White Album 2/Script/1006
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Translation Notes
Text
Speaker | Text | Comment | |||
---|---|---|---|---|---|
Line # | JP | EN | JP | EN | |
1 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
2 | 春希 | Haruki | 「と、いうわけで、\n今日から軽音楽同好会に加わることになった…」 | ||
3 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
4 | 春希 | Haruki | 「…冬馬かずさ。\nみんなよろしく」 | ||
5 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
6 | 小木曽一人の盛大な拍手とともに、\n軽音楽同好会新入部員の『他者紹介』は終わった。 | ||||
7 | 昨夜はあんなに喋ったって言うのに、\nすぐに機嫌が悪くなったり、ちょっと悪くなったり、\nすごく悪くなったりと、ころころ変わる奴だ。 | ||||
8 | 春希 | Haruki | 「で、こっちが飯塚武也。\n一応ここの会長兼ギター」 | ||
9 | 武也 | Takeya | 「本当に連れてきやがった…」 | ||
10 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
11 | 武也 | Takeya | 「よ、よろしく…」 | ||
12 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
13 | 武也 | Takeya | 「は、はは、は…」 | ||
14 | 春希 | Haruki | 「…あ~」 | ||
15 | そういえばこいつ、\n冬馬口説いて蹴りを食らったことがあるんだっけ。 | ||||
16 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
17 | 武也 | Takeya | 「春希ぃ…」 | ||
18 | 春希 | Haruki | 「で、こっちが…\nま、よく知ってると思うけど、小木曽雪菜。\nボーカル担当で…」 | ||
19 | 個人的な理由で、武也の件をフォローしないまま、\n滞りなく議題を進めていく。 | ||||
20 | 雪菜 | Setsuna | 「よろしくね冬馬さん。\nあと、わたしのことは雪菜でいいよ」 | ||
21 | かずさ | Kazusa | 「あたしのことはかずさで良くないから」 | ||
22 | 雪菜 | Setsuna | 「…え~と」 | ||
23 | 春希 | Haruki | 「…あ~」 | ||
24 | この場で冬馬が初めて発した言葉は、\n超友好的に接してくる小木曽に対しての、\nあからさまな防波堤だった。 | ||||
25 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、あは…\nとにかく、学園祭に向けて頑張ろ、ね?」 | ||
26 | かずさ | Kazusa | 「わかってる…」 | ||
27 | 昨夜、小木曽から電話がかかってきたのは、\nいわゆる25時…午前1時に差し掛かった頃だった。 | ||||
28 | なんでも、今の今まで父親と論戦を続けていたらしく、\nいつもの鈴を鳴らしたような声はなりを潜め、\n妙に息遣いの色っぽいハスキーボイスとなっていた。 | ||||
29 | でも、声の調子そのものは、思いっきり弾んでいて… | ||||
30 | つまりそれが、小木曽の同好会復帰と、\n冬馬の同好会参加が決まった瞬間だった。 | ||||
31 | よっぽど嬉しかったのか、\n小木曽はその後も俺と2時間も電話でお喋りし… | ||||
32 | 『今から冬馬さんのところに電話するね』と、\n午前3時になって言い出して、俺の説教を呼び込んだ。 | ||||
33 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、ところで北原くん。\n北原くんも、わたしのことは…」 | ||
34 | 春希 | Haruki | 「小木曽どうした小木曽?」 | ||
35 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
36 | 『雪菜でいいよ』 | ||||
37 | 実は、昨夜の電話の中でも、\n何度か、この悪魔の囁きを聞いた記憶がある。 | ||||
38 | けどまだ今の俺には、\nこの、小木曽の真名を呼んでしまった直後の自分を\n制御できる自信がないから。 | ||||
39 | 武也 | Takeya | 「あ、ところで雪菜ちゃ…」 | ||
40 | 春希 | Haruki | 「武也ぁぁぁぁぁぁっ!」 | ||
41 | かずさ | Kazusa | 「…っ」 | ||
42 | 武也 | Takeya | 「うわあああああっ!?」 | ||
43 | ほら、制御できないし。 | ||||
44 | ……… | .........
| |||
45 | 春希 | Haruki | 「さ、さてと…\nそれじゃミーティング始めます」 | ||
46 | 何故だか部長が戦意喪失してしまったので、\n僭越ながら俺がこの場を仕切ることになった。 | ||||
47 | なお、肝心の部長はいつもの自信と軽薄さを失い、\n教室の隅で椅子に腰掛けてガタガタと震えている。 | ||||
48 | 冬馬の蹴飛ばした椅子、凄い音がしたもんなぁ。 | ||||
49 | 春希 | Haruki | 「ええと、それじゃどうしようかな?\nとりあえずメンバーも集まったことだし…」 | ||
50 | かずさ | Kazusa | 「…集まった?」 | ||
51 | 春希 | Haruki | 「あ、いや…」 | ||
52 | かずさ | Kazusa | 「あんた、昨日のあたしの話何も聞いてなかったの?\nどの面下げてそんな世迷い言を口に出せるわけ?」 | ||
53 | 春希 | Haruki | 「い、いや、聞いてた聞いてた。\nそうそう、ベースとドラムだよな」 | ||
54 | 俺は狼狽しつつも、冬馬に遮られなければ言うはずだった\n『一通り合わせてみようか』を口にしていないで\n本当に良かった、と胸をなで下ろしていた。 | ||||
55 | かずさ | Kazusa | 「確かに四人いれば普通バンドは組めるけど、\nそれが専任ボーカルとギター二人とキーボードとなれば\n全然話は別」 | ||
56 | 春希 | Haruki | 「だ、だから…それはおいおい…」 | ||
57 | かずさ | Kazusa | 「大体、何の曲をやるかも決まってないのに、\nメンバー揃ったとか、なんて短絡的な…」 | ||
58 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、わたしやりたい曲あるんだけど…」 | ||
59 | 春希 | Haruki | 「小木曽…?」 | ||
60 | そんな俺の約束された窮地を見かねてか、\n小木曽がおずおずと手を上げた。 | ||||
61 | 雪菜 | Setsuna | 「…って、今言っちゃっていいのかな?\n大事な話の途中だったみたいだけど」 | ||
62 | 春希 | Haruki | 「全然! 冬馬の言うとおり、\n何をやるか決めないと何も進まないから。\nな、そうだろ冬馬?」 | ||
63 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
64 | 春希 | Haruki | 「…うん、大丈夫、大丈夫だから。\nで、なんて曲?」 | ||
65 | うん、大丈夫だ。\n後で俺が叱られておけば… | ||||
66 | 雪菜 | Setsuna | 「わかんないかなぁ? 二人とも」 | ||
67 | 春希 | Haruki | 「俺たちが?\n小木曽の歌いたい曲を?」 | ||
68 | かずさ | Kazusa | 「…あ」 | ||
69 | 雪菜 | Setsuna | 「じゃあヒントね。\n第3ヒントくらいまでに正解してくれなくちゃ、\k\n | ||
70 | 雪菜 | Setsuna | わたし泣くよ?」 | ||
71 | 春希 | Haruki | 「え? いや、ちょっと待って!\nそんな重要な曲って…」 | ||
72 | 雪菜 | Setsuna | 「まずは第1ヒント。\nわたしたちの…」 | ||
73 | かずさ | Kazusa | 「『WHITE ALBUM』…」 | ||
74 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
75 | 雪菜 | Setsuna | 「………出逢いの曲と言えば何でしょう?\k\n | ||
76 | 雪菜 | Setsuna | 冬馬さん正解」 | ||
77 | かずさ | Kazusa | 「…常識問題だし」 | ||
78 | 雪菜 | Setsuna | 「えへ…」 | ||
79 | 春希 | Haruki | 「………早押し弱いんだよ俺」 | ||
80 | その言葉が負け惜しみだってことは、\n自分が一番良く知っていたけれど。 | ||||
81 | いや、本気で悔しかったんだけど。 | ||||
82 | でも、あのときのことを、\n冬馬まで、こんなに鮮明に覚えているなんて、\nやっぱり意表を突かれたことだけは確かだった。 | ||||
83 | いや、本気で嬉しかったんだけど、ね。 | ||||
84 | 武也 | Takeya | 「俺の存在を認識してるか? 春希~」 | ||
85 | かずさ | Kazusa | [F14「『WHITE ALBUM』…」] | ||
86 | 武也 | Takeya | 「また随分と懐かしい曲だな…\nあれ何年前だ?」 | ||
87 | 春希 | Haruki | 「懐かしいとか言うな。\n不朽の名曲だぞ」 | ||
88 | かずさ | Kazusa | [F14「やっぱりドラムとベースがネック…」] | ||
89 | 雪菜 | Setsuna | 「また、この歌の季節が来るよね。\n…学園祭の頃だと、ちょっと早いけど」 | ||
90 | 武也 | Takeya | 「ま、白い雪が街に優しく積もるのは、\n早くて来月以降だろうけどな」 | ||
91 | 春希 | Haruki | 「お前だって知ってんじゃん」 | ||
92 | かずさ | Kazusa | [F14「間奏にサックスも入るし…」] | ||
93 | 武也 | Takeya | 「当たり前だ。\n懐かしいとは言ったが知らないとは言ってない。\n…けど俺、どっちかと言えば緒方理奈派だな」 | ||
94 | 春希 | Haruki | 「あ、ミーハーだ」 | ||
95 | 雪菜 | Setsuna | 「メジャー指向だよねぇ」 | ||
96 | かずさ | Kazusa | [F14「どうやって形にする?\n][F14何を捨てて、何を取る?」] | ||
97 | 武也 | Takeya | 「実力があるアーティストを評価してるの。それだけ。\n何だよお前、緒方理奈嫌いなのかよ?」 | ||
98 | 春希 | Haruki | 「んな訳ないじゃん」 | ||
99 | 雪菜 | Setsuna | 「この間の最新アルバムも買ったよ。\nしかも初回限定版」 | ||
100 | かずさ | Kazusa | [F14「4人…ボーカルにギターにギターにキーボード。\n][F14偏ってるなぁ。\n][F14せめて誰か1人をドラムに…」] | ||
101 | 春希 | Haruki | 「お、いいなぁ。\n俺、初回逃して未だに手に入れてないんだよな」 | ||
102 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、じゃあ貸してあげる。\n明日持ってくればいいかな?」 | ||
103 | 春希 | Haruki | 「マジ? 悪い。\nじゃさ、俺もお返しに何か…」 | ||
104 | 武也 | Takeya | 「…何でそんなに仲いいんだお前ら?\nミス峰城大付と堅物委員長のくせに」 | ||
105 | かずさ | Kazusa | [F14「………」] | ||
106 | 雪菜 | Setsuna | 「その言い方やめて欲しいなぁ。\n今になって、色々と人生損しちゃったって\n思い知らされてるし」 | ||
107 | 春希 | Haruki | 「やっぱ後悔してるのか?\nミス峰城大付になっちまったこと」 | ||
108 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、そうだね。\n危うく堅物委員長さんと知り合わないまま\n卒業しちゃうところだったから…」 | ||
109 | 春希 | Haruki | 「え…?」 | ||
110 | 武也 | Takeya | 「………なぁ春希。\n俺は今、夢を見てるってことにしていいか?\nそれも相当にタチの良くない悪夢を」 | ||
111 | かずさ | Kazusa | 「…ねぇ、ちょっと黙っててくれる?」 | ||
112 | 春希 | Haruki | 「聞いてたのか冬馬!?」 | ||
113 | かずさ | Kazusa | 「え? 何を?」 | ||
114 | 春希 | Haruki | 「…冬馬に全然関係のない、\n箸にも棒にもかからない雑談をだ」 | ||
115 | 雪菜 | Setsuna | 「………ぷっ」 | ||
116 | 今の俺の状況を[R小木曽^とうじしゃ]に笑われるのは、\n甚だ遺憾だと思うんだ。 | ||||
117 | 春希 | Haruki | 「無駄話ばかりで悪かった。\nさ、議事を進めようか!」 | ||
118 | かずさ | Kazusa | 「………部長」 | ||
119 | 春希 | Haruki | 「なんだ冬馬?\n一発逆転起死回生の凄い手でも思いつい………部長?」 | ||
120 | 俺たちの雑談にも加わらず、キレもせず、\nひたすら何か考え事をしていた冬馬が\n最初に問いかけたのは… | ||||
121 | 武也 | Takeya | 「…俺?」 | ||
122 | かずさ | Kazusa | 「あんた、打ち込みできる?」 | ||
123 | 意外な相手への、\n意外な質問だった。 | ||||
124 | 武也 | Takeya | 「え? あ、ええと、それって…」 | ||
125 | かずさ | Kazusa | 「シンセ使えるかって意味」 | ||
126 | 武也 | Takeya | 「ああ、いや、意味はわかるけど…」 | ||
127 | かずさ | Kazusa | 「なら質問に答えろ」 | ||
128 | 武也 | Takeya | 「ひっ…」 | ||
129 | 春希 | Haruki | 「だから冬馬…\nあまりドスを利かせるなと…」 | ||
130 | ただでさえ、その綺麗な顔で凄まれると、\n男としては必要以上に萎縮してしまうのは\n何度も経験済みだし。 | ||||
131 | かずさ | Kazusa | 「時間がないの。\nだからさっさと答え…てくださいませんか?」 | ||
132 | だからってその取って付けたような丁寧語は\nものすごくやっつけ感が漂うんだけど… | ||||
133 | 武也 | Takeya | 「そりゃまぁ、ある程度は。\nけど打ち込みなら…」 | ||
134 | 春希 | Haruki | 「冬馬、それだったら俺が…」 | ||
135 | かずさ | Kazusa | 「OK部長。今後は練習に参加しなくていいから。\nむしろ学校来なくていいから。\nあたしの指示通り、ひたすら一人でコツコツ打ち込め」 | ||
136 | 武也 | Takeya | 「え?」 | ||
137 | 春希 | Haruki | 「え?」 | ||
138 | 雪菜 | Setsuna | 「?」 | ||
139 | 意外な相手への意外な質問は、\n恐るべき指令となって、\n軽音楽同好会の創設者を吹き飛ばした。 | ||||
140 | かずさ | Kazusa | 「必要な機材とかは後で家の方に送るから。\nもう帰っていいわよ。今日はご苦労様」 | ||
141 | 春希 | Haruki | 「って、おい!\nちょっと待て!」 | ||
142 | しかも、ついさっき参入した、最新参メンバーによって。\n…まぁ、鳴り物入りではあったけど。 | ||||
143 | かずさ | Kazusa | 「今のメンバー構成なら、\n誰かがやらなくちゃならない事なの。\n絶対的にパートが足りないのよ」 | ||
144 | 春希 | Haruki | 「シンセ使うのはいいよ。\nメンバー足りないんだから仕方ない。\nけど、それなら俺が…」 | ||
145 | かずさ | Kazusa | 「北原はまず人並みに弾けるようになれ。\n話はそれからだ」 | ||
146 | 春希 | Haruki | 「ああっ!?」 | ||
147 | 雪菜 | Setsuna | 「と、冬馬さん…」 | ||
148 | こいつの鳴らす音は\nいつもあんなに優しくフォローしてくれたのに、\nこいつの喋る声はどうしてこんなに容赦がないんだろう… | ||||
149 | かずさ | Kazusa | 「とにかくまずはドラム。\n少なくとも1曲目は今週中に欲しい。できる?\nま、できなくてもやってもらうんだけど」 | ||
150 | 春希 | Haruki | 「だ、だから冬馬…\n打ち込みなら俺がやるってば。\n…前から俺の担当だったんだし」 | ||
151 | というか、楽器演奏以外のパートは全部俺だったというか。 | ||||
152 | 皆の練習時間が合わないことも多くて、\n練習用に全パート分作ったから、ギターの練習以上に\n時間を取られてたような気もするけど。 | ||||
153 | 春希 | Haruki | 「だからさ、武也をギターに残して、\n俺が打ち込みに回った方がいいんじゃないか?」 | ||
154 | かずさ | Kazusa | 「あたしは別にそれでも異存はないけど…」 | ||
155 | 春希 | Haruki | 「な? その方が絶対に適材適所だって。\nなるべく成功率を上げた方が…」 | ||
156 | かずさ | Kazusa | 「ただ、今の事実を、\n北原が小木曽にちゃんと説明できるなら、だけど」 | ||
157 | 春希 | Haruki | 「え…?」 | ||
158 | 雪菜 | Setsuna | 「? どういうこと?\n北原くんと飯塚くんの受け持ちが代わると、\n何がどうなるの?」 | ||
159 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ、それは…」 | ||
160 | かずさ | Kazusa | 「さあ、話してみたら?\n学園祭当日、あんたが小木曽の隣にいないってこと…」 | ||
161 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
162 | 武也 | Takeya | 「は…春希?」 | ||
163 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くん?」 | ||
164 | …詰んだ。 | ||||
165 | 武也 | Takeya | 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ~!」 | ||
166 | さらば飯塚武也。\n君のことは忘れない。 | ||||
167 | ……… | .........
| |||
168 | かずさ | Kazusa | 「さて、学園祭当日まであと二週間。\n二人とも、泣いても笑ってもいいけど、\n投げ出したら殴るから」 | ||
169 | 春希 | Haruki | 「お、おう…」 | ||
170 | 雪菜 | Setsuna | 「…凄いね。\n北原くんが冬馬さんのことあれだけ欲しがったの、\nこうしてみるとよくわかる…」 | ||
171 | 春希 | Haruki | 「お…おう…」 | ||
172 | いきなり仕切ることまでは予想してなかったけどな… | ||||
173 | かずさ | Kazusa | 「残りの曲はおいおい考えていくとして、\nまずは1曲目だけでも今週中に仕上げておかないと」 | ||
174 | 春希 | Haruki | 「そうだな…」 | ||
175 | 俺が『おいおい考えていく』使ったら、\nあんなに怒ったくせに… | ||||
176 | かずさ | Kazusa | 「それじゃ、時間がないからとりあえず合わせるか。\n…小木曽」 | ||
177 | 雪菜 | Setsuna | 「うんっ。\nあと、わたしのことは雪菜でいいよ」 | ||
178 | 俺が『とりあえず合わせる』なんて言ったら、\n絶対に呆れた目で睨むくせに… | ||||
179 | かずさ | Kazusa | 「キーは原曲のまんまで行けるんだよね?\n発声練習する?」 | ||
180 | 雪菜 | Setsuna | 「ごめん、合唱部とか入ったことないから\nやり方わかんないんだ。\nいつも歌いながら声出してくから」 | ||
181 | かずさ | Kazusa | 「ま、仕方ないか。\nじゃ、ぶっつけで行くから…いい? 小木曽」 | ||
182 | 雪菜 | Setsuna | 「…はぁい」 | ||
183 | 春希 | Haruki | 「あ、ちょっと待ってくれ。\nまだ俺の準備が…」 | ||
184 | いつの間にか準備万端な二人に置いてかれないよう、\n俺も慌ててケースからギターを取り出し… | ||||
185 | かずさ | Kazusa | 「…何言ってるんだ北原?\nなぜあたしたちがお前を待つ必要がある?」 | ||
186 | 春希 | Haruki | 「え…?」 | ||
187 | たところで、冬馬から浴びせられた言葉は、\nなかなかに慈悲浅き響きを含んでいた。 | ||||
188 | 春希 | Haruki | 「だって、合わせるんじゃ?」 | ||
189 | かずさ | Kazusa | 「小木曽のボーカルと、あたしのピアノをね」 | ||
190 | 春希 | Haruki | 「…俺のギターは?」 | ||
191 | かずさ | Kazusa | 「今のレベルなら邪魔」 | ||
192 | 春希 | Haruki | 「うっ…」 | ||
193 | 雪菜 | Setsuna | 「と、冬馬さん…」 | ||
194 | かずさ | Kazusa | 「今日のところは小木曽の力を見たい。\n他の面倒見てる暇ないから」 | ||
195 | 他…\n面倒…\n暇… | ||||
196 | 春希 | Haruki | 「じゃ、じゃあ、俺は?」 | ||
197 | あの、二つの音楽室と屋上で重ねたセッションは…\n俺たちの、初めての出逢いの日は… | ||||
198 | かずさ | Kazusa | 「第一で自主練してきたら?\n隣も借りてるんでしょ?」 | ||
199 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
200 | 雪菜 | Setsuna | 「き、北原くん…」 | ||
201 | かずさ | Kazusa | 「なに? 文句があるって?」 | ||
202 | 春希 | Haruki | 「いや、その…」 | ||
203 | 加入一日目で部長を排除し、\nさらに残る古参メンバーまでも練習から除外し。 | ||||
204 | あんなに参加を嫌がったのは、\nこの恐るべき専制君主ぶりを隠すためだったのか… | ||||
205 | かずさ | Kazusa | 「不満があるならさ、文句を言わせない実力と、\n現実的なビジョンを示せば良かったのに。\nそしたら喜んで従ったよ? 『部長代理』」 | ||
206 | 春希 | Haruki | 「っ!」 | ||
207 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、北原くんっ!」 | ||
208 | かずさ | Kazusa | 「始めるよ、小木曽」 | ||
209 | 雪菜 | Setsuna | 「で、でも…」 | ||
210 | かずさ | Kazusa | 「…始める。いいね?」 | ||
211 | 雪菜 | Setsuna | 「………は~い」 | ||
212 | 春希 | Haruki | 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ~!」 | ||
213 | 春希 | Haruki | 「はぁ、はぁ、はぁ…\nう、うう…ううう…」 | ||
214 | さらば北原春希。\n俺のことは忘れない… | ||||
215 | ……… | .........
