White Album 2/Script/2009
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Editing
Translation Notes
Text
Speaker | Text | Comment | |||
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Line # | JP | EN | JP | EN | |
1 | 佐藤 | Satou | 「皆さん、おはようございます」 | ||
2 | 店員たち | Clerks | 「おはようございま~す」 | ||
3 | 佐藤 | Satou | 「ええと、本日の早番のシフトですが、 スタートはホールが中川さん、飯山さん、水原さん。 キッチンが本田君、下田君、佐藤の6人体制になります」 | ||
4 | 土曜日、午前9時30分。 | ||||
5 | 佐藤 | Satou | 「ただ、誰かが休憩のときは、 北原さんにヘルプで入ってもらいますので、 いつもよりは余裕があると思います」 | ||
6 | 半年ぶりにグッディーズのバイトに復帰して、 二日目の稼働日。 | ||||
7 | 佐藤 | Satou | 「あと、研修期間中の杉浦さんですが、 今日から徐々にホールに入ってもらいます。 皆さんもサポートしてあげてください」 | ||
8 | 小春 | Koharu | 「しばらくはご迷惑をおかけするかと思いますが、 なんとか早く皆さんの邪魔にならないよう頑張りますので、 どうかよろしくお願いします」 | ||
9 | そして、たった今ぺこりと頭を下げた彼女… 杉浦小春がバイトを始めて、やっぱり二日目の稼働日。 | ||||
10 | ほぼ予想通りだったけれど、 やっぱりあれくらいの仕打ちにめげるような、 打たれ弱い女の子では全然なさそうだった。 | ||||
11 | 佐藤 | Satou | 「それじゃ、解散します。 各自、開店準備始めてください」 | ||
12 | 佐藤店長代理の、思ったより堂に入った朝礼が終わると、 みんな一斉に自分の持ち場へと散っていく。 | ||||
13 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
14 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
15 | こうなると、決まった担当を持たない俺と、 別命あるまで待機の杉浦さんが、 どうしても気まずく顔を合わせる羽目になる。 | ||||
16 | いや、実際に気まずそうな表情をしてるのは、 実は俺の方だけ。 | ||||
17 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
18 | 春希 | Haruki | 「う…」 | ||
19 | 彼女の方は、さっきから微動だにせず、 俺の顔を真っ直ぐに睨みつけ… | ||||
20 | いや、多分指示待ちなんだろうけど、 そんな怖い顔でこっち見なくても… | ||||
21 | 春希 | Haruki | 「あ、あのさ…」 | ||
22 | 小春 | Koharu | 「開店直後にホールに入りたいと思うんですが」 | ||
23 | 春希 | Haruki | 「え?」 | ||
24 | 俺が、その空気に耐えきれなくなったとき、 平気でいた彼女の方が、先に沈黙を破った。 | ||||
25 | 小春 | Koharu | 「まだお昼時には早いので、 お客様も大した数は来店しないと思います。 多分、それほど周囲に迷惑はかけません」 | ||
26 | 春希 | Haruki | 「す、杉浦、さん?」 | ||
27 | 小春 | Koharu | 「それでもわたしのせいで回転が悪くなったら、 先輩がフォローに入ってください。 わたしの教育係なんだから、それが仕事ですよね?」 | ||
28 | 沈黙を破ったどころか、 そこから先は、立て板に水。 | ||||
29 | 小春 | Koharu | 「多分、11時過ぎ頃から、わたしがいたら 回りきれなくなるので、そこからは見学します。 先輩はそのまま13時までヘルプに入っててください」 | ||
30 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
31 | 小春 | Koharu | 「13時からはわたしの教育をお願いします。 自分でも質問をまとめておきますので、 なるべく効率的に進めましょう」 | ||
32 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
33 | 小春 | Koharu | 「次にホールに入るのは15時くらいかと思いますが、 その辺りは、午前中のわたしの結果を見て 判断してください」 | ||
34 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
35 | 小春 | Koharu | 「まずはそんなところでしょうか? 何か質問ありますか?」 | ||
36 | 春希 | Haruki | 「…一つだけ」 | ||
37 | 小春 | Koharu | 「なんです?」 | ||
38 | 春希 | Haruki | 「その『何か質問ありますか』も含めて、 全部俺の台詞のはずなんだけど…」 | ||
39 | 『俺の台詞のはず』というのは、 その発言をする立場だけじゃなく、 その発言の内容も含めてで… | ||||
40 | 何しろ、俺が考えてきたタイムスケジュールと、 まるっきり同じこと言ってるし。 | ||||
41 | 小春 | Koharu | 「他にはないですか? それじゃ開店です。今日も頑張って行きましょう」 | ||
42 | 春希 | Haruki | 「いや、それも俺の…」 | ||
43 | 意趣返しなのか、照れ隠しなのか、 それとも持って生まれた性分なのか… | ||||
44 | とにかく、杉浦小春のバイト二日目は、 自分の身の丈をちゃんと思い知った上で、 それでも自分の意見を押しつけるところから始まった。 | ||||
45 | …何という仕切り屋。 | ||||
46 | ……… | .........
| |||
47 | 小春 | Koharu | 「ありがとうございました。 合計で3280円に…?」 | ||
48 | 小春 | Koharu | 「…申し訳ありません。 少しだけお待ち願います」 | ||
49 | 小春 | Koharu | 「先輩! 北原先輩!」 | ||
50 | 春希 | Haruki | 「は、は~い! 今行きます~」 | ||
51 | ……… | .........
| |||
52 | 春希 | Haruki | 「ど、どうした?」 | ||
53 | 小春 | Koharu | 「レジが警告音を出して止まってしまいました。 わたしに何か操作ミスがあったんだと思います」 | ||
54 | 春希 | Haruki | 「そうか、ちょっと代わって」 | ||
55 | 小春 | Koharu | 「待ってください!」 | ||
56 | 春希 | Haruki | 「え? なに?」 | ||
57 | 小春 | Koharu | 「もっとわたしに理解できるように、 手元を見せながら操作してください。 教育も兼ねてるんですから」 | ||
58 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ、悪い」 | ||
59 | 小春 | Koharu | 「あれ? 今の操作なんですか?」 | ||
60 | 春希 | Haruki | 「リセットするときはこうやるんだ。 これでもう一度最初から伝票を…」 | ||
61 | 小春 | Koharu | 「あの、その方法は教えてもらってませんけど」 | ||
62 | 春希 | Haruki | 「ちょっと裏技っぽい操作だし… おいおい教えていければいいかなって」 | ||
63 | 小春 | Koharu | 「余計な配慮しないでください。 その知識が必要かどうかはわたしが決めます」 | ||
64 | 春希 | Haruki | 「余計…」 | ||
65 | 小春 | Koharu | 「先輩は、自分が知っていることを出し惜しみせず、 わたしに全部叩き込んでくれればいいんです」 | ||
66 | 春希 | Haruki | 「出し惜しみ…」 | ||
67 | 小春 | Koharu | 「ほら、お客様を待たせてます。急いでください。 …この程度のことも両立できないんですか?」 | ||
68 | 春希 | Haruki | 「は、はい…すいません」 | ||
69 | 小春 | Koharu | 「ありがとうございました~」 | ||
70 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
71 | 中川 | Nakagawa | 「ね、どしたの彼女? 今日はえらく素直じゃん。 よっぽど先週のアレが効いたのかな?」 | ||
72 | 春希 | Haruki | 「これを素直と言うんだろうか…」 | ||
73 | なんでああも大上段に 教えを請われなくちゃならないんだろう、俺… | ||||
74 | ……… | .........
| |||
75 | 小春 | Koharu | 「ご注文繰り返させていただきます。 エッグハンバーグ、Aセットでライス、 食後にプリンパフェですね?」 | ||
76 | 佐藤 | Satou | 「………」 | "........."
| |
77 | 小春 | Koharu | 「こちらお下げしてよろしいですか? …失礼いたします」 | ||
78 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
79 | 小春 | Koharu | 「お冷や、おかわりいかがでしょうか? …そちらのお客様は?」 | ||
80 | 佐藤 | Satou | 「大丈夫そうっすね、彼女」 | ||
81 | 春希 | Haruki | 「あ、ああ…」 | ||
82 | 二日目にして、すでに俺の出番がなくなりつつある… | ||||
83 | 佐藤 | Satou | 「この調子じゃ、 明日にはもう『研修中』の名札取れるかも」 | ||
84 | 春希 | Haruki | 「だとしたら、新記録かな」 | ||
85 | 学習能力も、熱意も、ついでにしつこさも、 俺がここで見たバイトの中じゃトップクラス。 | ||||
86 | 極端な話、この調子で仕事していったら、 冬休み中の短期バイトにも関わらず、 期間中にチーフを任せることだって… | ||||
87 | 佐藤 | Satou | 「いやぁ、拾いものでした。 付属生は、まぁ頭いいコは多いんすけど、 その分、やる気のないコも多くて…」 | ||
88 | 春希 | Haruki | 「そりゃ店長代理のカリスマの問題じゃないのか?」 | ||
89 | 佐藤 | Satou | 「だから北原さんに教育係を任せて正解でした。 いや、ホント感謝してます」 | ||
90 | 春希 | Haruki | 「…俺はほとんど何もしてないって。 彼女の力だよ」 | ||
91 | などと軽く談笑しつつ、 今の佐藤の受け答えに軽い違和感。 | ||||
92 | 今の、ツッコミ待ちだったのに。 | ||||
93 | 佐藤 | Satou | 「もう手を離れましたよね? 独り立ちしましたよね?」 | ||
94 | 春希 | Haruki | 「? まぁ、人手不足だし。 これ以上遊ばせておく余裕も…」 | ||
95 | 佐藤 | Satou | 「だから北原さんには、 今からキッチンに入ってもらっていいっすよね?」 | ||
96 | 春希 | Haruki | 「………佐藤」 | ||
97 | 迂闊にも、ここに至ってようやく 目の前の邪悪なる店長代理の意図に気づく体たらく。 | ||||
98 | 佐藤 | Satou | 「今日、合コンなんすよ。 それでその、遅番足りないんで、 北原さんお願いできないっすかね?」 | ||
99 | 春希 | Haruki | 「い、いや、ちょっと待て。 俺、教育係だけって約束じゃ…?」 | ||
100 | 佐藤 | Satou | 「すっげぇ美味しい話なんすよ! 今年銀行に入った友達が、 同期入社の窓口のコたち呼んでくれるって…」 | ||
101 | 春希 | Haruki | 「高望みはやめた方がいいと思うけどなぁ…」 | ||
102 | 佐藤 | Satou | 「今日は何を言われても怒りません! だからお願いします! 俺を男にしてください!」 | ||
103 | 春希 | Haruki | 「だからその相手じゃならないと思うんだけど…」 | ||
104 | 佐藤 | Satou | 「駄目っすか? こんなに頼んでも、無理っすか?」 | ||
105 | 春希 | Haruki | 「いや、だって今日は…」 | ||
106 | 佐藤 | Satou | 「…もしかして、 今夜、どうしても外せない用事でもあります? そんなら諦めますけど…」 | ||
107 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
108 | 武也 | Takeya | 『御宿の菱島ビル5階にある イタリアンレストランで19時から』 | ||
109 | 時計を見ると、もうすぐ17時。 まだ、どう動くにしても余裕のある時間… | ||||
110 | 春希 | Haruki | 「…別に、今日は他のバイトもないけど」 | ||
111 | 佐藤 | Satou | 「だったら!」 | ||
112 | なに考えてるんだ、俺… | ||||
113 | 動くって、どういう理由で? どんなふうに動けって言うんだ? | ||||
114 | …自分が思い描いたことの意味が、わからない。 | ||||
115 | 中川 | Nakagawa | 「あ~、ずる~い! 北原さんはこっちが狙ってたのに!」 | ||
116 | 佐藤 | Satou | 「な、中川?」 | ||
117 | 中川 | Nakagawa | 「わたしも今日友達と飲む約束があるんですよ。 ね、ね、北原さん。 キッチンじゃなくてホールお願いします!」 | ||
118 | なんて、ちょっとした逡巡は、 あっという間に騒々しい声に吹き飛ばされた。 | ||||
119 | 春希 | Haruki | 「同じ日に早上がりって… お前たち、実は陰で付き合ってたりとか?」 | ||
120 | 中川 | Nakagawa | 「ないない全然ない! 佐藤さんとなんてあり得ないってば!」 | ||
121 | 佐藤 | Satou | 「いくら否定しようのない事実だとしても、 そこまで思い切り断言することないんじゃ…」 | ||
122 | 中川 | Nakagawa | 「北原さんが誘ってくれるなら考えるけどさ。 ガード堅いから望み薄なのがねぇ」 | ||
123 | 春希 | Haruki | 「いや…そもそも俺と飲んでもつまんないと思うけど?」 | ||
124 | 中川 | Nakagawa | 「でも一生モンの男として考えると、 これがまた評価高いんだよね。 峰城だし、仕事できるし、細かいし」 | ||
125 | 佐藤 | Satou | 「どうせこっちは準社員という名のフリーターっすよ…」 | ||
126 | 春希 | Haruki | 「細かいって誉め言葉か? 今まで散々ウザいって言われてきたけど」 | ||
127 | 中川 | Nakagawa | 「だって北原さんってさ、 結婚したら、奥さんにぶつくさ言いながらも、 家事全部やってくれそうじゃない?」 | ||
128 | 佐藤 | Satou | 「で、仕事も家庭も手加減できずに、 頑張りすぎて鬱になっちゃったりして」 | ||
129 | 春希 | Haruki | 「…縁起でもないこと言うのはやめてくれ」 | ||
130 | 小春 | Koharu | 「仕事中になに雑談してるんですか! 皆さん真面目に働いてくださいっ!」 | ||
131 | 佐藤&中川&春希 | Satou & Nakagawa & Haruki | 「はいっっっ!」 | ||
132 | ……… | .........
| |||
133 | 幹事 | Coordinator | 「は~い、そろそろグラス行き渡りましたか?」 | ||
134 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「小木曽さん、どうぞ」 | ||
135 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、わたしお酒は…」 | ||
136 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「乾杯だけ乾杯だけ、ね?」 | ||
137 | 雪菜 | Setsuna | 「は、はぁ…」 | ||
138 | 幹事 | Coordinator | 「それじゃ乾杯の方行きたいと思います。 え~と、メリークリスマス?」 | ||
139 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「早ぇよ!」 | ||
140 | 幹事 | Coordinator | 「まぁいいや! メリークリスマスもハッピーニューイヤーも 何でもアリってことで! かんぱ~い!」 | ||
141 | 全員 | Member | 「かんぱ~い!」 | ||
142 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「よろしく小木曽さん。俺、M2の庄田」 | ||
143 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、はい、よろしくお願いします」 | ||
144 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「俺、竹内って言うんだ。 実家は横浜の方で総合病院やっててさ」 | ||
145 | 雪菜 | Setsuna | 「そ、そうなんですか… えっと、凄いですね」 | ||
146 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「さ、とりあえず飲もう飲もう! あ、料理取ってくるけど、何がいい?」 | ||
147 | 雪菜 | Setsuna | 「え? いえ、そんな。 わたし自分で…」 | ||
148 | 男子学生4 | Male Student 4 | 「いいからいいから。 ね、小木曽さんって地元なんだよね?」 | ||
149 | 雪菜 | Setsuna | 「は、はい…」 | ||
150 | 雪菜 | Setsuna | 「………最近、飲んでばっかり」 | ||
151 | ……… | .........
