White Album 2/Script/2407
Revision as of 05:37, 8 April 2014 by Jonathanasdf (talk | contribs) (Created page with "Return to the main page here. == Translation == == Editing == == Translation Notes == == Text == {{WA2ScriptTable}} {{WA2ScriptLine |1|春希|Ha...")
Return to the main page here.
Translation
Editing
Translation Notes
Text
Speaker | Text | Comment | |||
---|---|---|---|---|---|
Line # | JP | EN | JP | EN | |
1 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
2 | 駄目だ… これ以上は、眠れない。 | ||||
3 | 何度目を閉じても、何も考えないことに意識を集中しても、 醒めてしまった目と覚めてしまった頭はどうしようもない。 | ||||
4 | 枕元の時計は、八時。 でも『あの日から二日後』の八時。 | ||||
5 | 30時間の睡眠は、 俺の頭と体から、全ての疲労を取り除いてしまっていた。 | ||||
6 | 春希 | Haruki | 「はぁ…ぁ…」 | ||
7 | 明るくなってきた天井を見続けるのにも飽きて、 俺は、よせばいいのに視線を横に向けてしまう。 | ||||
8 | 『んふふ~』なんて馬鹿っぽい寝ぼけ声で、 だらけた寝返りを打つ奴なんかいないって知ってるのに。 | ||||
9 | いないってことを知ってて、それを確認するだけで、 心臓に鉛の冷たさと重さがのしかかるって知ってるのに。 | ||||
10 | 春希 | Haruki | 「ん…」 | ||
11 | 泣いてるのかを確認するのも怖い。 今年の冬は、こんなことばっかりだ。 | ||||
12 | 一度目は、頑張って抜け出した。 | ||||
13 | 一つのことに打ち込み、心をいっぱいにして、 昔の、元気だった自分に力を分けてもらった。 | ||||
14 | 二度目は、頑張らずに抜け出した。 | ||||
15 | ただ甘いぬるま湯で、とろけるまで温められ、 ゆっくりと、冷たくなった心を溶かしてもらった。 | ||||
16 | そして三度目は… | ||||
17 | 頑張った先に何があるか見えない。 頑張らないでいたら、あっという間に凍えてしまう。 | ||||
18 | ただ… 雪菜に対して、してしまった仕打ちは消せない。 | ||||
19 | 他の女に、雪菜とのことを話してしまった事実は、 近いうちに、彼女も知ることになる。 | ||||
20 | 俺の口からか、友人の口からか。 …それとも、とある演劇の評判からか。 | ||||
21 | 今の俺は、もがけばもがくほど、雪菜を裏切り、 逃げても逃げても、やっぱり雪菜を傷つける。 | ||||
22 | 『元気ですか?』 | ||||
23 | 春希 | Haruki | 「………ごめん」 | ||
24 | だから、一昨日、寝る前に届いた雪菜のメールを、 まだ開けないままの自分がここにいる。 | ||||
25 | 上原 | Uehara | 「そうは言っても… もう脚本も上がってるし稽古も始まってる」 | ||
26 | 武也 | Takeya | 「どう考えたって実在の人間をモデルにしてる。 プライバシーの侵害だろ」 | ||
27 | 上原 | Uehara | 「ホンは読んだけど、一応の配慮はしてた。 三人の関係以外の描写はほとんどないよ」 | ||
28 | 武也 | Takeya | 「それでも… 付属の人間なら、誰にだって特定できる」 | ||
29 | 上原 | Uehara | 「どうしてもって言うなら法的手続きを取ればいい。 …けどその場合は、本人が直接訴え出てくれよな」 | ||
30 | 武也 | Takeya | 「…今のあいつにそんなことができるかよ。 あいつをあんなふうにしちまったのは あんたんとこの部員なんだぞ?」 | ||
31 | 上原 | Uehara | 「…謝って済む問題なら俺が土下座する。 だから姫…瀬之内はそっとしておいてくれ」 | ||
32 | 武也 | Takeya | 「あんた…なんであの女をそんなに庇うんだ?」 | ||
33 | 上原 | Uehara | 「例の付属祭でやった『雨月山の鬼』… 四年の時あれ見て思いっきり引き込まれてね。 彼女が[R大学^うえ]に進学してくれたときは歓喜したよ」 | ||
34 | 武也 | Takeya | 「あれ? あの時四年って…」 | ||
35 | 上原 | Uehara | 「ああ、俺? 今七年生。 今年卒業できなかったら放校なんだ」 | ||
36 | 武也 | Takeya | 「………来週から期末試験だぞ、先輩」 | ||
37 | 上原 | Uehara | 「新入生のオリエンテーションで彼女を見つけて、 それから半年かけて口説き落とした」 | ||
38 | 武也 | Takeya | 「そこまでのものなんだ、瀬能って」 | ||
39 | 上原 | Uehara | 「当時、新進座のオーディションで内定出ててね。 危ないところだった」 | ||
40 | 武也 | Takeya | 「そこ俺でも知ってる…超大手じゃん。 なんで蹴っちゃうの?」 | ||
41 | 上原 | Uehara | 「有名どころなんて姫には合わない。 …て言うか、すぐに上とトラブル起こすに決まってる。 彼女のためでもあったんだよ」 | ||
42 | 武也 | Takeya | 「瀬能…じゃなくて、和泉と付き合ってんの?」 | ||
43 | 上原 | Uehara | 「あんなバケモノ、女としてなんか見れるか」 | ||
44 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
45 | 上原 | Uehara | 「役者としては心酔してるけど、 人間としてはちょっとお近づきになりたくないね」 | ||
46 | 武也 | Takeya | 「そ、そう…」 | ||
47 | 上原 | Uehara | 「人の言うこと聞かない、自分の言うこと曲げない、 演目も、配役も、日程だって全部彼女の言うがまま。 舞台の上では鬼、けど舞台の下ではレッサーパンダ」 | ||
48 | 武也 | Takeya | 「…昔のまんまか」 | ||
49 | 上原 | Uehara | 「みんな『座長』ってのは俺の名前であって 役職のことじゃないって思ってるよ」 | ||
50 | 武也 | Takeya | 「…今度酒でも飲もうか、座長」 | ||
51 | ウェイトレス | Waitress | 「お待たせしました。 ナポリタンにミックスピザにエッグサンド…」 | ||
52 | 千晶 | Chiaki | 「あ、全部こっちに置いて。 それと、バナナパフェも早く持ってきて」 | ||
53 | ウェイトレス | Waitress | 「…か、かしこまりました。 どうぞごゆっくり」 | ||
54 | 千晶 | Chiaki | 「よっし、来た来た~。 それじゃ、いっただきま~す」 | ||
55 | 千晶 | Chiaki | 「むぐ…ん、んぐ… 食べながらで失礼するね、水沢さん」 | ||
56 | 依緒 | Io | 「…よく食べるね。昼間っから」 | ||
57 | 千晶 | Chiaki | 「稽古に入ったらいつもこんなもの。 どれだけエネルギー補給してもすぐ尽きるから」 | ||
58 | 依緒 | Io | 「付属の時、何度か舞台見たけれど、 確かにものすごくエネルギッシュだった」 | ||
59 | 千晶 | Chiaki | 「舞台1回やるとね、10キロ減るんだよ。 三日間食べまくってやっと元に戻るんだ」 | ||
60 | 依緒 | Io | 「…それ運動部超えてるかもね。 あたし、試合でもそんなには減らなかったなぁ」 | ||
61 | 千晶 | Chiaki | 「あたしも何度かバスケ部の試合見てたよ。 公式戦の時は舞台が使用禁止で稽古もできなかったし」 | ||
62 | 依緒 | Io | 「あ、そうなんだ。 そりゃ、どうも」 | ||
63 | 千晶 | Chiaki | 「………(むぐむぐ)」 | ||
64 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
65 | 千晶 | Chiaki | 「………(がつがつ)」 | ||
66 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
67 | 千晶 | Chiaki | 「…で?」 | ||
68 | 依緒 | Io | 「え?」 | ||
69 | 千晶 | Chiaki | 「話があるなら早めにどうぞ。 あたし、この程度なら10分で食べ終わるよ?」 | ||
70 | 依緒 | Io | 「あ、ああ…ごめん」 | ||
71 | 千晶 | Chiaki | 「謝る必要ないんじゃない? どうせ心の中じゃ思いっきり喧嘩腰なくせに」 | ||
72 | 依緒 | Io | 「っ…」 | ||
73 | 千晶 | Chiaki | 「………(んぐんぐ)」 | ||
74 | 依緒 | Io | 「じゃあ、遠慮なしで行かせてもらうわね。 和泉千晶さん」 | ||
75 | 千晶 | Chiaki | 「いんじゃない? 六年来の付き合いなんだからさ。 …お互い話したこともない程度の、ね」 | ||
76 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
77 | 千晶 | Chiaki | 「春希のことなんでしょ? 友達思いの水沢依緒さん」 | ||
78 | 依緒 | Io | 「そうだよ。 あなた、一体春希のことどう思って…」 | ||
79 | 千晶 | Chiaki | 「好きだよ。大好き。 じゃなきゃ寝るもんか」 | ||
80 | 依緒 | Io | 「っ…」 | ||
81 | 千晶 | Chiaki | 「なに? あんなやつ好きでも何でもないって、 そう言って欲しかった?」 | ||
82 | 依緒 | Io | 「そ、それは…」 | ||
83 | 千晶 | Chiaki | 「自分の芝居のために、春希を利用しただけだって、 そう、高笑いして欲しかったのかな?」 | ||
84 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
85 | 千晶 | Chiaki | 「あ、すいませ~ん。 ベジタブルオムレツ追加お願いします~」 | ||
86 | 武也 | Takeya | 「…なんだって?」 | ||
87 | 上原 | Uehara | 「ああ、『届かない恋』を大学に持ち込んだのは姫だ」 | ||
88 | 武也 | Takeya | 「瀬能が…?」 | ||
89 | 上原 | Uehara | 「彼女がウチの放送サークルに売り込んだんだ。 いつかこの舞台を実現させたときに、 この曲が大学内に馴染んでるのが理想だったから」 | ||
90 | 武也 | Takeya | 「そっか… あの音源がどこから流出したのか ずっと気になってたけど…」 | ||
91 | 上原 | Uehara | 「関係者にもらったって言ってたけどな」 | ||
92 | 武也 | Takeya | 「それ、俺…」 | ||
93 | 上原 | Uehara | 「………あ、あの曲の使用許可は下りてるぞ! 付属に確認したら、峰城大の中で使う分には 問題ないって…」 | ||
94 | 武也 | Takeya | 「許可出したのも俺だよ。 …三人とも権利を放棄したから」 | ||
95 | 上原 | Uehara | 「とにかく、そのくらい姫は今回の定期公演に賭けてる。 何しろ三年前からずっと温めてきた企画だ」 | ||
96 | 武也 | Takeya | 「まさか本気だったとはなぁ…」 | ||
97 | 上原 | Uehara | 「今度の舞台のためなら、人を騙すのも傷つけるのも、 何とも思わないくらい入れ込んでる」 | ||
98 | 武也 | Takeya | 「もう十分騙したし、もの凄く傷つけたよ」 | ||
99 | 上原 | Uehara | 「…それが、たとえ自分に跳ね返ってきても」 | ||
100 | 武也 | Takeya | 「何とも思わないんだろ? だったら跳ね返りようがない」 | ||
