White Album 2/Script/3907

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1	春希	Haruki	「弁当、買ってきたぞ」
2	かずさ	Kazusa	「幕の内二つって…なんて面白みのない奴」
3	春希	Haruki	「しょうがないだろ、 他はほとんど売り切れだったんだから」
4	かずさ	Kazusa	「ほとんど売り切れってことは、少しはあったんだろ？ せめて同じの二つじゃなくて、 二種類買ってくる気持ちの豊かさはないのかよ？」
5	春希	Haruki	「駅弁くらいどうだっていいだろ… どうせ大して美味くもないんだから」
6	かずさ	Kazusa	「駄目だ春希… お前、旅の醍醐味って奴を全然わかってない」
7	春希	Haruki	「そうか？」
8	かずさ	Kazusa	「違う種類の弁当をお互い覗き込んで、 相手のおかずを羨ましがったり、 交換したりしながら食べるのが楽しいんじゃないか」
9	春希	Haruki	「…今までのお前の態度のどこに そんな微笑ましい豊かさがあったんだよ？」
10	かずさ	Kazusa	「いいか？　これはツアーじゃないんだぞ？ 自分たちが楽しもうって自発的に考えなくちゃ、 楽しい旅なんかできないんだぞ？」
11	春希	Haruki	「そんなことはわかってるけどさ…」
12	かずさ	Kazusa	「…ま、買ってきたものは仕方ないけどさ。 次からは気をつけてくれよな」
13	春希	Haruki	「…わかったよ。 俺が悪かった」
14	かずさ	Kazusa	「それと、これ飲み物。 なかなか見つからなくてさ、 一番奥の売店まで探しに行ったよ」
15	春希	Haruki	「………なんで二つともＭ○Ｘコーヒーなんだよ？」
16	かずさ	Kazusa	「美味いからに決まってるだろ」
17	春希	Haruki	「楽しい旅をする気があるのか！？ つかこんなものが弁当に合うか！」
18			昨夜約束した通り 俺たちは、空が明るくなったらすぐ出発… という訳にはいかなかった。
19			かずさがほとんど準備できていなかったのは当然としても、 俺の方も、いつもなら前日に済ませておくはずの旅支度が、 目覚めた時には何一つ終わっていなかった。
20			…眠るまで、愛しあうのに忙しかったから。
21	かずさ	Kazusa	「なぁ、漬物やるからデザートよこせよ」
22	春希	Haruki	「血圧が心配だからいらない。 お前も血糖値を心配しろ」
23	かずさ	Kazusa	「あたしが少しでも楽しもうと工夫してるってのに お前って奴は…」
24	春希	Haruki	「あ、この煮物いける…」
25			それだけでなく、 出発してから昼過ぎの今までも色々と無駄を重ねた。
26			乗り換えのホームを探しているうちに、 一時間に一本の急行を逃してしまったり、 乗り継ぎ駅を間違えて、一駅戻ることになったり。
27			いつもの俺なら、出かける前に時刻表をチェックして、 最短の経路と乗り継ぎ時間で効率的に移動してたけど…
28			今日の俺たちは、そういう『効率』という言葉を 完全に頭の中から追い払っていた。
29			『今日中に宿に着けばいい』 そう、二人で決めたから。
30			時間はたっぷりある。 二人きりで過ごすこの旅に、決まった期限なんかない。
31			だって俺たちは… ずっと一緒にいるって約束したんだ。
32			コンサートが終わっても。 俺たちが一緒にいる理由がなくなっても、ずっと…
33			………	.........
34			窓の外は、だいぶ建物が減ってくるにつれ、 畑や田んぼが広がる田園風景が増えてきた。
35			南末次から、すでに三回電車を乗り継ぎ、 東京から脱出してそろそろ一時間…
36	かずさ	Kazusa	「冷凍ミカン食べる？」
37	春希	Haruki	「…この寒いのになんてもの買ってやがる」
38			駅の売店で懐かしのアイテムを取り扱ってたりする ローカル線の各駅停車は、ゆっくり走ってゆっくり停まり、 俺たちの、なんとなく決めた目的地に向かって進む。
39	かずさ	Kazusa	「食べるの？ 食べないの？」
40	春希	Haruki	「食べない。 今そんな冷たいもの食ったら腹こわすって」
41			あらゆる意味で無計画な、衝動的な旅に対しての 高揚感、焦燥感、期待感、倦怠感。
42			そんな、様々に入り混じった複雑な感情を 心に秘めながら。
43	かずさ	Kazusa	「じゃ、食べさせて」
44	春希	Haruki	「は…？」
45			けれどかずさにそのことを悟らせないよう、 心から楽しそうに振舞ってみせる。
46			…だって、楽しいのは本当なんだから。
47	かずさ	Kazusa	「春希が皮剥いて。 で、一房ずつ、あ～んって」
48	春希	Haruki	「そ…んなことできるか！」
49	かずさ	Kazusa	「チキンめ… これだから日本人は。 向こうじゃ電車の中で平気でキスしてるぞ？」
50	春希	Haruki	「別に照れてるんじゃないからな！ この寒いのにそんな冷たいもの触れるかってことだよ。 食いたいなら自分でやれ自分で！」
51			…と、俺が色々抱えるのとは対照的に、 かずさは、こんな衆人環視の中、 いつも以上に積極的だった。
52	かずさ	Kazusa	「お前、指先が命のピアニストに あろうことか冷凍ミカン剥かせようってのか？ これだから素人は…」
53	春希	Haruki	「…やっぱ指先冷やすのそんなに駄目なのか？」
54	かずさ	Kazusa	「いや、黄色くなるだろ」
55	春希	Haruki	「………………貸せ」
56			そして、いつもと同様にワガママだった。
57			………	.........
58	春希	Haruki	「ほら、剥けたぞ」
59	かずさ	Kazusa	「『あ～ん』は？」
60	春希	Haruki	「食え」
61	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
62	春希	Haruki	「………」	"........."
63	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
64	春希	Haruki	「お前、久々に自己中モードだな…」
65	かずさ	Kazusa	「何が悪い」
66	春希	Haruki	「………」	"........."
67	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
68	春希	Haruki	「………ぁ～ん」
69	かずさ	Kazusa	「んむっ」
70	春希	Haruki	「っ…」
71			まるで池の水面にエサを差し出した時のコイのように。 …なんて言うとかなり喩えが悪い気もするけど。
72	かずさ	Kazusa	「ん、んぷ………んく」
73	春希	Haruki	「お、おい…」
74			それでも、そんな表現が妥当と思えるくらい、 かずさは俺の指を、すごい勢いで咥えた。
75	かずさ	Kazusa	「んむ、んく…冷た」
76	春希	Haruki	「だから言っただろ」
77	かずさ	Kazusa	「次」
78	春希	Haruki	「腹壊すぞ？」
79	かずさ	Kazusa	「黙って剥け。 お前は『あ～ん』だけ言ってればいいんだ」
80	春希	Haruki	「………」	"........."
81			どんな羞恥プレイだ、これは…
82	かずさ	Kazusa	「早く、早く」
83	春希	Haruki	「あ、あ～ん…うわっ！？」
84	かずさ	Kazusa	「んっ、んく…ちゅぷ…あ、んむ…むぅ」
85			…なんて、『あ～ん』ごときが羞恥だなどと 俺もどうやら相当に甘かったらしい。
86	かずさ	Kazusa	「ちゅぅぅぅ…はぁ、あ、あむ…ん、ぷ…ぷぁ。 はぁ、はぁ、はぁ…もいっこ」
87	春希	Haruki	「………お前」
88			わざとだこいつ…明らかに。
89			目的は既に食べることではなく、 甘えることも、その全てではなくて…
90	かずさ	Kazusa	「春希、春希…早くぅ」
91	春希	Haruki	「………………あ～ん」
92	かずさ	Kazusa	「んぅぅぅっ、んむっ、ちゅぅぅ…ぷぁ… あ、んむ…れろ…はぁぁ、あ、んっ」
93	春希	Haruki	「あ、あ、あ…かずさぁ」
94	かずさ	Kazusa	「んぷっ」
95	春希	Haruki	「はぁぁぁっ… は～、は～、はぁぁぁぁ～」
96			俺に、羞恥心を抱かせること… それこそが、最大にして最凶の、かずさの悪戯。
97	かずさ	Kazusa	「どうだ春希…？ 悪くないだろ、こういうの」
98	春希	Haruki	「か、かずさ…」
99	かずさ	Kazusa	「今は、ここまでだけどさ… 後で、他のものも咥えてやるからな…？」
100	春希	Haruki	「～～～っ」
101	かずさ	Kazusa	「………もいっこ」
102			キスしてる方がまだ恥ずかしくない…
103			周囲はきっと、この前の駅前の時以上に、 『やってらんね～』って目で見てるんだろうな。
104	春希	Haruki	「あ～ん」
105	かずさ	Kazusa	「ん…れろ…あ、んむ…ちゅぱ、はぁぁ…あむっ、 ん、んぅ…じゅぷ…ん、んむぅ」
106	春希	Haruki	「…ぁ、ぁぁ…っ」
107			いつも以上に積極的、どころの騒ぎじゃなかった。
108	かずさ	Kazusa	「もいっこ」
109			かずさは、こんな衆人環視の中、 とっくに全開になっていた…
110			………	.........
111	曜子	Youko	「ありゃりゃんりゃん…」
112	美代子	Miyoko	「社長」
113	曜子	Youko	「これは…ちょっとだけマッズいかなぁ～？」
114	美代子	Miyoko	「社長…」
115	曜子	Youko	「あ、散らかってるからって 多分、空き巣とかじゃないわよ？」
116	美代子	Miyoko	「社長ってば…」
117	曜子	Youko	「わたしが察するに、 この部屋をここまで散らかしたのはかずさ自身…」
118	美代子	Miyoko	「社長！ あなた知ってたんじゃないですか彼女の滞在先！」
119	曜子	Youko	「知らないわけないでしょぉ？ 雇い主兼母親なんだから。 大体、ここ契約したのわたしだし」
120	美代子	Miyoko	「だ、だったら隠さないで教えてくださいよ！ 私がどれだけ探し回ってたかわかってるんですか！？」
121	曜子	Youko	「それよりも美代ちゃん… この部屋の惨状を見て何か気づくことはない？」
122	美代子	Miyoko	「誤魔化さないでください。 いっつもそうやってなぁなぁで済まそうとする！」
123	曜子	Youko	「…いい所に目を付けたわね。 そう、散らかっているのは服だけ。 この押し入れタンスにあったものよ」
124	美代子	Miyoko	「で、誰と話してるつもりですか？」
125	曜子	Youko	「多分、急いで服を持ち出したのね。 あの子もわたしと同じで片づけるの苦手だし」
126	美代子	Miyoko	「はぁ…もういいです。 それで、つまりどういうことなんでしょうか？」
127	曜子	Youko	「つまりね… 今あの子の手元には、服があるってことよ。 それも、どうやら数日分の」
128	美代子	Miyoko	「………そこから先は想像したくないんですけど」
129	曜子	Youko	「これらのことから察するに… どうやらかずさは、旅に出てしまったようね」
130	美代子	Miyoko	「ほんっと人の意見聞いてくれないんだから…」
131	曜子	Youko	「話は変わるけど… 美代ちゃん、わたしこの前、 コンサート直前に男と逃げた話、したわよね？」
132	美代子	Miyoko	「は、はい。 けどそれが………え？」
133	曜子	Youko	「あの子ってやっぱり、 思いっきりわたしの娘…ってことなのかしらね？」
134	美代子	Miyoko	「やめてやめてやめて！　や～め～て～！」
135	曜子	Youko	「お～いギター君～、 君はウチの娘をどうするつもりなんだ～？ ちゃんと責任取る気あるんだろうな～？」
136			………	.........
