White Album 2/Script/5206
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Speaker | Text | Comment | |||
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Line # | JP | EN | JP | EN | |
1 | 「あの、雪菜っ…」\k\n「………」\k\n「…小木曽さんはいるかな?」\k\n「毎日毎日雪菜雪菜呼び捨ててるくせに今さら隠しやがって」\k\n「どっちにしても怒る気満々じゃねえか…」\k\n 終業のチャイムがまだ鳴り終わらないうちにA組に飛び込んだ春希を迎えたのは、既に学園生活の目的を失いだらけきった教室の空気と、同級生の厳冬を思わせる暖かな態度だった。 | ||||
2 | 「小木曽ちゃんなら帰ったぞ」\k\n「え、もう…?」\k\n けれど、春希が唯一求めていた[R相手^せつな]だけは、そこに存在していなかった。\k\n「ま、おおかたお前に会いたくないんだろうさ」\k\n「雪菜が俺を避けてるって…なんでだよ?」\k\n「お前のその自信の方がなんでだよ!」\k\n そんな同級生の揶揄交じりの非難を聞き流しつつも、春希はもう一度教室内を隅々まで見渡し、やっぱり雪菜がここにいないことを確かめると軽くため息をついた。\k\n「なんで…だったかなぁ」\k\n もう金曜だというのに、今週は、雪菜と一度もまともに話ができていなかったから。 | ||||
3 | 最近…というか、先週末に風邪を引いて以降、つまりかずさのコンクール以降、雪菜がわざとらしいまでによそよそしくなった。\k\n 朝も、毎日一番乗りの春希とは対照的に予鈴ギリギリで登校してくる。\k\n 休み時間も、昼休みを含めて一度たりとも教室から出てこない。\k\n そして帰りは、こうして春希が迎えに来る前…どころかまだ帰りのホームルームも終わらないうちに昇降口を抜け、校門をさっさと出て行ってしまう。\k\n いつもその姿を、誰もいない隣席越しに窓の外に見つけていた春希が、今日こそはと意気込んで校則違反の廊下ダッシュで駆けつけてもこのていたらく… | ||||
4 | 「はぁ…っ?」\k\n 思い当たる節もなく、途方に暮れたようなため息をもう一度吐いたとき…\k\n ふと、右の肩を二度ぽんぽんと軽く叩く指先の感触が伝わってきた。\k\n「雪菜…っ!?」\k\n「…今どきこんなのに引っかかる奴いるか?」\k\n「[Rほうおもふはらひゃんはよ^そうおもうならやんなよ]」\k\n と、春希は、頬に人差し指を突き刺されたまま〝[R自称親友^たけや]〟に吐き捨てた。\k\n | ||||
5 | 「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」\k\n 廊下にいた他の生徒たちに怪訝な目で見られるほど全力疾走で階段を駆け下り昇降口に飛び込むと、雪菜はようやく…というか力尽きたように立ち止まり、膝に手を当てて盛大に荒い息を吐いた。 | ||||
6 | 「は、はぁ、はぁ、はぁ…はぁぁぁぁ…っ」\k\n 心臓が口から飛び出しそうなほどに跳ねているのは、走ったせいだけじゃない。\k\n 多分それは、彼女が、今、必死で、走るという行為に込められた理由のせい。\k\n 焦燥、恐怖、悲嘆…そして、してはいけない期待と、その期待が裏切られた失望。\k\n そんな複雑すぎる感情が入り交じり、雪菜の息をどうしようもなく詰まらせてしまうから。\k\n「はぁ…ふぅぅ…」\k\n それでもなんとか必死で息を整えると、雪菜はもう一度自分のネジを巻き直すようにぴんと背筋を伸ばす。 | ||||
7 | まだ安心するには早い…\k\n 彼女が本当に安堵できるのは、こんな公共の場ではなく、校門を抜け、住宅街を通り、自分の家の玄関の扉を閉じたとき…\k\n | ||||
8 | 「運動不足だね。今年こそ体力作りにスキー始めない?」\k\n …だった、のに。\k\n | ||||
9 | 「な…なんで?」\k\n「元バスケ部レギュラーをなめるなってことだよ」\k\n「レギュラーどころか…キャプテンだったくせにぃ…っ」\k\n「ま、どっちにしても、春希はともかくあたしはぶっちぎれないってことだよ、雪菜」\k\n 雪菜が教室を飛び出したとき、まだ帰り支度なんか始めてすらいなかったのに…\k\n 同じ距離を同じスピードで走ってきたとは思えないほど余裕しゃくしゃくに、依緒は息一つ切らさず笑ってみせた。 | ||||