101 | 上原 | Uehara | 「だと、いいんだけどな」 | ||
102 | 武也 | Takeya | 「よくねえよ」 | ||
103 | 上原 | Uehara | 「姫はさ、三年前から、 彼らの熱狂的なファンだからさ」 | ||
104 | 武也 | Takeya | 「行き過ぎたファンが何をしでかすかってのは、 今回の件で思い知ったよ」 | ||
105 | 上原 | Uehara | 「自分の舞台で彼らの関係を表現するために、 彼らの関係を壊してしまったとき… 姫は、一体どんな達成感を得るんだろうな」 | ||
106 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
107 | 上原 | Uehara | 「どうだろう? この矛盾、君には解けるかな?」 | ||
108 | 武也 | Takeya | 「…知るか」 | ||
109 | 千晶 | Chiaki | 「ふぅぅ~ぅ…ごっちそうさま~。 う~ん、これで今日も戦えるぞ~」 | ||
110 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
111 | 千晶 | Chiaki | 「さってっと、諸々の用事も済んだし。 じゃあたし、部室に戻るから」 | ||
112 | 依緒 | Io | 「…ちなさいよ」 | ||
113 | 千晶 | Chiaki | 「ん~?」 | ||
114 | 依緒 | Io | 「待ちなさいって、言ってんの」 | ||
115 | 千晶 | Chiaki | 「…そっちの質問には答えたと思ったけど?」 | ||
116 | 依緒 | Io | 「あんなんじゃ納得いかない…」 | ||
117 | 千晶 | Chiaki | 「…納得いかないんならさぁ、 自分がこうだと思った理由作っちゃえば? 別にあたし、反論なんかしないよ?」 | ||
118 | 依緒 | Io | 「相手のこと想ってるなら、 あんな残酷な真似できるわけが…」 | ||
119 | 千晶 | Chiaki | 「言っとくけどね、あたし、初めてだったんだよ? あいつに求められたこと、何でもしてあげたんだよ?」 | ||
120 | 依緒 | Io | 「っ…」 | ||
121 | 千晶 | Chiaki | 「相手を好きでいることと、 相手に嘘をついて騙すことは両立しないとでも?」 | ||
122 | 依緒 | Io | 「だってあんた、好きだから騙した訳じゃないよね? 最初から騙すつもりで春希に近づいたんだよね?」 | ||
123 | 千晶 | Chiaki | 「それが?」 | ||
124 | 依緒 | Io | 「少なくとも、 あんたのしたことのせいで春希は深く傷ついた。 今さら好きだとかそんなこと言う資格なんて…」 | ||
125 | 千晶 | Chiaki | 「へぇ、じゃあ小木曽さんも資格ないね。 最初に春希を傷つけたのは彼女だし」 | ||
126 | 依緒 | Io | 「なっ…!?」 | ||
127 | 千晶 | Chiaki | 「あたしは、彼女が傷つけた春希を慰めて、 壊れないようにずっと護ってたんだけどなぁ… それでも、悪いのはあたしだけ?」 | ||
128 | 依緒 | Io | 「動機がめちゃくちゃだ」 | ||
129 | 千晶 | Chiaki | 「春希を救ったって事実は変わらないよ」 | ||
130 | 依緒 | Io | 「でも結局また壊した。 あんたのしたこと、何の意味もなかった」 | ||
131 | 千晶 | Chiaki | 「…今度壊したのはそっちじゃないの?」 | ||
132 | 依緒 | Io | 「何だって!?」 | ||
133 | 千晶 | Chiaki | 「あんたたちが余計なことしなければ、 春希はあたしの正体なんか知らないまま、 いずれ普通に立ち直ってたんじゃないかな?」 | ||
134 | 依緒 | Io | 「あ、あんた…あんたさぁ…」 | ||
135 | 千晶 | Chiaki | 「その結果、 春希は小木曽さんと仲直りしたかもしれなかった。 あたしのことなんか、すっかり忘れちゃってさ」 | ||
136 | 依緒 | Io | 「待てよ…おい」 | ||
137 | 千晶 | Chiaki | 「そのチャンスを台無しにしたのは飯塚君と… 水沢さん、あなただよ?」 | ||
138 | 依緒 | Io | 「~~~っ!」 | ||
139 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
140 | 依緒 | Io | 「…お前に…お前なんかに何がわかる。 あいつらの…何がわかるってのよ」 | ||
141 | 千晶 | Chiaki | 「あなたにはわかるわけ?」 | ||
142 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
143 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
144 | 依緒 | Io | 「酷いことして悪かった。 これ、ここの支払いと、お詫び」 | ||
145 | 千晶 | Chiaki | 「助かる。 今の時期、食費かかるんだよね」 | ||
146 | 依緒 | Io | 「っ! …じゃあね」 | ||
147 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
148 | 千晶 | Chiaki | 「外野うっぜ」 | ||
149 | ……… | .........
| |||
150 | 千晶 | Chiaki | 『春希~、こっちおいでよ~』 | ||
151 | 駄目だ… | ||||
152 | 何度掃除機をかけても、雑巾がけをしても、 もう新たな成果は見込めない。 | ||||
153 | …なんて、今日三度目の掃除じゃ、 これ以上綺麗にならなくても当然か。 | ||||
154 | 春希 | Haruki | 「…ふぅ」 | ||
155 | 徒労感に包まれテーブルの前に座ると、 そこには週明けのテスト対策用の教科書やら参考書。 | ||||
156 | うち一冊を手にとって、練習問題のページを探す。 | ||||
157 | ……… | .........
| |||
158 | 千晶 | Chiaki | 『だからぁ、考えるな。何もするなっての』 | ||
159 | …バイト、入れておくんだった。 | ||||
160 | 試験前だからってこの一週間、 全てのバイトを外したのは致命的なミスだった。 | ||||
161 | 試験勉強も、とっくに出題範囲はカバーしてる。 しかも週明け初日の分どころか、全科目。 | ||||
162 | どうせなら忘れないうちに早く試験をやって欲しい。 | ||||
163 | …いや、忘れてもいい。 そしたらまた勉強できる。 矛盾してるけど、何も考えずに頭を使える。 | ||||
164 | 千晶 | Chiaki | 『変わるよ。 春希が何もしなくても、 時間が何かを変えることもある』 | ||
165 | 何しろ、やることがない。 洗濯も、とっくに洗うものが尽きた。 | ||||
166 | この狭いワンルームで見つかる家事なんて、 半日もあればすぐに終わってしまう。 | ||||
167 | やることがなくなったら、余計なことが頭を巡る。 だから、何でもいいから忙しくなりたい。 | ||||
168 | 眠気もとっくに枯渇した。 元々睡眠時間が短いのに、 毎日無理やり十時間以上寝たツケが回ってきてる。 | ||||
169 | ましてや、眠ることに何の嬉しさも見出せないのなら… | ||||
170 | 千晶 | Chiaki | 『だからさ… 今は何もせず何も考えず、 時間が解決してくれるのをじっと待つの』 | ||
171 | 春希 | Haruki | 「うるせえよ!」 | ||
172 | そんなはず…ない。 そんなこと、あるわけがない。 | ||||
173 | ……… | .........
| |||
174 | …… | ......
| |||
175 | … | ...
| |||
176 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「二番線、ドアが閉まります。 ご注意ください」 | ||
177 | 南末次駅20時8分発、御宿行き各駅。 つまり、末次町20時10分発。 | ||||
178 | …岩津町駅、20時15分着。 | ||||
179 | まだ、この時間の電車、残ってたんだ。 | ||||
180 | 学園祭の練習後、 初めてかずさと一緒に乗った… | ||||
181 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
182 | そんな、今の俺にとっては意味のない感慨に耽りながら、 ベンチに座り、改札へと向かう人たちを眺める。 | ||||
183 | 改札をくぐり、けれど目的地もなく、 こうして駅のホームに佇んだまま。 | ||||
184 | 十を優に超える電車が俺の目の前を走り去り、 百を遙かに超える乗客が俺の目の前を歩き去った。 | ||||
185 | 仕方ない。 だって、最初から目的なんかなかったんだから。 | ||||
186 | ただ、部屋の中に残る、あいつの匂いに… その存在感に耐えられなかっただけだから。 | ||||
187 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「一番線に電車が参ります。 黄色い線の内側までお下がりください」 | ||
188 | 最初の三日は飽きるまで現実逃避した。 | ||||
189 | 目を閉じて眠るに任せ、 目覚めても何をするでもなく天井を見上げ。 | ||||
190 | …そうやって、しばらく何もしなくても、 我慢の限界に達しないくらい、 あの時の衝撃は大きなものだった。 | ||||
191 | けれど、元が貧乏性の俺だから、 一人で呆然と佇むのも72時間が限界。 | ||||
192 | そこからは、能動的な逃避が始まった。 | ||||
193 | 掃除、洗濯、試験勉強。 体や頭を動かす仕事を見つけては、 何も考えずに打ち込んで時間を消費した。 | ||||
194 | 次の三日後、とうとうすべきことを全て見失い、 人の喧騒で気を紛らせてくれる場所を求めて街へ出た。 | ||||
195 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「南末次、南末次です。 お降りの際は、開くドアにご注意ください」 | ||
196 | それから二時間… | ||||
197 | 陽はとっぷりと暮れ、 日中から冷たかった空気は、 今は底冷えがするほどに凍りつき。 | ||||
198 | 息は白く、鼻先まで冷たく、 手足の爪先は痺れたように感覚を失い、 体中が冬の気温に翻弄されている。 | ||||
199 | こんなにも情けない状況に自分を追い込んで、 それでも馬鹿馬鹿しいと思えない今の俺は、 とうとう気づいてしまったらしい。 | ||||
200 | 千晶に裏切られたことが、こんなに辛いって。 | ||||
201 | 雪菜とすれ違ったときと同じくらい、悲しいって。 | ||||
202 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「一番線、ドアが閉まります。 ご注意ください」 | ||
203 | 半年前に遭遇して、一方的に近づかれて、 事あるごとに搾取されて、お返しに説教して。 | ||||
204 | 状況も、心境も、腐れ縁的にも、 俺たちが『自然に』近づきあう方角ばかり向いていて。 | ||||
205 | 俺はその天の采配を神に呪いつつ、 けれどそのため息をつく口は、 結構端が上がっていたりしてた。 | ||||
206 | けど本当は、それら全ては天の采配なんじゃじゃなくて、 一人の、天才的な役者の演技によるものだった。 | ||||
207 | 千晶 | Chiaki | 『一緒に、堕落しようね?』 | ||
208 | 春希 | Haruki | 「うるせえよ…」 | ||
209 | あいつの言う通り、俺は堕落したのに、 地獄の底でいくら待ってもあいつは降りてこなかった。 | ||||
210 | なのに、騙されたことが悔しいんじゃなくて、 今、あいつが側にいないことが悲しいだなんて… | ||||
211 | あいつ以上に馬鹿だな、俺。 | ||||
212 | ……… | .........
