White Album 2/Script/3006

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1	浜田	Hamada	「北原！ お～い、北原～」
2	春希	Haruki	「レイアウト済んでます！ サーバにアップしてありますから まず確認してください！」
3			１月４日。
4			仕事始め初日からいきなり締め切りが迫っていた。 しかも二誌分。
5	浜田	Hamada	「違う違う、そうじゃないって。 …お前、俺が声かけると どうしていつも先回りするんだよ？」
6	春希	Haruki	「すいません… ここ一年の体験から自然と防衛本能が」
7	松岡	Matsuoka	「そうそう、浜田さん確認しないで怒るもんなぁ」
8	浜田	Hamada	「それはだな、 ここ三年の体験から自然と叱り癖が…
9	浜田	Hamada	っと、それよりもお前、車運転できるか？」
10	春希	Haruki	「免許なら大学の時取りましたけど… でも、ペーパーですよ？」
11	浜田	Hamada	「そっか…どうしたもんかな」
12	春希	Haruki	「なんです？ 車でしか行けない取材先なんですか？ でも、だったら俺じゃなくても」
13	浜田	Hamada	「ああ、いや。 俺じゃなくてアンサンブルの編集長がな…」
14	春希	Haruki	「アンサンブル…？」
15	浜田	Hamada	「成田に人を迎えに行く用事があって、 できればお前に運転手を頼みたいって ことだったんだが…」
16	春希	Haruki	「あ…」
17	松岡	Matsuoka	「成田？ 海外からの客ですか？ しかも運転手つきって大物っぽいですね」
18	鈴木	Suzuki	「これでしょこれ… 北原君を一本釣りするところからもさぁ」
19	春希	Haruki	「………」	"........."
20			アンサンブルの編集長、成田… そして、俺。
21			鈴木さんに指摘されるまでもなく、 そのキーワードから導き出される答えに 辿り着いていた。
22			彼女の、携帯の画面に映る成田空港の映像…
23			そこに映し出されるレポーターの姦しい喋りから、 ある特定のキーワードが出てくるまでに、 それほど時間はかからなかった。
24	浜田	Hamada	「ま、そういうことだ。冬馬母子のお出迎え。 北原なら向こうも問題ないだろうって」
25	松岡	Matsuoka	「うわぁ…結構マスコミ張ってますね。 今や時の人だよなぁ」
26	春希	Haruki	「バカンスから帰ってくる芸能人目当てじゃ…」
27	松岡	Matsuoka	「今テレビで思いっきり名前言ったじゃん。 少なくともこの局は冬馬かずさ目当てだぞ」
28	春希	Haruki	「………」	"........."
29	鈴木	Suzuki	「ま、憧れだった同級生の女の子が 雲の上の人になっちゃったのを 認めたくない気持ちはわかるけどさぁ」
30			どうせなら本当に雲の上にいてくれればよかったんだ。 俺なんかに向き合ったりなんかしなければ…
31	松岡	Matsuoka	「にしても、アンサンブルも可哀想になぁ。 独占インタビューの掲載前に来日されちゃって」
32	鈴木	Suzuki	「これが隔月刊の辛いところよね～。 久しぶりの目玉記事だったのに、 結局グラフに載ることになっちゃったし」
33	浜田	Hamada	「まぁそのこともあって、 向こうさんにも恩返しの必要があってな」
34			アンサンブルの依頼で俺が担当した 『冬馬かずさ独占インタビュー』は、 鮮度の関係で、明日発売の開桜グラフに移ってきた。
35			おかげで向こうは特ダネを一つ失い、 そしてこっちは８ページの丸儲け。 …表紙まで途中で差し替えになった。
36	浜田	Hamada	「そんな事情もあるんで、何とかならないか？ ホテルまで送って、ついでに会食にもお供しろって。 もちろんメシ代は向こうの編集部持ち」
37	春希	Haruki	「で、でも… 俺、半年以上運転してないし…」
38			それに今日は金曜日。 つまり、雪菜が部屋に来る日で…
39	松岡	Matsuoka	「浜田さん！　俺、俺！」
40	浜田	Hamada	「なんならタクシーでもいいってよ。 向こうが期待してるのは、車の運転よりも、 冬馬家担当としてのお前らしいからな」
