White Album 2/Script/3906

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1	浜田	Hamada	「インフルエンザ…だってぇ？」
2	春希	Haruki	「はい… 昨日連絡した後、すぐ病院に行って検査したら…」
3	浜田	Hamada	「なんだよそれぇ… ってことは、最低でも一週間は来れないって… いや、来たらいけないってことじゃないか」
4	春希	Haruki	「本当にすいません… アンサンブルの方、ちょうど実作業が始まるって頃に」
5	浜田	Hamada	「あ～、いや、病気ならしょうがないだろ。 お前の場合、仮病の訳がないし。 …これ松岡が言ったら信じないけどな」
6	春希	Haruki	「………っ」
7			浜田さんの意図しない針は、 容赦なく俺の心臓を何度も突き刺した。
8			けど、今回ばかりは誰を恨むこともできない。 …というか、どう考えても最低なのは俺一人。
9	浜田	Hamada	「そっかぁ…まぁ両方の編集長には俺から言っとくわ。 ちょっと体制がどうなるかはまだわからないけど、 とりあえず何か決まったらこっちから連絡するわ」
10	春希	Haruki	「申し訳ありません… こっちで出来る仕事なら今まで通り請けられますから、 引き続き指示の方を…」
11	浜田	Hamada	「あ～、それじゃ遠慮なく…と言いたいところだけど、 さすがにインフル患者に無理はさせられん。 完治するまで養生しとけ」
12	春希	Haruki	「い、いえ…そんなに体調が悪い訳じゃ… 症状そのものは軽くて」
13	浜田	Hamada	「あ、それと、冬馬かずさの取材も当分は控えろよ？ 今の彼女にうつしたらそれこそシャレにならんからな」
14	春希	Haruki	「………はい」
15	浜田	Hamada	「この病気に関しては、 お前が無理したら周りの人に迷惑かかるからな。 いつもみたいな行動は絶対に厳禁だぞ？」
16	春希	Haruki	「………っ、 わかり、ました」
17	浜田	Hamada	「とりあえず、フォローできるところは今からやるから。 それじゃ、お大事に」
18	春希	Haruki	「浜田さん…本当に、本当に…ごめんなさい」
19	浜田	Hamada	「気にするな。じゃあな」
20	春希	Haruki	「………すいませんっ」
21			携帯が切れた後も俺は、 周囲の人に見られたら指差して笑われるくらい、 ここにはいない相手に深々と頭を下げた。
22			昨日、生まれて初めてしでかしてしまったことの さらに七倍も酷い、社会人失格な行為。
23			ズル休み…しかも一週間まとめて。
24			それも、診断書の提出を求められれば 一発で発覚するような、 そんな穴だらけの杜撰な方法で。
25			だからって、なんて説明すればいいんだよ…
26			『毎日毎日、駅へは向かうんですけど、 いつもそこで気分が悪くなって電車に乗れません』
27			中学生の登校拒否じゃないんだぞ… どうなってんだよ、俺。
28	春希	Haruki	「っ…」
29			鏡に映った自分のあまりに情けない表情に、 更に情けなく顔を歪める。
30			駅のトイレで吐いて、ベンチで３０分休んで、 それでも吐き気と頭痛と目眩は引いてくれず。
31			どう考えても、業務に支障が出るくらいの体調不良は、 けれど部屋に戻ると同時に、嘘のように治まった。
32			いや、正確には…
33	かずさ	Kazusa	「春希…大丈夫か？」
34	春希	Haruki	「なんだよ、すぐに飯の用意するって言ったろ？ そんなに腹減ったか？」
35	かずさ	Kazusa	「いや、あたしのことより… お前、本当に今日も休むのか…？」
36	春希	Haruki	「言っただろ？　今は冬馬かずさ番だって。 出勤する必要ないんだよ」
37	かずさ	Kazusa	「けど…お前、さっき」
38	春希	Haruki	「先月からずっとそうしてたじゃないか。 なんで今さら気にするんだ？」
39	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
40			その声を聞いた瞬間。その顔を見た瞬間。
41			目の前にあるその柔らかな体を抱きしめて、 唇を押しつけた瞬間。
42			一時間前の『行ってきます』と同じことをした瞬間に、 俺の症状は、嘘のようにすっきりと治まった。
43	春希	Haruki	「すぐ作るから… もう少しだけ大人しく待っててくれ、な？」
44	かずさ	Kazusa	「………うん」
45			つまり、今の俺にとって“薬”の持続時間は、 もう、一時間にも満たなくなってしまったってこと。
46			かずさのいない世界が。 上司と同僚と友人と、そして大切な人のいる世界が。 俺の元いた世界が…
47			人にとっての海の底のように、 俺にとっての未踏の地になってしまったってこと。
48			………	.........
49	春希	Haruki	「本当にお前…自分でブラッシングしたことないのか？」
50	かずさ	Kazusa	「スタイリストとかマネージャーとか母さんとか… その時その時に気づいた人が適当にやってるだけだ」
51	春希	Haruki	「粗末に扱うなよ…こんな宝物」
52	かずさ	Kazusa	「粗末にしたくないからこそ、 自分で手入れしないんじゃないか」
53	春希	Haruki	「納得したけど、したくない…」
54			かずさの長く艶やかな髪が、 俺のかけるブラシを滑らかにすり抜けていく。
55			一房手に取るだけで陽の光を複雑に反射して、 手のひらをさらさらと水のように流れていく、 まるで癖がないという癖の強い芸術品。
56			天才ピアニスト冬馬曜子の最高傑作は何かと聞かれたら、 俺なら、この髪とその持ち主だと断言するくらい…
57	春希	Haruki	「あ、枝毛めっけ」
58	かずさ	Kazusa	「お前のせいで痛めたんだろうな。 髪にも何度もかけられたから、精液」
59	春希	Haruki	「………もう少し言い方に気をつけろ」
60	かずさ	Kazusa	「事実なんだからしょ～がない。 髪洗う時、結構ゴワゴワになってるんだぞ？」
61	春希	Haruki	「………すみません」
62			…なんて神々しい感想を台無しにしてしまう 身も蓋もない会話を繰り広げつつ、 退屈そうに指先に髪を巻いて遊ぶかずさ。
63	かずさ	Kazusa	「別にいいよ、髪なんか。 女の命とか言ってるけど 切ったところでぶっちゃけ死なないし」
64	春希	Haruki	「あ～、日本語の正しい使い方を 一から再教育してやりたい～」
65	かずさ	Kazusa	「お前のためなら売ってしまってもいいぞ？」
66	春希	Haruki	「…そしたら俺は、 お前のために懐中時計を売るのか？」
67	かずさ	Kazusa	「バ～カ」
68	春希	Haruki	「馬鹿という奴が愚か者～！」
69	かずさ	Kazusa	「ひゃっ、あは、あははっ、 こ、こらぁ…くすぐったいってぇ」
70			どっちが『ああ言えばこう言う』なのかって論争は この際置いといて…
71			俺は、かずさにじゃれつくように、 そのピアノ線みたいに透き通った髪に顔を埋める。
72	春希	Haruki	「すぅぅ～はぁぁ～、 くっそ～、いい匂いしやがる。 おまけにサラサラだし」
73	かずさ	Kazusa	「お前が買ってきたシャンプーの香りなんだから、 お前好みに決まってるだろ」
74	春希	Haruki	「あ～もう、 ずっとこうしてたい」
75	かずさ	Kazusa	「…そんなの、お前の勝手にすればいい。 あたしは嫌だなんて一言も言ってない」
76			そんな狼藉を働く俺を、 かずさはただ、くすぐったそうに身をよじるだけで、 全面的に受け入れる。
77	春希	Haruki	「かずさ…」
78	かずさ	Kazusa	「ん…」
79			そして俺は… 漂う清々しい香りに吸い寄せられるように。 顔に触れる繊細な柔らかさに包まれるように。
80			抱きしめる腕に、徐々に力を込めて。 かずさの頬に触れた唇を、徐々に顔の中心に寄せて…
81	春希	Haruki	「………」	"........."