| |||
216 | 春希 | Haruki | 「…練習しよっと」 | ||
217 | ……… | .........
| |||
218 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
219 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
220 | 午後八時。 | ||||
221 | 見回りの警備員にいい加減怒られ、\n校舎を追い出された時には、\n晩秋の夜はとっくに更けまくっていた。 | ||||
222 | 春希 | Haruki | 「…あのさ」 | ||
223 | かずさ | Kazusa | 「…なに?」 | ||
224 | 徒歩通学の小木曽と駅前で別れ、\n同じ上り電車で帰路につく冬馬と俺は、\nおよそ一駅間失っていた会話を、やっと復活させた。 | ||||
225 | 春希 | Haruki | 「どうかな、小木曽の歌?\n俺的には相当いい線行ってると思うんだけど」 | ||
226 | かずさ | Kazusa | 「…そうね。\n確かに素人だけど、上手い部類に入る。\nというか、普通の人間はあの声だけで騙される」 | ||
227 | というか、三人でいるときも、\nほとんど小木曽が会話を振っていたから、\n実際には、数時間ぶりの会話になるのかも。 | ||||
228 | 春希 | Haruki | 「だよな! 俺の見込んだ通りだ。\nさすがヒトカラの女王!」 | ||
229 | かずさ | Kazusa | 「…それって領民は一人もいないんじゃ?」 | ||
230 | 小木曽としては、\n冬馬に排除された俺と、\n俺を弾いた冬馬に気を使ったんだろうけど。 | ||||
231 | 春希 | Haruki | 「ま、まぁ、それはともかく。\nこれでボーカルの方は目処がついたかな?」 | ||
232 | かずさ | Kazusa | 「そっちは最初からアテにしてた。\nむしろ問題なのはそれ以外」 | ||
233 | でも、そんな些細なことを気にする俺じゃない。\n俺たちが学園祭のステージで輝くためには、\n避けては通れない道だから。 | ||||
234 | 春希 | Haruki | 「まずはベース?\nまぁ、俺も明日からもう一度当たってみるけど」 | ||
235 | かずさ | Kazusa | 「へぇ?\nたった一日で、\n人の心配ができるレベルにまで上達したんだ?」 | ||
236 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
237 | かずさ | Kazusa | 「あ…」 | ||
238 | …いや、だから全然気にしてないんだって。 | ||||
239 | かずさ | Kazusa | 「え…ええと、北原。\nそれでその、だな…」 | ||
240 | 春希 | Haruki | 「…なに?」 | ||
241 | そこまで一瞬で後悔するくらいなら\n嫌味を言わなければいいのにと思わなくもないけど。 | ||||
242 | まぁ、そこが冬馬の冬馬たる所以というか、\n俺が全然気に入ってなくないアンバランスな性格というか。 | ||||
243 | かずさ | Kazusa | 「お前、家で練習できる?」 | ||
244 | 春希 | Haruki | 「マンションだから、学校みたいな風にはいかないけど、\nまぁ、ヘッドフォンでなら」 | ||
245 | かずさ | Kazusa | 「そっか…」 | ||
246 | 春希 | Haruki | 「やっぱ、家でも自主練しないと駄目か?」 | ||
247 | かずさ | Kazusa | 「当たり前だ。\nお前の場合、今から毎日24時間練習しても、\n間に合うかどうかってレベルなのに…」 | ||
248 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
249 | で、この後悔が学習に繋がらないところも、\n俺は別に気にするけど嫌いじゃない。\n気にするけど。 | ||||
250 | かずさ | Kazusa | 「少なくとも、\n今日練習したところのおさらいを一通りやること。\nノーミスで通して弾けたら寝ていいから」 | ||
251 | 春希 | Haruki | 「わかった、わかったよ。\n晩飯食って、勉強した後…」 | ||
252 | かずさ | Kazusa | 「勉強!?」 | ||
253 | 春希 | Haruki | 「え? いや、だって…\n学園祭が終わったらすぐに期末…」 | ||
254 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
255 | 春希 | Haruki | 「学生の本分は…」 | ||
256 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
257 | 春希 | Haruki | 「わかった、わかったよ!\nちっくしょ~、いつも準備してない奴は気楽でいいなぁ」 | ||
258 | 昨日までとは、\n完全に温度差が逆転してるような気がする。 | ||||
259 | 何と言うか、\n冬馬の音楽に対するこだわりは半端じゃないと言うか、\nお前にはそれしかないのかと言うか… | ||||
260 | かずさ | Kazusa | 「大体、北原だったら\nとっくに[R峰城大^うえ]への推薦取ってるでしょ?\nなんで今さら勉強なんかする訳?」 | ||
261 | 春希 | Haruki | 「テストの時って一月前から勉強するものだろ?\n定期だろうが実力だろうが模試だろうが」 | ||
262 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
263 | まぁ、などという誓いを立てると、\n俺みたいに一年中勉強する羽目に陥るわけだけど。 | ||||
264 | 春希 | Haruki | 「わかってる。俺が悪かったよ。\nそこまで軽蔑した目で見なくてもいいだろ」 | ||
265 | かずさ | Kazusa | 「軽蔑なんか…してないけどさ」 | ||
266 | 春希 | Haruki | 「ああ約束する。\nもう学園祭まではギターのことしか考えない。\nその代わり、信じさせてもらうからな」 | ||
267 | かずさ | Kazusa | 「何を?」 | ||
268 | 春希 | Haruki | 「冬馬が、後は絶対に何とかしてくれるって」 | ||
269 | かずさ | Kazusa | 「え…」 | ||
270 | 春希 | Haruki | 「俺は、\n自分のパートだけに全力を尽くせばいいんだって」 | ||
271 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
272 | 我ながら情けない宣言だとは思うけど… | ||||
273 | 今日入ったばかりの冬馬におんぶにだっこは\nみっともないけれど… | ||||
274 | 春希 | Haruki | 「本当に、頼むな」 | ||
275 | かずさ | Kazusa | 「………任せておけば?」 | ||
276 | 春希 | Haruki | 「ああ…」 | ||
277 | でもやっぱり、\nその他人事な態度が、とてつもなく頼もしい。 | ||||
278 | あの夏休みの日、初めて冬馬の奏でる音を聴いた時…\n俺は、こいつに頼ることを覚えた。 | ||||
279 | 今日やっと、あの時の主従関係を取り戻した。\nだからもう、心配することはやめよう。 | ||||
280 | …端から聞いてると、\nとてつもなく情けない宣言のように聞こえるのは、\n多分、気のせいでも何でもないんだろうけど。 | ||||
281 | 車内アナウンス | Train Announcement | 「岩津町、岩津町です。\nお降りの方はドアにお気をつけください」 | ||
282 | かずさ | Kazusa | 「じゃ…」 | ||
283 | 春希 | Haruki | 「ああ」 | ||
284 | 学園から三つ目の駅。\n冬馬の家の、最寄り駅。 | ||||
285 | 何の未練もない足取りでさっさとホームに下りた冬馬は、\nけれど振り向くと、もう一度正面から俺を見つめる。 | ||||
286 | かずさ | Kazusa | 「あのさ…」 | ||
287 | 春希 | Haruki | 「なに?」 | ||
288 | かずさ | Kazusa | 「本当は北原も、\n早めに合わせておく方がいいんだけど、な」 | ||
289 | で、やっぱり口にするのはそういうことで。 | ||||
290 | こういう心配の仕方が、\n本当にこいつを仲間に引き入れておいて\n良かったって実感する一瞬だったり。 | ||||
291 | 春希 | Haruki | 「けど、まずは小木曽が最優先だろ?\nボーカルさえきっちりしてれば、\nギターがどうなってようとあんま気にされないしな」 | ||
292 | かずさ | Kazusa | 「…ま、ぶっちゃけそうなんだけど」 | ||
293 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「ドアが閉まります。\nご注意ください」 | ||
294 | 春希 | Haruki | 「だから今日のことは本当に気にしてないって。\nま、なるべく早めに俺の方も見てくれると助かるけど」 | ||
295 | かずさ | Kazusa | 「…努力、するよ」 | ||
296 | 春希 | Haruki | 「それじゃ、また明日」 | ||
297 | かずさ | Kazusa | 「ん…」 | ||
298 | ……… | .........
| |||
299 | 春希 | Haruki | 「うあっ…」 | ||
300 | 春希 | Haruki | 「くっそ~…\nせっかくもう少しでノーミスだったのに」 | ||
301 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
302 | 春希 | Haruki | 「…今度こそ」 | ||
303 | かずさ | Kazusa | 「じゃ、5分休憩」 | ||
304 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、お疲れさま~」 | ||
305 | かずさ | Kazusa | 「お疲れなのはそっちだから。\n喉、大丈夫?」 | ||
306 | 雪菜 | Setsuna | 「ああ、心配しないで。\n三時間歌いっぱなし程度ならいつもやってるから」 | ||
307 | かずさ | Kazusa | 「………少しは休憩入れろ」 | ||
308 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、はちみつレモン作ってきたんだけど飲む?」 | ||
309 | かずさ | Kazusa | 「あたしは喉使ってないから」 | ||
310 | 雪菜 | Setsuna | 「ちゃんと三人分あるんだけどな」 | ||
311 | 雪菜 | Setsuna | 「ふぅ~、気持ちいい風」 | ||
312 | かずさ | Kazusa | 「…寒い」 | ||
313 | 雪菜 | Setsuna | 「…あ、北原くんのギターだ。\n頑張れっ」 | ||
314 | かずさ | Kazusa | 「ヘタクソ」 | ||
315 | 雪菜 | Setsuna | 「ふふっ」 | ||
316 | かずさ | Kazusa | 「だから寒い」 | ||
317 | 雪菜 | Setsuna | 「もうちょっとだけ。\n休憩時間の間くらい、いいでしょ?」 | ||
318 | かずさ | Kazusa | 「…勝手にすれば?」 | ||
319 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、勝手にさせていただきます」 | ||
320 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
321 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
322 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
323 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、冬馬さん」 | ||
324 | かずさ | Kazusa | 「なに?」 | ||
325 | 雪菜 | Setsuna | 「そろそろ北原くんもこっちに呼べばいいんじゃない?」 | ||
326 | かずさ | Kazusa | 「全然。\nまだまだ」 | ||
327 | 雪菜 | Setsuna | 「でもさぁ、\nだいぶミスもなくなってきたみたいに聞こえるけど?」 | ||
328 | かずさ | Kazusa | 「ミスはしなくなったけど、テンポが合ってない。\n難しいところになると急に遅くなってたりするし」 | ||
329 | 雪菜 | Setsuna | 「だけど、もう時間ないんだよね?\nそろそろみんなで合わせないと、\n本番に間に合わないんじゃ?」 | ||
330 | かずさ | Kazusa | 「ちゃんとあたしの計画通りに進んでる。\nみんなで合わせるのは週末くらい」 | ||
331 | 雪菜 | Setsuna | 「もう大丈夫だと思うんだけどなぁ…」 | ||
332 | かずさ | Kazusa | 「小木曽は北原を過大評価し過ぎてる。\nあいつはそんなにデキる奴じゃ…」 | ||
333 | 雪菜 | Setsuna | 「過大評価って、\nし過ぎるものでしょ?」 | ||
334 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
335 | 雪菜 | Setsuna | 「あと、わたしのことは雪菜でいいよ」 | ||
336 | かずさ | Kazusa | 「…小木曽もあんまり北原に毒されない方がいい。\n妙な揚げ足ばかり取るような腐った性格になる」 | ||
337 | 雪菜 | Setsuna | 「…ねぇ冬馬さん?\nあなたも実は結構我慢してるんじゃない?」 | ||
338 | かずさ | Kazusa | 「そんなことない。\n大体なんであたしが…」 | ||
339 | 雪菜 | Setsuna | 「合ってるよ?\n北原くんのギターと」 | ||
340 | かずさ | Kazusa | 「………あ」 | ||
341 | 春希 | Haruki | 「よし、今度こそ…」 | ||
342 | 春希 | Haruki | 「うわああっ!?」 | ||
343 | ……… | .........
| |||
344 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
345 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
346 | 今日も、午後八時。\n練習が始まって、もう三日。 | ||||
347 | 見回りの警備員に、『また冬馬さんの娘さんか』と\n顔をしかめられるくらいには、\n冬馬家の威光を最大限に利用した三日間。 | ||||
348 | かずさ | Kazusa | 「はぁ…」 | ||
349 | 春希 | Haruki | 「疲れてる?」 | ||
350 | かずさ | Kazusa | 「全然」 | ||
351 | 春希 | Haruki | 「俺はちょっと…」 | ||
352 | かずさ | Kazusa | 「そういうことは先に言え。\n…あたしもちょっとだけ」 | ||
353 | 春希 | Haruki | 「なんでそんなことでまで意地を張る?」 | ||
354 | いつものように、真っ暗な道を三人で歩き、\n駅で一人減って電車に乗り込んだ俺たちは、\nいつもよりちょっと元気のない会話を交わした。 | ||||
355 | 春希 | Haruki | 「ふああ…」 | ||
356 | かずさ | Kazusa | 「ちゃんと寝てる?」 | ||
357 | 春希 | Haruki | 「いつものことだから。\n…四時間くらい」 | ||
358 | 勉強と色々な頼まれごとをほっぽり出して、\nその分の空き時間を全てギターの練習に費やしてる。 | ||||
359 | 昨夜、俺が床の上で目覚めたとき、\nギターがベッドの上で毛布にくるまれてたっけ。 | ||||
360 | かずさ | Kazusa | 「なんだ、ちゃんと寝てるな」 | ||
361 | 春希 | Haruki | 「って、どんだけ起きてんだよ冬馬…」 | ||
362 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
363 | 春希 | Haruki | 「…おい?」 | ||
364 | かずさ | Kazusa | 「ん? ああ、なに?」 | ||
365 | 3秒で気を失いかけるって、\n本当にどんだけ起きてんだ? | ||||
366 | 春希 | Haruki | 「俺は練習があるからわかるけど、\nお前、帰ったら何してんだ?」 | ||
367 | かずさ | Kazusa | 「だって、学園祭が終わったらすぐに期末…」 | ||
368 | 春希 | Haruki | 「冗談だよな?」 | ||
369 | かずさ | Kazusa | 「わかりやすいだろ?」 | ||
370 | そういう冗談を俺に言ってくれること自体は\n結構嬉しいんだけど、時と場合をわきまえて欲しい。 | ||||
371 | 春希 | Haruki | 「…なんか無理してる?」 | ||
372 | かずさ | Kazusa | 「別にいい。\n説明したところで北原がなんとかできるわけでもないし」 | ||
373 | 春希 | Haruki | 「もしかして、\n俺って知らないところでそんなに冬馬に負担かけてる?」 | ||
374 | かずさ | Kazusa | 「良心の呵責に押し潰される時間があるなら練習しろ。\nちゃんと1日10時間弾いてるか?」 | ||
375 | 否定してくれない…\n俺ってそんなに冬馬に負担かけてるんだ… | ||||
376 | 春希 | Haruki | 「前にも言ってたけど、\nやっぱ毎日10時間って必要なのか?」 | ||
377 | かずさ | Kazusa | 「3歳の頃から、クリスマスも、正月も、誕生日も、\n友達と遊ぶ約束をしてても…」 | ||
378 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
379 | かずさ | Kazusa | 「それに普通、\nコンクールの三月前くらいから準備始めるし。\nそうなったら1日16時間くらい」 | ||
380 | 春希 | Haruki | 「しゅ、修学旅行は?」 | ||
381 | かずさ | Kazusa | 「ほんと細かい揚げ足取りばかりだな北原は。\n…3年に一度くらいはそういう日もある」 | ||
382 | 春希 | Haruki | 「よかったぁぁぁぁ!」 | ||
383 | 千日に1日くらいはそういう日がないと、\nいくらなんでも辛すぎるだろうしな。 | ||||
384 | …千日のうち999日くらいがああいう日ってのは、\nどうなんだろうというのは考えたくもないけど。 | ||||
385 | かずさ | Kazusa | 「ほんと、今は天国。\n一日中弾かなくてもいい日がこんなにあるなんて」 | ||
386 | 春希 | Haruki | 「…やっぱ、やめたのか?」 | ||
387 | かずさ | Kazusa | 「見切られた」 | ||
388 | 春希 | Haruki | 「え?」 | ||
389 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
390 | 春希 | Haruki | 「冬馬…?」 | ||
391 | かずさ | Kazusa | 「で、ちゃんと弾けるようになった?\n最後までミスもなく、リズムも完璧で、\n相手に合わせる余裕を持てるようになったのか?」 | ||
392 | それは、明らかに今までの会話を後悔した上での、\nあからさまな話題のすり替えだったけれど。 | ||||
393 | 春希 | Haruki | 「自分ではだいぶイけてるんじゃないかと思ってるけど、\n合わせられるかどうかは、合わせてみないと何とも」 | ||
394 | かずさ | Kazusa | 「そ、か」 | ||
395 | その転調に合わせられるくらいには、\n俺の人生、練習は重ねてきたつもりだ。 | ||||
396 | かずさ | Kazusa | 「もう、合わせても大丈夫、か」 | ||
397 | 春希 | Haruki | 「聞き違えるなよ。\n合わせてみないと何とも、だ」 | ||
398 | かずさ | Kazusa | 「なら…合わせるか」 | ||
399 | 春希 | Haruki | 「そりゃ、願ってもないな。\nじゃ、明日の放課後は…」 | ||
400 | かずさ | Kazusa | 「明日は小木曽の仕上げ。\n北原に構ってる暇なんか相変わらず全然」 | ||
401 | 春希 | Haruki | 「…てことは結局、\n週末までおあずけってことかよ?」 | ||
402 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
403 | 惜しい。\nせっかく冬馬に認められそうだったのに。 | ||||
404 | ま、例えそれがこいつの逃げだったとしても… | ||||
405 | 結局、ちょっとだけ前進しそうだった俺のステージは、\n最終的には『時間切れ』という無難な結論になった。 | ||||
406 | 車内アナウンス | Train Announcement | 「岩津町、岩津町です。\nお降りの方はドアにお気をつけください」 | ||
407 | かずさ | Kazusa | 「じゃ…」 | ||
408 | 春希 | Haruki | 「ああ」 | ||
409 | いつもの駅。\nそしていつもの足取り。 | ||||
410 | かずさ | Kazusa | 「あのさ…」 | ||
411 | 春希 | Haruki | 「ん?」 | ||
412 | そして、いつも通りの、\n電車とホームに分かたれてからの会話。 | ||||
413 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
414 | 春希 | Haruki | 「冬馬?」 | ||
415 | …が、今日は、何だか。 | ||||
416 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
417 | 春希 | Haruki | 「おい…?」 | ||
418 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「ドアが閉まります。\nご注意ください」 | ||
419 | かずさ | Kazusa | 「っ!」 | ||
420 | 春希 | Haruki | 「え? あ…っ!?」 | ||
421 | ……… | .........
| |||
422 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
423 | 春希 | Haruki | 「…おい」 | ||
424 | 今日は、何だか… | ||||
425 | 俺の降りる駅が、違う。 | ||||
426 | 電車のドアが閉じられる瞬間、\n冬馬の手が、俺のネクタイに伸びて。 | ||||
427 | そして、引きずり降ろされた。 | ||||
428 | 春希 | Haruki | 「どういうつもりだよ…冬馬?」 | ||
429 | だってここは、学園から三つ目の駅。\n冬馬の家の、最寄り駅。 | ||||
430 | それって、つまり… | ||||
431 | かずさ | Kazusa | 「今から…あたしの家に来い」 | ||
432 | 春希 | Haruki | 「え…?」 | ||
433 | そういう、あり得ない仮定しか、\n想像できなかったけど… | ||||
434 | どうやら、あり得なくなかったらしい。 | ||||
435 | ……… | .........