| |||
152 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
153 | 20時… | ||||
154 | 女子店員2 | Female Clerk 2 | 「いらっしゃいませ。4名様ですね? お煙草は…禁煙席ご案内します」 | ||
155 | いつもは峰城大の学生で賑わうこの店も、 週末の夜ともなると家族連ればかり。 | ||||
156 | 駅から少し歩くこともあり、 席が空くのを待っているお客様はいないけど、 それでも八割方は埋まっている。 | ||||
157 | 本田 | Honda | 「8番テーブル、 ナポリタンとミックスピザ上がりました~」 | ||
158 | キッチンには、俺と本田君の2人。 | ||||
159 | 遅番のもう一人は、さっき電話で『今起きた』との 頼もしい言葉を聞くことができた。 | ||||
160 | 女子店員3 | Female Clerk 3 | 「は~い、ただ今参ります。 少々お待ちください~」 | ||
161 | ホールには、女性陣が3人。 | ||||
162 | とはいえ能力的には、やっと2.5人に届いたくらい。 この店の、本来の最低ラインである5人に、 ほんの少し届かない、土曜日の夜。 | ||||
163 | ちょっとだけ、処理能力的に破綻してる店内。 | ||||
164 | …ここでもし今、俺が抜け出してしまったら、 一体どんな惨状が待ち受けているんだろう。 | ||||
165 | 小春 | Koharu | 「先輩」 | ||
166 | …遅刻中の遅番の人間が来るまで、あと30分くらい。 そこから御宿まで出るのに、また30分。 | ||||
167 | …1時間後ってことは21時。 まだまだ宵の口。十分に間に合う。 | ||||
168 | ………何に? | ||||
169 | 小春 | Koharu | 「北原先輩」 | ||
170 | 武也のせいだぞ… | ||||
171 | あいつがどっかの大予言みたいに、 根拠もなく不安を煽るようなこと言うから… | ||||
172 | あるわけないだろ、薬なんて。 それも、たかが大学生のパーティで。 | ||||
173 | 小春 | Koharu | 「ちょっと…」 | ||
174 | いや、待てよ…? | ||||
175 | 確か数年前、近所の大学のパーティサークルで、 似たような犯罪があったような、なかったような… | ||||
176 | 春希 | Haruki | 「あ~、もう!」 | ||
177 | 小春 | Koharu | 「それはこっちの台詞です!」 | ||
178 | 春希 | Haruki | 「うわぁっ!?」 | ||
179 | いつの間にか目の前に、 威圧的に俺を睨みすえる、 身長も年齢も下のはずの、俺の教え子がいた。 | ||||
180 | 小春 | Koharu | 「さっきから手しか動いてないですよ?」 | ||
181 | 春希 | Haruki | 「…問題ないだろ?」 | ||
182 | 小春 | Koharu | 「問題ないからこそかえって不気味です。 天井見ながら刃物使うのやめてください」 | ||
183 | 春希 | Haruki | 「…12番カウンター、カットステーキ上がってた」 | ||
184 | 自分でも気づかないうちに。 | ||||
185 | 小春 | Koharu | 「さっきから集中力が欠けてるように見えます。 本当は用事あったんじゃないですか?」 | ||
186 | 春希 | Haruki | 「…そんなもの、ない」 | ||
187 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
188 | やっぱり変わらぬ威圧的な視線は、 『嘘つき』と、俺をとことん糾弾してるように見えた。 | ||||
189 | …こっちの事情なんか、 間違いなく何も知らないはずなのに。 | ||||
190 | この『自分は相手の心を理解している』という 根拠のない自信は、一体どこから来るんだろう。 | ||||
191 | …昔の俺に聞いてみれば、 得意げに教えてくれるだろうか。 | ||||
192 | 春希 | Haruki | 「そろそろ上がった方がいい。 あまり帰りが遅くなったら…」 | ||
193 | その、迷惑な視線に気圧されたのか、 俺の口が、結構心にもない言葉をこぼした。 | ||||
194 | 小春 | Koharu | 「チーフが二人ともいなくなったのに? 明らかに足りない人数で回してるのに?」 | ||
195 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
196 | 小春 | Koharu | 「わたし、戦力的に、 そろそろマイナスにはなってないと思うんですけど?」 | ||
197 | …けれど、武也曰く『女版春希』は、 男版春希の虚勢を軽くスルーした。 | ||||
198 | 春希 | Haruki | 「ご両親は…」 | ||
199 | 小春 | Koharu | 「もちろん、OKもらってます。 わたし、親に信頼あるんですよ。 今までが今までだから」 | ||
200 | 春希 | Haruki | 「…だろうね」 | ||
201 | 小春 | Koharu | 「どうせ冬休みは遅番も入れる予定なんです。 この程度の時間なら平気です」 | ||
202 | 春希 | Haruki | 「そう、か」 | ||
203 | 小春 | Koharu | 「そんなことよりも、 今は先輩の方こそしっかりしてください。 何か問題があるならそろそろ上がった方が…」 | ||
204 | 春希 | Haruki | 「悪かった。今からは集中する。 だからこれ、12番カウンター」 | ||
205 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
206 | 春希 | Haruki | 「大丈夫だよ。 何も、あるはずないから…」 | ||
207 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「なぁ小木曽ちゃん、来週初滑りに行こうぜ? もう稲山の方とか降ってるみたいだし」 | ||
208 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、でもわたし、スキーもスノーボードも やったことなくて」 | ||
209 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「教える教える。 泊まりが駄目だったら日帰りでもいいし。 俺の車、8人乗りだからみんなでさ…」 | ||
210 | 雪菜 | Setsuna | 「で、でも…」 | ||
211 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「今年、まだ雪見てないんじゃない? 嫌いかな? 雪。名前にもついてるのに」 | ||
212 | 雪菜 | Setsuna | 「雪、は…」 | ||
213 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「どうしても駄目? だったらスキーじゃなくてもいいよ。 どっか遊びに行かない?」 | ||
214 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「どっか行きたいとこないかな小木曽ちゃん? なんだったら泳ぎに行くってのもアリだよ?」 | ||
215 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「そうそう、こいつの家、 ハワイにコテージ持っててさ。 去年も正月にみんなで…」 | ||
216 | 雪菜 | Setsuna | 「温泉…」 | ||
217 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「え?」 | ||
218 | 雪菜 | Setsuna | 「雪と、温泉がいい、かな」 | ||
219 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「お、温泉?」 | ||
220 | 雪菜 | Setsuna | 「どんどん積もっていく雪を窓越しに眺めてたり、 空から降ってくる雪を露天風呂から見上げたり…」 | ||
221 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「………」 | "........."
| |
222 | 雪菜 | Setsuna | 「なんだか、若くないですよね。 やっぱりわたし、皆さんとは趣味が合わないかも」 | ||
223 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「そ………そんなことないって! たまにはいいじゃん? 温泉!」 | ||
224 | 雪菜 | Setsuna | 「え…」 | ||
225 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「そうそう、いい意味で渋いって言うかさぁ、 結構面白いかも?」 | ||
226 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「あ、じゃあやっぱ稲山でいいじゃん。 あそこ温泉あるし、雪も積もってるし」 | ||
227 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
228 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「その代わりスキーなしな? 温泉浸かって酒飲んで、みんなで雪見て、 まったりと過ごすのが主旨だからな?」 | ||
229 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「じゃあすぐに宿当たってみるわ。 一泊? 二泊?」 | ||
230 | 男子学生2 | Male Student 2 | [F16「混浴、混浴な」] | ||
231 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「な、来週末でいいかな? 小木曽さん?」 | ||
232 | 雪菜 | Setsuna | 「………ない」 | ||
233 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「え?」 | ||
234 | 雪菜 | Setsuna | 「行きたくない」 | ||
235 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「は、はぁ?」 | ||
236 | 雪菜 | Setsuna | 「温泉なんて、二度と行かない。 雪なんか、大嫌い」 | ||
237 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「お…小木曽、さん?」 | ||
238 | 雪菜 | Setsuna | 「あ… ご、ごめんなさい。 わたし、何言ってるんだろ」 | ||
239 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「い、いや…いいけど…」 | ||
240 | 雪菜 | Setsuna | 「ちょ、ちょっと外しますね。 何だか酔ってるみたい」 | ||
241 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「あ…」 | ||
242 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「………」 | "........."
| |
243 | 雪菜 | Setsuna | 「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」 | ||
244 | 雪菜 | Setsuna | 「はぁぁ…ぁぁ…っ」 | ||
245 | ??? | ??? | 「あれぇ? 小木曽さんじゃないですか~」 | ||
246 | 雪菜 | Setsuna | 「っ!?」 | ||
247 | ??? | ??? | 「珍しいですね、こういうところに出てくるの。 いつもはお高いけれど、 相手が医学部ならOKってことですか?」 | ||
248 | 雪菜 | Setsuna | 「え、えっと…?」 | ||
249 | ??? | ??? | 「…覚えてませんか。 ま、そうでしょうけどね。 わたしのことなんか、いつも眼中になさそうでしたし」 | ||
250 | 雪菜 | Setsuna | 「ごめんなさい… 同じ学部の人だったかな? 何年?」 | ||
251 | ??? | ??? | 「柳原朋って言います。一コ下の。 …これで思い出していただけました?」 | ||
252 | 雪菜 | Setsuna | 「柳原…朋、さん?」 | ||
253 | 朋 | Tomo | 「………」 | "........."
| |
254 | 雪菜 | Setsuna | 「ごめんなさい。 やっぱり、その…」 | ||
255 | 朋 | Tomo | 「っ! 付属の頃のことは綺麗さっぱりですか? 軽音楽同好会とか、色々出し抜いてくれたくせに」 | ||
256 | 雪菜 | Setsuna | 「軽音楽同好会…?」 | ||
257 | 朋 | Tomo | 「やっぱりあれですか? いじめっ子は、いじめてた相手のことなんか、 まるっきり覚えてないっていうやつ」 | ||
258 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…もしかして柳原さんって、武也くんの」 | ||
259 | 朋 | Tomo | 「誰でしたっけ? それ」 | ||
260 | 雪菜 | Setsuna | 「え、えっと…」 | ||
261 | 朋 | Tomo | 「にしても、最近はずいぶん大人しいじゃないですか。 昔みたいな飛ぶ鳥落とす勢いは 一体どうしちゃったんですかぁ?」 | ||
262 | 雪菜 | Setsuna | 「別に、昔から何も変わってないけど」 | ||
263 | 朋 | Tomo | 「最近じゃミス峰城にも出てこないし」 | ||
264 | 雪菜 | Setsuna | 「それは… 元々わたしなんかが出られるイベントじゃないから」 | ||
265 | 朋 | Tomo | 「付属の頃からそう思っててくれれば よかったんですけどねぇ」 | ||
266 | 雪菜 | Setsuna | 「え…」 | ||
267 | 朋 | Tomo | 「ま、あなたが出てこないおかげで、 今年は頂いちゃいましたけどね、ミス峰城」 | ||
268 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、そうなんだ。 おめでとう、凄いんだね柳原さんって」 | ||
269 | 朋 | Tomo | 「…嫌味ですか? 付属時代、一度も勝てなかったわたしに対する」 | ||
270 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなつもりは…」 | ||
271 | 朋 | Tomo | 「………」 | "........."