82	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
83			そして、寸前で無粋な呼び出し音に止められてしまう。
84	春希	Haruki	「はぁ…」
85	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
86			かずさが、ドレッサーの上の携帯を取り上げ、 画面を見てほんの少し顔をしかめる。
87			とはいえ、今、この国で、 かずさに電話で連絡をしてくる人なんて、 片手で数えるほどしかいないはずで…
88	春希	Haruki	「曜子さん？」
89	かずさ	Kazusa	「…の、マネージャー」
90	春希	Haruki	「あぁ…」
91			だからまぁ、その時の電話の内容も、 ほぼ予想通りで。
92	かずさ	Kazusa	「昨日、スタジオに顔出さなかったし」
93	春希	Haruki	「そう、だったな」
94			昨日は、朝から晩まで俺とベッドの中にいたから。
95			激しく喘いだり、くすくす笑ったり、 ゆっくりまどろんだり、唇や肌を吸ったりしてたから。
96	かずさ	Kazusa	「もう、１０時だし」
97	春希	Haruki	「うん…」
98			ピアニストは、一日練習をサボったら、 取り戻すのに数日はかかるって言うし。
99	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
100	春希	Haruki	「………」	"........."
101			そんな状態が何日も積み重なったら、 もう追加公演まで二週間を切った今、 コンディションを完全に持っていくのは至難の業で…
102	かずさ	Kazusa	「………っ」
103			だから今…
104			かずさの取った行動は、 普通に考えたら、ありえない暴挙に違いなく。
105	春希	Haruki	「いいのか…？」
106			今までの俺なら『駄目だろ』だった。
107	かずさ	Kazusa	「…なんでそんなこと聞くんだ」
108			けれどかずさは、 俺の、かつてないくらいかずさ寄りの問いかけにも、 ほんの少し傷ついた。
109	かずさ	Kazusa	「今、お前がすぐ側にいるのに。 手を伸ばせば届くところにいるのに…」
110	春希	Haruki	「かずさ…」
111	かずさ	Kazusa	「なのに、出て行けって… 随分と冷たいこと、言うんだな」
112	春希	Haruki	「出てけなんて言ってない… 大体、ここお前の部屋だ」
113	かずさ	Kazusa	「屁理屈言うなこの馬鹿… お前、あたしに側にいて欲しくないのかよ…」
114	春希	Haruki	「いて欲しくなかったら、 こんなふうに、手を伸ばして掴んだりしてない」
115	かずさ	Kazusa	「………春希」
116			そして俺は、かずさのそんな小さな理不尽に、 胸を掻きむしられる。
117			ずっと抱きしめていた両腕には、 とっくにかずさの細い身体を折るほどの力がこもってる。
118	春希	Haruki	「行くな、かずさ… 俺の側から離れるな」
119	かずさ	Kazusa	「この意気地なし… どうして最初からそう言わないんだ。 なんでいつもいつも、あたしに決めさせるんだよ」
120	春希	Haruki	「もう離さない…」
121	かずさ	Kazusa	「三手遅い」
122	春希	Haruki	「絶対離さない」
123	かずさ	Kazusa	「二手」
124	春希	Haruki	「二度と離さない」
125	かずさ	Kazusa	「…あと、一手」
126	春希	Haruki	「ずっと、離さない… 今日も、明日も、明後日も…ずっとだ」
127	かずさ	Kazusa	「………ん」
128			そこまで言うと、やっとかずさは肩の力を抜き、 全てを預けるように俺の胸にもたれかかった。
129			その表情は、少しだけ自虐気味に笑ってた。
130	かずさ	Kazusa	「せっかく、[R梳^と]かしてもらったのにな」
131	春希	Haruki	「また何度でもしてやるから。 …いつでも、いつまででも」
132	かずさ	Kazusa	「………うん」
133			二人とも、わかってたから。
134			せっかく整えた髪を、今からまた滅茶苦茶に乱すって。 汚してしまうって…
135			………	.........
136			その後、俺もかずさの前で、 同じように携帯の電源を落としてみせた。
137			…雪菜からメールが二件入ってたけど、 開くことすらしなかった。
138			……	......
139			…	...
140	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
141	春希	Haruki	「何、見てる？」
142	かずさ	Kazusa	「月…」
143	春希	Haruki	「ああ…」
144			今日も、朝から晩までずっとベッドの中だった。
145			夕食は、ファミレスのデリバリで。 きちんと服を着たのは、受け取りのときだけ。
146			もしかしたら、かずさにとっては 今までも慣れ親しんだ生活かもしれなかったけど、 俺にとっては考えられないくらい怠惰な日々だった。
147	かずさ	Kazusa	「雪、見てないな… [R日本^こっち]来てから、一度も」
148	春希	Haruki	「そうだっけ？」
149	かずさ	Kazusa	「みぞれはあったけど…」
150			朝も昼も夜も、時を忘れて絡みあい、 あまりの激しさに、気を失ったように眠り、 そしてまた、目覚めたらすぐに絡みあう。
151			そんな、世界にとってまったくの無駄で、 俺たちにとってかけがえのない時間が過ぎ、 今は、今日も日付が変わる頃。
152	春希	Haruki	「そういえば… 今年は暖冬なのかな？」
153	かずさ	Kazusa	「その割に寒いけどな…」
154			散々深く絡みあったにも関わらず、 かずさはまた、その温かい身体をぎゅっと押しつけた。
155			もちろん俺が、 その強さ以上の力で抱き返したのは言うまでもなく。
156	春希	Haruki	「見たいのか、雪？」
157	かずさ	Kazusa	「あたしは…どうだろうな」
158	春希	Haruki	「そういえば… ストラスブールは、降ってたな」
159	かずさ	Kazusa	「ああ… めちゃくちゃ冷たかった…」
160	春希	Haruki	「当たり前だ… お前、靴履いてなかったじゃないか」
161	かずさ	Kazusa	「あの時はさ………いいや、もう。 今さら言ったってしょうがないことだ」
162	春希	Haruki	「………」	"........."