| |||
436 | 春希 | Haruki | 「と、冬馬…ちょと、おい」 | ||
437 | かずさ | Kazusa | 「早く…来なよ」 | ||
438 | 春希 | Haruki | 「いや、こんな…こんなことって」 | ||
439 | かずさ | Kazusa | 「どうしたの?\n今になって怖気づいた?」 | ||
440 | 春希 | Haruki | 「怖気づくわそりゃあああ!」 | ||
441 | 現在、午後九時。 | ||||
442 | 場所はあろうことか、冬馬家の敷居の内側。 | ||||
443 | けど、それはさほど問題ではなくて。\n…いや、普通ならとんでもない問題なんだけど。 | ||||
444 | 春希 | Haruki | 「ありえねえだろこれ!」 | ||
445 | かずさ | Kazusa | 「そう言われると思った。\nだから本当は誰も呼びたくなかったんだけどな」 | ||
446 | 冬馬家は、まず門をくぐる段階で、\n岡山のボンボンの末裔をビビらせたにも関わらず、\nそんな外観の豪華さは単なる序章に過ぎなかった。 | ||||
447 | 玄関を入ると、冗談みたいにデカいリビングや、\n窓の外に見える手入れされた広い庭にビビる暇もなく、\nいきなり階段を『下り』させられた。 | ||||
448 | 冬馬がその地下室の電源をつけると、\n二十畳くらいの広めの白い部屋があり、\nそこにはピアノを始め、沢山の楽器が転がっていた。 | ||||
449 | けれど何よりも俺の目を点にしたのは、\n部屋の天井からぶら下がっている高そうなマイクと、\n部屋の奥にある、ガラスで仕切られた狭い部屋。 | ||||
450 | 春希 | Haruki | 「こ…ここは?」 | ||
451 | かずさ | Kazusa | 「あたしの練習部屋だけど」 | ||
452 | 春希 | Haruki | 「それはごく一部の使い道だろ!\nなんで一般家庭にこんなものがあるんだ!?」 | ||
453 | ガラス越しの隣室は、学校の放送室にあるものより、\nもう少し豪華な機材で埋め尽くされていて、\nそれらがここの用途を如実に物語っていた。 | ||||
454 | というか、武也たちがたまに使ってた、\n近場のレンタルスタジオよりも遥かに上だ… | ||||
455 | かずさ | Kazusa | 「元々は、とある世界的に有名なアーティストの\n自宅兼スタジオだったのを、\nウチの母親が設備ごと買い取って」 | ||
456 | 春希 | Haruki | 「…アーティストって?」 | ||
457 | かずさ | Kazusa | 「だから『とある』」 | ||
458 | 春希 | Haruki | 「本当は正体知ってるよなそうなんだよな?」 | ||
459 | 『世界的に有名』と言ってる時点で… | ||||
460 | というか、冬馬の母親も立派に\n『世界的に有名なアーティスト』だけど。 | ||||
461 | かずさ | Kazusa | 「しばらく、ピアノ以外使ってなかったから、\n昨日まで業者呼んでメンテナンスしてもらってた。\nま、なんとかまだ使えるみたい」 | ||
462 | 春希 | Haruki | 「学生の分際で…」 | ||
463 | かずさ | Kazusa | 「悔しかったら親に放っておかれてみろ」 | ||
464 | 春希 | Haruki | 「さり気なくそういうことをネタにするな、重いわ」 | ||
465 | かずさ | Kazusa | 「なら軽々と突っ込むな」 | ||
466 | 春希 | Haruki | 「そういうこと言うと謝るぞ? 謝っちゃうぞ?\nものすごく気まずい雰囲気にしちまうぞ?」 | ||
467 | かずさ | Kazusa | 「………練習するぞ練習。\n北原の望みどおり、思う存分合わせてやる」 | ||
468 | 春希 | Haruki | 「よろしくお願いします!\n…冬馬先生」 | ||
469 | かずさ | Kazusa | 「ふん」 | ||
470 | どこまで踏み込んで、どこで引くかとか、\nまだまだかなりの綱渡りだけど。 | ||||
471 | そもそも、今までと同じように、\n実は今でも踏み込むだけ踏み込んでて、\nただ向こうの許容範囲が広がっただけかもしれないけど。 | ||||
472 | それでも、冬馬と俺の会話は、\n春の頃から俺がずっと求めてたように、\n少しずつ、歯車が噛み合ってきているって、思う。 | ||||
473 | ……… | .........
| |||
474 | かずさ | Kazusa | 「ほら外した」 | ||
475 | 春希 | Haruki | 「わ、わかってる」 | ||
476 | かずさ | Kazusa | 「あ~あ、今度は\nずれてくずれてく」 | ||
477 | 春希 | Haruki | 「そ、そっちが段々速くなってるんじゃ…」 | ||
478 | かずさ | Kazusa | 「なら次からはメトロノーム使おうか?」 | ||
479 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
480 | ずっと俺の方を見て、\nずっと俺のミスをあげつらい、\nそれでも自分はミス一つせず… | ||||
481 | かずさ | Kazusa | 「いい? 今まではこっちが合わせてあげてたけど、\n今度ばかりはそういう訳にいかないからね?」 | ||
482 | 春希 | Haruki | 「お、おう…」 | ||
483 | 痛感する…\n今の俺は『譜面通り』の冬馬の演奏には、\nついていけないって。 | ||||
484 | かずさ | Kazusa | 「ボーカルはともかく、\nシンセはリズム変えたりしないから、\n自分からついてくこと覚えないと」 | ||
485 | 春希 | Haruki | 「う、うん…」 | ||
486 | 今まで、どんだけ俺に合わせてくれてたんだ?\nどんだけ理不尽な苦労を強いられてきたんだ? | ||||
487 | かずさ | Kazusa | 「あ~あ、全然駄目。\n前から思ってたけど、才能ないね北原」 | ||
488 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
489 | そんなふうに、楽しそうにこき下ろされたら、俺は… | ||||
490 | かずさ | Kazusa | 「…もしかして、怒った?」 | ||
491 | 俺は… | ||||
492 | 春希 | Haruki | 「もう一度最初からお願いします!」 | ||
493 | かずさ | Kazusa | 「はいはい、何度でも」 | ||
494 | 必死で食い下がるに決まってるじゃないか。 | ||||
495 | かずさ | Kazusa | 「こらこら、今度は速い~」 | ||
496 | だって、心地良いから。 | ||||
497 | 冬馬が、俺のミスを一生懸命探すのが。 | ||||
498 | 冬馬が、俺の拙い指の動きを笑うのが。 | ||||
499 | 冬馬が、俺を貶すために、\nいつもは貧しい語彙を、今だけ総動員するのが。 | ||||
500 | …冬馬が、俺だけを見てるのが。\nずっと俺に、笑顔を向けてるのが。 | ||||
501 | かずさ | Kazusa | 「はい残念でした」 | ||
502 | 春希 | Haruki | 「もう一度最初から!\nくっそ~、いっつも同じとこで引っかかる」 | ||
503 | かずさ | Kazusa | 「一度ハマっちゃうと、\nなかなか抜け出せなくなるよね。\nま、今日のところは…」 | ||
504 | 春希 | Haruki | 「絶対に一度は通す!\n今までだって努力で何とかしてきたんだ」 | ||
505 | かずさ | Kazusa | 「あ、でもさ、そろそろ終電…」 | ||
506 | 春希 | Haruki | 「え? なに?\nごめん、聞いてなかった」 | ||
507 | かずさ | Kazusa | 「………別に、大した話じゃない」 | ||
508 | 春希 | Haruki | 「? そうか?」 | ||
509 | かずさ | Kazusa | 「じゃ…リクエスト通り、\nもう一度最初から」 | ||
510 | ……… | .........
| |||
511 | 春希 | Haruki | 「ん…んぅ?」 | ||
512 | 目が覚めると、\nそこは明かりが煌々と灯る白い部屋。 | ||||
513 | さっきまで弾いていたはずのギターは、\n今や俺の腕の中で抱き枕と化している。 | ||||
514 | 春希 | Haruki | 「やべ…寝ちまった」 | ||
515 | 体に掛かっていた毛布を取り払うと、\nそもそも『目が覚めた』という表現自体が、\nマズいことであると気づくくらいには頭が回ってきた。 | ||||
516 | 春希 | Haruki | 「ふあぁぁぁ~。\nそろそろ帰らないと…冬馬?」 | ||
517 | 床で寝たせいでガチガチに固まった背中をほぐし、\nギターをケースに入れつつ、やっと辺りを見回す。 | ||||
518 | ピアノの前にはすでに人はいない。\nそもそも部屋の中に、俺以外誰もいない。 | ||||
519 | 春希 | Haruki | 「まいったなぁ…」 | ||
520 | 中途半端に寝たせいでだるい体を無理やり起こし、\n地下室の扉を開く。 | ||||
521 | もしかしたら、終電が行ってしまった後かもしれず。\nだとしたら、深夜のタクシー代は、学生にとっては\n痛恨以外の何物でもなく。 | ||||
522 | 春希 | Haruki | 「…しかも時計壊れてるし」 | ||
523 | まるっきり見当違いの方向に向いた針に悪態をつきつつ、\n俺は数時間ぶりに地上の空気を吸い… | ||||
524 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
525 | 春希 | Haruki | 「あ」 | ||
526 | そして、\nどう考えても見てはいけないものに遭遇してしまった。 | ||||
527 | かずさ | Kazusa | 「…っっっ!\n北原ぁっ!」 | ||
528 | 春希 | Haruki | 「いや待て冬馬!\n俺は今、色々と問題を抱えてることに気づいたんだが、\n一つ一つ質問していいか?」 | ||
529 | かずさ | Kazusa | 「人にモノを尋ねる前に向こうを向け!」 | ||
530 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ…\nそれと俺、起きたばかりで混乱してたんだ。\nその辺の事情を汲み取って欲しい」 | ||
531 | かずさ | Kazusa | 「そんなこと知るか!」 | ||
532 | 春希 | Haruki | 「…ふぅ」 | ||
533 | 恐る恐る振り返ると、眼福…ではなく\n衝撃的な光景は扉の向こうに隠れてくれたらしい。 | ||||
534 | かずさ | Kazusa | 「全くなんなんだ…\n自分の家で風呂に入っただけで何でこんな目に…」 | ||
535 | あ、衣擦れの音が… | ||||
536 | 春希 | Haruki | 「え、ええと…まず最初の質問だけど…今何時だ?」 | ||
537 | などと、色々と湧き出しそうになる煩悩は、\nこの際置いておく。 | ||||
538 | かずさ | Kazusa | 「自分の腕時計でも見てろ」 | ||
539 | 春希 | Haruki | 「いやそれがさ、狂ってんだよ。\nなんか7時50分とか指してるし」 | ||
540 | かずさ | Kazusa | 「狂ってるのは時計じゃなくてお前だというオチだな」 | ||
541 | 春希 | Haruki | 「…マジで?」 | ||
542 | これで二つ目の疑問…\n『どうして外が明るいんだ?』も同時に解けてしまった。 | ||||
543 | かずさ | Kazusa | 「あたしはそろそろ学校へ行く。\n今出てちょうどギリギリだし」 | ||
544 | 春希 | Haruki | 「え? 嘘! 俺着替えてないよ!?\n風呂も入ってないし、顔すら洗ってない!」 | ||
545 | かずさ | Kazusa | 「知るかそんなこと」 | ||
546 | 春希 | Haruki | 「そんなことって…どうすんだよ?\n無断外泊とか深夜徘徊とかクラブ通いとか、\n根も葉もない噂で推薦取り消されたら…」 | ||
547 | かずさ | Kazusa | 「男がそんなみみっちい心配するな。\nだいたい、無断外泊は事実のくせに」 | ||
548 | 春希 | Haruki | 「そ、それは…そうなんだけど…な」 | ||
549 | そう、事実だ。 | ||||
550 | 無断外泊したことも。\nそれが、初めて訪れた\n一人暮らしの女のコの家だということも。 | ||||
551 | そう…冬馬かずさの家だということも。 | ||||
552 | このことを武也が知ったら賞賛してくれるだろうけど、\nその後、何もなかったと聞いて口汚く罵るだろうな。 | ||||
553 | かずさ | Kazusa | 「そんなに困るんなら、\n一度家に帰って風呂に入って着替えて来ればいい」 | ||
554 | 春希 | Haruki | 「いや遅刻はマズイだろ。\n俺、入学以来一度も…」 | ||
555 | かずさ | Kazusa | 「ああ言えばこう言う…\nあたしはもう知らん。勝手にしろ」 | ||
556 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
557 | もう一度リビングのドアが開くと、\n毎日俺が目にしてる、いつもの冬馬が出来上がっていた。 | ||||
558 | しかし、いつもと全く同じ外見でも、\nその制服に包まれた内部をつぶさにイメージできる\n今の状態では… | ||||
559 | かずさ | Kazusa | 「どうして目をそらす?」 | ||
560 | 春希 | Haruki | 「い、いや、ちょっと…」 | ||
561 | 正視できない… | ||||
562 | かずさ | Kazusa | 「じゃ、あたしは先に出る。\nこれ、鍵渡しておくから、\n学校に着いたら返して」 | ||
563 | 春希 | Haruki | 「あ、待て、置いてくな。\n俺、駅までの道覚えてない」 | ||
564 | かずさ | Kazusa | 「なら早く仕度しろ。\nそろそろ走らないと間に合わない」 | ||
565 | 春希 | Haruki | 「わ、わかった。\nすぐ荷物持ってくる」 | ||
566 | またしても冬馬の\n『本当はいい奴』に救われた。 | ||||
567 | 『終電が出る前に起こしてくれればいいのに』と\n一言言いたくもあったけど、ま、やめとこう。 | ||||
568 | 春希 | Haruki | 「あ、それから最後に」 | ||
569 | かずさ | Kazusa | 「なに?」 | ||
570 | 春希 | Haruki | 「その…悪かった。\nお前のあられもない姿を見てしまって」 | ||
571 | かずさ | Kazusa | 「っ!\n忘れた頃に思い出させるな!」 | ||
572 | ……… | .........
| |||
573 | 春希 | Haruki | 「ふあぁぁ…」 | ||
574 | 雪菜 | Setsuna | 「なんか眠そうだね?」 | ||
575 | 春希 | Haruki | 「昨夜、練習してて気づいたら朝だった…」 | ||
576 | 雪菜 | Setsuna | 「うわぁ…」 | ||
577 | 昼休み… | ||||
578 | 眠い目をこすりつつ、顔を洗おうと席を立つと、\n教室のドアのところで小木曽が笑顔で手を振りつつ、\nごく自然に俺たちを待っていた。 | ||||
579 | 慌てて振り向くと、俺の隣席は見事なまでにもぬけの殻。\nこういうときの奴の危機察知能力は本当に恐れ入る。 | ||||
580 | 春希 | Haruki | 「風呂も入れなかった…\nだからあんま近寄らない方が」 | ||
581 | 別に小木曽と昼飯を食べるのが嫌な訳じゃない。\nというか、そこはかとなく嬉しい。 | ||||
582 | んだけど… | ||||
583 | 雪菜 | Setsuna | 「ほんどだ、髪ぼさぼさ」 | ||
584 | 春希 | Haruki | 「いや、だからな…」 | ||
585 | 俺の前髪をさわさわと撫でる小木曽に、\n言い様のない威圧感を感じる。 | ||||
586 | …正確には、小木曽本人ではなく、\n周囲の男子生徒たちからだけど。 | ||||
587 | 雪菜 | Setsuna | 「うんうん、頑張ってるんだね北原くん。\nじゃ、ごほうびにこのクリームコロッケをあげよう」 | ||
588 | 春希 | Haruki | 「人の話は最後まで聞こうな…」 | ||
589 | 俺の皿に小木曽の弁当箱からおかずが移された瞬間、\n周囲の空気が皿に…更に重くなった… | ||||
590 | 今までの小木曽とは違いすぎるあけすけな態度に、\n周囲がついていけてない。 | ||||
591 | …俺も含め | ||||
592 | 雪菜 | Setsuna | 「そうそう、そういえば噂になってるらしいよ?\n軽音楽同好会のこと」 | ||
593 | 春希 | Haruki | 「噂になってるのは小木曽だけで、\nしかも学園祭についてだけじゃないから」 | ||
594 | 雪菜 | Setsuna | 「どういう意味?」 | ||
595 | 春希 | Haruki | 「最近の小木曽、変わったってこと。\n色んな意味で」 | ||
596 | 雪菜 | Setsuna | 「だね。\n今はすごく楽。やりたいようにやってるし」 | ||
597 | そう、最近の小木曽は無防備だ。 | ||||
598 | 今まで周囲との間に張っていた\n誰にでも友好的な『壁』を取っ払い、\n特定の相手に対し、あからさまな贔屓をするようになった。 | ||||
599 | 春希 | Haruki | 「そのせいで、ミス峰城大付的には、\nここにきて予断を許さない展開と言われてるけどな」 | ||
600 | それは、とりもなおさず、\n学園好感度ランキング一位の看板を\n下ろしてしまったということでもあり。 | ||||
601 | だけど問題なのは、\nその自然体な小木曽がまたえらく魅力的なことで。\nこれがミスコン委員会のオッズを難しいものにしている。 | ||||
602 | 雪菜 | Setsuna | 「三連覇危うし?\k\n | ||
603 | 雪菜 | Setsuna | …それもまたよし、かな。\nわたし、普通の女の子に戻りま~す、ってね」 | ||
604 | 春希 | Haruki | 「…来週のステージって引退コンサートだったのか?」 | ||
605 | 雪菜 | Setsuna | 「ふふ…」 | ||
606 | 皆はあらぬ勘違いをしてる。\n『あの小木曽雪菜にとうとう彼氏ができた』と。 | ||||
607 | けれどそれは、冤罪もいいところだ。\n何しろ小木曽は、俺にも冬馬にも\n全く同じような態度を取ってる。 | ||||
608 | つまり、俺に対しての反応は、\n純粋な友情に起因するもので、\n別に異性を意識したものなんかじゃない。 | ||||
609 | 春希 | Haruki | 「さてと…ごちそうさま。\n教室戻って寝てくるか」 | ||
610 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、リンゴ食べるよね?\k\n | ||
611 | 雪菜 | Setsuna | はい、ど~ぞ」 | ||
612 | 春希 | Haruki | 「いや、だからさぁ…」 | ||
613 | …冬馬と俺にしかわからないことだけど、な。 | ||||
614 | ……… | .........
| |||
615 | かずさ | Kazusa | 「5分休け…ふあぁぁぁ…」 | ||
616 | 雪菜 | Setsuna | 「…なんか眠そうだね?」 | ||
617 | かずさ | Kazusa | 「…ちょっとね」 | ||
618 | 雪菜 | Setsuna | 「コーヒー買ってこようか?」 | ||
619 | かずさ | Kazusa | 「悪い…」 | ||
620 | 雪菜 | Setsuna | 「わかった。ホットのブラックでいいかな?」 | ||
621 | かずさ | Kazusa | 「カフェオレ。\n一番量の多いやつで」 | ||
622 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
623 | かずさ | Kazusa | 「なに?」 | ||
624 | 雪菜 | Setsuna | 「ブラックのイメージだったから」 | ||
625 | かずさ | Kazusa | 「苦いの全然駄目なんだ…」 | ||
626 | 雪菜 | Setsuna | 「…はちみつレモンにする?」 | ||
627 | かずさ | Kazusa | 「酸っぱいのも全然…」 | ||
628 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
629 | かずさ | Kazusa | 「なに?」 | ||
630 | 雪菜 | Setsuna | 「…ぷっ」 | ||
631 | かずさ | Kazusa | 「な、なに?\nそんなに…変?」 | ||
632 | ……… | .........
| |||
633 | かずさ | Kazusa | 「(ず…)\nはぁぁぁぁ…」 | ||
634 | 雪菜 | Setsuna | 「そういえば北原くんも眠そうだったなぁ。\n二人とも頑張るね」 | ||
635 | かずさ | Kazusa | 「………隠したな。\nま、言える訳ないか」 | ||
636 | 雪菜 | Setsuna | 「え?」 | ||
637 | かずさ | Kazusa | 「弾けるようになるまで寝なくていいって、\n言ってあるから」 | ||
638 | 雪菜 | Setsuna | 「ほんと、北原くんには厳しいなぁ。\n麗しき師弟愛?」 | ||
639 | かずさ | Kazusa | 「…楽器を下手くそに弾く奴が我慢できないだけ。\nみんな綺麗な音を出したがってるのに」 | ||
640 | 雪菜 | Setsuna | 「毎日毎日、そんなに厳しくするから、\n北原くん、今日はもう帰っちゃったよ?」 | ||
641 | かずさ | Kazusa | 「勝手にすればいい。\n弾けるようになれば文句は言わないから」 | ||
642 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、冬馬さん。\nこんな調子でわたしたち、\nいつになったら全員で演奏できるのかな?」 | ||
643 | かずさ | Kazusa | 「………明日」 | ||
644 | 雪菜 | Setsuna | 「え、ホント?\nなんだ、もうすぐなんだ!\nそっかぁ…楽しみだなぁ」 | ||
645 | かずさ | Kazusa | 「期待してていいぞ…きっと驚くから」 | ||
646 | 雪菜 | Setsuna | 「…けなしてる割には信頼してるんだね?」 | ||
647 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「ドアが閉まります。\nご注意ください」 | ||
648 | ……… | .........
