White Album 2/Script/3106

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	Speaker		Text		Comment
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1	武也	Takeya	「え～と、それじゃ今日も一日お疲れ様でした。 かんぱ～い！」
2	依緒	Io	「………」	"........."
3	朋	Tomo	「………」	"........."
4	春希	Haruki	「………」	"........."
5	武也	Takeya	「………かんぱ～い」
6			武也は、必死だった。 必死で、この場を盛り上げようとしてた。
7			…この四人が集まった理由を否定する勢いで。
8	武也	Takeya	「さてと、それじゃ頼もうぜ。 な、俺いきなりチゲ行きたいんだけど駄目？」
9	朋	Tomo	「飯塚さん」
10	武也	Takeya	「そっか… じゃ、最初は適当に色々頼むか。 んじゃ、フライドポテトと、冷奴と…」
11	依緒	Io	「武也」
12	武也	Takeya	「わかってるって。だし巻きだろ。 お前、どこの店行っても必ず…」
13	朋	Tomo	「飯塚さん、もう黙って」
14	依緒	Io	「ここから先はあたしたちがやるから。 あんたは黙って飲んでなさい」
15	武也	Takeya	「………」	"........."
16			武也は、必死だった。
17			すぐにでも噛みつこうとする柳原朋と、 何事かすごく言いたそうな依緒を 必死で押し留めていた。
18			集合場所の駅前に俺が顔を見せた瞬間も。 店のテーブルについた直後でも。
19			居酒屋ってのも武也が強引に決めた場所だ。 こいつにしては、信じられないくらい気を使ってる。 …俺だけに。
20			けれど、乾杯まで済んでしまった以上、 もう、二人を止めることはできなかった。
21	朋	Tomo	「北原さん… あなた、雪菜に何をしたのよ？」
22	春希	Haruki	「柳原…さん」
23	依緒	Io	「あ～、もうちょっと前から説明するね。 実は今週からさ…」
24	武也	Takeya	「いや、俺は誤解だって何度も言ったんだよ。 なのに朋が妙な思い込みしちまってて…」
25	朋	Tomo	「雪菜が今、どんなことになってるか知ってる？ …全部あなたのせいなんだよ？」
26	依緒	Io	「この子の言うことはさすがに大袈裟だと思うんだけどね。 でも、雪菜と連絡が取れないってのは本当なの」
27	春希	Haruki	「え…」
28	武也	Takeya	「どうせ些細なことが原因なんだろ？ そんな騒ぐほどのことでもないんだろ？ 朋はいっつも周囲をむやみに引っかき回すからなぁ」
29	朋	Tomo	「ちょっとぉ！　茶々入れないでよ二人とも！ わたしが話があるから呼び出したんだよ？」
30	武也	Takeya	「でも、実際に春希を呼び出したのは俺だろ」
31	依緒	Io	「武也を説得したのあたしだし。 あんたを勝手に走らせる訳にはいかないよ。 …ま、武也ほど春希を庇うつもりもないけどね」
32			三人は、矢継ぎ早に俺に問いかけてきたけれど、 まるで統制が取れていなかった。
33			情報も、認識も、熱さもバラバラ。
34			特に、柳原朋と他の二人の間には、 天と地ほどの思いの差があった。
35	春希	Haruki	「雪菜と…連絡取れないのか？」
36	依緒	Io	「お母さんに聞いたら、会社には行ってるみたい。 だからちょっと拗ねてるだけだと思うんだけどね」
37	朋	Tomo	「だから、わたし日曜に会ったんだよ！ 雪菜、ボロボロに泣いてたんだってばぁ！ この人のマンションのすぐ前で！」
38	春希	Haruki	「っ…？」
39	武也	Takeya	「…今週に入ってから、ずっとこの調子なんだよ。 だから、お前に声かけないわけにはいかなくてさ」
40	朋	Tomo	「あんな悲しそうな雪菜、わたし見たことない… 二年前のあの頃だって、見たことないんだよ…」
41	春希	Haruki	「雪菜、が…？」
42			日曜、俺のマンションの前…？
43			それって、あの日の、次の…
44	朋	Tomo	「雪菜に、何言ったの？ ううん、雪菜があんなに泣くことなんて一つしかない。 …別れ話だよね？」
