White Album 2/Script/2411
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Speaker | Text | Comment | |||
---|---|---|---|---|---|
Line # | JP | EN | JP | EN | |
1 | 男性劇団員2 | Male Troupe Member 2 | 「お~い、誰かそっち持って~」 | ||
2 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「あ~駄目駄目。ちょっとストップ! ずれてるってここ!」 | ||
3 | 女性劇団員3 | Female Troupe Member 3 | 「お弁当届きました~。 手の空いた人から先に食事済ませてください」 | ||
4 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
5 | 上原 | Uehara | 「いよいよだな」 | ||
6 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
7 | 上原 | Uehara | 「構想三年。脚本三月。製作一月。 瀬之内晶のライフワークここに結実、だ」 | ||
8 | 千晶 | Chiaki | 「…ここで死ぬんだあたし」 | ||
9 | 上原 | Uehara | 「ま、それは冗談にしても、 いつ倒れてもおかしくないくらいの 気合の入れようではあったな」 | ||
10 | 千晶 | Chiaki | 「別に、いつものことじゃん」 | ||
11 | 上原 | Uehara | 「今回は特別だよ。 姫の背中に引っ張られて誰一人脱落しなかった。 いつもなら[R一公演^ひとこうえん]終わるたびに5人は減ってたのに」 | ||
12 | 千晶 | Chiaki | 「いつもより勝手にやってたつもりだけどね」 | ||
13 | 上原 | Uehara | 「ああ…いつもより無茶してた。 壊れる寸前、本当のギリギリまで自分を追い込んでた。 その気合が皆に伝わったんだろ」 | ||
14 | 千晶 | Chiaki | 「別に、座長や団員のためにやってることなんか 何一つとしてないんだけどねぇ」 | ||
15 | 上原 | Uehara | 「追い込まれた理由に関してはどうでもいい。 姫の、苦悩しつつも必死で前に進む姿勢が、 皆に感銘を与えた訳だからな」 | ||
16 | 千晶 | Chiaki | 「…どういう意味?」 | ||
17 | 上原 | Uehara | 「直前リハじゃ普通だったから気づかなかったけど、 さっき部室に行ったらビビッたぞ…」 | ||
18 | 千晶 | Chiaki | 「あ~」 | ||
19 | 上原 | Uehara | 「とりあえず立ち入り禁止にしてある。 片づけるのに一日はかかりそうだったからな」 | ||
20 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
21 | 上原 | Uehara | 「ノートだけは修理に出しといた。 …あの調子じゃ買い換えだろうけどな」 | ||
22 | 千晶 | Chiaki | 「弁償すりゃい~でしょ。 …態度改めろとか言うなよ。 ……あたしを、矯正しようとかすんなよ」 | ||
23 | 上原 | Uehara | 「本番前だからな。 そういうこともあるだろう。 別に俺は怒ってないよ」 | ||
24 | 千晶 | Chiaki | 「なら、いい」 | ||
25 | 上原 | Uehara | 「結局、彼氏と仲直りできなかったのか? 一昨日、稽古抜け出した時会いに行ったんだろ」 | ||
26 | 千晶 | Chiaki | 「…言ってる意味わかんないね」 | ||
27 | 上原 | Uehara | 「例の切り札も通用しなかったと? やっぱ、普段の言動が言動だから 全然信用されなかったとか?」 | ||
28 | 千晶 | Chiaki | 「………座長」 | ||
29 | 上原 | Uehara | 「いや本番前の緊張をほぐすための軽口! 全部ジョークでありそこに真実味は皆無!」 | ||
30 | 千晶 | Chiaki | 「そんな余計な気を使ってもらわなくても結構。 私生活は芝居には何の支障もないから。あたしの場合」 | ||
31 | 上原 | Uehara | 「いやまぁ、それは今までの実績からも信じてるけどな」 | ||
32 | 千晶 | Chiaki | 「座長のお望み通り、 今日は最高の演技を見せてやるからね…」 | ||
33 | 上原 | Uehara | 「私生活とは何の関係もなく、な」 | ||
34 | 女性劇団員3 | Female Troupe Member 3 | 「本番まであと4時間です。 そろそろ設営の方終わらせちゃってください~」 | ||
35 | 上原 | Uehara | 「じゃ、俺は控え室の方戻るけど…姫はどうする?」 | ||
36 | 千晶 | Chiaki | 「あたしはまだしばらくここにいるよ」 | ||
37 | 上原 | Uehara | 「寒いだろ、ここ? 大丈夫か?」 | ||
38 | 千晶 | Chiaki | 「平気」 | ||
39 | 上原 | Uehara | 「姫はよくてもお腹の…」 | ||
40 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
41 | 上原 | Uehara | 「っと、じゃ、リハーサルでな」 | ||
42 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
43 | 千晶 | Chiaki | 「切り札は最後まで取っておいてこそ切り札なんだよ…」 | ||
44 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
45 | 明日から三月だってのに、 肌を突き刺す風は、春一番にはほど遠かった。 | ||||
46 | 空は天気予報を忠実に守り、 薄暗い灰色の雲に覆われ、時間の感覚を狂わせる。 | ||||
47 | …今がまだ午後1時だなんてな。 | ||||
48 | けど、時間の感覚が狂うのは、 何も空模様のせいだけじゃない。 | ||||
49 | 大学が春休みに入り、付属が自主授業に入り、 入試も、合格発表も終わった二月最後の日。 | ||||
50 | もともとあまり栄えていない、 大学から二番目に近いこの駅は、 どの時間帯でも人の往来が寂しいことになっていた。 | ||||
51 | 色あせた店内の照明の中、 客が来ることなんかまるで想定していないように、 商品の世話に余念のない花屋の女主人。 | ||||
52 | スーパーの店先で、 一生懸命品出しに励むパートのおばさん。 | ||||
53 | 孫らしき女の子に車椅子を押してもらい、 目的もなさそうにゆっくりと商店街を通り過ぎる老人… | ||||
54 | 何も、変わってない。 学園から徒歩15分のこの駅は、俺が入学した頃から、 ずっと時間が止まったように同じ風景を繰り返してる。 | ||||
55 | 花屋の女主人は、頭にちょっと白いものが増えたけど。 商店街で営業を続けてる店が、三軒くらい減ったけど。 | ||||
56 | そして、スーパーのバイトの三つ編みの女の子は… | ||||
57 | 雪菜 | Setsuna | 「ごめんなさい、遅くなっちゃって」 | ||
58 | 春希 | Haruki | 「俺が早く来てただけだよ。 …時間通りだ」 | ||
59 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くんが30分前に来るってわかってたのに、 その時間に合わせられなくて、ごめんなさい」 | ||
60 | 春希 | Haruki | 「…はは」 | ||
61 | 三年前に辞めて、 とある学園祭バンドのボーカルに就任したけれど… | ||||
62 | 男性劇団員2 | Male Troupe Member 2 | 「音響OKで~す!」 | ||
63 | 上原 | Uehara | 「よ~し、じゃ音楽ストップ! 第一幕出だしのところにセットしといて~」 | ||
64 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
65 | 上原 | Uehara | 「舞台装置の方は、どうやらトラブルもなく 予定通り準備できたみたいだな」 | ||
66 | 吉田 | Yoshida | 「奇跡だねこりゃ」 | ||
67 | 田中 | Tanaka | 「わたし、ここ入って二年目ですけど、 こんなこと初めてです」 | ||
68 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「こうも順調にいくとかえって不気味だよな。 本番で何かとんでもないことが起こらなきゃいいけど…」 | ||
69 | 上原 | Uehara | 「経験を重ねて成熟したんだよウチも!」 | ||
70 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「ま、そりゃ認めるけど。 最初の頃なんか素人ばっかで酷かったもんなぁ。 何しろ初公演の時の団員なんてたったの5人だぜ?」 | ||
71 | 上原 | Uehara | 「他のサークルからヘルプ頼んだりな。 …裏方だけじゃなく、主演男優まで」 | ||
72 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「しかも公演が終わった後がまた大トラブルでさ、 二人に抜けられて、他の劇団にも総スカン食らって…」 | ||
73 | 田中 | Tanaka | 「あ、でもあの初公演感動しましたよ! わたし、あれ見てここ入ろうって思いましたもん」 | ||
74 | 吉田 | Yoshida | 「…ま、俺もっすけど」 | ||
75 | 上原 | Uehara | 「田中と吉田が入ってきてくれて助かったよ。 でなきゃ、あそこで間違いなく空中分解してた」 | ||
76 | 田中 | Tanaka | 「だってあの時の瀬之内さん、凄かったんですもん。 どうしても一緒にやってみたいって…」 | ||
77 | 吉田 | Yoshida | 「………俺もっすけど」 | ||
78 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
79 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「続けていかないとな… ここまで育ったんだから」 | ||
80 | 上原 | Uehara | 「だな。 何があろうとも、誰が欠けようとも…」 | ||
81 | 吉田 | Yoshida | 「…そういえば座長? あんた結局大学の方はどうなったの? 卒業? それとも除籍?」 | ||
82 | 上原 | Uehara | 「………」 | "........."
| |
83 | 田中 | Tanaka | 「あ、そういえば明日卒業式でしたっけ? でもその割には…」 | ||
84 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「卒業なんかできる訳ないよな。 つまりあんたはもう、 峰城大のサークルの責任者としては…」 | ||
85 | 上原 | Uehara | 「な、何言ってんだ! 俺はこのウァトスをだな、たかが大学の 一演劇サークルとして終わらせる気はないぞ?」 | ||
86 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「いや、そういう問題じゃなくて、 大学側との色んな事務手続きとか交渉ごととか…」 | ||
87 | 田中 | Tanaka | 「例えばこの北ホール、 学籍がなくても借りられるんでしょうかね?」 | ||
88 | 上原 | Uehara | 「さっき続けていこうぜって みんなで誓い合ったばかりなのに!」 | ||
89 | 吉田 | Yoshida | 「いや、座長… それとこれとは…」 | ||
90 | 女性劇団員3 | Female Troupe Member 3 | 「あの…そろそろリハーサル始めますよ? 開演まであと2時間切ってますし」 | ||
91 | 上原 | Uehara | 「あ~ごめんごめん。 よ~し、じゃ最終リハ行くぞ~! 一度幕下ろして~」 | ||
92 | 千晶 | Chiaki | 「………っ」 | ||
93 | 上原 | Uehara | 「準備はいいか、姫…?」 | ||
94 | 千晶 | Chiaki | 「………完璧」 | ||
95 | 上原 | Uehara | 「…なんだよその顔色。 それにその汗も」 | ||
96 | 千晶 | Chiaki | 「入れ込みすぎ、かなぁ… まだリハなのにね」 | ||
97 | 上原 | Uehara | 「…それで説明つくもんなのか?」 | ||
98 | ……… | .........
| |||
99 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、今度はここ寄りたいんだけど、いいかな?」 | ||
100 | 春希 | Haruki | 「こ…ここ?」 | ||
101 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…ちょっと春希くんが入るには辛いかな? 完全に女の子向けのお店みたいだし」 | ||
102 | 春希 | Haruki | 「い、いや、そういう意味じゃないんだけどな…」 | ||
103 | 雪菜 | Setsuna | 「どうしたの? なんだか急にすごい汗が」 | ||
104 | 春希 | Haruki | 「…なんでもない。 いいよ、入ろ」 | ||
105 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、無理しなくてもいいんだよ。 別にどうしても欲しいものがある訳じゃないんだし」 | ||
106 | 春希 | Haruki | 「いや、無理してるとかじゃないんだ。 本当に、その、えっと…行くぞ」 | ||
107 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、ちょっと、春希く…」 | ||
108 | 店員 | Clerk | 「いらっしゃいませ…あ、 いつもありがとうございます!」 | ||
109 | 雪菜 | Setsuna | 「え?」 | ||
110 | 春希 | Haruki | 「ども、お久しぶりです。 ………よく覚えてましたね」 | ||
111 | 雪菜 | Setsuna | 「え? え?」 | ||
112 | 店員 | Clerk | 「ええ。一度お買いあげいただいたお客様のお顔は 絶対に忘れませんから」 | ||
113 | これは厳密に言えば嘘だ。 でも、ま、さすがに三年以上の有効期限を求めるのは酷か。 | ||||
114 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くん、ここ…」 | ||
115 | 春希 | Haruki | 「えっと………あれ」 | ||
116 | きょとんとする雪菜に、 ショーケースの一角を指差してみせる。 | ||||
117 | 雪菜 | Setsuna | 「え…あっ」 | ||
118 | と、雪菜は、まるっきり俺の予想した通りのリアクション。 | ||||
119 | そのショーケースと自分の左手首とを何度も見比べた。 | ||||
120 | 店員 | Clerk | 「今日もプレゼントをお探しですか?」 | ||
121 | 春希 | Haruki | 「あ、いや…」 | ||
122 | 店員 | Clerk | 「でも、どうやら今日はこの前みたいに 二時間以上も悩まなくても良さそうですね?」 | ||
123 | 雪菜 | Setsuna | 「…え?」 | ||
124 | 春希 | Haruki | 「ちょっとぉ!?」 | ||
125 | ……… | .........