41	春希	Haruki	「え…」
42	浜田	Hamada	「いやな… この間の取材、向こうの反応がえらくいいらしくてな。 特に冬馬曜子に」
43			曜子さんが…？
44			それって本当に、 俺の仕事そのものに対する評価なのか？
45			それとも…
46	浜田	Hamada	「なんでも冬馬かずさってかなり気難しくて、 普段の取材だとほとんど喋らないらしい。 あれだけコメントを引き出せたのは奇跡だとか」
47	鈴木	Suzuki	「へぇ、そうだった北原君？」
48	春希	Haruki	「どうなんでしょうね…別に普通でしたけど。 ま、学園時代は確かにそんなところあったかも」
49			最初に会ったとき、あいつは、 意味もなく周りの世界全てを敵に回してた。
50			けれど今は…
51			他人に対するあいつと、 俺に対するあいつが、 どれだけ違うのか…
52			そして、そのことにどんな意味があるのか、 俺には、わからない。
53	浜田	Hamada	「な、そんな訳だからさ、北原…」
54	春希	Haruki	「すいません。 俺、まだ今日の仕事が全然終わってなくて…」
55	浜田	Hamada	「そうか…わかった。 お前がそこまで言うなら…」
56	松岡	Matsuoka	「俺！　だから俺が！」
57	浜田	Hamada	「仕方ないから俺が顔出すわ。 一応、お前の上司だからフォローしとかないとなぁ」
58	春希	Haruki	「すいません。 ご面倒おかけします」
59	松岡	Matsuoka	「…なんかそれ違くない？」
60	鈴木	Suzuki	「上司だったら会食じゃなくて 仕事の方フォローすればいいのに…」
61	松岡	Matsuoka	「奥さんに電話しちゃおうかなぁ…」
62			皆の視線が外れたのを待ちかねて、 俺は、ゆっくりと皆の輪から外れていく。
63			実は頑なに拒絶していたことを、 不自然に思われなかったかなって… そんないやらしい計算をしながら。
64			………	.........
65	春希	Haruki	「ふぅ…」
66			仕事始めの初日にしては仕事は順調で、 なんとか２２時前には編集部を抜け出すことができた。
67			最初は、例の呼び出しをサボった手前もあり、 わざわざ忙しそうに見せかけるだけのつもりだったけど、 気づいたら全て上がった記事と、全身を覆う深い倦怠感。
68			仕事に没頭してると余計なことを考えずに済むから、 ついついのめり込んでしまっていた。
69	春希	Haruki	「………」	"........."
70			かずさが、帰ってきた。 しかも、そのことがニュースになっていた。
71			五年前、空港で別れを告げたのに。
72			二年前、心の中で別れを告げたのに。
73			そして二週間前… フランスで、今度こそ別れを告げたのに。
74			それでも、戻ってきた。 こんなことになるなんて、想像してなかった。
75			…正確に言うと、 十分に想定できたけど、 無理に想像しないようにしてた。
76	車内アナウンス	Train Announcement	「間もなく、岩津町、岩津町。 お出口は左側になります」
77			駄目だな、俺。 今日は、少しでも考える暇ができてしまうと、 ずっとこの調子だ。
78			俺がこんなに思い悩む必要なんて何もないのに。
79			あいつが戻ってきたことに、 俺はまるで関係なんかしていないのに。
80			ただ、海外で評価されて、 日本での人気に火がついて、 それに応えるために戻ってきただけなんだから。
81			そう、俺には何も… 関係も、興味も…
82	車内アナウンス	Train Announcement	「岩津町、岩津町です。 お降りの方はドアにお気をつけください」
83	春希	Haruki	「………」	"........."
84	駅アナウンス	Station Announcement	「ドアが閉まります。 ご注意ください」
85	春希	Haruki	「っ…」
86			何も、関係ないはずなのに。 興味なんか、持ったらいけないのに。
87			何やってんだ、俺。 ここは、俺の住む街じゃないだろ。
88			いつもより早いって言っても、 多分、もう雪菜は部屋で待ってるんだぞ。
89			どうして、途中下車なんかするんだよ…
90			………	.........
