White Album 2/Script/3003

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	Speaker		Text		Comment
Line #	JP	EN	JP	EN
1	かずさ	Kazusa	「インタビュー…だって？」
2	曜子	Youko	「２５日の１０時から。 先方からこちらのホテルに来てくれるって」
3	かずさ	Kazusa	「そういうのはしないって言っただろ？ 授賞式とか、最低限に留めてくれって何度も」
4	曜子	Youko	「昔なじみで世話になってる人なのよ。 しかも、向こうのスタッフも偶然現地入りしてるって… そんな状況だったから断りづらくって」
5	かずさ	Kazusa	「そんなのあたしは知らないね」
6	曜子	Youko	「なんてワガママな…」
7	かずさ	Kazusa	「…母さんにそんなこと言われるとは思わなかった。 『クリスマスミサ行くわよ。夜行列車で』 とか今日になっていきなり言い出す人に」
8	曜子	Youko	「前々から約束してたじゃない。 今年こそは一緒にバカンス行こうって」
9	かずさ	Kazusa	「ミサなんてどこでもやってる… なんでわざわざストラスブールなんだよ？」
10	曜子	Youko	「まぁ騙されたと思って一度街を歩いてみなさい。 価値観変わるから」
11	かずさ	Kazusa	「ったく…」
12	曜子	Youko	「冷凍ミカン食べる？」
13	かずさ	Kazusa	「…どこで買ったんだよそんなの」
14			………	.........
15	曜子	Youko	「…ところで」
16	かずさ	Kazusa	「今度はなに？」
17	曜子	Youko	「そろそろ、来年のツアー計画発表したいんだけど」
18	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
19	曜子	Youko	「いい加減、サインしてくれないかな？ もう会場を押さえる期限に来てるんだけど」
20	かずさ	Kazusa	「なんで…あんなところに行くんだ？」
21	曜子	Youko	「あんなところとはご挨拶ね。 わたしたちの生まれ故郷に対して」
22	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
23	曜子	Youko	「ちゃんとしっかりした理由はあるわよ。 …今年でヨーロッパも一通り回ったし、 そろそろ新しい地域に進出しようと考えてたの」
24	かずさ	Kazusa	「だからって日本に決める理由はないだろ。 …アメリカなんかどうかな？」
25	曜子	Youko	「今のあなたは、日本で高いのよ。 それも、劇的に」
26	かずさ	Kazusa	「高い…って」
27	曜子	Youko	「ジェバンニ国際４位が効いたわね… あなた今、日本でアイドル扱いされてるらしいわよ？」
28	かずさ	Kazusa	「なんだよそれ…勘弁してくれ」
29	曜子	Youko	「おかげで来日公演の提示額が いきなり倍に跳ね上がるし… 今日本に行かないテはないのよ」
30	かずさ	Kazusa	「この銭ゲバピアニスト…」
31	曜子	Youko	「経営者ですから」
32	かずさ	Kazusa	「っ…」
33	曜子	Youko	「そろそろ…いいじゃない。 もう五年も経ってるのよ？」
34	かずさ	Kazusa	「………突然訳わかんないこと言わないで。 ただめんどくさいだけだ。 別に行きたくないなんて」
35	曜子	Youko	「わたしだってね、 死ぬときは生まれ故郷でって思ってるの」
36	かずさ	Kazusa	「あと１００年は大丈夫だよ。あんたなら」
37	曜子	Youko	「その時にね… 娘に『絶対に帰らない』って言い張られて、 看取られずに逝くのは嫌だもの」
38	かずさ	Kazusa	「あんたの方が長生きするって…言ってるだろ」
39	曜子	Youko	「バカンスから帰るときにもう一度返事して。 …それでも駄目なら諦めるから」
40	かずさ	Kazusa	「三年も日本に置き去りにしたり、 突然ヨーロッパに来ないかって言ったり、 今度はいきなり帰ろうって…勝手だね」
41	曜子	Youko	「今頃気づいたの？ かずさ、あなた何年わたしの娘やってるのよ？」
42	かずさ	Kazusa	「…もういい」
43	春希	Haruki	「こっちは今駅に着いたところ」
44	雪菜	Setsuna	「そっか…こっちは今、連絡バス待ち。 今から乗り継ぎだから、わたしの方が遅くなるかな…」
45	春希	Haruki	「パリがもう凄い雪でさ、 今日中に着かないかと思ったよ」
46	雪菜	Setsuna	「こっちも。空港到着が３時間も遅れちゃって… もう、一緒に街を歩きたかったのにな」
47	春希	Haruki	「予定なら陽が沈む前には合流できてたのにな。 空港にだって迎えに行くはずだったのに…」
48	雪菜	Setsuna	「二人でいられる時間、減っちゃったね…」
49	春希	Haruki	「ごめん… まさか明日も仕事を入れられるとは…」
50	雪菜	Setsuna	「あ、そっちは仕方ないよ。 もともと仕事の出張なんだもん。 わたしが残念なのは、あくまで今日のこと」
51	春希	Haruki	「にしてもさぁ… だいたい、新人をこき使いすぎなんだよあの会社は」
52	雪菜	Setsuna	「それだけ期待されてるってことだよ！」
53	春希	Haruki	「というか多分、新人だと見られてないんだと思う…」
54	雪菜	Setsuna	「あはは…それはあるかもね。 だってバイト時代を含めると、もう三年でしょ？」
55	春希	Haruki	「でもなぁ…それとこれとは…」
56	雪菜	Setsuna	「いいんだよ。 わたしが無理言って合流しちゃうだけなんだから…」
57	春希	Haruki	「だって、約束だろ？ …絶対に、一週間以上離れたりしないって」
58	雪菜	Setsuna	「ん………約束」
59	春希	Haruki	「なのに一週間の海外出張なんてさ…」
60	雪菜	Setsuna	「さっきも言ったでしょ？ お仕事なんだから仕方ないって。 それに…」
61	春希	Haruki	「ん？」
62	雪菜	Setsuna	「約束は、絶対に破られたりしないよ。 だからわたしは、ここまで来たの。 …春希くんを、追いかけて」
63	春希	Haruki	「雪菜…」	"Setsuna..."
64	雪菜	Setsuna	「なぁんてね！ 実は昔から行ってみたかったの！ ストラスブールのクリスマスミサ！」
65	春希	Haruki	「…とと」
66	雪菜	Setsuna	「もう春希くんの出張先がフランスって聞いたときから、 わたしも行きたくてウズウズしちゃってて… だから上司の人には大感謝」
67	春希	Haruki	「しなくていいから。 つけ上がるから」
68	雪菜	Setsuna	「だからさぁ、空港に雪が積もってて、 着陸できずに旋回してる時はドキドキだったよ。 間に合ってよかったぁ…」
69	春希	Haruki	「ああ…間に合ってよかった。 クリスマスミサにも、一週間ルールにも、 それに…」
70	雪菜	Setsuna	「それに？」
71	春希	Haruki	「………後で、話すよ」
72	雪菜	Setsuna	「？　あ、バス来ちゃった。 それじゃ、後でね。 多分、あと１時間くらいで着くと思うから」
73	春希	Haruki	「ああ、それじゃこっちは、 先にホテルにチェックインしとく」
74	雪菜	Setsuna	「うん、わたしも駅に着いたらまた電話するね」
75	春希	Haruki	「…行き方、わかるか？」
76	雪菜	Setsuna	「大丈夫だよぉ！ …ちゃんとフランス語とドイツ語の入った 電子辞書持ってきたから」
77	春希	Haruki	「………頑張れ」
78	雪菜	Setsuna	「それじゃ、後でね」
79	春希	Haruki	「さて、と…」
80	かずさ	Kazusa	「…それで？ 今どこなの？」
81	曜子	Youko	「それがねぇ… 偶然ばったりエレーヌに会っちゃって。 覚えてるエレーヌ？　去年パリ響の…」
82	かずさ	Kazusa	「そんなことはどうでもいい。 あたしは、母さんが今どこにいるかと聞いてるんだ」
83	曜子	Youko	「だからね、聞いてよかずさ。 ほら、水上バス下りたところまでは一緒だったでしょ？ あの時に実はわたしたちの後ろの席に偶然彼女が…」
84	かずさ	Kazusa	「…要するにあんたは、 偶然知り合いと再会したんで、 娘ほっぽり出して旧交を温めてたと」
85	曜子	Youko	「…まぁ、そうとも言うわね」
86	かずさ	Kazusa	「っ…やっぱりミサまでホテルで寝てればよかった。 あんたが市内観光になんか連れ出すから。 しかも、こんな雪の中」
87	曜子	Youko	「まだ二時間くらいあるし、 仮眠くらいなら取れるでしょ」
88	かずさ	Kazusa	「そういう問題じゃない…携帯切ってるし。 どれだけ探したと思ってるんだ… 寒いわ滑るわで散々だ」
89	曜子	Youko	「とにかく、そういうことだから… こっちは合流するのにもう少し時間かかる。 ついでにミサの時にエレーヌ紹介するわね」
90	かずさ	Kazusa	「で、どこで合流するって？」
91	曜子	Youko	「ここからじゃ、ホテルに戻るのも面倒だし… 大聖堂の前で、１１時ってことで」
92	かずさ	Kazusa	「ハチ公前よりも見つけにくい気がするんだけど…」
93	曜子	Youko	「大丈夫よ、携帯もあるし。 それじゃ、現地でね」
94	かずさ	Kazusa	「はぁ…」
95	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
96	かずさ	Kazusa	「ひとまず、ホテルに戻る、か」
97	？？？	???	「ああ、それじゃこっちは、 先にホテルにチェックインしとく」
98	かずさ	Kazusa	「日本語…か」
99	かずさ	Kazusa	「さて、と」
100	？？？		「…行き方、わかるか？」
101	かずさ	Kazusa	「………？」
102	春希	Haruki	「………頑張れ」
103	かずさ	Kazusa	「………え」
104	タクシー運転手		「どちらまで？」
105	春希	Haruki	「ホテル『クール・デュ・○○ボー』までお願いします」
106			………	.........
107	かずさ		「あ………」
108	かずさ		「あ、あ………あああっ！」
109	タクシー運転手２		「どちらまで？」
110	かずさ	Kazusa	「あ、あ…あの車追いかけてっ！」
111	タクシー運転手２		「？？？」
112	かずさ	Kazusa	「あ……… あのタクシーについていってください…」
113			………	.........
114			………	.........