| |||
649 | 春希 | Haruki | 「お帰り」 | ||
650 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
651 | 岩津町駅、20時15分。\n冬馬は、昨日と全く同じ時間の電車から降りてきた。 | ||||
652 | まぁ、行きの電車の中で約束した通りだから、\n意外でもなんでもないんだけど。 | ||||
653 | 春希 | Haruki | 「今日こそは準備万端だ。\n風呂にも入ったし、制服の着替えも持ってきた」 | ||
654 | かずさ | Kazusa | 「また泊まる気満々だな」 | ||
655 | 今日は、授業が終わったらすぐに帰宅して、\n着替え、入浴、仮眠、自主練と、昨日できなかったことを、\n2時間で全てこなしてここに戻ってきた。 | ||||
656 | 昨夜のことで痛感したから。\nやっぱり『師匠』の教えは偉大だと… | ||||
657 | 春希 | Haruki | 「今日は終電までに帰るって。\nこいつらは万が一のときのための備え。\nこれくらい普通だろ?」 | ||
658 | かずさ | Kazusa | 「…あんたが言うと説得力があるのがタチが悪い」 | ||
659 | 件の師匠も、あからさまに嫌な顔したけれど、\nどうせいつもそんな顔なので全然気にならない。 | ||||
660 | というか絶対想定してたし。 | ||||
661 | 春希 | Haruki | 「今日こそは大丈夫!\nノーミスで通したらすぐに帰る」 | ||
662 | かずさ | Kazusa | 「だといいけどね」 | ||
663 | 冬馬は、もうどうにでもなれという表情を浮かべて、\nいつものように颯爽と俺を置いて歩き出す。 | ||||
664 | だから俺は、その艶やかな長い黒髪を見失わないよう、\n小走りで彼女の後を追う。 | ||||
665 | 春希 | Haruki | 「あ、それと帰り道にコンビニあったっけ?」 | ||
666 | かずさ | Kazusa | 「夕食、食べてこなかったのか?」 | ||
667 | 春希 | Haruki | 「いや、トラベルセット買ってかないと」 | ||
668 | かずさ | Kazusa | 「…本当に帰る気あるのか?」 | ||
669 | 今日も、彼女の指先から零れるはずの、\n綺麗な音たちを楽しみにしつつ。 | ||||
670 | ……… | .........
| |||
671 | 春希 | Haruki | 「おあよ~………冬馬」 | ||
672 | かずさ | Kazusa | 「…たった二日で随分と馴染んでるな」 | ||
673 | 春希 | Haruki | 「二日続けて床で寝たから体の痛いこと」 | ||
674 | かずさ | Kazusa | 「帰れよ」 | ||
675 | 現在、7時15分。\n念のためにと用意しておいた目覚まし時計が役に立った。 | ||||
676 | それでも、睡眠2時間はさすがにきつい。\n結局、朝の5時近くまでずっと練習してた。\n地下室というのは時間の感覚がなくなるから怖い。 | ||||
677 | 春希 | Haruki | 「今から風呂?\n悪い、顔洗ったらすぐ出てくから」 | ||
678 | かずさ | Kazusa | 「今日こそはのぞくなよ」 | ||
679 | 春希 | Haruki | 「昨日だって覗こうと思って覗いた訳じゃない。\n幸福な偶然だったんだよ」 | ||
680 | かずさ | Kazusa | 「そうか、それは気の毒だったな。\n…今からのお前がな」 | ||
681 | 春希 | Haruki | 「冗談だって冗談。\n…あ~、気持ちい~」 | ||
682 | かずさ | Kazusa | 「だからくつろぐなと」 | ||
683 | 顔にかかる冷たい水が、\nだらけきった全身を引き締めていく。 | ||||
684 | 今日は金曜日。\nあと一日乗り切れば週末。\n朝から晩まで、思う存分練習ができる。 | ||||
685 | …体力が保てばだけど。 | ||||
686 | 春希 | Haruki | 「ふぅ、目が覚めた…\nあ、そうだ冬馬。\n俺、朝飯作ろうか?」 | ||
687 | かずさ | Kazusa | 「朝なんかいつも食べないけど?」 | ||
688 | 春希 | Haruki | 「だから授業中寝てばっかりなんだよ。\n朝はしっかり摂らないと体起きないぞ?」 | ||
689 | かずさ | Kazusa | 「今週は人のこと言えないだろ北原も」 | ||
690 | 春希 | Haruki | 「まぁそれはいいとして、\n昨日のお詫びにってことで、どうだ?」 | ||
691 | かずさ | Kazusa | 「…できるものならやってみれば?\n冷蔵庫の中のものは勝手に使っていいから」 | ||
692 | 春希 | Haruki | 「馬鹿にするなよ?\nトーストと目玉焼きならお手の物だ」 | ||
693 | それしかできないとも言う。\nなんて平均的な男子学生。 | ||||
694 | かずさ | Kazusa | 「ふぅん…そう。\nじゃ、頑張って」 | ||
695 | 春希 | Haruki | 「あれは絶対信用してないって顔だな…見てろよ」 | ||
696 | 俺だって、家に押しかけて、何度もしつこく教えを請うて、\n朝まで寝かせず、しかも自分だけ先に寝ておいて、\nさらに着替えを覗くだけじゃないってことを見せてやる。 | ||||
697 | ………どこの最低野郎だ。 | ||||
698 | 春希 | Haruki | 「…うあ」 | ||
699 | 冷蔵庫、何もないし。 | ||||
700 | ……… | .........
| |||
701 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
702 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
703 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
704 | 5分ほどの喧騒の後、\n静寂に包まれる第二音楽室。 | ||||
705 | 小木曽は呆然と俺を見つめ、\n冬馬は大きく息を吐きながら天井を見上げ。 | ||||
706 | そして俺は、期待と不安と…\nちょっぴりの自信を持って、冬馬を見つめる。 | ||||
707 | 雪菜 | Setsuna | 「………できた、よね?」 | ||
708 | かずさ | Kazusa | 「………ん。\nできたね」 | ||
709 | 春希 | Haruki | 「っ!」 | ||
710 | その、待ち望んだ冬馬の『OK』と共に、\n俺の喜びは爆発し… | ||||
711 | 雪菜 | Setsuna | 「できた!\nできたよ北原くん!」 | ||
712 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
713 | …ようとしたところで、隣の爆風により鎮火された。 | ||||
714 | 雪菜 | Setsuna | 「ほら冬馬さん、わたしの言ったとおりじゃない!\n北原くんはやればできるんだよ!」 | ||
715 | 春希 | Haruki | 「は、はは…」 | ||
716 | これがまた、俺の予想を遥かに越えた勢いで、\nこんなに心から喜んでくれることが本当に嬉しくて。\n…というか、どれだけ信用がなかったんだ俺。 | ||||
717 | 雪菜 | Setsuna | 「たった一人でずっと頑張って、\nちゃんと期待した通りの結果を出したんだね、凄いよ」 | ||
718 | 春希 | Haruki | 「あ、いや、それは、実は…」 | ||
719 | かずさ | Kazusa | 「本当だな。\n北原を少し侮ってたみたいだ」 | ||
720 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
721 | どうやって言い訳しようか、\nそれもどっちに言い訳しようか逡巡した隙に、\n冬馬があっさり流してくれてしまった。 | ||||
722 | 庇ってくれた、のか? | ||||
723 | かずさ | Kazusa | 「これでやっと1曲目…\nまだまだ先は長いけど、\nとりあえず今日はここまで」 | ||
724 | 雪菜 | Setsuna | 「え? もう?」 | ||
725 | 時計を見ても、まだ5時をちょっと過ぎたところ。\n日に日に短くなっていく昼が、\nそれでも夕方のまま留まっている時間。 | ||||
726 | 今週に入ってから『だけ』は、\nこんなに早く軽音楽同好会が解散したことはないのに、\n実質的部長は、あっさり練習を打ち切った。 | ||||
727 | かずさ | Kazusa | 「その代わり、明日の朝10時集合。\nシンセの方とも合わせる必要があるし、\n次の曲もそろそろ決めないといけないし」 | ||
728 | 雪菜 | Setsuna | 「集合はいいけど…どこに?\n土曜なのにここ使っていいの?」 | ||
729 | かずさ | Kazusa | 「練習場所なら大丈夫。\n集合場所は岩津町駅北口で。\n北原、部長にも声かけておいて」 | ||
730 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
731 | そうか…\nとうとう小木曽にも『スタジオ冬馬』お目見えか。 | ||||
732 | かずさ | Kazusa | 「この土日が第一の勝負どころだから、\n今週末は泊まり込みで合宿ね」 | ||
733 | 雪菜 | Setsuna | 「合宿? うわ本当!?\n凄い、泊まれるんだそこ!」 | ||
734 | 春希 | Haruki | 「そんなに嬉しいんだ…」 | ||
735 | そして…\nとうとう小木曽にも『ホテル冬馬』営業開始か。 | ||||
736 | 雪菜 | Setsuna | 「だって、やっぱりみんなで徹夜しないと、\n学園祭って雰囲気にならないんだもん。\nそう思わない?」 | ||
737 | 春希 | Haruki | 「ま、まぁ、そりゃそう…かな?」 | ||
738 | 雪菜 | Setsuna | 「中学のときなんか、\n学園祭前でも泊まり禁止だったから、\n先生が見回りに来ると電気消してみんな隠れてさ」 | ||
739 | 春希 | Haruki | 「は、はは…」 | ||
740 | 中学の頃から、そうやって許可も取らず\n夜通し学校に残る奴らを見つけては、\n強制的に帰宅させる立場にいたけどな、俺は。 | ||||
741 | 雪菜 | Setsuna | 「ここに来てからは、\nなかなかそういうこともできなくなっちゃったけどね。\k\n | ||
742 | 雪菜 | Setsuna | …主に自分のせいだけど」 | ||
743 | 春希 | Haruki | 「小木曽…」 | ||
744 | そういう、泥臭い肉体労働とかには、みんなが逆に\n参加させないよう気を使ってたんだろうな。 | ||||
745 | …ということは、今年の小木曽は、\n今までの二年分の抑圧も含め、\nどれだけはっちゃける気なんだろうか。 | ||||
746 | かずさ | Kazusa | 「…と、いう訳なんで、北原。\nお前には今から大事な使命がある」 | ||
747 | 春希 | Haruki | 「俺?」 | ||
748 | かずさ | Kazusa | 「そう。練習を早めに切り上げたのもそのためだ。\nさ、行くぞ」 | ||
749 | 春希 | Haruki | 「どこに?」 | ||
750 | ……… | .........
| |||
751 | 春希 | Haruki | 「ですから携帯は常時電源ONにして、\nいつでも連絡が取れるようにしておきます。\nこれは雪菜さんだけでなく、他の2人も同様です」 | ||
752 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「それでも誰も出なかったら?」 | ||
753 | 春希 | Haruki | 「ここに念書を用意しています。\nもし3人の誰もが5コール以内に出なかった場合は、\n今後、雪菜さんの門限を午後6時にすると約束します」 | ||
754 | 孝宏 | Takahiro | 「6時って…窒息するよ普通」 | ||
755 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「…娘のことはともかく、\n先方の親御さんは何とおっしゃっているのかな?」 | ||
756 | 春希 | Haruki | 「…そこなんですが、正直に話します。\n冬馬さんの家族は、海外に住んでいるため、\n冬馬家には現在保護者はいません」 | ||
757 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「む…」 | ||
758 | 春希 | Haruki | 「週に二度ほどヘルパーさんが\n掃除をしてくれているそうですが、\n夜は実質、冬馬さん以外に誰もいません」 | ||
759 | 孝宏 | Takahiro | 「一人暮らし!\nいいなぁ、俺も早く家出たいよ」 | ||
760 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「何言ってるの。\n女の子がたった一人で勉強して生活して…\n孝宏が考えるほど気楽なものじゃないわよ」 | ||
761 | 春希 | Haruki | 「…このことを話すと、反対されるかとも思いました。\nそれでも、ちゃんと許可をいただく以上、\n包み隠さず全てを明かそうと皆で決めました」 | ||
762 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「…なるほど」 | ||
763 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「お父さん、いいじゃありませんか。\nこうしてお友達が雪菜のために一生懸命…」 | ||
764 | 春希 | Haruki | 「お母さん、\n一生懸命かどうかはこの際問題じゃないんです。\n外泊を許可できる環境かどうか、そこに尽きるんです」 | ||
765 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「彼の言う通りだ。\nそこを履き違えてはいけない」 | ||
766 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「はい…」 | ||
767 | 春希 | Haruki | 「寝室もいくつかありますし、当然男女別です。\nとはいえ、後は僕を信用していただくしかありませんが」 | ||
768 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「北原くん、と言ったかな?\n君は何と言うか、随分と大人びた考え方をするんだな」 | ||
769 | 孝宏 | Takahiro | 「ほんと。\nとても姉ちゃんと同級生とは思えない」 | ||
770 | 春希 | Haruki | 「すいません、生意気で」 | ||
771 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「いや、悪いとは言ってない。\nむしろとてもしっかりした子だと感心しているんだ」 | ||
772 | 春希 | Haruki | 「僕も母と二人暮らしなので、\n自然にそういう風になってしまったのかもしれません」 | ||
773 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「まぁ、そうなの?\nお父様は?」 | ||
774 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「よさないかおい」 | ||
775 | 春希 | Haruki | 「いえ、いいんです。\n…小学六年生の頃に離婚しまして」 | ||
776 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「そうだったの…」 | ||
777 | 春希 | Haruki | 「それでも、養育費は毎月払ってもらっているので\n生活には困っていません。大学にも進学できるし、\nそのことは今でも父に感謝しています」 | ||
778 | 雪菜の父 | Setsuna's Father | 「………」 | "........."
| |
779 | 春希 | Haruki | 「ただ、家にいる男は僕一人なので、\nどうしても虚勢を張る癖がついてしまって。\n…昔から、あまり子供らしくないって言われます」 | ||
780 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「本当にまぁ、大変だったのねぇ。\nウチは雪菜も孝宏も甘やかしてしまったものだから、\n二人してワガママ放題で」 | ||
781 | 孝宏 | Takahiro | 「うわ、こっち来たよ…」 | ||
782 | 春希 | Haruki | 「いや、そんな…」 | ||
783 | ……… | .........
| |||
784 | 最初に正論であることを強調しておきながら、\n最後は人情話で誤魔化しつつ押し切る。\nこれぞ北原式論破術。 | ||||
785 | これでなんとか明日の合宿も、\nめでたく開催の運びとなるであろう手応えは得た。\n後は詰めを誤らなければ大丈夫だろう。 | ||||
786 | それはともかく、\n一言言ってもいいかな? | ||||
787 | ……… | .........
| |||
788 | はめられたっ! | ||||
789 | 雪菜 | Setsuna | 「ねぇ冬馬さん…」 | ||
790 | かずさ | Kazusa | 「ん?」 | ||
791 | 雪菜 | Setsuna | 「本当にいいのかな?\n北原くんをウチの家族会議に出席させちゃって…」 | ||
792 | かずさ | Kazusa | 「小木曽が自分で説得しようとすると、\n夜中までかかる上に喉への負担が大きいから」 | ||
793 | 雪菜 | Setsuna | 「そ…それはそうだけど。\k\n | ||
794 | 雪菜 | Setsuna | あと、わたしのことは雪菜でいいんだけど」 | ||
795 | かずさ | Kazusa | 「セコい詭弁に関してだけは、\nあたしたちは、北原の足下にも及ばない。\n…安心して任せればいい」 | ||
796 | 雪菜 | Setsuna | 「し…信頼してるんだね」 | ||
797 | かずさ | Kazusa | 「たまには役に立ってもらわないと。\nあたしをここまでこき使う以上はね」 | ||
798 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
799 | かずさ | Kazusa | 「…なに?\n何か言いたいことでもあるの?」 | ||
800 | 雪菜 | Setsuna | 「スティックシュガー3本は入れすぎじゃないかなぁ…」 | ||
801 | ……… | .........
| |||
802 | 雪菜 | Setsuna | 「す…すっごいね…」 | ||
803 | 春希 | Haruki | 「そ、そうだなぁ…でっけ~」 | ||
804 | 武也 | Takeya | 「どこのお嬢様だよ…って、お嬢様だったっけ」 | ||
805 | 冬馬家に辿り着いた軽音楽同好会一行が発した感想は、\nほぼ俺が予想した通りの内容だった。 | ||||
806 | むしろ問題はそちらではなく、既に経験済みのくせに、\n皆と言動を同じくしなければならない、\n俺のわざとらしい態度の方だったりして。 | ||||
807 | かずさ | Kazusa | 「どうぞ。\nとりあえず、楽器以外はここに置いといていいから」 | ||
808 | 雪菜 | Setsuna | 「お邪魔しま~す」 | ||
809 | 春希 | Haruki | 「お邪魔します。\nあ、靴こっちの下駄箱な」 | ||
810 | 武也 | Takeya | 「中もまた広いな…すっげ~」 | ||
811 | しかもこの後、\n今以上に大げさに驚かなくちゃならないんだよな。\n俺、演技下手なのに。 | ||||
812 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
813 | 雪菜 | Setsuna | 「うわぁ…」 | ||
814 | かずさ | Kazusa | 「今は少し寒いけど、エアコン効くまでの辛抱だから」 | ||
815 | さてと… | ||||
816 | 武也 | Takeya | 「なんだよなんなんだよこれ!\nなんで普通の家にこんなものがあるんだ!?」 | ||
817 | 春希 | Haruki | 「驚きだな本当に。\nあ、そこコードあるから気をつけろよ」 | ||
818 | 雪菜 | Setsuna | 「すっごい…\nこれ、冬馬さんのピアノ部屋?」 | ||
819 | かずさ | Kazusa | 「前の住人が作ったのをそのまま使ってるだけ」 | ||
820 | 武也 | Takeya | 「てことは、前の住人ってスタジオミュージシャン?\nにしてもブルジョワな…」 | ||
821 | かずさ | Kazusa | 「みたいだけど、詳しくは知らない。\nさ、セッティング始めて」 | ||
822 | 春希 | Haruki | 「わかった。\nほら、武也も手伝え」 | ||
823 | 武也 | Takeya | 「あ、ああ…にしてもなぁ…」 | ||
824 | まだ衝撃が抜けきらない武也と、\n目をきらきら輝かせ辺りを見回す小木曽を尻目に、\n俺は慣れた手つきで機材のスイッチを入れ… | ||||
825 | 春希 | Haruki | 「…とと。\nこれはどこに差せばいいんだ?」 | ||
826 | おっと、慣れてたらまずいんだっけ。 | ||||
827 | 現在、午前10時30分。 | ||||
828 | 自分的には予定調和ながらも、\n冬馬家の豪華さに衝撃を受けるところから、\n俺たちの合宿は幕を開けた。 | ||||
829 | ……… | .........
| |||
830 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
831 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
832 | 春希 | Haruki | 「…ふぅ」 | ||
833 | 武也 | Takeya | 「…マジかよ」 | ||
834 | まだエアコンの効ききらない部屋の中、\nそれでも一曲弾ききったらもう汗が出てきた。 | ||||
835 | それだけ全身全霊を傾けて\n集中してたってことでもあるけど。 | ||||
836 | 雪菜 | Setsuna | 「やったね、完璧♪」 | ||
837 | 昨日、呆然と俺を見てた小木曽は、\n今日はにっこりと微笑みかけてくれて。 | ||||
838 | かずさ | Kazusa | 「ドラムは問題ないかな。\nベースの方を少し手直しすれば…」 | ||
839 | 冬馬は、もはや当然のように、\n武也の作った打ち込みデータの方だけに\n注意を向けていた。 | ||||
840 | 武也 | Takeya | 「凄ぇ…ちゃんと『WHITE ALBUM』じゃん…」 | ||
841 | で、武也は、失礼なくらいに茫然自失だった。\n…本当に失礼な奴だ。 | ||||
842 | 武也 | Takeya | 「春希…お前いつの間に?\nというかまともに弾けたんだなぁ!」 | ||
843 | 春希 | Haruki | 「今は機嫌がいいから罵詈雑言も見逃してやろう。\nだが次はないぞ」 | ||
844 | 武也 | Takeya | 「今までどれだけ真面目にやってなかったかが\nよくわかる上達ぶりだな。いや見直した」 | ||
845 | 春希 | Haruki | 「せめて直前に言った言葉くらいは聞いといてくれ」 | ||
846 | かずさ | Kazusa | 「うん、打ち込みの方も良くできてる。OK。\n後はあたしの方で細かくチューニングするから。\nありがとう部長」 | ||
847 | 武也 | Takeya | 「え………?」 | ||
848 | かずさ | Kazusa | 「さて、それじゃ次の曲考えないとね…」 | ||
849 | 雪菜 | Setsuna | 「うわ、早速新しい課題なんだ」 | ||
850 | 武也 | Takeya | 「お、おい、春希?\n今、あのコ、俺に感謝したぞ…?」 | ||
851 | かずさ | Kazusa | 「持ち時間を考えると、\nレパートリー1曲じゃ全然足りないし。\nあと2曲、最低でも1曲は」 | ||
852 | 雪菜 | Setsuna | 「残り一週間だもんね。\n今までのペースだと、あと1曲がいいところかな?」 | ||
853 | 春希 | Haruki | 「感謝くらいするだろ。\n良くできてたよ本当。悪かったな武也、本当に」 | ||
854 | 武也 | Takeya | 「いや、お前の感謝はどうでもいいんだけどさ」 | ||
855 | 春希 | Haruki | 「武也…俺たち親友だよな?」 | ||
856 | かずさ | Kazusa | 「多分、他のバンドは3曲用意してると思う。\n…けど仕方ないか。こっちは実質二週間だし」 | ||
857 | 雪菜 | Setsuna | 「曲を増やしすぎて、\n1つ1つがおろそかになっても本末転倒だしね」 | ||
858 | 武也 | Takeya | 「だけどあのコだぞ? 冬馬かずさ。\n学園での噂聞いてると、とても今の言葉が信じられん」 | ||
859 | 春希 | Haruki | 「評判とか噂とか、そんなのが何だってんだよ。\n冬馬ってさ、根は優しい奴なんだよ本当に。\nくそ、皆にわかってもらえないの悔しいなぁ」 | ||
860 | かずさ | Kazusa | 「こそこそと陰で人を誉めるな。\nちゃんと聞こえてるぞ?」 | ||
861 | 春希 | Haruki | 「げっ、聞いてたのか!?\nごめん、気を悪くしたよな? 謝る」 | ||
862 | かずさ | Kazusa | 「まったく、油断も隙もない…」 | ||
863 | 武也 | Takeya | 「…お前らなんなんだ?」 | ||
864 | 雪菜 | Setsuna | 「…ふふっ」 | ||
865 | ……… | .........