137	春希	Haruki	「かずさ」
138	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
139	春希	Haruki	「かずさ、かずさってば。 起きろ」
140	かずさ	Kazusa	「ん？　ん～…」
141			喧嘩腰の昼食の時間も、 激しすぎるデザートの時間も、 少し甘めの雑談の時間も経て。
142			最近、十分に寝転がってはいるけど睡眠不足がたたって 俺の肩に頭をもたれて居眠りしていたかずさを、 右手でつついて優しく起こす。
143	春希	Haruki	「そろそろ目、覚ましとけ。 …俺の○ックスコーヒー飲むか？」
144			どうして右手かというと、 ただ、左手はしっかり繋がれてたからってだけ。
145	かずさ	Kazusa	「あ、あれ…もう着いた？」
146	春希	Haruki	「いや…まだあと一時間はかかる」
147	かずさ	Kazusa	「けど、もう夜…」
148	春希	Haruki	「トンネルだよ」
149	かずさ	Kazusa	「あ…」
150			目をしばたたかせ、 ゆっくりと車内の景色を視界に納めていき、 ついでに意識を覚醒させていく。
151			窓の外は、かずさが夜と誤解するくらい真っ暗だったけど、 周期的に目に入るかすかな灯りが、 その景色が人口の建造物であることを示している。
152	春希	Haruki	「今は…４時ちょい過ぎ。 まだ夕方だ」
153	かずさ	Kazusa	「ふあぁ…ならなんで起こしたんだよ。 せっかくいい夢見てたのに」
154	春希	Haruki	「そうか…いい夢ならよかった」
155			何度も『春希、春希』って寝言が聞こえてた…
156	かずさ	Kazusa	「わかってくれたならもうちょっと見させてくれ。 ついでに今度はお前の膝貸してくれ」
157	春希	Haruki	「駄目、起きろっての。 もうあと少しでトンネル抜けるから」
158	かずさ	Kazusa	「い～や～だ～。 こっちもあと少しだったんだ…あとちょっとで…」
159			リアルの俺を目の前にして、 夢の俺を求めようとする態度も気に入らなかったけど。
160			というか、あとちょっとで何が起ころうとしてたんだ？
161	春希	Haruki	「どうして俺が今お前を起こしたのかわかんないのか？ お前、川端康成とか読んだことないのか？」
162	かずさ	Kazusa	「誰だそれ…指揮者？　作曲家？」
163	春希	Haruki	「っ…黙って窓に貼りついてろ！ そしてずっと外を見てろ！」
164	かずさ	Kazusa	「あ、こら！ 何すんだ春希、冷たっ！」
165	春希	Haruki	「ほらもうすぐ出るぞ。 ３…２…１…」
166	かずさ	Kazusa	「や～め～ろ～…っ！？」
167	かずさ	Kazusa	「………ぁ」
168	春希	Haruki	「ほら、な？」
169			そこは、康成の言う『雪国』とは、 正確には違う場所ではあったけど…
170			でもそこには、傾いた夕陽も、 空の青さも、木々の緑も、大地の土色もなく。
171			白い空、白い木々、白い大地がそびえ… そして、厚い雲に隠された夕陽は、 存在そのものを否定されていた。
172	かずさ	Kazusa	「雪、だ」
173	春希	Haruki	「ああ…」
174			雪、だった。
175	かずさ	Kazusa	「真っ白、だ」
176	春希	Haruki	「うん…」
177			最後に二人で見たのは、 あのストラスブールの夜。
178			そして最初に見たのは、 あの、五年前の、クリスマスの…
179			二人じゃなく、三人の夜の…
180	かずさ	Kazusa	「『ＷＨＩＴＥ　ＡＬＢＵＭ』の…」
181	春希	Haruki	「白い、雪だ…」
182			それは、あの時と同じで、 決して街に降り積もったものではなかったけれど。
183			ただ、あの時と同じだからこそ、 ぼうっと窓の外を見上げる俺たちには、 余計に懐かしく、嬉しく…
184			そして、辛く、悲しく…
185	かずさ	Kazusa	「来たんだな、ここまで… 来ちゃったんだな、あたしたち」
186	春希	Haruki	「いや、まだだ… 駅を降りて、タクシーに乗って… 目的地に着くまでが、俺たちの旅だ」
187			来て、しまった。
188			そんな、かずさが思わず漏らした言葉に、 俺は、反論なんかできるわけがなかった。
189			決めたのは、かずさ。 反対しなかったのは、俺。
190			知らない土地じゃない。 それどころか、あまりにも挑発的で、 あまりにも短絡的な、俺たちの目的地。
191	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
192	春希	Haruki	「………」	"........."
193			さっきから俺の左手を離さなかったかずさの右手に、 ますます強い力がこもる。
194			言葉を交わさずとも、 俺たちは、今の気持ちを交換しあう。
195			『さっきまでのふざけあってた二人』とは違う、 今の俺たちの気持ちを。
196			陽が昇ってる間は、 皆が見ている中では、 俺はまだ、常識人を『演じること』ができていた。
197			けれど陽が沈むにつれ、 俺たちの視界から人々が消えて行くにつれ、 今までの、正しい俺は沈んでいく。
198			そして、完全に陽が沈み、 世界にかずさと俺の二人だけが取り残されると…
199			後は、世界から背を向けた、本物の俺の登場、だ。
200			………	.........
201			……	......
202			…	...
203	仲居	Waitress	「それでは お食事がお済みになりましたらまたお呼びください。 あと、露天風呂の方は朝の５時まで入れますので」
204	春希	Haruki	「は、はい」
205	仲居	Waitress	「では、ごゆっくりどうぞ」
206	春希	Haruki	「あ、ありがとうございま…す」
207	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
208			目の前で煮える鍋が、 いい匂いのする湯気を部屋にまき散らす。
209	春希	Haruki	「食べよ…か」
210	かずさ	Kazusa	「あ、うん」
211			昼間に駅弁一つ食べただけの俺たちは、 この美味そうな匂いに、大いに胃腸を刺激されている。
212			…なのに、料理を目の前に硬直し、 なんとなく箸が付けられない。
213	春希	Haruki	「変わってないな、料理」
214	かずさ	Kazusa	「うん…」
215			そう、変わってない…
216			刺身に天ぷらに茶碗蒸し。 鍋に張られた薄味のダシの中で、 ぐつぐつと煮える鶏団子。
217			俺たちは、この料理が美味いと知っている。 …もしかしたら、思い出補正もあるかもしれないけど。
218	春希	Haruki	「それじゃ、その… い、いただきます」
219	かずさ	Kazusa	「…いただきます」
220			決めたのは、かずさ。 反対しなかったのは、俺。
221			知らない土地じゃない。 それどころか、あまりにも挑発的で、 あまりにも短絡的な、俺たちの目的地。
222			そう、ここは五年前の… あのクリスマスの夜の、宿。
223	春希	Haruki	「そうだ… ビール、飲むか？」
224	かずさ	Kazusa	「ん…じゃあ一杯だけ」
225			雪菜が予約した、あの宿。 俺たち三人の、思い出の場所。
226			目もくらむような背徳、酷すぎる裏切り。 雪菜に対しての、最低最悪の行為。
227			けれど俺たちは、ここを外せなかった。
228			だってここは、この場所は…
229	春希	Haruki	「じゃあ…何に乾杯しようか？」
230	かずさ	Kazusa	「…二人に」
231			俺とかずさが、正しい二人でいられなくなった… 二人の恋が一度終わった場所…
232			そして俺とかずさの『過ちの始まり』の場所だから。
233	春希	Haruki	「うん…二人に」
234	かずさ	Kazusa	「乾杯」
235	春希	Haruki	「乾杯…」
236	かずさ	Kazusa	『あの時は、メリークリスマス、だったな』
237	春希	Haruki	『やってたことは忘年会だったけど、な』
238			………	.........
239	かずさ	Kazusa	「やまないな、雪…」
240	春希	Haruki	「それが望みだったろ？ 辺り一面の雪、空から降りてくる雪、 どっちも満載だ」
241			電車の中で見た白い景色は、 ここに到着するまでずっと続いてた。
242			俺たちは、電車の窓から、タクシーの窓から、 そして旅館の窓からも、 ずっと、惚けたようにその深い雪を見つめ続ける。
243	春希	Haruki	「もう一本、行くか？」
244	かずさ	Kazusa	「そうだな…もらうか」
245	春希	Haruki	「お前、ビールじゃ物足りないんじゃないか？ 日本酒でも頼もうか？」
246	かずさ	Kazusa	「ブルーハワイ…ないよなぁ？」
247	春希	Haruki	「…季節と場所を考えろ」
248	かずさ	Kazusa	『あの時も、随分飲んだよなぁ』
249	春希	Haruki	『お前がシャンペンなんか持ち込むから』
250	かずさ	Kazusa	『みんな、ぐでんぐでんだった』
251	春希	Haruki	『でも…楽しかった』
252	かずさ	Kazusa	『そんなの…お前たちだけだ。 あたしは、あの時からとっくに苦しかった』
253	春希	Haruki	『………ごめん』
254			………	.........
255	かずさ	Kazusa	「ふぅ…」
256	春希	Haruki	「もう、片づけてもらうか？ 仲居さん呼んでいいか？」
257	かずさ	Kazusa	「その前に…もう少しだけこのままでいさせてくれ」
258	春希	Haruki	「ん…」
259			最初は差し向かいだった俺たちは、 酒と料理が尽きた頃には、 隣り合って身体を寄せていた。
260			なんて、今日は電車の中からずっと… いや、最近は朝から晩までずっとしてること。
261	春希	Haruki	「な… 明日、どこ行こうか」
262	かずさ	Kazusa	「どこも行かない。 ずっとここにいる」
263	春希	Haruki	「わかった…」
264			即座に帰ってきた、旅先とは思えない行動予定。
265			けれど俺も当然のように、 その、俺たちのいつも通りの行動を受け入れる。
266	かずさ	Kazusa	「チェックアウト…明後日だっけ？」
267	春希	Haruki	「さっき確認してきたけどさ、 延長、ぜんぜん平気だって。 何日でもどうぞって…」
268	かずさ	Kazusa	「大丈夫かよこの宿…」
269	春希	Haruki	「ま、観光地からは遠いし、スキー場へも微妙だし、 温泉目当ての客くらいしか来ないんじゃないのか？」
270	かずさ	Kazusa	「それ、ちっとも大丈夫だって言ってないだろ」
271	春希	Haruki	「だからこそ… 今の俺たちにとっては、かなり大丈夫だろ？」
272	かずさ	Kazusa	「………まぁな」
273	春希	Haruki	「何日でも、ここにいていいんだぞ…？ 俺、一応その程度の貯金なら」
274	かずさ	Kazusa	「金のことであたしに見栄張ろうとするな。 お前が一番よく知ってるだろそんなこと」
275	春希	Haruki	「それでも、さ… 男ってのは、そういう見栄張りたがるもんなんだよ」
276	かずさ	Kazusa	「馬鹿馬鹿しい… お前一人くらい、あたしだって養える。 身の程を知れ」
277	春希	Haruki	「………」	"........."
278	かずさ	Kazusa	「そういう意味で… 言ったんじゃないからな」
279	春希	Haruki	「…ごめん。 言ってる意味、わかんないから」
280	かずさ	Kazusa	「そっか…」
281	春希	Haruki	「うん…」
282	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
283			俺の肩にかかっていたかずさの頭の重みがふっと消える。
284	春希	Haruki	「温泉…入りに行くか？」
285	かずさ	Kazusa	「もうちょっとしたら…もうちょっと」
286	春希	Haruki	「ん、そっか…」
287	かずさ	Kazusa	「なぁ、春希…」
288	春希	Haruki	「なんだ？」
289			かずさが俺を、斜め上から見上げてる。
290			それは、いつもの行動パターンに照らし合わせると、 あまりにもあからさまで、 あまりにも強引な展開で。
291	かずさ	Kazusa	「今日、まだキスしてない」
292	春希	Haruki	「…だっけ？」
293			そして、あまりにも予想と理想に近いおねだりだった。
294	かずさ	Kazusa	「朝、慌ただしく旅支度して、 昼はずっと電車で移動してて、 夜は…今のところ、ご飯食べただけ」
295	春希	Haruki	「そういえば…そうだな」
296	かずさ	Kazusa	「ずっと…キスしてない」
297	春希	Haruki	「…悪かった」
298	かずさ	Kazusa	「うん、お前が悪い…ん、んぅ…ちゅ、ぷ」
299	春希	Haruki	「ん…は、あぁ…」
300	かずさ	Kazusa	「ん、んぅ…春希、春希… は、あぁ…んぅぅ…ちゅ、ぷぁ、ぁ…」
301	かずさ	Kazusa	『五年前、さ…』
302	春希	Haruki	『ん…？』
303	かずさ	Kazusa	『ここで誓ったのにな…永遠の友情。 なのに結局、壊してしまったな』
304	春希	Haruki	『俺が悪いんだ』
305	かずさ	Kazusa	『一人で抱え込まないでくれよ…春希。 お前がそう言ったからって、 あたしの罪、軽くなる訳じゃないんだぞ？』
306	春希	Haruki	『かずさ…』
307			そんなふうに俺たちは、 口では、他愛もない言葉でお茶を濁し…
308			けれど視線を交わすだけで、 もう一つの、本当の会話を成立させる。
309			咎人たちの、とても口には出せない、 辛く、痛く…そして悦びにまみれた心の触れ合いを。
310			………	.........
311	かずさ	Kazusa	「ん、ちゅぷ…」
312			しばらくゆっくりした後、 温泉につかりに行き。
313			……	......
314	かずさ	Kazusa	「んぅぅ…はぁ、ぁ、あむ…」
315			二人揃って部屋に戻った時には、 もう、布団は敷かれていた。
316			それも、ぴったりとくっつけて。
317			…	...
