White Album 2/Script/3903

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	Speaker		Text		Comment
Line #	JP	EN	JP	EN
1	曜子	Youko	「本当にいいの？」
2	かずさ	Kazusa	「ああ、軽く弾く分にはもう痛くない」
3	曜子	Youko	「それって、完治はしてないってことじゃ…」
4	かずさ	Kazusa	「大丈夫だよ、別に焦ってない。 今週はリハビリ程度にして、 ペース上げるのは来週からだ」
5	曜子	Youko	「そう…それならいいけど」
6	かずさ	Kazusa	「二度も無様な姿を晒すわけにはいかないからな。 安全に、確実に本番に備えるよ」
7	曜子	Youko	「この前のコンサートも 準備自体は完璧だったけどね」
8	かずさ	Kazusa	「…大丈夫だよ。 今度は失敗しない。絶対にだ」
9	曜子	Youko	「そう…」
10	かずさ	Kazusa	「この前とは、違うよ…」
11	曜子	Youko	「………」	"........."
12	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
13	曜子	Youko	「本当に、いいの？」
14	かずさ	Kazusa	「何度同じこと聞くんだ。 いつの間にそんな心配性になった？」
15	曜子	Youko	「コンサートのことじゃなくて、 そのモチベーションのこと」
16	かずさ	Kazusa	「どういう意味？」
17	曜子	Youko	「結局、白黒つけずに灰色を選んだみたいだから。 しかも期間限定の」
18	かずさ	Kazusa	「っ………どこから聞いた？」
19	曜子	Youko	「だ～れも話しやしないわよ。 だからこうして、当事者たちの反応から 推測してるわけ」
20	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
21	曜子	Youko	「あなたもギター君も嘘つくの下手すぎ。 わたしには通じないわよ？」
22	かずさ	Kazusa	「………………」
23	曜子	Youko	「ま、娘の色恋沙汰に深く介入する気はないけど」
24	かずさ	Kazusa	「してるよあんた。 すっごい楽しんでるだろ」
25	曜子	Youko	「じゃあ介入ついでにもう一言。 …玉砕も突破もしないなんて、 そんなふうに、人生逃げちゃっていいの？」
26	かずさ	Kazusa	「あんただって逃げただろ。 …あたしを、産んだとき」
27	曜子	Youko	「べっつに～。 子供一人くらい産んで育てるのは、 楽勝だって思ってたからね」
28	かずさ	Kazusa	「その割には育て方間違えてたけどな」
29	曜子	Youko	「相手の人生を壊さないって配慮は評価するけどね。 …それで自分が壊れずに済むなら」
30	かずさ	Kazusa	「うるさいなぁ…」
31	曜子	Youko	「きちんと決着つけずに、 たった一度情けをかけてもらっただけで、 残りの人生、歩いていけるの？」
32	かずさ	Kazusa	「なんでそんな先のことまで考えなくちゃならないんだ」
33	曜子	Youko	「あなたがわたしと違うからよ。 新しい恋も、新しい男も見つけられるか怪しいからよ」
34	かずさ	Kazusa	「…男なんかいなくても、家庭なんか持たなくても、 ちゃんとあんたの老後の面倒くらい見るよ。安心しろ」
35	曜子	Youko	「わたしが心配してるのは、自分の老後じゃなくて あなたの老後なんだけどねぇ…」
36	かずさ	Kazusa	「それも大丈夫だろ。 どうせあんたはあたしが死んでもまだ生きてるって」
37	曜子	Youko	「…人のことどんなヴァンパイヤだと思ってるのよ」
38	かずさ	Kazusa	「体に気をつけて、長生きしてくれよ。 あたしの、ためにもさ」
39	曜子	Youko	「かずさ…」
40	かずさ	Kazusa	「頼むよ、母さん…」
41	曜子	Youko	「………善処、するわよ。 死に物狂いで生きるつもり」
42	かずさ	Kazusa	「ああ、そうしてくれ… 夜中に飲み歩いて、若い男の血を吸って、 ついでに銀で全身ピカピカに飾って」
43	曜子	Youko	「あなたは親に対する尊敬の念が 全然足りてないと思うのよね」
44			………	.........