| |||
126 | 雪菜 | Setsuna | 「ふ、ふふ…」 | ||
127 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
128 | 雪菜 | Setsuna | 「ご、ごめんね春希くん。 わたし、全然空気読めなくて…その」 | ||
129 | 春希 | Haruki | 「いや、読める方がおかしいって」 | ||
130 | 全部バレた。 | ||||
131 | 値段も、買った店も。 ついでに迷いに迷った時間も。 | ||||
132 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、あのね、わたし全然気にしてないよ? それどころか、結構嬉しいハプニングだったかな」 | ||
133 | 春希 | Haruki | 「そ、そう…」 | ||
134 | きっとその言葉に嘘はない。 | ||||
135 | だって雪菜は、店を出てからずっと、 左の手首に嵌められたブレスレットを、 すごく大切そうに撫でている。 | ||||
136 | 安物の既製品と判明した直後から、ずっと。 | ||||
137 | 雪菜 | Setsuna | 「あの店員さん面白い人だったね。 大体、二時間もお客さんに付き合ってくれる人、 そんなにいないよ?」 | ||
138 | 春希 | Haruki | 「あの時も男の客は俺一人だったから、 からかい半分だったんじゃないかなぁ…」 | ||
139 | そんな、雪菜の笑顔と楽しそうな口調に魅せられて、 ずるずると時間を使ってしまっていた。 | ||||
140 | 末次町の駅で待ち合わせて、 そのまま電車で街へ出て、食事をした。 | ||||
141 | ランチタイムが終わるまで店で粘って、 その後は駅ビルでウィンドーショッピング。 | ||||
142 | 俺たちは、まるで三年前に戻ったかのように、 他愛もない話をして、笑い、並んで歩いた。 | ||||
143 | それはどう見ても…仲直りのためのデートだった。 | ||||
144 | 雪菜 | Setsuna | 「っ…」 | ||
145 | 春希 | Haruki | 「寒い?」 | ||
146 | 雪菜 | Setsuna | 「ちょっと、ね」 | ||
147 | 春希 | Haruki | 「そ…っか」 | ||
148 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
149 | 三年間、ずっと微妙な距離のままだった。 | ||||
150 | とうとう、三か月前に、決裂した。 | ||||
151 | そして俺は、最低なことに、 その日のうちに他の女を求めてしまった。 | ||||
152 | けれど、ほんの一月でその女に裏切られた。 | ||||
153 | 嘘というハチミツを全身に塗りたくって、 俺を奈落の底に誘い込んだ女に… | ||||
154 | そんな、堕ちるところまで堕ちていった俺を、 何も言わずに救い上げてくれたのは、 結局、今、目の前にいる雪菜だった。 | ||||
155 | 高熱で疲れ切った全身を回復させる体力と、 その病を呼び込んだ心の傷を回復させる気力を、 俺に与えてくれた。 | ||||
156 | 春希 | Haruki | 「な、雪菜…」 | ||
157 | 雪菜 | Setsuna | 「ん?」 | ||
158 | 春希 | Haruki | 「ちょっと疲れないか? お茶でも、どうかな?」 | ||
159 | 雪菜 | Setsuna | 「うん…春希くんがいいんなら」 | ||
160 | だからまだ、 俺たちの『仲直りのためのデート』は続く。 | ||||
161 | 俺と雪菜のどちらもが望む限り、 多分、終わることはない。 | ||||
162 | だから… もしこのまま、春が来て、夏が来て、秋が来て… | ||||
163 | お互いの就職を喜び合い、 お互いの将来を語り合い、 お互いの卒業を祝い合う約束をしたならば… | ||||
164 | 俺たちの一年後は、 もしかしたら、明るく開けているのかもしれない。 | ||||
165 | 今までの三年間が、 寝付きの悪い日に見た夢だったかのように。 | ||||
166 | 田中 | Tanaka | 「入りましたねぇ。 椅子取っ払っちゃって正解でした」 | ||
167 | 上原 | Uehara | 「開場前から並んでる人数だけで、 立ち見が出るってわかってたからな。 またしても動員記録更新したかな?」 | ||
168 | 田中 | Tanaka | 「座長じゃないけれど、 大学のサークル活動で終わらせるの勿体ないかも」 | ||
169 | 上原 | Uehara | 「瀬之内晶がいれば… 普通に外のハコでもやっていけるかもしれないな」 | ||
170 | 田中 | Tanaka | 「それも楽しいかもしれませんね。 最初は赤字続きで辛いかも知れないけど、 今みたいに地道に頑張ればファンだって…」 | ||
171 | 上原 | Uehara | 「で、あいつ気まぐれだから、 さくっと映画とかに行っちゃって内部崩壊」 | ||
172 | 田中 | Tanaka | 「リアリティありすぎです、それ…」 | ||
173 | 上原 | Uehara | 「…田中」 | ||
174 | 田中 | Tanaka | 「えっと、参加は考えさせてください」 | ||
175 | 上原 | Uehara | 「そうじゃなくてさ、今日のこと。 出るつもりで準備しといてくれ」 | ||
176 | 田中 | Tanaka | 「…まだ初日ですよ?」 | ||
177 | 上原 | Uehara | 「姫さ…なんかおかしい」 | ||
178 | 吉田 | Yoshida | 「…大丈夫ですか?」 | ||
179 | 千晶 | Chiaki | 「…何が?」 | ||
180 | 吉田 | Yoshida | 「いや、ふらついてるように見えるんで」 | ||
181 | 千晶 | Chiaki | 「それはあんたの見え方の方に問題がある。 緊張しすぎて立ちくらみしてんじゃない?」 | ||
182 | 吉田 | Yoshida | 「冗談やめてください。 そこまで緊張するほど準備不足じゃないです」 | ||
183 | 千晶 | Chiaki | 「そう…」 | ||
184 | 吉田 | Yoshida | 「絶対に足を引っ張るつもりはないですから。 一応、信頼していいです」 | ||
185 | 千晶 | Chiaki | 「………吉田」 | ||
186 | 吉田 | Yoshida | 「そこで鼻で笑わないでください。 こっちのモチベーションに関わるから」 | ||
187 | 千晶 | Chiaki | 「別に笑うつもりはないよ。 …ちょっと話しておきたいことがあっただけ」 | ||
188 | 吉田 | Yoshida | 「俺に…ですか?」 | ||
189 | 千晶 | Chiaki | 「あのさ、吉田…」 | ||
190 | 吉田 | Yoshida | 「は、はぁ…」 | ||
191 | 千晶 | Chiaki | 「あたしは今から、 あんたが愛しくて愛しくてたまらなくなる」 | ||
192 | 吉田 | Yoshida | 「え…っ!?」 | ||
193 | 千晶 | Chiaki | 「何があってもあんたを手に入れようと 藻掻いて足掻いて、結局深みにはまって[R自縄自縛^じじょうじばく]になる」 | ||
194 | 吉田 | Yoshida | 「あ…」 | ||
195 | 千晶 | Chiaki | 「そんな、愚かな女になってしまうから… だからあなたも数時間だけ、 わたしのこと、本気で愛してください…」 | ||
196 | 吉田 | Yoshida | 「………」 | "........."
| |
197 | 千晶 | Chiaki | 「そして、愚かな女の選んだ結末に、 心の底から深く傷ついて欲しいの…できるよね?」 | ||
198 | 吉田 | Yoshida | 「は…はいっ」 | ||
199 | 千晶 | Chiaki | 「『はい』じゃなくて『うん』だよ…和希くん」 | ||
200 | 吉田 | Yoshida | 「………うん、わかった」 | ||
201 | 千晶 | Chiaki | 「うん…」 | ||
202 | 場内アナウンス | Public Announcement | 「お待たせいたしました。 劇団ウァトス春の定期公演。 『届かない恋』を開演させていただきます」 | ||
203 | 吉田 | Yoshida | 「…頑張ろ、雪音。 精一杯楽しもう。 …俺たちの“ステージ”を」 | ||
204 | 千晶 | Chiaki | 「ありがと…和希くん」 | ||
205 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
206 | 千晶 | Chiaki | 「愚かな女って、誰が?」 | ||
207 | 千晶 | Chiaki | 「小木曽雪菜? 冬馬かずさ?」 | ||
208 | 千晶 | Chiaki | 「それとも…」 | ||
209 | ……… | .........
| |||
210 | 第一幕 第一場。 | ||||
211 | とある楽器メーカーが主催するバンドコンテストを 翌月に控え、西村和希は苦悩していた。 | ||||
212 | 『いつかメジャーデビューを』と誓い合い、 コンテストにエントリーしていた自分たちのバンドが、 女絡みの些細な理由で空中分解の状態にあったから。 | ||||
213 | 途方に暮れ、一人夕暮れの教室でギターを弾く和希。 | ||||
214 | 彼に付き合ってくれるのは、隣の教室から流れてくる 奏者不明のピアノの音色だけだった。 | ||||
215 | そんなある日… | ||||
216 | いつものように、隣の教室のピアノと 気ままなセッションを楽しんでいた和希は、 その中に、普段とは違う音色が混ざっているのに気づいた。 | ||||
217 | その音は、楽器が奏でるものではなく、 彼が今、一番熱望していたパート… とても瑞々しくて澄んだ、女の子の歌声だった。 | ||||
218 | 雪音 | Yukine | 「あなたは…」 | ||
219 | 和希 | Kazuki | 「え? あ、俺? えっと…」 | ||
220 | 雪音 | Yukine | 「もしかして…ギターの人?」 | ||
221 | 和希 | Kazuki | 「う、うん、まぁ… 3-Eの西村和希」 | ||
222 | 雪音 | Yukine | 「そっか、あなたたちが弾いてたんだ… 『WHITE ALBUM』」 | ||
223 | 和希 | Kazuki | 「ま、ね。 俺と…謎の誰かさんの二人で」 | ||
224 | 雪音 | Yukine | 「古い歌だけど…でも、とても好きな歌。 …あなたも、そうなのかな?」 | ||
225 | 和希 | Kazuki | 「これで初めて弾いた曲… 友達にはミーハーだの軟弱だの、 散々からかわれたけどな」 | ||
226 | 雪音 | Yukine | 「あ…わたしと同じ! わたしもね、初めてカラオケで歌った曲! …男の子にも女の子にも大受けだったけどね」 | ||
227 | 和希 | Kazuki | 「…あ、そ」 | ||
228 | 雪音 | Yukine | 「あ、ごめんなさい。名前まだ言ってなかったよね。 はじめまして、ギターさん。 わたしはね…」 | ||
229 | 和希 | Kazuki | 「西村だってば」 | ||
230 | ……… | .........
| |||
231 | 第一幕 第二場。 | ||||
232 | 彼女の名は、初芝雪音。 | ||||
233 | 人気、美貌とも、 誰もが認める学園ナンバー1美少女。 | ||||
234 | 明るくて人当たりが良いにも関わらず、 よそよそしくて人付き合いが悪いという、 ちょっと矛盾した性格の、謎めいた同級生。 | ||||
235 | しかしてその正体は… | ||||
236 | ちょっとだけ見栄っ張りなせいで、自分に張られた 美少女のレッテルに思いっきり引っ込みがつかなくなった、 実はとっても家庭的で人懐っこい女の子。 | ||||
237 | 趣味は庶民らしくカラオケ。 | ||||
238 | けれど高嶺の花を演じなくてはならない今は、 興じると人格が変わってしまうその趣味を 他人に晒すことができずに、悶々とした日々を送る。 | ||||
239 | よって、趣味はカラオケ改め、趣味はヒトカラ。 | ||||
240 | 和希 | Kazuki | 「ええと、この曲の出だしのコードは…」 | ||
241 | 雪音 | Yukine | 「あ、わたし知ってる!」 | ||
242 | 和希 | Kazuki | 「へぇ、弾いたことないのにわかるんだ?」 | ||
243 | 雪音 | Yukine | 「うん、2428-02でしょ?」 | ||
244 | 和希 | Kazuki | 「…は?」 | ||
245 | 雪音 | Yukine | 「あ、わたしのホームグラウンドって ハイパージャムだから… 和希くんはX3600? それともピーカラ?」 | ||
246 | 和希 | Kazuki | 「何のコードだよ!?」 | ||
247 | その物語は、少しだけ設定がアレンジされていたけれど、 序盤に関しては、ほぼ“原作”に忠実な展開だった。 | ||||
248 | けれど、“原作”よりもかなりコメディ色が強く、 『ちょっとだけ』ヒロインがお馬鹿っぽく描写されていた。 | ||||
249 | 歌が上手くて可愛いだけの素人ボーカリストと、 博識だけど技術は凡庸で融通の利かないギタリストは、 練習風景一つ取っても、何かと会話が噛み合わない。 | ||||
250 | そんなこんなで、和希と過ごす時間が増えるたび、 どんどん『お高い美少女』のメッキが剥がれていく雪音。 | ||||
251 | けれど彼女は、和希に自分の底が見透かされていくことに、 いつしか心地よさを覚えていく。 | ||||
252 | ??? | ??? | 「やだなぁもう… わたし、あんなにおっちょこちょいじゃないよぉ」 | ||
253 | ……… | .........
| |||
254 | 第一幕 第三場。 | ||||
255 | ボーカルとギターは揃った。 いや、彼らにとってそれは揃ったとは言わない。 | ||||
256 | コンテストに出場するバンドの体裁を取るには、 最低でもあとベースとドラムは必須だった。 | ||||
257 | コンテストまで残り三週間… 和希は、必死になって ベースとドラムの経験者を探し回った。 | ||||
258 | …はずなのに。 | ||||
259 | 榛名 | Haruna | 「…それが何でここに来ることになるんだ、西村?」 | ||
260 | 和希 | Kazuki | 「いや、ピアノ上手いな…」 | ||
261 | 榛名 | Haruna | 「質問の答えになってないだろ」 | ||
262 | 和希 | Kazuki | 「これだけの腕があれば、 三週間あれば余裕で間に合う。 やった! キーボード見つけたぞ!」 | ||
263 | 榛名 | Haruna | 「ベースとドラム探してたんじゃないのか?」 | ||
264 | 和希 | Kazuki | 「冬木、頼む! 俺たちのバンドに入ってくれ!」 | ||
265 | 榛名 | Haruna | 「お前、あたしと会話する気ないだろ?」 | ||
266 | 和希 | Kazuki | 「パートなんかどうでもいいんだよ! それよりもメンバー同士の相性の方が大事だろ?」 | ||
267 | 榛名 | Haruna | 「…どうして相性がいいなんて思うんだ?」 | ||
268 | 和希 | Kazuki | 「俺と合わせられるのはお前しかいない!」 | ||
269 | 榛名 | Haruna | 「だから質問に答えろ」 | ||
270 | 和希 | Kazuki | 「俺みたいなヘタクソをフォローするには、 お前くらいの腕がないと不可能なんだよ!」 | ||
271 | 榛名 | Haruna | 「…自分の腕前を冷静に分析してるのは評価するけど、 だったら身の程をわきまえろ」 | ||
272 | 和希 | Kazuki | 「それでも、俺は冬木がいい。 いや、冬木じゃなくちゃ駄目なんだ」 | ||
273 | 榛名 | Haruna | 「取ってつけたような[R追従^ついしょう]はやめろ。 そういうの、寒気がするんだよ」 | ||
274 | 和希 | Kazuki | 「けど、お前だったんだろ? 俺が一人きりで落ち込んでたときも、 ずっと付き合ってくれてたあのピアノ」 | ||
275 | 榛名 | Haruna | 「………知らないね」 | ||
276 | ……… | .........
| |||
277 | 第一幕 第四場。 | ||||
278 | 彼女の名は、冬木榛名。 | ||||
279 | 雪音に負けず劣らずの美貌と、 雪音とは勝負にならない圧倒的不人気を誇る、 学園ナンバー1空気。但し不穏な。 | ||||
280 | 有名ピアニストの母親の七光りで、 教師さえも口出しできない、 天才ピアニストにして、学園内のアンタッチャブル。 | ||||
281 | しかしてその正体は… | ||||
282 | いつも隣の教室で、 ヘタクソなギターに付き合ってくれていた謎のピアニスト。 | ||||
283 | かなり無愛想だけど実は面倒見のいい、 隣席のクラスメート。 | ||||
284 | ただし、和希限定の。 | ||||
285 | ……… | .........
| |||
286 | 和希 | Kazuki | 「てっ!?」 | ||
287 | 榛名 | Haruna | 「やりなおし」 | ||
288 | 和希 | Kazuki | 「わ、わかったよ…」 | ||
289 | 榛名 | Haruna | 「お前、このくらいもノーミスで弾けない程度の腕じゃ、 一次予選のデモテープで落とされるぞ普通」 | ||
290 | 和希 | Kazuki | 「ああ、一次はもう通ってるから大丈夫。 …その時のギターは俺じゃなかったけどな」 | ||
291 | 榛名 | Haruna | 「…なんでこのあたしがお前なんかに巻き込まれて コンテストで笑い者にならなくちゃいけないんだ。 自分のコンクールじゃ二位に落ちたことすらないのに」 | ||
292 | 和希 | Kazuki | 「本当にすごいんだな、冬木」 | ||
293 | 榛名 | Haruna | 「…昔の話だよ。 ほら、続けろ」 | ||
294 | 和希 | Kazuki | 「うん…」 | ||
295 | 榛名 | Haruna | 「なぁ、西村」 | ||
296 | 和希 | Kazuki | 「ん~?」 | ||
297 | 榛名 | Haruna | 「お前、なんだってメジャーになんかなりたいんだ? 頑張ってる割に全然上達しないのに」 | ||
298 | 和希 | Kazuki | 「…質問するかこき下ろすかどっちかにしてくれ」 | ||
299 | 榛名 | Haruna | 「じゃ、質問の方だけでいいや」 | ||
300 | 和希 | Kazuki | 「そうだな… 世界に自分の生きてきた証を残したいから、かな?\k\n | ||
301 | 和希 | Kazuki | ………いてぇっ!?」 | ||
302 | 和希 | Kazuki | 「ちょ、ちょっと待て! 真面目に答えたのに何で殴るんだよ!?」 | ||
303 | 榛名 | Haruna | 「なに胡散臭いこと真顔で言ってんだ! うわ、鳥肌立ってきた、気持ち悪い!」 | ||
304 | 和希 | Kazuki | 「そ、そんなにおかしいか? 男なら一生に一度はそういう志を抱くものだとか、 そう思わない?」 | ||
305 | 榛名 | Haruna | 「まだ女にモテたいとかいう理由の方が わかりやすくて好感持てるぞ?」 | ||
306 | 和希 | Kazuki | 「前の仲間たちはみんなそうだったけどな。 …おかげで俺の志は腹抱えて笑われた。 何しろ俺、一番ヘタクソだったから」 | ||
307 | 榛名 | Haruna | 「大体、生きた証なんか残したいか? …自分が今ここに存在してることが、 そんなに嬉しいか?」 | ||
308 | 和希 | Kazuki | 「え…」 | ||
309 | 榛名 | Haruna | 「…訂正。今のナシ。 忘れてくれ」 | ||
310 | 和希 | Kazuki | 「あ、ああ…?」 | ||
311 | 榛名 | Haruna | 「とにかく、ま~ご立派だこと。せいぜい頑張ってくれ。 まぶし過ぎてあたしには理解できないけどね」 | ||
312 | 和希 | Kazuki | 「そっか、冬木にはわかんないか。 …雪音はわかってくれたんだけどなぁ」 | ||
313 | 榛名 | Haruna | 「…雪音?」 | ||
314 | 和希 | Kazuki | 「これからもずっと応援してくれるって。 ファン第一号になってくれるって」 | ||
315 | 榛名 | Haruna | 「………」 | "........."
