White Album 2/Script/3207

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	Speaker		Text		Comment
Line #	JP	EN	JP	EN
1	曜子	Youko	「時間切れね」
2	春希	Haruki	「え…」
3	曜子	Youko	「美代ちゃん、事務所に戻ったら関係各所に連絡。 あと記者会見のセッティングもお願い」
4	美代子	Miyoko	「社長…？」
5	曜子	Youko	「せっかく退院したことだしわたしが出るわ… 『冬馬かずさ追加公演』の中止発表」
6	春希	Haruki	「曜子さん…」
7			三度目の入院をようやく終え、 三度目の退院を果たした曜子さんは…
8			病院から事務所へ移動する時間も惜しむように、 一つの決断を下そうとした。
9	曜子	Youko	「一週間前… ちょっと遅すぎたかもしれないけど、 せめてお客さんの損害だけは最小限に食い止めないとね」
10	美代子	Miyoko	「そんな… 待ってください社長！」
11			…工藤さんも俺も、心の底で恐れつつ、 ずっと避け続けていた決断を。
12	曜子	Youko	「これ以上待ったらあなたが一番大変なのよ？ 今だってかなり無理してもらってるのに」
13	美代子	Miyoko	「で、でも！ まだナイツの小木曽さんが頑張ってます！ 彼女、本当に一生懸命に…」
14	曜子	Youko	「…それはわかってるわ。 彼女に託すって決めたのはわたしだもの」
15	美代子	Miyoko	「今だって毎日欠かさず来てくれてます。 おかげでかずささんだって少しずつ練習を再開して…」
16	曜子	Youko	「でも未だに“やる”って言ってない。 追加公演も、ＣＤの収録も」
17	美代子	Miyoko	「それは…」
18	曜子	Youko	「彼女の努力は認めるけれど、 もう、物理的にデッドラインまで来ちゃったのよ。 これ以上、我を通せないわ」
19	美代子	Miyoko	「………」	"........."
20			その決定は多分、過熱気味のマスコミに冷や水を浴びせ、 にわかファンたちを大いに落胆させることになるだろう。
21			凱旋帰国の空気は一変し、冬馬家を取り巻く環境は、 曜子さんが日本を追われた頃のように厳しくなるだろう。
22			ただ、それでも曜子さんがこの決断に至ったのは…
23	曜子	Youko	「大丈夫よ… また、這い上がりましょう？」
24	美代子	Miyoko	「社長…っ」
25			自分の娘の才能を信じているから、だろうか？
26			必ず再起できるって。 この程度のスキャンダルで潰されるような 半端な実力ではないって。
27			それとも…
28	曜子	Youko	「そういうわけで… ごめんなさい、ギター君。 これ以上は、わたしの会社が保たないわ」
29	春希	Haruki	「曜子さん…」
30			諦めてしまったんだろうか…
31	曜子	Youko	「恨んでないし、責めるつもりもない。 …ううん、感謝してる。 最後まで、あのバカ娘に付き合ってくれて」
32			娘の、ピアニストとしての未来が続いていくことに 確信を持てなくなってしまったんだろうか…
33			自分の命の灯と同様に…
34	曜子	Youko	「雪菜さんに連絡取ってくれる？ …後はわたしが話すから」
35	春希	Haruki	「必要ありません」
36	曜子	Youko	「ギター君…」
37			だとしたら俺は、 そんな枯れきった決断をあっさり飲むわけにはいかない。
38	春希	Haruki	「もう少し…あと一日だけ待ってください。 絶対に何とかなりますから」
39			昨日、雪菜から届いたメールの文章の勢いが…
40			今日、メールが届かないことが。 会社にも顔を出していないことが…
41	曜子	Youko	「今から頑張ったって無理よ。 プログラムの曲、一つも練習してないのに、 あとたった一週間で…」
42			そんな激動と混乱を思わせる状況が…
43	春希	Haruki	「一週間、寝ずに頑張ればまだ間に合います。 …あなただって全盛期はそうしたでしょ？」
44			まるで状況のわかっていない俺に、 不安とともに、けれど強い勇気を与えてくれる。
45			雪菜は戦ってるんだって。 まだ、全然諦めていないんだって。
46	曜子	Youko	「そこまで言って、 それでもあの子が弾けなかったらどうするの？ あなたが責任取ってくれるの？」
47	春希	Haruki	「取れません。 俺、あなたの会社の人間じゃないので」
48	曜子	Youko	「ならあなたが何とかしてくれるの？ かずさが弾くように必ず説得できるの？」
49	春希	Haruki	「できません。 それは俺の役目じゃないので」
50	曜子	Youko	「………完全に開き直ったわねこのコ」
51			だったら、雑音は全て俺がせき止める。
52			雪菜が、全神経をかずさに集中できるように。 かずさが、雪菜の干渉から逃げられないように。
53			二人が…最後の最後まで 思い切りぶつかり合えるように。
54			………	.........
