White Album 2/Script/2303

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1	小春	Koharu	「戸締まり確認しました」	"The door and windows are locked."
2	春希	Haruki	「よし、じゃ消灯するから。 先に外に出てて」	"Okay, I'll turn off the lights then. You can go out first."
3	小春	Koharu	「は～い」	"O~kay"
4			ホールに灯っていた最後の照明を落とすと、 店内は暗闇に包まれる。	I turn off the light in the hall, and the restaurant sink into darkness.
5			だから、電源スイッチの場所から出口までは、 足下のおぼつかない状態で、 おっかなびっくり進むしかない。	That's why, from the switch to the exit, the bottom of my legs feels empty, so I'll have walk carefully.
6			もし俺がこの店を任されたなら、 電源スイッチの位置は出口のそばに設置するよう 改善を提言していこうと誓った。	If i was entrusted with this store, the location of the power switch would be installed near the exit. I swear that i will suggest it for improvements.
7			…そんな予定は金輪際ないけど。	...though that kind of plans will never be realized.
8	小春	Koharu	「お疲れさまでした」	"Thanks for your hard work."
9	春希	Haruki	「うん、お疲れ。 じゃ帰ろうか」	"Yeah, thanks for your hard work. Well then, let's go home."
10	小春	Koharu	「…とは言え、なんだか勿体ないな。 今日はこれからが稼ぎ時なのに」	"...although, it's kind of a waste. Today from here on out will be a good time to earn money."
11			もうすぐ日付が変わるにも関わらず、 普段からは考えられないほど多くの人が 店の前の道を通り過ぎるのを見て、杉浦がため息をつく。
12	春希	Haruki	「そうは言ってもな… 大晦日だけ時間延長なんて無理だって。 元々深夜営業の許可を取ってない店舗なんだから」	"Even though you said that... Its impossible to get time extension on new years eve. The store doesn't have permission to stay open until late night to begin with."
13	小春	Koharu	「そっかぁ…残念」	"Is that so... what a shame."
14	春希	Haruki	「何より、年越しで働きたがるようなメンバーなんて、 ウチの店にはいないだろ」	"Above all, our store doesn't have a member who wants to work on the end of the year."
15			ここにいる人間を除いて。	Except the people who are here.
16			………	.........
17	小春	Koharu	「あ、始まった…」	"Ah, it started..."
18	春希	Haruki	「末次八幡宮からだな」
19			大晦日…
20			初詣客で賑わう南末次の繁華街を、 人の流れに逆らって駅へと向かう俺と杉浦。
21			結局、今週はずっと朝から晩まで グッディーズで働きづめだった。
22			早番の時間に出てきて、遅番の時間に帰る。 時給稼ぎ放題の残業し放題。
23			普段なら店長の指導が入るところだけど、 発言力の低い代理店長と年末の人手不足が、 そんな建前を有名無実化した。
24			何しろ、この時期に計算できる戦力が “二人”常駐してるのは、誰にとってもありがたい。
25	小春	Koharu	「あと１５分で今年も終わりですね」
26	春希	Haruki	「うん…」
27			杉浦は、年末年始の早番と遅番の 全シフトに刻まれた俺の名前の横に、 当然のように自分の名前をこれまた全部書き連ねた。
28			別に頼んだわけじゃない。 杉浦だって、きっと頼まれただなんて思ってない。
29			それでもこのコは、そういう周囲に勘繰られることを まるで躊躇せずにやらかして…いや、してくれる。
30	小春	Koharu	「ね、先輩」
31	春希	Haruki	「なに？」
32	小春	Koharu	「せっかくだから戻って二年参りしていきません？ 神社、大学のすぐ裏でしたよね？」
33	春希	Haruki	「…いいのか？」
34			俺なんかと二人きりで新年を迎えて… って、続けるつもりだったのに。
35	小春	Koharu	「大丈夫ですよ。今日は朝まで電車動いてるし。 …鉄道会社はちゃんと稼ぎ時をわかってますよね」
36			なんて、やっぱりまるで躊躇せずに、 彼女は無邪気にコートの裾を引っ張った。
37			………	.........
