White Album 2/Script/2516
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Speaker | Text | Comment | |||
---|---|---|---|---|---|
Line # | JP | EN | JP | EN | |
1 | 武也 | Takeya | 「…それでお前、雪菜ちゃんと話せたのか?」 | ||
2 | 春希 | Haruki | 「…まだだけど」 | ||
3 | 武也 | Takeya | 「かぁ~、いつまで引っ張ってんだよ馬鹿!」 | ||
4 | 春希 | Haruki | 「俺が馬鹿なんて事はわかってんだよ馬鹿!」 | ||
5 | 人間、明らかに自分が悪いことをしたと指摘されると、 ついつい普段以上に声を荒げてしまうもので。 | ||||
6 | 久々の武也からの電話に応えていた俺の声は、 そんな感じで嫌なボルテージが上がっていた。 | ||||
7 | 武也 | Takeya | 「話すって言ったの一月も前だぞ。 試験が終わってからにしろとは言ったけど、 それからももう一月だぞ? 何やってたんだよ」 | ||
8 | 春希 | Haruki | 「色々…やってたんだよ」 | ||
9 | 試験が終わっても、 何度もお互いの都合がすれ違ってしまった。 | ||||
10 | やっと会える日が決まったと思ったら、 それは深刻な話をしてもいい日じゃなかった。 | ||||
11 | けれど、その時深刻な話をしなかったせいで、 始まったばかりの関係が、あっさりと破局を迎えた。 | ||||
12 | 要点だけをまとめるとほんの数秒で、 心の動きを追記すると何時間になるかわからない、 そんな、色々と激動の日々だった。 | ||||
13 | 武也 | Takeya | 「さすがに見守るって言っても限度があるぞ。 大体、お前らがそろってスキー旅行の返事をしないのは、 そのせいだろう?」 | ||
14 | 春希 | Haruki | 「だからあれはほら、 日程も何も決まってないから…」 | ||
15 | 雪菜も、まだ返事してなかったのか… | ||||
16 | 武也 | Takeya | 「お前らの空いてる日に合わせるって言ったろ? それについての返事はどうした?」 | ||
17 | 春希 | Haruki | 「それは…」 | ||
18 | 武也 | Takeya | 「いつならOKなんだよ? もうすぐ3月だぞ?」 | ||
19 | 春希 | Haruki | 「3月…」 | ||
20 | だからこそ、今の俺には決められない。 | ||||
21 | 武也の言う通り、明後日からもう3月。 …麻理さんが、一時帰国してくるはずの月。 | ||||
22 | でも、本人からも佐和子さんからも、 未だに何の連絡もないから、 3月の何日に帰ってくるのかわからない。 | ||||
23 | だから今、3月の予定を埋めるのは… | ||||
24 | それに、問題はそれだけじゃない。 | ||||
25 | 今度、麻理さんに会うまでには、 今度こそ、雪菜に『大事な話』を告げないと… | ||||
26 | 武也 | Takeya | 「そろそろ決めろよ、春希…」 | ||
27 | 春希 | Haruki | 「武也…」 | ||
28 | 武也のその言葉は、 スキーの日程を尋ねてるように見せかけて、 実はさっきの会話の流れを引きずってるように思えた。 | ||||
29 | 武也 | Takeya | 『そろそろ決めろよ… 雪菜ちゃんと仲直りするか、それとも…』 | ||
30 | 佐和子 | Sawako | 『いつになったら決断できるの? 麻理を選ぶか、麻理を捨てるか…』 | ||
31 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
32 | 二つの声が、二人の相手について、 一つの言葉で語ってるような気がした。 | ||||
33 | 武也 | Takeya | 「で、どうすんだ?」 | ||
34 | 武也の言ってることはわかる。 佐和子さんの言ってることもわかる。 | ||||
35 | 俺がしなくちゃならないこともわかってる。 | ||||
36 | 春希 | Haruki | 「何とか…するよ」 | ||
37 | 武也 | Takeya | 「何とかって、具体的にどうすんだ?」 | ||
38 | 春希 | Haruki | 「とりあえず、スケジュールを確定させて」 | ||
39 | 雪菜と話す。今度こそ、ちゃんと。 | ||||
40 | そして『決着』を… | ||||
41 | 武也 | Takeya | 「じゃあ、それはいつ決まるんだ?」 | ||
42 | 春希 | Haruki | 「ええと…近いうちには」 | ||
43 | 武也 | Takeya | 「本当に、できるのか?」 | ||
44 | 春希 | Haruki | 「やるしかないから…」 | ||
45 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
46 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
47 | お互い、もうスキーの日程のことなんか話してないって、 きっとわかってる。 | ||||
48 | 武也 | Takeya | 「そっか…」 | ||
49 | 春希 | Haruki | 「悪いな、武也」 | ||
50 | 麻理さんと佐和子さんの嘘偽りない友情とは ちょっと違うけど… | ||||
51 | 俺たちはこんなふうに、お互いの嘘も詭弁も 全部ひっくるめて、わかりあえてるんだと思う。 | ||||
52 | 武也 | Takeya | 「いいよもう… お前の自主性に任せてたら、 いつまで経っても日程が決まらないことはわかった」 | ||
53 | 春希 | Haruki | 「…あ、悪い。 来客だ」 | ||
54 | 武也 | Takeya | 「じゃあ、今日はそろそろ切るな。 また連絡するわ」 | ||
55 | 春希 | Haruki | 「ああ、またな」 | ||
56 | 俺は、もう一度心の中で武也に詫びると、 通話を切り、そして… | ||||
57 | 春希 | Haruki | 「どなたです…」 | ||
58 | 武也 | Takeya | 「よっ」 | ||
59 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
60 | 玄関を開けた瞬間… | ||||
61 | 目の前のあまりにもあまりな来客に、 一瞬、言葉を失った。 | ||||
62 | 武也 | Takeya | 「という訳だから、 こっちで勝手に日を決めさせてもらった。 今から出発だ、すぐ仕度しろ」 | ||
63 | 春希 | Haruki | 「………は?」 | ||
64 | 武也 | Takeya | 「まさか断るなんて言わないよな? お前は今こうして用事もなく家にいるし、 そして俺たちは既に明日の宿を取ってある」 | ||
65 | 春希 | Haruki | 「………武也?」 | ||
66 | 武也 | Takeya | 「今ごろは依緒も雪菜ちゃんを確保してる頃だ。 さ、すぐに荷物をまとめろ」 | ||
67 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
68 | 俺たちはこんなふうに、お互いの嘘も詭弁も 全部ひっくるめて、わかりあえてるんだと… | ||||
69 | いや、さすがにこの展開は読めないって。 | ||||
70 | 麻理 | Mari | 「………風岡です」 | ||
71 | 編集長 | Editor-in-chief | 「…日本か?」 | ||
72 | 麻理 | Mari | 「ええ、さっき着きました」 | ||
73 | 編集長 | Editor-in-chief | 「予定じゃ、もっと後じゃなかったか?」 | ||
74 | 麻理 | Mari | 「来月のスケジュールを確認したら、 後半は一日も休めないことがわかりまして、 まだ『比較的』時間の取れる今のうちしか…」 | ||
75 | 編集長 | Editor-in-chief | 「…一応、正式配属は4月1日なんだがな」 | ||
76 | 麻理 | Mari | 「…そうでしたっけ?」 | ||
77 | 編集長 | Editor-in-chief | 「で、今からこっちに顔出すか? 俺はいるぞ。 …さすがに奴らは締め切り明けの日曜なんで、 誰も来てないが」 | ||
78 | 麻理 | Mari | 「その方が好都合、かな」 | ||
79 | 編集長 | Editor-in-chief | 「ん?」 | ||
80 | 麻理 | Mari | 「…30分ほど顔出します。 残りの手続きを済ませて、机を片づけたら、 後は部屋に戻って徹夜で荷造りです」 | ||
81 | 編集長 | Editor-in-chief | 「そうか… いつまでいられるんだ?」 | ||
82 | 麻理 | Mari | 「明後日…3月の1日には戻ります」 | ||
83 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
84 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
85 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
86 | 雪菜 | Setsuna | 「っ… ご、ごめんね春希くん」 | ||
87 | 春希 | Haruki | 「な、何が?」 | ||
88 | 雪菜 | Setsuna | 「何がって、その…」 | ||
89 | 春希 | Haruki | 「雪菜が謝ることなんて何もないだろ? どっちも被害者なんだし…」 | ||
90 | 雪菜 | Setsuna | 「で、でも… 春希くん、困ってるんじゃないかって思って」 | ||
91 | 春希 | Haruki | 「困ってるって言うか、戸惑ってるけど… で、でもそれなら雪菜だって…」 | ||
92 | 雪菜 | Setsuna | 「わ、わたしは、えっと、その。 …確かに、春希くんと同じ感じかも」 | ||
93 | 春希 | Haruki | 「だ、だよなぁ」 | ||
94 | 雪菜 | Setsuna | 「う、うん」 | ||
95 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
96 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
97 | 武也 | Takeya | 「今の会話、いかがですか解説の水沢さん」 | ||
98 | 依緒 | Io | 「ん~、あまりにも初々しすぎて、 こっちが恥ずかしくなってきますねぇ。 お前ら知り合って何年だよと突っ込んでやりたいです」 | ||
99 | 武也 | Takeya | 「まるで合コン初心者同士の二人が いつの間にかツーショットになっていたような展開に、 車内騒然としております」 | ||
100 | 雪菜 | Setsuna | 「~っ」 | ||
101 | 春希 | Haruki | 「誰のせいだ誰の!」 | ||
102 | 武也 | Takeya | 「もうすぐ高速だから、 その前にどっかで遅めの晩飯にしようぜ」 | ||
103 | 依緒 | Io | 「あ、あたし中華がいいな。 この辺で深夜営業やってるところあったっけ」 | ||
104 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
105 | 運転席と助手席に怨嗟の声を投げかけるも、 そこに座ってる連中はあっさりと受け流しやがった。 | ||||
106 | この車に押し込められて1時間… とっくに日付も変わり、2月の最終日に入った今も、 俺たちは、このありえない急展開についていけてない。 | ||||
107 | 武也に急かされるまま強制的に旅の仕度をさせられ、 そこから強引に車に押し込まれ、 そして見慣れた道をしばらく走ったら… | ||||
108 | 春希 | Haruki | 「…にしても、よく雪菜の家族を説得できたな、依緒」 | ||
109 | 小木曽家の前で、 俺と同じように急ごしらえの旅行鞄を持った雪菜が、 依緒にしっかり拘束されていた。 | ||||
110 | 依緒 | Io | 「事前にスキーに行くって話だけはしておいたからね。 その点にぬかりはないよ」 | ||
111 | 春希 | Haruki | 「そうだとしてもいきなり今日なんて… ご両親怒ったろ?」 | ||
112 | 雪菜 | Setsuna | 「そ、それが…」 | ||
113 | 依緒 | Io | 「出発日を雪菜がすっかり忘れてたって設定にしたら、 お母さんにやたらと謝られて恐縮したなぁ…」 | ||
114 | 春希 | Haruki | 「小木曽家全員騙してるじゃないかそれ! 恐縮以前に良心の呵責に苛まれろよ!」 | ||
115 | なんて奴らだ… 目的のためなら友人の家族不和も厭わないのか。 | ||||
116 | 春希 | Haruki | 「雪菜、本当にいいのかよそんなんで? 雪菜が家族に嘘をつくなんて、今まで…」 | ||
117 | 今まで…? | ||||
118 | 雪菜 | Setsuna | 「仕方ないよ… もう宿予約しちゃったって言うし。 もし断ったら、今度は二人に悪いよ」 | ||
119 | 春希 | Haruki | 「こいつらに申し訳なく思う必要なんかないだろ。 こっちの承諾もなしに勝手に突っ走りやがって…」 | ||
120 | 武也 | Takeya | 「水沢さんいかがですか今の発言は?」 | ||
121 | 依緒 | Io | 「ん~、どこにでも空気を読まない輩と言うのは いるものですね~」 | ||
122 | 春希 | Haruki | 「だからお前らちょっと黙ってろっての!」 | ||
123 | 雪菜 | Setsuna | 「いいんだよ春希くん。 わたし、全然気にしてないんだから」 | ||
124 | 春希 | Haruki | 「け、けど雪菜…」 | ||
125 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしは、嫌じゃなかったから。 …みんなで旅行」 | ||
126 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
127 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くんは、嫌かな? それとも、何か用事があった?」 | ||
128 | 春希 | Haruki | 「ない、けど…」 | ||
129 | そうだ。 今までにもあった。 雪菜が、家族に嘘をついたこと。 | ||||
130 | 三年前… | ||||
131 | クリスマスに三人で温泉旅行に行ったとき。 家族旅行を断って、誕生日に一人、家に残ったとき。 | ||||
132 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
133 | ああ… 結局いつも、俺のせいだ。 | ||||
134 | 今回の無理やりな旅行を雪菜が断らないのも、 もしかしたら… | ||||
135 | 武也 | Takeya | 「…どうやら話はまとまったみたいだな?」 | ||
136 | 依緒 | Io | 「楽しい旅にしようよ。 せっかく久々に四人揃ったんだからさ」 | ||
137 | 春希 | Haruki | 「…ったく」 | ||
138 | 脳天気な犯罪者どもが、 後ろを振り返り、俺たち二人に笑いかける。 | ||||
139 | それはあまりに強引で、身勝手で、 こっちの心の隙をつくテロリストの笑顔だったけど。 | ||||
140 | でも、そいつらの信奉する正義が何なのか わかってしまっている俺たちは、 これ以上、責める言葉を持たない。 | ||||
141 | ……… | .........