55	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
56	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
57	かずさ	Kazusa	「今、何時かな？」
58	雪菜	Setsuna	「ん…そろそろ２時」
59	かずさ	Kazusa	「練習…サボっちゃった」
60	雪菜	Setsuna	「わたしなんか会社サボっちゃった」
61	かずさ	Kazusa	「今からでも…行けよ。 謝ってこいよ」
62	雪菜	Setsuna	「ん～、でも外寒そう。 なんかベッドから出たくないな～」
63	かずさ	Kazusa	「………あたしもだ」
64	雪菜	Setsuna	「そっか、ならさ… 今日は、このままサボっちゃおっか。 ずっとベッドの中で、二人きりで」
65	かずさ	Kazusa	「別に…構わないけどな」
66	曜子	Youko	「責任も取らない、説得もしない… それで、わたしが納得するとでも思ってるの？」
67	春希	Haruki	「ええ、何しろ失敗しません。 だから、リスクも計算しません」
68	曜子	Youko	「あなた…」
69			責任なんか取らない。 後のことなんか考えない。
70			だって、そんなもの必要ない。
71	春希	Haruki	「ただ… かずさが“やる”って決めた後は、 全部俺に任せてください」
72			雪菜は、絶対にかずさを立ち直らせてくれる。
73			かずさは、絶対に立ち直ってくれる。
74			そして俺は… 自分の立てた計画を、絶対に成し遂げる。
75	春希	Haruki	「コンサートもＣＤも、 必ず期日通りになんとかしてみせます」
76			だって、俺たち三人…
77			やる気になれば何でもできるってことは、 五年前に証明済みだ。
78	曜子	Youko	「今日の２４時までに、 あの子をわたしの目の前に連れて来なさい。 そして…美代ちゃんに土下座させなさい」
79	美代子	Miyoko	「社長っ」
80	曜子	Youko	「そこを過ぎたら、各方面に中止の連絡を飛ばす。 いいわね？」
81	春希	Haruki	「………それで十分です」
82			今度こそ… 最後の賽が投げられた。
83			………	.........
84			……	......
85			…	...