| |||
866 | かずさ | Kazusa | 「というわけで2曲目なんだけど、\nリクエストある?」 | ||
867 | 武也 | Takeya | 「だから部長は…」 | ||
868 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
869 | 武也 | Takeya | 「ひいっ!?\nわ、悪い! 話の腰を折った。\nそっちで思うように進めてくれ」 | ||
870 | 春希 | Haruki | 「無様だな…」 | ||
871 | 武也 | Takeya | 「罵られて悦ぶ[RドM^おまえ]よりはマシだと思うんだ」 | ||
872 | かずさ | Kazusa | 「そうだな、うん、部長の意見を聞こうか。\n何かある?」 | ||
873 | 武也 | Takeya | 「え…いいのか?」 | ||
874 | かずさ | Kazusa | 「いいも何も、\nもともとこの同好会は部長のものだろ?」 | ||
875 | 今では誰がそんなこと覚えてるだろうか… | ||||
876 | ステージから引きずり降ろしてしまった\n罪滅ぼしのつもりだろうか。\n今日の冬馬は、微妙に武也に優しいな。 | ||||
877 | 武也 | Takeya | 「そっか…\nなら、雪菜ちゃんの声だと…」 | ||
878 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
879 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
880 | 武也 | Takeya | 「お、小木曽ちゃんの声だと…」 | ||
881 | あくまで『微妙』なところが物悲しいけど。 | ||||
882 | 武也 | Takeya | 「…やっぱ緒方理奈聴いてみたいよな。\n1曲目が森川由綺と来れば、なぁ?」 | ||
883 | 春希 | Haruki | 「武也…\nお前の選択はいつも無難でミーハーでメジャー指向で」 | ||
884 | 武也 | Takeya | 「駄目か?」 | ||
885 | 春希 | Haruki | 「………そして素晴らしいな」 | ||
886 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、大賛成!\nデビュー曲からずっと歌えるし。\k\n | ||
887 | 雪菜 | Setsuna | …最近の英語バージョンのはちょっと無理だけど」 | ||
888 | かずさ | Kazusa | 「緒方理奈…かぁ」 | ||
889 | 春希 | Haruki | 「駄目か?」 | ||
890 | かずさ | Kazusa | 「…実はあたしも緒方理奈派」 | ||
891 | 武也 | Takeya | 「へ~、そうなんだ。\nやっぱ俺たち気が合…」 | ||
892 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
893 | 武也 | Takeya | 「春希ぃ…」 | ||
894 | 春希 | Haruki | 「わかった、わかったから部長。\nお前はよくやった。後は隅っこで休んでろ」 | ||
895 | 武也 | Takeya | 「俺、生まれてこの方、\nこんな端役な扱い受けたことない…」 | ||
896 | ……… | .........
| |||
897 | かずさ | Kazusa | 「じゃあ、理奈の曲ってのは決定ね。\n…で、どれをカバーする?」 | ||
898 | 春希 | Haruki | 「この前出たアルバムから選ぶか?\n一応、小木曽に返すつもりで持ってきてるけど…」 | ||
899 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、ごめんなさい。\nまた個人的な意見、いいかな?」 | ||
900 | かずさ | Kazusa | 「ボーカルのモチベーションは最優先」 | ||
901 | 春希 | Haruki | 「異議なし」 | ||
902 | 武也 | Takeya | 「…三人きりだとホントに仲いいなこいつら」 | ||
903 | 雪菜 | Setsuna | 「じゃあ、あのね、第一ヒント。\n1曲目が『WHITE ALBUM』だから…」 | ||
904 | 春希 | Haruki | 「あ、『SOUND OF DESTINY』!」 | ||
905 | かずさ | Kazusa | 「え…」 | ||
906 | 雪菜 | Setsuna | 「同じ年に発売した…北原くん正解!\k\n | ||
907 | 雪菜 | Setsuna | やだな~、どうしてそんな簡単にわかっちゃうんだろ?」 | ||
908 | ―――SOUND OF DESTINY | ||||
909 | 『WHITE ALBUM』と同じ年に発売され、\nかの曲を抑え、音楽祭最優秀賞を受賞した、\n緒方理奈の代表曲。 | ||||
910 | 彼女がスターダムを一気に駆け上がる、\nきっかけとなった曲であり、現在に至るまで、\nベスト版、ライブ版等、何度もアルバムに収録されている。 | ||||
911 | 緒方理奈のようにキャリアのあるアーティストだと、\nファン層も多岐に渡り、それぞれの年代ごとに、\n微妙に評価が違ったりすることが多い。 | ||||
912 | それでもこの歌は、\n初期の若手アイドル時代の歌にも関わらず、\nほぼ全ての世代の支持を集めている。 | ||||
913 | かずさ | Kazusa | 「『SOUND OF DESTINY』って…え?」 | ||
914 | 武也 | Takeya | 「あれ、確か…」 | ||
915 | 春希 | Haruki | 「いいじゃん。うん。\nみんな絶対聴いたことある曲だし、ノリもいいし」 | ||
916 | 雪菜 | Setsuna | 「本当? よかった。\nあの曲ならどのバージョンのアレンジでも歌えるんだ」 | ||
917 | 春希 | Haruki | 「冬馬は? 武也は?\nなんか問題あるか?」 | ||
918 | かずさ | Kazusa | 「………北原は問題ないの?」 | ||
919 | 武也 | Takeya | 「………後悔しないか?」 | ||
920 | しかし…\n何故か冬馬と武也の反応は、\n俺たちほどの盛り上がりを見せていない。 | ||||
921 | 春希 | Haruki | 「俺が? なんで?\nカッコいい曲じゃん、あれ」 | ||
922 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
923 | というか、妙に戸惑ってるような…? | ||||
924 | 武也 | Takeya | 「いや、確かにカッコいいよ?\nけどそれは…」 | ||
925 | かずさ | Kazusa | 「………ぷっ」 | ||
926 | 春希 | Haruki | 「…冬馬?」 | ||
927 | かずさ | Kazusa | 「っ、く、くく…っ、\nほ、本当に…本当にいいんだな、北原?」 | ||
928 | …そして、今度はツボに入ったような? | ||||
929 | 雪菜 | Setsuna | 「え? え?\nな、なにか変かな?」 | ||
930 | かずさ | Kazusa | 「くく…変じゃない、全然変じゃ…\nうん、ボーカル的には…はは…っ、く…くくっ」 | ||
931 | 春希 | Haruki | 「なんだよ気味が悪いな…\nとにかく、じゃあいいんだな?\n『SOUND OF DESTINY』で決定な?」 | ||
932 | 武也 | Takeya | 「い、いや待て春希、あれは…」 | ||
933 | かずさ | Kazusa | 「うん決定、決まり。\nやめたって言ってももう聞かないからな。\nあはは…ふふ…あはははは…っ」 | ||
934 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ…」 | ||
935 | 雪菜 | Setsuna | 「…冬馬さん?」 | ||
936 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
937 | その、いつもの冬馬からはあり得ない反応の意味を… | ||||
938 | 俺は、その5分後に知ることになる。 | ||||
939 | ……… | .........
| |||
940 | 雪菜 | Setsuna | 「うわぁ…カッコいいね~」 | ||
941 | 春希 | Haruki | 「………忘れてた」 | ||
942 | かずさ | Kazusa | 「く…くく…あはは…」 | ||
943 | マジで完璧に忘れてた…\nこの曲が、どうして『カッコいい』のかを。 | ||||
944 | 武也 | Takeya | 「本当にやる気かよ春希?\n…このギター」 | ||
945 | この曲…\n最後の最後に超絶ギターが入るんだった。 | ||||
946 | かずさ | Kazusa | 「あはははは…はは…く、苦し…」 | ||
947 | 春希 | Haruki | 「いつまでもツボってんじゃね~よ!」 | ||
948 | かずさ | Kazusa | 「頑張れ北原。あんたならできる。\nあは、あははは…」 | ||
949 | そんな俺の涙目は、さらに冬馬の嗜虐心を\nいたく刺激したらしく、もうその笑いは止まりそうにない。 | ||||
950 | 雪菜 | Setsuna | 「ひょっとして、難しいの?」 | ||
951 | 武也 | Takeya | 「難しいというか…無理?」 | ||
952 | 部屋のモニターに映し出されているのは、\n数年前に発売された、緒方理奈の武道館ライブDVD。 | ||||
953 | アンコールの1曲目で流れた\n『SOUND OF DESTINY』に、\n会場中が熱狂してるのはまぁいいとして。 | ||||
954 | ボーカル部分が終わった直後から、カメラは理奈から離れ、\nバックバンドのギタリストの指先をきっちりと捉えている。 | ||||
955 | 春希 | Haruki | 「………これを俺が?」 | ||
956 | ギターの独壇場…\nというか、締めは全部ギターが持っていく構成なんだ。 | ||||
957 | 武也 | Takeya | 「少なくとも俺には不可能。\nこんなに指動かないって」 | ||
958 | 雪菜 | Setsuna | 「でもこれ弾けると絵になるよね。\nすごいなぁ…これいいなぁ…」 | ||
959 | 春希 | Haruki | 「そりゃ、俺だって弾けたらどんなにいいか…」 | ||
960 | しかし世の中には分相応という言葉がある。 | ||||
961 | 今年からギターを始めた、\n素人に毛の生えた程度の人間がこれに挑むなんて、\nどこのイカロスさんだよ… | ||||
962 | こんな難曲、挑戦する前から\n脂汗で蝋の羽が溶けてしまいそうだ。 | ||||
963 | 雪菜 | Setsuna | 「やって欲しいなぁ…」 | ||
964 | 春希 | Haruki | 「小木曽…?」 | ||
965 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、やろうよ!\nわたし、これ弾いてる北原くん見てみたい」 | ||
966 | 春希 | Haruki | 「い、いや、待てよ…」 | ||
967 | などと俺が萎縮するのとまるで対照的に、\n小木曽の中で、何かが盛り上がってしまったらしい。 | ||||
968 | 雪菜 | Setsuna | 「少しくらい失敗したっていいじゃない。\nどうせお祭りなんだし、みんな笑って見逃してくれるよ」 | ||
969 | 春希 | Haruki | 「そうだよ、見逃す前に笑われるんだよ」 | ||
970 | 雪菜 | Setsuna | 「笑われたっていいよ。\k\n | ||
971 | 雪菜 | Setsuna | わたしも一緒に笑い者になるから、ね?」 | ||
972 | 春希 | Haruki | 「いや、誰を笑うかは観客の自由だし」 | ||
973 | 雪菜 | Setsuna | 「駄目。もう決めたから。\n冬馬さんだってもう変更できないって言ったし。\nみんなでこの曲やるんだよ。決定」 | ||
974 | 春希 | Haruki | 「お、小木曽…」 | ||
975 | こんなワガママで意地っ張りな小木曽を見たら、\n学園の連中は腰を抜かすんじゃないだろうか。 | ||||
976 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
977 | …何しろ、目の前にこうして実例がいるし。 | ||||
978 | 春希 | Haruki | 「と、冬馬…\n何とか言ってくれ」 | ||
979 | もうこうなると、俺では話にならない。 | ||||
980 | だから、音楽に対して一番詳しくて、\n厳しくて、妥協を知らない奴に、\n現実をきちんと認識させてもらうしか… | ||||
981 | かずさ | Kazusa | 「ね、小木曽」 | ||
982 | 雪菜 | Setsuna | 「いいよね冬馬さん?\n北原くんならできるよ絶対!」 | ||
983 | あれだけ俺のことをあざ笑っていた冬馬だけど…\nいや、だからこそ、口ではああ言ってたが、\n最終的には認めるはずがない。 | ||||
984 | 失敗することがわかってる音楽なんて、\n許すはずが… | ||||
985 | かずさ | Kazusa | 「うん、大丈夫。\nできるよ、北原なら」 | ||
986 | 春希 | Haruki | 「はぁぁぁぁ!?」 | ||
987 | 武也 | Takeya | 「な…?」 | ||
988 | 雪菜 | Setsuna | 「だよね!\n冬馬さんならそう言ってくれると思ってた」 | ||
989 | さっきまで笑ってたカラスがもう笑顔… | ||||
990 | 春希 | Haruki | 「ま、待て冬馬! お前、プライドはどこへ行った?\nいつもの、音楽に対して妥協を許さないスタンスは…」 | ||
991 | かずさ | Kazusa | 「もちろん妥協なんかしない。\n絶対に弾けるようになってもらう」 | ||
992 | 春希 | Haruki | 「無理だってそんなの!\n俺の腕を一番よく知ってるお前ならわかるだろ?」 | ||
993 | かずさ | Kazusa | 「この曲に決めたとき言ったよね?\n『あんたならできる』って」 | ||
994 | 春希 | Haruki | 「あれは…ネタだろ?」 | ||
995 | かずさ | Kazusa | 「あたしは冗談が嫌いだ。\nあたしの性格を一番よく知ってるお前ならわかるだろ?」 | ||
996 | 春希 | Haruki | 「な…」 | ||
997 | 冬馬がこんな面白い冗談を言うなんて… | ||||
998 | 今、この状況でさえなければ\n腹を抱えて笑い転げてたはずなのに、なんてこった… | ||||
999 | かずさ | Kazusa | 「というわけで、早速始めよう。\nまずは個人練習から。小木曽?」 | ||
1000 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、頑張ろうみんな。\n本番まであと一週間しかないんだから」 | ||
1001 | 春希 | Haruki | 「い、いや、だって…あれぇ?」 | ||
1002 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
1003 | そう、本番まであと一週間。 | ||||
1004 | やっとのことで1曲目をマスターした俺たちは、\nそれだけで世界を手に入れてしまったと錯覚し、\n正常な判断力を失ってしまったに違いない。 | ||||
1005 | …いや無理だって絶対。 | ||||
1006 | ……… | .........
| |||
1007 | 春希 | Haruki | 「本当にもう帰るのか?」 | ||
1008 | 武也 | Takeya | 「もうここで俺のできることないからな。\n曲さえ決まったら、作業はウチでできるし」 | ||
1009 | 春希 | Haruki | 「帰るにしても、\nせめてみんなで夕飯食ってからにすればいいのに」 | ||
1010 | 武也 | Takeya | 「ここで俺ができることはないって言っただろ?\nつまり、ここじゃ作業できないから早く帰るんだよ」 | ||
1011 | 春希 | Haruki | 「武也…?」 | ||
1012 | 冬馬に邪険にされて泣きながら帰るにしては、\n武也の表情は妙にすっきりしてた。 | ||||
1013 | 武也 | Takeya | 「別に重役に邪険にされて、\n泣きながら帰る訳じゃないからな?」 | ||
1014 | 春希 | Haruki | 「やっぱお前親友なのかもな」 | ||
1015 | ここまで思ったことが通じてしまうようでは… | ||||
1016 | 武也 | Takeya | 「楽しみだな、学祭。\nどんなステージになるのか想像もつかねえ」 | ||
1017 | 春希 | Haruki | 「俺が一番想像できないよ…」 | ||
1018 | 武也 | Takeya | 「なんか、なんとなくだけどさ、\n結構いい感じになるじゃないかって思えてきた」 | ||
1019 | 春希 | Haruki | 「お前の思考回路も想像できないよ…」 | ||
1020 | あれから何度かソロ部分を弾いてみたけれど、\n未だに3秒の壁が破れないってのに… | ||||
1021 | 武也 | Takeya | 「ま、これから色々と大変だろうけど、\nきっと、今まで経験したこともない苦労があると思うけど、\nま、くじけず頑張れ」 | ||
1022 | 春希 | Haruki | 「わかってる。\n俺にとっては、学園生活最初で最後の馬鹿だ。\n一生懸命楽しむさ」 | ||
1023 | 委員長の霍乱と言われようが、\n帰宅部の冷や水と言われようが、\n楽しむことだけは絶対に忘れたくない。 | ||||
1024 | 入学してから今までの二年半、\nずっと、嫌味なくらいに清く正しく生きてきたんだ。 | ||||
1025 | たった一度、お祭りの日に羽目を外したくらいで、\n誰にも文句なんか言わせるものか。 | ||||
1026 | 武也 | Takeya | 「確かに、最初で最後の天国だろうな。\n…お前の人生において」 | ||
1027 | 春希 | Haruki | 「そこまで言うことないんじゃないか?\n俺の人生この先下るだけかよ?」 | ||
1028 | 武也 | Takeya | 「だってそうだろ…\nどっちもあり得ねえくらい脈ありじゃんか。\nあり得ねえよ…」 | ||
1029 | 春希 | Haruki | 「…聞かせるつもりがないなら、\n意味ありげに独り言つぶやくなよ」 | ||
1030 | 武也 | Takeya | 「じゃあな」 | ||
1031 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ…\nまた月曜日」 | ||
1032 | 放っておくといつまでも続きそうな小突きあいを\n切り上げたのは、武也の方だった。 | ||||
1033 | 最後に、やっぱりこいつらしくない\n『もうお前に教えることは何もない』的な\n優しい笑みを俺に向ける。 | ||||
1034 | ふと、その表情が何かを思い出したようなふうに動き。 | ||||
1035 | 武也 | Takeya | 「そういえばさ、\nお前、あれどうすんだ?\n俺、まだ預かってるけど?」 | ||
1036 | 春希 | Haruki | 「…いいよ、もう」 | ||
1037 | 俺でさえ、もう忘れかけていたことを口にしやがった。 | ||||
1038 | 武也 | Takeya | 「まだもう少しだけ時間残ってるじゃん。\nなんなら今からでも…」 | ||
1039 | 春希 | Haruki | 「もう一週間切ってるんだぞ?\nもし完成したとしても、いつ練習するんだよ?」 | ||
1040 | 武也 | Takeya | 「………そうか。\n悪かったな、約束守れなくて」 | ||
1041 | 春希 | Haruki | 「お前と口約束しかしてない時点で俺の負けだから」 | ||
1042 | 武也 | Takeya | 「…ありがとよ。\n最後に俺の罪悪感をこんなに軽くしてくれて!\n…今度こそ、じゃあな」 | ||
1043 | 春希 | Haruki | 「ああ…\n今度こそ、また月曜、な」 | ||
1044 | ……… | .........