38	春希	Haruki	「悪い、待たせた」
39	小春	Koharu	「いいえ、全然。 わたしがここで待ってたのは４分４５秒でした」
40	春希	Haruki	「…なんで正確に時間計ってるんだ？」
41	小春	Koharu	「決まってるじゃないですか。 思いっきり長く待たされたとき、 証拠として突きつけるためですよ」
42	春希	Haruki	「杉浦…お前って」
43	小春	Koharu	「何か変ですか？」
44	春希	Haruki	「いや、俺と全く同じことする奴が こんな身近にいるなんて…」
45			初詣は何事もなく、本当にあっさり終わった。
46			もともと大して大きくもない、 それほど有名でもない末次八幡宮では、 １０分もあれば楽々お参りは済んでしまう。
47	小春	Koharu	「それより何買ってきたんです？ おみくじだったら見せてくださいよ」
48	春希	Haruki	「迷信否定派だったんじゃないのか？」
49	小春	Koharu	「自分の人生を くじとか占いとかで決めちゃうのが嫌なだけです。 人の運勢には人並みに興味ありますよ？」
50	春希	Haruki	「ややこしい考え方してんなぁ」
51			帰り際、俺が境内の売店に並ぼうとしたとき、 杉浦は今と同じようなことを言って、 開運グッズを求める俺を皮肉った。
52			…別に俺にだけ聞こえるように言うなら良かったんだけど、 周りの人間にまる聞こえだったのはなぁ。
53	小春	Koharu	「こういうところのって凶とかは入ってないですよね。 けど今の先輩だったら大吉を引いてくる気運もないし…
54	小春	Koharu	ズバリ小吉！　どうです？」
55	春希	Haruki	「今の俺に運がないのは十分理解してる。 ギャンブル性の高いものは買ってないよ」
56			だからってこんなものを渡しても、さっきと同じように 嘲笑われるのがオチかもしれないけど…
57	小春	Koharu	「…お守り？」
58	春希	Haruki	「受験生だろ？　杉浦」
59	小春	Koharu	「………」	"........."
60			それでも、俺が差し出した小さな布きれを、 その小さな手のひらで受け止めてくれた。
61	春希	Haruki	「頑張れよ… その結果が俺の後輩ってのはなんだけど」
62	小春	Koharu	「…推薦ですよ？ ほとんど決まったも同然ですよ？」
63	春希	Haruki	「けど、どうせ頑張るんだろ？ だったら持ってたって罰は当たらない。 …いや、罰が当たるようなら完全な逆効果だけど」
64	小春	Koharu	「………」	"........."
65			そして、手のひらの上の小さな布きれを、 まばたきもせずにぼうっと見つめてくれた。
66	春希	Haruki	「じゃ、今度こそ帰るか。 家まで送ってく」
67	小春	Koharu	「………うん」
68			そして、なんだか毒気を抜かれたみたいに、 いつもの『はい』じゃない肯定の言葉を返して、 歩き出した俺の後をとことこついてきた。
69			………	.........
70	春希	Haruki	「そういえば、杉浦はどんなお願いをしたんだ？ 受験じゃないにしてはやたらと熱心だったろ」
71	小春	Koharu	「そんなふうに見えました？」
72	春希	Haruki	「だってお参りのとき、 さい銭に５００円玉投げてたし。 それも２枚」
73	小春	Koharu	「…見てたんですか」
74	春希	Haruki	「おみくじとか占いは信じないのに、 神頼みだけは豪勢なんだなって」
75			神社の売店に並ぶ俺を笑ったときから、 いつその無駄遣いを突っ込んでやろうかと、 実はタイミングを見計らってた。
76	小春	Koharu	「それは… わたしの力だけじゃ どうしようもないことだってあるんです」
77	春希	Haruki	「へぇ、そんな大変なお願いだったのか？」
78	小春	Koharu	「そうですね… 自分の力不足が悔しくって、 もう神様にでもすがるしかないなって…」
79	春希	Haruki	「そっか…それは」
80	小春	Koharu	「だから先輩を誘ったんです。 神様に『この人のことですよ！』って、 顔を見てもらうために」
81	春希	Haruki	「…杉浦？」
82	小春	Koharu	「わたしの願いごとは… 『北原春希って人が元気を取り戻すように』だったから」
83	春希	Haruki	「………」	"........."