318	かずさ	Kazusa	「んぅぅぅぅっ、ん、んぐ…んむ、ぁ… はぁ、ぁ、ああああっ」
319	春希	Haruki	「ん…れろ、は、あ、んむ…あ、ぁぁ」
320			だから、俺たちはもう、何も遠慮することはない。 後は、身体を触れ合わせるだけ。
321			全身の全てを、全身の全てとこすり合わせ、 互いの温かさと、匂いと、体液を擦りつける。
322	かずさ	Kazusa	「はぁ、ぁ、ぁぁ、ああんっ、ん、んぅ… んぷ…あ、はぁぁ、あっ、や、やぁ…」
323			いつもと違う、白い景色の中…
324			いつも以上に深く、強く、たくさん… 俺たちは、重なる。
325	かずさ	Kazusa	「はぁ、はぁぁ…あ、んむ… は、春希…お前、今夜は…すごいぞ？」
326	春希	Haruki	「か、かずさだって…んっ、く…あぁ…」
327	かずさ	Kazusa	「はぁぁんっ、ん、んく…だ、だって… あ、朝から…ずっと、お預け食らって…っ」
328	春希	Haruki	「お、俺も…んぅぅぅっ、ん…じゅぷ…ぁ」
329			朝からこういうことしないのは、 本当ならお預けでもなんでもないはずなのに…
330			ここ一週間の俺たちは、 当然のように朝から抱き合っていたので、 たった一日で、我慢の限界を超えていた。
331	かずさ	Kazusa	「あぁぁぁっ、あっ、あっ…や、こら…はぁぁ… お、お前…それ…ふぁぁぁぁっ」
332			だから、布団の上に座った瞬間、 かずさはあっという間に欲情して、 俺の上にまたがってきた。
333			俺も嬉々としてかずさのはしたない光景を受け入れ、 その浴衣の裾をまくり上げると、 白いレースの下着がまぶしく挑発してきた。
334			どうせすぐに脱がされるってわかってて、 それでもかずさはきちんと穿いてきた。
335	かずさ	Kazusa	「あぁぁ、だ、だめ、だ… それ…お前、そのまま、なんて…ふぁぁぁんっ」
336			なら俺は、その挑発に応えるべく、 下着ごとかずさを舐め上げる。
337			クロッチの部分に舌を押し当て、 布越しに膣内に差し込むように激しく責め立てる。
338	かずさ	Kazusa	「あぁぁぁぁっ、ああっ、あっ、や、め… 春希…あ、んぷ…れろ…ん、ちゅ…ぅぅ」
339			滑らかなナイロンの布に、俺の唾液が染み込み、 かずさの秘肉の色を徐々に浮かび上がらせる。
340			と、かずさもようやく自分の欲求を思い出したのか、 俺の先端に、すぼめた舌を突き刺すように押しつける。
341	かずさ	Kazusa	「ぇろ…ん、ちゅぷ…あ、んむ…じゅぷ… ん、んく…ちゅぅぅぅ…ん、んぅぅぅぅっ」
342			亀頭の周囲をこねくり回すように舐め上げ、 先端の小さな穴をこじ開けるように舌先を突っ込み、 そこから溢れ出す透明な粘液を舌に載せ、唇で吸い上げる。
343	春希	Haruki	「あ、あっ…はぁぁ、あ、くぁ…」
344			ここ数日でめきめき上達した舌使いが、 俺の愛撫を妨げるように快感を送り込む。
345			けれどそれは諸刃の剣で、 かずさは俺を愛撫するだけで、 自分も高まっていってしまうから…
346	かずさ	Kazusa	「やあぁぁっ、あっ、んむっ、あ、ん、む～っ、 んっ、んっ、んっ…いぅぅぅんっ、ん～っ」
347			俺のものを口の中に咥え込みながら、 自分の下の口からだらしなく液を垂れ流し、 結局、それを俺の舌先で拾われ、激しい声を漏らす。
348			だから俺は、もっと主導権を握るため、 かずさの下着をずらし、やっと直接舌を触れさせる。
349	かずさ	Kazusa	「んくっ、んぷっ、ぷぁっ、あ、あああっ… あぁぁぁ、や、やぁ…は、はいって…んぅぅっ」
350	春希	Haruki	「んっ、んぷ…は、あ、んむ…ぅぅ…」
351			かずさの穴の奥に舌を潜り込ませ、 そのあまりの熱さとぬめりに蕩けそうになりながらも、 激しく舌を動かして、中の液体を掻き出す。
352			掻き出した液を舌先に溜め、口の中に導き、 喉を鳴らして飲み込む。
353	かずさ	Kazusa	「うぁっ、あむぅ…む、んっ、んく…ぷぁっ、 あああああっ、あ～っ！　やぁぁぁんっ、ん、く…」
354			けれど、どれだけ掻き出しても、飲んでも、 次から次へと、温泉のように湧き出してくる。
355			俺が鉱脈を見つけ、俺が掘り出し、 そして俺が溢れさせた、俺だけの泉…
356	春希	Haruki	「ん、んくっ、む、あ、ぁぁ… ちゅぅぅ…ん、く…ぷぁ、あ、はぁぁ、かずさ…」
357			だから、俺だけの幸福に浸ろうと、 また激しく舌を動かし、かずさをほじる。
358	かずさ	Kazusa	「は、春希、春希ぃ… あ、あ…あたし…こんな、やらし…ふぁぁぁぁっ、 あ、あ…あ～っ、あぁぁぁぁぁ～っ！」
359			そんな俺の求めに応えてくれるかのように、 かずさの膣がびくびくと痙攣し、俺の舌に刺激を与える。
360			…少し、達したらしい。
361	かずさ	Kazusa	「は～、はぁぁぁぁ～、あ、あむ…ん、むぅ… あ、ぷぁ…はぁ、あむ…ちゅぷ…ん、んぅ…」
362			けれどかずさは、そんな反応の後、恥ずかしそうに俯くと、 すぐに俺のものにむしゃぶりつき、音を立てて啜り始める。
363			ちょっとだけ先走ってしまったことを 気づかれたくないのかも…
364	かずさ	Kazusa	「んむっ、ん、く、ぷぁぁ…ちゅぷ…あ、あむ…んくっ、 はぁぁ、あ、あ…ちゅぅぅぅ…ん、むぁ、はぁぁんっ」
365	春希	Haruki	「う、あ…あぁぁっ、あ、ん、ちゅ…ぷぅ、ぁ…ぇろ…」
366			そして今度は俺の方が一気に快感に苛まれ、 かずさに咥えられたまま、びくびくと腰を動かしてしまう。
367			だからって一気に逆転されるのも男として恥ずかしいから、 今度は舌先をかずさの先端に押しつけ、 さっき自分がされたみたいに、周囲をこねくり回す。
368			俺の舌先で、かずさのクリトリスが剥き出しにされ、 そのまま押し潰され、転がされ、吸い上げられる。
369	かずさ	Kazusa	「ふあぁぁぁんっ、いっ、い…痛…ぁぁ… は、春希、それ、刺激強すぎ…やぁぁんっ」
370	春希	Haruki	「ちゅぅぅ…んぷっ、ぷぁっ、あ…んぅ、 んっ、んぅぅ…ぷぅっ、あ、れろ…んっ」
371			かずさが戸惑いと違和感の声を上げたけど、 構わずに弄り回し、さらに大きな音を立てる。
372			唾液を一度、かずさの中に流し込み、 すぐに激しく吸い出し、かずさのと一緒に啜る。
373			そしてすぐにまた流し込んでは啜りを繰り返し、 かずさの恥ずかしいところをびしょ濡れにしていく。
374	かずさ	Kazusa	「んっ、んぅっ、むぅぅ…ぷはぁっ、ぁ… は、春希…あたしだけじゃなくて…さぁ…っ、 あ、あ、あ、あ…あぁぁぁぁ～っ」
375	春希	Haruki	「ん、んぷ…く…っ、 なら、もっと激しく…かずさ」
376	かずさ	Kazusa	「や、やるよ…やるからぁ… だから、春希の…くれよ…あ、んむっ… んっ、んっ、んくっ…ぷぁぁぁっ、あ～っ」
377			俺の責めに反抗するように、 かずさが更に口の動きを激しくして、 俺を責め立てる。
378			俺を、意地でも限界へと導こうとする。
379	春希	Haruki	「はぁ、はぁ、ぁ…か、かず、さっ」
380	かずさ	Kazusa	「んぷっ、んぅっ、ぷぁぁぁっ、んんっ、 ん、く、くぅっ…はぁ、ぁ、ぁぁぁ…っ」
381			かずさの舌が、口腔が、俺を咥え込み、 激しくこすり上げ、早く、早くと誘う。
382			けれど俺は、その導きに意地でも対抗したくなり、 かずさの割れ目を、さらに両手で大きく拡げていく。
383			いつもの場所だけでなく、 もっと丸くて、ボリュームのある肉の割れ目を…
384	かずさ	Kazusa	「んっ、んぅっ、んむぅぅっ…ん、んぅ…？ は、春希、そこは…っ」
385			かずさの中心より、ほんの少し後ろ… すぼまった小さな穴が、ひくひくと蠢いてた。
386	春希	Haruki	「は、ぁ、ぁ…っ」
387			かずさの… 多分、もっと恥ずかしいところ。
388			予想もしなかった俺の視線を受けて、 驚いたようにひくひくと蠢き、 軽く開いたり閉じたりを繰り返す。
389	かずさ	Kazusa	「よ、よせっ、そこは… ああああああああああっ！？」
390	春希	Haruki	「ん、れろ…ちゅ、ぷ…」
391			かずさの大きな声は、 違和感か、羞恥心か、驚愕か、 多分、そのどれもが混ざり合ったものだろうけれど。
392			今までにない、その悲鳴じみた声は、 俺の方も、限界に近づけていった。
393	かずさ	Kazusa	「ああああああんっ、んっ、や、やぁぁ… は、春希、やめて、やめてぇ…あぁぁぁぁぁんっ」
394			俺は、もちろんそんなかずさの懇願なんか聞き入れず、 その小さくて緊張している穴に、 すぼめた舌先を強めに差し入れていく。
395			さすがに一気に奥までは入らなかった。 先端の所だけでもすごい締め付けが襲いかかり、 俺の舌を、外へ外へと吐き出していこうとする。
396	かずさ	Kazusa	「な、なにすんだぁ…この、変態ぃ…あ、ぁぁ… いあぁぁぁっ、ああっ、だ、だめだってば…ひぅぅんっ」
397	春希	Haruki	「ん、んむ…ちゅぷ…む、く… か、かずさ…止めるなよ…っ」
398	かずさ	Kazusa	「お、お前は止めろぉ…っ、 ん、んぅ、んむっ、ん、ん、んんんんっ」
399			と、文句をたらたら言いながらも、 結局、俺の懇願に従い、口の動きを再開するかずさ。
400			お尻を、舐められながらも…
401	春希	Haruki	「ん、んむ…はぁ、ぁ、ぁぁ…ぷぁ」
402	かずさ	Kazusa	「ん、んんっ、ん～っ！ ぷはぁっ、ああっ、あむぅ、ん、ん…んぅぅっ」
403			穴から抜いた舌を、今度はしわの部分に這わせ、 唾液をまぶし、舌先ですくい、これも喉の奥に運ぶ。
404			かずさの反応が、今まで以上に緊張しまくりで、 俺の嗜虐心をぞくぞくと湧き立てる。
405			ここも全部… かずさの全てを、俺のものに…
406	春希	Haruki	「っ、んっ、んっ、んっ、んっ、んっ… んんんんん～っ、ん、ちゅぷ…あぁぁぁっ」
407	かずさ	Kazusa	「んんっ、んんっ、んんっ… あ、ふぁ、あ、あ、あ…あんっ、んんんんっ」
408			瞬間、膨れ上がった俺をかずさは敏感に察し、 一気にけりを付けようと、喉の奥まで飲み込む。
409			口いっぱいに頬張り、横にぐりぐりと動かし、 喉を絞るように締めつけて、 俺の先端を押し潰し…
410	春希	Haruki	「あ、あ、あ、あ、あ…あぁぁぁぁぁっ！」
411	かずさ	Kazusa	「んむぅぅぅぅっ、んんっ、ん～っ！？ ぷぁっ、ああああぁぁぁぁぁぁっ…」
412			そして俺は、その喉の隙間に、 大量の精液を放出した。
413	かずさ	Kazusa	「んぶぅっ、んっ、んぅぅぅぅっ… あ、けほっ、こほっ、う、うぶっ…むぅんっ」
414			一気に喉の奥に叩きつけられたかずさは、 咳き込みながらも、俺から口を離さず、 必死に喉を動かすことで受け止めようとする。
415			こくこくと喉を動かして、奥まで飲み込み、 飲みきれないものが口の端から咳とともにこぼれ出る。
416	かずさ	Kazusa	「んぷっ、あ、はぁ、はぁぁ…ぁ、ぁ… ん、ちゅ…れろ…ん、んむ、ん…」
417	春希	Haruki	「あ、あ…っ」
418			けれどかずさは、そのこぼれたものまで勿体なさそうに、 もう一度舌ですくって、口の中へと戻していく。
419	かずさ	Kazusa	「ん、む、んぅ…んく、ん、んぅ… は、はぁ、はぁぁ…ぁ」
420	春希	Haruki	「か、かず、さ…っ」
421	かずさ	Kazusa	「濃い…すごく、濃かった。 お前の…どろどろだった。 ん、んぷ…ちゅぷ…む」
422	春希	Haruki	「は、ぁ、ぁ…」
423			と、かずさは俺を更に挑発するような言葉とともに、 今放出したばかりの俺のものを、 また口の中へと戻す。
424			…そんなことしなくても、 全然、おさまってなんかいないのに。
425	かずさ	Kazusa	「ん、ちゅぷ…は、あ、あむ… ん、ん、んぅ…」
426	春希	Haruki	「あ、あ、あ… な、なぁ、かずさ…っ」
427	かずさ	Kazusa	「んぅっ、ん…んぅ？」
428			そして、いつもの約束通り、 今度は俺が上になる番。
429			けど今日は、 いつもの約束を、少しだけ破ってみたくて…
430	春希	Haruki	「あ、あのさ、今日は…ここに…」
431	かずさ	Kazusa	「………本気、か？」
432			かずさの後ろの穴に、 もう一度、口づけをする。
433	春希	Haruki	「駄目か…？」
434	かずさ	Kazusa	「変態…」
435	春希	Haruki	「それ…質問の答えになってないぞ？ ん、ちゅぷ…ん、んぅっ」
436	かずさ	Kazusa	「やぁぁぁっ、や、やめろぉ…っ、 そ、そこ…なんか、気持ち悪…ぅぁぁっ」
437			もう一度、舌を差し込み、 その、排出されるようなきつい締め付けを堪能する。
438	春希	Haruki	「駄目か…？ なぁ、駄目か、かずさ…？ ん、ん、ちゅぅぅ…ん、んく…」
439	かずさ	Kazusa	「あ、ああ、あっ… こ、ら…入れるな、そんな、あ、ぁぁ…汚いだろ…っ」