86	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
87	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
88	かずさ	Kazusa	「いいのかな、こんなことしてて…」
89	雪菜	Setsuna	「何が？」
90	かずさ	Kazusa	「コンサートまであと一週間切ったのに、 本当に大丈夫なのかな…」
91	雪菜	Setsuna	「ああ、そのこと… 別に、今は何も気にしなくていいよ」
92	かずさ	Kazusa	「今は…って。 お前、今が一体いつだと…」
93	雪菜	Setsuna	「それを心配するのは、 かずさがやるって決めた後だよ」
94	かずさ	Kazusa	「え…」
95	雪菜	Setsuna	「あなたが決断するまでは、 そんな面倒なこと考えないでいいよ。 まだ時間は一週間もあるんだから」
96	かずさ	Kazusa	「一週間もって…そんな訳ないだろ。 色んな準備期間とか考えたら、 もうとっくにタイムリミットなんか過ぎて…」
97	雪菜	Setsuna	「そうなの？ わたし、コンサートとかＣＤ収録とか そういうののスケジュール感がよくわからなくて」
98	かずさ	Kazusa	「お前…それでよくレコード会社の広報やってるな」
99	雪菜	Setsuna	「一年目の新人ですから。 無知も無責任も失敗も全部給料に含まれております」
100	かずさ	Kazusa	「…なら、別に失敗してもいいんだな？ あたしが『や～めたっ』って言っても、いいんだな…？」
101	雪菜	Setsuna	「うん、いいよ」
102	かずさ	Kazusa	「へ…？」
103	雪菜	Setsuna	「実はね、わたしはどっちでもいいの。 それでかずさが幸せになれるなら、どっちでもいい」
104	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
105	雪菜	Setsuna	「どうせ、わたしみたいな新入社員がかぶる責任なんて、 全然大したものじゃないし。 …それはきっと、春希くんだって同じことだし」
106	かずさ	Kazusa	「雪菜…」
107	雪菜	Setsuna	「だから、かずさは自分のことだけ考えてくれればいい。 あなたがピアノをやめて、それで幸せになれるなら、 わたしは全力でかずさの新生活を応援するよ」
108	かずさ	Kazusa	「………わざとだろ。 わかってて言ってんだろ」
109	雪菜	Setsuna	「…なんのことかな？」
110	かずさ	Kazusa	「あたしがピアノをやめて、 それで幸せになれる道なんかないって…」
111	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
112	かずさ	Kazusa	「ずっとピアノしかなかったあたしには… ピアノ以外に何もできないあたしには、 もう生きてく方法なんかないんだって」
113	雪菜	Setsuna	「かずさ…」
114	かずさ	Kazusa	「教えてくれ雪菜… あたしはこれからどうなるんだ？」
115	雪菜	Setsuna	「大丈夫だよ… 心配しなくていいんだってば」
116	かずさ	Kazusa	「あたしの世界が消えた後… やっぱり、あたしも消えてしまうのか？」
117	雪菜	Setsuna	「そんなことないよ。 消えたりしないよ…」
118	かずさ	Kazusa	「じゃあ、残ってしまったらどうなるんだ？ 真っ暗で独りぼっちの世界の中、 ずっと膝を抱えて生きていくのか？」
119	雪菜	Setsuna	「ならないよ… かずさをそんな目に遭わせたりしないって…」
120	かずさ	Kazusa	「怖い、怖いよ…雪菜ぁ。 消えたくない…でも残るのも辛い。 世界が壊れるのも、取り残されるのも嫌だ」
121	雪菜	Setsuna	「かずさ…かずさぁ」
122	かずさ	Kazusa	「なぁ、なぁ…教えてくれよ雪菜。 世界を消さないためにはどうすればいい？ 世界が消えなかったらどうすればいいんだ…？」
123	雪菜	Setsuna	「っ…」
124	かずさ	Kazusa	「う、うぅ…ふぇぇ…ぇぅっ… どうして、どうして…なんであたしだけ… いつもあたしは、こんななんだよぉ…っ」
125	雪菜	Setsuna	「違うよ、かずさ… 違うんだって」
126	かずさ	Kazusa	「何が違うんだよぅ…っ！ 誰も、いなくなってしまったじゃないか！ あたしの愛してた人が、みんな…！」
127	雪菜	Setsuna	「いなくなったなら呼び戻せばいい！ 世界が壊れたなら、もう一度作ればいいんだよ！」
128	かずさ	Kazusa	「っ…？」
129	雪菜	Setsuna	「作り直せば、いいよ。 あなたには、それができる。 …神様から、そういう力を授かってる」
130			………	.........
131			……	......
132			…	...