| |
272 | 雪菜 | Setsuna | 「? な、なに?」 | ||
273 | 朋 | Tomo | 「…やっぱり変わりましたね、小木曽さん。 もしかして、あの噂本当ですか?」 | ||
274 | 雪菜 | Setsuna | 「噂…?」 | ||
275 | 朋 | Tomo | 「小木曽雪菜は、付属の卒業式で男に捨てられて、 それ以来、落ちぶれちゃったってやつですよ」 | ||
276 | 雪菜 | Setsuna | 「………っ、 違…っ」 | ||
277 | 朋 | Tomo | 「あらら…変なところ触っちゃったみたいですね。 全然そんなつもりなかったんですけどぉ」 | ||
278 | 雪菜 | Setsuna | 「ぁ…ぅぁ…」 | ||
279 | 朋 | Tomo | 「ま、どっちでもいいんですけどね。 もう、今のあなたには興味ないし。 それじゃ、失礼」 | ||
280 | 雪菜 | Setsuna | 「っ…」 | ||
281 | 朋 | Tomo | 「あ~あ、どうして医学部の男って、 実家の金持ち自慢ばっかなんだろ。 つまんないからそろそろ帰ろうかなぁ…」 | ||
282 | 朋 | Tomo | 「っ!?」 | ||
283 | 雪菜 | Setsuna | 「え…」 | ||
284 | ??? | ??? | 「あれ~? ごめ~ん。 ドアの向こうに人が立ってるなんて思わなくってさぁ」 | ||
285 | 朋 | Tomo | 「~~~っ!」 | ||
286 | 雪菜 | Setsuna | 「だ、大丈夫っ?」 | ||
287 | ??? | ??? | 「や~、急いでたからつい。 お互い不幸な事故だったね~」 | ||
288 | 朋 | Tomo | 「い、い、い…っ」 | ||
289 | ??? | ??? | 「あ~、大丈夫大丈夫。 血出てないよ、よかったね~」 | ||
290 | 朋 | Tomo | 「な、な、な…」 | ||
291 | ??? | ??? | 「それじゃお大事にね。 こっちは一刻を争うんで」 | ||
292 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、あの…」 | ||
293 | 千晶 | Chiaki | [F16「『ざまぁ』って思っていいんだよ?」] | ||
294 | 雪菜 | Setsuna | 「え…?」 | ||
295 | 千晶 | Chiaki | 「や~もう、ソースまみれ! 落ちるかなぁこれ…」 | ||
296 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
297 | 朋 | Tomo | 「鼻が…鼻がぁぁ」 | ||
298 | 千晶 | Chiaki | 「お、ますます日本人っぽくなったね。いい感じ」 | ||
299 | 朋 | Tomo | 「うがああああぁぁぁぁ!」 | ||
300 | 小春 | Koharu | 「すいません、4番テーブルのオーダーですけど、 ミックスフライをチキンソテーに変更したいって… まだ大丈夫ですか?」 | ||
301 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
302 | 小春 | Koharu | 「…無理ですか? なら断ってきます」 | ||
303 | 春希 | Haruki | 「いや、まだ揚げてないから大丈夫だけど」 | ||
304 | 小春 | Koharu | 「ならきちんと質問に答えてください。 無言で曖昧な態度を取られると迷惑です」 | ||
305 | 春希 | Haruki | 「あのな、杉浦さん」 | ||
306 | 小春 | Koharu | 「わたし、何か間違ったこと言ってます?」 | ||
307 | 春希 | Haruki | 「今のオーダー変更は承ったからもう帰れ」 | ||
308 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
309 | 22時30分…… | ||||
310 | 開店時間の10時にはとっくに入ってた訳だから、 もう12時間以上が経過してる。 | ||||
311 | それどころか、休憩時間を除いた実労働時間ですら、 すでに残業手当の領域に突入してる。 | ||||
312 | 小春 | Koharu | 「あと2時間もしないうちに閉店ですから」 | ||
313 | 春希 | Haruki | 「バイト二日目で開店から閉店まで働こうとするな」 | ||
314 | 小春 | Koharu | 「でもこの人数じゃ回らないって先輩が…」 | ||
315 | 春希 | Haruki | 「それは1時間前までの話」 | ||
316 | なんという余計な責任感の塊… | ||||
317 | こいつは間違いなくクラスで煙たがられてる。 | ||||
318 | 春希 | Haruki | 「さすがにお客様も減ってきたし、 後は遅番の連中に任せても大丈夫」 | ||
319 | 小春 | Koharu | 「ん…」 | ||
320 | ホールを見渡しても、 埋まっている席はだいたい4割程度。 | ||||
321 | もともとが学生で賑わう店だから、 休日の夜は結構余裕のある時間帯。 | ||||
322 | 春希 | Haruki | 「そんなわけだから、お疲れさま。 正直、二日目でここまで使えるとは思ってなかった」 | ||
323 | 二日目でここまで頑張るって方は… まぁ、ある程度予測はしてたけど。 | ||||
324 | 小春 | Koharu | 「先輩は?」 | ||
325 | 春希 | Haruki | 「俺は閉店までいるよ。 片づけもあるし」 | ||
326 | 小春 | Koharu | 「わたしと同じ時間働いてますけど? しかも休憩ほとんど取らずに」 | ||
327 | 春希 | Haruki | 「…佐藤に後頼まれたし」 | ||
328 | 小春 | Koharu | 「なんでそういう余計な責任感だけ 無駄に大きいんですか?」 | ||
329 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
330 | まぁ、反論するのはやめとこう。 | ||||
331 | きっと彼女も『お前が言うなお前が』という台詞を 何度か飲み込んだんだろうから。 | ||||
332 | 春希 | Haruki | 「とにかく、気をつけて帰るようにな。 なるべく大通り歩いて…」 | ||
333 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
334 | 春希 | Haruki | 「? なに?」 | ||
335 | 俺が口答えしなかったのがよほど意外だったのか、 彼女は、俺の顔を厳しい顔で睨む。 | ||||
336 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
337 | 春希 | Haruki | 「杉浦さん?」 | ||
338 | …というか、どんな感情を持ってても とりあえず睨む。 | ||||
339 | 小春 | Koharu | 「『駅まで送る義務がある』とか、 そういう無駄な責任感に囚われても、 別に構わないんですけど?」 | ||
340 | 春希 | Haruki | 「え…?」 | ||
341 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
342 | 春希 | Haruki | 「………あ!」 | ||
343 | 小春 | Koharu | 「失礼します!」 | ||
344 | 春希 | Haruki | 「お、おい、ちょっと!」 | ||
345 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
346 | しまった… | ||||
347 | 季節は冬。 時間はもうすぐ午後11時。 | ||||
348 | 先週は午後7時くらいでも送ろうとしてたのに、 なんという大失態。 | ||||
349 | やっぱり俺、彼女の指摘した通り、 かなり集中力が欠けていたらしい。 | ||||
350 | 春希 | Haruki | 「な、なぁ…」 | ||
351 | 男子店員3 | Male CLerk 3 | 「お疲れ様でした… いいです、遅刻した俺が悪いんですから。 片づけは全部やっときます…」 | ||
352 | キッチンを振り返ると、 頼もしくも弱々しい声が返ってくる。 | ||||
353 | 春希 | Haruki | 「…すまん」 | ||
354 | 恨むなら是非、店長代理を恨んで欲しい。 | ||||
355 | ……… | .........
| |||
356 | 男子学生4 | Male Student 4 | 「二次会カラオケ行く人~」 | ||
357 | 男子学生5 | Male Student 5 | 「こっちまだ飲む人~」 | ||
358 | 男子学生6 | Male Student 6 | 「タクシー来たよ。 乗って乗って~」 | ||
359 | 雪菜 | Setsuna | 「ふぅぅ…」 | ||
360 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「小木曽ちゃん、こっちこっち」 | ||
361 | 雪菜 | Setsuna | 「え? あ、あの…ちょっと」 | ||
362 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「カラオケ行くよね? 移動するから、一緒に行こ」 | ||
363 | 雪菜 | Setsuna | 「カ…カラオケ…?」 | ||
364 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「君の友達もみんな来るって言ってるし。 大丈夫、帰りはちゃんと送るから」 | ||
365 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、で、でも… わたし、歌は…」 | ||
366 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「ならこっちにおいで。 今度はもうちょっと落ち着いたところで飲も?」 | ||
367 | 雪菜 | Setsuna | 「い、いえ…お酒も、もう」 | ||
368 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「なんだよ井畑? いきなり割り込むなよ」 | ||
369 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「お前が先に抜け駆けしようとしたんじゃん」 | ||
370 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「お前もカラオケ来ればいいだろ」 | ||
371 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「けど小木曽さん嫌がってるじゃん。 やっぱ飲みだろ」 | ||
372 | 雪菜 | Setsuna | 「わたし、もう帰らないと…」 | ||
373 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「それはないって小木曽ちゃ~ん。 せっかく仲良くなれたんだからさぁ」 | ||
374 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「そうそう。 まだまだ全然話せてないじゃん」 | ||
375 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「このすぐ近くにドンペリ飲める店があるんだ。 雰囲気いいし、絶対気に入るから。 …それでいいよな矢野?」 | ||
376 | 雪菜 | Setsuna | 「で、でも…」 | ||
377 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「わかったわかった。 とにかく移動しよ。 ほら、こっちこっち」 | ||
378 | 雪菜 | Setsuna | 「やめ…っ」 | ||
379 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「お~、そのタクシーこっちね。 さ、乗るよ小木曽さん」 | ||
380 | 雪菜 | Setsuna | 「嫌って言って…」 | ||
381 | 千晶 | Chiaki | 「あ~いたいた! やっと見つけた雪菜」 | ||
382 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…?」 | ||
383 | 千晶 | Chiaki | 「も~、探したよ。 外出ずに待っててって言ったのに~」 | ||
384 | 雪菜 | Setsuna | 「あなた…さっき洗面所で」 | ||
385 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「え、なに? ちょっと小木曽ちゃん、早く乗って…」 | ||
386 | 千晶 | Chiaki | 「ごめん、それ駄目。 雪菜、こっちで一緒に飲むことになってるから」 | ||
387 | 雪菜 | Setsuna | 「え?」 | ||
388 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「はぁ? どういうこと? 何言ってんのそれ?」 | ||
389 | 千晶 | Chiaki | 「どういうことも何も、 最初からそういう約束になってたんだけど?」 | ||
390 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「ちょっとちょっと、冗談やめてくれよ。 このコはずっと俺たちと一緒だったんだから…」 | ||
391 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「ま~ま~、君も一緒にこっち来ればいいんじゃん? タクシーもう一台呼んでさ」 | ||
392 | 千晶 | Chiaki | 「あたしはいいけどさぁ… 水野君の許しもらってよね? 彼がこのコと約束してたんだから」 | ||
393 | 男子学生2 | Male Student 2 | 「み、水野…?」 | ||
394 | 千晶 | Chiaki | 「そ、幹事特権。 最初からそういう話になってたってわけ」 | ||
395 | 男子学生3 | Male Student 3 | 「き、汚ぇ…」 | ||
396 | 千晶 | Chiaki | 「そういうことだから…さ、雪菜、行くよ?」 | ||
397 | 雪菜 | Setsuna | 「ちょ、ちょっと待って。 わたし、話がよく…」 | ||
398 | 千晶 | Chiaki | [F16「こいつらから逃げたきゃ話合わせて」] | ||
399 | 雪菜 | Setsuna | 「………うん、わかった。 それじゃ皆さん、お疲れさまでした」 | ||
400 | 男子学生1 | Male Student 1 | 「え…え~!?」 | ||
401 | 春希 | Haruki | 「悪い、待たせた」 | ||
402 | 小春 | Koharu | 「待ってません!」 | ||
403 | 春希 | Haruki | 「うぉっ!?」 | ||
404 | なれないバイトを12時間以上続けた後でも、 杉浦小春はやっぱり元気で、そして不機嫌だった。 | ||||
405 | 一喝とともに、俺を一睨みすると、 そのまま黙って駅の方へと歩き出す。 | ||||
406 | 俺の『無駄な責任感』を信じてるのか、 まるっきり後ろを振り返らずに。 | ||||
407 | 春希 | Haruki | 「…っと」 | ||
408 | で、俺は勿論、 その『無駄な責任感』を、しっかり発揮して、 彼女の早足に歩調を合わせる。 | ||||
409 | ……… | .........
| |||
410 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
411 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
412 | 春希 | Haruki | 「…寒いな」 | ||
413 | 小春 | Koharu | 「そうですね」 | ||
414 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
415 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
416 | 春希 | Haruki | 「…静かだな」 | ||
417 | 小春 | Koharu | 「だからなんなんです?」 | ||
418 | 深夜に近い南末次の街は、そろそろ人も捌けてしまい、 その寂しさが、寒さとあいまって余計に身に染みる。 | ||||
419 | 春希 | Haruki | 「本当にこれからもやるつもりなのか? 遅番」 | ||
420 | こんな季節の、こんな時間の、こんな道は、 男ならともかく、大人ならともかく、 とても目の前の少女が歩いていていい場所じゃない。 | ||||
421 | 小春 | Koharu | 「やりますよ。 少しでも長い時間働きたいですから」 | ||
422 | …んだけど、 やっぱり彼女は俺の心配なんか一言の下に切り捨てる。 | ||||
423 | 春希 | Haruki | 「なんでそんなに無理する必要があるんだ?」 | ||
424 | 小春 | Koharu | 「冬休みの間に目標額を達成したいんです。 貯金と合わせて20万用意しないと…」 | ||
425 | 春希 | Haruki | 「20万って… ヨーロッパにでも行くつもりか?」 | ||
426 | 小春 | Koharu | 「よくわかりましたね。 スペイン、イタリア、フランス8日間の旅です」 | ||
427 | 春希 | Haruki | 「…正解を引き当てておいてなんだけど、 どんだけブルジョアな卒業旅行だよ」 | ||
428 | 小春 | Koharu | 「わたしもそう思いましたけど… 一緒に行くコたちに『熱海でいいじゃない』 って言ったら一瞬で却下されました」 | ||
429 | 春希 | Haruki | 「せめて北海道か沖縄を妥協点にすべきだったな…」 | ||
430 | 小春 | Koharu | 「友達の家、どこもお金持ちばっかりで… ちょっとだけ、入る学校間違えたかなって思いました」 | ||
431 | 春希 | Haruki | 「わかるさ。 一応、三年前の卒業生だし」 | ||
432 | 小春 | Koharu | 「先輩の家はどうだったんです?」 | ||
433 | 春希 | Haruki | 「周りに比べたら普通だったんじゃないかな」 | ||
434 | なにしろ周りに、 親が世界的ピアニストなんてのがいたし、 岡山の旧家の傍流の傍流なんて… | ||||
435 | 小春 | Koharu | 「そういえば、 バイト掛け持ちしてるって言ってましたね。 …先輩も結構苦労してるんだ」 | ||
436 | 春希 | Haruki | 「はは…」 | ||
437 | 額面通りに信じられても良心が痛むけど… | ||||
438 | 小春 | Koharu | 「ま、そういうわけで、 クラスでも少数派の、中流家庭の一人娘は、 こうして影で頑張らないといけないわけです」 | ||
439 | 確かに俺の周りでも、変装してまで影で頑張ってた… | ||||
440 | あれはかなり特殊なケースか。 | ||||
441 | 小春 | Koharu | 「というわけで、何か反論は?」 | ||
442 | 春希 | Haruki | 「それでもやっぱり遅番はやめた方がいい。 こんな時間に一人で帰るなんて、やっぱり危険すぎる」 | ||
443 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
444 | せっかく手に入れた穏やかな雰囲気は、 俺のわざと空気を読まない一言で、 一瞬のうちにもとの季節感を取り戻した。 | ||||
445 | 小春 | Koharu | 「それはつまり… 今後は送るつもりはないって、 そう言いたいんですか?」 | ||
446 | もちろんそんな態度を取られたら、 微妙な外交関係にある彼女が臨戦態勢を取るのは それはもう、自然な流れで。 | ||||
447 | 小春 | Koharu | 「別にわたし、最初から送ってくれなんて頼んでません。 余計な責任感も心配も無用です。 ですから余計な介入もなしに願います」 | ||
448 | 春希 | Haruki | 「面倒とかそういうんじゃなくて…」 | ||
449 | 小春 | Koharu | 「さっきまでの同情的な態度はなんだったんです? どうしてそうやって、一度持ち上げておいて…」 | ||
450 | 春希 | Haruki | 「送ることが不可能なケースもあるだろ。 たとえば俺が来なくなったら…」 | ||
451 | 小春 | Koharu | 「………やめるんですか? アルバイト」 | ||
452 | その反応を見るに、 どうやら彼女の頭の中では、 そのケースは完全に抜け落ちてたみたいだった。 | ||||
453 | 春希 | Haruki | 「元々単なるヘルプだし。 杉浦さんが一人前になるまでって約束だった」 | ||
454 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
455 | 春希 | Haruki | 「つまり、今後はどうなるかわからないから、 なるべく早番だけで…」 | ||
456 | 小春 | Koharu | 「…それこそわたしの勝手です」 | ||
457 | 春希 | Haruki | 「え…?」 | ||
458 | 小春 | Koharu | 「同じ職場にすらいない人間に 心配されるいわれはありません。 …失礼します」 | ||
459 | 春希 | Haruki | 「あ、ちょっと!」 | ||
460 | 小春 | Koharu | 「もう送れなくなるんですよね? でしたらここでお別れです。 さようならっ!」 | ||
461 | 春希 | Haruki | 「今は送ってるだろ! 妙な解釈して拗ねないでくれ!」 | ||
462 | 小春 | Koharu | 「拗ねるとか子供扱いしないで!」 | ||
463 | 春希 | Haruki | 「子供扱いされたくなかったら走るなっ!」 | ||
464 | 寒空の中の帰り道。 | ||||
465 | 杉浦小春は、ずっと不機嫌なままで… そして今、さらに不機嫌さに磨きがかかった。 | ||||
466 | ……… | .........
