White Album 2/Script/3012

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1	かずさ	Kazusa	「へ～、なんとか住めるようになったな」
2			練習から帰ってきて変装を解きながら、 かずさは様変わりした部屋を 驚きとともにしげしげと眺めた。
3	春希	Haruki	「…何もしなかったくせに偉そうだな」
4			そりゃ、驚きもするだろうさ。
5			何しろ大掃除に始まり、カーテンの取り付け、 家具の組み立ても家電製品の配線も、 全部俺が一人でやったんだから…
6	かずさ	Kazusa	「あたしの面倒を見るのは春希の仕事だ。 お前はそれを条件にあたしを取材する権利を得た。 …何も理不尽なことはしてないぞ？」
7	春希	Haruki	「じゃあ、早速取材させてくれ」
8	かずさ	Kazusa	「その前にご飯。おなかすいた。 なんだよ、まだ準備できてないのか？」
9			こ、こいつは…
10	春希	Haruki	「…今の今まで部屋の片づけしてたんだよ。 これから作るの。ついでに俺ヘトヘトなの」
11	かずさ	Kazusa	「そっか。じゃあ出来たら起こしてくれ。 あ～、やっとベッドで寝られる～」
12	春希	Haruki	「………」	"........."
13			こ、こいつは…
14			『少しは手伝おうとかそういう殊勝な心はないのか』 と言ってやろうと思ったけど、直前でやめた。
15			手伝われた方がこっちの仕事が増える。 ある意味かずさの選択はまったくもって正しい。
16	春希	Haruki	「時間ないからインスタントだぞ？」
17	かずさ	Kazusa	「そりゃ良かった。 今日こそはまともな食事にありつける」
18	春希	Haruki	「………」	"........."
19			…まったくもって釈然としないけど。
20			………	.........
21	春希	Haruki	「ほら、こっち向け」
22	かずさ	Kazusa	「やめろって。 人が食べてるところなんか撮るな」
23	春希	Haruki	「顔隠すなよ…」
24			レトルトの中華丼で簡単な食事を済ませた後、 かずさは『これからが本番』とばかりに、 コンビニで買ってきたケーキをぱくついていた。
25			けど、俺がそのシーンをカメラに収めようとすると、 手でレンズを覆うように撮影を拒否してしまう。
26	かずさ	Kazusa	「まるでパパラッチだな。 こんなの覗き趣味の極致だ」
27	春希	Haruki	「お前のスイーツパラノイアなところなんか、 ネタ的には面白いと思うんだけどな」
28			あえて否定はしない。 俺だってそう思ってるから。
29			けどなんとなく、安いケーキを 幸せそうにぱくついてるかずさの顔を見たら、 この表情を残さないとって誘惑に負けてしまっただけで。
30	かずさ	Kazusa	「あたしがケーキ食べるのがそんなに珍しいか？」
31	春希	Haruki	「お前のイメージと合わないからな。 何しろ『黒を基調にしたシックな装い』だし」
32	かずさ	Kazusa	「…その表現はやめろ。ムカムカしてくる」
33			ちなみに今、口に運んでいるのは、 白を基調にしたキュートないちごショート。
34			３００円の２個パックだけど、 もちろん俺の分け前はない。 …まぁ、いらないけど。
35	春希	Haruki	「お前さ、その甘い物好き、 [R曜子さん^ははおや]の影響だろ？」
36	かずさ	Kazusa	「最初は気づかなかったんだよな…」
37	春希	Haruki	「ふぅん…」
38			俺はＩＣレコーダーのスイッチを入れて、 テーブルに置く。
39			かずさは少しだけ顔をしかめたけど、 “契約”にのっとり、その口を止めずに話し出す。
40	かずさ	Kazusa	「子供の頃から、 たまに母さんと一緒に食べる夕食には、 必ず食後にたくさんのデザートが並んでた」
41	かずさ	Kazusa	「ケーキにプリンにドーナツに…洋菓子いろいろ。 今日はケーキ、明日はプリンとかじゃない。 そいつらが全部テーブルいっぱいに広がってるんだ」
42	春希	Haruki	「…うぷ」
43	かずさ	Kazusa	「それを砂糖とミルクたっぷりのコーヒーで流し込むのが 子供の頃のウチの習慣で…」
44	春希	Haruki	「気持ち悪いとか思わなかったのかよ？」
45	かずさ	Kazusa	「いや、だって美味いだろ？」
46	春希	Haruki	「…限度があるわ」
47	かずさ	Kazusa	「あの人はそれをこともなげに平らげてた。 …それだけ体力と精神力を使ってたんだろうな」
48	春希	Haruki	「そっか…」
49			それだけ糖分を過剰に摂取しても、 全て使い切ってしまうくらい消耗する激しい演奏…
50			その類稀なる消化機能と、 それで得たエネルギーによって磨かれる才能は、 こうして娘にも受け継がれたって訳だ。
51	かずさ	Kazusa	「初めておかしいって言われたのは、 小学校の修学旅行の時だったかな。 班行動のとき、京都の甘味屋に行ったらさ…」
52	春希	Haruki	「へぇ、その頃はそういう行事にも参加してたんだ」
53	かずさ	Kazusa	「クラスの子の親とかには 結構色々言われてたらしいけどな。 父親の名前を何度か聞かれたよ。知るわけないのに」
54	春希	Haruki	「………」	"........."
55	かずさ	Kazusa	「ま、でも、少しだけど友達もいたし、 大していじめられたりもしなかった」
56	春希	Haruki	「そりゃ良かったな。 …少しだけ」
57	かずさ	Kazusa	「他人に何を言われても平気だったんだ。 …身内に何か言われなければ、な」
58	春希	Haruki	「でもそれは誤解だった訳だがな」
59	かずさ	Kazusa	「聞き手が勝手に論理展開するな。 あたしの話した通りに書くのが仕事だろ？」
60	春希	Haruki	「じゃあ書くぞ今の、いいんだな？」
61	かずさ	Kazusa	「別にいいけどさ、 こんな話面白いのか？」
62	春希	Haruki	「それは俺と上司と読者が判断するさ。 お前はとにかく自分のこと何でも話してくれればいい」
63	かずさ	Kazusa	「ふぅん…よくわからないけど、 売り物の雑誌に載せるかこんなの？」
64	春希	Haruki	「ケーキをぱくつくピアニスト？」
65	かずさ	Kazusa	「本当に変な………\k
66	かずさ	Kazusa	あ」
67	春希	Haruki	「うん…こっちもごちそうさまでした」
68	かずさ	Kazusa	「やめろよ…恥ずかしいな」
69			突然のフラッシュにもかかわらず、 かずさはフォークを口に入れたまま、 ちょっと照れただけで俺を許してくれた。
70	春希	Haruki	「うん、すごく自然な表情だ。 見てみるか？」
71	かずさ	Kazusa	「やだよそんなの。 くそぅ、やられた」
72			やっぱりその表情が語る通り、 甘いものを食べてるときの幸福感が、 かずさの心を一時的に優しくしてるんだろう。
73	春希	Haruki	「そっか？　いい絵なんだけどな。 口の端にクリームがべっとりついてて…」
74	かずさ	Kazusa	「消せ！ 跡形もなく消しやがれ！」
75			………	.........