115	かずさ	Kazusa	「はぁっ、はぁっ、はぁぁ…っ」
116	かずさ	Kazusa	「………あ、あれ？」
117	かずさ	Kazusa	「うそ…いない？ た、確かにこっちに…」
118	かずさ	Kazusa	「………っ！」
119	春希	Haruki	「ホテル『クール…』」
120	春希	Haruki	「ここ、か」
121	フロント		「いらっしゃいませ」
122	春希	Haruki	「２名で予約してた北原ですが…」
123	かずさ	Kazusa	「はっ…あっ…はぁっ…はぁ、はぁ、ぁ…」
124	かずさ	Kazusa	「はっ、はっ………っ！？」
125	かずさ	Kazusa	「～～～っ、 い、い…痛…っ」
126	現地の男性		「大丈夫かいお嬢ちゃん？」
127	かずさ	Kazusa	「だ、だ………大丈夫…っ」
128	現地の男性		「…とてもそうは見えないけど。 ちょっと見せてごらん」
129	かずさ	Kazusa	「大丈夫… 本当に大丈夫………っ！？」
130	現地の男性		「あ…これはダメだ。 見てごらん」
131	かずさ	Kazusa	「あ…」
132	現地の男性		「ほら、ヒールが折れてしまっている。 これじゃまともに歩けない」
133	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
134	現地の男性		「肩を貸そう。 ホテルはどこだね？」
135	かずさ	Kazusa	「………っ」
136	現地の男性		「それとも病院に行くかね？ それならすぐ近くに…」
137	かずさ	Kazusa	「大丈夫…」
138	現地の男性		「お、おい… 何をするつもりだね？」
139	かずさ	Kazusa	「こうすれば…歩ける」
140	現地の男性		「やめたまえ！　雪だぞ？ 裸足なんて正気の沙汰じゃない！」
141	かずさ	Kazusa	「ありがとう… 助かりました」
142	現地の男性		「骨を痛めてたらどうするんだ！ 戻ってきなさい！」
143	かずさ	Kazusa	「っ………春希」
144	春希	Haruki	「っ…」
145	春希	Haruki	「浜田さん…」
146			『浜田　和紀』
147			『１２／２５取材概要』
148			『お疲れさま、浜田です』
149			『直前で申し訳ないけど、明日の取材内容について』
150			『詳細はＰＣのメアドに添付ファイルで送ってあるから、 そっちをしっかり見ておくように。 とりあえずこちらは概要だけ』
151			『仕事内容はインタビュー取材。 アンサンブルの編集長にどうしてもと頼まれた。悪い。 お前も色々と世話になってるだろ？』
152			『なんでも取材対象が、 毎年この時期にバカンスでそこを訪れるので、 ちょうどスケジュールが合ったらしい』
153			『カメラマンは現地の人間が当日合流する。 北原はインタビューの方だけ担当してくれればいい』
154			『言葉のことを心配してるなら問題ない。 ちゃんと日本語が通じる相手だ』
155			『なにしろ取材対象は』
156	かずさ	Kazusa	「はぁっ、はぁっ………ぃっ！」
157	かずさ	Kazusa	「は、はぁ…あ、ぁぁ…」
158	かずさ	Kazusa	「………………………ぁ」
159	かずさ	Kazusa	「あは…」
160	かずさ	Kazusa	「あはは…」
161	かずさ	Kazusa	「あはははは…ふふ…ふふふ…っ」
162	かずさ	Kazusa	「………っ、 ぅ、ぅぅ………ぃぅっ…」
163	？？？		「春希………っ」
164	春希	Haruki	「っ…あれ？ なんだよ、もう着いたのか雪………っ！？」
165	春希	Haruki	「………え」
166	かずさ	Kazusa	「春希…」	"Haruki..."
167	春希	Haruki	「かず………さ？」	"Kazu..........sa?"
168	かずさ	Kazusa	「………偶然、だな」
169	春希	Haruki	「………」	"........."
170			自分が今、どんな顔をしているのかすら全然わからない。
171			足が動かなくて、 噴水の縁に腰掛けたまま立つこともできない。
172			頭の中では、全力で走り出している。 必死で逃げている。
173			変わらぬ長い黒髪の… けれど、まだ上があったのかよってくらい、 凄まじく綺麗になった目の前の女性から。
174	かずさ	Kazusa	「お前…ぜんっぜん変わんないな。 すぐにわかったよ」
175	春希	Haruki	「………っ」
176			嫌だから逃げたいんじゃない。 会いたくなかったから背を向けようとしたんじゃない。
177			逆、だ。
178			だから、話をしてはいけないって。 無視しなくちゃ、いけないんだって。
179	かずさ	Kazusa	「なんとか言えよ…」
180	春希	Haruki	「………元気そうだな」
181			なんで今… このタイミングでお前なんだよ？
182	かずさ	Kazusa	「まぁな。 楽しくやってるよ」
183	春希	Haruki	「そっか…よかったな」
184	かずさ	Kazusa	「…ああ」
185			俺、雪菜にプロポーズしようとしてたんだぞ？
186			今度こそ、お前と… もう、何度目になるかもわからない、 『永遠にさよなら』をするはずだったんだぞ？
187	春希	Haruki	「………」	"........."
188			『なんとか言え』と言われて、 やっと一言二言搾り出したきり、 結局、また沈黙の底に沈んでしまう。
189			なんで？　どうして？
190			なんで今、俺の目の前にいる？ 俺がここにいることを知ってたのか？ それとも、単なる偶然？
191			どうして俺がお前の取材をすることになってる？ 誰が決めたんだ？　編集長？　冬馬曜子？ …お前は、どこまで知ってるんだ？
192			俺と会うことを、承諾したって言うのか…？
193	春希	Haruki	「………」	"........."
194			そんな、聞けばわかるはずの数々の疑問を、 けれど一つも口から出せずにいた。
195	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
196			かずさが、じっと俺を見下ろしてる。
197			けれど俺は、その視線を受け止めることもできず、 ただじっと、足下に目を落としたまま。
198			かずさの顔が見れない。
199			だって、一度見ただけでわかってしまったから。
200			五年見ないうちに、また進化しやがったことも。 けど、紛れもない冬馬かずさ本人だってことも。
201			一目でそれとわかってしまった俺の記憶の強さも…
202	かずさ	Kazusa	「………っ」
203			そんな、人の目も見ない、言葉も交わさない… 最低な俺の態度に、かずさは深い失望のため息をつき…
204	かずさ	Kazusa	「じゃあ… あたし、ホテルに戻る途中だから」
205	春希	Haruki	「ああ…」
206			とうとう、痺れを切らしたらしかった。
207			あまりにも最悪の再会だった。
208			懐かしさに笑い合うことも、 お互いの尽きぬ近況報告も、 感激の涙も…
209			何もかも、俺が台無しにした。
210			だって、台無しにする必要があった。 俺たちの再会を、運命にすることは許されなかった。
211			だって、今の俺は…
212	かずさ	Kazusa	「それじゃ…元気で」
213	春希	Haruki	「かず…冬馬も、な」
214	かずさ	Kazusa	「っ………ん」
215			このままじゃ、明日の取材が酷いことになるって… もしかしたらキャンセルされる可能性もあるって わかってたけど。
216			けれど今は、プライベートの時間だ。 これは仕事じゃない。 何も関係なんかない。
217			ピアニスト冬馬かずさと、開桜社北原春希の間に どんな接点があったとしても…
218			ただのかずさとただの俺には、 もう、何の関係も…
219	春希	Haruki	「………」	"........."
220	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
221			かずさが、背中を向ける。
222			実際にその背中を見送った訳じゃない。 だって、俺の視線はずっと下を向いたままだから。
223			だから、俺が見たものは、背中じゃなくて足。 かずさのコートの裾から覗く、ふくらはぎと、かかと…
224	春希	Haruki	「………なんだよ、それ？」
225	かずさ	Kazusa	「え…？」
226			そこに目の焦点が合ったとき、 俺の頭が、当たり前の違和感にやっと辿り着いた。
227	春希	Haruki	「お前…なんで裸足なんだよ？ 靴はどうしたんだよ？」
228	かずさ	Kazusa	「あ………あぁ」
229			かずさのかかとが持ち上がる。
230			と、その下から見えた足の裏は、 さらに違和感が酷いことになっていた。
231	春希	Haruki	「なにやってんだよお前… 雪、積もってるってのに！」
232			脚全体を覆っていたストッキングは、 かかとのところで破れ、白い足裏を覗かせていた。
233			いや、白いだけなら良かった。 けれどそこに、青く腫れ上がった凍傷と、 赤くすりむけた傷までも覗かせていたとなれば…
234	かずさ	Kazusa	「さっきヒールが片方折れてさ。 歩きにくかったから、捨ててきた」
235	春希	Haruki	「捨ててきたって…おい」
236	かずさ	Kazusa	「別に問題ないよ。 安…くはないけどありふれたブーツだったし」
237	春希	Haruki	「ブーツの話なんかしてないだろ！ お前、足が…」
238	かずさ	Kazusa	「雪を直に踏みしめるのも結構気持ちいいぞ？ …まぁ、後でぐちゃぐちゃになるのが難点だけど」
239	春希	Haruki	「かずさ！」	"Kazusa!"
240	かずさ	Kazusa	「………っ」
241			いつの間にか、立ち上がっていた。
242			さっきまで、いくら頭で命令しても、 言うことを聞いてくれなかった足が、 やっぱり言うことを聞かないまま、今度は勝手に動いてた。
243	春希	Haruki	「そんな足で本当に歩いて帰れるのかよ？」
244	かずさ	Kazusa	「大丈夫…」
245			そして声も喋りも、 いつの間にか元通りに大きく、回るようになっていた。
246	春希	Haruki	「ちょっと、触るぞ」
247	かずさ	Kazusa	「いきなり女の脚にか？ お前、相変わらず厚かまし…
248	かずさ	Kazusa	っ！？」
249	春希	Haruki	「…足首も痛むのか？」
250	かずさ	Kazusa	「っ…別、に」
251	春希	Haruki	「くじいてるだろこれ… ヒール折ったって…転んだんじゃないのか？」
252	かずさ	Kazusa	「別に」
253			さらに行動も… いつもの、他人から見たらお節介に映るらしい 自分を取り戻してた。
254	春希	Haruki	「ここで強がる意味がどこにあるんだよ… お前こそ、相変わらず意地っ張りじゃないか」
255	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
256			そうなればそうなったで、 今のかずさの状態の深刻さがわかってくる。
257			さっきからずっと我慢してたんだ、こいつ…
258	春希	Haruki	「捻挫かな？ それとも骨折…」
259	かずさ	Kazusa	「くじいただけだって…大丈夫」
260	春希	Haruki	「…とりあえず、 怪我してることは認めるんだな？」
261	かずさ	Kazusa	「………ああ」
262	春希	Haruki	「ちょっとここで待ってろ。 タクシー呼んでくる」
263	かずさ	Kazusa	「いいよ。 ホテルまで歩いてすぐだ」
264	春希	Haruki	「けど…」
265	かずさ	Kazusa	「こんな近い距離でタクシーなんか呼んだら 逆に運転手が可哀想だ。 他人を巻き込んでまで余計なお節介しようとするな」
266	春希	Haruki	「………」	"........."
267			そして、今もまだ、必死で強がってんだ。
268			多分、最初に俺が取った冷たい態度のせいで…
269	かずさ	Kazusa	「じゃ…今度こそ本当に戻るから」
270	春希	Haruki	「待てよ」
271			けれど、そんな強がりを見透かしてしまった以上、 看過することなんかできるわけがない。
272			かずさの前に立ち、背中を向けると、 ゆっくりと雪の積もる地面に膝をつく。
273			染み込む雪解け水が、 膝を凍りつかせるほどに冷たい。
274			こんな地面に裸足で立つなんて、 あまりにも愚かな選択だとしか言いようがない。
275	かずさ	Kazusa	「お前、何を…」
276	春希	Haruki	「おぶされ」
277	かずさ	Kazusa	「…ご免だ」
278	春希	Haruki	「ホテルまでだ。 嫌でも我慢しろ。 …歩いてすぐなんだろ？」
279	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
280			だから俺は、さっきまでの最低な自分を都合良く忘れ、 かずさに向けて、強く干渉していく。
281			責任感という免罪符を得られたから…
282	かずさ	Kazusa	「…いいのか？」
283	春希	Haruki	「何が？」
284	かずさ	Kazusa	「お前、無理してないか？」
285	春希	Haruki	「知るか」
286	かずさ	Kazusa	「…そう、か」
287			無理してないなんてことは、 さすがに今の俺には言えなかった。
288			言えなかった、けど…
289	春希	Haruki	「っ…」
290			それでもこいつは、 そんなおれの煮え切らない態度に妥協した。
291			その、長い艶やかな髪が俺の頬を撫で、 続いて、背中に柔らかな重みが伝わってくる。
292			鼻腔に届く涼やかな香り。 首筋にかかる熱い吐息。 腕に込められた、ちょっと躊躇ぎみの力。
293			かずさを[R象^かたど]る全てが、 俺の五感を刺激する。
294	春希	Haruki	「行く、ぞ」
295	かずさ	Kazusa	「ん…」
296			そんな全身を巡る快感を悟られないよう、 俺は、何事もなかったかのように立ち上がり、 雪の中、注意深く一歩目を進める。
297			さく、さくという音とともに、 俺とかずさが、ゆっくりと動き出す。
298	かずさ	Kazusa	「なぁ…」
299	春希	Haruki	「ん？」
300	かずさ	Kazusa	「北原………で、なくていいか？」
301	春希	Haruki	「勝手にしろ…かずさ」
302	かずさ	Kazusa	「春希…」	"Haruki..."