| |||
467 | 千晶 | Chiaki | 「それじゃ、退屈なパーティお疲れさまでした。 かんぱ~い」 | ||
468 | 雪菜 | Setsuna | 「助け出してくれるためのお芝居かと思ったら、 本当に飲むんだ…」 | ||
469 | 千晶 | Chiaki | 「お芝居だよ。 その証拠に、ここに水野なんて奴いないでしょ? あたしたちだけ」 | ||
470 | 雪菜 | Setsuna | 「幹事さんの知り合いなの?」 | ||
471 | 千晶 | Chiaki | 「ううん、パーティ中にちょっと話しただけ。 連中に一番顔が利きそうな男だったから、 名前だけ覚えてたの」 | ||
472 | 雪菜 | Setsuna | 「そ、そうなんだ…それだけであんな。 凄い度胸だね」 | ||
473 | 千晶 | Chiaki | 「別にどうってこと。 あんなの慣れよ慣れ」 | ||
474 | 雪菜 | Setsuna | 「ところであなた… 前にどこかで会ってなかったかな?」 | ||
475 | 千晶 | Chiaki | 「…気のせいでしょ。 初対面だよ」 | ||
476 | 雪菜 | Setsuna | 「そう、だっけ?」 | ||
477 | 千晶 | Chiaki | 「長瀬晶子。商学部三年。 初めまして、小木曽雪菜さん」 | ||
478 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、うん、初めまして長瀬さん。 でも、初対面なのにどうしてわたしの名前…?」 | ||
479 | 千晶 | Chiaki | 「パーティ始まる前から話題になってたよ? 『小木曽雪菜が来る』とか『席代わってくれ』とか。 …あなたの周りにいた男どもはジャンケン勝ち残り組」 | ||
480 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、あはは…はぁ」 | ||
481 | 千晶 | Chiaki | 「なんか有名人なんだね、小木曽さん。 ミス峰城ちゃんより、よっぽどモテてたよ?」 | ||
482 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなこと…ないよ」 | ||
483 | 千晶 | Chiaki | 「あなたがこういうイベント参加するのって、 よっぽどのことだってみんな言ってた」 | ||
484 | 雪菜 | Setsuna | 「今日は、友達にどうしてもって言われて。 今までに何度も誘われてたし、さすがに断れなくて。 それに…」 | ||
485 | 千晶 | Chiaki | 「他にも何かきっかけがあったとか?」 | ||
486 | 雪菜 | Setsuna | 「…ううん、断れなかったんだよ。それだけなんだ。 馬鹿だったんだ、わたし」 | ||
487 | 千晶 | Chiaki | 「あたしもさ、最近男と別れて、 新しい恋でも探すか~なんて意気込んで 参加してはみたんだけどさぁ」 | ||
488 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしは別に別れたわけじゃ…」 | ||
489 | 千晶 | Chiaki | 「ミス峰城ちゃんの言う通り、 自慢話ばっかりでうんざりしちゃって。 やれ親が院長だとか、フェラーリ何台持ってるとか」 | ||
490 | 雪菜 | Setsuna | 「もしかしてあの時、 ドアの向こうに彼女がいること知ってた…?」 | ||
491 | 千晶 | Chiaki | 「で、どっかで飲み直そうかな~って思ってたら、 なんかつまんなそうにしてる同志を見つけてね」 | ||
492 | 雪菜 | Setsuna | 「それだけで、わたしを誘ったの?」 | ||
493 | 千晶 | Chiaki | 「嫌だった?」 | ||
494 | 雪菜 | Setsuna | 「とっくにこうして飲んでるのに?」 | ||
495 | 千晶 | Chiaki | 「だね、あはは」 | ||
496 | 雪菜 | Setsuna | 「ふふ…」 | ||
497 | 千晶 | Chiaki | 「すいません、これお代わりください」 | ||
498 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、わたしも」 | ||
499 | 千晶 | Chiaki | 「お酒、強い方?」 | ||
500 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん全然。 でも、さっきよりはよっぽど飲みたい気分だから」 | ||
501 | 千晶 | Chiaki | 「本当に大丈夫? 飲み過ぎてない? ひどく眠いとか、妙に気分がいいとか…」 | ||
502 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、別に? ほんの少し酔ってるかなって程度」 | ||
503 | 千晶 | Chiaki | [F16「都市伝説だったか…」] | ||
504 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、そうだ。 遅くなるって家に電話しないと」 | ||
505 | 千晶 | Chiaki | 「へぇ、お嬢様。 さすが付属出身」 | ||
506 | 雪菜 | Setsuna | 「別にそういうわけじゃ…あれ?」 | ||
507 | 千晶 | Chiaki | 「どしたの?」 | ||
508 | 雪菜 | Setsuna | 「電池切れてた、携帯」 | ||
509 | 千晶 | Chiaki | 「あたしの貸そうか?」 | ||
510 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、いい。 …別にそういうわけじゃ、ないから」 | ||
511 | 千晶 | Chiaki | 「そうなの?」 | ||
512 | 雪菜 | Setsuna | 「うん、そう」 | ||
513 | バーテンダー | Bartender | 「お待たせしました」 | ||
514 | 千晶 | Chiaki | 「それじゃ改めて… あたしたちの出会いに」 | ||
515 | 雪菜 | Setsuna | 「うん」 | ||
516 | 小春 | Koharu | 「それじゃ、失礼します」 | ||
517 | 春希 | Haruki | 「ちょっと待って杉浦さん…っ!」 | ||
518 | 小春 | Koharu | 「…なんですか? 急がないと次の電車が来ちゃうんですけど」 | ||
519 | 春希 | Haruki | 「っ…はっ…はぁぁ…君、運動部?」 | ||
520 | 結局、やっとのことで彼女に追いついたのは、 俺たちの別れの場所である、南末次駅の改札前だった。 | ||||
521 | 小春 | Koharu | 「夏まで硬式テニスやってましたけど」 | ||
522 | 春希 | Haruki | 「どうりでなぁ…」 | ||
523 | この息の上がり方の差は、 あくまで年齢によるものではなく、 元運動部と元文化部の差に違いない。 | ||||
524 | 春希 | Haruki | 「はぁぁ、はぁ、ふっ… と、ところでさ…」 | ||
525 | 小春 | Koharu | 「息を整えてからにしてください。 そのくらいは待ちますから」 | ||
526 | 春希 | Haruki | 「わ、悪い」 | ||
527 | まぁ、どっちにしたところで、 格の差を見せつけられたことに変わりはないんだけど。 | ||||
528 | 春希 | Haruki | 「どこで降りるの?」 | ||
529 | 小春 | Koharu | 「峰ヶ谷ですけど」 | ||
530 | 結局、俺の息が整うまでに、 電車一本の通過を要してしまった。 | ||||
531 | 春希 | Haruki | 「そこからは歩き?」 | ||
532 | 小春 | Koharu | 「ええ、15分くらい」 | ||
533 | 春希 | Haruki | 「そうか、なら家まで送る」 | ||
534 | 小春 | Koharu | 「結構です」 | ||
535 | 春希 | Haruki | 「峰ヶ谷周辺は結構寂しいし」 | ||
536 | 小春 | Koharu | 「毎日通学してますから知ってます」 | ||
537 | 春希 | Haruki | 「今何時だと思ってる?」 | ||
538 | 小春 | Koharu | 「いざとなったらタクシーだって拾えます」 | ||
539 | 春希 | Haruki | 「まだ話は終わってないだろ? さあ、行こう」 | ||
540 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
541 | それでも、その一本を律儀に逃してくれたことから、 彼女がまだ、俺と話してくれる気があるってわかった。 | ||||
542 | そろそろハッキリ和解しとかないと… | ||||
543 | 何しろ、ここ半月で、何度衝突して、 何度和解しかけて、何度蒸し返す羽目になったか。 | ||||
544 | いい加減にしとかないと、 彼女の精神的負担にもなりかねない。 | ||||
545 | 小春 | Koharu | 「わたしに構ってるよりも、 もう少し、自分の心配事を優先したらどうですか?」 | ||
546 | …と、こっちが意気込んだところを狙ったように、 こうやって自然にブレーキを掛けてくれるのが、 彼女の真骨頂なのかもしれない。 | ||||
547 | 春希 | Haruki | 「別に心配事なんて…」 | ||
548 | 小春 | Koharu | 「また時計気にしてますよ。 これで今日、わたしが見ただけで8回目」 | ||
549 | ………23時10分。 | ||||
550 | 春希 | Haruki | 「次の電車の時間を確認しただけだって」 | ||
551 | 小春 | Koharu | 「本当は何か用事あったんじゃないんですか? それも、かなり大事な」 | ||
552 | 春希 | Haruki | 「それは…今、ここでは関係ないから」 | ||
553 | 小春 | Koharu | 「ほら、それです」 | ||
554 | 春希 | Haruki | 「何が?」 | ||
555 | 小春 | Koharu | 「人にはこれだけ干渉しておいて、 自分には触れて欲しくないって、その態度」 | ||
556 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
557 | 小春 | Koharu | 「人が踏み込んでこようとすると、 狙ったようにブレーキかけるじゃないですか。 美穂子だけじゃない、わたしにだって」 | ||
558 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
559 | なんて、見誤っていた。 | ||||
560 | 小春 | Koharu | 「人にそうであって欲しいって思ってる姿が、 自分には全然当てはまってない。 …気味が悪いくらいに、別人」 | ||
561 | 彼女の真骨頂は、 そんな表層的なところにあるんじゃない。 | ||||
562 | 小春 | Koharu | 「だからわたし、あなたがなに考えてるかわからない。 理解できない」 | ||
563 | 春希 | Haruki | 「俺のことなんか理解したってしょうがないだろ…」 | ||
564 | 小春 | Koharu | 「人のことをあれだけ理解しようとするくせに。 余計なお節介焼くくせに」 | ||
565 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
566 | 関係ない人間にまでお節介を焼き、 自分の嫌っている人間までも助けようとする、 救いがたいお人好し。 | ||||
567 | 小春 | Koharu | 「前に、先輩のお友達が言いましたよね。 わたしと先輩は似てるって」 | ||
568 | 春希 | Haruki | 「似てないよ」 | ||
569 | 小春 | Koharu | 「だったら… わたしが今、先輩にどうして欲しいのか、 理解できるんじゃないでしょうか?」 | ||
570 | 春希 | Haruki | 「だから、似てないって」 | ||
571 | 自分の中に確固たる信念を持ち、 どんなことがあってもぶれることのない、 どうしようもない絶対正義。 | ||||
572 | 小春 | Koharu | 「話し合いたい? いいですよ? ただその時は、“お互い”本音でお願いします」 | ||
573 | 春希 | Haruki | 「どうして君は… そうやって、いつも自分の考えを 押しつけようとするんだよ」 | ||
574 | 小春 | Koharu | 「先輩のことを知るためです。 自分にとって、わからない人でいて欲しくないから」 | ||
575 | 春希 | Haruki | 「馬鹿馬鹿しい… そんなことに、何の意味があるんだよ」 | ||
576 | 小春 | Koharu | 「そこでそうやって突き放す人に 安心して頼ることができますか? そんな人の忠告、聞く気になんかなれますか?」 | ||
577 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
578 | なんて………な奴。 | ||||
579 | 小春 | Koharu | 「先輩は、どこか変です。 お節介だったり、厳しかったり、優しかったりするくせに、 他人行儀だったり、臆病だったり、冷たかったりする」 | ||
580 | 春希 | Haruki | 「普通だろ、そんなの…」 | ||
581 | 小春 | Koharu | 「わたしの近くにいる以上、 そういう態度は改めてもらわないと困ります」 | ||
582 | 春希 | Haruki | 「どうして君が困るんだ? 関係ないだろ!」 | ||
583 | 小春 | Koharu | 「気になるからです。 先輩に興味を持ってしまうからです!」 | ||
584 | 春希 | Haruki | 「………は?」 | ||
585 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
586 | 不機嫌そうに俺を睨み、 敵意以外の何物でもない感情をぶつけてくる彼女は… | ||||
587 | 果たして今、自分の言った言葉に、 どのくらい解釈の幅があるのかを理解してるんだろうか? | ||||
588 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
589 | 小春 | Koharu | 「…鳴ってますよ」 | ||
590 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
591 | そんな彼女の真意を問い質そうという思いも、 これ以上干渉されたくないという迷いも、 全て、着信音にかき消された。 | ||||
592 | 春希 | Haruki | 「はい、北原ですけど…」 | ||
593 | 孝宏 | Takahiro | 「あ、北原さんですか? あの…久しぶりです、小木曽です。 姉がいつもお世話になってます…」 | ||
594 | 春希 | Haruki | 「た…孝宏君?」 | ||
595 | 小春 | Koharu | 「え…?」 | ||
596 | 千晶 | Chiaki | 「そいでさ、あたし言ってやったわけよ。 今までその女のこと隠してたのは目をつぶる。 けど、どっちを選ぶかはハッキリしろって」 | ||
597 | 雪菜 | Setsuna | 「…そ、そう。 随分はっきり言っちゃうんだね」 | ||
598 | 千晶 | Chiaki | 「そしたら、『お前のことも愛してる。 けれど一番はあいつなんだ』だってさ~」 | ||
599 | 雪菜 | Setsuna | 「…っ」 | ||
600 | 千晶 | Chiaki | 「じゃあ、あたしはなんなのよって聞いたら、 『僅差で二番』なんだって…」 | ||
601 | 雪菜 | Setsuna | 「っっ!」 | ||
602 | 千晶 | Chiaki | 「何じゃそらって! そんなの鼻差でも十馬身差でも 払い戻し額には関係ないっての!」 | ||
603 | 雪菜 | Setsuna | 「け、競馬やるんだ…」 | ||
604 | 千晶 | Chiaki | 「とにかく、それで一気に馬鹿馬鹿しくなっちゃって。 あたしの方から捨ててやったわよ、あんな男」 | ||
605 | 雪菜 | Setsuna | 「…強いんだね」 | ||
606 | 千晶 | Chiaki | 「どうなのかな? 自分でもそんなでもなかったのかも。 だって、別れて一月で、こうして話せちゃうんだし。 初めて会った相手に」 | ||
607 | 雪菜 | Setsuna | 「そういえばわたしたち初対面だったね。 なんだか全然そういうふうに感じないけど」 | ||