76			……	......
77			…	...
78	春希	Haruki	「な？　早起きは三文の得だろ？」
79	かずさ	Kazusa	「………寒い」
80			木曜日。 午前８時。
81			いつもの時間に起床した俺が、 そのままの勢いで隣に朝食を作りに行ったら、 かずさは昨日届いたベッドと見事に一体化していた…
82			何度揺すっても『朝食いらない』とか、 『もうちょっと寝かせろ』とかグダグダ言う怠け者に、 俺はこうして天罰を下すことにした。
83			無理やり着替えさせ、髪を結び、 そのままマンションの外に放り出し、 朝の散歩へと連れ出した。
84	春希	Haruki	「お、霜降りてる。 こりゃ寒いわけだ」
85			今朝の気温が氷点下１度だったのは もちろん最初から知っていた…
86	かずさ	Kazusa	「なんでこんなところにいるんだあたしは…」
87			マンションから、南末次の駅を通り過ぎ、 峰城大の正門や、付属の正門も通り過ぎ、 川沿いの遊歩道にまで足を伸ばす。
88			こっち側は、電車通学の学生は通らないから、 マンションの近くと比べて人通りはまばらで、 散歩にはもってこいだった。
89			都内にしては綺麗な川が流れ、草木も多く、 だからこそ、寒さも余計身に染みて…
90	春希	Haruki	「あ、こら！ そこは俺が踏み抜こうと思ってたのに！」
91	かずさ	Kazusa	「春希は向こう側全部踏んだからいいだろ」
92	春希	Haruki	「最後の楽しみに取っておいたんだよ。 こっちの方がいい音しそうだったから」
93	かずさ	Kazusa	「あ、ヒール半分くらいまでめり込む。 これ結構楽し」
94	春希	Haruki	「楽しいのわかってるよ。 だから俺が…」
95	かずさ	Kazusa	「さく、さくっと…」
96	春希	Haruki	「あああ、やめろ、やめてくれ…」
97			そんな寒さを紛らすために、 霜柱を次から次へと破壊して回る二人の大人…
98			そんな大人げない二人を、 前から歩いてきた付属生の女の子二人が、 ちょっとだけ微妙な表情ですれ違う。
99	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
100			そんな、すれ違いの数秒間…
101			かずさは相手の女の子たちを、 こちらもなんとも言えない表情で、 しばらく見つめていた。
102	春希	Haruki	「お前もあの制服着てたよな、昔」
103	かずさ	Kazusa	「春希だって…」
104	春希	Haruki	「あいにくと俺の制服は、 あんなに膝上丈が短くなかったぞ」
105	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
106	春希	Haruki	「…ツッコむか馬鹿にするかしてくれよ。 引っ込みがつかなくなるだろ」
107	かずさ	Kazusa	「聞いてなかったから安心しろ」
108			そんなふうに冷静に返しながらも、 未だにかずさの視線は彼女たちを追い続ける。
109			いや、正確には…
110	春希	Haruki	「懐かしい、か？」
111	かずさ	Kazusa	「…ううん」
112			あの頃の自分たち、なのかもしれなくて。
113	春希	Haruki	「お前も着てただろ、付属の頃」
114	かずさ	Kazusa	「それがどうしたってんだよ？」
115	春希	Haruki	「そんなに意地張った言い方するなら、 そうやって目で追わなけりゃいいんだよ」
116			それは、多分痛烈な返しだったはずなのに。
117	かずさ	Kazusa	「懐かしさなんて、感じない。 感じたらいけないんだ」
118			そこまで踏み込まれても、 かずさは彼女たちから目を背けることをしなかった。
119	春希	Haruki	「なんだよ、それ」
120	かずさ	Kazusa	「日本に来た日の夜、 あたし、春希に言ったよな？」
121	春希	Haruki	「…何、を？」
122	かずさ	Kazusa	『もう、二度とここには来ない』
123	かずさ	Kazusa	『昔のあたしが知っている場所には… 昔のあたしを知っている場所には、近づかない』
124	かずさ	Kazusa	「たったの二週間前だよ、あれが…」
125			俺が疑問形で返したのに、 かずさは完全に話が通じてること前提で続けた。
126			…そりゃ、わかってない訳ないけど。
127	かずさ	Kazusa	「なんて意志薄弱。 なんて朝令暮改。 あたしって、馬鹿じゃないのか…」
128	春希	Haruki	「どうして近づいたら駄目なんだ？」
129			仕方ないから、 俺も話が通じてる前提で問いかける。
130			けれどこっちとしては、 その言い分を全面的に認めるわけにはいかない。
131			そんな後ろ向きなこいつの言葉、 聞きたくも認めたくもないから。
132	かずさ	Kazusa	「それを聞くのか？ 言わせようとするのか？」
133	春希	Haruki	「………」	"........."
134	かずさ	Kazusa	「お前って本当に悪趣味な奴だな。 もう職業病かもな」
135			霜柱をあらかた踏み終わったかずさが、 ゆっくりと、川の方に下りていく。
136			滑る草に時折足を取られながら、 けれど差し出す俺の手を絶対に取ろうとせず。
137	かずさ	Kazusa	「懐かしくなんか、ない」
138	春希	Haruki	「あ…」
139			朝陽が川面にキラキラと反射して、 ゆらゆらとかずさの顔を照らし出す。
140			けれどそこに浮かび上がる表情は、 その輝きとは対照的な愁いを帯びていて…
141	春希	Haruki	「かずさ…こっち向いて」
142	かずさ	Kazusa	「嫌だ」
143			思わずシャッターを切らずにはいられなかった。
144	かずさ	Kazusa	「嫌だって言ったのに…卑怯者」
145	春希	Haruki	「今度は眼鏡外して…」
146	かずさ	Kazusa	「あたしに指図するな」
147			俺を“卑怯者”と責めるかずさは、 いつの間にか俺を正面から見据えてた。
148			“指図するな”と強がるその態度のまま、 ゆっくりと、素の瞳を俺にさらす。
149	春希	Haruki	「帽子と、マフラーも」
150	かずさ	Kazusa	「つけあがるな。 あたしを思い通りにするな…」
151			今度は、隠されていた素顔が俺の前に晒される。
152			かずさは、少しだけ寒そうに顔をしかめたけど、 後は俺の…レンズの方を睨みつける。
153			唇が少し震えてるように見えたのは、 俺の気のせいかもしれなかった。
154	春希	Haruki	「なぁ、かずさ…」
155	かずさ	Kazusa	「なんだよ？」
156	春希	Haruki	「たとえ、馬鹿だとしても…」
157	春希	Haruki	「今、こうして俺と、 昔歩いた道をまた一緒に歩いてくれる… そんなかずさの方がいいな、俺は」
158	かずさ	Kazusa	[F16「…だから近づいちゃいけなかったんだ」]
159	春希	Haruki	「髪飾りも、取って… いつものかずさに、戻って」
160	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
161			もうかずさは、強がりもせず、 俺に求められるまま、自らの髪をほどく。
162			長い黒髪が寒風に舞い、 水面の光と柔らかく混じり合う。
163			こんな神々しいショット、 多分、俺の腕じゃ全然撮りきれないんだろうな…
164	かずさ	Kazusa	[F16「こんなに楽しいってわかってたのに… ][F16こんなに嬉しいってわかってたのに…」]
165	かずさ	Kazusa	[F16「こんな気持ちのまま帰国したら、 ][F16余計に辛くなるってわかってるのに…」]
166	かずさ	Kazusa	[F16「恨むよ、母さん…」]
167	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
168	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
169	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
170			………	.........