303			でも、もうすぐ終わるから。
304			かずさをホテルまで送り届けたら、 俺たちは、もう…
305			………	.........
306			……	......
307			…	...
308	春希	Haruki	「うん…それで今もその人のホテル」
309	雪菜	Setsuna	「そっかぁ…大変だったね」
310	春希	Haruki	「ごめん、本当に… 迎えに行けなくて」
311	雪菜	Setsuna	「ううん、そんなこといいよ。 それよりも、その人大丈夫なの？」
312	春希	Haruki	「ん、大丈夫。 骨には異常ないみたいで、 ゆっくりなら歩けるっぽい」
313	雪菜	Setsuna	「よかったぁ。 せっかくこんな綺麗な街に来たのに、 ホテルから出られないんじゃ可哀想だもんね」
314	春希	Haruki	「………」	"........."
315	雪菜	Setsuna	「春希くん？」	"Haruki-kun?"
316	春希	Haruki	「あ、ああ… それで、悪いんだけど、 その人の連れの人が帰ってくるまで…」
317	雪菜	Setsuna	「ん…大丈夫。 ホテルならわかるし、大聖堂も… すっごいよね、街中のどこからでも見えるもん」
318	春希	Haruki	「ミサには間に合わないかもしれないけど、 後で必ず合流するから…ごめん」
319	雪菜	Setsuna	「だから、謝らなくていいんだよ。 だって、海外旅行中でも人の面倒見ちゃうなんて、 とっても春希くんらしいじゃない」
320	春希	Haruki	「………ごめん」
321	雪菜	Setsuna	「それじゃあね… 今からチェックインしてくるから」
322	春希	Haruki	「うん…」
323	春希	Haruki	「………」	"........."
324	春希	Haruki	「ごめん、雪菜」
325	曜子	Youko	「何よ、エレーヌと一緒にずっと待ってたのに」
326	かずさ	Kazusa	「しょうがないだろ、足痛めたんだから」
327	曜子	Youko	「だったら怪我したときにどうしてすぐ連絡しないの。 救急車でもヘリでも何でも呼んだのに」
328	かずさ	Kazusa	「…そうやってすぐ大げさにするからだ」
329	曜子	Youko	「それにしても…」
330	かずさ	Kazusa	「とにかく、そういう訳でミサには行けなくなった。 連れの人にも謝っておいて」
331	曜子	Youko	「…戻ろうか？　そっちに」
332	かずさ	Kazusa	「いらない。 母さんがいたって意味がない」
333	曜子	Youko	「母親に向かってよくもまぁ… 確かに、役に立たないことは保証するけど」
334	かずさ	Kazusa	「じゃ、そろそろ切るから」
335	曜子	Youko	「でも、せっかくのイブにホテルで独り寝だと、 気が滅入ってこない？」
336	かずさ	Kazusa	「………別に」
337	曜子	Youko	「ほんと、我が娘ながらストイックなコ… それでよくもまぁあんな色ボケたピアノが弾けるわね」
338	かずさ	Kazusa	「そんなの単なる遺伝だ」
339	曜子	Youko	「でも、わたしの血が濃かったら、 ここまで執念深い女になったりは…」
340	かずさ	Kazusa	「じゃ！　あたしの分まで楽しんできて。 それとミサの最中に電話してこないこと。 マナー違反だからな」
341	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
342	かずさ	Kazusa	「執念深くて…悪かったな」
343	春希	Haruki	「救急箱、借りてきたから」
344	かずさ	Kazusa	「…別にそこまでしなくてもいいって言ったのに」
345	春希	Haruki	「入ったら…マズいかな？」
346	かずさ	Kazusa	「春希だってミサに出るつもりだったんだろ？ その…そろそろ行かないと間に合わないんじゃ？」
347	春希	Haruki	「けど… 消毒と湿布、しないと」
348	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
349	春希	Haruki	「入ったら…駄目か？」
350	かずさ	Kazusa	「………ほら」
351	春希	Haruki	「悪い、な」
352	かずさ	Kazusa	「なんで謝るんだよ？ 余計なお節介を焼く方が」
353	春希	Haruki	「余計だから、じゃないのか？」
354	かずさ	Kazusa	「早く入れ。寒い」
355	春希	Haruki	「ああ…」
356			なにやってんだ、俺… 本当に、何をやってるんだ。
357			かずさは、別に治療なんか必要ないって言った。 もう、俺の助けなんかいらないって言ったんだ。
358			それどころか、俺がこうして部屋に居座ることの方が、 かずさにとって苦痛かもしれないってのに…
359	春希	Haruki	「とりあえず、その…」
360	かずさ	Kazusa	「ん？」
361	春希	Haruki	「別に、変な意味じゃなくて、 治療をするために絶対必要なことだから、 敢えて言わせてもらうけど…」
362	かずさ	Kazusa	「もってまわった言い方しなくていい。 要点だけ話せ」
363	春希	Haruki	「ストッキング…脱いでくれ」
364	かずさ	Kazusa	「わかったよ…変態」
365	春希	Haruki	「言うと思ってたから焦ったりしないぞ」
366			そもそも、そう思われたって仕方ない。
367			夜中と言ってもいい時間に、 女性一人の部屋に押しかけて、 あまつさえ、こんな誤解を受けそうなことを…
368	春希	Haruki	「っ！？ って、俺の目の前で脱ぐな馬鹿！」
369			…してるってのに、その女性一人の方は、 あまりにも従順で、無防備だった。
370			俺のことなんか… もう、男として意識してないのかな。
371			………	.........
372	かずさ	Kazusa	「熱っ！」
373	春希	Haruki	「少し我慢しろ。 凍傷になりかけてんだから温めないと」
374	かずさ	Kazusa	「熱い、痛い、傷にしみる。 こんなことやってられるか」
375	春希	Haruki	「ワガママ言うなよ…」
376			洗面器に張ったお湯に足を浸そうとしても、 かずさは表面に爪先をつけただけで すぐに抜け出してしまう。
377	かずさ	Kazusa	「ワガママなんかであるもんか。 春希だって同じ目に遭ってみればわかる」
378	春希	Haruki	「俺はそもそも裸足で雪の中を歩いたりしない」
379	かずさ	Kazusa	「…この冷血漢め」
380	春希	Haruki	「もともと血が冷たかったら凍傷にもならないかもな。 ほら、拭くぞ」
381			いちいち突っかかってくるかずさを適当にあしらい、 仕方ないのでタオルに浸したお湯で足を拭く。
382			傷の回りの汚れを落とし、 それから足の裏や指の間まで念入りにぬぐう。
383			タオルを何度もお湯に浸し、 なるべく足全体が温まるように…
384	春希	Haruki	「足首の方はどうだ？」
385	かずさ	Kazusa	「何の問題もない」
386	春希	Haruki	「ここ…押しても？」
387	かずさ	Kazusa	「…っ！ 別に」
388	春希	Haruki	「…と言う前に息を呑むな」
389	かずさ	Kazusa	「平気だ」
390	春希	Haruki	「じゃあ、こっちは？」
391	かずさ	Kazusa	「～～～っ！」
392	春希	Haruki	「…全然平気じゃないだろ」
393	かずさ	Kazusa	「春希が強く押すからだ」
394	春希	Haruki	「そうしないと症状が掴めないだろ。 …やっぱ湿布して包帯で固定しないとな」
395	かずさ	Kazusa	「そんなことしたら明日以降も外出できない。 バカンスが台無しだ」
396	春希	Haruki	「諦めろ。自業自得だ」
397	かずさ	Kazusa	「悪かったなぁ…」
398	春希	Haruki	「とりあえず、先に傷口の消毒するぞ。 その後湿布と包帯」
399	かずさ	Kazusa	「ったく、なんてめんどくさい」
400	春希	Haruki	「擦り傷と打ち身としもやけを一気にこさえるからだ。 ほら、足こっち向けて。 しみると思うけど我慢しろよ」
401	かずさ	Kazusa	「できるか」
402	春希	Haruki	「するんだ」
403	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
404			ふてくされたようにやっと黙ったかずさの足を取り、 脱脂綿に含めた消毒薬を、 かかとの傷口につける。
405	かずさ	Kazusa	「っ…」
406			少しだけしみたような表情を見せたけど、 今度は、足首の時ほどの反応はなかった。
407			だから少しだけ安心して、 まずは一つ目の傷の治療に集中する。
408	春希	Haruki	「………」	"........."
409			なんだか… 昔も、こんなことあったような。
410			俺の余計なお節介に、 かずさが文句ばかり垂れて。
411			けれど何だかんだ言いつつ、 俺のすることを受け入れて。
412	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
413			ああ、そうそう。 学園祭の三日くらい前だ。
414			かずさが熱を出して倒れてて。
415			それを見つけた俺が、慌てて医者呼んで、 雑炊作って、ギターの練習しながらずっと側にいて…
416	春希	Haruki	「なぁ…そういえばさ」
417	かずさ	Kazusa	「ん…？」
418	春希	Haruki	「………なんでもない」
419	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
420			だから、馬鹿か俺は。
421			そんな五年前の、たった一日二日のこと、 今さら持ち出してどうするんだよ。
422			そんな五年前の、俺の大事な思い出を… 今さら、大事なんだってわざわざ本人に話して 一体どうしようってんだよ。
423	春希	Haruki	「次…湿布貼るぞ」
424			傷口を絆創膏で塞ぐと、 今度は足首の腫れの方に取りかかる。
425	かずさ	Kazusa	「っ…」
426			湿布の粘着面のシートを剥がすと、 お馴染みの匂いに、かずさが嫌そうな顔をする。
427	春希	Haruki	「………」	"........."
428	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
429			けれど俺が少し厳しめの視線を向けると、 そしらぬ顔でそっぽを向いたりして追及をかわす。
430			…少しくらいは気が咎めてるんだろうと、 なるべく好意的に解釈することにしよう。
431	春希	Haruki	「よし…こっちも終わり」
432			絆創膏に湿布に… かずさの、元から白かったはずの足は、 様々な白い布で不自然に白く染め上げられた。
433			けれどこの上にもう一つ、 今度は包帯でぐるぐる巻きにして、 全てを不自然に覆い尽くす必要がある。
434			…んだけれど。
435	春希	Haruki	「まだ…冷たいか？」
436	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
437			足先から裏にかけて、 触れるだけで凍りついてしまいそうなくらいだ。
438			この状態で包帯なんか巻いたら、 凍傷の方にはしつこく付きまとわれるかもしれない。
439	春希	Haruki	「やっぱ、お湯で温めた方が…」
440	かずさ	Kazusa	「もう無理だろ」
441	春希	Haruki	「う…」
442			絆創膏と湿布のせいで、 もはや足を湯で温めることは不可能になっていた。
443			それは十分に予測できたことではあったけど、 でも、その事態を呼び込んだのはかずさの態度で。
444	かずさ	Kazusa	「もういいよ。 あとは自分でやるから」
445	春希	Haruki	「かずさ…」	"Kazusa..."