440	春希	Haruki	「全然…ん、んぷ…」
441			かずさの丸く豊かなお尻の肉に挟まれて、 俺の先端が、たった数秒で はち切れんばかりに膨らんでいく。
442	かずさ	Kazusa	「だ、だけど、だけどさ… い、痛くないのか？」
443	春希	Haruki	「え…？」
444	かずさ	Kazusa	「本当に、気持ちいいのか？ その…こんなところに入れる、なんて」
445	春希	Haruki	「そんなの…俺が知るかよ。 ん、んむ…」
446	かずさ	Kazusa	「なんだよそれ… お前、そんなの無責任…っ、 だ、だから…舌入れるな…って…っ」
447	春希	Haruki	「だって…今までしたことないんだから。 これが初めてなんだから、わかるわけないだろ」
448	かずさ	Kazusa	「馬鹿野郎、まだ許した訳じゃ…え？ ………初めて、なのか？」
449	春希	Haruki	「当たり前、だろ… こんな、相手に変態なんて言われるようなこと」
450	かずさ	Kazusa	「ないの、か？ …誰とも、したことないのか？」
451	春希	Haruki	「………かずさだけだ」
452	かずさ	Kazusa	「…まだ許した訳じゃないって言ってるだろ。 なんでできるって決めつけてるんだよ」
453			と、言いながらも、 かずさのお尻がぴくんと揺れた。
454			『誰とも』という部分に反応したのか、 『かずさだけ』の方なのか。
455			それとも、そこに隠されたもう一人に対しての 複雑な思いに駆られたのか…
456	かずさ	Kazusa	「そんなに…したいのか？」
457	春希	Haruki	「かずさの全部… 俺のものに、したい」
458	かずさ	Kazusa	「………お前のこと、変態って言うぞ？ 世界中に、言いふらすぞ？」
459	春希	Haruki	「いいよ… 正真正銘、俺は、お前に対してだけの変態だ」
460	かずさ	Kazusa	「………なんて、こんなこと許してるようじゃ、 あたしも、お前専用の変態だな」
461	春希	Haruki	「かずさ…」
462			ゆっくりと、かずさがお尻をあげて、 俺の下半身の方へとずれていく。
463			その時、かずさの胎内から、 熱い液がすこしだけ俺のお腹にこぼれた。
464			………	.........
465	かずさ	Kazusa	「ひぅっ…」
466	春希	Haruki	「…大丈夫、か？」
467	かずさ	Kazusa	「…ここで大丈夫って言ったら、 あたしの方がして欲しいみたいじゃないか」
468	春希	Haruki	「じゃ…痛いかもしれないけど、 我慢してくれな…俺のために」
469	かずさ	Kazusa	「…わかってる。 春希のためなら、どんなことでも受け入れるから」
470	春希	Haruki	「っ…あ、あぁ…ぁぁぁ…っ」
471	かずさ	Kazusa	「う、い、い、い………ぃぁぁぁぁぁぁっ！？」
472			いつもとは違い、 ものすごい締めつけが、俺の先端を襲う。
473			びくびく動く膣内と違い、 そこはひたすらぎゅっと搾り取るように、 俺のものを受け入れず、排出しようと蠢く。
474	かずさ	Kazusa	「い、い、い…かはぁっ、あっ、あぅぅ…う…っ、 う、く、くぁぁ…ん、んぅぅ…」
475			けれど、そんな俺の圧迫感なんかよりも、 きっと、かずさの異物感のすさまじさの方が…
476	春希	Haruki	「ごめん…なっ」
477	かずさ	Kazusa	「う、るさいっ… せめてお前だけでも…気持ちよくなりやがれっ」
478	春希	Haruki	「っ…あ、あぁ、かずさ…はぁぁ、あ」
479	かずさ	Kazusa	「ん、ん、ん～っ！ うあ、あぁぁ…はぁっ、あ、うく…ぅんっ、ん…っ」
480			それでも、悪態を付きながらも俺を想ってくれるかずさに、 俺はますます反応し、余計に苦しめてしまう。
481			完全に回復した俺の茎が、 ずぶりとかずさのお尻の中に埋まっていく。
482			入り口の肉が全て一緒に埋め込まれ、 唾液で濡らした部分以外も俺を包み込み、こすれていく。
483	かずさ	Kazusa	「うあああぁぁぁっ、あっ、あぁぁ…あ～っ！ い、いた、いたぁ…ふぅぅぅんっ、んっ、く、ぁ…っ」
484	春希	Haruki	「はぁぁっ、はぁっ、はぁ…く、くぅっ、 か、かずさ…力抜いて…あぁぁぁっ」
485	かずさ	Kazusa	「う、うぅんっ、そ、そんなの無理っ… あっ、あっ、あ～っ！ ひくっ、う、うぅぅ…いたぁぁぁ…ぁぁっ」
486			身体を支える腕と脚ががくがく震え、 枕に顔を押しつけ、すすり泣くように呻くかずさ。
487			その表情や反応からも、 まだ、このプレイに対しての快さを 感じ取れていないことは明白で…
488	春希	Haruki	「かずさ…やっぱ、抜こうか？」
489	かずさ	Kazusa	「そんなこと気にしてる暇があるなら、 早く自分だけでも気持ちよくなれよっ」
490	春希	Haruki	「………もっと、痛いかもしれないぞ？」
491	かずさ	Kazusa	「なら、ずっと気持ちいいって言ってろ。 愛してるって口説け。 …そしたら、あたし痛くてもイくから」
492	春希	Haruki	「～っ、あ、あ、ああ…あ…っ」
493	かずさ	Kazusa	「んっ、ん～っ、んぅぅぅぅ～っ、 あっ、あっ、あぁぁ…ああ…言え、春希っ」
494	春希	Haruki	「はぁ、ぁ…か、かずさ… お前のなか…気持ちいい…あ、ぅぁぁ…っ」
495	かずさ	Kazusa	「そうだよ…気持ちよさそうな声出せよ…っ、 あたし、それで、それだけで…あぁぁぁっ」
496			いつもそうだった… かずさは、俺の声で気持ちよくなれる。 俺の愛の言葉だけで達することができる。
497	春希	Haruki	「これでお前…全部、俺の… 俺のものだ…かずさは俺のだ…っ、 もう、触れてないところ、ないからな…？」
498	かずさ	Kazusa	「んぅぅぅぅ～っ、んっ、あ、ああっ、はぁぁんっ、 そ、そうだ…もっと…もっと言え…」
499	春希	Haruki	「愛してる…誰よりも、お前だけ…っ、 もう、もう…絶対に…はぁぁぁっ」
500	かずさ	Kazusa	「んっ、んぅっ、あぁぁ…いい、それ、すごく…っ、 はぁぁぁっ、あっ、ああぁぁぁぁ～っ」
501			かずさの尻穴が、徐々に拡がっていく。
502			俺のものに押し拡げられたせいってのもあるけれど、 多分、それだけじゃなくて…
503	春希	Haruki	「んぅぅっ、はぁっ、あ、あ…気持ち、いい… かずさ、お前…ああ、最高、だ…ぁぁ…っ」
504	かずさ	Kazusa	「んっ、んぅっ、ふぅぅんっ、ん、うん、うん…っ、 あ、あ、あたし…お前の、入れ物だから…はぁぁんっ」
505			俺の、わざとらしいまでの愛の言葉が、 俺の、おかしくなってしまったくらいの快感の喘ぎが。
506			肉体の快感以上に、 かずさを高みに昇らせていくから。
507	かずさ	Kazusa	「ふぅんっ、あぁっ、あぁぁ…い、ああ、んっ… ん、くぅ…はぁ、あぁぁ…あぅ、う、うんっ」
508	春希	Haruki	「はぁ、あ、あぁ…あああ…っ、 はぁっ、はぁっ、あぁぁぁっ」
509			穴が拡がっただけじゃなく、 徐々に滑りも良くなっていく。
510			本来は受け入れるべき場所でないにもかかわらず、 かずさの身体が、無理やり俺を許そうと 足掻いてるみたいだった。
511	かずさ	Kazusa	「あ、あ、あ…や、あぁんっ、い、あ… んっ、んっ、んっ…はぁぁ、ああ、春希…」
512	春希	Haruki	「う、ん…かずさ。 俺、俺…お前だけ…もう、お前だけしか…っ」
513			かずさの背中にのしかかり、胸に腕を回し、 その豊かな乳房を鷲掴みにして強く愛撫する。
514			両脚の太股に俺の脚をこすりつけ、 全身をぴったりと重ね、俺の律動を伝える。
515	かずさ	Kazusa	「あ、あたしの…春希は、あたしの…っ、 はぁぁっ、ああっ、あっ、あ～っ！」
516			ぬるりと、かずさのお尻に俺のが埋まり、 ずるりと、その狭い穴からはみ出してくる。
517			俺の腰に密着してるかずさの白いお尻が、 熱く蠢き、俺の全てを刺激する。
518			かずさが、全身で俺を飲み込もうとしてる。
519	春希	Haruki	「はぁっ、あっ、あぁぁ…ああっ！ い、あ、くぅっ…う、うあぁぁ…ぁっ」
520	かずさ	Kazusa	「やぁぁんっ、あんっ、んっ、んんっ、んぅっ、 あ、あ、あ、あ、あ…いぁぁんっ」
521			かずさの声が、徐々に軽快に弾んでいく。
522			最初の、重苦しい吐息とは対照的な、 突き上げられることにも悦びを見出してる、 いつものセックスの時のような喘ぎ声…
523	かずさ	Kazusa	「あああっ、ああっ、あ～っ、 春希、は、あぁ、いぃ…んぅんっ、んっ、んんっ… あ、ああ…奥、いい…あぁぁぁぁ、ん～っ！」
524			とうとう、お尻で…
525			いや、俺との全てのセックスで、 感じてくれるように、自分を作り替えた。
526	かずさ	Kazusa	「あぁぁ、ぁぁぁ、ああっ、んん、く、ぁぁ…っ、 はぁんっ、んっ、んんっ、や、あ、あ…っ」
527	春希	Haruki	「うあ、あぁぁ…あああああっ、 か、かずさ…あ、あぁぁ、んっ、 お、お前のなか…熱くて…も、もう…っ」
528			だから俺も、自然とかずさに応えられるよう、 自分を、変えていく。
529			気持ちよさそうな声を上げ、 かずさを想う心を耳元で囁き、 かずさを独占し、かずさに独占されようとする。
530	かずさ	Kazusa	「出るのか、春希…？ あたしのお尻の中、射精するのか…？ あっ、あっ、ああ…あ、ん～っ」
531	春希	Haruki	「あ、ああ…ごめん。 俺、こんなに早く… だってお前の、これ…凄…っ」
532	かずさ	Kazusa	「あぁぁぁんっ、んんっ、んく…あ、あぁ… お前の気持ちいいこと…全部、知ってるぞ？　あたし」
533	春希	Haruki	「っ…あ、あ、あ…ああああっ」
534	かずさ	Kazusa	「はぁぁっ、あっ、あ、ぅんっ… な、なにしても…いいんだ…ぞ？ あたし、お前になら…はぁぁっ、あっ、あぁぁぁんっ」
535			もう、いつものセックスと何も変わらない。
536			かずさのお尻に、俺の腰を叩きつける大きな音が 部屋中に響いてる。
537			窓の外の止まない雪も… この部屋の、五年前の光景も…
538			今の俺たちの想いを揺るがせることはできない。
539	かずさ	Kazusa	「ああっ、ああっ、あああんっ、 き、来て、春希…熱い、熱っ…はぁっ、あ、あ… あああああっ、あんっ、い、く、ふぁっ、あっ…」
540	春希	Haruki	「ああ、あああっ、ん、く…あ、あ…っ、 か、かずさ…出す…お前の…あ、あ…っ」
541	かずさ	Kazusa	「ふぁぁぁぁっ、ああっ、あっ、あ～っ！ お、大きく…あ、あ、あ…いあああああっ！」
542	春希	Haruki	「うああ…ああああああああああっ！」
543	かずさ	Kazusa	「あ～っ！ あああああああ～っ！ ああああああああああああああ～………っ！？」
544			狭いかずさの穴を、 さらに押し拡げるように…
545			ぐいっと奥まで押し進めた後、 俺は、頭の中が真っ白になるほどの射精をした。
546	かずさ	Kazusa	「うあぁぁぁぁ…ああっ、あっ、あんっ… あっ…あぁぁ…上がって…うえ…っ、 う、く…んぅぅ…はぁ、あ、ぁぁ…っ」
547			かずさのお尻が、びくん、びくんと白い肉を揺らし、 俺のものがなかで暴れている現状を晒す。
548			あらためて結合部を見つめると、 かずさのその穴は、痛ましいほどに拡げられ、 俺の暴虐を、なすすべもなく受け止めているようだった。
549	かずさ	Kazusa	「はぁ、あ、あぁぁ…あんっ、んっ、んぅぅ… うあぁぁ…いつもと違うとこ、入ってきて…ぅぇぇ…」
550	春希	Haruki	「か、かずさ…ぁぁ…」
551	かずさ	Kazusa	「んっ、んんっ…あっ…ぁぁ… は、春希、お前………今、謝ろうとしたろ？」
552	春希	Haruki	「う…っ」
553	かずさ	Kazusa	「あはは…図星だ。 お前、あたしのなかに射精した後、 いっつも後悔するもんなぁ…」
554	春希	Haruki	「そ、それは… 俺だけじゃなくて、男は大抵…」
555	かずさ	Kazusa	「ふん…余計なお世話だ。 お前に壊されるのなら、後悔なんかするもんか」
556	春希	Haruki	「っ…」
557			布団の上に、ぺたりとうつ伏せに倒れ…
558			かずさは、荒い呼吸で全身を大きく上下させ、 押し拡げられたお尻をひくひく痙攣させ…
559			けれど、そんな身体なのにも関わらず、 やっぱり言葉だけは胸を張っていた。
560	かずさ	Kazusa	「だから、謝るなとは言わないけどさ… あたし、聞き入れないからな？」
561	春希	Haruki	「………俺も、 お前と一緒に壊れても、後悔しない」
562	かずさ	Kazusa	「………………………馬鹿っ」
563			最後の言葉は、 心の底から出た、 かずさの奥に届くはずの言葉だったけど。
564			でもかずさは、一言『馬鹿』と呟いたきり、 しばらく布団から顔を上げることはなかった。
565			………	.........