171			……	......
172			…	...
173	？？？	???	「………」	"........."
174	かずさ	Kazusa	「…まだ会社？ あたしもう帰ってきちゃったぞ？ 夕食どうするつもりだよ？」
175	かずさ	Kazusa	「当たり前だ、食べてくる訳ないだろ。 …お前が外食やめろって言ったんじゃないか！ 栄養が偏るからって」
176	かずさ	Kazusa	「なんだと？ お前、あたしに米を洗えって言うのか？ そんな大それたことができるとでも思ってるのか？」
177	かずさ	Kazusa	「…わかればいい。 ３０分だ。それ以上は待てない」
178	かずさ	Kazusa	「間に合わないとどうなるのかって？ お前、あたしを餓死させるつもりか？」
179	？？？	???	「………」	"........."
180	かずさ	Kazusa	「はぁ？　サイン？ するわけないだろそんなもの」
181	かずさ	Kazusa	「そんなの知るか！ 勝手に色紙を預かってくるなんて どういうつもりだ！？」
182	かずさ	Kazusa	「…あ～、もう言い訳はいい。 とにかく早く帰って来い。 あたしの空腹の方が限界だ」
183	かずさ	Kazusa	「あ、それと帰りにプリン買ってきて。 …ビッグサイズの三個パック。 ほら、近所のスーパーで特売だったろ？」
184	かずさ	Kazusa	「一昨日の買い置き分？ そんなの残ってるわけないだろ」
185	？？？	???	「………」	"........."
186	かずさ	Kazusa	「それじゃ、全力で走って来い。 …これ以上あたしを待たせるなよ？」
187	かずさ	Kazusa	「ふぅ、まったく…？」
188	かずさ	Kazusa	「っ！？」
189	？？？	???	「あ…」
190	かずさ	Kazusa	「せ、せつ…」
191	朋	Tomo	「すいません、お騒がせしてます」
192	かずさ	Kazusa	「あ…」
193	朋	Tomo	「ふぅ、やっぱり留守か。 どうしようかなぁ」
194	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
195	朋	Tomo	「あ、やば。 もう待ち合わせの時間…」
196	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
197	朋	Tomo	「…？ 何か？」
198	かずさ	Kazusa	「お前、誰だ…？」
199	朋	Tomo	「そちらこそ誰です？」
200	かずさ	Kazusa	「あ、あたしはあいつの……… そ、その部屋の住人の隣人だ」
201	朋	Tomo	「あ、そうなんですか。それはどうも」
202	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
203	朋	Tomo	「………」	"........."
204	かずさ	Kazusa	「それで、お前は誰だ？」
205	朋	Tomo	「あなたの隣人の知り合いですけど？」
206	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
207	朋	Tomo	「………」	"........."
208	かずさ	Kazusa	「…それだけ？」
209	朋	Tomo	「それが何か？」
210	かずさ	Kazusa	「い、いや！ 全然興味ないんだけど！ 何しろあたし最近越してきたばかりだし！」
211	朋	Tomo	「そうなんですか」
212	かずさ	Kazusa	「あ、ああ。 それで隣になんの用で？」
213	朋	Tomo	「興味ないんじゃ？」
214	かずさ	Kazusa	「ないよ全然！」
215	朋	Tomo	「………」	"........."
216	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
217	朋	Tomo	「実は渡すものがあったんだけど、 出かけちゃってるみたいで…」
218	かずさ	Kazusa	「ああ…もうすぐ帰…るかもしれないけど」
219	朋	Tomo	「どうしようかな… 郵便受けだと見逃す可能性もあるしなぁ」
220	かずさ	Kazusa	「な…何か伝言があるなら言付けるけど？」
221	朋	Tomo	「あ…それじゃお願いできますか？ お隣が帰ってきたらこれを渡して欲しいんですけど」
222	かずさ	Kazusa	「手紙…？」
223	朋	Tomo	「チケットです。 明日のライブの」
224	かずさ	Kazusa	「ライブ…？」
225	朋	Tomo	「わたしの友達…お隣さんの彼女が歌うんですよ。 けれど彼女、彼にチケット渡してなくて」
226	かずさ	Kazusa	「あ…」
227	朋	Tomo	「そういうわけなんで、 ついでに『絶対来い』って伝言も頼めます？」
228	かずさ	Kazusa	「あ、ああ… うん、わかった。 伝えるよ」
229	朋	Tomo	「ありがとうございます。 それじゃ、お願いしますね」
230	かずさ	Kazusa	「あ、ああ…」
231	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
232	かずさ	Kazusa	「お隣さんの、彼女…」
233	朋	Tomo	「………まさか」
234	朋	Tomo	「そんな馬鹿な… もしかして、彼女…」
235	朋	Tomo	「っ…う、ううん！ わたしの方がちょっとだけ上よね！？」
236	かずさ	Kazusa	「なんだよこれ…何て読むんだ？」
237	春希	Haruki	「一応ドイツ語表記のつもりなんだが…駄目か？」
238	かずさ	Kazusa	「お前、普段の字は機械みたいに正確なのに、 崩し文字になると途端に怪しくなるな」
239	春希	Haruki	「ならお前書いてくれよ。 サンプルだけでもいいからさぁ」
240	かずさ	Kazusa	「やなこった。 自分のまいた種は自分で刈り取れ。 あたしは生温かく見守っててやる」
241	春希	Haruki	「それは責任取るけど… その代わりお前、せめて日本にいる間は 頼まれても絶対にその場でサインするなよ？」
242	かずさ	Kazusa	「元からお断りだから安心しろ。 ほら春希、こっち向け」
243	春希	Haruki	「うるさい。 俺は忙しいんだ」
244			かずさのサインの代筆でな…
245			………	.........