133	雪菜	Setsuna	「今までだってやってきたじゃない。 あなたの周りの世界は、 あなたが自分の力で作ったものだったじゃない」
134	かずさ	Kazusa	「あたし…が？」
135	雪菜	Setsuna	「あなたのピアノが春希くんに届いたから… その音につられて、春希くんはギターを弾いた。 そして、その音たちにつられて、わたしは歌った」
136	かずさ	Kazusa	「ぁ…」
137	雪菜	Setsuna	「あなたが春希くんを世界に招き入れたから、 彼が、一度離れていったお母さんを連れ帰ってきた」
138	雪菜	Setsuna	「そうやってあなたは、 自分の周りの世界を作ってきたんだよ。 全部、自分の力で成し遂げてきたんだよ」
139	かずさ	Kazusa	「あたしの…力」
140	雪菜	Setsuna	「あなたのピアノには、そういう力がある。 人と人とを繋げる、強い力があるんだよ」
141	雪菜	Setsuna	「人を感動させることのできる、 人に力を与えることのできるそのピアノで、 あなたはこれからも、世界と触れ合っていくんだよ」
142	雪菜	Setsuna	「そうやって、大切な人、たくさん作るんだよ…」
143	かずさ	Kazusa	「雪菜…」
144	雪菜	Setsuna	「お母さんだけじゃなく、春希くんだけじゃない… もっとたくさんの、あなたを好きな人たちを、 あなたの世界の中で、遊ばせてあげようよ？」
145	雪菜	Setsuna	「そしたら、そしたらさ、 いつか、わたしも…」
146	かずさ	Kazusa	「っ…」
147	雪菜	Setsuna	「一度はあなたの世界から 出て行ったしまったわたしだって… もう一度、あなたの世界の輪の中に…」
148	かずさ	Kazusa	「やめろぉっ！」
149	雪菜	Setsuna	「かずさ…？」
150	かずさ	Kazusa	「やめてくれ、無理だ。 あたしに、そんな綺麗な世界なんか作れない！」
151	雪菜	Setsuna	「できるよ… できるよ、かずさなら」
152	かずさ	Kazusa	「できないよ… あたしの狭い心が作る世界に、 春希とあたしと雪菜は、一緒にいられない」
153	雪菜	Setsuna	「かずさ…」
154	かずさ	Kazusa	「だって、あたしは、あたしは… 春希の側にいる限り、あいつを諦めきれないよ！ 雪菜の側にいる限り、お前を妬んじゃうんだよ！」
155	雪菜	Setsuna	「かずさ………っ」
156	かずさ	Kazusa	「………だから、離せよ。 こんな酷いこと言うあたしなんか見捨てろよ」
157	雪菜	Setsuna	「嫌、だよ」
158	かずさ	Kazusa	「お前なんか、あたしの世界に入れてやらない。 たとえ世界にお前とあたししかいなくても…」
159	雪菜	Setsuna	「嫌だぁ…っ、 わたし、かずさと一緒にいるんだ」
160	かずさ	Kazusa	「あたしだってやだよぅ… だって、だって…春希のこと愛してるんだよ！ お前に取られたくないんだよぅ…っ」
161	雪菜	Setsuna	「～っ！」
162	かずさ	Kazusa	「母さんとだって離れたくないよ…嫌だよ。 たった二人しかいらないのに… どうして二人とも取り上げようとするんだよ！」
163	雪菜	Setsuna	「ぃ、ぃぅっ…ぅ、ぅぇぇ…ぇ…っ」
164	かずさ	Kazusa	「なのにお前は…家族もいて、春希もいて… そうやって幸せを独り占めして… なんであたしに一つも分けてくれないんだよ！」
165	雪菜	Setsuna	「ぃっ、く、う、ふぁぁ…ぁ、ぁぁ…」
166	かずさ	Kazusa	「最低だろ…？ あたし、こんなに醜いんだよ！ だから、無理なんだってば！」
167	雪菜	Setsuna	「か、かずさ…ぁ。 ぅ、ぅぁぁ…かずさ、かずさ…っ」
168	かずさ	Kazusa	「離せ、離せよ、雪菜… あたしを…あたしを………っ」
169	かずさ	Kazusa	「あたしを仲間外れにしないでくれよぉぉっ！」
170			………	.........