566	かずさ	Kazusa	「あっ…」
567	春希	Haruki	「どうした？」
568	かずさ	Kazusa	「まだ…こぼれてくる」
569	春希	Haruki	「そ、そうか…」
570			抱きあった後、色々な後始末をするために もう一度二人で露天風呂へ行ったのは、 もう、午前三時を過ぎた頃だった。
571			当然のように、男湯にも女湯にも誰もいなくて、 駄目元で声をかけてみたら、 かずさはおずおずと男湯へと移動してきた。
572	かずさ	Kazusa	「うぁぁ…なんかすごい異物感。 次、トイレ行くのが怖い」
573	春希	Haruki	「えっと…洗おうか？　中まで」
574	かずさ	Kazusa	「ほんっと、変態め。 今度は指入れるつもりか」
575	春希	Haruki	「…今まで入れたものに比べたら一番ノーマルな気も」
576	かずさ	Kazusa	「あ～、もう思い出させないでくれっ。 あまりにも恥ずかしくてのぼせそうになる」
577			そして、そんなふうに俺を責めながらも、 俺の側にぴったりと寄り添うことをやめる気配はない。
578			濡れた髪と火照った頬が俺の首筋と肩に触れ、 心から繋がってるって幸福感を伝えてくれている。
579			かずさは今、本当に嬉しいんだって。 …きっと、五年前と比べても。
580	かずさ	Kazusa	「…けど、いい湯だな」
581	春希	Haruki	「少し熱いけどな」
582			あの時、触れ合ってたのは背中だけだった。 そして心は、全て雪菜を介しての繋がりだった。
583			そう、無理やり決めていた。
584	かずさ	Kazusa	「それに、いい景色だな」
585	春希	Haruki	「真っ暗だけどな」
586			雪菜の右手は俺の左手に。 雪菜の左手はかずさの右手に。 そんなふうに、三人の友情を形成してた。
587			俺の右手と、かずさの左手は、 外に開かれたままだった。
588	かずさ	Kazusa	「眺めてるだけで、飽きないな」
589	春希	Haruki	「………」	"........."
590			けれど今、俺の右手とかずさの左手だけが、 こうして固く繋がれている。
591			かずさは五年前に右手を雪菜から離し、 そして俺の左手は…
592	かずさ	Kazusa	「もう、帰りたくないかも…」
593	雪菜	Setsuna	『こんなにいいお湯と、こんなにいい景色だよ？ もっと楽しもうよ』
594	雪菜	Setsuna	『どれだけ見ても、飽きないよね…』
595	雪菜	Setsuna	『あ～あ、ほんと最高。 もう帰りたくないなぁ』
596			かずさは、気づいてるんだろうか。
597			今、自分の口から漏れた言葉が全部、 五年前、俺たち以外のもう一人が言った台詞の 焼き直しなんだって。
598	春希	Haruki	「帰るなんて誰も言ってないだろ…」
599	かずさ	Kazusa	「春希…」
600	春希	Haruki	「そんな先のこと、今はまだ考えなくていい。 俺たち、今日着いたばかりなんだぞ？」
601	かずさ	Kazusa	「ん…」
602			だからって、そのことを指摘できるほど 空気を読めない俺じゃなく。
603			だからって、笑顔で肯くことができるほど、 簡単に割り切れる俺でもなくて、 不器用に突っ込みを入れるしかなかった。
604	春希	Haruki	「温泉入って、美味しい料理食べて、雪見て…」
605	かずさ	Kazusa	「寝て、起きたら、春希にまた変なことされて…」
606	春希	Haruki	「起きてすぐは危険なんじゃないか？ してる最中に仲居さんが入ってきたら…」
607	かずさ	Kazusa	「気にするのはそこなのかよ…」
608	春希	Haruki	「朝飯食べて、朝風呂行ってからにしよう？ 確か１０時から、また[R露天風呂^ここ]開いてるよな？」
609	かずさ	Kazusa	「お風呂行ってる間に 布団片づけられたりしないかな？」
610	春希	Haruki	「俺が言っておくよ。 昼間も使うからそのままにしといてって。 ついでに夜まで入って来ないでくれって」
611	かずさ	Kazusa	「…なんてあからさまな。 あたしたちが何してるか絶対にバレるぞ？」
612	春希	Haruki	「恥ずかしがることないだろ？ 俺たちがそういうことするのは、 いけなくなんかない」
613	かずさ	Kazusa	「………う、うん」
614			それは、俺が今まで生きてきた世界に対しての、 あまりにも酷い詭弁だったけれど…
615			その台詞を、思ったよりも滑らかに口に出せた俺は、 もう、その世界の住人じゃないのかもしれなかった。
616	かずさ	Kazusa	「明日も明後日も、ずっと雪だといいな」
617	春希	Haruki	「そうだな… 窓から何も見えないくらい、 白い雪で覆い尽くされるのもいいな」
618	かずさ	Kazusa	「雪に閉じ込められるのも悪くないな。 電車も車も、何もかも止まっちゃってさ」
619	春希	Haruki	「自然には逆らえないよな。 仕方ないから、しばらくここにいるか」
620	かずさ	Kazusa	「あたしは構わないけどさ…いつまで？」
621	春希	Haruki	「そりゃ…春が来るまでだろ」
622	かずさ	Kazusa	「あはは…まるで氷河期だな。 で、数か月ぶりにやっと脱出できたと思ったら、 日本中、凍りついてたりして」
623	春希	Haruki	「いいじゃん、地球温暖化の抑制になる」
624	かずさ	Kazusa	「そういうレベルの話かぁ？ ふふ…あはは…馬鹿馬鹿しい」
625	春希	Haruki	「ほんと、馬鹿馬鹿しい、な」
626			そんな馬鹿馬鹿しいことが実現したらって、 俺は、少しだけ本気で思っていた。
627			世界がずっと雪に閉ざされて… 雪解けなんか、ずっと訪れなくて。
628			だから俺たちは『仕方なし』に、 ずっと一緒の時を過ごす。
629			そんな、終わらない白い世界。 二人だけの、閉ざされた世界が、 あったら、いいのにな…って。
630			そんなことを本気で願えるくらい、 今の俺たちは、互いを求め合っていた。
631	かずさ	Kazusa	「…少し、眠くなってきたかな？」
632	春希	Haruki	「もし眠ったら、部屋まで運んでやるよ」
633	かずさ	Kazusa	「運んでもいいけど… あたしの裸、見るなよ？」
634	春希	Haruki	「何言ってんだ、今さら」
635			相変わらず、口では適当なことを言い合いながらも、 肩を抱く腕にも、握り合う手にも、 互いの必死さが伝わるくらい、力を込める俺たち。
636			絶対に離さないって、 態度だけで示しあう俺たち。
637			だって、一度でも手を離したら、 その瞬間に全て終わってしまうって…
638			そんな錯覚のはずの思いが、 ずっと、頭から離れてくれないから。
639			………	.........
640			……	......
641			…	...
642	かずさ	Kazusa	「はぁっ、はぁっ、はぁ………ぁ、ぁ…」
643	春希	Haruki	「は、あ、あぁ…ん、んぅ…」
644	かずさ	Kazusa	「ひぅっ…あ、あぁ…や、ぁ…は、春希… ちょっと………休ませてくれ」
645	春希	Haruki	「あ…」
646			と、かずさは胸を大きく上下させ、荒い息を吐きつつ…
647			けれど、未だにその胸にむしゃぶりつく俺を、 優しく抱きとめた。
648	かずさ	Kazusa	「お前…底なしだな。 朝からもう、何度したか覚えてないぞ」
649	春希	Haruki	「かずさ、だから… だから俺、全然止まらなくて」
650	かずさ	Kazusa	「…そういう、感じさせること軽々しく言うな。 今度はあたしがすぐに我慢できなくなるだろ」
651	春希	Haruki	「かずさ…」
652			かずさの胸に顔を埋め、 その先端を口に含み、 舌先で愛撫して、唇で吸って。
653			かずさの体温で温まり、 かずさの匂いで恍惚となり、 かずさの鼓動で、心を落ち着かせていく。
654	かずさ	Kazusa	「あ～あ、お前ので全身ドロドロだ… 上も下も後ろも、全部使われた…」
655	春希	Haruki	「だってお前、 どこでも感じてくれるようになったから…」
656	かずさ	Kazusa	「あ、あ～…今、何時かな」
657	春希	Haruki	「昼間だろ」
658	かずさ	Kazusa	「なんて大ざっぱな…」
659	春希	Haruki	「何時何分とか、そんなの知る必要あるのか？」
660	かずさ	Kazusa	「いや、全然」
661	春希	Haruki	「なんだよ、それ」
662	かずさ	Kazusa	「うるさいな～、春希は」
663			自分の胸に抱えた俺の頭をぽふぽふ叩きながら、 色々なことを誤魔化すかずさ。
664			俺たちのどちらが旺盛なのかと問われたら、 正直、俺にはいい勝負に思えるし。
665	かずさ	Kazusa	「はぁぁぁぁ～… にしても、今日も昼間からよく降るな。 本当に埋もれてしまいそうだ」
666	春希	Haruki	「ん…」
667			二人、重なりながら、 窓の外の、相変わらず止まない雪を見上げる。
668			あの厚く黒い雲から生まれ出たとは思えない、 白くまっさらな粉雪。
669			空は暗く、地面は明るく、その景色はまるで色を変えず、 だから、今が昼間ということしかわからないくらい 時間の感覚が奪われる。
670	かずさ	Kazusa	「次のコンサートまで、 あと一週間、だな」
671	春希	Haruki	「………」	"........."