45	依緒	Io	「だからぁ、ちょっと待ちなって。 どうしてすぐ短絡的な結論に持って行こうとするかなぁ」
46	武也	Takeya	「そりゃ、何かしらのきっかけで そういう話になったかもしれないけど、 そんなの、二人とも本気な訳ないじゃないか」
47	朋	Tomo	「違う！　あなたたち、 今の雪菜を見てないからそんなこと言えるのよ！」
48			朋が、どれだけ熱く俺のことを糾弾しても…
49			いや、強く罵れば罵るほど、 二人はどんどん俺を弁護する側に回ってしまう。
50	朋	Tomo	「ねぇ、北原さん… あなた今、冬馬かずさと一緒にいるよね？ 雪菜に隠れて、彼女と会ってたよね？」
51	春希	Haruki	「え…」
52	武也	Takeya	「やめろって言っただろそれ言うの！ その話をしないって言うから今日セットしたのに…」
53	依緒	Io	「あ～、ごめん春希。 それはさすがに信じちゃいないから」
54	朋	Tomo	「だ、だけど、だけど… わたし、本当に見たんだからっ！ 北原さんの隣の部屋に、冬馬かずさが…」
55			それは、俺と過ごした時間の差だったり、 柳原朋の、元々の性格に起因するものだったり、 そんな様々な要因が絡んでのことだと思うけど…
56			皮肉なのは… 俺を弁護しようとすればするほど、 武也と依緒が、真実から離れていくこと。
57			俺と一番敵対している柳原朋こそが 唯一正鵠を得ているという、 あまりにも酷すぎる、喜劇じみた事実。
58	依緒	Io	「たださ…朋の言うことにも 一理あるんじゃないかって思ってるんだ」
59	春希	Haruki	「依緒…」
60	武也	Takeya	「これだけの喧嘩ってなると、 冬馬が絡んでるってのは本当なのかなって」
61	依緒	Io	「例えばさ、冬馬さんが来日してきてから、 春希が変に彼女のこと意識しすぎてたとか…」
62	武也	Takeya	「雪菜ちゃんに隠れて冬馬のコンサート行ったとかさ、 お前、心当たりあるんじゃないのか？」
63	春希	Haruki	「お前ら…」
64	朋	Tomo	「なんで信じてくれないの…？ 二人とも、昨日まではわたしの言うこと マジメに聞いてくれてたじゃない」
65			二人とも、俺を信じてる…だけじゃない。
66	朋	Tomo	「どうして北原さんを目の前にすると、 そんなふうにいきなり[R萎^しぼ]んじゃうのよ？ 雪菜のこと、心配じゃないの？」
67	依緒	Io	「そりゃ、心配だよ。 心配だけど…でも春希がさぁ」
68	武也	Takeya	「今は、春希の話をちゃんと聞こうぜ？ きちんと説明してもらえれば朋だって納得するだろ？」
69			武也も依緒も、俺を『信じたい』んだ。 俺の口から『ありえない』って言葉が聞きたいんだ。
70			雪菜と別れるなんてありえない。 俺とかずさが未だに関係してるなんてありえない。
71			俺たちの友情が壊れるなんて、 そんなこと絶対にありえない、って…
72	依緒	Io	「なぁ、春希… だから、正直に話してくれよ」
73	春希	Haruki	「依緒…」
74			今、もし俺が口から出任せを言っても…
75			『悪い、ちょっとやっちゃってさ…』なんて、 頭を掻きながら白々しく反省の表情を見せたとしても…
76			二人は、[Rあっち^とも]よりも、俺の言うことを信じるに違いない。
77			『またか』みたいに呆れた笑いで、 俺たち二人の仲直りのために 協力を約束してくれるに違いない。
78	武也	Takeya	「俺たちで力になれること、あるだろ？ 雪菜ちゃんのためにも、抱え込むなよ」
79	春希	Haruki	「武也…」
80			いつもなら、それで万事解決な…
81			なぁなぁというか、 ちょっと出来レースっぽい俺たちの友情。
82			だから今回も、そんなふうに平和な四人… いや、五人に戻れるかもしれない。
83	春希	Haruki	「俺…俺、は…」
84			何事もなかったかのように、 ほんの数日前の、俺たちに…
85	春希	Haruki	「………………かずさが、好きなんだ」
86			馬鹿な…
87			もう、戻れる訳なんか、ないだろ。
88			………	.........
89			……	......
90			…	...
91	朋	Tomo	「………っ」
92	依緒	Io	「………」	"........."
93	武也	Takeya	「………」	"........."