| |||
142 | 麻理 | Mari | 「あ…」 | ||
143 | 麻理 | Mari | 「………」 | "........."
| |
144 | 麻理 | Mari | 「捨てた女の部屋、 ここまで磨いていく奴がいるか」 | ||
145 | 麻理 | Mari | 「馬鹿じゃないのか、あいつ…」 | ||
146 | ……… | .........
| |||
147 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…」 | ||
148 | 春希 | Haruki | 「ん?」 | ||
149 | 雪菜 | Setsuna | 「雪…」 | ||
150 | 雪菜が見上げる先を目で追うと、 車窓の外に、白い粒が天から舞い降りていた。 | ||||
151 | 高速を、ペーパードライバーの安全運転で三時間。 もう、東京は遙か遠くに過ぎ去り、 今は山梨か、そろそろ長野か… | ||||
152 | そんな『雪国』と呼ばれる地域に入ったんだろう。 いつの間にか、俺たちの周囲に降りてくる雪が、 見る見るうちに激しさを増していく。 | ||||
153 | 雪菜 | Setsuna | 「雪だね」 | ||
154 | 春希 | Haruki | 「ああ…」 | ||
155 | 『雪』や『うん』や『ああ』くらいしかない、 相変わらずたどたどしい会話。 | ||||
156 | けれど多分、今、俺たちは 百の言葉以上の情報を共有してると思う。 | ||||
157 | だって、車の中から雪降る空を見上げると、 どうしても、あの日のことを思い出してしまうから。 | ||||
158 | 三年前の光景を… あの時の、三人きりの一泊旅行で見た空を。 | ||||
159 | 春希 | Haruki | 「寒くない?」 | ||
160 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、平気」 | ||
161 | 春希 | Haruki | 「そう…」 | ||
162 | 雪菜 | Setsuna | 「うん…」 | ||
163 | 肩が触れあうほどの近さにいながら、 お互い、自分からは触れられないもどかしさ。 | ||||
164 | 間違いなく、今、同じ記憶を見てるはずなのに… | ||||
165 | いや、見てるものが同じだからこそ、 二人の間にある見えない壁に阻まれてしまう。 | ||||
166 | 雪菜 | Setsuna | 「綺麗だね…」 | ||
167 | 春希 | Haruki | 「ちょっと大粒だけどな。 ベタ雪っぽいかも」 | ||
168 | 雪菜 | Setsuna | 「ふふ…そうかも」 | ||
169 | でも今は、こうして普通に話せるだけでいい。 俯かず、互いの顔を見て、軽く笑顔まで浮かべて… | ||||
170 | 武也 | Takeya | 「二人とも、今のうちに寝といた方がいいぞ。 向こうに着いたらすぐにゲレンデ直行だからな」 | ||
171 | 雪菜 | Setsuna | 「え、でも…」 | ||
172 | 春希 | Haruki | 「運転、代わらなくていいのか?」 | ||
173 | 依緒 | Io | 「いいっていいって。 無理やり連れ出したのは武也なんだからさ。 ちゃんと責任取らせるよ」 | ||
174 | 武也 | Takeya | 「俺、お前だけは運転手に数えてたんだけど…」 | ||
175 | ダッシュボードの時計は、 いつの間にか5時を過ぎていた。 | ||||
176 | 依緒 | Io | 「ほら、寒かったらこの毛布使いなよ。 一枚しかないけど、ないよりましでしょ」 | ||
177 | 雪菜 | Setsuna | 「で、でも…」 | ||
178 | と、申し訳なさそうに口ごもる雪菜は、 なぜかというか、やっぱりというか、 困ったように、すぐ隣の俺を見つめてくる。 | ||||
179 | 春希 | Haruki | 「皆の言う通りだ。 少しは寝た方がいいよ、雪菜」 | ||
180 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…」 | ||
181 | 依緒が差し出した毛布を受け取ると、 両手で拡げて、雪菜を覆うように肩に掛ける。 | ||||
182 | 春希 | Haruki | 「起きたら、一面銀世界だ」 | ||
183 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くん…」 | ||
184 | その時、かすかにだけど、 今日、初めて雪菜の身体に触れた。 | ||||
185 | 暗がりの中、 雪菜の瞳がずっと俺の横顔を見つめてる。 | ||||
186 | その視線を意識しないように、 毛布を雪菜の膝まで覆い、そして離れる。 | ||||
187 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
188 | そうして離れた後も、 雪菜はずっと、俺から視線を外そうとしなかった。 | ||||
189 | 春希 | Haruki | 「………っ」 | ||
190 | 咎めるような、気づかうような… そんな光を灯したまま、ずっと。 | ||||
191 | ……… | .........
| |||
192 | 雪菜 | Setsuna | 「ん…んぅ…」 | ||
193 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
194 | 肩が触れあうほどの近さにいながら、 お互い、自分からは触れられないもどかしさ。 | ||||
195 | 雪菜 | Setsuna | 「すぅ…すぅぅ…」 | ||
196 | …なんてものは、いつの間にか有名無実化していた。 | ||||
197 | 春希 | Haruki | 「…っ」 | ||
198 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
199 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
200 | 春希 | Haruki | 「…何だよ?」 | ||
201 | 武也 | Takeya | 「別にぃ」 | ||
202 | 依緒 | Io | 「ねぇ」 | ||
203 | 春希 | Haruki | 「くっ…」 | ||
204 | 眠ってしまった雪菜の頭が、俺の肩にもたれかかる。 | ||||
205 | でも俺は、その彼女の肩を抱き寄せることもできず、 ただ、彼女の支えになっているだけだった。 | ||||
206 | 雪菜 | Setsuna | 「ん…」 | ||
207 | 雪菜を覆ったはずの毛布は、 いつの間にか、俺と雪菜を一緒に包んでいる。 | ||||
208 | 雪菜が、そうしてしまった。 戸惑う俺に、まるで腹を立てたように、強引に。 | ||||
209 | だから、俺たちの距離は強制的にゼロになり、 その後しばらくして、雪菜の頭が俺の肩に触れ、 そしてゆっくり傾き、今の状態を作り上げた。 | ||||
210 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
211 | 雪菜の身体から、彼女の体温が伝わってくる。 | ||||
212 | 一枚の毛布で、二人が一度に、 それも一番温まれる最良の方法を取っただけ。 | ||||
213 | …なんて、そんな熱効率の話じゃないってことは、 この場の誰もがわかってる。 | ||||
214 | 雪菜 | Setsuna | 「ふぅ、ん、んぅ…」 | ||
215 | 雪菜の重みが、俺に心地良い安らぎを与える。 | ||||
216 | 閉じた目から伸びる長い睫毛。 甘い寝息をこぼす濡れた唇。 誰が見ても認める、端正で、かつ可愛らしい顔。 | ||||
217 | こんな彼女に枕の役目を仰せつかった男は、 誰もがその瞬間を至福の時と感じるに違いない。 | ||||
218 | それは…俺だって。 いや、俺だからこそ、なおさら。 | ||||
219 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
220 | だって雪菜は…大切な女性だから。 | ||||
221 | どれだけすれ違っても。 どれだけ互いが傷ついても。 | ||||
222 | たとえ俺に、 『誰よりも好きな人』が現れたとしても。 | ||||
223 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
224 | 俺の『大事な話』は。 雪菜との『決着』は… | ||||
225 | 今のこの、俺たちの距離感の中で、 どんな形に変わっていくんだろうか。 | ||||
226 | 東京と、東京と、そしてニューヨークと。 | ||||
227 | ……… | .........
| |||
228 | 麻理 | Mari | 「………空っぽ」 | ||
229 | 麻理 | Mari | 「な~んにも、なくなっちゃった」 | ||
230 | 麻理 | Mari | 「そこにテレビがあったんだよな…で、こっちに冷蔵庫。 食器棚、ドレッサー、テーブル、ルームライト…」 | ||
231 | 麻理 | Mari | 「で、ここにベッド…」 | ||
232 | 麻理 | Mari | 「………」 | "........."
| |
233 | 麻理 | Mari | 「あいつ…」 | ||
234 | 麻理 | Mari | 「この部屋じゃ、セックスばっかりだったなぁ…」 | ||
235 | 業者 | Trader | 「あの~、すいません風岡さん」 | ||
236 | 麻理 | Mari | 「っ!? あ、ああ…何ですか?」 | ||
237 | 業者 | Trader | 「これ、部屋のスペアキー見つけました。 郵便受けの中に入ってたんですが…」 | ||
238 | 麻理 | Mari | 「あ…」 | ||
239 | 業者 | Trader | 「鍵はこれで全てですね? それじゃ、お預かりします」 | ||
240 | 麻理 | Mari | 「ま、待って!」 | ||
241 | 業者 | Trader | 「はい?」 | ||
242 | 麻理 | Mari | 「それ…キーホルダーついてませんでした? ええと、人形がついてて…ちょっと個性的な…」 | ||
243 | 業者 | Trader | 「いえ、何もついてませんでしたよ?」 | ||
244 | 麻理 | Mari | 「え?」 | ||
245 | 業者 | Trader | 「それじゃ後、 部屋の中チェックさせていただきますね。 失礼します」 | ||
246 | 麻理 | Mari | 「なかった…?」 | ||
247 | 業者 | Trader | 「うん、随分と綺麗に使ってらっしゃいましたね。 これならほとんど修繕の必要はなさそうです」 | ||
248 | 麻理 | Mari | 「そっか………なかったんだ」 | ||
249 | 業者 | Trader | 「はい?」 | ||
250 | 麻理 | Mari | 「あ、いや、その… 別に、敷金は返して貰わなくても…」 | ||
251 | 業者 | Trader | 「その辺りはしっかり確認させていただきますよ。 業者によっては絶対に返金しないところも 確かにありますけどね」 | ||
252 | 麻理 | Mari | 「そう、ですか…」 | ||
253 | 業者 | Trader | 「シャワーカーテンも問題なし… 浴室も大丈夫ですね」 | ||
254 | 麻理 | Mari | 「………」 | "........."
| |
255 | 業者 | Trader | 「床に少しへこみがありますけど、 これも直すほどじゃないですね」 | ||
256 | 麻理 | Mari | 「………」 | "........."
| |
257 | 業者 | Trader | 「あ~、ここ染みできてますね。 これはちょっと…」 | ||
258 | 麻理 | Mari | 「…染み?」 | ||
259 | 業者 | Trader | 「ほら、ここですよ。 少し赤くなってるでしょう?」 | ||
260 | 麻理 | Mari | 「あ…」 | ||
261 | 業者 | Trader | 「何だろうこれ…ジュースかな? あ~あ、結構範囲広いなぁ」 | ||
262 | 麻理 | Mari | 「ワイン…」 | ||
263 | 業者 | Trader | 「すいません、 この汚れだけは直させていただきます。 ええと…どのくらいかかりそうかな?」 | ||
264 | 麻理 | Mari | 「汚れ…だと?」 | ||
265 | 業者 | Trader | 「ええ、これだけハッキリわかっちゃうと…」 | ||
266 | 麻理 | Mari | 「…何言ってるんだ。 汚れてなんかいないぞ?」 | ||
267 | 業者 | Trader | 「え、しかし…」 | ||
268 | 麻理 | Mari | 「ちゃんと掃除したんだ。 一生懸命磨いたんだ。あいつが」 | ||
269 | 業者 | Trader | 「でもほら、 ここ…赤い染みが…見えますよね?」 | ||
270 | 麻理 | Mari | 「そんなの私には見えない。 真っ白だ」 | ||
271 | 業者 | Trader | 「困ったなぁ。 よく見てくださいよ、もっと近づいて…」 | ||
272 | 麻理 | Mari | 「嫌だ、認めない!」 | ||
273 | 業者 | Trader | 「認めない、って…」 | ||
274 | 麻理 | Mari | 「ここだけは、私は絶対に認めない! ちゃんと綺麗になってるじゃないか!」 | ||
275 | ……… | .........