171			……	......
172			…	...
173	春希	Haruki	「っ！」
174	雪菜	Setsuna	「ごめんね、こんな夜遅く。 …寝てた？」
175	春希	Haruki	「いや…」
176			眠れる訳がない。
177			何しろ今の時刻は１１時４６分… つまり、タイムリミット１４分前。
178	雪菜	Setsuna	「着信、あったみたいだけど、ごめんね。 今日、ずっと携帯切ってたから」
179	春希	Haruki	「いや、俺こそ… こっちから連絡しないって約束、破ってごめん」
180			雪菜を信じてた。
181			必ず、かずさを立ち直らせてくれるって。 必ず、俺のもとへ連れてきてくれるって。
182			けれどそれが、 今日の２４時までって言う保証はなかった…
183			だからさっきまでの俺は、 かなりみっともなく足掻いてた。
184	雪菜	Setsuna	「それで、どんな…って、 多分、聞かなくてもわかることだよね？」
185	春希	Haruki	「ああ、だけど… もう、答えてくれなくてもよくなった…」
186	雪菜	Setsuna	「うん…そうだね」
187			けれど今は…
188			雪菜の声、態度、 そして、俺に電話をくれたと言う事実。
189			それだけで、わかったから。 …とうとう、やり遂げたんだって。
190	春希	Haruki	「今、どこにいる？ 迎えに行ってもいいかな？」
191			２４時までに事務所まで引っ張って行くという約束は、 さすがにもう果たせそうにないけれど、 きっとそこは誤差の範囲って認めてくれるだろう。
192	雪菜	Setsuna	「あ…それよりもお願いがあるの。 今すぐ、して欲しいことがあるの」
193	春希	Haruki	「ん、わかった。 何でもするから言って」
194			だって、電話の向こうには、いるんだから。
195	雪菜	Setsuna	「いつまでも泣きやまない子がいるの… だから、子守唄の伴奏お願いできないかな？」
196			きっともう、立ち直ったはずのあいつが…
197			………	.........
198	雪菜	Setsuna	「やってくれるって。 今、チューニングしてる」
199	かずさ	Kazusa	「う、うん…」
200	雪菜	Setsuna	「ただ、かなり久しぶりだから、 絶対ボロボロになっちゃうって。 それは見逃してくれって」
201	かずさ	Kazusa	「そんなの…どうだって」
202	雪菜	Setsuna	「すっごく緊張してたよ。 一番音楽にうるさい人に聴かせるからって」
203	かずさ	Kazusa	「なんだよ、それ…」
204	雪菜	Setsuna	「師匠に… 一番聴いて欲しい人に聴かせるからって」
205	かずさ	Kazusa	「っ…ふざけるな。 あたしが頼んだときは、弾いてくれなかったくせに」
206	雪菜	Setsuna	「ほらぁ、だから拗ねないの。 ちゃんと歌ってあげるって言ったでしょ？」
207	かずさ	Kazusa	「お、お前… そういえば、さっきあいつになんてこと！ 子守唄とか、泣きやまない子供とか！」
208	雪菜	Setsuna	「文句があるなら早く泣きやみまちょうね？ ほうらかずさちゃん笑って～」
209	かずさ	Kazusa	「せ、雪菜！」
210	雪菜	Setsuna	「笑おうよ、かずさ… これでもう、わたしたちはずっと三人だよ」
211	かずさ	Kazusa	「っ…せつ、な」
212	雪菜	Setsuna	「あの、五年前の約束を、 今度こそ、果たすんだよ」
213	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
214	雪菜	Setsuna	「…向こうも準備できたみたい。 始めていいかな？」
215	かずさ	Kazusa	「…歌ってよ、雪菜。 また、昨日みたいに」
216	雪菜	Setsuna	「わかった…」
217	かずさ	Kazusa	「春希の作った言葉を、 あたしの作った曲に乗せて、 お前の声で、聴かせてくれ…」