10 | 「お前がギター弾くのも久しぶりだな。学園祭以来じゃないか?」\k\n「そうだっけ…」\k\n 西に傾いた陽が、第一音楽室に斜めに入り込み、春希と武也を微妙に照らす。\k\n 軽音楽同好会の結成、メンバー集め、なかなか練習しない正メンバーたち、女性ボーカル加入を巡って勃発する確執、そして空中分解…\k\n 男二人の、微妙に嫌なものも混じっている思い出の場所で、春希はゆっくりと確かめるように、自らのレパートリーにはなかった新曲を弾き始める。\k\n「大学入ったら練習再開しようかな…」\k\n「今度は大学祭デビューか?」\k\n「さすがにもう、あんな突貫ユニットはご免だから、もうちょっと早くから準備して…武也、お前も参加する?」\k\n「いつの間にか上から目線になりやがってこのヘタクソが」\k\n「…うっさい馬鹿野郎」 | ||||
11 | 春希がこの曲を最初に聴いたのは、ネットの動画サイトだった。\k\n なんでもゲームだか深夜ドラマだかアニメだかの主題歌に使われた曲らしいけれど、詳しくは知らなかったし、調べもしなかった。\k\n けれど、その綺麗で儚いメロディーと歌詞が、頭の中にずっと残っていた。\k\n「で、何の用だよ? こんなところにまで連れ出して」\k\n「お前、雪菜ちゃんに嫌われたな」\k\n「っ…」\k\n ここまでせっかく下手ながらもノーミスで弾けていたのに、武也のその狙い澄ました一言が、春希の指を思い切り滑らせた。\k\n「ここ最近、完全に避けられてるもんなぁ…まぁ、お前以外の三年男子にとってみればいい気味だけどさ」\k\n「忙しいんだよ雪菜も…卒業とか進学とか控えて色々…」\k\n「俺には相変わらず付き合いいいぜ。この間も一緒に喫茶店で三時間もお喋りしてさ…まぁ、余計なのがもう一人いたけど」 | ||||
12 | 「っ…」\k\n その後、ミスしたところから続きを弾こうにも、隣のあまりの雑音に、その先のメロディーが浮かんでこなくなり、春希は仕方なしにギターを置く。\k\n「ま~いいじゃねえか、別に」\k\n「何がいいんだよ…」\k\n「お前には、絶対にお前を嫌わない[R相手^カノジョ]がいるんだからさ」\k\n「………」\k\n「可愛いよなあのコ。ほんっとお前しか見えてないって感じにベタボレでさ」\k\n「俺…ずっとあいつには嫌われっぱなしだったけどな」\k\n「なぁ春希、お前、ツンデレって言葉知ってるか?」\k\n「あいつはそんな簡単に二極化できないの。もっと複雑なの。今だって、さっきまで笑ってたかと思うと急に怒り出したり扱いがめっちゃ難しいの」\k\n「…言葉の意味は正確に理解してるみたいだな。さすが勉強家」 | ||||
13 | 出会った頃の、基本無視で、すぐ怒鳴り、しばしば呆れ、ほんのたまにだけこちらを向いてくれた女の子は、あの頃の春希にとって未知の生物以外の何者でもなかった。\k\n そして今の、やっぱりすぐ怒鳴り、しばしば呆れ、けれどいつも自分を向いてくれてるようになったかずさは…\k\n やっぱり春希にとって、未知の女の子であることに変わりなかった。\k\n「とにかく、今はかずさの話じゃ…」\k\n「じゃあ、雪菜ちゃんはどうだった? 今まで全然嫌われたこともなかったか? あのコのことなら全部わかってたか?」\k\n「………いや」\k\n 出会った頃の、基本人当たりが良く、すぐ笑い、しばしばはしゃぎ、ほんのたまにだけ拗ねていた女の子は…\k\n そして今の、やっぱりすぐ笑い、しばしばはしゃぎ、けれど、ふと漏れそうになる別の表情を必死に見せまいと泣きそうに微笑む雪菜は… | ||||
14 | 「なぁ、武也…」\k\n「なんだよ」\k\n「女の子って、難しいな」\k\n「少しでも簡単につきあう方法を知ってるぞ。教えてやろうか?」\k\n「…どうするんだよ?」\k\n「一人に決めたんなら突き進め。変に未練を見せるな。期待を煽るな」\k\n「…なんだよ、それ」\k\n「わからないか?」\k\n「ああ、全然」\k\n 完全に納得してしまったように、春希は憮然とした表情で武也を睨みつけた。 | ||||
