White Album 2/Script/1011

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• Tumujimagari

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Line #	JP	EN	JP	EN
1	担任教師	Homeroom Teacher	「それじゃホームルームを終わる。 明日は出張があるから高橋先生にお願いしてある」
2			１月に、なった。
3			三が日はあっという間に過ぎ去り、 あっという間にやってきたのが三学期で、 けれどその日々は、もう完全に流しモード。
4	親志	Chikashi	「春希」
5			ある者はセンター試験に備え、 休憩時間も自習に余念がなく。
6			またある者は就職関係の面接にでも忙しいのか、 年が明けてからほとんど教室に顔を出さず。
7	親志	Chikashi	「なぁ、春希ってば」
8	春希	Haruki	「ん～？」
9			そして、この喧騒を作り出している者たちの大多数が、 後は卒業を待つだけの峰城大推薦組。
10			騒いでいないとは言え、 俺も十二分にその連中と同化して、 怠惰な日々を送っていたりする。
11	親志	Chikashi	「起こさなくていいのかよ？ 今日の授業終わったぞ」
12	春希	Haruki	「なんでいちいち俺に聞くんだよ。 お前の後ろだろ」
13	親志	Chikashi	「そりゃ…そうだけどさ… おい冬馬、起きろって。 おいってば」
14	かずさ	Kazusa	「…んぅ？」
15			そして…
16			推薦組ではないにしても、 進路が決まってないにしても。
17			後は卒業を待つだけのお隣も、また以前のように、 よく眠る健康優良児へと戻っていた。
18	親志	Chikashi	「ホームルーム終わったぞ。 …冬馬の活動時間が始まったぞ」
19	かずさ	Kazusa	「ふあぁぁぁ…そっか。 悪いな、早坂」
20	親志	Chikashi	「お………おお」
21	春希	Haruki	「………」	"........."
22	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
23	親志	Chikashi	「またな～」
24			趣味で受験地獄に突入する一部を除いて、 平穏な日々がやってきた。
25			学園祭前の、ギスギスした雰囲気でもない、 学園祭直後の、浮ついた空気でもない、 普通に朝来て、昼過ごして、夕方帰るいつもの生活。
26	親志	Chikashi	「…どしたのお前ら？ 年が明けてからなんか変じゃね？」
27	春希	Haruki	「何もないって言ってんだろ」
28			実際に聞いてもいないのに、 いちいち人の感慨にケチつけやがる奴を除いては。
29	親志	Chikashi	「だってお前、いつもなら、あいつが教室出てくまで、 ずっと目で舐めるようにケツ追っかけてたのに…」
30	春希	Haruki	「下品な上に事実無根だ。 訴えれば確実に勝てるぞ」
31	親志	Chikashi	「でもって冬馬の方もさ、いつもなら、 お前が諦めて目を離した隙に、ちらっと、 ほんの少しだけ、お前の方を見てたのにな…」
32	春希	Haruki	「………気のせいだろ」
33			………	.........
34			改めて… １月に、なった。
35			三が日に、三人で過ごした時間も、 とっくに昔の出来事に成り果て、 もう、俺の記憶を彩ることはない。
36			それは、俺自らが… そしてもう一人が望んだはずのことだから。
37	雪菜	Setsuna	「やってるやってる…」
38	春希	Haruki	「ああ…頑張ってるな」
39	雪菜	Setsuna	「それじゃ、いっせ～ので飛び込むよ？ 春希くん」
40	春希	Haruki	「………」	"........."
41	雪菜	Setsuna	「いっせ～の…」
42	春希	Haruki	「やめようぜ」
43	雪菜	Setsuna	「え、あ、ちょっと…」
44			第二音楽室の扉に手をかけようとした雪菜は、 その手首を俺に掴まれて、廊下を引きずられていく。
45			差し入れの入った小さな布袋を、 その手にぶら下げたままで…
46			………	.........