| |||
276 | 武也 | Takeya | 「うわぁ…すげぇ降ってきた。 また明日も新雪で滑れそうだな」 | ||
277 | 依緒 | Io | 「あまり吹雪いてくれて、 リフト動かなくなっても困るけどね」 | ||
278 | 春希 | Haruki | 「…足痛ぇ」 | ||
279 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしも…」 | ||
280 | レンタル用具一式は、 当然、あつらえたように体にフィットする訳でもなく… | ||||
281 | 特に、スキーブーツの締めつけがきつくて、 午後からは結構泣かされた。 | ||||
282 | 春希 | Haruki | 「やっぱ、ハタチを超えてから初スキーってのは 無理があったような…」 | ||
283 | 武也 | Takeya | 「そんなことないって。 二人ともボーゲンできるようになったじゃん」 | ||
284 | 依緒 | Io | 「そうそう。 これでもう、どこに出しても恥ずかしくないスキーヤー」 | ||
285 | 春希 | Haruki | 「だからって初日にいきなり頂上連れてくな。 …想像した範囲内での最悪の仕打ちだぞそれは」 | ||
286 | 雪菜 | Setsuna | 「もう、わたし何度転んだかわからないよ」 | ||
287 | 武也 | Takeya | 「ついでに手を差し伸べた男が何人いたことか。 …お前が追いつかないからだぞ春希」 | ||
288 | 依緒 | Io | 「雪菜は飛ばしすぎ。 春希は止まりすぎ」 | ||
289 | 雪菜 | Setsuna | 「だってブレーキ利かないんだもん…」 | ||
290 | 春希 | Haruki | 「安全運転は全てに優先する」 | ||
291 | 武也 | Takeya | 「やっぱお前に運転任せなくてよかった。 きっと未だに辿り着いてないぞ」 | ||
292 | 俺たちが辿り着いたのは、信州のスキー場の、 ゲレンデからほど近い、小さなペンション。 | ||||
293 | 武也の素人丸出しな運転は、 現地に近づき、舗装路まで真っ白になってからは、 何度も横滑りを繰り返した。 | ||||
294 | それでもなんとか無事故で切り抜けて、 だから、いつかの誰かを思い出さずには済んだ。 | ||||
295 | …なんて、今こうして思い出してるけどな。 | ||||
296 | 春希 | Haruki | 「雪菜、疲れたろ?」 | ||
297 | 雪菜 | Setsuna | 「あ、でもね、温泉気持ちよかったよ~! さすがに露天じゃなかったけど、 岩風呂みたいになってていい雰囲気で」 | ||
298 | 春希 | Haruki | 「…温泉があれば何でもいいのか」 | ||
299 | で、目的地に着いたら、今度は 着け方もわからない道具を次々と装着させられて、 寒くて冷たくて凍える雪山へと放り出された。 | ||||
300 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くんはお風呂気持ちよくなかった? それにしては長湯だったよね?」 | ||
301 | 春希 | Haruki | 「武也の持ち込んだビールがさぁ… 最初はすっげー美味かったんだけど、 回りすぎて余計バテた…」 | ||
302 | それからも、目が回るような一日だった。 | ||||
303 | 武也 | Takeya | 「いやあれはヤバかったね。 このまま意識を失ったらどんなに幸せかって…」 | ||
304 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしもわたしも! 体の底からあったまって、ついでに寝不足がたたって、 つい湯船でうとうとと…」 | ||
305 | 一面の銀世界を転げ落ち、 ボロボロになった体を引きずって宿に帰り。 | ||||
306 | 依緒 | Io | 「顔が湯船に沈んでから何秒もつかって、 ゆっくり100まで数えてみたんだけど、 それでもまだ起きなくて…」 | ||
307 | 雪菜 | Setsuna | 「依緒ったら酷いんだよ? わたしがそんなことになってるのにほったらかし! 危うく溺れるところだったんだから」 | ||
308 | 温泉に入り、食事して、土産を物色して、 ついでに酒をしこたま買い込んで部屋に持ち込み… | ||||
309 | 春希 | Haruki | 「いや普通100数える前に溺れて目が覚めるだろ? どこで呼吸してんだよ雪菜」 | ||
310 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くんまで!」 | ||
311 | ………相当、楽しくなくは、なかった。 | ||||
312 | 俺が笑う。 雪菜が微笑み返す。 | ||||
313 | この前の、雪菜の誕生日の時と同じ… いや、あの時よりも、お互いさらに無理がなくなってる。 | ||||
314 | 雪菜は必要以上にはしゃがない。 けれど、十分に笑うし、喋る。 | ||||
315 | 家族と同じくらい遠慮のない人たちの中で。 家族よりも年齢の近い人たちの中で… | ||||
316 | ……… | .........
| |||
317 | 武也 | Takeya | 「え、マジ!? お前、教育実習も行く気なのか?」 | ||
318 | 春希 | Haruki | 「せっかく教員免許の取れる学部にいるんだしな。 進路の選択肢は広げておくに越したことはない」 | ||
319 | 依緒 | Io | 「相変わらず春希らしい堅実な考え方だねぇ」 | ||
320 | 雪菜 | Setsuna | 「うわぁ…北原先生、なんだ」 | ||
321 | 春希 | Haruki | 「………ごめん。 その呼び方はあまり好きじゃなくて」 | ||
322 | 昨夜からほとんど寝てないはずなのに、 俺たちは、時間を忘れて話し込んだ。 | ||||
323 | 依緒 | Io | 「一応、セミナーにはもう何度か参加してるけど、 イマイチピンとこないって言うか… まだ働くんだっていう実感がね~」 | ||
324 | 武也 | Takeya | 「そういうのに参加してるだけ立派じゃん。 俺なんかまだリクルートスーツさえ買ってねぇ」 | ||
325 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしもだなぁ… 春休みのうちに揃えておかないと」 | ||
326 | 依緒 | Io | 「そいや春希はマスコミ志望なんだっけ? もう本命とか決めてる?」 | ||
327 | 春希 | Haruki | 「…まだ白紙だよ。 色々と考えてるけどさ」 | ||
328 | 武也 | Takeya | 「ま、お前のことだから、たくさん受けた上で、 慎重に検討を重ねてやっとこさ選ぶんだろうな。 なんだかんだで、この中で一番内定取りそう」 | ||
329 | 春希 | Haruki | 「面接とかは武也の方が得意だろ。 お前、営業職ならどこでもやってけそうだよなぁ…」 | ||
330 | 依緒 | Io | 「顧客に手を出したことが発覚するまではね」 | ||
331 | 雪菜 | Setsuna | 「あはははあは…酷いよ依緒~」 | ||
332 | 武也 | Takeya | 「…そこまで笑う雪菜ちゃんも 酷いって気づいてくれよ」 | ||
333 | 就職のこと、将来のこと… 社会へ出ることへの期待、不安。 | ||||
334 | 俺たちは、同年代だからこそ、 そうやって同じ感覚を共有できる。 | ||||
335 | 雪菜 | Setsuna | 「へぇ、そうなんだ。 早坂君、京都の大学行ってたんだ」 | ||
336 | 春希 | Haruki | 「この前電話かかってきたとき、 いきなり関西弁でまくしたてられてさ…」 | ||
337 | 武也 | Takeya | 「親志が関西弁!? 『まいど~』とか言ってんのか? うわ、もうその時点で『誰お前』だよな」 | ||
338 | 春希 | Haruki | 「まさにその通りでさ… 正直、名乗られてもしばらく誰かわからなかった」 | ||
339 | 依緒 | Io | 「…早坂って確かさ、ウチのクラスの渚と つきあってたんじゃなかったっけ?」 | ||
340 | 武也 | Takeya | 「あ~そうそう。 2年のとき同じクラスだったからな、あいつら」 | ||
341 | 雪菜 | Setsuna | 「ええっ! 渚って…加藤さん!? やだ、わたし、全然気づかなかった…」 | ||
342 | 春希 | Haruki | 「俺も…今知った」 | ||
343 | 雪菜 | Setsuna | 「わたし、加藤さんとは同じクラスどころか、 出席番号も一番違いだったのに…」 | ||
344 | 武也 | Takeya | 「ま、雪菜ちゃん、 昔っからそういうこと疎かったもんなぁ。 …だから難攻不落だったとも言えるが」 | ||
345 | 依緒 | Io | 「でも渚ってこっちの短大進んだよね? 早坂とは切れちゃったのかなぁ… その辺りのこと、なんか言ってた?」 | ||
346 | 春希 | Haruki | 「俺がそういう色っぽい質問をするとでも?」 | ||
347 | 依緒 | Io | 「ま、ね。 春希にそっち方面の期待をするほうが無意味か…」 | ||
348 | 武也 | Takeya | 「なら今から直接確かめてみればいいじゃん」 | ||
349 | 春希 | Haruki | 「お、おい… もう夜も遅いし、迷惑じゃないのか?」 | ||
350 | 武也 | Takeya | 「あ、渚ちゃん? 久しぶり~! 元気してた~? …さて問題です、私は一体誰でしょう?」 | ||
351 | 春希 | Haruki | 「って、そっちかよ!?」 | ||
352 | 雪菜 | Setsuna | 「なんで登録してあるの…? 付属時代の、しかも他のクラスの女の子だよ?」 | ||
353 | それに、同年代ってだけじゃない。 | ||||
354 | 六年間も同じ場所で過ごした俺たちだからこそ、 誰にも真似できない、身内の話で盛り上がる。 | ||||
355 | 俺たちにしか通じない言葉とか、約束事とか… ある意味排他的で、きっと他の誰もついて来れない ディープな世界。 | ||||
356 | 酒に飲まれたか、熱に浮かされたか… | ||||
357 | 俺たちは、三年前に戻ったみたいに、 ただ楽しいだけの時間を、言葉を尽くして過ごした。 | ||||
358 | ……… | .........
| |||
359 | 運転手 | Driver | 「ご利用ありがとうございます。 御宿交通の佐橋です」 | ||
360 | 麻理 | Mari | 「成田まで」 | ||
361 | 運転手 | Driver | 「空港ですか?」 | ||
362 | 麻理 | Mari | 「ええ…すぐ近くのホテル」 | ||
363 | 運転手 | Driver | 「ああ、明日飛ぶ予定なんですね?」 | ||
364 | 麻理 | Mari | 「まぁ、そんなところ…」 | ||
365 | 運転手 | Driver | 「そうですか… 飛んでくれるといいんですけどねぇ…」 | ||
366 | 麻理 | Mari | 「どういうこと?」 | ||
367 | 運転手 | Driver | 「今夜から首都圏は大雪らしいんですよ」 | ||
368 | 麻理 | Mari | 「雪…?」 | ||
369 | 運転手 | Driver | 「西の方じゃもう降り出してるって話ですし。 明日、もしかしたら運休かもしれませんよ?」 | ||
370 | 麻理 | Mari | 「そう…」 | ||
371 | 運転手 | Driver | 「こっちも雪は勘弁して欲しいんですけどねぇ。 お客さんは増えるけど、走るのが大変で… ま、でも、何があっても成田までは行きますからね」 | ||
372 | 麻理 | Mari | 「飛ばないかもしれないのか…明日」 | ||
373 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
374 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
375 | 春希 | Haruki | 「あ、あいつら遅いな」 | ||
376 | 雪菜 | Setsuna | 「う、うん…」 | ||
377 | 春希 | Haruki | 「ったく、どこまで買い出しに行ってんだ?」 | ||
378 | 雪菜 | Setsuna | 「大体、この時間に開いてるお店なんてあるのかな?」 | ||
379 | 春希 | Haruki | 「だよなぁ… 東京みたいに、24時間営業のコンビニが そこかしこにある訳じゃないし」 | ||
380 | 雪菜 | Setsuna | 「下の売店もとっくに閉まってたよ」 | ||
381 | 春希 | Haruki | 「なにやってんだ本当に…」 | ||
382 | 雪菜 | Setsuna | 「お店探すのに夢中で道に迷ってたりして」 | ||
383 | 春希 | Haruki | 「だとしてもいい大人なんだから連絡くらいするだろ」 | ||
384 | 雪菜 | Setsuna | 「携帯…繋がらないのかな?」 | ||
385 | 酒とつまみが心許ないからと言って、 二人が外に買い出しに出かけてから30分以上… | ||||
386 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
387 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
388 | 差し向かいになった俺たちは、たまにグラスを傾けたり、 思い出したように少しだけ会話をしたりして、 さっきまでとは比較にならない静かな時間を過ごした。 | ||||
389 | 春希 | Haruki | 「…ちょっと電話してみる」 | ||
390 | 雪菜 | Setsuna | 「…繋がるかな?」 | ||
391 | でも…そろそろ二人きりでいる空間が辛くなってきた。 | ||||
392 | 話が弾まないから辛いんじゃない。 話が『弾んでしまいそうだった』から。 | ||||
393 | もし俺たちが、このまま二人きり、 さっきまでの四人の時間に引きずられ、 楽しくて、嬉しいときを過ごしてしまったら。 | ||||
394 | 今までのことを都合良く忘れたかのように、 昔みたいに二人で朝まで盛り上がってしまったら。 | ||||
395 | 俺の背信と、俺の誠意と… そのどちらもが、宙に浮いてしまいそうだったから。 | ||||
396 | 武也 | Takeya | 「…よぉ、早かったな」 | ||
397 | 春希 | Haruki | 「今どこだよ? まさか遭難してんじゃないだろな?」 | ||
398 | 武也 | Takeya | 「いや…ちゃんと安全なところにいるよ」 | ||
399 | 春希 | Haruki | 「コンビニか? 一体どこまで遠くに…」 | ||
400 | 武也 | Takeya | 「…部屋に戻ってる。 202号室」 | ||
401 | 春希 | Haruki | 「…は?」 | ||
402 | 202号室ってのは、 遠くどころか廊下を挟んで向かいの部屋。 | ||||
403 | 武也 | Takeya | 「…依緒もいる。 今、隣に」 | ||
404 | 春希 | Haruki | 「……はい?」 | ||
405 | 俺たち四人が取った二部屋のうちの一つ。 女性陣の寝室に割り当てられたはずの… | ||||
406 | 武也 | Takeya | 「だからその… 悪いけど、お前と雪菜ちゃんは、 そのままそっちの部屋を使ってくれないか?」 | ||
407 | そして今は、武也の言葉通りなら、 武也と依緒の寝室となってしまった部屋… | ||||
408 | 春希 | Haruki | 「………待て」 | ||
409 | 雪菜 | Setsuna | 「どうしたの? 武也くんたち、無事だった?」 | ||
410 | 春希 | Haruki | 「お前、自分の言ってることわかってんのか?」 | ||
411 | 雪菜の声が、思いっきり耳を素通りした。 | ||||
412 | 武也 | Takeya | 「頼む春希! 俺を男にしてくれ!」 | ||
413 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
414 | 武也の言ってることがあまりに現実離れしてて、 なのに、妙に生々しかったから。 | ||||
415 | 武也 | Takeya | 「いや、とっくに男ではあるんだけどさ… とにかく、俺の本懐を遂げさせてくれ!」 | ||
416 | 春希 | Haruki | 「だから待て。 ちょっと待ってくれ武也…」 | ||
417 | 武也 | Takeya | 「そろそろ切らせてもらうぞ… それとこっちの部屋、鍵かかってるから。 くれぐれもノックとかしないように頼む」 | ||
418 | 春希 | Haruki | 「武也…っ!?」 | ||
419 | 春希 | Haruki | 「あ…」 | ||
420 | 雪菜 | Setsuna | 「ねぇ、どうしたの? 二人とも、何かあったの?」 | ||
421 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
422 | 何かあったというのか、 これから何かあるというのか… | ||||
423 | しかもそれは、 果たしてあいつらのことなんだろうかというのか… | ||||
424 | ……… | .........