15 | 「…あれ、春希か?」\k\n「どうかな…どうだろ」\k\n 西に傾いた陽が、屋上にまんべんなく降り注ぎ、雪菜と依緒を明るく照らす。\k\n けれど風は冷たく、そして強く、今すぐにでも空の色を灰色に変えるべく虎視眈々と狙っているようだった。\k\n | ||||
16 | その強い風に乗って微かに聞こえてくる音色は、なんだか今の雪菜がシンパシーを感じるほどに寂しく、そしてたどたどしかった。\k\n「悪かったね、急いでるところ呼び止めちゃって」\k\n「いいよ、別に用事があった訳じゃ…」\k\n「ならなんであんなに全力疾走…」\k\n「み、見たいテレビがあったけど別にいいや~って思い直したの!」\k\n 雪菜の口から零れた言葉よりも、その手が激しく鳴らした金網の音の方が彼女の心情を如実に表わしているような気がして、依緒は少しだけ目を伏せた。 | ||||
17 | 「…なぁ」\k\n「な、なに?」\k\n「雪菜はさ…これからどうするつもり?」\k\n「これからって言われても…もう試験も出席日数もクリアしちゃったし。あ、でもスキーはちょっとなぁ…あ、けど温泉とカラオケのあるところなら」\k\n「別に卒業のことも卒業旅行のことも聞いちゃいないから」\k\n「な、なら、一体なんのことかな…?」\k\n 依緒は、今さらながらに雪菜を見誤っていたことを思い知った。\k\n もうちょっと嘘の上手い女の子だと思っていた。\k\n「『いつまでも三人で』ってやつ…これからも続けるの?」\k\n「『ってやつ』とか、そういう言い方して欲しくない…なんか馬鹿にされてるみたい」\k\n そして、もうちょっと物わかりのいい…諦めのいい女の子だと思っていた。 | ||||
18 | 「まぁ、ある意味馬鹿にしてるかも。そういうの、おままごとだと思ってるし」\k\n「依緒になにがわかるのかなぁ…」\k\n 雪菜の震える声が、依緒を冷たく突き放そうと足掻いていた。\k\n 雪菜の揺れる瞳が、依緒を本気で見下そうと頑張っていた。\k\n 自分の方が格上だと、自分に信じ込ませようとしていた。\k\n「一緒に練習した訳でもない、徹夜してまで頑張った訳でもない、あのステージの上に立った訳でもない、あなたに…」\k\n「そこまで言うならさ、今の中途半端な状態はなんなの!」\k\n「っ…」\k\n「冬馬さんがいなければ春希に近よりもしない。それどころかこうしてあからさまに逃げてるじゃん」\k\n「依緒…」 | ||||
19 | 「そんな遠慮だらけの関係が、雪菜の言う『ずっと続く三人のお祭り』って奴なの? あたしには全然理解できないよ!」\k\n きっと依緒は頑なに否定するだろうけれど。\k\n この瞬間、彼女の語気が少しだけ荒くなったのは、そんな雪菜の強情な態度に腹が立ったからではなく…\k\n ほんの少しの間だけ彼女たちと一緒に頑張っていた、自分ではないもう一人の扱いに不満があったから、かもしれなかった。\k\n | ||||
20 | 「お前に俺たちの何がわかるんだよ」\k\n | ||||
21 | 春希の震える声が、武也を冷たく突き放そうと…\k\n「…言っとくけど、お前は親友じゃないなんて言ってないからな?」\k\n「わかってるって」\k\n …したけれど、春希にはその先を続ける強気も勇気もなかった。 | ||||
22 | 「お前とのことで、かずさや雪菜に言うつもりのないことだってある。だから逆だって さ…」\k\n「ああ…いくら三人一緒って言っても、一人には明かせない二人の秘密はあるよな」\k\n「だから、お前に何が…」\k\n「冬馬の家泊まっただろ。この前の日曜…コンクール終わったあとにさ」\k\n「っ…」\k\n その理性が、そしてその慎重さが、彼のこの三年間を支え、そしてこの半年間のバランスを危ういものにしていたというのに。\k\n「そういう痕跡をこの俺が見逃さないとでも思ってんのか? バレたくなかったら月曜は学校サボるべきだったよな」\k\n あの日の春希は、少しばかり挙動不審で、目立つことを極力控え、身だしなみばかり気にしていた。 | ||||
23 | 「いつからだ? …いや、まぁ聞いてもしょうがないことだけどな。お前ら二人がもう 『そういうふう』になっちまった以上は」\k\n 二年半前、武也が初めて女の部屋から登校した日の行動とぴったり重なっていた。\k\n「あいつ…これから推薦入試で忙しくて。だから、しばらく会えなくなるし」\k\n「そんなこと、お前ら以外の誰にも関係ない事情だよな」\k\n「………」\k\n 武也の言葉は、今まで春希が何度も親友に投げかけた言葉そのものだった。\k\n「雪菜ちゃんにとっても、関係ない事情だよな。ただ、お前ら二人の新しい関係が始まったってだけだよな」\k\n「雪菜には…」\k\n「言うなって言うのか? 俺には何もわかってないから余計なこと喋るなって?」 | ||||