| |||
213 | 電車を降りた人たちが改札に吸い込まれ、 ホームはまた、つかの間の静けさを取り戻す。 | ||||
214 | 春希 | Haruki | 「…帰ろ」 | ||
215 | 喧騒と静寂の狭間を十分に堪能した俺も、 二時間ぶりに立ち上がると、 帰路を急ぐ人たちの背中を追いかけて… | ||||
216 | 春希 | Haruki | 「…と」 | ||
217 | 二時間以上も座りっぱなしだった洗礼を受け、 すぐにベンチに座り直す。 | ||||
218 | 脳から酸素が一瞬にして消え去り、 視界から色が消えうせ、続いて白から黒に暗転する。 | ||||
219 | 春希 | Haruki | 「はは…」 | ||
220 | あまりの典型的な立ちくらみに、 自分を嘲笑するしかなかった。 | ||||
221 | 仕方なしに、しばらく目を閉じて、 真っ暗な視界のまま上を向き、 血液を頭の方に集中させる。 | ||||
222 | そうすれば、ゆっくりと目眩はおさまり、 いつも通りの自分の視界を取り戻せるはずで… | ||||
223 | ……… | .........
| |||
224 | 春希 | Haruki | 「………あれ」 | ||
225 | けれど、数分たって気づいた。 ただの酸欠じゃないって。 | ||||
226 | なんだ…体、壊してただけなんだ。 この寒さに、やられていただけなんだ。 | ||||
227 | それとも、実はもっと前から、 体と心のバランスを崩していただけなのかもな。 | ||||
228 | 春希 | Haruki | 「はは…ははは…」 | ||
229 | そう気づくと、さっき自分に向けていた嘲笑が、 今度は安堵の笑みに変わっていくのがわかる。 | ||||
230 | 助かった… これで少しは頭が鈍る。 | ||||
231 | …しばらくあいつのこと、忘れられるな。 | ||||
232 | ……… | .........
| |||
233 | …… | ......
| |||
234 | … | ...
| |||
235 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
236 | 春希 | Haruki | 「ん…」 | ||
237 | 春希 | Haruki | 「ん、く…」 | ||
238 | 寝ぼけた頭で枕元の携帯を探ってるうちに、 全身に、相変わらずの倦怠感が戻っていく。 | ||||
239 | あれから這うように家に辿り着き、 そのままベッドに倒れ込み… | ||||
240 | そして、どうやら日が変わった日曜も、 すでに陽が真上に上ってるくらいの 時間が経過してるらしかった。 | ||||
241 | その間俺は、喉が渇いて目が覚める以外は、 ずっと待望の『夢も見ない睡眠』に支配されていた。 | ||||
242 | 春希 | Haruki | 「ふぁい」 | ||
243 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「あ、出た…」 | ||
244 | 春希 | Haruki | 「携帯なんだから出て当然だろ。 そんなくだらないことを確認するために 俺の貴重な携帯バッテリーの寿命を削ったのか?」 | ||
245 | ついこの間、十日間も着信を無視し続けたことを、 俺の口はいけしゃあしゃあと無視した。 | ||||
246 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「…元気そうだな」 | ||
247 | 久々の、ある意味快適な時間を邪魔されたことに、 朦朧とした意識の中で、 俺は少しばかり腹を立てていたのかもしれない。 | ||||
248 | 春希 | Haruki | 「元気なわけあるか… まだ頭がフラフラしてる。 熱、下がんねぇ」 | ||
249 | そう呟きながら、同時に額に手を当て、頭を振り、 今の自分の状態をチェックする。 | ||||
250 | …と、見事に言葉通りの体調が維持されていた。 | ||||
251 | この状態で明日から期末試験に突入とか、 あまり考えたくない。 さっきまで感謝しておいて何だけど… | ||||
252 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「ああ、それでか」 | ||
253 | 春希 | Haruki | 「何が?」 | ||
254 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「今日、英語史の試験来なかったからさ。 出席も取らない講義に毎回出てたくせに、 試験だけサボるなんて豪気だなぁって…」 | ||
255 | 春希 | Haruki | 「………待て。 今日、何曜日だって?」 | ||
256 | 確か英語史は………『二日目』だった。 | ||||
257 | ……… | .........
| |||
258 | ゼミ仲間からの電話は、どうやら今の俺が、 あの夜から三日後の俺であることを 告げていたらしかった。 | ||||
259 | つまり俺は、土曜の夜に倒れたまま、 火曜の昼までベッドの上でうなされ続け… いや、実際にはぐっすり眠っていた。 | ||||
260 | 体温を測ると、きっちり39度をキープしてた。 ちゃんと休んでるのに、なんで回復しないんだ…? | ||||
261 | 千晶 | Chiaki | 『普通さ、風邪ひいたときとかって、 ゆっくり寝て、何もしないで、薬飲んで… そうやって、体が治るまでじっとしてるよね?』 | ||
262 | 千晶 | Chiaki | ちゃんと守ったぞ、俺。 ゆっくり寝て、何もしないで、薬飲んで… | ||
263 | 春希 | Haruki | 「………あぁ」 | ||
264 | 一つ抜けてるじゃないか、この馬鹿。 | ||||
265 | これだけ体力消耗してるのに、 栄養取らなくちゃ回復するわけないだろ。 | ||||
266 | ここ数日、飯食ってないんだぞ、俺… | ||||
267 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「…だとさ。 これで三科目パーだな、あいつ」 | ||
268 | 千晶 | Chiaki | 「ふぅん…」 | ||
269 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「って、そっけないな。 わざわざ代わりに電話かけてやったのに」 | ||
270 | 千晶 | Chiaki | 「あ~、面倒かけたね」 | ||
271 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「大体、どうして自分でかけなかったんだ? お前ら、つきあってんじゃなかったのか?」 | ||
272 | 千晶 | Chiaki | 「どうでもいいじゃんそんなこと。 ただ試験に来てなかったから、 どうしたのかなって思っただけ」 | ||
273 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「それだけ? 心配じゃないのか?」 | ||
274 | 千晶 | Chiaki | 「心配は心配だけど、今はそれどころじゃないし」 | ||
275 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「ま、そうだよな。 今回全部落としても進級は余裕の北原に比べて、 和泉は一つでもミスったら…」 | ||
276 | 千晶 | Chiaki | [F16「進級なんかどうでもいいけどね」] | ||
277 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「ん?」 | ||
278 | 千晶 | Chiaki | 「ま、いいや、ありがと。 それじゃあたし、帰るから」 | ||
279 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「あ、おい、ちょっと…」 | ||
280 | 千晶 | Chiaki | 「………ふ」 | ||
281 | 千晶 | Chiaki | 「やっだな~も~。 本当にナイーブなんだから春希は。 別にふってないってのに~」 | ||
282 | 千晶 | Chiaki | 「あんまり困らせないで欲しいなぁ。 こっちだって今、一番大事な時期なんだからさぁ」 | ||
283 | 千晶 | Chiaki | 「悪いけど、今はあっためてあげらんないよ、春希?」 | ||
284 | 千晶 | Chiaki | 「…な~んて、そっちから願い下げかな?」 | ||
285 | 春希 | Haruki | 「パスタ、レトルトカレー、カップ焼きそば、クラッカー、 缶詰、ミネラルウォーター…後は調味料…」 | ||
286 | 飲み物しかない冷蔵庫に絶望して、 最後の砦とばかりに開けた食器戸棚の最下段は、 一応、それなりの災害対策にはなっていた。 | ||||
287 | けれどそれらは、病人の俺にとっては、 どれも健康の時に限ってありがたい代物に映る。 | ||||
288 | 乾麺、刺激物、胸焼け導入剤、無味乾燥の塊… どれも弱った消化器にクリティカルに効きそうな面々だ。 | ||||
289 | 春希 | Haruki | 「はぁぁ…」 | ||
290 | コンビニまで出るかという考えに行き着くも、 その瞬間、全身で拒否するような気怠さに押し潰され、 情けなくも床にへたり込んでしまった。 | ||||
291 | このまま外出すると、マンションから出る前に 救急車のお世話になってしまうかもしれない。 | ||||
292 | だからと言って、家で食事を作る方が、 運動量的にはよほど危険かもしれない。 | ||||
293 | それでも、このまま何も食べずに寝てばかりでは、 この三日間の経験上、回復は見込めない。 | ||||
294 | 春希 | Haruki | 「………よし」 | ||
295 | ほんの数秒の逡巡の末、 一つの金言が俺の頭に閃く。 | ||||
296 | 『家で倒れる分には誰にも迷惑を掛けない』 | ||||
297 | …熱で冷静な判断ができてない可能性は十分あるけれど、 まずは自力で飢えを凌ぐ方法を模索してみることにした。 | ||||
298 | しかし『さてと、何を作るか』と考えた瞬間、 結局、ほんの数秒前の嘆息をもう一度吐くしかなかった。 | ||||
299 | パスタ、レトルトカレー、カップ焼きそば、クラッカー、 それに缶詰。 | ||||
300 | 結局、料理などと大きな口を叩ける素材など 最初からここには存在しなかった。 | ||||
301 | この中で、何とか口に入れられそうなメニューとなれば、 スパゲティか、それともご飯に缶詰… | ||||
302 | 春希 | Haruki | 「………そうだ」 | ||
303 | その瞬間、俺の頭の中に 少々反則な病人食が思い浮かんだ。 | ||||
304 | 上原 | Uehara | 「よし、それじゃ始めるぞ。 みんな集まって」 | ||
305 | 上原 | Uehara | 「試験中に集まってもらって済まない。 だが、初日までもう一月を切ってる。 これからは一分一秒たりとも無駄にはできない」 | ||
306 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
307 | 上原 | Uehara | 「と言うわけで今日のところは、 第一幕を通しでやってみたい。 吉田…頼むな?」 | ||
308 | 吉田 | Yoshida | 「…わかってますって。 今日はちゃんと読み込んできてる」 | ||
309 | 上原 | Uehara | 「瀬之内、何かあるか?」 | ||
310 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
311 | 上原 | Uehara | 「姫?」 | ||
312 | 千晶 | Chiaki | 「…あ、え?」 | ||
313 | 上原 | Uehara | 「一言あるかって聞いたんだが…」 | ||
314 | 千晶 | Chiaki | 「あ、ああ…そうね… ええと、演技で気をつけて欲しいところは…」 | ||
315 | 上原 | Uehara | 「………」 | "........."