| |
316 | 和希 | Kazuki | 「現実的なんだよな、お前。 せっかく才能あるのに勿体ない。 もうちょっと自分の夢は大きく………\k | ||
317 | 和希 | Kazuki | うわぁっ!?」 | ||
318 | 和希 | Kazuki | 「ちょ、ちょっと…おい!」 | ||
319 | 榛名 | Haruna | 「………」 | "........."
| |
320 | 和希 | Kazuki | 「理由を言え理由を!」 | ||
321 | この劇団のファンなら、きっと誰でも知っている。 知っていて、それを楽しみにやってくる。 | ||||
322 | この劇に出てくる主要なヒロインは、 全て瀬之内晶一人で演じるということを。 | ||||
323 | 物語の構成や、ヒロイン同士の掛け合いを捨ててまで、 一人の女優の演技力を全面に押し立てていることを。 | ||||
324 | その看板女優は、さっきまでの明るく愛嬌のある 第一ヒロインに次いで、棘と陰に満ちた 第二ヒロインをもきっちり演じ分けてみせた。 | ||||
325 | 舞台劇に合わせて、ちょっとだけ“原作キャラ”より 暴力的で、感情をわかりやすく表に出すよう アレンジされていたけれど… | ||||
326 | ??? | ??? | 「かずさ、あんなに理不尽なコじゃなかったよね?」 | ||
327 | ??? | ??? | 「そうか? あんなもんだったぞ? そりゃもう怖いのなんのって」 | ||
328 | ??? | ??? | 「もう…」 | ||
329 | 演奏の腕前も知識もなにもかもヘボギタリストを上回る 天才ピアニストは、その問題のある性格そのままに、 彼を特訓という名目で苛め尽くす。 | ||||
330 | けれど彼は、その日々こそを待っていたかのように、 彼女の特訓に必死でしがみつき、腕を上げていく。 | ||||
331 | そんな彼女と彼が、 二人きりで過ごす時間が増えるにつれ、 心を近づけていくのはあまりにも自然な流れだった。 | ||||
332 | ただ一つだけ自然じゃなかったのは、 その自然な流れが、一つじゃなかったことだけで。 | ||||
333 | ……… | .........
| |||
334 | …… | ......
| |||
335 | … | ...
| |||
336 | 第一幕 終了。 十分間の休憩。 | ||||
337 | 上原 | Uehara | 「よ~しいい流れだ。 掴みバッチリだぞ!」 | ||
338 | 田中 | Tanaka | 「お疲れさまです。 はい、水分補給してください」 | ||
339 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
340 | 上原 | Uehara | 「姫、体調の方は?」 | ||
341 | 千晶 | Chiaki | 「何の問題もない。 最初からそう言ってる」 | ||
342 | 上原 | Uehara | 「…そうか、ならいい」 | ||
343 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
344 | 吉田 | Yoshida | 「…ふぅ。 どうですか俺? もう少しテンション落とすべきでしょうか?」 | ||
345 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「いや、前半は今の感じでいいだろ。 終盤とのギャップが際立つし」 | ||
346 | 吉田 | Yoshida | 「瀬之内さんどう思います? 問題ないですか?」 | ||
347 | 千晶 | Chiaki | 「………っ!」 | ||
348 | 田中 | Tanaka | 「きゃっ!?」 | ||
349 | 上原 | Uehara | 「ひ、姫…?」 | ||
350 | 吉田 | Yoshida | 「…俺、どこが悪かったですか? 今ならまだ軌道修正効きますから言ってください」 | ||
351 | 千晶 | Chiaki | 「…吉田」 | ||
352 | 吉田 | Yoshida | 「は、はい…」 | ||
353 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「お、おい、二人とも… 反省会なら舞台が終わってから…」 | ||
354 | 千晶 | Chiaki | 「…完璧だよ」 | ||
355 | 吉田 | Yoshida | 「………は、はい?」 | ||
356 | 千晶 | Chiaki | 「滑り出しはかなりいい。 走ってないし、遅れてもない。あたしもやりやすい。 今のままで頼む」 | ||
357 | 吉田 | Yoshida | 「は、はぁ…」 | ||
358 | 田中 | Tanaka | 「うそ…絶賛」 | ||
359 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「しかも瀬之内が…凄いことだぞこれは」 | ||
360 | 上原 | Uehara | 「おい… ならなんでそんなに機嫌悪いんだ?」 | ||
361 | 千晶 | Chiaki | 「別に… 単なる個人的事情」 | ||
362 | 上原 | Uehara | 「おどかすなよ… 一瞬凍ったぞ」 | ||
363 | 千晶 | Chiaki | 「とにかく、今のところ舞台の出来には満足してる。 …だから今、あたしに話しかけるな」 | ||
364 | 上原 | Uehara | 「ひ、姫? 意味がわからないんだけど?」 | ||
365 | 千晶 | Chiaki | [F16「カップルでお越しになられますかよ… ][F16そういうことかよ…ふざけやがって」] | ||
366 | 田中 | Tanaka | 「瀬之内さん…?」 | ||
367 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「………」 | "........."
| |
368 | 千晶 | Chiaki | 「い~よ、わかったよもう… これからもっと凄いもの見せてやるから、 最後までお楽しみくださいってんだよ…っ」 | ||
369 | ……… | .........
| |||
370 | 春希 | Haruki | 「寒くない?」 | ||
371 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、全然。 それどころか、熱気が凄くて」 | ||
372 | 春希 | Haruki | 「…そうだな」 | ||
373 | 椅子を取り払い、収容人員を増やした客席は、 それでも完全にキャパを超えた観客で埋め尽くされ、 まさに立錐の余地もない。 | ||||
374 | そんな中、俺と雪菜は、最後尾で壁に背を預け、 暖房の効いていないはずのホールで、 彼らの熱演にあてられていた。 | ||||
375 | たかが大学の演劇サークルの公演でこの盛り上がり… 本当に実力あるんだな、この劇団。 | ||||
376 | …というか、あいつが、か。 | ||||
377 | 無理もない… 序盤はありきたりなラブコメディだったのに、 それでもしっかり笑わされたし、引き込まれた。 | ||||
378 | 春希 | Haruki | 「…まだ見てく?」 | ||
379 | 雪菜 | Setsuna | 「…うん」 | ||
380 | 春希 | Haruki | 「そう、か」 | ||
381 | これで、この先の展開がわかっていなければ… この先の展開が俺たちに突き刺さらないのなら… | ||||
382 | もう少し純粋に楽しめるんだけど、な。 | ||||
383 | ……… | .........
| |||
384 | 第二幕 第一場 | ||||
385 | 雪音と和希の関係と、榛名と和希の関係が、 微妙に交わっていく、物語の動き出し。 | ||||
386 | 榛名と和希との、二人きりの時間の濃密さを知り、 子供みたいに拗ねてみせる雪音。 | ||||
387 | 女の子に妬かれるなんて初めての和希の戸惑い。 | ||||
388 | うろたえるだけで行動を起こさない和希への、 雪音の苛立ち。 | ||||
389 | そんな二人の理不尽な仲違いに呆れ、仲裁に入りつつ、 なんとなくもやもやしたものを抱えていく榛名。 | ||||
390 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
391 | …このシーンに関しては、これ以上語りたくない。 | ||||
392 | 彼らが演じる二人があまりにも初々しくて、 何故か俺の顔から火が出そうだったから。 | ||||
393 | そして、そんなふうに俯いてしまった俺が、 ちらりと隣を横目で見ると… | ||||
394 | 雪菜 | Setsuna | 「~っ」 | ||
395 | 隣人は真っ赤な顔をして、 首を俺と同じ角度に曲げていた。 | ||||
396 | ……… | .........
| |||
397 | 第二幕 第二場 | ||||
398 | 和希 | Kazuki | 「や、やめろ…見るな~!」 | ||
399 | 雪音 | Yukine | 「見る~!」 | ||
400 | 和希 | Kazuki | 「駄目だっつの! それはまだ作りかけで… いやそもそも表に出す気ないんだから!」 | ||
401 | 雪音 | Yukine | 「え~と…『届かない恋』? わ、わ…ね、これ、もしかして歌詞!?」 | ||
402 | 和希 | Kazuki | 「…何も知らずに 人のノート盗み見しようとしたのかよ?」 | ||
403 | 雪音 | Yukine | 「『届かない恋をしていても、映しだす日がくるかな』… すごい、すごいよ和希くん…意外な才能~」 | ||
404 | 和希 | Kazuki | 「恥ずかしいから音読するのやめてくれ…」 | ||
405 | 雪音 | Yukine | 「これ…今度のコンテストでやるんだよね? てことはわたしが歌うんだ…すっご~い」 | ||
406 | 和希 | Kazuki | 「え、あ、いや…それは無理だ。 曲が出来る前にみんなバラバラになっちゃったし」 | ||
407 | 雪音 | Yukine | 「曲…?」 | ||
408 | 和希 | Kazuki | 「作曲ばかりはな…やったことないし」 | ||
409 | 雪音 | Yukine | 「ふぅん…」 | ||
410 | 和希 | Kazuki | 「いずれ形に出来ればいいと思ってはいるけどさ。 ま、当分は先の話だな」 | ||
411 | 雪音 | Yukine | 「ところでさ…」 | ||
412 | 和希 | Kazuki | 「ん?」 | ||
413 | 雪音 | Yukine | 「さっきから…重いよ和希くん」 | ||
414 | 和希 | Kazuki | 「うわあああっ!? ご、ごめん、ごめんっ!」 | ||
415 | この物語のタイトルが、 第二幕の中盤に来てようやく物語の中に登場する。 | ||||
416 | ……… | .........
| |||
417 | 第二幕 第三場。 | ||||
418 | 和希 | Kazuki | 「お前…これ」 | ||
419 | 榛名 | Haruna | 「机の上にノートを置きっぱなしにするな。 恥ずかしくて破り捨ててやろうかと思ったぞ」 | ||
420 | 和希 | Kazuki | 「だから人のノートを勝手に読むなと…」 | ||
421 | 榛名 | Haruna | 「全然曲に乗せること考えて書いてないだろ。 素人丸出しだ」 | ||
422 | 和希 | Kazuki | 「ぐ…」 | ||
423 | 榛名 | Haruna | 「おかげで作曲する人間だけが苦労する。 お前たちの面倒も見なくちゃならないのにとんだ災難だ」 | ||
424 | 和希 | Kazuki | 「それでも…作ってくれるのか? 俺たちの曲」 | ||
425 | 榛名 | Haruna | 「雪音のためだ。 あいつがすごく歌いたがってたから。 …お前の要望なんか、何一つ考慮してない」 | ||
426 | 和希 | Kazuki | 「ありがとう、冬木」 | ||
427 | 榛名 | Haruna | 「…間に合うといいんだけどな」 | ||
428 | 和希 | Kazuki | 「うん…」 | ||
429 | 三人の歌。 | ||||
430 | 和希が詞を作り、 榛名が曲を付け、 雪音が歌う、歌。 | ||||
431 | 三人の絆がやっと一つに繋がり、 運命の歯車が回り出したあの日の出来事。 | ||||
432 | ……… | .........
| |||
433 | 第二幕 第四場。 | ||||
434 | そして、コンテスト当日。 | ||||
435 | 回り始めたばかりの三人の歯車は、 あまりにも早く狂い始めていく… | ||||
436 | 雪音 | Yukine | 「………」 | "........."
| |
437 | 和希 | Kazuki | 「緊張してる?」 | ||
438 | 雪音 | Yukine | 「しない方がおかしいよ…」 | ||
439 | 和希 | Kazuki | 「大丈夫。俺たち優勝候補でも何でもないし。 周りがみんなロックバンドなのに、 空気読まずにポップスだし」 | ||
440 | 雪音 | Yukine | 「しかもなんちゃってポップス…」 | ||
441 | 和希 | Kazuki | 「ボーカルはカラオケ上がりだし、 ギターは下手の横好きだし、 唯一まともなキーボードはクラシック畑」 | ||
442 | 雪音 | Yukine | 「…もしかして、わたしたちって 恥ずかしいユニット?」 | ||
443 | 和希 | Kazuki | 「他のバンドにも何人か女性ボーカルいたけど、 雪音みたいに白いヒラヒラの衣装着たコは 一人もいなかったなぁ」 | ||
444 | 雪音 | Yukine | 「うわぁ…ますます緊張してきた。 もう! 余計なプレッシャーかけないでよぉ」 | ||
445 | 和希 | Kazuki | 「あ、いや、ごめん…」 | ||
446 | 雪音 | Yukine | 「も~、和希くんのせいだぁ。 和希くんがコンテストなんかに 無理やり参加させるから…」 | ||
447 | 和希 | Kazuki | 「そ、そこまでさかのぼるか?」 | ||
448 | 雪音 | Yukine | 「出だしで裏返っちゃったらどうしよう… それとも、ガチガチで全然声が出なかったら…」 | ||
449 | 和希 | Kazuki | 「………」 | "........."
| |
450 | 雪音 | Yukine | 「どうしよう、どうしよう、どうしよう…」 | ||
451 | 和希 | Kazuki | 「あ、あのさ、雪音」 | ||
452 | 雪音 | Yukine | 「な、なに?」 | ||
453 | 和希 | Kazuki | 「目、つぶって」 | ||
454 | 雪音 | Yukine | 「………え?」 | ||
455 | 和希 | Kazuki | 「おまじない、するから。 だから、ほんのちょっとだけ 目を閉じてくれないかな?」 | ||
456 | 雪音 | Yukine | 「そ、そ、それって…」 | ||
457 | 和希 | Kazuki | 「駄目、かな?」 | ||
458 | 雪音 | Yukine | 「だ、駄目って…そんなこと絶対ない! ここで駄目だなんて言うわたしは駄目なわたしだから、 わたしが駄目って言う前に強引にしてくれないと駄目…」 | ||
459 | 和希 | Kazuki | 「黙って」 | ||
460 | 雪音 | Yukine | 「う、うん…」 | ||
461 | 和希 | Kazuki | 「………」 | "........."
