White Album 2/Script/3020

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1	曜子	Youko	「さてと…世話になったわね、ノリ君」
2	高柳	Takayanagi	「僕のことをそう呼ぶのは、 今や君とキャバ嬢だけになってしまったなぁ…」
3	曜子	Youko	「それってかなりいるってことじゃないの？」
4	高柳	Takayanagi	「…そんなことより、これからだよ曜子ちゃん。 これからが君の本当の勝負で、僕の本当の出番だ」
5	曜子	Youko	「アテにしてるわよ？ そのためにわざわざこんな辺鄙な国に 帰ってきたんだから」
6	高柳	Takayanagi	「君の業界的にはそうかもしれんが、 こうやって因縁浅からぬ相手のいる国を 辺鄙だなどと言われると…」
7	曜子	Youko	「そんな理由で各国に配慮してたら、わたしの場合、 どの国も世界の中心ってことになっちゃうから」
8	高柳	Takayanagi	「…相変わらずだね、君は。 そのエネルギーがあればあと１０年は保証するよ」
9	曜子	Youko	「１０年じゃ足りないわ。あと８０年よ。 １００までは生き抜いてやるって決心したんだから」
10	高柳	Takayanagi	「………この期に及んでまだそこまでサバを読むかね」
11	看護師	Nurse	「冬馬さん、お迎えの方見えられましたよ」
12	曜子	Youko	「さて、そういうわけで… 今度は来月にでも会いましょ」
13	高柳	Takayanagi	「せめて週に一度は診察を受けなさい。 僕は水曜の午後に顔出してるから…」
14	春希	Haruki	「…どうも。 退院、おめでとうございます」
15	曜子	Youko	「………あら」
16			看護師さんの後からひょっこり顔を出した俺を、 曜子さんは、ほんの少しだけぽかんとした顔で出迎えた。
17			…結構、初めて見る顔かもしれない。
18	高柳	Takayanagi	「やれやれ…今度は娘と同じくらいのボーイフレンドかい。 相変わらず君は…」
19	春希	Haruki	「は？」
20	曜子	Youko	「…相変わらず腐ってるのは あんたのそのピンク色の脳味噌よ」
21			………	.........
22	曜子	Youko	「…それで？」
23	春希	Haruki	「今からスタジオの方に向かいます。 かずさ、昨日から練習を再開してるんですよ」
24	曜子	Youko	「そういうこと聞いてるんじゃないわよ。 どうしてギター君が美代ちゃんの仕事やってるの」
25			最初、呆気にとられていた曜子さんは、 タクシーに乗ってからは一転、 胡散臭そうな視線を俺に向け続けていた。
26			まぁ、当然と言えば当然なんだけど…
27	春希	Haruki	「工藤さんは朝から晩まで拘束されてまして。 主に[R追加公演関係^ようこさんのだいり]で」
28	曜子	Youko	「だからって…」
29	春希	Haruki	「会社の許可は取ってます。 しばらく冬馬曜子の使い走りをするって。 それが増刊号出版の条件だと提示されたってことで」
30	曜子	Youko	「………」	"........."