91			逡巡と述懐と後悔を織り交ぜて歩くこと十数分。
92	春希	Haruki	「………っ」
93			やっと辿り着いた場所は… もう三年ほど前から、人の住む場所じゃなくなっていた。
94	春希	Haruki	『と、冬馬…ちょと、おい』
95	かずさ	Kazusa	『早く…来なよ』
96	春希	Haruki	『いや、こんな…こんなことって』
97	かずさ	Kazusa	『どうしたの？ 今になって怖気づいた？』
98	春希	Haruki	『怖気づくわそりゃあああ！』
99	春希	Haruki	かずさがいなくなってしばらくは、 まだメンテナンスもされていたらしかった。
100	春希	Haruki	しかしいつしか『冬馬』という表札のあったところは、 『売家』という看板に取って代わられて…
101	春希	Haruki	けれど多分、その豪華すぎる建物と、 広すぎる土地に見合っただけの価格がネックで、 買い手がつかないまま幾星霜…
102	春希	Haruki	いつしか周囲を雑草が覆い、 かつては俺たちのスタジオだった豪邸は…
103	春希	Haruki	もう、あの頃の面影を完全に失っていた。
104	かずさ	Kazusa	『っ、く、くく…っ、 ほ、本当に…本当にいいんだな、北原？』
105	雪菜	Setsuna	『ね、やろうよ！ わたし、これ弾いてる北原くん見てみたい』
106	かずさ	Kazusa	『北原が詞を書いて、 あたしが曲をつけた、 小木曽のためだけの歌、だ』
107	雪菜	Setsuna	『時間ないんだよ春希くん。あとたったの一日！ ………頑張って、わたしたちの曲、完成させよ？』
108	春希	Haruki	「っ…はは」
109			ここに通ったのは、ほんの二週間くらいだった。 ずっと、話なんかせずに弾いてばかりだった。
110			なのに、こんなに鮮烈に、 そして、嬉しかった思い出ばかりが蘇るのは、どうして…
111	春希	Haruki	「え…」
112	かずさ	Kazusa	「………なん、で」
113			どうして、なんだろう。
114			そんな、嬉しかった思い出の真ん中にいた奴が、 今、こうして目の前にいやがるのは。
115			………	.........
116	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
117	春希	Haruki	「………」	"........."
118			かずさは、俺の顔を見て呆然とした後、 かつてのマイホームの現状に、しばらく言葉を失った。
119			表札を確かめて、門から中を覗き込み、 家のまわりをゆっくりと一周して、 五年という歳月を噛みしめていた。
120	かずさ	Kazusa	「母さんに、聞いてはいたけどさ」
121	春希	Haruki	「そう、か」
122	かずさ	Kazusa	「見ない方がいいとも言われたけどさ」
123	春希	Haruki	「そっ、か」
124	かずさ	Kazusa	「見なけりゃ、よかった」
125	春希	Haruki	「………」	"........."
126			それこそ、自業自得だった。
127			この家を捨てたのも、この国を捨てたのも。
128			望んでいなかったはずなのに帰国してきたのも。 家族の忠告を無視して帰宅してきたのも。
129	かずさ	Kazusa	「嫌な奴と、嫌なところで会っちまうし、な」
130			俺と、日本でも再会してしまうのも。
131	春希	Haruki	「お前、ウチの編集長と会食って…」
132	かずさ	Kazusa	「母さんに任せて抜けてきた。 …嫌な奴が出るって聞かされてたから」
133	春希	Haruki	「………」	"........."