24 | だから春希には、身に染みてわかっていた。\k\n 彼がまだ、自分を親友扱いしてくれていることも。\k\n そして、自分を心から心配してくれていることも。\k\n「俺から………言うからさ」\k\n ならば意地でも、いつもの親友の答えをなぞる訳にはいかなかった。\k\n 自分に残った、たった一つの矜持…\k\n 〝相手に誠実であれ〟だけは頑なに守ろうとした。\k\n | ||||
25 | 「雪菜のやってること中途半端なんだよ。矛盾だらけなんだよ」\k\n「そんなこと…ないよ」\k\n「今みたいな態度で、大学入ってからどうするつもりなんだよ? これから毎日顔合わせるんだぞ? 今までよりも一緒にいる時間、長くなるんだぞ?」 | ||||
26 | いつの間にか、陽は隠れていた。\k\n 空は雲で濁り、風はさらに冷たく…\k\n「転部、しちゃおっかな…」\k\n 雪菜の感情をも、同じ色と温度に変えていった。\k\n「いいの? それで」\k\n「もともと政治経済とか苦手だし。英文科の方がよかったかも…」\k\n「そういうこと聞いてるんじゃなくって…いや、ある意味そういうことなんだけど」\k\n「何、言ってるの…?」\k\n「だって雪菜、最初は英文に行くって言ってたじゃん…春希が政経に決めるまでは」\k\n「~~~っ!」\k\n けれど今の雪菜には、この雲を、この風を、寒く感じることは叶わなかった。\k\n「自分の志望をねじ曲げてまで一緒にいたかった奴と、結局離れてしまっても、いいんだな?」 | ||||
27 | 「は…春希くんには…っ」\k\n「言えるわけないだろ…雪菜のためじゃなく、春希のために」\k\n「ご、ごめん…ごめんなさいっ」\k\n ひた隠しにしていたはずの心の奥の底が抜けていたことに気づいた羞恥のあまり、身体が煮えたぎるように熱かった。\k\n「なぁ、やめようもう…こんなの、小木曽雪菜っていう女の子のやることじゃないよ」\k\n「依緒…」\k\n「後悔してるんだろ? 三人でいることが苦しいんだろ? だから、どうしたらいいかわからずに逃げてるんだろ?」\k\n 暴かれていく。\k\n「本当は一緒にいたいから。春希のこと好きだから」\k\n 自分が嫌悪していた気持ちの一つ一つが、解かれ、さらされていく。 | ||||
28 | 「三人じゃなくて…二人でいたいから」\k\n「違う…」\k\n「何が違うんだよ?」\k\n せっかく綺麗な雪で隠されていたのに…\k\n「わたしはそんなに一途じゃない、純粋じゃない…」\k\n「わたしが欲しいのは両方だよ、ほんとうに、両方なんだよ…」\k\n「わたしはこんなにも…強欲なんだよ」\k\n 黒く汚れ、ぐちゃぐちゃに踏み潰された泥として、目の前に広がっていく。\k\n | ||||
29 | 「なぁ春希…お前、もうあのコのこと『雪菜』って呼ぶのやめろよ」\k\n「お前だって『雪菜ちゃん』って呼んでるじゃねえか!」\k\n「お前と俺は違うだろ。あのコのことを名前を呼ぶ重さ、全然違うだろ」 | ||||
30 | 武也の言葉は、今まで春希が何度も親友に投げかけた言葉そのものだった。\k\n なのに、いや、だからこそなのかもしれなかったけれど…\k\n 今は、その心からの言葉こそ、この世で一番聞きたくなかった。\k\n「なぁ春希、もう一度確認しとくけどさ…お前が本気で好きなの、どっちだよ?」\k\n「そんなの、そんなのさ………かずさだよ」\k\n「ああ…そうだな」\k\n「けど、雪菜だって大切な…」\k\n「友達、だろ?」\k\n「………」\k\n「どっちもすごく大切だけど、片方は彼女で片方は友達ってさ…やっぱマズいだろ」\k\n 〝友達〟なんて画一的な単語で、あの雪菜という女の子を括りたくなかった。 | ||||