608 | 千晶 | Chiaki | 「よくそう言われる。明け透けすぎるって。 それも別れた原因かもしれないけどね」 | ||
609 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなこと…ないと思うけどな」 | ||
610 | 千晶 | Chiaki | 「けど、さすがに相手は選んでるよ。 だって雪菜、絶対に誰かに話したりしないよね?」 | ||
611 | 雪菜 | Setsuna | 「晶子さん…」 | ||
612 | 千晶 | Chiaki | 「さてと! 次は雪菜の番」 | ||
613 | 雪菜 | Setsuna | 「え? わ、わたし?」 | ||
614 | 千晶 | Chiaki | 「男を惑わす魔性の女の恋ってどんなんだろ? きっと溶けてしまいそうなくらいに熱いんだろうなぁ。 期待しちゃうな~」 | ||
615 | 雪菜 | Setsuna | 「ちょ、ちょっと、やめてよ。 わたしそんなんじゃないってばぁ」 | ||
616 | 千晶 | Chiaki | 「何言ってんの。さっきのパーティだって、 男どもの注目独り占めしちゃってたくせに~」 | ||
617 | 雪菜 | Setsuna | 「違うんだってば。そんなんじゃないんだってば。 やだなぁ…知らないもう」 | ||
618 | 千晶 | Chiaki | 「そういう拗ねた態度もまた可愛いんだからもう! あたしが男だったら、やっぱ放っておかないなぁ」 | ||
619 | 雪菜 | Setsuna | 「…狙ってやってるんじゃないからね?」 | ||
620 | 千晶 | Chiaki | 「ほらほら、なんかあるでしょ? 強烈なネタが」 | ||
621 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしは…彼氏なんか」 | ||
622 | 千晶 | Chiaki | 「あ、今はフリー? じゃあ別に昔話でもいいんだよ? 例えば、付属時代のとかさぁ」 | ||
623 | 雪菜 | Setsuna | 「それは…もっと駄目」 | ||
624 | 千晶 | Chiaki | 「なら、たとえ話! 雪菜みたいな身も心も可愛いコが、 その身も心も捧げたくなるような男ってどんなの?」 | ||
625 | 雪菜 | Setsuna | 「………たとえ話?」 | ||
626 | 千晶 | Chiaki | 「そう! あくまでたとえ話。 どんなにありそうな内容でも、絶対に本当じゃない、 あくまでも仮定の、夢のお話」 | ||
627 | 雪菜 | Setsuna | 「たとえ話、か…」 | ||
628 | 千晶 | Chiaki | 「あ、お代わり頼む?」 | ||
629 | 雪菜 | Setsuna | 「ん…」 | ||
630 | 千晶 | Chiaki | 「バーテンさん! 二人とも同じもの」 | ||
631 | 雪菜 | Setsuna | 「あくまでも仮定だって言うのなら… 面倒見が、いい人がいいな」 | ||
632 | 車内アナウンス | Train Announcement | 「峰ヶ谷、峰ヶ谷です。 お降りの方はドアにお気をつけください」 | ||
633 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
634 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
635 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「ドアが閉まります。 ご注意ください」 | ||
636 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
637 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
638 | 春希 | Haruki | 「…杉浦さん」 | ||
639 | 小春 | Koharu | 「なんですか?」 | ||
640 | 春希 | Haruki | 「どうして降りなかったんだ?」 | ||
641 | 小春 | Koharu | 「先輩こそ… 家まで送ってくれるんじゃなかったんですか?」 | ||
642 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
643 | 小春 | Koharu | 「すいません、今のは嫌味でした」 | ||
644 | 春希 | Haruki | 「いや…俺の方こそごめん。 家まで送るって言っておきながら」 | ||
645 | 電話口の孝宏君は、とても恐縮してた。 そして…姉の行方をほとんど気にしてなかった。 | ||||
646 | ただ、門限を一時間以上も過ぎた娘と 電話が繋がらない状況に心配した親の命令を受け、 うんざりしながらも『最初の心当たり』に連絡しただけ。 | ||||
647 | 春希 | Haruki | 「けど、さっきから言ってるだろ。 別に杉浦さんまで一緒に探しに行く必要は…」 | ||
648 | 小春 | Koharu | 「クラスメートのお姉さんなんです。 わたしも心配なんです」 | ||
649 | その言葉が嘘でも誇張でもなく、 本気で心配してるに違いないってことは、 彼女と数分話せば嫌でもわかってしまう。 | ||||
650 | 春希 | Haruki | 「まさか君が孝宏君と同じクラスだったなんてな…」 | ||
651 | 小春 | Koharu | 「わたしが前期、小木曽が後期のクラス委員なんです。 そういう訳で、そこそこ話はします」 | ||
652 | 春希 | Haruki | 「そうだったんだ」 | ||
653 | 小春 | Koharu | 「例えば… 取材と称していきなり学校に現れた卒業生が、 実はお姉さんの彼氏だったなんていう世間話とか」 | ||
654 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
655 | だからこそ彼女は、俺の電話での会話に出てきた 『孝宏君?』『雪菜が?』『ああ、今一緒にいる』 というキーワードに反応した訳か。 | ||||
656 | 小春 | Koharu | 「家族を安心させるためとは言え、 嘘なんかついて良かったんですか?」 | ||
657 | 何故なら、電話をかけている男が今一緒にいるのは、 クラスメートの姉ではなく、自分だったから。 | ||||
658 | 小春 | Koharu | 「彼女の行き先、知ってるんですか? それに、帰ってこない理由も?」 | ||
659 | 春希 | Haruki | 「帰ってこないって…大げさなんだよ。 別に、遊んでてちょっと遅くなっただけだって。 大体、大学生にもなって、門限が夜の10時とか…」 | ||
660 | 小春 | Koharu | 「そういう台詞は、 窓に映った自分の顔を見てからにしたらどうですか?」 | ||
661 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
662 | 小春 | Koharu | 「ハンカチどうぞ。 せめて額の汗くらいは拭いてください。 …真冬ですよ?」 | ||
663 | 春希 | Haruki | 「暖房効き過ぎなんだよこの電車…」 | ||
664 | さっきから何滴か目に入ったせいで妙にしみる… | ||||
665 | 小春 | Koharu | 「どんな人なんです?」 | ||
666 | 春希 | Haruki | 「…誰が?」 | ||
667 | 小春 | Koharu | 「先輩の彼女」 | ||
668 | 春希 | Haruki | 「そんな相手はいない」 | ||
669 | 小春 | Koharu | 「どんな答え方するかなと思って、 わざとそういう聞き方にしてみました」 | ||
670 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
671 | 小春 | Koharu | 「なら聞き方を変えます。 小木曽のお姉さん…雪菜さんって言いましたっけ。 どんな人なんです?」 | ||
672 | 春希 | Haruki | 「そんなこと、どうでもいいだろ」 | ||
673 | 小春 | Koharu | 「わたしも探すんですよ? 特徴くらい知ってないと、 どうしようもないじゃないですか」 | ||
674 | 春希 | Haruki | 「だから、君は帰れって何度も…」 | ||
675 | 小春 | Koharu | 「なら、電車を降りたらすぐ小木曽の家に電話します」 | ||
676 | 春希 | Haruki | 「…なんて?」 | ||
677 | 小春 | Koharu | 「実は今、北原先輩と一緒にいるって。 だから北原先輩は、お姉さんとは一緒にいないって」 | ||
678 | 春希 | Haruki | 「な…」 | ||
679 | 小春 | Koharu | 「それに、さっきの電話以降、 北原先輩はものすごく慌ててるって」 | ||
680 | 春希 | Haruki | 「妙な誇張するな…っ」 | ||
681 | 三つも年下の女の子に追い詰められていく絶望感。 | ||||
682 | あまりの正論に、頭が真っ白になるくらい苛つく。 | ||||
683 | 春希 | Haruki | 「あの家族に余計な心配を掛けるな。 本当に、本当にいい人たちなんだよ」 | ||
684 | 小春 | Koharu | 「…わかります。 小木曽もちょっとお調子者だけど、 根は善人で、クラスの信望も厚いです」 | ||
685 | 春希 | Haruki | 「それに、全くの取り越し苦労かもしれない。 いや、多分そっちの可能性の方が高いんだ」 | ||
686 | 小春 | Koharu | 「万が一ってこともあるじゃないですか。 そこを気にせずにいられる先輩じゃないですよね? …だからバイト中も上の空だったんでしょう?」 | ||
687 | 春希 | Haruki | 「杉浦………さん」 | ||
688 | 小春 | Koharu | 「別に、呼び捨てにしてもらってもいいですよ。 学校だけでなく、職場でも後輩になりましたし」 | ||
689 | 俺の、負の感情をぶつけるときの 呼びにくさに配慮したのか、 “杉浦”は、そう言って、やっぱり睨みつけた。 | ||||
690 | 小春 | Koharu | 「理由は、言いたくなければ言わなくていいですけど、 でも、小木曽さんを探すのだけはやらせてください」 | ||
691 | 春希 | Haruki | 「本当にお節介だな…杉浦」 | ||
692 | 小春 | Koharu | 「あなたに言われる筋合いはありません」 | ||
693 | 春希 | Haruki | 「え? やっぱり杉浦さんでないと駄目か?」 | ||
694 | 小春 | Koharu | 「そっちじゃありません! 『お節介』の方です!」 | ||
695 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
696 | 小春 | Koharu | 「あ…」 | ||
697 | 俺のちょっとした意趣返しに、 一瞬きょとんとした杉浦は、 またすぐに顔を真っ赤にして、結局睨みつけた。 | ||||
698 | 小春 | Koharu | 「人をからかう余裕があるなら大丈夫ですね。 冷静になった方が、効率もいいでしょうし」 | ||
699 | 春希 | Haruki | 「ありがとう、杉浦…」 | ||
700 | 小春 | Koharu | 「っ…」 | ||
701 | そうやって、お互いの苛つきをぶつけあったら、 後はもう、目的に向かって団結する方が、 彼女の言う通り『効率的』だ。 | ||||
702 | 車内アナウンス | Train Announcement | 「間もなく、笹窪、笹窪です。 お出口は左側になります」 | ||
703 | 御宿まで、あと二駅。 | ||||
704 | ほんの5分の間に、 いつもの勉強モードの俺に戻ってみせる。 | ||||
705 | それこそが、俺の戦闘モード。 もっとも良い結果を導き出すための、 本当に一生懸命な俺、なんだから。 | ||||
706 | 千晶 | Chiaki | 「面倒見のいい人…? なんかそういうのって、便利な男っぽくない?」 | ||
707 | 雪菜 | Setsuna | 「ん~、説明しにくいな。 面倒見のいい人? 一生懸命な人? 頑張ってる人? …そのせいで損してる人」 | ||
708 | 千晶 | Chiaki | 「う~ん…?」 | ||
709 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしって、実はかなりの甘えん坊なんだ」 | ||
710 | 千晶 | Chiaki | 「時々、喋り方がそれっぽくなるよね」 | ||
711 | 雪菜 | Setsuna | 「だから、頼れる人に焦がれる。 恋焦がれて、もっとワガママ言いたくなる」 | ||
712 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなわたしのワガママを、 一生懸命頑張って叶えてくれる人が好き。大好き」 | ||
713 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
714 | 雪菜 | Setsuna | 「口うるさいんだけど、ぶつくさ文句は言うんだけど、 それでも絶対に見捨てたりしない」 | ||
715 | 雪菜 | Setsuna | 「誰にでも平等に優しくて、けれどわたしには、 ほんの少しひいきしてくれたりすると最高かな」 | ||
716 | 千晶 | Chiaki | 「随分とささやかなワガママだね」 | ||
717 | 雪菜 | Setsuna | 「でも、だからなんだよね…」 | ||
718 | 千晶 | Chiaki | 「何が?」 | ||
719 | 雪菜 | Setsuna | 「結果として、相手を傷つけることになったとき、 相手より自分が傷ついて、自分をひどく責め立てて、 もっともっと傷ついていっちゃうんだ…」 | ||
720 | 千晶 | Chiaki | 「たとえ話…だよね?」 | ||
721 | 雪菜 | Setsuna | 「そうだよ。 決まってるじゃない」 | ||
722 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
723 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしはね、 彼女を優しく見つめてる彼が好きだった」 | ||
724 | 千晶 | Chiaki | 「彼女…」 | ||
725 | 雪菜 | Setsuna | 「真面目で、融通が利かなくて、 自分のこと、冷静だって思ってる人がね…」 | ||
726 | 雪菜 | Setsuna | 「彼女のことになると、ちょっとしたことに照れたり、 取り乱したり、急に熱くなっちゃったりするのが、 なんだか面白くて…」 | ||
727 | 雪菜 | Setsuna | 「そんな、ちょっとしたことが、とてもいとおしいって、 …そんなふうに思ってたんだよ」 | ||
728 | 千晶 | Chiaki | 「“彼女”って… もしかして“わたし”とは…」 | ||
729 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしはね… 彼がわたし以外の人を好きでも構わなかった」 | ||
730 | 千晶 | Chiaki | 「あ…」 | ||
731 | 雪菜 | Setsuna | 「それでも、わたしのことも好きでいてくれるなら。 彼と彼女の世界に、わたしもずっといさせてくれるなら」 | ||
732 | 雪菜 | Setsuna | 「彼が後悔に押し潰されて、壊れてしまうくらいなら、 その方が、ずっとずっと、良かったんだよ」 | ||
733 | 千晶 | Chiaki | 「雪菜…」 | ||
734 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしは別にいいんだ。 だって…最初からわかってて、 それでも彼のこと好きになったんだから」 | ||
735 | 千晶 | Chiaki | 「そっか… 雪菜は、女だね」 | ||
736 | 雪菜 | Setsuna | 「晶子さんには、わからない?」 | ||
737 | 千晶 | Chiaki | 「ま、ね。 誰かさんの言葉を借りると、 あたし、女じゃないらしいんだ」 | ||
738 | 雪菜 | Setsuna | 「やだなぁ…どうしてだろ。 どうして晶子さんには、こんなに話してしまうんだろ」 | ||
739 | 千晶 | Chiaki | 「雪菜…」 | ||
740 | 雪菜 | Setsuna | 「こんなこと、 今までほんの数人にしか話したことなかったのに。 …本当の親友にしか、話したことなかったのになぁ」 | ||
741 | ……… | .........