| |
316 | 吉田 | Yoshida | 「………」 | "........."
| |
317 | 千晶 | Chiaki | 「………はぁ」 | ||
318 | 上原 | Uehara | 「どうした?」 | ||
319 | 千晶 | Chiaki | 「…悪い、今日はノらない。 各自個人練習に切り替えて」 | ||
320 | 吉田 | Yoshida | 「は…?」 | ||
321 | 上原 | Uehara | 「お、おい…姫?」 | ||
322 | 吉田 | Yoshida | 「………」 | "........."
| |
323 | 上原 | Uehara | 「………」 | "........."
| |
324 | 吉田 | Yoshida | 「座長…」 | ||
325 | 上原 | Uehara | 「はは…はははっ、 じゃ、個人練習、始めちゃおっか♪」 | ||
326 | 吉田 | Yoshida | 「やってられるか~!」 | ||
327 | 水、カップ3杯。 醤油、酒、塩、ダシの素。 | ||||
328 | 具は缶詰でもOK。 但し、あまり味の濃すぎないもの。 | ||||
329 | パスタソースなんかを使えば、 リゾット風味でいい感じ。 | ||||
330 | ご飯が炊き上がったら、水を張り、材料を入れて、 柔らかくなるまで煮立たせ、火を止めて、卵入れて… | ||||
331 | 春希 | Haruki | 「………あ」 | ||
332 | 慌てて火を止めたコンロの周辺に、 熱い湯気が漂っていた。 | ||||
333 | けどそれは、何の匂いもない、 ただ白湯が蒸発しただけの無味湿潤な水蒸気。 | ||||
334 | 鍋の中は、火を止めたにもかかわらず、 まだ空気の泡を吹き出すほどの熱気に溢れてる。 | ||||
335 | 春希 | Haruki | 「危ね~…」 | ||
336 | どうやら、夢で料理をしていたのと同じくらいの時間、 ずっと沸騰させたままだったらしい。 | ||||
337 | …湯気にあてられて気を失っている間じゅう。 | ||||
338 | 後に残るは更なる疲れと、食欲の伴わない空腹感。 | ||||
339 | 全身から溢れ出る大量の汗とともに、 なけなしの体力までごっそり奪われてしまった気がする。 | ||||
340 | これは…本格的にヤバいのかもしれない。 そろそろ、救急車のお世話になることを、 本気で考えた方がいいくらいのレベルで。 | ||||
341 | 最近、体弱くなったな、俺。 いや、心が弱くなったのかな。 | ||||
342 | それとも… 報い、なのかな。 | ||||
343 | 裏切ったから、裏切られたのかな。 | ||||
344 | 助けられてばかりで、 誰も助けられなかったからなのかな。 | ||||
345 | なんだ… 結局、俺が全部悪いんじゃないか。 | ||||
346 | ……… | .........
| |||
347 | …… | ......
| |||
348 | … | ...
| |||
349 | コンビニ店員 | Convenience Store Clerk | 「お弁当温めますか?」 | ||
350 | 千晶 | Chiaki | 「ああ、少しぬるめにお願い。 病人が食べるんだから気をつけてよ」 | ||
351 | コンビニ店員 | Convenience Store Clerk | 「…かしこまりました。 ……かき揚げ天丼一つ、カツカレー一つ、 合計で1120円になります」 | ||
352 | ……… | .........
| |||
353 | 千晶 | Chiaki | 「~♪」 | ||
354 | 千晶 | Chiaki | 「よっと…」 | ||
355 | 千晶 | Chiaki | 「………え」 | ||
356 | 春希 | Haruki | 「………え」 | ||
357 | 雪菜 | Setsuna | 「ごめんね… 突然押しかけちゃって」 | ||
358 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
359 | 頭がぼうっとしてたからに違いない。 | ||||
360 | いつもなら呼び鈴が鳴ったら、 ちゃんとインターフォン越しに相手を確認するのに。 | ||||
361 | 雪菜 | Setsuna | 「試験なのに、春希くん来てないって聞いて。 それで研究室に電話してみたの」 | ||
362 | 春希 | Haruki | 「なんで…」 | ||
363 | やっぱり、頭がぼうっとしてたからに違いない。 質問よりも先に答えを言われてしまうなんて。 | ||||
364 | 雪菜 | Setsuna | 「来て、よかった…」 | ||
365 | 春希 | Haruki | 「雪菜…駄目だって。 もしうつったら」 | ||
366 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
367 | 春希 | Haruki | 「う…」 | ||
368 | けれど今、雪菜の目に気圧されたのは、 決して頭がぼうっとしてたからじゃないと思う。 | ||||
369 | 雪菜 | Setsuna | 「すぐにベッドに入って」 | ||
370 | 春希 | Haruki | 「来客がいるのに…」 | ||
371 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなこと言ってられる状況じゃないっていうのは、 春希くんの顔を見たら誰でもわかるよ」 | ||
372 | 春希 | Haruki | 「うう…」 | ||
373 | 雪菜にしては珍しい、怒りの表情と口調と声。 | ||||
374 | 雪菜 | Setsuna | 「どうしてじっとしていられないの… どう見たって立ってられないくらいだってわかるよ」 | ||
375 | 春希 | Haruki | 「いや、さっきまではじっとしてたんだって。 ただ、食事を…」 | ||
376 | 雪菜 | Setsuna | 「………っ」 | ||
377 | 春希 | Haruki | 「…ごめん」 | ||
378 | でも、ちょっと涙目っぽいのが、あまりにも雪菜だった。 | ||||
379 | 雪菜 | Setsuna | 「ご飯なら、わたしが作るから。 …お雑炊でいいよね?」 | ||
380 | 俺が大人しくベッドに退散するのと同時に、 雪菜は手に提げていたエコバッグから 次々と食材を取り出した。 | ||||
381 | それは、一人分でも二人分でもなく、 一人が一週間は暮らせそうなくらいの 量とバラエティだった。 | ||||
382 | それらを冷蔵庫にきちんと整頓して入れると、 雪菜はとうとう、俺が散らかしたキッチンに目を移し… | ||||
383 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…」 | ||
384 | そして、視線が止まる。 | ||||
385 | 湯が煮立った鍋と、 側に置いてあるボンゴレソースの缶詰に。 | ||||
386 | 春希 | Haruki | 「それは、その… 米だけは残ってたから」 | ||
387 | 雪菜 | Setsuna | 「これは料理のできない人でも作れる料理で、 病気で動けない人でも作れる料理とは違うんだよ?」 | ||
388 | 春希 | Haruki | 「………うん」 | ||
389 | 雪菜も、覚えてた。 | ||||
390 | 三年前、俺が雪菜に習った唯一の料理。 俺がかずさに食べさせた、唯一の… | ||||
391 | 雪菜 | Setsuna | 「ほんっとに、来てよかった。 来て、よかったよ…」 | ||
392 | 春希 | Haruki | 「雪菜…」 | ||
393 | 顔を見るのも、声を聞くのも、一月ぶり。 | ||||
394 | 涙の浮かんだ瞳を見るのも、 嗚咽混じりの叱咤を聞くのも、 やっぱり一月ぶり。 | ||||
395 | 雪菜 | Setsuna | 「できたら起こすから。 だから、ゆっくり眠って」 | ||
396 | 春希 | Haruki | 「うん…」 | ||
397 | なんて頷きながら、 俺の視線は、雪菜の後ろ姿を離れない。 | ||||
398 | 『来てよかった訳なんかないだろ』 | ||||
399 | 『俺を許していいはずがないだろ』 | ||||
400 | 『俺、また新しい罪を重ねたんだぞ?』 | ||||
401 | 『雪菜のこと、今でも裏切り続けてるんだぞ?』 | ||||
402 | そんな、本当は言わなくちゃならない言葉たちを、 でも今は、ずるくも封印する。 | ||||
403 | 雪菜がこっちを見ていないのをいいことに、 俺だけが、久しぶりの雪菜の姿を、 瞳の奥に強く焼きつける。 | ||||
404 | 熱に浮かされたなんて、 そんな都合のいい言い訳を並べ立てながら。 | ||||
405 | ……… | .........