672	かずさ	Kazusa	「もう、今から練習再開しても、 人に聴かせるレベルには程遠いだろうなぁ」
673	春希	Haruki	「ん…」
674	かずさ	Kazusa	「またヘマしたら、週刊誌とか喜ぶだろうな。 ヒロインからヒールへと、華麗な転身ってやつだな」
675	春希	Haruki	「ん…んぅ」
676	かずさ	Kazusa	「ま、別に、いいけどな。 あいつらに気に入られたくて ピアノやってる訳じゃないし」
677	春希	Haruki	「んぅぅ…ちゅ…ん」
678	かずさ	Kazusa	「………っ」
679	春希	Haruki	「んぅぅ…んく…ちゅ、れろ」
680	かずさ	Kazusa	「は………春希ぃっ」
681	春希	Haruki	「ん…んん………なに？」
682	かずさ	Kazusa	「人が話してるのに、 いつまでもおっぱい吸ってんなよ！」
683	春希	Haruki	「…何か問題あったか？ ん、んぷ…ちゅぷ、ん、むぅ」
684	かずさ	Kazusa	「そ、そんなの…あぁんっ、 あ、あっ…も、もうっ、 そ、それが人の話を聞く態度かぁ？」
685	春希	Haruki	「だって…」
686			聞きたくもない話題だったから…
687	かずさ	Kazusa	「お前、ほんと、おっぱい吸うの大好きだな。 終わったあと、いっつもそうしてるし」
688	春希	Haruki	「かずさのだから、大好きなんだ…」
689	かずさ	Kazusa	「お前、あたしのこと、 おかあさんと勘違いしてないか？ 言っとくが、まだミルクは出ないぞ？」
690	春希	Haruki	「母親なんかであるわけないだろ… かずさは、ただの、俺のかずさだ」
691	かずさ	Kazusa	「春希…？」
692	春希	Haruki	「だいたいさ… 母親のおっぱいなんて想像したくもない。 そんなもの欲しがる奴なんかいるのか？」
693	かずさ	Kazusa	「お前…」
694	春希	Haruki	「別に、人の価値観を否定するつもりはないけど、 なんか、ピンと来ないな」
695	かずさ	Kazusa	「春希だって、子供の頃は 母親のおっぱい吸って育ったんだろ？」
696	春希	Haruki	「だと思うけど、 育つにつれて、そんな記憶 綺麗さっぱり消えてったな」
697	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
698	春希	Haruki	「わかんない。 勝手に消えたのか、無理やり消したのか…」
699			なんでだろ…
700			かずさは、俺の母親じゃないのに。 そんなこと、心の底から理解してるのに。
701			なんでこんな、 肉親に話すような、生っぽい話をしてるんだろ、俺…
702	かずさ	Kazusa	「わかったよ…なら好きにしろ」
703	春希	Haruki	「かずさ…？」
704	かずさ	Kazusa	「あたしのおっぱいが伸びるまでしゃぶり尽くせばいい。 どうせお前にしか、見せも触らせもしないんだ。 だから、形が崩れても困るのはお前だけだ」
705	春希	Haruki	「お、い…」
706			そんな、俺の戸惑いを察知したのか、 かずさが、自分の胸を掴み、俺の顔に押しつける。
707			それはまるで、子供に乳を与える母親の… って、俺にはそんなイメージ湧かないんだった。
708	かずさ	Kazusa	「ほらほら、もっとちゅ～ちゅ～しないのか？ お前の大好きな、あたしのおっぱいだぞ？」
709	春希	Haruki	「け、けど… なんかそう身も蓋もないこと言われると…」
710	かずさ	Kazusa	「じゃあ、勝手にしろ」
711	春希	Haruki	「………ああ、勝手にする。 ん…ちゅ、んぅ」
712	かずさ	Kazusa	「っ…馬鹿」
713			かずさにからかわれるのが悔しかったのか、 ただ、自分の欲望を誤魔化すことができなかったのか…
714	春希	Haruki	「は、んぷ…ちゅぅ…ちゅぅぅ…はぁ、あむ…」
715			結局俺は、イメージが湧かないはずなのに、 まるで赤子のように、ただひたすらかずさの乳房を吸う。
716	かずさ	Kazusa	「はぁっ、ぁ、ぁぁぁ… ん、ん～っ」
717			そしてかずさは… 母親とは思えない、はしたない声を上げた。
718	春希	Haruki	「はぁ、あ、んむ…んぷ… はぁぁ、かずさ…は、あぁ…」
719	かずさ	Kazusa	「ぅ、んっ…あ、あぁ…春希ぃ。 あ、そこ…ふぅぅんっ、ん、んぅぅ…」
720	春希	Haruki	「今は…何も考えないでくれ。 ん、んく…は、ぁ」
721	かずさ	Kazusa	「ひぅぅんっ、ん、んぅ………ぇ？」
722	春希	Haruki	「コンサートのこととか、周囲のこととか… 帰ったときのことなんか、考えるなよっ」
723	かずさ	Kazusa	「春、希？」
724			それは、随分前に流れたはずの、 かずさの独り言に対する、遅すぎる反応。
725	春希	Haruki	「ここには、俺とお前しかいないんだ。 他に、何もない世界なんだよ」
726	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
727			かずさに、そして俺に言い聞かせる言葉。
728	春希	Haruki	「だから、かずさは何も考えないで… ただ、俺を抱いててくれればいいんだ。 俺に、抱かれてくれてれば…」
729	かずさ	Kazusa	「っ…は、ぁぁ…ぁんっ」
730			言葉とともに、乳首を歯と唇で責め立てて、 俺の言葉を、かずさの身体に染み込ませる。
731	春希	Haruki	「ん、くぷ…あ、あむ… そうすればさ…あ、ぁぁ… 何もかも、うまく行くから」
732	かずさ	Kazusa	「ひ、ひぁぁっ、ぁ… は、春希…ひっ、ぃぁ、ぁぁぁ…」
733			かずさに信じ込ませることで、 俺自身が信じられるようになるために。
734	春希	Haruki	「人生なんて、簡単なもんだって… 気がついたら全部解決してるから… はぁぁ、ん、んむっ」
735	かずさ	Kazusa	「ん、んっ…ん～っ！」
736			今の俺にはもう、『こうすれば上手く行く』とか、 『俺が何とかする』って言葉は、出てこない。
737			けどそんなの、当然と言えば当然だ…
738			今の俺は、自分自身を守ることすら ロクに出来ないんだから。
739	かずさ	Kazusa	「は、春希っ…うぁぁ、ぁぁ…っ」
740	春希	Haruki	「なに…？」
741			どれだけ言い含めても。 抱きしめて、忘れさせようとしても。
742			そうやって、どこまでも逃避しようとも、 ほんの先の未来への不安が止められない。
743			かずさじゃなくて、俺の方が…
744	かずさ	Kazusa	「あ、あたしさぁ…もう…っ」
745			会社も人間関係も全て切り落としたこれからの俺は、 これからも俺のままでいられるんだろうか。
746	春希	Haruki	「…休もうって言ったのは、かずさの方だぞ？」
747			かずさは、コンサートに間に合うんだろうか？ 間に合ったとして、ちゃんと弾けるんだろうか？
748	かずさ	Kazusa	「そ、そんなの…っ、 何時間も、前のことじゃないかぁ」
749	春希	Haruki	「…あれから、そんなに経ったっけ？」
750			…かずさは、これからもピアノを続けるんだろうか？ それとも、俺と一緒にずっと逃げてくれるんだろうか？
751	かずさ	Kazusa	「今のあたしたちに… 時間の経過なんて、意味あるのか？」
752			そして、もしかずさが後者の未来を選んでくれたとしたら、 そのとき俺は、かずさにどうやって応えれば…
753	春希	Haruki	「………うん、ないな。 ん、んぷ…あ、あむ…んくっ」
754	かずさ	Kazusa	「あっ、あっ、ああああああっ！ うぁぁぁんっ、ん、んく…あぁ、ぁぁぁ…っ」
755			考えても、結論なんか出るわけがない。 そして、考えたくなんかない。
756			だから俺は、胸の奥から湧き出てくる そんな不安を押し潰すために、 かずさで、胸の奥をいっぱいにする。
757			………	.........
758			……	......
759			…	...
760	仲居	Waitress	「お客さんたち退屈じゃないです？ この雪でどこにも出かけられなくて」
761	春希	Haruki	「いえ全然。 俺たち、この雪そのものを見に来たんで」
762	仲居	Waitress	「あらま珍しい。 この辺りじゃどこだってこんな景色なのにねぇ」
763	春希	Haruki	「どこにでもあるようなところが良かったんです。 …って、ちょっと失礼ですね、すいません」
764	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
765			仲居さんと俺が世間話をする間も、かずさは俯きながら、 そこはかとなく居心地の悪さを醸し出していた。
766			相手が温厚な一般人だろうがマスコミだろうが、 相変わらず、その人見知りの激しさは直りそうにない。
767			…おかげで二人きりになった後の内向的な激しさが、 ますます際立っていくことになる訳だけど。
768	仲居	Waitress	「あ、そうそう、さっきみんなと話してたんですけどね、 ほら、あれですよねあれ」
769	春希	Haruki	「あれですか…」
770			それは、どこかの誰かのお母さんがよく使う指示語で、 大抵は、『あれ』が何を指しているのか、 さっぱりわからない類のもので。
771	仲居	Waitress	「こちらのお嬢さん。 ほんと、びっくりするほど綺麗じゃないですか。 でね、どこかで見たような気がしてねぇ」
772	かずさ	Kazusa	「っ…！？」
773	春希	Haruki	「あ、あ～！ あれでしょあれ、ほら、なんだっけ…」
774	仲居	Waitress	「そうそう！　えっと、ほら、ピアノの人で、 この前、コンサートやってた！」
775	春希	Haruki	「ああ、そうそうあの人！ 来日してから言われまくりなんですよこいつ」
776	かずさ	Kazusa	「え…」
777			だからこそ、こういう危険な会話になると、 その曖昧さが逆に十分なカムフラージュになる。
778	春希	Haruki	「なんか今みたいに眼鏡外して髪下ろすと そっくりに見えるって… 俺からしてみれば全然似てないんだけど」
779	仲居	Waitress	「そりゃ、お兄さんはいつも側で見てるから。 細かい違いまですっかりわかってなさるんでしょ」
780	春希	Haruki	「正直、比べるのも失礼と思うんですけどね。 …だってこいつ、あんな芸能人より よっぽど美人でしょ？」
781	かずさ	Kazusa	「なっ…」
782	仲居	Waitress	「ええ、本当ですねぇ。 比べ物にならないくらい」
783	春希	Haruki	「…なんて上手いな～おばさん。 さっきまでそっくりだって言ってたくせに」
784	仲居	Waitress	「ウチのお湯に浸かったせいで、 ますますお綺麗になられたんですよ。 お肌なんて真っ白で、まるで雪のようで」
785	かずさ	Kazusa	「ちょ、ちょっと…やめ…」
786	仲居	Waitress	「あらあらごめんなさい見立て違いでした。 ちょっとのぼせたみたいですねぇ。 いつの間にか桜の花みたいになっちゃいました」
787	かずさ	Kazusa	「っ…」
788	春希	Haruki	「あはは、そんなにからかってあげないでよ。 ただでさえ引っ込み思案なんだから」
789	仲居	Waitress	「まぁまぁこんなにお綺麗なのに控えめなお嬢さんで。 ほんとお兄さんが羨ましい」
790	春希	Haruki	「でしょう？ ………俺たち、もうすぐ結婚するんです」
791	かずさ	Kazusa	「っ！？ は、春希…？」
792	仲居	Waitress	「あらあらぁ、それはおめでとうございます。 ほんと、とてもお似合いですよ。 お兄さんもね、よく見ればいい男だし」
793	春希	Haruki	「なにその俺に対してだけ取ってつけたような誉め言葉」
794	仲居	Waitress	「ま、それはともかく、奥さんもおめでとうございます。 末永く幸せになってくださいね？」
795	かずさ	Kazusa	「お、お、お………奥…っ」
796	春希	Haruki	「…落ち着けよ」
797	仲居	Waitress	「…桜の花がとうとう茹だっちゃいましたねぇ」
798			………	.........
799	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
800	春希	Haruki	「………」	"........."