163			あの、ストラスブールの夜も、 五年前の思い出の日々も。
164			かずさと俺が一緒に雪を見た時には、 必ずもう一人、同じ雪を見たひとがいた。
165	春希	Haruki	「東京で見れないならさ… 見に行こうか、雪…」
166	かずさ	Kazusa	「え…？」
167			俺たち三人の中で、一番雪が好きだった…
168			そして一度は、 俺たち三人の中で一番雪のことが嫌いになった、 名前に、その字がつく彼女。
169	春希	Haruki	「降ってるところ… どっか北のほう、行ってみないか？」
170	かずさ	Kazusa	「旅行…？」
171			けれど今は、その名前を必死で頭から追い出す。
172			俺の体に、俺の心に、 また、あの反応が起こるのが怖いから。
173	春希	Haruki	「ああ、旅行。 しないか？　二人で」
174	かずさ	Kazusa	「春希と、二人で旅行…？」
175	春希	Haruki	「一面の雪、見に行かないか？ 日本の雪、久しぶりだろ？」
176			『雪が見たい』って、 何年前に、誰が言った台詞だっただろうか…
177	かずさ	Kazusa	「一面の雪か…いいなぁ」
178			俺とかずさは、もしかしてあの時初めて、 空から舞い落ちる雪が好きになったんじゃないだろうか。
179			そして、同じくらい辛くなったんじゃないだろうか。
180	春希	Haruki	「明日、旅行代理店覗いてみないか？ どこか雪の綺麗な場所を探しにさ」
181	かずさ	Kazusa	「行くなら、急がないとな。 もう、今週くらいしか…」
182	春希	Haruki	「別に慌てなくても大丈夫。 三月いっぱいまでなら、雪が積もってるところなんか、 日本にはいくらでもある」
183	かずさ	Kazusa	「三月…？」
184	春希	Haruki	「雪だけじゃないぞ。 春には花見、夏には海水浴、秋には紅葉狩り… 何しろ日本には、どこにも真似できない四季がある」
185	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
186			さっきまで遠くを見るような笑みをこぼしてたかずさが、 段々、寂しげに視線を落としていく。
187			俺の言葉が熱に浮かされれば浮かされるほど、 かずさの表情が、どんどん光を失っていく。
188	春希	Haruki	「お前は、この国のことを嫌いだって言ったけどさ…」
189			けれど俺は、徐々に広がる温度差を感じていながらも、 そこで言葉を切る器用さを持ち合わせていなかった。
190	春希	Haruki	「でも本当の日本はさ… お前が知ってるよりももっと美しくて、 絶対にお前が好きになれる国なんだから」
191	かずさ	Kazusa	「春希…もうやめ…」
192	春希	Haruki	「だから………ずっといないか？ また、この国で暮らさないか？」
193	かずさ	Kazusa	「っ…」
194			それは、何の未来も考えない、 その先に何があるのか考えない、 ただ、思いつきだけの言葉だったけど。
195			それでもその瞬間、口にした想いに嘘はなく、 それが実現された時の自分の喜びにも、 疑いを持ってはいなかった。
196	春希	Haruki	「考えて…みないか？ そしたら俺…」
197	かずさ	Kazusa	「やめろって、言ったのに… どうして、お前は…っ」
198	春希	Haruki	「コンサートが終わった後もさ、 こっちを活動拠点にしたらいいだろ… 大丈夫、お前、日本じゃ引く手あまたなんだから」
199	かずさ	Kazusa	「いい加減に…しろよ。 夢みたいなこと…言うな」
200	春希	Haruki	「チケット、瞬殺したんだぞ？ たった一回や二回のコンサートじゃ、 ちっとも需要と供給のバランス取れてないんだぞ？」
201	かずさ	Kazusa	「そんなの、ただの流行だ。 一年もすれば、すっかり忘れられる」
202	春希	Haruki	「ピアノなら、どこでだって続けられるだろ？ 今のかずさなら、不可能じゃないだろ？」
203	かずさ	Kazusa	「春希…」
204	春希	Haruki	「だから日本に…戻って来いよ。 なぁ、かずさ… これからもお前、俺の側に…っ」
205	かずさ	Kazusa	「春希…っ！」
206	春希	Haruki	「あ…」
207	かずさ	Kazusa	「悪いけど… 考えたこともないよ、そんな未来」
208	春希	Haruki	「～っ！」
209			けれど、その時得られるはずの喜びは、 自分だけが感じられる、自分だけの心の動き。
210	かずさ	Kazusa	「それ言ったらおしまいだろ？ 今までのルール、全部なかったことになるんだぞ？」
211	春希	Haruki	「け、けど、けどさ…」
212			ありていに言えば、自己満足という、 身も蓋もない一言で片づけられてしまうレベルの戯言。
213	かずさ	Kazusa	「そんなのは… お前が日本を捨てるって未来を 考えたこともないのと同じだ」
214	春希	Haruki	「ぇ…？」
215			もしそれが実現されてしまったら、 どんな結末が待っているのかというイメージも…
216	かずさ	Kazusa	「考えたこと、ないだろ？」
217	春希	Haruki	「俺、が…」
218			それを受け止める覚悟すらない、 まるで、五年前の俺みたいなガキの理屈。
219	かずさ	Kazusa	「…あたしが考えてくれって言ったら、 本気で考えるのか？」
220	春希	Haruki	「日本、を…？」
221	かずさ	Kazusa	「無理だろ…？ それと、同じことなんだよ」
222	春希	Haruki	「………」	"........."
223			そんな拙い理屈だから、 今まで言い合いで負けたことのないかずさにも、 こんなにあっさりと論破されてしまう。
224			あり得ない前提に、 あり得ない前提をぶつけられ、 ぐうの音も出ないほどに、叩き潰されて…
225	春希	Haruki	「ごめん…」
226	かずさ	Kazusa	「っ…」
227	春希	Haruki	「俺、馬鹿なこと…」
228	かずさ	Kazusa	「やめろ！ もう何も言うな」
229	春希	Haruki	「かずさ…？」
230	かずさ	Kazusa	「あたし今、すごい見当外れなこと言った。 だから忘れてくれ」
231	春希	Haruki	「見当はずれって…」
232	かずさ	Kazusa	「とにかく忘れろ！ …それが、お互いのためだ」
233	春希	Haruki	「………」	"........."
234			なのに… せっかく、叩き潰されそうになったのに…
235			かずさは最後の最後で、 厳しかったはずの追及の手を緩めてしまった。
236			あり得ない、馬鹿馬鹿しくて話にならないはずの前提に、 ほんの少しだけ、含みを持たせてしまった。
237	かずさ	Kazusa	「あたし…寝る。 今日はもう、しない」
238	春希	Haruki	「………」	"........."
239	かずさ	Kazusa	「おやすみ」
240			俺が、日本を捨てる？
241			何もかも…捨てる？ たった一つ、大切なものを手に入れるために？
242	春希	Haruki	「………おやすみ」
243			それは本当に、選択可能な道なんだろうか？
244			世界でたった一人くらいは、 自己満足を感じられる未来なんだろうか？
245			………	.........
246	曜子	Youko	「………」	"........."
247	美代子	Miyoko	「………」	"........."