31	春希	Haruki	「もちろん入院のことは言ってないのでご心配なく。 編集長も上司も『まぁ、[R冬馬曜子^あのひと]だからなぁ』と あっさり納得してくれました」
32	曜子	Youko	「あいつら…」
33			こう言うときは、 普段のこの人のジョーカー的な振舞いが役に立つ。
34			…何しろ全て『冬馬曜子だから』で説明が付くから。
35	曜子	Youko	「で？　なんの話？」
36	春希	Haruki	「今日からの進め方について、 打ち合わせておこうと思いまして」
37	曜子	Youko	「進め方…ねぇ」
38			そして、単なる愉快犯じゃなく、頭の回転の速い、 わかってやってるタチの悪い愉快犯であることが、 今“だけ”は助かる。
39	春希	Haruki	「第一に、あなたの病気のことですが… しばらくはお互いどこにも口外しないようにしましょう」
40	曜子	Youko	「美代ちゃんは？」
41	春希	Haruki	「工藤さんとは既に話をつけています。 彼女も納得してくれました」
42	曜子	Youko	「本人不在でもうそんなことまで取り回したんだ…」
43	春希	Haruki	「今は、かずさを追加公演に専念させることが 第一だと言うことで、彼女とも一致しました」
44	曜子	Youko	「ま、もともとそのつもりだったし、 異存はないわよ」
45	春希	Haruki	「それで、しばらくの間、曜子さんには、 かずさとの接触を最小限に留めてもらいます」
46	曜子	Youko	「目の前でぶっ倒れられても困るものねぇ」
47	春希	Haruki	「目安としては、一日一時間。 スタジオで練習を見るのが適当だと思います。 一緒に食事とかはなるべく避けてください」
48	曜子	Youko	「食後の薬がねぇ、十種類超えてるのよねまた」
49			何しろ、こちらがどれだけ持って回った言い方や、 身も蓋もない言い方を駆使したところで、 全て言いたい本質のところだけを汲み取ってくれる。
50	春希	Haruki	「それと、病院の検査は週３回。月・水・金の午前中。 俺が朝、ホテルまで迎えに行きますので、 決してホテル以外の場所に外泊しないこと」
51	曜子	Youko	「え～」
52	春希	Haruki	「追加公演が終わるまでです。 そのくらい我慢してください」
53	曜子	Youko	「平気だって、少しくらい倒れたって。 ノリ君なら心臓止まってからもなんとかしてくれるから」
54	春希	Haruki	「寿命を減らす行為は厳禁です。 …かずさのためにも」
55	曜子	Youko	「生きる楽しみを奪われて かえって悪化したりして～」
56	春希	Haruki	「そんなこと俺が許しませんから。 かずさのために生きるつもりなら そのくらいのこと我慢してください」
57	曜子	Youko	「………」	"........."
58	春希	Haruki	「せめて追加公演が終わるまでは、 俺の管理下に入ってもらいます。 いいですね？」
59	曜子	Youko	「で、その後のことは…？」
60	春希	Haruki	「…別途協議と言うことで」
61			ここまで立て板に流れていた水が急に濁り始める。
62	曜子	Youko	「……協議に参加するつもり？」
63	春希	Haruki	「………あなたが一人で結論を出せないならば」
64			やっぱり、勘のいい曜子さんは理解してた。
65			このスケジュールが、 追加公演が終わったあとの話に まるで言及されていないということを。
66			三週間が経ち、 かずさが日本に留まる理由がなくなったとき、 まだ誰にも明確な解答が持てていないということを。
67			かずさをウィーンに帰すのか。 もしそうなった場合も、曜子さんは日本に留まるのか。
68			曜子さんの病気を、いつかずさに告げるのか…
69			本当に、告げるのか…
70	曜子	Youko	「ねぇギター君… やっぱり、これ以上 あなたが深入りする必要はないんじゃないかな」
71	春希	Haruki	「だからって…放っておけません」
72	曜子	Youko	『………どうしよっか？　ギター君』
73			だって、曜子さんですら迷ってた。
74	曜子	Youko	「初めての女だから？」
75	春希	Haruki	「そういう下世話なこと言わないでください」
76			だから、そんな不安要素を残したまま、 かずさを日本から手放すわけには…
77	春希	Haruki	「俺は、あいつのこと… 永遠に憧れていたいんです」
78	曜子	Youko	「憧れ…ねぇ」
79	春希	Haruki	「だから、いつまでもカッコ良く生きて欲しいし、 幸せに、なって欲しい…」
80	曜子	Youko	「だから自分の手であの子を幸せにしようって？ しかも、あの子の一番求める方法を選ばずに？」
81	春希	Haruki	「………」	"........."