47	春希	Haruki	「冬馬とはさ… しばらく会わない方がいいと思うんだ」
48	雪菜	Setsuna	「どうして？ かずさ、ちゃんと登校してるのに」
49	春希	Haruki	「それは…」
50			『今は、雪菜と二人でいたいから』
51	春希	Haruki	「コンクールが終わるまではなるべく邪魔したくない。 冬馬の奴、せっかく本気でピアノに戻ったんだから」
52	雪菜	Setsuna	「春希くん…」
53			そんな“本音”を語れるわけがない。
54			だって、そんなことをしたら、 雪菜は驚き、照れて、喜びかけたところで… 最後に悲しむだろうから。
55	春希	Haruki	「月末からなんだろ？　コンクール。 だったら、ほんの十日程度だって」
56			学校帰りの喫茶店。
57			今の俺たちは、普通に『寄ろっか』って一言だけで、 こうして二人の時間を過ごすことができる。
58			それに…
59	雪菜	Setsuna	「あ…」
60	春希	Haruki	「な、雪菜？ そうしよう？」
61	雪菜	Setsuna	「は…春希くん…っ」
62	春希	Haruki	「なに？」
63	雪菜	Setsuna	「ここ…ウチの生徒もいるんだよ？ ほら、向こうの席のコたち、こっち見てる」
64	春希	Haruki	「何か問題あるか？」
65	雪菜	Setsuna	「………ないね」
66			雪菜の左手の上に重ねられた俺の右手に、 今度は、雪菜の右手がゆっくりと乗せられる。
67			今の俺たちは、こんなことだって平気でできるんだから。
68			………	.........
69	雪菜	Setsuna	「そういえばかずさ、 今は毎日個人レッスン受けてるって。 この前、夜中の電話でそんなこと言ってた」
70	春希	Haruki	「雪菜さ…お前、電話代心配しろよ」
71			毎日、俺とも一時間以上話してるはずなのに。
72	雪菜	Setsuna	「なんでも、有名な音大の先生なんだって、 それが大学のレッスン休んでマンツーマンとか…」
73	春希	Haruki	「さすが冬馬家… 人脈までも思いのままだな」
74	雪菜	Setsuna	「男の人だって」
75	春希	Haruki	「あ、そ」
76	雪菜	Setsuna	「…気にならないの？」
77	春希	Haruki	「もちろん気になる」
78	雪菜	Setsuna	「へ、へぇ？」
79	春希	Haruki	「あまり厳しすぎない人だったらいいな。 たまには冬馬を俺たちと遊ばせてくれるような」
80	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
81			頭の中で思い描いていた模範解答が、 口からすらすら流れ出す。
82			この手の質問が出たとき、何も考えずに言えるように、 ずっと頭の中でシミュレーションしてたから。
83	春希	Haruki	「どうしたんだ？ 何か俺、変なこと言ったか？」
84	雪菜	Setsuna	「ううん… ５０過ぎのおじさんなんだって。その先生」
85	春希	Haruki	「あ、そ」
86			やっぱり、わざと後出しにしただろ、その情報。
87			からかってるのか、探ってるのか、 それとも心配してるのか、その全部なのか…
88	春希	Haruki	「とにかくさ、 コンクールでは会えるんだから、 お互い、ほんの少しの間の我慢だって」
89	雪菜	Setsuna	「う、うん」
90			雪菜の言葉が、そのどれだとしても、 もう俺は迷わないようにするだけだ。
91	春希	Haruki	「その代わり、本番では力一杯応援しよう。 声が枯れるくらいに」
92	雪菜	Setsuna	「ピアノコンクールでそれは 壮絶にマナー違反だと思うよ…」
93			これからは、 なるべく、冬馬とは会わないようにする。
94	春希	Haruki	「で、コンクールが終わったら、また三人で遊ぼう。 そういえばさ、雪菜の誕生日、来月だよな？」
95	雪菜	Setsuna	「ん？　ああ、そうだよ。２月の１４日」
96	春希	Haruki	「…プレゼント交換がしやすい日だな」
97			冬馬のことを、本当の親友と思えるようになるまで。
98	雪菜	Setsuna	「じゃあ、１４日はまたウチに集まろうか？ わたし、ご馳走沢山作るから！」
99	春希	Haruki	「たまにはもてなされてくれよ主賓…」
100			お互い、言葉を詰まらせたり、 感極まったりしないようになるまで。
101			雪菜のことを、笑ってのろけられるようになるまで。
102			俺ののろけを、笑って罵ってくれるようになるまで。
103	雪菜	Setsuna	「なら、それまでは、春希くんが慰めてね？ わたしに、寂しい思いをさせないでね？」
104			その日はきっと、もう少しでやって来る。
105	春希	Haruki	「約束する… 絶対に、雪菜を一人にはしないから」
106			俺と雪菜が、全ての一線を越えられたなら。
107			…俺たちが、身も心も繋がることができたなら。
108			………	.........