| |||
1045 | 雪菜 | Setsuna | 「傷ついて~、傷つけられて♪」 | ||
1046 | 雪菜 | Setsuna | 「ええと、トラベルセット…」 | ||
1047 | 雪菜 | Setsuna | 「あ~、あったあっ…」 | ||
1048 | 雪菜 | Setsuna | 「あれ?」 | ||
1049 | 雪菜 | Setsuna | 「…青?」 | ||
1050 | 春希 | Haruki | 「うあ…」 | ||
1051 | そして午前1時。 | ||||
1052 | あれからかなりの上達を見せた俺は、\n…今は5秒の壁に果敢に挑んでいる。 | ||||
1053 | かずさ | Kazusa | 「貸して」 | ||
1054 | 春希 | Haruki | 「指がつった…」 | ||
1055 | かずさ | Kazusa | 「今日はもうこれくらいにしたら?\n小木曽が上がってきたら、次、風呂に入ってきなよ」 | ||
1056 | 春希 | Haruki | 「俺はいいよ。\n小木曽の後も、冬馬の前も、\nどっちもまずいだろ…」 | ||
1057 | かずさ | Kazusa | 「入る前に洗ってお湯張り直せばいいのに」 | ||
1058 | 春希 | Haruki | 「そういう問題じゃないだろ。\nあと、地球温暖化を考慮しろこのブルジョアめ」 | ||
1059 | 気を使ってくれてるつもりなのかもしれないけど、\nどうにも冬馬の俺に対するスタンスってのは、\n男に対するものとは思いにくい。 | ||||
1060 | ま、平気で泊めてくれた時点で\n察するべきなのかもしれないけど、\nちょっとだけ男のプライドが傷つくというか… | ||||
1061 | それとも、そんなつまらないもののために\n今のアドバンテージを捨てるのは\n馬鹿のすることだというか。 | ||||
1062 | かずさ | Kazusa | 「…指の動きはこんな感じ。\nもう一回やってみせようか?」 | ||
1063 | 春希 | Haruki | 「だから俺のプライドを30秒でズタズタにするなよ…」 | ||
1064 | 人がノミで一生懸命壁を削ってるときに、\n空飛んで超えていきやがって。 | ||||
1065 | かずさ | Kazusa | 「ギターだってもう2年はいじってるし、\nこれくらい弾けても別におかしくないって」 | ||
1066 | 春希 | Haruki | 「…何でもできるんだな、冬馬は」 | ||
1067 | 憧れと共に、ちょっとした妬ましさも湧き上がる。 | ||||
1068 | かずさ | Kazusa | 「北原は勉強できるじゃない。\nあたし、自慢じゃないけど卒業危ないよ?」 | ||
1069 | 春希 | Haruki | 「でも、カッコいいことは全部冬馬のが上だ」 | ||
1070 | かずさ | Kazusa | 「何がカッコいいかなんて人によるんじゃない?」 | ||
1071 | 春希 | Haruki | 「そうだよ。何がカッコいいかは俺によるんだよ。\nで、俺によると、ピアノとか、ギターとか、冬馬とか」 | ||
1072 | かずさ | Kazusa | 「………お前、今」 | ||
1073 | 春希 | Haruki | 「…ちょっと返してくれ」 | ||
1074 | かずさ | Kazusa | 「あ、ああ…」 | ||
1075 | 何だか変な具合に気まずくなってきたので、\nもう一度冬馬からギターを取り返す。 | ||||
1076 | 春希 | Haruki | 「…言ったこと、少しばかり後悔してるけど、\n残念ながら間違ったことは言ってない」 | ||
1077 | …けどそこで、余計なフォローを入れるのが、\n俺のカッコ悪さを象徴してる気がする。 | ||||
1078 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
1079 | 春希 | Haruki | 「っ…やっぱ無理だ」 | ||
1080 | 演奏で誤魔化そうにも、\n今の俺は5秒しかもたないんだった。 | ||||
1081 | 疲れと眠気のせいなのか、\nいつもより悔しくて、みっともなくて、そして… | ||||
1082 | かずさ | Kazusa | 「大丈夫だ。\nできるよ、北原なら」 | ||
1083 | 春希 | Haruki | 「と…冬馬?」 | ||
1084 | かずさ | Kazusa | 「あたしが弾けるようにしてやる。\n…お前の言う、カッコいい男にしてやるから」 | ||
1085 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
1086 | なんだか、心地良いくらい照れくさくて恥ずかしくて。 | ||||
1087 | かずさ | Kazusa | 「その代わり、\nもう、学園祭が終わるまで寝られるなんて考えるな」 | ||
1088 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ」 | ||
1089 | かずさ | Kazusa | 「来週からも毎日ここに来い。\n場合によっては授業サボれ。できるか?」 | ||
1090 | 春希 | Haruki | 「………ああ!」 | ||
1091 | ヤバいくらいに、全身にやる気がみなぎってきて。 | ||||
1092 | 今ならなんでもできるんじゃないかって、\nそんな錯覚が、錯覚だってわからなくなるくらい、\n自分の中に不思議な勇気が湧き出てくる。 | ||||
1093 | 雪菜 | Setsuna | 「傷ついて、傷つけられて…」 | ||
1094 | ……… | .........
| |||
1095 | 春希 | Haruki | 「…うあ」 | ||
1096 | 雪菜 | Setsuna | 「ふぅ…」 | ||
1097 | かずさ | Kazusa | 「じゃ、お昼にしようか」 | ||
1098 | 合宿二日目。 | ||||
1099 | 眠い目をこすりながら集まった小木曽と俺を前にして、\n冬馬はさらっと『じゃあ、合わせてみようか』と言った。 | ||||
1100 | 昨夜の段階でも余裕で壊滅中だった俺は、\nちょっとばかり目眩がしたけど、師の命令には逆らえず、\n1曲目よりもかなり早い段階で全体練習が始まった。 | ||||
1101 | そして結果はもちろん… | ||||
1102 | かずさ | Kazusa | 「うん、形になってきた」 | ||
1103 | 春希 | Haruki | 「どこがだよ!?」 | ||
1104 | なんか合格点ついてるし。 | ||||
1105 | 春希 | Haruki | 「ボロボロだったじゃん。特に俺。というか俺だけ。\nそりゃ、小木曽と冬馬だけ見れば完璧だったけど」 | ||
1106 | 雪菜 | Setsuna | 「え~、そうかな?\nみんなちゃんと合ってたと思うけどな」 | ||
1107 | 春希 | Haruki | 「本当凄いよ小木曽は…\nバックが乱れててもビクともしないんだもんな」 | ||
1108 | 天性のリズム感なのか、\n冬馬のピアノしか聞いてないのか。 | ||||
1109 | 雪菜 | Setsuna | 「違うよ、北原くん乱れてなんかなかったよ。\n本当に歌いやすかったんだって」 | ||
1110 | 春希 | Haruki | 「いいよ慰めは。\n自分の演奏は自分が一番良くわかってるから…」 | ||
1111 | かずさ | Kazusa | 「自分の演奏を一番理解してるって?\n…それはまた思い上がりもいいところだな」 | ||
1112 | 春希 | Haruki | 「ぐあ…」 | ||
1113 | 勝手には落ち込ませてもくれない我が師匠… | ||||
1114 | かずさ | Kazusa | 「確かにソロ部分は酷い。\n間違いだらけだしリズムバラバラだし、\n大体、途中で諦めて弾くのやめるし、最低」 | ||
1115 | 春希 | Haruki | 「ぐあぁ…」 | ||
1116 | …自分の手で地獄に突き落とさないと\n気が済まないんだろうか? | ||||
1117 | かずさ | Kazusa | 「けど、ボーカルが入るとこに関しては十分合格点。\nきっちり弾けてるし、小木曽の邪魔はしてない」 | ||
1118 | 春希 | Haruki | 「そうだったっけ?」 | ||
1119 | 雪菜 | Setsuna | 「そうだったっけじゃないよ。\nほとんど完璧だったってば」 | ||
1120 | 春希 | Haruki | 「…覚えがない」 | ||
1121 | ソロ部分のことばかり気になっていて、\nそれ以外の演奏なんか気にも留めてなかった。 | ||||
1122 | 練習だってほとんどしてなかった。\nだってそっちは心配する必要もないって判断… | ||||
1123 | 春希 | Haruki | 「あれ?」 | ||
1124 | 雪菜 | Setsuna | 「上手くなってるんだよ北原くん。\n簡単なパートならすぐ弾けるようになってるんだよ」 | ||
1125 | 春希 | Haruki | 「俺…」 | ||
1126 | そういえば、なんか指が勝手に動く。 | ||||
1127 | コードを頭の中でいちいち指の形に変換しなくても、\nいつの間にか習慣で押さえてる。 | ||||
1128 | かずさ | Kazusa | 「だから言っただろ?\n毎日10時間弾けって」 | ||
1129 | 春希 | Haruki | 「冬馬…」 | ||
1130 | また、冬馬の手のひらで踊らされてた。 | ||||
1131 | 今まで課されてたハードな個人練習の狙いは、\n『学園祭の曲を弾けるようになること』じゃなくて、\n『ギターが弾けるようになること』だったという訳か。 | ||||
1132 | かずさ | Kazusa | 「さて、買い出しに行ってくる。\nみんな、どの弁当がいい?」 | ||
1133 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、なら駅前のスーパー行こうよ。\n簡単なものしかできないけど、お昼はわたしが…」 | ||
1134 | かずさ | Kazusa | 「料理なんかしてる暇があったら練習しろ。\n小木曽の方こそ、今日はあまり声出てないぞ」 | ||
1135 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…」 | ||
1136 | やっぱり冬馬には敵わない。\n彼女の言うことに間違いはない。\n俺は、ただついていくだけでいい。 | ||||
1137 | ただ… | ||||
1138 | かずさ | Kazusa | 「冗談じゃない、そんな馬鹿な真似ができるか。\n今さら何言ってんだお前は?」 | ||
1139 | あまりにもそうやって格の違いを見せつけられると、\nこっちだって少しは意地悪…じゃなかった。 | ||||
1140 | 春希 | Haruki | 「別に今さらじゃない。\n昨夜思いついたことなんだよ」 | ||
1141 | 世間にも、その凄さをわかってもらおうという、\n純粋な悪戯心…じゃなかった。 | ||||
1142 | かずさ | Kazusa | 「思いっきり今さらじゃないか…」 | ||
1143 | ともかく、そんな色々と思惑の絡んだ『とある提案』を、\n予想通り、冬馬はあっさりと却下した。 | ||||
1144 | 春希 | Haruki | 「だって考えてもみろよ。\n小木曽はボーカルだし、俺もソロが入る。\nけど、冬馬にだけは何の見せ場もないだろ?」 | ||
1145 | 雪菜 | Setsuna | 「そういえば…そうかも」 | ||
1146 | かずさ | Kazusa | 「だからって、そんなふざけた真似ができるか。\nそんなのただの大道芸だ」 | ||
1147 | 春希 | Haruki | 「大道芸のどこが悪い?\n冬馬、お前まさか、俺たちのステージが\n芸術とか言うつもりじゃないだろうな?」 | ||
1148 | かずさ | Kazusa | 「いや、そこまで卑屈にならなくても…」 | ||
1149 | 春希 | Haruki | 「何度も言ってるだろ?\n俺は、冬馬の凄さを見過ごされるのが嫌なんだよ」 | ||
1150 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くん…」 | ||
1151 | 一年の時から将来を嘱望された音楽科のエリートで、\n今だって才能溢れるアーティストで、\nついでに、もの凄い………で。 | ||||
1152 | かずさ | Kazusa | 「あたしにとって、そんなことはどうでもいい。\n大体、今回の件だってお前がどうしてもって言うから\n仕方なく参加しただけで…」 | ||
1153 | それなのに、今では悲しいほど周囲から忘れ去られてる、\n普通科の、卒業も危うい劣等生。 | ||||
1154 | 春希 | Haruki | 「だったら今度も俺が『どうしても』って言うから、\n仕方なく目立ってくれ」 | ||
1155 | それは自分から望んだことだって胸を張ってるけど、\nそんなのは、別のことで意地を張ってしまったときの\n虚しい副産物にしか過ぎないってわかってしまった。 | ||||
1156 | かずさ | Kazusa | 「北原…お前なぁ」 | ||
1157 | そんな『本当の冬馬かずさ』を、\n俺と小木曽だけが知っているなんてのは納得できない。 | ||||
1158 | 春希 | Haruki | 「それとも何か?\n今からじゃ間に合わないか?\nいくら冬馬でも、こればっかりは無茶なのか?」 | ||
1159 | かずさ | Kazusa | 「だからあたしはそういう挑発には乗らないって…」 | ||
1160 | 春希 | Haruki | 「無理か…?」 | ||
1161 | 冬馬のことをよく知らない多くの同級生たち。\n悪い部分だけをよく知ってる音楽科の同級生たち。\n親の七光だけだと思っている一部の教師たち。 | ||||
1162 | 鼻をあかしてやりたい。\n悔しがらせてやりたい。\n自分たちの目が節穴だったと思い知らせてやりたい。 | ||||
1163 | かずさ | Kazusa | 「………余裕に決まってるだろ」 | ||
1164 | 春希 | Haruki | 「だよな!\n冬馬なら絶対そう言ってくれるって思ってた」 | ||
1165 | そう、皆に知ってもらいたい。\n冬馬が、実はこんな奴なんだって。 | ||||
1166 | かずさ | Kazusa | 「あ、いや、待て。\nだから、できるってこととやるってことは…」 | ||
1167 | 人の言うことを聞こうとしないのは、\n本当は、人の頼みを断り切れない、\nどうしようもないお人好しだからなんだって。 | ||||
1168 | 春希 | Haruki | 「じゃあ、午後からは新しい構成で行ってみようか。\n最初から合わせられるか冬馬?」 | ||
1169 | かずさ | Kazusa | 「多分大丈夫だけど…\k\n | ||
1170 | かずさ | Kazusa | あ、だから違う。今のは別にやるって言った訳じゃ…」 | ||
1171 | 春希 | Haruki | 「大丈夫大丈夫。\nうまく行かなかったら俺がフォローするからさ。\nまずは気楽に行ってみようぜ?」 | ||
1172 | かずさ | Kazusa | 「へぇ、いい度胸だな北原。\nお前が音楽のことであたしに偉そうな口叩くとは」 | ||
1173 | もちろん、全て俺のために。 | ||||
1174 | 冬馬がそれを望んでなかろうが関係なく、\n俺のエゴを満たすだけのために。 | ||||
1175 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1176 | ……… | .........
| |||
1177 | 雪菜 | Setsuna | 「はい、冬馬さん、カフェオレ」 | ||
1178 | かずさ | Kazusa | 「…ありがと」 | ||
1179 | 雪菜 | Setsuna | 「一応、砂糖は3杯入れておいたけど…」 | ||
1180 | かずさ | Kazusa | 「(ずず)…苦い」 | ||
1181 | 雪菜 | Setsuna | 「………はいシロップ。\n随分たくさん常備してあるんだね」 | ||
1182 | かずさ | Kazusa | 「え、ええと…北原は?」 | ||
1183 | 雪菜 | Setsuna | 「ちょっと外の空気吸ってくるって」 | ||
1184 | かずさ | Kazusa | 「そ…」 | ||
1185 | 雪菜 | Setsuna | 「(ずず)………」 | ||
1186 | かずさ | Kazusa | 「(ずず)………ふぅ」 | ||
1187 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、冬馬さん」 | ||
1188 | かずさ | Kazusa | 「ん?」 | ||
1189 | 雪菜 | Setsuna | 「さっき言ってたけど、\k\n | ||
1190 | 雪菜 | Setsuna | 今日のわたしって、調子悪いのかな?」 | ||
1191 | かずさ | Kazusa | 「うん、悪いな」 | ||
1192 | 雪菜 | Setsuna | 「…本当に、音楽に関しては思いっきり率直なんだね」 | ||
1193 | かずさ | Kazusa | 「いつも通り外しはしないけど、声が出てない。\n伸びも悪いし、いいとこが全部削がれてる」 | ||
1194 | 雪菜 | Setsuna | 「自分じゃそんなふうに感じないんだけど…」 | ||
1195 | かずさ | Kazusa | 「何かノってないように感じる。\k\n | ||
1196 | かずさ | Kazusa | よそ事考えてない?」 | ||
1197 | 雪菜 | Setsuna | 「え…」 | ||
1198 | かずさ | Kazusa | 「ま、合宿も二日目だし、疲れてるのかも。\nだからそんなに心配してないけど」 | ||
1199 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1200 | かずさ | Kazusa | 「大体、小木曽なんて全然手が掛からない方だし。\n…あっちに比べれば」 | ||
1201 | 雪菜 | Setsuna | 「あっち…か」 | ||
1202 | かずさ | Kazusa | 「少しは上手くなったとは言え、元が元だから。\nまだまだ本番まで気が抜けない」 | ||
1203 | 雪菜 | Setsuna | 「そっか…」 | ||
1204 | かずさ | Kazusa | 「その上、調子に乗って人にまで難題押しつけるし。\nホントになに考えてんだか…」 | ||
1205 | 雪菜 | Setsuna | 「だから、あっちにばかり手を掛けちゃうんだ。\n毎日、毎晩」 | ||
1206 | かずさ | Kazusa | 「余計なこと考えてる暇があったらまず自分のことを\k\n | ||
1207 | かずさ | Kazusa | …何だって?」 | ||
1208 | 雪菜 | Setsuna | 「合宿、昨日が初めてじゃないよね?」 | ||
1209 | かずさ | Kazusa | 「小木曽…?」 | ||
1210 | 雪菜 | Setsuna | 「一昨日も、もしかしたらその前の日も、\n開催されてたんじゃないかな? 違う?」 | ||
1211 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
1212 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんが急に上達したのって、\n優秀な先生が付きっきりで教えたからだよね?」 | ||
1213 | かずさ | Kazusa | 「…騙してないぞ別に」 | ||
1214 | 雪菜 | Setsuna | 「あからさまに騙してはいないけど、\nあからさまに話してもいないよね?\n…隠したよね?」 | ||
1215 | かずさ | Kazusa | 「それは…どうでもいいことだから」 | ||
1216 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、そうだね、どうでもいいことだよね。\nわたしみたいな部外者に話す内容じゃないよね」 | ||
1217 | かずさ | Kazusa | 「部外者なんて、そんなふうに言うなよ…\n北原が聞いたらなんて思うか」 | ||
1218 | 雪菜 | Setsuna | 「だったらさ…\n部外者じゃないわたしに練習のこと隠して、\nわたしが知ったらなんて思うかって考えた?」 | ||
1219 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
1220 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、本当はわかってる。\n冬馬さん、わたしに気を使ったんだよね?\nわたしがショック受けるって思ったんだよね?」 | ||
1221 | かずさ | Kazusa | 「…やっぱりショックだった?」 | ||
1222 | 雪菜 | Setsuna | 「やだなぁもう…!\nわたし、そんなに思い込み激しくないよぉ」 | ||
1223 | かずさ | Kazusa | 「え、え?」 | ||
1224 | 雪菜 | Setsuna | 「一言言ってくれれば全然気にしなかったのに、\nそうやって隠すからカチンって来ちゃうんだよ?」 | ||
1225 | かずさ | Kazusa | 「そ、そう?」 | ||
1226 | 雪菜 | Setsuna | 「冬馬さん、北原くんのこと練習不足って心配してたし、\nそれなのに昼間はわたしの面倒見なくちゃならないし、\nそうしたら、残る時間は夜しかないに決まってる」 | ||
1227 | かずさ | Kazusa | 「それは…そうなんだけど」 | ||
1228 | 雪菜 | Setsuna | 「だから半分はわたしのせい。\n冬馬さんが寝る時間も削って北原くんの練習に\nつきあうこと、本当は感謝しなくちゃならないのに」 | ||
1229 | かずさ | Kazusa | 「いや、そんなことは…\nあたしが勝手にやってることだし」 | ||
1230 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、ありがとう。そしてごめんなさい。\n…わたし、そうやって一生懸命みんなのこと考えてくれる\n冬馬さんに、なんだか酷いこと言っちゃった…」 | ||
1231 | かずさ | Kazusa | 「小木曽…あのさ」 | ||
1232 | 雪菜 | Setsuna | 「ごめんね、わたしから言い出した話だけど、\nこれでおしまいにさせて。\k\n | ||
1233 | 雪菜 | Setsuna | で、午後からも頑張ろう?」 | ||
1234 | かずさ | Kazusa | 「あたしは全然気にしてないけど…」 | ||
1235 | 雪菜 | Setsuna | 「良かった…本当にごめんなさい。\k\n | ||
1236 | 雪菜 | Setsuna | あと、わたしのことは雪菜でいいからね」 | ||
1237 | かずさ | Kazusa | 「あ、ああ…」 | ||
1238 | 雪菜 | Setsuna | 「はぁ…わたしって本当に馬鹿だなぁ。\nどうしてこんな余計なこと言っちゃったんだろ」 | ||
1239 | かずさ | Kazusa | 「いや、別にそんな…」 | ||
1240 | 雪菜 | Setsuna | 「冬馬さんにこんなこと言ってどうするのよ。\n…そういうのわかってたはずなのに」 | ||
1241 | かずさ | Kazusa | 「そういうのって?」 | ||
1242 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、聞いてた?\nごめんなさい、聞き流して」 | ||
1243 | かずさ | Kazusa | 「………」 | "........."
| |
1244 | 雪菜 | Setsuna | 「はぁぁぁぁ…もう、わたしの馬鹿」 | ||
1245 | かずさ | Kazusa | 「そうやって地味にショック受けるって、\nわかってたから隠したのに…」 | ||
1246 | ……… | .........
| |||
1247 | 春希 | Haruki | 「寒くない?」 | "Are you cold?"
| |
1248 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、別に」 | "Nope, not really."
| |
1249 | 春希 | Haruki | 「そう?」 | "Oh?"
| |
1250 | 午後6時30分。 | 6:30PM
| |||
1251 | 11月中旬の夜は、\nジャケットだけでは防ぎきれない寒さを\n肌に突き刺してくる。 | The evening of mid-November pierced the skin with cold that a jacket alone could not ward off
| |||
1252 | 春希 | Haruki | 「疲れてる?」 | "Are you tired?"
| |
1253 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、別に」 | "Nah, not really."
| |
1254 | 春希 | Haruki | 「…そう?」 | "...That so?"
| |
1255 | 午後からの練習は、思ったよりも軽めだった。 | The afternoon practise was lighter than expected.
| |||
1256 | 個人練習と全体練習をそれぞれ1回ずつ。\n間に休憩も多めに挟み、しかも夕方で解散。 | The individual and combined practises lasted just one round each. All that while, there were plenty of breaks in between yet everything ended by dusk.
| |||
1257 | 冬馬が5時に解散を宣言してしまったので、\nあとは皆でファミレスで夕食会。 | Touma had announced the end of practise at 5 o' clock and after that, everyone had dinner together at a family restaurant.
| |||
1258 | …その時の俺以外のノリの悪さからして、\nどうやら皆の疲れを考慮しての切り上げだったようだ。 | Because of the low spirits of everyone other than me, she had somehow taken our fatigue into consideration and ended the session.
| |||
1259 | 春希 | Haruki | 「荷物、持とうか?」 | "Want me to carry your stuff?"
| |
1260 | 雪菜 | Setsuna | 「いいよ別に」 | "It's fine, nothing much really."