248	曜子	Youko	「さてと、そろそろお昼だし、 わたし、戻るわね」
249	美代子	Miyoko	「申し訳ありません社長… わたしの落ち度です」
250	曜子	Youko	「美代ちゃんが謝ることなんか全然ないわよ。 全てはあの馬鹿娘の自己責任なんだから」
251	美代子	Miyoko	「でも、練習に来なくなるどころか、 連絡も取れなくなるなんて… 私が滞在場所さえ押さえていれば」
252	曜子	Youko	[F16「…あ～、そういえば教えてなかったっけ～」]
253	美代子	Miyoko	「え？」
254	曜子	Youko	「今はそっとしときましょ。 きっとあの子にも色々あるのよ。 …週刊誌によればかなりの暴君らしいから」
255	美代子	Miyoko	「でも、次のコンサートまで もう１０日を切ってしまったんですよ？」
256	曜子	Youko	「調整なんて３日あればなんとかなるでしょ」
257	美代子	Miyoko	「そんなの社長だけです。 前回も一部のマスコミに練習不足って言われたのに…」
258	曜子	Youko	「たった一度や二度の失敗、 長い人生の中では大したことじゃないわよ」
259	美代子	Miyoko	「でも…」
260	曜子	Youko	「知ってる？　わたしね、昔、 男追いかけてコンサートすっぽかしたことあるのよ？ それもＭ響との初コラボで」
261	美代子	Miyoko	「…存じてます。 その時の記事、スクラップしてありますから。 休暇を反対されたときに突きつけようと思って」
262	曜子	Youko	「…あなたも結構いい根性してるわね」
263	美代子	Miyoko	「でも、その後２年くらい干されてたじゃないですか。 ヨーロッパで認められるまで、 日本じゃそっぽ向かれて…」
264	曜子	Youko	「それでもこうして、今もご飯を食べられてる。 美代ちゃんのお給料だって。 だから、その程度のことよ」
265	美代子	Miyoko	「社長と同じスケールで考えないで下さい。 彼女はまだ…」
266	曜子	Youko	「かずさがピアノを続ける限りは大丈夫。 何しろ、あの子にはわたしを凌ぐ才能があるんだから」
267	美代子	Miyoko	「…信じていいんですね？」
268	曜子	Youko	「あ、でもピアノを続けるかどうかは知らないわよ？ あの子の場合、少なくともそれより大事なものを 持ってるからね」
269	美代子	Miyoko	「だからぁ、そうやって不安を煽らないで下さいよ～」
270	かずさ	Kazusa	「…お前これ全然使ってないだろ。 チューニングがメチャメチャだ」
271	春希	Haruki	「大学卒業して以来、 弾いたのなんて二、三回くらいじゃないかな」
272	かずさ	Kazusa	「ったく… 楽器を可愛がれない奴は、 楽器にも愛されないんだぞ？」
273	春希	Haruki	「…俺は元々音楽の神様に愛されてないんだよ」
274			ギターを弄りながら悪態をつくかずさを横目に、 俺はアフタヌーンティーの準備をする、 そんな、平日の昼下がり。
275			…今日で会社をサボって何日目だっけ？ そろそろ曜日の感覚もなくなってきた気がする。
276	かずさ	Kazusa	「よし…こんなところかな？ 何かリクエストあるか？」
277	春希	Haruki	「そうだな…俺でも知ってる曲」
278	かずさ	Kazusa	「わかった…なら」
279	春希	Haruki	「…相変わらずの腕しやがって」
280			ラフ過ぎる服装とはしたない格好で、 けれど俺よりよほど上手くギターを爪弾くかずさは、 もう何年も住んでるみたいに俺の部屋に馴染んでた。
281	かずさ	Kazusa	「前は反復練習が大事だって思ってたけど、 才能だけでも何とかなるもんだなぁ」
282	春希	Haruki	「これだから天才は…」
283			ほんの数日前までは、 この部屋で、かずさがこうして のんびり過ごす事はなかった。
284			ほんの壁一枚、数メートル移動しただけで、 やたらと居心地が悪そうにした挙句、 用事が済んだらすぐに自分の部屋に戻ってた。
285	春希	Haruki	「砂糖、何杯いる？」
286	かずさ	Kazusa	「４…いや５杯で」
287	春希	Haruki	「…そろそろ控えろよ。 糖尿になってからじゃ遅いぞ？」
288			そして俺も、そのかずさの遠慮を 当然のこととして受け取っていた。
289			だって、この部屋は 『雪菜と俺が二人で過ごす部屋』だって… そんな共通認識があったから。
290	かずさ	Kazusa	「一曲弾き終わるだけで すぐに甘い物が足りなくなるんだ。 それだけ重労働だってことだよ」
291	春希	Haruki	「お前の場合は生まれつきだ。 冬馬一族って絶対カブトムシから進化してるだろ」
292			けれどいつの間にか俺たちの間で、 その厳格だったはずのルールは崩れていった。
293	かずさ	Kazusa	「あ～、あと一杯… いや、半分でいいから…」
294	春希	Haruki	「ちゃんと山盛り４杯入れただろ。 後は飲んでみて足りなかったらにしろ」
295			俺は、この部屋で堂々とかずさを求めるようになり、 かずさもこの部屋で普通に食事や入浴を ともにするようになった。
296			今は、かずさの部屋と俺の部屋… 壁一枚隔てた二重生活を満喫してる。
297	かずさ	Kazusa	「（ずず）…熱っ！ ほら見ろ、やっぱり全然足りないじゃないか」
298	春希	Haruki	「砂糖を熱冷ましに使う奴があるか。 ふ～ふ～でもしてろ」
299	かずさ	Kazusa	「じゃあ、責任とってお前がやれ。 ふぅふぅ」
300	春希	Haruki	「…っとに、お前は。 ふ～、ふぅぅぅぅ～！」
301			かずさが、こんな甘えまくったワガママを連発するのも、 きっとそれらに全部応えてしまう俺が悪いんであって…
302	かずさ	Kazusa	「（ずず）…ん、だいぶマシになった。 お返しに、お前のふぅふぅしてやろうか？」
303	春希	Haruki	「いるか。 俺は熱いのがいいんだよ」
304			でももう、誰にも遠慮はいらない。
305			だって、誰も俺たちを邪魔することはできないから。 …固定電話の電話線まで抜いてしまったから。
306	かずさ	Kazusa	「な、春希」
307	春希	Haruki	「何だよ？」
308	かずさ	Kazusa	「久しぶりに弾いてみろよ、お前も」
309	春希	Haruki	「いいよ、めんどくさい」
310			かずさが、膝の上に抱えていたギターを 俺の方に掲げてみせる。
311			俺は、言葉通りめんどくさそうに受け取ると、 そのまま膝の上でそれを持て余す。
312	かずさ	Kazusa	「いいじゃないか。 別に下手でも笑わないよ」
313	春希	Haruki	「お前の場合、笑わない代わりに 思いっきり『下手くそ』って罵るじゃないか」
314	かずさ	Kazusa	「別に罵ってない。 ただ、嘘がつけないだけだ」
315	春希	Haruki	「忌憚ない意見ってのはなぁ、 どの場合でも正義って訳じゃないんだぞ？」
316			五年前、確かにこいつは俺の演奏を聴いても、 にこりとも、くすりとも、げらげらとも笑わなかった。
317			ただ冷静に、俺の演奏の問題点を… －最初から最後まで全般的に穴だらけだったけど－ ひとつひとつ、丁寧に指摘した。
318			俺の心を折るのに十分なくらいの量と説得力をもって。
319	かずさ	Kazusa	「頼むよ… 久々に聴いてみたいんだ、お前のギター」
320	春希	Haruki	「…かずさ」
321			けれどその後、その問題点に対しての解決策を、 ゆっくり、俺にもわかるように丁寧に解説し。
322			そして最後に、俺の大袈裟な感謝の言葉に、 ほんの少しだけ、照れたような表情を浮かべてた。
323	春希	Haruki	「…少しだけだぞ？」
324	かずさ	Kazusa	「ありがと、春希」
325	春希	Haruki	「ったく…」
326			と、俺がギターを腕に抱えると、 かずさは俺の前に膝を突き出して、最前列に陣取る。
327			…何がそんなに楽しいのやら。 想像通りの、全然成長の後が見られない 下手くそな演奏に決まってるのに。
328	春希	Haruki	「それじゃ…何がいい？」
329	かずさ	Kazusa	「ん、別に何でも。 春希の弾きやすい曲でいいよ」
330	春希	Haruki	「ええと…なら」