45	武也	Takeya	「え～それでは…とうとうやらかした北原春希君と、 愚かにも一生モノの貧乏くじを引いてしまった 小木曽雪菜さんの今後の幸せを祈念して～」
46	春希	Haruki	「おい待て」
47	武也	Takeya	「まさかの婚約おめでと～！ かんぱ～い！」
48	全員	Member	「かんぱ～い！」
49			武也の、いつも以上に能天気な音頭とともに、 皆のグラスが一斉に傾けられた。
50			週末ならぬ、週の真ん中水曜の夜…
51			ちょうど職場を退出しようとしたときに掛かってきた 武也からの電話は、なにやら深刻な口調だった。
52			『どうしても今日中に相談したいことがある』 という、その切羽詰った内容にも押され、 俺は、指定されたいつもの居酒屋へと向かった。
53			…もちろんその前に、 留守電に『１』を絡めたメッセージを残して。
54	依緒	Io	「春希、春希…っ、 良かった、良かったなぁお前！ まさかこんな日が本当に来るなんてなぁ…っ」
55	春希	Haruki	「お前いきなり酒に弱くなったなぁ」
56	朋	Tomo	「全然酒のせいじゃないですよ。 だって水沢さん、乾杯前から目真っ赤だったもん」
57	依緒	Io	「と、朋！ 言うな、言うなって！ …あ～、でも、今日は何言われてもいいかぁ、あはは」
58	春希	Haruki	「依緒…」
59			武也が一人でつまらなさそうに飲んでるはずの カウンターには、知った顔が見当たらなくて。
60			どこかで聞いた男っぽい女声に振り向くと、 テーブル席の方に陣取ってた、腐れ縁の仲間たち。
61			どうやら、サプライズパーティを気取ってたらしかった。
62	雪菜	Setsuna	「は、春希くん… ごめんね、その…」
63			いつも通り、俺の隣に寄り添いながらも、 今日の雪菜は随分と神妙な表情と声だった。
64	雪菜	Setsuna	「さっき突然、依緒に呼び出されたの。 『急ぎで相談したいことがある』って言うから、 てっきり二人きりだと思ったのに…」
65	春希	Haruki	「…あ～」
66			つまり、まったく同じ手に引っかかったのか、俺たち…
67	雪菜	Setsuna	「孝宏が、武也くんに変なこと話したみたいで。 それでこんなことになっちゃって…」
68	春希	Haruki	「別に雪菜のせいじゃ… というか、誰も悪いことなんかしてないだろ」
69	雪菜	Setsuna	「それは…そうだけど」
70	春希	Haruki	「みんな、俺たちを祝おうって集まってくれたんだ。 誰が謝る必要があるんだよ」
71	雪菜	Setsuna	「春希くん…」
72			発端は、先週の小木曽家の出来事。
73			例の指輪の件が、孝宏君から武也に伝わり、 そこからは光速よりも速く周囲に伝播し。
74			そして事実は真実に、 約束は契約へと、 予想を越えて成長していった。
75	武也	Takeya	「なに二人でこそこそと話してんだよ？ ここで新郎から一言でもあるのか？」
76	春希	Haruki	「平日からはっちゃけるな。 呼び出すにしてもなんで週末にしないんだよ。 こっちにも都合ってもんがあるだろ」
77	朋	Tomo	「だぁ～って、 週末はなかなか会ってくれないんだもん二人とも」
78	依緒	Io	「そうそう、金曜の夜から土曜の夜くらいまで、 どっちとも連絡つかなくなるんだよね。 …なんでだろうねぇ」
79	雪菜	Setsuna	「そ…れは」
80	春希	Haruki	「っ、来週末はどうせみんな集まるだろ！ 雪菜の誕生日なんだから」
81	武也	Takeya	「その日こそ、今年は『身内』だけにしとけよ。 …特別な一年になるんだからさ」
82	春希	Haruki	「だから先走るなっての！ まだ決めた訳じゃないんだから」
83	雪菜	Setsuna	「そ、そうだよ。そうなんだよ… わたしたち、まだ、そんな…」
84	春希	Haruki	「この話になると雪菜の親父さん、 もの凄く機嫌悪くなっちゃってさ。 全然聞いてくれそうな気配がないんだよ」
85	雪菜	Setsuna	「え…？」
86	春希	Haruki	「だから説得するの、もう少しかかりそう。 …な、雪菜？」
87	雪菜	Setsuna	「春希、くん…っ」
88			俺の、そんな苦笑混じりの問いかけに、 雪菜の瞳が大きく見開かれた。
89			あの時以来、ずっと曖昧な態度を取り続けてた俺の、 ここに来ていきなりの、決定的な[R言葉^ぐち]だったから。
90	朋	Tomo	「ねぇねぇ、なんて言って申し込んだの？ 今ここで再現してみてよ」
91	依緒	Io	「その指輪いくらした？ 給料何か月分でお答えください」
92	武也	Takeya	「まさかとは思うが、 急がなくちゃならない理由とかないよな？」
93	春希	Haruki	「上から順に、パス１。パス２。 武也、お前ちょっと表出ろ！」
94	朋	Tomo	「北原さん棄権でせっちゃんに回答権移りました。 では答えをどうぞ！」
95	雪菜	Setsuna	「え？　え？」
96	朋	Tomo	「プロポーズの言葉！」
97	依緒	Io	「給料何か月分？」
98	武也	Takeya	「今何か月！？」
99	雪菜	Setsuna	「ちょ、ちょっと、ちょっと………っ、 え、ええと、えと…せっちゃんはやめてよ～！」
100			恥ずかしがって俺の後ろに隠れるふりをしつつ…
101			雪菜は、俺の背中に顔を押しつけて、 さり気なく涙をぬぐった。
102			けれど皆、自分たちの目の前で そんな重要なやり取りがあったなんて全然気づかず、 雪菜をからかって盛り上がってた。
103			これでいいんだろ、かずさ…？
104			何も考えずに。悩まずに。
105			今は、雪菜に対して真実だけを語ればいいんだろ？ …お前には、後で嘘をつけばいいんだろ？
106			曇り一つなく喜んでいるって。 露ほども悩んでなんかいないって。
107			誰も、裏切ってなんかいないって…
108			そんな、いい嘘をつけばいいんだろ？ みんなが幸せになれる嘘を。
109			そうすれば誰も傷つかないんだよな？ …世界でたった一人しか。
110			………	.........