| |||
742 | 店長 | Manager | 「ええと…どうだったかなぁ。 何しろ貸しきりで、30人以上はいたものですから」 | ||
743 | 春希 | Haruki | 「もう一度、よく見てください。 この写真の真ん中にいる女の子です」 | ||
744 | 小春 | Koharu | 「………?」 | ||
745 | 店長 | Manager | 「あ…いたかなぁ? うん、よく似てる。 メチャメチャ可愛いコだよね? 確か人だかりができてたから」 | ||
746 | 春希 | Haruki | 「それです。間違いない」 | ||
747 | …てことは、雪菜は間違いなく、 例のパーティには出てたってことになる。 | ||||
748 | 小春 | Koharu | 「………っ!? あれ、ちょっと貸してください!」 | ||
749 | 店長 | Manager | 「あ、はい…」 | ||
750 | つまりそれは… 手がかりを掴んだことにより、 状況はますます悪化したってことで。 | ||||
751 | 春希 | Haruki | 「このパーティの幹事の電話番号わかりますよね? 至急連絡取りたいんで教えて欲しいんですが」 | ||
752 | 店長 | Manager | 「え? いや、でも… あなた、知り合いですか?」 | ||
753 | 春希 | Haruki | 「友人です」 | ||
754 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
755 | 店長 | Manager | 「友達だったら電話番号くらい…」 | ||
756 | 春希 | Haruki | 「先週、携帯を紛失してしまいまして。 これは新しい端末で、アドレスは空っぽなんですよ」 | ||
757 | 店長 | Manager | 「あ、そうなんですか。 でも…」 | ||
758 | 春希 | Haruki | 「今日のパーティで 違法ドラッグが使われてた可能性があるんです。 警察が捜索に来るかもしれません」 | ||
759 | 店長 | Manager | 「け、警察!?」 | ||
760 | 春希 | Haruki | 「そうなる前に、幹事と至急連絡取りたいんです。 …なんなら先に警察呼んでもいいですが?」 | ||
761 | 店長 | Manager | 「わ、わかりました。 ちょっと予約表取ってきます」 | ||
762 | 春希 | Haruki | 「…ふぅ」 | ||
763 | 俺の、あまりにも口から出任せな事情説明を、 店長さんはお人好しにも信用してくれた。 | ||||
764 | そう、これは脅迫ではなく、 お互いの信頼関係に基づく情報交換だ。 …多分。 | ||||
765 | 小春 | Koharu | 「………やっぱり! 先輩、どういうことですかこれ!?」 | ||
766 | 春希 | Haruki | 「…真ん中が小木曽雪菜だよ。 孝宏君のお姉さんだ」 | ||
767 | 小春 | Koharu | 「右に写ってるの、冬馬かずさじゃないですか!」 | ||
768 | 春希 | Haruki | 「…今は関係ない話だ。 余計な情報頭に入れるな。 そっちに気を取られて雪菜見逃したら怒るぞ」 | ||
769 | 小春 | Koharu | 「っ…」 | ||
770 | 杉浦は、またしても別人の俺に遭遇したせいか、 なんだか戸惑ってるみたいだった。 | ||||
771 | 春希 | Haruki | 「それよりも頼みがある… 今すぐコンビニ行って、携帯の充電器買ってこい。 機種は○u、使い捨てで構わん」 | ||
772 | でも、もう隠す必要はない。 | ||||
773 | 小春 | Koharu | 「電池がなくなったらわたしのを貸しますけど…」 | ||
774 | 春希 | Haruki | 「今から着信が滅茶苦茶重要になるんだよ。 説明が必要なら後でするから早く行ってこい!」 | ||
775 | 小春 | Koharu | 「っ! は、はいっ」 | ||
776 | 今までは研修中だから甘かったけど、 これでグッディーズで一緒に仕事していくなら、 どうせすぐに目にする姿だし。 | ||||
777 | …佐藤だけでなく、店長にまで 『恐怖政治』と言われた、俺の仕切りなんか。 | ||||
778 | 店長 | Manager | 「お待たせしました。 ええと、水野様ですね?」 | ||
779 | 春希 | Haruki | 「それです、水野高志」 | ||
780 | 店長 | Manager | 「…こちらの名簿では、水野治彦様となっていますが?」 | ||
781 | 春希 | Haruki | 「…自分の兄貴の名前使ってやがる。 もしかして、あいつもグルか?」 | ||
782 | 店長 | Manager | 「え…?」 | ||
783 | 春希 | Haruki | 「店長さん、すいません! なるべくこっちで騒ぎ抑えますから、 どうかこのことはなるべくご内密に!」 | ||
784 | 店長 | Manager | 「い、いや、しかし…」 | ||
785 | 春希 | Haruki | 「警察が来たら正直に話していただいて構いません。 ほんの少しの間だけでいいんです!」 | ||
786 | 店長 | Manager | 「………」 | "........."
| |
787 | 春希 | Haruki | 「お願いします!」 | ||
788 | 深々と頭を下げながら… | ||||
789 | 俺は、心の底からも、 思いっきり店長さんに土下座をしてた。 | ||||
790 | 単にこっちのスピード重視のためだけに、 余計な心配を掛けてしまったことを。 | ||||
791 | ……… | .........
| |||
792 | 武也 | Takeya | 「どうだ春希? そっちの状況は?」 | ||
793 | 春希 | Haruki | 「11人と連絡ついた。 2組は飲み屋で捕捉して4人がシロ。 他に2人がもう帰宅してた」 | ||
794 | うち1人からはよくわからない罵倒を受けたけど、 名前を聞いてみたら、少し懐かしい気分になった… | ||||
795 | 春希 | Haruki | 「で…ホテルにしけ込んだのが全部で5人」 | ||
796 | 武也 | Takeya | 「ご、5人…?」 | ||
797 | 春希 | Haruki | 「5人のうち2人は合意のもとだったんで解放。 残り3人は…」 | ||
798 | 武也 | Takeya | 「ま、まさか…?」 | ||
799 | 春希 | Haruki | 「…もちろん雪菜じゃなかったよ。 ただ、その女の子、ぐでんぐでんに酔ってて、 色々と大変だったけどな」 | ||
800 | 武也 | Takeya | 「そ、そうか… にしても男2かよ、最低だな! …逆なら尊敬しようものを」 | ||
801 | その泥酔した女の子は、 正義感逞しい杉浦小春が駅まで送っていった。 | ||||
802 | もちろんその前に、 医学部生二人を罵倒することも忘れなかった。 …何て怖いもの知らずな。 | ||||
803 | …まぁ、俺と幹事との間で繰り広げられた、 相当に厳しい電話のやり取りを見て、 スイッチが入ってしまったんだろうけど。 | ||||
804 | 春希 | Haruki | 「で、武也の方は?」 | ||
805 | 武也 | Takeya | 「21人まで連絡ついた。 カラオケルームにいる連中が8人。 二次会に10人。3人は途中で抜けて家に帰ってた」 | ||
806 | 春希 | Haruki | 「21…これで全員だな」 | ||
807 | 幹事から(脅迫の末)聞き出したパーティ出席者は、 雪菜を含めて33人。 | ||||
808 | 男は全員医学部。 で、女の子の方は、武也の評価によれば、 各学部から厳選された一流どころが勢揃いらしかった。 | ||||
809 | 武也 | Takeya | 「どっちの会場にも雪菜ちゃんはいなかった。 まぁ、奴らの言葉を信じるなら、だけど」 | ||
810 | 春希 | Haruki | 「信じられそうか?」 | ||
811 | 武也 | Takeya | 「多分な。ちゃんと女の子の方にも裏取ったし。 …千佳が混ざってたのは地味にショックだったけど」 | ||
812 | ついでに武也の評価を引用すると、 その中でも雪菜の競争率は断トツで、 男どもの間でかなり醜い争奪戦が繰り広げられてたとか。 | ||||
813 | 本当に、小木曽雪菜っていう奴は… | ||||
814 | 春希 | Haruki | 「これで振り出しか…」 | ||
815 | そこまで女性としての高い魅力を備えていながら、 どこまで愚かな女の子なんだろう… | ||||
816 | 武也 | Takeya | 「それなんだけどな、春希。 二次会組の奴らが少し気になることを言ってた」 | ||
817 | 春希 | Haruki | 「なに?」 | ||
818 | 武也 | Takeya | 「雪菜ちゃん、知り合いの女の子に声かけられて、 そのまま二人でどこか行ったって」 | ||
819 | 春希 | Haruki | 「知り合いの女の子…?」 | ||
820 | 武也 | Takeya | 「てっきりパーティの出席者だと思ってたんだけど、 こうして、全員の所在がハッキリしたってことは…」 | ||
821 | 春希 | Haruki | 「誰か友達と偶然会って、 そのまま飲みに行った…?」 | ||
822 | 武也 | Takeya | 「かもしれない。 というか、どうもそんな流れ」 | ||
823 | 春希 | Haruki | 「なんだよ、それ…」 | ||
824 | 家族の誰にも行き先を告げずに、門限破って、 しかも携帯の電源まで切って… | ||||
825 | 自分は付属出身者たちよりも更にブルジョアな連中との パーティにうつつを抜かして、友達と偶然会ったら、 今度は日付が変わるまで飲んで… | ||||
826 | 春希 | Haruki | 「何やってんだよあいつ… みんなに心配かけまくってっ」 | ||
827 | 武也 | Takeya | 「喜ぶべきことじゃん! 俺のネタがガセって確定してさ。 …いやホント悪かったよ適当なこと言って」 | ||
828 | 春希 | Haruki | 「武也悪くねえだろ… 悪いの俺じゃん」 | ||
829 | 武也 | Takeya | 「春希…」 | ||
830 | 春希 | Haruki | 「ごめんな、武也… 最初に忠告してもらった時笑い飛ばしときながら、 今になってこんなにこき使って」 | ||
831 | 武也 | Takeya | 「おまえの指示はいつも的確だから構わねえよ。 あと…依緒にも今度礼言っといてな。 男連中への連絡の一部をあいつにしてもらった」 | ||
832 | 春希 | Haruki | 「普通逆じゃないのかよお前…」 | ||
833 | 武也 | Takeya | 「その辺はデリケートな話題なんだから突っ込むな。 …もともとあいつにも声掛かってた話でな」 | ||
834 | またしても色々あったのかこの二人も… | ||||
835 | 春希 | Haruki | 「それじゃ…本当に悪かった夜遅く。 俺もう少し適当に探して帰るから…」 | ||
836 | 武也 | Takeya | 「なぁ、春希」 | ||
837 | 春希 | Haruki | 「ん?」 | ||
838 | 武也 | Takeya | 「いい機会だ… 雪菜ちゃん見つけたら、ちゃんと話せよ」 | ||
839 | 春希 | Haruki | 「武也…」 | ||
840 | 武也 | Takeya | 「今のお前、ちょっとだけ素直じゃん。 昔みたいに、雪菜ちゃんのこと怒ってるじゃん。 …チャンスだよ」 | ||
841 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
842 | 武也 | Takeya | 「口に出して怒ってやれよ。 お前がどれだけ心配してたか。 どれだけ辛い思いをしたか、正直に話せよ」 | ||
843 | 春希 | Haruki | 「そんな… 辛い思いをしてたのは…」 | ||
844 | 武也 | Takeya | 「雪菜ちゃん絶対喜ぶから! お前だって雪菜ちゃんの笑う顔見たいんだろ? ならそうするしかないじゃん」 | ||
845 | 春希 | Haruki | 「そんなのは… そんなのは欺瞞で…」 | ||
846 | 武也 | Takeya | 「とにかく俺は忠告したからな! じゃあな、おやすみ!」 | ||
847 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
848 | 武也は、俺の返事を待たないまま、 唐突に電話を切った。 | ||||
849 | というか、 きっと俺がグダグダと否定的な見解を並べるのを、 もう聞きたくないんだろうな… | ||||
850 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
851 | この広い御宿の街。 | ||||
852 | 手がかりを失った俺が、 この眠らない街で雪菜を見つけるのは、 もう、ほぼ不可能に近い。 | ||||
853 | そんなふうに、ほとんどない可能性だってわかってて、 あいつは俺に、可能性を残そうとしてたんだろう。 | ||||
854 | 今日だけじゃなく、 明日、明後日、今年中、いや来年だって… | ||||
855 | 俺が雪菜と、もう一度話をしようって、 そんなふうに、前向きに考える可能性を。 | ||||
856 | 小春 | Koharu | 「先輩…」 | ||
857 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
858 | そうやって、ずっと俯いて 物思いに耽っていたからだろうか。 | ||||
859 | とっくの昔に俺の目の前に立っていた、 バイト先の後輩の姿を、ずっと見逃してた。 | ||||
860 | 小春 | Koharu | 「さっきの人、 とりあえず電車に乗せてきました。 …ちゃんと駅で降りれるかは微妙ですけど」 | ||
861 | 春希 | Haruki | 「ありがと」 | ||
862 | やっぱり俺たち二人が組むと、 最低限の仕事からちょっと逸脱した範囲まで、 余計な世話を焼いてしまう。 | ||||
863 | 明日以降、医学部の連中からは、 目の敵にされるんだろうな… | ||||
864 | 小春 | Koharu | 「どうします今から? 心当たりの店をしらみ潰しに捜します?」 | ||
865 | 春希 | Haruki | 「いや…もうそこまでする必要はないよ」 | ||
866 | 小春 | Koharu | 「どうしてです? だって、まだ見つかってないですよね? 心配じゃないんですか?」 | ||
867 | 春希 | Haruki | 「今の電話で、それほど心配じゃなくなった」 | ||
868 | 小春 | Koharu | 「…どういうことです?」 | ||
869 | さっきの武也からの電話の内容を、 かいつまんで彼女に説明する。 | ||||
870 | もともと危惧してた事件性は、 ほぼ払拭されたこと。 | ||||
871 | 彼女が今一緒にいるのは、 どうやら気心の知れた女友達であること。 | ||||
872 | そして… | ||||
873 | 多分、大した理由もなく、 家に連絡も入れずに飲み歩いている女の子を、 どう叱ってやろうかって段階に入ったこと。 | ||||
874 | 小春 | Koharu | 「そうですか…よかったぁ! あ、まだ見つかってないのに『良かった』はないや」 | ||
875 | 春希 | Haruki | 「…いや、もう大丈夫だ。 悪かった、つまらないことに付き合わせて」 | ||
876 | 小春 | Koharu | 「『万が一の方じゃなくなった』ってのは、 全然つまらないことじゃないですよ、先輩」 | ||
877 | 春希 | Haruki | 「杉浦…」 | ||
878 | そんなことをつらつらと話したら、 杉浦小春は、今まで見たことのない、 けれど、予想していた通りの表情を見せた。 | ||||
879 | 『普段からいつもこんな顔してれば可愛いのに』 | ||||
880 | …なんて定型句を 思わず口走ってしまいそうになるくらい、 それはやっぱり、男にとって魅力的だった。 | ||||
881 | やっぱり元が元だとこうなるんだな… 俺の周りはこんな規格外ばっかりだ。 | ||||
882 | 小春 | Koharu | 「にしても…さっきの先輩はちょっと怖かったです」 | ||
883 | 春希 | Haruki | 「ごめん。結構慌ててたから… 杉浦にも色々と酷いこと言っちゃったかもしれないな」 | ||
884 | 小春 | Koharu | 「ううん、怖かったのはむしろそれとは逆で…」 | ||
885 | 春希 | Haruki | 「…逆?」 | ||
886 | 小春 | Koharu | 「確かに慌ててるはずなのに、 どんどん冷静になっていって、 研ぎ澄まされてく感じがして…」 | ||
887 | 春希 | Haruki | 「ああ…」 | ||
888 | 小春 | Koharu | 「電車を降りてから、 急にスイッチが入ったみたいになって。 そこから急に、すごく頼もしくなっちゃったから…」 | ||
889 | 春希 | Haruki | 「気のせいだろ。 俺は別に、いつもと変わらないって」 | ||
890 | 小春 | Koharu | 「そうなんですよねぇ。 先輩のこと頼もしく感じてしまうなんて… やっぱり夜の繁華街が怖かったからでしょうか?」 | ||
891 | 春希 | Haruki | 「いや、あのな…」 | ||
892 | それは多分、大学の三年間で、 ちょっとだけ俺のスキルが上がったせいだと思う。 | ||||
893 | どうしたらいいのかわからなくて焦るあまりに、 いつも最悪の選択ばかりしてきた付属時代の俺を、 二度と繰り返したくなかったから… | ||||
894 | でも結局、そういう決断からはいつも逃げてたから、 今までほとんどこういう場面に出くわさなかったけど。 | ||||
895 | 小春 | Koharu | 「さてと…じゃあ今からどうしましょうか? もう帰ってるか、小木曽の家に電話してみます? それともやっぱり、もう少し心当たりを…」 | ||
896 | と、もうとっくに日付も変わったというのに、 まだまだ元気で、そして何故だか 機嫌を直してしまった杉浦を、俺は… | ||||
897 | 1.送る | Choice | |||
898 | 2.見送る | Choice | |||
899 | 春希 | Haruki | 「駅まで送るよ。 もうそろそろ終電ヤバいし」 | ||
900 | 小春 | Koharu | 「…そうですね。 お願いします」 | ||
901 | 春希 | Haruki | 「…いいの?」 | ||
902 | 小春 | Koharu | 「何がです?」 | ||
903 | 春希 | Haruki | 「い、いや…」 | ||
904 | 時計はそろそろ0時30分近く。 俺の言った『終電ヤバいし』という言葉は、 まったく嘘じゃない。 | ||||
905 | それどころか、この御宿でなければ、 もうアウトと言ってもいいくらいの時間帯。 | ||||
906 | でも、彼女が言った『そうですね』は、 明らかに、終電の時間の話をしているふうじゃなかった。 | ||||
907 | というか『お願いします』なんて… | ||||
908 | 『結構です』とか無言とかから比べると、 たった数時間で、なんという進歩… | ||||
909 | 小春 | Koharu | 「けれど、さっきみたいに、 『家まで送る』はナシですよ? そしたら今度は先輩が帰れなくなっちゃいますから」 | ||
910 | 春希 | Haruki | 「けど、もう0時過ぎ…」 | ||
911 | 小春 | Koharu | 「さすがに駅からタクシー使います。 ワンメーターだけどこんな時間だし、 運転手さんも駄目とは言わないでしょ」 | ||
912 | 春希 | Haruki | 「まぁ、それは…」 | ||
913 | 小春 | Koharu | 「行きましょうか先輩。 確か土日だと終電50分なんですよ。 大丈夫だとは思いますけど、ちょっと急いだ方が」 | ||
914 | 春希 | Haruki | 「ああ…そうだな」 | ||
915 | 0時を過ぎてもちっとも眠らない街を、 杉浦が軽い足取りでとっとと駅に向かって歩いていく。 | ||||
916 | 朝から働きづめで、さらに駅まで走ったりして、 しかも御宿に来てからも歩きづめだってのに、 本当に体力の有り余っ…元気な後輩だ。 | ||||
917 | 小春 | Koharu | 「何のんびり歩いてるんですか! 急げと行ったそばからそれですか。 ちゃんと歩調合わせてください!」 | ||
918 | 春希 | Haruki | 「も、申し訳ありませんっ!」 | ||
919 | 本当に元気で… そして、細かい後輩だ。 | ||||
920 | ……… | .........