331			そんな熱狂的な聴衆に背中を押されるようにして、 俺は頭の中に浮かび上がるメロディーを待つ。
332			俺が、練習してなくてもとりあえず体裁を保てる曲。 それは…
333	雪菜	Setsuna	『わたしに聴かせるためだけに、 春希くん、一生懸命練習してるんだよね？』
334	春希	Haruki	『俺の下手くそなギターに、 勝手に乗っかって歌い出す雪菜が』
335	春希	Haruki	『好きなんだ… 世界で一番』
336	春希	Haruki	『音を忘れたら、俺のギターの音を聴いて。 歌詞を忘れたら…その時は笑顔で誤魔化して』
337	雪菜	Setsuna	『忘れるわけないよ… だってこれ、わたしたちだけの歌なんだから』
338	雪菜	Setsuna	『コンサートが終わったら… わたしを、無理やり奪ってください』
339	春希	Haruki	「………っ」
340	かずさ	Kazusa	「…どした？」
341	春希	Haruki	「…ごめん。 やっぱ駄目だ。 弾き方忘れてる」
342			弦に触れた指が、動かない。
343			回らないとかそういうレベルじゃなくて、 本当に、まったく動いてくれない。
344	かずさ	Kazusa	「別に一曲通しで弾いてくれなんて… サビの部分だけでもさ」
345	春希	Haruki	「駄目なんだ………ごめん」
346	かずさ	Kazusa	「春希…」
347			今、一番思い出したらいけない記憶が、 一瞬で頭の中を激しく駆け巡ったせいで。
348	春希	Haruki	「あれから…まるで弾いてなかったんだ。 お前に教えてもらったことも、全部忘れてしまった」
349			記憶の中に残ってる、二年前の… 俺の告白が、雪菜の返事が…
350			その一つ一つのどれもが、 今の俺の全てを否定する。
351	春希	Haruki	「もともと才能がなかったのに、 努力もしなかったから」
352			頬に浮かぶのは失笑。 心に浮かぶのは嘲笑。
353			今抱いてる気持ちが偽物でないことが。 二年前のその記憶もまやかしでないことが。
354			…そのどちらも真実であることこそが、 俺が薄っぺらい最低の人間だと、証明してる。
355	春希	Haruki	「だからお前には… お前にだけは、聴かせられない。 …悪い」
356	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
357			だから、弾けない。 かずさが作った曲なのに…
358			だってあの曲はもう… 雪菜の、ものだから。
359			………	.........
360			『大丈夫？』
361			『何度もメールしてごめんなさい』
362			『週末、あんな調子だったし、 最近連絡が取れないから、 春希くんの今の様子が気になってます』
363			『月曜には平気だって言ってたけど、 もしかしたらその後、また体調を崩した？』
364			『連絡が取れないほどのことがあったの？ それとも、もしかして連絡を取りたくないのかな？』
365			『もしそうだとしても… あなたがそういう気持ちになったんだとしても、 わたしには何もわからないから気になってしまいます』
366			『なので、例えどんなことでもいいから、 このメールを見ることができたら連絡ください』
367			『ワンコールで切ってくれてもいいです。 今、話したくないと思ってるなら、何も言わなくていい』
368			『ただ、大丈夫なら、大丈夫だって連絡が欲しい。 …大丈夫じゃないなら、やっぱり連絡が欲しい』
369			『連絡だけでいいです。 それ以外は、何も言わなくていいです』
370			『待ってます。 雪菜』
371	雪菜	Setsuna	「………」	"........."
372			………	.........
373	かずさ	Kazusa	「…っ、…ぁ、…ぁぁぁ…っ」
374			……	......
375	春希	Haruki	「はぁ、ぁ、ぁぁ…ぅ」
376			…	...
377	かずさ	Kazusa	「あああぁぁぁぁっ、あっ、あ～っ！ はぁ、はぁ…はぁぁんっ、ん、んぅっ」
378	春希	Haruki	「あ、あああぁぁ…っ、はぁぁ、う、く」
379			気づいたら、いつの間にか部屋は真っ暗になってた。
380			何度も狂ったように交わっているうちに、 俺たちは、時間の感覚を失っているらしかった。
381	かずさ	Kazusa	「あぁぁぁぁっ、お、おく…やぁ、あ、当たっ…ぁぁっ、 はぁぁ、あ、あぁぁ…春希、あたし、あたしぃ…っ」
382	春希	Haruki	「かずさ…あ、あぁ…かずさ、かずさ…」
383			でも、そんな些細なことなんか、どうでもいい。 今の俺たちには、意味のないことだから。
384			そう、意味がない。 食事も、睡眠も、世の中の流れも。 他人と話すことも、触れあうことも、認められることも。
385			空だって、雪が降ってなければ興味がない。 俺たちの望むこと以外は、何も必要ない。
386	かずさ	Kazusa	「ああっ、ああっ、ぅぁぁぁっ… あ、あ～っ！　いあぁぁっ、いい、い…よぉ…っ」
387	春希	Haruki	「もっと大きな声…出して。 気持ちよさ、全部口に出して…ぅ、ぁぁ…っ」
388			かずさと裸の心が通じ合えば。 かずさの身体を思うまま抱きしめられれば。 …かずささえ、世界にいれば。
389			それだけで、俺は、もう何もいらない。 もう何も………怖くない。
390	かずさ	Kazusa	「春希が、なかで暴れて…っ、 あたしの奥に、あたって…あぁ、気持ち…ぃぃぃ…っ、 あ、あ～っ、ぁ…すごく、固いよ、春希ぃ」
391	春希	Haruki	「かずさも…なか、熱…気持ちい…っ、 く、あ、あぁ…っ」
392			かずさのコンサートのことも、 自分の仕事のことも、 そして…[R彼女^せつな]のことも。
393			一人でいれば、不安で立ち止まってしまう。 恐怖で動けなくなってしまう。 絶望で…心も体も壊れてしまう。
394			けれど、そんな不安も恐怖も絶望も、 かずさと二人なら、何も感じずに済む。
395	かずさ	Kazusa	「う、うあぁ、ああっ、あ、あたしっ、 ま、また…きて…うぁぁぁぁっ、あ～っ！」
396	春希	Haruki	「お、俺、も… うぁぁ、ぁぁ、ぁ…っ」
397			考える必要なんかなかった。 ものすごく簡単なことだった。 一緒にいれば、それで良かったんだ。
398			かずさを抱きしめて、激しく抱きしめている時だけ、 俺は、平穏な…いつもの俺でいられるんだから。
399			いつもの、何も考えない、何も心配しない… 欲望に流され、肉欲に爛れるだけの、 かずさしか見えない、本当の俺に。
400	かずさ	Kazusa	「春希、出して、もっと…沢山… 何度も、何度も…また、おくまで、深くまで…っ、 たくさん…春希を注いで…やぁぁぁぁ…あ～っ」
401	春希	Haruki	「う、ん、んっ… い、行く、ぞ…」
402			何が悪い？ どこに問題がある？
403			それで俺は、心の底から幸せなんだから。
404			それにかずさだって、かずさだって…きっと…
405	かずさ	Kazusa	「はぁぁぁぁっ、あっ、あっ、あ～っ！ あぁっ、あぁっ、あぁぁぁぁ…は、春希…い、いく…ぅ」
406	春希	Haruki	「か、かず…」
407	かずさ	Kazusa	「～～～っ！？」
408	春希	Haruki	「っっっ！」
409			ずっと激しい鼓動を刻んでいた心臓が、 ひときわ大きく跳ね上がる。
410			けれど、そんな鼓動の動きとは裏腹に、 俺たちの終焉に向けた激しい行為は、 一瞬で絶対零度まで落とされたかのように凍結した。
411	かずさ	Kazusa	「ん…んぅ…んっ」
412	春希	Haruki	「っ…ぅ、ぁ…」
413			かずさのなかが、びくびくと収縮してる。 本人の意志とは関係なく、俺を導こうと蠢いてる。
414			必死で漏れ出そうな声を、手で口を覆って押さえ込み、 全身を思い切り緊張させ、俺を締めつける。
415	かずさ	Kazusa	「んぅぅ…は、はぁ…ぁぁ…っ」
416	春希	Haruki	「か、かず、さ…」
417			そんな硬直がかえって俺をいたたまれなくさせるなんて、 きっと全然気づかないまま。
418	かずさ	Kazusa	「ど、どうし…よ？ 春希」
419	春希	Haruki	「………」	"........."