| |||
425 | 雪菜 | Setsuna | 「ど…どうしよう?」 | ||
426 | 春希 | Haruki | 「どうしようって、そりゃ…」 | ||
427 | 俺から武也との会話の全容を聞かされた雪菜は、 当然のように、一瞬言葉を失った。 | ||||
428 | 雪菜 | Setsuna | 「依緒と武也くん… もしかして、もしかしたら…!」 | ||
429 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
430 | けれど、彼女の『どうしよう』は… | ||||
431 | 雪菜 | Setsuna | 「依緒だってね、 本当はずっと前から気づいてるはずなんだ。 ううん、気づかない方がおかしいよね…」 | ||
432 | あいつらに付け込まれるにふさわしい、 とてつもない優しさに満ちていた。 | ||||
433 | 雪菜 | Setsuna | 「けど、あそこまで“親友”になっちゃったから、 もう引っ込みがつかなくなってるだけなんだ」 | ||
434 | 春希 | Haruki | 「…そうかもな」 | ||
435 | きっと雪菜も、俺と同じように、 99%あいつらの策略だってわかってる。 | ||||
436 | それでも、俺と違って、 残り1%の可能性に期待してるんだろう。 | ||||
437 | 雪菜 | Setsuna | 「うまく行くといいね…あの二人」 | ||
438 | 春希 | Haruki | 「………そうだな」 | ||
439 | 本当に、優しいな… | ||||
440 | 依緒 | Io | 「さてと…あとはあの二人次第だね」 | ||
441 | 武也 | Takeya | 「それはそうと、 俺のこの縛られた両手足について説明してくれないか? そういうプレイだと思っていいのか?」 | ||
442 | 依緒 | Io | 「放置プレイなら付き合ってやってもいいけど?」 | ||
443 | 武也 | Takeya | 「………信用ないんでやんの」 | ||
444 | 依緒 | Io | 「あんたが今までしてきた行いの どこをどう評価したら信用という言葉が出てくるのか こっちが聞きたいくらいだわ」 | ||
445 | 武也 | Takeya | 「…何もさせてくれないならもう寝る。 後で気が変わってこっちのベッドに潜り込んできても 絶対に何もしてやんねえからな」 | ||
446 | 依緒 | Io | 「なぁ、武也… 本当に、あれで良かったのかな?」 | ||
447 | 武也 | Takeya | 「…わかんね。 あいつら色々ありすぎてねじ曲がってるから、 正直予想つかん」 | ||
448 | 依緒 | Io | 「この作戦、あんたの発案じゃない。 そんな無責任なことで…」 | ||
449 | 武也 | Takeya | 「けど、今のままじゃ駄目だって事だけはわかる」 | ||
450 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
451 | 武也 | Takeya | 「あいつらがああなったのは、確かに春希が原因だよ。 雪菜ちゃんのこと中途半端に遠ざけて、 なのに中途半端に手を差し伸べて…」 | ||
452 | 依緒 | Io | 「あいつ… 雪菜がどれだけ辛い思いしてるかわかってるくせに」 | ||
453 | 武也 | Takeya | 「けど雪菜ちゃんだって… 春希のこと拒絶しておきながら、 春希が離れていくのも認めようとしない」 | ||
454 | 依緒 | Io | 「それは… 三年前から、春希が雪菜のことだけ見てたらさぁ…」 | ||
455 | 武也 | Takeya | 「あの時の春希から離れていかなかったのは、 誰でもない、雪菜ちゃんの意志だったんだ」 | ||
456 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
457 | 武也 | Takeya | 「本当なら春希は、 あの時、もう許されてるはずなんだよ」 | ||
458 | 依緒 | Io | 「そんな簡単に割り切れるもんじゃないだろ… どうしたって思い出すよ」 | ||
459 | 武也 | Takeya | 「でも、雪菜ちゃんがそんなだから、 余計に春希はドツボにはまったんだ。 自分たち以外の人も巻き込んじまった…」 | ||
460 | 依緒 | Io | 「自分たち以外って…誰?」 | ||
461 | 武也 | Takeya | 「まるっきり呼吸が合わない綱引きみたいだよな… 引っ張っても手応えがないのに、 力を抜いた瞬間に引き戻される」 | ||
462 | 依緒 | Io | 「誰?」 | ||
463 | 武也 | Takeya | 「あとは明日を待とうぜ。 その時あいつらが前に進んでるか、 それとも終わってるか…」 | ||
464 | 依緒 | Io | 「…何もないまま朝を迎えてたら?」 | ||
465 | 武也 | Takeya | 「それも一つの前進だよ。 お互いが側にいて、それでも辛くないんだったら」 | ||
466 | 依緒 | Io | 「あたしは… やっぱり、あの二人には元に戻って欲しい。 雪菜に、もう一度心から笑って欲しいよ…」 | ||
467 | 武也 | Takeya | 「俺だってそうだよ… もう寝ようぜ。 明日も四人で楽しく過ごせることを願ってさ」 | ||
468 | 依緒 | Io | 「うん…おやすみ、武也」 | ||
469 | 武也 | Takeya | 「おやすみ…依緒」 | ||
470 | 依緒 | Io | 「………」 | "........."
| |
471 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
472 | 依緒 | Io | 「ところで…本懐ってどういうことよ?」 | ||
473 | 武也 | Takeya | 「………辞書を引け辞書を」 | ||
474 | ……… | .........
| |||
475 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
476 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
477 | 雪菜 | Setsuna | 「っ…な、なに?」 | ||
478 | 春希 | Haruki | 「なに…って?」 | ||
479 | 雪菜 | Setsuna | 「ずっとこっち…見てるから」 | ||
480 | 春希 | Haruki | 「え…っ、 あ、け、けど…雪菜しかいないし」 | ||
481 | 雪菜 | Setsuna | 「っ…ご、ごめん… 考えてみれば、当たり前だよね」 | ||
482 | 春希 | Haruki | 「い、いや… 別に当たり前って事は…」 | ||
483 | 雪菜 | Setsuna | 「自意識過剰だよね… 恥ずかしいなぁ」 | ||
484 | 春希 | Haruki | 「だから気にしなくても… 俺もじろじろ見て悪かった」 | ||
485 | 雪菜 | Setsuna | 「悪いなんて一言も言ってないよ!」 | ||
486 | 春希 | Haruki | 「っ…ご、ごめん」 | ||
487 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
488 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
489 | 雪菜 | Setsuna | 「………っ」 | ||
490 | 春希 | Haruki | 「っ…あ、あは…」 | ||
491 | 雪菜 | Setsuna | 「ふふふふふっ… あ~、なんだろうこれ。 変だよね~わたしたち」 | ||
492 | 春希 | Haruki | 「中学生かよって感じだよな。 あはは、はは…っ」 | ||
493 | 本当に、馬鹿みたいだ。 | ||||
494 | お互い、ありえないくらい意識しまくって、 相手の視線が、態度が、息遣いが めちゃくちゃ気になってる。 | ||||
495 | あまりにもあまりな“配慮”のせいで、 誰も邪魔の入るはずがない、二人だけの空間の中で。 | ||||
496 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
497 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
498 | だから、仕方なしに… 二人とも、お互いをなんとなく見つめあう。 | ||||
499 | 雪菜 | Setsuna | 「なんか大変なことになっちゃったね」 | ||
500 | 春希 | Haruki | 「ああ」 | ||
501 | 雪菜 | Setsuna | 「いきなり家まで押しかけられて」 | ||
502 | 春希 | Haruki | 「そのまま車で連れ出されて」 | ||
503 | 雪菜 | Setsuna | 「気がついたら雪山に放り出されてて」 | ||
504 | 春希 | Haruki | 「頂上から転げ落とされて」 | ||
505 | 雪菜 | Setsuna | 「身体中にアザ作っちゃって」 | ||
506 | 春希 | Haruki | 「宿に帰って」 | ||
507 | 雪菜 | Setsuna | 「温泉入って」 | ||
508 | 春希 | Haruki | 「酒飲んで」 | ||
509 | 雪菜 | Setsuna | 「大騒ぎして」 | ||
510 | 春希 | Haruki | 「ハメられて」 | ||
511 | 雪菜 | Setsuna | 「いつの間にやらお邪魔虫」 | ||
512 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
513 | 雪菜 | Setsuna | 「………楽しかったね」 | ||
514 | 春希 | Haruki | 「ああ、楽しかった」 | ||
515 | そして、いつの間にか… 二人とも、なんとなくじゃなく、 お互いをしっかりと見つめあう。 | ||||
516 | 雪菜 | Setsuna | 「最近は…楽しいこと続きで困っちゃう。 誕生パーティに、そして今日に」 | ||
517 | 春希 | Haruki | 「困ることなんか…ないだろ。 楽しくて駄目なことなんか、何もないだろ」 | ||
518 | 雪菜 | Setsuna | 「だったら嬉しいんだけどな。 リバウンドなんか、なければいいのにな」 | ||
519 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
520 | その瞬間… 俺は確かに言葉には詰まったけれど、 でも、目を逸らしはしなかった。 | ||||
521 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
522 | その瞬間… 俺の目を上目遣いで覗き込んでいた雪菜の唇から、 ほうっと軽いため息が漏れた。 | ||||
523 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、せっかくだから、 今夜はずっとお話してない? …わたし、部屋に戻れなくなっちゃったみたいだし」 | ||
524 | 春希 | Haruki | 「ずっとって…朝まで?」 | ||
525 | その態度の本当の意味は、深さは… 多分俺には、全てを理解することはできないけれど。 | ||||
526 | 雪菜 | Setsuna | 「基本的にはそのつもりだけど… どっちかが疲れて眠ってしまうまでってのは?」 | ||
527 | 春希 | Haruki | 「…そんなこと言ったら 先にダウンするのは雪菜に決まってるだろ?」 | ||
528 | 雪菜 | Setsuna | 「むぅ…頑張るから。 4時、ううん、3時までは絶対に起きてるから」 | ||
529 | それでも彼女が、その瞬間何に安心したのか、 それだけは、はっきり理解できたと思ってる。 | ||||
530 | 春希 | Haruki | 「別に俺は構わないよ。 何時に寝ても6時には目が覚めるし」 | ||
531 | 雪菜 | Setsuna | 「相変わらず目覚まし時計だね、春希くん。 昔から、毎晩同じ時間まで電話してても、 朝、眠そうにしてたのはわたしだけ…」 | ||
532 | 雪菜は多分… 『今日も逃げ切れた』って、思ったんだ。 | ||||
533 | 春希 | Haruki | 「じゃあ、どんなこと話す?」 | ||
534 | 雪菜 | Setsuna | 「そうだなぁ… ね、春希くんは、就職活動どんな調子?」 | ||
535 | 春希 | Haruki | 「それさっき全部話したろ…」 | ||
536 | 雪菜 | Setsuna | 「む、むぅ…」 | ||
537 | 今日の俺は、 数日前の、パーティの時の俺と同じだって、 そう、見極めたんだ。 | ||||
538 | 嬉しそうな雪菜を傷つけられず、 辛そうな雪菜を放っておけず、 ただ、何も言えずに手を握っていた、あのときの俺と… | ||||
539 | 春希 | Haruki | 「じゃあ… 今度は雪菜の話を聞きたいな」 | ||
540 | けれど… | ||||
541 | 一体それの、何が悪いって言うんだ? | ||||
542 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしの…進路のこと?」 | ||
543 | 春希 | Haruki | 「いや、それよりもさ… 去年のこと、なんでも」 | ||
544 | 雪菜 | Setsuna | 「去年…?」 | ||
545 | 旅行中なんだぞ? | ||||
546 | 雪菜とこうして遊びに出かけるの、 何年ぶりだと思ってるんだ? | ||||
547 | 春希 | Haruki | 「四月から、同じ学部じゃなくなったから…」 | ||
548 | 雪菜 | Setsuna | 「あ…」 | ||
549 | 武也も、依緒も、あんなに必死になって、 俺たちのこと、なんとかしようとしてくれてるんだぞ。 | ||||
550 | 春希 | Haruki | 「受ける講義も全然重ならなくなったし、 顔合わせてる時間、だいぶ減っただろ?」 | ||
551 | 本当に、楽しかったんだ。 明日だって、楽しいはずなんだ。 | ||||
552 | 雪菜 | Setsuna | 「うん…そうだね。 会えなく、なっちゃったね」 | ||
553 | だから………今日は、いいじゃないか。 | ||||
554 | 春希 | Haruki | 「俺、大学三年の雪菜、ほとんど知らないんだ。 もしよかったら、どんなことでもいいから 話してくれないかな?」 | ||
555 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
556 | だって、俺にとって、 やっぱり雪菜は大切な女性なんだから。 | ||||
557 | 春希 | Haruki | 「…もともと距離を置いたのは俺の方なのに、 都合のいい話かもしれないけど」 | ||
558 | 雪菜 | Setsuna | 「ううん、そんなことない。 そんなこと、ないよ…」 | ||
559 | 春希 | Haruki | 「雪菜…」 | ||
560 | それに俺は… | ||||
561 | 遠く離れた彼女をずっと想い続けて、 帰ってくるまで待つことのできる男なんかじゃない。 | ||||
562 | 雪菜 | Setsuna | 「そうだなぁ… じゃあ最初は、 医学部の男の子たちとの合コン話から…」 | ||
563 | 春希 | Haruki | 「それだけは勘弁してくれ… てか俺、それ全部知ってるから!」 | ||
564 | 雪菜 | Setsuna | 「あはははは…そうだったねぇ」 | ||
565 | 遠距離は…駄目なんだ。 もう、経験済みなんだ。 | ||||
566 | 彼女とは、最初から結末のわかってる恋なんだ。 | ||||
567 | だったら俺はどんな決断をするべきか… | ||||
568 | そんなのは、決まってるじゃないか。 | ||||
569 | ……… | .........