446	かずさ	Kazusa	「ちっともありがたくなかったけど、 それでも形式的に感謝だけはしといてやるよ。 ありがとな」
447	春希	Haruki	「その言葉を素直に喜べる奴がいたら 俺とは友達になれそうにないんだけど」
448	かずさ	Kazusa	「冗談だよ。 お前もミサ目当てに今日ここに来たんだろ？ 今ならまだ間に合うぞ」
449			確かにもう、後は包帯を巻くだけだから、 かずさ一人でもなんとかなるだろう。
450			…というか、元々今までの治療だって、 かずさ一人でなんとかなったかもしれないけど。
451	春希	Haruki	「けど、お前も…ミサ」
452	かずさ	Kazusa	「さすがにこの足じゃな。 今夜くらいは大人しくしとくよ」
453			だからもう、 俺にはこれ以上の世話をする義理も意味もない。
454			かずさの言う通り、今ならぎりぎりミサに間に合う。 急いで連絡を取れば、雪菜と合流だってできるかも。
455			今の俺にとっては、それが明確な正解。 今の、『雪菜の俺』にとっては…
456	かずさ	Kazusa	「じゃあな、春希。 メリークリスマス」
457	春希	Haruki	「………」	"........."
458			選択肢は、一つしかないんだ。
459			………	.........
460			……	......
461			…	...
462	春希	Haruki	「あちっ…」
463	かずさ	Kazusa	「馬鹿かお前…」
464	春希	Haruki	「誰のためだと…」
465	かずさ	Kazusa	「頼んでない、別に」
466	春希	Haruki	「ほら、足出せ」
467	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
468			洗面器に張り替えたお湯は多分５０度を軽く超えていて、 そこに手を浸すと、あっという間に赤く染まっていった。
469	春希	Haruki	「…冷て」
470	かずさ	Kazusa	「っ…は、ぁ」
471			そんな火傷しそうな手を冷まそうと、 俺は、氷のように冷え切ったところに触れる。
472			…かずさの、足へと。
473	春希	Haruki	「どう、だ？」
474	かずさ	Kazusa	「なんか…しびれてきた」
475	春希	Haruki	「それって、感覚戻ってきたってことか？」
476	かずさ	Kazusa	「ん…かも」
477			傷口を避けながら、 右足を両手で包み込むように握った。
478			手のひらや指先からどんどん熱が奪われ、 かずさの足の冷たさと混ざり合っていく。
479	かずさ	Kazusa	「…んぅ」
480			しばらくの間、そうやってただ足に触れ、 手に篭もった熱を伝え終わった頃、 ゆっくりと手を動かし、マッサージする。
481	春希	Haruki	「痛かったら言えよ」
482	かずさ	Kazusa	「ちょっと…くすぐったい」
483	春希	Haruki	「そっちは我慢しろ」
484	かずさ	Kazusa	「………うん」
485			足の裏を指で押し、爪先を手のひらでこすり、 足全体を握りしめ、 少しでも血行を復活させようと力を込める。
486	春希	Haruki	「………」	"........."
487	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
488			本当に、なにやってんだろうな、俺。 こんなこと、女友達程度の相手にはしないぞ普通。
489			というか… 雪菜以外の相手には、 明らかに問題ある行為だろ、これ。
490	春希	Haruki	「…どうだ？」
491	かずさ	Kazusa	「ん…ちょっとは動かせるようになった、指」
492	春希	Haruki	「じゃ次、左な」
493	かずさ	Kazusa	「うん」
494	春希	Haruki	「～っ」
495	かずさ	Kazusa	「だから熱いって…」
496	春希	Haruki	「でも、ま、さっきよりは平気だ。 何しろ手の方が冷え切ってるからな、今度は」
497	かずさ	Kazusa	「そう、か」
498	春希	Haruki	「そうだよ。 ほら、左足」
499	かずさ	Kazusa	「ん…」
500			赤くなった両手をタオルで拭いて、 今度はかずさの左足を包み込む。
501	かずさ	Kazusa	「ふぅぅ…ん」
502			俺の手の熱が染み込んでいくのに合わせ、 かずさが悩ましげに天井を見上げ、 鼻にかかったため息を漏らす。
503			…そういう声出すのは、 個人的には控えて欲しかったけど。
504	かずさ	Kazusa	「はぁ…ぁ」
505	春希	Haruki	「………」	"........."
506			こっちの足も、俺の手から熱がひくタイミングで、 その血の巡りを取り戻そうとマッサージをする。
507			小さくて、白くて…そして柔らかいかずさの足。
508			まだ、温もりを取り戻してない。 冷たくて心細さを感じさせないでもない、足。
509	春希	Haruki	「こっち終わったら、お湯替えてもう一度な」
510	かずさ	Kazusa	「………ん」
511			かずさはもう、『あとは自分でやる』とも、 『ミサに行けよ』とも、『じゃあな』とも言わない。
512			俺のしつこさに説教するのを諦めたのか、 俺に言われるまま、左右の足を交互に差し出す。
513			この部屋の中だけ時間が止まってるみたいに 俺たちは、そんな単調で後ろめたい作業を繰り返す。
514			………	.........
515	春希	Haruki	「右…」
516	かずさ	Kazusa	「ん」
517			そうして俺の両手が、 かずさの左右の足を何度か往復し、 一往復するたびにお湯も張り替えて。
518			そんなことを繰り返していくうちに、 かずさの足は、ゆっくり、ゆっくりと、 本来の体温を取り戻しつつあった。
519			…ミサの開始時間は、過ぎていた。
520	春希	Haruki	「………」	"........."
521	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
522			ベッドに腰掛け、素足を差し出すかずさ。
523			膝立ちで、その足に両手で触れ、 手のひらの熱で温め、マッサージを繰り返す俺。
524			…端から見たら、主従関係というか、 ＳとＭというか、すごく歪んで見えるかもしれない。
525	春希	Haruki	「………な」
526	かずさ	Kazusa	「ん…？」
527			けれど、俺たちの立場は、関係は…
528			そんな、『歪んではいても近しい』ものとは、 絶対的に違うはずだって。
529	春希	Haruki	「バカンス…か？」
530	かずさ	Kazusa	「お前は？」
531	春希	Haruki	「仕事… 俺、今年から出版社に就職したんだ」
532	かずさ	Kazusa	「社会人…なのか。 あの春希が…」
533	春希	Haruki	「遅ればせながら、な」
534	かずさ	Kazusa	「そっか… 大学も、卒業したんだ」
535	春希	Haruki	「もう、五年だから」
536	かずさ	Kazusa	「五年………なんだな」
537	春希	Haruki	「うん…」
538	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
539			進むけれど、弾まない会話。 上がらないテンション。 合わせられない瞳。
540			数時間前の再会の瞬間と同じように、 俺はかずさの足ばかりを見つめて、 決してその目を見ようとはしない。
541			ただ、それは無関心という訳じゃなくて、 無関心を装っているだけなのは明白で。
542			だって、この部屋に入ったときから、 気になって気になって仕方なかった。
543	春希	Haruki	「それで、さ」
544	かずさ	Kazusa	「ん？」
545			けど、駄目だ。 そんな下世話で、立ち入ったことを聞いたら…
546	春希	Haruki	「誰と、来てるんだ？」
547			聞くなって…
548	かずさ	Kazusa	「…なんでそう思う？ あたしが一人じゃないって」
549	春希	Haruki	「だって…ツインルームだろここ。 それに荷物だって」
550	かずさ	Kazusa	「聞きたいのか？ あたしの連れのこと」
551	春希	Haruki	「………」	"........."
552			だから、聞いたら駄目だって。
553	かずさ	Kazusa	「あたしの相手の男のこと、 そんなに聞きたいのか？」
554	春希	Haruki	「っ…」
555			もし、かずさの言う通り男と一緒だったら、 資格もないくせに、思いっきり傷つくだろ。
556			そして、相手が男であろうとなかろうと、 それを聞いてしまった以上は…
557	かずさ	Kazusa	「………なんてな、嘘だ。曜子だよ。 昨日、いきなり連れ出されたんだ。 急にストラスブールのミサに行きたいとか言い出して」
558	春希	Haruki	「っ…そ、そっか。 そうなんだ」
559			だから、ほっとするなよ俺。 そんなあからさまに、嬉しそうな顔するなよ。
560			資格も、ないのに。
561	かずさ	Kazusa	「お前も…」
562	春希	Haruki	「っ…」
563			ほうら見ろ。
564	かずさ	Kazusa	「誰かと、一緒なんだろ？ 電話、してたもんな」
565			聞いたら、答えなくちゃならなくなるだろ。 それがわかってて、どうして聞いたんだよ。
566	かずさ	Kazusa	「仕事関係の人か？」
567	春希	Haruki	「………」	"........."
568			こっちは、かずさを安心させる言葉を 言うことができないのに。
569			…って、なんだよ安心って。
570	かずさ	Kazusa	「プライベート、か？」
571	春希	Haruki	「………」	"........."
572			俺に相手がいなかったらかずさが安心するのか？
573			俺に相手が…大事なひとがいない可能性を、 まるでいいことみたいに表現するって、どういうことだよ。
574	かずさ	Kazusa	「雪菜………か？」
575	春希	Haruki	「………っ」
576			今の俺は、その問いかけにだけは、 まったくの無反応を貫くことはできなくて…
577	かずさ	Kazusa	「そっ………か」
578			そして、俺の、ほんの少しだけ下に動いた頭を、 かずさは、見逃してはくれなかった。
579	かずさ	Kazusa	「そうなんだ…」
580	春希	Haruki	「………ん」
581			俺の手の中から、かずさの足がするりと抜け出していく。
582			でも今の俺には、それを引き留める力も、義務感も… そして、必要性もないはずだった。
583	かずさ	Kazusa	「一緒に、来てるんだ。 雪菜と、フランスまで一緒に」
584	春希	Haruki	「まぁ、な」
585	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
586			かずさが、また天井を見上げ、 ほう、とため息をつく。
587			さっきの悩ましげな吐息とは違い、 敢えて感情を込めずに、気怠げに。
588	かずさ	Kazusa	「いつ、なんだ？ お前たち、その…」
589	春希	Haruki	「………」	"........."