134	かずさ	Kazusa	「そしたら、こんな… 本当、ついてない」
135	春希	Haruki	「………そうだな、お互い」
136			二人とも、わざとらしいくらいあからさまに相手を避けて、 結局、相手のいるところに辿り着いた。
137	かずさ	Kazusa	「なんでこんなところにいるんだよ… どうして、どうしてだ、春希」
138	春希	Haruki	「別に大した理由なんかない。 …気がついたら、ここに立ってただけだ」
139			しかもそこは、三人の思い出の詰まった大切な場所で…
140	かずさ	Kazusa	「馬鹿じゃないのかお前は… こんな場所に来たって、何の意味もないのに」
141	春希	Haruki	「…馬鹿はお前の方だ。 そっちなんか、意味がないどころか、 辛い思いするだけじゃないか」
142			けれどそこに、三人の思い出を残すものは もう跡形もなくなってて…
143	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
144	春希	Haruki	「ごめん…」
145			本当に、運がないとしか言いようがない。
146			日本では、五年ぶりの再会なのに。 そこそこ特別な関係であったはずの二人なのに。
147	かずさ	Kazusa	「帰ろうかな… もうここにも用はないし」
148			なのに、偶然の出会いに祝杯を上げようとか、 あの頃の思い出話に花を咲かせようとか、 そんな空気はお互いの中に存在しない。
149	春希	Haruki	「今…どこに滞在してるんだ？」
150	かずさ	Kazusa	「ホテルだよ。最上階のスイートルーム。 …どこのホテルかなんて興味ないよな？」
151	春希	Haruki	「スイートか…相変わらずだなお前んち。 俺には一生無縁な場所だ」
152	かずさ	Kazusa	「少しくらいセキュリティが高くないと どうしようもないって痛感したからな。 …ホテルのロビーにまで取材が来やがった」
153	春希	Haruki	「有名人だからな、今のお前は。 さすがはジェバンニ国際入賞ピアニスト」
154			それどころか、 日本での再会をことさらに忌避してた二人は…
155			こうして偶然会ってしまった今も、 少しずつ会話の流れを軋ませてしまう。
156	かずさ	Kazusa	「あたしなんか、まだ何も成し遂げてない。 こんな駆け出しのピアニスト、 ヨーロッパじゃ相手にもされてない」
157	春希	Haruki	「…そうなのか？」
158	かずさ	Kazusa	「母さんには有名オケから何度も声がかかる。 あたしはどこからも呼ばれたことがない。 …二人にはそれだけの差があるんだ」
159	春希	Haruki	「そんなの、これからだろ。 お前の母親は、もう３０年近くも第一線で…」
160	かずさ	Kazusa	「そうさ、これからなんだよ。 …なのに、そんなあたしが[R日本^ここ]ではチケット初日完売？ 一度もやる前に追加公演決定？　一体何の冗談だ？」
161	春希	Haruki	「そりゃ、かずさが日本人だからだろ。 ヨーロッパであまり注目されないのも、 日本で注目されるのも、そのせいだ」
162	かずさ	Kazusa	「向こうであたしより活躍してる 日本人のアーティストなんてごまんといる。 なのに、その人たちには目も向けないで…」
163	春希	Haruki	「ま…それにだって理由はあるけど、 今のお前に言ったって納得しないだろうな」
164	かずさ	Kazusa	「日本人の理屈か？ …あたしとは違う感覚ってやつか？」
165	春希	Haruki	「…かも、な」
166			日本人の持つ共有感というか統一感というか…
167			熱しやすく冷めやすく、そして画一的な盛り上がり方は、 欧州の文化に慣れた人間には奇異に映るのかもな。
168	かずさ	Kazusa	「この国は異常だ。 こんな、何の実績もない小娘をマスコミが追いかけ回す。 まるで芸能人みたいに」
169	春希	Haruki	「………」	"........."