| |||
406 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
407 | 雪菜 | Setsuna | 「ゆっくり食べよう? 熱いに決まってるんだから」 | ||
408 | 春希 | Haruki | 「ふ~、ふぅぅぅぅ~」 | ||
409 | 雪菜の作ってくれた雑炊は、 白菜やニラなんかの野菜が少し入っただけの、 あっさりしてて、消化のいいシンプルなものだった。 | ||||
410 | …なんて思ったら、口の中に転がる小さな感触は、 ボンゴレソースのアサリだった。 | ||||
411 | 雪菜 | Setsuna | 「飲み込める?」 | ||
412 | 春希 | Haruki | 「ん…」 | ||
413 | 多分、一週間ぶりくらいの固形物は、 それでも柔らかく煮込まれていたせいで、 するりと喉の奥に滑り込んでくれた。 | ||||
414 | 雪菜 | Setsuna | 「ゆっくり、食べたいだけでいいからね」 | ||
415 | 春希 | Haruki | 「うん…」 | ||
416 | 心配していた胃からの猛烈な拒絶反応もなく、 それどころか、きちんと活動を始めてくれたようで、 猛烈な空腹感が、けれどゆっくりとせり上がってきた。 | ||||
417 | 雪菜 | Setsuna | 「残しても大丈夫だから。 冷蔵庫に入れておいて、後でチンすれば…」 | ||
418 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
419 | 雪菜 | Setsuna | 「い、今のなし! チンするってお母さんの口癖なの。 やだなぁ、うつっちゃった」 | ||
420 | 春希 | Haruki | 「あは…」 | ||
421 | 雪菜 | Setsuna | 「わ、笑わないでよ… さすがにわたしでもおばさんくさいって思うよ」 | ||
422 | 春希 | Haruki | 「悪い…っ」 | ||
423 | 油断して適当に口に運んだ雑炊が、 『笑った罰だよ』と言わんばかりに、 熱さで口の中を突き刺す。 | ||||
424 | けれど今は、そんな刺激さえもが懐かしく、 口の中をどれだけ傷つけても、 雑炊を運ぶ匙の動きは止まらない。 | ||||
425 | 雪菜 | Setsuna | 「どうして誰にも連絡しなかったの?」 | ||
426 | 春希 | Haruki | 「…悪い」 | ||
427 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしじゃなくても、 依緒や武也君頼ればよかったじゃない。 誰でも、ちゃんと看病してくれたよ?」 | ||
428 | そんな、ちゃんと食べる俺を見て少し安心したのか、 雪菜の言葉が、少し説教がましくなる。 | ||||
429 | 春希 | Haruki | 「昼間、ずっと寝てたし。 少しだけ目が覚めるといつも真夜中でさ、 今電話したら迷惑かなって…」 | ||
430 | 雪菜 | Setsuna | 「迷惑なわけないよ。 昔は夜中の三時だって平気で電話してたじゃない」 | ||
431 | 春希 | Haruki | 「それは…」 | ||
432 | 雪菜 | Setsuna | 「あの時辛かった、苦しかったって言われる方が、 たった今辛い、苦しいって言われるより、 わたしには辛くて、苦しいんだからね?」 | ||
433 | 春希 | Haruki | 「…理解しにくいぞ、その言い回し」 | ||
434 | 雪菜 | Setsuna | 「やぁっと春希くんらしい突っ込みが入ったね」 | ||
435 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
436 | 雪菜 | Setsuna | 「明日もしっかり休むんだよ? ちゃんと治るまで、大学もバイトも禁止だからね」 | ||
437 | 春希 | Haruki | 「そんなことしたら試験が… 俺、進級できなくなるって」 | ||
438 | 雪菜 | Setsuna | 「その代わり、明日は病院行って診断書もらってくるの。 そしたら先生達も考慮してくれるよ」 | ||
439 | 春希 | Haruki | 「そう、かな?」 | ||
440 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くんはどうせ出席率いいんだから大丈夫。 …なんて、わたしの保証じゃ頼りないか」 | ||
441 | 春希 | Haruki | 「そんなこと…」 | ||
442 | 雪菜 | Setsuna | 「病院行くのも辛いかな? そしたらわたし、付き添うよ?」 | ||
443 | 春希 | Haruki | 「いいよ… 雪菜だって試験あるだろ」 | ||
444 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしの方は昨日でもう安全圏突破しました。 一番危ないと思ってたフランス語の手応えが良くってね」 | ||
445 | 春希 | Haruki | 「そっか」 | ||
446 | 雪菜 | Setsuna | 「一緒に進級しようね? 一緒に…卒業できるといいね」 | ||
447 | 春希 | Haruki | 「………っ」 | ||
448 | 熱のせいで、ちっとも気の利いた受け答えができない。 | ||||
449 | ただ口に運ぶ雑炊が熱くて、口の中が灼けて、 だから、涙が出そうになる。 | ||||
450 | 雪菜 | Setsuna | 「おかわり、いる?」 | ||
451 | 春希 | Haruki | 「………うん」 | ||
452 | 雪菜の、俺とは違う優しい説教は、 この雑炊と同じように、するりと腑に落ちていく。 | ||||
453 | 俺なんかの押しつけがましい説教とは違い、 あくまで優しく、温かく染み込んでいく。 | ||||
454 | だからこそ、 『誰にも連絡しなかったのは、雪菜に知られないため』 なんて言葉も、今は封印する。 | ||||
455 | 雪菜がショックを受けることも、 お互い気まずい雰囲気になることも、 今の俺にはとても辛く、苦しいことだから。 | ||||
456 | ……… | .........
| |||
457 | 雪菜 | Setsuna | 「三日分のおかず作っておいたから、 ちゃんとチン…温めて食べるんだよ?」 | ||
458 | 春希 | Haruki | 「ありがと…本気で助かった」 | ||
459 | それからも雪菜は、一時間くらい俺の部屋にいた。 | ||||
460 | 持ってきた材料で手早く料理を作り、 ラップをかけたり、タッパーに詰めたりして、 次から次へと冷蔵庫と冷凍室に放り込んだ。 | ||||
461 | 雪菜 | Setsuna | 「素材も腕もありきたりだから、 味の保証はしないけどね」 | ||
462 | 春希 | Haruki | 「本当にありがとう…雪菜」 | ||
463 | 雪菜 | Setsuna | 「ちょっと、それ返事になってないよ春希くん」 | ||
464 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ…」 | ||
465 | 三年前、初めて俺とかずさに料理を振舞ってくれた時と 比べても、きっちりと三年分の進歩が見て取れるくらい、 腕が上がってた。 | ||||
466 | だから味も、昔以上に美味いに決まってる。 そしてきっと、病弱の俺の体に優しく、 しっかりと栄養にも気を使ってる料理に違いない。 | ||||
467 | 雪菜 | Setsuna | 「それじゃ…そろそろ帰るから。 これ以上いると、春希くん余計に疲れちゃうだろうし」 | ||
468 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
469 | 食事の用意もできなかった俺に夕食を作ってくれた。 そして更に、作り置きの食事まで用意してくれた。 | ||||
470 | 雪菜も、自分の役目は終わったって思って当然なくらい、 沢山の優しさを残してくれた。 | ||||
471 | だけど… | ||||
472 | 俺の体が、また一人に戻ることを拒否してる。 | ||||
473 | 雪菜 | Setsuna | 「薬、ちゃんと飲んで寝るんだよ? 熱も下がってないのに大学行こうとか、 絶対に考えちゃ駄目だからね?」 | ||
474 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ…っ」 | ||
475 | 雪菜が、俺に背を向けて靴を履いている。 | ||||
476 | 俺は、そんな彼女の背中に、心の中で、 伸ばしてはいけないはずの手を差し出している。 | ||||
477 | もしも、もしもさ… | ||||
478 | 今、雪菜を背中から抱きしめたら… 抱きしめて、声を上げて泣いたら… | ||||
479 | 雪菜は俺のこと、 優しく抱きしめ返してくれるだろうか? | ||||
480 | それとも、困ったように突き放し、 もう、元に戻らないって諭すだろうか? | ||||
481 | ……… | .........
| |||
482 | 雪菜 | Setsuna | 「じゃ、ね」 | ||
483 | 春希 | Haruki | 「…うん」 | ||
484 | なんて、そんな強引で身勝手な真似、 雪菜に対してできるはずがなかった。 | ||||
485 | あいつには、いくらでも無茶しでかしたのに。 嫌がるかどうかなんて、考えもしなかったのに。 | ||||
486 | 俺にとって、雪菜は特別だから…? | ||||
487 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、春希くん」 | ||
488 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
489 | 雪菜 | Setsuna | 「ありがとう… まだわたしを、この部屋へ上げてくれて」 | ||
490 | 春希 | Haruki | 「っ!」 | ||
491 | そして今度は、背中からじゃなく、 真正面から雪菜を抱きしめたい衝動に駆られる。 | ||||
492 | 不意打ちじゃなく、 正面切って彼女の気持ちを確かめたくなる。 | ||||
493 | どうして今日、来たのかって。 俺を、許してくれるのかって。 | ||||
494 | 三年間、ずっと傷を抱え、彼女を避け続けてた俺を。 一月前、嘘をついて、彼女を更に傷つけた俺を。 | ||||
495 | 春希 | Haruki | 「………雪菜を閉め出す鍵なんて、 掛かってないどころか取りつけてすらいない」 | ||
496 | 雪菜 | Setsuna | 「本当にありがとう…春希くん」 | ||
497 | 春希 | Haruki | 「返事になってないって」 | ||
498 | 雪菜 | Setsuna | 「なってるよぉ…」 | ||
499 | …一月前、彼女を裏切り、自分だけ助かろうとしたせいで、 報いを受けてしまった俺を。 | ||||
500 | そして俺は… | ||||
501 | 雪菜が許してくれるなら、 今度こそ彼女を全部抱きしめるんだろうか? | ||||
502 | 無理やり、激しく、強引に。 彼女が泣いても、もう二度と離さないくらい強く。 | ||||
503 | そんな資格があるのか、そうすべきなのか、 …そう、したいのか。 | ||||
504 | 春希 | Haruki | 「雪菜、あのさ…」 | ||
505 | 雪菜 | Setsuna | 「ん…?」 | ||
506 | 俺は、雪菜に… | ||||
507 | ……… | .........
| |||
508 | …… | ......
| |||
509 | … | ...