420			そんな台詞は、チャイムが鳴ってからの数秒間の間に、 もう三桁は繰り返してた。
421			いつの間にか、外は闇。
422			こんな夜遅く、俺の部屋に訪ねてくる人は、 新聞勧誘か、国営放送か、あるいは知り合いか。
423			…なんて、そんな分析なんて、 俺とかずさにとって何の意味もないなんてわかってる。
424			ただ、一番高い可能性に…
425			今まで、ほぼ毎週俺の部屋を訪れていた、 彼女である可能性に、全身が震える。
426			今は何時だっけ？ 今日、何曜日だったっけ？
427			少しでもその確率を減らそうと、 さっきまで忘れていた現実を頭の中に戻そうとしても、 一度働かなくなった頭は、そう簡単に反応しない。
428	かずさ	Kazusa	「春希…ごめ…っ」
429	春希	Haruki	「かずさ…」
430			ただ、目の前の…
431			今まで蕩けるような表情で俺にしがみついていたかずさの、 後悔と涙と唾液にまみれた、その殊勝で淫猥な表情が…
432			働かない理性を無視して、 本能に、ダイレクトに訴えかけてきて…
433	かずさ	Kazusa	「あ、あたし…なんて…っ！？ ふぅぅぅむっ？　ん～っ！？」
434			その数瞬後に激しく歪む。
435			…こんな状況下で、 俺に、突き上げられて。
436	かずさ	Kazusa	「～～～っ、ん、んぅ、ん～っ、 は、春希…？　ふぁぁぁっ？　あ、やめ…だ、だめ…」
437	春希	Haruki	「駄目じゃ…ない。 俺、かずさのなか…今すぐ出したい」
438			そんなかずさの表情に我慢できず…
439			致命的かもしれないこの状況で、 俺は、ただひたすらかずさの胎内を目指す。
440			もしかしたら破滅かもしれないその内奥を。
441	かずさ	Kazusa	「そ…んなっ？ ふぁぁぁぁっ、お、お前…あ、やだ… あ、たし、声が………ふぁぁぁぁんっ！？」
442	春希	Haruki	「な、なら…俺が塞いでるから」
443	かずさ	Kazusa	「は、春希… お前…？」
444	春希	Haruki	「だから俺から離れるな、かずさ…」
445	かずさ	Kazusa	「あ…」
446	春希	Haruki	「何があっても…もう… 俺たち、ずっと…」
447	かずさ	Kazusa	「は、春希………んんっ！？ んっ、んっ…んぅぅ…ぁ、ぁぁ…んむ」
448			宣言通り、かずさの唇を強く塞ぐ。
449			深くまで舌を差し入れて、 喉も鳴らないくらい押さえ込み、 二人の声を一度に消し去った。
450	かずさ	Kazusa	「んっ、んぅ、ん～っ、 んぷ…むぁ、あ、あむ…んぅぅ…む、ぅんっ」
451	春希	Haruki	「んぅぅ…ん、んぅぅ…ぷ、ぷぁっ、はぁ、ぁ… あ、んんっ、んっ、ん～っ」
452			だから後は、そこに残った音たちが、 外にまで漏れでないことだけを祈る。
453			唾液の絡む音、唇の吸われる音、肌のこすれる音、 そしてベッドの軋む音。
454			そんな、俺たちの愛しあう音を、 もしかしたら雪菜かもしれない訪問者が、 耳にしてしまわないようにって、そんな最低の祈りを。
455	かずさ	Kazusa	「んぅぅぅぅ～っ、ん、んぅ… は、はぅ、き…は、あむ…ん、んぷ…くぷぁぁぁ…っ」
456			かずさの舌の動きが、ふたたび激しく律動を始めた。
457	武也	Takeya	「おい、いい加減にしろよ。 この様子じゃ留守だって」
458	朋	Tomo	「…何か、声が聞こえたような気がしたんだけど」
459	武也	Takeya	「気のせいだよ。 電気だって点いてないし。 きっと出張か何かだよ」
460	朋	Tomo	「でも、今までの北原さんなら そのことを前もって教えてくれた。 少なくとも連絡取れないなんてことはなかった」
461	武也	Takeya	「それは…」
462	朋	Tomo	「雪菜を… あんなに心配させることなんて、しなかった」
463	武也	Takeya	「何か…事情があるんだろ」
464	朋	Tomo	「事情って何？ 電話一本掛けてこないどころか、 繋がりもしないんだよ？」
465	武也	Takeya	「もしかしたら緊急入院とか… いや、そんな最悪の事態は想像したくないけど」
466	朋	Tomo	「そんなの全然最悪じゃない。 本当の最悪ってのは…」
467	武也	Takeya	「お前…何言ってんだよ？」
468	朋	Tomo	「………ごめん。 ちょっと言い過ぎた。 飯塚さん、雪菜より北原さんの方が大事だもんね」
469	武也	Takeya	「…さっきから何突っかかってんだよ？ やっぱ変だぞ、今日のお前。 突然人呼び出したかと思えば、こんなところ押しかけて」
470	朋	Tomo	「だって…」
471	武也	Takeya	「しかも詳しいことは話してくれないし。 …もしかして春希の行き先に心当たりあるのか？」
472	朋	Tomo	「…ないよ、そんなの。 わたしはなにも知らない。 ただ、雪菜のこと、見てられなかっただけ…」
473	武也	Takeya	「とにかく、いないんじゃ話にならないだろ。 そろそろ行こうぜ」
474	朋	Tomo	「あ、その前にもう一度だけ…」