| |
462 | 雪音 | Yukine | 「………っ!」 | ||
463 | 和希 | Kazuki | 「はい、これ」 | ||
464 | 雪音 | Yukine | 「………え?」 | ||
465 | 和希 | Kazuki | 「目、開けていいよ」 | ||
466 | 雪音 | Yukine | 「…なに、これ?」 | ||
467 | 和希 | Kazuki | 「ピック。ギターの」 | ||
468 | 雪音 | Yukine | 「………ぴっく?」 | ||
469 | 和希 | Kazuki | 「俺が初めて買った中古のギターについてた奴。 それ以来、ずっと俺のお守り」 | ||
470 | 雪音 | Yukine | 「………」 | "........."
| |
471 | 和希 | Kazuki | 「ライブの前とか、テストの前とかさ… これを握ってると、不思議とリラックスできるんだ」 | ||
472 | 雪音 | Yukine | 「………」 | "........."
| |
473 | 和希 | Kazuki | 「ま、気休めと言えば気休めなんだけどさ。 …受け取ってくれないかな?」 | ||
474 | 雪音 | Yukine | 「………」 | "........."
| |
475 | 和希 | Kazuki | 「…雪音?」 | ||
476 | 雪音 | Yukine | 「ぶっぶ~!」 | ||
477 | 和希 | Kazuki | 「え~!?」 | ||
478 | 雪音 | Yukine | 「あ、俺今いい話でまとめたな~って なんか自己満足に浸ってるみたいだけど、 外してるから。わたし今思いっきり落胆してるから!」 | ||
479 | 和希 | Kazuki | 「な、な、何で!?」 | ||
480 | 雪音 | Yukine | 「和希くん本当にバンドやってたの? もてたくて音楽やる人間の思考じゃないよそれ!」 | ||
481 | 和希 | Kazuki | 「…雪音って実はロックにものすごく偏見持ってない?」 | ||
482 | 雪音 | Yukine | 「だって、だって… ああいう言い方されたら普通アレだって思うよ… 空気読んでよ…」 | ||
483 | 和希 | Kazuki | 「あれ…って」 | ||
484 | 雪音 | Yukine | 「………」 | "........."
| |
485 | 和希 | Kazuki | 「い、いや、まさか… 雪音に限って、そんな…」 | ||
486 | 雪音 | Yukine | 「~っ! 人のことを置き物扱いしないで!」 | ||
487 | 和希 | Kazuki | 「ゆ、雪音…?」 | ||
488 | 雪音 | Yukine | 「じゃ、もう一度目をつぶるので考えてみてください。 制限時間は30秒!」 | ||
489 | 和希 | Kazuki | 「え? え? え?」 | ||
490 | 雪音 | Yukine | 「ん~っ!」 | ||
491 | 和希 | Kazuki | 「目をつぶったのはわかったけどさ…その背伸びは何?」 | ||
492 | 雪音 | Yukine | 「いろいろと対応がしやすいように」 | ||
493 | 和希 | Kazuki | 「何の!?」 | ||
494 | 雪音 | Yukine | 「あ、それと、お守り代わりのピックだけど、 これはこれでいただきます。 …嬉しい。大事にするね」 | ||
495 | 和希 | Kazuki | 「何それ!?」 | ||
496 | 雪音 | Yukine | 「残り20秒~」 | ||
497 | 和希 | Kazuki | 「ゆ、雪音…?」 | ||
498 | 雪音 | Yukine | 「残り10秒~」 | ||
499 | 和希 | Kazuki | 「10秒はやっ!?」 | ||
500 | 雪音 | Yukine | 「………」 | "........."
| |
501 | 和希 | Kazuki | 「………」 | "........."
| |
502 | 雪音 | Yukine | 「残り15秒~」 | ||
503 | 和希 | Kazuki | 「増えてるっ!?」 | ||
504 | 雪音 | Yukine | 「………っ」 | ||
505 | 和希 | Kazuki | 「あ…」 | ||
506 | 雪音 | Yukine | 「ぅ、ぅ~…」 | ||
507 | 和希 | Kazuki | 「…雪音」 | ||
508 | 雪音 | Yukine | 「ぅぅぅ…」 | ||
509 | 和希 | Kazuki | 「ごめん…」 | ||
510 | 雪音 | Yukine | 「あ…っ」 | ||
511 | 和希 | Kazuki | 「もう少しだけ、そのままで…」 | ||
512 | 雪音 | Yukine | 「う、うん…」 | ||
513 | 和希 | Kazuki | 「………」 | "........."
| |
514 | 雪音 | Yukine | 「………」 | "........."
| |
515 | 男性劇団員2 | Male Troupe Member 2 | 「すいませ~ん、あなた方最後の組ですよね? そろそろ舞台袖の方に移動してください!」 | ||
516 | 和希 | Kazuki | 「っ!?」 | ||
517 | 雪音 | Yukine | 「っ!?」 | ||
518 | 男性劇団員2 | Male Troupe Member 2 | 「あれ? お二人だけですか? 残りのメンバーは?」 | ||
519 | 和希 | Kazuki | 「あ、は、は、はいっ、 ちょっと休憩行ってるみたいで~」 | ||
520 | 雪音 | Yukine | 「~~~っ!」 | ||
521 | 男性劇団員2 | Male Troupe Member 2 | 「そうですか… じゃ、すいませんが皆さん揃ったらすぐに移動願います」 | ||
522 | 和希 | Kazuki | 「は、はひっ! 了解いたしましたっ!」 | ||
523 | 男性劇団員2 | Male Troupe Member 2 | 「時間押してるんで! よろしくお願いします」 | ||
524 | 和希 | Kazuki | 「………」 | "........."
| |
525 | 雪音 | Yukine | 「………」 | "........."
| |
526 | 和希 | Kazuki | 「ぷっ…」 | ||
527 | 雪音 | Yukine | 「………」 | "........."
| |
528 | 和希 | Kazuki | 「あはは…あっはっは… 何だかなぁ…すっげ~タイミング」 | ||
529 | 雪音 | Yukine | 「………」 | "........."
| |
530 | 和希 | Kazuki | 「いやここで笑うのはお約束でしょ?」 | ||
531 | 雪音 | Yukine | 「あ~あ、もう…最低」 | ||
532 | 和希 | Kazuki | 「でも、リラックスできただろ?」 | ||
533 | 雪音 | Yukine | 「リラックスした“だけ”だったけどね」 | ||
534 | 和希 | Kazuki | 「別に、焦る理由なんかないじゃん。 コンテスト終わったらそれっきりって訳じゃないんだろ? 俺たち」 | ||
535 | 雪音 | Yukine | 「そっちには理由なくても こっちには重大なのがあるんだけどなぁ…」 | ||
536 | 和希 | Kazuki | 「え?」 | ||
537 | 雪音 | Yukine | 「なんでもな~い! じゃ、わたし先に行って榛名探してくるから!」 | ||
538 | 和希 | Kazuki | 「あ、ああ…」 | ||
539 | 田中 | Tanaka | 「はい、榛名のステージ衣装です」 | ||
540 | 千晶 | Chiaki | 「そのまま広げといて」 | ||
541 | 和希 | Kazuki | 「危なかった… 惜しかった… てかどっちなんだよ俺!」 | ||
542 | 田中 | Tanaka | 「榛名の登場は舞台左からなので、 着替えたらすぐに裏から移動してください」 | ||
543 | 千晶 | Chiaki | 「わかってる…」 | ||
544 | 田中 | Tanaka | 「…大丈夫ですか? 息、上がってません?」 | ||
545 | 千晶 | Chiaki | 「何言ってんの。 まだ半分しか…っ!?」 | ||
546 | 田中 | Tanaka | 「せ、瀬之内さん?」 | ||
547 | 千晶 | Chiaki | 「…ごめん。 脱いだ衣装に足引っかけた」 | ||
548 | 田中 | Tanaka | 「………」 | "........."
| |
549 | 和希 | Kazuki | 「けど、さっきの雪音は… やっぱ吊り橋効果…だよなぁ?」 | ||
550 | 千晶 | Chiaki | 「早く着せて。 あまり時間が空くと吉田が気の毒だ」 | ||
551 | 田中 | Tanaka | 「は、はい…」 | ||
552 | 千晶 | Chiaki | 「いよいよあのシーンか…」 | ||
553 | 田中 | Tanaka | 「泥沼の三角関係突入ですね」 | ||
554 | 千晶 | Chiaki | 「へん。 …二人揃ってくらいやがれ」 | ||
555 | 和希 | Kazuki | 「とにかく深呼吸… 畜生、雪音が落ち着いた代わりに俺がガチガチだ」 | ||
556 | 和希 | Kazuki | 「…やべ、お守りがない。 あれだけでも返してもらっとけばよかった」 | ||
557 | 榛名 | Haruna | 「イチャイチャしたりジタバタしたり忙しいな…」 | ||
558 | 和希 | Kazuki | 「うぇっ!? ふ、冬木?」 | ||
559 | 榛名 | Haruna | 「ま、千載一遇のチャンスを逃したんだ。 焦る気持ちもわからないでもないけどね」 | ||
560 | 和希 | Kazuki | 「な、何のこと…」 | ||
561 | 榛名 | Haruna | 「今さらとぼける必要ないんだって。 こっちは一部始終見てたんだからさ」 | ||
562 | 和希 | Kazuki | 「………」 | "........."
| |
563 | 榛名 | Haruna | 「中学生かよお前ら。 恥ずかしくて見てられなかったぞ」 | ||
564 | 和希 | Kazuki | 「見てたのか見てられなかったのかどっちだよ…」 | ||
565 | 榛名 | Haruna | 「見てた」 | ||
566 | 和希 | Kazuki | 「見るな」 | ||
567 | 榛名 | Haruna | 「なら見せつけるな。 人がすぐ側にいるのに全然気づかなかったくせに」 | ||
568 | 和希 | Kazuki | 「だ、大体今までどこふらついてたんだよ! 30分前には控え室入りしとけって言っただろ」 | ||
569 | 榛名 | Haruna | 「別にウロチョロしてた訳じゃない。 ずっと更衣室にいたんだよ」 | ||
570 | 和希 | Kazuki | 「なんで?」 | ||
571 | 榛名 | Haruna | 「なんでって…わかるだろ?」 | ||
572 | 和希 | Kazuki | 「…なんで?」 | ||
573 | 榛名 | Haruna | 「ふざけるな。 こんな恥ずかしい格好させやがって」 | ||
574 | 和希 | Kazuki | 「……なんで? ものすごく似合ってるじゃないか」 | ||
575 | 榛名 | Haruna | 「………お前に言って欲しくないな」 | ||
576 | 和希 | Kazuki | 「………なんで?」 | ||
577 | 榛名 | Haruna | 「なんでなんでうるさいな! そんな風にしつこいと雪音に嫌われるぞ」 | ||
578 | 和希 | Kazuki | 「お前も…嫌うか?」 | ||
579 | 榛名 | Haruna | 「ああ、嫌うね。 しつこいくせに流されやすい男は大嫌いだ。 …虫酸が走る」 | ||
580 | 和希 | Kazuki | 「そ、っか…」 | ||
581 | 榛名 | Haruna | 「…さ、行くぞ。 さっさと終わらせてめでたくユニット解散だ」 | ||
582 | 和希 | Kazuki | 「解散…?」 | ||
583 | 榛名 | Haruna | 「当たり前だろ。コンテストまでって約束だ。 あたしには、お前らとこれ以上一緒にいる 理由も意味も趣味もない」 | ||
584 | 和希 | Kazuki | 「………」 | "........."
| |
585 | 榛名 | Haruna | 「むしろここまでよく続いた。 …なんでもっと早く諦めなかったんだろう」 | ||
586 | 和希 | Kazuki | 「ありがとな、冬木」 | ||
587 | 榛名 | Haruna | 「何度も言う。雪音のためだ。 お前なんかに感謝されるいわれなんか これっぽっちもない」 | ||
588 | 和希 | Kazuki | 「それでも… お前がどんなに俺を嫌おうと、 感謝だけはさせてくれよ」 | ||
589 | 榛名 | Haruna | 「お断りだ」 | ||
590 | 和希 | Kazuki | 「嫌だね。これだけは何があっても譲れない! 俺は、お前と一緒にやれて嬉しかったんだよ!」 | ||
591 | 榛名 | Haruna | 「………」 | "........."
| |
592 | 和希 | Kazuki | 「仲間とも一緒に弾けない俺に、 いつも付き合ってくれてた正体不明のピアノとさ…」 | ||
593 | 榛名 | Haruna | 「…合わせるの大変だったんだぞ。 お前、すぐトチるし、テンポずれるし、 曲の趣味は悪いし」 | ||
594 | 和希 | Kazuki | 「ごめんな… それから、今日まで本当にありがとう」 | ||
595 | 榛名 | Haruna | 「…まだ終わってないだろ。 最後の、一番めんどくさい本番が残ってる」 | ||
596 | 和希 | Kazuki | 「そうだな…これが最後だ」 | ||
597 | 榛名 | Haruna | 「………っ」 | ||
598 | 和希 | Kazuki | 「行こうか、冬木。 雪音が待ってる」 | ||
599 | 榛名 | Haruna | 「………西村」 | ||
600 | 和希 | Kazuki | 「ん…?」 | ||
601 | 榛名 | Haruna | 「っ!」 | ||
602 | 和希 | Kazuki | 「っ!?」 | ||
603 | 榛名 | Haruna | 「………おまじないだ。 最後くらい、ノーミスで決めてみろ」 | ||
604 | 和希 | Kazuki | 「………え?」 | ||
605 | 榛名 | Haruna | 「じゃあ…頑張れ」 | ||
606 | ……… | .........
| |||
607 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
608 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
609 | 冷たい床に置かれていた俺の右手に、 温かさが重なる。 | ||||
610 | 隣にちらりと目をやると、 俺に左の手のひらを重ねた雪菜が、 しっかりと正面を向き、舞台を凝視してた。 | ||||
611 | …胸に突き刺さった棘を抜こうともせず、 俺たちの歌に耳を傾けていた。 | ||||
612 | 物語が、現実とずれ始めてる。 | ||||
613 | コンテスト開始直前の『あのシーン』… | ||||
614 | 事実なら、学園祭の後夜祭。 物語では、コンテストの開始前。 | ||||
615 | あの場にいたのは雪菜と俺のはずなのに、 この場で触れあってしまったのは榛名と和希。 | ||||
616 | あのシーンの『相手』が違うことに、 果たして物語上の意味があったんだろうか? | ||||
617 | この芝居の脚本家は、あの時の史実を正確に掴んでた。 なのに、あえて違う展開を用意してきた。 | ||||
618 | この芝居がただのお話じゃないということを知っている 俺たちにしか気づけない、微妙なパラレルワールド。 | ||||
619 | これってもしかして、俺たち二人だけに向けられた、 あいつの仕掛けた悪戯なんじゃないか…? | ||||
620 | あの瞬間、雪菜は一瞬だけ目を見開き、 ほんの少し自虐的に笑みを漏らして 唇を、かみしめた。 | ||||
621 | そしてあの瞬間… 俺は、どうしていいのかわからずに、 咄嗟にうつむいて、やっぱり唇をかみしめた。 | ||||
622 | だって、あそこにいるのは。 演技とは言え、あんなことしたのは… | ||||
623 | 男性劇団員4 | Male Troupe Member 4 | 「おい…こいつらなんか勘違いしてね?」 | ||
624 | 女性劇団員4 | Female Troupe Member 4 | 「…かもね」 | ||
625 | 男性劇団員4 | Male Troupe Member 4 | 「どうすんだよ… ラストなのに会場静まり返っちゃったぞ?」 | ||
626 | 女性劇団員4 | Female Troupe Member 4 | 「うん…」 | ||
627 | 男性劇団員4 | Male Troupe Member 4 | 「失格になるんじゃないのかなぁ… なんか勿体ないよな、決して悪くないのに」 | ||
628 | 女性劇団員4 | Female Troupe Member 4 | 「…黙っててよ。 歌が聴こえない」 | ||
629 | 男性劇団員4 | Male Troupe Member 4 | 「…悪い」 | ||
630 | 周囲のざわめきが、 舞台の上で繰り広げられる彼らの演技ではなく、 舞台の上で奏でられる彼らの演奏に向けられている。 | ||||
631 | 彼らは、芝居の観客ではなく、コンテストの観衆役… こんなところにまで『芝居』が仕込んである。 | ||||
632 | 彼らが舞台の三人の演奏に聴き入ることで、 俺たちまでもが、これが芝居ではなく ライブだという錯覚を植えつけられていく。 | ||||
633 | ……… | .........