94			俺が、全てを…
95			『雪菜に告げたことの全て』を話し終わったとき、 誰もが、絶句してた。
96			俺の話す一つ一つの事柄が、 あまりにも、柳原朋の指摘通りだったから。
97			武也と依緒が、すぐに思いつきながらも、 必死で思い描こうとしなかった最悪の事実が、 俺の口から語られてしまったから。
98	依緒	Io	「は、はは…」
99	武也	Takeya	「依緒…」
100			周囲の喧騒が痛いくらいに耳に響く。 だって、このテーブルだけ静か過ぎたから。
101			柳原朋は俺を睨みつけ、 武也は依緒の横顔を見つめ。
102			そして依緒は、人ではなくテーブルを見つめ、 細かく肩を震わせて…
103	依緒	Io	「嘘だ…」
104			声まで、その肩の震えに合わせ、 小さく振り絞った。
105	依緒	Io	「嘘って言え、春希… みんなをからかってたんだって… 今すぐあたしを指差して笑ってくれ」
106	春希	Haruki	「依緒…」
107	依緒	Io	「違う！ あたしが聞きたいのはそんな声じゃない！」
108	春希	Haruki	「………」	"........."
109			気遣うような俺の、依緒そっくりな調子の声は、 あまりにも求めたものとは違うらしかった。
110	依緒	Io	「そりゃ、あたしたちは知ってたよ… 五年前、冬馬かずさが春希のこと好きだったって。 雪菜に負けないくらいに本気だったって」
111			俺の口から真実が零れた瞬間、 依緒はとうとう、自分が疑うのをやめてしまった。
112	依緒	Io	「けれど、今の春希が受け入れたら駄目だろ？ そんなの、彼女も最低だけど… 春希、あんたはもっと最悪だよ！」
113			今の俺が嘘をついていないって… 今までの俺が嘘をついていたことを、やっと信じた。
114	依緒	Io	「何年雪菜と一緒にいたの…？ 何度裏切れば… どれだけ、あのコを傷つければ気が済むの…？」
115			それは、ようやく上げた顔に貼りついた表情からも うかがえた。
116	依緒	Io	「何年、冬馬かずさと離れてたの…？ なのに、どうして彼女なの？ どれだけ拘れば気が済むの…？」
117			歯を食いしばり、頬を引きつらせ、 瞳は潤み、今にも泣きそうで、 けれどあまりに情けなくて泣くこともできなくて…
118	依緒	Io	「あんたと雪菜の関係をぶち壊しておいて、 さっさと逃げちゃった女なんだよ？ 一度捨てられたんだよ、春希？」
119			悔しさと悲しさと、呆れと混乱と、 およそ負の感情を全てごちゃまぜにしたような…
120	依緒	Io	「わかんない… 春希の考えてること全然訳わかんないよっ！」
121	春希	Haruki	「………ごめん」
122	依緒	Io	「ごめんじゃないよ！ 春希が今するべきなのは、謝ることじゃないよ！ どうしてそれがわからないんだっ！」
123			けれど、 まだ友達だからこそ見せてくれる表情、だった。
124			依緒はまだ、諦めていなかった。 必死で俺を引き戻そうとしてくれていた。
125			雪菜のために、俺が必要だって。 俺と雪菜が一緒にいることが正しいって。 それが雪菜の、そして俺のためだって思ってくれていた。
126			けれど…
127	朋	Tomo	「雪菜を、どうするの…？ あんなにボロボロにしといて、ポイって捨てちゃうの？」
128	春希	Haruki	「柳原…」
129			けれど彼女だけは、 この中でも明らかに雪菜寄りだから。
130	朋	Tomo	「ついこの間まで婚約だって言ってたんだよ？ わざわざ天国から地獄に突き落として何がしたいの？ 雪菜が…何をしたって言うの？」
131	春希	Haruki	「それは… だから雪菜は、何も…」
132	朋	Tomo	「そんなに雪菜のこと嫌いになっちゃったの？ わざわざ深く傷つけるようなことばかりして… まるで親の敵みたいにさぁ」
133	春希	Haruki	「違う…やめてくれ」
134			だから、武也も依緒も聞きたがらなかったことを、 敢えて問うてくる。
135			一番確かめておかなくちゃならない、 そして、一番俺が答えたくない問いを…
136	朋	Tomo	「今まで雪菜は、 北原さんありきで進む道を決めてきたんだよ？ 北原さんのために、将来の可能性を狭めてきたんだよ？」
137			柳原朋は、雪菜に求めることが俺とは違ってた。
138	朋	Tomo	「進学も、就職も… それに歌だって…」