170			それは、ずっと日本人でいて、 今度はマスコミにまでなった、 俺に対する皮肉だったんだろうか…
171	かずさ	Kazusa	「本当に、うんざりだ、こんな国… コンサートが終わったらすぐに…」
172	春希	Haruki	「なら、来なければよかったじゃないか」
173	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
174			それは、明らかに売り言葉だったけど…
175	春希	Haruki	「日本には来ないんじゃなかったのか？ …インタビューでは、そう言ってたろ？」
176			けれど、本当に買って欲しかったのか、 買ってしまって本当によかったのか、 判断の難しいところだった。
177	かずさ	Kazusa	「…来て、欲しくなかったか？」
178	春希	Haruki	「俺の意見なんかどうでもいいだろ。 俺が来るなって言ったら今から帰るのか？」
179	かずさ	Kazusa	「っ！」
180			…結局、買ってしまったけど。
181	かずさ	Kazusa	「そうだよ、決めるのはあたしだって言った。 だから、あたしが行くって言ったら行くんだ」
182	春希	Haruki	「…そうかよ。 そりゃよかったな」
183	かずさ	Kazusa	「誰もあたしの気持ちを変えることなんかできない。 観客だろうが、母親だろうが、ましてやお前なんか…」
184	春希	Haruki	「ファンの声は無視かよ…最低の芸人だな。 あ、それとも芸術家ならそういうのＯＫなんだっけ？」
185	かずさ	Kazusa	「っ、どうしてそうやってすぐ揚げ足ばかり取るんだ！」
186	春希	Haruki	「俺のことを貶めるのはどうだっていいけどさ、 本当にお前のピアノが好きな人だっているんだぞ？ 失礼だと思わないのか？」
187	かずさ	Kazusa	「そんなの関係ないって言ってるだろ！ 本筋と関係ないところで余計な説教しやがって」
188	春希	Haruki	「本当は、今言ったことちょっと後悔してるよな？ ただ引くに引けないだけなんだろ？ だってお前、昔から見かけより小心者で…」
189	かずさ	Kazusa	「お前にどうこういわれる筋合いはない！ 何様のつもりなんだよ春希！」
190	春希	Haruki	「悪かった…な」
191	かずさ	Kazusa	「………っ」
192			なんでだろうな…
193			日本では、五年ぶりの再会なのに。 そこそこ特別な関係であったはずの二人なのに。
194			どうして、穏やかに話せないんだろうな。 無意味な説教と感情的な怒号になってしまうんだろうな。
195	かずさ	Kazusa	「こんなところにいるからいけないんだ… 帰る。今度こそ、もう帰る」
196	春希	Haruki	「そっか…」
197			…なんて、本当はわかってるんだけどな。
198	かずさ	Kazusa	「もう、二度とここには来ない」
199			俺たちはもう、 この場所で思い出なんか語れないってことが。
200	かずさ	Kazusa	「昔のあたしが知っている場所には… 昔のあたしを知っている場所には、近づかない」
201			だって、ここで積み重ねた三人の歴史はもう途切れてる。
202			今は、二人と一人に分かれてる。 そして二人の方に、かずさはいない。
203	かずさ	Kazusa	「じゃあな、春希。 もう会うこともないと思うけど」
204	春希	Haruki	「ちゃんと、帰れるか？」
205	かずさ	Kazusa	「馬鹿にするな…日本語くらい喋れる」
206			………	.........
207			ストラスブールの時の別れとは逆に、 今度は、かずさの方から去っていく。
208			あの時の俺みたいに未練たらたらじゃなく、 毅然と、背筋を伸ばして、二度と振り返らず。
209			だから、毅然とできない俺の方だけが、 ずっと、あいつの後ろ姿を見送る。
210	春希	Haruki	「ごめんな、かずさ」
211			意味もなく突っかかったりして、 本当にごめん。
212			………	.........
213	かずさ	Kazusa	「………ごめん。 ごめんな、春希。 意地張っちゃって、ごめんなさい…っ」
214	春希	Haruki	「…？」
215			玄関のドアを開けたとき、 昨日と同じ光景に、違和感を覚えた。
216			…なんて別に、日本語を間違って使ってる訳じゃない。 ただ今日は、予定ではいつもと違う光景に なってるはずの日だったから。
217	春希	Haruki	「雪菜…？」
218			雪菜が、部屋に来てるはずの…
219	春希	Haruki	「あ…」
220	春希	Haruki	………	.........
221	春希	Haruki	……	......
222	春希	Haruki	…	...