82	曜子	Youko	「…と、口が過ぎたわね。忘れて頂戴」
83			そんなのは、あいつの… いや、誰の幸せでもない。
84			だってその決断は、 自分たちの周りの世界を、全て敵に回す。
85			自分たちがまるで敵視していない、 それどころか大切に想っている世界まで…
86	曜子	Youko	「…ま、おいおい考えていきましょう。 どうせこれから、週に三日は顔合わせるらしいし」
87	春希	Haruki	「…ありがとうございます。 これから一月ほど、よろしくお願いします」
88			俺も、迷ってる。
89			だから、時間が欲しい。 対話を重ねる時間が。
90			二人じゃ、文殊の知恵は出ないかもしれないけれど、 なんとしても、あいつが笑って暮らせる一生を…
91	曜子	Youko	「あ、コンビニ寄ってってくんない？ 煙草買いたいの」
92	春希	Haruki	「これから一生禁止です」
93	曜子	Youko	「…お酒は？」
94	春希	Haruki	「たしなむ程度に」
95	曜子	Youko	「男…」
96	春希	Haruki	「かずさとどっちを取るか考えた上で決めてください」
97	曜子	Youko	「………ここまで厳しいマネージャー、見たことない」
98	かずさ	Kazusa	「ふぅ」
99	曜子	Youko	「へ～、怪我したって聞いてたけど、 聴く限りじゃ大したことはなさそうね」
100	かずさ	Kazusa	「………母さん」
101	曜子	Youko	「おかえり～、元気にやってた？　かずさ」
102	かずさ	Kazusa	「お帰りというのは、 帰るべき場所に先に戻ってた人間の言う台詞だ」
103	曜子	Youko	「じゃあ、ただいま？」
104	かずさ	Kazusa	「随分と早いお帰りで。 よっぽど気持ちのいい温泉だったんだろうね。 それとも、一緒にいた相手が、かな？」
105	曜子	Youko	「そうなのよぉ、ち～っとも離してくれなくてさぁ」
106	かずさ	Kazusa	「っ… こ、こっちはそのせいで…っ」
107	曜子	Youko	「な～に？　評論家にクソミソに叩かれたこと まだ気にしてんの？」
108	かずさ	Kazusa	「ち、違っ…」
109	曜子	Youko	「いいのいいの、あいつ、あれ嫉妬なのよ。 現役時代、わたしに全然歯が立たなかったから、 娘を貶すことで溜飲を下げようと思ってんのねきっと」
110	かずさ	Kazusa	「知り合いなのか？」
111	曜子	Youko	「昔、二度ほど寝たことがあるのよ。 そしたらあいつさぁ…」
112	かずさ	Kazusa	「…もういい。その先は言わなくていいから」
113	曜子	Youko	「あ、これお土産。 浜松名産うな○パイと仙台名産○の月と 沖縄名産○○ガーと北海道名産○セイバ○ーサ○ド」
114	かずさ	Kazusa	「…よくもまぁ、ここまで日本を満喫できるな」
115	曜子	Youko	「だぁ～って、故郷ですもの」
116	かずさ	Kazusa	「自分だって若い頃この国を追われたくせに」
117	曜子	Youko	「…あなたはそんなにこの国が嫌い？」
118	かずさ	Kazusa	「ああ、嫌いだね。 早く追加公演も終わらせてウィーンの我が家に帰りたい」
119	曜子	Youko	「我が家…ねぇ」
120	かずさ	Kazusa	「何が言いたいんだよ？」
121	曜子	Youko	「べっつにぃ？」
122	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
123	曜子	Youko	「ま、ここにいても練習の邪魔だから退散するわ」
124	かずさ	Kazusa	「ダメ出し、しないのか？」
125	曜子	Youko	「たかがリハビリに付き合うつもりはないわ。 休憩所にいるから終わったら声かけて」
126	かずさ	Kazusa	「終わるまであと８時間はあるぞ」
127	曜子	Youko	「今日はあと２時間にしときなさい。 痛みがぶり返したら元も子もないでしょ」
128	かずさ	Kazusa	「ちぇっ」
129	曜子	Youko	「じゃあね。 無理しない程度に頑張りなさい」
130	かずさ	Kazusa	「………なぁ」
131	曜子	Youko	「ん～？」
132	かずさ	Kazusa	「少し…痩せた？」
133	曜子	Youko	「言ったでしょ？ 男が寝かせてくれなかったって」
134			………	.........