139			そう、たとえば歌。
140			彼女は、雪菜の歌の一番の理解者にして、 熱狂的なファンにして、あくどいプロモーターだった。
141			雪菜が、小木曽雪菜であるよりも、 ＳＥＴＳＵＮＡである時間をもっと求めてた。
142	朋	Tomo	「あなたの側にいられること、 二人で過ごす時間が取れること… 必ずそれを条件の中に入れてきたんだよ…？」
143			けれど雪菜は、大学を卒業し、就職し、 ステージで歌う回数を、徐々に減らしていった。
144			俺が一緒にステージに上がらないから。 俺がライブを見に来ないから。 俺と過ごす時間が減ってしまうから。
145			本人の実力とかやる気とか、立ちはだかる現実とか、 他にも原因は色々あったけど…
146			でも、そんな雪菜の決断に俺が絡んでいなかったなんて、 そんなこと、誰も信じる訳がなかった。
147	朋	Tomo	「だって、ずっと一緒に歩いていくつもりだったから。 あなたと生きていくつもりだったからだよ？」
148			それでも彼女は、雪菜の気持ちを考えて、 雪菜の決める道を尊重してきた。
149			ちょっと恨みがましい視線を俺に向けながらも、 それでも雪菜が俺に寄り添う姿を、 苦笑交じりに見守っていてくれた。
150	朋	Tomo	「なのに、なんで今さら冬馬かずさ？ どうして、雪菜じゃいけないの…？」
151			けれど、そんな雪菜の決断が、 今となっては、なんの意味もない行き止まりだったって、 そんな酷い現実を知ってしまった…
152	朋	Tomo	「そんなに彼女は良かった？ 身体の相性、抜群だった？」
153	春希	Haruki	「っ…違う」
154			俺には、彼女の怒りが十分に理解できる。
155			けれど、その怒りを鎮めることはできない。 だから俺は、受け止めなければならない。
156	朋	Tomo	「ちょっと昔の女が身体開いたからって、 あっさりたらし込まれちゃってさ… そんなに気持ち良かった？」
157	春希	Haruki	「そんなこと…言うな。 俺のことはいいけど、かずさのことだけは…」
158	朋	Tomo	「実はすんごいテクニックだったとか？ あ～、きっとピアノと同じで随分やり込んだんだろうね。 …母親みたいにさ」
159	春希	Haruki	「やめろ、やめろ…っ！ 俺、かずさと寝てなんかない！ あいつはそんな女じゃない！」
160	朋	Tomo	「っ…」
161			…それでも、かずさのことを言われるのだけは、 受け止められなかった。
162	春希	Haruki	「あいつだって辛くて、悩んで、苦しんで… だから…そんなふうに言わないでくれ…っ」
163			かずさの気持ちだけは、 かずさの名誉だけは尊重したかった。
164			だって俺は、かずさを護るって決めたから。 罰を受けるのは、俺だけで…
165	依緒	Io	「………なにそれ、最低」
166	春希	Haruki	「え…？」
167			けれど反撃は、そして俺への断罪は、 予想もしてなかった方向から、来た…
168	依緒	Io	「寝てもいないのに、何もしてないのに、 取り返しがつかなくなった訳でも、 重いもの背負った訳でもないのに…」
169	依緒	Io	「ただ、彼女を愛してるからって理由だけで、 雪菜を、切り捨てるの…？」
170	春希	Haruki	「依緒…？」
171			俺の意地は… かずさを護るための最後の砦は…
172	依緒	Io	「じゃあ、雪菜はなんだったの？ 心と身体の両方の繋がりを合わせても、 彼女との心の絆に敵わないって言われたんだよ？」
173	春希	Haruki	「………なに、を」
174			でもそれは、彼女たちにとっては、 まったくの逆効果だった。
175			依緒は…思いっきり退いていた。
176	依緒	Io	「雪菜はなんだったの？ そんなのが免罪符になるとでも思ってるの？ 春希…あんたどれだけ雪菜を見下してんのよ？」
177	春希	Haruki	「え、いや、違… そんな…ま、待って…」
178			顔色を失い、感情を失い、 俺に対する熱さを、失っていく。
179	依緒	Io	「これだけ周囲をボロボロに壊して、 自分たちはプラトニックですって…」
180	依緒	Io	「最低の純愛だね。吐き気がする」
181	春希	Haruki	「待ってくれよ！」
182			今日で、友情は終わりだって覚悟してた。
183			軽蔑されても、憎まれても、 仕方ないって思ってた。