| |||
570 | 『今、日本にいる』 | ||||
571 | 『今日までで、赴任の準備は全部終わった。 あとは明日13時発の飛行機で飛んでいくだけだ』 | ||||
572 | 『本当は、一昨日に帰ってた。 そして本当は、もう連絡するつもりはなかった』 | ||||
573 | 『さよなら、北原』 | ||||
574 | 『私は行く。 誰がなんと言おうと、もう決めたんだ。 男のために仕事を犠牲にする女じゃないんだ』 | ||||
575 | 麻理 | Mari | 「………」 | "........."
| |
576 | 『けれど、その…』 | ||||
577 | 『もしもお前が、出発前に空港に現れたら』 | ||||
578 | 『私と別れるのがどうしても嫌だって、 駄々をこねたなら』 | ||||
579 | 『そこまでされたら仕方ない。 これからのことを考えないでもない』 | ||||
580 | 『東京とニューヨークは確かに遠いけれど、 それでも、月に一度、一日くらいなら 帰って来られると思う』 | ||||
581 | 『だから…』 | ||||
582 | 麻理 | Mari | 「………っ」 | ||
583 | 『ウエストバージニア航空302便。 日本時間13時成田空港発予定』 | ||||
584 | 麻理 | Mari | 「北原…」 | ||
585 | 麻理 | Mari | 「お前は、いちいち細かく指示しないと 動けないような奴じゃないよな? …そんなふうに育てた覚えはないからな?」 | ||
586 | 麻理 | Mari | 「締め切りまで…あと半日」 | ||
587 | 麻理 | Mari | 「私を…捕まえてみろ…っ」 | ||
588 | ……… | .........
| |||
589 | 『ウエストバージニア航空302便。 日本時間13時成田空港発予定』 | ||||
590 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
591 | 麻理さんのメールの文面は、 いつも通り、素っ気なかった。 | ||||
592 | なのに俺には、彼女がなにを考えてるのか、 何を求めてるのか、手に取るようにわかった。 …気がした。 | ||||
593 | 時計の針は、0時をとっくに過ぎていた。 だから今日は、もう3月。 | ||||
594 | 佐和子 | Sawako | 『来月にね…』 | ||
595 | 佐和子 | Sawako | 『あの子、もう一度帰国してくるの。 …今度こそ、赴任のための最後の準備でね、 次に渡米したら、もうしばらくは帰ってこないと思う』 | ||
596 | 佐和子さん… | ||||
597 | 確かに3月のどこかって言ったけど、 この日程はないんじゃないでしょうか…? | ||||
598 | 俺に残された時間は、あとたったの半日。 | ||||
599 | しかもここは、東京から車で半日近くかかる、 信州の山の中。 | ||||
600 | 周囲は真っ白な雪で覆われて、 なのに今はその白さもわからないくらい真っ暗で、 ローカル線の終電は、とっくに行ってしまってる。 | ||||
601 | 明日の始発で勝負をかけて、 それでも間に合うかどうかのギリギリ勝負。 | ||||
602 | 春希 | Haruki | 「…ごめん。 メールが来てた」 | ||
603 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
604 | でも麻理さん… もう、遅かったんですよ。 | ||||
605 | 今さら背中を押されたって。 今さらチャンスをくれたって。 | ||||
606 | 春希 | Haruki | 「話、途中になっちゃってたな… じゃあ、続きから」 | ||
607 | 雪菜 | Setsuna | 「いい…もういい」 | ||
608 | だって俺… | ||||
609 | 春希 | Haruki | 「彼女はさ…5つ年上なんだけど。 俺のバイト先の上司なんだけど…」 | ||
610 | 雪菜 | Setsuna | 「もういいんだってば! 話さなくてもいいんだってばぁ!」 | ||
611 | もう、あなたのこと、雪菜に告げてしまったんだから。 | ||||
612 | 自分で前に進んでしまったんだから。 退路を断ってしまったんだから。 | ||||
613 | ……… | .........
| |||
614 | 『雪菜の一年間』が終わったら、 次は『俺の一年間』の番だった。 | ||||
615 | 始めは春。 文学部の新参者になってしまった俺が、 徐々に新しい仲間に溶け込んでいくまで。 | ||||
616 | いきなり話しかけてきた馴れ馴れしい女に、 歓迎会という名目で散々奢らされたこと。 | ||||
617 | その後も彼女に頼み事をされまくったせいか、 いつの間にか俺のことを便利屋と見る風潮が広がり、 図らずも周囲との距離を縮めていったこと。 | ||||
618 | 続いて夏。 そろそろ就職のことを視野に入れようと、 将来を見据えたバイトを始めてみた夏休み。 | ||||
619 | 飛び込みで門を叩いた開桜社は、 それはそれは目が回るほど忙しく、 24時間何も考えずに済むほど働かせてもらったこと。 | ||||
620 | そこで築いた人間関係。 めちゃめちゃ厳しくて少し優しい、有能な上司のこと。 | ||||
621 | さらには秋。 研究室のゼミも本格的に始まり、 考え事ができるようになってしまった黄昏の季節。 | ||||
622 | 学園祭が終わり、 学内のFM放送から、俺たちのあの歌が流れ始め、 雪菜と再び触れ合い、再びすれ違うようになったこと。 | ||||
623 | そんな不安定な俺が犯してしまった過ちを、 決して許すことのなかった後輩の少女のこと。 | ||||
624 | そして冬… | ||||
625 | どれだけ年をまたいでも、 あいつのことを思い出さずにはいられない、追憶の季節。 | ||||
626 | すれ違い、立て直して、頑張って、近づいて… | ||||
627 | そのせいで決定的に決裂してしまった、 あの、クリスマスの夜。 | ||||
628 | けれど… 雪菜にとって、そこで終わってしまったあの日は、 俺にとっては、まだ続きがあったこと。 | ||||
629 | それまで、俺から決して目をそらさなかった雪菜が、 その瞬間とうとう下を向き、俺の罪の告白から逃げた。 | ||||
630 | 春希 | Haruki | 「厳しくて、容赦なくて、自信家なところが、 冬馬に似てると思ってた」 | ||
631 | 雪菜 | Setsuna | 「っ…ぅ…」 | ||
632 | 表情のうかがえなくなった雪菜の口から、 苦しそうな息遣いと、その息遣い通りの感情が 溢れて出るのがわかってしまっていても。 | ||||
633 | 春希 | Haruki | 「でも…思い出だけで人を好きになったりしない。 逃避だけで相手を想うことなんかないんだよ」 | ||
634 | それでも俺は、話し続ける。 | ||||
635 | 春希 | Haruki | 「俺…その人が好きだった」 | ||
636 | 雪菜 | Setsuna | 「~っ」 | ||
637 | 俺が、彼女にぶつけた最低の行為の数々と… | ||||
638 | 春希 | Haruki | 「結局裏切っちゃったけど。 すごく傷つけちゃったけど。 …もうすぐ、海外に行ってしまうけど」 | ||
639 | そんな俺のこと、叱ったり、励ましたり、 拗ねたり、甘えたり、からかったり、 抱きしめたりしてくれた… | ||||
640 | 春希 | Haruki | 「でも、好きだった。 …本気だったと思う」 | ||
641 | めちゃめちゃ優しくて少し厳しい、 可愛い年上の女性のことを。 | ||||
642 | 雪菜 | Setsuna | 「ぅ…ぅぅ…」 | ||
643 | 雪菜の、肩が震えてる。 | ||||
644 | 春希 | Haruki | 「結局俺、彼女と一緒に、また雪菜を裏切った。 何度めかわからないくらい、傷つけた」 | ||
645 | 息遣いは、いつの間にかしゃくり上げる声に変わり、 俺たちだけの静かな空間を震わせる。 | ||||
646 | 春希 | Haruki | 「許されないってわかってるけど………ごめんな」 | ||
647 | 謝っても… いや、本当は謝ることこそが許されない。 | ||||
648 | 三年前につけなければならなかった決着なのに… | ||||
649 | 三年間も雪菜をいたぶり続けておいて、 今、こんな最低な形でつけようとしてる俺なんて。 | ||||
650 | 雪菜 | Setsuna | 「ど、どうして今…そんな話するのかなぁ…」 | ||
651 | 雪菜の嗚咽に、怨嗟の声が混じる。 | ||||
652 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くん、楽しいって言ってくれたじゃない。 わたしたちといて…わたしといて… ずっと、笑ってくれてたじゃない…っ」 | ||
653 | 春希 | Haruki | 「楽しかったよ。 嬉しかったよ…本当に」 | ||
654 | 雪菜 | Setsuna | 「だったらぁ…っ」 | ||
655 | 春希 | Haruki | 「でも俺は、ずっとこの機会を待ってた。 『大事な話』しなくちゃならないって思ってた」 | ||
656 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
657 | 今が楽しいから。 いい雰囲気だから。 今話してしまうと、雪菜が余計に深く傷つくから。 | ||||
658 | 俺は、いつもそんな都合のいい言い訳に終始して、 結論を先延ばしにしてきたんじゃなかったか。 | ||||
659 | そのせいで、今の、どこにも進めない、 中途半端な俺たちがあるんじゃないのか。 | ||||
660 | 春希 | Haruki | 「俺のしたことは裏切りだけど、 それを隠すことはもっと酷い裏切りだから」 | ||
661 | 楽しかろうが、辛かろうが… 今、こうして二人で話せる時間こそが、 俺が、本当に必要としてたものなんじゃないか。 | ||||
662 | 春希 | Haruki | 「だから、全部話した。 ごめん、雪菜」 | ||
663 | 雪菜 | Setsuna | 「だ、だからぁ… なんで謝るのかな?」 | ||
664 | 春希 | Haruki | 「自分には関係ないって言うなら流してくれ。 俺の痛い勘違いって言うなら笑ってくれ。 でも…話さなきゃいけないんだ、俺」 | ||
665 | 雪菜 | Setsuna | 「関係ないから言ってるんじゃないよ! 謝る事じゃないから言ってるだけなんだよ!」 | ||
666 | 春希 | Haruki | 「雪菜…」 | ||
667 | 雪菜 | Setsuna | 「だってそれ、わたしのせいだよね…」 | ||
668 | 雪菜は頑なに、俺の非を認めない。 | ||||
669 | 雪菜 | Setsuna | 「春希くんを遠ざけておいて、 なのに関係を壊すことを嫌がった わたしのせいでもあるよねぇ…?」 | ||
670 | あの、クリスマスの夜の、決裂の直前の… | ||||
671 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしが変なふうに引きずったから、 春希くんだって傷ついたんだし、 その人だって、離れていっちゃったんだよね…?」 | ||
672 | 一生懸命我慢して、自分を殺して、俺を許して、 そのせいで、直後に崩壊してしまった、 あの時の雪菜に戻ってる。 | ||||
673 | 春希 | Haruki | 「違うよ、そんなの。 雪菜のせいなんかじゃ…」 | ||
674 | 雪菜 | Setsuna | 「だったらわたしが考えることは一つだけ… あなたを、慰めてあげたいってことだけ」 | ||
675 | 春希 | Haruki | 「え…」 | ||
676 | 何度も過ちを犯し、そのたびに何度も許され、 そのことに耐えられず、また過ちを繰り返す。 | ||||
677 | 雪菜 | Setsuna | 「あの時、わたしが泣いてしまったせいで、 春希くんが泣けなくなってしまったんだよね…」 | ||
678 | そんな、三年間の悪循環が凝縮したような… | ||||
679 | 雪菜 | Setsuna | 「だったら今ここで… 泣いてもいいよ。抱いてもいいよ。 わたしを…その人の代わりにしていいよ」 | ||
680 | 春希 | Haruki | 「………っ」 | ||
681 | 麻理 | Mari | 『やっぱり私は代用品なんじゃないか!』 | ||
682 | 雪菜の、最低最悪の決断。 | ||||
683 | ……… | .........