31 | 取材対象から仲間へ、仲間から同士へ。同士から…三人の中の一人へと。\k\n 絆が強くなるたびに化けの皮が剥がれ、化けの皮が剥がれるたびに、どんどん魅力的になっていった、特別な女の子…\k\n「そんな微妙な差別されて、雪菜ちゃんが傷つかないとでも思ってるのか? …そんな微妙な差別しかしなくて、冬馬が傷つかないとでも思ってるのか?」\k\n 彼女に対してそんな特別な感情を抱いている自分に嫌悪感を抱いても、その感情を抱かせる彼女を忌避することなんかできはしなかった。\k\n「差別するなら、まだハッキリ差別した方がマシだろ」\k\n「けど、雪菜は傷つく…三人の輪から外れる方が、もっと傷つく」\k\n「どっちにしても傷つくってんなら…どっちが傷が浅いと思う?」\k\n「それは…」\k\n「ハッキリ差別するか、三人のまま生殺しにするか…どっちだよ?」 | ||||
32 | 武也の言わせたい答えはわかっていた。\k\n そして多分、それが多数決によっても可決される見通しは高かった。\k\n「三人がいいんだ…それが雪菜の願いなんだ」\k\n そして春希の選んだ回答は、間違いなく少数意見の方に分類される答えだというのもわかっていた。\k\n「けどそれを頑なに守ろうとした結果がどうだ? 雪菜ちゃんも冬馬も、みんな傷ついてる。お前だってさ…」\k\n「どうして三人でいちゃいけないんだよ。そんなの納得できない!」\k\n けれど、仕方なかった。\k\n だって、その間違った答えにしがみつく雪菜にこそ魅力を感じてしまったんだから。\k\n「だってそれって…絶交じゃないか!」\k\n 過去の傷を払拭しようと頑張って、けれどうまくいかなくて、落ち込んで、もがいて、そしてもう一度泣き笑いで頑張ろうとするその姿が好きだったんだから… | ||||
33 | ――わたしは、委員長の春希くんがよかったの。\k\n 彼が説教してくれるのが好きだったの。叱ってくれるのが楽しかったの。\k\n 彼氏でも、友達でもよかった。\k\n 他の女の子と同じ態度で接してくれるなら、それでいいやって思ってた。\k\n ――彼の普通が好きだった。\k\n 普通におはようって言って。普通にさよならって言って。\k\n 普通に話を聞いてくれて、普通に諭してくれて…\k\n 普通に、自分を好ましく思ってくれるのが、とっても心地良かった。\k\n 他の男の子みたいにわたしを特別扱いせずに、\k\n けれど、わたしに少しだけどぎまぎしてくれるのが嬉しかった。 | ||||
34 | ――わたしだって、男の子とつきあうことに憧れがなかったと言えば嘘になる。\k\n けれど中学でのこともあったし、ちょっと怖かった。\k\n だから、真面目で堅物で、けれど優しい彼は、わたしにとって理想だった。\k\n ちょっと傲慢だけど『ちょうど良かった』ってことかもしれない。\k\n ――けれどかずさは、そんなわたしとは価値観が全然違ってて…\k\n 春希くんが、誰にでも優しい委員長でいることを認めなかった。\k\n 彼が、誰でも構うのが我慢できなかった。\k\n なんて言うのかな…こう言うとかずさは怒るかもしれないけど、\k\n あのコは彼に、自分だけを見つめてくれる王子様になって欲しかったんだ。\k\n そして、そしてね…彼はかずさの望み通り、王子様になることを選んだ。\k\n たった一人、彼がお姫様だと思っていた女の子だけの王子様に… | ||||
35 | 春希は、皆がアイドル扱いしていた女の子ではなく、皆が空気のように扱っていた女の子を選んだ。\k\n 自分だけが普通扱いしていた女の子ではなく、自分だけがアイドル扱いしていた女の子を選んだ。\k\n それは、自身が特別扱いされることに苦しみ、だからこそ普通に接してくれる春希に恋した雪菜にとって、耐えがたいジレンマだった。\k\n ――わたし、かずさに勝てない。\k\n 勝ちたくないけど、勝てっこない…\k\n あんなまっすぐなコに、誰も敵うはずなんかない。\k\n 雪菜にとってかずさは、あまりにも異質な存在に見えた。\k\n 小学生の狭量さと、中学生のロマンと、大人の深刻さを併せ持った、ありえないバランスで保たれた女の子だったから。 | ||||
36 | そして雪菜は、そんなかずさより、ほんの少しだけ大人だったから。\k\n ――そしてわたしは、敵いたくはない。\k\n だからわたしは、かずさと一緒に、彼のことを同じくらい好きになって…\k\n そして彼に、かずさと同じくらい好きになって欲しかった。\k\n だけど雪菜は、気づいていなかった。\k\n 自分がかずさより〝ほんの少ししか〟大人でないことに。\k\n 自分の想いが、実はかずさのそれとほとんど変わらないということに。\k\n 自分だけが一番であって欲しいかずさ。\k\n 自分も一番であって欲しい雪菜。\k\n 結局、どちらにしても自分が二番なら傷ついてしまうということに… | ||||