111	雪菜	Setsuna	「ん…んぅ…」
112	武也	Takeya	「雪菜ちゃん、雪菜ちゃん… あ～あ、もう完全に落ちちゃったな」
113	春希	Haruki	「いいよ、このままにしといてやって」
114			いつも通り、俺の隣に寄り添いながら…
115			というより今の雪菜は、とうとう俺の肩に寄りかかって、 うとうとし始めてしまった。
116	依緒	Io	「よっぽど嬉しかったんだろうね。 …あんなにはしゃぐ雪菜、久しぶりだった」
117	春希	Haruki	「………仕事で疲れてたんだよ。 最近、頑張ってるみたいでさ」
118	依緒	Io	「そういえば先月、 初めて泊まりの出張行ってきたんだってね。 帰ってきてからずっとテンション高かった気がする」
119			その、肩越しに見える安らかな寝顔は、 誰もが思わず微笑ませてしまうような可愛さで。
120			ついつい、宴席だというのに いつしか声を潜めてしまう俺たちがいた。
121	朋	Tomo	「でもそれってさぁ、 舞い上がってたの、本当に仕事のせいなのかな？」
122	依緒	Io	「ん～…今になってみると、 色々と怪しいところあるよねぇ」
123	朋	Tomo	「つい最近、雪菜のテンションを左右する 劇的なきっかけがあったことは、 今日この場で証明された訳なんですけど」
124	依緒	Io	「でも、明らかに出張の前後で態度が違ったんだよ。 だからてっきり仕事で上手く行ったのかと…」
125	朋	Tomo	「つまり、その“劇的なきっかけ”は、 雪菜が出張してる最中に起きたのは間違いないと…」
126	依緒	Io	「でも、大阪だよ？ 雪菜がいたの、東京じゃないんだよ？」
127	朋	Tomo	「大阪、ですよねぇ。 片道三時間くらいですよね？」
128	依緒	Io	「………」	"........."
129	朋	Tomo	「………」	"........."
130	春希	Haruki	「…こっち見るな」
131			女性陣の勘の鋭さは今に始まったことではないけど、 それにしても寒気がする程度には恐ろしい。
132	朋	Tomo	「これは…もう少し踏み込んで 聞いてみる必要があると思いませんか？」
133	依緒	Io	「そうだね… 静かなところに場所変えて、 ゆっくりと聞き出すってのはどうだろう？」
134	春希	Haruki	「いや、けど雪菜がこんなんだし、 今日はそろそろお開きに…」
135	朋	Tomo	「しかもあからさまに逃げようとしてますが」
136	依緒	Io	「そういう態度がますます疑惑を掻き立てるって わかってんのかねぇ…」
137	春希	Haruki	「お、お前ら…」
138	武也	Takeya	「諦めろ。今のはお前のミスだ。 どうせなら開き直って何もかもぶちまけるべきだったな」
139	春希	Haruki	「武也まで…」
140			どうやら今日の宴は、 そう簡単には解放してくれそうにない類のものらしかった。
141	武也	Takeya	「じゃ、どこ行こうか。 とりあえず朝まで飲めるところがいいよな？」
142			このままじゃ、 今日あいつに送るメッセージに含まれる数字は、 『[R遅くなる^１]』じゃなくて『[R帰らない^２]』になってしまうかも。
143	朋	Tomo	「ん～、でもわたし、今月ピンチなんですよねぇ。 だからなるべく低予算で済ませたいんですけど…」
144	春希	Haruki	「そうか、なら君は雪菜と一緒に帰…」
145	朋	Tomo	「だから、お酒買って北原さんの部屋に行きません？」
146	春希	Haruki	「………え？」
147	朋	Tomo	「あそこ大学に近いし、 朝まで飲んでそのまま出かければちょうどいいし」
148	春希	Haruki	「え…ええ！？」
149	武也	Takeya	「お～、その手があったか」
150	依緒	Io	「いいね～、久しぶりに夜通し騒ごうか。 大学の時以来だもんね～」
151	春希	Haruki	「い、い、いや………ちょっと待て」
152			それは、ごく自然な流れで、 そこには何の作為もなく、 純粋に図々しい連中が辿り着いた結論だったけど。
153			けれどその自然な流れは、 今の、不自然な俺にとっては致命的だった。
154	武也	Takeya	「じゃあ早速移動するか。 もうめんどいからタクシーで行っちゃおう」
155	依緒	Io	「この、時間に金払うところが社会人だよねぇ」
156	朋	Tomo	「できればわたしのワリカン分は 学割か免除でお願いしたいんですけど…」
157	春希	Haruki	「でも、でもさ…今、部屋メチャクチャ散らかってるし」
158			もう、ほとんど日付が変わりかけてるこの時間に、 いきなり『[R部屋を空けてくれ^４]』なんて言えない。
159	朋	Tomo	「あ、片づけなら任せてください。 タクシー代やお酒代の代わりにこのわたしが…」
160	依緒	Io	「嘘に決まってるよそんなの。 春希の部屋が散らかってる訳なんかないだろ」
161	武也	Takeya	「寝てる暇があったら 整理整頓してるような奴だからなぁ」
162	春希	Haruki	「………」	"........."