246			金曜日。
247			浜田さんへの進捗報告は ３０分もかからずに終わった。
248			その後、在宅勤務中に受けた仕事について、 各所を回って打ち合わせをしているうちに、 何故か手元に色紙が山積みになっていた。
249			…俺が冬馬かずさの密着取材をしていることは、 いつの間にか会社中に広まっていたらしい。
250			仕事上、芸能人とコネのある人なんか いくらでもいるのにと不思議に思ったけど、 ある芸能関係の外注ライターがその謎を解明してくれた。
251			どうやら彼らは有名人というだけでなく、 そこに希少価値を見出した瞬間に反応するらしかった。
252			…つまり俺の書いたサインが ネットオークションに流れたりするんだろうか。
253	かずさ	Kazusa	「な、春希」
254	春希	Haruki	「嫌だ。そっち向かない。笑わない。 お前もやってくれないからおあいこだよな」
255	かずさ	Kazusa	「そういう話じゃなくてさ…」
256	春希	Haruki	「じゃあなんだよ？ デザートの追加はなしだぞ。 俺の飯を食うからには栄養バランスを…」
257	かずさ	Kazusa	「雪菜のこと」
258	春希	Haruki	「え…」
259	かずさ	Kazusa	「雪菜と、春希のこと… この五年間のお前たちのこと、 聞かせて欲しいんだ」
260	春希	Haruki	「………なんでそんなこと」
261	かずさ	Kazusa	「なんとなく」
262			とうとう、かずさが踏み込んだ。
263	かずさ	Kazusa	「ってのは無責任だよな。 …いつかは聞いておかなくちゃって思ったから」
264			日本に来てから。 いや、この部屋に来てからずっと避けてた話題。
265			かずさも、そして俺も…
266	かずさ	Kazusa	「あたし、雪菜に酷いことしたから」
267	春希	Haruki	「してないよ、別に」
268	かずさ	Kazusa	「でも雪菜は…」
269	春希	Haruki	「雪菜に酷いことしたのは俺。 全部俺のせい」
270	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
271			なんでかずさが急にそんなこと言い出したのか、 俺にはわからなかった。
272			だって、今朝までなんの兆候もなかった。
273			ここ数日、毎日のように繰り返される かずさの一方的な罵倒と、俺の一方的な説教を、 お互い聞き流す、それなりに充実した時間を過ごしてた。
274	春希	Haruki	「それだって、もう全て解決してる。 かずさが責任感じることなんか何もない」
275			だから、そんなかずさの突然の態度に、 俺はおのずと慎重になり…
276	かずさ	Kazusa	「つまり… お前たちの思い出にあたしは関係ないってか？ あたしに聞かせたら価値が下がるってか？」
277	春希	Haruki	「そんなこと言ってないだろ…」
278			けれど、かずさは俺の逃げを許さない。
279			フランスでの再会のときよりも鋭く、 俺の、そして自分の胸をえぐろうとしてくる。
280	かずさ	Kazusa	「だったらのろけてみせろよ？ あたしに『やってられるか』って言わせてみろよ」
281	春希	Haruki	「………」	"........."
282	かずさ	Kazusa	「大丈夫だよ…あたし、何も感じやしない。 いや違うな、聞けば聞くほど懐かしくて、 そして嬉しい気持ちになるから」
283			責任感から、単なる懐古へ…
284			いつの間にか、かずさの言葉が… 雪菜のことを聞きたがる理由がずれていた。
285			そんなにあっさり変遷してしまったから、 俺にはわかってしまった。
286			もとからどんな理由だって嘘だって。 そして、どんな理由も本当なんだって。
287			俺がどんなに否定しても、 かずさが罪悪感から解放されることはないし。
288			かずさがどんなに認めても、 俺と雪菜の話を嬉しいだけの感情で聞けるはずがない。
289			…ない、よな？
290	かずさ	Kazusa	「それじゃ始めようか。
291	かずさ	Kazusa	え～、本日は開桜社のホープ北原春希さんに 色々お伺いしようと思います。よろしくお願いします」
292			ここ数日の取材攻勢で、かずさはすっかり 俺の取材道具の使い方を覚えてしまっていた。
293			都合の悪い本音を言う時わざわざ録音を切ったり、 自分の写りが悪いと思った画像データを消したり、 俺の作った夕食の写真とかを撮りまくったり。
294	かずさ	Kazusa	「それではまず最初に、 北原さんの五年間のことを… その間、あなたを側で支えてくれた彼女のことを…」
295	春希	Haruki	「かずさ…」
296			そして今は、俺の本音を逃さないために、 俺の嘘を糾弾するために、 レコーダーのスイッチを入れた。
297			………	.........
298	春希	Haruki	「…そんな感じで今に至る、と」
299	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
300	春希	Haruki	「三年もかかったよ。 三年も、雪菜を傷つけ続けた」
301			かずさが取材者の行動を覚えてしまったように。
302			俺は、取材対象者の行動をなんとなく覚えてた。
303	春希	Haruki	「お互い、もう一度向き合えるようになるまで。 あの時のこと、一緒に乗り越えようって誓い合うまで」
304			相手に促されるまま、心の赴くまま。
305			けど言葉を選んで、 見せられる自分と見せられない自分を、 最後の最後でふるいにかけて。
306	春希	Haruki	「雪菜がもう一度、歌えるようになるまで」
307			相手の顔ではなく虚空を見つめ、 今の自分の本当の感情を気取られぬよう。
308	春希	Haruki	「そんなふうにもがいてた三年間は、 すごく長く感じた」
309			そんな、半分は本音で、 半分は自分でも何言ってるんだかわからない、 もしかしたら、ノンフィクションかもしれない物語。
310	春希	Haruki	「俺は必死で無味乾燥な毎日を過ごそうとしてたし、 雪菜は重いものをずっと引きずったまま 不自然に明るく振舞ってた…って、後で聞いた」
311			なんでこんなこと喋ってるんだよ、俺。 どうしてこんなことを聞きたがるんだよ、かずさ。
312			昔は、俺が雪菜の話をしたら怒ったくせに。
313	春希	Haruki	「だからこそ、その後の… 呪縛から解放された二年間は、 それこそあっという間だった」
314	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
315			そうだよ… こうして雪菜のことを熱く語ったこと、 昔にもあったじゃないか。
316	春希	Haruki	「一年目はお互いの卒業とか、就職とか。 友達のこととか家族のこととか雪菜の歌のこととか…」
317			雪菜が軽音楽同好会に入ることになって。 『第二音楽室のピアニスト』が かずさであることがわかって。
318			三人目のメンバーを勧誘するために、 二人目のメンバーの自慢話を聞かせたんだ。
319	春希	Haruki	「二年目はお互いの仕事とか、環境の変化とか、 学生の時と比べて会える時間が減ったりとか、 まぁ、それなりに色々あった」
320			俺は、知り合って一週間の雪菜のこと、 知り合って半年間のかずさに、 ものすごく嬉しそうに語ってた…らしい。
321			その証拠に、そんな鬱陶しい俺はかずさの怒りを買い、 話の途中で椅子ごと音楽室を追い出されてしまった。
322	春希	Haruki	「色々あったはずなんだけど… 二人ならなんでも乗り越えられる気がしたし、 実際、乗り越えてきた」
323			あの時の俺は、 雪菜の魅力を語るのに何の躊躇もなかった。 かずさの良さを認めるのに何のてらいもなかった。
324			怖いもの知らずだった。 雪菜とかずさを『平等にひいき』してた。
325			ただ単純に二人のことが好きだった。 “どっちも好き”でも問題のない“好き”だった。
326	春希	Haruki	「だから、その… 俺と雪菜は、もう」
327			けど、今は…
328	春希	Haruki	「俺たちの気持ちが揺らぐことは、もう…」
329			二人のことを好きでいることは許されない。
330			“どっちも好き”と無邪気に口にするには、 俺たちは、大人になりすぎた。
331	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
332			しばらくぶりにかずさの顔をちらりと見やると、 彼女はもう、全然俺の方を見ていなかった。
333			俺と同じように虚空を見つめ、 本当の感情が読み取れない無表情で。
334			のろけられたのに怒りもしない。 聞きたいことを聞いたくせに興味が湧いたふうもない。
335			『じゃあ、なんで聞いたんだよ』とこっちが聞きたいくらい、 何もかも興味を失ったように、無言の時間を過ごしてた。
336	春希	Haruki	「かずさ…」
337	かずさ	Kazusa	「ん」
338			そして、俺の呼びかけに曖昧に頷くと…
339	かずさ	Kazusa	「よく話してくれたな… ほら、これやるよ」
340			テーブルの上に、 一枚の封筒を放り出した。
341	春希	Haruki	「…なんだよ、これ？」
342	かずさ	Kazusa	「お隣さんに渡してくれって… さっき、知らない女の子から預かった」
343	春希	Haruki	「………あ」
344			封筒から出てきたのは、 一枚のチケットだった。
345	かずさ	Kazusa	「定期ライブだってさ。 …お隣さんの彼女が歌うんだってさ」
346	春希	Haruki	「そ、っか…」
347	かずさ	Kazusa	「ついでに… 『絶対来い』って伝言も頼まれた」
348			柳原朋、だな。
349			雪菜のプロモーターを自称する、 昔よりもお節介になりつつある後輩。
350			…依緒の影響だな。 おかげで俺の周りはそういう奴ばかりだ。
351	かずさ	Kazusa	「全部喋ってくれたごほうびだ。 …って、もともとお前のものだけどな」
352	春希	Haruki	「………」	"........."