37 | ――わたしはもう、彼のことを『春希くん』と呼べない。\k\n わたしはもう、彼に『雪菜』なんて呼ばれる女の子じゃない。\k\n けれど今さら彼のことを『北原君』なんて呼びたくない。\k\n 彼に『小木曽』なんて呼ばれたら涙が止まらない。\k\n だから、彼に会えない。\k\n 彼のこと、なんて呼んでいいか、どう呼ばれたいか、わからないの…\k\n | ||||
38 | 「約束したんだよ、俺」\k\n「春希…」\k\n「絶対に俺からは離れていかないって、雪菜から絶交されない限り離れていかないって、約束したんだよ…」 | ||||
39 | 一度は取り落としたギターを、拾い上げる。\k\n「何を差し置いてでも、守らなくちゃならない、約束なんだよ…」\k\n「冬馬をこれ以上傷つけることになっても、か?」\k\n「………」\k\n 膝の上に抱えて、軽く爪弾く。\k\n 少しかじかんだ手に、弦が食い込む感触が少し辛い。\k\n けれど今は、少しでも痛みを感じていたかった。\k\n 自分が辛い目に遭わせている彼女たちに比べれば、ささやかな痛みではあるけれど… | ||||
40 | 「なぁ、武也」\k\n「ん?」\k\n「間違ってるのかな、俺」\k\n「さあな」\k\n「どうすればいいのかな、俺…」\k\n「知るか」\k\n 少しずつ指の動きを速くして、単調だった音たちを束ね、曲に変えていく。\k\n「…なんてな、冗談だよ。俺に任せとけ」\k\n「武也…?」\k\n「あ、いや…それだと誤解を受けそうだな。俺と依緒に任せろよ」\k\n「それって…」\k\n「急がなくてもいいからさ…まずは五人になろうぜ?」\k\n それは、ついさっきも弾いていた、あの曲。\k\n この凍えそうな季節に似合うメロディーと歌詞を持った、あの儚い曲だった。 | ||||
41 | 「冬馬の推薦が決まったらさ、五人でスキーでも行かないか?」\k\n「スキー、か」\k\n「大勢で馬鹿騒ぎして、雪見て、温泉入って…」\k\n「それは…」\k\n「三人じゃなければ大丈夫だろ? 三人のうち誰一人欠けなければ大丈夫だろ?」\k\n 馬鹿騒ぎ、雪、温泉、そして、あの誓い…\k\n 頭の中に駆け巡る記憶をかき消そうとするように、弦を激しくかき鳴らす。\k\n「じゃ、決まりな。細かいことはこっちに任せとけ。決まったら連絡するわ」\k\n「お前、そんなふうにこっちばっかり構ってたらデートの時間が減るぞ?」\k\n「…女の子と二人きりで過ごすより、五人の方がいいわ、俺」\k\n「………」 | ||||
42 | 「というわけで、四月からもよろしくな、春希」\k\n 窓から見える空は、今にも降りそうなほどに、暗く沈もうとしていた。 | ||||
43 | 「五人…?」\k\n「あたしたちがいるよ、雪菜。あたしと、武也がさ」\k\n「依緒…」\k\n 雪菜の気持ちが溢れるに任せ。\k\n 雪菜の涙が溢れるに任せ。\k\n 嗚咽が徐々にゆっくり、そして小さく萎んでいった頃。\k\n 依緒は、雪菜に囁きかけた。\k\n「だから、今まで通り『春希くん』でいいよ。『雪菜』って呼ばれてもいいよ」\k\n「い、いいの…?」\k\n「けどさ、もっと緩い気持ちで繋がればいいんだよ」\k\n 武也が春希にしたのと同じ…\k\n というか、三年ぶりくらいに、二人きりで話し合って決めた作戦を伝えた。\k\n「そこに春希がいればいいんだろ? 冬馬さんがいればいいんだよね?」 | ||||
44 | 「う、ん…」\k\n「だからさ、雪菜…もう、やめようよ」\k\n「………」\k\n「…ね?」\k\n「………………………っ、ぅ、ぅ、んっ」\k\n そんな、たった一言の返事を返すのにたっぷり数十秒をかけるほど雪菜は逡巡して…\k\n「やめる…やめるから…もう、三人でいたいって、言わないからぁ」\k\n「雪菜…」\k\n「だから言わないで…わたしの気持ち、かずさにも、春希くんにもっ」\k\n「言うわけないじゃん…だって、あたしたちも、もう親友だろ?」\k\n「う、うぅぅ…ぅぇぇぇぇ…っ」\k\n そして、やっと泣きやんだはずのその顔を、またくしゃくしゃに歪めていく。\k\n「あ~あ…これが学園のアイドルだなんて誰が信じるかねぇ」 | ||||