| |||
510 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…」 | ||
511 | 千晶 | Chiaki | 「や、偶然」 | ||
512 | 雪菜 | Setsuna | 「晶子さん…」 | ||
513 | 千晶 | Chiaki | 「男の部屋からの帰り?」 | ||
514 | 雪菜 | Setsuna | 「え?」 | ||
515 | 千晶 | Chiaki | 「隠さなくたってい~よ。 雪菜、家は一戸建てなんでしょ? でもここ、マンションじゃん」 | ||
516 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、えと… し、晶子さんはどうしてここに?」 | ||
517 | 千晶 | Chiaki | 「あたし? 晩ご飯買ってきた帰り」 | ||
518 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、この近所に住んでるんだ」 | ||
519 | 千晶 | Chiaki | 「かもね」 | ||
520 | 雪菜 | Setsuna | 「かも、って…」 | ||
521 | 千晶 | Chiaki | 「そだ、一緒にお弁当食べない? ちょっと買い過ぎちゃってさぁ」 | ||
522 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
523 | ……… | .........
| |||
524 | 千晶 | Chiaki | 「はい、ブラックで良かったんだよね?」 | ||
525 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、ありがと…」 | ||
526 | 千晶 | Chiaki | 「…そんなにキツかった?」 | ||
527 | 雪菜 | Setsuna | 「カツカレーって…かなり重いよね」 | ||
528 | 千晶 | Chiaki | 「残してもよかったのに」 | ||
529 | 雪菜 | Setsuna | 「出されたものは残さず食べろって、 ずっと両親に言われて育ったから」 | ||
530 | 千晶 | Chiaki | 「いい子なんだ雪菜は。 子供の頃からずっと」 | ||
531 | 雪菜 | Setsuna | 「どうかな? いい人なのはわたしじゃなくて、家族だと思う」 | ||
532 | 千晶 | Chiaki | [F16「そういう台詞が素で出てくるあたりがすげ~よ」] | ||
533 | 雪菜 | Setsuna | 「(んく)………ふぅ、温かい」 | ||
534 | 千晶 | Chiaki | 「お弁当も冷めちゃってたもんね~」 | ||
535 | 雪菜 | Setsuna | 「えっと…だったね」 | ||
536 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
537 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
538 | 千晶 | Chiaki | 「…よかったね」 | ||
539 | 雪菜 | Setsuna | 「え? 何が?」 | ||
540 | 千晶 | Chiaki | 「足掻いた甲斐があったねってこと。 …彼氏と仲直りしたんでしょ?」 | ||
541 | 雪菜 | Setsuna | 「…どうして、そう思うの?」 | ||
542 | 千晶 | Chiaki | 「そりゃ、部屋から出てきたところ見ちゃったらさぁ」 | ||
543 | 雪菜 | Setsuna | 「あれは… 彼が病気で倒れちゃって。 食事もままならないみたいだったから」 | ||
544 | 千晶 | Chiaki | 「そうなんだ、そいつはよかったね。 彼が弱ってる時なんて、絶好のチャンスだもんね~」 | ||
545 | 雪菜 | Setsuna | 「別に、そんなつもりで…」 | ||
546 | 千晶 | Chiaki | 「彼、逆境の時優しくしてくれる女に弱そうだもんね。 そう言うときの相手なんか誰でも… じゃないや、雪菜だからこそ優しくできたんだろうしね」 | ||
547 | 雪菜 | Setsuna | 「…晶子さん?」 | ||
548 | 千晶 | Chiaki | 「なんてゆ~か、ちょっとガッカリだな。 あたし、雪菜の彼に幻想抱いてたみたい」 | ||
549 | 雪菜 | Setsuna | 「幻想?」 | ||
550 | 千晶 | Chiaki | 「雪菜が好きになる男だから、 きっと、心から本気でいい男なんだろうって。 勝手に自分の中で理想像作っちゃってさぁ」 | ||
551 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
552 | 千晶 | Chiaki | 「それが、いざ蓋を開けてみると、 自分のしたこと棚に上げて、結局雪菜にすがってる」 | ||
553 | 千晶 | Chiaki | 「雪菜の話だと、すごく誠実で真面目で、 そのせいで自分を追い詰めてハマる奴だと思ってたのに」 | ||
554 | 雪菜 | Setsuna | 「なんか見てきたみたいに言うんだね、彼のこと」 | ||
555 | 千晶 | Chiaki | 「あ、ごめん、気悪くした? なら謝るよ」 | ||
556 | 雪菜 | Setsuna | 「別に怒ってないけど…ただ、詳しいなって」 | ||
557 | 千晶 | Chiaki | 「詳しいも何も、妄想なんだって。 でもいいや、雪菜がそれで満足ならいい。 ちょっと呆気なかったとは思うけど」 | ||
558 | 雪菜 | Setsuna | 「残念だった?」 | ||
559 | 千晶 | Chiaki | 「そういうことはないけど、予想は外れたな。 春までは引きずると思ったんだけどなぁ」 | ||
560 | 雪菜 | Setsuna | 「前にもそんなこと言ってたよね。 春に何かあるのかな?」 | ||
561 | 千晶 | Chiaki | [F16「だって、そういうスケジュールなんだもん」] | ||
562 | 雪菜 | Setsuna | 「…スケジュール?」 | ||
563 | 千晶 | Chiaki | 「暖かくなって、心も浮き立つ季節だから!」 | ||
564 | 雪菜 | Setsuna | 「そっか…」 | ||
565 | 千晶 | Chiaki | 「ま、なんでもいいや。どうぞお幸せに。 じゃ、あたしもう行くから」 | ||
566 | 雪菜 | Setsuna | 「また、会える?」 | ||
567 | 千晶 | Chiaki | 「どうかな? 悩みごとがなくなっちゃったんなら、 あなたにとって、あたしの存在意義なくない?」 | ||
568 | 雪菜 | Setsuna | 「じゃあ、今日のうちにもう少しだけ話をしたいな。 わたしの話、聞く気ないかな?」 | ||
569 | 千晶 | Chiaki | 「これ以上、のろけ話なんか聞かされてもねぇ…」 | ||
570 | 雪菜 | Setsuna | 「駄目かな? “和泉千晶”さん」 | ||
571 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
572 | ……… | .........
| |||
573 | 雪菜 | Setsuna | 「正解…で、いいのかな?」 | ||
574 | 千晶 | Chiaki | 「…なぁんだ、わかってたんだ。 性格悪いよ、“小木曽さん”」 | ||
575 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、今繋がったばかり」 | ||
576 | 千晶 | Chiaki | 「どの辺りで?」 | ||
577 | 雪菜 | Setsuna | 「当たり前のようにマンションの前で待ってたし」 | ||
578 | 千晶 | Chiaki | 「偶然だって言ったじゃん」 | ||
579 | 雪菜 | Setsuna | 「お弁当、二つあったし。それに冷たかった」 | ||
580 | 千晶 | Chiaki | 「それも買い過ぎちゃったって言った。 それに、弁当が冷たいのが一体なんの…」 | ||
581 | 雪菜 | Setsuna | 「せっかく差し入れ持って行ったのに、 わたしがいたから、入れなかったんだよね。 …春希くんの部屋」 | ||
582 | 千晶 | Chiaki | 「…家に持ち帰ってから温めるつもりだったかも」 | ||
583 | 雪菜 | Setsuna | 「かも、しれないね。 本当はどうなの?」 | ||
584 | 千晶 | Chiaki | 「………水沢さんから聞いたの? あたしの本名」 | ||
585 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん。 依緒も武也くんも、そういうこと言わないよ」 | ||
586 | 千晶 | Chiaki | 「へぇ…そうなんだぁ。 春希には告げ口するくせにね」 | ||
587 | 雪菜 | Setsuna | 「それは、あなたと春希くんの問題だから、 じゃないかな?」 | ||
588 | 千晶 | Chiaki | 「…よく、わかんないなぁ」 | ||
589 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしと春希くんの問題に、 あなたのことは直接関係ない…ってこと」 | ||
590 | 千晶 | Chiaki | 「あ、そ」 | ||
591 | 雪菜 | Setsuna | 「千晶さんのことは、たった今春希くんから聞いたばかり。 その時は晶子さんのことだなんてわからなかったけど…」 | ||
592 | 千晶 | Chiaki | 「ところが間抜けな大根役者が勝手に自滅して、 舞台裏を何もかもさらけ出しちゃったってことかぁ…」 | ||
593 | 雪菜 | Setsuna | 「別に、そういう訳じゃ…」 | ||
594 | 千晶 | Chiaki | 「どこまで聞いてる? あたしのこと。 どんだけの外道っぷり、聞いちゃってるかな?」 | ||
595 | 雪菜 | Setsuna | 「…そんなことは一言も。 ただ、辛いときに救ってもらったって」 | ||
596 | 千晶 | Chiaki | 「………なんてフェアな奴。 ううん、自分にアンフェアな奴」 | ||
597 | 雪菜 | Setsuna | 「そういうところあるよね、春希くん。 もうちょっと言い訳すればいいのにって思うときがある」 | ||
598 | 千晶 | Chiaki | 「そうだよね、言い訳すればいいのにね。 …とんでもない女に騙されて、利用されて、 ボロボロにされたって、泣けばよかったのに」 | ||
599 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
600 | 千晶 | Chiaki | 「いいよ、教えてあげる。 あたしが彼に何をしてあげたか… そして、何をしでかしたか、をね」 | ||
601 | 雪菜 | Setsuna | 「千晶さん…」 | ||
602 | 千晶 | Chiaki | 「ちょっと芝居がかっちゃうかもしれないけど、 その辺りはご勘弁。 あたし、こっちの方が本職だから」 | ||
603 | ……… | .........
| |||
604 | …… | ......
| |||
605 | … | ...