109			次の日から… 冬馬は学校に来なくなった。
110			雪菜とのメールのやり取りによると、 とうとう一日１６時間の追い込みモードで、 しばらくは一歩も外へは出られないらしい。
111			だから俺は…
112			そんなふうに、俺を避けてくれた冬馬に心から感謝した。
113			………	.........
114	春希	Haruki	「…聞こえるわけないか」
115			…んだけど。
116			この女々しさというか、意志薄弱さというか、 言行不一致というか…もはやストーカーの域だな。
117			門灯もついてる。部屋に明かりも灯ってる。
118			けれど、そこに人の気配はなく、 だから俺の目的が達成される訳もなかった。
119	春希	Haruki	「…帰ろ」
120			ピアノの音色を聴くだけでよかった。 窓に人影を見つけるだけでよかった。
121			…あいつの練習場所が、防音設備の完備した 地下室であるってことを、十分知ってるはずなのに。
122			たった三日、顔を見なくなっただけで、 無意識のうちに途中下車するなんて思わなかった。
123			それもこれも、色々と用事を押し付けられて、 学校を出た時間がちょうど８時になってしまったせいだ。
124			…今から俺たちの夜練だろ。いつもなら。
125			………	.........
126	春希	Haruki	「あ…」
127			『このストーカー』
128			そんなメールが…
129			俺が家に帰りつく時間を見計らったかのように、 ３０分後に届いた。
130			『頑張れ』
131			サブジェクトはもちろん 『ストーカーより』。
132			………	.........
133	春希	Haruki	「………」	"........."
134			『お前の手の届かない存在になってやる』
135			サブジェクトは『優勝する』だった。
136	春希	Haruki	「…頑張れ」
137			………	.........
138			……	......
139			…	...
140	雪菜	Setsuna	「え、ええと、あと何人？」
141	春希	Haruki	「今が１８番だから次だよ」
142	雪菜	Setsuna	「ええっ？　もうそんなすぐなんだ…」
143	春希	Haruki	「さっきから一人終わるごとに聞いてるだろ…」
144			そして… ２月に、なった。
145			月が変わってはじめての日曜日。 いよいよ俺たちは、冬馬の本当の本気に触れる。
146			コンクール、本選の日。
147	雪菜	Setsuna	「大丈夫かなかずさ… ちゃんと朝ご飯食べたかな？」
148	春希	Haruki	「…あいつの場合、食べたとしても カ○リーメ○トかゼリーだろうな」
149	雪菜	Setsuna	「駄目だよそんなの。 ちゃんとお腹にたまるもの食べないと スタミナがもたないんだから」
150	春希	Haruki	「…いいから落ち着けよ雪菜。 お前が演奏する訳じゃないんだから」
151	雪菜	Setsuna	「わ、わたしがやるわけじゃないから緊張するんだよ」
152	春希	Haruki	「自分が歌うときも最初はガチガチだったけどな」
153	雪菜	Setsuna	「…春希くんの意地悪」
154			さっきまで雪菜は、冬馬の星座とか名前の画数とか、 色々な観点から今日の運勢を割り出そうとしてた。
155			俺が『そんなの迷信だ』と突っぱねたら、 その次に『お守り渡しそびれた』と騒ぎ出した。
156			なんとか係の人に言付けて、 ほっとして戻ったところに、今度は今の朝食談義。
157	春希	Haruki	「冬馬なら平気だって。 あいつ、俺たちなんかよりよっぽど度胸据わってるから」
158			何しろジュニアの頃は、 コンクールを総なめにしたこともある “公称”天才二世少女だったんだから。
159	雪菜	Setsuna	「もう、予選のときから呼んでくれたら もっと覚悟できてたのになぁ。 かずさ、予選の日程教えてくれないんだもん」
160	春希	Haruki	「予選落ちなんて見られたくなかったんだろ。 今回は冬馬もそれだけ自信がなかったってことさ」
161			…なんて言ってるけど、 実は、予選の日程なら知ってた。
162			コンクールの主催団体のＨＰを隅々までチェックして、 ピアノ部門の全日程を調べ上げていたから。
163	雪菜	Setsuna	「予選には１００人以上もエントリーしてたんだって。 それが二次予選まで終わったら残り２０人だもんね」