590			そんなかずさの口から漏れたその質問は、 二通りの意味に取れた。
591			未来を問いかけているのか、 過去を確かめているのか。
592			でも『ちゃんと質問の意図を絞り込めよ』って、 細かい指摘をする俺は、今この場にはいなくて。
593			だから… 伝えたいことだけを、正直に。
594			１．近いうちに申し込むつもりだ		Choice
595			２．二年前からつきあってる		Choice
596	春希	Haruki	「近いうちに… 向こうがＯＫしてくれたら、だけど」
597	かずさ	Kazusa	「………っ」
598			ある意味、決定的な言葉を告げながら、 クローゼットにちらりと目をやる。
599			そこにかけられたコートのポケットには、 [Rそのため^プロポーズ]のアイテムがしまい込まれている。
600			その、魔法のリングが、 俺に勇気を与えてくれた。
601			過去からの因縁に連なる思い出の魔女に、 最後の戦いを挑む勇気を。
602			冒険を、終わらせてしまうための勇気を。
603	春希	Haruki	「つきあい始めたのは… 大学四年になる直前、かな。 だから、もうすぐ二年になる」
604			その答えが、本当にかずさの求める内容に 則したものだったのか、俺にはわからない。
605			けど、何を答えても、それは多分 かずさの聞きたかったことであり…
606			そして俺にとっては、何を答えても、 話したくないことだったかもしれなくて…
607			結局のところ、二人にとっては、 もう意味のないはずのことだった。
608	かずさ	Kazusa	「………随分と時間がかかったんだな」
609	春希	Haruki	「ま、色々あってな…」
610	かずさ	Kazusa	「色々、か」
611			その時、かずさが思い浮かべた『色々』に、 かずさ自身は登場していたんだろうか。
612			俺と雪菜の回り道に… けれど、それ故固く結ばれた絆に、 どれだけ深く関わってるか自覚してるんだろうか。
613			…なんて、伝えるつもりもないけれど。 俺も雪菜も、墓まで持っていくつもりだけど。
614	かずさ	Kazusa	「よかったな。本当によかった… お前には、勿体なさ過ぎる相手じゃないか」
615	春希	Haruki	「そう思う、俺も」
616	かずさ	Kazusa	「本当に、本当にいいコだもんな、雪菜」
617	春希	Haruki	「ああ…」
618	かずさ	Kazusa	「世界中探しても、あんな素敵な恋人はいないぞ。 可愛くて、優しくて、心が綺麗で、一途で…」
619	春希	Haruki	「わかってる、よ」
620			かずさが、雪菜を褒めちぎる。 俺たちを、祝福する。
621			雪菜の友達として相応しい言葉。 友達の彼に対しての合格点の態度。
622	かずさ	Kazusa	「おめで、と」
623	春希	Haruki	「うん…」
624	かずさ	Kazusa	「うん、うん… そっか、そっかぁ…は、はは…」
625	春希	Haruki	「………」	"........."
626			だけど、かずさは気づいてない。
627			自分のそんな優等生な態度の中に潜む、 致命的な矛盾に。
628	かずさ	Kazusa	「お幸せに、な。 …なんて、言うまでもないことだけどさ」
629			雪菜が、すぐ近くにいるってわかってるのに…
630			なのにかずさから、 『会いたい』の一言が出てこない。
631			すぐに連絡が取れるのに。 俺がかずさのことを話すだけで、 あっという間に駆けつけてくるに決まってるのに。
632			それでもかずさは、 頑なに今の時間を壊そうとしない。
633	春希	Haruki	「かずさも…おめでとう。 凄いじゃないか、ジェバンニコンクール」
634	かずさ	Kazusa	「全然。 だって、四位だぞ？」
635	春希	Haruki	「でも、クラシックファンでなくても 誰でも知ってる有名なコンクールで入賞だ。 もう、日本人の全員がお前の名前を覚えたぞ？」
636			そして俺は、 そんな穏やかな会話の流れに抗えない。
637	かずさ	Kazusa	「…なんだよ、それ。 いつの間にそんなことになってんだよ？」
638	春希	Haruki	「発表があった日は、 お前のことを取り上げないニュースはなかった。 あのインタビュー、テレビで１０回くらい見たぞ」
639	かずさ	Kazusa	「勘弁してくれ… なんで日本人はそんな妙な反応するんだ？」
640			結局俺は、最後の戦いを終わらせられない。 自分で決着をつけられない。
641			ただ、時間切れを待つだけだった。
642			………	.........
643	春希	Haruki	「これで…よし。 立てるか？」
644	かずさ	Kazusa	「…なんとか」
645			最後に、右の足首を包帯で固定して、 これで治療は全て終わった。
646	春希	Haruki	「痛くないか？ きつくないか？」
647	かずさ	Kazusa	「ん…どっちも平気」
648			かずさは、まだ少し足を引きずりながら、 けれどそれほど痛そうな仕草も表情もなく、 動かない足首でゆっくり歩いてみせた。
649			その『平気』という言葉が、 今度は強がりではないって信じられた。
650			だから…
651	春希	Haruki	「それじゃ、俺そろそろ」
652	かずさ	Kazusa	「………ああ」
653			俺がここにいる意味が、なくなった。
654	春希	Haruki	「曜子さんに…よろしくな」
655	かずさ	Kazusa	「言っとく」
656			クローゼットを開け、コートを取り出す。
657			後ろ髪を引かれないと言えば… 嘘かどうかすらわからないけれど。
658			でも、引きつるような焦燥感や、 狂おしいほどの寂寥感みたいなのとは、 とりあえず無縁でいられた。
659			ただ、さっきのかずさの態度と同じように、 気怠い無常感みたいなのがじわじわと全身を覆う。
660	春希	Haruki	「お大事に、な」
661	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
662			時計を見ると、もう午前１時半。 ミサもそろそろ終わる頃。
663			雪菜とイブを一緒に過ごすという約束も、 一週間ルールも…
664			何もかも反故にして、 さらに嘘の言い訳までついて、 かずさと一緒にいることを選んだ俺。
665			最低の選択に対する自嘲。 雪菜への後ろめたさ。 そんな感情が、錐を揉み込むように心に刺さる。
666			俺、今から雪菜にどんな顔して会えばいいんだろう。 なんて言葉をかけたら許してくれるんだろう。
667	春希	Haruki	「おやすみ…」
668	かずさ	Kazusa	「………っ！ は、春希！」
669	春希	Haruki	「え…」
670	かずさ	Kazusa	「そ、その… お前、明日発つのか？」
671	春希	Haruki	「え…？」
672			心だけが既にここになかったせいで、 その、かずさの切羽詰まった表情に、 今の今まで気づかなかった。
673	かずさ	Kazusa	「日本に…帰っちゃうのか？」
674	春希	Haruki	「………」	"........."
675			ここにいる意味がなくなったと思ってたのは、 俺の方だけだった…のか？
676	かずさ	Kazusa	「いや…そんなこと聞いても意味ないんだけどな。 ただ旅先で偶然会っただけなんだし、それに… 雪菜と、一緒なんだもんな」
677	春希	Haruki	「かずさ…」	"Kazusa..."
678			俺の方だけが、切り替えてたのか？
679	かずさ	Kazusa	「別に、なんでもない。 たださ…久しぶりに日本の知り合いに会ったから、 ちょっと懐かしくなっちゃっただけでさ」
680			もしかして、かずさ…
681	春希	Haruki	「明日のこと…聞いてないのか？」
682	かずさ	Kazusa	「…明日？」
683	春希	Haruki	「そっか…」
684			どうやらこの、最後の最後での温度差は、 俺たちの情報格差のせいだったらしい。
685			俺は、明日があるって知っていた。 けれどかずさは、今日限りだって…
686	春希	Haruki	「じゃあ… 『また明日』な」
687	かずさ	Kazusa	「え…」
688			そんなかずさの情報不足のおかげで…
689			いや、情報不足のせいで、 こいつの本音っぽい態度を垣間見てしまった。
690	春希	Haruki	「………っ」
691			無常感は一瞬で吹き飛び、 様々な思いが頭の中をかき回すように飛び交った。
692			………	.........
693			それから自分のホテルにどうやって戻ったのか、 まったく覚えていない。
694			ただ気がついたら、 目の前のベッドで雪菜が眠ってて。
695			俺はその頬を撫で、軽くくちづけて、 そのままソファーに寝転がり目を閉じた。
696			でも…結局一睡もできなかった。
697			………	.........
698			……	......
699			…	...
700	雪菜	Setsuna	「雪、あらかた溶けちゃったね」
701	春希	Haruki	「うん…」
702			１２月２５日。 午前７時過ぎ。
703			夜半に降っていた雪は、 日付が変わる頃には雨に変わったらしかった。
704			街を覆っていた雪は消え、朝方に雨も消え、 代わりに川から立ち上る霧が、 早朝の街をまたしても白く取り囲む。
705			けれど、今の俺は…
706	雪菜	Setsuna	「どうしたの？ 元気ないみたい」
707	春希	Haruki	「そんなことは…」
708			中世から抜け出たような木造りの家々も。 立ちこめる朝もやに幽玄に煙る川岸も。
709			そんな、普段なら感嘆すべき景色が、 目には入ってたけど、 頭にはまったく入ってこなかった。
710	雪菜	Setsuna	「もしかして風邪でもひいた？ だからベッド使えばよかったのに。 ソファーなんかで寝るから」
711	春希	Haruki	「雪菜を…起こしちゃうかなって」
712			また、嘘を重ねた。
713			雪菜を起こさなかったのは、 配慮に見せかけた逃避だった。
714			だってあの時の俺には、 雪菜の温かい肌に触れる資格はなかったから。
715	雪菜	Setsuna	「そんなこと構わなかったよ。 当たり前でしょ？」
716	春希	Haruki	「ごめん、本当にごめん」
717	雪菜	Setsuna	「ううん、わたしこそ… 春希くん戻ってきたときに起きれなくてごめんね？」
718	春希	Haruki	「雪菜…ごめんな」
719	雪菜	Setsuna	「もういいよぉ… そこまで申し訳なさそうにされると、 わたしまで辛い気持ちになっちゃう」
720	春希	Haruki	「っ…」
721			俺の、その後ろめた過ぎる態度は、 昨夜の大反則のせいで、 絶妙にカモフラージュされてしまっていた。
722			イブに、雪菜と会えなかった。 一週間、雪菜と会えなかった。
723			雪菜が楽しみにしてたクリスマスミサも、 俺が台無しにしてしまった。
724	雪菜	Setsuna	「春希くんは、正しいことをしたんだから。 もっと胸を張ってよ」
725			雪菜にそんなに酷いことをしてしまった事実が、 俺のこの態度に、説得力を持たせてしまっていた。
726	雪菜	Setsuna	「それに、ちゃんとこうして会えたんだから。 ストラスブールの街を一緒に歩いてるんだから… だから、わたしはもう十分だよ」
727	春希	Haruki	「………」	"........."
728			だから雪菜は、俺の心の中身に気づかない。 後悔の理由を見誤ってしまってる。
729	雪菜	Setsuna	「今日のお仕事は何時から？」
730	春希	Haruki	「朝の１０時から。 夕方…５時には終わると思う」
731	雪菜	Setsuna	「じゃあ、今夜は一緒に過ごせるかもね。 観光もできるかもね…」
732	春希	Haruki	「約束する。 昨日の埋め合わせ、絶対するから」
733	雪菜	Setsuna	「だからそんなに決めつけないの。 仕事なんて予定通り行く方が珍しいって、 わたしだってよく知ってるんだから」
734	春希	Haruki	「ごめ………いや、わかった。 なるべく努力する」
735	雪菜	Setsuna	「うん、それくらいでいい。 わたしのために頑張ってくれれば、それでいいよ」
736	春希	Haruki	「…ありがとう」
737			いつもなら、もう少しワガママを言ったかもしれない。
738			けどここは旅先で、しかも日本ですらなくて、 知ってる人間がお互いしかいないこんな環境だから、 雪菜も気を使ってくれてるんだってわかる。
739	雪菜	Setsuna	「それじゃ、ホテルに戻ろうか？ そろそろ朝食の時間じゃない？」
740	春希	Haruki	「うん」
741			雪菜の差し出した左手を、右手でぎゅっと握る。
742			そしてもう片方の手は、 ポケットの中の小箱に触れていた。
743			結局、イブの夜という絶好の機会を逃してしまった。 全部、自分のせいで。
744	雪菜	Setsuna	「どんなものが出るのかなぁ、楽しみ。 昨夜は時間なかったから、 空港のハンバーガーショップだったんだよねぇ」
745	春希	Haruki	「朝食にそんな期待したって無駄。 日本とそんなに変わらないって。 …その代わり夜に期待してて」
746	雪菜	Setsuna	「うん！ ほどほどに期待しとく」
747	春希	Haruki	「…ほどほどに任せて」
748			雪菜の手のひらと言葉から、 温かいぬくもりを感じつつ… ホテルに戻る道すがら、もう一度決意を新たにする。
749			これ以上、 こんな後ろめたい気持ちを抱えきれない。 こんな、綺麗だけど心の苦しい場所にいられない。
750			だから、あと一日だ。 かずさへの取材を終わらせて、 一刻も早く日本へ戻ろう。
751			俺と雪菜がいるべき場所に、帰ろう。
752			………	.........