84			こ、こいつは…
85			本当に、いい意味でも悪い意味でも、 直球しか持ってないのかよ。
86	春希	Haruki	「あ、あのなぁ…」
87	小春	Koharu	「何か文句でも？」
88	春希	Haruki	「初詣くらい自分のこと祈れよ。 受験生だろ、一応」
89	小春	Koharu	「自分のことですよ？ わたしが今、一番求めてるものです」
90	春希	Haruki	「………」	"........."
91			きっと深読みしたらいけないんだろうな… でないと、こんな堂々としていられるわけがない。
92	小春	Koharu	「こうして話してる分には、 だいぶ普段通りに戻ってきてるように見えるけど、 やっぱりまだ、いつもとはちょっと違うなって」
93	春希	Haruki	「たった一月かそこらの付き合いで そんなわかったようなこと言われたくないな」
94	小春	Koharu	「…そんな意地悪言わないでください」
95	春希	Haruki	「ごめん…」
96			女の子は、ずるいな。
97			こっちがやられたことをそのまま返しただけなのに、 どうしてこんなに罪悪感が湧き上がってくるんだろう。
98	小春	Koharu	「この一週間、わたしがどんな気持ちでいたかなんて、 先輩には…先輩にはですねぇ…」
99	春希	Haruki	「だから、ごめんって。 わかった、俺の負けだ」
100			勝てるわけないじゃないか… こんなのに。
101	小春	Koharu	「別にわたし、勝ち負けがどうとか、 そんなこと言ってるんじゃなくてですねぇ…」
102	春希	Haruki	「聞いてくれるかな？　杉浦」
103	小春	Koharu	「何をですか」
104	春希	Haruki	「長い話を」
105	小春	Koharu	「え…」
106	春希	Haruki	「一週間前のことを話すには、 三年前に遡る必要があってさ」
107	小春	Koharu	「………」	"........."
108	春希	Haruki	「君がこの前見たっていう、 三年前の学園祭のライブの頃からの」
109	小春	Koharu	「………」	"........."
110	春希	Haruki	「…杉浦？」
111	小春	Koharu	「………」	"........."
112	春希	Haruki	「………」	"........."
113	小春	Koharu	「………」	"........."
114	春希	Haruki	「俺さ、今の杉浦の学年のとき、 軽音楽同好会なんて似合わない部活に入っててさ」
115			彼女の沈黙が、先を促すものだと知ったから、 俺は、ぽつりぽつりと話し出す。
116			三年前…
117			俺が、今の杉浦小春みたいな奴だった日のことを。
118			………	.........
119			本当に、最初から話した。
120			杉浦が知っている小木曽先輩のことだけじゃなくて、 杉浦が噂でしか知らない冬馬先輩のことも。
121			杉浦が知っている北原先輩からは想像することも難しい、 死ぬほど楽しかったお祭り前日の夜のことも。
122			その楽しい日々が手のひらからこぼれ落ちていった、 三年前の、ちょうど今頃の季節の出来事も。
123			……	......
124			あの日、俺がつけて放置したままの、 雪菜の、古くて塞がらない傷のことも。
125			彼女がいくら微笑みかけてくれても、 その傷口に向き合うことができずに、 身勝手に逃げ回っていただけの俺の三年間のことも。
126			いつの間にか、彼女からだけじゃなく、 三年前の出来事を連想させる全てから目を背け、 かえって沢山の人を傷つけてしまった俺の三年間のことも。
127			…	...