164	春希	Haruki	「俺たちが気づいたときには、 冬馬はもうトップ２０なんだもんなぁ… やっぱ凄いな、あいつ」
165			でも、雪菜には、予選の日程を話さなかった。 言えば必ず『応援に行こう』って話になるから。
166			平日なのに。授業と重なってるのに。
167			…俺に、行く勇気がないってのに。
168	雪菜	Setsuna	「これってさ…学生コンクールじゃないんだよね。 出てくる人みんな大人だし、すごく上手いし」
169	春希	Haruki	「年齢制限は１８歳以上３０歳以下ってなってるな」
170			つまり、冬馬は最年少…
171	雪菜	Setsuna	「ここで優勝したら、大学から推薦来ないかな？」
172			ほんの腕試しのはずの、２年ぶりの復帰戦で、 いきなりそんな厳しいのを選ぶところが、 あいつらしいというか、何というか…
173	雪菜	Setsuna	「できれば都内の大学がいいな。 ねぇ、近くの音大ってどこだろ？ 確かウチの音楽科のコたちがよく進学するのって…」
174	春希	Haruki	「先走りすぎだろ、雪菜。 今回は本選に残っただけでも良しとしないと」
175	雪菜	Setsuna	「もう、春希くんこそ先細りしすぎだよ。 まだかずさが弾いてもいないうちから…」
176	女性司会	Female Chairman	「続きまして１９番。冬馬かずささん」
177	雪菜	Setsuna	「き、来た！　来たよ春希くん！」
178	春希	Haruki	「落ち着けって…」
179			呆れたように雪菜をたしなめつつも、 俺の視線はもう、舞台の上に釘付けになっていた。
180			黒のシックなドレスに身を包み、 いつもの長く艶やかな黒髪を揺らしつつ、 思ったとおり、堂々と登場してきた。
181	女性観客１	Female Spectator 1	「ほらあの子よ、冬馬曜子の娘。 予選のときから話題になってたの。 今回の出場者の中で最年少なんですって」
182	女性観客２	Female Spectator 2	「へぇぇ…蛙の子は蛙と言うべきか。 子供の頃から英才教育を受けたエリートと言うべきか」
183			…つい最近まで親蛙に反抗してたけど。
184	雪菜	Setsuna	「っ…」
185			雪菜が、俺の手のひらに手を重ねてぎゅっと握る。
186			たちまち伝わってくる、彼女の鼓動と手のひらの汗。 ガチガチに固まった身体。
187	春希	Haruki	「雪菜…」
188			俺は、そんな雪菜の手のひらを包み込み、 軽く息を吐きながら、別の感慨にふける。
189			あいつ… 約束どおり、俺のこと見つけるかな、とか。
190			やっぱ黒似合うな、とか。 そもそも何着ても似合いやがるからなぁ、とか…
191	雪菜	Setsuna	「…春希くん」
192	春希	Haruki	「雪菜、だから落ち着いて…」
193	雪菜	Setsuna	「痛いよ…手」
194	春希	Haruki	「………」	"........."
195			カッコ悪いな、俺。
196	春希	Haruki	「…すまん。 実はめっちゃ緊張してて」
197	雪菜	Setsuna	「それじゃ… 二人揃って、ガチガチで聴こうか？」
198	春希	Haruki	「うん…」
199			雪菜が、もう一度俺の手のひらを強く握り直す。 指と指を深くまで絡め、絶対に外れないように。
200			俺も、雪菜の手のひらを強く握り返し、 互いの鼓動と、べとついた汗を交換する。
201			そして…
202			いよいよ、冬馬の演奏が始まった。
203			………	.........
204			正直なところ…
205			俺はもちろん、多分雪菜も、 今、冬馬が目の前で弾いている演奏の価値を、 かけらも理解していないって、わかってる。
206			疾走するスピード感とか、叩きつける強さとか、 ミスのない正確な指さばきとか、 そういうわかりやすい観点でしか見れない。
207			で、実はそういった観点で見てみると、 さっきまでの１８人の誰もがほとんど完璧で、 俺たち程度の耳じゃ優劣なんてつけようがない。
208			よく、音が多彩だとか、表現力が豊かだとか、 音楽評論家が口にする、それこそ多彩で豊かな表現は、 俺たちのようなアマチュア学生が使うには痛すぎる。
209	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
210	春希	Haruki	「………」	"........."