135	かずさ	Kazusa	「あ…」
136	春希	Haruki	「よっ」
137			かずさがスタジオを出てきたのは、 結局、午後八時を回った頃だった。
138			まだ怪我が完治してないから、 今日は軽めに流せって言ったのに…
139	かずさ	Kazusa	「もしかして…またずっと待ってたのか？」
140	春希	Haruki	「いや、今来たばっかだよ。 ３０分前に会社出て、もしかしたらって寄ってみたところ」
141	かずさ	Kazusa	「本当か？」
142	春希	Haruki	「本当だって。 神様にも悪魔にも誓える」
143			何しろ、曜子さんにかずさが出てくる時間を リークしてもらったんだから。
144	かずさ	Kazusa	「ふぅん…」
145			と、かずさはからかいとも期待とも取れる表情で 俺の顔を下から覗き込み…
146	かずさ	Kazusa	「なら、確かめる」
147	春希	Haruki	「っ…勝手にしろ」
148			両手で、俺の右手を包み込む。
149			また、硬い指先が俺の手のひらと甲の両側に触れ、 いとおしそうに撫で回す。
150			かずさの手は、温かかった。 というより、熱かった。
151			それが、熱気のこもった練習のせいなのか、 治りきっていない患部が熱を持ってしまったのか、 それ以外の理由なのかはわからなかったけど…
152	かずさ	Kazusa	「…あれ？」
153	春希	Haruki	「だから言ったろ？　今来たばかりだって」
154	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
155	春希	Haruki	「かずさ…？」
156			と、何故か手ではなく、 俺の胸に顔を埋めるように近づいてくる。
157	春希	Haruki	「お、おい…？」
158	かずさ	Kazusa	「見られたってどうもしないんだろ？ ちょっとくらい、胸貸せよ」
159	春希	Haruki	「お前…だからってその唐突な展開は…」
160	かずさ	Kazusa	「…じゃ、行こうか。 今日は疲れた」
161			…と、しばらく俺の胸に顔を預けたかと思うと、 一瞬でその表情を切り替え、何事もなかったかのように 俺を置いてさっさと歩き出す。
162	春希	Haruki	「なんなんだよ…」
163			相変わらず、気持ちを行動で表現するのが下手というか、 時々意味不明なことをする奴だ。
164	かずさ	Kazusa	「なぁ春希… もう、迎えに来なくてもいいよ」
165	春希	Haruki	「今日は何が食いたい？ …と言ってもカレーと寄せ鍋とチゲ鍋と おでんとポトフの中から選んでもらうけど」
166			鍋以外の調理器具にいまいち自信の持てない 独身男の悲しいスキルによって。
167	かずさ	Kazusa	「手も治ったし。 そろそろ、ホテルに帰るよ」
168	春希	Haruki	「でも昨日が水炊きだったし、 カレー…はこれで三度目だし、 かずさ、今日は肉と魚どっちが…」
169	かずさ	Kazusa	「いつまでも、あたしに構わなくていいよ。 お前だって仕事あるだろ」
170	春希	Haruki	「ああ、あるよ。冬馬かずさ特集号の仕事が」
171	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
172	春希	Haruki	「実は記事の最終チェック、 事務所通してると時間かかるから、 直接やってもらいたくてさ…」
173			俺がどれだけはぐらかしても、 かずさは遠慮という名の拒絶をやめようとしなかった。
174			だから俺は、逆に至近距離に切り込んで かずさの話の威力を削ぐ作戦に出た。
175	かずさ	Kazusa	「…これ以上、優しくしないでくれよ」
176			威力はともかく、あまりにダメージが大きいから、 あまり使いたくはなかった作戦だったけど。
177	春希	Haruki	「…けどお前、一人暮らしは無理だろ。 こっちにはもう使用人さんもいないし」
178	かずさ	Kazusa	「できるよ… 向こうでだって、適当にやってきたんだ」
179	春希	Haruki	「適当じゃ駄目なんだよ。 もうすぐコンサートなんだ。 万全で臨まないと」
180	かずさ	Kazusa	「万全だよ。 お前が心配することなんか何も…」
181	春希	Haruki	「食事は？ ちゃんとバランスよく三食摂れるか？」
182	かずさ	Kazusa	「約束する。 ちゃんと朝昼晩食べるから。 …野菜多めで、糖分控えめで」
183	春希	Haruki	「両手のケアは？ 怪我と付き合いながらやっていく必要があるんだぞ？」
184	かずさ	Kazusa	「毎日、練習終わったら病院に行く。 湿布だってこまめに替える」
185	春希	Haruki	「マスコミ対策は？ 失礼な奴らに囲まれてもにこやかに対応できるか？」
186	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
187	春希	Haruki	「ほら見ろ、やっぱり信用できない。 だからマネージャーが必要だって言ってるんだ」
188	かずさ	Kazusa	「そんなものいらない！ 一人でなんとかできる！ 少なくとも、お前だけはもういらない！」