| |||
606 | 雪菜 | Setsuna | 「演劇部の…瀬能さん?」 | ||
607 | 千晶 | Chiaki | 「ほんっと、懐かしいね、小木曽さん。 “卒業式”以来かな?」 | ||
608 | 雪菜 | Setsuna | 「わたし知ってる… 確か一年の学園祭の時から主役張ってたよね?」 | ||
609 | 千晶 | Chiaki | 「その割には全然気づかなかったよね。 あたしの正体」 | ||
610 | 雪菜 | Setsuna | 「ごめんなさい… 舞台の上のあなたとは、全然イメージが違ってて」 | ||
611 | 千晶 | Chiaki | 「あ、それ厳密には違う。 舞台とそれ以外が違うんじゃないの。 全部のあたしが別人なんだ」 | ||
612 | 雪菜 | Setsuna | 「…どういうこと?」 | ||
613 | 千晶 | Chiaki | 「雪菜と話してた“長瀬晶子”も、 春希にまとわりついてた“和泉千晶”も、 ウァトスで猛威を振るう“瀬之内晶”も、全部別の人格」 | ||
614 | 雪菜 | Setsuna | 「え…」 | ||
615 | 千晶 | Chiaki | 「中学の大会で演じた“つう”や、 付属祭で演じた“柏木四姉妹”と同じ、 一つの役なんだ」 | ||
616 | 雪菜 | Setsuna | 「千晶さん…?」 | ||
617 | 千晶 | Chiaki | 「もうすぐね、二人増えるよ… 誰あろう“小木曽雪菜”と“冬馬かずさ”。 ま、さすがに名前だけは変えるけどね」 | ||
618 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
619 | 千晶 | Chiaki | 「軽蔑したっしょ? 許せないっしょ?」 | ||
620 | 雪菜 | Setsuna | 「…どうしてそんなに悪ぶるのかな? 自分のこと。 それが今の、あなたの役回りなの?」 | ||
621 | 千晶 | Chiaki | 「べっつに~? ただ冷静に、客観的に、 自分のしたことを分析しただけだよ?」 | ||
622 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
623 | 千晶 | Chiaki | 「春希はね、あたしを押し倒したよ? 殴ろうとして、相手が女だからそれもできずに、 あたしの上で、わんわん泣いてたっけなぁ」 | ||
624 | 雪菜 | Setsuna | 「っ…」 | ||
625 | 千晶 | Chiaki | 「ほうら、だんだんムカついてきた。 別に、ひっぱたいてもい~んだよ?」 | ||
626 | 雪菜 | Setsuna | 「…なんでそんな見え透いた演技するの?」 | ||
627 | 千晶 | Chiaki | 「確かに演技だけどさぁ… 見え透いたってのは傷つくなぁ。 あたし、自慢じゃないけど…」 | ||
628 | 雪菜 | Setsuna | 「だって千晶さん…ううん、晶子さん、 あの時、あんなに嬉しそうだったじゃない」 | ||
629 | 千晶 | Chiaki | 「はぁ? いつのこと?」 | ||
630 | 雪菜 | Setsuna | 「冬休み明けに会ったとき… 絶対に、いつもの晶子さんじゃなかった」 | ||
631 | 雪菜 | Setsuna | 『しばらく見ない間に、 晶子さん、なんだかすごく可愛くなったなぁって』 | ||
632 | 千晶 | Chiaki | 『………(ごっくん) っ!? ごほっ、ごほぉぉっ!?』 | ||
633 | 雪菜 | Setsuna | 『何かいいことあったのかな? …冬休みの間に、素敵な人に出逢えたとか』 | ||
634 | 千晶 | Chiaki | 『ち、違っ…いや、そんな…馬鹿な』 | ||
635 | 雪菜 | Setsuna | 『今まではそういうこと包み隠さず話してくれてたのに、 そうやって急に口ごもるところなんかも可愛いよ?』 | ||
636 | 千晶 | Chiaki | 『だ、だからそれは… そんな、気づかれるはず…』 | ||
637 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
638 | 雪菜 | Setsuna | 「あれが演技だったら、もう降参。 …どうかな?」 | ||
639 | 千晶 | Chiaki | 「演技だよ。 だってあたし、天才だし」 | ||
640 | 雪菜 | Setsuna | 「自分も騙せるくらい?」 | ||
641 | 千晶 | Chiaki | 「…なんでそんな性善説なの? 犯罪を告白してる人の無実まで信じちゃったら、 世界、成り立たないよ?」 | ||
642 | 雪菜 | Setsuna | 「それは昔の話だよ。 今は自白なんて、証拠にならない」 | ||
643 | 千晶 | Chiaki | 「あたしが喜んでたのはね、 今度の定期公演のホンが完成したからなの。 あんたたち三人のキャラを掴み切ったからだったの」 | ||
644 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
645 | 千晶 | Chiaki | 「ほ~ら、今度こそ許せなくなった」 | ||
646 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしたちががあなたを許すと、 どうして駄目なの?」 | ||
647 | 千晶 | Chiaki | 「プロットが根底から覆る。 あたしの知ってる春希や小木曽さんじゃなくなる」 | ||
648 | 雪菜 | Setsuna | 「プロット…」 | ||
649 | 千晶 | Chiaki | 「あんたたちは、昔からの強い絆で結ばれてる。 それは、あたしみたいなノイズを憎む排他的な絆なの」 | ||
650 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなに強いのかな… わたしと彼の絆って」 | ||
651 | 千晶 | Chiaki | 「あたし、あんたたちのリアルに介入するつもりはないの。 ただ、この芝居が終わるまでは本気を保ってたい。 …ヒロインと同じように、彼のことを想っていたいだけ」 | ||
652 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
653 | 千晶 | Chiaki | 「だから、あたしを憎んで、嫌って… けれど、あと一月だけは放っておいて欲しいんだ。 …そんなに難しいお願いじゃないっしょ?」 | ||
654 | 雪菜 | Setsuna | 「嫌うなんて…できないよ。 憎むなんて…絶対に無理だよ」 | ||
655 | 千晶 | Chiaki | 「雪菜!」 | ||
656 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くんは、絶対にあなたを許すよ?」 | ||
657 | 千晶 | Chiaki | 「それって、どんだけMよ?」 | ||
658 | 雪菜 | Setsuna | 「だって彼は、裏切る辛さも、 裏切られる悲しさも知ってる。 何があっても、誰も憎まない。誰のせいにもしない」 | ||
659 | 千晶 | Chiaki | 「泣いたんだよあいつ? あたしに騙されて、すんごい大声で泣き叫んだんだよ?」 | ||
660 | 雪菜 | Setsuna | 「最初は嘆くけど、結局無条件に許す。 賭けてもいい」 | ||
661 | 千晶 | Chiaki | 「なんでよ?」 | ||
662 | 雪菜 | Setsuna | 「…それこそが相手にとって一番の罰だって、 まだ、気づいてないから、かな?」 | ||
663 | 千晶 | Chiaki | 「…意味がわかんないよ」 | ||
664 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くんが、好きなんだね」 | ||
665 | 千晶 | Chiaki | 「あんなやつ好きでも何でもないよ。 骨の髄まで利用しただけだよ」 | ||
666 | 雪菜 | Setsuna | 「だから、その罪悪感で先に進めなくなったのかな? ああ、うん。わかるよ、わたしにはよくわかる」 | ||
667 | 千晶 | Chiaki | 「やめようよ決めつけはさぁ。 頬の一つでも殴ってくれた方がよっぽど…」 | ||
668 | 雪菜 | Setsuna | 「でもごめんね、わたしも、あなたを憎めない。 ありがとう、晶子さん。 それでもわたしは、あなたに救われたよ」 | ||
669 | 千晶 | Chiaki | 「どいつもこいつも…っ!」 | ||
670 | 雪菜 | Setsuna | 「あの時頑張ろうって思えたのは、あなたのおかげだよ。 あなたが励ましてくれたから。 あなたが心を解きほぐしてくれたから」 | ||
671 | 千晶 | Chiaki | 「でも、結局あたしに壊された」 | ||
672 | 雪菜 | Setsuna | 「同じ人を好きになっちゃうと、そういうこともあるよ。 わたしも三年前、壊したから」 | ||
673 | 千晶 | Chiaki | 「違うって言ってんのに! あたしを『可哀想な子』に仕立てないでよ!」 | ||
674 | 雪菜 | Setsuna | 「好きでもない男の人に、 簡単に抱かれることなんかできないよ。 …好きでもできない女の子だっているのに」 | ||
675 | 千晶 | Chiaki | 「どうしてあたしを女の常識に当てはめるわけ? 小木曽さん、あんた人の言ったこと理解できてる?」 | ||
676 | 雪菜 | Setsuna | 「そのつもりなんだけどな… 何か、間違ってるかな?」 | ||
677 | 千晶 | Chiaki | 「何か間違ってるかなというより、 何か間違ってないところあるのかなって感じ…」 | ||
678 | 雪菜 | Setsuna | 「会話、成立しないね」 | ||
679 | 千晶 | Chiaki | 「…やってらんない。 帰る」 | ||
680 | 雪菜 | Setsuna | 「お弁当、ありがとう。 実はお腹ぺこぺこだったんだ」 | ||
681 | 千晶 | Chiaki | 「…そうやってまた良いとこ探しする。 あたし、あんたのことが嫌いになりそうだよ」 | ||
682 | 雪菜 | Setsuna | 「…ごめんね」 | ||
683 | 千晶 | Chiaki | 「っ… ホン書き直しだよ。 今のあんたは、あたしの知ってる小木曽雪菜じゃない」 | ||
684 | 雪菜 | Setsuna | 「…かな?」 | ||
685 | 千晶 | Chiaki | 「強くて優しくて、そしてなんて愚かな女。 ここで本音出さないなんて、あたしには理解できない」 | ||
686 | 雪菜 | Setsuna | 「お互いさまじゃないかなぁ?」 | ||
687 | 千晶 | Chiaki | 「少なくとも、あたしは本気でそう思ってないから」 | ||
688 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、千晶さん」 | ||
689 | 千晶 | Chiaki | 「何?」 | ||
690 | 雪菜 | Setsuna | 「どれだけたくさんの役を演じてきたとしても、 やっぱり、あなたは一人しかいないんだよ?」 | ||
691 | 千晶 | Chiaki | 「っ…」 | ||
692 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
693 | 雪菜 | Setsuna | 「さよなら、晶子さん。 今まで、ありがとう」 | ||
694 | 春希 | Haruki | 「辛かったんだ。 俺、あいつに裏切られて、辛かったんだ」 | ||
695 | 雪菜 | Setsuna | 「そう…」 | ||
696 | 振り向いた雪菜に俺がしたことは、 強引に抱きしめることでも、 その優しさに甘えることでもなかった。 | ||||
697 | ただ、真実を。 俺の犯した新しい罪を、正直に告白した。 | ||||
698 | 春希 | Haruki | 「クリスマスの夜さ… 雪菜とすれ違った時と同じくらい、 辛くて、悲しいって思っちまったんだ」 | ||
699 | 雪菜 | Setsuna | 「…ふぅ~ん」 | ||
700 | あの夜、雪菜と別れた後、 たった数時間で別の女性を受け入れてしまったこと。 | ||||
701 | その後、十日間に渡り、 雪菜じゃない女性とこの部屋で一緒に暮らしてたこと。 | ||||
702 | そんな、弱虫で卑怯者の、最低の背信を。 その結果、自分に降りかかってきた報いを。 | ||||
703 | 春希 | Haruki | 「だからさ、ごめん… 部屋に上げてしまって、ごめん… 本当は、優しくしてもらうべきじゃなかった」 | ||