211			それでも俺たちは、固く手を握り合い、 お互いの手に爪が食い込んでしまうくらい、 流れ出る音の奔流に飲み込まれていた。
212			多分、親友が弾いているからだと思う。 どうしても抜けないひいき目で見まくってるんだと思う。
213			それでもやっぱり…
214			冬馬の弾くピアノは、 俺たちを、衝撃の渦に、思い切り叩き込んでいった。
215			だから結局、 俺はまだ、冬馬のファンをやめられないままで。
216			拍手をするためにようやく離した手と、 そして、最後までステージを凝視し続けた目は… 恥ずかしながら、赤く腫れ上がっていた。
217			………	.........
218	女性司会	Female Chairman	「５位。 ８番、小山志織さん」
219	雪菜	Setsuna	「っ…ぅ…ぅぅ…っ」
220	春希	Haruki	「…少しは落ち着いたか？」
221	雪菜	Setsuna	「ぅ、ぅん…ひぅっ…」
222			…けど、隣がもっと凄いことになってたので、 俺の表情はまったく気取られずに済んだ。
223			冬馬の、最後の曲が終わったとき、 自分のために取り出したハンカチは、 今や完全に雪菜の目元を独占してる。
224	雪菜	Setsuna	「凄かった…」
225	春希	Haruki	「ああ…」
226	雪菜	Setsuna	「なんだかよくわからないけど凄いって、 本当にあるんだね…」
227	春希	Haruki	「うん…」
228	女性司会	Female Chairman	「４位。 １５番、高橋慎吾さん」
229			全然ジャンルが違うけど…
230			学園祭の俺たちの演奏なんて、 やっぱり子供騙しだったって、 当の本人に証明されてしまったような気がした。
231	雪菜	Setsuna	「絶対に入賞してるよね？ だってかずさ、あんなに頑張ってたんだもん」
232			頑張ったことは、 コンクールでは評価対象にはならない。
233			それにもし、今までの頑張りが加味されるとしたら、 多分冬馬は、今日の参加者の中で、 一番の減点対象になり得ると思う。
234			それでも…
235	春希	Haruki	「入賞してるといいな」
236			そんなふうに、期待できるくらい、 冬馬の演奏は聴き応えがあった。
237			少なくとも、他と比べても全然遜色なかった。 俺みたいな素人には、大きな違いがわからなかった。
238	女性司会	Female Chairman	「３位。 １番、新木吉和さん」
239	雪菜	Setsuna	「絶対入ってるよ。 だって、頭一つ抜けてたもん」
240	春希	Haruki	「そう、だな」
241			冷静に判断できてないことを知ってるから、 ちょっとだけ、答える声が喉に籠もってしまう。
242			それでも、つとめて冷静に思い返し…
243	雪菜	Setsuna	「２位かな？　１位かな？ ここまで来たら、１位取って欲しいな…」
244	春希	Haruki	「………うん」
245			やっぱり、雪菜と同じ結論に辿り着くのは、 もう、どうしようもないのかもしれない。
246			でも仕方ないじゃないか… 冬馬の奴、本当に凄かったんだから。
247			それに、あの決して夢を見ないシニカルな奴が、 俺に『優勝する』って約束したんだから…
248	女性司会	Female Chairman	「２位。 １７番、伊藤美智子さん」
249	雪菜	Setsuna	「っ！？ は、春希くん」
250	春希	Haruki	「………」	"........."
251			雪菜の手が、また俺の手のひらに重ねられるよりも早く、 俺もまた、雪菜の手を強く握りしめていた。
252			…厳しいのはわかってる。
253			最年少で、ここ二年指導を受けてなくて… 常識で考えたら、本選に残ったことからして奇跡。
254			けれどもう、その奇跡を実現してしまった以上、 もう何が来たって驚くに値しない。
255			残るは、たった一席。
256			冬馬が中学生の頃まで、 当然のように毎回かっさらっていた順位。
257			冬馬にとって最低だったこの三年間を、 たった一日だけで塗り替えることのできる、それは…
258	女性司会	Female Chairman	「そして１位…」
259			………	.........