475	武也	Takeya	「…何やってんだ？ そこ、隣の部屋だろ」
476	かずさ	Kazusa	「ふぅぅぅぅんっ、んっ、んぅっ、ぷぁっ、 はぁ、あ、あぷぁ…あ、んむ…ちゅぷ…ぁ、ぁ」
477	春希	Haruki	「ん、んむぅ…は、あ、あむ… か、かずさ…はぁ、あ、んむぅ…ちゅ、ぷ…」
478			何度も鳴っていたチャイムがようやく止んだ。 …去っていく足音とともに。
479			ほんの少し聞こえてきた声は、 男とも、女とも取れた…というか、 男と女の両方っぽかった。
480			[R一番高い可能性^せつな]じゃ…なかったんだろうか。
481	かずさ	Kazusa	「んぅぅぅっ、む、んぷぅぅ…あ、むぅ…ん～っ、 ふぅんっ、んっ、んっ、んっ…あむぁぁ…あ、んく」
482	春希	Haruki	「はぁ、はぁ、はぁ…あ、む、んぷ…」
483			何はともあれ、危機は去っていった。
484			俺たちを“邪魔”するものは、いなくなった。
485			俺たちの“愛しあう音”を 聞きとがめる者はいなくなった。
486	かずさ	Kazusa	「はぁぁ、んぷ…くちゅ…んぷ、は、あ、ぁ… ちゅぅぅぅ…ん、ん～っ、はぁ、あ、ん、はぁ、んむ」
487			だから本当は、もう唇を離していい。 声を、上げてもいい。
488	春希	Haruki	「んむっ、ん、ん、ぅぅ… んく、こく…ん、んんっ」
489			なのに俺たちは、そんなことお構いなしに、 変わらず唇を塞ぎあい、舌を絡めあい、 長く、深く、そして情熱的な口づけを続ける。
490			最初の目的を忘れ、 想いを相手に与え、唾液を相手から奪い取る。
491	かずさ	Kazusa	「んっ、んぷっ、あ、あむ…ちゅぷ…ぷぁぁっ、あ… はぁぁぁんっ、んっ、んむぅぅ…ん、む～っ！」
492			かずさの舌が、俺の口中で蠢く。
493			舌に、上顎に、下顎に、頬の裏。 さらには喉の奥まで目指して、 唾液を絡めた舌をどこまでも差し込む。
494	春希	Haruki	「んぷぅぅっ、ん、ん～っ、 あ、あぁぁ…あむぁ、ん、んぅぅ…ん～っ！」
495			俺もその舌を、 舌や前歯や奥歯や唇で受け止め、 喉の奥に、唾液とともに嚥下しようとする。
496			喉の奥…かずさの舌がぬるりと入り込み、 俺の征服欲をあり得ないほどに掻き立てて、 そして、一度退いたはずの波が押し寄せる。
497	春希	Haruki	「んぅっ、んんっ、んっ…あぁぁぁっ、 ああっ、ああっ、ああぁ…っ、ん、く…はぁぁぁっ」
498			かずさも、俺の下半身の膨張を敏感に感じ取り、 全身に力を入れ、ぎゅっと締めつける。
499			腕は背中に巻きつき、脚は腰を挟み込み、 胸は胸に押しつけられ、そして結合部の締めつけは…
500	かずさ	Kazusa	「ん～っ、んんんんん～っ！ んんっ、んんっ、んんっ…ぷあぁぁぁっ、あっ、あ… ん、む、む…ちゅぷ、ぁ…ああぁぁぁ…ん～っ」
501			今、俺たちは、世界で一番繋がってる。 もう、引き剥がせないほど、混ざりあっている。
502			だから、流し込む。
503			俺の中から、かずさのなかに、 出すんじゃなくて、入れる…
504	春希	Haruki	「んぅぅぅぅっ、ん、ん～っ！」
505	かずさ	Kazusa	「ん、ん、ん～っ！？ んんんんんんんんっ、ぷぁっ、あ～っ！ ああああぁぁぁぁ…あ、むぅぅぅぅ、ん、んぅぅぅぅっ」
506			入っていく…
507			俺の、生命の源が、 ポンプで押し出されたように大量に発射され、 かずさの中心を目指して、なかに潜り込む。
508	かずさ	Kazusa	「ぷぁぁっ、あっ、あっ、あぁぁぁ…っ、 や、はぁぁっ、あ、ん、ちゅぅぅぅ…んぷぁ、は、ぁぁ…」
509			互いの唇を、息継ぎのために一瞬だけ離し、 大きく息を吸い込むとすぐにまた重ね合わせる。
510	春希	Haruki	「はぁぁっ、あっ、んむっ、む…すぅぅ…は、ぁぁ…」
511			そのまま、唾液と息を相手の口の中に吐き出し、 唾液と息を、相手の口から受け取る。
512	かずさ	Kazusa	「はぁぁぁぁ～、あ、んむ…ちゅぷ…は、あむ… はぁぁ、あ、あっ…あっ……あぁぁぁっ」
513			ずっと止まらない、俺の射精。
514			そして、その射精と同期して、 かずさの下腹部がびくびくと痙攣するのが、 ずっと俺の腹に伝わってる。
515	かずさ	Kazusa	「あぁぁっ、あぁっ、あっ… あ、んむ…あぷ…ん、ちゅ、んぷ…はぁぁ、んっ」
516			俺の精液を胎内に受け止めて、絶頂に届いてる。
517			俺と同じくらいの快感を、 心も身体も受け止めている。
518	かずさ	Kazusa	「はぁ、あぁぁ…あ、春希…ぁぁぁ…ぁぁ…っ」
519	春希	Haruki	「ん…かずさ…んぅ…ちゅ、ぷぅ、あ、あむ…」
520	かずさ	Kazusa	「んっ、んっ…んぷ…ぷぁぁ…は、ぁぁ…ぃぅっ、 あ、あ、あ…あ、んっ…んく…んぅぅぅ…あぁぁ…ん」
521			お互い、口を口で塞いだまま繋がり、 口を口で塞いだまま達し。
522			そして、口を口で塞いだまま、 事後の余韻を、全身に行き渡らせる。
523			深く、深く繋がったまま。 …裏切り者同士の強い連帯感に後押しされて。
524			………	.........