| |||
634 | 舞台では、“雪音”が歌っている。 | ||||
635 | 雪菜より、ちょっと芝居がかってるけれど、 それでもよく通る朗々とした声で、 声高らかに歌い上げている。 | ||||
636 | …つい今、一番信じていたはずの二人に裏切られた雪音が。 | ||||
637 | 雪菜 | Setsuna | 「っ…」 | ||
638 | 俺に重ねられた雪菜の手が、 温かさとともに、痛みを伝えてくる。 | ||||
639 | だから俺は、もう片方の手も雪菜の手に重ね、 彼女の手のひらから伝わる気持ちを、 ゆっくりとほぐしていく。 | ||||
640 | 雪菜 | Setsuna | 「………っ、ぅ、っ」 | ||
641 | 資格とか責任とか、今はそんなことは考えない。 …考えたくない。 | ||||
642 | ……… | .........
| |||
643 | 第二幕 終了。 | ||||
644 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
645 | 吉田 | Yoshida | 「………よし!」 | ||
646 | 千晶 | Chiaki | 「………っ」 | ||
647 | 男性劇団員2 | Male Troupe Member 2 | 「よしセット組み替えて。 残るは最終幕だけ。あと一踏ん張りな!」 | ||
648 | 田中 | Tanaka | 「お疲れさまでした瀬之内さん。 さ、戻りましょう」 | ||
649 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
650 | 田中 | Tanaka | 「…瀬之内さん?」 | ||
651 | 吉田 | Yoshida | 「………え?」 | ||
652 | 田中 | Tanaka | 「ちょ、ちょっと! どうしたんですか瀬之内さん!? 誰か! ごめん手貸して!」 | ||
653 | ……… | .........
| |||
654 | …… | ......
| |||
655 | … | ...
| |||
656 | 上原 | Uehara | 「………」 | "........."
| |
657 | 吉田 | Yoshida | 「………」 | "........."
| |
658 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「………」 | "........."
| |
659 | 上原 | Uehara | 「っ、どうだ!?」 | ||
660 | 田中 | Tanaka | 「…とりあえず意識は回復しました。 まだ立ち上がれないみたいですけど」 | ||
661 | 上原 | Uehara | 「そっか、よかった…」 | ||
662 | 吉田 | Yoshida | 「で、続けられるんですか?」 | ||
663 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「吉田! お前、こんな時に何を…」 | ||
664 | 吉田 | Yoshida | 「ええ、こんな時です。 舞台の真っ最中ですよ。 次はいよいよ最終幕なんですよ?」 | ||
665 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「う…」 | ||
666 | 吉田 | Yoshida | 「座長は代役とか色々手を打ってたみたいですけど、 今日だけは瀬之内さん替えるのはもう無理ですよ。 観客的にも、俺的にも…」 | ||
667 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「そうは言っても… 倒れたとき、モロ頭ぶつけてたし」 | ||
668 | 吉田 | Yoshida | 「彼女が駄目なら、今日の公演は中止ですね。 少なくとも俺は続けられません」 | ||
669 | 田中 | Tanaka | 「本人はまだ出るって言ってたけど… でも、あの体調じゃ」 | ||
670 | 上原 | Uehara | 「…どうして急に倒れたんだ? どれだけ寝なくても、全然食べなくても、 芝居してる間だけはいつも平気だったのに」 | ||
671 | 田中 | Tanaka | 「それは…瀬之内さんだって女性ですから…」 | ||
672 | 上原 | Uehara | 「ま、まさか…つわりとか流産とか…?」 | ||
673 | 田中 | Tanaka | 「なんでいきなりそんな話になるんですか!? 座長、それセクハラですよ!」 | ||
674 | 上原 | Uehara | 「い、いや、それは…」 | ||
675 | 田中 | Tanaka | 「…逆です。 いきなり来ちゃったんですよ」 | ||
676 | 上原 | Uehara | 「………え?」 | ||
677 | 男性劇団員3 | Male Troupe Member 3 | 「ま、まさか…それって…」 | ||
678 | 吉田 | Yoshida | 「月の…?」 | ||
679 | 田中 | Tanaka | 「それも相当に重いらしくて。 それで極度の貧血状態に」 | ||
680 | 上原 | Uehara | 「………最悪だ」 | ||
681 | ……… | .........
| |||
682 | 千晶 | Chiaki | 「はぁ、はぁ…はぁぁ…っ」 | ||
683 | 千晶 | Chiaki | 「く…この…」 | ||
684 | 上原 | Uehara | 「今日の公演はここまで」 | ||
685 | 千晶 | Chiaki | 「っ!?」 | ||
686 | 上原 | Uehara | 「で、明日からは代役を立てる。 雪音と榛名に一人ずつ。 …元から二役ってのに無理があったんだな」 | ||
687 | 千晶 | Chiaki | 「…何言ってんの座長。 あたし、今までだって一人で何役もやってきたじゃん」 | ||
688 | 上原 | Uehara | 「今回は今まで以上に入れ込みすぎだったんだな。 それで反動が来た」 | ||
689 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
690 | 上原 | Uehara | 「それに、身体が戻ったとしても、 心まで雪音に戻れるかどうか…」 | ||
691 | 千晶 | Chiaki | 「どういう意味?」 | ||
692 | 上原 | Uehara | 「結構本気で切り札のつもりだったんじゃないの? …女としての心当たり」 | ||
693 | 千晶 | Chiaki | 「っ…」 | ||
694 | 上原 | Uehara | 「残念だったけど… まぁその、既成事実ならまた作れば」 | ||
695 | 千晶 | Chiaki | 「二度とさせてくれるもんか。 あからさまに拒絶されてんのにさぁ」 | ||
696 | 上原 | Uehara | 「でもほら、一度はそういう仲になった訳だし。 姫が泣いてすがればあるいは…」 | ||
697 | 千晶 | Chiaki | 「そんなカッコ悪いこと…できるもんか」 | ||
698 | 上原 | Uehara | 「女優だもんなぁ」 | ||
699 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
700 | 上原 | Uehara | 「ま、そんな訳だから。 客には俺から説明する。 座長の仕事なんてそのくらいだし」 | ||
701 | 千晶 | Chiaki | 「行けるよ」 | ||
702 | 上原 | Uehara | 「無理だ。 身体は大貧血、心は大失恋。 続けられる理由が見つからない」 | ||
703 | 千晶 | Chiaki | 「あたしが瀬之内晶だからだ」 | ||
704 | 上原 | Uehara | 「男に溺れる前の姫だったら信じたけどな」 | ||
705 | 千晶 | Chiaki | 「溺れてない! 操れなかっただけだ!」 | ||
706 | 上原 | Uehara | 「とにかく、続けるにしてもやめるにしても、 姫には降りてもらう。 今日だけじゃなく、明日以降も」 | ||
707 | 千晶 | Chiaki | 「あたしのウァトスだ!」 | ||
708 | 上原 | Uehara | 「今はもう、みんなのウァトスだよ…」 | ||
709 | ……… | .........
| |||
710 | いよいよ第三幕… | ||||
711 | ここからはきっと、 中途半端だった“原作”を差し置いて、 物語の方が先に進んでいくオリジナル展開。 | ||||
712 | 三人の関係が歴史を外れ、 脚本家の解釈が語られていく。 | ||||
713 | …あいつが真に伝えたかったことが、 俺たちに、牙をむく。 | ||||
714 | 春希 | Haruki | 「…本当に、最後まで見て行くのか?」 | ||
715 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
716 | きっとあいつは、この先容赦なんかしない。 雪音は、物語の闇に突き落とされていくだろう。 | ||||
717 | そして、表面上は無関係な雪菜の心を、 深くまで食い破ろうとするに違いない。 | ||||
718 | 春希 | Haruki | 「これ以上は辛いだろ? 出よう。家まで送るから」 | ||
719 | だって、あいつが物語に対して妥協するわけがない。 | ||||
720 | 大多数の心を揺さぶるために、 少人数の心を抉るなんてことは、 あいつにとっては『正義』なんだから… | ||||
721 | 何しろ、抉られた俺が言うんだから間違いない。 | ||||
722 | 雪菜 | Setsuna | 「でも春希くんは…」 | ||
723 | 春希 | Haruki | 「雪菜が辛いのなら俺は問答無用で出る。 今はそれが最優先だ」 | ||
724 | 絶対に心に深い傷を負うことになるのに。 これ以上は、致命的かもしれないのに。 | ||||
725 | 雪菜 | Setsuna | 「………見てく。最後まで。 彼女のメッセージ、受け取る」 | ||
726 | 春希 | Haruki | 「雪菜…」 | ||
727 | それでも雪菜は、また正面を見据える。 | ||||
728 | 雪菜 | Setsuna | 「ねぇ春希くん… あなたも、そうする必要があるんだよ?」 | ||
729 | 春希 | Haruki | 「………わかった」 | ||
730 | だから俺も、未だに開かない最終幕を、 しっかりと目を見開いて待ち構える。 | ||||
731 | あいつの真意を確かめるために。 あいつの演技の中の真実を見つけるために。 | ||||
732 | だって… | ||||
733 | 抉って、弄んで、喰らい尽くしたはずなのに、 それでもあいつは、悪びれずにまだ俺のこと。 | ||||
734 | あいつにとって、もう絞りカスのはずの、俺のこと… | ||||
735 | ……… | .........
| |||
736 | 第三幕 第一場。 | ||||
737 | 物語は、いきなり飛ばしていた。 | ||||
738 | なにしろ、舞台は三年後。 …俺たちの、リアルタイム。 | ||||
739 | けれど物語は、今までよりも、 よりパラレルワールド色が強くなっていた。 | ||||
740 | 和希 | Kazuki | 「雪音は今年さ、学園祭来られそう?」 | ||
741 | 雪音 | Yukine | 「うん…お仕事入っちゃってる…」 | ||
742 | 和希 | Kazuki | 「三日間とも?」 | ||
743 | 雪音 | Yukine | 「三日とも」 | ||
744 | 和希 | Kazuki | 「そうかぁ…」 | ||
745 | 雪音 | Yukine | 「それがね…他の大学の学園祭なの。 事務所が勝手にスケジュール入れちゃって」 | ||
746 | 和希 | Kazuki | 「…なんだかなぁ」 | ||
747 | 雪音 | Yukine | 「和希くんはどうするの?」 | ||
748 | 和希 | Kazuki | 「え? 俺? う、う~ん…そうだな。 雪音と一緒かなって思ってたから、 特に決めてないけど…」 | ||
749 | 雪音 | Yukine | 「そうなんだ…。ごめんね」 | ||
750 | 和希 | Kazuki | 「いや…俺の方こそ」 | ||
751 | 雪音 | Yukine | 「ごめんね、和希くん…じゃあ、また今度ね…」 | ||
752 | 和希 | Kazuki | 「そうだね…」 | ||
753 | 雪音 | Yukine | 「それじゃ、おやすみなさい…だねっ…」 | ||
754 | 和希 | Kazuki | 「あ、うん。おやすみ。 …わざわざごめん。電話までしてくれたのに」 | ||
755 | 雪音 | Yukine | 「ふふっ。いいよ。…それじゃ」 | ||
756 | 和希 | Kazuki | 「うん…」 | ||
757 | 和希 | Kazuki | 「………」 | "........."
| |
758 | 榛名 | Haruna | 「雪音と一緒かなって思ってたから、 特に決めてないけど~」 | ||
759 | 和希 | Kazuki | 「っ!?」 | ||
760 | 榛名 | Haruna | 「『わざわざごめん。電話までしてくれたのに』ってね~。 謝るとこってそこなんだ。厚かましいにも程があるな」 | ||
761 | 和希 | Kazuki | 「…うるさいな」 | ||
762 | 榛名 | Haruna | 「他の女を部屋に連れ込んでおいて彼女とラブコールかよ。 いいご身分だなぁおい」 | ||
763 | 和希 | Kazuki | 「友達だろ。 俺の部屋に榛名がいたって、 雪音は心配なんかしない」 | ||
764 | 榛名 | Haruna | 「………間抜け」 | ||
765 | 和希 | Kazuki | 「それに、まだ話は終わってない。 一体どういう事なんだよ?」 | ||
766 | 榛名 | Haruna | 「…何が?」 | ||
767 | 和希 | Kazuki | 「留学の話、断ったんだって? せっかく母親と暮らせることになったのに」 | ||
768 | 榛名 | Haruna | 「………」 | "........."
| |
769 | 和希 | Kazuki | 「どうしてなんだよ… お前、日本にいたってこれ以上伸びないって 言ってたじゃないか」 | ||
770 | 榛名 | Haruna | 「そりゃ確かに、 これ以上伸びたいならヨーロッパに行くさ。 でも、そういう気持ちがなかったら?」 | ||
771 | 和希 | Kazuki | 「夢だったんじゃないのかよ? 自分の母親みたいな、 世界的なピアニストになるのがさ…」 | ||
772 | 榛名 | Haruna | 「…お前には言われたくないことばっかりだ」 | ||
773 | 和希 | Kazuki | 「…どういう意味だよ?」 | ||
774 | 榛名 | Haruna | 「メジャーになるってお前の夢、どこ行ったんだよ? 愛しい彼女が代わりに全部叶えてくれたから、 もう僕は満足ですよ~ってか~?」 | ||
775 | 和希 | Kazuki | 「榛名ぁっ!」 | ||
776 | 上原 | Uehara | 「………」 | "........."
| |
777 | 田中 | Tanaka | 「本当に良かったんですか? 瀬之内さん、とっくに限界超えてますよ?」 | ||
778 | 上原 | Uehara | 「そんなこと言ったってさぁ… 見てよこのひっかき傷」 | ||
779 | 田中 | Tanaka | 「いくら座長でも今の彼女なら止められたのに」 | ||
780 | 上原 | Uehara | 「…俺ってそんなに腕力に定評ないんだ」 | ||
781 | 田中 | Tanaka | 「本気で止める気がなかったって言ってるんです」 | ||
782 | 上原 | Uehara | 「だってさ…もうこうなっちゃった以上、 どこでストップがかかっても中止は中止だよ。 それに明日以降は君らがいる」 | ||
783 | 田中 | Tanaka | 「あれだけ彼女のこと一人だけ贔屓してきたのに、 座長の意に添わなくなったらポイ捨てですか?」 | ||
784 | 上原 | Uehara | 「俺が? まさかぁ。 姫が俺らを捨てるんだよ。 こんなちっぽけな劇団なんかさっさと見切りつけてさ」 | ||
785 | 田中 | Tanaka | 「………」 | "........."