260	雪菜	Setsuna	「っ…ぅ…ぅぅ…っ」
261	かずさ	Kazusa	「あたしカフェオレ」
262	春希	Haruki	「あ、じゃあ、ブレンド」
263	雪菜	Setsuna	「ひぅっ、ぅぅ…っ、く…」
264	春希	Haruki	「………２つでお願いします」
265	ウェイトレス	Waitress	「カフェオレとブレンド２つですね。 かしこまりました」
266	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
267	春希	Haruki	「………」	"........."
268	雪菜	Setsuna	「ぅ…ぅぇぇ…ぇぅっ、ひっく…」
269	かずさ	Kazusa	「…何とかしろよ。 お前の彼女だろ」
270	春希	Haruki	「冬馬のことで泣いてんだぞ？ お前が何とかしろよ」
271	雪菜	Setsuna	「ご、ごめん、ごめんね。 すぐに泣きやむから…ひっ、ぅ…」
272	かずさ	Kazusa	「大体さぁ、夢見すぎなんだよお前らは。 あたしが１位に違いないって、何かのギャグか？」
273	春希	Haruki	「それは…だってさ」
274			１位。 １２番、橋本健二さん。
275			以上を持ちまして、 順位の発表を終了させていただきます。
276			…そんなアナウンスがホール全体に響いたとき、 割れんばかりの拍手とともに、呆然と佇む俺たちがいた。
277	かずさ	Kazusa	「予選の時から１２番の人が来るってわかってたよ。 一人だけレベルが違ってたし。 なんか同じ場所に立ったこと馬鹿にされてる気がした」
278	春希	Haruki	「…遜色なかったと思うけどな、冬馬も」
279			というか、正直なところ、 １２番がどんな演奏をしたのかなんて、 全然覚えてない。
280	かずさ	Kazusa	「ま、北原程度の耳じゃわかんないか。 本当なら素人にでも余裕でわかるくらいの レベルの差なんだけどな」
281	春希	Haruki	「どうせギター歴一年未満の素人以下だよ…」
282	かずさ	Kazusa	「あの人、近いうちに来るよきっと。 …なんて、負けた人間が言ったってしょうがないけど」
283			そんなこんなで、泣いたままの雪菜を抱えて、 気まずそうに控え室の外で待っていた俺たちを。
284			冬馬は、えらくすっきりとした顔で迎えてくれた。
285	かずさ	Kazusa	「だからさ、いい加減元気出せ雪菜。 ま、そこまで落ち込まれてあたしも本望だけどさ」
286	雪菜	Setsuna	「凄かった…本当に凄かったんだよかずさ。 だから余計に悔しいよ…っ」
287	かずさ	Kazusa	「本当にいい奴だな雪菜は。 本気で北原には勿体ない」
288	春希	Haruki	「人を誉めるために人を貶めるのはやめろ」
289			大体、自分が一番良くわかってることを いちいち指摘されると、余計に腹が立つし。
290	かずさ	Kazusa	「あたしは気にしてない。 それどころか、落ちてよかったって思ってる」
291			向かいで目をこする雪菜の頭に手を置いて、 冬馬が、心からいとおしげに頭を撫でる。
292			…俺のやる仕草に凄くよく似てるのは、 この行為こそが、誰もが雪菜にこうしたいって 思うことの具現化だからだろうか。
293	雪菜	Setsuna	「どうして？ あんなに必死に頑張って… なのに、報われなかったのに」
294	かずさ	Kazusa	「どうしてといわれると…\k\n
295	かずさ	Kazusa	あ～もう、あたしって駄目だなぁ！」
296	春希	Haruki	「…ちっとも気にしてなくないじゃないか」
297	かずさ	Kazusa	「いや、落ちたことが駄目なんじゃないんだ。 ただ、その、なんというか… ほっとしてる自分が駄目なんだ」
298	春希	Haruki	「意味わからん」
299	かずさ	Kazusa	「いつまでも諦めが悪いというか、 限りなく後ろ向きというか、 いい加減前に進めない暗い性格と言うか…」
300	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
301	かずさ	Kazusa	「………やっぱ今の却下な」
302	春希	Haruki	「さっぱり意味わからん」
303			それよりも、今一番意味がわからないのは、 うつむいて自信なさげに自問自答を繰り返す、 俺が見たことのない冬馬の姿だったり。
304			そして、そんな冬馬らしくない冬馬のくせに、 心から安堵したような、上目遣いのはにかんだ笑顔を 俺に見せてしまうことだったり。
305	かずさ	Kazusa	「ま、いいじゃん。次があるから。 また頑張ればいいんだから。 だからあたしは落ち込んでないんだよ」
306	雪菜	Setsuna	「また、頑張るんだ？」
307	かずさ	Kazusa	「あたしにはピアノの才能があるってわかったし。 ２年遊んでたのに本選行けるなんて天才の証拠だ」
308	春希	Haruki	「自信家としての才能に比べたら大したことないけどな」
309	かずさ	Kazusa	「それにさ…」
310	春希	Haruki	「いてっ！？」
311	かずさ	Kazusa	「やっぱ楽しかったよ… 自分の音楽で、誰かを感動させてやるのって」
312			………	.........