163			それに、たとえ連絡が取れたとしても、 もし、外に出た瞬間に鉢合わせしてしまったら…
164	朋	Tomo	「さ、行きましょうよ北原さん。 …それとも、他に何か困ることでも？」
165	春希	Haruki	「っ…」
166			その時、同級生だった武也や依緒に、 かずさの変装が通用するはずが…
167	雪菜	Setsuna	「…やめようよ、みんな。 ちょっと、はしゃぎ過ぎだよ」
168	春希	Haruki	「え…？」
169			そんな、俺の不注意が招いた絶体絶命の状況を、 冷静な一言がせき止める。
170	雪菜	Setsuna	「週末じゃないんだよ？ 春希くん、明日もお仕事あるんだよ？ みんなだってそうでしょ？」
171	依緒	Io	「雪菜…」
172			さっきまでうたた寝をしていた雪菜は、 相変わらず眠そうではあったけど…
173	雪菜	Setsuna	「大学時代とは違うんだからさ… 今日はもう、お開きだよ」
174			その口から出てくる主張は紛れもない正論で、 だから、誰もが口をつぐんでしまった。
175	雪菜	Setsuna	「みんな…今日は本当にありがとう。 また今度、ね」
176			俺を…救ってしまった。
177			………	.........
178	雪菜	Setsuna	「ふぅ…」
179	朋	Tomo	「…どうして止めちゃったの？」
180	雪菜	Setsuna	「…何を？」
181	朋	Tomo	「せっかく確かめるチャンスだったのに。 …北原さんの隣の部屋に、誰がいるのか」
182	雪菜	Setsuna	「………先週、もう確かめたよ。 誰も、いなかった」
183	朋	Tomo	「そんなの示し合わせてたに決まってんじゃん。 週末に雪菜が来ることはわかりきってるんだもん」
184	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
185	朋	Tomo	「それに、この件に関してはさ、 雪菜の判断は全然アテにならないの」
186	雪菜	Setsuna	「どうして、かな？」
187	朋	Tomo	「だって雪菜、絶対に手加減してる。 彼が言ったこと、どれだけ怪しくても信じようとする。 …本当のこと知りたくなくて、耳を塞ぐ」
188	雪菜	Setsuna	「そんなこと…ないよ」
189	朋	Tomo	「もしかしたら、隣から冬馬かずさが出てきても、 『わ～久しぶりだね』で済ませてしまうかも」
190	雪菜	Setsuna	「…それの何が悪いのよ。 かずさに会えたら、嬉しいに決まってるじゃない」
191	朋	Tomo	「良いわけないでしょ… あなたたち、もう婚約してるんだよ？ それって、人としてやっちゃいけないことでしょ？」
192	雪菜	Setsuna	「朋は…なんでそんな嫌なことばかり言うのかなぁ。 わたしたち三人のこと、なにも知らないくせに…」
193	朋	Tomo	「わたしだって、冬馬かずさのこと嫌いじゃないよ。 もちろん北原先輩だって… 三人の、一番のファンだって自負してる」
194	雪菜	Setsuna	「朋…」
195	朋	Tomo	「ただ、三人の中で誰が一番かって聞かれたら、 …ボーカルのコって答えるだけ」
196	雪菜	Setsuna	「………ありがと」
197	朋	Tomo	「わたしさぁ、 雪菜と北原先輩のこと、反対してる訳じゃない。 ただ…雪菜に幸せになって欲しいだけだよ」
198	雪菜	Setsuna	「ごめんね、朋… でも、春希くんなら大丈夫だよ、きっと」
199	朋	Tomo	「…雪菜が彼のことで『絶対』って言わないのって、 かなり久しぶりなんだけどね」
200	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
201	かずさ	Kazusa	「おかえり」
202	春希	Haruki	「…ただいま」
203			俺が、自分の部屋を素通りしてかずさの部屋を訪れたとき、 時計は既に、午前三時を回っていた。
204	かずさ	Kazusa	「ただいま…か」
205	春希	Haruki	「お前が、おかえりって言ったから」
206	かずさ	Kazusa	「うん、おかえり…おかえり、春希」
207	春希	Haruki	「っ…」
208			そんなに遅い時間に、 しかもいつもの暗号連絡しかよこさない俺を…
209			酒臭い息を吐き散らす俺を…
210			かずさは、ぎゅっと抱きしめて出迎えた。
211			それから…
212	かずさ	Kazusa	「ん………はぁ」
213			服を脱ぐのも億劫に、 意識を失いかけながらベッドに倒れた俺を、 かずさは、全身で抱きとめた。
214	かずさ	Kazusa	「すぅ…はぁぁ…」
215			俺の頭を柔らかな胸に抱え込み、 ゆっくりと丁寧に髪を梳き、頬や唇に指を這わせ…
216	春希	Haruki	「何、やってんだ？」
217	かずさ	Kazusa	「ん…すぅ。 春希の匂い…覚え込ませてる。 あたしの記憶に」
218			深く深呼吸しながら、 興奮したような荒い息を吐く。
219	春希	Haruki	「意味…わからん」
220	かずさ	Kazusa	「いいよ、お前は気にしなくても。 あたしのことは気にせずに寝たらいいよ」