753	春希	Haruki	「開桜社の北原と申します。 今日はどうかよろしくお願いします」
754	曜子	Youko	「………」	"........."
755	春希	Haruki	「このたびはお忙しいところ、 こちらの無理を聞いていただきありがとうございました。 編集長の吉松からも、冬馬さんにくれぐれもよろしくと」
756	曜子	Youko	「………ギター君？」
757	春希	Haruki	「…北原です。 お久しぶりです」
758	曜子	Youko	「………」	"........."
759			今まで一度しかそう呼ばれたことはないけれど、 なんとなく、懐かしい響きがした。
760			やっぱりインパクトあったからな…この人との出会いも。
761	春希	Haruki	「それで、かずさ…さんは？」
762	曜子	Youko	「ちょ、ちょっと待って！ 中に入るの、少しだけ待ってちょうだい！」
763	春希	Haruki	「冬馬さん？」
764	曜子	Youko	「ここでこういう展開は予想してなかったわよ… どうしてあなたが来るのよ？」
765	春希	Haruki	「ええと…今年から開桜社に入社しまして」
766	曜子	Youko	「…それはおめでとう。 そっか、もう大学卒業したのか。 大きくなったわねぇ」
767	春希	Haruki	「…ありがとうございます」
768			そしてなぜか彼女の方も、 一度しか会ったことのないはずの俺に対して、 随分と印象が強かったみたいだった。
769	曜子	Youko	「…と、それはそれとして、困ったわねぇ」
770	春希	Haruki	「何か問題でも？」
771	曜子	Youko	「…ないとでも思ってるの？ いきなりあなたと顔を合わせたりしたら、 あの子、パニックになりかねないわよ」
772	春希	Haruki	「ええと…」
773			それは既に昨日… しかも、かずさじゃなくて俺の方が…
774			ってのは置いておくとしても、 なんだか全然話が通ってないみたいだった。
775			そもそも取材を承諾したのは冬馬曜子事務所なのに、 その社長たる曜子氏は、取材者の名前も知らないし。
776			そしてかずさと俺が、昨夜…
777	かずさ	Kazusa	「いいよ、入ってもらって」
778	春希	Haruki	「あ…」
779	曜子	Youko	「かずさ？」	"Kazusa?"
780	かずさ	Kazusa	「別に、誰でも興味ない。 さっさと終わらせてさっさと帰ってもらう」
781			部屋の奥から、懐かし…くもない声が聞こえてきた。
782			気怠げで、冷たくて、事務的で… 知らない人が聞いたら、 取材嫌いのアーティストが板についた態度。
783	曜子	Youko	「…あなた知ってたの？」
784	かずさ	Kazusa	「あんたこそ知らなかったのかよ…」
785			これが最後とばかりに悲壮な決意で臨んだ、 かずさとの再びの対面は…
786			こんな感じで、いきなり肩透かしから始まった。
787			………	.........
788	春希	Haruki	「…それで、インタビューの後、写真撮影になります。 １５時頃カメラマンが合流する予定になってますので」
789	かずさ	Kazusa	「写真なんて冗談じゃ…」
790	曜子	Youko	「はいはい、綺麗に撮ってやってね？ 元が無愛想だからその辺上手くごまかして頂戴」
791	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
792	春希	Haruki	「予定は以上ですが、 何か質問はありませんか？」
793	曜子	Youko	「あ～、いいからいいから。 さっさと始めましょ」
794	春希	Haruki	「かずささんもいいですか？」
795	かずさ	Kazusa	「勝手にしろ」
796	春希	Haruki	「そういえば、足の方は大丈夫…」
797	かずさ	Kazusa	「何のことだ？」
798	春希	Haruki	「………では始めます。 よろしくお願いします」
799			取材対象の『快い』同意のもと、 俺はＩＣレコーダーのスイッチを入れて、 テーブルの上に置いた。
800	春希	Haruki	「まず最初に… ジェバンニ国際ピアノコンクール入賞 おめでとうございます」
801	かずさ	Kazusa	「何か月前の話をしてるんだ… そんなの、もうとっくに忘れた」
802	春希	Haruki	「………」	"........."
803	曜子	Youko	「つまりもう次の目標に向けて動き出してるってこと！ ほら、過去の栄光に囚われず、 ひたすら前を見続けて、ね？」
804	かずさ	Kazusa	「何が栄光だ。 四位なんて選外もいいところだ。 大体、冬馬曜子と同じ順位なんて…」
805	曜子	Youko	「いきなり大人げないわよ、かずさ」
806	かずさ	Kazusa	「そうやって最初からいちいち口を出すなら 全部あんたが答えればいいんだ」
807	曜子	Youko	「よくもまぁそんな大きな口が叩けるわね。 あんな権威の落ちまくったコンクールに入賞した程度で」
808	かずさ	Kazusa	「だから興味がないって…」
809	曜子	Youko	「大体、わたしは日本人で最初の入賞者だったのよ？ そしてあなたは８人目」
810	かずさ	Kazusa	「それが何だよ？」
811	曜子	Youko	「今みたいに数十人単位で海を渡ってく時代と比べて、 ヨーロッパ以外の外国人にどれだけ狭き門だったか… 今なんて毎回誰かしら入賞してるし、珍しくも何とも」
812	かずさ	Kazusa	「すぐそうやって自分が上だって決めつける！ 大人げないのはどっちだ！」
813	春希	Haruki	「…どっちもだと思います」
814			………	.........
815	春希	Haruki	「続いて、来年の活動予定についてですが… 一部では日本公演との噂もあるようですが」
816	かずさ	Kazusa	「行かない」
817	春希	Haruki	「そう、ですか」
818	曜子	Youko	「あ～、いえ、現在はまだ白紙の状態で… 来年は欧州以外でも コンサートツアーを企画していることは確かです」
819	かずさ	Kazusa	「それでも日本へは行かない。 これだけは確かだ」
820	曜子	Youko	「かずさ…」	Kazusa...
821	春希	Haruki	「………」	"........."
822	かずさ	Kazusa	「…安心したか？」
823	曜子	Youko	「え？」
824	春希	Haruki	「日本のファンは、 あなたの演奏に直接触れる機会を熱望していますが？」
825	かずさ	Kazusa	「決めるのはあたしだ。 冬馬曜子でも、ましてや…」
826	春希	Haruki	「………」	"........."
827	かずさ	Kazusa	「…生まれ故郷とか、そういう郷愁に興味はない。 あたしには[Rウィーン^こっち]の水が合ってるんだ。 当分、動くつもりはない」
828	春希	Haruki	「そうですか、残念です」
829	かずさ	Kazusa	「いい加減な社交辞令はよしてくれ」
830	春希	Haruki	「そんなんじゃ… いえ、すいません」
831	曜子	Youko	「………」	"........."
832			………	.........
833	春希	Haruki	「冬馬曜子さんについては…」
834	かずさ	Kazusa	「本人に聞けばいいだろ。 そこにいるんだから」
835	春希	Haruki	「かずささんから見た曜子さんのことを… 師匠として、ライバルとして、 そして母親としてどう思われてるか…」
836	かずさ	Kazusa	「あたしの師匠はフリューゲルだ。 ここ数年、この人には教えてもらってない」
837	曜子	Youko	「だぁってめんどくさいんだもん。 それにわたし、ひとに教えるの苦手」
838	かずさ	Kazusa	「おかげでなかなか差が縮まらない。 ライバルとしては高い壁だってのは認めてる」
839	曜子	Youko	「どうりで昨日雪が降った訳ね。 そんな殊勝な台詞、初めて聞いたわ」
840	かずさ	Kazusa	「そして母親としては… ご覧の通り、最低だ」
841	曜子	Youko	「…どうりで今日は止んでる訳ね」
842	春希	Haruki	「そうですか？ 先ほどからお二人の会話を聞いていると、 友達というか、姉妹みたいな感じですが」
843	かずさ	Kazusa	「いくら話が通じようと、 母親として機能しないんだからしょうがない」
844	曜子	Youko	「はいはい…」
845	春希	Haruki	「機能しない…って」
846	かずさ	Kazusa	「家事はしない。めったに家に帰らない。 帰ってきたかと思えば友達連れ込んで大騒ぎ。 一緒に暮らしてても、結局昔と何も変わらない」
847	春希	Haruki	「昔って…いつの頃ですか？ どんな状況の話ですか？」
848	かずさ	Kazusa	「…知ってるくせに」
849	春希	Haruki	「読者は、知りません」
850	かずさ	Kazusa	「っ、そんなこと人に話す義理なんかない！ とにかく、あたしは…」
851	春希	Haruki	「全然違います。 …そんなの、昔と全然違う」
852	かずさ	Kazusa	「なんだと？」
853	春希	Haruki	「いいお母さんじゃないですか。 どこが気に入らないんですか？」
854	かずさ	Kazusa	「母親としては全部だ。最低の母親だ。 どうして子供は親を選べないんだろうな」
855	春希	Haruki	「つまらない一般論だ」
856	かずさ	Kazusa	「喧嘩売ってんのか？」
857	春希	Haruki	「吹っ掛けてるのはそっちだろ？ 娘をバカンスに連れ出す母親のどこが最低だ？」
858	かずさ	Kazusa	「あたしは行きたいなんて一言も言ってない。 しかもこんな取材があることを隠してまで…」
859	春希	Haruki	「それでも一緒にいること、お前全然嫌がってないだろ。 一緒にいてもいいって気にさせてくれる親なんだぞ？ お前、その価値全然認めないつもりか？」
860	かずさ	Kazusa	「っ！　自分と比べるな！ 他人の家の事情なんてあたしは知ったことか！」
861	春希	Haruki	「羨ましがって何が悪い！ 妬んでどうしていけない！ お前、完全に仲直りしてんのに贅沢にも程があるだろ！」
862	かずさ	Kazusa	「春希！　お前！」
863	曜子	Youko	「は～いはい、そこまで～。 今は仕事中ですよ～、お互い」
864	春希	Haruki	「あ…」
865	かずさ	Kazusa	「っ…」
866	曜子	Youko	「ギター君もね、わたしの味方してくれるのは嬉しいけど、 取材側が自分の意見を押しつけるのはどうかな？」
867	春希	Haruki	「す、すいません…」
868	曜子	Youko	「ぶっちゃけ、かずさだってネタのつもりなんだから、 そこで君が本気で反応しちゃ、 カッコ悪いんじゃないかなぁ？」
869	かずさ	Kazusa	「ネタでなんかあるものか。 あんたは母親としては…」
870	曜子	Youko	「黙れバカ娘。 昔の男と再会したからって舞い上がってんじゃない」
871	かずさ	Kazusa	「っ…」
872	春希	Haruki	「え…？」
873	曜子	Youko	「それとも、自分の中ではまだ昔だなんて…」
874	かずさ	Kazusa	「…黙れバカ母。 あたしも黙るから、黙れよ」
875	曜子	Youko	「はいはい」
876	春希	Haruki	「………」	"........."
877	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
878	曜子	Youko	「ま、そんなわけで、喧嘩両成敗。 さて、続きをどうぞ開桜社さん」
879	春希	Haruki	「あ、え、その…すいません」
880	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
881	春希	Haruki	「それじゃ次の質問を…」
882	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
883	春希	Haruki	「もし、ピアニストという道を選ばなかったとしたら、 今の自分はどうなっていたと思いますか？」
884	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
885	春希	Haruki	「………」	"........."