45 | 「ぃぅっ、ぅ、ぁ…ぅぇぇぇぇ…っ」\k\n 雪菜は、また涙を流す。\k\n 今度は嗚咽なんて生易しいものではなく、喉から絞り出すような号泣だった。\k\n「ふぇぇぇぇぇっ、依緒、わたし…あぁぁぁぁぁぁ~っ!」\k\n けれどもう、それは後悔の涙ではなく…\k\n 二度と後戻りはしないと誓う、前向きな涙。\k\n「雪菜…あんた、今よりもっといい女になるよ。男なら誰でも振り返るような、完璧なアイドルにさ」\k\n 必死に三人にしがみつくことも。\k\n 三人から二人、抜け出そうとすることも。\k\n 二人でいることから逃げて、一人になってしまうことも。\k\n もう雪菜には、遠い過去の出来事なのだから。 | ||||
46 | 屋上に、ギターの旋律が届く。\k\n それは横恋慕と、失恋と…そして成長の歌。\k\n | ||||
47 | その儚い音色につられたかのように、空からほんの少しだけ雪が舞い始める。\k\n ――少し傷ついて、治るのを待って、また少し傷ついて…\k\n そんなことを繰り返しながら、少しずつ大人になっていこう。\k\n 雪菜は、雪に願う。雪に祈る。\k\n ――わたし、頑張るから…\k\n 全ての傷が癒えるまで、ゆっくり頑張るから。\k\n だから雪よ、それまでは、わたしの気持ちを優しく包み込んで。 | ||||
48 | それから少しだけ時は流れ、二月十四日。\k\n 冬馬かずさは、如月音楽大学に、合格した… |
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Introductory Chapter | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
1001 | 1008 | 1009 | 1010 | 1011 | 1012 | 1013 |
1002 | 1008_020 | 1009_020 | 1010_020 | 1011_020 | 1012_020 | |
1003 | 1008_030 | 1009_030 | 1010_030 | 1011_030 | 1012_030 | |
1004 | 1008_040 | 1010_040 | 1012_030_2 | |||
1005 | 1008_050 | 1010_050 | ||||
1006 | 1010_060 | |||||
1006_2 | 1010_070 | |||||
1007 |
Closing Chapter | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | ||||||
2001 | 2011 | 2020 | 2027 | 2301 | 2309 | 2316 | 2401 | 2408 | 2501 | 2510 |
2002 | 2012 | 2021 | 2028 | 2302 | 2310 | 2317 | 2402 | 2409 | 2502 | 2511 |
2003 | 2013 | 2022 | 2029 | 2303 | 2311 | 2318 | 2403 | 2410 | 2503 | 2512 |
2004 | 2014 | 2023 | 2030 | 2304 | 2312 | 2319 | 2404 | 2411 | 2504 | 2513 |
2005 | 2015 | 2024 | 2031 | 2305 | 2313 | 2320 | 2405 | 2412 | 2505 | 2514 |
2006 | 2016 | 2025 | 2032 | 2306 | 2314 | 2321 | 2406 | 2413 | 2506 | 2515 |
2007 | 2017 | 2026 | 2033 | 2307 | 2315 | 2322 | 2407 | 2507 | 2516 | |
2008 | 2018 | 2308 | 2508 | 2517 | ||||||
2009 | 2019 | 2509 | ||||||||
2010 | ||||||||||
Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | |||||||