128			杉浦の計略にまんまと引っかかることにより、 俺たち二人に最後のチャンスが巡ってきたことも。
129			二人とも、必死に過去から目を背け、 現在をゼロとして始まる未来を手に入れようとしたことも。
130			…結局、俺の方はただの“フリ”だったってことがバレて、 手元からぷつんと蜘蛛の糸が切れてしまったことも。
131	春希	Haruki	「誰かにぶちまければスッキリするとか言うけどさ… あれ嘘だな」
132	小春	Koharu	「っ…」
133	春希	Haruki	「ただ思い出すだけだ。 あの時の、めまいと、吐き気と、寒気と… けれど止まらない汗の感触」
134			南末次駅のホームで。電車の中で。 峰ヶ谷駅から杉浦邸への帰り道で。
135			最初から最後まで一方的に俺が話し、 杉浦はその間、まったく口を開かない。
136			ただ、ずっと俯きながら、点字ブロックや、 電車の床や、アスファルトの路面を見つめてた。
137	春希	Haruki	「でも、ま、こうして人に話せたのは進歩かな。 …もしかしたら、また雪菜に 酷いことしてるのかもしれないけど」
138	小春	Koharu	「………」	"........."
139	春希	Haruki	「大した話じゃなかったろ？」
140			それでも、友達未満の相手には絶対に話せない。
141	春希	Haruki	「全部俺が悪いのに、勝手に落ち込んで、 ほんと、馬鹿みたいだろ？」
142			ついでに言えば、 友達を超えてしまった相手にも、 話せなくなってしまうほどの酷い話。
143	春希	Haruki	「それでも俺にとってはショックだったんだ。 …杉浦に助けてもらわなければ折れてしまうくらいに」
144			友達という関係だからこそ、 自分の罪を告白できる。 許しを請える。
145			大切な、だけど単なる友達だからこそ…
146	春希	Haruki	「今までありがとうな、杉浦。 けど、もう大丈夫だよ、俺」
147			話したから大丈夫になったんじゃない。 大丈夫になったからこそ話せただけ。
148			それでも、話せるようになったのは、 ここ数日支え続けてくれた目の前の女の子のおかげ。
149			自分の本質である好奇心やお節介を必死で抑え、 我慢に我慢を重ね、黙って見守ってくれてた後輩のおかげ。
150	小春	Koharu	「…これからどうするんですか？」
151	春希	Haruki	「正直、まだわからない。 けれど、もう一度話してみないとって思ってる」
152	小春	Koharu	「また会うつもりなんですか？ 小木曽先輩と」
153	春希	Haruki	「このまま自然消滅してしまうつもりはないよ。 それだと、あまりにも雪菜に対して不誠実だ」
154			だから、雪菜と別れるにしても、元に戻るとしても、 これからは自分で何とかしないといけない。
155			雪菜のためにも。 そして、今まで体を張って俺を守ってくれた、 俺の一番新しい友達のためにも。
156	小春	Koharu	「わたしには…わかりません」
157	春希	Haruki	「そっか…」
158			どこまでも真っ直ぐ生きてきた杉浦には、 俺の辿ってきた紆余曲折を理解するのは無理かもしれない。
159			まぁ、わかってくれなくても仕方ない。
160			自分でも、どうしてそんな選択をしてしまったのかって、 自問自答してばかりの三年間だったんだから。
161	春希	Haruki	「でもそれが、自分のしてきたことだから…」
162	小春	Koharu	「わからないのは彼女の方です」
163	春希	Haruki	「え…？」
164	小春	Koharu	「わたし…小木曽先輩が嫌いになりそう」
165	春希	Haruki	「す…杉浦？」
166			そんなふうに自己完結していた俺の頭を、 杉浦の暗く震える声が打ち砕く。
167	小春	Koharu	「先輩、今度こそ諦めなかったのに。 一生懸命頑張って前に進もうとしてたのに」
168			杉浦は、てっきり俺を責めてるんだと思ってた。 そうされて当然だって、信じてた。
169	小春	Koharu	「彼女が望んでた通りに、 わたしが望んでた通りに、 きちんと小木曽先輩に向き合ったのに」
170			けれど杉浦が怒りに震えていた相手は、 今ここにいない、俺の話の中にだけ登場した…
171	小春	Koharu	「なのに… 相手が手を差し伸べてきたら今度は振り払うって… どうしてそんな態度取るのか全然理解できない！」
172			お節介な杉浦が、 『彼女のため』と頑張っていた当の本人… 雪菜その人だった。
173	春希	Haruki	「ご、ごめん…」
174	小春	Koharu	「どうして先輩が謝るんですか？ 小木曽先輩の代わりに、謝っちゃうんですか！」
175	春希	Haruki	「そうじゃないんだって。 ただ杉浦が誤解してるから。 きっと、俺の話し方が悪かったから…」
176			俺のせいだ。 杉浦が、自分の目的すら見失ってしまったのは…
177	小春	Koharu	「誤解なんてしてません。 小木曽先輩が、北原先輩を傷つけたんです。 …三年前の、仕返しに」
178	春希	Haruki	「違う！ 雪菜が悪いことなんか何一つないんだ！」
179			気づかないうちに見苦しい自己弁護にまみれ、 杉浦に誤解させるようなことばかり言ったんだ。きっと…
180	小春	Koharu	「今の話のどこを取ったら、 先輩の方に非があるなんて言えるんですか！」
181	春希	Haruki	「だから俺はずっと前から雪菜を傷つけて…」
182	小春	Koharu	「それこそずっと前から わかってたことじゃないですか！」
183	春希	Haruki	「………」	"........."