313	かずさ	Kazusa	「寒…」
314	春希	Haruki	「雪、降ってもおかしくなさそうだな」
315			三人で、夜まで一緒にいて。 駅前のファミレスで、残念会で盛り上がって。
316			解散の時間になり外に出たら、 暗い空はすっかり寒気を運んできてた。
317	かずさ	Kazusa	「それじゃ、あたしはこっちだから。 北原、雪菜頼んだぞ。 …ちゃんとお前の魔の手から守ってやれよ？」
318	春希	Haruki	「どうやって…」
319			けれど、そんな身も心も冷え込みそうな空気の中で、 冬馬はもう、すっかりいつも通りだった。
320	雪菜	Setsuna	「ね、かずさ？」
321	かずさ	Kazusa	「ん？」
322	雪菜	Setsuna	「明日から、また学校来るよね？」
323	かずさ	Kazusa	「そうだな… これで堂々と休める理由もなくなったし」
324			手を重ね、その隙間に唇をあてると、 冬馬の白い息が、ほうっと空に上っていく。
325	雪菜	Setsuna	「よかった… じゃあ、また明日から三人だね」
326	かずさ	Kazusa	「雪菜がそれを望むなら、な」
327	春希	Haruki	「………」	"........."
328			その仕草や言葉は、最近の、目に見えないけど、 寂しげな雰囲気を醸し出してたあの冬馬とは、 一線を画してるようにも見えて…
329	雪菜	Setsuna	「うん、ありがと。 卒業までよろしくね、かずさ」
330	かずさ	Kazusa	「…と、いうわけだ。 卒業までよろしくな、北原」
331	春希	Haruki	「…ああ。 こっちこそ」
332	かずさ	Kazusa	「もう、先月みたいに無視しないでくれよな。 あたしだって結構辛かったんだぞ？」
333	春希	Haruki	「っ！？」
334			だから…
335			そんなふうに、本気なんだか、からかってるんだか わからない曖昧な態度も、普通にアリに感じられて。
336	かずさ	Kazusa	「それじゃ、またな！」
337	雪菜	Setsuna	「また明日ね～！」
338	春希	Haruki	「あ、あ…」
339			それはもう、またしても俺を戸惑わせるに 十分な変化を見せつけてきやがって。
340			…吹っ切ったのか？ というか、ただの俺の空回りだったのか？
341			あいつは、本当にわからない。 最初からわかってたんだけど…俺の手に余る。
342			………	.........
343	かずさ	Kazusa	「あ、あたし。 うん、終わったよ。 今？　ご飯食べ終わって帰るとこ」
344	かずさ	Kazusa	「それでさ、結果の方なんだけど… うん、やっぱ２年のブランクは大きかったってとこ」
345	かずさ	Kazusa	「全然なってない。言われた通り。 本当、あたしもまだまだだ」
346	かずさ	Kazusa	「でも、ま、仕方ないよね。全部自分のせいだし。 今からでも遅くない…かどうかはわからないけど、 もう一年頑張ってみて、来年こそ…え？」
347	かずさ	Kazusa	「………来てた、の？」
348	かずさ	Kazusa	「え？」
349	かずさ	Kazusa	「ちょ、ちょっと待って、待ってよ… あたし…あたし、落ちたよ？ 期待に応えられなかったよ？」
350	かずさ	Kazusa	「なのに…なのに、どういうこと？」
351	かずさ	Kazusa	「合格…って」
352			………	.........
353			……	......
354			…	...

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