| |||
921 | …… | ......
| |||
922 | … | ...
| |||
923 | 春希 | Haruki | 「………っ」 | ||
924 | 小春 | Koharu | 「あ…」 | ||
925 | そして… | ||||
926 | そんな俺の、諦め半分の適当な判断が、 正解を導き出してしまう皮肉。 | ||||
927 | 春希 | Haruki | 「雪菜…」 | ||
928 | 改札の目の前で、 彼女はぼうっと天井を見上げて突っ立っていた… | ||||
929 | 春希 | Haruki | 「もう、帰った方がいい。 …今日は本当に済まなかった」 | ||
930 | 時計はそろそろ0時30分近く。 | ||||
931 | いくらなんでも、付属の学生を連れ回していい時間は、 とっくの昔に超えている。 | ||||
932 | 小春 | Koharu | 「…先輩は?」 | ||
933 | 春希 | Haruki | 「俺は…もう少しだけ捜して、それから帰る」 | ||
934 | ついでに言えば… しつけの厳しい小木曽家の長女が出歩いていい時間も、 とっくの昔に超えている。 | ||||
935 | 春希 | Haruki | 「家まで送れなくなっちゃって悪い。 そうだ、駅からタクシー拾ってくれないか? これ、タクシー代…」 | ||
936 | 小春 | Koharu | 「そんなのいりません。 …あ、でも、タクシーは使いますよ? 別に意地張って歩いて帰ったりしません」 | ||
937 | 春希 | Haruki | 「そか…そうだよな」 | ||
938 | 小春 | Koharu | 「…それより先輩の方です。 今日、土曜だからもうすぐ終電ですよ? 帰れなくなっちゃいますよ?」 | ||
939 | 春希 | Haruki | 「大丈夫だよ。 そうなったらここからタクシー拾うし、 いざとなったらネットカフェもあるし」 | ||
940 | 小春 | Koharu | 「もう心配いらないって言ったのは先輩ですよ?」 | ||
941 | 春希 | Haruki | 「心配はいらないけど、 見つけたら文句の一つでも言ってやらないと、って、 そう思ってるから」 | ||
942 | 小春 | Koharu | 「………」 | "........."
| |
943 | 春希 | Haruki | 「俺よりも、孝宏君や両親に心配かけて。 それに、俺の友達や、杉浦にも迷惑かけて。 …代わりに叱っておくから、許してやってな?」 | ||
944 | 小春 | Koharu | 「本当に、そんなことのためですか? それだけで終電逃しちゃうんですか?」 | ||
945 | 春希 | Haruki | 「別に大丈夫だよ… 明日は日曜日だし」 | ||
946 | 小春 | Koharu | 「…会いたいんですか? 今すぐに、彼女に」 | ||
947 | 春希 | Haruki | 「………別に」 | ||
948 | 『お前だって雪菜ちゃんの笑う顔見たいんだろ?』 | ||||
949 | 小春 | Koharu | 「…またいつもの先輩に戻りましたね」 | ||
950 | 春希 | Haruki | 「なんだよ、それ…」 | ||
951 | どいつもこいつも… 何でそう、俺のこと、わかってるみたいに…っ。 | ||||
952 | 小春 | Koharu | 「…うん、今日はやめておきます」 | ||
953 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
954 | なんて… | ||||
955 | 自分でも『あ、駄目だ』ってわかってしまい、 必死でブレーキを踏もうとして、 何の手応えも感じず、焦りかけた瞬間… | ||||
956 | 小春 | Koharu | 「せっかく仲直りしかけてたのに、 つまんないことで壊しちゃうのは勿体ないです」 | ||
957 | 彼女の方から、絶妙に距離を取ってくれた。 | ||||
958 | 俺のその、抑えきれない危険な兆候を、 とうとう見切れるようになったらしかった。 | ||||
959 | 春希 | Haruki | 「いつもそう思ってくれればありがたいんだけどな」 | ||
960 | 小春 | Koharu | 「それは先輩の心がけ次第じゃないでしょうか?」 | ||
961 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
962 | なのに、そんな彼女の進歩に合わせられず、 まるでちょっと前の杉浦みたいな憎まれ口しか叩けない俺。 | ||||
963 | 小春 | Koharu | 「それじゃ、失礼します」 | ||
964 | 春希 | Haruki | 「…おやすみ」 | ||
965 | 杉浦の背中を呆然と見送りながら、 この数時間の、俺たちの関係の激変を思い返す。 | ||||
966 | いつもみたいに反目し合ってて、 ほんの一瞬、俺が主導権を握ったと思ったら、 今度は一瞬で、年齢と精神年齢が逆になってる… | ||||
967 | 雪菜のことを知られ、 かずさのことも少しだけ知られ、 彼女にとうとう『踏み込む余地』を与えてしまったから? | ||||
968 | いや、多分それだけじゃなくて、 人と人との関係を作ることに関して、 彼女の成長に、俺が追い抜かれてしまったのかも。 | ||||
969 | だって…三年前から何の成長もしてないからな、俺。 | ||||
970 | 春希 | Haruki | 「さて、と」 | ||
971 | でも、そんな後悔みたいな感情に、 心を預けてる場合じゃない。 | ||||
972 | 雪菜を捜さないと。 | ||||
973 | 知り合いの女の子と偶然合流したからって、 家に連絡も入れずに飲み歩いてる女の子を、 見つけないと。 | ||||
974 | 叱るか、謝るか、それとも… | ||||
975 | どう扱うかなんて、全然決められそうもないけど。 | ||||
976 | それでも今は会わなくちゃならないような気がする。 …もちろん、何の根拠もない希望的観測に過ぎないけれど。 | ||||
977 | ……… | .........
| |||
978 | …… | ......
| |||
979 | … | ...
| |||
980 | 春希 | Haruki | 「…どうしたんだ杉浦? もしかして終電、行っちゃったか?」 | ||
981 | 小春 | Koharu | 「あ、先輩… いいえ、終電にはまだ10分もあるんですけど…」 | ||
982 | 春希 | Haruki | 「お金が足りないとか? 今どこだ? 東口?」 | ||
983 | 小春 | Koharu | 「はい! 東口です! 今すぐ来てください!」 | ||
984 | 春希 | Haruki | 「そんな慌てなくても、 ここからなら、歩いて5分もかからずに…」 | ||
985 | 小春 | Koharu | 「小木曽のお姉さん見つけました! 今改札のところにいるんですよ!」 | ||
986 | 春希 | Haruki | 「………え」 | ||
987 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「鷲王行き最終電車、間もなく発車いたします。 お乗り遅れのないようお願いいたします」 | ||
988 | ……… | .........
| |||
989 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
990 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
991 | 雪菜 | Setsuna | 「終電、行っちゃったね」 | ||
992 | 春希 | Haruki | 「ああ…」 | ||
993 | 駅の切符売り場で雪菜を見つけたのは、 終電が発車する5分以上も前だった。 | ||||
994 | それから改札を抜けて、ホームまでゆっくり歩いても、 十分間に合ったはずの時間だった。 | ||||
995 | けれど雪菜はその場を動こうとはせず、 俺も、そんな雪菜を急かすことができなかった。 | ||||
996 | 雪菜 | Setsuna | 「どしよっか? どっか泊まる? 一緒に」 | ||
997 | 春希 | Haruki | 「一休みしたら帰るんだよ、タクシーで。 家族が待ってるだろ」 | ||
998 | 雪菜 | Setsuna | 「ふぅ…」 | ||
999 | それなのに、『座れる場所を探そうか』って言ったら、 こうしてあっさりついてきた。 | ||||
1000 | 要するに、雪菜の足が動かなかった理由は、 ただ、酒のせいだけじゃなかったってこと。 | ||||
1001 | 春希 | Haruki | 「孝宏君から電話あったんだよ。 今日、遅くなるって言ってなかったんだって? 家に」 | ||
1002 | 雪菜 | Setsuna | 「そっか…それで春希くん」 | ||
1003 | この、人だらけの街での、俺との偶然の出会いを、 雪菜は、それほど運命的に受け取っていなかった。 | ||||
1004 | だから種明かしされた今も、 『やっぱり』って表情で、 つまらなさそうに、地面に目を落とした。 | ||||
1005 | 雪菜 | Setsuna | 「あ~あ、うるさいなぁ。 お父さんもお母さんも、いい加減にして欲しいよ」 | ||
1006 | 心にもないこと言うな! | ||||
1007 | 春希 | Haruki | 「そんなことないって…いい人たちじゃん」 | ||
1008 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1009 | 春希 | Haruki | 「電話、繋がらなかったって。 だから皆、心配して…」 | ||
1010 | 雪菜 | Setsuna | 「あ~、電池切れちゃってたみたい。 もう、わたしってドジだよね」 | ||
1011 | それでも連絡取る方法なんかいくらでもあるだろ。 友達の携帯借りるとか、充電器買うとか。 | ||||
1012 | そういうことに頭回らない雪菜じゃないはずだろ? | ||||
1013 | 春希 | Haruki | 「なら…仕方ないか。 色々と巡り合わせが悪かったな」 | ||
1014 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1015 | 春希 | Haruki | 「どうだった? パーティ」 | ||
1016 | 雪菜 | Setsuna | 「とっても楽しかったよっ!」 | ||
1017 | 春希 | Haruki | 「そっか…」 | ||
1018 | 雪菜 | Setsuna | 「誰も彼も、すっごいお金持ちで、 お父さんが院長先生だとか、外車何台持ってるとか… 岡山の旧家の御曹司もかくやって感じ?」 | ||
1019 | 春希 | Haruki | 「そりゃ、そうだろ。 ウチの、しかも医学部だもんなぁ」 | ||
1020 | 雪菜 | Setsuna | 「みんな、とっても優しかったよ。 今度初滑りに行こうって話で盛り上がっちゃって!」 | ||
1021 | そんなの常套手段に決まってるだろ。 そんな奴らに、その笑顔、見せちまったのかよ? | ||||
1022 | 春希 | Haruki | 「そっか…よかったな。 雪菜、雪が好きだもんな」 | ||
1023 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1024 | 春希 | Haruki | 「パーティの後、友達と会ったんだって?」 | ||
1025 | 雪菜 | Setsuna | 「…よく知ってるね?」 | ||
1026 | 春希 | Haruki | 「…知り合いに医学部の奴がいて。 そいつもパーティ出てたから」 | ||
1027 | 雪菜 | Setsuna | 「知り合いって? 青山さん? 伊藤さん? 岸山さん? 日比野さん?」 | ||
1028 | 春希 | Haruki | 「い、いや、それは…」 | ||
1029 | 雪菜 | Setsuna | 「…ま、いいや。 彼女…長瀬さんとはね、パーティで仲良くなったの。 実は初対面だったんだ」 | ||
1030 | 春希 | Haruki | 「初対面…?」 | ||
1031 | 雪菜 | Setsuna | 「すごく明け透けで、 ちょっといい加減なところがあって、 でも頼りがいがあって」 | ||
1032 | 春希 | Haruki | 「…話だけ聞いてると、 なんだか女っぽくない人だな」 | ||
1033 | 雪菜 | Setsuna | 「でも、かなりの美人だったよ? それに、とってもいい人。 時間を忘れて話し込んじゃった」 | ||
1034 | 春希 | Haruki | 「そうなんだ…」 | ||
1035 | 雪菜 | Setsuna | 「本当に、今日は最高の日、だったなぁ… 楽しくて、嬉しいこといっぱいあって。 毎日がこんなだったらいいのに」 | ||
1036 | 何が最高の日だよ… 俺は最低の日だったよ。 | ||||
1037 | その程度の気まぐれで、 俺にこんな苦しい思いをさせやがって。 いい加減にしろ! | ||||
1038 | 春希 | Haruki | 「酔い、覚めた? そろそろ、帰ろうか」 | ||
1039 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1040 | 春希 | Haruki | 「あのさ…雪菜の家の人たちには、 今日は一日中、俺と一緒にいたって説明してあるから」 | ||
1041 | 雪菜 | Setsuna | 「一日中…春希くんと?」 | ||
1042 | 春希 | Haruki | 「今から言うこと、ちゃんと覚えて。 俺たちは今日、昼から電車で遠出して、 箱根の高原美術館へ行ったんだ」 | ||
1043 | 雪菜 | Setsuna | 「美術館…」 | ||
1044 | 春希 | Haruki | 「で、美術館に閉館までいて、近くのレストランで 食事して、いざ帰りの電車に乗ろうとしたら、 そこで休日ダイヤだって気づいた」 | ||
1045 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1046 | 春希 | Haruki | 「電車はまだ動いてたんだけど、本数は少ないわ、 接続は悪いわで、10時に帰るはずが大遅刻。 結局、最後の乗り継ぎで終電を逃した…そんな感じ」 | ||
1047 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしの言い訳まで準備万端なんだ… さすが春希くんだね」 | ||
1048 | 春希 | Haruki | 「覚えた? じゃあおさらいだ。 俺たちが今日出かけたのは、どこ?」 | ||
1049 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1050 | 春希 | Haruki | 「雪菜?」 | ||
1051 | 雪菜 | Setsuna | 「…忘れた」 | ||
1052 | 春希 | Haruki | 「じゃあ、もう一度最初からな。 俺たちは、箱根の…」 | ||
1053 | 雪菜 | Setsuna | 「嫌だ…」 | ||
1054 | 春希 | Haruki | 「嫌って…何が?」 | ||
1055 | 雪菜 | Setsuna | 「わたし、嘘なんかつけない。 春希くんみたいに、平気でそんな嘘、つけないよ」 | ||
1056 | 春希 | Haruki | 「それは…勝手に作っちゃった俺が悪かった。 でも、お父さんたちを安心させるためだったから…」 | ||
1057 | 雪菜 | Setsuna | 「嫌… そんな楽しくて嬉しい嘘、つけない…っ」 | ||
1058 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
1059 | 雪菜 | Setsuna | 「絶対に顔に出ちゃうよ。 そんな嘘をついてる自分がみじめで、悔しくて… 涙が止まらなくなっちゃうよ」 | ||
1060 | 春希 | Haruki | 「何言ってんだよ… 楽しかったんだろ? 今日」 | ||
1061 | 雪菜 | Setsuna | 「っ…」 | ||
1062 | こんな俺が一瞬で創作した適当なデートなんかより、 よっぽど楽しい時間を過ごしてきたんだろ? | ||||
1063 | だったらこの程度の嘘もつけないって、なんなんだよ。 | ||||
1064 | 春希 | Haruki | 「さ、帰ろう、雪菜。 寒いだろ?」 | ||
1065 | 雪菜 | Setsuna | 「…一人で帰ったら?」 | ||
1066 | 春希 | Haruki | 「そんなことできないって。 やっと見つけたのに、置いて帰るなんて、 俺にできるわけないだろ」 | ||