184			久々に見た。 …キれてしまった杉浦小春。
185			一番彼女の本質に近い、 本人よりも本気で熱くなるお節介少女の顔。
186	小春	Koharu	「それを許せないなら、 最初から会わなければいいじゃないですか。 未練のある素振りなんかしなければいいじゃないですか」
187	春希	Haruki	「そんな正論だけじゃ人は割り切れないって。 …何度も言ってるだろ、俺」
188	小春	Koharu	「そんなの認めない。 今度ばかりは間違いなく向こうが悪い。 先輩は全然悪くない！」
189	春希	Haruki	「違う！　雪菜は悪くない！」
190	小春	Koharu	「なら先輩はわたしが悪いって言うんですか！」
191	春希	Haruki	「…なに言ってんだ。 君には全然関係ないだろ」
192	小春	Koharu	「じゃどうすれば関係あることになりますか！？」
193	春希	Haruki	「………」	"........."
194			初めて見た。 …論理の破綻している杉浦小春。
195			頭の良い彼女には珍しい、 なにも考えてない、だだ漏れの感情。
196	春希	Haruki	「杉浦… 君は今、俺に感情移入し過ぎてるだけだ…」
197	小春	Koharu	「そ、それがなんだって言うんですか…っ」
198	春希	Haruki	「………」	"........."
199			これも初めて見た…
200			自分のあまりの感情論に気づき、 半分だけ我に返って、けれど引っ込みもつかず、 逆ギレする杉浦小春。
201	小春	Koharu	「とにかく、誰が何と言おうと先輩は悪くない。 そんなの、わたしが認めない」
202	小春	Koharu	「絶対に、認めません！」
203			………	.........
204			それから…
205			杉浦に全力疾走で逃げられると、 この暗闇じゃ、もう捕まえることはできなかった。
206			けれど、以前の記憶を頼りに杉浦家を見つけたとき、 ちょうど玄関の電気が消え、二階の部屋の明かりが ついたのを見て、ほっと胸をなで下ろした。
207			最後まで送り届けることはできなかったけれど、 どうやら彼女は無事に家に辿り着いたらしかった。
208	春希	Haruki	「ふぅ…」
209			せっかくの大晦日。 せっかくの二年参り。
210			そしてせっかくの、俺の罪の告白は、 結局、いつもの言い争いでうやむやになってしまった。
211			俺はもちろん、きっと杉浦も今ごろ、 『こんなはずじゃなかったのに』って、 ため息とともに肩を落としてるんだろうか。
212			こんなはずじゃ、なかったのになぁ。
213			………	.........
214			いいや… 明日一番に謝ろう。
215			だって、また明日になったら間違いなく会えるから。
216			こんなことくらいでバイトを休むような、 その程度の責任感しかないコじゃないって、 信じられるから。
217	春希	Haruki	「おやすみ、杉浦。 また…今日な」
218			いつの間にか除夜の鐘は鳴りやみ、 時計は午前一時を超えていた。
219			………	.........