221	春希	Haruki	「…ごめん、遅くなって」
222			そんなかずさのひたむきに俺を求める行為に、 いつも以上の痛みを覚える。
223	春希	Haruki	「酔って帰ってきて。 お前の相手、できなくて…」
224			かずさは、ずっと俺の帰りを待っていた。
225			あと数日しかない俺たちの時間を 一秒たりとも無駄にしたくなくて、 固唾を飲んで俺のことを待ち続けていた。
226	かずさ	Kazusa	「いつも通りの毎日を送れって言ったのはあたしだ。 お前は正しいことをしてるんだよ」
227			なのに、言葉はいつも通りの強がり全開で。
228			けれど生まれつきの表現者だから、 全身から滲み出る寂しさをダイレクトに伝えてしまう。
229	春希	Haruki	「武也と飲んでたんだ。 あいつ、なかなか離してくれなくて、 三軒もハシゴしやがって」
230	かずさ	Kazusa	「部長かぁ…懐かしいな」
231	春希	Haruki	「…あいつをそう呼ぶ奴は、お前だけだったな」
232			俺の部屋での二次会を雪菜が阻止してくれた後も、 武也の祝福と乾杯は続いた。
233			…いや、祝福というよりは、自らの決意表明というか、 会話のほとんどは、あいつの幼なじみのことに 終始してたけど。
234			俺と雪菜の出した“結果”は、 俺たち以上の腐れ縁を持て余すあいつに、 大きな勇気を与えたらしかった。
235			あいつはロックを何杯も煽りながら、 『今度こそは本気出す！』と、 もの凄く駄目っぽいシュプレヒコールを上げ続け…
236			社会人になって板についてしまった、 おっさんくさい酔い方とともに倒れてしまい、 俺とかずさの逢瀬の時間を一時間余計に奪い取った。
237	かずさ	Kazusa	「そっか…まだ引きずってるのか。 部長も、水沢も」
238	春希	Haruki	「うん…」
239			部長“も”か…
240	かずさ	Kazusa	「うまく行くといいな…」
241	春希	Haruki	「…そうだな」
242			長い時間、強い想いを持ち続けることに、 かずさはシンパシーを感じているみたいだった。
243	かずさ	Kazusa	「…なんて、こんなあたしが言うこと自体が 大間違い、だな」
244	春希	Haruki	「………」	"........."
245			けどそれは、 突き詰めれば雪菜の想いにも共感してしまうという、 あまりにも矛盾した感情で…
246	春希	Haruki	「…あいつはさ、それまでの過程が悪いんだ。 最初から結論出てるのに遠回りしすぎなんだよ」
247			だから、俺はかずさの言葉を軽く流し、 移り気で一本気という、矛盾した友達の話を続けようと…
248	かずさ	Kazusa	「それは…耳が痛いな」
249	春希	Haruki	「………」	"........."
250			…するんだけれど、 結局、そうやって選ぶ言葉の一つ一つが、 いちいち跳ね返ってきて俺たちに突き刺さる。
251			本当、ままならないな、俺たち…
252	春希	Haruki	「そ、そういえばさ… 付属時代、かずさも一度声かけられたんだよな？ あいつ、あの頃は次から次へと…」
253	かずさ	Kazusa	「そうだっけ？ 全然覚えてないけどな」
254	春希	Haruki	「…一応、俺の親友なんだけど」
255	かずさ	Kazusa	「けどさ、あたし、 付属の頃のことは最後の半年しか覚えてないし」
256	春希	Haruki	「そうなのか？」
257	かずさ	Kazusa	「…嫌なことはなるべく忘れようって、 本能的に記憶から消されてるのかもな」
258	春希	Haruki	「………一応、俺の親友なんだけど」
259			『嫌なこと』か…
260			それは本当は、最後の半年にこそ、 たくさん刻み込まれた記憶のはずなのに。
261			………	.........
262			それからも俺たちは、 かずさにとっては印象の薄い『俺の親友』話で、 ゆっくりと流れる穏やかな時間を過ごす。
263			…かずさの望みどおり、 沈黙という嘘を貫き通したまま。
264			俺が武也に呼び出されたのは、 あいつの悩みを聞くためで、 そこに『婚約祝い』なんてイベントは存在しなかった。
265			俺と武也は最初から最後まで男二人で飲んでいて、 その場に女性陣は…雪菜は、いなかった。
266			かずさが俺の嘘をどのくらい見破ってるのか、 今の俺にはわからない。
267			ただ、真実で傷つけないように。 嘘で満たされると信じて。
268			………	.........
269			……	......
270			…	...
271	かずさ	Kazusa	「春希…」
272	春希	Haruki	「………」	"........."
273	かずさ	Kazusa	「春希、春希ってば…」
274	春希	Haruki	「ん…」
275	かずさ	Kazusa	「起き…ろよ」
276	春希	Haruki	「………すぅ」
277	かずさ	Kazusa	「起きろって…起きてくれよ…っ」
278	春希	Haruki	「ん…んぅ…」
279	かずさ	Kazusa	「あたしを…」
280	春希	Haruki	「………」	"........."