801	かずさ	Kazusa	「お、お前… 一体なんであんなこと…」
802	春希	Haruki	「あんなこと…って？」
803	かずさ	Kazusa	「どこで結婚しようってんだよ、あたしたち。 …二人の夢の中でかよ」
804	春希	Haruki	「………」	"........."
805	かずさ	Kazusa	「あたしのこと誤魔化すにしてもやり過ぎだろ。 お前…すっごい嘘つくんだなぁ…」
806	春希	Haruki	「………っ」
807	かずさ	Kazusa	「…春希？」
808			迂闊だった…
809			二人でいられることの幸せに、 頭が完全に麻痺していたのかもしれない。
810	春希	Haruki	「かずさ」
811	かずさ	Kazusa	「え？」
812			きっともう、宿の中で噂になってる。 雑誌に載ってる写真と本物を見比べられてる。
813			俺の必死のすり替えに、 仲居さんは乗ってくれてたけど、 その視線はずっとかずさの顔から離れなかった。
814	春希	Haruki	「明日の朝、発とう」
815	かずさ	Kazusa	「ぁ…」
816			気づいてる。 多分、いや絶対、かずさの正体に辿り着いてる。
817			ぴったりと閉じていたはずの二人だけの世界に… とうとう、ひとすじの亀裂が入った。
818			………	.........
819	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
820	春希	Haruki	「………」	"........."
821			夜になっても、雪は止まなかった。 それどころか、昼間以上に吹雪いてきた。
822			窓の外を、粉雪が真横に飛び回る。
823			真っ暗な部屋の中、その白い粒だけが浮かび上がり、 かずさの肌を、髪を、瞳をほのかに照らす。
824	かずさ	Kazusa	「明日…」
825	春希	Haruki	「ん…？」
826			闇の中、もう一つ新たに照らされたのは、 ゆっくりと動き始めた、かずさの濡れた唇。
827	かずさ	Kazusa	「帰る、のか？ 東京に」
828	春希	Haruki	「………」	"........."
829			夕食の間、俺たちはずっと無言だった。
830			酒も飲まず、身体も寄せ合わず、 せっかくのご馳走の味も全然わからずに、 ただ黙々と口に運ぶだけの３０分だった。
831			けれど… 仲居さんが食事を片づけ、布団を敷いてくれた直後、 そんな二人のたがが劇的に外れた。
832			昨夜よりも、今朝よりも強く、激しく、 獣のような声を上げ、全身を絡め、互いを傷つけ…
833			何度も何度も、奥に吐き出して、 かずさが少しの間気を失って… それでやっと、二人の間に再びの静けさが訪れた。
834	かずさ	Kazusa	「仕方ない、よな」
835			たった一日で、かずさの正体が割れてしまったことが、 俺たちを追い詰めた。
836			明日になれば、事務所に捕捉されるかもしれない。 曜子さんの部下に、無理やり連れ戻されるかもしれない。
837			いや、それならまだいい方で、 もし、先に情報を掴むのが、俺の同業者だったとしたら…
838	かずさ	Kazusa	「春希もそろそろ仕事に戻らないといけないもんな。 …あたしのためだけに、一週間も使ってくれたんだし」
839			もう、かずさを部屋の外にも出せない。
840			かずさを見る、宿の人の視線の意味が、 彼らの声を潜めた会話の内容が、 フロントで鳴る電話の呼び出し音が恐ろしい。
841			俺の疑心を、ますます煽り立てる。
842			俺たちの世界にできた裂け目が、 徐々に拡っていく感覚に囚われる。
843	かずさ	Kazusa	「そうだよな、これ以上ワガママなんか言えないよな。 …あたしだって、しなきゃいけないこと、あるしな」
844	春希	Haruki	「………」	"........."
845			そろそろ、限界かもしれなかった。
846			もう、俺たちが二人きりでいられる場所は、 どこを探しても見つからないのかもしれなかった。
847			日本の中にも、そして心の中にも。
848	かずさ	Kazusa	「もう、戻らないとな。 あたしはピアノに。 そしてお前は…」
849			だったら、俺は…
850	春希	Haruki	「嫌だ…」
851	かずさ	Kazusa	「春希…」
852			潔く、諦めとともに予想通りの結末を迎えるなんて、 やっぱり、できるわけがなかった。
853	春希	Haruki	「何言ってんだよかずさ… 俺たち、帰るわけなんかないだろ。 だってお前、帰りたくないって言ったじゃないか」
854	かずさ	Kazusa	「嬉しいよ。 そう言い続けてくれるの、本当に嬉しいんだよ、春希。 でもお前…」
855	春希	Haruki	「誰にも邪魔させない。 俺とかずさのこと、誰にも…」
856	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
857			その先の言葉を聞きたくなかったのか、 俺は、かずさを遮るように否定する。
858	春希	Haruki	「北へ行こう…ここよりもっと北へ」
859	かずさ	Kazusa	「北…？」
860	春希	Haruki	「もっと山奥の、もっとひなびた温泉とか… いや、逆に都会の方が目立たないかも」
861	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
862	春希	Haruki	「そうだ、その手があったよな… この際だから思い切って札幌なんてどうかな？ あっちの雪はここより綺麗だぞ、きっと」
863	かずさ	Kazusa	「なぁ、春希…」
864	春希	Haruki	「うん…でもとりあえず行動指針はできた。 明日は始発で移動しよう？ 目が覚めたら、すぐにチェックアウトして…」
865	かずさ	Kazusa	「春希…」
866	春希	Haruki	「そうと決まったら、今日はもう休んだ方がいい。 寝ておかないと明日キツいぞ？」
867	かずさ	Kazusa	「春希っ」
868	春希	Haruki	「かずさ…？」
869			かずさが、俺の胸に顔を押しつけてきた。
870	かずさ	Kazusa	「っ…ぅ、ぅぅ…っ」
871			今までよりも強い力でしがみつくと、 熱くて冷たいしずくが、俺の胸を濡らす。
872	春希	Haruki	「そんなに心配しなくても大丈夫だ… 絶対に、なんとかなるから」
873			両手の指が、俺の肩にぎゅっと食い込む。
874	かずさ	Kazusa	「お前…お前、さ…」
875			その、ピアニストらしい力強い指先から、 全身の震えが伝わってくる。
876			不安が、伝わってくる。
877	春希	Haruki	「幸せになれるから、俺たち… 俺が、お前を幸せにするから」
878	かずさ	Kazusa	「………っ」
879	春希	Haruki	「だから、泣くなよ… 悲しむことなんか、何もないだろ」
880			だから俺は、かずさを包み込み、その髪を撫で、 ゆっくりと、安心を伝えていく。
881			震えが止まるまで、不安が消え去るまで、 …俺たちの、夜明けを迎えるまで。
882	かずさ	Kazusa	「幸せに…してくれるのか？」
883	春希	Haruki	「ああ、約束する。 いつかきっと、必ず…」
884	かずさ	Kazusa	「いつかじゃ嫌だ…」
885	春希	Haruki	「え…」
886	かずさ	Kazusa	「今すぐだ… 今すぐ、ほんの少しでいいから、 あたしを幸せにしてくれよ」
887	春希	Haruki	「どうすれば…いいんだ？」
888			胸にしがみつくかずさの目尻を指で撫で、 涙を隠すため、俺から背けてる顔を覗き込む。
889			かずさの身体は、まだ震えが止まっていなかったけど、 それでも、そんなワガママが言えるようになったのは いい兆候だった。
890	かずさ	Kazusa	「もう一度…さっきの言葉、言ってくれ」
891	春希	Haruki	「さっきの…って？」
892	かずさ	Kazusa	「ほら、旅館の人に言った、あの…」
893	春希	Haruki	「あ…」
894	かずさ	Kazusa	「頼むよ… 嘘でもいいから、もう一度だけ聞かせて欲しいんだよ…」
895	春希	Haruki	「嘘なんか…言ってない」
896	かずさ	Kazusa	「ぇ…」
897	春希	Haruki	「結婚しよう、俺たち。 これからは、ずっと一緒にいるんだ」
898	かずさ	Kazusa	「………春希っ」
899			せっかく落ち着いたかと思ったのに、 また、元の木阿弥だった。
900			かずさの指が、思いっきり俺の肩に食い込み、 全身がぶるりと震え、 胸に涙がぽろぽろと落ちていく。
901	春希	Haruki	「嘘なんかであるもんか… 誰が離れるもんか…」
902	かずさ	Kazusa	「春希…お前、お前…っ」
903			けれど今度は、不安は伝わってこない。
904	春希	Haruki	「あの時の…五年前の二の舞は、もう嫌だよ…っ」
905	かずさ	Kazusa	「あたしも…あたしもっ！」
906			それは悲しみとは違う、 むしろ正反対の感情に突き動かされた 想いの発露だった。
907	春希	Haruki	「かずさ…もう離さない」
908	かずさ	Kazusa	「う、うん…離すなよ。 今夜だけは、ずっとあたしを捕まえててくれ」
909	春希	Haruki	「今夜だけじゃない…これからずっとだ。 だって俺たち、約束、したんだから」
910	かずさ	Kazusa	「あたし…お前の妻…なんだよな？ 北原かずさ…なんだよな？」
911	春希	Haruki	「明日の宿帳には、そう書くんだぞ？ もう、偽名なんて名乗る必要ないからな」
912	かずさ	Kazusa	「誓うのか？ あたしを妻にするって、誓うのか、春希？」
913	春希	Haruki	「ああ… 健やかなるときも、病めるときも…」
914	かずさ	Kazusa	「喜びのときも、悲しみのときも？」
915	春希	Haruki	「富めるときも、貧しいときも」
916	かずさ	Kazusa	「これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け…」
917	春希	Haruki	「その命ある限り、 真心を尽くすことを、ここに誓います…」
918	かずさ	Kazusa	「ああ…春希、春希…っ」
919	春希	Haruki	「あぁ…かずさ…っ、 ん、んぅ…は、あぁ」
920			滅茶苦茶に抱き合い、 滅茶苦茶に唇を重ねる。
921			二つ並べた布団を転がり、 自分が上になり、相手が上になり、 でも、どんなに動いても唇は離れず。
922	かずさ	Kazusa	「は、春…んむぅぅっ、ん、ん～っ、 は、あ、あぁぁ…もっと、もっとぉ」
923	春希	Haruki	「ああ…もっと…は、んむ…んぷ、ぁ… かずさ…あ、あぁ…ぁぁぁ…」
924			ドレスもない。タキシードもない。 立会人もいないから、指輪の交換もない。
925			それどころか俺たちには、 祝福してくれる人たちなんか一人もいない。
926	かずさ	Kazusa	「ん、んぅぅ…は、あ、あっ、 は、春希、お願い、ねぇ…あ、あぁぁ…んっ」
927			けれど今、俺たちは二人きり…
928			互いの誓いの言葉にのっとり、 夫婦の儀式を、執り行う。
929			………	.........