| |
786 | 上原 | Uehara | 「男に溺れたからこそできる芝居がある、か」 | ||
787 | 田中 | Tanaka | 「え?」 | ||
788 | 上原 | Uehara | 「見せてもらおうじゃないか… 君の、最後にして最高の舞台をさ」 | ||
789 | 榛名 | Haruna | 「は、ぁ、ぁぁ… な、なぁ、和希」 | ||
790 | 和希 | Kazuki | 「…ん?」 | ||
791 | 榛名 | Haruna | 「いつもの約束…守れよ?」 | ||
792 | 和希 | Kazuki | 「榛名…」 | ||
793 | 榛名 | Haruna | 「雪音には…内緒だぞ」 | ||
794 | ……… | .........
| |||
795 | 第三幕 第二場。 | ||||
796 | ここで物語は、空白の三年間を描く。 | ||||
797 | 三年前のコンサート… 見事『審査対象外』として落選した三人のユニット。 | ||||
798 | けれどその時の歌が、とある芸能プロ社長の目に止まり、 その一年後、見事にデビューを果たすことになる。 | ||||
799 | …ボーカリスト、初芝雪音として。 彼女一人が。 | ||||
800 | 和希はギターを諦め、大学に進学し、 ごく普通の学生生活を過ごしていく。 | ||||
801 | そんな、新進気鋭のポップス歌手と、 平凡な大学生の二人は… | ||||
802 | けれど、彼女の方からの熱い告白により、 彼女のデビューと前後して、 ごく身近な人たちの間で公認となっていた。 | ||||
803 | そして、三人のうちのもう一人。 将来を嘱望された天才ピアニスト、冬木榛名は、 自らの可能性を、自ら閉ざしていった。 | ||||
804 | 一年目は、順風満帆だった。 | ||||
805 | 出逢った頃から変わらない憧れと愛情を、 等身大のまま和希にぶつける雪音。 | ||||
806 | 自分の本当の気持ちを封印し、 けれど自分の本当の気持ちに素直に、 雪音の想いに応える和希。 | ||||
807 | そして、あのコンテストの日以来、 ずっと奇跡のように『ただの友達』であり続け、 雪音と和希を見守り続ける榛名。 | ||||
808 | 二年目に、さざ波が押し寄せ始めた。 けれど皆は、まだそれを嵐の予兆とは感じなかった。 | ||||
809 | スター街道を駆け上がっていく雪音は、 和希への募る想いとは裏腹に、 二人の時間をじわじわと奪われていく。 | ||||
810 | 有名人を恋人に持つ、ただの大学生のままの和希は、 彼の夢を代わりに叶え、そして彼の夢を奪った雪音に、 寂寥や不安、そして嫉妬や疑心を重ねていく。 | ||||
811 | 二人の共通の友人というスタンスを守り続ける榛名は、 和希の悩みや辛さを吸い出してあげているうちに、 その毒が全身に回っていくのを抑えられなくなる。 | ||||
812 | そして、三年目… | ||||
813 | 三年前のあの日以来、 『お前のことなんか別に何とも思っていなかった』榛名の、 本当の、そして真摯で深い想いの発露。 | ||||
814 | 母親の活動拠点であるウィーンへの留学の話を蹴ってまで、 日本に…和希の側にい続けようとする。 | ||||
815 | 雪音の身代わりで、あり続けようとする。 | ||||
816 | だから必然的に過ちは起きてしまった。 | ||||
817 | …榛名と和希にとって、それが過ちではなかったことが、 最大の過ちだった。 | ||||
818 | ……… | .........
| |||
819 | 第三幕 第三場。 | ||||
820 | そして、何もかもが音を立てて崩れていく。 | ||||
821 | 雪音 | Yukine | 「どうしてそんなこと…」 | ||
822 | 雪音 | Yukine | 「そんなこと、どうして言うの…?」 | ||
823 | 物陰から、和希は見てしまった。 | ||||
824 | 親友同士のはずの、 彼の恋人と、彼の恋人が、 彼を巡ってとうとう決裂する瞬間を。 | ||||
825 | このシーン、 きっと演出は相当苦労したに違いない。 | ||||
826 | 何しろ、一つの舞台に雪音と榛名は登場できない。 けれどこの物語において、 二人の対決と決裂は必須なのだから。 | ||||
827 | 違和感は当然あった。 | ||||
828 | けれど、主演女優のあまりにも鬼気迫る演技は、 その無理のある演出を、些細なものにしてしまった。 | ||||
829 | そして、破滅の音が響く。 | ||||
830 | 雪菜の手のひらに、汗が滲んでる。 | ||||
831 | けどそれは、一緒に握りあっている俺の手から 流れ出したものかもしれない。 | ||||
832 | たとえどれだけ傷つこうが、酷い描写をされようが、 俺たちは確かに今、あいつの舞台に吸い込まれてる。 | ||||
833 | 雪菜 | Setsuna | 「わたし… あんなに強くなかったなぁ」 | ||
834 | 俺たち三人には、 とうとう最後まで訪れなかった場面を演じる あいつの演技に… | ||||
835 | 雪菜 | Setsuna | 「かずさも… 強くなかったよね」 | ||
836 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
837 | 優しすぎた雪菜は、舞台に上がらなかった。 臆病すぎたかずさは、舞台から逃げ続けた。 | ||||
838 | そして俺は… 俺だけは、舞台の彼と同じだった。 | ||||
839 | 傍観者として、そこに在り続けるしかなかった。 | ||||
840 | ……… | .........
| |||
841 | 誰もが、哀しくも切ない終焉を思い描いていた。 | ||||
842 | 彼らのイメージの中では、 雪音は完全に脱落側だった。 | ||||
843 | 遠くの恋人より近くの友人。 昔からよくある、遠距離恋愛の犠牲者。 それは距離だけでなく、立場においても。 | ||||
844 | ピアノを捨てた榛名には、和希が側に残り、 捨てなかった雪音には、歌だけが残される。 | ||||
845 | だから雪音は歌う… | ||||
846 | 三人が、初めて一つになった思い出の歌を。 三人が、三人でいられなくなった、思い出の歌を。 | ||||
847 | ………と、本当に、誰もが思っていた。 | ||||
848 | 千晶 | Chiaki | 「は~…は~…はぁぁぁぁ~…っ」 | ||
849 | 上原 | Uehara | 「…その状態でよく生きてるな」 | ||
850 | 千晶 | Chiaki | 「“和希”に引きずられてるのかも。 …本当に良くなったね、あいつ」 | ||
851 | 上原 | Uehara | 「みんな育ってるよ。 姫が見てなかっただけだ」 | ||
852 | 千晶 | Chiaki | 「そ…っか」 | ||
853 | 上原 | Uehara | 「次が、最後のシーンだな」 | ||
854 | 千晶 | Chiaki | 「ん」 | ||
855 | 上原 | Uehara | 「そして、最長のシーンだ。 しかも台詞はほとんど姫だけ」 | ||
856 | 千晶 | Chiaki | 「見せ場だね」 | ||
857 | 上原 | Uehara | 「…最後まで立ってられればな。 いや、倒れても見せ場は見せ場か」 | ||
858 | 千晶 | Chiaki | 「そんな挑発しなくてもいいよ… あたし今、反発するほどの元気もないんだからさ」 | ||
859 | 上原 | Uehara | 「姫…」 | ||
860 | 千晶 | Chiaki | 「なぁに、勝負はここからだ… あたしはまだ、あの二人に何も伝えてない」 | ||
861 | ……… | .........
| |||
862 | 第三幕 第四場。 | ||||
863 | けれど脚本兼主演女優は、 ここから誰もが予想も期待もしなかった、 怒濤の粘りを見せる。 | ||||
864 | どちらか一つを選べずに、結果に任せた雪音。 強い気持ちで恋を選んで、結果を引き寄せた榛名。 | ||||
865 | そんな、恋人以外、何もかも手に入れたヒロインと、 恋人を手に入れるため、何もかも捨てたヒロインを、 あえて最後の最後で拮抗させる。 | ||||
866 | 雪音 | Yukine | 「ね、和希くん」 | ||
867 | 雪音 | Yukine | 「わたし、捨てないから」 | ||
868 | 雪音 | Yukine | 「あなたへの想いも、 今、この手に掴んでいるチャンスも、夢も」 | ||
869 | 雪音 | Yukine | 「女の子としての恋する気持ちも。 歌手としての嬉しさも、楽しさも、プライドも」 | ||
870 | 雪音 | Yukine | 「全部、手に入れようとするから。 死に物狂いで頑張るから」 | ||
871 | それは、もの凄いバランスだった。 | ||||
872 | 違和感も、優越感も、嫌悪感も抱かせず、 健気で一途な、けれど新進気鋭のシンガー、 初芝雪音が完成していく。 | ||||
873 | 雪音 | Yukine | 「自分の恋を追いかけて、一生懸命やってたら、 いつの間にかチャンスを掴んでいたけれど」 | ||
874 | 雪音 | Yukine | 「もしかしたらそのことで、 和希くんを傷つけてしまったかもしれないけど」 | ||
875 | 彼女の愛情は、決して行き過ぎず、押しつけず、 けれど控えもせず、強く、優しく… | ||||
876 | 雪音 | Yukine | 「でもね、わたし…後悔してない。 だって、掴んでから、それが自分の夢だって気づいたの」 | ||
877 | 雪音 | Yukine | 「和希くんが与えてくれた、 かけがえのないわたしの道だって、気づいたの」 | ||
878 | だからこそ、和希と榛名をなおのこと苦しめる。 | ||||
879 | 雪音 | Yukine | 「だからわたし、何もかも諦めないからね」 | ||
880 | 最後の最後になって、誰もが気づいた。 これは、初芝雪音のための物語だったのだと。 | ||||
881 | 雪音 | Yukine | 「何か一つを捨てて、他の全てを手に入れるなんて、 そんなバランス感覚、わたしにはないもの」 | ||
882 | 彼女は、あまりにも貪欲で、あまりにも純粋で… そして、あまりにも強すぎた。 | ||||
883 | 雪音 | Yukine | 「想いの量に、強さに上限なんかない」 | ||
884 | 雪音 | Yukine | 「歌に対する想いが強くなるにつれて、 和希くんへの想いが弱くなったことなんかないもの…」 | ||
885 | こんなヒロインを、雪菜をモデルにして作るなんて、 脚本家は頭がおかしいとしか言いようがない。 | ||||
886 | 雪音 | Yukine | 「逢えない時間が想いを育てたんだもの。 ほんの少しの二人きりでいられる時間が、 もっと想いを育てたんだもの」 | ||
887 | 雪音 | Yukine | 「だから、わたしの気持ちは、負けてなんかない」 | ||
888 | いや、もうこの役は、雪菜だけがモチーフじゃない。 | ||||
889 | 雪音 | Yukine | 「全てを取ろうとして、全てを失ってもいい。 それでもわたしは、全てを求め続ける」 | ||
890 | 初芝雪音は、小木曽雪菜でも、冬馬かずさでもあり… | ||||
891 | 雪音 | Yukine | 「信じてる、なんて言わない。 和希くんがわたしと榛名のどっちを選んでも、 それが間違ってるなんて思わない」 | ||
892 | そして、和泉千晶自身だった。 | ||||
893 | 雪音 | Yukine | 「ただ、わたしの想いは榛名に負けてない。 榛名もそうだと言うのなら、 あとは和希くんに決めてもらうしかない」 | ||
894 | 本当に、馬鹿で天才だ…この馬鹿は。 | ||||
895 | 雪音 | Yukine | 「ね、和希くん…」 | ||
896 | 雪音 | Yukine | 「わたし、和希くんのこと、本当に、本当に愛してる! これだけは真実だって、約束する…」 | ||
897 | ……… | .........
| |||
898 | 物語は、そこからもまだ二転三転した。 | ||||
899 | 雪音も榛名も、 最後の最後までお互いを愛し合い、 そして潰し合った。 | ||||
900 | その後の結末は… もう、無粋なのでこれ以上は言わないでおく。 | ||||
901 | ただ、場内割れんばかりの拍手と。 | ||||
902 | 幕間の時間が長かったせいで、 すでに深夜に及んでいた時間を 観客の誰もが忘れていたというその事実だけを、ここに。 | ||||
903 | ……… | .........
| |||
904 | あ、それともう一つ… | ||||
905 | カーテンコールは、なかった。 | ||||
906 | …… | ......
| |||
907 | … | ...
| |||
908 | 千晶 | Chiaki | 「………ぁ」 | ||
909 | 吉田 | Yoshida | 「瀬之内さん! …良かった」 | ||
910 | 千晶 | Chiaki | 「ここ…」 | ||
911 | 吉田 | Yoshida | 「最後… 舞台終わった瞬間、また倒れたんですよ」 | ||
912 | 千晶 | Chiaki | 「そ…っか。 今、何時?」 | ||
913 | 吉田 | Yoshida | 「ええと…夜中の一時ですね。 ま、公演の方もだいぶ押しましたし」 | ||
914 | 千晶 | Chiaki | 「………一時!?」 | ||
915 | 吉田 | Yoshida | 「みんなは帰りました。 で、俺と座長と田中さんが交代でここに」 | ||
916 | 千晶 | Chiaki | 「そんな…」 | ||
917 | 吉田 | Yoshida | 「あ、気にしないでください。 終電なくなってるけど、 どうせ友達の部屋に泊まるつもりだったし」 | ||
918 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
919 | 吉田 | Yoshida | 「とりあえず、初日お疲れさまでした。 勉強させてもらいました」 | ||
920 | 千晶 | Chiaki | 「誰か…」 | ||
921 | 吉田 | Yoshida | 「え?」 | ||
922 | 千晶 | Chiaki | 「誰か、あたしを待ってなかった? 舞台終わってから、その…」 | ||
923 | 吉田 | Yoshida | 「ファンですか? 花やプレゼントならいくつか預かってますけど」 | ||
924 | 千晶 | Chiaki | 「いや、そういうんじゃなくてさ… もっと、その…ファンっぽくない奴というか、 ちょっと暗めの…」 | ||
925 | 吉田 | Yoshida | 「さあ? 俺は聞いてませんけど」 | ||
926 | 千晶 | Chiaki | 「………そうなの、かぁ」 | ||
927 | 吉田 | Yoshida | 「でも本当、瀬之内さんについてきて良かったです。 俺、今度の舞台、自分でもかなり…」 | ||
928 | 千晶 | Chiaki | 「………っ」 | ||
929 | 吉田 | Yoshida | 「…瀬之内さん? どうかしました?」 | ||
930 | 千晶 | Chiaki | 「吉田は本当に良かったよ… あたしの方こそ、迷惑かけて済まなかったな」 | ||
931 | 吉田 | Yoshida | 「………え?」 | ||
932 | 千晶 | Chiaki | 「ホン遅れるわ、本番で倒れるわ、 そのせいで明日以降降ろされるわ… 今回はいいとこなかったよ、ごめんな」 | ||
933 | 吉田 | Yoshida | 「そんな… 俺、あなたに完全に引っ張ってもらいました。 今日、本当に濃い芝居できたのは…」 | ||
934 | 千晶 | Chiaki | 「いいよ、そんなにフォローしなくても…」 | ||
935 | 吉田 | Yoshida | 「…あなたがそんな弱気だと、皆の士気に関わります。 明日になったらまた、いつもみたいに 威張っててください」 | ||
936 | 千晶 | Chiaki | 「明日、か…」 | ||
937 | 吉田 | Yoshida | 「それでまた… 次の公演の時にも、一緒に…」 | ||
938 | 千晶 | Chiaki | 「よ…っと」 | ||
939 | 吉田 | Yoshida | 「って、どこ行くんですか?」 | ||
940 | 千晶 | Chiaki | 「外…」 | ||
941 | 吉田 | Yoshida | 「だ、駄目ですってその格好じゃ! 外は今…」 | ||
942 | 千晶 | Chiaki | 「ちょっとだけ… ちょっと…確かめるだけだから」 | ||
943 | 吉田 | Yoshida | 「何を?」 | ||
944 | 千晶 | Chiaki | 「………あたしが、何もかも失ったことを」 | ||
945 | 吉田 | Yoshida | 「瀬之内さん…?」 | ||
946 | 千晶 | Chiaki | 「ありがと、吉田君… もう、ここにいなくてもいいからさ」 | ||
947 | 吉田 | Yoshida | 「あ、あのっ、瀬之内さん。 いや…和泉さん!」 | ||
948 | 千晶 | Chiaki | 「………なに?」 | ||
949 | 吉田 | Yoshida | 「本当に、待ってますから。 次に、また一緒にやれること」 | ||
950 | 千晶 | Chiaki | 「うん…そだね」 | ||
951 | 吉田 | Yoshida | 「あの、それで、これからも… できれば、舞台以外でも…」 | ||
952 | 千晶 | Chiaki | 「………はは、あはは」 | ||
953 | 吉田 | Yoshida | 「…おかしいですか?」 | ||
954 | 千晶 | Chiaki | 「いや、ね… 今さらながら、あたしって天才だなぁって」 | ||
955 | 吉田 | Yoshida | 「ま、それは否定しませんけど」 | ||
956 | 千晶 | Chiaki | 「舞台の上であたしに惚れない男はいない。 …ホン読みの前にそう言ったよな? お前はあの時、あたしを睨みつけたけどさ」 | ||
957 | 吉田 | Yoshida | 「まぁ、その…」 | ||
958 | 千晶 | Chiaki | 「…でもごめん。 あたしには、舞台の下に惚れた男がいるんだ」 | ||
959 | ……… | .........