353			そっか…歌うんだ。
354			久しぶりに、歌うんだ、雪菜。
355			就職してからはずっとご無沙汰だったけど、 あのバレンタインライブ以降、 何度かステージに上がってた。
356			就職活動や卒論で忙しい合間をぬって、 いくつかのユニットを掛け持ちして、 常に歌に触れ続けていた。
357			雪菜が出場するステージはいつも満員で、 評判を聞きつけて、結構メジャーなバンドからも スカウトやヘルプ依頼が来るくらいで。
358			けれど雪菜は、それ以上の名声を求めるでもなく、 ただ都合のいい時間に、気の合う仲間と歌うだけ。
359			本当は、俺と一緒にステージに上がりたかったらしく、 『もう無理』と断る俺と時々言い合いになったりもした。
360	かずさ	Kazusa	「明日の６時からだって。 行ってこいよ」
361			どうして今…って、考えるまでもない、か。
362	かずさ	Kazusa	「花束でも抱えて、雪菜の歌を聴いてこい。 ついでに、抱きしめてこいよ…」
363			だって、辛いことがあっても… いや、辛いときこそ、雪菜は歌ってた。
364			あの日からずっと、 自分の気持ちを歌に込めて、 何もかも乗り越えてきたんだから。
365	春希	Haruki	「………」	"........."
366	かずさ	Kazusa	「どうした？」
367			そして、そんなふうに、 今、雪菜を辛い気持ちにさせているのは。
368			もっと辛い気持ちにさせてしまうかもしれないことを、 現在進行形でしているのは…
369			１．行かない		Choice
370			２．行けない		Choice
371	かずさ	Kazusa	「なんでだよ？　雪菜が歌うんだぞ？ お前、昔からあいつの歌、大好きだったじゃないか」
372	春希	Haruki	「過去形じゃないぞ。 …今でも大好きだ」
373			それは、あまりにも当たり前すぎる問いかけだったから、 俺はちょっとだけ不機嫌な口調になってしまった。
374			だって、俺の近しい人たちの奏でる音は、 今でも全部大好きに決まってるのに。
375	かずさ	Kazusa	「だったら行けよ。 どうして妙な意地を張るんだよ？」
376	春希	Haruki	「今は大事な仕事中だ。 しばらくは自分のことは後回しだよ」
377	かずさ	Kazusa	「それって… あたしのせいで行けないって意味か？」
378	春希	Haruki	「…なんてな。実は今、冷戦中なんだ。 雪菜から連絡が来るまで会わないって約束なんだよ」
379	かずさ	Kazusa	「…どういうことだ？」
380	春希	Haruki	「………」	"........."
381			かずさの追及をかわし、 かずさの責任を否定しようとして、 明るみに出てしまう、俺と雪菜の事情。
382			隠そうとしても、結局そこに行き着いてしまうのは、 俺の話術の未熟さか、俺の気持ちの不安定さか。
383			それは、五年間の歴史には含まれなかった、 ごく最近のトピックス。
384			具体的には、クリスマスイブから始まり今に至る、 俺と雪菜の、ちょっとしたすれ違いの積み重ね。
385			帰国するまでかずさのことを話さなかったせいで、 崩壊してしまった一週間ルール。
386			もう、十数日も会っていないこと。 声すら、聞けていないこと。
387	かずさ	Kazusa	「………やっぱりあたしのせいじゃないか」
388	春希	Haruki	「全然違うだろ。 俺が勝手に話さなかっただけだ」
389	かずさ	Kazusa	「だってあの時、あたしがお前を追わなければ… あたしがお前に声をかけなければ…」
390	春希	Haruki	「会う前から取材は決まってたんだ。 それは関係ないよ」
391	かずさ	Kazusa	「けど、せめて雪菜とミサに行けたのに。 そこまでこじれること、なかったのに…」
392	春希	Haruki	「嬉しかった。再会できて」
393	かずさ	Kazusa	「っ…」
394			本当なら、それはかずさに罪悪感を抱かせないための 嘘でなければならないはずだった。
395			…本心じゃ、いけなかったのに。
396	春希	Haruki	「だから、かずさのせいじゃない。俺が悪いんだ。 いつまで経っても雪菜を安心させてやれない俺が…」
397	かずさ	Kazusa	「だったら…だったらなんでこんな仕事請けるんだよ… お前、馬鹿なのか？」
398	春希	Haruki	「うるさいな…」
399			人間、真実を突かれると 理不尽な怒りを止められなくなるって、 こいつは知っててこんなこと言うんだろうか。
400	かずさ	Kazusa	「あたしの側にいて、あたしのワガママ叶え続けて… そんなの、余計雪菜を傷つけるだけだろ？」
401			それでも、お前を放っておけなかったんだ。
402			お前が苦しんでいるのを、見てられなかったんだ。 力に、なりたかったんだよ…
403	春希	Haruki	「大丈夫。さっき言っただろ？ 俺たちの気持ちが揺らぐことは、もうないって」
404	かずさ	Kazusa	「………っ」
405			なんて、言うわけないだろ。
406			そんなこと言ったら、 かずさが苦しむから。 かずさが苦しむのは、見てられないから。
407	春希	Haruki	「………」	"........."
408	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
409			かずさが、レコーダーのスイッチを切った。
410			つまりこれで、インタビューは終了。
411			後は、機材を片づけて、挨拶して、 『それじゃ、失礼いたします』の時間。
412			部屋の時計は、もう０時を超えていた。 とっくに、一人暮らしの女性の部屋に いていい時間じゃなくなってる。
413	春希	Haruki	「………」	"........."
414	かずさ	Kazusa	「雪菜、綺麗になってるんだろうなぁ。 当時から、お前には勿体なかったけど」
415	春希	Haruki	「それは保証する」
416	かずさ	Kazusa	「…そこまでのろけるか」
417	春希	Haruki	「事実だよ。 会ってみればわかる」
418			確かに、とんでもないのろけだとは思うけど、 それでも周囲には、俺が一番雪菜に対する評価が辛いって 言われ続けてた。
419			…でなきゃ今頃、劣等感で押し潰されてるはずだって。
420	かずさ	Kazusa	「な、春希」
421	春希	Haruki	「ん？」
422	かずさ	Kazusa	「なら、お願いがあるんだけどさ…」
423			………	.........