2031_2 | 2312_2 | 2401_2 | 2504_2 | 2511_2 | ||||||
2031_3 | 2313_2 | 2402_2 | 2507_2 | 2513_2 | ||||||
2031_4 | 2313_3 | 2402_3 |
Coda | |||||||||
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Common | Kazusa (True) | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | ||||||
3001 | 3008 | 3014_2 | 3020 | 3101 | 3107 | 3201 | 3207 | 3901 | 3907 |
3002 | 3009 | 3014_3 | 3021 | 3102 | 3108 | 3202 | 3208 | 3902 | 3908 |
3003 | 3010 | 3015 | 3022 | 3103 | 3109 | 3203 | 3209 | 3903 | 3909 |
3004 | 3011 | 3016 | 3023 | 3104 | 3110 | 3204 | 3210 | 3904 | |
3005 | 3012 | 3017 | 3024 | 3105 | 3111 | 3205 | 3211 | 3905 | |
3006 | 3013 | 3018 | 3106 | 3206 | 3906 | ||||
3007 | 3014 | 3019 | |||||||
Common | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | |||||||
3001_2 | 3210_2 | 3901_2 | 3906_2 | ||||||
3015_2 | 3902_2 | 3907_2 | |||||||
3902_3 | 3907_3 | ||||||||
3904_2 |
Mini After Story and Extra Episode | |||
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The Path Back to Happiness | The Path Forward to Happiness | Dear Mortal Enemy | |
6001 | 6101 | 4000 | 4005 |
6002 | 6102 | 4001 | 4006 |
6003 | 6103 | 4002 | 4007 |
6004 | 6104 | 4003 | 4008 |
6005 | 4004 | 4009 |
Novels | |||||
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The Snow Melts, And Until The Snow Falls | The Idol Who Forgot How to Sing | Twinkle Snow ~Reverie~ | After the Festival ~Setsuna's Thirty Minutes~ | His God, Her Savior | |
5000 | 5100 | 5200 | 5205 | 5300 | 5400 |
5001 | 5101 | 5201 | 5206 | 5301 | 5401 |
5002 | 5102 | 5202 | 5207 | 5302 | |
5003 | 5103 | 5203 | 5208 | 5303 | |
5004 | 5104 | 5204 | 5209 |
Short Stories | |||
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Princess Setsuna's Distress and Her Minister's Sinister Plan | Koharu Climate After the Passing of the Typhoon | This isn't the Season for White Album | Todokanai Koi, Todoita |
7000 | 7100 | 7200 | 7300 |