| |||
960 | 千晶 | Chiaki | 「あ~………そゆことか」 | ||
961 | 千晶 | Chiaki | 「もう…三月になっちゃったのにさ」 | ||
962 | 千晶 | Chiaki | 「………寒っ」 | ||
963 | 千晶 | Chiaki | 「コート…取ってこないと」 | ||
964 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
965 | 千晶 | Chiaki | 「…戻ったせいで追いつかなかったら?」 | ||
966 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
967 | 千晶 | Chiaki | 「夜中の一時に… 誰に追いつくって?」 | ||
968 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
969 | 千晶 | Chiaki | 「もしかしたら… まだ終電行ってないかも」 | ||
970 | 千晶 | Chiaki | 「………っ」 | ||
971 | ……… | .........
| |||
972 | 千晶 | Chiaki | 「…だりぃ」 | ||
973 | …… | ......
| |||
974 | … | ...
| |||
975 | 千晶 | Chiaki | 「は、はは…」 | ||
976 | 千晶 | Chiaki | 「ははは…あはははは…っ」 | ||
977 | 千晶 | Chiaki | 「っ!? う、うぷっ…う、く…ぁ…っ」 | ||
978 | 千晶 | Chiaki | 「は~…はぁぁ~… は、はぁぁぁぁ…っ、 け、けほっ、けほぉっ…」 | ||
979 | 千晶 | Chiaki | 「う、う~…あ~… はぁ、はぁ、はぁ…はぁぁ…」 | ||
980 | 千晶 | Chiaki | 「こんな気持ち悪いのに…」 | ||
981 | 千晶 | Chiaki | 「なんで、できてなかったんだよ」 | ||
982 | 千晶 | Chiaki | 「できてたら、春希のところ帰れたのに。 あいつに一生面倒見させてやったのに…」 | ||
983 | 千晶 | Chiaki | 「おかげであたし… 問答無用に捨てられちゃったじゃないかよ」 | ||
984 | 千晶 | Chiaki | 「全部、春希のせいだ…」 | ||
985 | 千晶 | Chiaki | 「春希のせいで、あたしは何もかも失ったってのに」 | ||
986 | 千晶 | Chiaki | 「初めてだって、二回目だって、三回目だって… 十回記念だって、二十回記念だって…」 | ||
987 | 千晶 | Chiaki | 「地位も、名誉も、明日からの舞台も… あたしのいるべき場所さえも! 全部、ぜ~んぶ、なくしたってのに!」 | ||
988 | 千晶 | Chiaki | 「あんたのせいでこんなことになったってのに! この上、あたしからあんたまで奪おうっての!?」 | ||
989 | 千晶 | Chiaki | 「なんだよそれ… こっちの下心完全無視かよ…ふざけんなよ…っ」 | ||
990 | 千晶 | Chiaki | 「………っ」 | ||
991 | 千晶 | Chiaki | 「ぅ…ぅぅ…ぅく…っ」 | ||
992 | 千晶 | Chiaki | 「うああぁぁぁぁ…あああああああ~っ! あ~、いぅぁぁぁぁああああああ~っ!」 | ||
993 | 千晶 | Chiaki | 「いやああぁぁぁぁぁぁ~! くああぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!」 | ||
994 | ??? | ??? | 「お前…泣くときも芝居がかってんだなぁ」 | ||
995 | 千晶 | Chiaki | 「……………………… っ…ぅく…ぃぅっ…ぅ、ぅぃ…ぅ…」 | ||
996 | 雪が降り、灯りが消え、 暗く冷たい駅前に響いてた大声は。 | ||||
997 | 俺の、呆れたような一声がかけられた瞬間、 一気に夜の闇に吸い込まれたように霧散した。 | ||||
998 | …あまりにもあからさまな、 けれど女優の意地に満ちた千晶の演技によって。 | ||||
999 | 春希 | Haruki | 「どうして泣いてるんだ?」 | ||
1000 | 千晶 | Chiaki | 「春希に捨てられたから」 | ||
1001 | 春希 | Haruki | 「人聞き悪いな…」 | ||
1002 | 千晶 | Chiaki | 「何だってさせてあげたのに… 男の責任放棄しやがってぇ」 | ||
1003 | 春希 | Haruki | 「そんなの逆恨みだろ。 最初に裏切ったのはお前の方じゃないか」 | ||
1004 | 千晶 | Chiaki | 「…逆恨みのどこが悪い」 | ||
1005 | 春希 | Haruki | 「開き直るな」 | ||
1006 | そんなふうに悪態をつきながらも、 俺は、この貴重な瞬間に居合わせたことを、 神様に感謝した。 | ||||
1007 | だって、俺はとうとう見てしまったんだから。 | ||||
1008 | 瀬之内晶が泣いていた。 瀬能千晶が号泣してた。 和泉千晶が、泣き叫んでた。 | ||||
1009 | 果たして、今までのこいつの人生において、 こんな光景を見られた男が他にいたんだろうか? | ||||
1010 | …もちろん、演技ではないという制限つきで。 | ||||
1011 | 春希 | Haruki | 「まさか舞台衣装のまま外に出てくるとはな… お前、このままここにいたら死ぬぞ」 | ||
1012 | コートを脱いだら、 一気に雪交じりの寒風が襲いかかってくる。 | ||||
1013 | けれど今は、地面に這いつくばり許しを請う みじめで不格好なひどい泣き顔の女に、 情け深くもコートを掛けてやらないといけないから。 | ||||
1014 | 千晶 | Chiaki | 「…なんだよその上から目線は。 そんなもんいるかっ」 | ||
1015 | 春希 | Haruki | 「…うるさい、黙って羽織れ」 | ||
1016 | さすがは人の心を読む達人。 俺が優位かましてることまでお見通しだ。 | ||||
1017 | 千晶 | Chiaki | 「触るな、さわんなぁ…っ、 首のところ撫でるな、猫扱いするなぁ…っ」 | ||
1018 | 春希 | Haruki | 「最初に猫になってみせたのはお前だろ…」 | ||
1019 | 冷え切った千晶の頬から首筋にかけて、 ゆっくりと手のひらを這わせ、 その肌の感触を、久々に馴染ませていく。 | ||||
1020 | …この感触だ。 | ||||
1021 | ずっと、何日間も抱きあっていたときには 当たり前のように触れていた、 けれど今となっては懐かしい手触り。 | ||||
1022 | 春希 | Haruki | 「…帰ろうか」 | ||
1023 | 千晶 | Chiaki | 「どこに」 | ||
1024 | 春希 | Haruki | 「もちろん、俺の部屋に」 | ||
1025 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
1026 | 春希 | Haruki | 「ちゃんと、明日の公演前には起こす。 俺が時間を守らなかったことあるか?」 | ||
1027 | 首筋と頬の感触を楽しんだら、 今度は髪の中に手を入れて、 くしゃくしゃにかき乱す。 | ||||
1028 | 春希 | Haruki | 「立てるか? タクシー拾うから…」 | ||
1029 | 千晶 | Chiaki | 「捨てたくせに」 | ||
1030 | 春希 | Haruki | 「いい加減そのネタ飽きた」 | ||
1031 | 千晶 | Chiaki | 「あたしを捨てて、 小木曽雪菜のところに帰ってったくせに」 | ||
1032 | 春希 | Haruki | 「結構痛いんだからやめてくれ、それ」 | ||
1033 | 千晶 | Chiaki | 「あんたは痛いだけかもしんないけど、 あたしは気持ち悪いわふらつくわ寒気がするわ…」 | ||
1034 | 春希 | Haruki | 「だから早く部屋に戻って、 あったかい風呂に入って寝ろって言ってんだよ」 | ||
1035 | 千晶 | Chiaki | 「捨てたくせに」 | ||
1036 | 春希 | Haruki | 「ループするな」 | ||
1037 | 千晶 | Chiaki | 「どういうつもりで…」 | ||
1038 | 春希 | Haruki | 「ん?」 | ||
1039 | 千晶 | Chiaki | 「なんで、今さらあたしの前に現れた? 彼女と一緒に、あたしのこと嘲笑ってたくせに」 | ||
1040 | 春希 | Haruki | 「捨てたから」 | ||
1041 | 千晶 | Chiaki | 「答えになってないだろ」 | ||
1042 | 春希 | Haruki | 「なってるよ…」 | ||
1043 | 千晶 | Chiaki | 「どこが…」 | ||
1044 | 春希 | Haruki | 「逆、なんだ」 | ||
1045 | 千晶 | Chiaki | 「逆…?」 | ||
1046 | 春希 | Haruki | 「よりにもよってさ… 雪菜を捨てて、 お前を拾いに戻って来ちゃったんだよ、俺は」 | ||
1047 | 千晶 | Chiaki | 「………ぇ?」 | ||
1048 | ……… | .........
| |||
1049 | 雪菜 | Setsuna | 「ふぅ、ごちそうさま」 | ||
1050 | 春希 | Haruki | 「本当に食べ切っちゃったよ…」 | ||
1051 | 雪菜 | Setsuna | 「そんなに驚くほどのことかな? このくらい、女の子だったらぺろりだよ」 | ||
1052 | 春希 | Haruki | 「この寒さじゃなかったらな…」 | ||
1053 | 目の前には、空っぽになったパフェのグラス。 | ||||
1054 | コーヒーがぬるくなっただけで手をつけなくなった 俺とは対照的に、雪菜は冷たいアイスクリームの塊を 冷たいまま快適に楽しんだ。 | ||||
1055 | 雪菜 | Setsuna | 「最近、“友達”とお店に入るときによく頼んでたら、 なんだか癖になっちゃってね」 | ||
1056 | 春希 | Haruki | 「ふぅん…」 | ||
1057 | そう呟いたときの雪菜の表情は、 うまく読み取れなかった。 | ||||
1058 | 雪菜 | Setsuna | 「降るかなぁ…」 | ||
1059 | 春希 | Haruki | 「曇で、夜になって時々雪。 天気予報を信じるなら、だけど」 | ||
1060 | 雪菜 | Setsuna | 「なかなか暖かくなんないね」 | ||
1061 | 春希 | Haruki | 「二月いっぱいはこんなものじゃないかな」 | ||
1062 | 雪菜 | Setsuna | 「じゃあ、明日から急に暖かくなるのかな?」 | ||
1063 | 春希 | Haruki | 「寒気団が時間に正確なら」 | ||
1064 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くんみたいに?」 | ||
1065 | 春希 | Haruki | 「俺なら一日前には引き上げる。 …今日からもう暖かくなってるよ」 | ||
1066 | 雪菜 | Setsuna | 「ふふ、らしいね」 | ||
1067 | 春希 | Haruki | 「くだらないけどな」 | ||
1068 | 雪菜 | Setsuna | 「うん…本当に、くだらない」 | ||
1069 | くだらないけれど、つまらなくない。 | ||||
1070 | 天気の話題でさえ、こんなにつまらなくない。 いや、つまらない会話が出来ることが楽しい。 | ||||
1071 | 昼過ぎに雪菜に会ってから、もう3時間。 奇跡のように続く、なだらかな時間。 | ||||
1072 | 冷え切った体とは対照的に、 じわじわと温かさを取り戻していく心。 | ||||
1073 | このまま何事もなかったように、 昔の日常を取り戻せたら… | ||||
1074 | 雪菜 | Setsuna | 「この後、何か予定あるの?」 | ||
1075 | 春希 | Haruki | 「………なんでもないよ」 | ||
1076 | 両手をテーブルの下に隠す。 | ||||
1077 | なにやってんだ、俺。 雪菜と過ごす時間の最中に時計を気にするなんて。 | ||||
1078 | なにもないはずなのに。 今日の時間は刻む必要なんかないのに。 | ||||
1079 | ………本当に? | ||||
1080 | 雪菜 | Setsuna | 「今日、誘ってくれてありがと。 久しぶりに春希くんの顔を見ることができて嬉しかった」 | ||
1081 | 春希 | Haruki | 「俺も…会いたかったから」 | ||
1082 | 雪菜 | Setsuna | 「気が合うね、わたしたち」 | ||
1083 | 春希 | Haruki | 「ん…」 | ||
1084 | けれど、雪菜は俺のそんな些細な行動に気づかず、 相変わらず穏やかな言葉を投げかけてくれる。 | ||||
1085 | 雪菜は、あの夜のことをもう何も語らない。 忘れたのか、俺を気づかってるのか、 | ||||
1086 | このまま夕食まで誘ったら、 雪菜は、困るだろうか? | ||||
1087 | それとも、今みたいに穏やかな笑顔で、 『どうして今さらそんなこと確かめるの?』みたいに、 当たり前のように頷いてくれるだろうか? | ||||
1088 | 春希 | Haruki | 「雪菜」 | ||
1089 | 雪菜 | Setsuna | 「なぁに?」 | ||
1090 | いや…違う。 | ||||
1091 | 俺が結論を出すべきだって。 俺たち二人とも、そう認めてるから。 | ||||
1092 | だからこんな穏やかで、 そして、なんでもない時間が続くんだ。 | ||||
1093 | きっと雪菜は、俺がこのまま何も言わず逃げるなら、 『何もなかった』ことを受け入れる覚悟を決めてきたんだ。 | ||||
1094 | …俺が、そんななだらかな忘却に逃げることを、 我慢できない人間だって信じてて。 | ||||
1095 | だから俺は… そんな雪菜の信頼を裏切っちゃいけない。 | ||||
1096 | 春希 | Haruki | 「二人きりで会うの…これで最後にしよう」 | ||
1097 | 雪菜を…裏切らなくちゃならない。 | ||||
1098 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1099 | 外の寒さが店内に染み込んできたかのような、 凍りついた時間が流れる。 | ||||
1100 | 春希 | Haruki | 「『あいつには俺がついてなくちゃ』とかじゃない… 『雪菜は俺がいなくても大丈夫』なんて思ってない」 | ||
1101 | でも俺は、かじかむ口を無理やり開く。 | ||||
1102 | 春希 | Haruki | 「あいつには、これからも振り回されるかもしれない。 また、裏切られるかもしれない。 何度も、痛い目を見ると思う」 | ||
1103 | 氷の刃のような言葉を次々に吐き出して、 口の周りを傷だらけにして… | ||||
1104 | 春希 | Haruki | 「けどさ…それでも、裏切るより、楽なんだ」 | ||
1105 | 春希 | Haruki | 「雪菜といるよりも、辛くないんだ…」 | ||
1106 | 雪菜を、ずたずたに引き裂く。 | ||||
1107 | 春希 | Haruki | 「だって、俺が立ち直りさえすれば済む話なんだから」 | ||
1108 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
1109 | 俺が黙ると、場が完全に沈黙する。 | ||||
1110 | 雪菜は口を引き結んで、俺の顔をじいっと見てる。 その表情は、何を思っているのか読み取れない。 | ||||
1111 | …きっと、読み取られないように必死に頑張ってる。 | ||||
1112 | ただ、俺の言葉を遮るつもりも、 俺の言葉を否定する意志もないらしかった。 | ||||
1113 | 春希 | Haruki | 「俺はもう、雪菜を傷つけたくない。 だって、自分に癒せない傷が刻まれるから」 | ||
1114 | だから俺は、淡々と続ける。 雪菜を傷つけ、俺たちを引き裂くための言葉を羅列する。 | ||||
1115 | 春希 | Haruki | 「とんでもないエゴだって自覚してる。 でも俺は、その自分勝手な理屈を改めない」 | ||
1116 | これが…最後だから。 | ||||
1117 | 春希 | Haruki | 「こんな馬鹿な決断ができるのはさ… もちろん、雪菜のことだけじゃなくてさ…」 | ||
1118 | 雪菜 | Setsuna | 「………千晶さん」 | ||
1119 | 春希 | Haruki | 「そうだよ、あいつが好きだから、だよ」 | ||
1120 | 最後だからこそ、雪菜に最大の傷をつける。 | ||||
1121 | 春希 | Haruki | 「騙されたけど、傷つけられたけど、酷い女だったけど… それでもあいつと過ごした瞬間は辛くなかったんだ。 ずっと続いて欲しい時間だって思ったんだ」 | ||
1122 | そして、全身に返り血を浴びる。 | ||||
1123 | その赤い液体は、もう雪菜から流れたものなのか、 俺から流れたものなのかわからなくなってるだろう。 | ||||
1124 | 雪菜 | Setsuna | 「ん…」 | ||
1125 | 雪菜が、ようやく口を開く。 | ||||
1126 | けれどそこから出てきたのは、 俺を呪う言葉でも、俺の言葉を嘆く声でもなかった。 | ||||
1127 | 雪菜 | Setsuna | 「ほら、できたよ?」 | ||
1128 | 舌の先っぽに乗っかっていたのは、 パフェについていた、サクランボの軸。 | ||||
1129 | しっかりと、結ばれていた。 | ||||
1130 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、春希くん」 | ||
1131 | それにどんな意味があったのか、 きっと俺には、いつまで経っても理解できないんだと思う。 | ||||
1132 | 雪菜 | Setsuna | 「千晶さんの芝居、見に行こうか? まだ開演時間に間に合うよ?」 | ||
1133 | 春希 | Haruki | 「知ってたのか…」 | ||
1134 | 雪菜 | Setsuna | 「彼女の本当の気持ち… 確かめに行こうよ」 | ||
1135 | 千晶 | Chiaki | 「………」 | "........."