223	雪菜	Setsuna	「………もしもし」
224	春希	Haruki	「どした？」
225	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
226			俺が問いかけたのは、 雪菜が来なかったことに対してじゃなかった。
227	春希	Haruki	「体調でも悪いのか？ …途中で帰るなんて」
228			ただ、テーブルの上に ラップでくるまれた料理が揃っていながら、 本人だけがその場にいなかったことが気になっていた。
229	雪菜	Setsuna	「…ごめんね、春希くん」
230	春希	Haruki	「いや、責めてないから。 ただ、心配で」
231	雪菜	Setsuna	「心配かけちゃって、ごめんね」
232	春希	Haruki	「…だから、いいんだってば」
233			最近、自分からも相手からも 『ごめん』という単語が出てくる頻度が多すぎる。
234			表面上は何も変わってないはずなのに、 お互い、余計なことを意識しすぎてハマってる。
235			…余計なことなのかどうかは 結論が出てないのかもしれないけど。
236	春希	Haruki	「熱は？」
237	雪菜	Setsuna	「測ってないけど、別に熱っぽくはないよ」
238	春希	Haruki	「どこが痛い？ 頭？　お腹？ それとも体がだるい？」
239	雪菜	Setsuna	「別に、どこも痛くないよ。 …体は全然」
240	春希	Haruki	「仕事で嫌なことがあった？ それとも誰かと喧嘩した？」
241	雪菜	Setsuna	「仕事は順調。 …順調すぎて、年明けてまだ誰も友達に会えてない」
242	春希	Haruki	「じゃあ、教えてくれないか。 …俺が雪菜に何をしたのかを」
243	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
244			消去法、だった。
245			体調の問題じゃない。
246			精神的にも、仕事や『俺以外の人』とのトラブルは 抱えてない。
247			つまりそれは…
248	春希	Haruki	「一週間までにはまだ結構あるよな？」
249	雪菜	Setsuna	「うん…」
250	春希	Haruki	「帰り、別にいつもより遅くないよな？」
251	雪菜	Setsuna	「そうだね…」
252	春希	Haruki	「だったら…なに？」
253			俺の何かが、 雪菜の何かに触れた可能性が一番高いってこと。
254			そして雪菜のこの態度も、 多分それを暗に認めてる。
255	春希	Haruki	「雪菜…？」
256	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
257			まさか… けど、そんな…
258			俺の視線が、床の上に置かれた通勤鞄に向けられる。 正確には、その中に収められた…
259	雪菜	Setsuna	「開桜グラフ、読んだよ。 …今日発売の」
260	春希	Haruki	「っ…」
261			ビンゴ、だった。
262			“その記事”の校正をしてるときから、 ずっと、一つのことが頭から離れなかった。
263			『もしかしたら、雪菜には気づかれるかも』って。
264			表紙に書かれた記事紹介の中でも、 一番大きな文字を使って紹介されている 『冬馬かずさ』の文字…
265			該当するページには、彼女のインタビューと、 その時に撮影した写真が掲載されている。
266			…ストラスブールの、街中の。
267	雪菜	Setsuna	「わたし、わたし言ったよね…？ 『かずさに会わないで』なんて、 そんなお願いしないって」
268			大聖堂とか、特徴のある風景は敢えて外した。 インタビューの場所も特に明記しなかった。
269			…そんな、いやらしい手を打った。 雪菜を、ごまかそうとした。
270	雪菜	Setsuna	「でも、でもね、それはね… 『内緒で会ってもいい』っていうのとは、 ほんの少しだけ事情が違ってるって言うか…」
271			最初から正直に話しておけば…
272			２５日の仕事が、かずさへのインタビューだって、 せめて２５日の朝に話しておけば…
273	雪菜	Setsuna	「春希くんが、 かずさと会うことを知っておきたかった…」
274			そしたら、その時は揉めたかもしれない。 旅行中、雪菜は拗ねて雰囲気悪かったかもしれない。
275	雪菜	Setsuna	「他の女の子と二人きりで会うことを… たとえかずさでも、内緒にして欲しくなかった」
276			けど、たぶんすぐに仲直りできたはずだ。 旅行が終わるまでに解決できたはずなんだ。
277	雪菜	Setsuna	「で、でも、でも… かずさは悪くなくて、春希くんだって悪くなくて、 それは単にわたしのワガママで」
278			それに、あの時話せなかったからと言って、 俺にはまだ、卑怯者から逃れるチャンスはあった。
279			せめて、大晦日の… 雪菜が俺の変化に気づいたときに話しておけば。
280	雪菜	Setsuna	「だって、だって… もとはと言えば、割り込んだのはわたしの方で…」
281	春希	Haruki	「雪菜…」