281	かずさ	Kazusa	「一人に…しないでくれよぉ…っ」
282	春希	Haruki	「ん…んぅ？」
283	かずさ	Kazusa	「っ…ぁ」
284	春希	Haruki	「かず…さ？」
285	かずさ	Kazusa	「ぁ、ぁぁ…ぁ」
286	春希	Haruki	「あ…ごめん。 ちょっと、寝ちゃってたか？」
287			目を閉じても見開いても真っ暗な中、 ただ、四時過ぎの時計の針が目に届いた。
288			…記憶の残ってる時間と比べて、 ３０分以上の開きがあるみたいだった。
289	かずさ	Kazusa	「う、ううん…違う」
290	春希	Haruki	「違うって…？」
291	かずさ	Kazusa	「謝る…ことじゃない。 本当は、全然謝ることなんかじゃ…っ」
292	春希	Haruki	「…かずさ」
293			ふと、頬に伝う生温かいしずくに触れてみる。
294			その水滴は、自分の目に伝っていかなかった。 …天から落ちてきたものらしかった。
295	かずさ	Kazusa	「あたしが悪いんだ… どうして起こしちゃったんだよ。 春希、明日も仕事あるのに」
296			３０分前、静かで穏やかだったかずさの声は、 静かな、けれど感情が爆発したものに変わってた。
297	かずさ	Kazusa	「でもさ、あたしも眠ろうとしたんだけど、できなくて… なんだかさ、くだらないこと色々考えちゃって…」
298	春希	Haruki	「うん…」
299			新たなしずくが顔に落ちる。
300			俺は、自分の両手を虚空に掲げ、 かずさの目の前にわかりやすく差し伸べる。
301	かずさ	Kazusa	「ごめん、な」
302	春希	Haruki	「全然」
303	かずさ	Kazusa	「春希…っ」
304			そして、おそるおそる触れてくるかずさの手を、 指もしっかり絡めて、ぎゅっと握り締める。
305			酔いも眠気も残ってたけど、 今やるべきことだけはわかってた。
306	春希	Haruki	「大丈夫…大丈夫だ。 俺、もう目が覚めたから」
307	かずさ	Kazusa	「ほんと…？」
308			握りあったかずさの手の甲を、 親指でゆっくりとさするように愛撫する。
309	春希	Haruki	「ああ、完全にな。 だからお前は、眠くなったら寝ていいし、 眠れないならずっと起きてていいから」
310	かずさ	Kazusa	「…ぅん」
311			それは、やり方も意味も全然違ってたけど、 俺としては『痛いの痛いのとんでけ～』のつもりだった。
312			だって今のかずさは、夜中に怖い夢で目覚め、 泣きながら親の胸で眠る子供そのものだったから。
313			…実際に抱かれてるのは俺の方だったけど。
314	春希	Haruki	「ほら、深呼吸」
315	かずさ	Kazusa	「すぅぅぅぅ～、 はぁぁぁぁ～」
316	春希	Haruki	「よし、いい子だ」
317			そのスキンシップが功を奏したのかはわからないけれど…
318			それでも、かずさの嗚咽は少しずつおさまっていき、 俺の手を握る力も、徐々に優しくなっていった。
319	かずさ	Kazusa	「…駄目だな、あたしって。 本当に、駄目だ」
320	春希	Haruki	「そんなこと言うなよ。 誰でもこんなことあるって」
321	かずさ	Kazusa	「でもさ… 雪菜なら、こんなワガママ、言わないよな？」
322	春希	Haruki	「………」	"........."
323	かずさ	Kazusa	「雪菜なら、ちゃんと我慢できる。 雪菜なら、まず春希のことを優先させる」
324			そして、優しさと共に顔を出すのは、 その優しさゆえの弱さ。
325	かずさ	Kazusa	「なのにあたしは… お前が好きって自分の気持ちばっかりでさ」
326			せっかく心を落ち着けたのに、 そうやって心を落ち着けたせいで、 自分の嫌な部分を冷静に振り返れてしまう。
327	かずさ	Kazusa	「ワガママ抑えることできなくて、 いつもお前を苦しめることになる。 …だから、こんなことになった」
328			自分の犯した罪を、 自分が裏切った世界を、省みれてしまう。
329	かずさ	Kazusa	「あたしは嫌な女だ、人間の屑だ。 雪菜には…あんないい女には、なれないんだ…」
330			同じ罪を背負った者同士、 すごくよくわかる心の流れで…
331	かずさ	Kazusa	「ごめんな春希… あたし、お前の望む女になれなくて…」
332	春希	Haruki	「お前は、雪菜でなくていいよ…」
333	かずさ	Kazusa	「ぇ…？」
334			だからこそ、 そのまま自己完結させるわけにはいかない。
335	春希	Haruki	「こうして俺の側にいて、 俺のことずっと見てて、 俺のこと好きでいてくれて…」
336	春希	Haruki	「俺が憧れる、俺が恋焦がれる… カッコ良くて、強がりで、小心者で、可愛い… そんな、冬馬かずさでいてくれる、だけでいい」
337	かずさ	Kazusa	「春希…」
338	春希	Haruki	「それが俺の… 冬馬かずさファンクラブ会員ナンバー１番としての、 誇りと名誉だ」
339	かずさ	Kazusa	「春希…ぃ」
340			傷を、舐め合わずにはいられない。
341	かずさ	Kazusa	「はぁ…ん…はぁぁ…ぁ。 ごめん、ありがと…もうあたし…さぁ」
342			かずさの、俺を抱きしめる力がますます強くなる。
343	春希	Haruki	「…重いだろ、俺」
344	かずさ	Kazusa	「ん…あったかい」
345			俺の背中を胸で受け止めて、 頭を抱え込み、何度も頬ずりを繰り返す。
346	春希	Haruki	「まだ、酒臭くないか？」
347	かずさ	Kazusa	「はぁぁ…気持ちいい」
348			そんなに俺に密着しながら胸一杯に息を吸い込み、 熱い吐息を俺の首筋に吹きかける。
349	春希	Haruki	「人の質問にちゃんと答えろよ…」
350	かずさ	Kazusa	「愛してる、春希」
351	春希	Haruki	「………」	"........."