220			……	......
221			…	...
222	小春	Koharu	「ごめんなさいっ！」
223	春希	Haruki	「………」	"........."
224			今日一番に謝ろうって決めてたのに、 思いっきり先手を打たれてしまった。
225			杉浦を待とうと更衣室に入ろうとした瞬間…
226			そのまま背中を思い切り突き飛ばされ、 内側から鍵を掛けられ、その５秒後の出来事だった。
227	小春	Koharu	「昨夜はわたし…その… 酷いことばかり言っちゃって」
228	春希	Haruki	「いや…俺の方こそ」
229			皆が来る３０分以上前に、一番乗りで店に来て、 絶対に二番乗りのはずの杉浦を待ってるつもりだった。
230			けれど俺の見込みは甘かった。 …彼女はきっと、皆が来る一時間以上も前から 待ってたに違いない。
231	小春	Koharu	「『喧嘩をしない』って約束したのに… こんな簡単なことすら、守れなかった…」
232	春希	Haruki	「杉浦…」
233			昨夜のあの剣幕はどこへやら…
234			一晩寝て落ち着いたと思ったら、 今度はあまりにも意気消沈してた。
235	小春	Koharu	「本当にごめんなさい。 とっても反省してます。 反省、してるから」
236			…いや、この目の赤さを見ると、 『一晩寝て』ってのは怪しいかもしれない。
237			一週間前の俺みたいに、 ネガティブな思考が頭の中を渦巻いていたのかもしれない。
238			…あの程度の、 しかも完全に両成敗な言い争いで。
239	小春	Koharu	「だから嫌わないで…っ、 ………くれるとありがたいなって、その」
240	春希	Haruki	「っ…」
241			どこかで聞いたような、 辛くて、こそばゆくて、 そして嬉しく物悲しい言葉。
242	小春	Koharu	「先輩ぃ」
243			優しいだけじゃない。 頼もしいだけじゃない。 ちょっと小うるさいだけでもない。
244			ほんの瞬間見せる、小動物のような弱さは、 この少女の魅力を、ますます引き立てるだけだった。
245	春希	Haruki	「…許すよ」
246	小春	Koharu	「っ！ あ、ありがとうございますっ」
247	春希	Haruki	「いや、その… こっちこそ」
248			こんな時は、『君は悪くない』とか、 『悪いのはむしろ俺の方で』とか、 『謝ってもらう理由なんかない』なんて言葉は意味がない。
249			どれだけ身勝手でも、傲慢でも、 ただ、彼女が一番求めてる言葉を返すことが大事だから。
250	春希	Haruki	「じゃ、もうこの件は終わりだ！ そろそろ皆も来る頃だし、開店準備始めるか」
251			俺の方の謝罪がちっともできてないという、 個人的にもやもやした思いは残ってしまうけど、 流れがこうなってしまった以上、仕方がない…
252	小春	Koharu	「あ、あともう一つだけ！」
253	春希	Haruki	「…まだあるの？」
254	小春	Koharu	「その… 水に流してもらっておきながら蒸し返すの、 卑怯かもしれませんけど…」
255			と、言ったそばからこれとは…
256	小春	Koharu	「わたし、やっぱり北原先輩が間違ってるとは思えません。 …これだけは、譲りたくないです」
257	春希	Haruki	「………」	"........."
258			実はまだ、目の前の杉浦は、 昨夜の杉浦とあまり変わってないのかも。
259	小春	Koharu	「だからもう『全部俺が悪い』とか言わないでください。 その、わたしがこれ以上約束を破らないためにも」
260	春希	Haruki	「………」	"........."