| |||
684 | 雪菜 | Setsuna | 「………」 | "........."
| |
685 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
686 | 窓の外の雪が、さらに激しさを増していく。 | ||||
687 | 建物に容赦なく雪と風がぶつかり、 静かだった部屋に、少しの喧騒をもたらす。 | ||||
688 | でも、俺たちの心の中は、 多分、外の吹雪なんかよりも激しく乱れ、 そして、揺れているんだと思う。 | ||||
689 | 雪菜 | Setsuna | 「わたし、わたしさ… 今の春希くんと、すぐに心を通わせる自信ない」 | ||
690 | 春希 | Haruki | 「雪菜…」 | ||
691 | 雪菜の両手が、 テーブルの上に置かれた俺の手に重ねられる。 | ||||
692 | 雪菜 | Setsuna | 「でも、でもさ… 春希くんの逃げ場になってしまえば… 先に身体だけ、繋いでしまえば…」 | ||
693 | 春希 | Haruki | 「やめろよ…」 | ||
694 | 言葉で拒絶して、 でも、その重ねられた手を振り払えない。 | ||||
695 | 雪菜 | Setsuna | 「無理に正面から向き合おうとして お互い傷つくくらいなら、 何も考えずに受け入れてしまった方が…」 | ||
696 | 春希 | Haruki | 「やめろ!」 | ||
697 | だから雪菜は、俺の強い声にも動じず、 重ねた手に力を込める。 | ||||
698 | 雪菜 | Setsuna | 「なんで? 春希くん、辛いんだよね? 悲しいんだよね?」 | ||
699 | それは、呆れるほどに本末転倒な妥協点。 | ||||
700 | 雪菜と心が繋げられないから、 身体を重ねることができないから、 だから俺は、『雪菜の代用品』に走ってしまったのに。 | ||||
701 | …少なくとも、相手にそう思われて、 悲しい展開を迎えたって言うのに。 | ||||
702 | 今、俺の目の前で、 その雪菜本人が、『彼女の代用品』になろうって… | ||||
703 | 春希 | Haruki | 「やめろよ雪菜… もう、やめてくれ…」 | ||
704 | 雪菜 | Setsuna | 「彼女と離ればなれになっちゃって… ぬくもりが、欲しいんだよね?」 | ||
705 | 春希 | Haruki | 「駄目だって… それ以上、言ったら…」 | ||
706 | 雪菜 | Setsuna | 「わたし、身体だけなら、あなたを温めてあげられるよ? だから、春希くん…」 | ||
707 | 春希 | Haruki | 「俺は、俺は…」 | ||
708 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしを…抱きしめてくれませんか?」 | ||
709 | 春希 | Haruki | 「俺はまだ彼女のことを諦めてない!」 | ||
710 | 雪菜 | Setsuna | 「っ………ぅ」 | ||
711 | 春希 | Haruki | 「あ…あ」 | ||
712 | 雪菜を、傷つけたくなかった。 だけど、傷つけずにはいられなかった。 | ||||
713 | 雪菜 | Setsuna | 「ぅ…ぅぅぅ…ぃぅ…っ」 | ||
714 | だから、少しでも傷を小さくしようとした。 だけど、雪菜は俺のその行動に、激しく抗った。 | ||||
715 | 雪菜 | Setsuna | 「ぅぁぁぁぁ…ぃ、ぃゃぁぁぁ…っ」 | ||
716 | 春希 | Haruki | 「…っ」 | ||
717 | 結果… | ||||
718 | 雪菜の傷は、俺の目の前でみるみるうちに拡がり、 もう、手の施しようがないくらいになっていた… | ||||
719 | ……… | .........
| |||
720 | …… | ......
| |||
721 | … | ...
| |||
722 | 雪菜 | Setsuna | 「………ごめんね」 | ||
723 | 俺の胸に顔を埋めて、 力いっぱい抱きしめて。 | ||||
724 | 一生懸命、声を押し殺して、 雪菜は、全身で泣いた。 | ||||
725 | 春希 | Haruki | 「…なんで雪菜の方が謝るんだよ」 | ||
726 | 雪菜 | Setsuna | 「別れたのに。 切れちゃったのに。 こうして抱きしめてもらって…」 | ||
727 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
728 | 雪菜 | Setsuna | 「今の彼女に、悪いのに… こうしてわたしを慰めてくれて」 | ||
729 | 春希 | Haruki | 「大事、だから。 雪菜はいつまでも大事なひとだから」 | ||
730 | 雪菜 | Setsuna | 「大事だけど、好きじゃないんだよね」 | ||
731 | 春希 | Haruki | 「好きだよ。 決まってるだろ」 | ||
732 | 雪菜 | Setsuna | 「でも、一番じゃないんだよね、今は」 | ||
733 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
734 | 俺たちはそんなふうに、 数分だったか、数時間だったかもわからない、 痛くて、辛くて、そして懐かしい時間を過ごした。 | ||||
735 | 雪菜 | Setsuna | 「ふふ、ごめんね。 でも、どうしても否定したかったんだ」 | ||
736 | 春希 | Haruki | 「何、を?」 | ||
737 | 雪菜 | Setsuna | 「お互い好きで大事に思ってるはずなのに、 こうして別れようとしてるわたしたちを」 | ||
738 | 春希 | Haruki | 「雪菜…」 | ||
739 | 雪菜が再び声を聞かせてくれたのは、 きっと、そんな穏やかで悲しい時間も 終わりに近づいたって証… | ||||
740 | 雪菜 | Setsuna | 「ね、春希くん… わたしが眠るまででいいから、こうしてて…」 | ||
741 | 春希 | Haruki | 「うん…」 | ||
742 | もうすぐ俺は、雪菜を手放す。 今抱きしめている腕から、引き剥がす。 | ||||
743 | 雪菜 | Setsuna | 「一度眠ってしまったら終わりにするから。 次に目覚めたら、もうあなたのことを忘れるから。 だから、わたしが泣き疲れて、眠ってしまうまで…」 | ||
744 | 春希 | Haruki | 「…っ」 | ||
745 | それはきっと、自分の皮膚を剥ぎ取るような、 あまりにも痛い処置に違いない。 | ||||
746 | 雪菜 | Setsuna | 「ねぇ、春希くん」 | ||
747 | 春希 | Haruki | 「…なに?」 | ||
748 | 雪菜 | Setsuna | 「わたしのこと、好きだったよね? 好きだったんだよねぇ…?」 | ||
749 | 春希 | Haruki | 「好きだよ… ずっと、好きなままだよ…っ」 | ||
750 | 雪菜 | Setsuna | 「酷い言葉…ありがとう。 わたしもう、それだけでいいよ…」 | ||
751 | 春希 | Haruki | 「雪菜ぁ…」 | ||
752 | そんなふうに、最後の瞬間を恐怖してる俺を、 雪菜はまだ、救おうとしてくれる。 | ||||
753 | 俺たちが繋げていた手を、 自分から引きちぎってみせる。 | ||||
754 | 最後の最後まで、雪菜は強かった。 | ||||
755 | 確かに強かった、けど… | ||||
756 | それは、強がりだとわかってしまう程度の 脆すぎる強さでしかなかった。 | ||||
757 | 『春希くん…笑ってたもんね。 彼女の話をしてるときも』 | ||||
758 | 『わたしが笑えなくなってしまってからも、 ずっと、嬉しそうだったもんね』 | ||||
759 | 『でもそれは、わたしに笑いかけてたんじゃなかった。 今ここにいない、彼女に話しかけてたんだよね』 | ||||
760 | 『だからわかっちゃった… 今の春希くんの側にいるべきなのは、この人なんだって』 | ||||
761 | 『春希くんの話からだけでも伝わってくる。 明るくて、正しくて、頼もしくて…可愛い人なんだって』 | ||||
762 | 『そんな素敵な人なら、春希くんを笑わせてくれる。 幸せにしてくれるって、わかっちゃった…』 | ||||
763 | 『春希くんを、元の春希くんに戻してくれる。 三年前の、明るくて、正しくて、頼もしい春希くんに。 …わたしには絶対にできないことを、してくれる』 | ||||
764 | 『だったらわたしは、わたしは… もう、春希くんから、卒業するしかないって、 わかっちゃった…』 | ||||
765 | 『ねぇ、春希くん』 | ||||
766 | 『さっき、わたしね… あなたがその人を語ってたときの、 夢見るような視線が妬ましかったんだよ?』 | ||||
767 | 『だって、あなたはわたしのことを思い出して、 そんな顔をしてはくれない』 | ||||
768 | 『あれは、あなたがかずさを語るときの顔。 本当に好きな女の子を語るときの顔だから』 | ||||
769 | 『まだ、できたんだね。 ううん、できるようになったんだね。 …そのひとに、出会ってから』 | ||||
770 | 『ねぇ、春希くん』 | ||||
771 | 『わたしは、やっぱりあなたを照らす光になれなかった。 あなたに当たるべき光を遮る存在でしかない』 | ||||
772 | 『だから…離れていきます』 | ||||
773 | 『さよなら、春希くん。 ずいぶん遅くなっちゃったけど、 わたし、あなたを…ふってあげる』 | ||||
774 | 『だから、頑張って立ち直ってね。 そして、素敵な恋をしてね…』 | ||||
775 | [F28『ねぇ…春希くん…』] | ||||
776 | [F24『………』] | ||||
777 | [F20『春希…くん』] | ||||
778 | [F16『………』] | ||||
779 | [F12『………』] | ||||
780 | [F12『ん………んぅ』] | ||||
781 | ……… | .........
| |||
782 | …… | ......
| |||
783 | … | ...