930	かずさ	Kazusa	「はぁっ、はぁっ、はぁぁっ、 あ、あ、あ…春希、春希ぃ…っ、 い、いぅっ、う、ぅぅんっ、は、あぁ…」
931	春希	Haruki	「ん、んぅ、く… かずさ、あ、あく…っ、ぃぃっ」
932			互いの身体が溶けあうくらい絡み、 二人の体温を合わせていく。
933			灼けるくらいに、熱く…
934	かずさ	Kazusa	「はむっ、ん、ちゅぷ…ん、んぷ、ぁ…あぁぁ… ぃぅっ、は、はむ…ちゅ、ぷぁ、ぁぁぁ…あ、む」
935			互いの唇が繋がり、互いの舌を送りあい、 二人の唾液を混ぜて、体内に注ぎ込む。
936	かずさ	Kazusa	「ん、んむぅ、む、あ、あ… いぃぃぃっ、ふぁぁ、あ、んっ…はぁ、は、あぁぁ」
937			互いの手が、背中に、胸に、身体じゅうに触れ、 二人の想いを高めていく。
938	かずさ	Kazusa	「は、はぁ…あはは…あ、あぁぁ…春希ぃ… あ、あたしの…あたしの…春希」
939	春希	Haruki	「うん…、ぅ、ぅんっ… 俺、の…かずさ」
940			互いの脚が、太股と、ふくらはぎと、足の甲でこすれ、 快感と一体感を育んでいく。
941	かずさ	Kazusa	「ふぇぇぇぇっ、う、うぇぇ…ぅぅんっ、ん、んぅ… んっ、ふぁぁ、ああああっ、ひぁぁぁんっ」
942			二人の繋がりが、深く、浅く…
943			時には快感を高めるために速く、 時には想いを確かめるためにゆっくりと。
944	かずさ	Kazusa	「あっ、あっ、あぁぁっ…や、もう…やだ、やだ… 終わりたくない…ずっと、してたいのに…っ」
945	春希	Haruki	「終わらないから… 俺たち、ずっと終わらないから…っ」
946	かずさ	Kazusa	「は、春希、春希…っ、 あ、あ、あ、だめっ、そんなおく…ああぁぁぁんっ」
947	春希	Haruki	「今日が終わっても、明日も、明後日も… ずっと、ずっと、ずっと…」
948			二人の、心と、身体と…そして人生を繋げる。
949			世界の重みから解き放たれたなら… たった二人の重みなら、支え合える。
950	かずさ	Kazusa	「は、はぁっ、あ、あ…離すな… 二度とあたしを離すな…春希…っ！ あ、あ、あ、あ、あ…あああああっ」
951	春希	Haruki	「か、かず、さ…ああぁぁぁぁ…っ」
952			そんなふうに俺たちは。
953			男と女の器官のすべてを使って、 男と女のすべての愛の営みを…
954	かずさ	Kazusa	「はぁっ、はぁっ、はぁぁっ…あ、あ、あ… やっ、来る、だめ、来て、やだ、もっと…あぁぁぁぁ」
955			夫婦の、営みを… 永遠の愛の誓いを…
956			今、ここに…
957	かずさ	Kazusa	「ああああああああっ！ ああぁぁぁぁぁぁ～っ！」
958	春希	Haruki	「か、かずさっ、あああぁぁぁぁっ」
959	かずさ	Kazusa	「うぅぅぅぁぁああああっ、ああっ、あんっ、 い、いぅっ、くぅっ、う、んぅぅぅぅっ… ふぁぁぁ、あぁぁぁぁぁ…っ」
960			それは、ここ数日、毎日のように…
961			それどころか、今日一日だって、 もう、何度したかもわからない、 俺の射精とかずさの収縮。
962	かずさ	Kazusa	「あ…っ、あっ、あぁぁっ… はぁ、あ、春希が、入って… どくんどくん、入って、くる…っ」
963	春希	Haruki	「はぁっ、はぁっ、はぁぁぁ…ぁ… か、かずさ…気持ちい…ぅぁ、ぁ…」
964			なのに、俺の射精はいつまで経っても止まらずに、 かずさの波も、おさまる気配を見せていない。
965	かずさ	Kazusa	「ぃ、ぅぅ…ぁ…まだ、もっと…すごぃ… あ、あぁぁ…あなた…は、あぁ、うぅん…っ」
966	春希	Haruki	「っ…ぅ、あぁぁ…あ…っ、 か、かず…んぅぅぅんっ」
967	かずさ	Kazusa	「ん、んぷ…ちゅぷ、ふぅ、んむぅんっ… あ、あ、あぷ…んぅ、む、ちゅぷ…あ、あぁ…」
968			だって、繋がってるから… 俺たちは、人としての全てを繋げてるから。
969			ドレスだって、指輪だって、 届け出の書類も、印鑑も、 俺たちの誓いを証明するものは、今は何もないけれど。
970			それでも今夜… 間違いなく、俺たちは結ばれたんだから。
971			………	.........
972			……	......
973			…	...
974	春希	Haruki	「………」	"........."
975	春希	Haruki	「んぅ…」
976	仲居	Waitress	「おはようございます」
977	春希	Haruki	「ぇ…？」
978	仲居	Waitress	「おはようございます。 あの、朝食のご用意させていただいてよろしいですか？」
979	春希	Haruki	「え？　あ、ああ…ちょっと待ってください！」
980			目を開いた瞬間、窓の外から入り込むまぶしい光に、 一瞬目がくらむ。
981			そして同時に、今日は外が晴れていること、 そして俺が寝坊したことを悟る。
982	春希	Haruki	「おい、かずさ、起きろ。 とりあえず服着ろ」
983			朝食よりも前に… また、仲居さんに詮索されるよりも前に、 宿を出て行くはずだったのに。
984			それどころか、 冬の朝に、陽が昇りきるまで目覚めないなんて、 疲れていたのか、気が緩んだのか…
985	春希	Haruki	「あれ…？」
986			それとも…
987	春希	Haruki	「かずさ…？」
988			隣に感じるべき体温を、 いつの間にか見失っていたせいか。
989			………	.........
990	春希	Haruki	「っ…っ…はぁっ」
991			昨夜まで降り続けた深い雪に足を取られ、 俺の、駆け足のつもりの歩みは、遅々として進まない。
992			気ばかりは、こんなに焦ってるのに、 いや、焦っているからこそ、手足がついてこない。
993	仲居	Waitress	『ああ、お連れ様でしたら 散歩に出かけるとおっしゃって…』
994			あの出不精のかずさが…
995			しかも外に出ることを、 俺に止められていたにもかかわらず。
996	春希	Haruki	「かずさ…かずさっ！」
997			旅館の人たちは、その時の俺の反応を心配して、 警察を呼ぼうかと申し出てくれたけど、 俺はその余計なお世話を全力で拒絶した。
998			だって、ただ朝早く散歩に出かけただけ。
999			いつまでも起きない寝ぼすけな俺に呆れて、 一人で朝の空気を堪能しようとしただけ。
1000			だから、しばらくしたらすぐに戻ってきて、 外の綺麗な雪景色を興奮気味に語ってくれるに違いない。
1001			………こんなに慌てる必要なんか、ないんだ。
1002	春希	Haruki	「はぁっ、はぁっ、はぁぁっ… かずさ…かずさ………返事しろぉぉ！」
1003			…そんなはずはない。 何が『そんな』なのかもわからないけれど、 それでも、そんなはずはないんだ。
1004			だって俺たちは、約束をしたんだ。 永遠に結ばれるって、誓ったんだ。
1005			辛いことも、悲しいことも、苦しいことも… 何もかも昨夜、解決したはずなんだ。
1006			俺たち二人の未来には、 彩り豊かな人生が広がっているはずなんだ。
1007			だから、だから…
1008	春希	Haruki	「かずさぁぁぁっ！」
1009			俺の元から、もういなくならないでくれ…
1010			………	.........
1011			……	......
1012			…	...
1013	春希	Haruki	「あ…」
1014	かずさ	Kazusa	「春希…」
1015			見つけた…
1016			元々、手がかりが何もない訳じゃなかった。 だって、雪の上にはたった一つの足跡がずっと続いてた。
1017			雪道を抜けて、脇道の山道に入って、 １０分ほど登り続けたその先に、 いきなり平原が開き…
1018	春希	Haruki	「かずさ…」
1019			その、朝陽を浴びて輝く雪の絨毯の上… 絵画のモチーフさながらに、中央に佇む長い黒髪の女。
1020	かずさ	Kazusa	「おはよ… とうとう、雪、止んじゃったな」
1021			ほんのちょっとバツの悪そうな表情を浮かべ、 けれど、俺の視線をまっすぐに受け止めた。
1022	春希	Haruki	「は、はは…はははっ… は、はぁっ、はぁぁぁぁ～」
1023			その、数時間ぶりの懐かしい顔を見た瞬間… 俺は、全身の力を失い、雪の上に倒れそうになる。
1024	かずさ	Kazusa	「なんだよお前… その、『死ぬほど心配したんだぞ』みたいな顔は」
1025	春希	Haruki	「死ぬほど心配したんだよ… お前、俺を殺す気か？」
1026	かずさ	Kazusa	「ちょっと散歩に出たくらいで どうしてそこまで心配するんだよ？ 過保護にも程があるだろ」
1027	春希	Haruki	「そ、それは…だから…っ」
1028	かずさ	Kazusa	「…まさかお前、 あたしが深く思い詰めてるんじゃないかとか、 そんな見当外れなこと考えてたのか？」
1029	春希	Haruki	「違うって！」
1030	かずさ	Kazusa	「怪しいもんだなぁ… そんなに足ガクガク震わせて、 今にも地べたにへたり込みそうじゃないか」
1031			かずさが、意地悪く微笑みながら、 ゆっくりと俺に近づいてくる。
1032	春希	Haruki	「そんなことないって！ 別になんでもないから近づくな！」
1033	かずさ	Kazusa	「お前が追いかけてきたんだろう？ なのに近づくなってのは変な話じゃないか？」
1034	春希	Haruki	「だからぁ、俺は朝飯の時間だから呼びに来ただけだ。 変なこと言うな」
1035			そして俺は、そんなかずさの悪戯心を かえって刺激してしまうくらいうろたえて、 かずさが近づくのを避けようとする。
1036			…思わずこぼれてしまった涙を見られないために。
1037	かずさ	Kazusa	「なぁなぁ春希、こっち向けよ… ほら、ちゃんとあたしの顔、まっすぐ見てみろよ」
1038	春希	Haruki	「お、お前…いい加減に…っ」
1039	かずさ	Kazusa	「えいっ」
1040	春希	Haruki	「うわっ！？」
1041			…と、逆ギレとともにかずさをにらみつけようとした瞬間、 くだらない意地を張り続けた俺に、天からの罰がくだる。
1042	かずさ	Kazusa	「やっぱ、直接触ると冷たいな… 雪合戦、できるな…」
1043	春希	Haruki	「か、かずさ…？」
1044			かずさという、庭を駆け回ったりはしないけど、 実は心の中で喜んでいる、犬の手によって。
1045	かずさ	Kazusa	「えい、えいっ」
1046	春希	Haruki	「わ、こ、こ、こらっ！ お前は…この野郎っ！」
1047	かずさ	Kazusa	「ひゃっ！？ あ、このぉ、服の中に入ってったじゃないか！ ひどいぞ春希！」
1048	春希	Haruki	「俺は最初から酷い目に遭ってるんだよ！ 全然釣り合い取れてないだろ！」
1049	かずさ	Kazusa	「そんなの知るか！ 浴衣のままで追いかけてくるお前が悪いんじゃないか」
1050	春希	Haruki	「そんなこと言ったって…言ったってなぁ、 心配だったんだからしょうがないじゃないか！」
1051	かずさ	Kazusa	「だからぁ、どうして心配するんだよ！ さっきからそれを答えてないだろ春希」
1052	春希	Haruki	「うるさい！　うるさいっ！ あ～うるさいっ！」
1053			あの時…ってのがいつだか忘れたけれど。
1054			でも、あの時みたいに、 俺たちは、スイッチが入ってしまった。
1055			ちょっとした非現実な日々に、 非現実なイベントが重なって、 特におかしくもないのに、俺たちは笑いあう。
1056			今の俺たちが抱えている気持ちが嬉しさだと信じて、 気持ちを、雪に込めてぶつけあい…
1057			いつしか肉弾戦へと移り、 そのまま抱き合い、雪の上を転げ回る。
1058			………	.........
1059	かずさ	Kazusa	「はぁっ、はぁっ、はぁっ… あ～、朝から余計な運動した」
1060	春希	Haruki	「お前が仕掛けてきたんだろうが…」
1061	かずさ	Kazusa	「なんかあったかくなって来たよ… 雪の上に寝転がってるってのになぁ」
1062	春希	Haruki	「それはコートまで着込んでるお前だけだ。 俺は今にも凍え死にそうだ」
1063	かずさ	Kazusa	「…じゃ、そろそろ戻るか？」
1064	春希	Haruki	「…ん、もうちょっと」
1065	かずさ	Kazusa	「ふふ…」
1066	春希	Haruki	「笑うな」
1067			雪の上に仰向けになり、 朝陽を眺め。
1068			手と手をしっかりと繋いで、 互いの体温と、冷え切った指先を感じあう。
1069	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
1070	春希	Haruki	「………」	"........."
1071			この、二人以外誰もいない世界で、 お互いの存在をしっかり確かめあう。
1072	かずさ	Kazusa	「なぁ、春希」
1073	春希	Haruki	「ん～…？」
1074	かずさ	Kazusa	「本当に、本当に… これからも、一緒にいてくれるのか？」
1075	春希	Haruki	「…ああ」
1076			昨夜、誓いを立てた俺たちだから、 だから俺は、もうその答えに躊躇わない。
1077	かずさ	Kazusa	「あたしが行くところに、 ずっと、ついてきてくれるのか…？」
1078	春希	Haruki	「どこへ、でも」
1079			俺の手を握るかずさの手が、 ぎゅっと、強く握り込まれる。
1080	かずさ	Kazusa	「もっと北にでも… それとも、このまま海外にでも」
1081	春希	Haruki	「お前が望むなら。 だって俺たちは、もう…」
1082	かずさ	Kazusa	「このまま………地獄にでも？」
1083	春希	Haruki	「ああ、どこまでも一緒だ」
1084	かずさ	Kazusa	「春希…」
1085	春希	Haruki	「かずさ…」
1086			かずさが、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
1087			その、雪と同化したように白い肌と、 混ざり合うのを拒絶するような漆黒の髪と瞳が、 相変わらず、透き通るような美しさを醸し出す。
1088			そしてかずさは、その造形に似合った声を… 透き通る声を使って、俺に、その言葉を告げた。
1089	かずさ	Kazusa	「なんてな…お断りだ。 あたしはお前と一緒には行けない」

Script Chart

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