomoya}「退院って言っても、入院はたった一日じゃないか」
// <0300> \{智代}「一日。そうだったな、たった一日だ。それでも、お祝いだ」
<0300> \{Tomoyo}「一日。そうだったな、たった一日だ。それでも、お祝いだ」
// <0301> \{智代}「また、私と朋也が一緒に過ごす日が始まる」
<0301> \{Tomoyo}「また、私と朋也が一緒に過ごす日が始まる」
// <0302> \{智代}「たくさん記念日を増やしていこう」
<0302> \{Tomoyo}「たくさん記念日を増やしていこう」
// <0303> \{朋也}「記念日?」
<0303> \{Tomoya}「記念日?」
// <0304> \{智代}「そうだ。さしづめ、明日は退院記念日だな」
<0304> \{Tomoyo}「そうだ。さしづめ、明日は退院記念日だな」
// <0305> \{智代}「午前中は検査があるだろうから、昼頃に迎えに来る」
<0305> \{Tomoyo}「午前中は検査があるだろうから、昼頃に迎えに来る」
// <0306> \{朋也}「ああ、頼む」
<0306> \{Tomoya}「ああ、頼む」
// <0307> 言って、自分でおかしくなる。
<0307> 言って、自分でおかしくなる。
// <0308> おれの中では、目の前にいる少女は今日初めて出会ったはずなのだ。
<0308> おれの中では、目の前にいる少女は今日初めて出会ったはずなのだ。
// <0309> それなのに、ごく自然にそんな言葉が口をついて出ている。
<0309> それなのに、ごく自然にそんな言葉が口をついて出ている。
// <0310> 記憶はなくても、体が覚えているというやつなのだろうか。
<0310> 記憶はなくても、体が覚えているというやつなのだろうか。
// <0311> それとも…
<0311> それとも…
// <0312> 智代が、あまりにも自然体で接してくれるから、ついつい甘えているだけなのだろうか。
<0312> 智代が、あまりにも自然体で接してくれるから、ついつい甘えているだけなのだろうか。
// <0313> だから、その次の言葉も意識せずに言った。
<0313> だから、その次の言葉も意識せずに言った。
// <0314> \{朋也}「親父はどうしてるんだ?」
<0314> \{Tomoya}「親父はどうしてるんだ?」
// <0315> 智代がこれだけ世話を焼いてくれているのに、なぜ、曲がりなりにも父親であるあいつは、顔を出さないのだろう。
<0315> 智代がこれだけ世話を焼いてくれているのに、なぜ、曲がりなりにも父親であるあいつは、顔を出さないのだろう。
// <0316> おれがひとり暮らしをしていた、ということは…
<0316> おれがひとり暮らしをしていた、ということは…
// <0317> 親父も、ひとりであの家に住んでいるということか。
<0317> 親父も、ひとりであの家に住んでいるということか。
// <0318> おれと親父の関係は、良好とは言いがたい。
<0318> おれと親父の関係は、良好とは言いがたい。
// <0319> 幼い頃に母親が死んだ。顔も覚えていない。
<0319> 幼い頃に母親が死んだ。顔も覚えていない。
// <0320> そして物心ついた頃にはすでに、あの人は暇があれば酒を呑み、仕事はたまにしか行かないという父親だった。
<0320> そして物心ついた頃にはすでに、あの人は暇があれば酒を呑み、仕事はたまにしか行かないという父親だった。
// <0321> 幼い頃は、それが当たり前だと思っていた。
<0321> 幼い頃は、それが当たり前だと思っていた。
// <0322> しかし、世間一般の父親がそうではない、と知るのに時間はかからなかった。
<0322> しかし、世間一般の父親がそうではない、と知るのに時間はかからなかった。
// <0323> それ以来、おれと親父の仲はいい、とは言いがたい。
<0323> それ以来、おれと親父の仲はいい、とは言いがたい。
// <0324> だが、おれが倒れても姿を見せないほどではないはずだ。
<0324> だが、おれが倒れても姿を見せないほどではないはずだ。
// <0325> \{智代}「朋也のお父さんからは…朋也のことは、すべて任されているんだ」
<0325> \{Tomoyo}「朋也のお父さんからは…朋也のことは、すべて任されているんだ」
// <0326> \{朋也}「任されている?」
<0326> \{Tomoya}「任されている?」
// <0327> \{智代}「うん」
<0327> \{Tomoyo}「うん」
// <0328> \{智代}「そうなっている。だから朋也、おまえが心配することじゃない」
<0328> \{Tomoyo}「そうなっている。だから朋也、おまえが心配することじゃない」
// <0329> \{智代}「私に、すべて任せておけばいい」
<0329> \{Tomoyo}「私に、すべて任せておけばいい」
// <0330> それ以上の質問を許さない、そんな口調だった。
<0330> それ以上の質問を許さない、そんな口調だった。
// <0331> \{智代}「じゃあな。ゆっくりと休むんだぞ」
<0331> \{Tomoyo}「じゃあな。ゆっくりと休むんだぞ」
// <0332> それだけ言うと、おれの返事を待たずに、智代は病室を出ていった。
<0332> それだけ言うと、おれの返事を待たずに、智代は病室を出ていった。