| |||
784 | 『雪菜を…頼むな』 | ||||
785 | 依緒 | Io | 「雪菜…」 | ||
786 | 雪菜 | Setsuna | 「ぁ…」 | ||
787 | 依緒 | Io | 「今、春希からメールが…」 | ||
788 | 武也 | Takeya | 「あいつ…どこに?」 | ||
789 | 雪菜 | Setsuna | 「…帰った」 | ||
790 | 武也 | Takeya | 「帰ったって…どうやって?」 | ||
791 | 雪菜 | Setsuna | 「駅まで歩いていって… それから始発に乗って、東京に向かうって」 | ||
792 | 依緒 | Io | 「な、なんで? そんな、あいつなに考えて…」 | ||
793 | 雪菜 | Setsuna | 「あのね… わたしね…春希くんのこと、ふったの」 | ||
794 | 武也 | Takeya | 「え…?」 | ||
795 | 雪菜 | Setsuna | 「もう、顔も見たくないって。 二度と会わないって、言ったの」 | ||
796 | 依緒 | Io | 「雪菜…」 | ||
797 | 雪菜 | Setsuna | 「だから春希くん、帰っちゃった。 大切な人が待ってる東京に、帰って行っちゃった」 | ||
798 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
799 | 雪菜 | Setsuna | 「ごめん、ごめんね… わたしのせいで、旅行、台無しにしちゃって。 二人にも、嫌な思いさせちゃったね」 | ||
800 | 依緒 | Io | 「武也、あんたは外に」 | ||
801 | 武也 | Takeya | 「…わかった」 | ||
802 | 雪菜 | Setsuna | 「やだなぁ…別に大丈夫だよ。 そんな気を使わなくても」 | ||
803 | 武也 | Takeya | 「まだ朝まで時間あるから、 ゆっくり休んで、雪菜ちゃん」 | ||
804 | 雪菜 | Setsuna | 「武也くん…」 | ||
805 | 依緒 | Io | 「さ、雪菜…あんたも、もう寝なさい」 | ||
806 | 雪菜 | Setsuna | 「依緒…」 | ||
807 | 依緒 | Io | 「明日、目が覚めたらこっちから連絡するから。 それまでは…そっとしといて」 | ||
808 | 武也 | Takeya | 「ああ…おやすみ」 | ||
809 | 武也 | Takeya | 「…ふぅ」 | ||
810 | 武也 | Takeya | 「………」 | "........."
| |
811 | 雪菜 | Setsuna | 「う…うう…うあぁぁ…」 | ||
812 | 武也 | Takeya | 「ぁ…」 | ||
813 | 雪菜 | Setsuna | 「うあぁぁぁ…ふぅぁぁぁぁっ… あっ、ああ…ああああああ~っ!」 | ||
814 | 雪菜 | Setsuna | 「うああああああああ~! いああああぁ…ああぁぁぁぁぁぁぁ~っ!!!」 | ||
815 | 武也 | Takeya | 「っ…」 | ||
816 | ……… | .........
| |||
817 | …… | ......
| |||
818 | … | ...
| |||
819 | 佐和子 | Sawako | 「…なんですって? あなた今、どこにいるって?」 | ||
820 | 春希 | Haruki | 「だから、もうすぐ駅です。 …長野県のローカル線の」 | ||
821 | 佐和子 | Sawako | 「………」 | "........."
| |
822 | 電話口の向こうで息を呑む声が聞こえた。 | ||||
823 | もうすぐ6時… 雪山の夜は、まだまだ明ける気配を見せずに、 大量の粉雪が落ちるでもなく舞っている。 | ||||
824 | そんな、俺が雪を踏みしめる音しかしない、 深い闇の中… | ||||
825 | 佐和子 | Sawako | 「…3月には戻ってくるって言ったじゃない! なんで家を空けてるのよ!?」 | ||
826 | 春希 | Haruki | 「…すいません」 | ||
827 | 受話器から、この場にそぐわない大きな声が響く。 | ||||
828 | 佐和子 | Sawako | 「ああ、いや、春希君にあたっても仕方ない。 出発当日になってから言い出す馬鹿が悪いんだから。 …あいつ、わたしのところにも全然連絡よこさずに!」 | ||
829 | 佐和子さんは、朝早くからテンション高く… というより、苛立った様子で早口にまくし立てる。 | ||||
830 | けど、その気持ちはわからないでもない。 …というか、俺には骨身に染みてよくわかる。 | ||||
831 | 春希 | Haruki | 「麻理さんと、連絡取れました?」 | ||
832 | 佐和子 | Sawako | 「電源切ってる。 このまま出発まで出ない可能性大ね」 | ||
833 | 春希 | Haruki | 「やっぱり、そうですよね…」 | ||
834 | ペンションを飛び出して駅に向かう道すがら、 電波の届くところを見つけては何度もかけたけど、 ずっと機械的なアナウンスが流れるだけだった。 | ||||
835 | だからつまり… あのメールが、麻理さんの最後通告、なんだと思う。 | ||||
836 | 佐和子 | Sawako | 「ね、春希君… もう一度だけ、確認させて」 | ||
837 | 春希 | Haruki | 「何をですか?」 | ||
838 | 佐和子 | Sawako | 「麻理に…会ってくれる気、あるのよね? もう一度、話してくれる気、あるのよね?」 | ||
839 | 春希 | Haruki | 「…もちろんです」 | ||
840 | 佐和子 | Sawako | 「そう…」 | ||
841 | でないと、俺が今日までしてきたことの意味がなくなる。 | ||||
842 | 自分の退路を断ったことも。 色々なことを想定して動いてきたことも。 今こうして、雪の中を凍えながら歩いていることも。 | ||||
843 | そして、雪菜を… | ||||
844 | 俺の一部を、切り落としてしまったことも。 | ||||
845 | まだ、痛い。 | ||||
846 | どこが切られてるのかわからないのに、 落とされた先の神経が、ずきずき痛む。 | ||||
847 | 目を閉じれば、あのときの雪菜の泣き顔が浮かぶ。 | ||||
848 | 離れて、たったの一時間なのに… もう今の俺は、笑ってる雪菜の顔が思い出せない。 | ||||
849 | 春希 | Haruki | 「だから今から東京に向かいます。 麻理さんに…会いに行きます」 | ||
850 | でも、今は前に進むしかない。 | ||||
851 | どんな困難があったとしても、 愚直にでも、老獪にでも、卑劣にでも力を尽くし、 結果を導き出すのがプロの社会人なんだって。 | ||||
852 | 正真正銘のプロから、 身を以て教えてもらったんだから。 | ||||
853 | 佐和子 | Sawako | 「…わかった。 だったらわたしの方も、なんとか頑張ってみる。 なんとしてでもあいつを引き留めてみせる!」 | ||
854 | 春希 | Haruki | 「ありがとうございます。 でも、大丈夫ですよ、きっと」 | ||
855 | 佐和子 | Sawako | 「どうしてそう思うの? だって、あなた今、長野県なんでしょ?」 | ||
856 | 春希 | Haruki | 「…駅に着きました なんとか始発には間に合いそうです」 | ||
857 | 曲がりくねった山道を歩き、 きっと舗装されているはずの道路の上を歩き、 何度も何度も標識を確認して、やっと駅舎を見つけた。 | ||||
858 | 佐和子 | Sawako | 「…これから電車で移動するつもり?」 | ||
859 | 春希 | Haruki | 「二回乗り継げば中央線に出られます。 さっきネットで調べたんですけど、 12時過ぎには成田に着けるみたいです」 | ||
860 | 佐和子 | Sawako | 「………」 | "........."
| |
861 | ローカル線らしく、 駅前のロータリーにもタクシーは一台もなく、 小さな土産物屋はもちろんシャッターが閉じられていた。 | ||||
862 | 春希 | Haruki | 「だから、なんとかギリギリ間に合いそうです。 麻理さんがゲートをくぐる前に、ほんの数分だけでも…」 | ||
863 | 佐和子 | Sawako | 「…電車が、時刻表通りに動けばね」 | ||
864 | 春希 | Haruki | 「なんとかなるでしょう。 こっちの電車は雪に強いし」 | ||
865 | もう、駅舎のシャッターは開き、 切符売り場にも駅員の姿が見える。 | ||||
866 | 佐和子 | Sawako | 「…あなた、なにも知らないの?」 | ||
867 | 春希 | Haruki | 「知らない…って?」 | ||
868 | けれど、そんな楽観的な俺の口調に対して、 佐和子さんは正反対の反応を返す。 | ||||
869 | 佐和子 | Sawako | 「そっか…そうよね。 長野にいるんだものね」 | ||
870 | 春希 | Haruki | 「佐和子さん…?」 | ||
871 | 佐和子 | Sawako | 「東京が今どうなってるかなんて、 知らなくても、不思議じゃないわよね…」 | ||
872 | 春希 | Haruki | 「東京…が?」 | ||
873 | 春希 | Haruki | 「………雪?」 | ||
874 | 佐和子 | Sawako | 「それも今年一番の。 都内の電車、ほとんどが始発から運転を見合わせてる 地下鉄以外」 | ||
875 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
876 | 俺が今、見上げてる空は、 確かに東京と繋がってるらしい。 | ||||
877 | 佐和子 | Sawako | 「もし特急とかで東京まで辿り着いたとしても、 そこから成田まで定刻通りに行けるかわからない」 | ||
878 | 春希 | Haruki | 「そんな…」 | ||
879 | けれど、スキー場に降る雪と、 首都圏に降る雪とでは、意味がまるで違う。 | ||||
880 | 基本的に積雪を想定していない東京の街は、 年に一度か二度起こる、その想定外の出来事で、 交通網が完全に麻痺してしまうことがある。 | ||||
881 | 特に一般交通機関は、 元々が過密ダイヤ前提で成り立っているから、 一つの遅れが二つ、三つと積み重なり… | ||||
882 | 俺が成田に到着する頃には、 その累積時間がどれほどのものか、想像もできない。 | ||||
883 | 最初から一時間も余裕のない勝負で、 この事態は致命的と言っても… | ||||
884 | 佐和子 | Sawako | 「で、でも! これは逆にチャンスかもしれない。 この雪だから、飛行機も飛ばないかもしれないし。 飛んだとしても、定刻を大幅に遅れる可能性が…」 | ||
885 | 春希 | Haruki | 「はい…」 | ||
886 | 想定外の事態を恐れるか、 想定外の事態を期待するか… | ||||
887 | どっちにしても、 今、確実に麻理さんに追いつく手段は ないってこと…? | ||||
888 | 佐和子 | Sawako | 「が、頑張って! 必死で麻理を追いかけて! あの子を…捕まえてあげてよ!」 | ||
889 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
890 | ……… | .........
| |||
891 | …… | ......
| |||
892 | … | ...
| |||
893 | 空港アナウンス | Airport Announcement | 「成田国際空港をご利用のお客様にご連絡いたします。 ただ今、当空港は積雪のため、 全便の発着を見合わせております」 | ||
894 | 空港アナウンス | Airport Announcement | 「大変申し訳ありませんが、 復旧まで、もうしばらくお待ち願います」 | ||
895 | 麻理 | Mari | 「そう、か」 | ||
896 | 麻理 | Mari | 「天は…誰の味方なんだろうな?」 | ||
897 | 麻理 | Mari | 「あ…っ」 | ||
898 | 春希 | Haruki | 「………」 | "........."
| |
899 | 焦る気持ちに連動するかのように、 時計は無常に時を刻む。 | ||||
900 | そろそろ9時… 麻理さんの出発まで、あと4時間。 けれど、俺に残された時間はもっと少ない。 | ||||
901 | とりあえず、今のところはダイヤ通り行けている。 | ||||
902 | 予定通り、ローカル線を二本乗り継ぎ、 中央線の特急に飛び乗り、一路目的地を目指してる。 | ||||
903 | でも…これからこそが本当の戦い。 | ||||
904 | 麻理さんの掲げた高いハードルが、 様々な想定外の事態とあいまって、 じわじわと俺の首を締めつけていく。 | ||||
905 | たった半日前の連絡。 旅先からの長い距離。 そして、雪の降る東京。 | ||||
906 | 『私を手に入れたければ、 この程度の障害なんか乗り越えてみせろ』 | ||||
907 | …そういうことなんですか、麻理さん? | ||||
908 | なんで今になって、 そんなわがままばかり言うんですか? | ||||
909 | 俺の作った料理、あんなに喜んで食べてたくせに。 俺の初仕事、あんなに喜んで祝ってくれたのに。 | ||||
910 | 俺と抱き合ったとき、 あんなに悦んで喘いでいたくせに… | ||||
911 | 俺は、俺は… | ||||
912 | そんなあなたの勝手を、どう受け止めればいいんですか? | ||||
913 | 今まで一方的にあなたを振り回してしまってた俺は… | ||||
914 | 初めてあなたに振り回された今、 どう応えればいいんですか…? | ||||
915 | 春希 | Haruki | 「…っ」 | ||
916 | なんて、そんなの答えは一つしかない。 さっき、佐和子さんにもそう誓ったんだから。 | ||||
917 | 佐和子 | Sawako | 『春希君…? ちょっと、聞いてる? 春希君ってば!』 | ||
918 | 春希 | Haruki | 『…佐和子さん』 | ||
919 | 佐和子 | Sawako | 『な、なに?』 | ||
920 | 春希 | Haruki | 『………ありがとうございます。 俺、頑張ってみます』 | ||
921 | 意地でも、あなたに追いつくって。 | ||||
922 | あなたの指定した無茶な締め切りに、 絶対に間に合わせてみせるって… | ||||
923 | ……… | .........