424			……	......
425			…	...
426	雪菜	Setsuna	「どうもこんばんは、Ｒｏｕｔｅｓです。 …あ、あとついでに、 今晩だけフィーチャリングＳＥＴＳＵＮＡです」
427	雪菜	Setsuna	「えっと…ご無沙汰してます。 一年ぶりだけど…みんな覚えててくれたかな？」
428	雪菜	Setsuna	「わ、すっご～。 ねぇねぇリーダー、 わたしもまだ捨てたものじゃないんじゃない？」
429	雪菜	Setsuna	「…ええと、それじゃ、 なんかもう少しチューニングに時間かかるらしいから、 ちょっとだけわたしのお喋りにつきあってください」
430	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
431	雪菜	Setsuna	「今日、こうして一年ぶりに帰ってきましたけど、 実はその間、わたしの方も色々ありまして」
432	雪菜	Setsuna	「少しだけ具体的に言うと、 去年の四月に、なんとか社会人になれました」
433	雪菜	Setsuna	「ありがとうございます～」
434	雪菜	Setsuna	「というわけで、しばらくは仕事に慣れるために、 そっちの方に集中してたので、 ずっと歌えなくてストレス溜まっちゃってました」
435	雪菜	Setsuna	「でも、さすがに二年目にもなったら、 少しは余裕が…なんて、 かえって忙しくなりそうな気配がアリアリですけど」
436	雪菜	Setsuna	「それでも、精神的な余裕はできそうなので、 今後はまた少しずつみんなの前で歌っていきたいって、 そんなふうに思ってます」
437	雪菜	Setsuna	「というわけで、控えめながら復活宣言ということで… これからもよろしくお願いします」
438	雪菜	Setsuna	「あ、そろそろ準備できたみたいですね、 それじゃ一曲目…『Ｒｏｕｔｅｓ』、聴いてください」
439	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
440			………	.........
441	朋	Tomo	「はぁぁぁぁ～、終わったぁ～！」
442	マスター	Master	「お疲れさん。 …て言うか相変わらず本人より緊張してんだから」
443	朋	Tomo	「だって一年ぶりだよ一年ぶり？ ああもう、最高…」
444	マスター	Master	「こんな濃いファンに目つけられちゃって… ＳＥＴＳＵＮＡも気の毒に」
445	朋	Tomo	「ね～ね～、業界関係者来てる？」
446	マスター	Master	「何人かは見かけたけど、 今すぐは見つけられないね。 自分で探してみたら？」
447	朋	Tomo	「冷たいな～マスターは。 今日のライブ、色んなところに 宣伝しまくってあげたのに」
448	マスター	Master	「そんなことしなくても、 ＳＥＴＳＵＮＡが出るって告知するだけで、 ウチくらいの大きさなら簡単に一杯になるの」
449	朋	Tomo	「これだけの人気なのにさぁ、 本人がまったく上に行く気ないんだよねぇ」
450	マスター	Master	「ステージ下りると普通のコだもんねぇ。 抜群に可愛いのは間違いないけど」
451	朋	Tomo	「………あ」
452	マスター	Master	「見つけた？　業界人」
453	朋	Tomo	「………お隣さんだ」
454	マスター	Master	「朋の？ 挨拶してきたら？」
455	朋	Tomo	「ううん、雪菜の…というか、 知り合いの知り合いっていうか」
456	マスター	Master	「どれよ？」
457	朋	Tomo	「あの眼鏡掛けて帽子被ったコ。 ほら、一番後ろに立ってる」
458	マスター	Master	「………モデル？」
459	朋	Tomo	「…やっぱそう思うよねぇ。 スタイルとか、顔とか」
460	マスター	Master	「それに変装してるみたいじゃない？ なんか人目をはばかるみたいな感じだし」
461	朋	Tomo	「なるほど、そういう考え方もあるのか… てことは噂を聞きつけた業界の人かなぁ？」
462	マスター	Master	「………？」
463	朋	Tomo	「どしたのマスター？ 変な顔して」
464	マスター	Master	「いや…やっぱどこかで見たことがあるような。 それも最近」
465	朋	Tomo	「ふぅん…」
466	マスター	Master	「挨拶してくる？」
467	朋	Tomo	「ううん、いいや。 業界の人かもしれないけど、 雪菜をスカウトに来た感じじゃないし」
468	マスター	Master	「ま、ね。 ありゃスカウトするよりされる方だ」
469	朋	Tomo	「それよりも探すのはプロデューサーみたいな人よ。 緒方英二とか来てないかなぁ」
470	マスター	Master	「よくもまぁそんな大物の名前を臆面もなく出すね」
471	朋	Tomo	「だって雪菜にはそれだけの華があるんだもん。 眠らせておくのもったいないって！」
472	マスター	Master	「でも本人にギラギラしたものがないとねぇ、 ああいう厳しい世界じゃ上がっていけないよ？」
473	朋	Tomo	「それでも雪菜には何かがあるんだってば。 本人の気持ちとは別のところの、 運命的なものがさ」
474	マスター	Master	「こういうしつこいファンに 目をつけられるところとか？」
475	朋	Tomo	「それだけじゃないって。 デビューからして伝説だったんだから。 五年前の峰城付属祭、知らないの？」
476	マスター	Master	「知ってるに決まってるでしょ。 何度聞かされたことか」
477	朋	Tomo	「たった三人の即席ユニットだったんだけどさ、 体育館から人が外まで溢れちゃって…」
478	マスター	Master	「しかもキーボードの子が、 今や世界的なピアニストってね」
479	朋	Tomo	「そうそう冬馬かずさ！ 今から考えてみれば奇跡みたいな………？」
480	マスター	Master	「そういえば来日してるね冬馬かずさ。 来週、初の日本公演じゃなかったっけ？」
481	朋	Tomo	「………」	"........."
482	マスター	Master	「ＳＥＴＳＵＮＡと友達なんだからさ、 コネでチケット手に入らないの？」
483	朋	Tomo	「冬馬…かずさ…？」
484	マスター	Master	「どしたの朋？ 幽霊でも見たような顔しちゃって」
485	朋	Tomo	「～～～っ！？ あ、あ、あ…あああっ！？」
486	マスター	Master	「…朋？」
487	朋	Tomo	「マ、マスター！ さっきの人どこ行った！？ ほら、わたしがお隣さんって呼んでた女の人…」
488	マスター	Master	「ああ、それならついさっき出てったけど」
489	朋	Tomo	「そ、そんな、そんな… それって、それって一体どういう意味なのよ…？」
490	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
491	春希	Haruki	「どう、だった？」
492	かずさ	Kazusa	「雪菜だった…」
493	春希	Haruki	「まぁ、な」
494	かずさ	Kazusa	『なら、お願いがあるんだけどさ…』
495	かずさ	Kazusa	『お前が行かないのなら、 そのチケット、あたしに譲ってくれないか？』
496	かずさ	Kazusa	『あたし、雪菜に会いたい。 今の雪菜のこと、一目でいいから見てみたいんだ』
497			そう言って、 いつもの変装でライブハウスに赴いたかずさは…
498			ライブが終わって出てきたとき、 ほんの少し泣きそうな顔をしてた。
499			ま、目は真っ赤だったから、 本当は事後だったんだろうけど。
500	かずさ	Kazusa	「相変わらず楽しそうに歌う奴だよな… そこは全然変わってなかった」
501	春希	Haruki	「うん…」
502	かずさ	Kazusa	「…なんて、簡単に言うべきじゃないよな。 だって、取り戻すまで三年かかったんだもんな」
503	春希	Haruki	「………」	"........."