352			熱い気持ちを、吹きかける。
353	かずさ	Kazusa	「信じて、くれないのか？」
354	春希	Haruki	「かずさ…」
355	かずさ	Kazusa	「あたしがどれだけお前を愛してるか、 まだ、わかってくれないのか？」
356	春希	Haruki	「信じるしかないって…わかってるよ。 だってさ…お前が俺に拘る理由、 他に全然思いつかないんだから」
357	かずさ	Kazusa	「もっと早く気づけよ…馬鹿」
358			かずさの俺への強い気持ちは、 消去法で考えると、 ただ純粋な愛情だという結論にしかならない。
359			だって俺は、復讐の対象になるほど、 かずさに憎まれる仕打ちができなかった。
360			ピアニストとしての冬馬かずさに必要な人間になるほど、 強い力も持てなかった。
361			女としての冬馬かずさを目覚めさせるほど、 身体に強い記憶を刻んだ訳でもない。
362	春希	Haruki	「でもさ…信じるしかないからこそ、わかんないよ。 なんでお前が、こんな俺なんかにって」
363	かずさ	Kazusa	「『こんな俺』なんて言うな… あたしの男、見下すな」
364	春希	Haruki	「お前だって『こんなあたし』って言っただろ。 俺の女、貶めたじゃないか」
365	かずさ	Kazusa	「また、ああ言えばこう言う…」
366	春希	Haruki	「プロのピアニストだぞ？　国際コンクール入賞だぞ？ 日本中で注目されて、世界中に知られてるんだぞ？」
367	かずさ	Kazusa	「…そんなの知るか」
368	春希	Haruki	「そんな、何もかも規格外なお前がさ… どうして俺みたいな、ただ日々を普通に生きてる男に、 そこまで本気になれるんだよ？」
369	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
370	春希	Haruki	「しかも、五年も会ってなかったんだぞ？ 顔すら忘れててもおかしくないんだぞ？」
371	かずさ	Kazusa	「お前はあたしの顔、覚えてたよな…？」
372	春希	Haruki	「当たり前だろ… お前の顔は、テレビに映ってたんだ」
373			心が離れるには十分な時間だった。
374			距離も立場も進むべき未来も…
375			俺たちの接点は日常を重ねるたび徐々に失われ、 いつの間にか、気持ちだけでは埋められない 高い壁が立ちはだかっていた。
376			だから、心が折れるはずだった。 しがらみに、負けるはずだったのに。
377	かずさ	Kazusa	「五年前、さ… あたしも、そんなふうに理由がわからなかった」
378	春希	Haruki	「え…？」
379	かずさ	Kazusa	「世の中に反抗して何もかも遠ざけてた馬鹿に、 世の中のルールが服を着たようなお利口さんが ずかずか近づいてきた理由がさ」
380	春希	Haruki	「それって…」
381			そんな馬鹿とお利口さんが出逢ったのは、 偶然隣同士の席になった、３年Ｅ組の教室だった。
382	かずさ	Kazusa	「気のないふりで遠ざけたって、本気でうざがったって、 嫌いじゃないのに嫌ったって、かけらも気にせずに、 馬鹿を構おうとする理由がさ」
383			あの頃のお利口さんは、 馬鹿の歓心を買おうと必死だった。
384			友人たちから奇異の視線で見られても、 先生たちから本気で忠告されても、 愛想よく応えておきながら、気にしちゃいなかった。
385	かずさ	Kazusa	「世界と一番うまくやれてたお利口さんが、 世界から一番爪弾きにされてた馬鹿に、 そこまで本気になる理由が…わからなかったんだよ」
386			馬鹿の言う通り、本気だったから。
387	かずさ	Kazusa	「なぁ、春希… お前は、どうしてあの時のあたしを…」
388	かずさ	Kazusa	「あんな、あたしですら大嫌いだったあたしを、 好きになって、くれてしまったんだよ…っ」
389	春希	Haruki	「っ…」
390			気になってたから。 放っておけなかったから。
391			大好き、だったから。
392	かずさ	Kazusa	「捨て犬はなぁ… 一度心を開いたら、もうどうしようもないんだぞ？」
393			そんな、あの頃からずっと大好きだった馬鹿が、 今、力いっぱい俺を抱きしめてる。
394	かずさ	Kazusa	「飼い主は、他にもたくさん犬を飼ってるかもしれない。 けれど、今まで捨て犬だったあたしにとっては、 世界でたった一人のご主人様なんだぞ？」
395			気持ちを込めて、必死に言葉をぶつけてくる。
396	かずさ	Kazusa	「二度と、忘れることができなくなってしまうんだぞ？」
397			お利口さんでしかなかった普通の男に、 本当は天才だった馬鹿が、本気になってる。
398			誇り高き狼が、自らを捨て犬と卑下してまで、 街に住む人間に、その美しい毛並みをこすりつける。
399			そんな歪で、だから純粋過ぎて、 綺麗だけど儚い想いの丈をぶつけられた俺は…
400	春希	Haruki	「そんなの、単純な理由だよ」
401			ずっと隠し続けてきた… 秘密にする価値もない、 恥ずかしい告白をするしかなかった。
402	春希	Haruki	「もし相手に知られてしまったら、 五年の恋も一瞬で醒めてしまうかもしれない、 ものすごく当たり前で馬鹿らしい…理由だよ」