282	雪菜	Setsuna	「二人とも好きあってたのに、 かずさから春希くんを取っちゃったのはわたしの方で…」
283	春希	Haruki	「そんなことない！ それ以上言わないでくれ！」
284	雪菜	Setsuna	「っ………」
285			そうやって、何度も問題を先送りにした 最低の卑怯者が受けた罰は…
286			一番愛しいひとが、 心の底から傷ついたという事実。
287	春希	Haruki	「俺が悪い。 黙ってた俺が全面的に悪い。 雪菜が悪いところなんか一つもない」
288	雪菜	Setsuna	「………春希くん」
289			もしバレてなかったら雪菜に余計な心配をかけるから、 言わないでおいた方がいいんじゃないかとか…
290			俺さえ、自分を保てればいいとか、 雪菜だけを見ていれば何の問題もないはずだとか…
291			掲載紙がアンサンブルだったら、雪菜が知る頃には もうかずさは日本にいないはずだとか…
292			色んな要素を考えて、 自分にとってもっとも都合のいい…
293			そして、もっとも最低な選択肢を選んでた。
294	春希	Haruki	「かずさと会ってた… 雪菜に黙って、かずさと会ってたよ、俺」
295	雪菜	Setsuna	「…うん」
296			取材だったとか、 勝手に決められてたとか、 現地に行くまで知らなかったとか。
297	春希	Haruki	「ごめん、雪菜。 …本当にごめん」
298			そんな言い訳をする必要はないし、 する資格もない。
299			だって俺は、取材の前にかずさに再会したし、 雪菜との一週間ルールを破ってまで一緒にいたし、 現地で会ったことを、今まで内緒にしてた。
300	雪菜	Setsuna	「春希くんの本音を、本当の気持ちを… 聞きたいけど、聞きたくないから」
301	春希	Haruki	「雪菜…」
302	雪菜	Setsuna	「だから、帰ってきちゃった。 あなたの部屋、逃げ出してきちゃった。 …ごめんなさい」
303	春希	Haruki	「だから、謝らないでくれってば…」
304	雪菜	Setsuna	「…そうだったね。 ごめん、なんか冷静になれなくて」
305	春希	Haruki	「そう、か…」
306	雪菜	Setsuna	「しばらく一人で考えたいの。 …考えがまとまったら連絡するから」
307	春希	Haruki	「わかった…」
308	雪菜	Setsuna	「だから、その… それまでは」
309	春希	Haruki	「うん、待ってる。 …雪菜が連絡くれるまで、 こっちからはしないから」
310	雪菜	Setsuna	「ごめんね…」
311	春希	Haruki	「それは俺の…いや、おやすみ。 それじゃ、俺…」
312	雪菜	Setsuna	「は、春希くんっ！」
313	春希	Haruki	「…なに？」
314	雪菜	Setsuna	「絶対に、絶対に連絡するからね！ だから、だから…」
315	春希	Haruki	「うん… 待ってる、雪菜」
316	雪菜	Setsuna	「…ありがとう。 おやすみなさい」
317	春希	Haruki	「………おやすみ」
318			その『待ってる』には、 言葉通りの意味だけじゃなくて、 最低だった俺の、最後の最後の意地を込めた。
319			雪菜が連絡してくれるまで… 何かしらの結論を出すまで…
320			必ず、雪菜のことを待っているから、って…

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Mini After Story and Extra Episode
The Path Back to Happiness	The Path Forward to Happiness	Dear Mortal Enemy
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6002	6102	4001	4006
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6005		4004	4009

Novels
The Snow Melts, And Until The Snow Falls	The Idol Who Forgot How to Sing	Twinkle Snow ~Reverie~		After the Festival ~Setsuna's Thirty Minutes~	His God, Her Savior
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Short Stories
Princess Setsuna's Distress and Her Minister's Sinister Plan	Koharu Climate After the Passing of the Typhoon	This isn't the Season for White Album	Todokanai Koi, Todoita
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