886	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
887	春希	Haruki	「あの…曜子さん」
888	曜子	Youko	「ん？　どうしてわたしに振るの？」
889	春希	Haruki	「かずささんにさっき言った『黙れ』、 撤回していただけますか？」
890	曜子	Youko	「………あ～」
891	春希	Haruki	「そういう人間なんです、彼女。 よくわかってるでしょうけど」
892	曜子	Youko	「君もよくわかってるわねぇ…」
893	かずさ	Kazusa	「………っ」
894			………	.........
895	かずさ	Kazusa	「ピアニストになってなかったら？ そんなの、引きこもりに決まってる」
896	春希	Haruki	「そりゃそう思うけど…」
897	曜子	Youko	「思うんだ…」
898	かずさ	Kazusa	「一人で住むには大きすぎる家があって、 使い切れない金があって、お手伝いさんもいて… それでも働こうなんて奴の気が知れない」
899	曜子	Youko	「やっぱり育て方間違えた？」
900	かずさ	Kazusa	「別に間違えてなんていなかったよ。 何しろ、その頃は育てられてなかった」
901	曜子	Youko	「はいはい…」
902	かずさ	Kazusa	「本当ならあたしは、付属を卒業した後も、 進学もせず、就職もせず、日本に引きこもって、 無為で無駄で、最高の時間を過ごしてたはずなんだ」
903	かずさ	Kazusa	「ところが今のあたしは、 未だに一日十時間練習させられてる。 冗談みたいに毎日ピアノと向き合ってる」
904	かずさ	Kazusa	「………全部、お前のせいだよ」
905	春希	Haruki	「っ…」
906	曜子	Youko	「ここは…オフレコでお願いね？」
907			………	.........
908			……	......
909			…	...
910	曜子	Youko	「お疲れさま」
911	春希	Haruki	「…こちらこそ。 色々とありがとうございました」
912			インタビューは、当初の予定から３０分ほど延長して、 なんとか無事ではなかったけれど タイムリミットに救われた。
913			そして今は、こちらも３０分遅れて到着した 現地のカメラマンが、まるで口説いているかのように かずさをカメラのレンズ越しに視姦してる。
914			俺と曜子さんは、街角のオープンテラスに腰掛け、 そんな見せ物みたいな光景を遠くから他人事に眺めては、 ますますかずさの不興を買っていた。
915	曜子	Youko	「今までわたしも娘も、 各国の色んなメディアから取材受けてきたけど、 間違いなく今回のが一番酷かったわね」
916	春希	Haruki	「…申し訳ありません。 経験不足…は言い訳になりませんけど、 いずれ上司共々改めてお詫びさせていただきます」
917	曜子	Youko	「別に謝ってもらう必要はないわよ。 酷かったのはかずさの方だから。 わたしがフォローに回るなんて生まれて初めてかも」
918	春希	Haruki	「…そうですか？ いつもあんな感じだと思ってましたけど」
919	曜子	Youko	「そう、ギター君にはいつもあんな感じだったんだ…」
920	春希	Haruki	「え…」
921	曜子	Youko	「色んな感情出しまくって、ぶつけまくって、 後悔して、ためらって、空回りして… あんな乙女を生んだ覚えはないんだけどね」
922	春希	Haruki	「…それはともかく、 冬馬さん、よく俺のこと覚えてましたね」
923	曜子	Youko	「二年前アンサンブルに載った、 日本で最初のかずさの特集記事… あれ書いたのあなたでしょ？」
924	春希	Haruki	「…知ってたんですか」
925	曜子	Youko	「いいえ、気づいたのよ。 あそこまであの子のことを理解してる人間、 わたしの知る限り、日本には一人しか残ってないから」
926	春希	Haruki	「………」	"........."
927			かずさのことで俺に踏み込んでくる曜子さんを、 なんとか別の話題で振り切ろうとしたけれど、 どうやら年季が違うらしかった。
928	曜子	Youko	「だからわたしのコンサートチケット送ったのに、 結局、ふられちゃったわね。 …最前列で空いてたのはあなたの席だけだったわよ」
929	春希	Haruki	「…すいません。 そんなプラチナチケットとは知らなくて」
930	曜子	Youko	「いいのよ、あの時はそういう運命だったんでしょ。 あなたと、かずさは」
931	春希	Haruki	「え…？」
932	曜子	Youko	「にこりともしないわね、あの子… あんなんでいいの？　おたくの雑誌」
933			最後に付け加えた一言を聞きとがめ、 ふと、彼女に振り返ったとき、 すでにその表情は、ふてくされる娘の方に注がれていた。
934			やっぱり、年季が違ってる。 …まぁ、あまり年季年季と本人に言うと、 誉め言葉とは取ってもらえなさそうだけど。
935	春希	Haruki	「あれがいいらしいんですよ日本では。 ミステリアスだとか何とか」
936	曜子	Youko	「ふてくされてるだけなのにねぇ」
937	春希	Haruki	「…ですね」
938			相変わらず、 カメラマンに熱い調子で語りかけられているかずさは、 いつも通りの無愛想で無気力な無表情だった。
939			俺も曜子さんも、 『あ、かなり機嫌悪いなこれ』とすぐに見破れる、 相当にぶーたれた態度が表に滲み出てたけど…
940			あれもプロカメラマンのレンズを通せば、 きっと物憂げな美女に変身してしまうんだろう。 …何しろ、素材が素材だし。
941	曜子	Youko	「ねぇ、ギター君」
942	春希	Haruki	「なんですか？」
943	曜子	Youko	「わたしのこと、恨んでるかしら？」
944			そんな、いつも通りのかずさを眺めながら 曜子さんがほんの少し自嘲気味に呟く。
945			信じられないくらい、母親っぽく。
946	春希	Haruki	「…どうしてそんなふうに思うんです？」
947	曜子	Youko	「だって、かずさを[Rウィーン^こっち]に連れてきたのは… あの子とあなたを引き裂いたのは…」
948	春希	Haruki	「冬馬さん」
949	曜子	Youko	「…なに？」
950	春希	Haruki	「やっぱり彼女はあなたについて来て正解だった」
951	曜子	Youko	「………」	"........."
952			そんなふうに、 かずさのことを気遣った態度を取られたら、 もう俺には、何も言えない。
953	春希	Haruki	「こっちで家族と暮らしていたからこそ、 今の冬馬かずさがあるんだと思います。 あいつにしてはまっすぐで、あいつなりに一生懸命で…」
954	曜子	Youko	「…そんなこと言う人はギター君だけよ。 あなた、もしかして両親いないの？」
955	春希	Haruki	「ま…否定はしません」
956			確かに、いない“ようなもの”だし…
957	曜子	Youko	「わたしもね…胸を張れる訳じゃないけど、 この五年間、それなりに上手くやってきたつもり」
958	春希	Haruki	「はい」
959			だから、五年ぶりに会ったかずさは、 見た目だけじゃなく、心も少し大人になっていた。
960	曜子	Youko	「かずさは本気でピアノと向き合うようになった。 間にわたしを挟んだりせずに、 自分だけの意志で…」
961			だから、五年間頑張ってきたかずさは、 世界中の権威あるコンクールを勝ち抜く腕と、 強い意志を手に入れた。
962	曜子	Youko	「それでもね… 師匠や、ライバルや、母親が側にいるだけじゃ、 どうにもならないこともある」
963	春希	Haruki	「………」	"........."
964			富は、もともとあった。 名声は、自分で手に入れた。
965			そして…
966	曜子	Youko	「ね、ギター君。 あの子はね、五年前から何も…」
967	春希	Haruki	「俺…」
968	曜子	Youko	「え？」
969	春希	Haruki	「ずっと前からつきあってる彼女がいます。 結婚を考えてる相手がいるんです」
970	曜子	Youko	「………そのこと、かずさに言ったの？」
971	春希	Haruki	「伝えられたかどうかはわかりません。 けれど、伝えようとしました」
972	曜子	Youko	「そう…」
973			それは、あまりに唐突で、 そしてなんの意味もない自分語り。
974			…の、はずだった。
975	かずさ	Kazusa	「おい雑誌記者！ もういいだろ？　疲れた！」
976	春希	Haruki	「あ…はいはい。 お疲れさまでした～！」
977	曜子	Youko	「………」	"........."
978			少し離れた通りで、 カメラマンのしつこいアタックを受けながら、 いい加減痺れを切らしたモデルが呼びかけてくる。
979			だからもう、取材も終わり。 これで、何もかも終わり…
980			………	.........
981	春希	Haruki	「本日は…本当にありがとうございました」
982	曜子	Youko	「編集長によろしくね。 また今度連絡するからって」
983	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
984			あの後カメラマンは、かずさの頬にキスしようとして、 思いっきり足を踏まれ、すごすごと退散していった。
985	春希	Haruki	「ギャラの方は後日、 冬馬曜子オフィスの方に振り込ませていただきます。 請求書の方、よろしくお願いします」
986	曜子	Youko	「はいはい、その辺は秘書に任せてあるから、 直接事務所の方にお願い」
987	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
988			物珍しそうに眺めていた見物人も去り、 俺たち三人だけが残った、昼下がりの街並み。
989	春希	Haruki	「それじゃ、これで…」
990	曜子	Youko	「元気でね、ギター君」
991	春希	Haruki	「北原です…」
992	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
993			俺たちの、最後の時間が近づいていた。
994	曜子	Youko	「ほらかずさ、 あなたも何か言いなさいよ。 一応、今日の主役なんだから」
995	かずさ	Kazusa	「………知るか。 元々、取材なんて乗り気じゃなかった」
996	曜子	Youko	「別れてから思いっきり後悔するくせに。 後で泣かれても、わたし慰めないわよ？」
997	かずさ	Kazusa	「～～～っ！ 早く日本へ帰れ！ 二度と国外に出てくるな！」
998	曜子	Youko	「…ごめんね？ 最後の最後までこんな娘で」
999	春希	Haruki	「いえ…昔もこんなもんでしたから」
1000	かずさ	Kazusa	「っ…」
1001			とうとうかずさは、後ろを向いてしまった。
1002			その顔に今、どんな表情が貼りついているのか、 もう、確認することもできなくなってしまった。
1003	春希	Haruki	「失礼します。 お二人とも、お元気で」
1004	曜子	Youko	「…ギター君もね？」
1005			だから俺も、かずさに背中を向ける。
1006			もう、あいつがこっちを見てくれないなら、 あいつを見つめる意味もないんだから。
1007			俺には、帰るところがあるんだから。
1008			雪菜が、待ってるんだから。
1009			石畳の道を踏みしめるように、 一歩、二歩と歩き始める。
1010			これが最後だと。 二度とかずさと会うこともないんだと。 地面を踏みしめるごとに言い聞かせる。
1011			だからどうだって訳でも… どうしようって訳でも、ないんだけど…
1012	春希	Haruki	「………」	"........."
1013			ないん、だけど…
1014			まだ、雪菜と約束した時間には、 一時間くらいの余裕があった。
1015	春希	Haruki	「っ、 かずさっ！」
1016	かずさ	Kazusa	「なんだよ！ しつこいぞ春希！」
1017	春希	Haruki	「あ…」
1018			かずさが、いつの間にかこっちを向いていた。
1019			俺が振り返った瞬間、その目を見開いて、 すぐにこっちの言葉に反応を返してきた。
1020	かずさ	Kazusa	「なんなんだよ？ 言いたいことがあったらハッキリ言えよこの馬鹿」
1021	春希	Haruki	「………」	"........."