184			けれど… 俺が想定していたよりもよっぽど、 依緒のその言葉は…痛かった。
185	依緒	Io	「いいよ、もう… 二人しかいない世界で、 仲良くおままごとやってりゃいいじゃん」
186	春希	Haruki	「ち、違う、違うって… 聞いてくれ、依緒」
187			こんなところに嫌悪感を示されるなんて… 拒絶反応を起こされるなんて、想像もしてなかった。
188	依緒	Io	「どれだけ周囲を不幸にしてもさ… 純粋な二人にはお互いのことしか見えないからいいよね」
189	春希	Haruki	「かずさはさ…ずっと色々あって、 こんなに有名になっても一人ぼっちで… だから俺が…俺しか」
190			全てが終わるまではと、 必死で我慢していたことが…
191	依緒	Io	「雪菜は色々ないからいいんだ？ 一人ぼっちじゃないから捨ててもいいんだ？」
192	春希	Haruki	「そんなこと言ってないだろぉ！」
193			これ以上雪菜を傷つけないためだからと、 自らに厳しく課していた制約が。
194	依緒	Io	「言ってるよ春希… 雪菜は自分がいなくても一人じゃないから、 可哀想じゃないから捨ててもいいって、言ってるよ…」
195			まったく意味がないどころか、 かえって雪菜を貶めているって…
196	春希	Haruki	「そ、んな…」
197			まだ、覚悟が全然足りてなかった。
198			何もかも敵に回すって… ここからはもう、誰も味方なんかいないって、 そう言い聞かせていたはずだったのに。
199	春希	Haruki	「依緒、俺は、俺はさ…」
200	依緒	Io	「痛いだろ？　春希」
201			痛い。
202			本当の心が通じないのが痛い。 相手を好きな気持ちがもう二度と伝わらないのが痛い。
203	依緒	Io	「でもな、春希… 雪菜は…あんたに捨てられた雪菜はこんなもんじゃ…」
204			そうか…
205			これはあの時、雪菜が抱えていた絶望的な痛み。
206			ただ、日を変え相手を変え、 俺に返ってきた報い。
207			俺が受け止めなければならない、 依緒からの、最後の…
208	武也	Takeya	「………帰れ、お前ら」
209	春希	Haruki	「え…」
210			けれど、心の中の何かが折れそうになった瞬間、 静かなくせに迫力のある声が、俺を押し留めた。
211	武也	Takeya	「春希を説得する気がないなら帰れ。 ただ言い負かしたいだけなら、もう二度と会うな」
212	朋	Tomo	「飯塚さん…？」
213			女性陣に『黙れ』と言われてから、 ずっと、その言葉を守り続けていた武也が。
214	武也	Takeya	「もう諦めろ。 というか、お前らもう諦めてるじゃないか。 いらねぇよこの場に」
215	依緒	Io	「な…んだって？」
216			さっきから一人、ただ何も口にせず、 じっと俺の横顔だけを眺めていた武也が、 一瞬でこの場の空気を支配する。
217	武也	Takeya	「俺は諦めない。ちゃんと春希を説得する。 …もう一度、雪菜ちゃんのことを考え直させる。必ず」
218			あろうことか、女性陣の正義に牙を剥く。
219	武也	Takeya	「だから、お前らみたいに春希を追い込む奴はいらない。 とっととこの場からいなくなれ」
220	春希	Haruki	「武也…やめろ」
221			依緒を…否定する。
222			ずっと、自分と同じ視線で俺と雪菜を見つめてきた、 誰よりも気心の知れた相手を。
223	依緒	Io	「なんだよ、それ… 武也…春希を庇うのか？ あたしの方が間違ってるって言うのか？」
224	武也	Takeya	「知るかよそんなの。 ただ、今は春希と話すのにお前が邪魔なだけだ」
225	依緒	Io	「っ…お、お前… 春希とあたし…どっちの味方なんだよ！？」
226	武也	Takeya	「決まってんだろそんなの…」
227	春希	Haruki	「やめろっておい！」
228			今この場面で、 どう考えても武也が俺を庇う理由なんかなくて。
229			そしてどう考えても、 今この場面で正しいことを言ってたのは依緒と柳原で。
230			なのに俺は、 武也が今から口にする名前が誰かわかってしまい。
231	武也	Takeya	「春希だよ」
232			鼻の奥が熱くなるのを止められなかった…
233			………	.........
234			……	......
235			…	...