| |
1261 | 春希 | Haruki | 「……そう?」 | "...That so?"
| |
1262 | そう、小木曽は午後からずっとこんな感じで\nなんだか妙にノリが悪かった。 | That's right, Ogiso wasn't herself since afternoon; she seemed to be acting somewhat unsually.
| |||
1263 | 確かに、練習は真面目にやってたし、\n聞かれたことには普通に答えてた。 | Certainly, she went about the practise seriously, answering questions asked of her as usual.
| |||
1264 | けど、何と言うか、\n俺ごときが言える立場じゃないけど、\nいつもより歌う声が小さかったというか… | However, how should I put it, while it's not my place to say so, somehow, her singing voice seemed softer than usual...
| |||
1265 | 春希 | Haruki | 「…本当に疲れてない?\nそれか、体調が悪いとか?」 | "...You're really not tired? Or perhaps you're unwell?"
| |
1266 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなことないよ、別に」 | "Nothing like that, not really."
| |
1267 | 春希 | Haruki | 「………そう」 | "......I see."
| |
1268 | 何より、語尾の全てに『別に』を付けてくる。\nこれだと、なんだか冬馬っぽい。 | Above all, she ended all her sentences with "not really." It was somewhat Touma-like.
| |||
1269 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1270 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1271 | だから、会話が続かない。 | As such, our conversation could not progress any further.
| |||
1272 | いつもの小木曽なら、こっちが気を使う暇もないくらい、\n次から次へと話しかけてきてくれて、正直、女の子と\n話すことに慣れてない俺には有難いことこの上ない。 | Normally, with Ogiso, you would not have the time to care about this; she took the initiative to talk to me continuously. Frankly, for me who wasn't used to speaking with girls, there was nothing I was more thankful for.
| |||
1273 | けど今は、冬馬もかくやと思えるほどの、\n素っ気ない反応の応酬で、どうしていいのかわからない。 | However, right now, like with Touma, I did not know how I should respond to such off-handed replies.
| |||
1274 | …確かに昨日まで、\nいや、今日の午前中までは普通だったのに。 | ...She was definitely normal until yesterday, no, at least until this morning.
| |||
1275 | 春希 | Haruki | 「なぁ、小木曽。\nちょっと聞きたいことが」 | "Hey, Ogiso. There's something I want to ask-"
| |
1276 | で、結局俺は、\nいつものように、自分が理解できるよう、\nきちんと話をすることにする。 | So, in the end, I decided to properly talk it out with her, as usual, to make things clear to myself.
| |||
1277 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんってさ」 | "You know,Kitahara-kun, you-"
| |
1278 | 春希 | Haruki | 「え?」 | "Eh?"
| |
1279 | と、そんな俺の心を先読みしたのか、\n小木曽が急に振り返り、じいっと俺の顔を見つめてくる。 | Perhaps she anticipated what was in my heart; Ogiso suddenly turned around and stared at my face.
| |||
1280 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんって、さぁ…」 | "You know, Kitahara-kun, you...."
| |
1281 | 春希 | Haruki | 「な、なに…?」 | "W-what?"
| |
1282 | 俺の目の前に立ち、じっと瞳を見つめ、\nなんだか誤解してしまいそうな表情で… | Standing before me and staring into my eyes, with an expression that made me almost misunderstand...
| |||
1283 | 雪菜 | Setsuna | 「…大してかっこよくないよね」 | "...Aren't very cool."
| |
1284 | 春希 | Haruki | 「………はい?」 | ".......What?"
| |
1285 | やっぱり誤解だと思い知らせてくれる発言をした。 | The words she spoke led me to realize that I was indeed mistaken.
| |||
1286 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、よく見ると本当に大したことない。\n普通。そこそこ。十人並み。悪くないけど良くもない」 | "Yup, when you look closely, you really aren't anything special. You're ordinary. Reasonable. Average. Not bad but not good either."
| |
1287 | 春希 | Haruki | 「い、い、い、いや…\nそんなのは俺が一番よくわかってるけどさぁ…」 | "E-er...erm, I'm well aware of that myself...."
| |
1288 | でも、相手によっては、たとえ事実であろうと、\nとてつもなく傷つく言葉であるということを\n理解して言ってるんだろうか? | But, has she considered that what she's saying is extremely hurtful, espcially depending on who's saying it, even if it's a fact?
| |||
1289 | 雪菜 | Setsuna | 「誰にでも面倒見がいいことも美点ではあるけれど、\nちょっと見方を変えると、\k\n | "You're willing to go the extra mile for others and this is your good point, but in another way-."
| |
1290 | 雪菜 | Setsuna | 八方美人とも取られかねないよね?」 | "People may see you as someone trying too hard to be perfect, no?"
| |
1291 | 春希 | Haruki | 「う、え…?」 | "Uu, eh...?"
| |
1292 | 雪菜 | Setsuna | 「いつでも真面目で一生懸命なのもポイント高いけど、\n人によっては堅すぎてついていけないってのもわかるよ」 | "You get a high score for always seriously trying your best, but I also understand when some people say that they cannot keep up with how rigid you are."
| |
1293 | 春希 | Haruki | 「ご、ごめん…」 | "S,sorry...."
| |
1294 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、別にわたしの個人的感想だから、\k\n | "Nah, it's just my own individual opinion after all, \k\n"
| |
1295 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんが謝る必要はないと思うよ?」 | "I don't think Kitahara-kun has to apologize?"
| |
1296 | 春希 | Haruki | 「それは…どうも」 | "Oh...Thanks."
| |
1297 | いや、これは…わかってやってる。 | No, this... She's doing it on purpose.
| |||
1298 | 間違いなく、俺を傷つけようとしてやってる。\nそして、彼女の狙い通り、思い切り戦果を上げている。 | Unmistakably, She's doing it to hurt me. And according to what she was aiming for, she has fared exceedingly well .
| |||
1299 | 雪菜 | Setsuna | 「あ~あ、な~んだかなぁ。\n急に色々とわかってきちゃった」 | "Ahh~a, how should I put it... I feel like I suddenly understand alot."
| |
1300 | …そう、小木曽は今、俺にケンカ売ってる。 | ...That's right. Right now, Ogiso is picking a fight with me.
| |||
1301 | ついさっきまで、\n一緒に合宿を頑張ってきた仲間のはずなのに、\n二人きりになった途端、敵意をむき出しにしてる。 | Up until just now, we were supposed to be friends who were working hard together in the training camp, yet the moment we are alone together, she bared her hostile feelings towards me.
| |||
1302 | ついさっきまで、\nお菓子や飲み物を差し入れてくれたのに、\n今は、白手袋を差し入れてくれる。 | Up until just now, she was bringing us snacks and drinks; even now, she brought white gloves.
| "White glove" bit may also refer to breaking of friendship or declaration of hostility. Not sure... | ||
1303 | 雪菜 | Setsuna | 「そうだよね、そんなものだよね。\nだから…そこまで気にする必要、ないよね」 | "That's right, that's the way it is. That's why...you don't need to go to such lengths."
| |
1304 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | "Ah..."
| |
1305 | そして、呆然と立ちすくむ俺を置いて、\n駅への道を小走りに駆け出す。 | And with that, leaving me behind as I stood dumbfounded, she broke into a half-run on the road leading to the station.
| |||
1306 | 春希 | Haruki | 「お、おい、小木曽…」 | "Oh, Oi, Ogiso....!"
| |
1307 | だから俺は…\nやっぱり、どうしていいかわからない。 | That's why I....as I thought, I did not know what I should do at all.
| |||
1308 | わからないから、追い越すことも、止めることも、\nそして責めることもできず、ただ同じ速度で、\n小木曽の後を追いかけるだけ。 | As I did not know, I could not get ahead, stop or blame her. I could only just chase behind Ogiso at the same speed.
| |||
1309 | 雪菜 | Setsuna | 「じゃあね北原くん。\nまた明日」 | "See you tomorrow, Kitahara-kun."
| |
1310 | 春希 | Haruki | 「え…」 | "Eh..."
| |
1311 | けれど、小木曽は心得たもので、\nそんな俺の曖昧な反応を、きっちり拒絶する。 | But, Ogiso understood and promptly rejected my vague response.
| |||
1312 | 雪菜 | Setsuna | 「大丈夫。\n明日になったら、またいつも通りのわたしだから」 | "It's alright. Because come tomorrow, I'll be my usual self again."
| |
1313 | 俺の、訳がわからないが故の曖昧な反応を、\nきっちり“悪”だと糾弾する。 | She had promptly condemned my response that had been made in the confusion of completely senseless circumstances as "bad."
| |||
1314 | 雪菜 | Setsuna | 「だから気にしないで…\n今日言ったこと、忘れてくれると嬉しいな」 | "So don't worry about it. It would be much happier if you forgot all that was said today."
| |
1315 | だって…\n言葉とは裏腹な、\nさっきより妙に赤い目が、語ってるから。 | However...her words were completely to the contrary. After all, her red eyes, more out of place than before, said everything.
| |||
1316 | 雪菜 | Setsuna | 「学園祭、頑張ろうね。\n絶対、成功させようね?」 | "Good luck for the school festival. You must definitely succeed OK?"
| |
1317 | 春希 | Haruki | 「小木曽…」 | "Ogiso..."
| |
1318 | 声も、語ってるから。\nその言葉の意味じゃなくて、その音で。 | My voice came again. It did not bear the meaning of that word, rather, of the sound.
| |||
1319 | 雪菜 | Setsuna | 「それじゃ、おやすみなさい…」 | "Well then, good night...."
| |
1320 | 春希 | Haruki | 「待てって」 | "Wait!"
| |
1321 | 雪菜 | Setsuna | 「…なに?」 | "..Yes?"
| |
1322 | 春希 | Haruki | 「その…送ってく」 | "I'll...accompany you back."
| |
1323 | だったら俺は、介入するしかない。 | If that's the case, I could not stand by and do nothing.
| |||
1324 | 雪菜 | Setsuna | 「いいよ。\n北原くん、電車、反対方向だし」 | "It's fine. Kitahara-kun's train is in the opposite direction."
| |
1325 | 春希 | Haruki | 「でも、もう結構暗いし。\n小木曽の家の近く、人通り少ないし」 | "But it's generally already dark and the area around Ogiso's house was quite deserted."
| |
1326 | いつも通りの、お節介で、鬱陶しい俺を、\n全力で再現するしかない。 | For me who was always meddlesome and an annoyance, I could not help but replay the scene with all my might.
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1327 | 雪菜 | Setsuna | 「このくらいの時間なら、いつも一人で帰ってるし。\n………練習で遅くなった時だって」 | "I always go home alone at this hour.....It's when practise ends late."
| |
1328 | 春希 | Haruki | 「いや、やっぱり送るって。\nというか、送らせてくれ」 | "No, as I thought, I'd better see you home. Or rather, let me see you home."
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1329 | だって小木曽には、これで通用していたはずだから。 | Well, this is standard practice for Ogiso after all.
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1330 | 冬馬とは違って、その近い距離感を、\n心地良く感じてくれていたはずだから。 | Unlike with Touma that feeling of closeness was acutely felt in my heart when it came to Ogiso.
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1331 | 雪菜 | Setsuna | 「駄目。\nそんなことされたら、言えなくなっちゃうじゃない」 | "No. If you do that, I won't keep quiet."
| |
1332 | 春希 | Haruki | 「何を?」 | "What about?"
| |
1333 | 雪菜 | Setsuna | 「『北原くんは、女の子が暗い夜道を一人心細く帰るのに、\n送ってもくれない最低な男の子』だって…」 | "'Kitahara-kun is the lowest of men who did not accompany a girl on a lonely journey back home on a dark road at night.' So..."
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1334 | 春希 | Haruki | 「っ…?」 | "...?"
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1335 | 雪菜 | Setsuna | 「さよなら…っ」 | "Goodbye..."
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1336 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | "Ah..."
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1337 | 何もわからない…\nわからないからこそ、訳がわからない。 | I did not understand anything....And precisely because of that, it made no sense at all to me.
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1338 | いつもなら通用していた駆け引きが通用しない。 | Tactics that were always used all failed.
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1339 | いつもなら、\nポジティブな方向に外された小木曽の反応が、\nまったく逆方向にすれ違っていく。 | Ogiso's response was the total opposite of her usually positive demeanor.
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1340 | 少しはわかってきたと思ってた小木曽の心が、\n俺の貧弱な人生経験からすり抜けていく。 | I thought I understood Ogiso's heart to some extent but I slipped throught it thanks to my paltry experience in life.
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1341 | ただ一つ言えることは、\n今日、俺が小木曽を傷つけてしまったってこと。 | With merely one spoken thing, I had today, hurt Ogiso.
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1342 | そして、その心当たりも解決方法も、\n今の俺はまるっきり持ち合わせていないって、こと。 | And I had completely no idea or solution for it.
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1343 | ……… | .........
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1344 | ……… | .........
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1345 | 春希 | Haruki | 「…10回」 | "10 times"
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1346 | ……… | .........
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1347 | 春希 | Haruki | 「…風呂かな?」 | "...Bathing?"
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1348 | ……… | .........
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1349 | 春希 | Haruki | 「もう遅いし、これ以上は迷惑か…」 | "It's already pretty late. Any more and I'll be a nuiscance...."
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1350 | ……… | .........
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1351 | 春希 | Haruki | 「そろそろやめとこう。\n…あと10コール鳴らして出なかったら」 | "I should stop soon....after the tenth call."
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1352 | 雪菜 | Setsuna | 「しつこいなぁ!」 | "You're irritating you know!"
| |
1353 | 春希 | Haruki | 「うわっ!?\nや、夜分遅くすいません!」 | "Uwaa!? S, sorry for calling this late at night!"
| |
1354 | 予想通りの言葉と態度と、予想外のタイミングに、\n思わず声と口調が上ずってしまう。 | Due to the words and attitude I had expected appearing at an unexpected time, my voice inadvertently rose.
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1355 | 春希 | Haruki | 「えっと、北原と申しますが、\n雪菜さんはご在宅で…」 | "Errm, this is Kitahara calling. May I know if Setsuna-san at home..."
| |
1356 | 雪菜 | Setsuna | 「携帯なんだから北原くんだってわかってるよ。\n携帯にかけたんだからわたしだってわかるでしょ?」 | "Because it's from your mobile phone of course I know that it's you, Kitahara-kun. And as you are calling my mobile shouldn't you know that it's me?"
| |
1357 | 春希 | Haruki | 「…今、家にいる?\nそれだけはわからない」 | "....Are you, at home now? I didn't know."
| |
1358 | 雪菜 | Setsuna | 「ほんっとに言い訳ばっかり…\n態度もかっこ悪いな」 | "Really, trying to excuse yourself like that, your attitude is painful to watch."
| |
1359 | 春希 | Haruki | 「わかってる。\n俺は、人に嫌われる性格してるってさ」 | "I know. My personality is repugnant to others."
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1360 | 雪菜 | Setsuna | 「…そんなこと、あるわけないけど」 | "...It isn't like that."
| |
1361 | 春希 | Haruki | 「ちょっとだけ時間取れないかな?\nさっきのこと、謝りたい」 | "Can you hold on a bit longer? About just now, I apologize."
| |
1362 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんが謝ることなんて何もない。\nわたしが酷いこと言っただけだから」 | "Kitahara-kun has nothing to apologize for. I'm the one who said those horrible things after all."
| |
1363 | 春希 | Haruki | 「いいや俺が悪い。\n頼むから謝らせて」 | "No, it was my fault. Please allow me to apologize."
| |
1364 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなの別にいいのに。\nわたし、さっき言ったよね?\n明日になれば、ちゃんといつも通りのわたしだよ?」 | "Don't worry about that. I said it before didn't I? Tomorrow, I'll be myself again no?"
| |
1365 | 春希 | Haruki | 「今日がまだ1時間残ってる」 | "There's only an hour of today left..."
| |
1366 | 雪菜 | Setsuna | 「え…」 | "Eh...."
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1367 | 春希 | Haruki | 「たとえ1時間でも、\nモヤモヤした気持ちでいるのは嫌だから」 | "Even so, I hate this gloomy feeling."
| |
1368 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1369 | 午後11時ちょっと過ぎ。 | It was slightly after 11pm.
| |||
1370 | 電話口の小木曽の声が、\nインターバルを取ってくれた。 | There was a pause in Ogiso's voice coming from the phone.
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1371 | 春希 | Haruki | 「ごめん、小木曽」 | "Sorry, Ogiso."
| |
1372 | これは、彼女が俺に与えてくれた\n最後のチャンスだと信じて、\n受話器を握る手に力を込める。 | ||||
1373 | 春希 | Haruki | 「先週の水曜と木曜、冬馬の家に泊まった」 | ||
1374 | 自分に都合のいいことも悪いことも包み隠さず、\n正直に、誠実に、愚直に、地道に。 | ||||
1375 | 春希 | Haruki | 「朝まで冬馬に練習つきあってもらってた。\n…冬馬の家から登校した」 | ||
1376 | …結局、俺がいつもやってること。 | ||||
1377 | 春希 | Haruki | 「そのこと黙ってた。\nわざと小木曽に秘密にしてた。\n…ごめんな」 | ||
1378 | 小木曽が相手だったからこそ舞い上がってしまい、\n結果、今までできていなかったこと。 | ||||
1379 | 雪菜 | Setsuna | 「どうして、そのことだって…」 | ||
1380 | 春希 | Haruki | 「さっき、小木曽のこと冬馬に相談した。\nそしたらバレてるって…」 | ||
1381 | だから、自戒の意味も込めて、\n言わなくてもいいかもしれないことまで全部話す。 | ||||
1382 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなこと冬馬さんに聞いたんだ?\n…かっこ悪い」 | ||
1383 | 春希 | Haruki | 「理由、心当たりはあったけど、\n確認もせずに決めつけて、もし違ってたら、\n小木曽にも冬馬にも悪いと思って」 | ||
1384 | 雪菜 | Setsuna | 「ほんと北原くんって、\n安心、安全、安定な男の人だね…」 | ||
1385 | 春希 | Haruki | 「なんかな…\n気がついたらそうなってた」 | ||
1386 | 今までよりも、\nさらに人に嫌われる態度かもしれないけど、\n要するに俺の本質がそうなんだから仕方ない。 | ||||
1387 | 雪菜 | Setsuna | 「それじゃ、冬馬さんから聞いたよね?\nかっこ悪いわたしのこと…」 | ||
1388 | 春希 | Haruki | 「いや、冬馬はなにも言ってなかったけど」 | ||
1389 | 雪菜 | Setsuna | 「嫌味言って、ふてくされて、練習に身が入らなくて、\n場の雰囲気、一人で悪くしちゃって」 | ||
1390 | 春希 | Haruki | 「だから言ってないって…」 | ||
1391 | 雪菜 | Setsuna | 「そっか…\n冬馬さん、わたしのこと庇ってくれたんだ。\nなんだかわたし、さらにかっこ悪いなぁ」 | ||
1392 | 春希 | Haruki | 「小木曽…」 | ||
1393 | 雪菜 | Setsuna | 「はぁぁぁぁ…もう、やだ。\nやっぱり話すんじゃなかった。\nわたしのイメージどんどん悪くなってく…」 | ||
1394 | 春希 | Haruki | 「でもさ…\n俺、小木曽のかっこ悪いところが好きなんだけどな」 | ||
1395 | 雪菜 | Setsuna | 「~~~っ!」 | ||
1396 | 春希 | Haruki | 「…なんか今、変な音が」 | ||
1397 | 雪菜 | Setsuna | 「か、か…かっこ悪いって…どこがよ!」 | ||
1398 | 春希 | Haruki | 「えっと、例えばさ…\n自分が作り上げた嘘のイメージにハマって、\nにっちもさっちもいかなくなるところとか」 | ||
1399 | 雪菜 | Setsuna | 「好きって…どこがよ…」 | ||
1400 | 春希 | Haruki | 「人には言えない恥ずかしい趣味を持ってるところとか、\n俺なんかの馬鹿につきあってくれる頭の悪さとか」 | ||
1401 | 雪菜 | Setsuna | 「変なとこばっかり…」 | ||
1402 | 春希 | Haruki | 「だからそう言ってるじゃんか。\nなんというか、シンパシーを感じるっていうか」 | ||
1403 | そうだ… | ||||
1404 | 最初から俺は、学園一の高嶺の花にして、\nミス峰城大付の大本命と呼ばれる彼女に対して、\n失礼な印象ばかりを抱いてた。 | ||||
1405 | 雪菜 | Setsuna | 「それはね…\n中学時代の、なんにも飾らなかった頃のわたしだよ」 | ||
1406 | 春希 | Haruki | 「そっか…」 | ||
1407 | 雪菜 | Setsuna | 「今と違って、すっごく相手に近づいて、ベタベタして、\n…とってもかっこ悪かったの」 | ||
1408 | 妙な親近感を持ってしまったり、\n理由も知らずに同情的になってしまったり、\n深く考えずに弱みに付け込んだり。 | ||||
1409 | 雪菜 | Setsuna | 「友達たくさんいて、みんなで遊びに行ったり、\n昨夜みたいに家に集まってお泊り会やったり…」 | ||
1410 | 春希 | Haruki | 「そっか…」 | ||
1411 | 雪菜 | Setsuna | 「すっごく楽しかった。今でも仲いいコいるよ。\nたまに電話で話すんだけど、すぐに昔に戻っちゃう。\n…付属の友達で、そんなふうに話せるコいないのに」 | ||
1412 | 今となっては、その理由もよくわかる。\nなぜなら肝心の本人が、本当にちっともお高くないから。 | ||||
1413 | 雪菜 | Setsuna | 「どうして今のわたしになっちゃったんだろうなぁ…」 | ||
1414 | それどころか、\n『よく知りもしない誰か』の憧れの対象となった自分を、\n心のどこかで後悔してたから。 | ||||
1415 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、本当はわかってる。自業自得だって。\nそれも、馬鹿みたいにくだらない見栄だって」 | ||
1416 | 春希 | Haruki | 「小木曽…」 | ||
1417 | 自分が綺麗になっていくことに\n心がついていけなかった。 | ||||
1418 | 雪菜 | Setsuna | 「でもね…\nつい最近までは、そんなに気にならなかったよ?\n今の自分だって、そんなに嫌いじゃなかったよ?」 | ||
1419 | そんな、贅沢だからこそ深刻で、\n深刻だからこそ滑稽な悩みを抱くようになったのは… | ||||
1420 | 雪菜 | Setsuna | 「…北原くんが悪いんだよ」 | ||
1421 | 春希 | Haruki | 「………俺ぇ!?」 | ||
1422 | いや、そのきっかけはどうかと思う。 | ||||
1423 | 雪菜 | Setsuna | 「あなたがわたしにどんどん近づいてくるから…\n新しい友達を連れてきてしまうから…\n楽しそうな目標を見つけてきてしまうから…」 | ||
1424 | 春希 | Haruki | 「お、おい、小木曽…」 | ||
1425 | 雪菜 | Setsuna | 「だからわたし、\n昔の、友達とベタベタしてた頃を思い出しちゃって、\nこうしてるのが一番楽しいなんて、気づいちゃって…」 | ||
1426 | 春希 | Haruki | 「だから、ちょっと落ち着けって」 | ||
1427 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなふうにしておいて…\n『仲間外れがこんなにも怖い』ってことまで\n思い出させるなんて酷いよ…」 | ||
1428 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
1429 | 雪菜 | Setsuna | 「みんなとの距離が近ければ近いほど、\nちょっとしたことで、徹底的に仲間外れになるんだよ…\n北原くん、そういうの知ってるかな?」 | ||
1430 | 春希 | Haruki | 「いや…えっと…」 | ||
1431 | 雪菜 | Setsuna | 「ああ、やだなもう…\nリアルに思い出してきちゃった。\nだから昔のこと話すの嫌だったのに」 | ||
1432 | 春希 | Haruki | 「楽しい…だけじゃなかったんだ」 | ||
1433 | 雪菜 | Setsuna | 「だったら人との付き合い方を変えたりしないよ。\nわたしだってそこまで馬鹿じゃない」 | ||
1434 | 春希 | Haruki | 「そっか…」 | ||
1435 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしね…\n中三の時、告られたことあるんだ」 | ||
1436 | 春希 | Haruki | 「そりゃあるだろ」 | ||
1437 | 雪菜 | Setsuna | 「え? 北原くんあるの!?」 | ||
1438 | 春希 | Haruki | 「いや、そういう一般的な話じゃなくて…」 | ||
1439 | 雪菜 | Setsuna | 「………あるの?」 | ||
1440 | 春希 | Haruki | 「ないに決まってるだろ。\nそんなわかりきったことわざわざ言わせないでくれ」 | ||
1441 | 雪菜 | Setsuna | 「そっか…\nそなんだ…」 | ||
1442 | 春希 | Haruki | 「とにかく今は俺の話じゃないから…」 | ||
1443 | ……… | .........