1067 | 雪菜 | Setsuna | 「いいよ、わたしなんかほっといてよ。 …ずっと、そうしてきたじゃない」 | ||
1068 | 春希 | Haruki | 「雪菜…っ」 | ||
1069 | 今だ… | ||||
1070 | 怒るんだ、キレるんだ。 …そして、説教を始めるんだ。 | ||||
1071 | 雪菜のしたこと、駄目だって。軽はずみだって。 | ||||
1072 | 今の態度だって、最悪だって。 | ||||
1073 | いつまでも拗ねてるんじゃないって。 いい加減にしろって。 | ||||
1074 | 春希 | Haruki | 「っ…ぅ」 | ||
1075 | 頑張れよ、俺… | ||||
1076 | 今だけは、自分のこと棚に上げろよ。 今だけは、そうすることが正解なんだから。 | ||||
1077 | 今だけは… 素直になって、雪菜を怒るべきなんだ。 俺がどれだけ心配したか、どれだけ辛かったか。 | ||||
1078 | 雪菜だって、俺を挑発してたじゃないか。 俺に『怒れ』って、遠回しに求めてるじゃないか。 | ||||
1079 | 言うぞ、言うんだ… だって俺、雪菜の… | ||||
1080 | 春希&雪菜 | Haruki & Setsuna | 「雪菜…いい加減に…」 「やっぱり怒ってくれないんだ…」 | ||
1081 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
1082 | 雪菜 | Setsuna | 「こんなに拗ねても、 こんなに春希くんを困らせても…」 | ||
1083 | それは、ほんの一瞬… | ||||
1084 | 雪菜 | Setsuna | 「叱っても、説教もしてくれないんだ… 昔みたいに、してくれないんだぁ…っ」 | ||
1085 | 春希 | Haruki | 「あ…っ」 | ||
1086 | 本当に、タッチの差としか言いようのない、 俺と雪菜とのすれ違い。 | ||||
1087 | 雪菜 | Setsuna | 「怒鳴ってくれたら嬉しかったのに。 ぶってくれたって、もっと嬉しかったのに…っ」 | ||
1088 | 俺が、あと一瞬早くキれてたら… 雪菜が諦めるのが、あと一瞬遅かったなら… | ||||
1089 | でも、もう全てが遅すぎた。 たった一秒が、致命的に遅すぎた。 | ||||
1090 | 雪菜 | Setsuna | 「どうして伝わらないんだろう… どうして、空回りしちゃうんだろう…」 | ||
1091 | 春希 | Haruki | 「雪菜…」 | ||
1092 | 雪菜がどんなに嘆いても… | ||||
1093 | 一度すれ違ってしまったものは、 もう二度とは合わせられない。 | ||||
1094 | だって俺は、挫けてしまった。 そして雪菜は、壊れてしまった。 | ||||
1095 | 雪菜 | Setsuna | 「水曜だって、そうだったんだよ…」 | ||
1096 | 春希 | Haruki | 「水曜…」 | ||
1097 | 俺の携帯に、雪菜の着信記録が刻まれた日。 | ||||
1098 | 今日の俺たちのすれ違いの、 些細じゃないきっかけ。 | ||||
1099 | 雪菜 | Setsuna | 「先週、春希くんが連絡をくれたから… だから今週だって、同じ曜日の、同じ時間なら、 もしかして、もしかしてって…」 | ||
1100 | 俺が『もしかかってきたら』なんて思いを馳せていたとき、 雪菜は、もっと深い[R懊悩^おうのう]に囚われてた。 | ||||
1101 | 雪菜 | Setsuna | 「だから勇気を出してかけてみようって… そんなことを決心するのに、まる一日」 | ||
1102 | …そんなの、当たり前。 だって俺は受けることしか考えてなかった。 けれど雪菜は、俺がそういう態度を取るって知ってた。 | ||||
1103 | 雪菜 | Setsuna | 「本当は、すごく声が聞きたいんだけど、 でも、電話だと時間が遅すぎるかなって… メールとどっちにしようかって、決めるのに三時間」 | ||
1104 | だから、自分で動くしか… 勇気を振り絞るか否か、しか選択肢がなかった。 | ||||
1105 | 雪菜 | Setsuna | 「一時間前になって、 何を話せばいいのか決めてないことに気づいて、 キーワードをノートに書き殴って、頭抱えて…」 | ||
1106 | そんな苦悩を、呆れることなんかできない。 『馬鹿だな』って、言ってやれない。 | ||||
1107 | 雪菜 | Setsuna | 「やっぱりやめようってそう決心して、 お風呂入ろうとしたら、洗面所の鏡に ボロボロ泣いてるわたしが映っちゃってて…っ」 | ||
1108 | 本当は、ものすごく馬鹿なのに。 | ||||
1109 | 雪菜 | Setsuna | 「やっぱり駄目だって。 一度声を聞いてしまったせいで、 もう一度声が聞けないと我慢できないって」 | ||
1110 | 雪菜 | Setsuna | 「やっぱり駄目だって。 一度優しい言葉をもらってしまったら、 今度は声が聞きたくて我慢できないって」 | ||
1111 | こんな酷くて最低な俺に未だにこだわるなんて、 愚の骨頂以外の何物でもあるはずがないのに。 | ||||
1112 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、やっぱり会いたいって」 | ||
1113 | そんな馬鹿な思考が… | ||||
1114 | 雪菜 | Setsuna | 「どんどんどんどん、 自分の中の欲望が抑えきれなくなってって…っ」 | ||
1115 | 雪菜の温かくて愚かな気持ちが、心を抉る。 | ||||
1116 | 雪菜 | Setsuna | 「う…ぅぅ…ぅぁ…っ、 ぃっ…ぃぅ…ぅ…っ」 | ||
1117 | 春希 | Haruki | 「………っ」 | ||
1118 | そして俺は、いつもこうだ。 | ||||
1119 | 一歩踏み出して抱きしめることも、 踵を返して逃げ出すこともできない、 最低な傍観者。 | ||||
1120 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、春希くん…」 | ||
1121 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
1122 | 雪菜 | Setsuna | 「好きな人、できたのかな? 少しは、ふっきれたのかな?」 | ||
1123 | 春希 | Haruki | 「あ…あれは…っ」 | ||
1124 | 雪菜が、なけなしの勇気を振り絞って、 通話ボタンを押した水曜の深夜。 | ||||
1125 | そこから流れ出てきた声は、 俺のものじゃなかった。 | ||||
1126 | 雪菜 | Setsuna | 「もしそうなら、今度紹介してね。 大丈夫、わたし変なこと言わないから。 …あなたを苦しめるような態度、取らないから」 | ||
1127 | あいつは違う。 そんなのとは全然違うから。 | ||||
1128 | 単なる同じゼミの友達で、 あの日はレポート作成に集中してて、 気がついたら今みたいに終電逃してて。 | ||||
1129 | 彼女はベッドに、俺は風呂場に。 信じてくれないかもしれないけど、本当になにもなくて。 | ||||
1130 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くん…」 | ||
1131 | 春希 | Haruki | 「ん…?」 | ||
1132 | 雪菜 | Setsuna | 「早く、ふってよ」 | ||
1133 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
1134 | けど… そんな言い訳には、何の意味もない。 | ||||
1135 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしを、楽にしてよ」 | ||
1136 | 何の意味もないどころか、 中途半端に雪菜を縛りつけてしまう、 最悪の生殺しの呪文。 | ||||
1137 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしを、自由に…」 | ||
1138 | それなら… | ||||
1139 | 雪菜 | Setsuna | 「………っ」 | ||
1140 | 誤解だろうがなんだろうが、 それで雪菜が解放されるなら、俺は… | ||||
1141 | 雪菜 | Setsuna | 「嫌ぁっ! 今のなし! 絶対になしだから!」 | ||
1142 | 春希 | Haruki | 「雪菜…」 | ||
1143 | なんて、俺の半歩だけの後退なんか、 やっぱり雪菜は我慢しきってしまう。 | ||||
1144 | 雪菜 | Setsuna | 「何も聞こえなかったよね? わたし、なんにも言ってないよね!?」 | ||
1145 | 俺たちは、こんなふうにずっと三年間過ごしてきた。 | ||||
1146 | 雪菜 | Setsuna | 「全部忘れて… ここでわたしが言ったことは、みんな嘘だから。 お願いだから、何も聞かなかったことにしてくださいっ」 | ||
1147 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1148 | 自分から別れを告げることも、 自分から、まだ好きだって言うこともできない俺と。 | ||||
1149 | そんな俺にずっと引きずられたまま、 新しい一歩を踏み出せないままの雪菜。 | ||||
1150 | 雪菜 | Setsuna | 「迷惑かけてごめんね。 …帰るよ、もう」 | ||
1151 | どうして、こうなっちまうんだよ… | ||||
1152 | 俺たち、お互い近づこうとしたはずなのに。 | ||||
1153 | 近づいたはずなのに… | ||||
1154 | なのに、どうして、こうなっちまうんだよ… |
Script Chart
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Introductory Chapter | ||||||
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1001 | 1008 | 1009 | 1010 | 1011 | 1012 | 1013 |
1002 | 1008_020 | 1009_020 | 1010_020 | 1011_020 | 1012_020 | |
1003 | 1008_030 | 1009_030 | 1010_030 | 1011_030 | 1012_030 | |
1004 | 1008_040 | 1010_040 | 1012_030_2 | |||
1005 | 1008_050 | 1010_050 | ||||
1006 | 1010_060 | |||||
1006_2 | 1010_070 | |||||
1007 |
Closing Chapter | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | ||||||
2001 | 2011 | 2020 | 2027 | 2301 | 2309 | 2316 | 2401 | 2408 | 2501 | 2510 |
2002 | 2012 | 2021 | 2028 | 2302 | 2310 | 2317 | 2402 | 2409 | 2502 | 2511 |
2003 | 2013 | 2022 | 2029 | 2303 | 2311 | 2318 | 2403 | 2410 | 2503 | 2512 |
2004 | 2014 | 2023 | 2030 | 2304 | 2312 | 2319 | 2404 | 2411 | 2504 | 2513 |
2005 | 2015 | 2024 | 2031 | 2305 | 2313 | 2320 | 2405 | 2412 | 2505 | 2514 |
2006 | 2016 | 2025 | 2032 | 2306 | 2314 | 2321 | 2406 | 2413 | 2506 | 2515 |
2007 | 2017 | 2026 | 2033 | 2307 | 2315 | 2322 | 2407 | 2507 | 2516 | |
2008 | 2018 | 2308 | 2508 | 2517 | ||||||
2009 | 2019 | 2509 | ||||||||
2010 | ||||||||||
Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | |||||||
2031_2 | 2312_2 | 2401_2 | 2504_2 | 2511_2 | ||||||
2031_3 | 2313_2 | 2402_2 | 2507_2 | 2513_2 | ||||||
2031_4 | 2313_3 | 2402_3 |
Coda | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Kazusa (True) | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | ||||||
3001 | 3008 | 3014_2 | 3020 | 3101 | 3107 | 3201 | 3207 | 3901 | 3907 |
3002 | 3009 | 3014_3 | 3021 | 3102 | 3108 | 3202 | 3208 | 3902 | 3908 |
3003 | 3010 | 3015 | 3022 | 3103 | 3109 | 3203 | 3209 | 3903 | 3909 |
3004 | 3011 | 3016 | 3023 | 3104 | 3110 | 3204 | 3210 | 3904 | |
3005 | 3012 | 3017 | 3024 | 3105 | 3111 | 3205 | 3211 | 3905 | |
3006 | 3013 | 3018 | 3106 | 3206 | 3906 | ||||
3007 | 3014 | 3019 | |||||||
Common | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | |||||||
3001_2 | 3210_2 | 3901_2 | 3906_2 | ||||||
3015_2 | 3902_2 | 3907_2 | |||||||
3902_3 | 3907_3 | ||||||||
3904_2 |
Mini After Story and Extra Episode | |||
---|---|---|---|
The Path Back to Happiness | The Path Forward to Happiness | Dear Mortal Enemy | |
6001 | 6101 | 4000 | 4005 |
6002 | 6102 | 4001 | 4006 |
6003 | 6103 | 4002 | 4007 |
6004 | 6104 | 4003 | 4008 |
6005 | 4004 | 4009 |
Novels | |||||
---|---|---|---|---|---|
The Snow Melts, And Until The Snow Falls | The Idol Who Forgot How to Sing | Twinkle Snow ~Reverie~ | After the Festival ~Setsuna's Thirty Minutes~ | His God, Her Savior | |
5000 | 5100 | 5200 | 5205 | 5300 | 5400 |
5001 | 5101 | 5201 | 5206 | 5301 | 5401 |
5002 | 5102 | 5202 | 5207 | 5302 | |
5003 | 5103 | 5203 | 5208 | 5303 | |
5004 | 5104 | 5204 | 5209 |
Short Stories | |||
---|---|---|---|
Princess Setsuna's Distress and Her Minister's Sinister Plan | Koharu Climate After the Passing of the Typhoon | This isn't the Season for White Album | Todokanai Koi, Todoita |
7000 | 7100 | 7200 | 7300 |