504	かずさ	Kazusa	「あの、輝いてる雪菜の陰に、 三年分の泣いてる雪菜が隠れてるんだよな」
505	春希	Haruki	「かずさ…」
506	かずさ	Kazusa	「そう思ったらさ… あの、笑ってる雪菜が嬉しくて、 けれど、心が痛くなった」
507			かずさが背中を向けて、 そしてしゃくり上げるような声に変わる。
508			今の表情も、声も、 俺に見せたくないし、聞かせたくないんだろうな。
509	かずさ	Kazusa	「帰ろうか、春希… わざわざ迎えなんて、悪かったな」
510	春希	Haruki	「雪菜に…会っていかないのか？」
511	かずさ	Kazusa	「それは無理だ」
512	春希	Haruki	「俺、呼ぼうか？ 今なら楽屋にまだ残って…」
513	かずさ	Kazusa	「駄目だ。やめろ」
514	春希	Haruki	「どうして…」
515	かずさ	Kazusa	「そんなことしたら言い訳効かない。 あたしがライブに来たってだけで、 春希と会ってるってバレるよ」
516	春希	Haruki	「けど、俺たちは何も…」
517	かずさ	Kazusa	「何があったかなんて関係ない。 たとえ取材だけだったとしても、雪菜は傷つくんだ」
518	春希	Haruki	「………」	"........."
519			それは、確かにかずさの言う通りだけど。 ストラスブールの件で、痛いほどわかってるけど。
520			雪菜に知られたら、間違いなく雪菜を傷つける。 じゃあ、最後まで隠し通せたなら？
521	かずさ	Kazusa	「いいんだよ、春希。 そんなにやせ我慢しなくても。 無理にいい奴になろうとしなくても」
522			かずさは、それこそが皆のためだって言うけれど。
523			だからって俺は、隠し通せるのか？ …隠し通すことに耐えられるのか？
524	かずさ	Kazusa	「あたし、遠くから見ただけで満足だ。 雪菜の歌が聴けて最高だ」
525	春希	Haruki	「かずさ…」
526	かずさ	Kazusa	「話しかけることもできなかったけど、 謝ることも無理だったけど、 それでも、あたしの中では踏ん切りがついた」
527	春希	Haruki	「………」	"........."
528			そんな震える声で、 前向きなのか後ろ向きなのかわからないこと言われたら、 余計にどうしたらいいのかわからなくなるじゃないかよ…
529	かずさ	Kazusa	「あのさ春希… あたしが軽音楽同好会に入るとき、 雪菜のこと、なんて言ったか覚えてるか？」
530	春希	Haruki	「まぁ、な」
531			『不倶戴天の敵になるか、 ………生涯の大親友になるかのどっちかだと思う』
532	かずさ	Kazusa	「結局、親友にはなれなかったけど… そうしてしまったのはあたしだけど」
533			その言葉を発したときと同じように、 かずさは、同じ東京の同じ夜空を見上げる。
534	かずさ	Kazusa	「だから今は… 敵にだけはなりたくない。 絶対に、なっちゃいけないんだ」
535			あの時の、苦笑混じりの合意とは違う、 ただ苦いだけの、諦めにも似た決裂。
536	春希	Haruki	「雪菜は… 今でもかずさのこと、親友だと思ってる」
537	かずさ	Kazusa	「やめろ、やめろ… それ以上言うと、雪菜だけじゃなく あたしも苦しむことになるんだから」
538	春希	Haruki	「…っ」
539	かずさ	Kazusa	「春希…雪菜と、幸せにな？ 早く仲直りしろよ？」
540			その言葉と意志は、やっぱりあの時とは違い、 俺を幸せな気持ちにはしてくれなかった。
541	かずさ	Kazusa	「雪菜はきっと振り切れたから。 たぶん、今日のうちにお前を許してくれるから」
542			かずさは多分、数ある選択肢の中で 一番正しいことを言ってる。
543	かずさ	Kazusa	「だから、仲直りしたら、もう二度と離すなよ？ あ、ただ…部屋に連れ込むときはワンコールだけしてくれ。 そしたらあたし、一晩出て行くから」
544	春希	Haruki	「ふざけたこと…言うな」
545	かずさ	Kazusa	「それとさ、ちゃんと誓ってくれ… 絶対に、あたしが隣にいることは言わないって」
546			けど、正論ってのは、 たいてい感情的には許しがたい言葉が含まれてて。
547	かずさ	Kazusa	「あたしたちはさ、仕事上の関係で隣同士に住んでるだけ。 そして、この仕事には守秘義務がある。 春希は、あたしのプライバシーを守る必要がある」
548			俺が疎まれたり怒られたりするときは、 やっぱり相手にそう感じられてしまったときで。
549	かずさ	Kazusa	「だから、春希は社会人であるために、 開桜社の編集部の北原社員であるために、 雪菜にあたしのことを言うことができないんだ」
550			そして今、かずさの言葉は、 俺に『我がふり』を嫌でも見せつけてくる。
551	かずさ	Kazusa	「…大丈夫、来週のコンサートが終われば出て行くから。 それまでの辛抱だよ、春希」
552			辛抱するのはどっちなんだよ。 我慢してるのはどっちなんだよ。
553	かずさ	Kazusa	「だから、だからさ…」
554			今のお前は、理論武装したときの俺そのものだ。
555			絶対に相手を論破できると自信に満ちてるときの 俺そのものだ。
556			感情では自分のしようとしてることに合意できなくて、 だから正論に頼らざるを得ないときの俺そのものだ。
557	かずさ	Kazusa	「………っ」
558			だから俺は、その戦法の弱点を知っている。 その戦法を使ったときの、敵の心情を知っている。
559			ただ知らないのは、弱点の攻め方。 相手にこう来られたときの勝ち方。
560			…つまり、絶対に勝てないことも知ってるってことで。
561	かずさ	Kazusa	「………ごめん」
562	春希	Haruki	「え…」
563			そんな考えが、ずっと頭の中で回っていたせいで…
564			かずさが、いつの間にか俺の胸に顔を埋めていたことに、 しばらく気がつかなかった。
565	かずさ	Kazusa	「雪菜と仲直りする前にさ… たった一度だけ、許してくれ」
566	春希	Haruki	「かず、さ」
567			目の前で、かずさの髪が揺れる。 …俺が結んだ髪が。
568			同じ部屋で時を過ごしていたときも、 絶対にこの体勢だけは取らなかったのに。
569			もう二度とこうしないって誓った瞬間、 かずさは、最後に一度だけ、敢えてその禁を破った。
570			１．抱きしめる		Choice
571			２．胸を貸す		Choice
572	春希	Haruki	「かずさ…」
573	かずさ	Kazusa	「っ…」
574			かずさが、時間限定とはいえ宣言を撤回したなら、 俺が躊躇する理由は何もなかった。
575			…少なくとも、今だけは。
576	かずさ	Kazusa	「だ、駄目だ… 駄目だ春希」
577			かずさが、俺の胸の中でむずがってみせる。
578			いつの間にか、背中に回された手に、 頭に押しつけられた頬に戸惑ってる。
579	かずさ	Kazusa	「お前、自分が何してるのかわかってるのか？ お前は、雪菜と… お前には雪菜が…」
580	春希	Haruki	「たった一度だけ、だ」
581	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
582			かずさが、自分の正論を、 自分の行動でぶちこわしにしてしまったから。
583			やっと俺にとって、反撃の機会が訪れた。
584			一度だけだから。 今だけだから。
585	かずさ	Kazusa	「…言うなよ？ 絶対に、雪菜にだけは言うんじゃないぞ？」
586			だから、かずさの両手までもが俺の背中に回されても、 今は当然のように受け止める。
587			あの、卒業式の夜のように。
588			俺たちが、互いの想いを伝えあい、 たった一度の、最大の過ちを犯した夜のように。
589	かずさ	Kazusa	「春希…春希…っ、 ぃ、ぃぅ…ぅぅ…っ」
590	春希	Haruki	「うん…」
591			かずさが、泣きやむまで。 俺が、現実に戻るまで。
592	春希	Haruki	「………」	"........."