403			身も蓋もない、美しくもない。 それどころか低俗で愚かしいと言われても仕方ない…
404	かずさ	Kazusa	「望むところだよ… できることなら、あたしを醒めさせてみろよ」
405	春希	Haruki	「かずさ…」
406	かずさ	Kazusa	「そしたらお前はもう、罪悪感を感じずに済む。 望み通り、雪菜の元に帰れるんだぞ？」
407	春希	Haruki	「顔が好みだったからだよ！ 一目惚れだよ！」
408	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
409			言って、しまった。
410	春希	Haruki	「馬鹿みたいだろ… 運命も何もあったもんじゃないだろ…」
411			いくら捨て犬が拾われた記憶を美化しようとも、 飼い主にとってはあまりに適当で気まぐれで、 心の底からくだらない…
412	春希	Haruki	「けど、仕方ないだろ？ あの時の俺は、まだ付属の学生だったんだ。 女の子とつきあったことなんか、一度もなかったんだよ」
413			それが、俺の初めての…
414			俺がいつも否定してた 武也の評価基準とまったく同じな、 初めて女の子を好きになった理由。
415	かずさ	Kazusa	「お前は…」
416	春希	Haruki	「呆れてもいいんだぞ？ 醒めてもいいんだぞ？ 俺のこと、軽蔑したって、いいんだぞ…」
417	かずさ	Kazusa	「言われなくたって…言われなくたってなぁ… ものすごい幻滅だよ…」
418			かずさの腕に込められた力が、 呆れによるものなのか、それ以外の感情なのか…
419	かずさ	Kazusa	「女のことで頭がいっぱいな、 他の男子たちとは違うと思ってたのに」
420			一度たりともその力を緩めたりしないから、 わかるはずもなかった。
421	かずさ	Kazusa	「優等生のお前が…委員長のお前が… そんなことのために…その程度のことのために、 あたしのこと、あんなに構ったのか？」
422	春希	Haruki	「でなきゃバンドなんか入るかよ…この俺が」
423	かずさ	Kazusa	「ただ顔だけで判断して… あたしなんかに話しかけたり、 …頼ってきたりしたのか？」
424	春希	Haruki	「怒った顔も…好きだったから」
425	かずさ	Kazusa	「あたしのこと、そんなに… 女の子として、見てたのか…？」
426	春希	Haruki	「お前、クラスでダントツだったよ…」
427	かずさ	Kazusa	「お前は… お前はそんな下心だらけの男だったのか？」
428	春希	Haruki	「学年で見たって、お前とタメ張れるの、 雪菜くらいしかいなかったよ…っ」
429	かずさ	Kazusa	「自分の中のナンバー１とナンバー２に、 ただ、無節操に甘えてただけなのか…？」
430	春希	Haruki	「だってお前、ちょっとだけ脈ありそうだったじゃん… 俺のこと、そんなに嫌がってなかったじゃん」
431	かずさ	Kazusa	「なんて…なんて計算高くて執念深い奴なんだ。 そんな、そんな…」
432	春希	Haruki	「必死だったんだよ…お前の気を引きたくて。 だからギターだって一生懸命練習したんだよ…っ」
433	かずさ	Kazusa	「そんなの、 あたしじゃなくても引っかかるに決まってるだろ！ ………あたしじゃなくて、雪菜でも」
434			あまりの俺の即物的で最低な告白に、 せっかく落ち着きかけてたかずさの感情は、 また爆発寸前にまで高まっていた。
435	かずさ	Kazusa	「なんて酷い男だ… 世界で一番の、女の敵だ」
436			けれど…
437	春希	Haruki	「…醒めたか？」
438	かずさ	Kazusa	「…愛してる。 この女たらしめ」
439	春希	Haruki	「………俺も、だよ」
440			結局、そう答えるってわかってたんだ…
441			かずさがこの程度で折れるわけがないって。 俺を、嫌ってくれるはずがないって。
442			俺を五年間ずっと忘れなかった、 冬馬かずさっていう、とんでもない馬鹿なら…
443	かずさ	Kazusa	「残念だったな、春希… 諦めの悪い女に引っかかっちゃってなぁ」
444	春希	Haruki	「ああ、そうだな… 五年前の俺そっくりだよ」
445			ため息ついて、ほっとして、 哀しくて、嬉しくて…
446			ゆっくりと目を閉じて、 濡れた瞳を、誰にも見られないように閉じこめる。
447	かずさ	Kazusa	「ままならないな、本当に」
448	春希	Haruki	「さあ、な」
449			…かずさも同じことをしたみたいだったけど、 あっちは、閉じこめきれなかったみたいで、 俺の頬に、また何粒も降りかかってきた。
450			………	.........
451			……	......
452			…	...
453			そして夜が明けたとき…
454	かずさ	Kazusa	「ん………んぅぅ」
455			かずさは、俺が揺り起こすまで、 ものすごく満たされた顔で眠ってた。
456			俺が大好きな、 『隣の席で居眠りしてるときの顔』だった…

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