236	武也	Takeya	「ほら、酔いざまし」
237	春希	Haruki	「…サンキュ」
238			あの後、女性陣二人はすぐに去っていった。 …俺以上に、武也への非難の視線を強くして。
239			けれど、静かになったテーブルで、 そのまま話を続ける気にもなれず、 間もなく俺たちも、なんとなく店を出た。
240			武也は黙って街を歩き、 俺は黙って武也の後についていき。
241	武也	Takeya	「お疲れ」
242	春希	Haruki	「ああ…」
243			寒い夜空の下、やっと座れる場所を見つけ、 男だけで缶コーヒーの乾杯をする。
244			ほとんど酒を飲んでいなかった体に、 温かいコーヒーの熱が徐々に染み込んでいく。
245	武也	Takeya	「悪かったな。 あんなことになっちまって」
246	春希	Haruki	「あんなことになったのは俺のせいだよ」
247	武也	Takeya	「…ま、そりゃそうだけどさ」
248			女性陣を追い出してから、 いや、最初から、今日の武也は穏やかだった。
249			四人の中で、誰よりも皆に気を使い、 愛想よく笑い、聞き役に徹し。
250	春希	Haruki	「後で、依緒とちゃんと仲直りしとけよ？ 俺、もう間に入れないんだからな」
251	武也	Takeya	「この期に及んで余計なお世話かよ。 自分のしたことと立場をよく考えろ」
252			まぁ、結局最後にはキれてしまったんだけど。
253	武也	Takeya	「あ～あ、なんで俺が こんな敗戦処理やらないといけないんだろうな」
254	春希	Haruki	「敗戦処理って…」
255	武也	Takeya	「間違ってようが正しかろうが、 本気になった時のお前が意見を曲げないなんて、 俺が一番よく知ってるってのに…」
256	春希	Haruki	「武也…」
257	武也	Takeya	「本当に、なんでこんなことになるんだか…」
258			いや、最初から途中でキれるつもりだったのかも。 最終的に自分で決着をつけるつもりで。
259			俺を説得できなかったという事実を、 全部、自分の責任として被るつもりで。
260			それはまるで、いつもは俺がやってたことを、 これからは自分の役目だと覚悟したかのようで…
261			ほとんど飲んでなかったせいもあって、 真冬の寒さがじわじわと染みてくる。
262			手に持った缶コーヒーはあっという間に冷めてしまい、 もう、手も体も温めるほどの熱量を持っていなくて。
263	春希	Haruki	「…武也」
264	武也	Takeya	「ん～？」
265			そんな寒さが、俺の孤独感を呼び覚ましたのか、 それとも他の理由なのかはわからないけど。
266	春希	Haruki	「ちょっとだけ、話を聞いてくれるか？」
267			ただ、目の前のただ一人にだけは、 伝えておきたいと思った。
268			ほんの少し言い訳じみた、真実のうちの一つを。
269			………	.........
270	武也	Takeya	「峰城大病院って…なんつ～灯台の真下だよ。 マスコミ全然気づいてないじゃん」
271	春希	Haruki	「政治家や芸能人もよく入院してるらしいからな。 そういう方面のケアは万全なんだろ」
272			冬馬曜子の病名と入院先を聞いたとき、 武也は、ほんの少し言葉を失った。
273			まぁ、そういう反応をするのは当然だとわかってた。 それどころか、思った以上に冷静に対処してくれた。
274			武也にとっては他人だったからなのか、 それとも、俺の態度に思い当たる節でもあったのか。
275	春希	Haruki	「もちろん他言無用で頼むな。 日本だと、色々と騒がれるかもしれないし」
276	武也	Takeya	「雪菜ちゃんにも？」
277	春希	Haruki	「…雪菜にこそ、絶対に」
278	武也	Takeya	「なんで？ どう考えても理由の一つだろ？」
279	春希	Haruki	「こんなの、ただの言い訳だ。 俺が間違った選択をしてることに変わりない」
280	武也	Takeya	「ああ、そうだな。 お前は間違ってる。 …雪菜ちゃんに正直に話すべきだった」
281			武也の指摘する『間違い』は、 俺の思い描く『間違い』と少しずれていた。
282	武也	Takeya	「お前がそれを正直に話したら、雪菜ちゃんは、 一緒に背負ってくれようとするかもしれないじゃないか」
283	春希	Haruki	「………かもな。 雪菜だし」
284			けれど、俺も武也もわかってる。 二人の論点が違うってことが。
285	武也	Takeya	「そしたらさ… もしかしたらその先に、 もっといい答えがある可能性だって…」
286			そして、俺はもう少し余計にわかってる。 …武也が、わざと論点をずらしたってことも。
287	武也	Takeya	「ないのか…そういう選択？ 今からでも、三人で話し合うことできないのか？」