1022			何度、最後だって決めれば気が済むんだよ。
1023			俺の決断って、そんなに脆いものだったっけ？ 軽くて、儚いものなんだっけ…？
1024	かずさ	Kazusa	「自分から呼びかけておいてシカトかよ？ 一体何がしたいんだよお前は…っ」
1025	春希	Haruki	「かずさのピアノ…久しぶりに聴きたいな」
1026	かずさ	Kazusa	「………春希」	"........Haruki"
1027			それは、完全に弾みで、 自分でも、どうしてそんなことを言ってしまったのか、 前後の文脈からも完全に意味不明で。
1028	春希	Haruki	「なんちゃらコンクールでなんか賞取ったんだろ？ 昔よりも、ずっとずっと上手くなってんだろ？」
1029			仕事で覚えてた単語も、次々と記憶から抜け落ちて、 駄々っ子みたいな『この馬鹿』が顔を出す。
1030	春希	Haruki	「聴かせてくれよ… 俺、お前のファン第一号だったよな？ だったら今、少しくらい弾いてくれたって…」
1031	かずさ	Kazusa	「何言ってんだよお前。 ピアノなんかどこにも…」
1032	春希	Haruki	「探すよ！　楽器屋とか酒場とか！ きっとすぐに見つかるからさ、だからさ…」
1033			もう、自分でも意味がわからない。
1034			何にそんなに駆り立てられてるのか。 どうしてこんなに悔しいのか。
1035	かずさ	Kazusa	「無理に…決まってるだろ」
1036	春希	Haruki	「なんで！？ 俺がこんなに頼んでるのに！」
1037			そして… どうしてこんなに、寂しいのか。
1038	かずさ	Kazusa	「ペダル…踏めないだろ。 この足じゃ」
1039	春希	Haruki	「………ぁ」
1040			かずさが軽く右足を引きずってみせたのと同時に、 何もかも吹っ飛んでた記憶が一気に蘇る。
1041			カメラマンに『膝から下は写さないで』って、 そんな細かい指示を出していたことも忘れてた。
1042	かずさ	Kazusa	「昨日から知ってるじゃないか。 お前が、手当てしてくれたんじゃないか」
1043			突きつけられた自分の身勝手さが、 冬の冷たい風と一緒になって、 俺を急激に冷ましていく。
1044	かずさ	Kazusa	「知ってるのに… 随分と、無粋なこと、言うんだな」
1045			かずさと俺の最後の思い出を、 苦く味付けていく。
1046			………	.........
1047			……	......
1048			…	...
1049	雪菜	Setsuna	「春希く～ん！」	"Haruki-ku~n!"
1050	春希	Haruki	「あ…」
1051			待ち合わせ時間からは、 まだ３０分も早かった。
1052	雪菜	Setsuna	「春希くん！ お待たせ！」
1053			そして、待ち合わせ場所から、 １００メートル以上も離れてたのに。
1054			雪菜は、ちゃんとそこにいて、すぐに俺を見つけ、 嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。
1055	雪菜	Setsuna	「はぁっ、はぁっ、はぁぁ… お仕事お疲れさまでした～」
1056	春希	Haruki	「雪菜…」	"Setsuna..."
1057			俺の帰るべき場所が、 俺を、迎えに来てくれた。
1058	雪菜	Setsuna	「…って、決めつけちゃったけど、 どう？　仕事の方は片づいた？」
1059	春希	Haruki	「ん…完璧終わり。 これで帰国までは完全フリー」
1060			１２月２５日。 クリスマス本番の夕暮れ。
1061			そろそろ街のライトアップが始まり、 クリスマスを祝う人々が続々と街に溢れ出てくる頃。
1062	雪菜	Setsuna	「やったぁ！ それじゃ今夜はずっと一緒なんだね… こんな綺麗な街の中を」
1063	春希	Haruki	「うん…」
1064			この時期のストラスブール旧市街は、 街中を覆うクリスマスデコレーションにつられ、 こうして国内外から観光客が押しかけてくる。
1065	雪菜	Setsuna	「それじゃどこ行こうか？ すぐに食事にするのももったいないよね。 まずは通りを歩きたいなぁ」
1066	春希	Haruki	「………」	"........."
1067			そんな、世界中の人を魅了する、 この街のクリスマスの夜も。
1068	雪菜	Setsuna	「春希くん？」	"Haruki-kun?"
1069	春希	Haruki	「………」	"........."
1070			巨大なツリーも、 きらびやかな電飾も、 バカラのシャンデリアも。
1071	雪菜	Setsuna	「…もしかしてお腹すいてる？ やっぱり食事が先の方がいい？」
1072	春希	Haruki	「ううん…」
1073	雪菜	Setsuna	「じゃあ…どうしたい？」
1074	春希	Haruki	「こう、したい…」
1075	雪菜	Setsuna	「え………ぇぇぇっ！？」
1076			少なくとも俺にとっては、 目の前にいる可憐な女性に、 なに一つ勝てるものなんかありはしなかった。
1077	春希	Haruki	「………」	"........."
1078	雪菜	Setsuna	「春希、くん？」	"Haruki, kun?"
1079			少なくとも俺にとっては、 俺の腕の中にいる、可憐な女性には…
1080	雪菜	Setsuna	「ね、ねぇ、ちょっと… みんな、見てるよ？」
1081	春希	Haruki	「それで？」
1082	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
1083			雪菜の言う通り、みんなが一度はこっちに目を向ける。
1084			だってここは、往来のど真ん中。
1085			通りを歩く人々にとっては、 こんなところで抱きあうカップルなんか、 通行の迷惑もいいところだから。
1086	春希	Haruki	「ごめんな、雪菜…」
1087	雪菜	Setsuna	「…それ、今朝から何度も聞かされてきたけど、 今のが一番意味わかんないよ？」
1088	春希	Haruki	「もう、全部終わったから。 今度こそ、本当に、何もかも」
1089	雪菜	Setsuna	「…そうなんだ？」
1090	春希	Haruki	「これからは… ずっと、雪菜と一緒だから」
1091			だから、そんな俺の言葉も、俺の行動も…
1092			雪菜にとっては意味不明で、 何の感慨も、感動も覚えたりするはずはないけれど。
1093	雪菜	Setsuna	「それは…嬉しいな」
1094			それでも雪菜は、いつの間にか俺の背中に手を回し、 この無理やりな抱擁を、優しく受け止めてくれる。
1095			ただ、時間切れで帰還しただけのこの俺に。
1096			結果としてしか雪菜を選べなかった、 こんな、最低な…
1097	春希	Haruki	「ごめん…」
1098	雪菜	Setsuna	「だからぁ」
1099	春希	Haruki	「メリー・クリスマス」	"Merry Christmas"
1100	雪菜	Setsuna	「………メリー・クリスマス」	"....... Merry Christmas"
1101			………	.........
1102	かずさ	Kazusa	「別に、母さんは残っててもよかったのに。 友達と積もる話もあったんじゃないの？」
1103	曜子	Youko	「怪我してる娘を一人帰す訳にもいかないわよ。 少しは母親として機能しないとね」
1104	かずさ	Kazusa	「………ごめん」
1105	曜子	Youko	「何が？」
1106	かずさ	Kazusa	「インタビューの時… 酷いこと言ったりして」
1107	曜子	Youko	「別に気にしてないわよ。 あの時のかずさ、あまりにも舞い上がりすぎてるのが 丸わかりだったし」
1108	かずさ	Kazusa	「…そういうところが 母親として失格だって言ってるのに」
1109	曜子	Youko	「別に、泣いてもいいわよ？ 今なら誰も見てやしないから」
1110	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
1111	曜子	Youko	「冷凍ミカン食べる？」
1112	かずさ	Kazusa	「なぁ…」
1113	曜子	Youko	「ん～？」
1114	かずさ	Kazusa	「本当に、知らなかったのか？ あいつが来てるってこと」
1115	曜子	Youko	「今回ばっかりはね…」
1116	かずさ	Kazusa	「そっか…」
1117	曜子	Youko	「日本からの取材ってことを隠してたのは、 あなたが日本公演に乗り気じゃなかったから。 彼が開桜社に入ってたなんて全然…」
1118	かずさ	Kazusa	「あんたのお遊びじゃ、なかったんだ…」
1119	曜子	Youko	「運命の巡り合わせかしらね？ 東京でもウィーンでもなく、 ストラスブールで再会なんて」
1120	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
1121	曜子	Youko	「母親にそんな目つきで睨む娘ってどうなのよ？」
1122	かずさ	Kazusa	「運命とか奇跡とか、 そういうのは信じないことにしてるんだ。 予言とか呪いとかも信じなくちゃならなくなるから」
1123	曜子	Youko	「わたしは全部信じてるけどね。 だからこそ、あなたが生まれたんだし」
1124	かずさ	Kazusa	「………寝る」
1125	曜子	Youko	「あ、そ」
1126			………	.........
1127	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
1128	曜子	Youko	「…寝た？」
1129	かずさ	Kazusa	「なんだよ？」
1130	曜子	Youko	「来るときに言ったでしょ？ 『バカンスから帰るときにもう一度返事して』って」
1131	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
1132	曜子	Youko	「日本公演の話… 五年ぶりの、凱旋帰国のこと」
1133	かずさ	Kazusa	「それ、は…」
1134	曜子	Youko	「今回は断っておくわ。 もうちょっと時期を置いて改めて検討するって」
1135	かずさ	Kazusa	「え…」
1136	曜子	Youko	「もう、強く言わないから安心して。 ちゃんと心の整理ができてからにしましょう」
1137	かずさ	Kazusa	「なんだよそれ… 前にも言ったじゃないか。 別にあたし、日本を嫌がってなんか…」
1138	曜子	Youko	「いくらなんでも、そろそろ大丈夫だって思ってた。 五年も経ったんだから、少しは吹っ切れてるだろうって」
1139	かずさ	Kazusa	「な…」
1140	曜子	Youko	「しかしこれはなんというか… 正直、あなたの諦めの悪さを甘く見てたわ」
1141	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
1142	曜子	Youko	「今帰っても、いい演奏ができるって保証がない。 あなたはそれを無意識のうちにわかってたのね」
1143	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
1144	曜子	Youko	「そういう訳だから… 帰ったら、新しいスケジュールを立てましょう。 もう、日本公演のことは…」
1145	かずさ	Kazusa	「………やるよ」
1146	曜子	Youko	「っ…かずさ？」
1147	かずさ	Kazusa	「行くよ、日本。 最初の予定通りでいいから」
1148	曜子	Youko	「…今となってはわたしは反対なんだけど」
1149	かずさ	Kazusa	「どうせ口約束で色々と手配してたんだろ？ このまま進むか、全部キャンセルして赤出すか、 経営者として判断してみなよ」
1150	曜子	Youko	「………破産はしないわよ」
1151	かずさ	Kazusa	「決まりだな。 冬馬曜子オフィス存続のため頑張るよ」
1152	曜子	Youko	「かずさ…」	Kazusa...
1153	かずさ	Kazusa	「話はそれだけ？ それじゃ今度こそ寝るから」
1154	曜子	Youko	「本当にいいの？」
1155	かずさ	Kazusa	「最初から言ってる。 別に、嫌じゃないって」
1156	曜子	Youko	「辛い現実、待ってるかもしれないわよ？ だって、彼は…」
1157	かずさ	Kazusa	「知ってる」
1158	曜子	Youko	「なら…」
1159	かずさ	Kazusa	「それでも…行くよ。 ピアノ、弾くよ」
1160	曜子	Youko	「どうして？」
1161	かずさ	Kazusa	「あいつ…聴かせろって言った。 あたしのピアノ、聴きたいって言ったんだ…」
1162	曜子	Youko	「………」	"........."
1163	かずさ	Kazusa	「ならさ… 祝福の曲、弾いてやらないと、さ」

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