704 | その行為が正しいか正しくないかも考える前に、 ただ事実だけを雪菜に伝え、判断を委ねるのは、 『正直』という免罪符を得た最低の逃げかもしれない。 | ||||
705 | 春希 | Haruki | 「今、雪菜の優しさに触れたら、 また、判断を間違えるかもしれない。 同じ過ちを繰り返すかもしれない」 | ||
706 | だから雪菜は、俺のその推測を肯定するかのように、 ものすごく苦くて、やるせない表情をしてたけど。 | ||||
707 | だけどきっと、心の中で歯を食いしばり、 あの時よりも落ち着いた口調で、俺に問いかける。 | ||||
708 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしを選ぶのは、 春希くんにとって間違いってこと?」 | ||
709 | 春希 | Haruki | 「わからない… 俺、まだ何も決められてない」 | ||
710 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
711 | 春希 | Haruki | 「諦めきれなくて、また雪菜に辛い思いをさせるのか、 裏切って、今度こそ雪菜の悲しみを解放するのか」 | ||
712 | だから俺は、残酷になれてしまう。 | ||||
713 | 春希 | Haruki | 「それとも、それともさ… 一番、馬鹿馬鹿しい選択肢を選んでしまうのか…」 | ||
714 | 雪菜 | Setsuna | 「彼女を選ぶって…こと?」 | ||
715 | 雪菜の前に提示した第三の選択肢は、 雪菜にとってはまるで意味のない、 ただ、俺だけの事情の身勝手な発露。 | ||||
716 | 春希 | Haruki | 「雪菜とあいつを比べてあいつを選ぶなんて、 そんな馬鹿、世界中にいるのかどうか疑問だけど」 | ||
717 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなにわたしって、 春希くんにとって駄目な存在なんだ…」 | ||
718 | 春希 | Haruki | 「俺が雪菜にとって駄目な存在なんだよ。 雪菜を世界で一番不幸にする疫病神なんだ」 | ||
719 | 雪菜 | Setsuna | 「そんな、勝手に決めつけられても… って、春希くんにそう思わせたのは、わたしのせいだね」 | ||
720 | それどころか、 何も悪くないはずの雪菜に罪悪感を抱かせてしまう、 取りようによっては攻撃ともなる言葉の刃だった。 | ||||
721 | なんで俺、なんで… | ||||
722 | 雪菜が来てくれて、死ぬほど嬉しかったのに。 | ||||
723 | このまま時が止まってくれたらって、 思ってしまったほどだったのに。 | ||||
724 | 春希 | Haruki | 「それにさ…」 | ||
725 | 雪菜 | Setsuna | 「ん…?」 | ||
726 | 春希 | Haruki | 「あいつのこと、 これからもずっと女として扱えるのって、 世界一ころっと騙された、俺くらいかなぁって」 | ||
727 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
728 | なんで俺… 別の女のこと話してんだ? | ||||
729 | あんな酷い裏切り者のこと、 必死でかばってしまってるんだ? | ||||
730 | 春希 | Haruki | 「まだ、わかんないけどな。 頭、熱のせいで全然まとまってないんだけどな」 | ||
731 | そうだ、熱のせいだ… | ||||
732 | だからこんな雪菜に酷いこと平気で口にするし… | ||||
733 | あいつに腹を抱えてけらけら哄笑されそうなこと、 やっぱり平気で口にしてしまう。 | ||||
734 | 春希 | Haruki | 「天才で、冷酷で、無慈悲で、倫理観なくて、 女どころか人としてかなりヤバい奴なのは間違いないけど、 それでも馬鹿で、俺にとってはいい奴で、大切な恩人だ」 | ||
735 | 俺の今の感情を、 ストレートにだだ漏れにしてしまう。 | ||||
736 | なんだよ、それ… | ||||
737 | あいつは俺が必要とするような奴じゃなかったのに。 | ||||
738 | それどころか、俺でさえ更正させられるか わからないような、じゃじゃ馬だってのに。 | ||||
739 | 俺、あいつのこと、まだ好きなのか? あいつが必要なのか? | ||||
740 | それとも… | ||||
741 | 春希 | Haruki | 「あいつには俺が必要だって。 …99%以上は勘違いだと思うけどさ」 | ||
742 | 雪菜 | Setsuna | 「そっか…そういうことか」 | ||
743 | 春希 | Haruki | 「雪菜の言う『そういうこと』が どういう意味かわからないけど…」 | ||
744 | 春希 | Haruki | 「…まぁ、『そういうこと』だよ」 | ||
745 | ……… | .........
| |||
746 | 雪菜 | Setsuna | 「っ…ぅ…ぅぁ…ぁ…っ」 | ||
747 | 千晶 | Chiaki | 『強くて優しくて、そしてなんて愚かな女。 ここで本音出さないなんて、あたしには理解できない』 | ||
748 | 雪菜 | Setsuna | 「理解できなくて、当然だよ…」 | ||
749 | 雪菜 | Setsuna | 「だって… わたしの演技、完璧だったでしょ?」 |
Script Chart
Edit this section For more instructions on how the script chart works, please click here.
If you are below the age of consent in your respective country, you are advised to not read any adult content (marked by cells with red backgrounds) where applicable. Otherwise, you are agreeing to the terms of our Disclaimer.
Introductory Chapter | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
1001 | 1008 | 1009 | 1010 | 1011 | 1012 | 1013 |
1002 | 1008_020 | 1009_020 | 1010_020 | 1011_020 | 1012_020 | |
1003 | 1008_030 | 1009_030 | 1010_030 | 1011_030 | 1012_030 | |
1004 | 1008_040 | 1010_040 | 1012_030_2 | |||
1005 | 1008_050 | 1010_050 | ||||
1006 | 1010_060 | |||||
1006_2 | 1010_070 | |||||
1007 |
Closing Chapter | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | ||||||
2001 | 2011 | 2020 | 2027 | 2301 | 2309 | 2316 | 2401 | 2408 | 2501 | 2510 |
2002 | 2012 | 2021 | 2028 | 2302 | 2310 | 2317 | 2402 | 2409 | 2502 | 2511 |
2003 | 2013 | 2022 | 2029 | 2303 | 2311 | 2318 | 2403 | 2410 | 2503 | 2512 |
2004 | 2014 | 2023 | 2030 | 2304 | 2312 | 2319 | 2404 | 2411 | 2504 | 2513 |
2005 | 2015 | 2024 | 2031 | 2305 | 2313 | 2320 | 2405 | 2412 | 2505 | 2514 |
2006 | 2016 | 2025 | 2032 | 2306 | 2314 | 2321 | 2406 | 2413 | 2506 | 2515 |
2007 | 2017 | 2026 | 2033 | 2307 | 2315 | 2322 | 2407 | 2507 | 2516 | |
2008 | 2018 | 2308 | 2508 | 2517 | ||||||
2009 | 2019 | 2509 | ||||||||
2010 | ||||||||||
Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | |||||||
2031_2 | 2312_2 | 2401_2 | 2504_2 | 2511_2 | ||||||
2031_3 | 2313_2 | 2402_2 | 2507_2 | 2513_2 | ||||||
2031_4 | 2313_3 | 2402_3 |
Coda | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Kazusa (True) | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | ||||||
3001 | 3008 | 3014_2 | 3020 | 3101 | 3107 | 3201 | 3207 | 3901 | 3907 |
3002 | 3009 | 3014_3 | 3021 | 3102 | 3108 | 3202 | 3208 | 3902 | 3908 |
3003 | 3010 | 3015 | 3022 | 3103 | 3109 | 3203 | 3209 | 3903 | 3909 |
3004 | 3011 | 3016 | 3023 | 3104 | 3110 | 3204 | 3210 | 3904 | |
3005 | 3012 | 3017 | 3024 | 3105 | 3111 | 3205 | 3211 | 3905 | |
3006 | 3013 | 3018 | 3106 | 3206 | 3906 | ||||
3007 | 3014 | 3019 | |||||||
Common | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | |||||||
3001_2 | 3210_2 | 3901_2 | 3906_2 | ||||||
3015_2 | 3902_2 | 3907_2 | |||||||
3902_3 | 3907_3 | ||||||||
3904_2 |
Mini After Story and Extra Episode | |||
---|---|---|---|
The Path Back to Happiness | The Path Forward to Happiness | Dear Mortal Enemy | |
6001 | 6101 | 4000 | 4005 |
6002 | 6102 | 4001 | 4006 |
6003 | 6103 | 4002 | 4007 |
6004 | 6104 | 4003 | 4008 |
6005 | 4004 | 4009 |
Novels | |||||
---|---|---|---|---|---|
The Snow Melts, And Until The Snow Falls | The Idol Who Forgot How to Sing | Twinkle Snow ~Reverie~ | After the Festival ~Setsuna's Thirty Minutes~ | His God, Her Savior | |
5000 | 5100 | 5200 | 5205 | 5300 | 5400 |
5001 | 5101 | 5201 | 5206 | 5301 | 5401 |
5002 | 5102 | 5202 | 5207 | 5302 | |
5003 | 5103 | 5203 | 5208 | 5303 | |
5004 | 5104 | 5204 | 5209 |
Short Stories | |||
---|---|---|---|
Princess Setsuna's Distress and Her Minister's Sinister Plan | Koharu Climate After the Passing of the Typhoon | This isn't the Season for White Album | Todokanai Koi, Todoita |
7000 | 7100 | 7200 | 7300 |