288			みんなで少しずつ知恵を出しあって、 みんなで少しずつ辛さを負担しあって、 より良い解決法を探っていこうって。
289			いつもなら、俺が言い出すような三方一両損。
290	春希	Haruki	「もう、無理だ」
291	武也	Takeya	「なんで…っ」
292			けれどその選択肢は…
293	春希	Haruki	「俺は、かずさと生きることを選んだんだ。 雪菜を、巻き込まないって誓ったんだ」
294	武也	Takeya	「巻き込まれた方が幸せなことだってある！ 雪菜ちゃんなら、ぜったいにそう思ってくれる！」
295	春希	Haruki	「それでも…もう駄目なんだ」
296	武也	Takeya	「だから、なんでっ」
297	春希	Haruki	「………もし三人で背負ったら、 俺はもう、二人のうちからかずさを選べなくなる」
298	武也	Takeya	「っ！？ お…お前…っ」
299			その選択肢を選べるのは、 俺が、かずさを諦める決心をした時だ。
300	春希	Haruki	「俺、やっぱりかずさが好きだった。 俺だけのものにしたかったんだ」
301			もしかずさの境遇を三人で背負って、 その結果、三人が幸せになれた時…
302	春希	Haruki	「二年前、吹っ切ったと思ってたけど違ってた。 ずっと昔から、何も変わってなかった。 二年間、自分でも気づかないうちに嘘を重ねてたんだ」
303			かずさは、もう俺を奪うことはしない。 いつしか一人、静かに消えていく。
304	春希	Haruki	「だから、雪菜には頼れない。 …ただの、エゴだよ」
305			その先に、俺の側に寄り添うかずさはいない。
306			幸せな三人と、幸せな二人と… そして、幸せになれなかった二人が、残る。
307	武也	Takeya	「お前、最低だな。 そして冬馬も…最低だ」
308	春希	Haruki	「かずさは関係ない。 全部俺の…」
309	武也	Takeya	「お前がどんなに庇っても、 向こうにどんな事情があっても、 冬馬が酷いことをしたって事実に変わりはないんだよ」
310	春希	Haruki	「っ…」
311	武也	Takeya	「本当に愛し合ってる… 婚約までしてる恋人同士を引き裂いてまで、 男を自分のものにしようとしてんだぞ？」
312	武也	Takeya	「今まで俺が見てきた中にも、 そんな酷ぇ女いやしなかった。 …最悪の地雷だよ」
313	春希	Haruki	「あ、あ…っ」
314			反論、できなかった。
315			『やめろ、やめろ…』
316			理論よりも、感情が追い越してしまったせいで。
317			『かずさを…俺のかずさをいじめるな』
318			そんな稚拙な言葉しか浮かんでこなかったせいで。
319	武也	Takeya	「俺、お前のこと見損なってたよ。 もっと分別のある奴だって… 少なくとも俺よりはって、そう思ってたんだ」
320	春希	Haruki	「………」	"........."
321			何も言い返せない俺を見て、 武也が、呆れたような、納得したようなため息をつく。
322			ほんの少し前、依緒と柳原を必死で抑え込んで、 まだこんな俺の味方だと言い切ってくれた武也が…
323	武也	Takeya	「今だって、本当は口もききたくないんだ。 そのくらい、お前のことを軽蔑してんだよ」
324	春希	Haruki	「…ごめん」
325			とうとう、その武也までもが、 俺の前から、去って…
326	武也	Takeya	「けど俺、お前の親友だから。 望みがないってわかってるけど、 それでも、まだお前の親友だからさ…」
327	春希	Haruki	「武也…？」
328	武也	Takeya	「だから、これが最後の頼みだ… 頼むよ春希…元のお前に、戻ってくれよっ！」
329	春希	Haruki	「え…」
330	武也	Takeya	「お前が一言、雪菜ちゃんの元に戻るって言ってくれれば、 俺がなにもかも元通りに戻してやる！」
331	春希	Haruki	「お前…」
332	武也	Takeya	「依緒も、朋も…みんな説得する！ お前の言ってしまったこと全部なかったことにしてやる。 だから、だから…」
333			あ、こいつ…
334	武也	Takeya	「頼む…頼むから撤回してくれ！ 悪い冗談だったって、 笑いながら謝ってくれればいいんだよ！」
335			本物の親友、だったんだ…
336			俺にとって、唯一の… もう、二度と出会えないかもしれない存在、だったんだ…
337			雪菜とも、かずさとも違う、 もう一人の、世界で一番大切な…
338	春希	Haruki	「武也…俺」
339	武也	Takeya	「………っ」
340	春希	Haruki	「無理だよ、もう」
341	武也	Takeya	「っ…い、いぅぁぁぁぁ…っ」
342			…大切、だった奴。
343	春希	Haruki	「最初から間違ってるってわかってるんだ。 それでも、最初から直すつもりがないんだよ」