189	春希	Haruki	「そう言っといて この前のコンサート、失敗したくせに」
190	かずさ	Kazusa	「っ、あれはお前が来てくれなかったから！ ………ぁ」
191	春希	Haruki	「ほらな？」
192	かずさ	Kazusa	『どうして、 あたしのピアノを聴いてくれなかったんだ…』
193	春希	Haruki	「かずさがそう言う限り、 俺は俺の万全を尽くす。 …今度こそ、お前の側にいる」
194	かずさ	Kazusa	「………っ」
195			それは、傲慢もいいところの… 思い上がりも甚だしい発言にも程があったけど。
196			それでも、かずさには思いっきり通用してしまうという、 辛くて、そして嬉しい事実がそこに見て取れた。
197	春希	Haruki	「だから、お前はあの部屋にいていいんだ。 コンサートが終わるまで、いていいんだよ」
198	かずさ	Kazusa	「コンサートが…終わるまで」
199	春希	Haruki	「ああ…」
200			コンサートが終わるまでは、 かずさの側を、離れない。
201			それは、取りも直さず、 コンサートが終わったあとの約束をしないという意味でも…
202	かずさ	Kazusa	「なんで…」
203	春希	Haruki	「コンサート、成功して欲しいからだよ。 お前の凄さ、日本の人たちにわかって欲しいからだ」
204			かずさは、その言葉の持つ欺瞞に気づいてる。 未だに俺が一歩退いてることに気づいてる。
205	春希	Haruki	「お前にもう一度、 日本を好きになってもらいたいからだよ…」
206	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
207			けれどもう、そこはもう割り切るしかない。
208			たとえ、俺の卑怯な態度を見透かされても、 そのことで愛想を尽かされたとしても。
209			そんな最低な俺を隠れ蓑にしてでも、 今だけは知られてはならない真実があるから。
210	かずさ	Kazusa	「………た」
211	春希	Haruki	「え？」
212			そして、そんな俺をかずさは…
213	かずさ	Kazusa	「鍋は飽きた。カレーももう沢山だ。 …肉が食べたい。分厚いステーキが」
214	春希	Haruki	「かずさ…」
215			もう少しの間だけ受け入れてくれた。
216	春希	Haruki	「そっか、ステーキか。 うん、そんなの朝飯前だ。 …いや、そんな時間に食うものじゃないけど」
217	かずさ	Kazusa	「お前、ステーキをなめてるんじゃないだろうな？ ただ肉を焼くだけであたしが満足するとか思うなよ？」
218	春希	Haruki	「任せとけ、レアもミディアムもウェルダンもお手の物だ。 なんならフランベだってやってみせるぞ。 …やったことないけどな」
219	かずさ	Kazusa	「…甚だ不安だけど、お手並み拝見といこうか」
220	春希	Haruki	「よし、なら今日はデパ地下寄っていい肉買おうぜ？ 奮発してサーロインの高いのを…」
221	かずさ	Kazusa	「だからお前は貧乏人だって言うんだ。 どうしていい肉と言いながらサーロインなんだ」
222			まだ必要だと思ってくれたのか、 それとも単に面倒くさくなったのか、 未だに細かい気持ちは掴めないけれど。
223			それでもまだ、俺のお節介を受け入れてくれる。 …かずさにとっては拷問でしかないはずの、その行為を。
224			だから俺は、全力で… 心の底から本気で、かずさを苦しめてみせる。
225			日本最後のコンサートまで、あと三週間…
226	かずさ	Kazusa	「…あと、デパ地下寄るなら、 ラスカルのなめらかプリンを一ダース」
227	春希	Haruki	「甘いもの控えるって言ったよなつい一分前」
228			俺とかずさと曜子さんの、 いつ、どこから崩れるかもわからない、 嘘と偽善と応急処置にまみれた綱渡りが始まる。
229			『練習再開』
230			『今日は、ちょっとだけ前向きな報告。 かずさが練習を再開してくれた』
231			『まだ怪我は完治してないけど、 ほとんど痛みはなくなったみたいだから、 これからは勘を取り戻しつつ治していくらしい』
232			『これでいい方向に向かっていってくれたらいいなって、 心の底からそう願ってる』
233			『雪菜にも、今まで心配かけたと思うけど、 とりあえず一歩前進したことを喜んでくれたら嬉しい』
234			『…なんて、いいことを先に言ってしまって、 この後の話がとても言いにくくなってしまったけれど…』
235			『今年の雪菜の誕生日… もしかしたら俺、祝えないかもしれない』
236			『今は、かずさをコンサートに集中させるために、 俺の力が必要な時だと思ってる』
237			『思い上がりも甚だしいかもしれないけれど、 それでも今、手を抜くわけにはいかないんだ、ごめん』
238			『とりあえず、先に謝っておく。 それじゃ、また』

Script Chart

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