| |
1136 | 千晶が、自分の肩を抱きしめる。 | ||||
1137 | 俺の羽織らせたコートを、握りしめる。 | ||||
1138 | 春希 | Haruki | 「立てよ」 | ||
1139 | 千晶 | Chiaki | 「どして?」 | ||
1140 | 春希 | Haruki | 「このままじゃ、抱きしめられないから」 | ||
1141 | 千晶 | Chiaki | 「………っ、 う、く、あは、あはは…」 | ||
1142 | 春希 | Haruki | 「何がおかしいんだよ」 | ||
1143 | 千晶 | Chiaki | 「あっはっは…騙されてやんの。 春希、また騙されてやんの~」 | ||
1144 | そんなふうに、 いつものように、俺を嘲笑する千晶。 | ||||
1145 | けれど、地面についた両手が震えてる。 | ||||
1146 | 肘を一生懸命に伸ばし、片膝を立て、歯を食いしばり、 おかげでまた涙がぼろぼろとこぼれ落ち。 | ||||
1147 | 地面からようやく離した手を膝に当て、 力の入らない全身を奮い立たせ… | ||||
1148 | 千晶 | Chiaki | 「っ!」 | ||
1149 | そして、力尽きてもう一度膝をつく。 | ||||
1150 | 春希 | Haruki | 「千晶…」 | ||
1151 | 千晶 | Chiaki | 「さわんな!」 | ||
1152 | 見かねて俺が抱き上げようとすると、 千晶は全身を振り絞った大声で拒絶する。 | ||||
1153 | 千晶 | Chiaki | 「っ…はぁ、は、はぁぁ…」 | ||
1154 | 春希 | Haruki | 「でも、辛いんだろ?」 | ||
1155 | 千晶 | Chiaki | 「当たり前だろ… こんなに身体が動かないの、生まれて初めてだ」 | ||
1156 | 春希 | Haruki | 「だから、俺が…」 | ||
1157 | 千晶 | Chiaki | 「春希が…自分で立てって言ったんじゃないかぁ。 立ったら…全部許してやるって」 | ||
1158 | 春希 | Haruki | 「言ってねえよ」 | ||
1159 | 千晶 | Chiaki | 「それでも、我慢して立つんだ… だから、だからさ…」 | ||
1160 | 春希 | Haruki | 「そんな簡単に許すわけないだろ」 | ||
1161 | 千晶 | Chiaki | 「だから…しっかり抱きしめて」 | ||
1162 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
1163 | 千晶が、自分の力で立ち上がる。 | ||||
1164 | けど、一瞬で全身の力を失い、 俺の腕の中にくずおれる。 | ||||
1165 | 千晶 | Chiaki | 「ひっく…う、ぅぅ…ぅぃっ…く…」 | ||
1166 | 春希 | Haruki | 「泣きたいのは俺の方だ…」 | ||
1167 | 俺の『ごほうび』を信じて立ち上がった千晶に、 俺は、力いっぱいの抱擁で応える。 | ||||
1168 | 千晶 | Chiaki | 「にゃぁ、んにゃぁぁぁ…」 | ||
1169 | 春希 | Haruki | 「お~、よしよし」 | ||
1170 | 千晶 | Chiaki | 「みぃ…みぃぃぃぃ…ふぇぇぇ…っ」 | ||
1171 | …これでうやむやにされることがわかってて、 だけど、こいつのいい加減さを容認してしまう。 | ||||
1172 | 俺、馬鹿だ。 こいつ以上に、大馬鹿だ。 | ||||
1173 | けど仕方ないだろ。 だってこいつ、約束守ったんだから。 俺が信じられる千晶を、見せてくれたんだから。 | ||||
1174 | …正しくは、 俺が信じられる“雪音”だったけど。 | ||||
1175 | 千晶 | Chiaki | 「あ…春希」 | ||
1176 | 春希 | Haruki | 「ん…」 | ||
1177 | 千晶 | Chiaki | 「あたしじゃ、立たないんじゃなかったの? どうしてこんなに固くて、熱いの?」 | ||
1178 | 春希 | Haruki | 「こんな時に、そんなとこ触んな」 | ||
1179 | 千晶 | Chiaki | 「身体がついてこないだけで、 心が欲情しまくってんだよぅ」 | ||
1180 | 春希 | Haruki | 「だからってお前… さっきのキスシーン、本当にしたりとか…」 | ||
1181 | 千晶 | Chiaki | 「春希が嫉妬に狂って、 あたしにキスするまで教えてあげな…んぅっ」 | ||
1182 | 雪が、降っていた。 | ||||
1183 | 日付が変わり、三月になったはずの空に、 相変わらず、冷たくて細かい、 粉雪が舞い降りていた。 | ||||
1184 | なのに、こんなに寒いのに。 | ||||
1185 | 千晶 | Chiaki | 「ん、んぅぅ…ふぁ、あ、ん… ふえぇ…ぅぇぇぇぇ…っ」 | ||
1186 | 千晶の唇は、熱すぎて火傷しそうだった。 | ||||
1187 | 雪菜 | Setsuna | 「雪、だね」 | ||
1188 | 春希 | Haruki | 「やっと…降ってきたな」 | ||
1189 | 雪菜 | Setsuna | 「なんだかさ… わたしたちの分岐点には、 いつも降ってるよね」 | ||
1190 | 春希 | Haruki | 「雪菜…」 | ||
1191 | 雪菜 | Setsuna | 「…凄かったね、千晶さん」 | ||
1192 | 春希 | Haruki | 「ん…」 | ||
1193 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしは、あんなにカッコ良くなれない。 あそこまで、強くなれなかった」 | ||
1194 | 春希 | Haruki | 「その代わり、もの凄くだらしないんだけどな、あいつ」 | ||
1195 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしは、なれなかった。 春希くんに『あいつ』って呼ばれる女の子に、 とうとう、なれなかった」 | ||
1196 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
1197 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…」 | ||
1198 | 春希 | Haruki | 「寒い…?」 | ||
1199 | 雪菜 | Setsuna | 「寒いけど、春希くんには関係ないから」 | ||
1200 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
1201 | 雪菜 | Setsuna | 「だからわたしが寒そうにしてても、 肩を抱いたり、コートを貸したりしないでね?」 | ||
1202 | 春希 | Haruki | 「雪菜…っ」 | ||
1203 | 雪菜 | Setsuna | 「これからは春希くんは側にいないんだもの、 優しくされちゃ困るんだよね」 | ||
1204 | 春希 | Haruki | 「………ぅ、ぁ」 | ||
1205 | 雪菜 | Setsuna | 「可愛く、ないかな? みっともない意地だって、思うかな?」 | ||
1206 | 春希 | Haruki | 「そんなこと…そんなことっ」 | ||
1207 | 雪菜 | Setsuna | 「こういうところが、わたしの駄目なところ。 …けどわたし、この性格と一生付き合っていくんだよ」 | ||
1208 | 雪菜 | Setsuna | 「執念深くて、嫉妬深くて、ずっと好きな人を忘れられず、 けれど許すこともできない、こんな嫌な性格と…」 | ||
1209 | 雪菜 | Setsuna | 「だから今、無理に背伸びをするべきじゃないって。 そう、決めたんだ」 | ||
1210 | 雪菜 | Setsuna | 「いつかわたしは、新しく出会う人に この気持ちをぶつけるのかもしれない。 それとも、ずっと引きずるのかもしれない」 | ||
1211 | 雪菜 | Setsuna | 「けれど今は… わたしとかずさから、やっと卒業しようとしてるあなたを、 幸せにしてあげなくちゃいけないって、思ったんだ」 | ||
1212 | 雪菜 | Setsuna | 「それがわたしの、最後の意地だから。プライドだから」 | ||
1213 | 駅アナウンス | Station Announcement | 「二番線最終電車、間もなく発車します」 | ||
1214 | 雪菜 | Setsuna | 「ねぇ、春希くん」 | ||
1215 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしは…彼女を恨んでるよ? あなたを憎んでるよ?」 | ||
1216 | 雪菜 | Setsuna | 「だから…これは返さない」 | ||
1217 | 雪菜 | Setsuna | 「雪音が和希くんにピックを返さなかったように、 一生、大事にしてみせる」 | ||
1218 | 雪菜 | Setsuna | 「さよなら。 わたしの…」 |
Script Chart
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Introductory Chapter | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
1001 | 1008 | 1009 | 1010 | 1011 | 1012 | 1013 |
1002 | 1008_020 | 1009_020 | 1010_020 | 1011_020 | 1012_020 | |
1003 | 1008_030 | 1009_030 | 1010_030 | 1011_030 | 1012_030 | |
1004 | 1008_040 | 1010_040 | 1012_030_2 | |||
1005 | 1008_050 | 1010_050 | ||||
1006 | 1010_060 | |||||
1006_2 | 1010_070 | |||||
1007 |
Closing Chapter | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | ||||||
2001 | 2011 | 2020 | 2027 | 2301 | 2309 | 2316 | 2401 | 2408 | 2501 | 2510 |
2002 | 2012 | 2021 | 2028 | 2302 | 2310 | 2317 | 2402 | 2409 | 2502 | 2511 |
2003 | 2013 | 2022 | 2029 | 2303 | 2311 | 2318 | 2403 | 2410 | 2503 | 2512 |
2004 | 2014 | 2023 | 2030 | 2304 | 2312 | 2319 | 2404 | 2411 | 2504 | 2513 |
2005 | 2015 | 2024 | 2031 | 2305 | 2313 | 2320 | 2405 | 2412 | 2505 | 2514 |
2006 | 2016 | 2025 | 2032 | 2306 | 2314 | 2321 | 2406 | 2413 | 2506 | 2515 |
2007 | 2017 | 2026 | 2033 | 2307 | 2315 | 2322 | 2407 | 2507 | 2516 | |
2008 | 2018 | 2308 | 2508 | 2517 | ||||||
2009 | 2019 | 2509 | ||||||||
2010 | ||||||||||
Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | |||||||
2031_2 | 2312_2 | 2401_2 | 2504_2 | 2511_2 | ||||||
2031_3 | 2313_2 | 2402_2 | 2507_2 | 2513_2 | ||||||
2031_4 | 2313_3 | 2402_3 |
Coda | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Kazusa (True) | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | ||||||
3001 | 3008 | 3014_2 | 3020 | 3101 | 3107 | 3201 | 3207 | 3901 | 3907 |
3002 | 3009 | 3014_3 | 3021 | 3102 | 3108 | 3202 | 3208 | 3902 | 3908 |
3003 | 3010 | 3015 | 3022 | 3103 | 3109 | 3203 | 3209 | 3903 | 3909 |
3004 | 3011 | 3016 | 3023 | 3104 | 3110 | 3204 | 3210 | 3904 | |
3005 | 3012 | 3017 | 3024 | 3105 | 3111 | 3205 | 3211 | 3905 | |
3006 | 3013 | 3018 | 3106 | 3206 | 3906 | ||||
3007 | 3014 | 3019 | |||||||
Common | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | |||||||
3001_2 | 3210_2 | 3901_2 | 3906_2 | ||||||
3015_2 | 3902_2 | 3907_2 | |||||||
3902_3 | 3907_3 | ||||||||
3904_2 |
Mini After Story and Extra Episode | |||
---|---|---|---|
The Path Back to Happiness | The Path Forward to Happiness | Dear Mortal Enemy | |
6001 | 6101 | 4000 | 4005 |
6002 | 6102 | 4001 | 4006 |
6003 | 6103 | 4002 | 4007 |
6004 | 6104 | 4003 | 4008 |
6005 | 4004 | 4009 |
Novels | |||||
---|---|---|---|---|---|
The Snow Melts, And Until The Snow Falls | The Idol Who Forgot How to Sing | Twinkle Snow ~Reverie~ | After the Festival ~Setsuna's Thirty Minutes~ | His God, Her Savior | |
5000 | 5100 | 5200 | 5205 | 5300 | 5400 |
5001 | 5101 | 5201 | 5206 | 5301 | 5401 |
5002 | 5102 | 5202 | 5207 | 5302 | |
5003 | 5103 | 5203 | 5208 | 5303 | |
5004 | 5104 | 5204 | 5209 |
Short Stories | |||
---|---|---|---|
Princess Setsuna's Distress and Her Minister's Sinister Plan | Koharu Climate After the Passing of the Typhoon | This isn't the Season for White Album | Todokanai Koi, Todoita |
7000 | 7100 | 7200 | 7300 |