344	武也	Takeya	「なんでだ、なんでだよ… 信じらんねぇよ…どうしてだよ春希…っ」
345			なんだよ、馬鹿みたいだ。 …失う今になって、その大切さがわかるなんて。
346	春希	Haruki	「俺…いつもこんなだよ。 基本的に、馬鹿なんだ」
347			本当に、馬鹿みたいだ。 今の俺は、こんなことばっかりだ…
348	春希	Haruki	「正しいことをしようと思うけど、間違える。 何が正しいのかわかってるのに、 それでも間違ったことをしてしまうんだ」
349			新しい発見は、嬉しさと、悔しさと、切なさと。 そして、懐かしさを俺の心に運んでくれる。
350	武也	Takeya	「だからって…間違えすぎだろよ… 俺にだってできねぇぞ。 雪菜ちゃんを…あんないいコを捨てるなんて…」
351			こんな絶望的な状況の中で、 必死に泣くのを堪えてる表情が、 ほんの一瞬、緩んでしまうほどだった。
352	武也	Takeya	「撤回、してくれよ… でないと俺、今度こそ本当に、 お前のこと軽蔑しなくちゃならなくなるんだぞ…？」
353	春希	Haruki	「わかってる、よ」
354	武也	Takeya	「お前を庇えなくなる…庇いたくなくなる。 最低な奴だって、認めてしまうんだぞ…？」
355	春希	Haruki	「もう、これ以上俺を庇うな。 お前まで、友達なくすぞ？」
356	武也	Takeya	「春希ぃぃっ… お前、お前…マジ、かよっ！」
357			ありがとう、武也…
358	武也	Takeya	「嘘だ…嘘だろぉ…っ」
359			けど、もう、泣くのはよしてくれ。
360			だって俺の方は、泣くことは許されないんだから。 俺が悲しむことは、あってはならないんだから。
361			全て自分でしでかしたことだから。 仕方なかったことなんて、何一つなかったんだから。
362			避けられた運命を、ただ自分の欲望のためだけに、 選んでしまったんだから。
363	春希	Haruki	「もう、行けよ。 これ以上話しても、平行線だ」
364	武也	Takeya	「待てよ…待ってくれよ…っ」
365			本当に、本当に… ありがとう、武也。
366			お前のおかげで俺は、少しだけ救われた…
367	春希	Haruki	「お前が行かないなら、俺が先に行くわ。 じゃあな」
368	武也	Takeya	「許さねえ… 一生、許さないからな、春希ぃ…っ」
369			もう、壊れてしまったけれど…
370			それでも、ほんの少し前までは、 俺たちの間には真の友情があったって…
371	春希	Haruki	「さよなら…武也」
372	武也	Takeya	「ふざけんなぁぁぁぁ～っ！」
373			これからも、信じていける。
374			………	.........
375			……	......
376			…	...
377			電車は、まだ動いてるみたいだった。
378			ただでさえ、ほとんど２４時間眠らないこの街の駅は、 日付の変わったこの冬の深夜でも、 改札口から出入りする人たちを大量に飲み込み、吐き出す。
379	春希	Haruki	「っ…」
380			そんな、駅前の人の群れにほっとしてしまったのか、 今までこらえていたものが溢れそうになり、 思わず空を見上げるしかなくなる。
381			この街の灯りに星をほとんど消されてしまい、 ただ、月だけがぼんやりと浮かんでる空を。
382	春希	Haruki	「………」	"........."
383			夢でも見ているような心地だった。 もちろん、いい夢なんかじゃない。
384			付属に入って、一番最初にできた友達だった。 いつも、俺の人間関係の中心にいやがった。
385			終わらない腐れ縁だと諦めつつ受け入れてるつもりの、 勝手に続いていく友情だと思ってた。
386			俺は、あいつらの将来が心配だった。
387			俺以上に腐れ縁で、俺たち以上に素直じゃなくて、 十年近くも、何も進歩してない二人がもどかしかった。
388			いつか、何とかしてやりたいと思ってた。 二年前、あいつらが俺を救ってくれたように。
389			でも、そんな俺たちを繋ぐ全てのものが、 なにもかも水泡に帰した。
390			ただ、俺一人の過ちのせいで。
391	春希	Haruki	「あ…」
392			なのに、今の俺には、 それを嘆く時間も与えられていない。
393			柳原に憎まれたこと、依緒に愛想を尽かされたこと、 そして武也を…親友を失ったことを泣かせてもくれない。
394			神様、俺、そんなに酷いことしましたか…？
395	春希	Haruki	「はい…北原です」
396	雪菜の父	Setsuna's Father	「小木曽です。 …雪菜の、父です」
397	春希	Haruki	「………こんばんは」
398			いや………したんですよね。

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