| |||
1444 | 小木曽の話は、そこからも何度か脱線を重ね、\nときどき要領を得ないエピソードを差し挟みつつ、\nそれでもなんとかシリアスに進行した。 | ||||
1445 | 中学三年の時の、仲良し五人組の思い出。 | ||||
1446 | バスケ部のエース君からの告白。 | ||||
1447 | けれど彼は、仲良し五人組のリーダー格のコが、\n一年の頃からずっと片想いしていた男の子で。 | ||||
1448 | そこから始まる、単純で陰湿な『仲良し三人組』の友情と、\nこの事態を憂いつつ、どうしたらいいかわからない一人と、\nそして、独りぼっちの小木曽雪菜。 | ||||
1449 | 小木曽がエース君を振ったことすら、\n『仲良し三人組』にとっては許されざる出来事で、\nもう二度と修復の機会は訪れはしなかった。 | ||||
1450 | 彼女の『たまに電話で話す今でも仲いいコ』は、\nその時、中立の立場を貫いた、たった一人だけ。 | ||||
1451 | 雪菜 | Setsuna | 「…人には知られたくない衝撃の過去ってやつ?」 | ||
1452 | 春希 | Haruki | 「小木曽の場合、それを自分で言っちゃうから…」 | ||
1453 | 雪菜 | Setsuna | 「あの時は本気でキツかったんだよ…\nこれも人との付き合い方を変えた理由の一つなんだから」 | ||
1454 | 春希 | Haruki | 「まぁ…そりゃ」 | ||
1455 | 目の前で自分以外の机を固めて楽しそうに弁当を食べたり、\n自分が教室に入ってくるとあからさまに黙りこくったり、\nプリントをわざと自分を飛ばして後ろに回したり。 | ||||
1456 | 小木曽から一つ一つのエピソードを聞くたびに、\n少しずつ胃に重いモノが溜まってくるようだった。\nしかもそれが先週自分の家に泊まってた親友とかもう… | ||||
1457 | 雪菜 | Setsuna | 「なのに、どうしてわたし、元に戻っちゃったんだろ?\n…北原くんのせいだよ?」 | ||
1458 | 春希 | Haruki | 「…やっぱり俺のせいなの?」 | ||
1459 | 光栄と言えばこの上なく光栄なんだけど、\nそれでいいのか小木曽と問い質したくもなる。 | ||||
1460 | 雪菜 | Setsuna | 「ああもう、何言ってんだろわたし。\nごめん、ごめんね。本当に、ごめんなさい」 | ||
1461 | 春希 | Haruki | 「いや、だから小木曽が謝ることなんて…」 | ||
1462 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんも、冬馬さんも大好きなのに…\n二人が仲良くすることだって、嬉しいはずなのに…」 | ||
1463 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
1464 | 雪菜 | Setsuna | 「でも、そこにわたしがいないことが、なんだか…\nなんだか、なんだか、ね」 | ||
1465 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1466 | 自分以外の二人だけで練習してたり、\n自分だけお泊まりに呼ばれなかったり、\nしかもそのことを自分にだけ秘密にされたり。 | ||||
1467 | こっちがどう思ってそうしたかに関係なく、\n小木曽が受けた感覚は、たった今俺が味わったものを\n数倍苦くしたものかもしれなくて。 | ||||
1468 | ………大好き? | ||||
1469 | ああ、冬馬が。 | ||||
1470 | 雪菜 | Setsuna | 「お祭りの後も、ずっと騒いでいたい。三人でいたい。\nお祭り前の日常に戻るのは、もう嫌。\nだけど、仲間外れは、もっと嫌、なの」 | ||
1471 | 春希 | Haruki | 「小木曽…」 | ||
1472 | 雪菜 | Setsuna | 「…今、何時?」 | ||
1473 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ………0時10分」 | ||
1474 | 雪菜 | Setsuna | 「そっか、もうそんなになるんだ。\nそれじゃあ…日付が変わったから、\nもういつも通りのわたしだね」 | ||
1475 | 春希 | Haruki | 「え?」 | ||
1476 | 雪菜 | Setsuna | 「昨日は本当にごめんね。\n北原くんのこと『格好良くない』なんて、\n心にもないこと言っちゃって」 | ||
1477 | 春希 | Haruki | 「…やっぱり小木曽って少し感覚おかしいぞ」 | ||
1478 | 雪菜 | Setsuna | 「それじゃ、おやすみ。\n…また明日」 | ||
1479 | 春希 | Haruki | 「え? あ…」 | ||
1480 | 雪菜 | Setsuna | 「…ばいばい」 | ||
1481 | 春希 | Haruki | 「ちょっと待ってくれ小木曽!」 | ||
1482 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1483 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1484 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1485 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1486 | 雪菜 | Setsuna | 「…何よ?\n用があるなら早く言ってよ」 | ||
1487 | 春希 | Haruki | 「あ、切ってなかったんだ?」 | ||
1488 | 雪菜 | Setsuna | 「っ!\n切る! もう絶対切る!」 | ||
1489 | 春希 | Haruki | 「あ~っ、違う違う!\n音がしなくなったからてっきり…聞いてくれ小木曽!」 | ||
1490 | 雪菜 | Setsuna | 「知らない!\nぶち切る!\nついでに着信拒否する!」 | ||
1491 | 春希 | Haruki | 「俺は絶対に小木曽から離れていったりしない!」 | ||
1492 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1493 | 春希 | Haruki | 「…って、言いたかった、んだけど…」 | ||
1494 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1495 | 春希 | Haruki | 「…切っちゃったか」 | ||
1496 | 雪菜 | Setsuna | 「っ!?\n切ってない!\n全然繋がったままだよ!」 | ||
1497 | 春希 | Haruki | 「え? あ、そうなんだ…」 | ||
1498 | 雪菜 | Setsuna | 「なに? 今のどういう意味?\nもうちょっと具体的に説明してよ!」 | ||
1499 | 春希 | Haruki | 「え? あ、えっと…あの…えぇ?」 | ||
1500 | 雪菜 | Setsuna | 「グダグダしないで!\nさっきの勢いはどうしたの!?」 | ||
1501 | 雪菜の母 | Setsuna's Mother | 「ちょっと雪菜、いつまで電話してるのよ?\n早くお風呂入っちゃいなさい!」 | ||
1502 | 雪菜 | Setsuna | 「うるさいな~!\n今ものすごく大事な話なんだからちょっと黙っててよ!」 | ||
1503 | 春希 | Haruki | 「お、小木曽…?」 | ||
1504 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、ご、ごめんね。\nお母さんがうるさくって」 | ||
1505 | 春希 | Haruki | 「いや、お母さんはさほど…」 | ||
1506 | 雪菜 | Setsuna | 「それで?」 | ||
1507 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
1508 | 雪菜 | Setsuna | 「さっきの、どういう意味?\n…説明してくれるまで、切っちゃ駄目だよ?」 | ||
1509 | 春希 | Haruki | 「あ、いや、だから、その…」 | ||
1510 | 雪菜 | Setsuna | 「だからぁ、そうやって…」 | ||
1511 | 春希 | Haruki | 「俺は誓って絶交なんかしない。\nされるまで、離れていくことはないから」 | ||
1512 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…」 | ||
1513 | 春希 | Haruki | 「俺がそういう人間だって小木曽も知ってるだろ?\n誰にでも介入して、呆れられて、\n余計なお世話ばかりで、ウザがられて…」 | ||
1514 | 雪菜 | Setsuna | 「そんな一般的な話が聞きたい訳じゃないんだけどなぁ」 | ||
1515 | 春希 | Haruki | 「小木曽に呆れられて、ウザがられて、絶交されるまで、\nずっと友達でいるって意味」 | ||
1516 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1517 | 春希 | Haruki | 「…まだ具体性に欠けるかな?」 | ||
1518 | 雪菜 | Setsuna | 「約束だよ?\n…約束だよ」 | ||
1519 | 春希 | Haruki | 「…約束するから」 | ||
1520 | 雪菜 | Setsuna | 「ん…うん…」 | ||
1521 | 春希 | Haruki | 「説明、これでいいかな?」 | ||
1522 | 雪菜 | Setsuna | 「ん…」 | ||
1523 | 春希 | Haruki | 「じゃ、おやすみ」 | ||
1524 | 雪菜 | Setsuna | 「うん………っ!?\nちょ、ちょっと待って!\nあと一つだけ!」 | ||
1525 | 春希 | Haruki | 「小木曽…?」 | ||
1526 | 雪菜 | Setsuna | 「そ、それで、その…」 | ||
1527 | 春希 | Haruki | 「うん」 | ||
1528 | 雪菜 | Setsuna | 「なんていうか、その…」 | ||
1529 | 春希 | Haruki | 「うん?」 | ||
1530 | 雪菜 | Setsuna | 「…なんにも、なかったんだよね?」 | ||
1531 | 春希 | Haruki | 「? なんにもって?」 | ||
1532 | 雪菜 | Setsuna | 「だ、だから、えっと…」 | ||
1533 | 春希 | Haruki | 「???」 | ||
1534 | 雪菜 | Setsuna | 「水曜日…はともかく、\n木曜日なんて、連泊だし、その…」 | ||
1535 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1536 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1537 | 春希 | Haruki | 「………あっ!?」 | ||
1538 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、あったの?」 | ||
1539 | 春希 | Haruki | 「ちょっ、ちょっと待て!\n小木曽、それは妄想たくましすぎるって!\n恥ずかしいなぁおい!」 | ||
1540 | 雪菜 | Setsuna | 「そ、そんなにあり得ないことかなぁ?\nだって、二晩も一緒に…」 | ||
1541 | 春希 | Haruki | 「そんなの無理だって。\n俺はともかく冬馬が…」 | ||
1542 | 雪菜 | Setsuna | 「北原くんはともかく?」 | ||
1543 | 春希 | Haruki | 「あ、いや…」 | ||
1544 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1545 | 春希 | Haruki | 「俺だって男ですから、妄想くらいは」 | ||
1546 | 雪菜 | Setsuna | 「冬馬さん、美人だもんね」 | ||
1547 | 春希 | Haruki | 「ああ、そりゃもう言うまでもな…」 | ||
1548 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1549 | 春希 | Haruki | 「事実だけ言う。\n何もあるわけがないし、実際ありませんでした」 | ||
1550 | 雪菜 | Setsuna | 「………ふふっ」 | ||
1551 | 春希 | Haruki | 「その見下したような笑いはやめてくれ…」 | ||
1552 | 雪菜 | Setsuna | 「…それこそ被害妄想だよ北原くん」 | ||
1553 | なんだか全身がごっそり疲れ果ててるのに、\nまるで眠れそうにないくらい目が覚めまくってしまった。 | ||||
1554 | 寝ておかないと、明日に響くのになぁ…\nいや、この調子だと、明日も眠くなれるかどうか。 | ||||
1555 | 春希 | Haruki | 「じゃあ、今度こそおやす…」 | ||
1556 | 雪菜 | Setsuna | 「待って!\nもう一つだけ!」 | ||
1557 | 春希 | Haruki | 「な…なに?」 | ||
1558 | ついさっき『あと一つだけ』と\n約束したんじゃなかったっけ? | ||||
1559 | 雪菜 | Setsuna | 「そ、それで、その…」 | ||
1560 | 春希 | Haruki | 「小木曽ぉ…」 | ||
1561 | つい今しがたとまったく同じ展開に、\nそろそろ泣き言の一つでもと思った瞬間… | ||||
1562 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしのことは、雪菜がいいからね」 | ||
1563 | 春希 | Haruki | 「いや、だからそれは………?」 | ||
1564 | その、結構聞き流し慣れてしまった言葉が、\n助詞を一つだけ変えて、パワーアップして襲いかかる。 | ||||
1565 | 『雪菜“が”いいからね』 | ||||
1566 | 雪菜 | Setsuna | 「中学のときはみんなそう呼んでた。\n男子だって女子だって。\n仲のいいクラスだったんだよ………夏休みまではね」 | ||
1567 | 春希 | Haruki | 「そ、そうか、それは良かっ…たのか悪かったのか」 | ||
1568 | 雪菜 | Setsuna | 「雪菜がいいな」 | ||
1569 | 春希 | Haruki | 「そ、そう…」 | ||
1570 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1571 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1572 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1573 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
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1574 | 雪菜 | Setsuna | 「切ってないよ?」 | ||
1575 | 春希 | Haruki | 「切っていいのに」 | ||
1576 | 雪菜 | Setsuna | 「雪菜でなきゃやだな」 | ||
1577 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1578 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1579 | 春希 | Haruki | 「………雪菜」 | ||
1580 | 春希 | Haruki | 「そこで切るかそこで!?」 | ||
1581 | ……… | .........
| |||
1582 | かずさ | Kazusa | 「あふ…」 | ||
1583 | かずさ | Kazusa | 「ええと…\n『孤独なふりをしてるの?\n なぜだろう 気になっていた』」 | ||
1584 | かずさ | Kazusa | 「…ぷっ」 | ||
1585 | かずさ | Kazusa | 「これをあいつが考えたって?\nなんて言うか、なぁ?\nあはっ、あはは…」 | ||
1586 | かずさ | Kazusa | 「けど…」 | ||
1587 | かずさ | Kazusa | 「間に合うかな?」 | ||
1588 | かずさ | Kazusa | 「………いや」 | ||
1589 | かずさ | Kazusa | 「間に合わせてみせる」 |
Script Chart
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Introductory Chapter | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
1001 | 1008 | 1009 | 1010 | 1011 | 1012 | 1013 |
1002 | 1008_020 | 1009_020 | 1010_020 | 1011_020 | 1012_020 | |
1003 | 1008_030 | 1009_030 | 1010_030 | 1011_030 | 1012_030 | |
1004 | 1008_040 | 1010_040 | 1012_030_2 | |||
1005 | 1008_050 | 1010_050 | ||||
1006 | 1010_060 | |||||
1006_2 | 1010_070 | |||||
1007 |
Closing Chapter | ||||||||||
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Common | Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | ||||||
2001 | 2011 | 2020 | 2027 | 2301 | 2309 | 2316 | 2401 | 2408 | 2501 | 2510 |
2002 | 2012 | 2021 | 2028 | 2302 | 2310 | 2317 | 2402 | 2409 | 2502 | 2511 |
2003 | 2013 | 2022 | 2029 | 2303 | 2311 | 2318 | 2403 | 2410 | 2503 | 2512 |
2004 | 2014 | 2023 | 2030 | 2304 | 2312 | 2319 | 2404 | 2411 | 2504 | 2513 |
2005 | 2015 | 2024 | 2031 | 2305 | 2313 | 2320 | 2405 | 2412 | 2505 | 2514 |
2006 | 2016 | 2025 | 2032 | 2306 | 2314 | 2321 | 2406 | 2413 | 2506 | 2515 |
2007 | 2017 | 2026 | 2033 | 2307 | 2315 | 2322 | 2407 | 2507 | 2516 | |
2008 | 2018 | 2308 | 2508 | 2517 | ||||||
2009 | 2019 | 2509 | ||||||||
2010 | ||||||||||
Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | |||||||
2031_2 | 2312_2 | 2401_2 | 2504_2 | 2511_2 | ||||||
2031_3 | 2313_2 | 2402_2 | 2507_2 | 2513_2 | ||||||
2031_4 | 2313_3 | 2402_3 |
Coda | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Kazusa (True) | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | ||||||
3001 | 3008 | 3014_2 | 3020 | 3101 | 3107 | 3201 | 3207 | 3901 | 3907 |
3002 | 3009 | 3014_3 | 3021 | 3102 | 3108 | 3202 | 3208 | 3902 | 3908 |
3003 | 3010 | 3015 | 3022 | 3103 | 3109 | 3203 | 3209 | 3903 | 3909 |
3004 | 3011 | 3016 | 3023 | 3104 | 3110 | 3204 | 3210 | 3904 | |
3005 | 3012 | 3017 | 3024 | 3105 | 3111 | 3205 | 3211 | 3905 | |
3006 | 3013 | 3018 | 3106 | 3206 | 3906 | ||||
3007 | 3014 | 3019 | |||||||
Common | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | |||||||
3001_2 | 3210_2 | 3901_2 | 3906_2 | ||||||
3015_2 | 3902_2 | 3907_2 | |||||||
3902_3 | 3907_3 | ||||||||
3904_2 |
Mini After Story and Extra Episode | |||
---|---|---|---|
The Path Back to Happiness | The Path Forward to Happiness | Dear Mortal Enemy | |
6001 | 6101 | 4000 | 4005 |
6002 | 6102 | 4001 | 4006 |
6003 | 6103 | 4002 | 4007 |
6004 | 6104 | 4003 | 4008 |
6005 | 4004 | 4009 |
Novels | |||||
---|---|---|---|---|---|
The Snow Melts, And Until The Snow Falls | The Idol Who Forgot How to Sing | Twinkle Snow ~Reverie~ | After the Festival ~Setsuna's Thirty Minutes~ | His God, Her Savior | |
5000 | 5100 | 5200 | 5205 | 5300 | 5400 |
5001 | 5101 | 5201 | 5206 | 5301 | 5401 |
5002 | 5102 | 5202 | 5207 | 5302 | |
5003 | 5103 | 5203 | 5208 | 5303 | |
5004 | 5104 | 5204 | 5209 |
Short Stories | |||
---|---|---|---|
Princess Setsuna's Distress and Her Minister's Sinister Plan | Koharu Climate After the Passing of the Typhoon | This isn't the Season for White Album | Todokanai Koi, Todoita |
7000 | 7100 | 7200 | 7300 |