261			かもも何もない。
262			目の前の杉浦小春は、 昨夜の、強情で私情丸出しの 厄介な“女”のままだった。
263	小春	Koharu	「それだけです。
264	小春	Koharu	さ、それじゃあ今年の初仕事…」
265	春希	Haruki	「じゃあ、俺ももう一つ」
266	小春	Koharu	「…先輩？」
267			だったら俺は…
268			友達の杉浦だけでなく、 後輩の杉浦だけでもなく…
269	春希	Haruki	「俺のこと… 庇ってくれてありがとう」
270	小春	Koharu	「ぁ…」
271			女の子の杉浦さんにも、 感謝の気持ちを伝えておきたかった。
272	春希	Haruki	「もしかしたらさ… 杉浦は、世界でたった一人の味方かもしれないな」
273	小春	Koharu	「ぇ…」
274			ただ感情に任せての宣言に、 理屈じゃない感謝のしるしを残しておきたかった。
275	春希	Haruki	「俺ですら味方できない、こんな俺の…」
276	小春	Koharu	「………」	"........."
277			今の俺は、優しく微笑んでいられてるだろうか。
278			顔中が思い切り引きつって、 まるっきり真実味のない態度に 成り下がってはいないだろうか。
279			…なんて、今の俺の表情を確かめるには、 彼女の瞳に映ったものを、 目を凝らして確かめるしかないわけで…
280	春希	Haruki	「………あ」
281			杉浦の瞳の中の俺が、歪んでる。
282			なんだよ。 全然真に迫ってないじゃないか。
283			駄目だろこんな顔。 これじゃ、杉浦に俺の言葉、 信じてもらえないじゃないか。
284	春希	Haruki	「あ、あの………さ？」
285	小春	Koharu	「っ！？ あ、あ、あれ…？」
286			違和感に気づいたのは、二人同時だった。
287			杉浦の瞳に映ってた歪んだ俺が、 ぽろりと地面にこぼれ落ちた、その瞬間だった。
288	春希	Haruki	「杉浦…？」
289	小春	Koharu	「や、やだ、やだぁ… 止まらない…こんな…おかしいよ…」
290			まさかと思った可能性を、 二粒目、三粒目のしずくが、即座に裏付けていく。
291	春希	Haruki	「お、おい…何で…？」
292	小春	Koharu	「だって…だって、だって…」
293			床に零れ、頬を伝い、 瞳の中にみるみる盛り上がり…
294			意味もなく…なはずもなく、 ぽろぽろ、ぽろぽろと溢れ出す。
295	小春	Koharu	「悲しいよ… 悔しいよ… なんで、そんなこと言うの」
296	春希	Haruki	「そんなことって…」
297	小春	Koharu	「先輩が先輩のこと好きじゃないなんて… わたし以外に、誰も味方がいないなんて…」
298	春希	Haruki	「それは…」
299			そっか…
300			杉浦小春という委員長が最も悲しむ、 教室から、たった一人取り残されたクラスメート。
301	小春	Koharu	「そんなこと言わないで… 言っちゃやだよぅ…っ」
302	春希	Haruki	「ご、ごめん！ もう言わない！ 言わないから…おい、杉浦…っ」
303	小春	Koharu	「うぇぇ…ぅぇぇぇぇ…っ、 ふ、ぅぁ…ぁぅっ、ぅ～っ！」
304	春希	Haruki	「頼む、頼むよ… もうすぐみんな来るんだからさ…」
305	小春	Koharu	「うあぁぁぁぁぁぁぁ…っ、 ぃぅっ、ぅ…ぅぁぁぁああああああ～っ！」
306			後はもう、どうしようもなかった。
307			一度決壊した涙腺は、 昨夜からずっと昂ぶっていた感情とシンクロして、 杉浦をさらに退行させていく。
308			そして俺は、突っ立ったまま、我慢もせず泣く杉浦を、 突き放すことも引き寄せることもできず、 彼女の３０センチ前で同じように突っ立ってるだけで。
309			それから数分後、徐々に集まってきた佐藤たちに、 消すことのできない誤解を刻んでいった。
310			………	.........
311			そんな悲惨な状況に陥りながら、 それでも俺は、胸に染み入る温かさが心地良かった。
312			このコは、どうして出来たばかりの友達のために、 こんなに本気で泣けるんだろうって…
313			そんな、答えが目の前に転がってる問いを、 心の中でずっと考え続けてた。

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Mini After Story and Extra Episode
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Novels
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