593	かずさ	Kazusa	「ごめん… 本当に、ごめんな」
594	春希	Haruki	「なんで、謝る？」
595	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
596			かずさの声が、俺の胸に直接、 吐息とともに染みていく。
597			引きはがすことなんかできない。 抱きしめることも、できない。
598			謝りたいのは俺の方なのに、 かずさが謝っているのが、ただ悲しかった。
599	かずさ	Kazusa	「あと５分…いや、あと３分。 動かないでくれ。見ないでくれ。 …何も、聞かないでくれ」
600	春希	Haruki	「ああ…」
601	かずさ	Kazusa	「ありがとう、春希…」
602			かずさが、そんな俺のどうしようもない態度にすら、 最大の価値を見出していることが、辛かった。
603	かずさ	Kazusa	「春希…春希…っ、 ぃ、ぃぅ…ぅぅ…っ」
604	春希	Haruki	「………」	"........."
605			だから俺は…
606			かずさが約束した３分に、 あと１０分足しただけ…
607			かずさが時間超過にやっと気づいて、 一生懸命俺から離れようとするまで、 その場を動かなかった。
608	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
609	朋	Tomo	「ここにいたんだ、雪菜…」
610	雪菜	Setsuna	「ん…」
611	朋	Tomo	「みんなもう外に出てるよ？」
612	雪菜	Setsuna	「そう…」
613	朋	Tomo	「早く行こうよ。 打ち上げ、遅刻しちゃうよ？」
614	雪菜	Setsuna	「朋…」
615	朋	Tomo	「ん？　なに？」
616	雪菜	Setsuna	「ありがとうね… わたしをまた、舞台に引っ張り上げてくれて」
617	朋	Tomo	「感謝されてもなぁ。 単なるわたしの趣味だし」
618	雪菜	Setsuna	「いつもは結構鬱陶しいけど、 今回だけは感謝してあげる。 …それくらい楽しかった」
619	朋	Tomo	「これでもうちょっと上昇志向を持ってくれれば 言うことないんだけどねぇ」
620	雪菜	Setsuna	「ふふ…無理だって。 ただ歌うことが好きなだけの素人なんだから」
621	朋	Tomo	「ま、その話の続きは打ち上げでね。 圭ちゃん、今度こそ正式メンバーとして引きずり込むって、 かなり息巻いてたみたいだし」
622	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
623	朋	Tomo	「行くよ雪菜。 みんな雪菜を待ってるんだから」
624	雪菜	Setsuna	「ん～、 悪いけど、今夜はパス」
625	朋	Tomo	「え…」
626	雪菜	Setsuna	「もう遅いし、帰る。 みんなにごめんって言っといて」
627	朋	Tomo	「なんで？ 明日は休みなんでしょ？ ちょっと顔出すくらい…」
628	雪菜	Setsuna	「一応、箱入りなんで～。 ウチが門限厳しいのは知ってるでしょ？」
629	朋	Tomo	「………」	"........."
630	雪菜	Setsuna	「楽しかったって。 また機会があったらよろしくって… それも伝言お願いできるかな？」
631	朋	Tomo	「雪菜…」
632	雪菜	Setsuna	「それじゃ、お疲れ…」
633	朋	Tomo	「北原さんのところ行くつもりなんでしょ？」
634	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
635	朋	Tomo	「あそこなら門限とやかく言われないもんね。 泊まるって一言電話するだけでいいもんね」
636	雪菜	Setsuna	「…やだなぁもう。 そういうことは気づいても言わないのがマナーだよ？」
637	朋	Tomo	「でも彼、雪菜に嘘ついてたんでしょ？ それでしばらく距離を置くって」
638	雪菜	Setsuna	「うん、そうだね。 …しばらく距離を置いたよ」
639	朋	Tomo	「まだ何も解決してないのに、 彼を許しちゃうの…？」
640	雪菜	Setsuna	「許すとか許さないじゃなくて… わたしの方が我慢できなくなっちゃっただけ」
641	朋	Tomo	「雪菜…」
642	雪菜	Setsuna	「あ～あ、やっぱりだめだな、わたし。 あまりにも彼のこと好きすぎるんだ」
643	朋	Tomo	「っ…」
644	雪菜	Setsuna	「ステージに立って、何もかも忘れて思いっきり歌って、 ステージから降りて何もかも思い出したら、 やっとぶつかってみる決心がついた」
645	朋	Tomo	「………」	"........."
646	雪菜	Setsuna	「彼に会ったら、大泣きするつもり。 …なんてね、もちろん嘘泣き。 彼に罪の意識を感じてもらうためのお芝居」
647	雪菜	Setsuna	「でも、最初は嘘泣きのつもりでも、 途中から色んなこと思い出して、 多分本気で泣いちゃうと思う」
648	雪菜	Setsuna	「そうすれば、また本気でぶつかり合える。 彼が許してくれたら、わたしも許してあげられる。 …今のわたしなら、そういう心が持てると思うんだ」
649	朋	Tomo	「雪菜…それは…」
650	雪菜	Setsuna	「もう、恥ずかしいなぁ… なんてこと言わせるのよ朋」
651	朋	Tomo	「それは…それはぁ…っ」
652	雪菜	Setsuna	「それじゃ… 行ってくるね、朋」
653	朋	Tomo	「………っ！ 駄目、駄目だよ雪菜！」
654	雪菜	Setsuna	「朋…？」
655	朋	Tomo	「今は駄目… 絶対に、彼のところ行っちゃいけない！」
656	雪菜	Setsuna	「どうしたの？ そんな怒らなくても… じゃあ、みんなには今から謝ってくるから」
657	朋	Tomo	「駄目なんだってば… 彼は…北原はとんでもない裏切り者なんだから！」

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The Path Back to Happiness	The Path Forward to Happiness	Dear Mortal Enemy
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Novels
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