| |||
924 | 麻理 | Mari | 「…よく、来てくれたわね」 | ||
925 | 佐和子 | Sawako | 「電車のダイヤ滅茶苦茶だし、 タクシーも全然進まないしで、 ここまで来るのに3時間半もかかったわよ」 | ||
926 | 麻理 | Mari | 「ありがと…佐和子」 | ||
927 | 佐和子 | Sawako | 「それにしても、何? 編集部の皆もまだ来れてないの? 今どのへんだって連絡あった?」 | ||
928 | 麻理 | Mari | 「あ~、そっちはね…来ない」 | ||
929 | 佐和子 | Sawako | 「なんで? 万歳三唱とか胴上げとかどうするのよ?」 | ||
930 | 麻理 | Mari | 「編集長に頼んで秘密にしてもらった。 私がこっちに帰ってることも、 出発日が今日だってことも」 | ||
931 | 佐和子 | Sawako | 「そんな…」 | ||
932 | 麻理 | Mari | 「見送りとかされても辛くなるだけだし… 湿っぽいのは嫌だしね」 | ||
933 | 佐和子 | Sawako | 「確かに鈴木ちゃんとかは泣きそうだよねぇ」 | ||
934 | 麻理 | Mari | 「もちろん万歳三唱も胴上げもお断りだし」 | ||
935 | 佐和子 | Sawako | 「寂しい旅立ちだね… 見送りが友人一人とは」 | ||
936 | 麻理 | Mari | 「佐和子が来てくれればそれでいい… 他には、いいよ…」 | ||
937 | 佐和子 | Sawako | 「そっか…そっかぁ」 | ||
938 | 麻理 | Mari | 「うん…そう」 | ||
939 | 佐和子 | Sawako | 「………」 | "........."
| |
940 | 麻理 | Mari | 「………」 | "........."
| |
941 | 佐和子 | Sawako | 「大嘘つき」 | ||
942 | 麻理 | Mari | 「………」 | "........."
| |
943 | 佐和子 | Sawako | 「さっき、春希君と連絡取ったわよ。 あんた、彼にだけは今日のこと教えたんでしょ?」 | ||
944 | 麻理 | Mari | 「っ…」 | ||
945 | ……… | .........
| |||
946 | 麻理 | Mari | 「そっか…スキー行ってたんだ。 ふふ、いいなぁ気楽な大学生は」 | ||
947 | 佐和子 | Sawako | 「彼、麻理のメールを見て、 急いでこっちに向かってる。 でも…雪のせいで間に合わないかもしれない」 | ||
948 | 麻理 | Mari | 「………」 | "........."
| |
949 | 佐和子 | Sawako | 「なんで日本に着いたときにすぐ連絡しないのよ… そしたら、こんなことにはならなかったのに」 | ||
950 | 麻理 | Mari | 「…ずっと予定が詰まってたんだ。 すぐ連絡したところで、会える時間なんかなかった。 だから、しなかっただけだ…」 | ||
951 | 佐和子 | Sawako | 「とにかく、悪い偶然が重なりすぎてるよ… ねぇ麻理…今日は飛ぶのやめない?」 | ||
952 | 麻理 | Mari | 「…なに言ってんのよ佐和子」 | ||
953 | 佐和子 | Sawako | 「もう一度よく考え直してよ… 仕事も恋も両方取るのが あんたのポリシーなんじゃなかったの?」 | ||
954 | 麻理 | Mari | 「………」 | "........."
| |
955 | 佐和子 | Sawako | 「ね? 麻理… 意地張ってないで、春希君に電話しよ?」 | ||
956 | 麻理 | Mari | 「私…」 | ||
957 | 佐和子 | Sawako | 「………」 | "........."
| |
958 | 麻理 | Mari | 「…やっぱり行くよ。 ま、飛行機が飛んでくれたら、だけどね」 | ||
959 | 佐和子 | Sawako | 「どうしてよ! もう二度と会えなくなっちゃうかもしれないのよ? それも、たまたま今日雪が降ったってだけの理由で!」 | ||
960 | 麻理 | Mari | 「だとしても…それも運命なんだよ…私たちの」 | ||
961 | 空港アナウンス | Airport Announcement | 「お待たせいたしました。 滑走路の除雪作業が終了いたしましたので、 ただ今より、各便の搭乗手続きを開始いたします」 | ||
962 | 佐和子 | Sawako | 「あ…」 | ||
963 | 麻理 | Mari | 「どうやら、そういうことらしいわね…」 | ||
964 | 春希 | Haruki | 「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」 | ||
965 | 駅のホームで見た空は、 いつの間にか、晴れていた。 | ||||
966 | 多分もう、飛行機が飛ばないことは期待できない。 自力で、追いつくしかない。 | ||||
967 | 春希 | Haruki | 「っ…」 | ||
968 | 中央線のホームから、全力疾走で改札を抜け、 最後の乗り換えホームへと、これまた全力疾走する。 | ||||
969 | 残るは目的地への最後の電車… 空港行きの特急だけ。 | ||||
970 | この電車が、まったく遅れることなく ダイヤ通り運行してくれたら… | ||||
971 | そうすれば、俺は… | ||||
972 | ……… | .........
| |||
973 | 空港アナウンス | Airport Announcement | 「ウエストバージニア航空302便ニューヨーク行きは ただ今ご搭乗の最終案内をいたしております。 お客様は90番ゲートよりお急ぎご搭乗ください」 | ||
974 | 麻理 | Mari | 「北原が間に合わないのも運命」 | ||
975 | 麻理 | Mari | 「私の乗る飛行機が定刻通りに飛ぶのも、これまた運命」 | ||
976 | 佐和子 | Sawako | 「麻理…」 | ||
977 | 麻理 | Mari | 「今日に限って、あいつがスキーに行ってたのも、 東京に雪が降ったのも、そのせいで電車が遅れたのも…」 | ||
978 | 麻理 | Mari | 「だったら私はさぁ… その運命を受け入れるしかないじゃないか」 | ||
979 | 佐和子 | Sawako | 「じゃあさ… もし北原君が間に合ったら、それも運命よね? その時は、運命を受け入れるのよね?」 | ||
980 | 麻理 | Mari | 「…来ないよ、佐和子。 来る訳ないじゃないか」 | ||
981 | 佐和子 | Sawako | 「間に合うわよ… もうすぐ、来るに決まってるわよ」 | ||
982 | 麻理 | Mari | 「もう…12時半だけど?」 | ||
983 | 佐和子 | Sawako | 「っ…」 | ||
984 | 麻理 | Mari | 「じゃあ、そろそろ行く…」 | ||
985 | 佐和子 | Sawako | 「もうちょっと! あとほんの少しだけ!」 | ||
986 | 麻理 | Mari | 「無駄だって、もう」 | ||
987 | 佐和子 | Sawako | 「無駄じゃないわよ!」 | ||
988 | 麻理 | Mari | 「どのみち、タイムリミット。 …ゲームセットよ」 | ||
989 | 佐和子 | Sawako | 「………」 | "........."
| |
990 | 麻理 | Mari | 「じゃあね、佐和子… しばらく会えなくなるけど、元気でね」 | ||
991 | 佐和子 | Sawako | 「夏に…遊びに行く」 | ||
992 | 麻理 | Mari | 「待ってる」 | ||
993 | 春希 | Haruki | 「っ…は、はぁ…っ」 | ||
994 | もうすぐ、もうすぐ… | ||||
995 | このエスカレーターを昇りきったら、 もう、そこが空港。 | ||||
996 | 間に合って…間に合ってくれ… | ||||
997 | 俺は、麻理さんを… 麻理さんのことを… | ||||
998 | 絶対に、捕まえてみせるから。 | ||||
999 | ……… | .........
| |||
1000 | 携帯アナウンス | Cellphone Voicemail | 「この電話は、電波の届かないところにあるか、 電源が切られています」 | ||
1001 | 麻理 | Mari | 「~っ!」 | ||
1002 | 麻理 | Mari | 「いつでも繋がるようにしとけと言っただろ! お前なんて、お前なんて…編集者失格だ!」 | ||
1003 | 麻理 | Mari | 「佐和子の嘘つきぃ… やっぱり駄目だったじゃないかぁ…っ!」 | ||
1004 | 麻理 | Mari | 「ふ、ぅぅ…ぅぇぇ…っ、 い、い、ぅ…ぅぅぅ…ぃぅぅぅぅ…っ」 | ||
1005 | 空港係員 | Airport Official | 「あ、あの…どうされましたか?」 | ||
1006 | 麻理 | Mari | 「うあぁぁぁ…い、うう…うぅぅ… なんで、なんで…来てくれないんだよ」 | ||
1007 | 空港係員 | Airport Official | 「お客様…?」 | ||
1008 | 麻理 | Mari | 「な、なんでもない… なんでも、ありません…っ」 | ||
1009 | 空港係員 | Airport Official | 「…でしたら、こちらへお進みください。 もうすぐ離陸ですから」 | ||
1010 | 麻理 | Mari | 「は、はい…っ、 う、く…ぅぅ…」 | ||
1011 | 麻理 | Mari | 「………っ」 | ||
1012 | 麻理 | Mari | 「さよなら…」 |
Script Chart
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Introductory Chapter | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
1001 | 1008 | 1009 | 1010 | 1011 | 1012 | 1013 |
1002 | 1008_020 | 1009_020 | 1010_020 | 1011_020 | 1012_020 | |
1003 | 1008_030 | 1009_030 | 1010_030 | 1011_030 | 1012_030 | |
1004 | 1008_040 | 1010_040 | 1012_030_2 | |||
1005 | 1008_050 | 1010_050 | ||||
1006 | 1010_060 | |||||
1006_2 | 1010_070 | |||||
1007 |
Closing Chapter | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | ||||||
2001 | 2011 | 2020 | 2027 | 2301 | 2309 | 2316 | 2401 | 2408 | 2501 | 2510 |
2002 | 2012 | 2021 | 2028 | 2302 | 2310 | 2317 | 2402 | 2409 | 2502 | 2511 |
2003 | 2013 | 2022 | 2029 | 2303 | 2311 | 2318 | 2403 | 2410 | 2503 | 2512 |
2004 | 2014 | 2023 | 2030 | 2304 | 2312 | 2319 | 2404 | 2411 | 2504 | 2513 |
2005 | 2015 | 2024 | 2031 | 2305 | 2313 | 2320 | 2405 | 2412 | 2505 | 2514 |
2006 | 2016 | 2025 | 2032 | 2306 | 2314 | 2321 | 2406 | 2413 | 2506 | 2515 |
2007 | 2017 | 2026 | 2033 | 2307 | 2315 | 2322 | 2407 | 2507 | 2516 | |
2008 | 2018 | 2308 | 2508 | 2517 | ||||||
2009 | 2019 | 2509 | ||||||||
2010 | ||||||||||
Setsuna | Koharu | Chiaki | Mari | |||||||
2031_2 | 2312_2 | 2401_2 | 2504_2 | 2511_2 | ||||||
2031_3 | 2313_2 | 2402_2 | 2507_2 | 2513_2 | ||||||
2031_4 | 2313_3 | 2402_3 |
Coda | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Common | Kazusa (True) | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | ||||||
3001 | 3008 | 3014_2 | 3020 | 3101 | 3107 | 3201 | 3207 | 3901 | 3907 |
3002 | 3009 | 3014_3 | 3021 | 3102 | 3108 | 3202 | 3208 | 3902 | 3908 |
3003 | 3010 | 3015 | 3022 | 3103 | 3109 | 3203 | 3209 | 3903 | 3909 |
3004 | 3011 | 3016 | 3023 | 3104 | 3110 | 3204 | 3210 | 3904 | |
3005 | 3012 | 3017 | 3024 | 3105 | 3111 | 3205 | 3211 | 3905 | |
3006 | 3013 | 3018 | 3106 | 3206 | 3906 | ||||
3007 | 3014 | 3019 | |||||||
Common | Setsuna (True) | Kazusa (Normal) | |||||||
3001_2 | 3210_2 | 3901_2 | 3906_2 | ||||||
3015_2 | 3902_2 | 3907_2 | |||||||
3902_3 | 3907_3 | ||||||||
3904_2 |
Mini After Story and Extra Episode | |||
---|---|---|---|
The Path Back to Happiness | The Path Forward to Happiness | Dear Mortal Enemy | |
6001 | 6101 | 4000 | 4005 |
6002 | 6102 | 4001 | 4006 |
6003 | 6103 | 4002 | 4007 |
6004 | 6104 | 4003 | 4008 |
6005 | 4004 | 4009 |
Novels | |||||
---|---|---|---|---|---|
The Snow Melts, And Until The Snow Falls | The Idol Who Forgot How to Sing | Twinkle Snow ~Reverie~ | After the Festival ~Setsuna's Thirty Minutes~ | His God, Her Savior | |
5000 | 5100 | 5200 | 5205 | 5300 | 5400 |
5001 | 5101 | 5201 | 5206 | 5301 | 5401 |
5002 | 5102 | 5202 | 5207 | 5302 | |
5003 | 5103 | 5203 | 5208 | 5303 | |
5004 | 5104 | 5204 | 5209 |
Short Stories | |||
---|---|---|---|
Princess Setsuna's Distress and Her Minister's Sinister Plan | Koharu Climate After the Passing of the Typhoon | This isn't the Season for White Album | Todokanai Koi, Todoita |
7000 | 7100 | 7200 | 7300 |