525	春希	Haruki	「………はぁ」
526			夜の帳が下りて、街が静けさに覆われる… と言うには、ここは少しだけ都会過ぎていた。
527			それよりも何よりも、エアコンの室外機が結構うるさい。
528	春希	Haruki	「はぁぁ…」
529			口の前で両手を重ね、その中に息を吹き込むと、 手の中から白い息が漏れ出て、 ゆっくりと闇に溶け込んでいく。
530			東京は、今日も雲ひとつなかった。
531	かずさ	Kazusa	「…寒いだろ、こんなとこで」
532	春希	Haruki	「平気だよ」
533			部屋にいない俺を求めてきたのか、 かずさまでもがベランダへと出てくる。
534	春希	Haruki	「…というか、お前の方があり得ない。 湯冷めするだろ壮絶に」
535			いつもの、暖房前提の超薄着に、 風呂から上がったばかりであることを示す濡れ髪という、 一目見ただけで凍えそうな格好をしていた。
536	かずさ	Kazusa	「大丈夫。冷めたら人肌で温めるから」
537	春希	Haruki	「冷めてからじゃ遅いだろ… こっち来い、馬鹿」
538	かずさ	Kazusa	「ん…」
539			かずさは、最初からそのつもりだったみたいに、 俺の広げた手に素直に包まれる。
540			瞬間、湯上りの肌から漂う湯気と石鹸の香りが、 俺の五感をくすぐる。
541			何度触れても、どれだけ重なっても、 飽きることのない光景と匂いと息遣いと感触、 そして、甘さだった。
542	かずさ	Kazusa	「今日も、いい天気だったな」
543	春希	Haruki	「引きこもりの俺たちには意味がないけどな」
544			昨日と同じように、二人して月を見上げる。
545			俺たちの望む雪は今日も見られなかったけれど、 でも、俺たちの望む日を過ごすことはできたと思う。
546	かずさ	Kazusa	「さっきは危なかったな… 電気、つけてなくて良かったな」
547	春希	Haruki	「…まぁ、な」
548			ほんの少しのいたたまれなさを除いては。
549	かずさ	Kazusa	「あたし、やっぱりこっちに泊まらない方がいいかな？」
550	春希	Haruki	「…なんでそんなこと言うんだよ」
551	かずさ	Kazusa	「だって、いつの間にか図々しく上がりこんでたけど、 本当は、この部屋はあたしの場所じゃなくて…」
552	春希	Haruki	「お前がここにいて駄目な理由なんかどこにもない」
553	かずさ	Kazusa	「ぁ…」
554	春希	Haruki	「お前の居場所は、俺のいるところ全てだ。 俺、もうお前に閉ざす扉なんかないんだよ…」
555	かずさ	Kazusa	「…春希ぃ」
556	春希	Haruki	「それにさ… たった数メートル移動するために、 いちいち服を着るのめんどくさいだろ？」
557	かずさ	Kazusa	「…ふふ、それもそっか。 あたし、いつも裸同然だもんな」
558	春希	Haruki	「ちょっとは自重してくれとは思うけどな… 見るたびに発情させられる俺の身にもなって欲しい」
559	かずさ	Kazusa	「あはは…ほんと野獣だもんなぁ、春希」
560			ほんの少し軸を外した受け答えに、 かずさがくすくすと笑い、俺の意図に応えてくれる。
561			湿っぽい雰囲気はベッドの中だけで十分だって、 そんな、照れ隠しにも似た意図に。
562	かずさ	Kazusa	「なら、今日みたいに誰か来てもバレないように、 これからはずっと電気つけないで生活しようか？ 日が昇ったら目覚めて、日が沈んだら眠って…」
563	春希	Haruki	「それ、冬だと半日以上寝ることになるぞ？」
564	かずさ	Kazusa	「寝る以外にもできることあるだろ？ …まぁ、それも『寝る』って言うんだけど」
565	春希	Haruki	「お前な…」
566	かずさ	Kazusa	「朝起きて、日が沈むまで働いて… 日が沈んだらセックスして、疲れたら寝て、朝起きて… そんな自然な生活もよくないか？」
567	春希	Haruki	「なんか、石器時代の原始人みたいだな」
568	かずさ	Kazusa	「お前は、昼間は狩りしないとな。 でも春希にそんなことできるかな？」
569	春希	Haruki	「やってみせるよ、なんだって」
570	かずさ	Kazusa	「獲物と戦って勝てるのか？　お前が。 やっとの思いでネズミ一匹捕まえたかと思ったら、 他の男に力ずくで奪われたりしてな」
571	春希	Haruki	「狩りが全てにおいて体力勝負だと思うなよ？ 頭使って、道具使って、他人を陥れて生き残ってみせる」
572	かずさ	Kazusa	「…春希みたいな弱っちくて卑怯な奴が、 変な進化して今の人間になったのかもな」
573	春希	Haruki	「お前のためなら、火だって発明してみせる…」
574	かずさ	Kazusa	「っ…春希」
575	春希	Haruki	「卑怯者って言われても、 変わり者って笑われても、 かずさを守るために、絶対に進化してみせるから」
576	かずさ	Kazusa	「このホラ吹き… 本当にお前って奴は」
577	春希	Haruki	「だってかずさ、自分で食べ物なんか探さないだろ？ 日がな一日、石で作った楽器を奏でてるだけの、 美しいだけが取り得の、怠け者の女王でさ…」
578	かずさ	Kazusa	「…あたし、 お前以外の男からの施しは絶対に受けないから」
579	春希	Haruki	「かずさ…」
580	かずさ	Kazusa	「だから、お前が進化しないとすぐに死んでしまう。 …頑張れよ、春希」
581	春希	Haruki	「任せとけ…任せとけよ…っ」
582	かずさ	Kazusa	「っ…ぅん」
583			込み上げる想いに任せ、かずさを強く抱きしめる。
584			自分でずらした軸を、 結局、自分で元に戻してしまう。
585	春希	Haruki	「たくさん子供残して… いずれこの世界が、俺たちの子孫で溢れかえるんだ」
586	かずさ	Kazusa	「馬鹿みたいに壮大な野望だな、それは。 …お前にしては上出来だ」
587			大昔に生きる俺たちは、 こんなにも旺盛に自分たちの未来を語れるのに。 幸せなイメージを描けるのに。
588			でも今の俺たちは、どう足掻いても現代人で。
589			輝かしい未来の姿をイメージできない、 知恵も勇気もない現代人で。
590			だから、今の自分たちで語れない夢を、 大昔に馳せるという代替行為にふける。
591	かずさ	Kazusa	「なぁ、春希… あたし、どうしよう？」
592	春希	Haruki	「何、が？」
593	かずさ	Kazusa	「あたし今、幸せなんだ」
594	春希	Haruki	「それの何が…悪いんだよ」
595	かずさ	Kazusa	「今が間違ってるって… 今までの人生で一番間違えてるってわかってるのに、 それでも今までの人生で、一番幸せなんだよ」
596	春希	Haruki	「だからさぁ… それのどこが間違ってるって聞いてんだよ…っ」
597	かずさ	Kazusa	「それは…それはさぁ…」
598	春希	Haruki	「俺、お前がいてくれればそれでいい。 それが…俺の幸せだ」
599	かずさ	Kazusa	「それ、あたしの台詞じゃないか…取るなよ。 お前は…あたしになっちゃ駄目だろ…っ」
600			そして結局かずさも、 俺が戻した軸に自分の感情を合わせてしまう。
601			…かずさの胸に巻きつけた俺の腕に、 温かい雫がぽたりと落ちる。
602			ここ数日、毎日感じてる、 湿っぽい雰囲気の結晶がこぼれ落ちてくる。
603	春希	Haruki	「なぁ、かずさ…」
604	かずさ	Kazusa	「…んぅ？」
605	春希	Haruki	「この前約束した…旅行、行こう？ 雪、見に行こう？」
606	かずさ	Kazusa	「行きたいな…うん。 行けたら、いいなぁ」
607	春希	Haruki	「行けたらじゃない、行くんだよ。 明日、空が明るくなったらすぐに出発だ」
608	かずさ	Kazusa	「明日…？」
609	春希	Haruki	「俺たちのことを誰も知らない、 俺たちのことを気にする人なんかいない、 そんな、石器時代に行こう…」
610	かずさ	Kazusa	「………うん」

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