218	雪菜	Setsuna	「それじゃ行きます。『届かない恋』… 昨日のテイク１に代わって、 ギター付きのテイク２で」
219	かずさ	Kazusa	「うん…」
220	雪菜	Setsuna	「明日は… ピアノも付いたテイク３完全版、だね」
221	かずさ	Kazusa	「っ…」
222			電話をスピーカーモードにして、 受話器の前に陣取り、一つ大きく深呼吸。
223			それからゆっくりと弦に指をかけて、 久しぶりの旋律を奏で始める。
224			こんな弾き方をするのは二年前…
225			今も受話器の向こうにいる彼女に、 俺の想いを届けるため…
226			そんな、好きな女の子を口説きたいからという、 痛い動機に突き動かされたから、だった…
227	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
228			あの時俺は、決めたんだっけ。
229			もう、どんな小さなステージにも上がらないって。 もう俺のギターは、雪菜にしか聴かせないって。
230			人に聴かせられるレベルじゃないから。 これ以上、上手くなれないから。 雪菜のためだけに、弾きたいから。
231	春希	Haruki	「………」	"........."
232			そして…
233			俺にこの楽器を教えてくれた人と、 決別しなくちゃならないから。
234	雪菜	Setsuna	「…ちょっと、痛いでしょ？ 外からだと、恥ずかしくて見てられないかもね」
235	かずさ	Kazusa	「雪菜…」
236	雪菜	Setsuna	「でもね… わたしはこうして春希くんに救ってもらった」
237	かずさ	Kazusa	「っ…」
238	雪菜	Setsuna	「彼に凍らされた心を、彼が無理やり溶かしてくれた。 …なんか、自作自演みたいな言い方だけど、 それが実際、二年前にあったこと」
239	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
240	雪菜	Setsuna	「だから、今度はわたしが、 春希くんの大切なひとを… わたしの大切なひとを、助けてあげたい」
241	かずさ	Kazusa	「ぁ、ぁ…」
242	雪菜	Setsuna	「本当なら、わたしがいないことが、 あなたにとって一番の救いなのかもしれない」
243	かずさ	Kazusa	「そんな…違…あたし…」
244	雪菜	Setsuna	「けれど、それだけはできない… わたしを、仲間外れにしないでね、かずさ」
245	かずさ	Kazusa	「っ…雪菜、あ、あ… ぃぃぁぁぁ…っ」
246			もう、雪菜のためにしか弾かないって決めた、 だから、かずさとの間に確執を残した俺のギター。
247			けれど、俺のそんな卑屈なこだわりも、 雪菜は、かずさのためならあっさりと切り捨てる。
248			三人でいたいって… 俺もかずさも、二人とも大好きだって…
249			そんな、五年前からずっと変わらない雪菜の言葉は…
250			五年前からずっと変わらない雪菜の心そのものだって、 行動で、示す。
251	かずさ	Kazusa	「雪菜、春希…」
252	かずさ	Kazusa	「ごめん…二人を苦しめて。 みんなを苦しめて、ごめん」
253	かずさ	Kazusa	「………ごめんなさいっ」
254	かずさ	Kazusa	「やるよ…あたし、やる」
255	かずさ	Kazusa	「コンサートも、アルバムも…」
256	かずさ	Kazusa	「雪菜のために、 母さんのために、 春希のために…」
257	かずさ	Kazusa	「あたしの好きな人のために。 …あたしを好きでいてくれる人のために」
258	かずさ	Kazusa	「あたしの作る、 新しい世界に来てくれる人たちのために…」
259	かずさ	Kazusa	「歓迎の曲…一生懸命弾いてみせるから。 どうか、どうか…聴いてくださいっ！」

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